家族のプラス人生

付き合う人生、付き合わない人生

患者本人が生きている人生は、病状がひどくなればなるほど、人生と呼びにくいものに見えてくる。そして、問題は、それに付き合わされる家族の人生も、普通とは変わったものになること。実際、普通の人生っていうのはないかもしれないが、そんなふうに思えてくる。

お医者さんは、そういう患者さんの人生の蓋を開けて、覗いてみて、ここに変なことがありますね、困っていますか?というような対応をするのが役目。付き合うとしても、診察をしている数分~30分ほどの時間でしかない。一方、家族は、そういう患者の人生に、ずっと付き合う役目を負わされる。家族だから当然といえば当然のことではあるが、理解に苦しむことは多いだろう。お医者さんのような立場にはなれないが、付き合いながらも、付き合わない心の部分をもっていないと、病気に飲み込まれてしまう。これは、大切なことである。

何を失うのか

精神分裂病から統合失調症に変わったという病名から考えると、精神が分裂した病気ではなく、何かが失われた病気だ、ということが分かります。患者さん本人たちも、この病名の方を気に入る人が多いようで、病名の力というのは意外にも大きいということに気づかされます。

ところで、じゃあ、何の「統合」を失うのか。という素朴な疑問をもつようになります。私はお医者さんではありませんので、専門用語での説明は出来ませんが、こういうことなんだろうと思っています。知っていること、考えてること、感じていること、それを行う意志、それを伝える言葉、そういうもののつながりをコントロールできない状態だろうと。バラバラになってしまう、という表現も適切かもしれません。そうなると、以前の呼び名に「分裂」という言葉が入っている理由も分かってきます。

家族は何を助けられるか

言っていることと、やっていることが違うからといって、すぐに病気と判断できるものでもありません。私を含めて、口では偉そうなことばかり言って、行動を起こさない人は、統合失調症の患者さんばかりでなく、いっぱいいるからです。そう考えると、家族が助けられるのは、有言実行の人間にすることでなく、病院に連れて行くとか、薬を飲み続けさせるとかしか出来ないかもしれません。

実際、精神、脳、心の中に入り込んで、バラバラになっているものをつなぎ合わせるなどということが、家族の思い入れや気合、根性だけで出来ると考えるのは、間違った対応を引き出してしまう可能性さえあります。つなぎ合わせられるのは、本人だけです。お医者さんにさえ、出来ないと思います。

本人の不具合、家族の不具合

お医者さんの診察ポイントは、あくまで患者本人にあると思います。それは、

「患者さんは、どんな不具合を感じているのか?」

ということです。そして、いろんな症状があっても、患者本人が困っていなければ、それはまずそれでいいと判断するのが一般的なことのように思います。もちろん、患者本人が困っている場合は、本人に何が出来るか、出来なければ薬などの力で何か出来るか、ということをいっしょに考えてくれることでしょう。患者一人が診察に行っている場合は、間違いなく、それで診察は終わるはずです。

家族において不具合がない場合は、それで十分ですが、そうでない場合は、家族もいっしょに診察に行くことが賢明です。患者本人の中には、それを嫌う人もいることでしょうが、患者がお医者さんの言うことだけには従う場合、家族は、お医者さんに助けを求めるべきです。まして、家族ばかりでなく、その他の人にも迷惑が及んでいる場合には、家族や他人の精神状態を理解した対応を考えるためにも、それが必要です。

記憶、計画のない生活

統合失調症の患者といっしょに暮らしていると、あらかじめ、ああやってこうやってという計画を立てて生活するのが難しくなる。また、時には、過去の記憶をもとに話をすることも不可能だったりする。患者本人の都合で忘れた振りをしていることもあれば、本当に忘れている場合もある。積み重ねていくことが出来ない。

とは言っても、決まったパターンで生活することには、安心を感じる傾向にある。良いことであれ、悪いことであれ、新しい変化という刺激には、不安を感じたり、興奮しすぎたりして、落ち着かなくなることが多い。邪魔されたという気分を感じ、怒ることも少なくない。だから、そのパターン以外の計画を考えたり、対応しようとすると、ストレスを感じる。思考力も、ガクンと落ちます。

だから、新しいパターンの生活をさせようという時には、そのパターンを自分で考えさせるのでなく、準備してあげないといけないこともあります。そして、パターンを教えれば、その通りにやってくれるとは期待しない方がいい。何回はその通りに出来るまで、付き合う必要があります。その上、それが出来たとしても、人生で必ず起こるトラブルに出くわした場合は、また、つまずきます。その度に、そういうことに付き合う。それでも、パターンのない生活をさせるよりは、自立した生活ができるので、ある程度のところになるまで、忍耐して付き合いましょう。

確認強迫、妄想など

ちょっと異常と思われる行動から、確認強迫、妄想などの行動が出てくるときには、その異常さにとらわれることなく、何が起こって、そうなったのかを見極めた方がいい場合があります。要は、恐れが、本人の耐えられるレベルを超えたということの表れだからです。

何を確認しようとしているのか、どんな妄想か、どこからおかしくなっているのか、どんな言葉を使っているのか、観察してみます。もちろん、手に負えない時には、病院や専門家へ連れて行くべきです。何かを思い違いして、そうなっている場合もあります。その現実を見せるだけで、安心することもあります。もともと、思い込みや、勝手に強い意味づけをする傾向のある人々です。

もちろん、本人たちが、その原因を分かっていて(たとえば、悪いことをして、それを認めたくなくて)、精神が不安定になっている場合もあります。そんな時には、話をいくら聞いても、その原因、真実には、なかなか到達できません。電話やメールといった手段では、なおさら難しいことでしょう。顔と目を見て話したときに、「ん?なんか隠しているな」という気づきがあるかもしれません。

家族は、最も近くにいる存在で、変化に気づくことしか出来ないかもしれませんが、そういう観察をするのが役目で、付き合っていくための自分を準備していると思えば、少しは気楽になれるのではないでしょうか。



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プロフィール

Shu。いい言葉ねっと運営。父が統合失調症で16回の入退院、弟も後に統合失調症になる。穏やかでない家庭環境で、いろいろと学んだ。

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