ハンコ

先日、8月分として、
父の外出をしてきた。

もう入院しているわけじゃないから、
「外出」という言葉を使うのは、
ちょっと違うかもしれないけれど、

寮からの許可をもらって、
出かけていくという点では、
病院に入っていた頃と
たいして変わりない。

ただ違うのは、
外出の申請用紙に、
わたしが名前を書いて、
ハンコを押す必要がなくなったこと。

たいしたことじゃありませんが、
あの作業がなくなったのは、
なんか気楽です。

だいたい、ハンコをもっていることの方が珍しいから、
あ、ハンコがない、ということになります。

その時の看護師さんによって、
対応が変わります。

「じゃ、拇印で」ということで、
朱肉とティッシュを出されて、
人差し指を真っ赤にすることもあれば、

「あ、いいです」と
慣れた看護師さんが言うこともあります。

病院とは、10年以上の付き合いでしたから、
外出も、顔パスできるくらいの、
お馴染みの「○○さんの息子さん」のはずですが、
ハンコは必要でした。

ハンコが要らなくなった外出で、
父を連れて、また温泉に出かけたというわけです。

私も、1ヶ月ぶりのサウナに入って、
だらだらと汗を流してきました。

勉強させたい

弟は、心の病を抱えながらも、
幸い、仕事をすることが出来ている。

恵まれているほうだと感じる。

ただ、仕事ぶりについては、
それほど良くないだろう、
という気はしている。

仕事が単調なせいもあるかもしれないが、
本人自身が、言われたこと以外に
やろうという気持ちがないせいもあるだろう。

本気でやりたいと思える仕事に、
何かしら出会わせてやりたいなぁ、
と思って、

何かを勉強させたいとは思っているが、
読むのを薦めた本でさえも
読まないことは分かっている。

こればっかりは、
子供じゃないので、
付きっきりで読ませる、
という具合にはいかない。

何か好奇心をもって勉強してくれたら...

でも、それは、かなり難しいようだ。
テレビを見るにしても、
どこかに出かけるにしても、
落ち着いていることがめったいにないようだから。

その状態を落ち着かせて、
何か建設的なことをやらせようというのは、
家族のエゴか。

よく分からない。

まもなく、40歳になる。
吸収力も、格段に落ちていく。
考え方の柔軟さも、なくなってきている。

勉強しなくちゃ、終わってしまう。

何かいい方があればいいのだけれど...

リズムが崩れる

患者さんに対しては、
生活リズムを崩さないように
気をつけたほうがいいと思う。

よいことであれ、
悪いことであれ、
生活リズムが崩れると、

心も乱れてしまう。

心が乱れてしまうと、
良いことが起きているのに、
結果的に、悪いことになってしまう。

父や弟を見ていると、たとえば、
予想外の副収入なんかがあったりすると、
せっかく頑張ってきた節約生活が乱れて、

その副収入で味わった
節約から外れた生活に、
心が興奮してしまう。

また、それを経験したいと思ってしまう。
そのために、いろんな画策を始める。

がんばったんだから、
ごほうびとして、何かプラスすることを
考える時には、

お金とかよりも、食べ物の方がいい、
と思っている。

その方が興奮が少ない。

お金というものは、
心の弱い人をさらに弱め、
心の強い人をさらに強めるもの。

それを分かっていないと、
患者さんへの対応を間違ってしまう。

そんなふうに思っています。

外泊をねだる

父が、お盆期間中の外泊を
したがってきた。

予想できたこととは言え、
心の準備をしていなかった。

申し訳ないが、
外泊は出来ない。

外泊する先がない。

今は穏やかに過ごしているが、
そうでない日々に、
迷惑をかけた人々、大家さんから、
滞在の了承を得るのは難しい。

私がいつも一緒にいる、
という条件なら、
外泊は可能かもしれないが、
私も、それをする自信がない。

猛烈な欲求をもって、
行動を始める父親になった場合には、
わたしも、監視が不可能だと思うから。

父は、どう考えているんだろう...

自分が迷惑をかけた過去を。

それをすっかり忘れているとは
思えない。

本人だけ、水に流しているとすれば、
やはり、周囲にとっては迷惑なことだ。

本気で反省していて、
謝罪の言葉を述べるくらいなら、
話は別だが、
そういう気持ちがないのであれば、

今ぱっと思いついたような要望を、
周囲が叶えてあげられるような協力は
引き出せないだろう。

今現在は、穏やかに生活しているように
見えるだけに、なんとも、残念なことだ。

もう64歳。
残念ながら、更正のチャンスは、
逃してしまったのかもしれない。

久しぶりの温泉ランチ

入院している時から、
外出といえば、温泉ランチに
連れて行くのが常となっていました。

ふつうは、外泊といって、
実家に泊まらせるものでしたが、
泊まらせることができる実家というものが
なくなってから、
(父が問題を起こしたせいなのですが)

外出することにしました。

お昼に、温泉に連れて行って、
その足で、ランチを食べるわけです。

温泉と、ランチ・バイキングが
セットになっているので、
とても助かります。

父も、そこに行くのが
外出の当たり前になりました。

先日は、入院していた時に
お世話になってた看護師さんグループと
いっしょになりました。

「あらー、久しぶり」

と声をかけられて、
ニコニコしている父親。

病院の外で会うのと、
入院中に会うのでは、
気持ちも違うでしょうね。

ちょっと、顔が違うと感じました。

寮に移ってから半年。
慣れてきているところもあるようですが、
もっと自由な生活が欲しいと思えば、
不自由もあることでしょう。

そんなセリフも、
ポロポロ言うようになりました。

がんばって欲しいものですが...

音沙汰なし

昨晩は、父からの電話がなかった。

ちょっと不安になる...

毎週の電話がなくなると、
やっぱり、様子が分からなくなるからね。

お金が増えようがないと分かって、
アタックをあきらめたのか。

何を考えているか分からない時が、
昔から一番心配だった。

父を見ていると、
そういう時がよくあった。

今は、寮にいて、
一人っきりになることがないから、
悶々として、病状が悪化するということは
ないだろうけど、家にいて、
一人っきりになるようになって、
ある意味、ひきこもりみたいになると、

その病状の進行は速かったと記憶している。

どんどん、行動が狂っていく。

夜は、ほとんど眠らない。
急に、思いついたように、動き出す。

そして、夜どころか、日中もほとんど眠ることなく、
活動的に動き出したりもする。

そうなると、もう、家族の心の状態も、乱れてくる。

ある朝、偶然にも、
車のクラクションが壊れて、
鳴りっぱなし状態になった。

必然的に思ったのは、
父が、車に何かしたんじゃないか!

っていうことだった。

何かおかしなことの原因が、
すべて父にあるように思えてくる。

家族みんなが、そんな心理状態に
追い込まれてしまう。

結局、それは、
クラクションのスイッチが壊れて、
オンしっぱなしの状態になったためだったけれど、

それがきっかけとなり、
家族みんながもうガマンできないために、
父は、強制入院となった。

20歳頃だったかな。

今思えば、もう昔の話だ。

音沙汰なし、何を考えているのか、
分からないっていうのは、本当に不安なものだ。

お金

援護寮に入っている父が、
もう少しお金が欲しい、
と言ってきた。

予想していたことだ。

退院して、寮に入りたいと言った時には、
お金が厳しくなるっていうことだぞ、
とは言い聞かせておいたことなので、

「自分で選んだことだから、しょうがないだろ」

と言うことしか出来ない。

すると、父は言う。

「寮の○○さん(スタッフの名前)が、
 増やしてもらえと言っていた。」

そんなわけがない。
父の財布状況を分かっているだけに、
そんな無責任なことを言うわけがないのだ。

そういうことを言う父の心理状況も分かる。
ある意味、私を試している。

祖父は、そういう言葉に弱かった。
体裁をものすごく気にする人だったから、
他人がどう言っていた、こう言っていた、
なんて言葉を聞くと、すぐに反応した。

だから、父がつくった借金も、
一生懸命に返そうとした。

それがダメだった。

幸い、私は、そういうところを見てきたので、
父の「試し」には乗らない。

父が退院したくて退院し、
入りたくて入った寮。
苦しくなることは覚悟の上だったのだから。

私が子供の頃に、
パチンコ通いをして、
お金を湯水のように使っていた父が、
60歳を過ぎて、辛抱すること、節約することを、
学ばなきゃいけないなんて、情けないけど、
しょうがないことなのだ。

頭、よかったよねぇ~

今は、老人ホームにいる義母。
16歳の時に、統合失調症を発病して、
かなり不安定だった様子。

今では、禁止されている
ロボトミー手術を施されたらしい。

カンタンに言えば、
精神を不安定にさせやすい神経を
ぶっち切ってしまうこと。

そうすれば、鈍くなる。
そして、穏やかになったように見える。

悪いのは、人の感情に対しても、
けっこう鈍くなってしまうこと。

もともとしつこい性格だったのだろう。
たとえば、何かが気になると、
何度も何度も、人に確認するクセがあった。

やっぱり、いっしょにいる家族としては、
かなり、うんざりしてしまう。

10年前には、そんな義母を連れて、
買い物に行ったりしていたが、
義母の同級生に偶然会ったりすると、
その変貌ぶりに驚かれた後には、

必ず、

「ホントに、この人は、頭がよかったよねぇ~」

と言われていた。

統合失調症=頭のいい人になる病気。

なんて公式は、イメージされたくないものだが、
本当に、よく言われた。

実際、私の弟も、とっても頭がよかった。
父については、3人兄弟の中では一番よかった、
とは聞いている。

楽しませてもらった?

先週末は、
娘らの総体だった。

多分、3度目になるけど、
また、父を連れていっしょに行った。

私が、中学生の頃には、
パチンコやらなにやら、
落ち着くことなく遊びほうけていた父。

それが、今は、
孫の総体に連れられていっている。
考えてみれば、面白い話だ。

これまでの過去2回は、
ちょっと退屈している様子も見られたが、
今回は、そうでもなかった様子。

午前の部が終わり、
昼食に出かけている時に、

「もう帰るか?」

と聞いたら、まだ残っていると言ってきた。

そして、午後の部を終えて、
寮に送っていったら、

「今日は、楽しませてもらった」

との言葉。初めて聞いた気がする。

温泉に連れて行く時でさえ、
そんな言葉は言われたことはない。

たしかに、娘らが準優勝をしたという結果も、
結果だったのだが、まずは、いいことなのだろう。

精神科医が減ってる...

朝日新聞サイトより。

地域の中核病院などの総合病院で、
医師不足から精神科病棟の閉鎖が相次いでいるようです。
02年から4年間で、精神病床がある病院数は1割、
病床数は2割近く減ったとのこと。

自殺率が12年連続全国1位で
自殺予防に取り組む秋田県でも、
精神病床がある八つの総合病院のうち、
3カ所が入院病棟を閉鎖中。

厚労省は、精神障害者が入院中心から脱して
地域で生活できるように推進している。

その波紋で、私の父親も退院となって、
更正施設に入所中。

精神科医療というのは、
病院経営の利益という点から考えても、
どうやら、難しい様子。

どうなっていくのでしょうか、
これから。

ちょっとした不安がつのります。



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プロフィール

Shu。いい言葉ねっと運営。父が統合失調症で16回の入退院、弟も後に統合失調症になる。穏やかでない家庭環境で、いろいろと学んだ。

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