2008年9月アーカイブ

几帳面

統合失調症など、心の病は、
どちらかというと、
几帳面な人がなると言われています。

私の父や弟が、
そういう几帳面だったか、
といえば、よく分かりませんが、

神経質だったかもしれないな、
とは思います。

つまり、自分の思い通りにならないことに、
敏感に反応しすぎる、気にしすぎる、
という感じです。

「ま、いっか。」
「たいしたことない。」
「全然、大丈夫。」

というふうに思えないわけです。

ものすごい嫌悪感をもったり、
頭が真っ白になったり、
震えるほどの不安感に襲われたり...

そういう部分は、
家族のなかで遺伝する性質のものと
思いますので、私自身、
自分の子供たちについて、
ちょっと心配したりします。

この心配が行き過ぎると、
わたし自身も神経質になってしまう、
というわけですが、

今のところ、そういう性質をもっていそうなのが、長女。

いろんな才能を持っているようで、
いろんなことがうまくいっている状況で、
生活を送っている。

しかし、中学生になって、
少しずつ、うまくいかないことが増えてきて、
その度に、どうしてだろう...?

という感じに、行き詰ることが多くなりました。

同年代の子どもに比べれば、
いろんなことが出来ている方なのですが、

今まで持っていたものを「失った」かのように、
ものすごく落ち込むわけです。

そんな状態が、2日、3日と続くと、
さすがに親としても、

「この子は、危ないかな」

なんて思ったりもします。

で、4日目あたりに、復活してくると、
「ま、こういう経験で成長していくかもな。」
と思い直す。

遅かれ早かれ、
そういう苦しい経験はするような性格。

これから、何度、落ち込みを経験していくのか、
それで、心が壊れないで成長して欲しい、
と願う親になっている私です。

ニート

今さらでもないが、
ニート(Not in Education, Employment, or Training)
という言葉が聞かれるようになって、
4年くらいが経った。

学生でも、職業訓練中の身でもない無職の人。
働く意思を持たない点でフリーターと区別される。

統合失調症の患者でも、
働ける人は働ける。

職場を与えられて、
その病気に対して周囲の理解があればあるほど、
働けるとは思う。もちろん、まったく問題がない、
というわけにはいかないだろう。

しかし、ニートに対しては、そうはいかない。
就職した時点で、それがアルバイトだろうが、パートだろうが、
当然の義務として、ちゃんとした働きが要求される。

だから、働く意思が見えないと、
「まあ、これも病気の症状の一つだろう」
と理解される患者とは違い、

「ちゃんと、仕事をしろ!給料泥棒!」
なんて怒鳴られることもあるだろう。

ニートが、それに耐えられるとは思えない。
心のどこかで、働かなくても、親と暮らしていれば、
食っていける、という考えがあるから...

統合失調症という病気も大変だが、
ニートという現象は、もっと大変な気がしてきた。

日本ばかりでなく、その国の大きなロスに違いない。

コミュニケーション能力

先日、弟といっしょに、
知人らと会っている時に、
何やら、会話をしている人たちに
話しかけようとしている姿が見えた。

弟が、何か、会話に参加しようとしているのかな?

と思って、聞き耳を立てていた。

その知人らは、
「最近、寒くなったねぇ」
とたわいもない世間話をしていただけだったので、
弟も、参加できるくらいのレベルだ。

弟が、いざ、口を開いた。

「昨日、注射をしてきてもらって、
 腕がかゆいんです。」

ガクっ!

知人らは、弟のことを知っているので、
その言葉に付き合ってくれていたが、

なんで、こう、
自分のしゃべりたいことを話すくらいの
コミュニケーション能力しかないのだろう。

これは、統合失調症の症状とは限らないが、
アタマの中が、自分のしゃべりたいことで
いっぱいになっていて、他人の会話を聞きながらも、

そこに口を挟んで、自分のことを中心にした会話に
もっていきたいだけのアタマしかない、というわけだ。

うーん、残念ながら、
そこまでのコミュニケーション能力。

「あのさぁ、他人の会話するんだったら、
 それに関係することを言えばいいだろ。」

といいたくなったけれど、
まあ、今は無理っていうか、
この先も無理だろうなぁ、って思えたので、
言うことは、あきらめた。

コミュニケーション能力は、
いつ身につくか。何歳の時で決まるか。

ちょっと、考えてしまった。

若さと病気

街中をドライブしていると、
ちょっと妙な歩き方をしている人がいる。

なんていうか、
うまく表現出来ないけど、
心の病っぽい歩き方だ。

差別するような意味合いで、
言っているわけじゃない。

何度も何度も、父の病院に行って、
同じような患者さんを見たり、ふれているうちに、

目線、立ち方、歩き方で、
どことなく、病気の人の空気を、
一般の人よりは敏感に感じられるように
なっている私だと思う。

きっと、お医者さんも、
そんな感じの判断は、
間違いなく出来るだろう。

で、街の中を、そんな感じで
一人で歩いている人を見ると、
ちょっと不安な気持ちになる。

症状が軽いのならいいが、
ある意味、徘徊しているような感じに見えると、
この人の家族は、この人を監視していることが
出来ないんだろうなぁ...

なんて思ってしまうから。

そういう人々が犯罪をおかすことを
心配しているんじゃなくて、
日本という国では、理解されにくいから、
本人と、その人を見た人それぞれにとって、
ストレスになるんじゃないか、と思って心配になる。

もちろん、余計なお世話なんだけどね...

まして、若い人だったりすると、
ますます、理解されない気がしてね。

若くて活力のある人、
若くて病気をもつ人。

人生は、その時点から、
まったく違う方向に進んでいるように見えます。


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プロフィール

Shu。いい言葉ねっと運営。父が統合失調症で16回の入退院、弟も後に統合失調症になる。穏やかでない家庭環境で、いろいろと学んだ。

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