2008年3月アーカイブ

無人島で生活させて

患者本人の人間性を見たときに、
この人が、もし無人島で生活したら、
どうなるんだろう…

って考えたりする時があります。

誰かといっしょにいると、
相手を困らせたり、
本人がストレスになったり、
トラブルが起きる。

そういう人がいない無人島であったら、
どうなるだろうか?

誰のことも気にせずに、
考える必要もなく生きていける環境。

それが無人島…

のように思える。

けれど、そうはならないだろう、現実は。

生きている間に、
何についてでも悩み、
考え出したりするのが
病状なだけだから、

無人島にいて、
誰も自分の面倒を見てくれない、
食べるものを探すのも自分、
寝る場所を探すのも自分、
何かをするか何かをしないかを決めるのも自分、
となれば、それだけで悩むだろうなぁと思う。

しかし、やっぱり、
悩まない可能性も
ちょっとはあるかもしれない。

やっぱり、精神の病は、
人と人との交流があって生じるものだろうから。

けれど、無人島での生活で、
最大の悩みは、

「自分は、死ぬまで、ここにいるのだろうか?」

じゃないかな。

これは、悩むにも大きすぎるものだ。

ちょっとの間だけでも、
無人島生活をさせて様子を見てみたい。

借金とギャンブルと精神病

どれが最初で、
どれが2番目で、
どれが3番目か、
っていうことは分からない。

けれど、父に関して言えば、
この3つがキーワードだった。

借金、
ギャンブル、
精神病。

子供ながらに、
この3つの存在が怖かった。

どうしようもなく、
その3つの前では、
自分が無力な気がした。

けれど、大人になって、
それを打開する方法が、
勉強することによって、
知識を得ることによって、
分かってくることを知った。

最初に読んだのは、
借金の本だったかもしれない。

自己破産なるものがあると知って、
ちょっと気楽になった。

けれど、自己破産をさせたことはない。
そもそも、必要ではなかった。

財産もないし、返済能力もない。

次に読んだのは、
ギャンブル依存症の本だったと思う。

どういう心理状況で、
父がパチンコにハマっているか
分かってきた。

下手すれば、
自分にも、そういう傾向があるかもな、
っていう気もした。

けれど、私の場合は、
人生すべてをギャンブル化して、
いろんなことにチャレンジする方に
面白味を感じたから、
賭け事のギャンブルには進まなかった。

そして、精神病の本を読み、
意味不明だった病気がちょっと分かり出した。

この3つについて、
分かってきたことが増えて、
正体不明だった父をつかみかけた気になった。

実際、その気になっただけだった。

現実の父は、相変わらず、
トラブルメーカーだったからね。

けれど、その気になっただけでも、
良かった。

また、分からないことが出てきたら、
知識を増せばいいという道も開けたから。

今となっては、そんなに分からないことでもない。
学ぶことは、大切だ。

周囲にとって、一番の教訓だと思う。

父の考え?

昨日、援護寮にいる父からの電話。

あたりさわりのない会話で
終わろうとしていたので、

「そっちこそ、何かないか?」

と聞き返してみた。

「そうだな。また、温泉に行きたいくらいだな。」

という返事。

本当かどうかは、
分からない。

それしか思い浮かばないだけなような気もする。

「子供たちが、春休みに入るから、
 その時に、いっしょに行くか?」

と尋ねたら、

「うーん」

という返事。

なんとなく、反応がイマイチ。

なんだろうなぁ…と思った。

そんなに、孫への関心もないのかな。
それとも、今、使えるお金がないから、
あげられるものもなくてイヤなのかな。

よく分からない。

もともと、よく分からない。

本当の考えを言っているのか、
言っていないのか、よく分からない。

ずーっと分からないかもなぁ。

どこに、本当の気持ちを隠しているんだろう。
それとも、本当のことを言っているのだろうか。

考えても、やっぱり分からない。

ダメなことの確認

昨晩、弟からの電話。

「兄さん、俺が、
 ○○していることは
 知っているよね。」

「ああ、知ってるよ。」

こういう電話は、
これで、もう何回目になるんだろう。

ダメだ、と言われていることをしているのを、
私でも、他の誰かでも、知ってもらっている、
といことは、

それが、してもいい許可だ、
と解釈したいのである。

病気のせいか、性格のせいか、
よく分からないが、
人のせいにしたいのだ。

私は、つづけて言う。

「知ってるけれど、
 だから、OKというわけじゃないぞ。
 ダメだっていうのは、前から言っているんだからな。
 それを、おまえが自分に都合のいいように考えて、
 おまえで選んで、やっているんだからな。
 それで、後々になって、
 おまえが後悔するようなことになっても、
 それは、おまえのせいだからな。」

「…」

しばらくして、

「わかった。やめるよ。」

と返答してくる。

しかし、多分、やめないだろう、と私は思う。

こういう確認を何度となくする。
この繰り返し…

ダメなことを辞めるのは、
けっこうな勇気がいる。

それは、統合失調症の患者でなくても、
同じこと。難しいもんです。

10:00-6:00まで

薬がちゃんと効いていれば、
10:00-6:00までの時間は、
ちゃんと眠っているはずだが、

それが落ち着いていられない、
のが普通になっている弟。

その原因は、いろいろ。

1.翌日のことや、考えすぎていることが
  頭の中を巡って、興奮している時。

2.コーヒーやお茶を飲むせいで、
  薬の中に入っている睡眠薬が
  効いていない?

3.仕事が終わると、午後4:00頃には帰宅してしまうため、
  ちょっと横になって、眠りに入ってしまうと、
  夜の分の眠気が遠くなってしまうため。

だいたいは、こんな感じだろう。

どれか1つというわけでなく、
混じり合って、眠らないという現象が起きる。

いっしょに住む家族は、迷惑このうえない。

そこで、ルールを決めた。

10:00-6:00の間、眠らないのは勝手だが、
居間やキッチンには入ってくるな、というルール。

行き来していいのは、
自分の部屋、トイレ、
洗面所、そしてそこまでの廊下。

なんとか、守れているようだ。

しかし、このルールにも、
抜け道があった。

洗面所の蛇口が、
洗濯機のホースと直結しているため、
夜中に、水を飲んだり、手を洗うことができない。

うーん、どうしよう。
洗面所の隣りの、風呂場の蛇口を使わせようか。

なんてことを考えている。

ふつうの家庭からすれば、
なんとバカらしいこと、ルールを
つくっているもんだ、と思うだろうね。

けれど、患者といっしょに生活して、
家族の方が、精神的にまいってしまわないためにも、
そういうルールは、必要なのだ。

ほかに、いい方法はないかな。
  

電話がこない

そういえば、昨晩は、
父からの電話がなかった。

たいした用事もないのに、
毎週日曜日の夕方だいたい7:00頃にきていた電話。

それが、こなかった…

と思ってみれば、
なんか不思議な、
それでいて、

「どんな心境の変化があったんだろう?」

という期待のような、不安も感じたりする。

病院とか、寮とかにいる時には、
本人に会えるから、
父の存在とか、考えていることとかを、
それほど遠くに感じることはない。

昨日1日電話がこないことについても、
そんなに問題じゃない気がする。

しかし、病気でありながら、
外にいて、あちらこちらへとウロチョロしている時には、
遠くに感じる。本人の心のありかが見えなくなる。

だいたいは、パチンコ屋さんに行く父であったが、
そのパチンコ屋も、数え切れないほどあったから、
どこに行けばいるのか、なんて分からない。

見えなくなる患者といるのは、
とても不安になる。

家族としては、何か問題を起こしていないか、
とばかり考える。

実際、そういう時に、
交通事故を起こしていたりしたこともあった。
借金を重ねている時もあった。

本人が見えなくなると、
やっぱり、問題をつくっている。

見えなくならないところに置くこと。
こちらも、見失わないようにすること。

これって、大切なんだよね。

自分ですら、自分が分からないんだから。

ルール作り

基本的に、
統合失調症の人間は、
ルールが好きなように思います。

もちろん、
自分が納得したルール。
もしくは、
自分が守ることが当たり前になったルール。

だから、そのルールを勝手に変えられるのは、
気に入らない。ストレスを感じる。

私の弟は、食料品の卸会社で
働かせてもらっているが、
週明けに、自分の職場に行くと、
物の置き場所がよく変わっていて困る、
とよく言います。

どれほど変わっているのか、
私は現場を見たことがないので、
よく分かりませんが、

おそらく、ちょっとした変化にも、
敏感になっていることでしょう。

家族として生活をいっしょにする時でも、
患者に合うルールを見つけ出さないと、
ルールを守らせることが出来ないため、

かえって、いっしょに住む側が
苦しむことになります。

かと言って、ルールを作らないと、
いろんな問題が生じてきます。

そして、ルールを守る価値を確認する必要があります。

いっしょに住む家族が迷惑しないため、
という理由には、納得しません。

迷惑をかけているつもりもありませんし、
そういう感覚もなければ、
そういうことを気にする価値も感じないからです。

それよりも、
入院することがイヤな人間であれば、
入院しないで、この生活を続けるため、
という理由であれば、価値を感じてくれます。

やっぱり、ある意味、利己的ですから、
その利己的な理由を確認してあげればいいのです。

ルールがない状態が当たり前だった人間には、
ルールを守らせるのが、本当に難しいです。

私の父の場合は、そんな感じでした。
だから、半分監視されている状態でなければ、
まともな生活が出来ない。

そうなる前に、ルールを守る習慣づくり。
最初は難儀かもしれませんが、
いっしょに住む家族は頑張った方がいいと思います。



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プロフィール

Shu。いい言葉ねっと運営。父が統合失調症で16回の入退院、弟も後に統合失調症になる。穏やかでない家庭環境で、いろいろと学んだ。

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