2_家族の最近のブログ記事

几帳面

統合失調症など、心の病は、
どちらかというと、
几帳面な人がなると言われています。

私の父や弟が、
そういう几帳面だったか、
といえば、よく分かりませんが、

神経質だったかもしれないな、
とは思います。

つまり、自分の思い通りにならないことに、
敏感に反応しすぎる、気にしすぎる、
という感じです。

「ま、いっか。」
「たいしたことない。」
「全然、大丈夫。」

というふうに思えないわけです。

ものすごい嫌悪感をもったり、
頭が真っ白になったり、
震えるほどの不安感に襲われたり...

そういう部分は、
家族のなかで遺伝する性質のものと
思いますので、私自身、
自分の子供たちについて、
ちょっと心配したりします。

この心配が行き過ぎると、
わたし自身も神経質になってしまう、
というわけですが、

今のところ、そういう性質をもっていそうなのが、長女。

いろんな才能を持っているようで、
いろんなことがうまくいっている状況で、
生活を送っている。

しかし、中学生になって、
少しずつ、うまくいかないことが増えてきて、
その度に、どうしてだろう...?

という感じに、行き詰ることが多くなりました。

同年代の子どもに比べれば、
いろんなことが出来ている方なのですが、

今まで持っていたものを「失った」かのように、
ものすごく落ち込むわけです。

そんな状態が、2日、3日と続くと、
さすがに親としても、

「この子は、危ないかな」

なんて思ったりもします。

で、4日目あたりに、復活してくると、
「ま、こういう経験で成長していくかもな。」
と思い直す。

遅かれ早かれ、
そういう苦しい経験はするような性格。

これから、何度、落ち込みを経験していくのか、
それで、心が壊れないで成長して欲しい、
と願う親になっている私です。

若さと病気

街中をドライブしていると、
ちょっと妙な歩き方をしている人がいる。

なんていうか、
うまく表現出来ないけど、
心の病っぽい歩き方だ。

差別するような意味合いで、
言っているわけじゃない。

何度も何度も、父の病院に行って、
同じような患者さんを見たり、ふれているうちに、

目線、立ち方、歩き方で、
どことなく、病気の人の空気を、
一般の人よりは敏感に感じられるように
なっている私だと思う。

きっと、お医者さんも、
そんな感じの判断は、
間違いなく出来るだろう。

で、街の中を、そんな感じで
一人で歩いている人を見ると、
ちょっと不安な気持ちになる。

症状が軽いのならいいが、
ある意味、徘徊しているような感じに見えると、
この人の家族は、この人を監視していることが
出来ないんだろうなぁ...

なんて思ってしまうから。

そういう人々が犯罪をおかすことを
心配しているんじゃなくて、
日本という国では、理解されにくいから、
本人と、その人を見た人それぞれにとって、
ストレスになるんじゃないか、と思って心配になる。

もちろん、余計なお世話なんだけどね...

まして、若い人だったりすると、
ますます、理解されない気がしてね。

若くて活力のある人、
若くて病気をもつ人。

人生は、その時点から、
まったく違う方向に進んでいるように見えます。

ハンコ

先日、8月分として、
父の外出をしてきた。

もう入院しているわけじゃないから、
「外出」という言葉を使うのは、
ちょっと違うかもしれないけれど、

寮からの許可をもらって、
出かけていくという点では、
病院に入っていた頃と
たいして変わりない。

ただ違うのは、
外出の申請用紙に、
わたしが名前を書いて、
ハンコを押す必要がなくなったこと。

たいしたことじゃありませんが、
あの作業がなくなったのは、
なんか気楽です。

だいたい、ハンコをもっていることの方が珍しいから、
あ、ハンコがない、ということになります。

その時の看護師さんによって、
対応が変わります。

「じゃ、拇印で」ということで、
朱肉とティッシュを出されて、
人差し指を真っ赤にすることもあれば、

「あ、いいです」と
慣れた看護師さんが言うこともあります。

病院とは、10年以上の付き合いでしたから、
外出も、顔パスできるくらいの、
お馴染みの「○○さんの息子さん」のはずですが、
ハンコは必要でした。

ハンコが要らなくなった外出で、
父を連れて、また温泉に出かけたというわけです。

私も、1ヶ月ぶりのサウナに入って、
だらだらと汗を流してきました。

外泊をねだる

父が、お盆期間中の外泊を
したがってきた。

予想できたこととは言え、
心の準備をしていなかった。

申し訳ないが、
外泊は出来ない。

外泊する先がない。

今は穏やかに過ごしているが、
そうでない日々に、
迷惑をかけた人々、大家さんから、
滞在の了承を得るのは難しい。

私がいつも一緒にいる、
という条件なら、
外泊は可能かもしれないが、
私も、それをする自信がない。

猛烈な欲求をもって、
行動を始める父親になった場合には、
わたしも、監視が不可能だと思うから。

父は、どう考えているんだろう...

自分が迷惑をかけた過去を。

それをすっかり忘れているとは
思えない。

本人だけ、水に流しているとすれば、
やはり、周囲にとっては迷惑なことだ。

本気で反省していて、
謝罪の言葉を述べるくらいなら、
話は別だが、
そういう気持ちがないのであれば、

今ぱっと思いついたような要望を、
周囲が叶えてあげられるような協力は
引き出せないだろう。

今現在は、穏やかに生活しているように
見えるだけに、なんとも、残念なことだ。

もう64歳。
残念ながら、更正のチャンスは、
逃してしまったのかもしれない。

音沙汰なし

昨晩は、父からの電話がなかった。

ちょっと不安になる...

毎週の電話がなくなると、
やっぱり、様子が分からなくなるからね。

お金が増えようがないと分かって、
アタックをあきらめたのか。

何を考えているか分からない時が、
昔から一番心配だった。

父を見ていると、
そういう時がよくあった。

今は、寮にいて、
一人っきりになることがないから、
悶々として、病状が悪化するということは
ないだろうけど、家にいて、
一人っきりになるようになって、
ある意味、ひきこもりみたいになると、

その病状の進行は速かったと記憶している。

どんどん、行動が狂っていく。

夜は、ほとんど眠らない。
急に、思いついたように、動き出す。

そして、夜どころか、日中もほとんど眠ることなく、
活動的に動き出したりもする。

そうなると、もう、家族の心の状態も、乱れてくる。

ある朝、偶然にも、
車のクラクションが壊れて、
鳴りっぱなし状態になった。

必然的に思ったのは、
父が、車に何かしたんじゃないか!

っていうことだった。

何かおかしなことの原因が、
すべて父にあるように思えてくる。

家族みんなが、そんな心理状態に
追い込まれてしまう。

結局、それは、
クラクションのスイッチが壊れて、
オンしっぱなしの状態になったためだったけれど、

それがきっかけとなり、
家族みんながもうガマンできないために、
父は、強制入院となった。

20歳頃だったかな。

今思えば、もう昔の話だ。

音沙汰なし、何を考えているのか、
分からないっていうのは、本当に不安なものだ。

楽しませてもらった?

先週末は、
娘らの総体だった。

多分、3度目になるけど、
また、父を連れていっしょに行った。

私が、中学生の頃には、
パチンコやらなにやら、
落ち着くことなく遊びほうけていた父。

それが、今は、
孫の総体に連れられていっている。
考えてみれば、面白い話だ。

これまでの過去2回は、
ちょっと退屈している様子も見られたが、
今回は、そうでもなかった様子。

午前の部が終わり、
昼食に出かけている時に、

「もう帰るか?」

と聞いたら、まだ残っていると言ってきた。

そして、午後の部を終えて、
寮に送っていったら、

「今日は、楽しませてもらった」

との言葉。初めて聞いた気がする。

温泉に連れて行く時でさえ、
そんな言葉は言われたことはない。

たしかに、娘らが準優勝をしたという結果も、
結果だったのだが、まずは、いいことなのだろう。

弟のために

家族が、どこまで関わってあげられるか。

やっぱり、それがポイントなんだなぁ、
と思います。

自分でやらせることが、
一番大切。

しかし、時には、ちょこっと、
愛情を感じてもらうために、
たいしたことでないことで
手助けをする。

そして、
こっちもこれだけ頑張っているんだから、
あんたも、がんばりなさいよ、と伝える。

これは、口で言わないと、
分からない。
そういう病気の人達だからです。

だいたいにおいて、
自分のことしか考えられない状態に
なっているので、
無言のメッセージは、
難しいはずです。

先週は、弟のスーツのズボンの
アイロンがけをしました。
すそあげテープがはがれてしまって、
やり直したのです。

「こんなこと、本当は、おまえが
 自分でやらなきゃいけないんだよ。
 ここまで、俺がやってんだから、
 おまえも頑張れよ。」と。

本人は、ちょっと、
その気になっていました。

そういう積み重ねなんだろうなぁって思います。

ある意味、恩着せがましいですが、
「きっかけ」が必要な人達ですから、
それも利用しています。

父の考え?

昨日、援護寮にいる父からの電話。

あたりさわりのない会話で
終わろうとしていたので、

「そっちこそ、何かないか?」

と聞き返してみた。

「そうだな。また、温泉に行きたいくらいだな。」

という返事。

本当かどうかは、
分からない。

それしか思い浮かばないだけなような気もする。

「子供たちが、春休みに入るから、
 その時に、いっしょに行くか?」

と尋ねたら、

「うーん」

という返事。

なんとなく、反応がイマイチ。

なんだろうなぁ…と思った。

そんなに、孫への関心もないのかな。
それとも、今、使えるお金がないから、
あげられるものもなくてイヤなのかな。

よく分からない。

もともと、よく分からない。

本当の考えを言っているのか、
言っていないのか、よく分からない。

ずーっと分からないかもなぁ。

どこに、本当の気持ちを隠しているんだろう。
それとも、本当のことを言っているのだろうか。

考えても、やっぱり分からない。

電話がこない

そういえば、昨晩は、
父からの電話がなかった。

たいした用事もないのに、
毎週日曜日の夕方だいたい7:00頃にきていた電話。

それが、こなかった…

と思ってみれば、
なんか不思議な、
それでいて、

「どんな心境の変化があったんだろう?」

という期待のような、不安も感じたりする。

病院とか、寮とかにいる時には、
本人に会えるから、
父の存在とか、考えていることとかを、
それほど遠くに感じることはない。

昨日1日電話がこないことについても、
そんなに問題じゃない気がする。

しかし、病気でありながら、
外にいて、あちらこちらへとウロチョロしている時には、
遠くに感じる。本人の心のありかが見えなくなる。

だいたいは、パチンコ屋さんに行く父であったが、
そのパチンコ屋も、数え切れないほどあったから、
どこに行けばいるのか、なんて分からない。

見えなくなる患者といるのは、
とても不安になる。

家族としては、何か問題を起こしていないか、
とばかり考える。

実際、そういう時に、
交通事故を起こしていたりしたこともあった。
借金を重ねている時もあった。

本人が見えなくなると、
やっぱり、問題をつくっている。

見えなくならないところに置くこと。
こちらも、見失わないようにすること。

これって、大切なんだよね。

自分ですら、自分が分からないんだから。

狂ってる自分

時々、自分も、
「狂っているかもな」
と思わされる時がある。

なんて言うんだろう…

なにかしら、
妙なこだわりがある時だな。

どうしても、
ゆずれないこだわりみたいな。

実際、
こだわり、くらいなら、
誰でも持っているものだろうけど、
家族に、患者がいたりすると、

自分を、ちょっとは病気につなげて、
考えたりするものなのだ。

たとえて言えば、
自分のおじいちゃんとかが、
泌尿器系のガンとかで亡くなっている場合に、

トイレに行って、小の方をする際に、
ちょっと痛みを感じたりすると、

「あ、俺も、やっぱり、ガンになるのかな?」

みたいなことを考えたりするのに、
似ているかもしれない。

家族の病気っていうものは、
やっぱり、自分にも「縁」があるように思って、
当たり前なのでしょう。

だから、絶対、俺だけは大丈夫、
と思っているよりは、

俺も危ないかもな、
くらいに警戒しておいた方が、
正常かもしれません。

大丈夫という思い込みほど、
異常に近い可能性大だよ。



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プロフィール

Shu。いい言葉ねっと運営。父が統合失調症で16回の入退院、弟も後に統合失調症になる。穏やかでない家庭環境で、いろいろと学んだ。

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