レポートには、
結論が必要だ。
しかし、成り行きの結果から、
結論を導き出そうとすると、
だいたいにおいて、
あいまいな、ハッキリしない結論に
なってしまうことが多い。
それは、仮説がないからだ。
だから、レポートを書く前でも、
実験や調査をする前でも、
仮説を立てなくてはいけない。
しかし、その仮説が、
あまりにも限定されると、
その先のアイデアも少なくなり、
面白い結論が導かれない。
レポートの目的から始まって、
どういう仮説を立てるか。
逆に言えば、
どういう仮説を証明したいために、
そのレポートを書くのか。
面白い仮説であればあるほど、
実験や調査も楽しいし、
レポートの作成を進めていくのも、
楽しくなるのだ。
野球の練習で、
1000本ノックなんて、
よく聞きますが、
そういう繰り返しを、
レポートや文書作りにも
活かすとすれば、
かなりの効果になることは
間違いないでしょう。
バンダイでは、
企画を担当する社員は、新人の頃に、
「年1000本の企画を出す荒行」を
課せられるとか。(雑誌「DIME」高橋晋平)
1000本ということは、
1日に平均3本の企画を
起こさなくちゃ達成できない目標です。
でも、それを、
A4用紙1枚に、1つでも、2つでも、
まとめあげるような練習をすれば、
きっと、文書構造を組み立てる練習にもなるはず。
1000本ノックとまではいかないにしても、
1日1つくらいのアウトプットは、
欲しいところです。
1日生きれば、1日仕事をすれば、
それなりのインプットが必ずあるわけで、
そこからアウトプットが何かしら出てきても、
それが途中段階でもいいから、
出てこなければいけないとも思います。
365本ノック、または、実労働日換算で、
200本ノックでもいいから、
毎日アウトプットを出す練習をしましょう。
コンサルティング会社のレポートを見たことがあるだろうか?
私も、そんなコンサルティングっぽい仕事をやっていたことがあるので、
あまり偉そうに言える話でもないが、最終的に出てくる「かたち」が
レポートというものが多いので、なぜかしら、
こんなレポートのために、
何百万円も払ったのか?
という気にさせられるのは事実だと思う。
もちろん、そのレポートが出てくる前に、
いろんなミーティングやらコンサルティングの質問により、
気づかなかった問題などを洗い出してもらっているという
プロセスなんかもあるだろう。
しかし、そのレポートに記されていることが、
そういう問題点の羅列と、ある意味、
他人事のような、無責任な感じの対策案の羅列だけに
終始していると、「え!これだけ?」と思ってしまうのだ。
そして、それがまかり通った時代もあった。
しかし、そのような実情が
見破られた今となっては、
よほどのビッグネーム、ブランド力の
あるコンサルタントや会社でない限り、
そんな手法で、
高額のコンサルティング料はとることなどできない。
だから、ほかのコンサルティング会社は、
実績や成果をキチンと出す、というスタイルで、
報酬をもらうスタイルにしているところも、
少なくないと聞く。
しかし、そこにも問題があって...
と続けると、話が長くなるので、
ここで終わるが、
レポートの目的は、
次に何をすればいいか、
が分かることである。
レポートを出すことだけを目的にして、
それを証拠として報酬をもらおう
とするコンサルティング会社につかまらぬよう、
自分たちのなすべきことは、
自分たちでキチンと調査することが必要だ。
そして、それらの調査結果から、
レポートを生み出し、
それがマニュアルみたいな存在として、
使われるよう、究めていきたいものだ。
レポートには、
思う、感じる、
という言葉は禁句だ。
なんてことを、
新入社員になったばかりの時に、
しつこいほどに教えられ、
無意識に、その言葉を使っていた私は、
何度も書き直された、と記憶している。
たしかに、相手を説得しようとしている時に、
思う、感じる、というような主観的な意見だけでは、
説得材料が少ない。
見た目が似ていると思う、とか、
まったく違うように感じる、とかでは、
反論もされやすい。
客観的なデータや材料をそろえて、
このように違う、とか、
こんなふうに同じ、とか、
ハッキリと言えなければいけない。
思う、感じる、レベルの話は、
レポートには向かないわけだ。
逆に言えば、
そのレベルを超えた話にするまで、
レポート作成の前には、
準備が必要だと言える。