2008年8月アーカイブ

24年前のオススメ

学生の頃に読んだ本で、今でも、
ものすごく参考になる「文章の書き方」本がある。

とは書いても、これは、
本人の好き嫌いによるものが多い、と思う。

それは、小説家の書く小説によって、
それぞれの小説家を嫌いになったり、
好きになったりするのに似ている。

さっぱり分からない文章は別にして、
文章にも、好き嫌いがあるのは当然のこと。

そういうことを前提にして、
私と24年の付き合いになる文章本は、
「文章の書き方」(辰濃和男)という本だ。

ちょっと引用したい。

----以下、引用----

正確にものごとを見る訓練をおろそかにしている人が、
はたして正確な文章を書くことができるでしょうか。(まえがき)

現場を踏めば、異質のものに出あえます。
異質のものに出あい、驚く。
その驚きが深ければ深いほど、文章は力をもちます。(p29)

---引用終わり---

ものを見る目がなければ、文章を書くときには、
何かが足りない印象を、相手に与えてしまいます。

会話をしている時にも、どことなく、
不安な気持ちさえ与えてしまうこともあります。

見る目が、書く手に通じる...

間違っていないことでしょう。

思う、感じる、という言葉

レポートには、
思う、感じる、
という言葉は禁句だ。

なんてことを、
新入社員になったばかりの時に、
しつこいほどに教えられ、
無意識に、その言葉を使っていた私は、
何度も書き直された、と記憶している。

たしかに、相手を説得しようとしている時に、
思う、感じる、というような主観的な意見だけでは、
説得材料が少ない。

見た目が似ていると思う、とか、
まったく違うように感じる、とかでは、
反論もされやすい。

客観的なデータや材料をそろえて、
このように違う、とか、
こんなふうに同じ、とか、
ハッキリと言えなければいけない。

思う、感じる、レベルの話は、
レポートには向かないわけだ。

逆に言えば、
そのレベルを超えた話にするまで、
レポート作成の前には、
準備が必要だと言える。

わざとらしい体験レポート

今日も、インターネットの世界では、
わざとらしい体験レポートが、
わんさかと生まれています。

なんで、そんな胡散臭いものが、
こうもたくさん生まれるものか、
と思うのですが、

インターネット・ユーザー初心者を
ねらってのものだからなのでしょう。

玄人は、決して、
ひっかかりません。

極秘のレポートが、
3万円で売っている?

いやいや、そんなはずがありません。

極秘であるなら、
売られるわけがないのです。

3万円の価値あるレポートなら、
それが、違法行為でない限り、
出版社が素早く目をつけて、
書籍化するはずです。

それが、そうはならない。

もちろん、市場(マーケット)が狭い場合もあるでしょう。

しかし、そうじゃない。

初心者の欲望を刺激する文面で誘って、
体験レポートを買わせたり、

体験レポートを読ませることによって、
ノウハウのマニュアルを買わせたり...

インターネット上の情報は、
まだまだ未成熟の段階です。

きっと、それは、
そこに集まる人の心も、
未熟だからでしょう。

体験レポートを読む目を持ちましょう。

入社して

学生時代に考えていたレポート、
というものは、なんていうか、

単なる「まとめ」というものに
とらえていたように思う。

それが、入社して初めての
レポートを書く段階になって、
わたしがトレーニングされたのは、
当たり前のことだけれど、

誰に書いているのか、
何を言いたいのか。

の2点だった。

ただ、まとめればいいと思っていたレポートが、
ハッキリと目標を2つ突きつけられた。

誰に書いているのか、
何を言いたいのか。

なるほどと言えば、なるほどの話。

しかし、そういうことを考えていなかったら、
そういうことを考えるのが下手だった。

何度も何度も、書き直させられたように思う。

課長からは、レポートの書き方のような本を
読ませられたり...

今になって思えば、いい思い出だ。



 
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