一言に、
給食費未払いとは言っても、
家計の事情もあれば、
義務教育なんだから、
払わなくてもいいでしょ、
給食を出してくれなんて
頼んでいないから、
とかいろんな状況がある。
しかし、健康保険料の未払いについては、
親の身勝手なケースもあるだろうが、
どうしようもない家計の事情も
あるかもしれない。
という見方なのでしょう...
子供だけには、
健康保険証が発行される
ことになりそうです。
ただ、これには、
いろんな課題が出てきそうですね。
ちゃんと払っていて、
健康保険証をもっている親からも、
不平・不満の声とか。
いっそ、全国の子供には、
無条件に、保険証が発行されれば
いいのかもしれません。
そうなると、健康保険というシステムを
根本から変えなくちゃいけない。
うーん、景気の悪化と、
親の価値観の多様化(?身勝手?)が
からんできて、問題の本質が
見えにくくなっているかもなぁ。
どっちが問題か、
よく分からないです。
東京都の教育委員会が、
保護者と学校の関係がこじれるケースに対して、
解決対応をする「解決隊」を設置するようです。
間違いなく、
モンスターペアレント対策
だと思うのですが...
「問題をいったん学校から離し、解決に当たる専門部署」
と表現されていますから、
どうなることでしょう。
現場から問題だけを外して、
大丈夫なんでしょうか。
もちろん、その問題に、
関係する先生や保護者も
ついて回ることになるんでしょうけど...
弁護士や子どもの心身に詳しい医師らが
関わるようですから、
あのドラマ「モンスターペアレント」と
同じような体制が出来るんですね。
予算は3300万円。
さて、どんなことになるんでしょう?
ひき逃げのニュースが、
盛んにありすぎて、
どの事件だったか
よくわからなくなっている最近です。
その1つ、大阪であった1件。
容疑者である41歳の息子について、
「息子には生きる価値がない」
と自宅前で取材に応じたお父さん。
71歳だそうです。
息子さんと30歳違い。
こんな事件を起こした息子に、
どんな気持ちでしょうね。
今年6月に酒飲み運転で罰金50万円となっていて、
一向に支払う気配がなかったため、
そのお父さんが肩代わりして、払ってくれたとのこと。
払ってくれるお父さんだと、
分かっていたんでしょうね。
怒られても、責められても、
最後には面倒を見てくれる、
と思っている子ども。
怒っても、責めても、
最後には放っておけない親。
何かが起こるまでの親子関係、
何かが起こった後の親子関係。
うーん、考えさせられます。
神奈川県藤沢市の県立湘南高校の食堂で、
食器を片付けなかった男子生徒の首を押さえ付け
けがを負わせたとして、傷害罪に問われた教師に対して、
無罪を言い渡しました。(ヤフーニュースより)
裁判官のお言葉。
「体罰はできる限り避けることが望ましいことは論をまたない」としつつ、
「男性の行為は生活指導の必要上行った行為で、
正当な範囲を逸脱したとは認められない。
規律違反に対する制裁として行ったものではなく、体罰に当たらない。
仮にこの程度の行為も一切許されずに処罰対象になると、
素行が悪く指導に従おうとしない生徒らが、
体に触れられた程度でも容易に教職員を
警察に告訴する風潮を生み出しかねない」と述べた。
まったく、その通りだと思います。
なんでも、訴訟社会になってしまったら、
学校の先生たちは、授業どころでなくなる。
生徒の訴えを、鵜呑みにして、
騒ぎを起こす親も後を絶たなくなるでしょうし...
体罰は、何でもOKとは言わないまでも、
ダメなことをした生徒を怒れない学校になってしまったら、
その学校は、存在意義すらなくなるでしょうね。
そういうことになるのを促すのが、
親、モンスターペアレントであってはいけない。
そう思います。
大阪では、橋下知事と教員の熱い戦いが
くり広げられているようで、
ニュースを聞いていると、なるほど、
と思わされることも多いが、
単に「橋下嫌い」から、
言葉の揚げ足をとって批判しているに
過ぎない子どもじみた発言もあるように感じられる。
現場教員らからの声として発表されているもの。
「『くそ教育委員会』発言を撤回しろ」
「まず教員の数を増やせ」
「予算を減らすな」
橋下知事の発言として発表されているもの。
「こういう先生に子供たちを任せられない」
「まず人の話を聞きなさい。いい大人なんだから」
「学校の先生は(学力低迷の問題について)責任を取らなくても
一生公務員としてぬくぬくとやっていける」
「9割の先生は一生懸命やっている。
地域や家庭の皆さんが学校運営にかかわり、
1割のどうしようもない先生を排除してください」
「先生がちょっと子供の頭をゴッツンとしようものなら、
やれ体罰だと叫ばれる。これでは教育はできない」
それぞれの立場からの言葉には、
見えない色んな感情が感じられる。
橋下知事の言われることがすべて正しいかは
分からないが、限られた予算のなかで何かを変えていく、
というのは、全国の会社や企業がぶち当たっている問題と等しく、
先生や教育委員会も向かっていかなければいけないことだろうな、
という気がします。
そういう中では、既得権を守るために、
いろんなモンスターが出てくるかもしれませんね。
お昼のニュースで、
「給食のパン詰まらせ6年生男児死亡」、
というのがあった。
千葉県船橋市立峰台小学校にて、
17日午後0時45分ごろ、
給食に出た直径10センチ余りの丸いパンを
一口ちぎって食べ、残りを二つに割ってほおばり、
のどに詰まらせた。
なんだろう、これは、ふざけていたんだろうなぁ...
それとも、何か面白くないことがあって、
ヤケクソ気味の食べたのか。
それに気づいた担任が注意し、
男児は友だちに促されてスープを飲み、
廊下の手洗い場で吐いたらしい。
ここまで読むと、
一件落着に思えるが、
その後に教室へ戻り、
担任らが背中をさすったり、
たたいたりしたが苦しいと訴え、
再び廊下に出て横になった様子。
男児の意識が薄らぎ、
救急車で病院に運ばれたが同日夕に亡くなった、
とのこと。
これは、どうなるんだろう?
当然のごとく、親は、学校側に、
損害賠償などを求めるのかな。
学校側は、学校側の責任とするのかな、
予期せぬ事態として、子供の自己責任とするのかな?
問題というのは、いつも、
ややこしい形で起こるもんだ。
よい形で解決されることを願いたい。
教頭先生から、
ふつうの教諭へ
という希望降任が増えているようだ。
校長先生ではない、
しかし、実務上は、
校長先生のような仕事が多いだろう、
と想像される教頭先生。
モンスターペアレントなどという、
今までになかった問題にも
学校の盾となって当たらせられたりして、
大変だろうなぁ、っていう気がする。
教頭から教諭へ
希望降任なんて出来るんですね。
初めて知りました。
相撲で言えば、
大関から前頭に降ろして
もらうようなもの。
横綱になって、
勝てなくなれば、
相撲力士としての寿命は短い。
しかし、前頭であれば、
弱いながらも、細々と続けられる?
そんな考え方。
トップに登りつめて、
短命を覚悟するか。
責任を軽くして、
仕事そのものを楽しむ方を選ぶか。
先生たちの仕事も、
いろいろと大変なんでしょうね。
お疲れさまです。
広島県府中市の市役所職員(57)が、
7月中旬に、息子が学校で他の生徒から
暴言を吐かれたなどとし、それ以降、
学校側に数回説明を求めていた。
それについて、9月25日午後7時ごろ、
校長と教頭ら4人がその職員宅を訪れて
2時間ほど事情を説明したところ、
帰り際の9時過ぎに、自宅の居間で
校長の男性(58)に対し、
尻をけったり引きずり倒したりする暴行を加え、
打撲などのけがを負わせた疑いがあるらしい。
本人は、「子どものことで頭にきた」と話す一方、
「尻はけっていない」と話しているようです。
これは、この市役所職員の言葉は、
面白いと思います。
「尻は蹴っていない」と弁明しているわけです。
そこが争点になるか、という話です。
「尻は蹴っていないから、たいしたことない」
と言いたいのか。
校長先生らは4人で自宅に来た。
自宅に来させたのは、その職員にとって
有利な状況だったことになるが、
その場に、自分一人しかいなかったとすれば、
危うい状況だったことは間違いない。
カッとなりがちな人であればあるほど、
その4人全員が暴力行為の証人となってしまう。
程度がどれくらいであろうとも、
「暴力」という形に出てしまえば、
校長先生らの方が間違いなく有利である。
(有利という表現は、ちょっと違うかもしれないが...)
モンスターペアレントになりがちな人は、
カッとなってしまいやすい状況には
居合わせない方がいい。
もっと現実的にいえば、
自分や、自分の子供のことで、
何かの弁明を聞かされる時に、
冷静で居られる人の方が珍しい。
少なくとも、私は、冷静で居られる自信はない。
だから、「話し合い」というものは、ある意味、
信用していないところもある。
ちょっと距離を置いた方が正解、
ということもあるんじゃないだろうか。
教育現場で働いて、
お金をもらっているのが先生。
その先生たちから
何かしらの協力を依頼されたりして、
親や保護者も、その教育現場に
支援しに行ったりすることもあるだろう。
私らが中学生の頃には、
親が部活動の大会に来ていた、
なんていうシーンは、
あまり見かけなかったが、
(うちの親だけだったかもしれない)
今は、その当時に比べれば、
かなりたくさんの大人たちが
見に行ったり、応援してくれたりしている。
それも、少子化の影響かもしれない。
先生たちも、時代の変化に応じ、
教職の仕事が忙しくなって、
保護者に支援を求めなければいけないことが多くなり、
自分の仕事の一部をお願いしているようで、
心苦しく感じる先生もいるだろう、と想像される。
その原因の一つは、
現行の学習指導要領に
「部活動」の記述がないため、
教育活動としての位置づけが
明確になっていないことにあるらしい。
だから、先生たちからすれば、
「部活動は職務かボランティアか」
(質問を変えれば、報酬には、
部活動に携わる分は含まれていないのでは?)
という問いが出てくるだろうし、
親たちの側からすれば、
「100%親や子どもたちの自由で活動するわけでなく、
学校の管理下で行うわけだから、先生の職務だろう」
という見方が出てくることは予想される。
そして、その見方も、
それぞれの先生、それぞれの親で、
微妙に違う可能性もあるだろうから...
自分の方に完璧に手綱を引くわけにもいかないまま、
互いに、協力しあっているのが現状かもしれない。
ただ、言えるのは、
先生でも保護者でも、あらゆる大人が、
報酬があるから自分の仕事で、
報酬がないから自分の仕事じゃない、
という働き方をしていると、
それを見ている子供らも、
そういう価値観に埋もれてしまうのではないか、
ということだ。
世の中には、
報酬の多少によらず、
重要な仕事があるはずだから。
アメリカの子育ては、
早くから自立させることを目指して、
ベビーベッドに一人寝かせているイメージが
あったけれど、どうやら、最近は、違うようだ。
日本と同じように、添い寝するママが、
増えているらしい。手元には、
10年前くらいの調査結果しかないけど、
その時で10%くらいになっていた。
今は、もっと増えているのではないだろうか?
あくまでも、想像だけど。
以前、テレビ番組で、離婚する前の保坂尚輝が、
子どもが生まれたら、アメリカ風に、一人寝させて、
自分らは、別の部屋でモニター監視をするなんて話を、
徹子の部屋(?)か何かの対談番組で話していたのを
覚えている。
そんなことを言っている間に、
彼は、奥さんと離婚してしまい、
そういう方法の是非を語れない人になった。
添い寝をしたら、子どもの独立、自立の心を養い、
個性を伸ばすことが出来ないのか。
わたしは、必ずしも、そうじゃないのでは、と考える。
愛情が一番必要な時には、ちゃんと愛情を与え、
少しずつフェイドアウトしていくのが理想じゃないかな。
もちろん、それも理想であって、
それぞれの親子関係で、
いろんな調整があるだろうと思う。
添い寝に疲れすぎて、
育児ノイローゼで、育児どころでなくなったら、
元も子もないからね。