お互いに貢献したり
感謝したりする間柄や意識を持っている人は、
その時点でもう十分に幸せなんですよ。
逆に、自分が頑張っていることを
他人に認めさせたいという気持ちがある限り、
ずっとつらい。幸福というのは相対的なもので、
他者とのかかわりの中で
自分が生かされているのだということを理解すると、
急に幸福になれたりするものなんですよ。
(
勝間さん、努力で幸せになれますか、勝間和代)
自分が頑張っていることを、
他人に認めてもらおうとすると、
忙しくなる。ほとんどの人が、
同じようなことを認めてもらいたい、
と思っているから、他人を認める余裕なんてないのだ。
幸せってたぶん二つあるんです。
一つは他人に「ありがとう」と
感謝されるというわかりやすい幸せ。
もう一つは、昨日できなかったことが
今日できるようになるという自己的な幸せ。
どちらかがあると人間はうれしい。
(
勝間さん、努力で幸せになれますか、勝間和代)
ありがとう、と言われる幸せ。
できたー!という幸せ。
どっちも味わいながら、
人は成長して、誰かといっしょに
幸せになれる。
人によって
やる気の出るボタンが違う。
(
勝間さん、努力で幸せになれますか、勝間和代)
これを言えば、
みんながみんな、
やる気が湧いてくる、
というセリフはない。
人によっては、逆に、
やる気がそがれる場合だってある。
頑張るというプロセスを
もっと楽しめないかという話なんですよ。
要するに、頑張って結果が出る出ないを問わずして、
頑張っているということ自体にもっと幸福感を持ってほしい。
(
勝間さん、努力で幸せになれますか、勝間和代)
がんばることが楽しければ、
それが、まず1つ目のご褒美。
その結果、いいことが起これば、
2つ目のご褒美。
起きなかったら、次をがんばればいい。
人生、その繰り返し。
頑張り方が悪いケースが
多いんですよ。
どうしても頑張っているということに対して
満足してしまっている人が多いです。
どういう頑張り方をするかを考えるよりも、
頑張っちゃうほうがラクなんですよね。
(
勝間さん、努力で幸せになれますか、勝間和代)
頑張り方は、選べる。
結果は、それに通じるもの。
頑張り方がずれていれば、
結果も、ズレてくる場合もある。
そこを考えないで、ただ頑張るのは、
ちょっと、もったいない。
自分が幸せになって
他人も幸せにしないといけない。
片方だけの幸せというのは、
ありえません。
(
勝間・藤巻に聞け!「仕事学のすすめ」、勝間和代)
自分の幸せのまわりに、
大切な人々がいるとして、
それらの人々が苦しそうな顔をしている時には、
人はなかなか幸せを満喫できるものじゃない。
努力を重ねていけば、
すべてが無駄になるということだけは
絶対にない。誰かがその努力を見ていてくれたり、
どこかで人を感動させているかもしれない。
どんなイヤな事でも、その裏に必ずいいことがある。
人生はどこかで帳尻が合ってくるものです。
大切なのは思いを継続させること。
(
勝間・藤巻に聞け!「仕事学のすすめ」、勝間和代)
今やっていることが、
無駄ではないと思えると、
さらに努力を続けられる。
もちろん、無駄ではないけれど、
やっていることをちょっとずつ
進化する努力もしたほうがいい。