ツキの法則

必勝法はない

「人生そのものが、ギャンブルだ」という考え方に立ってみれば、地道に一生懸命にがんばったから成功した、成功しない世の中なんておかしい、という理屈は出てこない。そういうことを分かって生きていくのは、人生をもっと豊かにするだろうと思う。谷岡一郎氏の「ツキの法則」から引用する。

残念ながらギャンブルに必勝法はない。世に存在する何万通りもの必勝法のうち、ひとつでも正しければギャンブル産業を支える基盤は崩壊するはずである。

「確実に勝つ方法」はなくても「確実に負ける方法」ならわかっている。

確実に負ける方法なら、分かっている。なるほど、と思います。心理状態がめちゃくちゃになるような戦い方では、相手にいいようにやられてしまうでしょう。

見えない税金を払わないように

ギャンブルにおける「心理的効用」とは、単なる金額の多少だけによらず、ギャンブルの行為そのものから得られる喜びや興奮、負けたときのくやしさ、そしてギャンブルをしていないときの普段の生活をどのような心理状態で過ごすかということをも含めた概念である。

ちなみに所得レベルの低い層がより多くの宝くじを買い、従ってより多くの「目に見えない税金」を支払っていることは厳然たる事実である。

ギャンブラーは自分の持つ「カン」や「ヒラメキ」を根拠もなく信じがちである。オレには天性のカンがある、などと平気で考え、公言してはばからない。

見えない税金、怖い言葉です。ギャンブルたるものを知らずに、溺れれば、そのようになるのは分かりますね。 

やめるタイミング

勝ち越しているときに、負けはじめたらすぐやめる。そのやめる技術、精神力、それを養うことが必勝法の重要なポイントになる。勝っていても、やがて全部負けてしまう人がなんと多いことだろう。

勝ったときのみをよく覚えていて、負けたことはすっかり忘れてしまい、負けの痛手から何も教わらない。

連勝・連敗は、統計上必然的に起こる事象である。そして、連勝・連敗それぞれの渦中にいる人がそれを、「ツキがある」とか「ない」とか考えるだけのことである。誤解を恐れずに、別の言葉で表現するならば、「ツキなどというものは存在しない。存在するのは統計上の必然にすぎない」とも言える。

あえてくり返そう。ツキの正体は、統計上の「必然的な偏り(ゆらぎ)」にすぎず、そのゆらぎは存在しない方がおかしい。必ず存在するのである。そして、「ツキの流れ」や「ツキ」それ自体も、既に起こった出来事を振り返って名付けた呼び名にすぎない。つまり、過去のその時点では、「ツキ」や「ツキの流れ」の実体はないのである。

後で考えれば、ツキらしきものがあったように思うかもしれない。それを信じるのは自由だ。しかし、そのツキを、自分の力だけで呼び込んだ、なんて考え出したら、NGだろう。ツキはあるかもしれないが、とても気まぐれ、そう思ったほうがいい。 

惜しくない

要するにまれな偶然とは、主観的には絶対起こりそうにないことであり、客観的には(誰かに)絶対起こる事象なのである。そして主観的にはありえそうもない偶然は、実は皆が考えるよりも頻繁に起こっているものなのである。

破滅型ギャンブラーに見られる、「少しでもいいからとにかく勝ちたい」という欲求は、ギャンブルに限らずプライドの高い人間の本能のようなものである。

早い話が客観的には全然惜しくないのである。それでも主観的には「もうちょっと」と感じ、「次こそは」という闘志をかきたてられるのである。

勝っているときにやめるタイミングはわからない。 

何を根拠に惜しいなんて、言うのだろう...。惜しいと思うから、あきらめられなくなったり、間違った判断をしてしまう。負けは負けなのだ。それ以外の何ものでもない。

ビジネスにも生かせる

トップページでも引用したが、「ビジネスに生かすギャンブルの鉄則」(谷岡一郎)からまた引用する。

ギャンブルに慣れた人は、「負けを取り戻そう」とするこわさを知っている。

ビジネスにギャンブルは必要ない、地道な努力だけで成功できる、と信じている人は、この世がランダムな要素に満ちあふれていることを根本的に理解していない。

競争社会とは、偶然とランダムの支配する社会である。計画は常に狂うし、どんな経済学者にも予想しえないことが「必ず」起こる。これはビジネスの世界だけでなく、人生のすべてにわたって起こる。そして真のギャンブラーとは、それらに対処できる人間のことである。

勝者は必然的に、合理的に予測した当然の結果として勝ったのだ、そして負けた者は負ける理由があったのだ、と考えるかもしれない。しかし、それは正しく予測したから勝者となったというよりむしろ、「勝者となったから正しかった」という同義反復的なアト付け理論がほとんどであると認識すべきである。今の世の中は、ほとんどの人が信じているより、はるかに「ランダムな世界」なのである。

がんばれば、認められる世界は、確かにある。そういう評価をしてくれる、真面目な人もいる。しかし、がんばらずとも結果さえ出せば、評価される世界もある。結果を出したことを真面目と評価するか、ただ頑張ったことを真面目と評価するか、そのどちらの世界にいるかは、ランダムなこと。どこかで選択したことに対する、偶然の結果かもしれない。物事を一つのとらえ方しか出来ない人は、ギャンブル的な要素「ランダム」も理解できないだろう。 

運を生かす知恵

一番危険なことはチャレンジすべきタイミングにチャレンジしなくなること。

ギャンブルで「最もやってはならないこと」を説明する。最もやってはならないことは、「負けを取り戻そうとする」ことである。

オレは不運だからといって努力とチャレンジをしない人間は、初めから終わっているだけのことなのである。

「マージャンとは、ひと言で言えば、「運の取りっこ」だと思う。そしていわゆるテクニックとは「自分の運を生かす知恵」である。したがって綿密な注意力、加えて判断力(度胸)、更に強い意志力が必要だ。これがない人はやめたほうがいい」これが阿佐田哲也の持論だった。

負けているときよりも、実は「勝っているとき」のほうがやめるタイミングが難しい。

ビジネスにおいて計算の弱さは、致命的である。 

運などというものがあるのか、ツキなどというものがあるのか。あるとしても、それは、ランダムなことだろう。そして、それが来たと思った時に、それを邪魔しようとする要素をどれだけ排除して、勝ちに向かって進むことが出来るか。そこは、冷静な判断が必要かもしれない。



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