共依存からの回復

ひとりでいる能力

「家族依存症」(斎藤学)という本には、「ひとりでいる能力」という言葉が出てきます。人間は、寂しさや絶望の感じを持たずにひとりでいることができないのだそうです。そして、真の個性の発達も他人への献身も、この能力なしには展開しないとのこと。それが出来ないから、依存症になったり、共依存になったりするのでしょう。

こんなイメージが浮かびます。

依存症の人:人に頼ることで、その人をコントロールしようとする人

共依存の人:他人に頼られている状態をコントロールしようとする人

つまり、依存症の人も、共依存の人も、何らかの意味で「ひとりでいる能力」が欠けているために、必要以上に、人に寄りかかってみたり、人の思いを自分に取り込み過ぎたりしているわけです。もちろん、人は一人では生きてはいけません。しかし、一人でいる時間は、とても大切であって、人間を成長させてくれるものです。ひとりでいることを、怖れないようにしましょう。

共依存から脱出していくアイデア

共依存の人がやらなければいけないことは、大きく分けて、以下の3つだと思います。

  1. 自分の感情や気持ちを無視せずに、しっかりと気づくこと。知ること。
  2. その感情や気持ちを、他人にハッキリと伝える方法を見つけること。
  3. それによって、願ったとおりにならなかったとしても、責任を感じすぎないこと。

1.のためには、本音で話し合える友達とかがいれば幸いですが、本音を言えないから、共依存になっていることを考えると、友達関係で相談しながら解決していくのは、無理であることも多いようです。そのため、次のアイデアとして浮かび上がるのが、私もやっているのですが、日記を書く習慣です。

日記を書く習慣

共依存の回復には、日記がとても役にたつように思います。もちろん、誰にも見せない、見られないという状況が必要でしょう。自分の毎日について、何が起きて、何を感じて、考えて、それにどう反応したかを書き記していく中で、心が整理されていくことを感じるかもしれません。それだけでも、儲けもんです。

日記は、自分の感情を素早く、うまく処理できない時に、その感情を自分の中に押しこめずに、放つことができる場所です。押し込めないというのが、ポイントだと思います。共依存の人は、相手や環境に合わせる術を身につけることによって、自分の感情を放つ術を使っていない、あるいは忘れてしまっているからです。ぜひ、お試しください。

依存症者と距離を置く

どのような方法でもかまいませんから、依存症者と距離を置くことが必要だと思います。わたしの場合は、母親を介護施設にあずけることで、それが可能になりました。母親は私に依存しながらも、私のことが誰かも分からなくなり、それでいて、私以外の家族にも負担になってきたことによって、わたし自身の中にあった「死ぬまで、自分が見なければいけない」という気持ちに変化が出てきました。

今思うと、まさしく、母親と自分の境界がなくなっていたのだと思います。それがゆえに、介護施設に入れたら、かわいそうだとか、周囲の人にどんなことを言われるだろうかとか、そんなことを考えていたのでしょう。実際、介護施設に入れてからは、毎週のように面会に行き、様子を見ていますが、自宅で介護するよりも良い環境にいる母親を見て、安心できるようになりました。

専門家への相談をする

本当は、早い段階で、お医者さんや専門家の知恵を借りられたらいいのですが、インターネットで情報を探そうとして、このサイトにたどりついただけでも、共依存から脱出し、回復される「きっかけ」が生まれていると思います。

ハッキリ言えるのは、共依存のアタマ、共依存の価値観でいくら考え込んでも、解決の糸口は見つからないでしょう。それは、依存症者の考え方、価値観を中心にして、解決をしようとがんばっているからです。依存症者の考え方、価値観、要求には、キリがありません。そして、それに応えようとすればするほど、泥沼にハマります。

違う視点が必要なのです。家族などの身近な人間関係に起こる「関係性の病」であるゆえに、それが必要なのです。変わることが必要なのは、依存症者だけではありません。私がそうであったように、その身近にいるあなたも、変わる必要があることでしょう。



»ホーム »このページのトップ

プロフィール

婿取りの39歳。職業は元ナース、Noと言えない性格。夫は同い年のキレ者、長女チコはクールな小心者、次女ユコはホットな無謀者、三女アコは正体不明。

最近のブログ記事

アーカイブ

スポンサード・リンク

Powered by Movable Type 4.1

Copyright© 2004-2008, eye Allright Reserved. Powered by Shu. リンクフリーです。