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ビル・ゲイツ

マイクロソフトのビル・ゲイツが、
経営から身を引いて、これからは、
慈善事業にいそしむようですが、
これも、時代の流れなのでしょう。

まだ、マイクロソフトが全盛の頃、
2003年2月に日本を訪れ、
いろんなことをしてくれた。

その一つに、秋葉原の小学校を訪問し、
 授業参観をするなどもした。
その時、小学生から尋ねられたそうです。

 「なぜマイクロソフトをつくったの?」

「昔、コンピュータはとても大きくて高く、
  ソフトも個人で使うものではありませんでした。
  その頃、幸運なことに友人のポール・アレンと私は
  ソフトウエアが重要だと気づいたのです。」という返答。

 別の小学生が、また尋ねた。

 「ゲイツさんの小学生時代は?」

「10才、11才の頃はかなり本を読みました。
  幸運にも本をたくさん読める家庭でした。
  昔は本をよく読むのは女の子だと考えられていましたが、
  私は気にしませんでした。」という返答。

本を読まない天才もいれば、 本を読む天才もいる。
人それぞれの人生。 でも、出来れば、
本を読んでもらいたい。

人一人が経験できることなど限られているし、
いろんな経験をしている人と出会えるとも限らないから、
出会いを大切にしながでもいいから、本も読んでもらいたいものです。

子供のための熱意

子供の育ち方は、
いろいろですが、

親が育てようとする姿も、
いろいろだと思います。

親の育て方で、
どんな子供が育つか、
っていうのは、

少年犯罪が起きると必ず話題になりますが、
そこで出された結論が、本当に正しいかは、
よく分かりません。

どちらかというと、
後付けの理論でしょうから…

先日、PTA廃止を発表した藤原校長のお話をしましたが、
彼の著書を、ちょっと読んでみました。

»バカ親、バカ教師にもほどがある―子ども化する大人たち (藤原 和博)

面白かったです。

読めば読むほど、
私にも、バカ親の要素があるなぁ、
って思います。

本に載っていた、1つの実例。
小学生の頃にサッカーで活躍した子供が、
サッカー部のない中学校に入った。
「サッカー部をつくれ!」と迫る親。

その熱い気持ちは分かりますが、
サッカー部をつくれば、
自分の子供の才能がさらに伸びる
という保証があるわけでもなく、

たとえば、全校生徒の少ない学校においては、
新しい部が出来ることによって、
人数が散ってしまって、むしろ、
どの部も成り立たなくなる、という可能性すらある。

…という話。

納得できました。

さらに、部活の顧問がいなければ、
俺がやってやる、という親の存在があれば、
それは助かるかも…という気もしますが、
たとえば、その部活の練習中に、
子供の誰かがケガをしたら、
そのケガした子供を誰が病院に運ぶか、
ほかの子供たちをどうするか、
っていうようなことを考えれば、

部活っていうものは、
親や子供の「権利」というもので、
左右できるものじゃないなぁ、
っていうことが分かります。

とは言え、才能ある子供も親も、
なんとかならないかなぁ、って思うでしょうね。

学校や部活に頼らずに、
才能を伸ばしていく、そして、
学校の活動においても努力を怠らない。

そういう両立、もしくは「三立?」
をせざるを得ないでしょうね。

それとも、伸ばした才能を、
別の分野で活かすべく、
違うスポーツを選択するか。

熱意の方向をコントロールしないと、
せっかくの子供の才能も伸びないことになりそうです。

なお、藤原さんいわく、
「親バカ」はいい、「バカ親」が困るとのこと。

なんとなく、分かりますね。

天才少女、ちょっとまとめ

今の、昔の、天才少女の何人かについて、
いくらか情報を集めてきたので、
ちょっとまとめたいと思った。

天才少女の育ち方ポイント

1.若いうちに、相性の良い(?)指導者と出会っている。
  それが親の場合もあり。

2.始める年齢は早くとも、咲くのも早いとは限らない。
  あとで、見事に咲く場合もある。

3.興味をもったものは大切にする。
  そのものが伸びることもあれば、別のものが伸びることもある。

4.逆境が起きた後に、グンと伸びることが多い。
  しかし、逆境のおかげとは限らない。

5.練習量などは、人それぞれ。性格や人間性も、人それぞれ。
  何のためにやっているかっていうのも、人それぞれ。

こんな感じでした。

最後の「何のためにやっているか」っていうのが、
少女本人の強い願望と結びつけば、
夢や目標に向かってがんばるエネルギーが
高まるように思います。

もちろん、その願望がどんなものかは、人それぞれ。

多くのものを与えられていないからこそ、
ハングリー精神が芽生えて、
ないものを求めるという願望もあるでしょうし、
それ以外の場合もあることでしょう。

PTAがなくなる?

子供といえば、学校。
学校といえば、PTA?

そのPTAが、
これからの時代に消えていくかも…
というニュースがありました。

リクルート出身の藤原和博さんが
校長である東京都杉並区立和田中が
来年度、PTAを廃止するようです。

思わず、おっ!

と思いました。

実は、私がPTAの役員をしていた数年前に、
学校PTAをなくすことまでは考えませんでしたが、

いくつかの学校が集まった地区PTA、
それらの地区PTAが集まった市PTA、
さらに県PTA、さらにさらに全国PTA、

という組織が、果たして必要なのか、
という素朴な疑問を投げかけた時があります。

やはり、それまでの体制を変えることには、
必ず、抵抗勢力があるもので、
けっこう強い抵抗を受けたことを覚えています。

しかし、時代の流れとは正直なもので、
間もなく、地区PTAはなくなりました。

これから、どうなっていくかは、
分かりません。

そして、この藤原校長さんが考えているのは、
形骸化したPTAの代わりに、地域本部というものを
うまく活用していきたいらしいです。

「能力があり、学校支援への意欲を
持っている保護者はいるが、
マンネリ化『PTA』を敬遠する人は多い。
地域本部に統合することで、多様な人材を受け入れたい。」

と語る藤原校長。

それに対して、全国PTAの赤田会長という方は、

「PTAは保護者の教育という大きな役割があり、
一方、地域本部は教員ではカバーできない面を
補う別の役割がある。PTA廃止が全国に広がるとは思えない。」

とおっしゃっています。

DVD規格の、ブルーレイと、HD DVDの戦いではありませんが、
この少子化の時代では、親の数も少なくなってきているので、
組織というものも淘汰されて、本当に必要なものだけが
必然的に残っていくように思います。

さて、どうなることでしょう?

本人たち

同じことを、同じような時期に始めて、
一人だけ、とてつもなく伸びていき、
「天才少女」の域に達せられることは、

まわりの少女たちにとっては、
複雑な気持ちになってしまう場合もあるかもしれない。

というのは、仲間という感覚からすれば、
あまり、「遠く」に行って欲しくないのだ。

○○ちゃん、□□ピーとか、
ニックネームで呼んでいる関係から
違ったものになっていくような微妙な気持ち…

活躍している友達に、
誇らしげな気持ちがあるところと、
なんとなく、自分が置いてけぼりみたいな感じ。

きっと、親同士の関係でも、
それに似たような感じがあるだろう。

やはり、「遠く」にいかれるのが、気にくわない。

そこで、どうするか、が分かれ道。

ふつうに戻るか、
天才に突き進むか。

本人にしても、親にしても、
考えなくちゃいけません。

出始めた杭は、打たれます。

しかし、出すぎた杭は、打ちようがありません。

人と違った才能があるというのは、
悩みの種。

情報化社会では、「能ある鷹は爪を隠す」も難しいです。
それを続けていたら、自分も伸びないですし…

気にしない、気にしない。
そういう強さもなくては、
天才への道は厳しいかもしれません。

天才少女と呼ばれて…

そう言えば、自分が子供の頃にも、
「天才少女」と呼ばれていた女の子が
クラスにいた。

きっと、今から思えば、
全国的に有名になるようなレベルじゃ
なかっただろうけど、

ピアノが出来て、
きれいな字を書くのが上手で、
頭もよくて、ハキハキとしゃべる子、
という感じだったなぁ。

そういう子供の近くで生活していると、
やっぱり、見えないプレッシャーを感じたりする。

親とか、先生とか、誰かが、
なんとなく比べて、説教したり、
アドバイスをしたりする。

まったく気にならなかったと言えば、
ウソになるけれど、結果的に、
それほど期待をかけられて
育てられた記憶がないから、
それが良かったんだろう。

いや、私自身が、
なんだかんだ言って、
そういうプレッシャーに強くて、
気に留めなかっただけかもしれない。

なぜなら、自分の近くにいた子には、
自分にプレッシャーをかけすぎて、
後々に、心の病になった男の子もいたからね。

プレッシャーをかけたから、
子供がおかしくなって、
プレッシャーをかけなかったから、
子供が伸び伸び育った、
なんてことはないかもしれない。

本当に天才と呼ばれる子は、
そういうことをも乗り越えていけるはず。

だから、天才の素質があるのに、
適度なプレッシャーをかけられることもなく、
才能をムダ使いしている天才少女もいるかもしれない。

ちょっと残念だな…



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