2007年12月アーカイブ

綿矢りさ -小説家-

生年月日:1984年2月1日。出身地:京都府。

2001年、17歳の高校生であった時に、
「インストール」で第38回文藝賞受賞。

2004年1月15日、
19歳11ヶ月の史上最年少で
「蹴りたい背中」が
第130回芥川龍之介賞を受賞しました。

小学生のころから、
親が本をよく買ってくれたり、
親戚にもらったりしていたとのこと。

気に入った本は何度も読むらしく、
マーガレット・ミッチェル「風と共に去りぬ」は、
中学時代に全5巻を一気に読んで、
その後も5~6回は読んだといいます。

作家、漫画家になりたい、
という子供が増えている昨今、
17歳にして受賞した彼女は、
いわゆる「勝ち組」と言えるでしょう。

しかし、2作目で「世界が狭い」と批判されたりして、
彼女なりに、3作目を発表するまでには、
自分の世界の広さがどのくらいか測ったり、
広げようとがんばりしながら、
学生時代を過ごしたようです。

自分の世界がどんなサイズか、
どんな方向になら広げられるか。
そういうことを分かるようになれたら、
一人前かもしれませんね。

もちろん、その後も、葛藤があるでしょうけど…

【参考】
作家の読書道:2002年2月のインタビューです。
綿矢りさ「蹴りたい背中」徹底解剖!:辛口のコメントもありです。
著者と60分:2007年2月ののインタビューです。

みーんなダメな子だった

いつもいつも、
天才少女のいいところだけを
紹介していますが、

いいところだけを話していると、
比較ばかりして、
行き詰ってしまうこともありそう。

そもそも、自分の子供を見てみれば、
自分が子供だった頃に比べて、
もう超えていることもあります。

それなのに、
もっと上のレベルと比較しちゃうから、
ストレスになってしまって、
親子ともども倒れることになりかねません。

いいタイトルの本がありました。

日経キッズプラスの人気連載
「昔はこんなに”ダメ”だった」が一冊の本になって、
みーんなダメな子だった~今、輝いている人たちの子ども時代」。

今大人になって輝いている人たちも、
「みーんなダメな子だった」という内容。

肩の力を抜くには、いい本だと思います。
だらけてしまったら、ダメですけどね。

生年月日:1986年6月12日。出身地:大阪府。

最初はピアノを習っていたようだが、
おじいちゃんから「バイオリンはおもしろいよ」
と薦められたのをきっかけに、
4歳の時からバイオリンを始めた。
1996年、全日本学生音楽コンクール全国大会
小学校の部において4年生で第1位を獲得。

1997年、NHK交響楽団と共演して
わずか10歳でソリストとしてデビュー。

幼稚園の頃は、1日に30分くらい、
小学校に入ると、1時間になったとのこと。

2007年6月には、4年に1度開催される
第13回チャイコフスキー国際コンクール
バイオリン部門で優勝した。
(日本人の優勝は、17年ぶり)

彼女いわく、
「ヴァイオリンしかないという人生もいやです。
 だから、体育、心理学、日本史…、
 普通の勉強もたくさんしたいと思っています。」

1つのことに成功すると、
もうそれだけしかやりたくない、
という人が多いですが、
別のこともやってみたいという
好奇心が素敵です。

【参考】
All Aboutインタビュー:バイオリンだけに限らず、いろんな好奇心が感じられます。
アスペン所属アーティストのページ:現在の活動状況、チケットの販売情報があります。

生年月日:1991年12月27日。出身地:兵庫県。

今日が誕生日の彼女のようです。
16歳、おめでとうございます。

世界水泳モントリオール2005にて、
6位となって注目を浴びました。
2006年8月の全日本選手権にて、
26年ぶりの中学生チャンピオンにななる。
2007年インターハイでも優勝するなど、
これからの活躍はまだまだ期待できます。

精神力がうらやましいです。

毎日、コーチのハードな練習にも耐え、
決して泣かず、逃げ出さず、
コツコツと技術を磨いています。

幼少の時には、体操選手として
本格的に練習をこなしていたということで、
ダイビングに転向したあとも、
それ活かされているようです。

一点集中もいいけれど、
他の経験、訓練が役に立つこともある。

そういうことなんでしょうね。

【参考】
スポーツナビの記事:13歳で世界水泳6位となった時の記事です。

生年月日:1989年。出身地:大分県。

小学校3年の頃、
「暗記力がつき成績アップにつながる」と、
かるた教室に通い始める。
小倉百人一首を2ヶ月で暗記。

小学校時代、全国大会で4連覇。
2005年第49期クイーン位決定戦にて、
(女子の日本一決定戦のこと)
初出場15歳でクイーンの座を獲得。

彼女が言うには、
「かるたの魅力は、年齢や男女の差を感じることなく
 勝つ快感を味わえること。はじめてトロフィーを
 もらったときに病みつきになった。」とのこと。

練習は毎日1時間。
札の位置を覚えるためにアイマスクで目隠し、
カセットテープが読み上げる札を1人でとるらしい。

2006年、2007年も連覇し、
現在、クイーン位決定戦では無敗。

正月も近くなり、
毎年恒例のクイーン位決定戦が
近づいてきた。
今回は、2008年1月5日に行われる。
彼女の連覇は続くかな?

毎日1時間の練習、
それが積み重なれば1年365時間。
親も子も、そういうことを大切にしていきたい。

【参考】
全日本かるた協会:競技かるたの紹介など。
FBS福岡放送:「夢にエール!」という番組からの紹介です。

美山加恋 11歳 -女優-

生年月日:1996年12月12日。出身地:東京都。

フジテレビのドラマ「僕と彼女と彼女の生きる道」で
草彅剛が演じる主人公の娘・凛役で大ブレイク。
大人びていない笑顔がいいのだと思います。

ご両親の情報は、
ほとんど公開されていないようですが、
ブログで見るところによると、
仕事のない日は、
お母さんからケーキ作りや、
その他のお料理を教えてもらったりして、
時間をうまく使っているようです。

お母さんが
5歳の時に劇団に入れたのが、
芸能界スタートと、本人が言っています。

どんなお母さんでしょうねぇ…

自分の子供が有名になると、
自分もいっしょになって有名になろうとする親が
少なくないですが、そんなことをするよりも、
子供との時間を大切にしている様子が感じられて、
素敵に思いました。

【参考】
美山加恋オフィシャルブログ:ほぼ毎日更新している感じのブログです。マメな性格のようです。
美山加恋公式サイト: 内容はあまりないです。保護されているのでしょう。

生年月日:1994年9月1日。出身地:アメリカ・ペンシルベニア州。

11歳の時に、アメリカの
素人コンテスト"America's Got Talent"で
優勝した天才少女です。

予選の時点から圧倒的な歌唱力で、
YouTubeにも相当投稿され、
日本でも脅威の11歳ということで
ブログなどでも話題になったようです。
まず、まったく、声が子供っぽくないのです。

優勝後はすぐにデビュー。
ファーストアルバム"Bianca Ryan"をリリース。
アルバムの良し悪しについては、
いろんな批評がありますが、
歌いだしたの声のパワーには、
やっぱり驚かされます。

ちなみに、彼女のお母さんには、
日本人の血が流れているようです。
8歳の時には、R&B、ゴスペルに関心を持ち、
黒人ハダシな歌唱力に、父親も驚き、
「うちの娘の体には、誰が乗り移っているんだ?」
と言ったらしい。

さまざまなコンテストに参加していくうちに、
才能を認めたお父さんが、
ボイス・トレーナーみに送ることを決め、
それからの成長につながりました。

今後、年齢を重ねていくにつれて、
彼女がどうなっていくのか、期待されています。

育てるポイントは、

「親の物差しでは測りきれない才能を
 もつ子供もいる。常識で見てはいけない。」

【参考】
America's Got Talent予選の様子:歌唱力がすごいです。これが子供かぁ!っていう感じです。
ビアンカ・ライアン公式サイト:英語サイトです。活動、日記が掲載されています。

生年月日:1994年7月9日。出身地:アメリカ・イリノイ州。

サイトをご覧になって、
彼女が4歳で描いた絵から始めて、
12歳までの絵を見てみれば、
その天才ぶりは一目瞭然のはず。

彼女が10歳で描いた絵のレベルが、
美大を卒業した若者のレベルと同じくらいだ、
という人もいるようです。

彼女の絵の雰囲気は、
信仰的、神秘的な感じ。
「私の絵を見る人に、希望を与えたい」
という思いの表れでしょう。

絵以外の才能も豊かで、
リトアニア語、ロシア語、英語、手話もできるとか。
7歳の時から、詩や格言も書いています。

1日のスケジュールは、
朝4時に起き、それから4-5時間ほど絵を描く。
それで完成するのは、1年に8~20枚の絵。
同時進行で、2枚以上の絵は描かない主義らしい。

絵を描いているところは、
最初から最後までビデオ撮影もしたりするので、
彼女がちゃんと自分の絵を描いているのを見られる。

他に好きなことは、チェス、ピアノ、読書、奉仕活動。
自分のことは「忍耐が足りない」と思っている天才少女です。

私個人の見解ですが、
何かを信じている、または
キリスト教などの信仰をもっている子供は、
ちょっと違った側面をもつ場合があるように思います。

このアキアンちゃんも、その一人。
詩にしろ、絵にしろ、
どこかしら大人っぽい、難しいことを
表現しようとしている感じに見えます。

それが、始めのうちは、
見る側に、ちょっと違和感となるかもしれません。

けれども、それは、子供なのに、
と思う大人のフィルタで見るからであって、

「子供の何かを信じる力が、
 心や才能を成熟させた。」

と気づけば、納得のいくことでもあります。

【参考】
Akiane公式サイト:英語サイトです。写真で見ても、かわいい女の子です。
»彼女の作品ページ
»作業風景のページ

石川佳純 14歳 -卓球-

生年月日 : 1993年2月23日。出身地 : 山口県。

平成18年度の全日本卓球選手権において、
それまでの天才少女として有名だった「福原愛」を超えて、
ベスト4に入った。左利きです。

テレビや雑誌などでも、度々報道されているが、
小学校1年生の時に、親の影響で卓球を始めて間もなく(数ヶ月)、
全日本のバンビ(小1・小2)の部に出場するなど、
才能の開花は早かった様子。

才能を確信した両親は、自宅に卓球場を造った。
小学校を卒業して、彼女は、卓球の名門校である
大阪の四天王寺羽曳丘中学校に進学。

中学2年、中学3年で、
全国中学大会で個人優勝を飾っている。

愛ちゃんを超えた、超えたと報道されているが、
彼女自身はこう言っている。

「愛ちゃんを超えたとは、向こうが実力が上なので全然思ってない」

うちの娘たちが卓球をしているので、
とても気になる存在です。

佳純ちゃんのようなセンスがあったらいいなぁ、なんて憧れます。
ちょっと前までは、福原愛ちゃんが憧れだったのですが、
これも、マスコミの影響なのでしょう。
娘たちに、年齢も近いせいか、石川佳純の名前が出てくると、
けっこう敏感に反応してしまいます。

卓球を始めて数ヶ月で、メキメキ伸びたっていう話だけは、
すげぇ~って思ってしまいますよね。

ところで、佳純ちゃんの親は、
彼女を右に矯正しようとしたが治らなかったらしい。

育て方のポイントは、

「治らないものは、あきらめる」

ってことかな。そうすれば、咲く花もある。

【参考】
石川佳純公式サイト:情報はけっこう少ないです。
卓球メーカーNittaku:ニッタクニュース2007年10月号からの抜粋です。

里見香奈 15歳 -将棋-

生年月日:1992年3月2日。出身地:島根県。

現在、最年少の現役女流棋士です。

父と兄が将棋をするのが
楽しそうに見えたのがきっかけで、
6歳の頃から将棋を始め、
2002年、小学5年生でアマ女王戦に優勝する。
それからは、数々のトーナメント、大会で活躍し、
当然ながら、大人顔負けの存在のようです。

彼女の座右の銘は、
「好きな道なら楽しく歩く」
とのこと。

彼女がどうやって強くなっていたかというと、
小学3年生の時にさかのぼるようです。
彼女の地元出雲で行われた「将棋の日」イベント。

歓迎レセプションに参加し、彼女は一人で
プロの先生方ほぼ全員に
「どうしたら強くなるか」と聞いて歩いたらしい。
その熱意がすごい。

そこで、彼女の大好きな高橋和先生と
一つの約束をし、指切りげんまんをした。
それは、毎日、少しでもいいから詰め将棋を解くこと。

その日、彼女は、
「今日から毎日最低10問以上詰め将棋を解く!」
とお父さんに宣言し、ずっと続けていく。

アマ女王戦には、こんなエピソードもある。
実は同じ日に、小学生名人戦の全国大会があった。
しかし、彼女は、島根県予選の準決勝で反則負けをし、
出場資格がなかった。そこで、お父さんが
「アマ女王戦に出てみるか…」と誘った。
そして、負けてもいいからとA級に出場。
そしたらなんと優勝。お父さんもびっくり!!

育て方のポイントは、

「自分のやる気で始められたらベスト。
 でも、最初は、『やらせられている』でもいいから、
 あきらめずに誘って、育てていこう。」

【参考】
キラリっ娘のそよ風日記:里美さんを含む3人娘のブログです。
大好きな将棋:小5の時のリレーエッセィです。

生年月日:1997年12月26日。

♪あんパンにはあんこが入ってるのに、
私の好きなメロンパンにはメロンがはいってない…♪

と思うままを歌った曲が、
ほのぼのとしていて、
なんか心に残っている。

それが、歌わされた曲でなく、
9歳の女の子が自分で作った曲となれば、
「一発屋」かもしれないけれど、
そのシンプルな才能に脱帽です。

たしかに、うちの娘らも、
思わず口ずさんでいたから、
「一度聴いたら耳から離れない」
という口コミは本物。

お父さんの影響で、
小さい頃より音楽に親しんで育ち、
小学校1年生の時、
ギターが欲しいとせがんだとのこと。
子供用のギターを買ってもらい、
それから、ギターにハマったらしいです。

2005年から、お父さんの出演するライブにも一緒に出演。
小3の春頃から、自分でオリジナル曲を作って
歌い始めたところ、これがなかなかいい反響。

で、メロンパンのうたのヒットにつながった。

育て方のポイントは、

「親がとことん教え込める世界に引き込む。
 あとは、自分で、その先へ進ませる。」

かな?

しばしの経験で離れるもよし。
イライラや、寂しさも経験することでしょう、親は。
それも、親の役目。

【参考】
ゆっぴ公式サイト:最近、オープンしたばかり。

生年月日: 1990年9月25日。出身地:愛知県名古屋市。

12歳の頃から注目されていた彼女。
2002年全日本選手権で、高難度のジャンプに成功。
2004年全日本選手権では、日本人で3人目となる
トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させた。

2006トリノオリンピックでは、
出場できる年齢条件を下げて
参加させて欲しいという世論の声が多かったのですが、
残念ながら、4年後のチャンスを待つことになりました。

とは言っても、そのオリンピックにおいて、
荒川静香選手が金メダルを獲ったことを考えると、
国内のシニア選手への良い刺激役になったことは、
否めないように思います。

5歳の時に、友達に誘われ初めて
スケート靴を履いて、お姉ちゃん(舞)とともに、
スケートクラブに入ったとのこと。
その頃、バレエのレッスンも受けていたようです。

数年前までの彼女は、
スケートを滑っているのが
楽しくて楽しくてしょうがない感じでした。

スケートのことをよく知らない素人の目から見ても、
ある意味、小学校とかの学芸会から
飛び出してきたような笑顔が魅力に思えました。
(ジャンプ技術はあっても、なんとなく演技力は不足気味のところを、
 あどけない笑顔がカバーしていたみたいな…)

今は、大人になって演技力は増したようですが、
プレッシャーや挫折などもあるのでしょう、
笑顔がちょっと変わってきたように思います。

きっと、脱皮をしている時期なのでしょう。
ここを乗り越えて、
また「楽しそうな滑り」が出来るように
祈っています。

育て方のポイントは、

「昔はうまくいっていたのに、と言わない。
 心と身体が成長して、課題が変わっただけ。」

【参考】
浅田真央公式サイト:お姉ちゃんとセットのサイトです。

生年月日:1994年7月。出身地:東京。

3歳の時からピアノレッスンを受ける。
5歳でウィーンに渡り、
ウィーン国立音楽大学予備科入学。
それからは、様々なコンクールで
活躍しています。

2006年4月、11歳の時には、
2007年公開の映画『神童』の
主人公“うた”のピアノ演奏吹き替えを担当。
本当の神童が、神童役を務めたという感じです。

2007年3月、講談社より
『ピアニスト・和久井冬麦
 ~音楽の神様に愛された少女~』(著者:伊藤綾野)
が出版されています。

そこまで伸びてる天才少女だったら、
両親はやっぱり音楽関係者かな、と決めかかるところですが、
なんと、ピアノには全くの素人で、
お母さんと冬麦ちゃんが一緒にピアノを習い始めて、
ふたりで競い合ったところが出発点。

とは言っても、3歳で始めた子供が、
5歳でウィーンに渡るなんてことは、
親の気合だけでどうなるわけでもない気がします。

天から与えられたものが違うでしょうけど、
本人の努力もあったのは間違いありません。

「天才はいいな」なんて言葉は、
薄っぺら過ぎるように思います。

育てるポイントは、

「目の前の天才には、何か与えられている。
 親は、それを見つけてあげて、
 それが育まれる環境も見つけてあげるのが役目。」

【参考】
和久井冬麦公式サイト:本人の日記もあります。文章も、しっかりしてますね。

生年月日:1990年3月11日。出身地:群馬県。

8歳の時にテニスを始め、11歳の頃から
全日本ジュニアの大会などで活躍していきます。
14歳の時には、全日本テニス選手権でベスト8。
15歳で、プロ登録。
日本のテニス界で男女を通して史上最年少。

15歳の年には、さらに、
全仏オープンの女子ジュニア部門、
世界スーパージュニアテニス選手権などで活躍。
11月、全日本テニス選手権で初優勝。

両親が趣味でやっていたテニスをきっかけに、
地域のテニスクラブで腕を磨いていった彼女です。
特別、英才教育を受けたわけでもないようです。

13歳の頃から、杉山愛選手との交流があり、
「杉山2世」と呼ばれることもあります。
彼女の才能に一目置いている杉山選手は、
周囲に「引退したら私がコーチをする」ともらしたり、
ダブルスをいっしょに組んで大会に出るなど、
熱も入っています。

これからも、ますます伸びていくことでしょう。

育て方のポイントは、

「最高のコーチ、最高の環境と、
 英才教育を意識する必要はない。
 今ある環境を、うまく利用すればいい。」

【参考】
R25.jp:杉山愛選手からも期待されている様子が書かれています。

生年月日:1994年2月23日。出身地:アメリカ・ジョージア州。

長女として生まれた彼女に、
両親は、プロのスポーツ選手になることを、
期待していたようです。
まさか、その数年後、
多くの観客を魅了する天才子役になろうとは、
夢にも思っていなかったことでしょう。

1999年、5歳の時、CMで芸能界入り。
2001年、7歳の時に、
映画『アイ・アム・サム』に出演し、
各種新人賞を総なめにする。
知的障害のために7歳の知能しか持たない父親の娘役。
その父親の知能を超えようという時期を、
無邪気に、なおかつ、ちょっと
複雑な心境を表現しながら演じた。

それ以後も、役作りのために、
水泳、ピアノ、スペイン語などを
3ヶ月でマスターするなど、
まさしく天才っぽい。
もちろん、演技力にも磨きがかかっている。

ハリウッドで子役として有名になると、
親の金儲けに利用されたり、
本人の生活感覚が落ち着かなかったりと、
「天才」後のいい話を、あまり聞くことがない。

彼女は、どうなっていくか?

すでに、新作映画について、
激しい批判が親に及んでいると聞く。

育て方のポイントは、

「天才であるがゆえに成功をしたら、
 天才であるがゆえの幸福に耐えていく力が、
 親と子になければ、すぐに不幸がやってくる。」

【参考】
Lovely Dakota:英語サイトです。ニュース、写真、盛りだくさんです。

気になる雑誌

ビジネス誌を発行していた出版社が、
大人と子どもの関係に焦点を当てた雑誌を出しています。

世の中が、少子化の影響で、
一人の子どもに集中する余裕(?)が
増えてきたせいかもしれません。

プレジデントファミリー
「プレジデント」と言えば、ビジネス雑誌ですが、
この「ファミリー」では、「子供を元気にする、
親も元気になる」ための父親スキルを
追求しているようです。
子供の教育から妻、老親との付き合い方、
家づくり、将来設計まで。

日経Kids+
テーマの柱は「遊び」「学び」「健康」だそうです。
育児雑誌ではなく、子どもと一緒に
OFF生活を楽しむための雑誌。
子どもの年齢を4歳から9歳ぐらいに絞っているので、
30代のパパママが中心となります。
子どもの成長とともに活動範囲が広がり、
「もっといろんな体験がしたい」となるこの時期に、
この雑誌を活用してほしいのでしょう。

AERA with Kids
実用性のある親と子の情報誌と紹介しています。
勉強のこと、コミュニケーションのこと、健康のことなど、
幅広い分野の記事が見受けられます。
朝日新聞社ならでは、という気がします。

edu
「子育てに日々奮闘する小学生のお母さん」
のための雑誌として生まれました、とあります。
こどもが小学校に上がるまでは、育児雑誌、
インターネット、家庭誌など
さまざまな情報収集手段があるけれど、
小学校に上がったとたんにぷつっと
情報がとぎれてしまう状況への応援
ということのようです。

0歳からの教育(ニューズウィーク SPECIAL EDITION)
ニューズウィーク日本版に掲載された記事を
中心に再構成したもののようです。
目次の「0歳からの教育」「4歳からの教育」の内容を
見ていると、もっと早く教えてくれればなんて思ってきます。

生年月日:1971年10月25日。出身地:大阪府。

もう今となっては、
天才少女と呼ばれる年齢ではありませんが、
11歳でバイオリニストとしてデビューした経歴を
もつ彼女です。

メディアへの露出が多いお母さんが、
彼女を育てたのは間違いないと思います。
彼女の持論を見ると、なんか肩の力が抜けます。

子育てというのは、自分の子どもが
世界一と思わなければやってられない、

「いじめ」はなくそうとするより、熱中できることを与える、

自分に自信のあるやり方で子どもに接する、

ってな感じで、親が自身をもって
接することの大切さを感じます。

いろんな声に惑わされて、
子育てのポリシーがフラフラしているのが、
一番ダメなのでしょう。

周囲の人々、マスコミなども含めて、
今はご意見番がたくさんいます。

それを無視せよとは言いませんが、
言われるがまま、自信をもてずに子どもに接することが、
子どもにも影響があるかもしれません。

みどりさんの母節さんにとっては
「自分に自信のあること」がバイオリンを弾くことであり、
「自分に自信のあるやり方」がバイオリンを教えること
だったようです。

あなたにとっては、何でしょうか?
音楽とか、スポーツに限定しなくていいのです。

【参考】
五嶋みどり公式サイト:活動、写真など紹介されています。
ピティナ「天才」を育てた母親の4つの理念:母節さんのインタビューなどが講演内容などが掲載されています。

福原愛  19歳 -卓球-

生年月日:1988年11月1日。出身地:宮城県。

泣いている映像が、
テレビで何度も放映されたもんだから、
「泣き虫愛ちゃん」と言われていた4歳の頃。
けれど、実際は、そんなに長い間、
泣き虫だったわけじゃないとお母さんは言う。

愛ちゃんのお兄さんが、
最初に卓球を始めた。
それをずっと見ていた愛ちゃんも、
やりたいと言い始めて、
ラケットを握ったのが3歳9ヶ月。

お母さんとの練習は、
毎日1時間ずつ。
1週間、1ヶ月、4ヶ月と経つうちに、
お母さんとのラリーが100本続くようになった。
4歳になって間もない頃。

4歳3ヶ月で、初めての大会へ参加。
相手は小学2年生で、全敗。

それから、さらに本気の練習が始まり、
数々の記録を塗り変えていく。

愛ちゃんは、こう言います。

「天才って便利な言葉だよね。だって、天才っていったら、
 努力もしないで持って生まれたものだけでやってきたように
 思われてるんじゃないかなぁ」

 (引用元:「愛は天才じゃない」生島淳)

天才少女と言われることは、
時に、興味本位で眺められ、
特別視されることでもあるのでしょう。

今となっては、お母さんが、
愛ちゃんの練習相手をすることもなくなって、
コーチの方に任せているようですが、

物事を決断するのがお父さんで、
それを実行するのがお母さんという福原家を
引っ張ってきたお母さんの言葉は、
育てるヒントになる気がします。

「ひとついえるのは、子どもに何かをさせるとしたら、
 お金を払って人に任せてしまってもいいのですが、
 それよりもお父さんやお母さんが自分なりに知恵を絞って
 子どもと一緒に頑張るほうが、面白いということです。
 たしかに時間も取られます。それでも子どもと一緒に
 過ごした時間は貴重なものです。」

【参考】
福原愛公式サイト:今年は、ANAと契約した愛ちゃん。来年はどこかな?
天才の育て方(朝日新聞):愛ちゃんの母千代さんのインタビューが載っています。

梅沢由香里 -囲碁-

生年月日:1973年10月4日。出身地:東京都。

彼女が囲碁と出会ったのは小学校1年生の時。
おじいちゃんの家で、おじさんとおじいちゃんが
囲碁を打つのを見たのがきっかけです。
その後、お父さんが、子どもの日のプレゼントとして
突然、碁盤を買ってきました。それがすべての始まり。

囲碁を知らないお父さんと、一緒に覚えようと
2人で近所の碁会所の入門教室に通ったとのこと。

はじめの頃は嫌だったらしいですが、
勝つとご褒美として筆箱とかシャープペンなどを
買ってもらえるのが嬉しくて、囲碁を続けていきます。

だんだん、彼女の力が上がってくると、
普段は優しいお父さんが、囲碁に関してだけはとても厳しくなり、
彼女が負けると、所かまわず、怒るようになります。
それが嫌で嫌で仕方なかった彼女。

でも、今の自分があるのは、
この時の父親の厳しさのおかげといっています。

中学2年生の時、
加藤正夫九段(師匠)に弟子入りし、
その後プロをめざし
棋士採用試験に挑戦するのですが、
何度も落ち続けました。

大学3年の時、
彼女に夢を託していたお父さんが病死。
ちょうどその前、東京都アマ本因坊戦で優勝し、
女性初ということで新聞等に取り上げられ、
亡くなる間際までその記事をベッドの上で
何度も何度も読み返していたお父さんの姿が
あったそうです。

その後、14回目か15回目の挑戦で
プロ試験に合格。それからは、
テレビなどにもたびたび出演し、
1999年12月には、子供向けの
囲碁マンガ「ヒカルの碁」の監修もするなど、
囲碁の普及にがんばっていらっしゃいます。

ホームページ、ブログなどを拝見すると、
本当に、たくさんの情報を、
きちんと発信している様子がうかがえます。
きっと、几帳面な方なのでしょう。

やっぱり、お父さんの力かな。

「自分が出来ないことだからこそ、
 子どもといっしょに頑張ってみよう。
 それが花咲くこともある。」

【参考】
梅沢由香里のホームページ:彼女自身が制作したページのようです。
Yukari House:オフィシャルホームページというタイトルになっています。
梅沢由香里のつれづれ日記:ブログです。よく更新されているようで、楽しいです。

絢香 19歳 -シンガー-

生年月日:1987年12月18日。出身地:大阪府。

2006年1月にリリースされた「I believe」が、
伸びやかな歌声と、その歌詞とともに、
ヒットとなりました。

当時18歳ということで、
すごいなぁ、とうらやましく思ったことを
覚えています。

歌手になろうとしたきっかけは、
中学校の文化祭で平井堅の「Love Love Love」を歌い、
喝采を受けたことと言われています。

高校1年生の冬に受けた音楽の授業がきっかけで
曲作りを始めたとのこと。
高校2年生の春からは、より高い音楽レベルを目指し、
音楽塾で本格的な楽曲創作活動を学びました。

彼女の親については、
あまり情報が出てきませんが、
母親が洋楽好きで、小学校の頃から
聴きこんでいたという話があります。

年齢的には「天才少女」かもしれないけど、
いろいろと出てきても、もう、
大人の女性というイメージがありますね。

育て方のポイントは、

「子供が一人で出て行こうとするなら、
 そのままにしておけ。」

っていうところでしょうか。

【参考】
絢香公式サイト:マネージャーの「STAFF DIARY」がちょい面白い。

宮里藍 -ゴルフ-

生年月日:1985年6月19日。出身地:沖縄県。

2004年(19歳)、2005年(20歳)と
賞金総額1億円を超えて、
日本では賞金ランク2位となり、
2006年からは、舞台を海外にも移して、
活躍するプロゴルファーです。

賞金がすごい額になりますから、
彼女に続けと、ゴルフの英才教育を始めた親は、
少なくないんじゃないでしょうか。

彼女を天才少女ゴルファーの元祖として、
次々と、天才少女が認知されてきましたね。
有名どころで言えば、パパも有名な横峯さくらなど。
海外では、もっと稼いでいるミシェル・ウィーという存在も。
そして、ハニカミ王子「石川遼」君も登場…

彼女がゴルフを始めたのは、4歳の時。
2人の兄に触発されクラブを握りました。
小学校2年、沖縄ジュニアゴルフ初出場。
それからは、どんどん経験を積み重ねて、
活躍していきます。

なんと言っても、藍ちゃんが出場すると、
ギャラリーの数がすごい。
ゴルフを知らない私から見ても、
ゴルフ界の盛り上げ役として先頭を走っていた、
というイメージがあります。

なんと言っても、藍ちゃんです。

そして、それを育てたのは、お父さん。
ちょっと失礼な言い方かもしれませんが、
長男、次男を実験台(?)にして、最終作品「藍ちゃん」を
お父さん独自の理論で育て上げたように見えます。

おおらかそうな長男、次男のようですから、
そう思われていたとしても、決して、否定しないでしょうし、
いっしょに、藍ちゃんを応援しているように思えます。

こんなふうに思います。

「子育ては、親を育てる実験だ。」

って。

【参考】
宮里藍公式サイト:藍ちゃんは、ゴルフばかりでなく、笑顔もうまい!
宮里道場:父 優さんの道場です。

伊達公子 -テニス-

生年月日:1970年9月28日。出身地:京都府。

小学校1年生の時から
テニスを始めます。
当時は、身長が小さい方で、
しかもやせていたようですが、
運動会や体育の成績は、
良かったとのこと。

両親が通っていた自宅近くの
テニスクラブでテニスを始める。
週3回のレッスンのところ、
学校が終わると毎日クラブへ通うくらいの熱中ぶり。
本人いわく
「今では信じられないくらい練習するのが楽しかった」

高校3年生の時に
全国高校総合体育大会(インターハイ)で
シングル・ダブルス・団体で3 冠。
高校卒業と同時にプロテニスプレーヤーに転向。

それからは、世界各地の大会に出場し、活躍をします。
1994 年-1996 年の引退まで
世界ランキング10位以内をキープ。
(最高4位、引退時9位)

現在は、3歳から10歳の子どもを対象にした
「伊達公子とテニスであそぼカモン!キッズテニス」を
全国で展開したり、
子供服ブランド「adidas kids with Kimiko Date」を
立ち上げたりしている。

彼女自身が楽しくやってきた空気があるから、
彼女が子どもたちに教える風景も楽しそうです。

育て方のポイントは、

「成長には、苦しみが付きもの。
 けれど、楽しみを見つける助けが大切。」

【参考】
伊達公子公式サイト:ブログの更新頻度がいい感じです。

生年月日:1981年12月29日。出身地:神奈川県。

2006トリノオリンピックの女子フィギュアスケートの金メダリスト。
数々の競技が終わっていくなかで、
日本には、金どころか、銀も銅もないという状況において、
日本に最初で最後のメダルをもたらした彼女。

それが、金メダルというわけですから、
本当に、国民的ヒロインとなりました。
彼女が当時出ていたお米「金芽米」が
爆発的に売れた理由も分かります。

彼女がスケートを始めたのは5歳の時。
たまたま遊びに行ったスケートに興味を持ち、
ちびっ子スケート教室に入ります。
その後、小学校に入学してから、
本格的にフィギュアスケートに取り組み、
小学3年ですでに3回転ジャンプをマスターし、
天才少女と呼ばれました。

その後、全日本選手権、世界選手権など、
活躍していきます。

1つの転機は、2004年3月、
ドルトムントで行われた世界選手権で
3回転-3回転のコンビネーションジャンプを決め、
技術点で満点の6.0をマークし優勝したこと。

当時は、「もう、やめようか」
という気持ちになっていた部分もあったようです。

周囲の人、特にお母さんに支えられて、
2006年のトリノオリンピックまで、
準備を進めることができました。

金メダルをとって、NHKスペシャルなどでも、
母親と彼女の関係がピックアップされていました。
衣装は、お母さんが作っていたとのこと。

育て方のポイントは、

「冷静に見える子どもほど、
 愛情に育まれて伸びていく。」

【参考】
荒川静香公式サイト

生年月日:1964年3月12日。出身地:熊本県。

小学校4年生からバドミントンを始め、
(本当は、ソフトボールをやりたかったらしい)
中学、高校時代に数多くの全国大会優勝を経験する。
16歳の時に史上最年少で全日本メンバーに選ばれ、
その後12年間、世界を舞台に戦った。
1992年のバルセロナオリンピックにも出場。

彼女の言葉
「小さいころは小柄だというのがコンプレックスで、
 大きな選手と試合をするときはむしょうに燃えました。
 負けず嫌いで、いつも動き回って、
 ジッとしていない子でしたね。」という。

現在はバドミントン教室の指導にあたったり、
テレビのスポーツキャスターとしても活躍中。

19歳のとき、一時、
ラケットも握りたくないという状態で、
バドミントンから離れたことがあるそうです。

16歳という年齢で全日本メンバーに選ばれたこと、
年上の人達に勝ち続けなければいけないプレッシャーを、
自分にかけ過ぎていたと、本人は言っています。

しかし、そういう時期を1年ほどで乗り越えて、
かえって、精神的に強くなれたようです。

育て方のポイントは、

「やめたい、という時期が来たら、
 せっかくここまで来たのに、という気持ちを抱かない。
 考える時期に来たんだ、と考えること。」

【参考】
スポーツ・ジャスト2005年7月号:三省堂スポーツ・パーソンで、陣内貴美子さんが紹介されています。



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