嫁姑の冷戦


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嫁姑とは?

かわいい息子の結婚相手が、かわいく思えるとは限らない。好きな夫の母親を、好きになれるとは限らない。夫婦も、もちろん他人だけれど、嫁姑はもっと他人。仲良くなる理由なんて、これっぽちもないように思える。それが一つ屋根の下に暮らすことになったら、どうなるか。ケンカの始まり、始まり…

2009年1月 5日

心が見える

人の口からは、
嫌味が出てくることもあって、
それっていうのは、
あんまり聞いて、心地いいものじゃあない。

私が覚えている嫌味のなかで、
記憶に濃いものが、祖母の口癖だ。
「心が見えるよ」というのだ。

そのタイミングも絶妙で、
嫁である私の母が、
あてつけがましいことをすると、
言うのであった。

私から見れば、
嫁姑のことだから、
どっちの心が見えても、
そんな美しいものとは思えなかったのだが、
言葉というものは、やはり強烈で、

「心が見えるよ」

という表現は、心地よくない気分といっしょに、
心の奥におさまっている。

よく考えてみても、
私の記憶のなかでは、
嫌な表現だよな、と思う。

おそらく、本当に、
心が見えているというわけでなく、
自分の思惑にあった見方を思い込んで、
こんな魂胆だろ? と言っているようなものだから、
その先々のコミュニケーションが
うまくいくわけがない。

年を重ねるというのは、
そういう思い込みしか出来なくなることなのか、
という疑問も、私の心に残している。

人は、人間関係が加わると、
今まで見えていなかった性格が、
見えてくる。

一人の人間としてみれば、
まあ、そんなに悪いとは思えない人間でも、
それが、何かのからみで別の人間と
関わりを持ち始めた瞬間から、
今まで見えなかった「心の闇」というものが見えて、
ギコチなくなったりする。

心の願いとしては、
年を重ね、多くの人間と交われば交わるほど、
そういう関わりに対して、
「独りよがり」の思い込みなんかが薄れて、
まるくなりたいな、なんて思う。

しかし、目の前に見える多くのご年配の方々を見ると、
必ずしも、そういう道に行き着くわけではないようで、
ん?、考え込んじゃう。

素敵な年のとり方を、本当に考えたいよ。

2008年12月17日

利用される

言葉尻をとらえられて、
利用される時というのがあります。

たとえば、
家族みんなで行く予定だったことに、
姑がちょっと気が乗らないと思いながら、

しょうがなく行こうか、
としている時に、
のろのろと準備をしていたりするから、
口ゲンカなんかをしたりするわけです。

そこで、嫁の口から
けっこうキツイ一言なんかが出てくる。

気が乗らなかった方は、
これ幸い。

「そういうことを言うから、
 私は行きたくなくなるんだよ。」

みたいな理由に利用されるわけです。

言ってしまった側は、
しまった、と思うのですが、
あとに引けない。

かなり長い間、
その一言がイジイジと利用されます。

気持ちがスッとするために、
相手が待っている一言を言ってしまうのは、
自分の損になってしまう。

利用されたら、たまったもんじゃない。

2008年11月26日

ずーっと入院してていいからね

あるお嫁さんが、
交通事故に遭い、
数週間の入院をしなければ
ならなくなった。

姑さんは、意外にも、
事故後間もなく、
お見舞いに来てくれた。

家事など、いろんなことを
やってくれるようで、
助かると思った、お嫁さん。

帰り間際に、姑さんが言ったそうな。

「しばらく入院してもいいからね。」

ん?

この言葉を、どう解釈したらいいのか?
お嫁さんは、しばし、考えてしまった。

ゆっくり休め、ということ?

それとも、

しばらく家に帰ってくるな、ということ?

考えれば考えるほど、分からない。

いずれにしろ、嫁姑の冷戦は、
ちょっとの間は、停戦となりそうだった。

2008年11月 7日

遊ぶ場所

二人の子供たち同士で遊ぶ時には、
どっちの家にお邪魔するか、
どっちの家で遊ぶか、
っていうことが大切になります。

それは、子供たち同士の問題でなく、
それぞれの家庭の事情にも
関わってきますから。

たとえば、
わが家では、長女、次女は、
部活動などで忙しいために、
家にお邪魔して遊ぶ、
というようなことは、ほとんど、
なくなりました。

そういう面では、三女が、
今の主役です。

仲良しのお友だちと、
帰り道で、遊びの約束を
つくってくる。

外に出すことを心配する親でなければ、
友だちの家に遊びに行ってくれれば、
助かることは、助かるはず。

おみやげに、スナック菓子袋を1つでも持たせれば、
自分の家は静かで、自分の子供は子供で
楽しい時間を過ごせるというわけです。

その方針が、姑さんと違うとなると、
ちょっと問題が発生します。

昨今の、子供が巻き込まれる事件や、
孫がかわいすぎて、外に出したくない姑さんは、
出来れば、遊びに来てもらいたい。

自分の近くに居させて、
遊ばせたい、となる。

嫁、姑で、意見が違うと、
子供のことながら、対立してしまう。

なんてこともあるわけです。

子供は、それぞれの顔色をうかがいながら、
遊ぶ場所を決めたりする...

子供、孫というのは、
家族関係の潤滑油にもなれば、
問題の種にもなるようです。

2008年10月30日

嫁姑でなくても...

嫁姑くらいの年齢が離れていなくても、
大げさに言えば、ほぼ同じような年齢においても、

女性が集まるグループには、
嫁と姑みたいな対立関係になる二人が、
いたりします。

まわりにいる女性たちは、
その二人に、振り回されっぱなし。

一方は、
なんでもかんでも、
新しいことをやろうとする。

もう一方は、
自分が思い立ったことであれば、
率先して動こうとするけれど、
他人が思いついたことについては、
重い腰をあげたくない。

できれば、そういう試みを
阻止しようとさえする。
そのやり方は、本当に、
姑息です。

姑息の「姑」という字は、
そういうところから来たんでしょうね。
恐ろしや、恐ろしや...

そして、
そのグループの中にいる人々を、
必ず、味方か敵か、という目で見始める。

味方でなければ、
敵だと決めつけるみたいな。

どっちでもなく、ただ、
おまえら二人が仲良くすれば、
それで問題ないのに、
と周囲は思っているのですが、
本当に、迷惑な人々がいるものです。

女性のグループに加わる時には、
要注意だと思いますよ。

出来れば、最初から加わらない方がいい場合も
あるかもしれませんから。

2008年10月 5日

傷ついた

おおげさにしゃべる、
さもなければ鎖国状態。

そういうコミュニケーション方法しか取れない女は、
ちょっと最悪な気がする。

「傷ついた、傷ついた」
とおおげさに騒ぎ立てる。

しかし、それをいつも聞かされる側は、
だいたい飽きてくるに決まっている。

それを感じると、今度は、
鎖国状態に入る。

何も言わない、
わざと反応を鈍くする、
時には、病気の振りをする。

ちょっと同情心のある人がいれば、
相手をしてくれるかもしれない。

しかし、そういう人がいなければ、
ただ一人で、そういう芝居を続けるしかなくなる。

最初は芝居だったのが、
そのうちにそれが生活習慣となり、
性格となり、顔の表情にまで刻まれる。

鎖国状態が、結局、何をもたらすかといえば、
まわりとの時差だ。

まわりは、時間が進んでいる。
自分だけは、わざと時間を止めていた。

気がついた時には、
自分だけが取り残されている。

何日も前の、何週間も前の、
何ヶ月も前の、何年も前の空間に、
しがみついて、自分の受けたという「傷」を
みんなに分かってもらうことだけに、
心を注いでいた時間。

人生が、そんなことだけで
終わってしまうのは、もったいない。

嫁姑の冷戦で、
人生の大半を過ごすなんて、
もったいない。

別居でも何でも、
行動を起こした方がいい。

合わないものは合わないでいいと思う。

2008年9月18日

結婚して5年目

あるアンケート調査によると、
夫が太ったなぁと思い始めるのは、
結婚して5年目くらいからだそうだ。
それは、夫自身が感じるのも、
妻が見て感じるのも、ほぼ同じ時期。

その現象から考えると、
夫婦の関係において、
ちょっと油断が出て来る時期とも、
重なるような気がする。

妻がヘアカットしたことに気づかない、
妻が抱えている問題に関心を持たない、
妻が「空気」のように思えている...

みたいな感じです。

嫁姑問題を、どこにでもあることだ、
と結論づけて、自分は部外者、
みたいになる夫は、きっと、
何をやっても、会社の仕事でも、
逃げられるものなら何でも、逃げようとするかもしれない。

思い返してみれば、
亡くなった祖父は、
地域の役員仕事やそれに伴う宴会に逃げ、
父は、パチンコ屋に逃げていたなぁ...

残された母と祖母は、やっぱり冷戦。
うーん。やっぱり、男が悪いとなるかな。

2008年9月 9日

わが子、かわいさ

わが子がいくらバカとは言え、
他人である「嫁」よりは、
間違いなく、かわいいに決まっている。

言っちゃ悪いけど、うちの父は、
世間的にはバカだったと思う。

その原因は、
祖父が後継ぎとすることしか考えなかったため、
世間に出して働かせることを、
あまりしなかったためだろう。

そういう親は、今の時代にも、
少なくない気がする。

そうやって育てられた男性は、
やはり、親の「庭」の中でしか
生きられなくなっていて、
いざ、世間とふれる機会があると、
うまく、自分をコントロールできなく
なるんじゃないか、と思う。

つまり、問題を抱えるというわけだ。
すぐに落ち込んだり、
働けなくなったり、
夫婦のコミュニケーションが下手だったり、と。

それでも、わが子がかわいければ、
その原因を、「嫁」にしたくなる姑の気持ちも、
分からないでもない。

後継ぎにしたいのなら、
ちゃんと教育をすればいいのだが、
ただ近くに置いておくだけでは、教育にはならない。

やっぱり、ある程度の分別を教育しながら、
旅をさせなくちゃいけない時期があると思う。

それが出来ない、つまり、子離れできない親が、
嫁とうまくいかない姑になるんじゃないだろうか。

2008年9月 4日

疑われる

何かを疑われる、というのは、
身に覚えのないことほど、
アタマにくることはない。

嫁姑の関係において、
それぞれの性格が未熟であれば、
必ずといっていいほど、
疑いの気持ちが出てくるように思う。

私がやったことをやり直したんじゃないか、
私を抜けものにしようとしたんじゃないか、
私を痛い目に遭わせようとしたんじゃないか、とか。

うちの母も、
そういう関係をこしらえてしまったようだ。
間違いなく、祖母とお互い様。

疑いは、未熟な心の中では、
どんどん増殖していく。

祖母がいった言葉は、
「この子は、ホントに、うちの子だろうか。」と。

血液検査までさせられたらしい。
たしかに、屈辱的なことだと思う。
嫁からしてみれば...

身に覚えのないことだから。
その子が、私ではあるが、
今になってみれば、間違いなく、
父に似ているところもあるし、
父の子だろうという似た性格部分も持っている。

単純に、結婚してすぐに妊娠できたことで、
祖母が、母に疑いの言葉を吐いた。

実際に、それを疑ったということでなく、
嫁の存在自体に、心のバランスを乱してしまったんだろう。
残念ながら、未熟な人間だったように思う。

それに加えて、母も、未熟だったことから、
その後、ずーっと、嫁姑戦争は続いた。

何かをすれば、お互いが、お互いを疑いあう。

わたしの人生ではないが、
そういう時間を、だいたい30年間は過ごしてきた、
母と祖母にとって、その時間は価値があったんだろうか、
と考えてしまう。

うーん、残念に思えるのは、
当事者じゃない私だからか。

2008年9月 2日

生まれて、物心がついて...

気づけば、母と祖母、嫁姑の間には、
不穏な空気が流れていた。

お互いがお互いのやることを、
かなり気に入らない様子。

そういう体験は、自分の結婚観にも、
多大な影響を与えるものです。

間違いなく、こんな我が家に、
来てくれるお嫁さんはいないだろうな、
と予測することができた。

私が女性だったら、
こんな実情を見たら、絶対に嫁入りしたくない、と。

20歳を過ぎた頃から
結婚に憧れを抱き始めたけれど、
我が家を振り返ると、
そんな憧れを抱くこと自体が、
バカらしいことに思えた。

私は、長男。
跡を継がなければいけない...
なんで、こんなに、嫁姑の関係は悪いのか。

そんな苦しい中で、私がした決断は、
家族の誰をも、驚かせるものとなった。


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