時の推移によって
表現は変わるけれども、
根っこは変わらない。
逆にいうと、
人間の心の本質は変わらないが、
時代の変化によって表現が変わっていくのです。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
人間が伝えたいことって、
根本では同じかもしれない。
自分の言っていることに注目を集めたい。
その理由はあっても、そういうことが多い。
けれど、その表現方法は変わっていく。
自分の意見がないのは、
考えているだけで行動しないからだ。
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
自分の頭で考えたことを、
実際に行動してみないと、
そこから、自分の考えは生まれてこない。
言われたことだけやっていても、
考えているだけでも、なかなか生まれてこない。
日本の素晴らしさを再発見して、
それを世界に発信する人こそが
本当の国際人です。
[蟹瀬誠一]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
ただ、英語が話せれば、
国際人というわけじゃない。
伝える何かが味のあるものじゃないと、
国際的に、興味をもたれることはない。
それが出来ないと、世界へは広がっていかない。
人は、情報が多いほど
最適な判断が下せる、
あるいは幸福になれる
というわけではないようです。
極論かもしれませんが、
情報が多すぎると人は往々にして
道を誤るのかもしれません。
[蟹瀬誠一]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
情報が多い場合は、
それらをうまく処理できないと、
かえって混乱してしまう。
自分の処理能力にふさわしいだけの情報量しか、
人は、扱えないものでしょう。
インターネットから得た情報など、
しょせん二次情報にすぎません。
人は、本当の「本当」は
そんな媒体には書きませんし、
本にすら書かないことが多々あるのです。
何かを生み出したいのであれば、
常にそれを心しておく必要があるだろうと思います。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
インターネットの情報に、
信頼を置き過ぎるのは、
あるいは頼りすぎるのは、
ちょっと危険かもしれない。
自分が発信している情報の質を考えてみれば、
そういう本質もおのずと見えてくる。
我々は他人のフィルターを
たくさん取り込むべきなのです。
それを取り込めば取り込むほど、
何かに気づくことができるようになる。
気づくことができれば学ぶことができる。
つまり、情報量が飛躍的に増えるのです。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
他人との出会いで、
自分の知識が広くなる。
いい人と出会えば、
ますます広くなる。
僕は才能というのは
興味があるかないかの違いだと
思うのです。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
興味があるものが、
その人を作る。
興味が移り変われば、
また、別の自分になる。
だから、才能も作る。
金が絡んだ時に
その人の人間性がいちばん
見えるのではないでしょうか。
ほとんどの人は金に負けるのですが、
ごく一部に金に負けない人がいる。
僕はそれが純粋な人間ではないかと思うのです。
各業界で一流といわれる人は皆そうだと思います。
なぜかというと、損得で考えたらできないはずのことをするからです。
損得でやらないからその人は天才だといわれる。
多くの人も努力はしますが、損だと思ったらやめてしまうのです。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
損得というものは、
今考えることと、
未来ではどうなっているかってことは、
必ずしも当たるとは限らない。
それが分からなくても、
がんばれる人だけが何かをつかむ。
グーグルやアマゾンが
得意としている領域には
絶対に手を出しません。
あえて効率が悪いところを
フィールドとします。
効率が悪いことにこそ
人間の活動の意味があると思うのです。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
人間にしかできないことが、
世の中にはある。
人間でなくてもいいことも、
世の中には多い。
それを見極められると、
ビジネスチャンスが見えてくる。
ポジションの取り方というのは、
大人とか子どもとかいうことではなくて、
目線の置き方の問題なのです。
[土井英司]
(
達人に学ぶ「知的生産の技術」)
何が見えるか、っていうのは、
どのポジションに立っているか、
っていうことに影響しますが、
なんで、そこに立ったかというと、
やはり、考え方、ものの見方なのでしょう。