君も他人にやたら
打ち明け話なんかしない方がいいぜ。
そんなことをしたらたぶん君だって、
誰彼かまわず懐かしく
思い出しちゃったりするだろうからさ。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
打ち明け話、秘密の話は、
話した方は忘れていても、
聞いた方は親密になったものだと
勘違いしてしまうことが多い。
そんなこと今からわかるわけないだろう。
先になって君が何をしてるかなんて、
実際に先になってみなきゃ
君にだってわからないんじゃないか?
うん、わかるわけないよね。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
未来は、予測はできても、
「分かる」と言えるものじゃない。
ある程度長い期間にわたって
学校教育を受けているとだね、
自分の知力のおおよそのサイズというものが、
だんだんわかるようになってくるんだ。
それがどういうものにフィットして、更に言うならば、
どういうものにフィットしないのかということがね。
そしてしかるのちに、
それだけのサイズを持った知力が
どのような思考を身にまとえばいいのかが、
君にも見えてくるわけだ。そうすることによって君は、
サイズに合わない理念やら、
似合わない理念やらを試着してみる手間を
省くことができる。
いちいちそんな試行錯誤みたいなことをしていたら、
膨大な時間が無駄になってしまうものね。
そして君は自分という人間の正しい寸法を知り、
君の知力にふさわしい衣をまとうことができるようになる。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
完璧な教育現場、
というものはないと思います。
それぞれの人に合う部分と、
合わない部分が、きっとある。
それでも、そういうことを含めて、
学べること、知ることがあるのが、
教育現場というものだろう。
未成熟なるもののしるしとは、
大義のために高貴なる死を求めることだ。
その一方で、成熟したもののしるしとは、
大義のために卑しく生きることを求めることだ。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
一人前の振りをしたい、見せたい、
ということは、
一人前じゃないという証拠。
一人前なら、見せる必要などないのだ。
君が今はまりこんでいる落下は、
ちょっと普通ではない種類の落下だと思うんだ。
恐ろしい種類の落下だと。
落ちていく人は、自分が底を打つのを感じることも、
その音を聞くことも許されない。
ただただ落ち続けるだけなんだ。
そういう一連の状況は、
人がその人生のある時期において
何かを探し求めているにもかかわらず、
まわりの環境が彼にそれを
提供することができないという場合にもたらされる。
あるいは、まわりの環境は
自分にそれを提供することができないと
本人が考えたような場合にね。
それで人は探し求めることをやめてしまう。
つまり、実際に探索を始める前に、
あきらめて放り出しちゃうんだ。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
人生、浮いていくこともあれば、
沈んでいってしまうこともある。
どうなるか、分からないのが人生で、
沈んでいる時間があるのが
悪いわけじゃない、決して。
僕がそこで何をするかっていうとさ、
誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、
かたっぱしからつかまえるんだよ。
つまりさ、よく前を見ないで
崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、
どっからともなく現れて、その子をキャッチするんだ。
そういうのを朝から晩までずっとやっている。
ライ麦畑のキャッチャー、
僕はただそういうものになりたいんだ。
たしかにかなりへんてこだとは思うけど、
僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。
かなりへんてこだとはわかっているんだけどね。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
自分の夢なんて、
ハッキリ持てたらいいけれど、
若いうちから、そんなにハッキリしている人なんて、
めったにいるもんじゃない。
大人ですら、夢を見失うんだから。
自分がインチキ人間かどうかなんて、
自分じゃなかなかわからないものなんだ。
困ったことには、
そいつはとことんわかりにくいんだよ。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
他人の生き方について、
あれこれ言っている暇があったら、
自分の生き方に集中したほうがいい。
その方が、世のため、人のため、自分のためだ。
気にすることありません。
誰かがうるさいことを言い出したら、
そのときにやめればいいんです。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
うるさいことを
言ってくる人は、
どこにでもいる。
いちいち、それを気にしていると、
何も出来なくなっちゃう。
ここにきりっとハンサムなお男がいる。
あるいは、自分のことを
ばりばりにすごいと思っているやつがいる。
そういうやつって、
必ず何か頼みごとがあるんだよな。
なぜかっていうと、この手の連中は
自分にぞっこん惚れ込んでいるから、
ほかのみんなも同じように自分に
ぞっこん惚れ込んでいるって考えちゃうんだね。
この俺に何か頼まれたら、
みんなほいほいと喜んでやってくれるだろうってさ。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
自意識過剰になると、
勘違いが始まる。
勘違いしているのを
まわりは気づいても、
自分が気づかなければ、痛い。
それを教えてくれる人がいるのは
幸せなことだけれど、
教えられても改められなければ、また痛い。
人生とはゲームなんだよ、...。
人生とは実にルールに従って
プレイせにゃならんゲームなんだ。

(
キャッチャー・イン・ザ・ライ、J.D. サリンジャー、村上春樹)
ルールがあるから、
ゲームは面白い。
ルールを守らないゲームは、
何が目的か、ゴールかも、
分からなくなる上に、
勝っても、だんだんつまらなくなる。