【森見登美彦さんについて】
1979年、奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程修了。2003年『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞を受賞。同作品は、本屋大賞2位にも選ばれた。他の著書に『きつねのはなし』『【新釈】走れメロス 他四篇』『有頂天家族』『美女と竹林』などがある。現在は図書館に勤めるかたわら、執筆活動に励んでいる。マジックリアリズムの手法で巧みにアレンジした独特の世界観と文体をもつ。作品は『ペンギン・ハイウェイ』以外、すべて京都が舞台である。個性的で強烈なキャラクターを多く登場させ、その魅力を前面に押し出すことが多い。

知ること

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知らない方が良いこともある。
知らねばならないことは
いずれ知ることになるし、
知らないですむのならば
それに越したことはないのさ。
有頂天家族、森見登美彦)
 
隠されていることは、
いつかは明らかになる。
知りたくなくても知ることになる。
だったら、知らないで幸せな時間を
いくらでも長くしたほうがいい。

いろんなサヨナラ

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サヨナラには色々なものがある。
哀しいサヨナラもあろうし、ときには
ありがたくてせいせいするサヨナラもあろう。
盛大な送別の宴にて
賑やかなサヨナラする者もあれば、
誰に見送られることもなく
一人でサヨナラする者もある。
長いサヨナラがあり、短いサヨナラがある。
いったんサヨナラした者が、照れくさそうに
ひょっこり帰ってくるのはよくあることだ。
そうかと思えば、短いサヨナラのように見せかけて、
なかなか帰ってこぬ者もある。そして、
二度と戻ってこない、
生涯にただ一度の本当のサヨナラもある。
有頂天家族、森見登美彦)
 
サヨナラは、哀しいことばかりじゃない。
一時は、寂しい思いをしたとしても、
時間が経つと、結果的に、
何か解放された気分になるものもあります。
サヨナラは、いいことなのだ。

サヨナラ

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生きてゆくかぎり、
サヨナラという出来事と
袂を分かつことはできない。
有頂天家族、森見登美彦)
 
別れは、いつも、ある。
なかには、いつ来るか、
分からない、突然のものもある。
それを体験しながら成長していくんだな。
本当のところ、突然は嫌だけどな。

得策

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努力すれば解決することであれば
悩むより努力する方が得策であり、
努力しても解決しないことであれば
努力するだけ無駄なのだ。
しかし、そう綺麗に割り切れないときには、
いわば当座の気散じが必要だ。
有頂天家族、森見登美彦)
 
どうにもならないことが
目の前にあって、
何にもできない、っていうのは、
苦しいこと。気晴らしになるようなことがないと、
過ぎ去っていくのを待つのは辛いですね。

悩みごと

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世に蔓延する「悩みごと」は、
大きく二つに分けることができる。
一つはどうでもよいこと、
もう一つはどうにもならぬことである。
そして、両者は苦しむだけ損である
という点で変わりはない。

有頂天家族

有頂天家族、森見登美彦)
 
どうにもならない悩みと、
しょうもない悩みの2つしかない、
としたら、たしかに、
悩むだけ損だな、って思います。
やるべきことを頑張っていたほうがいい。

間違っている

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何かしらの点で、
彼らは根本的に間違っている。
そして、まあ、
おそらく私も間違っている。
太陽の塔、森見登美彦)
 
誰かのことを間違っている、
と思ったら、きっと、
自分も、どこか間違っている、
と思ったほうがいい。
それは、自分だけが正しい、
と思っているよりも、きっと真理に近いはず。

恋愛の歪み

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しばしば「愛情が歪んだ」という表現が
使われるが、恋愛というものは
始めからどこか歪んでいる。
太陽の塔、森見登美彦)
 
人は、自分の感情だけは、
純粋だと思いたがるものかもしれないが、
実際は、そんなわけない、
というのは、自分がまざまざと知らされるシーンが、
たくさんある。そんなときに、めげずに、
現実を見つめて、嫉妬でも、憎しみでも、
乗り越えられたら、成長できるかな。


プロフィール

Shu。言葉力仕事人。いい言葉ねっとを運営。著書「読めばたちまちハッピーになるイイコトバ。」

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アイテム

  • 有頂天家族
  • 太陽の塔
  • 恋文の技術

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