金融危機と騒がれて、
なんだかんだと
難しいことが起きているこの世の中で、
今年も、わずか21日を残すばかりとなり、
こうやって、元気に生活できていることに、
感謝したいと思います。
ホントに、ありがとう。
今年も、いろんなことを学ばせてもらいました。
特に、Sさん、心から感謝します。
たくさん、救われました。
好き勝手にさせてもらいました。
ありがとうございます。
残り21日も、がんばりますよ。
娘らが、
どんどん大きくなって、
その成長過程で、
いろんなことをしてくれて、
親たちを喜ばせてくれます。
喜ばせてくれなくても、
やっぱり、かわいいと思える瞬間があって、
それだけで、
「ありがとう」
って思える時があります。
けれども、何かしら、
こちらの期待が大きくなると、
その「ありがとう」
という気持ちが薄まって、
もっと、がんばれ、出来るはずだ、
と押したくなります。
難しいです。
ありがとう、と、
もっと頑張って欲しい、と。
どちらも伝えたいから。
生まれてきてくれただけで、
ありがとう、っていうのは、
何かしら無理がある。
人は、成長するために生きているのは、
事実だから。
かわいいとは言え、
成長させるために、
ありがとうの言葉の後ろから、
ちょっとキビシイことも言わなければいけない。
だから、ありがとう、
といいながら、ちょっと、
ごめんなさいね、とも言ってるような気分。
子育てって、そんな感じに思えます。
「あと、1ヶ月くらいの命です」
と余命宣告されたとして、
「よし、残りの人生、バリバリ仕事をするぞ!」
ってはならないと思います。
きっと、妻や子供たちと、
ふつうに生きる生活を楽しむことだろう、と。
そういう、当たり前の生活に感謝して、
ありがとう、という気持ちを抱きながら、
生きていくんだろうと思います。
だったら、そういう余命宣告の日が来る前に、
そういう気持ちで生きていけたら、
そう思うわけです。
ありがとう、っていえることは、
そんなに探さなくてもあるように思います。
そこに居てくれるだけで、
ありがとう。
あんまり心地よいとは言えないけれど、
あなたたちのような人がいなかったら、
きっと、自分を変えようとかする気持ちも
起こらなかっただろうし、
きっと、今気づいている大切なことにも、
気づけなかっただろうと思う。
だから、面と向かっては言えないけれど、
本当に、ありがとうだな、って感じます。
そして、これからも、よろしく。
子どもが学校に行ったり、
学校から帰ってきたりする道すがらで、
犯罪に巻き込まれる事件が少なくない。
勉強ができなくても、
いまいち、しゃべっていることが
分からなくても、
甘えん坊で泣き虫でも、
教えていることをなかなか
分かってくれなくても、
無事に帰ってきてくれて、
ありがとう...って言わなきゃいけないかもな。
背中を送って、
笑顔を迎えるっていう
ささやかなことが幸せ。
そう思うところからしないと、
人生も家庭も、ギスギスしてしまうかもしれない。
気をつけないとなぁ。
いろんな方たちへ、ありがとう。
知らず知らずのうちに、
自分の力で成長してきて、
ここまで歩んできたような気になっているけど、
いっつも、
ポイント、ポイントで、
誰かに助けられていて、
ここまで来ている。
それは、その人の意思だったのかもしれないし、
神さまが、ひょいと、そういう人を
送ってくれたのかもしれないし、
そういうことはよく分からないけれど、
ありがたいことに、とても助かっている。
何より、家族とともに生きていて、
一番、助けられているな。
癒され、励まされ...
ありがとう。