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2008年9月29日

...涙の先輩...

つまずいたときに
つかんだ知恵こそ、
「涙の先輩」がくれた
本物の知恵です。

(百歳からあなたへ、松原泰道)

先輩という言葉を
耳にすると、「鼠先輩」
が思い浮かんでしまう最近です。

その鼠先輩にも、
今のヒットとは程遠い、
当たらない時代、涙の先輩が
あったようです。

誰もが同じような苦しみを体験して、
同じような成功に至るわけじゃない。

それどころか、最初から、
ずーっと勝ち組で、
負け知らずであるかのように
自慢する人さえ見かける。

反対に、自分の苦労を売りものにして、
自分が苦労して見つけた「楽な方法」だから、
この方法でがんばれば、誰でも成功できる、
と宣伝する人もいる。

みんなが欲しがるような勝ちや成功を
描いているだけの人であれば、
そういう先輩たちからアドバイスを
聞いたらいい。

「涙の先輩」が教えてくれるのは、
きっと、そういうことじゃないと思う。

自分にとって
本当に大切なことは何か、
本当の勝ちは、本当の成功は何か。

こういうことを
ちゃんと学ばせてくれる先輩が、
私たちには必要なのだ。

そうしないと、
何かに煽られるたびに、
自分が欲しいわけでないものを
求める道ばかりに突き進むクセが
身についてしまうだろう。

学ぶべき先輩を見失わないように。

(参考)百歳からあなたへ(松原泰道)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月26日

つまずいたら そこから立ち上がれ。...

つまずいたら
そこから立ち上がれ。
オリンピックといえども、
それはお前の人生の
一部分に過ぎないのだから。

(呉敬平、卓球レポート)

何度も何度も決勝に行きながら、
金メダルを手に出来なかった男が、
この北京オリンピックで初めて、
金メダルを手に入れました。

中国の馬琳という卓球選手です。
皮肉にも、彼は
「無冠の帝王」というあだ名で
呼ばれるようにさえなっていました。

彼のコーチが彼に言ったのがこれ。
オリンピックでさえも人生の一部分。
なるほど...です。

今回の北京オリンピックでも、
たくさんのライバルを破りながら、
決勝までたどり着きました。

アタマの中では、
嫌なリピート映像さえ
流れたかもしれません。

勝ちたい気持ちは強いほうがいい。
けれど、その勝ちたい気持ちが、
ここ一番で邪魔をしてしまうこともある。

何もかもあきらめる必要もないけど、
人生という観点から見れば、
あきらめていいものもある。

過ぎてしまったことなどは、
その1つ。過去より未来だ。

同じチャンスは、
1ヵ月後しかないかもしれない。
ものによっては、1年後、
4年後にしか来ないものもある。

大きいチャンスであれば、
もちろん嬉しいけれど、
小さいチャンスだって、
同じ人生の一部分なんだから、
それを大切にして生きていきたい。

そう思います。

(参考)ビジ髪 ビジネスで成功する髪型の法則(柳本 哲也)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月 6日

傷が癒えるのにかかる時間は、...

傷が癒えるのにかかる時間は、
ひとそれぞれだな。
ひどく時間のかかるものもいれば、
大してかからないものもいる。
傷の深さや大きさにもよるしな。

(少年陰陽師[刹那の静寂に横たわれ]、結城光流)

琳さんからの投稿です。
「心の傷は、癒えるまでは、
 触れられないものだと、
 改めて気づきました。」

自分の負った傷だけに
敏感な人間にはなりたくないな、
って思います。

だからと言って、他人の傷に敏感に
なれるタイプの人間でもないので、
いっそ、どっちにも鈍感な方がいい、
とあきらめています。

傷のサイズは同じでも、
感じる痛みは違います。

傷の種類は似ていても、
治りの速さは異なります。

そういうことを分かって、
自分と他人の傷にふれないと、
対処を間違ってしまう。

言葉で傷つけられた、
なんていう傷はややこしい。

本当に傷ついていることもあれば、
傷ついたということで自己主張し、
同情だけを欲しがっている場合もある。

前者は、きちんと
対応しなくちゃいけないけど、

後者は、真剣になりすぎると、
見かけの治りが長引くだけで
次に進めなくなったりもします。

ホント、人それぞれです。

傷つかない人と
いっしょに居たいなぁ、
と思うこともありませんか?


(参考)少年陰陽師[刹那の静寂に横たわれ](結城光流)

2008年7月 8日

後になって幸せだったと気づくのは、...

後になって
幸せだったと気づくのは、
普通の人。

今この時に
幸せだなぁと気づけるのは、
本当に幸せな感謝できる人。

(作者不詳)

αさんからの投稿です。
「よく考えれば、誰でも
 毎日の生活にあるささいなことに、
 感謝できることや喜べることは、
 あるんだなぁと思いました。
 自分が何でも
 当たり前だと思ってしまっていて、
 喜んだり感謝していないのを
 恥ずかしく思いました。」

もっととか、
もう少しっていう思いが、
自分の頑張りに向けたものなら、
幸せにつながることもあるけど、

欲しいものだけに
向けられたものだったら、
キリがないかもしれない。

無欲がいいとは言わない。

今の幸せを実感した上での
望みや願いを持っていたい。

自分も、自分の子供たちも、
そんな思いでいられる人間で
ありたいなぁ...と思います。

味わう気持ちがあれば、
幸せは何度でもリサイクルして、
感じられるものだということでしょう。

一度きりしか味わえないわけでなく、
感謝する気持ちがあれば、
何度となく幸せ気分になれるのです。

それは、お得ですよね。


(参考)脳が教える! 1つの習慣(ロバート・マウラー)

2008年5月29日

どんな悲しみにも...

どんな悲しみにも
それにふさわしい深い幸せがきっとある

(英語)
In any deep-seated suffering or sadness,
there is, without a doubt,
a happiness that is a worthy counter.

(羅漢)

それこそ、ふかーい言葉ですね。

私たちが日々もしくは時々
味わう悲しみというものの背後に、
そのような幸せが待っていると、

ふかーく理解していたら、
そんなにじたばたせずに、
待っていられるのかなぁ...

擬人化して表現すれば、
悲しみさんが目の前に突然現れて、

「いいですか、あなた、
 早とちりしないでよく聞いて。
 これから悲しいことが起こります。
 でも大丈夫。少しだけ耐えてください。
 その後に、幸せさんも来ますから。」

って言ってくれたら、
人生はもっとハッピーになるのかなぁ。

幸せさんが来るのが遅れていて、
駄々をこねたくなった時にも、
悲しみさんがニョキっと現れて、

「ほらほら、あきらめないで。
 幸せさんは、もうすぐそこまで
 来ているんですから。ファイト!」

みたいなことを言ってくれたら、
がんばれるのかなぁ。

いろんなことを事細かに
教えてもらえばもらうほど、
すぐに答えが見つからないと、
ガマンできなくなるように思います。

やっぱり、
自分で思い出して、
自分で気づくしかない。

悲しみは、いつか必ず
終わるっていうことを。


(参考)
羅漢さんの絵説法(荒 了寛)

2008年5月11日

無理すると、...

無理すると、
本質が見えなくなる。

(雑誌「プレジデント」、鈴木敏文)

無理をしない主義の人間でも、
たまには無理をした方がいい
と思わされるときがある。

わたしも無理をしない人間だから、
きっとそう思われてるだろうなぁ...笑

無理をするのにも、
ツボっていうのが、
あるんじゃないかなと思う。

無理をして意味のある
ツボ、コツみたいなものが。

そのツボを外していると、
なんか、空回りになっちゃう。

もちろん、
何の空回りもないなんてこと
の方が珍しいとは思うけれど、

たとえば、
人を笑わせるキャラじゃない人が、
無理して笑わせようとした時には、
だいたい、引かれてしまう。

笑いの本質は、
無理に笑わせようとした時に、
ズレてくるんだよね。

お笑い芸人の中には、
そういう大技で頑張る人もいるけど、
笑いをとるのがうまい人は、
何気ないことを、
別の視点で見せる小技を持っているなぁ、
って思わされる。

それが本質なんでしょう。
笑いのツボ...

もちろん、無理な笑いが、
好きな人もいるだろうから、
ぜんぶぜんぶを否定はできないけどね。

無理までしたのに、
ツボをはずして、
本質を見失ってしまったら、
たしかに疲れてしまいます。

無理をするのなら、
ツボだけは外さないように。


(参考)
日本のおかず(西 健一郎)

2008年2月 6日

憎むのだって、…

憎むのだって、
エネルギーが必要だ。

(凍える牙、乃南アサ)

嫉妬や怒り、憎しみでさえ、
いくらか健康でなければ、
続くものじゃない。

もし、体の痛みや苦しみの
さなかにあっても、
憎しみ続けられるとしたら、
それは、よほどのことだと思う。

もちろん、
そういう憎しみとかが、
ものすごいエネルギーを
生むこともある。

そうだとはしても、
初めに「憎む」ための
エネルギーがなくちゃ
始まらない。

エネルギーは限られている。

それをどう使うかで、
もっと良いエネルギーが
集まることもある。

反対に、
かなり悪いエネルギーを
集めてしまうこともある。

灯油、ガソリンなどの
エネルギー価格が高騰している昨今、
自分のもっているエネルギーも
価値ある方向に、
大切に使いたいものです。

ただし、節約ばかりしていると、
蒸発したり、汚れてしまうことも
ありますから、要注意です。


(参考)凍える牙(乃南アサ)

2008年1月16日

いい出会いがあるかどうかなんて…

いい出会いが
あるかどうかなんて
誰にも分からない。

ただ、もし今日にでも
出会いがあるとしたら、
本当の自分を引き出してみるだけ。

(作者不詳)

本当のことが
知れないことを怖れるか。

相手に嫌われるんじゃないか
ということを怖れるのか。

短い間だけでも、
夢が見たいとするなら、
本当の自分を隠すことも
一つの手段だろう。

けれど、ニセモノなら
早めに終わらせて、
ホンモノに早く出会いたい。
ということなら、
本当の自分を引き出す勇気が
欲しいところ。

それなしでは、
本当の「いい出会い」は
ありえないと思う。

もしかしたら、
本当の自分を引き出した時に、
わがままな自分に
気づかされりするかもしれない。

何度も何度も、
そのわがままで痛い目に
遭うこともあるかもしれない。

そういうなかで、
変わらなくちゃ…と思える時がきたら、
それは「いい出会い」なんだと思う。

隠さなくちゃ、
ウソをつかなくちゃ、
とは違う。

変わらなくちゃと思った時が、
そして、それが長く続けられる時が、
ホンモノだと言えるでしょう。


(参考)出会いのかけら(ケツメイシ)

2007年11月20日

他人の悪口はウソでも面白い。自分の…

他人の悪口は
ウソでも面白い。
自分の悪口は
本当でも面白くない。

(近所のお寺の掲示板)

長女が教えてくれました。
登校で通りがかりのお寺に
あった言葉だそうです。

ちゃんと記憶しているくらいですから、
娘の心にも考えさせられるものが
あったのでしょう。

悪口を言うような暇があるというのは、
まだまだ幸せなのかもしれません。
悪口を聞く暇も同様…

そんなことに一切関わらない態度を
とっていると、今度は、
自分が悪口の対象になりえます。

つまんない人間だねぇ、
付き合いの悪い人だよ、
何様のつもりなんだろう…
みたいな感じ。

人とのつながりを拒む必要はないし、
たまに、誰かの悪口を言ったり、
愚痴ったり、泣いたりすることの
話し相手になることは悪くない。

けれど、
いつも悪口を言ったり、
いつも不平・不満をしゃべったり、
誰かの揚げ足ばかりとっている人との
付き合いは、不要かもしれない。

いじめる必要はないけれど、
そういうことばかりしていると、
友達を失うことを
自覚してもらわなくちゃいけない。

悪口は、
誰かの心の中からあふれ出て、
誰かの心の中に染み込んでしまう。

染み込まされた方は油断していると、
同じような人間になってしまう。
悪口に染まらないよう注意してないと…。


(参考)男の悪口女の悪口 (上杉 可南子)

2007年10月14日

傷つき易い人に合わせてゆくのが…

傷つき易い人に合わせてゆくのが
やさしさだとは到底思えない

(働きマン 2巻、安野モヨコ)

以前のコラムに書いたけど、
誰彼となく
「自分は傷ついた」
「自分だけが一番傷ついた」
と訴えて、騒いでいる人間ほど、

知らず知らずのうちに、
いろんな人を傷つけていたりする。

自分のちょっとした傷には、
チョー敏感で、
他人に与えた重傷には、
知らんぷり…

もちろん、傷つき易い人のすべてが
そんな感じじゃないとは思うけれど、

自称・傷つき易い人に、
世の中の人みんなが
振りまわされるとしたら、
ルールまでもねじ曲げられそう。

そもそも、
傷つき易い人っていうのは、
誰が認定しているのか。

自分が認定するだけでいいなら、
私も「傷つき易い人」になれる。

でも、私はそんな認定はしない。
どんな「お得」があるのか。

優しくしてもらえる?
誰かが代わりに傷ついてくれる?
ツッコミ、責任追及がなくなる?

そんな人生でいいのかなぁ、
それを与えようとしていいのかなぁ…


(参考)働きマン(安野モヨコ)

2007年7月26日

過去にばかりとらわれていると、…

過去にばかり
とらわれていると、
先にあるものが
見えなくなってしまうぞ。

(英語)
If you focus on what’s left behind,
you’ll never be able to
see waht lies ahead.

(映画「レミーのおいしいレストラン)

毎日のように、
戸惑うわけじゃないけど、
戸惑うことが起きる時には、
必ずと言っていいほど、
過去にすがろうとしている自分に
気づかされる。

最近の私にも、
そんなことがあったなぁ。
ただ、「過去」という
意識はしていなかったけどね…

なんで、このままじゃダメなの?

どうして、今さら?

なんで、こんなことされるの?

みたいな感じに思っている自分は、
やっぱり、過去が好きなのでしょう。
たとえ、100%満足のいかない過去
だったとしてもです。

過去と未来、どっちにつくか?
という岐路に立たされることは多く、
その選択は、とても難しい。

もちろん、過去という選択もできる。
そして、そうしようとする人もいる。

けれど、その結末は、
だいたいにおいて厳しい。

もちろん、先にあるものが
厳しくないという約束は、
どこにもないし、
同じくらい大変だろうけど、
せっかく見つけられそうな未来なら、
見つけて、突き進んだ方がいい。

最初の勇気を乗り越えれば、
きっと、大丈夫になるんですよ。
だいたいのことは…


(参考)レミーのおいしいレストラン (キティ・リチャーズ)

2007年6月20日

孤独だということは…

孤独だということは
人と違う人間だということ。

人と違っているということは
孤独になるということ。

(スーザン・ゴードン)

孤独にも負けない魂を
もった者同士が出会うまでは、
孤独でいてもかまわない。

しかし、
それに耐えられなくなって、
傷をなめ合うために、
孤独な者同士が寄り添うと、
きっと甘えになっちゃう。

甘えになると、
孤独にも負けない魂は、
もう育たない。

私も変わっている人間だから、
時に、孤独を感じる時がある。

どれだけ強くなっているかは、
分からないけれど、
いつも孤独を愛するのじゃなく、

時に、必要になったら、
孤独になっても大丈夫、
という精神がないと、
夢や目標は叶えられないと思う。

群がることばかりを考えると、
自分をさらに高めることを
あきらめてしまうことにもなる。

孤独は、
良いものでも
悪いものでもない。

誰もが通過することのある「道」
というだけの話。


(参考)孤独と人生 (ショーペンハウアー)

2006年12月 3日

人をゆるすということは、…

人をゆるすということは、
心の扉を1つ開けるということ。

(映画「私の頭の中の消しゴム」)

誰か一人をゆるせないと、
関係ない人にまで
敵意を抱いてしまう時がある。

敵意は、敵意を生む。

心の扉をどんどん閉じる以外に、
自分を守れない気もしてくる。

自分の心を見つめてみれば、
「ゆるさない」とか
言い放ってはいないけど、
やっぱり、心のどこかで、
ゆるしてない人がいる気がする。

自分のいうことを聞かなかった人、
自分の意見に反対した人、
自分の邪魔をした人…

冷静に考えてみれば、
こっちの勝手で
ゆるしてないだけだったりする。

けれど、それが分かっても、
ゆるせないという感情は消えない。
それは、理屈だけで
消えるもんじゃないから。

そもそも、理屈で消えるもんなら、
そういう感情自体、生まれてない。

だから、ややこしくもある。

いくら諭されても、
いくら仲直りのお膳立てされても、
心の扉は開かない。

そして、残念ながら、
ドアノブは、内側にしか
ないんだろう…

その上、
ゆるす扉を開けない限り、
未来の扉もなかなか
開けないのだ。


(参考)ゆるすということ―もう、過去にはとらわれない(ジェラルド・G. ジャンポルスキー)

2006年11月19日

…でもな、いつまでも立ち直ろうとしないのは、…

確かに、あんたが
道を踏み外したのは、
あんただけのせいやないと思う。
親も周囲も悪かったやろう。

でもな、いつまでも
立ち直ろうとしないのは、
あんたのせいやで、甘えるな!

(大平光代「だから、あなたも生きぬいて」)

リルさんからの投稿です。
「作者の体験談です。
 知り合いのおじさんから
 叱られた時に初めて
 作者は心配してくれる人を
 見つけられたと思ったそうです。」

自分以外に原因があったかどうか、
ということと、
その対策はいつ始めるか、
ということは別問題。

原因を責めたり、
誰かのせいにしているうちに、
手遅れになったら、
損をするのは自分なのだ。

もしかしたら、
原因を認めさせるには、
10年以上もかかかるかもしれない。

けれど、
対策は今始めれば、
1ヶ月で終わることかもしれない。

しかし、それを延ばせば延ばすほど、
対策に必要な期間が、
3ヶ月、6ヶ月、1年、5年、10年と
長くなることだってありうる。

変な意地のために、自分をわざわざ、
損する場所に追い込む必要はない。

その意地が何になる?
というのだ。

そういうことに気づく自分で
ありたいものです。

ある意味、
変わり身は早く、
それも自分のために。


(参考)だから、あなたも生きぬいて(大平光代)

2006年10月17日

心があるから…

心があるから
痛みや喜びを知ることが
できるんじゃない。
痛みや喜びを知って、
心が生まれるんですね。

(引用元不明)

カリーさんからの投稿です。

ちなみに、さっきまで
ちょっと眠かったです。
早朝に、鼻がムズムズして
起きてしまったこと、
また早くから、仕事で
出かけていたことも影響していた。

眠気の苦しみっていうのは、
やっぱり、当人しか
分からないわけで、
他人事として見ていれば、
コックリコックリする姿は、
面白く見えるものです。

子供は、時々、
残酷な一面もあったりして、
簡単に、人を叩いたり
することがあります。

こういうのを、
痛みについての「心」が
出来ていない、
と言うんでしょうか。

だから、
自分も叩かれて初めて、
その痛みが分かります。

ただ、その後の反応は、
いろいろあるもので、
痛いからやめようとなるか、
必ず仕返ししてやるとなるか、
は人それぞれです。

人は生まれながらにして、
「心」がありますが、
ちゃんと感じる「心」には
なっていない部分もあります。

何かを見たり聞いたりして
純粋に感じるということは、
あるとしても、

経験を重ねて、
自分のものとしていかないと、
他人のことには
共感できないことが多い。

私のような鈍い人間は、
特にそんな気がします。

あるだけの「心」でなく、
感じる「心」は、
やっぱり大切ですね。


(参考)「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか(谷原誠)

2006年7月19日

人は幸福の時は偉大に見えるかもしれないが、…

人は幸福の時は
偉大に見えるかもしれないが、
真に向上するのは
不運の時である。

(シラー)

Kさんからの投稿です。
「不幸を幸せって呼べる時が
 くるかもしれない。」

成功しているように、
幸せそうに見える時、
多くの人にうらやましがられる。

人々からの注目を集め、
その秘訣やヒントを
尋ねられたりもする。

仮に、本人自身は、
そんなことを少しも
感じていなかったとしても、
なんとなく、その気になってくる。

しかし、人の心は移ろいやすい。
しばらくすれば、
注目の眼差しは別のところへ向かい、
自分の成功や幸せも、いつの間にか、
どこへいったか忘れていたり、
大切なものを手放していたりする。

気づくのは、自分も人々も、
ニセモノをつかまされていた
ということ。

ニセモノをつかまされ、
それに浮かれていた時期が過ぎて、
現実に向き合った瞬間にこそ、
「生きる」べき理由を
見つけなければいけない。

だいたいにおいて、そんな時には、
自分を励ませるような理由は、
たいして残っていないけれど、
それでも頑張らなくちゃいけない。

そうすれば、本当に成長して、
成功とか幸せの意味が分かる。
そういうことかな…


(参考)ヴァレンシュタイン(シラー)

2006年6月21日

弱い人間でなければ、…

弱い人間でなければ、
弱い人間の気持ちは
わからないでしょ。

(映画「不撓不屈」)

この映画は、日本の国家権力に
立ち向かった男のストーリー。

なお、税金がテーマなので、
立場によって、その議論は
様々に分かれるところでしょう。

それでも、
弱いとも思える一人の人間が、
強いと見える大きな組織と、
真っ正面から挑んだことは、
何かを感じさせてくれます。

人間は、どこかに
弱いところが必ずある。

体が弱い人は、
病気の人の気持ちが分かる。

立場の弱い人は、
圧力をかけられている人の
気持ちが分かる。

貧乏を経験した人は、
お金に困っている人の
気持ちが分かる。

ただ、人間は、
何もかも弱いわけじゃないから、
どこかで強く出られるところでは、
その「弱さ」が見えなくなってしまう。

私自身も例外でない。
自分の弱い部分については、
「そこのところ、分かってよぉ…」
という気持ちがもたげくる。

しかし、自分の強い部分については、
「なんで、そんなことも…」
なんていうセリフが、
口から出そうになってしまう。

どこかに弱点があるというのは、
そういうことを思い起こさせる
ためなんでしょうね。
けれど、人間は、
なかなか学べない。残念!


(参考)不撓不屈(高杉良)

2006年5月14日

『×』だって、…

『×(バツ)』だって、
見方を変えれば
『+(プラス)』になる。

(引用元不明)

リシュリューさんからの投稿です。

なんか、日本人に限らず、
ダメなものには
×っていうふうにやるんでしょうか。

もし、そうだとすれば、
この言葉って世界共通語になる。

間違って、
しょうゆに落としてしまった
マヨネーズがおいしいように、
(好みで、きらいな人も…)

当初の目標から失敗したものが、
新しい「おいしさ」を生む。

クレームや苦情は
誰も聞きたくないけれど、
それを言われないくらい
あきられるとか、
心にとめられないよりだったら、

それを言われるくらい、
気を留められるということは、
場合によっては、
新しい交流の始まりになる。

人によっては、わざと、
ちょっとしたミスをして、
インパクトを残す人もいるらしい。

たしかに、完璧主義で、
スキのない人よりは、
近寄りやすい印象が
あるからねぇ。

×をうまく使える才能を
身につけたいものです。


(参考)陽気なギャングの日常と襲撃(伊坂幸太郎)

2006年4月22日

恋愛においては、恋したふりをする…

恋愛においては、
恋したふりをする人のほうが
本当に恋している人よりも
ずっとうまく成功する。

(ランクロ)

恋は、思うほど
うまくはいかない。

結婚にいたった時には、
問題が複雑になって
うまくいかせるには
かなりの努力が必要。
それが恋愛と結婚の現実。

そこに来て、世の中は、
比べるのが好きだ。

だから、
うらやましがる。
あるいは、
うらやましがらせたい。

うらやましがる人間が
やってしまうのは、
自分がうまくいっているように
見せること。負けじと…

だから「ふり」をする。

ふりをして、
人々から一人前に認められ、
うらやましがられるうちに、
いい気分を味わえる。

ふりは、幸せの1つ。
けれど、長続きはしない。

それが分かっていて、
ふりをするならいいけれど、
ふりだけで自分の人生が
終わることがないように
気をつけなければいけませんね。


(参考)もっと、夫婦は恋できる(二松まゆみ)

2006年1月13日

1歩進むのに勇気はいらない。…

1歩進むのに勇気はいらない。
次のことを考えるのは、
1歩進んでからでもいい。

(投稿)

さぁ姫さんからの投稿です。
「部活顧問先生からの言葉です。
 人間は、次はどうしいよう?
 って悩むから、最初の1歩が
 踏み出せないんだ。
 まず1歩を踏み出してから
 次を考えても遅くはない、と。
 おかげで、最初の1歩を
 踏み出すことが出来ました。」

何も考えずに進んだら、
たしかに危ない時もある。

しかし、考えて進んでも、
危ない時があるのだ。

どっちがいいか?

考えているうちに、
タイミングを逃しがちな人は、
とにかく1歩進んでみたらいい。

考えないで進んで
失敗をしやすい人は、
少しだけ準備してみたらいい。

おそらく、
疑うことでしか
生きられなくなった人には、
1歩も進めないでしょうね。

それでいながら、
1歩も進めない理由を
誰かのせいにしたりする。

あなたはいかがです?
進んでいますか?


(参考)「ナルニア国ものがたり」(C.S.ルイス)

2005年12月30日

…全てを否定するのなら、傷つくしかない。

全てを肯定するのなら、
傷はつかない。

全てを否定するのなら、
傷つくしかない。

(空の境界、奈須きのこ)

柊さんからの投稿です。

今年2005年も、あと2日。
どんな1年だったでしょうか?

忘れたい、
とんでもない1年だった、
イヤなことばかりだった、
と思っている方々も
いるでしょう。

けれども、まずは終わりです。

今は、否定したい1年、
であるとしても、あとで、
肯定することもあるでしょう。

それは、少しでも
心に余裕が出てきたとき。
それがないときには、
肯定なんて難しいはず。

もちろん、
心の余裕なんていうものが、
人に言われて、
出てくるものでもない。

だから、私も、
こんなところで、
しつこく書いても
しょうがないんです。

それは、
「性格を変えろ!」
に近い言葉ですから。

それを言うなら、
「私自身の性格を
 まず変えてみろ!」
というのが正解です。

今年1年を
肯定できる日が
くればいいですね、
とだけ言っておきます。


(参考)空の境界(奈須きのこ)

2005年11月20日

真に信ずる者は、…

真に信ずる者は、
良いことも悪いことも、
身に起こることを受け入れる。

(英語)
The true believer accepts his fate,
the good and the bad.

(ASAHI WEEKLY)

信じれば救われる、
信じれば願いが叶う、
信じれば「いいこと」がある、
こんなのは、「信じる」
ことになりえない。

商用主義の匂いさえ、
プンプンしてくる…

その先には、
「信じてそれを買えば、
 きっといいことがある。」
みたいな商法が待っている。

そんなふうな感じで、
信じ始めるくらいだったら、
「もし、信じた先で、
 良くないことが起きても、
 後悔しないか?」と自問して、
自分を思い留めた方がいい。

悪いことが起きても、
自分の人格を支えてくれる
ような事柄を信じなければ、
信じること自体が虚しい。

私たちは、
あなたを信じるとか、
あなたを愛するとかいう言葉を
聞いたり、口にしたりするけれど、
本当のところは、その意味さえも
分かっていない。

そんな気がする…

だって、その先で、
良くないことが起きても、
それを貫けるか?
という覚悟を尋ねられたら、
あまり深く考えていない自分に
気づくから。

【参考】
イチローイズム―僕が考えたこと、感じたこと、信じること(石田雄太)

2005年11月 1日

汝の愛を…汝の選びを…

汝の愛を選びなさい。
汝の選びを愛しなさい。

(英語)
Choose thy love.
Love thy choice.

(ドイツのことわざ)

私って、愛情あるのかなぁ、
と思うことがあります。

そもそも、
誰かを愛するって
やっぱり難しいですよ。

相手が思い通りに
なってくれるのなら、
心を注ぐのは、
誰にでも出来るでしょう。

しかし、そうでない時には、
相手の思い通りにこちらがなるか、
それとも、相手の選択を見守るか、
自分の対応を
決めなければいけません。

そして、その時点では、
どちらの選択が良かったのか、
愛を選んだのかそうでないか、
も分からない場合も多いのです。

「俺は、愛に生きるんだ!」
なんていう言葉も、
どこかしら軽い響きに
聞こえてしまう時代です。

だからと言って、
「あなたを愛しているからこそ、
 ここまで尽くしてきたのよ。」
っていう言葉にも、
真実がない可能性もあります。

愛という言葉を使われると、
かえってボヤけて感じてしまうのは、
私だけかなぁ…

自分と相手の間にある
何かを選ぶときに、それは、
自分が成長することか、
相手も成長することか、
これを考えることこそが、
愛じゃないかなぁと思う最近です。

【参考】
花より男子 完全版 (神尾葉子)

2005年8月19日

ZeRoになれ!(THE ALFEE)

ZeRoになれ!(THE ALFEE)の歌詞

倒れた時に~の部分

私の知人に、
THE ALFEE好きな方がいて、
けっこう「倒れる」ことが多いです。

まず、上司との相性がよくない、
そのせいか、同僚によくあたる、
そういうストレスが重なると、
今度は体調を崩す。

ちょっと以前に、
上司が替わりました。
その知人、今度は、
自分のことを理解してくれるだろう、
という期待で、仕事に対する思いを
その上司にぶつけました。が、
うまく交わされてしまいました。

何度も何度も倒れて、
うまくいかないことばかりですが、
やはり、心の痛みは、
誰よりも分かるらしく、
人に好かれるところもあります。

けれども、実際は、
「新しい見方に会う」とか、
「視界が広がる」という経験は
なかなか難しいようです。

それは、理想に対する期待が
強ければ、強いほど…
それにしがみついてしまったり
するからだろうなぁ。

私も、自分に、
そんなところを見る時があります。
経験を「糧」にするって、
意外と簡単じゃないわけです。

【参考】
100億のLove Story(THE ALFEE)

2005年7月 7日

人は皆 自分の弱さを見つめ…

君に伝えたいこと(諫山実生)の歌詞

ねぇ 聞いて~の部分

自分の弱さが
まるでないかのように
人に見せること自体に、
無理がある。

弱いところは弱い、
未熟なところは未熟、
そういうところも見せて、
人と付き合うことに
何の間違いがあるだろうか。

でも、なかには、
それが出来ない人もいる。

自分の弱い姿は、
絶対に見せたくない。
でも、不思議なのは、
自分を強いと見せて、
本当は弱い人が、
その弱さにつけ込まれること。

逆に、こんなところが弱いんだよ、
と見せる人は、別の部分が強いから、
誰かにつけ込まれたりすることもない。

だって、弱いところを
見せられる強さがあるから。

弱さを見せられないのは、
強さじゃないことに、
いい加減、私たちは
気づかなくちゃいけない。

しかし、
弱さを見せるというのは、
弱音を吐くのとは違う、
何も出来ないとも違う。

こんな強さもあるけれど、
こんな弱さもあるんだよ、
と正直に見せること。

それは、
付き合ってくれる人を
勘違いさせないため、
こちらの強さを見て、
付き合おうと思ってくれるなら、
その思いが本気かどうかを
最後は、弱さを見せて、
判断してもらうわけだ。

恋愛だって、結婚だって、
続くっていうのは、結局、
そういうことじゃないのかなぁ。

そして、弱さに向き合い、
それに付き合う本気があるかどうか、
最後に試されるのは、自分自身。

その本気がない人には、
強さも、弱さも、それが何か、
きっと分からない。

【参考】
サハラの誘惑(諫山実生)

2005年7月 6日

「できるわけがない」と思えば、…

「できるわけがない」と思えば、
脳はその優秀なメカニズムを動員して、
「できない」理由を考え始めます。

(雑誌「プレジデント」)

信じたければ、
本当だという理由を、
信じたくなければ、
ウソだという理由を、
フル回転して探し出す脳。

優秀だから、
それだけのものを、きっと
見つけ出すことでしょう。

そう考えると怖いですね。

善か悪か、
本当かウソか、
可能か不可能か、
その真相に関係なく、

結局は、自分の願い通りを
見つめることになるわけだから。

そういう視点で、
自分の信じていること、
自分の知っていること
を理解しておくのは、
とても大切なことだと思う。

そうでないと、
自分が自分にだまされてしまう。

そう言えば、こんな言葉があったなぁ。

「あなたが一番だましやすい人は、
 あなた自身だよ。」
 (エドワード・ブリュワー・リットン)

あなたの脳は、
それだけの優秀さを持っている。
あなたを十分にだませるだけの力を。

注意してくださいね。
だまされないように…

でも、同じだまされるんなら、
「できる」とだませることも
心にとどめておいてください。

どっちをするかは、
あなた次第。

【参考】
思考は現実化する(ナポレオン・ヒル)

2005年6月27日

人は、何かを簡単に言っているときに、…

人は、何かを
簡単に言っているときに、
いちばんウソをつきやすい。

人は、なにかを
むつかしく言っているときに、
そのものごとから
逃げていることが多い。

(ほぼ日、糸井重里)

ズバリと突いていますね。

そう言えば、
昨日のミーティングで、
私は、話をむつかしく
してしまったような記憶が…

たしかに、
出来るならば逃げたい、
という気持ちが
心の中にもたげていた。
そうだよなぁ、当たってる。

あとは、こんなケースも、
ありがちですね。

たとえば、自分の役割が
うまくいっていない時に、
いかにもというような
自分の責任でないものに、
その原因を押しつける人が
いますよね。

それこそ、簡単に、
人のせいにするのがいい例です。
自分にウソをついて…

そこに、
そのウソを見破れない人、または
見破っても賢明でない人が、
その責任を負わされる側にいると、
どうなるか。

同じように、
自分の身を守ることに
必死になるはずだから、
こちらは、話をややこしくして、
逃げようとするわけです。

そんなウソと逃げばかりで、
物事を進めようとする組織は、
そう長くは続かないでしょう。

きっと、いつか、
ウソをつく本質、
逃げてしまう本質と、
向き合わなければいけない。

だって、そんなところに、
ずっと居続けたい人なんて、
いるわけないですもん。

何かしても、仕事をしても、
コミュニケーションをしても、
きっと虚しいはずですから。

【参考】
はじめての落語。 (春風亭昇太、糸井重里)

2005年5月 3日

わたしは傷を持っている…

わたしは傷を持っている
でもその傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる

(星野富弘)

アキさんから、コメントつきで、
投稿をいただきました。

「傷ついているときに
 人から優しくされたら、
 そのことを、一生
 忘れないものだと思います。」

なかなか忘れられない痛みが
あるように、
なかなか忘れられない優しさも
たしかに、あるでしょうね。

染みてくる「優しさ」…

残念ながら、私の個性上、
そういうものは
持ち合わせていないように、
自分を分析しているのですが、

自分が好きでやっていることが、
誰かにとって、後になって、
そんなことであったらいいなぁ、
と思うことはあります。

自分の子供に対してとかでも…

ただ、染みてくる「優しさ」には、
時に、ニセモノもあるようです。
その後に、それ以上の「痛み」を
与えることになるような。

心のどこかにある
「優しさにすがる弱さ」があると、
それが利用されることもある世の中。

だからこそ、それにも
負けない優しさを、
ヒトカケラでも心に持ちたいものです。

【参考】
かぎりなくやさしい花々(星野富弘)

2005年4月16日

…私のこの思考の中に生きている。

私の人生において、
偉大な祝福すべては、今日、
私のこの思考の中に生きている。

(英語)
All the great blessings of my life
Are present in my thoughts today.

(フォーブ・キャリー)

ものとして、かたちとして、
残っていなくてもいい。

良かったことも、悪かったことも、
ぜんぶぜんぶが、自分の思考として、
その後に影響を及ぼす。

私たちの引き出し方次第…

そういう意味では、
いろんな引き出しがある人は、
うらやましい限りです。

いろんな経験をして、
いろんな人やものに出会い、
いろんな切り口で、
物事を見ることが出来る。

宮沢賢治ではないですが、
「サウイウモノニ ワタシハナリタイ」
と、本気で思う私です。

人生のぜんぶを肯定して、
それから得たものは、
「かたち」としてでなく、
自分の中身として残っていることに、
自信をもって、これからも生きていく。

ぜんぶが生かされる。
ぜんぶが生きている。

それ、忘れちゃいけないですね。

「詳しいことは書かないで。」
と言われたのですが、昨日、
幼い頃から大変な目にあった方から、
メールをいただきました。

メールを読ませていただき、
その方にも、その人生ぜんぶを
肯定できる日がきっと来るだろうなぁ、
と思いました。

肯定できる日は、きっと来る。
無理せず、あきらめなければ…

【参考】
夜のピクニック(恩田陸)

2005年3月17日

信じたい 出会うための別れだと…

HUNGRY DAYS(卒業のうた)の歌詞

信じたい~の部分

皆さんは、
何人の人の誕生日を
空で言えますか?

誕生日でなくてもいいです。
趣味でも、好きな食べ物でも、
他のお気に入りのものでも…

人生でも、仕事でも、
出会いが増えて、
その中で大切にしたいと
思う人がいたすれば、
その人の誕生日とか、
その人が大切にしていることを
覚えようとするはずです。

それは、その人との関係を
良くするために
必要だと思うからです。

うちの長女は、
一時、お友達ブックに凝っていて、
かなりの友だちから
情報を集めていたことがありました。
マイ・ブームだったのでしょう。

しかし、そのお友達ブックも、
今は、本棚の中にあるだけ。

出会いは集められない、
結局、そんな気がします。

最近、ちょっとかじっている
ソーシャル・ネット・ワーキングも、
多分同じこと。

友だちの友だちを、
自分の友だちにしていく
という感覚は面白いのですが、
単に、友だちリストの
人数を増やすゲームに
しちゃっているとすれば、
どこかおかしくなります。
お互いに…

出会いは、数だけの問題ではない。
「別れとセットに味わうもの」
そんな理解がいいように思います。

【参考】
卒業のうた(HUNGRY DAYS)

2004年12月24日

…人の心なんて思うほど弱くない

イノチの理由(EXILE)の歌詞

わけあうこと~の部分

人の心なんて
思っているほど強くない
っていう言葉は、
よく聞きますが、

たしかに、
その逆もあるわけで、
けっこう強かったり
するんですよね。

タイミングや、その事柄や、
環境によって、
心の強さも、弱さも、
いろいろな状態がある。

人に伝えるという仕事に、
多く携わっていることから、
たびたび思うのですが、
「わける」気持ちがないと、
それ以上進歩がない、
っていう気がします。

自分のところに、
とどめておけるだけ、
とどめておいても、
それは、何の進歩も発展も
しないんです。

そして、いろいろなご相談を
聞いているうちに、
気づくことは、
やはり「ゆるす」ことの重要性。

ゆるすのは、相手のためじゃ
ないんですよね。そして、
自分に返ってくることを
考えてだけのことでもない。

ゆるして、一番得するのは、
間違いなく、自分なんですよ。
自分の思いや心が、
それによって自由になれるから。

クリスマス。
ゆるして、自由な心がありますように。

【参考】
PERFECT BEST(EXILE)

2004年12月23日

…「今に見てろ」と、笑ってやれ。

涙の分だけ、強くなれ。
傷ついた分だけ、優しくなれ。
打たれた分だけ、大きくなれ。

負けたくないなら、強くなれ。
転んだら何度も、立ち上がれ。
「今に見てろ」と、笑ってやれ。

(強くなれ!、折原みと)

藍さんより、
「こういう風にめげずに
 生きていきたいです。」
というコメント付きで、
投稿をいただきました。

もしかしたら、
「今に見てろ」と思っても、
そんな時は来ないかもしれない。

私の経験のなかでも、
思い返してみると、
そんな気がする。

だいたいは、
時間が過ぎ去ると、
「今に見てろ」なんて執念が、
消えていることの方が多い。

いっときの競争心とか、
ちょっとした反抗心とか、
その程度のものだったり
するから…

結局、そんなに
大切じゃないことに
気づくんだよ。

あとでそうなると
分かっているなら、本当に
執念を燃やすべきものを探して、
無駄に心を騒がせない方がいい。

そう思います。

【参考】
一緒だよ。[実話]車いすの彼との結婚・出産物語(折原みと)

2004年11月23日

筆を洗ったまっ黒なコップの水も、…

筆を洗ったまっ黒なコップの水も、
水道の蛇口のところに置いて、
ポタリポタリと水を落とせば、
一晩のうちにきれいになってしまう。

(中村天風)

大きな失敗も、
ちょっとずつちょっとずつ
直していけば、
元に戻れせるという
ことだろうか。

そうであって欲しい。

過ちについて言えば、
こんな言葉もある。

「たといあなたがたの罪は
 緋(ひ)のようであっても、
 雪のように白くなるのだ。
 紅のように赤くても、
 羊の毛のようになるのだ。」
 (旧約聖書イザヤ1:18)

人の世には、
他人を責めたい傾向がある。
そして、ずっと赦されない
ような空気もあったりして…

私にも、そんな欠点が
あるのを否めない。
この責めたい気持ちって、
何なんでしょうね。

それでも、時が経てば、
癒されることもある。
人には、「きまぐれ」
っていうものもあって、
次のネタが見つかれば、
忘れられたりするから。

また、責めていた人間が、
逆に、責められるようなことを
することもあるわけで。

他人ばかり、
責めてはいられない。

すぐにとは言えないけど、
いつかは、癒される。
いつかは、消えていく。
いつかは、すっきりしていく。

【参考】
中村天風 自分に「奇跡」を起こせ!(池田光)

2004年11月20日

打たれてきずついた身が、健康人と同じことが…

打たれてきずついた身が、
健康人と同じことが
できるはずがない。

傷ついた男には、
傷ついた身にふさわしい生き方、
生きて行く工夫がある。

健康人をまねて、
むやみにあがき嘆くのではなく、
頭を切りかえ、
いまの身でできる最良の
生き方を考えることである。

(人生の流儀、城山三郎)

誰でも、
どこかにキズとか、
欠点があるとして、
生きていく必要がある。

そのキズとか、
欠点を理由にして、
生き方を狭めるというのでなく、
それを個性として、
利用することも出来る。

そういう余裕が
出てきたらいいなぁ…

日本人は、
恥の文化をもっているから、
キズや欠点などを
すぐ失敗と決めつけるけど、

個性と考えれば、
また別の可能性が
広がると思うんだよなぁ。

企業や社会の雰囲気としても、
底にそれがあったら、
厳しさばかりでない、
いい感じになるように思うけどなぁ。

ん~、でも、
甘い、甘いとも言われそう。

いずれにしろ、
自分の生き方を決めたら、
それが通用する世界を見つけるか、
自分でつくりだすしかないだろうな。

【参考】
落日燃ゆ(城山三郎)

2004年11月 6日

Song for…(HY)

Song for…(HY)の歌詞

ふたりが出会った~の部分

強い確信であれば、
心を穏やかにして、
向かっていけるのだけれど、

不安があるときには、
「言い聞かせて」
過ごす以外にないこともある。

確率的に確かなこと、
奇跡だと思えたこと、
昔のこと…安心できることなら、
何でも思い出して、
言い聞かせる。

それで本当に安心できるならいい。
でも、たいていは、
同時に、不安なことも思い出す。
あるいは、心のどこかに
かげっていたりする。

「今だけ」
本当にそれだけの時もある。
でも、勝手に不安だけが
ふくらんでしまう…

「言い聞かせる」魔法、
うまく使えば、力になるけど、
あとあと虚しい気分になるのはイヤ。

言い聞かせ続けるのは、
いずれにしろ、むずかしそう…
どのような結果を見ても、
自分の人生を生きていくんだ
っていう覚悟が必要なんだろうね。

よしっ!

【参考】
TRUNK(HY)

2004年10月 9日

包帯を巻いてあげられないのなら、…

包帯を巻いてあげられないのなら、
むやみに人の傷にふれてはならない。

(続・氷点、三浦綾子)

なんか、私、
よくやっちゃっているなぁ、
って思います。

多分、それをやる動機っていうのは、
人それぞれで…
単なるヤジ馬根性だったり、
さらにいじめたい感情であったり、
おせっかいだったり…

いずれにしろ、
包帯を巻く能力がなければ、
傷口に塩を塗るようなことに
なりかねない。

(うぅ~、耳がいたい)

なぜなら、だいたい、
人の傷とか、問題を解決して
あげようというおせっかいを
したくなる時には、

その人の話を聞く気持ちよりも、
何かアドバイスしてあげよう
という姿勢になっているはずだから。

すると、だいたい、その相手は、
傷を負っていて余裕がないわけだから、
聞き入れられない。
そして、そのおせっかい者が、
勝手に怒ったりして、
さらにプレッシャーをかける役に
なっていたりする。

ん~、包帯を巻く能力ね。

傷を見て、救おうと思った時には、
自分の動機を思い返した方がいいですね。

【参考】
心の傷を癒すカウンセリング366日(西尾和美)

2004年8月22日

ビー玉望遠鏡(山崎まさよし)

ビー玉望遠鏡(山崎まさよし)の歌詞

悲しい事なんか~の部分

夏の終わりって、
どことなく切なくなります。

もう少し続いて欲しい楽園が、
何の未練なく、去っていってしまうよう…
残された方の私たちは、
まだまだ未練が残っているというのに。

本当に悲しいことなんか何もないのに、
思い出や、盛り上がりの余韻に
浸っている心さえも、
持っていかれそうなんでしょう。

今年(2004)の夏は、
オリンピックなんかもあって、
その盛り上がり感の余韻は、
もっと強い気がします。

燃えて、燃えて、汗を流して、
頑張る姿を見せてくれた選手たちの姿も、
あともう少しすると、見られなくなります。

その余韻を、
自分の頑張る思いに変えていかないと、
虚しさだけが残るかもしれません。

熱いものが去ったら、
次に熱くなれるものを探す。
それしかないということでしょう。

ところで、ご自宅に、
ビー玉が転がっている方、
いらっしゃいますか?
子どもの頃、遊んだきり、
最近は見たことがないという方も
いらっしゃることでしょう。

幸い、うちには、小さい子供たちがいて、
あちこちに転がっています。
片づけるために、時おりそれを手にすると、
ガラスの中に、世界を創っているように
感じることがあります。

閉じこめて、詰めこめて、
という表現は、まさしくピッタリ…

夏のガラスって、きれいですよねぇ。
それを通して見える別の世界がある
ような気持ち、よく分かります。

【参考】
ビー玉望遠鏡(山崎まさよし)

2004年8月20日

キミと僕(I WiSH)

キミと僕(I WiSH)の歌詞

涙 笑顔~の部分

いつも、ブスっとした顔の人も、
心では、スッキリした顔を
願っている。多分…

それでも、何かに負けちゃって、
自分をそっちの方に、
押しやっている。

いつも笑顔のきれいな女性でも、
心の中には深い悲しみが
あるかもしれない。

それでも、笑顔をつくれる強さが、
それまでの人生で育ってきた。

多分、人間はみんな、
二つの心を持っている。
簡単に、善と悪に分けられるような
感情じゃあないかもしれない。

だから、自分の中でも、
苦しくなったりする。
自分のモノサシのせいで、
あるいは、他人の目が気になって…

「不安の力」っていうパワーも
あるくらいだから、
一方の感情が味方で、
もう一方は敵だ、とも言えない気がする。

良い経験がプラスになるのはもちろんだが、
悪い経験がバネになることがあるように。

反対の感情の狭間で、私たちは、
自分の人生をつくる使命が
あるんでしょうね。

【参考】
キミと僕(I WiSH)

2004年3月25日

ハナミズキ(一青窈)

ハナミズキ(一青窈)の歌詞

僕の我慢が~の部分

5年くらい前になりますが、
心の病である実父につきそって、
病院の診察室に通されたとき、
こんな経験がありました。

診察室が3つほどあったと思うのですが、
隣りで、声だけで判断すると
30歳前後の女性の声が聞こえたのです。
一生懸命、お医者さんに訴えている…?

まさしく、泣いたり、吠えたり、
叫んだりという状態。
「あいつが赦せない、
 あいつが憎いんです。
 あいつは、私より…ホントに…」
そんな言葉の繰り返し。ずっと。

人の幸せを、人の成功を、
心から願えるようになれなかったら、
また、心に生じる嫉妬や、ジェラシーを
うまく扱うことができなかったら、
どんなふうになってしまうのか、
疑う余地もなく、見せられた感じでした。

幸せになれる心の持ち主と、
なれない心の持ち主、
それがあるのは事実だと思います。

それは何を持つようになったか、
何を持てなかったか、
という問題ではなく、
心の中において、
本当の「他人の幸せ」や「他人