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常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

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2010年7月28日

目標が遠ざかっていくのではない、...

目標が遠ざかっていくのではない、
自分が目標から遠ざかっていくのだ。

(作者不詳)

これは、当たり前だけど、

夢が遠ざかっていくのではない。
自分が目標から遠ざかっていくのだ。

って言い換えるのもいい。

人に対して、
あるいは神様に対して、
その距離をいう時にも、

神様が遠ざかっていくのではない。
自分が神様から遠ざかっていくのだ。

ってことにも当てはまる気がする。

近くなる、遠くなる、
っていうことには、
必ず、相手と自分があって、
それぞれがどんな行動をしているか、
ということに左右される。

近い、遠いと、
相手ばかりも
責めていられないのが事実。

遠くなったと感じた時に、
時間の流れというものを感じてれば、

いつも一定の距離をキープしているには、
同じところにいるだけでは、
当然、離れることになってしまう。

流れているものがあるんだから、
自分も居場所を変えていないと、
ちょうどいい距離はありえない。

そういうことからいけば、
成功とか、幸せとかも、
遠ざかっていってしまったんじゃなくて、

自分の方から、
知らず知らずのうちに、
成功や、幸せから
遠ざかってることも
ありえるんだろう。

ほかのものに
心が奪われていちゃいけないな。

(参考)モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか(ダニエル・ピンク)

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2010年6月17日

きついとか、気持ちがへこんでいる、...

きついとか、
気持ちがへこんでいる、
やる気が出ないというのは、
いっときの感情の流れでしかない。

その流れに流されてしまったら、
僕にとっては「負け」
って感じなんですよね。

(asahiサイト「どらく」、早乙女太一)

感情は、気持ちは、
とても大切。

けれど、
それは永続するものじゃない、
ってこともあるから、

たとえ、
自分のものとは言え、
それだけを頼りに、
それだけで動いていたら、
あとで後悔することもある。

冷静なときに決めたこと、
そうじゃないときに決めたこと、
同じ自分が決めたこととは言え、
その質は違うんだな。

質が違うことを、
同じモノサシで見るのは、
自分の決めたことでも、
ちょっと危ない。

始めることも、
辞めることも、
がんばることも、
あきらめることも、
自分の感情を信用しちゃいけない、
って時もあるはず。

自分の状態に合わせて、
自分の気持ちを判断できる能力が
あったのなら、誰しも、
後悔するようなこともないだろうけど、
なかなか、そうはいかない。

流されない、
それは周りに対してだけでなく、
自分の「いっときの感情」に対しても
必要なこと。

夢や目標から、
ぶれない自分でいられるよう、
今日も、しっかり立っていよう。

(参考)早乙女太一 わらべうた

»友達に、いい言葉カードを送る

2010年3月 2日

笑い話...

物事の大半は、
時間が経てば
全部笑い話だ。

(家日和、奥田英朗)

むずかしいことは
分からない。

世の中、生きるために、
そんなに難しいことがあるのか、
それも、よく分からない。

忘れてしまえば、
それで楽しく生きられるなら、
それが一番いい。

忘れていいことを、
いつまでも覚えているから、
苦しかったり、
誰かとぶつかったりもする。

ルールなんてものの中には、
しょうもないものもある。

しょうもないルールを
作る人もおかしいけれど、

そのしょうもないルールに
本気になって腹を立てている方も
おかしい。

笑い話になるまでは、
真剣に、怒ったり、
悲しんだり、余裕がないかもしれない。

けれどもっと深刻なことが起きれば、
そんなことは、ぶっ飛んでいきます。

そうやって、
そんな繰り返しで、
どんどん笑えることばかりが
増えていく。

それが人生。

そう思えるようになったら、
人生を、ちょっとは悟ったことになるかな。

昨日あった嫌なことが、
今日のうちに笑えるようになったら、
一番幸せかもしれないな。

なんで、昨日は、
あんなに怒っていたんだろう。
どうせ、今日は、
もっと大事なことが起こって、
それに忙しくなると決まっているのに。

生きていることは、笑い話だ。
そういう感覚で生きていこう。

(参考)家日和(奥田英朗)

»友達に、いい言葉カードを送る

2010年1月 1日

いったん夢を決めたからといって、...

いったん
夢を決めたからといって、
それに縛られることはなく、
途中で夢が方向転換してもいい。

大事なのはその途中で
いろんな経験をして
自分が磨かれていくことだから。

(雑誌「ダ・ヴィンチ」、浅見帆帆子)

あけまして、おめでとうございます。

あまり期待できないと
思いながらも、
いろんな夢を描いて迎えた
新年の朝です。

みなさんの新年の夢が、
叶いますようにお祈りします。

どんな夢であれ、
今年をすごしているうちに、
ちょっとずつ状況が変わってきます。

本当は、
変わってきているというより、
夢に向かっているうちに、
現実が見えてくるんだと思います。

現実が見えてくるのは、
夢が甘かったとか、
無理だったということでなく、

どう変わればいいか、
もっと具体的に
分かってくることで、
何も悪いことじゃないはず。

そのちょっとずつの変化に、
抵抗しすぎることなく、
夢をあきらめなければいい。

そういうことだと感じます。

変わるところは変わる、
向かっていく決心だけは
変わらずに持つ。

夢に向かって、
今年もがんばりましょう。

(参考)あなたの夢がかないますように(浅見帆帆子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年12月 5日

もうあなたとの不幸対決は...

もうあなたとの
不幸対決はおしまいにするわ。

どっちの不幸が本物だの、上等だのって
さんざん張り合ってきたけど、
そうして張り合いながら私たち、
自分たちの不幸に甘えて、
寄りかかってきたのよね。
不幸なんてものを心のよりどころにしてると、
行きつく果ては醤油一升一気飲みだわ。

(ラン、森絵都)

なんで、醤油一升なのか、
と思ったら、元看護師の妻いわく、

醤油を大量に飲むと、
血圧がすごく上がって、
命に別状があるらしい、
とのこと。

「じゃあ、塩は?」

液体は、流し込めるけれど、
粉末は、無理でしょ、と。

なるほど、なるほど。

ホントかどうかは分かりませんが、
不幸対決の行く末は、
幸せじゃない気がする。

不幸で競い合っているわけだから、

「あなたって、幸せよね」

なんて言われるような素振りを
することは、自分に許せないだろう。

とは言っても、そんな不幸対決は、
どこでもやられている感じがする。

かなり、ムダな対決だと思う。

「あなたって、不幸よね。
 誰よりも大変な人生を
 送ってきたのね。
 よく生きているよ。」

なんて言われること、
同情されることを待っていて、
幸せになれるわけがない。

きっと、心では
幸せになりたいんだろうけど、
それがクセになっているから。

不幸対決は、もうやめよう。

(参考)ラン(森絵都)

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2009年10月 1日

自分探しなんて言ってるの?...

自分探しなんて言ってるの?
違うよ~。

今自分にあると思うものをとって、
とって、とり去って、
もうないと思うくらいに
自分を捨てたときに残ったのが自分。
探さなくても出てくるよ。
最後残った自分を大事にしたらいいのよ。

(投稿)

みさ さんからの投稿です。
「転職を考えてるときの
 上司との会話ででてきた内容です。」

転職を考えていたのは、
上司の方? みささんの方?

ともかく、それはいいとして、
いろんなものを取り去って、
それでも残ったのが自分。

たしかに、そうだなって
思います。

出来ること、出来ないことが、
いろいろとあって、人は、
出来るところで、
自分を見せようとしていたりする。

けれど、
出来るところをぜんぶ取り去って、
出来ないところが自分だったりする。

反対に、
出来ないことをぜんぶ断って、
そこに残った「出来ること」が
自分だったりもする。

どちらの基準でもいいけれど、
自分の中から出せるものを
出したり、取り去ってみないことには、
自分というものは見えてこないのだ。

そのときに大切なのは、
言葉だと、私は思います。

自分のことを表せるために、
どんな言葉を持っているか。

その言葉を出したとき、
取り去ったときに、
まだまだ言葉で表せない自分が残るか。
ハッキリとした言葉で表せる自分が残るか。
どちらかだと思うんです。

あなたの「自分」は、どっち?

(参考)のはなしに (伊集院 光)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年8月26日

扉を開けたときには、...

扉を開けたときには、
勝負がついている。

(医学のたまご、海堂尊)

扉を開けたときが勝負だ、
と思って、
突っ込んではみるものの、

なんか、違う、
まったく歯が立たない、
なんてことがあります。

扉を開けてから、
いろいろなことを知るのでは、
遅いもんなんです。

扉を開ける前に、
知ることのできることは、
知っておかなくちゃいけない。

そればかりか、
知ったことについては、
ちゃんと準備できてる必要あり。

そもそも、
扉を開ける気があるのなら、
それくらいの覚悟が
あってもおかしくないでしょう。

扉を開けたときには、
勝負はついている。

それまでに、
何をどれくらい準備してきたか、
ちゃんとわかっていれば、

撤退するタイミングを
逃すこともない。

自分をごまかして、
ウソをついて、
大切な判断する時を
遅らせることもない。

扉の前に立った瞬間に、
それまでのことが
フラッシュバックされて、
大丈夫って思えたら、
一番いいんでしょうね。

(参考)医学のたまご(海堂尊)

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2009年6月24日

一生自分探しをしている...

誰でも結局
一生自分探しをしている
って気もするんですよね。
いくつになっても
悟ることなんてできない。

それに、年くってても
迷いのある人のほうが
魅力的だと思うんですよね。
70歳くらいになって自分に孫でもできて
『人生って何?』って聞かれたら
『わかんねぇ』って言えちゃうくらいの
感じでいいと思ってます。

(雑誌「ダ・ヴィンチ」、青野春秋)

今うまくいってるから、
今わかってることだけで、
残りの人生もパーフェクトに
うまくいくとは限らない。

しかし、世の中が、
過去の実績とか結果だけに
とらわれていたりするから、

何かうまくいっていたりすると、
自分はもう大丈夫、
これからはずーっとうまくいく、
と思いたくなる。

反対に、今うまくいっていないと、
自分はずーっとダメなヤツなんだ、
みたいなことを自分に決めちゃいそうになる。

そんなことは、
どっちにしたって
わからないのだ。

わからないことなのに、
わかったと思い込むから、
かえって、見えなくなる。

ずーっと、自分探し。
それも、見つかるとも知れない、
その都度変わるかもしれない、
自分というものを探すこと。

70歳になって、
見つかったと思い込んでいるよりだったら、
まだ探しているんだと熱くなっている方が、
たしかにいいかもしれない。

(参考)俺はまだ本気出してないだけ 1 (青野春秋)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年5月 4日

人生はゆっくりでもいい。...

人生はゆっくりでもいい。
おだやかに、
本当に大切なものを
知ることができたら、
それでいいのかも。

(雑誌「ダ・ヴィンチ」、重信裕加)

ゴールデン・ウィークの真っ只中。
帰省している知人は、
高速道路代の1,000円効果で
予想以上の渋滞に出くわしたとか...

目的地に早く着いて、
ゆっくりしたかったというのに、
目的地にゆっくり着いて、
ちょっとしか時間が残らない、
という始末。

今の世の中では、
休みでさえも、
ゆっくり生きる、
というのは難しいんだなぁ、
と思わされます。

何かをしようとすれば、
時間が足りない。
何もしなければ、
心をもて余して
退屈になってしまう。

ちょうどいいところで、
退屈も感じないで、
ゆっくりできる方法。

そういうものが欲しい現代
のような気がします。

心の奥底には、
ああ、ゆっくり生きたいなぁ、
もっと、じっくり、
心が豊かになることをしたいなぁ、
っていうような願望は、
誰にでもあると思います。

しかし、いざ、
目を心の外側に向けてみれば、
慌しくさせられることばかり。

ゆっくり生きる前に、
心を強くしないことには、
ゆっくり生きる資格すら
ないかのようです。

そのためのキーワードは、
「今への感謝」かもしれない。

(参考)あくせくするなゆっくり生きよう!(リチャード カールソン)

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2009年3月25日

ありのままがいいんですよ、...

ありのままがいいんですよ、
都合が良いことも悪いことも。

(インタビューマガジン「パーソンアップ」、桜井章一)

都合のいいことは、
そのまま知られてもいいけど、

都合の悪いことは、
自分の何かを守るために、
隠したくなったり、
ちょっと色をつけたりして
知らせたくなります。

ただ、隠したり、
色をつけたりすることが、
必ずしも、自分のために
ならないこともある。

そう思いこみ、
いくら信じていても、
結果は分からない。

都合のいいことが、
必ずしも、
都合の悪いこととは限らず、

同じように、
都合の悪いことが、
都合のいいこととも限らない。

変化する世の中では、
都合の良し悪しのモノサシも、
いつも変わっている。

だから、
ありのままにしておいて、
その時々の本当の反応を
見ていたほうがいい。

...のかもしれない。

いつかは、
本当のことが知られる、
というふうに考えておけば、

隠すことも、
色をつけることも、
一時的なことにしかならないわけで、
ありのままを隠す意味も薄まります。

ありのままがいこう、
都合のいいことも悪いことも。

(参考)壁をブチ破る 最強の言葉 (桜井 章一)

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2009年1月31日

絶対に正しい、と...

絶対に正しい、
と言われるものは
なんだか疑わしい。

(作者不詳)

私は、
絶対に正しいものは
あってもおかしくない、
と思います。

ただ、絶対に正しいと言う人間には、
なにかしら疑わしい気持ちを感じる。

自分がそんなふうに言う時にも、
おかしいな、という気がする。

現在進行形。
いつも、これが大切だと
感じている。

これが正しいと思って、
やっている、言っている、
始めているという気持ちだ。

正しいと思っていなければ、
やる気も起きてこない。
それは、自分の中だけの問題。

他人に、自分の正しさを
100%納得させないと、
行動に移せないようでは、
きっと何も出来ないだろう。

逆に、他人のことも
理解できないだろう。

自分で何かを始める時、
誰かと何かを協力する時、
正しいと思っていることの
現在進行形でいいと思う。

本当に正しいか、
どこに間違っていることがあるか、
それは、あとで分かってくること。

自分を絶対に正しい、
と無理に思い込ませる必要もない。

他人が絶対に正しくない、
ということを証明する必要もない。

みんな、現在進行形なんです。
そして、その先では、
どう変わるかは誰にも分からない。

(参考)みるみる話し上手になる本(倉島 麻帆)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月18日

未来の君は...

未来の君は
今の君の頑張りに
きっと感謝する

(作者不詳)

過去の自分のがんばりに、
感謝したこと、あったかなぁ。

あるいは、
過去の自分がなまけたことを、
憎らしく思ったことがあったかなぁ。

少なくとも、
後者はないように思う。

というのは、
過去の自分がなまけたことは、
自分の中で、
どうしてもがんばれなかったんだ、
と弁護しようとするからでしょう...
(美化?)

そうやって、
なまけたことが
なまけたことじゃなくなっているから、
がんばったことは、
自分の中できっと光り輝いてくる。

感謝しないわけがない。

だから、今この時に、
がんばれることは、
精一杯がんばった方がいいんです。

何もかも、
がんばろうとするのは
無理かもしれないけれど、

がんばりたいことは、
がんばればいいんです。

未来の自分から
感謝してもらいましょう。

(参考)「未来ノート」で道は開ける! (渡邉 幸義)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月17日

人間は産まれてきた時はみんな無傷なんだ。...

人間は産まれてきた時は
みんな無傷なんだ。
傷が何ひとつない。

あとは傷つくしかないんだ。
それってすごいことだと思わない?

(映画「東京タワー」)

無傷で生まれてきたことが、
まず1つ素敵なことで、

その後に傷つく1つ1つのことが、
また別の意味で、素敵なこと。

そう思えるようになったら、
傷つくことが名誉や勲章とまでは
いかなくても、自分にとって
とても大切な経験に感じられます。

真っ白いキャンバスに、
どんな絵を描いていくかっていう、
きれいな表現もあるけれど、

この言葉は、
そういうきれいなもんじゃない。

だから、

「そっかぁ、あとは
 傷つくしかないんだぁ...
 まだまだ傷つくんだぁ...」

ってマイナスに考える人も
出てくるだろうと思う。

傷つくことが素敵なことだ、
とっても大切で意味あることだ、
って理解できるのは、

その傷の意味が
分かってからなんだよね。

傷ついた瞬間に感じるのは、
ちょっと難しい。

でも、いつか気づいて欲しい。
気づく自分でありたい。
傷つくのは素敵なことだって。

(参考)東京タワー (江國 香織)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月 9日

当たり前が幸せって...

当たり前が幸せって
感じられるようになったら、
大人になったってこと。

だけど、それを
変えなくちゃ!!って思えたら、
いつまでも若くいられる。

(作者不詳)

珍しい何かを
手に出来たときには、
とても感謝したくなる。

ありがたい、ありがたいと。

けれど、反対に、
変わらない何かを感謝することに
気づけるのは、めったにない。

そういうことができる自分で
いるためには、何が必要だろう...

目の前のことが変わらず、
自分も変わらなければ、
感謝するどころか、きっと、
飽きてくることのほうが多い。

一方、慌ただしい世の中にいて、
自分が無理やり変えられている時には、
ささいやことに気づる余裕もない。

自分が変わらないと鈍る、
っていうのは分かるが、
他人に変えられるのは、
ほとんどの人がイヤなはず。

となれば、自分から何かしら
変わってみようと思ってみるしかない。

そう思ったときに、
老いた人にも若い気持ちが
よみがえってくる。

もともと若い人は、
なおさら、若くいられる。

変わらないものに感謝し、
変われる自分を目指していく。
この大切さは変わらないと思います。

(参考)いつも目標達成している人の読書術(丸山 純)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月24日

今日という平凡な日を過ごさなければ、...

今日という平凡な日を過ごさなければ、
明日という素晴らしい日には進めない。

(作者不詳)

ぱんださんからの投稿です。
「積み重ねが大事なんですね。」

ひっかかりのない人の話が
眠くなることがあるように、

だらだらと書かれた本の先が
読みたくならないように、

ありきたりに思える1日は、
その先への好奇心も薄くなります。

けれど、その先に、
真新しい1日が待っているのは
間違いのないことなわけで、

そういうことを忘れて、
今日という1日を無駄に過ごし、
積み重ねてしまえば、次の日も
「平凡」にしてしまう可能性が
あるように思います。

本当のところ、
平凡に思える1日が、
平凡なまま終わってしまうのは、
生きている私たちの方が
気づかなかっただけかも...

気づかないのであれば、
素晴らしい1日が来ても、
気づかない可能性だってある。

せいぜい気づくのは、
イヤなことがあった日とか、
事件なことがあった日くらい。

それじゃあ、
受け身の人生になってしまう。
もったいないことですね。


(参考)上地雄輔フォト&エッセイ『上地雄輔物語』

2008年4月22日

自己を習うことは...

自己を習うことは
自己を忘れることである。

(大いなる射の道の教え、阿波研三)

自分らしい人生を、
自分らしい戦いをしようと、

自分を探れば探るほど、
分からなくなってしまうことがある。

それは、今の自分に
凝り固まってしまい、
新しい自分を見つけられないために、
行き詰ってしまったためだと思う。

自分を知りたい、という動機は、

きっと今はまだ分からない自分を
見てみたいところから来るだろうから、
今の自分から
離れてみなくちゃいけない。

忘れられなくては、
何も始まらないだろう。

自分を知るために、
自分を忘れる。

これが意外にも難しい。

自分探しをしたいと言えば、
ほとんど必ずといっていいほど、
何か新たなチャレンジを与えられる。

その時に、思わず
「やったことがありません」
と返事をしてしまう。

それは、今の自分を
まだ忘れていない証拠。

自分を知りたいのなら、
本気で忘れればいいし、

忘れられないなら、
今の自分に出来る最善を
尽くせばいい。

そのいずれかしかない。

(参考)自分の小さな「箱」から脱出する方法 (アービンジャー インスティチュート)

2008年3月28日

これであきらめるなら、…

「これであきらめるなら、
 お前の思いはその程度なんだよ」と、
 神様に試されているような気がする。

(桑田真澄)

1968年4月1日生まれの桑田投手は、
わたしの憧れでした。

彼がもう1日遅れて生まれていたら、
同学年だったことになります。

わたしは小学生の頃、
野球部だけど野球が下手っぴで、
試合のマウンドどころか、
グラウンドにも立ったことが
なかったです。

桑田投手は1年生ながらも
甲子園のマウンドに立って、
勇ましい戦いをする姿を
魅せていました。

「ホントに同年代か?」
と思いながら、見ていた記憶は
ハッキリと残っています。

今も春の甲子園大会が行われていて、
この時期に、引退を発表した彼には、
やっぱり、高校生の頃の勇姿が
重なります。

引退の決断には苦しんだことでしょう。
アメリカに渡って、
メジャーリーグを目指しながらも、
出番がなかなか与えられない日々。

今回の引退は、
若い人にチャンスを与えたい、
という球団側の判断に納得した形だ。

桑田投手も、
自分も同じような判断をしただろう、
と語っている。

花道の登板試合を
用意してくれようとした配慮にも、
「みなさんに迷惑がかかる」
として、彼の方から辞退した。

どこまでも大人で、
紳士的だなぁ、と感心する。

あきらめちゃいけない時には、
とことん戦う。
その戦いが終わったら、
じたばたしない。

いろんな生き方があるものです。


(参考)試練が人を磨く 桑田真澄という生き方

2008年1月24日

たしかに、紙一重かもしれません。…

たしかに、
紙一重かもしれません。
しかし、その紙一枚を
越える人間と越えない人間では、
まったく違うんですよ!

(ドラマ「相棒」)

同じことをしていても、
動機が違うことがある。

同じ動機でも
違うことをする時もある。

たとえば、
警官が悪いことをすれば、
同じ職業をしている警察全体が
悪いように言われる。
先生や公務員の場合でも、
きっと同じことになる。

去年は、食品偽装問題が
クローズアップされた年。
似たような食品というだけで、
売れ行きに影響が出たりする。

そういう悪事について
「おまえらもそんなに違いはないだろ」
という紙一重で見られることは、
自分がその立場にいる時はツライ。

しかし、自分が裁ける立場の時には、
いとも簡単に「紙一重」で見てしまう。

良いことについて、
ほかの良いことと
紙一重に見られるのは
かまわない。

しかし、
良いことをしているのに、
悪いことと紙一重に
見られることだけはたまらない。

いつも、
紙一重の岐路に
立たされている。

そういう意識でいれば、
紙一重の一方にある
選んではいけない方を
選ぶことはないだろう。


(参考)相棒 警視庁ふたりだけの特命係(輿水泰弘)

2008年1月19日

自分を知ることは大事。…

自分を知ることは大事。
だけどとらわれたくない。

(玉木宏)

ドラマ「のだめカンタービレ」で
ハマリ役を演じた彼は、今度、
ドラマ「鹿男あをによし」で
主役を演じています。

原作からして面白いという話です。

きっと、自分のことを
一人一人が掘り下げていったら、
何らかのトラウマを
持っていることが
分かるんじゃないかって思います。

自分を掘り下げて、
才能を見い出そうとするのなら、
意味があるんでしょうけど、
トラウマを見つけ出して、
それにとらわれてしまったら、
どうしようもなくなる。

世の中には、
トラウマをうまく活かす方法も
あるようですから、
そっちの道を選びたいもの。

他人の機嫌にとらわれて、
自分を出せないのもイヤなことですが、
その他人とは、どこかで
切り離せることもあります。

けれど、自分だけは、
いつも引き連れて
生きていかなくちゃいけないから、
とらわれる相手じゃなくて、
気持ちよく付き合える相手で
ありたいですね。


(参考)鹿男あをによし(万城目 学)

2007年10月15日

大変なのは、どうやって大切にしてゆくか。…

大変なのは、
どうやって大切にしてゆくか。

大切なものの一つ一つが
かなりの重量だから、
いやぁ、気持ちも鍛えて
いかねばならないのです。

(ともさかりえブログ)

うちは娘しかいないので、
女の子の大切にしているものしか
思い浮かびません。

だいたい、子供らが
大切にしているものって、
きれいな○○とか、
かわいい△△とか、
自分の手の中におさまったり、
抱いたりできる感じのもの。

親の私たちが、
代わりに持ってあげなくても
大丈夫なものばかりです。
自分で大切にできます。

けれど、大人になると、
そういうものを大切にしている娘らを
大切にしなくちゃいけない。

昔は、ふざけて、
その三人娘をまとめて
おんぶと抱っこして、
遊んだりしたこともあったけれど、
もう出来ません。重いです。

家族のことじゃなくて、
背負っている仕事の大切さなんかを
考えてみても、もし失敗したら、
自分の財布や通帳をひっくり返しても、
補いきれないものを抱えていたり、
任されていたりすることもあります。

大切なものが増えてくるから、
どう大切にしていくかを
ちゃんと考えていなくちゃいけない。

逆に、自分の手に余ったら、
譲れたり、遠慮できるものは、
自分の大切なものから
外していかなくちゃならない。

そうしないと、本当の意味で、
大切にできないことになる。

もちろん、自分のことも
大切にしなくちゃいけないし…

どう大切にするか、それが問題。


(参考)Mammaともさか

2007年10月 4日

せっかく買ったのだから…

せっかく買ったのだから
全部読まなくちゃという
意気込みは捨てることです。

(ASAHI WEEKLY)

せっかく買ったのだから、
残さず食べようということで、
どれだけの人が
ダイエットを断念したことか。

せっかく…

という言葉は、
何かを守る代わりに、
他の何かを台無しにする場合が
あります。

「せっかく」という言葉に
後押しされて、
自分にちょっと無理をしながら、
それと向き合ってみる。

けれど、
それだけの価値をつかむためには
自分の中に何かが足りない、
力不足だったりすることもあります。

それが分かっていながら、
長い間に無理を続けると、
時間のムダが出てくることも…

それと向き合う前に、
準備をすることが、
その時に価値あること
かもしれないのです。

そういうことも考えれば、
「せっかく」という言葉を、
判断する際の理由から
外した方がいい場合もあるでしょう。

それよりだったら、
それを買ったり、
それに付き合おうとした今の自分に、
失敗を認めてしまった方がいい。

失敗を認めて、
今それが必要な人に譲るとか、
それと付き合うための準備に
心を向け直してみるととか…

せっかく来たんだから、
せっかく付き合ったんだから、
せっかく割引されてるんだから、
ということで、
何もかも自分につなげることはない。

いろんなものが、
私たちを取り巻いている現在、
「せっかく」にまどわされて
自分を見失わないようにしたいものです。


(参考)せっかくやるなら楽しくやろう! (和仁 達也)

2007年9月28日

質問の上手な人と…

質問の上手な人と
話しをすれば、
驚くほど自分自身を
引き出してくれる。

(出口光)

なんか、
この人と話していると、
自分のことが分かる、
いいアイデアが出てくる、
っていう相手がいます。

同じようなことを聞く質問でも、
まず、尋ねられた印象が変われば、
感じる気持ちも変わるわけで…

「目を通してくれましたよね?」
と尋ねられたら、
言い訳がいいにくい。
プレッシャーを感じながら、
弱々しくウソを答えるか、
逆ギレすることもあるでしょう。

「目を通す時間はありましたか?」
と尋ねられたら、
言い訳はかなり言いやすい。
こちらの都合を聞かれているから、
素直に謝ったり、
配慮してもらっていることに
申し訳なく思って、
頑張ることもあるでしょう。

本当のことを知りたい人は、
質問をとても研究している。

自己主張したいだけの人は、
他人の意見にそれほど興味もないから、
漠然とした質問をくり返すばかり。
それで、
思ったような答えが
返ってこないと、
相手のことを決めつける。

「どうでもいいと思ってるんでしょ!」
みたいなキレ方。

どうでもいいような答えしか
返ってこない質問をする側が
本当は問題だったりするんですよね。

相撲インタビューを見ていると、
そんなことをよく感じます。


(参考)人の心が手に取るように見えてくる (出口 光)

2007年9月 4日

あなたは、わたしの鏡です。

あなたは、
わたしの鏡です。

(作者不詳)

同じ人が
同じ表情をしていても、
それを見る人が違えば、
印象も変わります。

それは、きっと
見る人の心が映ってること。

うちには、
1つの肖像画があるんですが、
その日の私の気分で、
怒って見えたり、
泣いて見えたり、
笑ったり見えます。

とは言っても、
心霊っぽい絵じゃありません。

穏やかな表情をしているのですが、
いろんな感情を含んでいる深いもの
なのだろうと感じています。

それを描いた人が、
モデルの感情や表情を
知り尽くして、あるいは
考えて考えぬいたんでしょう。

動きの止まった絵でさえも、
そんな見え方の違いがあるのですから、

心の揺れ動く生身の人間を、
同じ生身の人間が見るとなれば、
自分の心が映し出されるはず…

今日のあなたの調子は、
あなたの出会う人がどう見えるか、
に大きなヒントがあるのです。

心して、出会ってください。


(参考)田中宥久子の造顔マッサージ DVD付(田中 宥久子)

2007年5月25日

誰でも色あせる。…

誰でも色あせる。
誰でも輝ける。

(引用元不明)

モノが色あせるとなれば、
古くなったり、
使いこまれたせいだけれど、

人間が色あせるのは、きっと、
その人自身がもつ生命力を
引き出さない生き方を
するからだろうと思う。

生命力は引き出されて初めて、
ますます湧いてくる。

引き出さなければ、
その源泉は何のパワーも
湧かせないうちから
枯れてしまうだろう…

何歳になっても、
周囲に生命力を感じさせる、
ワクワクさせてくれる、
元気なご老人がいる。

いっしょにいると、
自分も年を重ねたら、
こうならなくちゃいけないな、
って思わされる。

ただただ元気で、人の話も聞かず、
自分の話ばかりをするお年寄りとは違う。
ちゃんと「間」を置ける人で、
会話が成り立つ人なのだ。

そういう人とは、
相手が何歳の方だろうと、
話していて、楽しい気がする。

もちろん、外見には、
若さという雰囲気はないけれど、
無理に着飾っていなくとも、
色あせていない内面を感じさせられる。

自分を
色あせさせるか、
それとも輝かせるか。

自分とのそういう戦いは、
何歳の頃から始まるんだろう…
って、ちょっと考えてしまった。


(参考)とりぱん 3 (とりの なん子)

2007年5月14日

後悔したり迷ってしまう自分を…

後悔したり
迷ってしまう自分を
知っているのなら、

自分で選んだ道の隣りに
目を向けない方がいい。

(引用元不明)

自分の隣りを見渡せば、
いろんな道が目に入る。

あっちにすればよかった、
こっちにすればよかった、
そんなことを考えて、
今の道の歩みを一つも進めなかったら、
何も学べない。

まして、
やっぱりあっち、
いや、やっぱりこっち、
ダメ、元に戻ろう、
なんてことをしていたら、
なかなか次が見えない。

自分のための道。
自分が歩む道。

失敗なら失敗でいいから、
ちゃんと見つめるべき結果を
手にしないうちに、
あちこち目移りしていたら、
何も手に入らないんです。

フィギュアスケートなど
演技順のあるスポーツでは、
自分の前の演技を見ない選手も
少なくないと聞きます。

たいしてうまくない選手を見て、
恐れてしまったり、
油断してしまったり、
ライバル選手が失敗する姿を見て、
安心してしまったり、
自分も失敗しないか心配したり、

心が揺れるくらいなら、
自分の全力を出すことに
集中した方がいい。

勝ち負けよりも、
大きいとも、小さいとも
まだ分からない全力が
出し切れないことが
一番残念なことだから。


(参考)できるかなクアトロ (西原理恵子)

2007年5月 9日

若いうちは問題に飛び込んで行くが、…

若いうちは
問題に飛び込んで行くが、
年を取ると
問題が飛び込んで来る。

(英語)
In youth we run into difficulties;
in old age difficulties run into us.

(ジョシュ・ビリングズ)

問題があるのが
幸せか、不幸か。

この言葉を読んでみると、
見方が変わりそうです。

自分から飛び込んで行った問題は、
きっと問題には見えないでしょう。

チャレンジに伴う試練と
思うに違いありません。

しかし、
自分に迫ってきた問題は、
問題にしか見えない。

自分が
何のチャレンジも
しなかったゆえに
能力が衰えて舞い込んできたもの
だとは気づかないことでしょう。

この言葉を
忘れてはいけないと思っています。

「継続して行う事柄は、
 容易に行えるようになる。
 それは物事の性質が変わるからではなく、
 わたしたちの力が増すからである。」
 (ラルフ・ウォルド・エマソン)

何歳になっても、
何かを達成したとしても、
いくらかでも成長を続けないと、
問題は舞い込んでくるのです。

問題に巻き込まれないためには、
自分から問題を選んで
飛び込んでいくこと。

好みもしない問題に
巻き込まれるよりは、
選んだ問題に取り組んだ方が
精神的にも楽しいはずですし。

ほら、そこにある問題に
自分から飛び込んでください。


(参考)鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール(野口嘉則)

2007年3月14日

そんな言いたいことも言えないのが…

そんな言いたいことも
言えないのが
大人らしさだっていうなら
オレは子供のままでいい。

(ゲーム「ファイナルファンタジーX」)

言いたいことが言えない空気。
ありますよね…大人の世界。

言いたくないことは、
言わせられる。

言いたいことは、
言うなと命じられる。

しかし、本当のところ、
言いたいことを言っても、
言いたくないことを言っても、
うまくいく時もあれば、
うまくいかない時もある。

何かを守るために
言ったとしても、
言わなかったとしても、
守れるとは限らない。

キズつけないために
言ったとしても、
言わなかったとしても、
キズつけないとは限らない。

いずれにしろ、
気を遣いながら、
言葉を選んでいるうちに、
大人っぽくなっていき、
子供っぽさがなくなる。

それでいいこともあれば、
そうでないこともあって、

その時々で、
大人になることがいいのか、
子供のままでいいのか、
分かることができたら、
一番いいんだろうなぁ。


(参考)ゲーム「ファイナルファンタジーX」

2007年3月12日

人のものばかり よく見えて…

人のものばかり
よく見えて
羨ましくて
自分のいい所は
見つけにくいよね

でもいい所は
皆にあるよ
形が違うだけ

(ひつじの涙、日高万里)

haruさんからの投稿です。

みんなにうらやましがられて、
嬉しそうにしている人がいる。

それを見て、
なんだか複雑な気分になる自分は、
何だろう…

うらやみ? 嫉妬? 憎しみ?

無駄な感情だと分かっているけど、
心がそれに侵されていくのを
止めるのは、なかなか難しい。

まんまと、
世の中のモノサシを
採用させられてしまった証拠だ。

みんなが同じモノサシ。

形の違う物差しがあるのに
気づかない、気づけない。

一度は、そのモノサシを
手にとってみるけれど、
他の人と違うことが
どことなく心細くなって
やっぱり捨ててしまう。

まったく同じのはイヤ、
まったく違うのもイヤ。

らしい…っていうのは難しい。

うらやましがるよりは、
うらやましがられたい。

けど、そういう
「うらやましい」とは無縁の
新しいところもあるんだよね。

1つでも、そういうのを
見つけたいと思う。


(参考)ひつじの涙(日高万里)

2006年12月 9日

10年後にはきっと、せめて10年でいいから…

10年後にはきっと、
せめて10年でいいから
もどってやり直したいと
思っているのだろう。
今やり直せよ。未来を。

(引用元不明)

やり直したいことが
何もない人なんていない…
と思う。

でも、やり直したいことだらけ、
っていうのも、何か虚しい。

ただ、実際に、
10年をやり直すのって、
出来ないことかもしれない。

仮に、
ちょうど10年前に
戻ったとする。

やり直すわけだから、
その時点から選択を
変えるわけでしょ。

そうすれば、
自動的に結果も変わって、
人生も変わるはず。

そうなれば、
変わった時点から
もう新しい人生になって、
やり直しどころの話でない。

やり直す前の経験すら、
何も活かせないことになる。
そしたら、どうなる?

下手すれば、
またやり直したくなる人生を
送るようになってしまう
かもしれない。

失敗は過去には活かせない。
失敗は未来に活かせるだけ。

やり直しは、未来のために
今始めるしかないのだ。


(参考)それでもやり直したい二人のためのマニュアル(岡野あつこ)

2006年12月 6日

誰かに好意を抱いた時は…

誰かに好意を抱いた時は
胸を張って声にすればいい。
誰かに悪意を抱いた時は
その口は閉ざすべきだ。

心に湧いた感情は
口にすればするほど、
その思いを強くするから。

(引用元不明)

ANATCHさんの投稿です。

口から言葉を出せば、
自己宣言したことになる。

それを紙とかに書いて、
文字にしたりすれば、
もっとパワーが加わる。

自分から出した時に、
少しずつ現実味が帯びてくる。

ただ相手があることは、
必ず、実現するとは限らない。

けれど、弱い思いのまま、
いつまでも、
ズルズルと引きずるよりは、
強い思いにしちゃって、
当たって見た方がいい。

砕けちゃうか、実るかは、
その後の話でしょう。

自分から出してみなくちゃ、
何事も始まることすらない。

とりあえず、
思いを強くした振りでも
してみること。

それに、
思いがついてくるなら、
本当のスタートが切れる。

それまでは、
何も始まっちゃいない。

大切な人への思いも…


(参考)ふぞろいな秘密(石原真理子)

2006年9月24日

…一人として、今日に生きようとする者がいない。

ある者は明日に、
他の者は来月に、
さらに他の者は
十年先に希望をかけている。

一人として、今日に
生きようとする者がいない。

(ルソー)

希望という言葉には、
いい響きがある。

しかし、その希望も、
今日何かを奮い立たせて、
何かをさせるものじゃなければ、
何の意味もない。

明日、何かをさせるものよりも、
来月、何かを始めさせるよりも、
十年先にうっとりさせるよりも、
今日この瞬間に、
動かせるものじゃなければ。

ある意味、
子供の心がないとね。
寝るのも忘れて、夢中になったり、
楽しんでいるものに対して、
「あとは、明日にやりなさい」
って言われると、とても残念がる。

明日になれば、
楽しみが減ってしまうかのように、
明日になれば、
やり方でさえ忘れてしまうかのように。

実際、テンションが下がる場合だってある。
体調を崩したり、状況が変わっていることも…

明日の保証なんて、どこにもないんだから、
やっぱり、今日を生きなければいけない。
希望があればこそ、なおさら。


(参考)「ライフワーク」で豊かに生きる(本田健)

2006年9月 2日

他の誰でもない。1秒前の俺に勝ちたい。

他の誰でもない。
1秒前の俺に勝ちたい。

(映画『ラフ』)

紅姫さんからの投稿です。
「本当のライバルは
 やっぱり自分ですね。
 過去の自分に勝つことで
 どんどん成長していきたい。」

1秒前の俺と今の俺って、
何が違うんだろう?
なんて考えているうちに、
どんどん1秒1秒が過ぎてます。

本当のところ、
1秒前の俺に勝つなんて、
ちょっと大げさな気がしますけれど、
この公開されたばかりの
映画ストーリーが水泳だから、
「だとしたら、1秒違いもありか」
なんて思い直すところもあったりして…

ただ、1秒くらいの前後で、
自分の中にたいした違いはないとしても、
それが積み重なれば、
大きく違っているのは事実なんですよね。

もちろん、
変わらない方がいい自分も
あるはずでしょうけど。

この映画サイトには、
こんな言葉もありました。
「どんな見事な絵もまず最初は、
 ラフな下書きから始まる。
 これから何本も線を重ね、
 下書きを繰り返し、
 その中から自分自身で
 一本の線を選び出す。
 荒削り・・・大ざっぱ・・・
 ラフ。
 未完成こそが、わたしたちの武器。」

正確に変えようとすれば、
失敗が怖くなって何も出来なくなる。
とりあえずは、
ラフに変えていくのも一手段。


(参考)ラフ(あだち充)

2006年7月11日

筋の通ったことには、…

筋の通ったことには、
筋を通して出来ることが
何もない。

(英語)
What is reasoned has nothing
to do with what is reasonable.

(ジョゼ・バーガミン)

ちょっと言い過ぎな言葉かな?

でも、本当はダメなことの何にでも
論理的な理由を求めれば、
何か一つくらい筋が通って
見えるものが出てきます。

しかし、それは、論理がうまく
考えられただけのことであって、
それを実際に行った場合には、
筋が通らないこともあります。

それを止めるのは、
感情以外にないでしょう。

ん?本当に、これをやっていいの?

そう思う心が、
自分から消えてしまったら、
きっと、いつか、どこかで
大きな間違いを行うことになります。
なぜなら、人の論理は、
自分に都合よく曲げられることが
少なくないから。

きれいな筋が見えると、
途中で無理やり曲げられていても、
きれいなままでいい気がするもの。

いい例が、インターネット上で
売られている高額な商材です。
本当の価値がどんなものか、よりも、
欲望という感情を、うまく導いていく
論理が出来上がっているから、
リーズナブルな(筋の通った)価格に
見えてくる。

そして、買った後に、
これは損したな、
という感情がもたげてくるけれど、
「これだけ高いものを買ったから、
 間違いなくいいものなんだ。」
という論理(筋)で、自分をだます力が
自分の理性と感情を邪魔するのです。

論理は、すばらしいもので、
とても大切ですが、
それに頼りすぎて、
自分で自分をだますことに
ならないように…


(参考)うつうつひでお日記 (吾妻ひでお)

2006年3月 9日

人生は、10段ギアの自転車みたい…

人生は、10段ギアの
自転車みたいなもの。

1度も使っていないギアを
たいていの人々が持っている。

(英語)
Life is like a ten-speed bike.
Most of us have gears we never use.

(チャールズ・シュルツ)

1度も使っていないギアが
あることを知っていても、
今調子がよいと感じていれば、
多分、他のギアを使うことはない。

ピアノの鍵盤数も同じかな。
32の鍵盤で弾ける曲に満足していれば、
88の鍵盤に挑戦するわけがない。

ただ、うまくいっていなくても、
調子がそれほどよくなくても、
不平や責任転嫁をしながら、
今のままでいいという人もいる。

目が開かないことには、
10段ギアの存在が
見えることはない。

興味深い表現ですよ。
10段のスピードの違いで、
人生を進めるんですから。

人生というのは、
どれだけ長いかとか、
どれだけ速いかだけを
競うコースでなく、

いろんなコースが
散在するフィールド
ということなんでしょう。

その中にあって、
それぞれのコースに合わせて、
ギアを変速しながら、
楽しめばいい。
汗や涙を流せばいい。
それが人生…

今日は、ちょっと
別のギアを試したくなりました。


(参考)世界で一番おもしろい地図帳(おもしろ地理学会)

2006年2月14日

老いた若者は、若い老人になる。

老いた若者は、
若い老人になる。

(英語)
An old young man will
be a young old man.

(ベンジャミン・フランクリン)

若いうちから、
アタマがカチカチならば、
年をとったときには、
幼いままなのだ。

泣きわめく、
騒ぎたてる、
自分が一番でないと怒る、
いじわるをする、
集中力がない、
気分にムラがある、などなど。

残念ながら、
子供っぽいオトナと、
子供の心をもったオトナとは、
全然違うんです。

子供の心をもって、
好奇心や柔らかい頭を
失わないオトナなら
かわいいかもしれない。

けれどねぇ…

人生のどこに、
その分かれ道があるのか。
考えちゃいました。

よく言われている
父性・母性の欠如。
父親、母親そのものの
ことじゃないと思います。

父性はルールなど社会性を育て、
母性は愛情を与え感受性を育てる。
(私はどうだろう…?)

親が一人か、二人かに関わらず、
誰かが父性・母性の働きを
しなければ、子供の心は育たない。

けれど、オトナになった後は、
親のせいにすることを、
社会はゆるしてくれない。

忙しい現代では、
いろいろ大変ですね。

(参考)若き商人への手紙(ベンジャミン・フランクリン)

2005年12月21日

…あなたの心を手に入れる時、…

あなたが、
あなたの心を手に入れる時、
あなたの世界も手に入る。

あなたが、
あなたの考えを選ぶ時、
結果も選んだことになる。

(英語)
When you rule your mind
you rule your world.
When you choose your thoughts
you choose results.

(イメルダ・シャンクリン)

自分の心が手に入る、
考えてもみなかったですね。

考えてみれば、
手に入っていない
かもしれません。

逆に、いろんな広告やCMに
うまく促されて、
そっちの手に入って、
利用されているかもしれない。

自分の手に入っていなければ、
やっぱり、他の手に渡るのは
当然なわけでして…

しっかりと自分の心を、
つかんでいないと、
自分の世界も築けなくなる。

そして、選ぶことを放棄すれば、
それなりの結果が及ぶだけ。

なんでもかんでも、
自分の思い通りに
ならないからといって、
心を手放したくはないですね。

ヤケになったりしないで、
生きていきたいですね。


(参考)世界を征服するより、自分を征服せよ(ウィリアム・ジョーダン)

2005年7月25日

…答えが出ないから苦しんでいる。…

もう考えなくていいんだよ。
考えて答えの出ることは
すでに答えが出ています。

答えが出ないから苦しんでいる。
考えること止めよう。
もうがんばらなくていいんだよ。
もう十分がんばりました。

ゆっくり休もう。
そしてゆっくり待とう。
明日は自然にやってきます。

(水谷修先生の夜回り日記、毎日新聞)

oracionさんからの投稿です。
ご自身がよく考えて、
悩まれる方なのでしょう。

たしかに、私も、
無責任な「がんばれ」という言葉は、
好きでありません。
怒りさえ感じます。

たとえば、調子がいい時、
苦しいけど先が見えている時は、
「がんばれ」という言葉を聞けば、
一歩が軽くなり、がんばれますます。

でも、そうでない時は、
重荷以外の何ものでない。
何か押しつけられているような感じ…

それと同じことが、
「考えてみろ」という言葉にも、
当てはまるんでしょう。

それを言う側は、簡単なんです。
そういう私も、子供たちは、
「考えろ」なんて気安く言っています。

ただ、考える時って、
考えようとか思って
考えるもんじゃないです。
仕事でもない限り…

考えざるを得ないとか、
考えたくなるから、あるいは、
自然にそればかり考えている。
それが真相だと思います。

それゆえ、考えていなかった人が、
あとで後悔することも確かにあります。
じゃあ、その人が、
考えるべきだった時に、
「よく考えてみろ」と言われていれば、
その後悔が回避できたか、と言えば、
そうとは限らない。

やる気、という言葉に
集約してしまうのは、
ちょっと乱暴かもしれませんが、
「考える気」がないのに、
考えさせることは、難しいのです。

そうだとすれば、
考える次にベストなのは、
休むとか、待つとかに
なるんでしょう。

さあ、考えてもしょうがないことは、
もう、考えるのをやめましょう。

【参考】
夜回り先生と夜眠れない子どもたち(水谷修)

2005年7月24日

人が仕事を選ぶのではなく、…

人が仕事を選ぶのではなく、
仕事が人を選ぶのである。

(ドラマ「トゥルー・コーリング」)

そんなふうに思える仕事に、
誰もが出会いたいでしょうね。

以前、日本アカデミー賞の
過去の授賞式を見ていて、
いろいろな俳優さんの言葉に、
感動したことがあった。

やはり、俳優という
職業柄なんだろうか…
いいセリフを言い慣れているせいか、
受賞の言葉の1つ1つが
心に来たことを覚えている。

高倉健さんが、
こんな言葉を口にしていた。

「生きるために俳優やって、
 素敵な人たちに出会えて、
 幸せです。」

これを聞いたときに、なぜか、
心の中には、
「俳優(仕事)やるために生きて」
という思いが伝わってきた。

もしかしたら、
本当にそう言っていたのかもしれない。

私たちの周囲には、
「食っていくためなんだから、
 生きていくためなんだから」と言って、
イヤな仕事を続けている人がたくさん居る。

一生涯、そんな感情抜きで、
仕事を楽しめる人なんて、
世界中に、数える程度しか
いないかもしれない。

「この仕事をやるために、
 私は生まれてきたんだ。」
そう言って生きていける仕事、
それは、単なる思い込みの夢でない、
使命と言えるもののはず。

それを見つけたら、
高倉健さんでなくても、出会う人が、
みんな素敵に見えるかもしれない…

あなたは、
どんな仕事に選ばれるかな?
あるいは、選ばれたかな?

【参考】
ドラマ「トゥルー・コーリング」

2005年6月12日

…居たくもないところに行く羽目になった、…

自分が何を欲しいのか
分からないでいると、

居たくもないところに
行く羽目になった、

なんて結末はよくあることだ。

(英語)
When you don’t know what you want,
you often end up
where you don’t want to be.

(ボブ・グリーネ)

行く羽目になるのが、
刑務所とかでないことを
祈るばかりです。

不思議の国のアリスを思い出します。

アリスは2つの分かれ道に
差しかかりました。
道は両方ともその先に
伸びていましたが、方向は逆でした。
そこでチェシャ猫に出会ったアリスが、

「わたしはどっちへ行けばいいの」

と尋ねた時に、こんな答えを
もらったのです。

「それはおまえ次第だよ。
 どっちへ行きたいか分からなければ、
 どっちの道へ行ったって
 大した違いはないさ。」
 (不思議の国のアリス、ルイス・キャロル)

たいした違いはない…。

いや、実は、
たいした違いがあるのです。

今日の言葉にあるように、
自分が「分からないでいると」
というのがポイントなんです。

でも、だいたいにおいて、
連れて行かれたときに初めて、
「こんなところには来たくなかった」
となるのです。

そこに行き着くまでに、
選択するチャンスは、
いくつもあったことでしょう。

「どちらを選びますか?」
「え~と、どちらでも。」

「ここは、どちらで?」
「ん~、まかせます。」

「ここは、こっちでいいですか?」
「はい、いいです、いいです。」

「はい、着きました。」
「え!? ここ?」

私は思います。
行きたいところ、
欲しいもの、やりたいことが
分からない時っていうのは、
それを探す代わりに、

絶対に、行きたくないところ、
欲しくないもの、やりたくないことを
ハッキリさせるだけでも、
意味があるんじゃないかなぁ、と。

そうすると、その対極にあるものが
見えてくることもあるからです。

でも、イヤなものを、
はっきりイヤと言うのを
日本人は避けたい傾向が
あります。

たしかに、好き嫌いを
はっきり表現すると、
それこそ嫌われやすいですからね。
「わがままだね。」とか、
「子どもだね。大人になろうよ。」
なんて言われたりもして…

だから、イヤなものを
はっきり伝える時には、
その代わりに頑張っていることも
示す必要があるわけです。
「なんでもイヤイヤ人間」
に勘違いされないためにも…

あなたは、欲しいものを示せますか?
それとも、要らないものを示せますか?

【参考】
「泣きたい日」の頑張りかた(吉元由美)

2005年3月24日

たくさん見せたくなるのは、自分に自信がないときです。

たくさん見せたくなるのは、
自分に自信がないときです。

(児島令子、「ひとつ上のプレゼン。」にて)

たとえば、
誰かをもてなす時に、
その人の好きなものが
分かっていれば、
それを用意したりする。
自信があれば、なおさら。

しかし、
それが分からない時には、
性格によって、
いろんな方法が出てくる。

料理であれば、
相手の好物いかんに関わらず、
とにかく得意料理を出す人もいれば、
初チャレンジのものを用意する人、
多種多量を用意する人もいるだろう。

同著には、こうもある。
「(こちらが、)
 完璧を期そうとすればするほど、
 心の準備ができていない相手は
 威圧感を覚えます。
 相手にしてみれば、
 食欲もわいていないのに
 フルコースを出されたようなものです。」
 (團紀彦)

自分のことを
知ってもらいたい一心で、
長々としゃべる人、
自分のアルバムをいくつも広げる人、
人をつかまえて離さない人…
(多分、自信はあるつもりだろうけど…)

料理に限らず、
会話や物の受け渡しなど、
そこにはセンスが現れる。

おしゃれかどうか、
そういう意味ではなく、
「分かってもらえる」ための思いが、
どれだけ整理されているか、
というセンスである。

「分かってもらえる」ことをしぼって、
話したり、見せたりするセンスがある人は、
本当の自信がある人だと思います。

【参考】
ひとつ上のプレゼン。(眞木準)

2004年11月28日

…本当に大事なことってそんなに変わるものではない。…

どんなに時代が変わろうとも、
本当に大事なことって
そんなに変わるものではない。

新しいこと、新しいことと
追い続けるだけでなく、
自分の心の底にある声に耳を傾けて、
本当に大事と思うことを引き出し、

次の時代に渡していく
という作業をしなければ、
長い長い人類の歴史の一幕を
演じたことにはならないのではないか。

(中村佳子[生命誌研究者])

最近、寒くなったせいか、
朝起きて、ノート・パソコンの
スイッチを入れた際に、
液晶の画面の色合いが、
少し変になってきた。

前回の冬までには、
そんなことはなかったのだが、
やはり、使い込めば、
そんな現象も出るのだろう。

数分もすれば、
ふつう通りになるから、
壊れているわけでもなさそう。
しかし、心の中では、
またもや新品への憧れが
もたげてくる。

新しいもの、新しいものと、
お店には、次々と並んでいる。
そして、数ヶ月もすれば、
また変わっていく…
そのくり返し。

新しいものは、
だいたいにおいて、
自分の外から近づいてくる。

本当は、自分の中、心の底から
見つけ出すことが
出来ればいいんだろうけど。

それって、けっこう
根気のいることだから、
外の新しいものに、
人間は反応しやすい。

自分の外と内、
どちらにも、
ちょうどいい関心が欲しいものです。

【参考】
心に「人生の地図」を持つ(江原啓之)

2004年10月19日

…らしく振舞うことから解放されたとたん、…

男が、男らしく振舞うことから
解放されたとたん、
より男らしく魅力的になれる。

女が、女らしく振舞うことから
解放されたとたん、
より女らしく魅力的になれる。

(神田昌典)

知と情。
どちらかと言うと、
女性が「情」の動物なんて、
呼ばれ方をしてきた。

なんでだろう…?

もしかしたら、
「情」の働きをすることを
面倒くさがった男性が、
その役割を押しつけてきた
だけのことだったんじゃないだろうか。

その証拠に、男性が
「知」の働きを十分に
しているとは思えない…
ところもある世の中。(笑)

くやしいことに、
私よりも賢明な女性が
いるのも事実だし…

やはり、
「らしく」っていう表現が
生まれた背景には、
自分が「やりたくない」ことを、
人に押しつける雰囲気がありそう。

そして、不幸にも、
自分で「やりたいこと」を
見つけられなかったり、
面倒くさくなった人が、

その「らしく」を受け入れてしまい、
それが固定化してしまった。

だとすれば、
その「らしく」に従うのには、
何の根拠も、意味もないことになる。

もう、壊していいよね。
「らしく」の働きに感謝して、
ご苦労様と言おう。

【参考】
人間の本性を考える~心は「空白の石版」か~(スティーブン・ピンカー)

2004年10月 4日

…大きさや強さに対するあこがれが大きすぎて、…

こちらに来て強く思ったのは、
体が大きいことに、
そんなに意味はない。

僕は大リーグに入ってしまえば
一番小さい部類です。
でも、こういう記録を作ることもできた。

大きさや強さに対する
あこがれが大きすぎて、
自分自身の可能性を
つぶさないで欲しい。

自分自身の持っている能力を
生かせれば、
可能性はすごく広がると思う。

(イチロー)

なんか、日本全国を
励ましてくれる言葉に感じます。

やっぱり憧れっていうものは、
自分にないものを見てしまうわけで、
それによって、
自分にあるものを見失ってしまうと、
やはり、もったいない。

イチロー選手のように、
自分にあるもの、素質を
よく理解して、
道を進むことを目指したら、
ほとんどの人が、
どこかで満足できる人生を
見い出せるんじゃないだろうか。

ただ、憧れが悪いとばかりも言えない。
憧れたり、人を見たり、
いろんな経験をしなければ、
今の自分以外のものに
出会う機会もないわけだから…

憧れを大きくしすぎないように。
そして、自分の可能性を
つぶさないように。

【参考】
イチローイズム(石田雄太)

2004年6月13日

たった1つ私が恐れるのは、 …

たった1つ私が恐れるのは、
恐れることだ。

(英語)
The only thing I am afraid of is fear.

(ウェリントン)

人が心に不安や恐れを抱くと、
だいたいは、体がかたくなる。

そうすれば、思い切ったこと、
精いっぱいの働きが、
出来るわけがない。

スポーツの試合中であれば、
腕が伸びにくくなったり、
振りや動きが「恐る恐る」になる。

一番恐れるべきことは、
「恐れる自分」になってしまうこと。
たしかに、そうだと思う。

しかし、それを逆利用することも出来る。
いわゆる「背水の陣」っていうやつ…

もう後がないという状態で、
どこまで頑張れるか、究極の試しだ。

ただ、毎回毎回、
背水の陣ばかりしていたら、
多分、疲れてしまう。

恐れないようにする方法も
考えていなくちゃいけない。

それについては、
人それぞれかもしれない。
中途半端に敵を知って恐れるよりは、
何も知らない方がいいと言う人も、
いるだろう。

まったく恐れのない人生なんて、
なかなかないだろうとは思うが、
とりあえず、
恐れてしまう自分を恐れよう。
そして、そこから逃れる…

【参考】
不安の力(五木寛之)

2004年5月30日

自分を偽ることのない人生…

自分を偽ることのない人生
というのは素晴らしいものですね。

(エマ、森薫)

なんか、自分をダマしていたり、
ウソついていないかなぁ…

考えてみると、
いろんなところで、
怪しげな自分がいる。

ガマンしていることが偽りだ、
なんていう、単純な結論じゃあない。
そう思う…

自分の本質でなく、
周りに流されたり、
影響されすぎたりすること。
それがポイントかな…

多分、人をうらやんだり、
人の足を引っ張りたくなる時には、
少し、その「偽り」が
入ってきているんだろう。

だいたい、うらやんだりするのは、
自分を精いっぱい生きることより、
他の人と自分を比べているから。

昨晩はちょうど、
世界各国の大富豪についての
テレビ番組があった。

やっぱり、ああいうのを見ると、
なんか、自分たちの生活と
比べちゃうかも…。

自分の幸せの基準に、
「大富豪になる」なんていう、
そんな憧れがなかった人の中にも、
「いいなぁ」と思う人が
いるかもしれない。

「いいなぁ」と思い始めると、
自分が本当に欲しいわけでないものにも、
手を出し始めたりする。それが、
後の自分には、偽りに見えたりして…。

複雑な人生になることもある。

偽りのない人生って、
やっぱりシンプルだ。

シンプルがいい、
自分の心のあり方も。

【参考】
エマ(森薫)

2003年8月27日

頑張りすぎたり、真剣すぎたりすると、…

頑張りすぎたり、
真剣すぎたりすると、
好きなコトのはずなのに、
どんな好きなものでも、
キライになってしまうわ。

(「いいひと。」、高橋しん)

頑張ること、真剣なことを
否定してるんじゃないと思う。

どこかで、その頑張りや真剣さが、
ズレてくることがあるんだよ。
なんだろう…?

人にこう見られたいとか、
1回宣言したことだからとか、
おカネのためとか、
いや、それだって、
みんながみんな悪いと否定は出来ない。

ただ、ちょっとズレた時、
好きなこと、あるいは好きな人に、
向ける自分の力の方向や加減が、
自分の心から離れたものになっていく。

そうすると、好きのエリアからも
ちょっとずつ、ちょっとずつ、
離れていってしまう。

まあ、いろんな試練や経験があっても、
「好き」のままでいれることが、
本当に好きなものなんだろうけど、
これだけは言えると思う。

「好きなことを、
 嫌いになるような方法でするな。」

嫌いになるような方法って、
いろいろあると思うよ。
考えてみれば…

それだけはしないようにしたい。

好きなものをただ守るためだけじゃあなくて、
ちゃんと、いい方向に成長させていくためにも、
そう思う。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2003年8月24日

喜びの深きとき、憂いいよいよ深く、楽しみの…

喜びの深きとき、憂いいよいよ深く、
楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。
これを切り放そうとすると身が持てぬ。

金は大事だ。
大事なものが殖えれば
寝る間も心配だろう。

嬉しい恋が積もれば、
恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。

(草枕、夏目漱石)

大事なものが殖えれば、
心配することが多くなる。
なるほど、です。

こんな言葉もあります。
「働く者は食べることが
 少なくても多くても、
 快く眠る。
 しかし飽き足りるほどの富は、
 彼に眠ることをゆるさない。」
 (旧約聖書 伝道の書5:12)

守るべきものと言うか、
固執するものが増えると、
安心できる時間もなくなるでしょうね。

落語に、「水屋の富」というのがあって、
これが面白いんですよ。

昔は、井戸というものがあったわけですが、
あれは、飲み水用というよりは、
生活用水だったそうです。
そこで、水屋という商売が登場します。
毎日のことですから、やはり、忙しい。

その水屋に、「富くじ」で
800両という莫大なお金が当たります。
(今で言えば、「宝くじ」でしょうな…)

当たったはいいけど、
水屋という商売上、
次の商売人が見つかるまでは、
人様に迷惑をかけることが出来ず、
水屋を続けます。

でも、家に隠しているお金が心配なんですな。
夜になれば、強盗が押し寄せる夢を何度も見る。
仕事のために家を出る時には、
家を振り返るたび、通りがかりの人が、
怪しく見えて、家にすっとんで帰っては、
お金を確かめる。

そんなことをしていると、
水屋の仕事が遅れて、
お客さんにも叱られる。

おかげで精神は磨り減ります。
行動も怪しくなり、とうとう、
通りがかりの盗人に気づかれ、
仕事に出かけた後、まんまと盗まれるわけです。

帰ってきた水屋が一言。
「ああ、これで苦労はなくなった。」と。

幸せなのに、
幸せでないふりをして、
生きるのは難しいです。

でも、その幸せがあってもなくても、
幸せな気持ちが続くようにするためには、
幸せは束の間かもしれない、
と思っておくのも、いいことでしょう。

恋わずらいも、そんな感じでしょうか。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2003年8月12日

喜ぶことも大事だけれども、悲しむことも大事である。…

喜ぶことも大事だけれども、
悲しむことも大事である。

希望をもつことも大事だけれど、
絶望することも大事である。

胸をはることも大事だけれども、
また深いため息をつくことも
大事である。

(五木寛之)

なんか、年を重ねるって、
素敵なことだなって感じる言葉です。

喜びも、悲しみも、
希望も、絶望も、
自信も、ため息も、
いろんなことが混じっての人生。

いつも、自分が原因となって
押し寄せてくる出来事ばかりじゃあない。
他人に巻き込まれることだってある、
何でもありの人生。

昨日も、今日も、明日も、
どこかで誰かが、
ため息をついている、
絶望している、
悲しんでいる。

今日は、それが自分の番かもしれない。
それは、ただ避ければいい
というものじゃあない。

人生を味わい深くしてくれるもの、
もしかしたら、詩が生まれたり、
絵が生まれ、絆が強まったり、
次があるものかもしれない。

だったら、納得できる。

いろんな感情がありえる人生を。
ただ1つの感情で埋められるほど、
短い時間じゃあない。

せっかくだから、
いろんな感情を見つけよう、自分に。


【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2003年6月 1日

あんたの決心を変えられないってこと、わかったよ。…

あんたの決心を
変えられないってこと、わかったよ。
もう、あんまりいろいろ
言わないほうがいいね。

だけど、わすれちゃだめだよ、
あんたは自分で選んだってこと。
(あとで…)
疑いだすにきまっているから

(空色勾玉、荻原規子)

正しいことを教えられるより、
正しい決心に変えさせられるより、

何ごとも自分の責任なんだよ、
と教えられた方がいいこともある。

結果がどうあれ、
自分が自分で選んだんだから、
という自覚があれば、
責任の感じ方も違ってくる。

見守る方は、
失敗させたくない、あるいは、
こちらの思い通りに事が進んで欲しい
という気持ちが出てくるから、

どうしても、手を出したくなる。
口を出したくなる。でも、
ある程度のところまで
話しあったら、手放すことも必要。

でなければ、いつまでも、
手や口を出していなければならない人間が
出来上がってしまう。

結果は何一つ分からない。
今の結果が、ずっと続くとも限らない。

相手の心の変化、時間にまかせられる
心の余裕が欲しいですね。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2003年5月26日

人生に正しい答えなどない。同じことをしても時と場合、環境によって…

人生に正しい答えなどない。
同じことをしても
時と場合、環境によって
良くも悪くもなる。
長所は短所、短所は長所になる。

行き詰まったときには、
自分を変えること。
そしてバランスをとることが大切。

(チーズはここにあった!、植西聰)

時代のせいでも、
あなたのせいでも、
誰のせいでもない。

起こるべくして起こった現実。
それがずっと続いていく。
そんな時もある…

確かに、同じことを、
数年前の日本でやっていたら、
すごい成功になっただろう。

あるいは、今この時に、
別の国でやっていたら、
尊敬の的になるかもしれない。

しかし、そういうことが目的なんじゃなくて、
いろんな環境、時に対応していくなかで、
生きていける自分を育てていくのが、
ここにいる目的。

だから、自分を変えて、
そういう変わった自分に
バランスよく対応できること。
それって、本当に素敵で、大切なことだと思う。

答えは多分ある。
でも、正しい、正しくないの
問題にこだわるよりも、
その答えの後に続く人生を
心にとどめておきたいね。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2003年3月25日

わたしではなく、神に感謝するんだな。われわれが…

わたしではなく、神に感謝するんだな。
われわれがこれまで生きてこられたのは
神のご意志だ。とにかく、そう信じるしかない。

(戦場のピアニスト、ロナルド・ハーウッド)

映画「戦場のピアニスト」の脚本からです。

多くの知人、友人を失っていくなかで、
奇跡的に、一人のドイツ軍大尉によって
救われるピアニスト。戦況が変わり、
別れの時に感謝をのべるピアニストに、
大尉は、この言葉を語りました。

不安定な世の中では、
誰が助かり、誰が命を落とすか、
誰にも見当がつきません。

状況が変われば、
救う立場になっていた人が、逆に
救いの必要な立場にも変わります。

そして、その時には、
必ずしも、救われるとは限らないのです。

感謝の思いを誰に抱くか…?

沈黙を守りながら
すべてを司る偉大な存在に対して、
良いことも、悪いことも
感謝出来たら、人生の深い意味がもっと
分かるということなんでしょうね。

そういう経験をしていない者には、
なかなか口に出来ない言葉にも思えます。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2002年11月10日

理解するために信じなさい。信じるために理解するのではなく。

理解するために信じなさい。
信じるために理解するのではなく。

(アンセルムス)

人でも、真理でも、
自分の信じ方に、
反省を強いられるような言葉です。

自分には、どうしても、
分からない、理解できない人がいる。
理解できたら、信じようと思っている自分には、
内心、「絶対、信じるに及ばない人間なんだ。」
っていう思いが、どこかにある。

しかし、自分が信頼している人について言えば、
理解できない行動をしたとしても、
その信頼が薄まることはない。
だって、信じているから…

心の中では、
好きか嫌いかとか、
信じるか信じないか、
っていう判断をしている自分に気づいていない。

だから、理解できたら信じる、
なんて矛盾した言葉が出てくる。

人間の理解なんて、小さい、小さい。
よくよく理解するまで信じない、
なんて、本当にそれをしていたら、
信じるものなんて、何もないことに気づくだろう。

理解しようと努力する前に、
本当に、それを信じたいか、
その人を信じたいか、
自分に聞いてみたらいい。

そういう自分の本音を
自分の前に見せない限り、
自分へのウソばかりが続いてしまう。

そして、気づいて、
信じたいというのなら、
分からないことが多くても、
とりあえず、信じてみましょ。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2002年8月 8日

その人の目を見ると分かるよ。

ほんとうに幸せかどうかは、
その人の目を見ると分かるよ。

(ハロルド・G・ヒラム)

この言葉は、
子供が言った言葉だそうです。

子供って、
本質を見極める力があるかも
しれませんね。

そういう私たちも、
子供だったわけですから、
同じように、心が開けている時は、
そんな力があるのでしょう。

しかし、
大きくなっていくなかで、
身につけた処世術が、
物事の本質を見る心を
鈍くさせているように思います。

確かに、つくり笑顔は出来ても、
目の力、輝き、奥行きまで、
つくるのには、かなりの無理が
あるように思います。

そして、もし、目を見る、目を見せる、
それが出来ないとすれば、
何かしらコンプレックスを
持っている証拠。

まずは、そのコンプレックスを
少しずつ削ぎ落としていくところから
始めなければいけないかもしれません。

今日は、自分の目、人の目、
見てみましょう。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2002年8月 1日

変化は序々に生じるもの

変化は序々に生じるもの

(ベン・B・バンクス)

私たちは、
取りかかるのが遅いくせに、
変化や結果は早く来ることを
望んだりする。

貯金も、ダイエットも、
勉強も、人間関係の修正も、
自分の能力向上も…

私も、反省ですね。

人生の中で、
最も成長の早い時期を過ごす赤ちゃんでさえ、
その瞬間瞬間だけしか目に入らなければ、
見ている方では、
変化や成長は遅く感じられ、
ストレスを生じる。

そう考えると、
自分の変化スピードに対して、
世の中の変化スピードって、
かなり早い気がする。

しかし、実際は、
それでさえ、長い準備の結果として、
変化が今に集中しているのみ。

その変化の準備、兆しに、
我々が目を向けていなかっただけ
なんだろうな、と思う。

変化は序々に生じるもの、
それを忘れないで、
変化を楽しみたいと、思う次第。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2002年7月11日

習慣に早くから配慮した者は…

習慣に早くから配慮した者は、
おそらく人生の実りも大きい。

(生き方上手、日野原重明)

90歳を越えたお医者さんの言葉です。
ご存じの方も多いことでしょう。

習慣は、私たちを幸せにも
不幸にもします。

こんな言葉もあります。
「私たちは思いをまき、行いを刈り取る。
 行いをまき、習慣を刈り取る。
 また習慣をまき、人格を刈り取る。
 そして人格をまき、
 永遠の行く末を刈り取るのである。」
 (確か…ナポレオン・ヒル…?)

思っていることも、
考えていることも、
行っていることも、
知らず知らずのうちに習慣になります。

身についてしまった悪しき習慣に
屈すれば、道は閉ざされ、
まだ身についていない良き習慣を
獲得しようとすれば、道は開けます。

しかしながら、無意識に身について
しまった習慣ほど恐ろしいものはなく、
取り除くのは、至難の業。

自分の習慣は、外敵よりも手強いと
思った今朝のShuでした。

【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2002年7月 4日

いい顔が推薦状であるならば、いい心は信用状である。

いい顔が推薦状であるならば、
いい心は信用状である。

(ブルバー・リットン)

いい顔、いい心、
どっちか持っていたら、
何か、いいことあるってね。

だから、推薦も、信用も、
本当は、自分から発散されるものが、
行っている…

そういう自覚を持って、
生きていく必要を感じる言葉だね。

ただ、作り笑顔になればいいわけでもない。
本当に、幸せになる考え方、心をもって、
それが、自然に、顔に出てくるようにする。

そんな生き方に、
少しずつ、近づきたいShuです。


【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

2002年6月 1日

努力をしたからといって胸を張るようなことは…

努力をしたからといって胸を張るようなことは
やっぱり好きじゃない。

努力そのものに価値があるとは、やっぱり思えない。

しかし、若いときの考えと今違うのは、
努力なしに何かできることは、どうやらありえないと、
うすうすでも知ってしまったということだ。

(ほぼ日「今日のダーリン」、糸井重里)

「努力」そのものに価値がないとすれば、
何に価値があるのかな。

「努力」のその先にある
目指している「何か」なんだろうな…

見える「努力」よりも、
まだ見えない「目指している何か」の方が
より価値があるとなると、
「胸を張るためだけの努力」も、
「せかされて、しょうがなくする努力」も、
考えさせられるところが出てくる。

何か成果主義みたいに感じるところもあるけど、
目指している「何か」が、
自分にとって本物かどうかを見極めるためにも、
この考え方が必要なんじゃないのかな。

若い時に、「努力」という言葉を嫌うのも、
ここに関係があるんだろう。
「胸を張るための努力を、せかされている」ようで…

本当は、みんな何らかの意味で、
努力していると思う。
だから、「胸を張る」「努力をせかされている」が
勘定に入ってくると、目指している「何か」がズレてくる。

結果だけが大切じゃあないけど、
努力だけが大切でもない。


【参考】
生活はアート(パトリス・ジュリアン)

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