since 2001-12-24
いい言葉ねっと いい言葉で、人は癒される。いい言葉で、人は生かされる。いい言葉で、人は動かされる。
  いいコトバ

■読めばたちまちハッピーになるいいコトバ
「いい言葉ねっと」から生まれた本。第5刷目に入りました。 »詳細 »Amazonにて購入

メインメニュー

いい言葉メニュー

過去の特集メニュー

スポンサード・リンク

関連リンク

サイト内全文検索

Syndicate(XML)

QRコード

Powered by
Movable Type 4.1

« 失敗 | メイン | 学び・知恵 »

2008年11月 2日

「ナンバーワンよりオンリーワン」じゃなく...

「ナンバーワンよりオンリーワン」
じゃなく、やっぱり
「ナンバーワン」を目指さなきゃ
いけないんじゃないかと。
その先にたどり着く
オンリーワンでなければ。

(箭内道彦、日経エンタテイメント)

槇原敬之作詞で、SMAPが歌う
「世界に一つだけの花」。

この歌のイメージは、
「ナンバーワンよりオンリーワン」
でした。

競争社会の息苦しさから
解放されるような気分になった人も
多かったと思いますから、
大ヒットだったのでしょう。

いい言葉だったと思います。

そんないい言葉も、
言い訳に使われることがあります。

ナンバーワンを
目指すわけじゃないから、
そんなにがんばらなくていい、

個性が大切だから、
そのままでいいし...、

みたいな感じです。

何事も競争だ、
という考え方も極端ですが、

どんな競争も悪だ、
という考え方も何かおかしい。

そんな気がします。

人の受精卵が出来るまでには、
細胞レベルで何億という競争が
あると聞きます。

競争することで、
いいものを生み出す、作り出す、
という手順は、
何かと意味のあることが多く、

それなのに、最初から、
ナンバーワンでなくていい、
とやってしまったら、
いいものは生まれないでしょう。

ナンバーワンを目指すことが、
みんなの益になることもある。

そのなかで、
オンリーワンを見つけられたら、
自分のためにもなる。
そういうことではないでしょうか。

(参考) 「流される」から遠くに行ける (箭内 道彦)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月20日

ゴールは遠くにない。...

ゴールは遠くにない。
ゴールはすぐそこにある。
心がいつもそれを憶えている。

(ロングテール)

心がいつも思っていないことを、
ゴールにしようとすることがある。

いっときのうらやましさ、
ちょっとした憧れ、
あったらいいなぁくらいの思い...

そんな「ゴール」に、
たびたび動かされていたら、
本当のゴールを何度も
見失うことになるだろう。

「おまえのゴールはこれだ!」
と言われても、心が燃えるものなら、
それはそれでいい。

けれど、与えられたゴールが、
心の中にずーっと
置いておけるものとは限らない。

心の奥で憶えているゴールと、
本気になれないゴールは、
やっぱり違う。

だからといって、
その憶えているゴールに
最初から本気になれるかと言えば、
そうとも限らない。

時が来るまで、
待たなければいけないことも多い。

できれば、誰もが、
心の奥で憶えているゴールを
早めに引き出して、
本気でがんばれる日が来たらなぁ、
と願いたい。

そうしたら、そのゴールに
熱中するのに忙しくなり、
世の中のトラブルも
減るんじゃないだろうか。

ゴールが見えていない。
それが根本の問題、
そう思えてならない。

(参考)風のクロマ (レミオロメン)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月13日

向き不向きより前向き。...

向き
不向きより
前向き。

自分はできると
信じること、
あきらめないこと、
やり続けること。

(朝倉千恵子)

コアラさんからの投稿です。
「この言葉のとおり
 何事にも全力で取り組むことは
 大切だと常々思います」

初めてやったことについて、
向き不向きを1時間または数日で
決められるとは思えない。

仮に決めたとして、
それが正しいとは言えない。

やってみなければ分からない。
それもしばらく続けてみなければ...

これも向かない、
あれも向かない、
それも向かない、
っていう具合に、

次々に投げ捨てて
向いてるものを見つけられる人は、
限られているんじゃないだろうか。

本当に、やる気はしっかり持ってる人だけ。

それ以外の人は、
向かない、向かないと言いながら、
逃げているだけかもしれない。

自分の心は、どこ向きか。
向き不向きよりも、
そっちの方を大切にするべき人は、
少なくないように思う。


(参考)すごい仕事力(朝倉千恵子)

2008年6月14日

好きなことに挑戦しないで...

好きなことに
挑戦しないで後悔するより
醜態をさらしても
挑戦するほうがいい。

(映画「ロッキー」)

挑戦という言葉は、
カッコいいけれど、

挑戦している姿は、
カッコいいとは言い切れない。

思うようにいかない日々が、
何日も何日もあって、
汗まみれの顔や、
泣きはらした顔なんかも
あったりするだろう。

そして、その上、
そこまでがんばっても、
その挑戦が成功するとは
限らないのだ。

そうなれば、当然のごとく、

「最初から無理だったんだって」とか、
「やめときゃよかったのに...」とか、
「懲りない人だよ」とか言われる。

そんなふうに言われたくないなら、
最初から無理だと思うことには、
少しも挑戦しなければいい。

挑戦することが
すべて成功するとは限らないけど、
過去に誰かが成功した何かは、
無理だと言われていた時を乗り越えて、
挑戦を続けたからそこに辿り着けたこと。

やっぱりダメだった、
という結論でもいいじゃないか。

ダメなはずだよ、
絶対に無理だよ、
と言ってばかりで前進がないよりは、
前進しているはずだから。


(参考)
ロッキーDVD

2008年4月29日

...水と同じように、人の思いも、...

わたしは、
水と同じように、人の思いも、
流れる道を作ってやれば
そのとおりに進むということが
分かるようになりました。

もしそうしなければ、
わたしたちの思いは、
最も抵抗の少ない道を、
常により低い所に向かって
流れて行くのです。

(英語)
I have come to know that thoughts,
like water, will stay on course
if we make a place for them to go.
Otherwise, our thoughts follow
the course of least resistance,
always seeking the lower levels.

(ボイド・K・パッカー)

友達や知人が活躍すると、
「それって、まぐれ、まぐれ」
と言う人がいる。

わたしにも、
そんなふうに思いたい性格が
見え隠れすることもあるから、
そういう心境がよく分かる。

なんていうか、自分とは違う存在、
ということにしたくないんだよね。

それを認めちゃうと、その人のことを
遠く感じてしまうばかりでなく、
必然的にも、自分も同じような努力を
しなくちゃいけないような気がしてしまう。

だから、まぐれ、
ということにしてしまえば、
気が楽になる。

今の自分にも、今まで以上に
大きな努力をさせることなく、
生きていかせることが出来ちゃう。

自分より上の存在を認め、
そこまでたどり着くための
見えない階段さえ見つけられれば、
人は、努力することが楽しくなる。

それまでは、
努力しなくていい理由を見つけたい。

見えない階段を見つけること、
このためにこそ、
努力が最も必要かもしれない。


(参考)
「心のブレーキ」の外し方(石井 裕之)

2008年3月 9日

あなたが私を変えてくれた。…

あなたが私を変えてくれた。
あなたが変わってしまっても
あなたに感謝する気持ちは、
変わらないと思う。

(作者不詳)

人には、スキがある。

そのスキは、
良く変われるスキにもなれば、
悪く変われるスキにもなる。

人に良い影響を与えた人でも、
自分自身に良いものを
与えられないこともある。

どんどん悪くなっていく人の近くにいて、
反面教師を見る思いで、
自分を立て直していく人もいるだろう。

自分が他人にどんな影響を与えたか、
なんてことは、いちいち覚えていない。

いざ自分の大きな問題に、
ぶち当たってしまえば、
他人への影響なんて考えていられない。

毎日毎日が変化している。

自分の気持ちも、毎日どころか、
毎分くらいで変わっている。

良い影響を与えた自分は、過去の人。
良い影響を受けた自分も、過去の人。

感謝をすれども、
過去の良さだけでは、
生きてはいけない。

「人は絶えず、自分がどんな人間かを
 周囲に放射しており、その人の偽りの姿は
 放射しない。
 人は性格からの放射、すなわち
 他の人を弱めたり、強めたりする影響力を
 一瞬といえども、止めることができない。
 自分の放射するものの質は、選択できる。」
(「赦しの奇跡」 スペンサー・W・キンボール)


(参考)影響力の武器(ロバート・B・チャルディーニ)

2008年2月10日

…自分の人生をはじめるまでは、…

子どもというものは、
自分の人生をはじめるまでは、
安全に守られていなくてはならない。

(グイン・サーガ79「ルアーの角笛」、栗本薫)

守るっていうことは、
自由を制限することにも
なりうると思っている。

だから、
わたしは思うのだけれど、
「自由の権利」
を守るっていうのは、
ある意味、ありえないだろうと。

たとえば、
好き勝手に何でも言う、
という自由をゆるされて、

その自由をいきすぎて使い、
誰かを傷つけ怒らせ、
その人から脅されることにでもなったら、
状況が変わるだろうと思うから。

自分から、発言を遠慮するにしても、
ボディーガードでも雇うにしろ、
それまでより自由は奪われる立場になる。

そういうことが分かって、
自由が制限されている状態に
納得しているのであれば、
問題はないけど、

子供に、
無責任な自由を与えすぎると、
守られながらも、あくまで、
その自由を求めようとする無責任さが
身についてしまう。

守られるのは、
自由には責任がともなうことを、
ちゃんと分かるまでのこと。

自由は無責任でいいんだ、
と思うような子供を育てた大人は、
その責任をいつか問われるかもしれない。


(参考)ルアーの角笛(栗本薫)

2007年11月 7日

白い花は白く咲けばいい。…

白い花は白く咲けばいい。
赤い花は赤く咲けばいい。
それで十分綺麗なんだから。
色んな色に染まらなくても、
自分の色のまま咲けばいいんだよ。

(引用元不明)

今日、車を運転していたら、
紅葉が目に入りました。

黄、橙、赤、茶、
こういう色が混じり合った光景は、
太陽と青空の中で映えて、
とてもきれいでした。

あんまり見とれていると、
運転が危ないなと思い、
ふと視線を戻すと、
その紅葉の中に、
濃い緑が混じり始めるところが…

ちょっと違和感を感じました。
正体は杉です。
この時期でも、濃い緑なのです。

私には、せっかくの紅葉を
邪魔しているかのように見える杉。

しかし、杉は、
紅葉の仲間入りは出来ない。
そんなことは杉も気にしていない。

ただ、冬になって、
杉に雪が降り積もっている景色は、
紅葉とは違った、美しさがあります。

杉は、自分が美しく見える時期まで待つ。
ほかの色に染まることもない。

今、自分自身に
違和感を感じている人間も、
それが問題にならなくなる時期が
きっと来ることでしょう。


(参考)蒼く 優しく (コブクロ)

2007年10月19日

…無理なら新しい夢を作ればいい。…

夢は叶えるためにあるもの。
無理なら新しい夢を作ればいい。
夢に向かっていく過程で
人は成長していくと思っています。

(卓球王国、水谷隼[18歳の全日本卓球チャンピオン])

無理なら…、
っていう現実っぽさが
いいですね。

たとえば、チャンピオンは
1人だけしかなれない。

100人の人が
チャンピオンになりたい夢をもって、
がんばったとしても、
その称号は一人にだけ与えられる。
それが現実。

結果が出た後に、実は
そんなになりたいわけじゃなかった、
なんて言い訳を口にしても、
誰も救われない。

もし、応援している人、
サポートしてきた人がいたら、
いい加減な夢に付き合わされたことに
腹を立てるかもしれない。

夢は船。だから、
それに乗ってくれる人を
集めるものだと思う。

夢が1つ破れても、
新しい夢を作られる人には、
人が集まってくる。
それが夢だから、
人は乗っかりたくなる。

夢という船が、
他の人を乗せるには、
小さい時もあるだろう。
まして、その夢を
本人しか理解が出来ないことも…

そんな夢でもいい。
いつまでもいつまでも、
新しい夢を作り、
そのためにがんばれる人間で
ありたいと思います。


(参考)夢をかなえるゾウ (水野敬也)

2007年10月 6日

人間関係が生まれるとき、…

人間関係が生まれるとき、
あなたの印象や評価も生まれます。

(言葉や声の磨き方、白石謙二)

いつも同じ人とばかり
顔を合わせていて、その人からは
良い評価だけを受けているとすれば、
安心して生きていけることでしょう。

もちろん、
悪いことではありません。

しかし、
そういう限定された人間関係で、
死ぬまでの時間が終わることは、
まず、ほとんどありえません。

逆に、いつも顔を合わせる人から
嫌われているとして、
その評価にしばられる必要もない。

人間関係の数だけ、
印象を与えられます。
評価を受けます。

たしかに、
つながっている人間関係の中では、
ある一人の人の印象が、
他にも影響することもありえるでしょう。

だとしたら、
自分の印象や評価を変えたい時には、
これまでの人間関係から離れたものを
つくる努力が必要です。

ネットにそれを求める人もいれば、
趣味やスポーツの世界に
それを求める人もいる。

いろんなところに、
自分の顔を出して、
ウソをつかず、飾らずに振る舞った時に、
自分の印象や評価がどう変わっていくか。

変わらないとしたら、
それを良い方向に活かすためにどうするか。

さまざまな人間関係の中で、
そういうことを考えるのが、
私たち一人一人に
与えられた使命のように思います。

私も、新しい人間関係をつくらなくちゃ。
そういえば、昨日、一つ出来たな。


(参考)世界一簡単に自分を変える方法(白石謙二)

2007年9月24日

人は人の中でしか育たない。

人は人の中でしか育たない。

(引用元不明)

久しぶりの再会、
この人、
成長したなぁ…って
感じさせてくれる人がいる。

逆に、あらぁ、
この人、何やってきてんだろう…
って思わされることもある。

成長してきた人には、
その成長を直接でなくても
育ててくれた人がいるもの。

そういうことは、
本人のやる気とともに
伝わってきたりする…

それが、家族の人間か、
先生か、上司か、友達か、
それは決まっていない。

ただ、
育ててくれる人を
持っている人には、
どことなく、
感謝の気持ちがあふれている。
それだけは、たしかだと思う。

そして、
そういう気持ちを持てる人には、
さらに、育ててくれる人が現れる。

ますます、育つというわけだ。

感謝しろ!と言われて、
感謝の言葉を口にするような
レベルの話ではない。

育てられて、
自分の成長にすごい満足を感じ、
さらに「やる気」を持って
がんばっている姿。
それが、何よりの感謝を
表すことだと私は思っている。


(参考)「依存する人」を「変化を起こす人」にどう育てるか (内田 和俊)

2007年4月28日

自分のやりたいことをやるのが、…

「自分のやりたいことをやるのが、
 自分らしく生きるってことだと
 思ってるんだ?」

「違うんですか?」

「違うわね、全然違う。
 気の進まない仕事でも、
 押し付けられたことでも、
 自分のやり方でやり通す。
 それが、自分らしく
 生きるってこと。」

(ドラマ「セクシーボイスアンドロボ」)

俊介さん、みきさんから
ほぼ同じ瞬間で投稿が来ました。

珍しいことなので、
ぜひ紹介したいなと思った次第です。

らしさっていうやつには、
自分で気づいたものもあれば、
押しつけられるものもあります。

どちらの「らしさ」も、
微妙にズレしてまう場合が
あるように思います。

私は、どちらも
全然違うとは否定しません。

だって、
自分で気づいたことが
必ずしも正解とは限らず、
単なる思い込みで
終わることもあるでしょうし、

他人から押しつけられたことが
すべてウソになるとも言えない。
押しつけられたことの中に、
大きなヒントが隠されていることも
あるでしょうから。

大切なのは、「らしさ」を
限定しちゃわないこと。

人生、まだまだ長いし、
人は変わっていくんです。


(参考)セクシーボイスアンドロボ(黒田硫黄)

2007年4月27日

海を泳いでる最中、海の広さを考えない。

海を泳いでる最中、
海の広さを考えない。

(引用元不明)

漫画「バガボンド」に、
「海を泳いでる最中に
 海の広さはわからんよ。」
という言葉があるようで、
それに似ています。

今取り組んでいる問題に
集中している時には、
それ以外の雑音に
気をとられない方がいい。

そもそも、
他のことを気にしたとしても、
それを正確に把握できるほど、
余裕があるとは限らない。

海は広い。

生きている間に出会う問題も、
たどってみれば、
いろいろなことにつながって
無限にさえ感じる可能性だってある。

目の前の水を、
精一杯こぐ。

目の前の問題を、
一生懸命ときほぐす。

それに集中した方がいい。

けれど、ちょっと先くらいは、
見えるようでなくちゃいけない。

岩があったり、
流れが変わっているのに、
やみくもに泳いでばかりいて、
そこへ飛び込んでいくのは危険。

いつかは背負うかも
しれない問題だとしても、
今から無理して背負って
つぶれてしまう必要はないのだ。


(参考)バガボンド(井上雄彦)

2007年4月26日

どんなに絶望的な状況でも、…

どんなに絶望的な状況でも、
可能性はある。
あきらめるな。

(映画「海猿 LIMIT OF LOVE」)

桜さんからの投稿です。

実際それほどでなくても、
自分が「絶望的」だと考えれば、
「もう無理だ」「不可能だ」と
感じちゃえば、

その思いは、
なかなか拭い切れません。

だから、そこに
ぽっと解決の糸口が見つかれば、
たいしたことでなくても、
「奇跡だ」と感じたりする。

絶望的な状況のほとんどは、
おそらく、思考回路が
止まっているのが原因。

そして、思考回路が
止まってしまうのは、
目の前に見える問題が
衝撃的に見えてしまうせい。

衝撃的には見えるけれど、
その裏側には、
シンプルな原因しか存在しないことも
あるわけで、やっぱり、
あきらめるのは、もったいない。

それが見える位置、場所に
移らなくちゃいけないんです。

私のオススメは、
問題を分けてみることです。

つい最近も、私に、
「絶望的な」状況がありました。

いっきょに、問題が来たんです。
うげーって感じでした、しばらくの間。

でも、今回は、その問題を、
それに関わる人間関係ごとに
分けてみたんです。

そしたら、スッキリ。
本質が見えてきました。

いつも、
人による分け方がいいとは
限りません。

時や場所による分け方が
ベストの時もあります。
また、その他にも…

いずれにしろ、あきらめないで、
問題な状況の裏側が見える場所に
移りましょう。


(参考)映画「海猿 LIMIT OF LOVE」

2007年1月28日

自分の可能性を信じなきゃ、…

自分の可能性を信じなきゃ、
何も始まらないよ。

(Paradise kiss、谷沢あい)

可能性だけを見れば、
誰かに追いつくとか、
誰かに追いつかれるとか、
そういう話じゃない。

可能性というのは、
あくまで、自分だけの話。

もちろん、
その可能性の話の先には、
自分以外のライバルとかも
見なければいけない。

とは言っても、やっぱり、
自分の可能性っていうのは、
自分という人間を見つめること。

けれど、
その可能性を見るときには、
他の人のことも見なければ
分かってこないから、
可能性を感じる前に、気持ちが
小さくなってしまったりする。

だから、可能性が
なかなか見えてこない。

「見えるものの先にある
 見えないものを見よ。」
 (作者不詳)

っていうのは、
けっこう難しいのだ。

見えるものが、
見えないものの視界を
遮ってしまうからね。

そこを乗り越えて、
自分の可能性を信じられる人に
なりましょう。


(参考)Paradise kiss(矢沢あい)

2007年1月24日

貴方は貴方だけのものじゃないのよ。…

貴方は貴方だけのもの
じゃないのよ。
この世に自分だけのもの
なんて一つもないの。

みんな誰かと関わって、
何かを共有してる。
だから自由にならない。

だからこそ、
面白くて悲しくて、
愛おしいの。

(漫画「XXXHOLiC」、CLAMP)

うちの長女が、
この3月に卒業します。
昨日は、卒業の歌が決まった、
と言って喜んでました。

それは、私も好きな
コブクロの「桜」。

歌詞に出てくる「名もない花」
という言葉が心に残ります。

人も生まれた時には、
名もない花みたいなもの。
それに親が名前をつけて、
思い入れをしながら育てていく。
子供を自分のものだと思っても、
何の不思議もありません。

けれど、次第に、
子供が自分の主張をもつようになり、
親の方もエゴが貫かせたくなって、
どことなくズレを感じ出してくると、
「自分のもの」じゃないんだな、
って思えてもきます。

ただ、何かあった時には戻ってくる。
何もない時には自由に飛んでいる。

自分のものに出来ないから、
頼もしくて、
自分のものにならないから、
ますます…いとおしい。

みんなのもの、神様のものって
思っていた方が気楽ですね。


(参考)XXXHOLiC(CLAMP)

2006年10月31日

人は一人でも生きていける。しかし、…

人は一人でも生きていける。
しかし、それだと
生きることしかできない。

(ゲーム「家族計画」)

ミドーさんからの投稿です。

生死をさまよっている時には、
生きてさえくれればいい、と思う。

けれど、
そんな心配がいらない時には、
生きる+αが欲しくなる。
周りからも、求められるようになる。

生きている時間に、
値段をつけようと試みる人もいる。
けれど、
大人の1時間と子供の1時間を、
大人の基準で値段をつけたら、
まったく意味がないだろう。

その逆に、子供の基準で、
大人の1時間と子供の1時間に
値段をつけるのもナンセンスだろう。

一人だけで生きられる時間でも、
誰かの時間と重ねれば、
それだけ違ったものになる。

そういう重なりをどれだけ作れるか、
多くの人と多く重なりを作るか、
限られた人と深い重なりを作るか、
それは、人それぞれ…

いずれにしろ、何らかの形で、
自分の時間に、他人の時間を
うまく重ねる努力をすれば、
生きることは豊かになってくる。

自分の生きる時間を、
自分のものだけにしない勇気が、
人生には、度々、必要なんですね。


(参考)家族計画〜心の絆〜

2006年10月23日

60点でいいんです。

60点でいいんです。

(子どもの「花」が育つとき、内藤寿七郎)

著書では、この言葉の前に、
「育児は」と付きます。

この60点が印象的で、
好きになりました。

100点を目指せと言われて、
ものすごく頑張れる人もいれば、
ただただプレッシャーに
押しつぶされてしまう人もいる。

性格的な問題かと思えば、
同じ人が、別の事柄について
急に弱々しくなることもある。

誰もが、自分で、
自分の目標に出来る点数を分かって、
そこに向かって進めたらいいけれど、
やっぱり、何か一言も必要です。

100点を目指せる人が、
落ち込んで何も出来ない時に、
「とりあえず、60点から始めよう」
と、背中を押してくれる人がいれば、
結果的に、100点に到達できる。

1つのことについては、
100点だけれど、それだけで、
人生がうまくいくかといえば、
そうでもないことがけっこうあるから、

1つだけに執着したい思いから離れて、
60点から始めなければいけないことが
誰にでもあるんじゃないでしょうか。

最初は、とっても
イヤだと思うんですよね。
100点じゃないから…

仕事をバリバリこなせる人が、
家庭とか他のことをする自分に、
嫌気がさしてくる時があるように。

でもね、やっぱり、
60点から始めましょう。


(参考)子どもの「花」が育つとき(内藤寿七郎)

2006年10月18日

今のうちから ひとりで机に向かって…

今のうちから
ひとりで机に向かって
創作なんかしないほうが、
将来いいものが書けるから

(Yahoo!インタビュー、宮部みゆき)

宮部さんには、
小中学生の女の子から
「作家になりたいから、
 どうしたらいいか教えてください」
とか、その母親から
「アドバイスしてやってください」
なんていう手紙が、よく来るそうです。

その時、彼女が
アドバイスしているのが、
今日の言葉。
(もの書き志望だけに
 当てはまるものじゃないと思う)

おそらく、
手紙を出した本人たちにとっては、
歓迎したくない言葉でしょうね。

机から離れて、
いろんな経験を積み重ね、
そして、小説のネタを
自分に蓄えることなんて、
省略したいはずなんです。

机にだけ向かったり、
本を読みあさったり、
試行錯誤しているうちに、
ものすごいアイデアがひらめいて、
すらすらと文章が出てくる…
そんな秘訣を知りたがっている。

もちろん、それだけで
ひらめく人もいるでしょう。
多分、そういう人は、
そういう質問すら
他人に聞く必要がない。

自分から自然と、
湧きあがってくるだろうから。

それがない人に限って、
経験とかを省略して
自分から吹き出してくることを
期待しちゃったりする。

条件付きの願望って、
実際は、怠惰だったりする。

私は思うのだけど、
省略した経験は、
いつかどこかですることに
なるんじゃないだろうかって…


(参考)名もなき毒(宮部みゆき)

2006年6月24日

一つ奪えば十が欲しくなり…

一つ奪えば十が欲しくなり
十を奪えば百が欲しくなる

(Sound Horizon『エルの絵本〔魔女とラフレンツェ〕』)

黒さんからの投稿です。

何もないところで、
一つ得られた時には、
とてつもなく嬉しい。

しかし、次に
一つ得た時には、
それほどの感動はない。

昨晩、修学旅行から
帰ってきた長女は、
おみやげをたくさん買ってきて、
「楽しかった、楽しかった」
と連発していた。

楽しい思い出に浮かれながら、
めったに出来ない衝動買いを
してきた様子。

何かを欲しがるというのは、
無いという理由だけではない。
雰囲気にも影響されるし、
気分にも関係してくる。

いろんな所得層の人に、
「今より、どれくらい収入が
 増えればいいと思いますか?」
という質問に対して、
「10%増えれば、生活が楽になる」
と答えた人が多かったと言う。

年収300万円の人も、
年収800万円の人も、
年収2,000万円の人も、
同じ回答だということが
興味深い。

ホントに、欲しいには、
キリがないんだなぁ。

それをコントロールできる人だけが、
幸せになれるんだろう…


(参考)Elysion-楽園幻想物語組曲-(ベルウッドレコード)

2006年6月22日

ドラえもんってさ、未来のいろんな道具を…

ドラえもんってさ、
未来のいろんな道具を
のび太に貸してやるだろ。
でも、その中に、
勇気の出てくる道具はないんだよ。

二十二世紀だか二十三世紀だか
知らないけど、
どんなにすごい未来でも、
勇気を持ってくるのはできないんだ。
勇気はいまの自分からしか
湧いてこないんだよ。

(トワイライト、重松清)

lowさんからの投稿です。

最初は、
二輪自転車に乗る勇気から
始まるかもしれない。

もしかしたら、
「ごめんなさい」なんて
言葉を口にする勇気から
始める人もいるだろう。

はたまた、
いきなり、誰の手も借りずに、
生きていかなければならず、
大きな勇気を求められる人も
いるかもしれない。

いつになっても、
勇気が必要でない時代
なんてありえない。

どれだけ進歩しても、
新しいことが多くなっても、
さらに、新しいことに
チャレンジしたり、
ぶつかったりする勇気が
求められる。

要は、人間の心だけは、
いつまでも弱さを持ったまま、
生かされるから、
そういう勇気が必要なわけだ。

自身の心の力で
勇気を振り起こす方法は、
この世に何千何万あるとしても、

心に、ポコンと
勇気を置く薬や技術は、
残念ながらないと思う。

おかしな薬物がやってくれるのは、
あくまで不自然なことであって、
ホンモノの勇気とは違う。

失敗するかもしれない現実と
自分から逃げない勇気が、
誰にも必要なんですね。


(参考)トワイライト(重松清)

2006年3月26日

誰かを「いいな」と思うより…

誰かを「いいな」
と思うより
私を「いいな」
と思えたら
すごくいい

(心が晴れる「はれ、ことば」、中島未月)

自分のことばかりでなく、
自分の親、夫や妻、子供などの
身内を比べてしまう
こともあるでしょう。

自分の側を「いいな」
って思える時には、
ちょっと嬉しいけれど、
下手すると、
傲慢になる可能性もあるのかな?

でも、比較した相手側を
「いいな」と思ってしまう時には、
それに向けて頑張れる環境でない限り、
ますます、劣等感がつのる。

言葉1つ、髪の毛1本、
しぐさ1つ、所有物1つ、
それくらいの差で
「いいな」と思って、人間は、
喜んだり落ち込んだりできるもの。

だったら、時には、
それくらいの差で、誰かを
「いいな」とうらやむことも
止めてみればいい。

その代わり、
少しでも頑張っている自分を
「いいな」と思い返して、
自分にあるものを
さらに伸ばしていけばいいのだ。

もちろん、だからといって、
「これだけでいいよな」
と進歩を止めてしまう必要も
ないけどね…


(参考)心が晴れる「はれ、ことば」(中島未月)

2006年3月24日

幸せにしてもらおうって思ってた。…

幸せにしてもらおうって思ってた。
だけど、そうじゃなかった。
幸せは委ねたり預けたり
するんじゃなくて、
自分で育てていくものなんだ。

(ドラマ「小早川伸木の恋」)

俊介さんからの投稿です。
「幸せにしてください、
 というCMがあるけど、
 そうじゃないんだなぁ…」

誰かのせいにはしないけれど、
社会のせいにはする人がいる。

社会のせいにはしないけれど、
自分に才能がないからだ、
という人はいる。

自分の才能を嘆きはしないけれど、
病気とかのせいにする人もいる。

他人から
幸せにしてもらえる人生じゃない。
才能だけで
幸せになれる人生でもない。
健康であれば
幸せとも限らない。

幸せは貸し借りできるものじゃない。
だから、幸せには残高もない。

その真実に気づいた時に
本当の幸せになるセンスが
身につくのかもしれない。


(参考)ダメな自分を救う本(石井裕之)

2005年12月27日

ある人は熱意を30分もてる。…

ある人は熱意を30分もてる。
別の人はそれを30日もてる。
しかし、それを30年もって
人生を成功させる人もいる。

(英語)
One man has enthusiasm
for 30 minutes,
another for 30 dyas,
but it is the man
who has it for 30 years who
makes a success of his life.

(エドワード・B・バトラー)

熱意だけで
うまくいくとは限らない。

努力だけでも
うまくいくとは限らない。

しかし、才能だけでも
うまくいくとは限らない。

いろんな要素が
からんでくるから、
それが果たせるまでに
工夫したり、続ける熱意が
ないなら、その先もない。

だいたいにおいて、
子供は集中できる時間が少ない。
もちろん、オトナの私にも、
そんなところがある。

集中できないのは、
やっぱり熱意が足りないから?
だからと言って、
「熱意を持て!」と言われて、
簡単に持てるものでもない。

自分との相性みたいなものを
見出さなければ、熱意なんて
どこかに消えてしまう。
そして、誰からも借りられない。
熱いスポーツ番組などを見て、
影響を受けることは出来てもだ…

熱意を味方につけたい、
常々そう思います。

(参考)真昼の星―熱中大陸紀行(椎名誠)

2005年12月 4日

誰かが「生きるって難しい」…

誰かが「生きるって難しい」
と嘆くのを耳にしたら、
いつも聞いてみたくなる。
「何と比べて?」

(英語)
When I hear somebody sigh,
”Life is hard,”
I am always tempted to ask,
”Compared to what?”

(シドニー・J・ハリス)

生きること、人生が難しい。
たしかに、そうかもしれない。

けれども、私たちが
やっていることすべてが、
生きることなんだから、

単に、その時々で、
容易だと感じたり、
難しいと感じているにすぎない。

難しいからと言って、
生きるのをやめれば、
本当に楽になれるのか。
私にはよく分からないし、
他人の人生までは
責任もてないけれど、

人生を、あまり難しく
とらえ過ぎないように
している。

物事をシンプルに考えて、
本質を見るように。

いつもいつも、
それが出来るとは限らないけれど、
思いがそこに向いていれば、
絶対的な難しさはなくなる。

「生きるって難しい」でなく、
「なぜ、難しいと感じてるか?」
という心の問題になるのだ。

人生の難しさは
解決できないかもしれないけど、
心の問題は、
解決できることも少なくない。


(参考)
オズの魔法使い(フランク・バウム)

2005年10月30日

あなたが、私に対して、…

あなたが、私に対して、
なって欲しいという者に、
私はなる義務がない。

(英語)
I don’t have to be
what you want me to be.

(モハメド・アリ)

そうです。私たちは、
誰からも理想を
押しつけられる義務はない。
それをはね返す権利がある。

しかし、それは同時に、
誰にも、その権利を認めること。
誰にも、その義務を求めないこと。

ただですね。それは、
あくまで自立している場合。
相手に依存していながら、
勝手をすることは出来ない。

依存の度合いに応じて、
相手の理想を受け入れなくては
いけない立場になるのが普通。

本当に、相手の理想を
はね返したいのなら、
まず、依存することを捨て、
自立できるように
努力しなくちゃいけない。

そういう関係でないと、
権利は主張するけど、
義務は守らないという、
無責任な人間ばかりが
増えることになる。

たしかに、
他人が自分に描く理想なんて、
気にすることはない。
でも、そのためには、
やらなきゃいけないことがある。

【参考】
働く過剰 大人のための若者読本(玄田有史)

2005年9月26日

走った距離は、裏切らない。

走った距離は、
裏切らない。

(野口みずき)

昨日のベルリンマラソンにて、
アジア新記録で優勝した彼女。

優勝かどうかよりも、
どれほどの記録が出るかの戦い。
本当に、自分との戦いでしたね。

走った距離ですから、
質より量ということでしょうか。

量か、質かの議論で、
思うことがあるんです。

たとえば、料理。量より質だ、
と言う人がいるでしょう。
私も、ただの食べ放題よりは、
おいしいものの方が好きです。

けれども、その「質」の良い、
おいしい料理が出来上がるまでは、
何度も何度も作り直され、
創意工夫が繰り返された「量」が
あることを知っています。

「質」が大切だと言っても、
いいものが、一発で出来る
わけじゃあない。

「量」の積み重ねがあったうえで、
「質」に到達できる。しかし、
ただ、「量」を繰り返せばいい
というわけでもない。

やっぱり、練習にしても、
「質」のよい「量」が求められる。

多分、質を語れるようになるまでは、
ある程度の量が必要なんです。
よほどの天才でない限り…

量をなめることなく、
質を高めましょう。

【参考】
アテネオリンピック 日本代表選手 活躍の軌跡

2005年8月13日

…知られるのを待っている。

どこかが、何かが、
信じられないほどの魅力で、
知られるのを待っている。

(英語)
Somewhere, something incredible
is waiting to be known.

(カール・サガン)

これを信じられなければ、
今あるものばかりの
奪い合いが始まる。

そして、きっと
それが続くばかり…

これが、「心が貧しい」
ということだと思う。

しかし、知らないものがある、
それほど、この世界は豊かだ、
という意識があれば、
目の前のことばかりに、
こだわる必要もなくなる。

心にも余裕が出てくる。
同時に、安心しすぎることもなく、
次のものを目指すことができる。

うちの奥さまは、
自分の父親が作った野菜が余るので、
よく友人達におすそわけするのだが、
いろんな対応を見るそうだ。

「あら、○○さんは?」
「ああ、あの人はトイレ、トイレ。」
「じゃあ、これ、取っておきましょう。」
「大丈夫、大丈夫。あの人の家にも、
 畑があるから。分けちゃいましょ。」

人のものには、気前のいい人がいる。
一方、自分のものには、そうではない。
時間も、モノも、考え方も譲れない…

今だけを見ていると、やはり、
世界が狭くなることもある。

現実から逃げちゃあいけないけど、
見えないものも信じられないと、
現実がふくらまない。
そう思う今日この頃です。

【参考】
のだめカンタービレ(二ノ宮知子)

2005年8月 3日

…こんなヒドイことを言うのを、私は、もうやめようと思う。

「大丈夫、心配しないで。
 私がやってあげるから。」

こんなヒドイことを言うのを、
私は、もうやめようと思う。

(英語)
I’m going to stop punish
my children by saying,
"Never mind! I’ll do it myself".

(エルマ・ボンベック)

これは、私にとっては、
あまり参考にしない方がいい。

なぜなら、もともと、
人にやらせようと思っている
人間だから…

一方、うちの奥さまには、
この言葉が必要だろう。
けっこう、手を出してしまう。

たとえば、
私が子ども達に皿洗いの当番を
言いつければ、

うちの奥さまは、
皿を洗いやすいように、
水をかけておいてあげたり、
皿をちゃんと並べてあげたり
している。

私からすれば、
「そんなことしたら、
 意味ないでしょ。」
となるのだが、

彼女にすれば、
「学校で疲れているだろうし、
 洗いにくいために、
 汚れが残っては困る。」
という言い分が出てくる。

なるほど…

子供にでも誰にでも、
自立させたり、上達させるために、
何かをまかせるというのは、

「思い通りの結果」に
なるわけでないから、
ガマンを強いられることも
あるわけだよなぁ。

そのガマンに耐えられなければ、
おそらく、手を出してしまう。

あるいは、それ以外のことでも、
相手が苦しみや難儀を感じることを
避けさせるために、助けてしまう。

「大丈夫、心配しないで。
 私がやってあげるから。」

この言葉自体が
いいとか、ダメとかでなく、
どんなタイプの人間が、
どういう動機で、この言葉を
言っているかが大切なようです。

あなたは、いかがですか?

【参考】
自助論(サミュエル・スマイルズ)

2005年5月16日

あなたは、それをすべて手に入れられる。…

あなたは、それをすべて
手に入れられる。

ただ、一度には
手に入れられないだけ。

(英語)
You can have it all.
You just can’t have it all at once.

(オプラ・ウィンフレイ)

勝つことが好きな私は、
何かでがんばって進んでいくと、
必ず、勝てないところに
たどり着きます。

私と同じように、
勝つことが好きな人も
多分、同じですよね。

それは、
自分より強い人であったり、
自分の年齢的な衰えだったり、
自分の才能的な限界であったり…

世界の頂点に立つ人でも、
どこかでそれを失う時が来る。

そういう事実は、
現実としてあるわけですから、
欲しいものを変えていかなくては
ならない時もある。

そんな時は、こうだと思うんですよ。
失ったとか、手に入らなかったとかでなく、
「欲しかったもの」が、かたちを変えて
手に入ったということ。

「かたち」を変えたことに、
抵抗を示す人もいるかもしれないけど、
食べ物や水一つをとってみても、
大地、人間の体、植物という感じで、
循環しながら「かたち」を変えて、
私たちに取り込まれているわけで。

時を変えて、
かたちを変えて、
すべてのものが、
自分の手に入っている。

これは、面白いことだと思います。

【参考】
あなたの夢をかなえる「未来日記」 (佐藤富雄)

2005年1月15日

重要なのは意志じゃなくて、意地なんです

重要なのは
意志じゃなくて、
意地なんです

(仕事の流儀、高任和夫)

時には、意志よりも
意地が大切。

なるほど、分かります。

でも、意地なんか通すと、
物事がとまってしまったり、
別の方向にそれたり
することもあるように
思います。

意志と意地、
本当はどちらが大切か。

子供を見ていると、
それが少し分かるように
思います。

どちらかと言うと、
意志よりも、意地が強い。
だいたいにおいて…

幼児でも、
買いたいものを
手に入れるためなら、
その売り場で、
床に寝ころんだり、
じたばたしたり、
泣きわめいたりして、
訴えることが出来るんです。
意地で…

しかし、親に、
その子に対する躾の
意志があれば、

そんなことをしても
世の中を歩き渡れるわけで
ないことを教えるために、
動じないことも出来ます。

そんな親を見れば、
子供の意地なんて、
どこかに消えていきます。

ただ、時に、
それを意地でやってしまう親も
いるかもしれません。
私みたいなように…。

そう考えると、
身につけるべきは、
意志を強く持つ時と、
意地を張ってでも進む時と、
その違いを見分けることなんでしょう。

今日、意地でも守りたいもの、
進みたいこと、ありますか?

【参考】
仕事の流儀~28人の達人たちに訊く(高任和夫)

2005年1月10日

人は、魂に自分という皮をかぶって…

人は、魂に
自分という皮を
かぶって生きているもの。

(滝沢秀明、義経ドラマストーリー)

「自分」っていうのは、仮の姿。
その中の「魂」とピッタリと合うように
なるまでは、いろいろな自分に
変わっていくんでしょうね。

だから、「自分」が皮。
魂というものは、
いったい何なんだろう…
って思います。

自分というものが、
いろんなものにごまかされて、
その魂が埋もれている間に、
その皮が分厚くなってしまい、
なかなか変わることが
出来ない場合って、
けっこうあるでしょうね。

余分な皮を
ゴシゴシ取っていかないと、
魂がどんどん奥に隠れてしまい、
ごまかされた自分が
当たり前になってしまうだろうなぁ。

ある意味、怖いですね。
魂は、おそらく、
思い描いている夢とか目標とは
また違うと思うんですよね。

その夢とか目標って、
世の中を生きていて、
後に気づいたものだったり、
憧れだったり、
ないものねだりだったりするから、
「魂」そのものじゃないんだよ。

それが分かっていないと、
夢破れた時に、
立ち直れなくなっちゃう。
魂を忘れていなければ、
また立ち直れる。

今日は、魂を前面に出して
生きてみましょうよ。

【参考】
「魂の目的」ソウルナビゲーション―あなたは何をするために生まれてきたのか(ダン・ミルマン)

2004年9月10日

「我」を通すことは悪いが、「己」を…

「我」を通すことは悪いが、
「己」を捨ててしまっても
いけないのだ。

(高野悦子)

一番最悪なのは、
「己」をもたない「我」を通すこと。

そういうことになる。

つまり、言われるがまま、
頼りきったままの自分の状態で、
「我」を通されたら、
周りは、たまったもんじゃない。

何気ない会話に、
「我」か、それとも「己」か、
そのどちらかが見えてくるだろう。

簡単に言えば、
幸せにしてもらいたい人か、
幸せをつかもうとしている人か。

自分の運命を待っている人か、
自分の使命を果たしたい人か…

ある人の話。
その人は、周りに望まれるままに、
「いい人」であろうとしていた。

「我」を通すことなどはめったになく、
同時に「己」も殺していた。
とある出来事を通して、
抑えつけられていた「己」が目覚め、
ちょっとしたパニックに陥った。

しかし、その後には、
カウンセラーの助けなどもあり、
「己」を少しずつ見つける機会が
つくられていった。

もう一人、また別の人。
その人も、同じように、
「いい人」であろうとしていた。

いろんな出来事を通して、
「己」が目覚めるチャンスはあったのだが、
「己」を伏せていた期間が長かったせいか、

「己」を出そうとすると、とたんに、
「我」も出てくるため心が乱れた。
だから、次第に、「己」を出すこと自体に
嫌悪感を感じるようになった。

そんな気持ちを感じることがないよう、
対人関係を遠ざけるような日々…である。

自分のなかの何が「我」で、何が「己」か、
それが分かっていないと、
苦しんでしまうよう。

それの出し方、話し方が、
大切なんでしょうね。

【参考】
頭がいい人、悪い人の話し方(樋口裕一)

2004年9月 9日

奇跡(倖田來未)

奇跡(倖田來未)の歌詞

叶わないものを~の部分

何も出来ない、
何も起こらない、
何の助けもない…

そんなふうに嘆いたり、
騒いだりする時がある
かもしれない。

でも、ちょっと立ち止まって、
考えたときには、
もしかして、そんなに、
待ち望んでいたわけじゃない自分に、
気づくかもしれない。

「だったらいいなぁ…」レベルの思い。

そして、そのレベルに応じた
自分の行動力、もしくは思いの頻度。

本当に思いが強くなったときに、
初めて後押しが感じられる。
あるいは、どこに進めばいいかも
見えてくる。

たしかに、思いが強くなったとしても、
すぐ正解が見えるとは限らない。
試行錯誤する時間だって、
あるはずだ。

しかし、そんな試行錯誤をしてでも、
もがくのをくりかえしてでも、
変えたいのなら、
きっと何をつかめると思う。

なぜ奇跡は起きないだろう…
と思うことがあったら、
思いをワンランク上げてみよう。

それでも、まだまだなら、
あと、もう少し。

【参考】
奇跡(倖田來未)

2004年6月 4日

トランペットは鳴らない。…

トランペットは鳴らない。
人生の重要な決断が迫ってきても…

それは静かにやってくる。

(英語)
No trumpets sound when the important
decision of our life are made.
Destiny is made known silently.

(アグネス・デミル)


ケータイも、家庭電話も、
誰からかかってきたか、
分かるのが普通になった。

おかげで、大切な人からの電話は、
出る前に分かっていて、嬉しい。

ただ、世の中には、
それを歓迎していない輩もいる。
そういう人々は、
「ヒツウチ」でかけてくる。

皆さんはどう対処していますか?
私の電話は、拒否の設定になっている。

呼び出し音もならないから、
私はいたって平安な心地である。
だいたいが、株や融資の勧誘…

しかし、それでもあきらめない相手は、
面倒ながらも「通知する」に設定を変えたり、
怪しげなケータイを使ったりして、
かけ直してくる。

しつこいこと、このうえないが、
こちらも面倒がらずに、
その番号を通信拒否に設定すれば、
また、平安でいられる。
(なかには、しつこいものもあるが…)

事前に分かっているというのは、
本当に楽で、時間の節約にもなる。

いろんな人生のシーンにおいても、
そんな事前通知があれば、
こちらの心構えも完璧にできる。

しかし、人生ではそれがないことも多い。
自分の心に余裕をもって、
兆しを察することが出来るよう、
目くばりしていなければならない。

もしかしたら、すぐそこに、
人生の転機が来ているのかも…
つかむか、逃すかは、私たち次第。

【参考】
夢現力―あなたの中の無限の可能性を引き出し、夢をかなえる5つの力(和仁 達也)

2004年6月 2日

人は、海辺の美しい貝がらを、すべて集めることはできない。

人は、海辺の美しい貝がらを、
すべて集めることはできない。

(英語)
One cannot collect
all the beautiful shells
on the beach.

(アンネ・モロー・リンドバーグ)

今なお、いろんな成功本が、
数多く出版されている。

それと同じくらい、あるいはそれ以上、
世の中には、幸せや成功の種類がある。

このたとえは、とても面白い。
きれいな貝がらのある海辺…
そうだな、私だったら、
沖縄の青い海を思い出す。

きれいな海辺に行っても、
やはり探さなければ、
貝がらは見つからない。

それは、ちょうど目の前の幸せに
気づいていない人のようだ。

そして、見つけた人は、
それに手を伸ばそうとするが、
すぐ近くに、また、
きれいな貝がらを見つける。

こっちの方がきれいだな、と思い、
伸ばしかけた手をそちらに向ける。

そう思って、向きを変えた瞬間、
また目に入る別の貝殻に気づく。

そうこうしているうちに、
視野が広がり、
「こんなにいっぱいあったのかぁ…」
という結論をいたる。

しかし、まだ、一つも
貝がらを手にしていないのだ。
しばし、遠くに見える、
いろんな美しい貝に憧れたり、
うっとりすることもあるだろう。

探す気持ちは、とても大切だ。
しかし、他がよく見えたり、
すべてを欲しくなったりすると、
何も得られないまま、
ただ時間が過ぎていくこともある。

世の中には、多分、みんなの分がある。
そして、多く手に入る人も、
少ししか手に入らない人もいる。

その良し悪しは分からないけど、
それにこだわりすぎて、
自分の分を手に入れることが
出来なかったら、本当に残念だと思う。

まずは、お似合いの貝を一つ、
いかがでしょう…

【参考】
「幸せな小金持ち」への8つのステップ(本田健)

2004年4月21日

誰かの願いが叶うころ(宇多田ヒカル)

誰かの願いが叶うころ(宇多田ヒカル)の歌詞

みんなの願い~の部分

この歌、いいですねぇ。

「小さなことで大事なものを失った
 …
 今さえあればいいと言ったけど、
 そうじゃなかった
 …
 自分の幸せ願うこと
 わがままではないでしょ
 …」

こんな言葉が散らばっています。

自分の願いを知っていると、
それを通して他人の願いも見えてきて、
いろんなことが分かってくる。

そんなことを実感する言葉です。

私たちはまず、自分たちの願いが
よく分かっていなければいけない。
それは、誰かの真似でもなく、
心の奥底から本当に願っていること。

そうでないと、
結局つづけて生きていけない自分が、
あとに残ってしまう。

そして、願ったことは、
時に誰かとバッティングすることがある。
みんなが優勝を願っていても、
一人だけしか、
その栄誉を手に入れられないしね。

だからって、
願いをもつのが
無駄なわけじゃあない。

同時に叶わないルールがあっても、
幸せになれるルールも
ちゃんとあるからさ。

【参考】
誰かの願いが叶うころ・映画『CASSHERN』テーマソング(宇多田ヒカル)

2004年4月 6日

私の部下を馬鹿にしないでいただきたい!

私の部下を馬鹿にしないでいただきたい!

(踊る大捜査線)

誰か、
自分を弁護してくれる人がいる限り、
私たちは頑張っていける。

仮に、私が、
「この人って、ホントとんでもないよなぁ」
と思っても、
その人を弁護する友人がいたりする。

あまりにも、とんでもないんで、
その友人でさえ変じゃないか、
なんて勝手に決めつけたり
することもあるけど、

人は、どこでどう変わるか分からない、
そういう可能性は1%でも
信じる人間でありたいな、
って思い直す。

あらゆる人に、
そんな可能性を期待できるか、
と聞かれれば、私も自信ないけど、
少なくとも、
自分の大切な子供、伴侶、親兄弟、部下には、
そう思える人間でありたい。

さかのぼって考えれば、
私だって「とんでもなかった」はずの
人間だから…

逆に、胸をはって弁護できる人がいること、
そんな弁護ができる自分を、
幸せだと思っていいはず。

【参考】
踊る大捜