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2008年6月30日

ふてくされる時間が一番無駄だ。...

ふてくされる時間が
一番無駄だ。

その時間が
生み出す「いいこと」なんて、
何ひとつない。

(察知力、中村俊輔)

同著には、こんな言葉もある。

「思うように
 うまくいかないことがあっても、
 誰かを悪者にして、
 終わらせるのではなくて、
 未来の糧にしなくちゃいけない。」

何か気に入らないことがあった時、
というか、世の中は、
気に入らないことの方が
多く起こるかもしれないから、
そんな当たり前のことが起こった時に、
それをどう終わらせるか。
どう解釈するか。どう済ませるか。

無駄な結末にしてしまうか、それとも、
何か得ることのある結末にするか。

人生には、
大切な瞬間っていうのが、
いろいろあると思います。

スタートもそれだし、
結末もそれだし、
その間のプロセスもそれだ。

そして、
次に何かをスタートするまでの瞬間も、
とても大切だ。

だから、1つの結末が、
それで終わってしまわないように、
勝手に自分から投げ捨てないように、
キチンと向き合うようにしたい。

一番無駄なのが、
自分の態度にならないように...


(参考)察知力(中村俊輔)

2008年6月 1日

自分は例外だと決めつけて...

自分は例外だと決めつけて
しまったときはいつも、
自らを危険に
さらしていたことに気づく。

(英語)
Every time in my life when
I have decided that I was an exception,
I came to know that
I had put myself in harm's way.

(ヘンリー・B・アイリング)

ギャンブルをやる人の
心理状態を学んでみると、

この「例外」がどれくらい危険か、
分かるように思います。

ご存知のように、
イカサマがなければ、
ギャンブルは確率の世界です。

たとえ、10回連続勝っていても、
「俺は勝つ運命なんだ」
と言うことはできません。

逆に、10回連続負けていて、
「次は勝つに決まっている」
とも言えません。

負ける危険、失敗する危険は、
その都度その都度に、
確率があるのですから、
自分だけが例外ではないのです。

面白い言い方をすれば、
運良く勝ってしまって、
次に大負けすることもあれば、

運良く負けてしまったゆえに、
次の大負けを
避けられることもあるのです。

人生はギャンブルと言う人もいます。
すべてがギャンブル的要素ばかりじゃ
ありませんけれど、少なくとも、
何かの危険を目の前にして、
自分だけは例外だと思うのは、
正しくはありません。

自分も、危険な罠に
ハマってしまう可能性は、
十分にある。

その罠に近づくか、
その罠から遠ざかるか。
心がけ次第でしょう。


(参考)
蟹工船・党生活者 (小林 多喜二)

2008年5月12日

おまえは、あと何年生きるつもりなんだ?...

おまえは、あと何年
生きるつもりなんだ?

早死の予定がないなら、
幸せになることを、
そんなに急がなくていいぞ。

幸せと不幸なんて、交互に
来ることの方が多いんだから。

(ロングテール)

今、幸せな皆様、
おめでとうございます。

きっと、
いい言葉なんてものを
読む必要などなくて、
いい気持ちでいらっしゃる
ことと思います。

今、不幸だと感じている皆様、
これまた、おめでとうございます。

きっと、あなたのために、
極上の幸せが用意されてると思います。
どんなものかは、私も知りません。

ただ、急がない方がいいです。

間違いなく、幸せを感じた後は、
不幸を感じるように出来ています。

たとえば、今日、
100万円の儲け話を見つけたとすれば、
きっと幸せを感じることでしょうけど、

明日、10万円の儲け話しか見つけられず、
知人の誰かが、200万円の儲け話を
見つけたと知ったら、きっと
不幸を感じるに決まっているのです。

極上の幸せを感じた後は、
たとえ十分な幸せだとしても、
それに勝る幸せを感じない限り、
不幸を感じてしまうのです。

焦る必要はありません。
急ぐ必要もありません。

必ず、幸せを感じる出来事が起こります。
今のあなたの状態に合わせて起こります。

その時には、ささいなことでも、
誰かと比べることなく喜びましょう。
それが、幸せを手放さない方法です。


(参考)
100%幸せな1%の人々(小林 正観)

2008年2月26日

文句があるなら…

文句があるなら
自分がやるべきことを
やってから言え

(おとなの叱り方、和田アキ子)

人が「文句を言われた」
と感じたり、言ったりする時には、
自分のことを反省することなんて
あまりないように思う。

ちょっと反感をもっている感じ…

一方、「怒られた」と言う時には、
何かしら、原因は認めているでしょう。

わたし自身は、あまり使いませんが、
似たような言葉で
「叱られた」というものもあります。

辞典のうえでは、怒るも、叱るも、
そんなに違いは見られませんが、
怒るは、感情のままに爆発することで、
叱るは、相手を思い諭して教えること、
と言われているようです。

相手がどう感じるかを考えて、
言うか言わないかを決めていたら、
きっと言えなくなることもある。

そこまで察して、
最もふさわしい言葉を
使えるようになるためには、
センスや経験も必要でしょう。

わたしには、ちょっと難しい。

手っ取り早いのは、
言いたいことを言うには、
やるべきことをやること。

ただ、やるべきことをやったから、
相手のどんな事情も考えず、
好き勝手なことを言うのだけは避けたい。

あとで後悔するのだけは、
イヤですからね。

(参考)おとなの叱り方(和田アキ子)

2007年12月 5日

何もする必要はありません!…

新聞で中傷された男への助言
「何もする必要はありません!
 新聞を買った人の半数は
 その記事自体を見ていませんし、
 記事を見た人の半数は
 読んでいませんよ。それに、
 実際に読んだ人の半数は
 意味を理解していませんし、
 理解した人の半数は
 その記事を信じていません。
 そして、信じた人の半数は
 いずれにせよ
 取るに足りない人たちです。」

(英語)
Do nothing!
Half the people who bought
the paper never saw the article.
Half of those who saw it,
did not read it.
Half of those who read it,
did not understand it.
Half of those who understood it,
did not believe it.
Half of those who believed it
are of no account anyway.

(Sunny Side of the Street 1989年11月号)

誤解されたくない、
信じてもらいたい、
悪いのはあっちの方だ、

そんなことを弁明するために、
いちいち歩き回るとしたら、
時間はいくらあっても足りない。

その上、
そういう巡るという行動が
必ずしも、良い結果を
もたらすとは限らない。

弁明すればするほど、
巡れば巡るほど、
自分の方が不利になることも…

しばし黙っていればいい。
面白おかしく信じたい人は、
どう説明したって、
思い込みを変えようとはしない。

そんな人の相手をするよりも、
もっと良いものを生み出すための
行動をした方がいいよ。

周囲が、自分の過去を
見ている時でさえ、
今の自分は問題なく
前進することが出来るんだよ。


(参考)鈍感力(渡辺淳一)

2007年12月 2日

誰にどう思われようが、…

誰にどう思われようが、
自分の思うとおりに行う。
これが自己チューだろうけど、

誰に自分がどう思われているか、
いつも考えているっていうのも、
まさしく自己チューである。

どちらも、
自分のことしか考えていない。

(作者不詳)

私の持論では、
自己チューは悪くない、
と思っている。

それも、個性の一部。
その個性をどう活かすか、
という視点で見れば、
やさしさや厳しさ、
情熱的やリラックス精神などと同じで、
自己チューをうまく活用できれば、
人生はきっと豊かになる。

自分から見て、
思い通りにならない人間に対して、
人は「自己チュー」というレッテルを
貼りたがるけれど、

そんなレッテルを貼ったところで、
一時的に気が済むくらいの話。

そんな暇があるなら、
自分の「自己チュー」なところを
バッサリと捨てるか、
うまく活用できるレベルまで
伸ばした方がいい。

まずは、自分が自己チュー。
それを認めたところから
頼もしくなれると思います。


(参考)ゴールデンスランバー(伊坂 幸太郎)

2007年11月10日

あなたは、自分の考えているものというよりは、…

あなたは、
自分の考えているものというよりは、
むしろ、自分の感じているものを
受け取っているのです。

(ザ・シークレット、ロンダ・バーン)

目標を果たすことを
一生懸命に考えていても、
また、心の中では、
もし負けそうになったり、
失敗しそうになったりしても、
あきらめずにがんばろうと
考えていても、

現実として
違ったことになりそうなシーンでは、
「ああ、もうダメかも…」
と感じてしまったりする。

感じてしまえば、
もう受け取っている。
それまで考えたことは、
心から遠ざかり、
受け取ることも出来ないところに…

考えるというのは、
どちらかと言うと、
主体的なもので、訓練によっては、
その考える方向を変えられる。

一方、感じるというのは、どうしても
受け身的なものになりがちで、
自分の心という「スポンジ」に
どんなふうに染みこんでいくかは、
その性格に左右されてしまうことも多く、
考えること以上に変えるのが難しいそう。

それでも、考える習慣によって、
感じる習慣も変えられるんじゃないかな。
きっと、ちょっとしたコツがあるはず。

実際、知らず知らずのうちに、
自分の「感じ方」が変わっている体験を
していることって、ありますよね?

自分のその「コツ」、
ぜひ、見つけてください。


(参考)ザ・シークレット (ロンダ・バーン)

2007年9月13日

甘えようとしている人にとって、…

甘えようとしている人にとって、
相手から甘えられるほど
腹の立つことはない。

(心の休ませ方、加藤諦三)

甘えることは何も、
子供だけの特権じゃない。

大人も甘えたい時がある。

私だけを見ていて欲しい、
時間をたくさん作って欲しい、
あれを買って欲しい、
身代わりになって欲しい、
などなど、甘えも色々。

大人だから、
甘えていい時と、
甘えちゃいけない時くらい、
分かっているだろうなぁと思っていても、
意外とそうでない人もいたりする。

私も、甘える相手を
間違ってしまう時が
少なくない。

私には、
「勝手なことをさせてもらう」
という甘えの特技がある。
その代わり、
一生懸命にがんばりますから
というお返しをするつもり。

それに対して、
「まかせておけば、
 こちらの理想どおりに
 してくれるだろう」
という甘えをもっている人とは、
うまくいかない。

お互いの甘えがぶつかり合って、
勘違いによる問題が明らかになり、
イライラと怒りがつのるばかり。

相手の思いとか、言葉、行いに、
「…のはず」と思い始めること自体、
甘えなのでしょうね。

「…のはず」と思っていなければ、
腹が立つこともないわけですから。


(参考)心の休ませ方 (加藤諦三)

2007年8月20日

歯をくいしばるとか…

歯をくいしばるとか
忘れちゃっただろ。

(24時間テレビ、萩本欽一)

欽ちゃんネタです。
24時間テレビは見ていませんが、
欽ちゃんの最後のゴールだけを
見たいと思って、終了前1時間ほど
テレビをつけていました。

眠気か、疲れか、痛みか、
そのどれかも分かりませんが、
右目をつぶったまま、
苦しそうな表情をして走る欽ちゃんが、

放送終了予定に間に合わないものの、
残り数百メートルを必死に歩いている姿が、
「歯を食いしばる」ことの証明だな、
って感じました。

人生何歳になっても、
なんかギリギリのところで
生きていくことって
必要なんですよ。

歯を食いしばって、
もうダメだって思いながら、
何歩か進んでみる時が…

仮に、その歩みが
ゴール前で止まったとしても、
予定時間をオーバーしたとしても、
歯を食いしばったっていう事実は、
無駄にはならない。

もしかしたら、
食いしばる歯も
なくなっているかもしれない。

そういう頑張る60代になりたいな、
と欽ちゃんを見ていて思いました。

考えてみれば、60代まで、
あと22年ですからね。


(参考)TODAY(アンジェラ・アキ)

2007年5月 8日

不平を言うことほど、人を不幸にするものはない。

不平を言うことほど、
人を不幸にするものはない。

(ジェフリー・R・ホランド)

不平をよく言う人を
見ていると、
その人に対して、
「何にもやらないくせに」
と不平を言いたくなります。

何にもやらないくせに、
これがポイントだと思います。

何にもやらないから、
不平を言う暇が生まれます。

何にもやらないから、
物事が何も変わらないため
不平を言いたくなります。

だから、
そういう人を見て
不平を言いたくなったとしたら、
自分も、その悪循環に
ハマる恐れのあること。

不平を言うことを
自分にゆるせば、
いつまでも長々と
不平を言う時間を
とることができます。

なぜなら、
不平はキリなく
いくらでも思い浮かぶから。

不平を聞いてくれる友人を
もっている人は幸せです。
聞いてもらうだけで、
心の重荷が軽くなって、
解決の意欲が生まれることもあるから。

ただ、不平を言うばかりで、
何の意欲も出てこない人は、
そのうち聞いてもらえなくなるでしょう。

不平を口にする時には、
解決する意欲をもっている状態で
ありたいものです。


(参考)あくせくするなゆっくり生きよう!—人生に不満を持たない生き方(リチャード・カールソン)

2007年1月30日

私は生きてるし、ほとんど何でもやれるのよ。…

私は生きてるし、
ほとんど何でもやれるのよ。
顔に少しのゆがみが
残ったとしてもそれが何?

(英語)
I am alive and
I can do most everything -
what if a slight tilt remains
to my face?

(ASAHI WEEKLY、アグネス・チャン)

昨年(2006年)12月27日、
唾液腺にできた腫瘍の
摘出手術をしたアグネスさん。

手術は成功、腫瘍は良性でしたが、
唾液腺という場所ゆえに、
右の耳あたりの感覚が
まだ戻っていないそうで、
自然な表情のむずかしさを
実感しているそうです。

私たちは誰しも、
他人の生きづらさを
代わってあげることは
できません。

たとえ、親子であっても、
好きな者同士であっても…

自分の生きづらさには、
自分で立ち向かっていくしかない。

誰かに甘えたくなって、
グチを言ったとしても、
もし、その相手が
同情してくれない人であれば、
かえって傷つくばかり。

「そんなのは、誰もが通る道よ。」

「あなただけが大変なんじゃない。」

「甘えてんじゃないわよ。」

そんなことを言われてたら
かえって落ち込むことでしょう。
期待した方が損です。

自分の生きづらさは、
自分への「贈り物」だと
自分で気づかなくちゃいけない。

その気づきは、
他人からの同情よりも、
生きる力になるのだ。


(参考)アグネス流エイジング 薬膳デトックス(アグネス・チャン)

2006年8月29日

…「助けられているのはむしろ私の方だ」…

実際にボランティアに
楽しさを見いだした人は、
ほとんど
「助けられているのは
 むしろ私の方だ」
という感想を持つ。

(ボランティア、金子郁容)

今年のサッカーワールドカップを
引退試合としたジダン選手は、
決勝戦で頭突きをした罰として、
ボランティア活動を
命じられていましたね。

ボランティア活動が罰だなんて、
ちょっと違和感を感じますが、
時間を忘れて、ボランティアに
取り組んだ時には、
きっと視点が変わるもの。

その1つが
「助けてやっている」でなく、
「救われた」という感じること。

ボランティアに来た人が、
「こっちは、わざわざ
 助けに来てるんだよ。」
という態度じゃ、
お金を払って仕事として
来てくれるプロの方がありがたい。

身内からの無償介護より、
ヘルパーさんの介護の方が
心と身に染みるっていうのは、
こういうことにも
関係あるんでしょう。

もちろん、
ボランティアをする側だけでなく、
それを受け入れる側にも
問題があるケースも
少なくありませんが…

一方が
「そんなのは当たり前だ」
と思い始めた時から、
「救われた」気分から遠ざかります。

そもそも、
人を助けた気分になるのは簡単ですが、
本当に人を助けるっていうのは、
簡単でないことがあるんでしょう。


(参考)ボランティア(金子郁容)

2006年8月17日

この世には2種類の人間がいる。…

この世には
2種類の人間がいる。
しゃべりまくるやつと
歩き回るやつだ。

(英語)
There’s two types of people.
Those that talk the talk and
those that walk the walk.

(映画「ハッスル&フロウ」)

うまいこと言っているなぁ、
って思います。

一番怪しげに見えるのは、
いつもはしゃべりまくるだけの人間が
動き始める時です。

口だけでなく、
足まで動かし始めるということは、
よほどのことがあるんですよ。

そういう人間に
何か誘われた時には、
うまく利用されないよう、
注意してくださいね。

ちょっとは動くけれど、結局、
口だけで人を動かす方法に
変えていかれたりしますから。

ただ見方を変えれば、
口だけで人を動かすのも、
すごい才能なんですけどね。

動かされている本人が、
自分で、やりがいを感じて
動けるように導くっていうのは、
すごいことですよ。

「やらされている」
と感じさせない技は、
私も身につけたいくらいです。

しゃべりまくる人間だと
思われない程度に…


(参考)世界で一番気になる地図帳(おもしろ地理学会)

2006年8月 6日

無関心は、忍耐の優れた代理人だ。

無関心は、忍耐の
優れた代理人だ。

(英語)
Indifference is
an excellent substitute for patience.

(クーリー・メイソン)

無視は、無関心と違う。

意識をもって行う無視は、
けっこうな労力を必要とする。

しかし、無関心は、
意識なくやってしまうことだから
労力はほとんど必要ないと思う。

忍耐しなければいけない事柄に対して、
何も気にせずに、無関心でいられたら、
その期間の心労は少なくて済む。

何かキズつけられた時に、
赦してやろう、赦してやろう、
もう忘れよう、もう忘れようと
強く意識するよりも、

自分が恥ずかしいことをしてしまい、
それによって周囲から指さされて、
しばらくの間、気にしたとしても、

他の関心事が出来て、
そのことに無関心でいられたら、
もうけもの。

そんなふうになれる他人を
見た時には、うらやましく思える。

もちろん、無関心には
冷たい意味合いもあるけれど、
気にすればするだけ
自分の忍耐力が必要となり、
時間を無駄にしてしまう事柄には、
無関心を決め込むのが一番。

この代理人を、
うまく使いたいものです。


(参考)問題解決の実学(斎藤顕一)

2006年6月13日

火をおこすには、二つの火打ち石が必要。

火をおこすには、
二つの火打ち石が必要。

(英語)
It takes two flints to make a fire.

(アルコット)

ケンカは一人で出来ない。

売り言葉に買い言葉があって、
はじめて感情が煽られる。

買い言葉がない場合にも、
その態度にイライラすることも
ありますけどね…

何かに燃えてがんばるのも、
一人だけでは
なかなか難しい時がある。

やるぞー!に対して、
おー!という反応がないと、
心細く感じるもの。

直接か、間接かにかかわらず、
怒りにしろ、やる気にしろ、
相手なしには湧きあがらない。

一方の火打ち石が役に立たなければ、
燃え上がるものも燃え上がらない。
いい意味でも、悪い意味でも…

相手を選びましょう。
自分磨きも忘れずに。


(参考)のだめカンタービレ(二ノ宮知子)

2006年5月26日

…恐れをいだくのは、それらを知らぬからじゃ。…

われわれが、
死や恐怖に対して
恐れをいだくのは、
それらを知らぬからじゃ。
それ以外の何ものでもない。

(ハリー・ポッターと謎のプリンス、J・K・ローディング)

新しいハリー・ポッターを読んでいる
かむらさんからの投稿です。

自分の仕事をしていて、
この仕事でずっと
食べていけるだろうか、
なんていう不安を、

今の時代では
けっこう多くの人が
感じているかもしれない。

それは、やっぱり、
未来の方向が分からないから。
自分が、この社会で、
どういうポジションで
仕事をしているか
見えなくなる時があるから。

どんな不安であるかに関わらず、
不安だからこそ、
分からないからこそ、
そこに立ち尽くしてしまう人がいる。

一方、その反対で
がんばれるようになる人も。

分からないのは、
自分だけじゃない。
不安なのも、
自分だけじゃない。

みんな同じ条件なんだから、
とにかくやってみるか、
って立ち上がった人から
分かることが増えてくる。
それにつれて、不安も減ってくる。

しかし、すべてスッキリ
消えることはない。
別の次元で不安が生まれるはずだから…

だから、
不安がなくなることを
目標にしちゃいけない。
そう思います。


(参考)ハリー・ポッターと謎のプリンス(J・K・ローディング)

2006年2月 6日

人の心は、全世界を…

人の心は、
全世界を包みこむほど
十分広いのだよ。

(英語)
The human heart is vast enough
to contain all the world.

(ジョセフ・コンラド)

トヨタPASSOのCMにおいて、
女の子に「おばちゃん」と
呼ばれてから、

「おばちゃんでよくてよ。」

「心が広いのね。」

「広くなくちゃ、
 心も、クルマも。」

っていうセリフが出てきます。

たしかに、
広いに越したことはない。

でも、クルマの広さは、
物理的な空間も求められるから、
広いことによって、
税金や維持費が増えたり、
大きい車庫も必要になってくる。

心の広さっていうのは、
そういう面倒くささがない。

いろんな経験や知識で、
心が広がっていったとしても、
物理的な空間は何も変わらない。

そう考えれば、
どんなものでも入りそう。

いろんなものが、
記憶で入るか、感情で入るかは
分からないけれど、
情報が氾濫している時代には、
整理する術も必要ですね。

心の広さに油断せず、
時には整理してあげましょう。
自分のためにも…

そして、どうしようもなく
心が狭い人を見たときには、
それを気にしすぎて、
自分の心まで狭くしないように。

(参考)祖国とは国語(藤原正彦)

2006年1月17日

…もし、何もかもが安全で保証…

私自身の経験が
私に教えてくれた。

もし、何もかもが
安全で保証される完璧な瞬間を
待っているとすれば、それは
決して来ることはないと。

(英語)
My own experience
has taught me this:
if you wait for the perfect moment
when all is safe and assured
it may never arrive.

(モーリス・シュバリエ)

今朝も、うちの子らは
学校に登校しました。

家の中が100%安全とは
言い切れませんが、
家の外に一歩出れば、
事故や事件に巻き込まれたり、
ケガをする可能性ありです。

それでも、
100%安全でない社会で
これからも生きていくために、
そこに出て行かなければ
いけません。

今この時点で、
100%守りたいとすれば、
いつもそばに居るか、
家の外に出さないという
選択になっちゃいます。

実際、そんなことをする親も
いるようです。

しかし、それが出来るのは、
今だけであって、
時間が過ぎていって、
守ってくれる人がいなくなれば、
かえって危険なことになるのです。

自分を守るための知識や技術は、
何も身についてないわけですから。

夢や目標を目指すことも同じ。
100%失敗しない「安全領域」なんて
ありえないのです。
絶対に不幸にならない「保証」もないし…

そんな空間や時間が訪れるのを
待つなんて、ナンセンス極まりない。

やっぱり、
生きていること自体がリスク。
そう思わないことには、
生きてもいられないし、
子育ても出来ないですよ。


(参考)「モード性格」論―心理学のかしこい使い方(サトウタツヤ)

2005年10月21日

思い通りにいかないと思っていて、…

思い通りにいかないと思っていて、
思い通りにいかなかった時、
それは思い通りになっている。

(引用元不明)

盛田さんからの投稿です。

「思い通りにいかない」
っていう思いの通りに
なってしまったわけだから、
たしかに、
「思い通り」ですよね。

そこから
変えなくちゃいけない。
思わないように…

無理して、
反対を思うことは、
逆に意識して思っていること。
だから、何も思わないようにする。

スポーツの試合で、
「負けちゃうかもしれない」
と思い始めると、
腕が縮んだり、足がとまったり、
人は、自分を守る体制になる。

そんなことを考えず、
「とにかく精一杯やるんだ」
っていう気持ちで、
心の中を満たすこと。

先のことを考えるのが、
とても大切な時もあるけれど、
先のことを考えると、
ろくなことを考えない時もあるから、
とにかく、何も考えない、
もしくは自然体になれるようにする。

私たちを支配するのは、
環境や他人の考えではない。
それを受け入れて、
縛られてしまった自分の考え。

見えない鎖で、
自分を縛っていませんか?

【参考】
自分ひとりでは変われないあなたへ(森田健)

2005年9月25日

どんな時にも必ず、出来ることが残っている。

どんな時にも必ず、
出来ることが残っている。

(映画「ワンス・アンド・フォーエバー」)

それを見つける気があるか、
それをやり遂げる気があるか。

究極のシーンを仮定して、
もし~だったら、どうする?
という問いは、あんまり意味ない。

実際に、その場面になった時に、
どれだけの思考能力をもって、
「出来ること」を探せるか
ということがポイント。

常日頃の考え方が重要だと思う。
どんなささいな問題においても、
何か活路を見いだそうとする人間か、
それとも、誰かのせいにしたり、
ごまかそうとするタイプの人間か。

それが、いざという時に、
大きく現れる。

どんな時にも必ず、
出来ることが残っている。
それが成功するか失敗するかは
別問題。

それを探して、
やってみるか否かが、
ここでは重要。

この今の考え方に
注意して生きよう。

【参考】
映画「ワンス・アンド・フォーエバー」

2005年6月24日

そうさナンダカンダ言ったって、僕は好きなことだけを…

眠れぬ夜のひとりごと(風味堂)の歌詞

そうさナンダカンダ~の部分

いつの時代にも共通する
若者の気持ちを、
うまく表現している言葉だなぁ、
って思います。

ただ、もし、
「好きなことだけをやりたい」
と言いながら、

オトナになった時、結局、
「ムダな争い」好きの人間になっていたら、
笑うしかないですね。

ムダな争い、本質から離れた争いに
夢中になっている人間は、
おそらく、若い頃から
虚栄心ばかりが強かったんだろう。
オトナに対する嫉妬みたいな…

好きなことだけやるのは、
全然かまわない。しかし、
その思いを一皮一皮むいていった時に、
そこに虚栄心しか残らないとすれば、
言ってることとやっていることが
違うわけでして。

私自身は、どうだろうなぁ、
って思いました。

自分の中にある、
社会の不自由さへの反発や、
オトナに対する不平不満が、
いくらかはあるとしても、

それを言う前に、
自分がやれることを
ちゃんとやらなければいけないなぁ、
と改めて、感じた次第。

好きなことを勘違いしているうちに、
くだらないオトナにならないように。

皆さま、ご注意です。
その先には、
ムダな争いしかありませんから。

【参考】
風味堂(風味堂)

2005年3月23日

あせらず…9条

あせらず耕す
-準備の大切さを知った。

あせらず植える
-希望の種を蒔くことを知った。

あせらず話し合う
-愛されてることを知った。

あせらず肥料をやる
-収穫するだけではなく
 帰還することを知った。

あせらず水をやる
-植物に水と日光と土が必要なように、
 人間にも生活のバランスが大切だと知った。

あせらず余計な草を取る
-取り除かないと育たないことを知った。

あせらず見守る
-我慢することを知った。

あせらず祈る
-一生懸命やれば素晴らしい収穫が
 あることを知った。

あせらず感謝する
-謙虚な気持ちになることを知った。

(エミリーへの手紙、キャムロン・ライト)

riiさんからの投稿です。

何度やっても、
うまくいかないことに、
私たちは飽きてくる。

何をやっても無駄だと
思ってしまう。

それでいて、
それに対して、
何か試そうとする時には、
結果がすぐに出ないと、
イライラしてくる。
やっぱり、また同じだ…と。

あせる、あせる。あせれば、
それにゆっくり向き合う時間など、
なくなってしまう。

向き合う時間がなくなれば、
見えなくなるものも多くなる。

あせるから、見えなくなる。
見えなくなるから、うまくいかない。

うまくいかなければ、またあせる。
そして、また見えなくなる。

そんな悪循環に陥っていませんか?

もし、あなたと同じ問題を
解決しなければいけない仲間がいる時に、
なおかつ、あなたが
そのリーダーである時には、

本質が見えない限り、
急かしてばかりいても、
あせってばかりいても、
怒ってばかりいても、
何も進まないんですよ。

どんどん、どんどん、
狭くて抜けきれない迷路に
はまり込んでしまうことも…

私にとっては、
「あせらずに話し合う」が
必要だと感じました。

【参考】
エミリーへの手紙(キャムロン・ライト)

2005年1月21日

人は、全世界の問題を解決するようには…

人は、全世界の問題を
解決するようには
生まれていないだろう。

しかし、自分の
限られた理解のなかでも
やらなければいけないことは、
見出せるはず。

(英語)
Man is not born to solve the problem
of the universe, but to find out
what he has to do...
within the limits of his comprehension.

(ジョアン・ウォルギャン)

やらなければいけないことは、
おそらく、世界を動かすような
ことじゃないかもしれない。

一方、世界を動かすようなことを
決めたり、行ったりする立場に
いる人もいる。

昨日は、アメリカで
40億ドルもの費用をかけて、
ブッシュ大統領の2期目の
就任式が行われた。

その是非は置いておくとして、
動かすお金の額も違えば、
動かす世界のサイズも違う。

でも、同じことかもしれない。
私たちと…

自分の理解や能力のなかで、
役割がそれぞれ違うだけ。

全世界に求められていないから、
自分の生き方に
手抜きしていいわけではない。

そんなのは関係ない。

それを忘れて、
自分の役割じゃないことばかりに
憧れていたり、
それを果たせないからと言って、
腐っていたら、何も進まない。

少なくとも、
自分の出来ることから
始められる。
誰にでもある権利。

【参考】
自分に「奇跡」を起こせ!―毎日5分、これで運命が好転する!(池田光)

2004年12月 7日

何か失敗すると、それだけ成功に近づいているんだと感じます。…

何か失敗すると、
それだけ成功に近づいて
いるんだと感じます。

同じ過ちは2回しませんから、
その分だけでも
成功に近づいているはずだと。

(光岡進、日経BPサイトより)

これは、
「同じ失敗は、2度としない」
という心構えも必要だけど、

たしかに、そうだと思う。

失敗したということは、
目的とするところに
向かい始めた、
ということだから。

失敗もしなければ、
成功もしない、
という道も選択できる。

失敗は、だいたいにおいて、
強烈なものだけど、
なかには、中途半端な
ものもある。

なんていうか、
予感的な「失敗」…

最近は、
こんな状態が続いたので、
もう、こういう選択しか
残っていません、
というような状況。

今の世の中で生きていれば、
それに近い経験を、
誰もが1つくらい
持っているだろう。

そんな選択肢が
狭められた状態に
置かれた時に、
どんなことを考えて、
行動するか。

想像力がないと、さらに
行き詰まるように思う。

やっぱり、想像力、
創造力が必要なんだな。

失敗を乗り越えるために、
そんな力を養おう。
型にはまりすぎずに…

【参考】
希望のしくみ(養老孟司)

2004年11月 2日

障害は不便ですが、不幸ではありません。

障害は不便ですが、
不幸ではありません。

(ヘレン・ケラー)

障害…
多分、人それぞれ、
持っていると思います。

それが、体にある人もいれば、
心にある人もいる。
あるいは、家庭環境や
職場、人間関係にある人も…

もちろん、ヘレン・ケラーは、
体の障害を言ったんでしょうが、
それだけに当てはまる
言葉ではないでしょう。

みんな、みんなの障害において、
こういう考え方で生きていけたら、
幸せの意味も分かるように
思います。

「~であれば、幸せだ。」
「~が成功すれば、最高だ。」
「~を持ってれば、嬉しい。」

知らず知らずのうちに、
植えつけられた幸福感が、
かえって、自分を不幸にしている。

そうなんですよねぇ。
その幸福感を理想と言えば、
どことなく聞こえはいいですが、

いろんなことを知らないうちに、
思い描いている理想って、
やっぱり、思い込みでしかないでしょ。

不便と不幸、勘違いしないように
気をつけなくちゃね。

【参考】
木蘭の涙 (佐藤竹善 with コブクロ)

2004年9月20日

あしたのことより、今日だよね。…

あしたのことより、
今日だよね。

あしたのことで悩むより、
今日を気が済むように
終わらせよう。

あしたは所詮
あしたなんだからさ。

(MAYAMAXX、ほぼ日)

聖書にある言葉に似ているね。

「だから、あすのことを思いわずらうな。
 あすのことは、
 あす自身が思いわずらうであろう。

 一日の苦労は、
 その日一日だけで十分である。」
 (新約聖書 マタイ6:34)

今日を気が済むように終わらせる、
これに、毎日集中していたら、
けっこういい人生を送れるかも…

ただ、これって、
今日さえよければいいとは
違うと思うんだな。

うまくいくかは別にして、
やれることはぜんぶやった、
できる限りがんばった、
そんな感情だと思う。

単なる快楽でなくね…

休みの日だろうが、
勉強や仕事の日だろうが、
それは可能でしょう。

【参考】
言いまつがい(糸井重里)

2004年8月 1日

意見を決して変えない人は、…

意見を決して変えない人は、
失敗を正すことも
決して出来ない。

そして、今日より明日、
賢明になることなども、
決してないだろう。

(英語)
He that never changes his opinion,
never corrects his mistakes,
and never be wiser on the morrow
than he is today.

(トライオン・エドワーズ)

やっぱり、
変わるっていうのは、
いろいろなきっかけが
あるだろうけど、

最終的に、心が変わっていないと、
何にも変わらないのが事実だからね。

私は、意見を変えれるかなぁ、
必要な時に。

とか考えると、
意外と怪しい自分を感じる。

後で考えてみれば、
守る価値もないような意見を、
ガンコに守っていた自分に
気づいたりもする。

何か不幸に感じたり、
うまくいっていない自分があるなら、
変わらなきゃいけないんだよね。

それ以外に方法はないんだよね。
他人と過去は変えられないから、
変えられるのは、自分と未来だけ。

昨日より新しい自分を
目指したいです。やっぱり…

忙しいような気もしますが、
それしかないでしょ。

【参考】
キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法(上大岡トメ)

2004年7月 8日

涙のプレゼント(MISIA)

涙のプレゼント(MISIA)の歌詞

今はそう思える~の部分

いつか考えの変わる日が来る。
意固地になり過ぎていない限り…

また、良くも悪くも、
考えが変わる時もある。
その時の気分で、あるいは、
その時に大切にしている人の影響で。

こんな言葉があります。

 人は、自分のなかに
 「変わらなくてもいい素晴らしい部分」
 があると気づいたとき、
 安心して変化を受け入れる
 (コンサルティング能力、佐々木直彦)

つまり、それに気づくまでは、
誰しも変わりたくないんです。
誰かが自分を変えようとしてることに
気づいた瞬間に、心を閉ざしたりも
するのです。

変わることにメリットが見い出せれば、
あるいは、
変わらなければ先がない自分に気づけば、
古い殻を壊せるようになります。

しかし、それまでにかかる時間は、
人それぞれ…。
大切な人であるからこそ、
待てるのか、それとも、
早く変わって欲しいと急かしてしまうか、
それは、周りの人間次第。

自分のことも、大切な人のことも、
待てるようになりたいものです。

【参考】
名前のない空を見上げて(MISIA)

2004年6月20日

神様は、いつも答えをくださる。しかし…

神様は、いつも答えをくださる。
しかし、それがいい答えには
思えないかもしれない。

(映画「ディープ・ブルー」)

昨晩(2004-06-19)、
テレビで放映していたのを、
久しぶりに見ました。

人間の身勝手さに、
つきつけられた答えに、
人間自身が追い込まれてしまう。
そんな印象を受けて、見ていました。

いい答えに思えないかもしれないけど、
結局は、そこから学んで、
本当のいい結果にたどり着けることがある。

一方、
いい答えに思えたけど、
その本質を学ばなかったために、
最悪の結果を見てしまうこともある。

ある時点、あるポイントだけを見て、
「いい」「悪い」を判断していたら、
本質を見逃してしまう可能性が…

一喜一憂、その時その時ばかりに、
目がいってはいけない。

考えてみれば、わたしの周りにも、
いい答えに見えるものと、
悪い答えに見えるもの2つがあるなぁ。

もしかしたら、
今の自分の思いだけで、
単純な見方をしてしまい、
大切なことを引き出していないかも…

ちょっと見直してみよう、
そう思った。

【参考】
人生の答えはいつも私の中にある(アラン・コーエン)

2004年4月19日

物事は両面からみる。それでは…

物事は両面からみる。それでは
平凡な答えが出るにすぎず、
智恵は湧いてこない。

いまひとつ、
とんでもない角度--
つまり天の一角から見おろすか、

虚空の一点を設定して
そこから見おろすか、

どちらかしてみれば
問題はずいぶんかわってくる

(司馬遼太郎、夏草の賦・上)

なるほど、いい考えのようで、
深く納得するまでに至らない、
というのは、そういうポイントが
不足しているんでしょうね。

良い面と悪い面、
2つから考えただけでは、
これまでの自分の知識や経験の枠からは、
飛び出せません、多分。

と言うことは、
結局、ありきたりの答えしか
手に入らないということです。

ありきたりの答えで、
満足する自分であったり、
相手であるならいいですが、
少なくとも、今の時代は、
そうじゃないでしょう。

こんな話を読んだことがあります。

ダウンタウンの松本人志さんが、
楽屋で、そこにいた人々にお題を
出したそうです。

「歩いていると、
 ガムが靴底に付いてしまいました。
 こんな時、
 どうしたらいいのでしょう?」

人々は、笑いもからめて、
靴にガムがつかない方法や、
靴からガムをとる方法を
しゃべり出しました。

私も、その場にいたら、
同じようなことを考えたでしょう。

そこで、松本さんいわく。

「それが違うねん。何でみんな、
 ガムを取ろうとするん?
 …
 右足にガムが付いてネバネバするなら、
 左足にもわざと付ければいい。
 そうすれば両足、均等に
 ネバネバになって気にならなくなる」

これを実際にやる人がいるかは別にして、
笑いのシーンにおいても、
発想のシーンにおいても、
なるほどと思うアイデアだと思います。

「取り除く」とか
「付かないようにする」とか
の次元でなく、
「気にならなくなる」
という別の次元で考えていますからね。

こういう次元を変える発想が必要です。

その発想の根本を変えない限り、
新しいアイデアは出てきませんから。

私も、最近、
組織をつくりなおすことについて、
似たような経験をした次第です。
面白いものですねぇ…

【参考】
人間というもの(司馬遼太郎)

2004年2月24日

自由とは、責任のことである。…

自由とは、責任のことである。
だから、たいていの人は、
それを恐れたりもする。

(英語)
Liberty means responsibilty.
That is why most men dread it.

(ジョージ・バーナード・ショー)

「何でも好きにしていいよ」
と言われて、喜ばない人はいないだろう。

ただ、その後に、
「その代わり、自分で責任をとって。」
と言われると、その好きにすること自体が、
それほど、居心地のよいことでないと気づく。

子供に対して、
「何でも好きなようにしていいよ。
 その代わり、
 これからは自分で働いてね。」
と言うのと同じかな…。

放蕩(ほうとう)息子の話を、
ご存知でしょうか?

息子の一人が、
それこそ自由になりたくて、
父親に頼むのです。

「自分が相続するはずの財産を、
 今自分に分けてください。
 そうすれば、あとは、
 自分で生きていきますから…」と。

その息子は、やはり、
自由を手に入れたという浮かれ気分で、
その財産を湯水のように使っていきます。
そして、何もかも失った時に、
責任を忘れていたことに気づくのです。
(新約聖書、ルカ15:10-32)

多分、自由に憧れているだけの時は、
その責任を誰もが忘れています。

私たち大人も、また、
その大人のもとで生活している子供も、
自由ばかりが輝いて見えるから、
そうなってしまいます。

自由は責任とセットである。
それを理解すれば、
やはり自由は楽しいものです。

自由を満喫しましょう。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2004年1月29日

理想的な一日にしようとしないなら、…

理想的な一日に
しようとしないなら、
誰か他人に振り回される

(マージョリー・ブランチャード)

つまるところ、
自分の思いどおりに
一日を送れるなんてことは、
めったにない。

それは、
理想が間違っていたか、
途中であきらめたか、
のいずれかだと思う。

理想が間違っているとは、
だいたいにおいて、
ジブン以外の人という要素を
無視したときのこと。

ジブンの思いどおりに
ずぅ~と進めつづることは、まず出来ない。
仮に、独裁者のような人物が、
いっときそれをしているように見えても、
どこかで崩れる。歴史が語っている…

理想には、
ジブン以外の人という要素が
含まれていなければいけない。
それは、単に「気にする」ということでなく、
自らが、他人という要素によって、
理想が妨げられないよう、
あるいは他人を自分の理想に含めておくよう、
前もって考えておくということだ。

前もって考えていれば、
「振り回された」という思いは起こらない。

それをしていないと、
他人の存在が大きくのしかかってきた時、
怒ったり、途中であきらめたくなる。
「理想どおりにいかない」と嘆いて…
(私自身もまだまだ、それがあるなぁ)

自分がその人を大切に
思っているかは別にして、
関わらなければいけない人物の要素は、
ちゃんと考えに入れておいたほうがよい。

逃げようとしたり、
ハンドルを手放すと、
振り回される。
心が強くなりたいね。

そして思うんだけど、
理想的な一日っていうのは、
自分の思いどおりにならないことが
99%あったとしても、残り1%で、
すごい達成感が残ったりする一日
のことじゃあないかなぁ、と。

それが見えるまで、
一日頑張ったということは、
すごいことだよ、絶対に。

そして、長い目で見れば、
理想的な仕事も人生も、
同じことなんだと思う。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2004年1月 4日

…生活と人生とが根本的に違う…

一人ぽっちになった今、

生活と人生とが根本的に違うことが
やっとわかってきた。

(深い河、遠藤周作)

英語で言えば、多分、
どちらも ”life”。
違いをつくるのは、使い方次第…

日本人的にも、
生活と人生という言葉が、
それほど違わない場面は少なくない。

私たちは、生活のために、
いろんなものを求めたり、
切り捨てたりしている。

しかし、後になってみれば、
その求めたものが、
人生にとっては不要だったり、
その切り捨てたものが、
人生にとっては
かけがえのないものだったりする。

それに気づくのが、
本当の自分と向き合った時、
あるいは、一人ぽっちになった時。

もしかしたら、
自分の好きなように生きたいと願い、
いろんな人間関係を
切り捨ててきたかもしれない。
生活を見た場合には、
それが楽だったり、あるいは、
責任から解放されたから。

また、生活のためにつくった人間関係が、
人生から見れば、味気ないニセモノ
だったりする。

仕事の人間関係、
インターネットでの出会い、
そういう区分をして、
言っているわけではない。

自分自身が、
生活のためにしたことか、
人生のためにしたことか、
そこがポイント。

生活か、人生か。
一方を完璧に無視することなんて、
もちろん出来ない。
双方と付き合いながら、
違いを理解していくべき。
生活のためにしているか、
人生のためにしているか…

それが分かってきたら、
後悔することはないと思う。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2003年12月27日

いい人生を送るコツは、好きなことをするんじゃなくて、…

いい人生を送るコツは、
好きなことをするんじゃなく、
することを好きになること。

(英語)
The secret of life is
not to do what you like,
but to like what you do.

(アメリカのことわざ)

こんなコツを実践できる人は、
本当にうらやましいです。

けっこう好き嫌いが激しいですからね、
これを書いている自分も。

好きなことを続けるには、
好きなことを
超一流にしなくちゃいけないわけで、
それがイヤなら、
この言葉どおりに、
していることを好きになるしかない。

なんか、こんなことにも通じそう。
好きな人と結婚するか、
結婚した人を好きになるか。
(変?)

好きな食べ物を食べるか、
目の前に出されたものを
感謝して食べるか。

いずれにしろ、
好きなことを貫くには、
かなりの覚悟が必要なわけで、

ま、好きなことを増やすのも、
いろんな覚悟は必要でしょうが…

よし、新しい年を迎えたら、
好きな食べ物、好きな人、好きな仕事、
一つずつ増やそう。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2003年12月18日

もし、世界に喜びしかなかったら、…

もし、世界に喜びしかなかったら、
勇敢になるとか、忍耐強くなるとか、
学ぶことは決してなかったでしょう。

(英語)
We could never learn
to be brave and patient,
if there were only joy
in the world.

(ヘレン・ケラー)

世界は、喜びばかりでないから、
成り立っている!?

ホントかなぁ…

一度、喜びしかない世界も経験してみたい。

自分に嫌味なことを言う人間がいない、
競争相手もいない、
みんなが死ぬことも、病気もない、
傷つくこともない強さが始めからある…
などなど。

要約すると、こういうことかな。
いろんなものがあふれていて、
あらゆるものが与えられ、
奪われることがない。

そんな世界に、長い間いるとしたら、
どうなるんだろう、私は…
やっぱり、実体験がないから、
想像だけになる。

飽きるだろうとか、
幸せだろうとか…

それでさえ、今の感覚を基準に
考えていることだから、
あてになることでもない。

現実には、喜びもその反対もある。
そして、この世界のルールは、
そのルールを自分なりに探していくこと。

それを喜びに出来たら、この世界も、
喜びだけになるかもしれない。
そんなことを思った。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2003年10月23日

怒ってる人がごまかされて、笑っちゃえば…

怒ってる人がごまかされて、
笑っちゃえば、
世の中、平和だよ。

(聖まる子伝、さくらももこ)

ほぼ完璧な世渡り術(?)、
そんなふうにも思えます。

ストレスの多い様々な場面、
会社生活、学校生活、家庭生活にて、
空気を変えてくれる人がいると、
本当に助かるものです。

「ごまかす」なんて言えば、
言葉が悪いですけれど、

そういう空気の変わる瞬間は、
物事の一方向しか見ていない目を
リラックスさせ、新たな発想に
つなげてくれる力もあったりして、
重宝する場合もあります。

家庭においては、その道化の役を
子供がしてくれたりします。
うちでも、助かっています。

まあ、道化が行き過ぎて、
かえって失敗することもありますが…

道化と言えば、映画や物語で、
王様や金持ちのそばに、
道化役がいたりしますよね。

実際の歴史において、
そんな道化役がどの程度いたかは
分かりませんが、

重要な決断に度々迫られる
そんな立場にある人間が、
頭を冷やすため、
あるいは、ストレス解消のために、
そういう存在を重宝したんだろうな、
と想像します。

恨みも、憎しみも、ねたみも、恐れも、
寂しさも、病気も、不安も、焦りも、
適度なユーモアで、
ごまかされてみたいものです。

時には、怒りやそれらが、
必要な場合もあるでしょうが、
うまく付き合えたら、
本当に幸せです。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2003年10月20日

誰も、自由になれない。自分に打ち勝つまでは…

誰も、自由になれない。
自分に打ち勝つまでは…

(英語)
No man is free
until he conquers himself.

(トーマス・オシャウネシィ)

この言葉が本当だとすれば、
「自由じゃない」と感じるのは、
誰のせいでもないってことになる。

かなりキツイお言葉。

でも、反対に、
自分の決断一つで、
失うことを恐れなければ、

あらゆる自由を
手に入れられることにもなる。

その代わり、あらゆる責任も
自分にふりかかるけどね。

考えてみたい。
自由じゃない、自由じゃない、
と騒ぐのは、

ただの愚痴として言っているのか、
それを手に入れるための
あらゆる覚悟をもって言っているのか。

もし、前者だとすれば、
子供のわがままの領域を
出ていないことになるね。
申し訳ないけど…

どうせだったら、
本当の自由を目指そう。
自分に勝って、
自分が責任を負う覚悟を手にして。

自分を縛っている本当の鎖は、
鎖があると思っている
自分の考え方なんだよ。

自分で言って、
自分の心にグサっと来ます。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2003年10月13日

はじめは、わたしたちが習慣をつくる、そして…

はじめは、
わたしたちが習慣をつくる、
そして、
習慣がわたしたちをつくる。

(英語)
We first make our habits,
and then our habits make us.

(ジョン・ドライデン)

わたしたちの体は、
70%が水だよね、確か…

いろんな例にもれず、
一番多いモノの性格を
大きく反映するもの。

良くも悪くも…

習慣は、簡単に身についちゃうよ。
文章一つとりあげたって、そうよ。

意識しないでいると、
自然と話の進む方向が、
以前書いたことと
似通ってきたりする。

何ごとも、野放しで
つくりあげられた習慣には、
ちょうどいい引き際っていうものが
ないんだよ、多分。

引き際がないから、
それを意識していないでいると、
怒りやすい性格ができたり、
しつこい性格ができたり、
めそめそしやすい性格ができたり…

勝手に、つくっちゃんだよ。
そんな人間に、自分の習慣が。

だから、
自分の習慣や癖には、
本当に注意しなくちゃね。

これまた、
知人から聞いた話なんですが、
会社で仕事をしている最中に、
上司が緊張すると、
すぐ分かるんだそうです。

どうしてかと言うと、
その上司の手が無意識に
体のあるところ(?)を
掻きはじめるんだそうで…

怖いですね、そんなことまで
分かられてしまう癖や習慣のパワー。

【参考】
何もしない贅沢(ヴェロニク・ヴィエン)

2003年10月12日

まったく、今が不幸だなんて思いこむのは…

まったく、今が不幸だなんて
思いこむのは愚かしいことだよ。

いつの日か、
もっと不幸なことが
起きるかもしれないのに。
(その時、どうするのさ…)

(英語)
It is indeed foolish to be unhappy now
because you may be unhappy
at some future time.

(セネカ)

不幸の引受人というのが、
やっぱり実在するんじゃないか、
と思う。

とにかく、自分ばかりが
不幸だと思っている。
それが、自分のアイデンティティ
(自分が自分であることの証明)
と勘違いしているらしい人。

元看護婦の知人に、早朝から、
「自分の子供の具合がどうだ、こうだ。
 どうすればいい?」
などと、週に一度は電話をしてくる女性が
いるらしい。

穏やかに説明すると、
「いや、でも、…」と必ず返答する。
どうしても、自分を「不幸」の領域に
位置づけておかなければいけない様子。

別の日に会ったりして、
そのことを気遣ってみれば、
「ああ、あれね、ただの風邪だった」
というのが、いつもの調子。

なんだろう、悲劇のヒロイン症候群とでも
言うのだろうか。不幸であることの方が