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2008年12月23日

出会いがあっても...

出会いがあっても
ベストパートナーは
別のどこかにいる、
という幻想にとらわれ、
多く時間を費やしてはいけない。

(雑誌クロワッサン、中山庸子)

ベストパートナーを
探しているつもりが、

自分とは相性のよくない、
「理想の」パートナーを
探していることがあります。

こういうことっていうのは、
簡単なもので言えば、
洋服とかにも当てはまるし、

仕事とかを探すことにも
言えるかもしれない。

ベスト(最高)と理想は、
もしかしたら違うかもしれない、
と思います。

ベストな関係というのは、
きっと、普通の関係から
スタートすることが多いのでは...

幸せ自慢のようで申し訳ないですが、
自分たち夫婦も、そんなスタートだった。

理想の出会いで、
理想のパートナーと思って、
スタートしたわけじゃない。

もちろん、
そういう人々も
いることでしょう。

そういうカタチから、
ちゃんと幸せに成長していくものも
否定はしません。

人それぞれの出会いと理想、
ベストというものでしょうから。

ただ、他人の体験談でも、本でも、
マンガ、雑誌、映画、ドラマでも、
「こんなのがいい」と思ったカタチに
こだわりすぎて、
現実を見る目が養われず、
時間ばかり過ぎたら、もったいない。

そういうことだけは、
絶対に避けたいものです。

(参考)ベストパートナーへの扉(中山 庸子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月 4日

人間の勘違いは、...

人間の勘違いは、
不幸になるためにあれば、
幸せになるためにもある。

(ロングテール)

注目されるっていうのは、
とても気分がいいものです。

その理由が、
自分の実力にあるとすれば、
なおさら、胸を張りたい。

しかし、実力に関係なく、
何かのタイミングとか流れで、
注目されるようになることもある。

そこで、勘違いが始まる。
自分には、実力があるんだ、と。
もう大丈夫。
こんなに成長したんだ、と。

勘違いで幸せになって、
その同じ勘違いで、
不幸のどん底に落ちたりする。

わたしは、毎日のように
勘違いしている感じがします。

そのまま信じていいことを、
ダメなことだと勘違いし、
信じちゃいけないまぐれを、
これでいいんだと勘違いしている。

目の前に見えることに、
ふりまわされるんです。

もっと本質を見て、
自分のことも見えれば
いいんでしょうけど...

あるいは、
勘違いもありえるな、
くらいで付き合っていれば、
ちょうどよくなることも
あるわけで。

世の中は勘違いだらけ。
それくらいの見方で
生きていけたほうが、
けっこう幸せになれる、
っていう気がします。

(参考)まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか(ナシーム・ニコラス・タレブ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月 4日

「育てた」と言われることには抵抗がある。...

「育てた」と
言われることには抵抗がある。

一緒に成長してきました
という感じです。

(ダイヤモンドing、太田光代[爆笑問題の社長、妻])

世の中で普通に
使われている言葉じゃなくて、

なんか自分にちょうどいい言葉
ってないかなぁ、と探すことがあります。

娘たちが何か活躍したりすると、

「よく育てましたね。」

とやっぱり言われます。

私としては、どちらかというと、
自分が子供の頃には
うまく出来なかったことを
どうしたらうまくいくんだろう、
と自分のことのように考えて、

いろいろ試させ、
何度も失敗を経験させて
私もガッカリを繰り返しながら、
なんとか、ものになったという感じ
なわけですから、

今日の言葉の
「一緒に成長してきました」
というのが、しっくりきました。

「愛してるもんねぇ」

と言われるのも、やっぱり、
しっくりこないから、
心の中では「好き」という言葉に
置きかえている。

「信念が強いねぇ」

と言われれば、また遠く感じる。
だから、自分では、
「信じるの現在進行形だ」
と自覚している。

自分をちょうどよく表す言葉に
出会うのは、必要なことだと思います。

そうでないと、言葉のほうに、
自分が打ちのめされてしまう。

高い言葉でもダメだし、
低すぎる言葉でもよくない。

等身大の自分を成長させるために、
言葉って、ホントに大切なんですよ。

(参考)これでスッキリ!ハーブの心療内科―疲れてうんざりしたときは、ハーブで元気になってみない? (太田光代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月 4日

人生はきっと誰かに...

人生はきっと誰かに
バトンを渡すためにあるんだ。

今日の私の一日が
別の人の次の一日に繋がる。

(ラッシュライフ、伊坂幸太郎)

インターネット上に、
不幸の手紙やチェーンメールのように
相手を束縛してしまう「バトン」
なんていうものがあるので、

バトンという言葉に、
いい気持ちをあまり感じない人も
いるかもしれません。

望みもしないのに、
勝手に渡されてしまったバトン
みたいなもので。

はい、どうぞ、
と押しつけられたバトンは、

生かされていることに感謝しろ!、
と恩着せがましく言われてるのと、
ちょっと似ていますね。

でも、バトンを渡されたことが、
ありがたいことで、
そのバトンを渡し続けて、
何かしら大きなものを
つくっていこうとするつながりを
自分から感じ始めた時には、きっと、
大きな充実感に満たされることだろう。

その大きなものっていうのが、
いつ完成するかは分からない。
もしかしたら、
完成しないかもしれない。

それでも、つなげあって
がんばっている一人になるのは、
悪くない気分だと思います。

そう考えると、
わたしも、何かのバトンを
持っている気がしてきます。


(参考)ラッシュライフ(伊坂 幸太郎)

2008年7月25日

ホントに辛いのは、誰にも...

ホントに辛いのは、誰にも
頼りにされないことじゃなくて、
頼れる人が誰一人いなく
なっちゃうことじゃないかな?

(ひぐらしのなく頃に)

kaonさんからの投稿です。

頼りにされないのは、
自分の生きている価値がない
ように感じられて、
けっこう寂しくなるもの。

ただ、それも気にしなければ、
何とも思わないこともある。

自分の価値を考えるどころか、
苦しくて苦しくてしょうがない時は、
頼れるものを探すこともある。

そういう時に、
孤独を感じてしまうと、
それこそ生きる力さえ
湧かなくなるかもしれない。

自分では、誰にも
頼っていないと思っていても、
いつかどこかで誰かに
助けられていて、

そういう事実を知った時には、
自分がちょっと恥ずかしくなる。

頼りあわない方が
お互いのためになることもあるけど、
どこかで頼りあうことになるんだ、
と思っていれば、後になって、
寂しい思いをすることもなくなるだろう。

頼れる人を大切にして、
頼れられる人になろう。


(参考)ひぐらしのなく頃に(鈴羅木 かりん)

2008年5月30日

人は時に、健気に...

人は時に、
健気に生きているだけで、
誰かを救っていることがある。

(容疑者Xの献身、東野圭吾)

自分の人生はもう終わりだ、
って思うような瞬間に、

自分よりも
「終わり」のような人が
健気に生きているのを見たら、
ちょっと考えてしまうかもしれない。

考えた後に、
考え直した行動を始めるかどうかは、
その人自身の生きる意欲次第だろう。

行動を始めた人は、
健気に生きていた人に
救われたことになる。

もちろん、
変われない人もいる。

みんなが救われるとは限らない。

救われたい心がなければ、
人は救われないものなのだ。

どんなレベルの生活をしていようとも、
不平、不満のない人生はありえない、
と私は思う。

何かしら救われたい、
ほんのちょっと助けられたい、
と考えながら、とりあえず、
今を健気に生きようと思っている。

そんな生き方が、
誰かにパワーを与えることがあったり、
そんな生き方から、
逆に、パワーをもらったりする。

偉大な生き方である必要はない。
健気な生き方で、十分パワーはある。


(参考)
容疑者Xの献身(東野圭吾)

2008年1月10日

男性のなかでたった一人の女性が…

男性のなかでたった一人の女性が
認められるためには、
女性を通り越して、
人として認められなくてはならない。

(雑誌「THE21」、米倉涼子)

かわいいから、
きれいだから、
スタイルがいいから、
とチヤホヤされて、
いろんなことがゆるされたり、
守ってもらえるのは、
ある時期までのこと。

初々しさというのは、
本人がもつオーラでもあるけど、
その初々しさにふれる側が
まだ慣れていないから
感じるものだとも思う。

慣れてくれば、その先の、
もしくは奥の深みがなければ、
魅力として残らない。

それは女性にかぎらず、
男性にも言えることであって、

人として磨くことを怠けなければ、
「昔きれいだったおばさん」
「昔カッコよかったおじさん」
で終わることもないだろう。

男としての価値、
女としての価値、
っていうものがそもそも、
どこにあるかを知るのは
難しいかもしれませんが、

人としての価値なら、
がんばれば見つかるような気がします。

10年前に会いたかったよ、でなく、
今会えて嬉しい、と言われたいものです。


(参考)プロフェッショナルの言葉―仕事の壁を破る!

2008年1月 4日

あんたの人生の主役はあんたや。…

あんたの人生の主役はあんたや。

どーんと、人生のど真ん中、
歩いていったらええねん。

(NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」)

なるさんからの投稿です。

他人の人生という舞台では、
ちゃんと場をわきまえて
脇役に徹しなくちゃいけない。

しかし、
そういう役柄を演じることに
慣れすぎてしまうと、
自分の人生なのに
自分の生き方が見つけられなくなる。

でも、実際のところ、
ど真ん中を歩くって
勇気がいるんですよね。

ど真ん中を歩いていて、
もし、真ん中に空いている穴に
落ちてしまったら、恥ずかしい。

それよりだったら、
道端を歩いていて、
知らず知らずのうちに、
滑って転げ落ちていた方が
誰にも気づかれずにすむかも…。

失敗したり、
それで笑われることを
考えちゃうと、
自分の人生とはいえ、
ど真ん中を遠慮したくなるのが人間。

そんなことをしていると、
自分の人生のど真ん中を
誰かに歩かれる羽目になる。

イヤだと思いながらも、
慣れちゃったりするから、
またまた、自分の人生から遠ざかる。

そうなる前に、
ど真ん中に立つしかないな。


(参考)ちりとてちん(藤本有紀)

2008年1月 2日

新年早々、いい人、いいものに…

新年早々、
いい人、いいものに
出会えて嬉しい。

そう思える自分に、
新年早々なれたことが
さらに嬉しい。

(作者不詳)

去年までのあなたは、
どんな人でしたか?

去年までのあなたは、
何をしていましたか?

きっと、他人は、
あなたの過去を見て、
あなたを判断しようとします。

けれど、あなたまで、
そういう見方で
あなたを見てはいけない。

あなたは新しい。
あなた自身を過去から引き離せば、
きっと、感じ方も変えられる。

うらやましく、
憎らしいとばかり見えていたものが、
すばらしいと思えるかもしれない。

過去の自分の方だけを
守ろう、弁護しようとすれば、
目の前にある素敵なものさえ
否定しないではいられなくなる。

新年を迎えたあなたは、
間違いなく、
いいものに出会っている。
あるいは、出会っていく。

幸せとは、
いいことがあることじゃなく、
いい感じ方をする自分になること。

今年最初の嬉しいことが、
あなたにありますように。


(参考)引き寄せの法則 (マイケル・J・ロオジエ)

2007年12月22日

自分で100%の努力をするよりも、…

自分で100%の努力をするよりも、
100人の1%ずつの努力を
味方にしたいところだ。

(ポール・ゲッティ)

インターネット的な
言葉かもしれませんね。

普通であれば、
100人の努力を集められるのは、
会社とか組織のリーダー
じゃないとありえないこと。

けれど、インターネット上に、
何かを発信して、
それを面白がったり、
それに賛同してくれる人がいると、
そういう人々のちょっとした協力が
大きなものを創りあげたりもする。

大切なのは、
そういう関心とか、好奇心を
呼び起こす何かを生み出す力。

そこまで掘り下げてみれば、
結局のところ、
インターネットでも、
現実社会でも、同じことになる。

もしかしたら、
100%の熱意があれば、
1%の熱意を100人の心に
植えつけられるかもしれない。

けれど、熱意さえあれば、
なんてきれいごとじゃない。

心を動かす種(ネタ)が、
そこになければ、
熱意は空回りする。

いい種を見つけて、
いい味方を育てよう。


(参考)ポール・ゲッティ美術館

2007年12月16日

脳はもともと…

脳はもともと
思い込みの強い性質があるから、
それをいかに崩せるかが、
「頭のいい」ことのひとつのヒント。

(海馬、池谷裕二+糸井重里)

思い込みが強いっていうのは、
頭がよくない証拠?

思い込みで行き詰ることの多い私は、
ホントに頭が悪いのかも…

たしかに、その思い込みを
崩すような考えやアイデアとか、
ヒントが舞い込んでこないと、
思い込みはいつまでも続く。

いろんなことを知っていて、
いろんなことを理解できても、
そういう思い込みから
自分を解放できないなら、
頭が悪いと言われても
しょうがない気がしてきた。

いいことであれば、
思い込んでいても大丈夫だろう、
っていう気もするけれど、
時代は変わっていくから、
やっぱり、それが
邪魔することもありそう。

悪いことであれば、なおさら
思い込みは崩す必要がある。

思い込み崩すと、
選択肢が増える。

それが増えれば、
可能性も広がる。

可能性が広げるように
生きていなくちゃ、
心は大きくなれない。

そういうことは分かっていても、
思い込みを崩せないのは、
思い込みばかりでなく、
自己までも否定されそうな気が
するからだろう。

だから、崩されそうになると、
知らない振りをしたくなる。

思い込みだけを変えればいい。
自分のいいところは
変えなくていいんだよ。
っていうふうに手引きをされたら、
思い込みを溶かせる気がするなぁ。

そんな人、近くに欲しいなぁ…


(参考)海馬(池谷裕二+糸井重里)

2007年7月28日

好きな人、嫌いな人、愛する人、…

好きな人、嫌いな人、愛する人、
誰一人欠けても今の自分はいない。

(街の標語コンテスト)

銀さんからの投稿です。

好きな人に好きといって、
結ばれたり、ふられたり…

嫌いな人と
いっしょにいなきゃいけなかったり、
離れるようにがんばっていたり…

好きな人も、嫌いな人も、
自分をつくるための構成要素。

会った時も、
見たこともない人に比べたら、
間違いなく、自分の人格形成に
携わってくれている。

それは、その人のせいで、
私の人格はこうなってしまった、
とか人のせいにできるもんじゃなくて、

いろんな人が現れることによって、
いろんな感情の選択ができた、
ということ。

生理的な好き嫌いもあるだろうけど、
すべては、自分が選んだ感情。

その証拠に、
好きな人から嫌いな人へ、
嫌いな人から好きな人へ、
変わる感情もあるからね。

そういう変化は、また、
自分に面白い経験を与えてくれる。
変われる自分に、心のゆとりみたいな
ものも出来るでしょうしね…

好きな人へは、
もちろん感謝。
言葉にはしないけど、
嫌いな人へも感謝。

私も、嫌いなあの人へ
ちょっと感謝です。

今日、神戸にいられるのも、
あの人のおかげかも…


(参考)好きな自分、嫌いな自分、本当の自分―自分の中に答えがみつかる方法 (平松 園枝)

2007年7月25日

明日がくるということは奇跡なんだ。…

明日がくる
ということは奇跡なんだ。
そのことを知っているだけで
幸せになれる。

(TBSドキュメント番組「余命一ヶ月の花嫁」)

yuyuさんからの投稿です。

先日放映された番組からの言葉です。
乳がんのため余命1ヶ月と
宣告された千恵さん24歳。

がんと闘う自分の思いを
同世代の人たちに伝えたい、
と取材に応じたそうだ。

彼女を支え続けた父親や
恋人、友人らは、
「ウェディングドレスを着たい」
という彼女の夢を叶えるために、
模擬結婚式を計画して、実現した。

そこで彼女は最高の笑顔を見せ、
1ヶ月後に、この世を去った。

北朝鮮のニュースなんかを聞くと、
「日本が破滅させられるかもな」
なんて冗談を聞いたりする。

そして、ちょっと怖いな、
とは思っても、普通は、
ほんの数分もすれば忘れて、
当たり前のように、
また明日がくることを
疑ってなんかいない。

そんな感覚だから、
毎日を生きていられる。

けれど、そんな感覚で
生きられない人も現実にいる。

感覚なんていうものは、
自分の条件や環境から
生まれてきたものなんだから、
自分のもっていない感覚を
簡単に理解したり、
自分のものにするなんて
なかなか出来るもんじゃない。

ただ、自分の人生に
奇跡を起こしたのなら、
自分の感覚だけに頼っていたらダメ。

必ずしも、
明日が来るとは限らない、
と思える感覚も、
その1つだと思います。


(参考)余命三カ月のラブレター (鈴木 ヒロミツ)

2007年5月 5日

伝達する手段は伝達する内容と…

伝達する手段は
伝達する内容と
同じくらい大切なのである。

(はじめの一歩を踏み出そう、マイケル・E・ガーバー)

顔と顔を合わせて以外に、
電話、ケータイ、Eメール、
手紙や文書、FAX、電報
テレビ会議、伝言などなど。

今の時代、
伝達する手段は、
数多くある。

軍事目的の手段まで含めたら、
ものすごい数になるだろうなぁ…

伝えたい内容、
伝えたい意志の強さ、
伝えられた側の思いに合わせて、
伝える手段を選んでいるかな?

と考えてみれば、
なんでもかんでも、
Eメールで済ませたい私は、
首を傾げてしまう。

相手によっては、
効果的でない手段も
ありそうだ。

自分の「好き」っていう気持ちを
直接しゃべるか、
誰かを通して言ってもらうか、
Eメールを使うか、
なんてことも迷うところ。

Eメールは「送信」って押しちゃえば、
第1段階の勇気は終わらせられて、

第2段階の、返事を読む「勇気」までは、
ちょっと時間を置くことができる。

けれど、顔と顔を合わせて
告白した時には、
告白する勇気のすぐ後に、
相手の反応を見る「勇気」が求められる。

だから、なかなか
言い出せなかったり…

テレビCMじゃないけれど、
「そんな大事なことを、
 ふつう、そんな風に伝えるか?」
みたいに思われたら、
それだけでマイナスポイント。

反対に、
「その程度のことを、
 そこまでして伝えるか?」
って思われるのは、
ケースバイケースで
飽きられたり、感動されたり…

便利な時代にこそ、
伝える手段を間違っちゃいけないですね。


(参考)ビジョナリー・ピープル (ジェリー・ポラスなど)

2007年3月30日

人とつながりたいなら…

人とつながりたいなら、
自分の中にあるものを出して、
表現するしかない。

「それ、いいね」と人に言われるか、
人が引いてしまうか、
ともかく表現してみないことには、
自分と人とのつながりは
始まりようがない。

(ほぼ日「おとなの小論文教室」、山田ズーニー)

あさって4月1日からは、
新年度がはじまります。

実際には、
4月2日の月曜日が
気分的なスタートでしょう。

新しい環境に入りこむにあたって、
人とのつながりに心配している人、
ワクワクしている人、
イメージチェンジを図っている人、
いろいろいるでしょうね。

私にも、少し、
人との新しいつながりが
できそうな感じです。

自分では、
人を恋しくなるタイプじゃないと
思っていたけど、

こういうサイトとか、
メルマガ、ブログを
やっていること自体、

人とのつながりを
求めている証拠なんだろう、
って感じてきました。

幸い、
自分の中にあるものを出すことに
照れるタイプじゃないようなので、
それを利用して、新しいつながりも
どんどん試してみようと
思っています。

最初にガマンしたり、
ウソの自分を見せて、
長続きしない結末になるよりは、

最初から、
自分をどんどん出していき、
どこが引かれてしまうか、
どこなら惹きつけるか、
そういうことを見つけていきたい。

出さなきゃ、反応は見られない。

インプットがなければ、
アウトプットがないように。

アウトプットしなければ、
人とのつながりを通して
得られるインプットも
ないと思っています。

さあ、出せ、出せ、
自分を出していこう。

なお、下品にはならないように…


(参考)話すチカラをつくる本―この一冊で想いが通じる! (山田ズーニー)

2007年2月28日

誰かを好きになった気持ちは、…

誰かを好きになった気持ちは、
報われようが報われまいが、

それだけで
じゅうぶん意味があるんだよ。

(H2、あだち充)

好きになるって感情は、
人それぞれのものだから、

誰か他人から、
「おまえもアイツを好きになれよ。」
と言われて、
「はい」なんて変われるもんじゃない。

もちろん、
アイドル歌手とか、俳優とかで、
圧倒的に人気の出る人はいるけれど、
それを好きなタイプとしない人もいる。

誰かを好きになる、
誰かを嫌いになる、
っていうのは、きっと、
とても大切なもので、
自分の生き方のヒントにも
なるんじゃないかなぁ…

出来ることなら、
嫌いな人とかは少なくなるように
努力するのがいいけど、

「じゃ、なんで嫌いなんだろう?」
ってところを考えた時には、
自分が見えてくることもある。

同じように、好きな人に対しても、
その想いが相思相愛につながって
ハッピーエンドというのが
理想的なのは分かるけれど、

好きになること自体に、
自分だけの生き方のコツ
みたいなものが見えてくると思う。

それに気づかずに、
くっついた…嬉しい、
離れちゃった…悲しい、
だけで終わってしまっていたら、
ちょっともったいない。

好きになったこと、
嫌いになったことは、
自分にとって、少なくとも
建国記念日なんかより、
大きな記念じゃないだろうか。

好きになった日、
嫌いになった日を大切に…


(参考)H2(あだち充)

2006年12月18日

一番大事なのは、今年を振り返って、…

一番大事なのは、
今年を振り返って、
あんなことがあって嬉しかった。
こんなことがあって悲しかったとか
そんなことよりも、

何よりもまず
そういうことを考えられる「今」がある
ってのが凄く素敵なことだと思うんです。

(藤原基央[BUMP OF CHICKEN])

萌さんからの投稿です。

今年もあとわずかです。

1年をふり返ることが、
なんとなく楽しくもあり、
ちょっと怖くもあり、
そんな複雑な思いの中にあっても、
ちゃんと今を生きていて、
ちゃんと年をとる、このシステム。

それを感じられるのも、
「今」を生きているから…

その通りですね。まずは、
それに感謝をしなくちゃ。

その後で、その1年の
良し悪しを考えたり、話し合っても、
「今」が消えることはないでしょう。

1年を後悔して、
それで焦って今からスタートしても、
あんまり変わり映えのない1年が
また来てしまうだけ。

後悔なんかより、まず感謝。

手に入らなかったものを数えるよりも、
今手にしているものを数える。

眠れなかった夜よりも、
今生きて動いていることを思う。

今年の残りの「今」を、
今しか出来ないことで埋め尽くして、
来年の「今」に期待しましょう。


(参考)涙のふるさと(BUMP OF CHICKEN)

2006年12月15日

顔は、表玄関。…

顔は、表玄関。出会った人が、
最初に判断するときの
第一チェックポイントになります。

(田中宥久子)

oracionさんからの投稿です。

人は見た目に弱い。

人は見た目じゃないよ、
と言いながらも、
見た目以外の情報が少ない時には、
そこから想像するしかない。

だからこそ、
表玄関の見方は間違うと、
たいへんだ。

うまくごまかされた部分だけを見て、
すべてを判断してしまう人もいれば、
ごまかされないで、
本当のところを見透かせる人もいる。

ごまかされてしまう人は、
いつまで経っても、
顔しか、表玄関しか
見ていなかったりする。

他のところを見せられても、
表玄関だけが強く記憶に残っていて、
判断を誤らせてしまうことも…

ごまかせる相手には、
ごまかす方法で十分だと思う。
けれど、ごまかせない相手には、
ごまかすような方法では失礼になる。

心の奥底から磨いている自分を、
表玄関にも現れるように
しなくちゃいけない。

そうすれば、
その表玄関から
先に進んでくれるか、
付き合ってもらえるか、
考えてもらえるはず。

私の表玄関は、
どうだろう…

ちょっと心配です。


(参考)田中宥久子の造顔マッサージ(田中宥久子)

2006年11月 8日

何年に生まれて、何やってきたか、なんて興味ない。…

何年に生まれて、
何やってきたか、
なんて興味ない。

スピリッツに
影響を受けているだけ。

(みうらじゅん、日経BPインタビュー)

日本人にありがちな会話。
「何歳ですか?」
「えっ、何歳だと思います?」

欧米人は、
年齢を聞くことは、
めったにないと言います。
それよりは、
「何の仕事しているんですか?」
という質問の方がありえる。

年齢について聞かず、
仕事についても聞かずに、
それこそ、オーラだけを感じて、
その人に付いていくかどうか。
その人と何かやりたいかどうか。

そういう基準だけで人を選べたら、
どんなに楽だろう、と思うけれど、
実際は、一番むずかしいと思う。

だって、感じるセンスがなくちゃ、
間違いだらけの判断になるから。

私自身、それほど長くない人生で、
誰かのスピリッツに感じて
行動したのは、ほんの数回だと思う。

そして、正解だったのは、
そのうちのたった1回。
残りは、私自身が、
別の光とか憧れにとらわれて、
見誤っていた…

私たちの人を見る目は、
そんなに立派なもんじゃない。
だから、実際のところは、
人に会って、いろんなことを聞き、
いろんな付き合いをして、
自分の中に溜めこんでいく。

そうすれば、そのうちに、
感じるもので判断していい時が
来るんだと思います。

その時まで、出会いを大切に。


(参考)じゅんの恩返し 時代への親孝行(みうらじゅん)

2006年10月22日

毎日、人の数だけ違う事が起こっている。…

毎日、人の数だけ
違う事が起こっている。
同じ日なんて無い。一瞬も無い。
自分に起こる事をよく観察し、
面白がったり考え込んだりする事こそ
人生の醍醐味だと思う。

(ひとりずもう、さくらももこ)

自分のことだけ考えていると、
他の人は、毎日同じような考えで、
同じような出来事を過ごしている
気がしてくるものです。

幸せそうな人は、ずっと
幸せにしているんだろう、
バカな人は、ずっと
そんなバカをしてるんだろう、
嫌な人は、ずっと
意地悪い行動をしてるんだろう…
って。

けれど、そんなことはない。
私が嫌いな人だって、
私の前では憎らしい行動をしていて、
仮に、私から
「あんなヤツと結婚した人は、
 ホントにかわいそうだ」
なんて決めつけられたとしても、

奥さんや子供の前では、
いつもニコニコして心穏やかに
過ごしているかもしれない。

自分の人生を決めつけるだけで
飽きたらずに、
他人の人生まで
決めつけるようになったら、
人生には、きっと
何も起こらなくなるだろう。

起こらないというより、
気づかないだろうなぁ…

こんな言葉も思い出します。
「生きてると色々ある?
 色々あるから生きているんだ。
 そうでしょ?」
 (映画「ホテルビーナス」)


(参考)ひとりずもう(さくらももこ)

2006年8月18日

無縁なんかより 縁がありすぎるほうが…

無縁なんかより
縁がありすぎるほうが
厄介なのです。

(さよなら絶望先生、久米田康治)

かむらさんからの投稿です。

「分かる気がします。
 縁がありすぎたら、
 やっぱりその分、
 自分のやりたいことも
 出来なくなってしまう。」

やりたいことをするのが、
それほども大切か。
という問いかけも
あるかもしれません。

人との縁(つながり)、
自分のやりたいこと。
この2つは、いつも
私たちを板ばさみします。

人とのつながりを無視して、
自分のやりたいようにやれば、
どこかで反発を喰らったり、
ギクシャクしてくる。

けれど、
自分のやりたいことをがまんして、
人とのつながりだけに気遣っていると、
生きるのが息苦しくなる。

重荷にならない程度の縁なんて、
多分、どこにもないでしょう。

誰も彼も、少しは、
何かのしがらみを持っている。

そういう縁、しがらみを
すでにもっているんだから、
何かの見栄や一時の利益のために、
それを増やしすぎてしまっては
大切な縁さえ遠ざけることに
なるかもしれない。

出会って間もなく、
それが良い縁かどうかも、
判断しかねますからね。

そんなことが分かるんだったら、
世の中には離婚すらないでしょう。

無縁でいることも、
なかなか難しい気がします。

いろんな縁で、人を見る目を
養う以外に方法はありませんね。


(参考)さよなら絶望先生(久米田康治)

2006年3月27日

夢を正夢にするには、まず目を覚ますことが必要だ。

夢を正夢にするには、
まず目を覚ますことが必要だ。

(引用元不明)

naさんからの投稿です。

納得の言葉です。
夢の中にいるのは、
気持ちいいですからね。

もしかして叶わないかも…、
なんていう自分の疑念に襲われて、
自分自身で落胆するよりは、
ずっと夢の中にいて、
夢を語っている方が楽なのは確か。

目を開けていても、
夢の中だけに生きることは出来る。
しかし、それを叶えるには、
夢から覚めて、現実を夢に
変えていかなければいけない。

これが大変なこと。

夢の中にはなかった、
脇道や、いばらの道、凸凹など
あまりにも予想外のことが多すぎる。

逆に、予想以上に楽だったと思えば、
何かの罠だったりする。それが現実。

あまりにも自分が追い込まれると、
これが夢か現実か、
訳が分からないなんて
病気になってしまう危険だって
ありえる世の中。

世の中と、夢の中を
行き来するのって
心の強さが求められる
ことなんですよね。


(参考)かなえて!正夢工房(おおいま奏都)

2005年12月 1日

1本のろうそくが、…

1本のろうそくが、
別の1本に
その火を移しても、
失うものは何もない。

(英語)
A candle loses nothing
by lightening another candle.

(ジェーズム・ケラー)

先日は、この夏に
亡くなった祖父の
誕生日でした。

ちょっとした思いつきで、
バースディケーキを買い、
故人の誕生日を祝いました。

次女が火つけ役を
買って出たのですが、

私とか妻なら、
マッチの火が消えるまでは、
それだけを使って、
火を移していくところを、

次女は1本だけにつけた後、
マッチの火はすぐ消し、
あとは、その1本だけを
使うという手順でした。

どこで習得したのか…、
私たちとは違う手順に、
へぇ~と思って眺めていました。

ろうそく1本だけで、
かなりの本数に
火を移せます。

ちっちゃなろうそくの火でさえ、
ぶっといキャンドルに、
火を移せば、赤々と燃える
力強い火に生まれ変わります。

弱いものでさえも、
強いもののパワーとなれる、
その縮図のように思います。

そして、
何も失うことはないのです。
それどころか、
パワーを分け与えたことで、
自分よりも輝くものを
眺められるという喜びにも
あずかれるんですから。

自分の火が消えないうちに、
分け与えましょう。
自分だけで消費して、
その火が消えてしまったら、
もったいないですよ。

【参考】
何のために生きるのか(五木寛之、稲盛和夫)

2005年11月22日

同じ星空でも、…

同じ星空でも、
星座を知ってる人と
知らない人とでは、
ぜんぜん見え方が
違うんだろうなぁ

星座を知らないと
ぜったいつながりっこない
遠く離れた二つの星だって、
いったん知ってしまうと、
他につなげようがない気が
しちゃうんですよね。

人の人生も同じだと思うんですよ。

(流星ワゴン、重松清)

ZEROさんからの投稿です。

星座は、人の目が見て、
星に意味を与えたもの。

物事に意味を与えるのは、
人の見方、感じ方、とらえ方。
すばらしい才能だと思う。

人と人との関係についても、
自分や他人の見方で、
いろんな意味づけが行われる。

結ばれる運命だとか、
叶わぬ夢だったとか…
時には、無責任な意味づけも
ありえるわけだ。

一度、誰かが意味づけを行い、
多くの人がそれを受け入れた時には、
それを変えるのが難しくなる。
それが間違っていても。

意味づけは、人が行ったもの。
先人の知恵によるものもあるので、
それをまったく無視するのは
賢明とは言えないけれど、

縛られすぎないように
注意しないと、
新しい意味さえも
見つけられなくなるよねぇ。

【参考】
流星ワゴン(重松清)

2005年9月19日

世の中狭いから、…

世の中狭いから、
昔の知人が思わぬところで
助けになってくれることもあれば、
足かせになったりするかもしれない。

(英語)
It’s small world,
and you never know
when someone from your past
can help your or hurt you.

(1日5分で英語脳をつくる音読ドリル)

相性の良くない人とは、
絶交してでも、
もう関わりたくない、
と思う人もいるでしょうが、
そうはいかない世の中。

どこかで関わったりする場面が
出てきたりするものです。

幸い、私の人生のなかでは、
そこまで決定的な人は、
ごくわずかな気がしますが、
「世の中狭い」ということを
改めて感じる経験がありました。

もう、先月の話ですが、
仕事のパートナーと、
高速道路インターチェンジで
待ち合わせをしてから、
依頼主との打ち合わせアポに
向かうことになりました。

パートナーの車は、
駐車場に止めていくつもり
だったのですが、なんと、
見渡したところ、満車。

でも、奥を見ると、
「関係者」だけが
止められるらしいスペースは
空いている。急いで、
そこに駐車して出発。

打ち合わせは無事に終え、
車中での会話もはずみ、
例の駐車場に戻ってみると、
なんと、パートナーの車が
出ていくのをふさぐように
で~んと1台とまっている。

こりゃ、まずいな、と思いつつ、
パートナーも哀れになってきたので、
恥ずかしながら、事務所に顔を出し、
どけてもらえるようにお願いしに行く。

そこで対面したのは、
どこかで顔を見たことのある人。

「関係者じゃないのに、
 とめたんですね。」
とニヤけながら、その方は、
皮肉を言います。

私の頭のなかでは、一生懸命
記憶をたどる作業が続いている。
誰だ? 誰だ? どこで会った?

ピーン。
そうだ、2週間前の祖父の葬式で、
叔父の知人として来た人だ!

そのことを伝えてみたら、
「ああ、じゃあ、関係者だな。」
と、これまたニヤけて、
了解してくれました。

おかげで、怒られることもなく、
無事に、パートナーの車は発進。
いい気分で、自宅に向かったのでした。

やっぱり、世の中、狭いもんです。
それゆえ、助けられることもあれば、
邪魔されることもあるわけです。

【参考】
1日5分で英語脳をつくる音読ドリル

2005年8月 8日

平凡なんて、あるわけない。

平凡なんて、あるわけない。

(英語)
There are no ordinary moments.

(ダン・ミルマン)

平凡な生活をしたい、
という願いそのものが、
まず、無理なわけです。

平凡に見える瞬間も、
あとに苦しい人生になったとすれば、
「あの時は幸せだったぁ」と思える。

平凡に見える伴侶も、
不慮の事故で突然の別れがくれば、
とてつもなく寂しくなる。

平凡な才能しかないと
嘆きたくなる我が子にも、
苦労した他人の子育て話を聞けば、
愛しい気持ちがよみがえってくる。

平凡なんて、本当はない。
平凡に見える、あるいは思えるのは、
私たちの目が、まだ開いていないから。
見えていないものが、
見えていないままだから。

そんなふうに思います。

平凡だなぁ、
と退屈に思っているとすれば、
それは、本当のところ、
自分に飽きていること。

だから、何かのせいにしたり、
誰かのせいにしちゃいけない。

だって、じゃあ、
非凡で、この上なく
波瀾万丈の人生を送りたいか、と言えば、
そういうわけじゃあないでしょ。

平凡だぁ、っていうのは、
嘆きなんかじゃないのです。
気づいていない自分の恥を
さらしているだけです。

【参考】
会えて、よかった(黒田清)

2005年5月15日

しばらく会わないのは賞味期限切れになるし…

しばらく会わないのは
賞味期限切れになるし

手のひらサイズでしか
想わない時はすねてるのよ

(うれしいこと。一青窈)

人とのふれあい、出会いにも、
賞味期限がある。

気持ちが残っているうちに、
たびたび会わないと、
忘れられてしまうこともある。

だからと言って、いつもいつも
「ご用聞き営業」のように、
顔だけ見せられていると、
胡散臭いと思う人もいる…

「あなたに出会えて、
 私はどうなれるのよ?」

簡単な話、
それを求めている。
求められている。

賞味期限になる前に、
その出会いの価値を見出せないと、
お互いにとって、
きっと何でもないものになる。

人でも、モノでも、何でも、
出会いが少ない人は、
「手のひらサイズ」の思考。

でも、数多くに出会っても、
それぞれの賞味期限が来る前に、
自分の中で消化しきれないと、
これまた、実にならない。

歌の意味とはちょっと違ったけど、
そんなことを思いました。

出会いには、賞味期限がある。

【参考】
影踏み/うれしいこと。(一青窈)

2005年5月 5日

…記憶の中の一人一人の顔 近づいてみたら…

細胞(奥田民生)の歌詞

記憶の中の思い出~の部分

記憶は、
正しくもあり、
正しくもない。

「私の記憶によれば、…」
なんて言われたときには、
考えるべきでしょうね。

記憶は、どちらかと言うと、
事実そのものよりも、
事実について感じたことを、
ベースにしていることの方が多い。

だから、自分が
「私の記憶によれば…」
という言葉を使う時も、
注意が必要だと思う。

自分の記憶は事実か、と。

確信がないことについては、
あまり強く主張しない方がいい時も
あるだろう。それが賢明…

記憶は、あいまいなもの。
そして、そのあいまいさを楽しみ、
懐かしみ、悲しみ、喜べれば、
十分なものだと思う。

記憶で、何かを
証明しなければいけない、
というシーンが、
来ることがないよう、
祈るばかりです。

【参考】
comp(奥田民生)

2005年2月 7日

人ってぇのはな、笑ってるから楽しいとは限らねぇ。

人ってぇのはな、
笑ってるから
楽しいとは限らねぇ。

涙を流しているから
悲しいとは限らねぇ。

相手のことをよぉく見るんだ。
他の人が見落としてるような
ことでも、しっかりと
見てやるんだ。

そうすりゃぁ、
おまえの気持ちは
相手に伝わる。

(ごくせん、森本梢子)

紅姫さんからの投稿で、
いただきました。

人の行動だけを見て、
見逃してしまうのは、
やはり、その裏にある
「虚しさ」っていうやつ
じゃないでしょうか。

何をしてても、
何がうまくいっても、
心の奥底に、
ずっとあるそれが
満たされない限り、

表情に陰りが出てきたり、
怒ったり、泣いたり、
バカなことをしてみたり、
調子に乗りすぎたり…。

時に、相手に
その虚しさを見つけて、
それにふれてあげようと
する時には、

喜ばれることもあれば、
逆に、怒られることもある。

今まで、
さわられたことが
ないゆえに、

自分自身がどう扱えばいいか
分からず、すごく敏感に
なっていることも
あるからねぇ。

人が見えないところを見る力、
本当に、必要とされている時代
だと思う。

【参考】
盲点力 -人が見えないところを見る力(多湖輝)

2005年1月 6日

お互いの違いを、うーんと珍しがっていいんですよ。…

お互いの違いを、うーんと
珍しがっていいんですよ。

相手を珍しいと思う場合、
相手にもこっちが珍しい。

(糸井重里、ほぼ日)

だいたい、人は、
自分を中心に考えるから、
人が違うことをしたり、
考えたりしていると、
「変」と見ることになる。

それがかなり受け入れられないと、
「常識じゃ、考えられない」と
言い切ったりする。

それじゃあ、何も進展しない。
その人の生物図鑑には、
「自分」しか
存在しないんだろう。

そう考えると、
違いを楽しめないって、
かわいそうだと思う。

常識の人、常識でない人、
そんなこと考えない方がいい。

珍しいでいいんだ。
違っているでいい。

そう感じた時点で、
相手にとって、
自分も珍しいし、
変わっていると
思われていることだろうから。

何か食べ物や商品だって、
ありきたりのものは
飽きられる。

違いや珍しさがあると初めて、
興味をもたれ、
ありがたがられる。

それを人にも応用しよう。

【参考】
海馬/脳は疲れない(池谷裕二、糸井重里)

2004年10月 8日

相手から入ってくる情報が減ると、…

相手から入ってくる情報が減ると、
増えるのは「思い込み」です。

目をそらしているうちに、
自分の中で、
相手はどんどん醜くふくれあがり、
本来、いもしないモンスターに
なっていきます。

(山田ズーニー)

思い込みが、
モンスターをつくる…
なるほど、そうかもしれません。

ちょっと聞けばいいことを
聞かないでいると、
ちょっと調べればわかることを
調べないでいると、
想像だけが勝手にふくらむ。

そして、どうしようもなく、
大きな問題のように見えてくる。
場合によっては、
嫌われているとか、
憎まれているとか、
軽蔑されているとか、
そんな感情に打ちのめされる。

その相手と、あるいは対象と
何一つ接触もコミュニケーションも
とっていないと言うのに…

そういう点で考えると、
人間の想像力というのは、
ものすごい。

誰もが、ホラー作家になれるくらいの
想像力は、持ち合わせているんじゃ
ないだろうか。ただし、
マイナス部分の想像力について
言えば…である。

人でも、ものでも、
まず、その相手とどう取り組むか、
あるいはどういう関係でありたいか、
を決めなければいけない。

その上で、意味のある
コミュニケーションをちゃんと考える。
しないなら、しないで、
その後の責任も引き受けること。

それしかないと思う。

【参考】
なぜあの人だと話がまとまるのか?(田村洋一)

2004年8月10日

冒険とは、人の外側で起きることじゃない。…

冒険とは、
人の外側で起きることじゃない。
人の内側で起きることだ。

(英語)
Adventure is not outside a man,
it is within.

(デビット・グレイソン)

どこにも行っていないし、
いろんな出会いもないし、
本も映画もテレビも見ない。
私の生活には、
新鮮なものが何にもないからねぇ、
と言う人がいるかもしれない。

たしかに、外部からのものによって、
心の内部が刺激され、
新しいことへのチャレンジや、
冒険心が強くなってくることもあるだろう。

しかし、考えてみたい。
人間がいくら好奇心や冒険心を
出したからと言って、
全世界の全人類分の経験なんて、
出来るわけがないんだよ。

だから、根本は、
心の中で、日々変化が起きているか、
今の自分に、不足を感じているか、
それによって心が動き始めているか、
そこだと思うんだ。

それが時によって、外側の働き、
冒険やチャレンジにつながる。

いや、時には、
そういう冒険ができるような環境に、
放り出されて、それが
芽生えることもあるだろう。

しかし、与えられなければ、
冒険をスタートできないとするなら、
しばらくと待たないうちに、
冒険を続ける気持ちは止んでしまうだろう。

そして、そう思うと、
いろんな冒険が出来るかもな、
と思い始めることも出来てきた。

今日は、心を、どこに冒険させようか、
そんなワクワク感がうずいている今朝です。

【参考】
冒険の作法(小阪裕司)

2004年7月29日

僕が一番欲しかったもの(槇原敬之)

僕が一番欲しかったもの(槇原敬之)の歌詞

さっきとても~の部分

途中で切ってしまいましたが、
これを最後まで読むと、
なんか「悟り」のような感覚に、
至れるように思います。

「きっとまたこの先」と考えて、
何度も分け与えていく、
それを繰り返しているうちに、
なんか、自分の手元に
何も残っていないことに気づく。

そして、ふりかえったら、
自分が分け与えたもので
喜んでいる人々の姿が、
そこにあった。

「それを見た時の気持ちが僕の
 探していたものだとわかった
 今までで一番素敵なものを
 僕はとうとう拾う事が出来た」
で、この歌は終わります。

ああ、人生やビジネスも、
そんなことかもしれない。
そう感じました。

自分の手元に、
いくら残っているかだけを見ていたら、
気づけない大切なことがあって、
喜びも成功も味わえない。

お金も、良いことも、
自分のところだけで
とどめていたら、
廃れていくだけ…

回して、おすそわけして、
そうやっているうちに、
自分が本当の意味で
うまく出来るようになったり、
成長していく。

この感覚を忘れないように、
したいものです。

【参考】
僕が一番欲しかったもの(槇原敬之)

2004年4月11日

読書は、一人のようで一人ではない。…

読書は、
一人のようで一人ではない。
本を書いている人との
二人の時間である。

(読書力、斎藤孝)

なかには、
そんなふうに言えない本も
あるかしれない。

身近な人、
目の前にいる人との
コミュニケーションが大切なのは、
もちろんのことであるが、

身近であるだけに、
住んでいる世界や知っていることが、
あまりにも似ていたりする。

残念ながら、似ているものからは、
新しいことを学べるチャンスはあまりない。

刺激が必要。
それも、心の中に入り込んでくるような…

見ず知らずの人間から、
心の中に土足で入り込まれ、
頼みもしない説教をされるのは、
とても腹立たしいが、

擬似的な二人の時間となる読書で、
気づかされるような感じで、
言われる(読む)のなら、
けっこう素直になれる。

知らなかったことにも、
忘れていたり、
気づいていなかったことにも…

今日は、ちょっと読書してみますか?

【参考】
偏愛マップ・キラいな人がいなくなる(齋藤孝)

2002年12月30日

多数の友を持つは、ひとりの友を持たず

多数の友を持つは
ひとりの友を持たず

(アリストテレス)

この言葉には、
首をかしげる人もいるだろう。

私自身は、こう思う。
多数だろうが、一人だろうが、
友達の数で競ったり、
さげすむこと自体が過ちなんだろうと。

多数の友達をもっていると思っている者が、
友達の少ない者をさげすむ必要はない。
一人の友達もつくれない者が、
多数の友達をつくろうとしている者を
バカにしてはいけない。

友達には、いろんなタイプがいる。
バカ騒ぎする仲間、
癒される友達、
何でもしゃべれる気心の知れた友達、
幼い頃からの友達…

みんなを友達にすることも出来なし、
みんなの友達になることも出来ない。

大切なのは、友達関係を通して、
自然に、いろんなコミュニケーションを
学ぶことだと思う。

ま、私の場合は、
一人のすんごい親友を求めるタイプかな?
だから、下手すると、
ストーカーになっちゃうぞ~~~?!

と思ったところへ、
奥さまという「永遠の親友」を得たので、
ストーカーにならずに済みました。
よかった、よかった。

そして、この言葉の意味も、
もっと分かるようになりました。

【参考】
二都物語(チャールズ・ディッケンズ)

2002年9月18日

度量大なれば福(さいわい)もまた大に…

度量大なれば、福(さいわい)もまた大に、
たくらみ深ければ、禍(わざわい)もまた深し

(水滸伝、駒田信二訳)

自分の力量を知り、
それにあったふるまいをすることが、
度量の大きいことではないか、と思う。

度量が小さいと、
自分の力量を実際よりも
大きく見せたがるもの。
それによって、失敗もする…

水滸伝に、度量の小さい頭領が登場する。
この男は、自分よりも強そうな男が
仲間に入りたいと言うと、
言い訳をつけて、遠ざけようとする。

それでは、組織全体が強くなろうはずがなく、
その度量の狭さが、彼に不幸をもたらすことになる。

そもそも、自分も他人も、
同じ物差しで測ろうとするところに、
度量の狭さがある。

そんな必要はないと思う。
ある点では優れていても、
人は、1つの物差しだけで測れるものではない。

自分自身は、たいした力がないのに、
なぜか、優れた人ばかりが集まるっていうのも、
才能と言えるんだから…

一代で莫大な財を築き、
綱鉄王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーは、
自分の墓石に、こう刻んだと言う。

「おのれよりも賢明なる人物を
 身辺に集むる法を心得し者ここに眠る」

(人を動かす、ディール・カーネギー)

【参考】
二都物語(チャールズ・ディッケンズ)

2002年9月 2日

人の労力はお金で買うことができるが、人の心を…

人の労力はお金で買うことができるが、
人の心を買うことはできない。

(7つの習慣、スティーブン・R・コヴィ)

戦国時代に、武将たちは、
自分たちの心を、お金や見返りとともに、
売っていたように見えた。

つまり、勝ちそうな武将と手を組むために、
お金や見返りととともに、傘下に入った。

しかし、金(権力)の切れ目は、縁の切れ目。
金で簡単に始まった心の関係は、
やはり切れるのも早い。
やはり、お金で買えたわけではなかったのだ…

今の時代にも、通用するところがある。
お金がありそうなところに、人々は集まるが、
その場所が怪しくなると、さぁっと退いていく。
汚名を着せられるのは、ババを抜いた者だけ…

実際、お金で「心」を売買している世界は、
あることだろう。
しかし、本当に、お金で「心」が
買えたと思っていたら、痛い目にあう。

心を与えてこそ、心を買うことが出来る、
あるいは、手に入れられることを
忘れてはいけないと思う。

皆様には、与える心、あるかな?
私は、ちょっと手持ちが少ないかな…

【参考】
二都物語(チャールズ・ディッケンズ)

2002年8月 4日

1プラス1は8、16、あるいは1,600にもなる。

1プラス1は8、16、
あるいは1,600にもなる。

(7つの習慣、スティーブン・R・コヴィ)

1人だけでは、
あるいは1つだけでは、
どうしようもないことが
世の中にはある。

錠があっても、
鍵がなければ、
大切なものを守ることも、
その大切なものを開くことも
出来ない。

知識や技術は、
それが記録され、
さらに続きを探究する人が次々と居て、
どんどん成長していく。

男1人で、子供は生まれないし、
女1人でも、子供は生まれない。
男女1人ずつが居て、子供が生まれ、
それが続けば、その先々の子孫は、
1,600どころではなくなる。

役割や個性が違うもの同士が、
それぞれの力を十分に発揮した時、
その効果は、1+1=2以上となる。

個性は違うとしても、
同じような志を持てそうな人を
見つけることが出来たら、
それは本当に幸せなこと。

音楽バンドのように、
スポーツ・チームのように、
いい味を出せることでしょう。

1プラス1から、始めまし