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2008年11月19日

照れない。逃げない。...

照れない。
逃げない。
誤魔化さない。

自分の弱さと向き合えば、
きっと強いわたしになれる。

(引用元不明)

何をやるべきかが決まっていて、
それをやる決心がついていれば、
自分の弱さと向き合うことは、
そんなに悩まなくてもすむ。

何事からも逃げるな。

と言われることが多いが、
わたし自身は、
逃げた方がいい時も
あるんじゃないか、と思う。

最終的には、
自分と向き合うことから、
逃げ切ることは出来ないけれど、

向き合い方が分からないとか、
向き合い方が良くない時には、
ちょっと逃げた方がいい。

逃げているうちに、
向き合うべきポイントが、
分かってくることもある。

もちろん、それでも、
しばらく分からない時も...

ただ思うのは、
絶対に強くなるんだ!
みたいに力んでしまうと、
見えないことも出てくる。

最も近い自分であるゆえに、
至近距離からは見えないのだ。

自分に限らず、他人とも、
向き合うっていうことは、
ちょうどいい距離があるもんです。

(参考)競争社会に向き合う自己肯定感(高垣 忠一郎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月15日

「緊張してます」と...

「緊張してます」と
わざわざ言うことによって、
いいことは何ひとつない
と思うんですよね。

(ほぼ日、糸井重里)

初めて
「緊張してます」
と自己申告した人には、
みんな、新鮮な気持ちを
感じたのかもしれない。

そっかぁ、
そんなふうに自分から言えば、
けっこう場が和むんだなぁ...とか。

けれど、もう、
そんな効果が残っている場は、
少なくなっているように思う。

なかには、
朝起きてから今まで
どんなに緊張していたかを
事細かに話して、

与えられたスピーチ時間のうち、
半分をも使ってしまう人もいる。

「緊張してます」ネタを
聞くことを望んでいる人など
いないはずなのに...

空気が読めない、
とはこのことだと思う。

もちろん、
みんなが聞きたい言葉っていうのを、
探し出すことが難しいのは
よくよく分かっている。

だからこそ、
緊張の度合いを伝えるよりも、
素直な気持ちを伝える言葉を
探す努力をしたいものです。

(参考)はたらきたい。(ほぼ日、糸井重里)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年6月16日

...ずっと難しい技術...

人の話に本気で耳を傾ければ
問題は解決する。
そして本気で聞くためには
黙ることが必要だ。

大切なことはそれだけだ。
但しそれは、
人が思っているよりも
ずっと難しい技術ではあるのだが。

(チーム・バチスタの栄光、海堂尊)

わたしにない技術です。
やっぱり、難しい。

けれど、
それが上手な人を、
たしかに知っている。

だまって聞いていながら、
その相手に左右されることなく、
最後には、解決へと導けるという感じ。

もちろん、
毎回毎回とは限りません。本人に、
本当に解決したい気持ちがあるか、
それとも、ただ思い通りに
ならないことへの不満を言う脳しかないか、
それによって、結末は変わります。

逆に言うと、聞き手として、
本当に解決させたい気持ちがあれば、
ただ黙って聞いてあげることも出来る、
ということになるでしょう。

たしかに、そうだな。

相手のことを
大切に思う気持ちの強さ次第で、
黙って聞いてあげる時間は
違ってくるだろう。

今日は、ちょっと黙ってみようか。


(参考)
チーム・バチスタの栄光(海堂尊)

2008年6月13日

君よりも苦労して...

君よりも苦労して
がんばっているひとが
いるんだから君もがんばれ、
なんて言葉は無意味。

(ナラタージュ、島本理生)

りゅんさんからの投稿です。
「心を締め付けていた何かが、
 少し緩んだ気がしました。」

たしかに、自分よりも
苦しんでいる人とか、
悲しんでいる人の話を
見たり、聞いたりすると、
自分もがんばらなきゃいけないな、
っていう気がする時はある。

けれど、それって、
自分の心の中から、
ムクムクっと芽が出てくる種の
生命力があってこその話なんだよね。

他の誰かから、
「おまえよりも大変な人がいるから、
 おまえは幸せほうなんだから、
 これくらいのこと、がんばれよ。」
って言われるのは、

生えかけてきた芽の上に、
水をかけすぎている感じかもしれない。

その水を吸収できる力があれば、
伸びは早くなるだろうけど、下手すれば、
芽が溺れてしまう可能性だってある。

すばらしいアイデアもヒントも、
それぞれの状況を考えて言わなければ、
あまり意味はない。

私はそう思うようにして頑張ってきた、
私はこれまでその助言で喜ばれてきた、
そんな自負を持つのは自由だが、

新しい状況では、そんな勝手は
通用しないかもしれない。

目の前を、ちゃんと見たほうがいい。


(参考)
ナラタージュ(島本 理生)

2008年5月19日

自分のためにしたことは...

自分のためにしたことは
自分がいなくなれば
おしまいです。

でも、人のためにしたことは
受け継がれていきます。

(英語)
The things you do for yourself
are gone when you are gone,
but the things that you do
for others remain as your legacy.

(カル・イチェ・カル)

自分のやっていることが残るかどうか、
っていうのは、年を重ねると、
けっこう大切なことになる気がします。

残らないというのなら
やってもいい、やりたい、
という場合があります。

逆に、
残らないことはやりたくないけど、
残ることだったらやりたい。
そんな気持ちになることもあります。

自分だけでは完結できそうにない、
大きなテーマ、活動、仕事、
というものを始めようという時には、
残ること、誰かに続けてもらえることが、
なおさら、気になるでしょう。

今は、家業だとしても、
自分の子供が継いでくれるとは
限らない時代です。

もしかしたら、それは、
継がせたい気持ちが強すぎて、
「自分のため」になってしまったせい
だったりするかもしれませんね。

受け継がれていくのと、
継いでもらいたいのでは、
根本が違うということでしょう。


(参考)
人生の「師匠」をつくれ! (中村 文昭)

2008年3月30日

…目的地ではなく、…

わたしが学んだのは、
目的地ではなく、
道中を楽しむこと、

そして人生には予行演習はなく、
毎日が本番だということです。

(世界一小さなアドバイス 幸せへの扉、アナ・クィンドレン)

目的地に、予定どおりの時刻に、
予定どおりの道順で着いた人だけが、
幸せになれるという世の中だったら、

こんなにも幸せな人はいないはずだ。
こんなにも不幸な人もいないはずだ。

みんなが憧れるものを手に入れても、
幸せを感じられない人がいて、

みんなが憧れるものを逃しても、
幸せを感じている人もいる。

大切なことは、
手に入れるまでの経験、
逃してしまうまでの経験
にあるのかもしれない。

思えば、
欲しくても欲しくても、
逃してしまったものが
たくさんあります。

きっと、
手に入れたものよりも
そっちの方が多いに違いない。

悔しくて、泣きたくなったり、
しばらく肩を落としていたり…

でも、そういう涙の味もある人生を
ちゃんと手に入れているんだよね。

予想していた目的地ではなくても、
「ああ、ここだったかもな。」
って思えるところに着いていたりも
するんだよね。

それが、本番の驚き、面白さです。
人生を、もっともっと楽しまなくちゃ。


(参考)世界一小さなアドバイス 幸せへの扉(アナ・クィンドレン)

2008年2月 8日

「しないこと」を決めれば

「しないこと」
を決めれば
人生が変わる

(雑誌「日経ビジネスアソシエ」)

人によるかもしれない。

欲しいものと、
欲しくないものは、
ハッキリと分かるのに、
したいことと、
したくないことを
あいまいにしている人。

しなければいけないことと、
しなくてもいいことは、
すぐに判断できるのに、
自分が欲しいものと、
欲しくないものが、
なんとなく分からない人。

いろいろある…

ある意味、
何かに依存していると、
自分の気持ちを
ごまかすことになる。

したくないけど、
「しない」とは言えない。

そんなことを言ったら、
何かを失ってしまうから。

今すぐ「しない」状態には
なれないとしても、
したいことと、したくないことに
正直な気持ちで分けることをすれば、
自分の生き方のヒントが見つかる。

どれくらい強い気持ちで、
「したくない」と思っているか。
それをしない状況を手に入れるために、
どれだけがんばる気持ちがあるか。

いずれかの方向に
がんばる気持ちがなければ、
いつまで経っても、やらされる役ばかり。

何にもしたくないとなる前に、
気づかなくちゃいけない。

人生では、
何かをすることも大切だけど、
何かをしないことも大切だ。


(参考)なんにもしたくない!(森川 那智子)

2007年10月17日

自分を自分以上に飾ることは意味がない。

自分を自分以上に
飾ることは意味がない。

(若槻千夏ブログ)

自分の表面を知り、
それに不足を感じると、
人は化粧や服装、持ち物で飾りたい。

自分の内面を知り、
それに自信がないと、
人は無理をして演技をする。

飾るというのは、本来、
そのものを変えることでなく、
その見栄えをより良くするため
のものだけれど、

心が不安定になると、
そのものまで変えたい衝動を
与えてしまう。

実際、今の世の中では、
それが可能になりそうな技術まで
たくさん揃っている。
特に、表面についてはそうだ。

自分の表面を
自分以上に飾ったときに、
自分の内面は
傷ついていると思う。

一時の満足とか、自信は得られても、
それは飾った自分に対しての評価
であるわけだから、
自分の内面を、自分と周囲で
否定したことにならないだろうか。

けれど、
自分の表面を何も飾らないと、
裸でいるみたいな感じで、
隠すことばかりに心が向いてしまって、
何一つできない自分になってしまう。

だから、飾ることは必要。
ただ、それが、
自分以上にならないようにしないと、
自分の行き場がなくなってしまう
んじゃないかなぁ。

無理をして演技する…、
内面を飾ることについては、
ホントにそうだと思う。


(参考)田中宥久子の造顔マッサージ (DVD付)

2007年10月10日

鏡の中に手を突っ込んで、…

鏡の中に手を突っ込んで、
髪を直すことはできません。
髪を直すには、自分自身の髪に
手をやる必要があります。

うまくいかないことがあるからといって、
相手を直そうとするのは、
鏡の中に手を突っ込む行為と同じです。

(日経ベンチャーサイトにて、野口嘉則)

ケンカをしている最中のところに、
偶然、居合わせた時には、
どちらが悪いかは
分かりにくいものです。

「聞いて、聞いて。
 あの人が、こんなことしたのよ。」

「違うよ。
 最初にやったのは、そっちよ。」

どちらも味方になって欲しいから、
一生懸命に語り出します。

いくら聞いても、
いくら時間が経っても、
いくら仲直りさせようとしても、
その場が和むことはありません。

ふと、誰かが時計に目をやって、
「あ、もう、こんな時間。
 夕食を作らなくちゃ。」
なんてことを言えば、
とりあえず、その場は流れます。

実際、流れるくらいの
たいしたことない問題なのです。

とは言っても、きっと、
家に帰ってから、
食卓の話題にしたり、
誰かに電話をしたりして、
心のうやむやをぶちまけることでしょう。

でも、ハッキリ分かっているのは、
食卓の話題にしても、
誰かに電話をしても、
ケンカ相手の気持ちは変わらない、
ということです。

もし、変えられるとすれば、
自分の方の気持ちだけ。
気にしないことにするか、
済んだことにするか。

変えようとする相手を間違えると、
時間のムダが増えるばかりです。


(参考)鏡の法則(野口 嘉則)

2007年7月 9日

高い所へ登った人ほど、…

高い所へ登った人ほど、
落ちた時には大怪我か即死です。

低い所にしか登れなかった人は
落ちてもせいぜい軽いカスリ傷か
怪我くらいですむのです。

(ああ正負の法則、美輪明宏)

ものすごく眺めがよくて、
あまり高くない山なんていうのは、
めったにない。

安全で、楽に登れる山は、
だいたいがそんなに高くない。
眺めも、きっとそれなり…

みんなが進んでいかない山奥には、
まだ誰にも見つけられて
いない山菜などがあるかもしれない。
けれど、遭難の怖れもある。

誰でも行けるような山麓なら、
ほとんど何も見つからないだろう。

何を見つけたいか、
何を探したいかで
目指すところは違ってくる。

私もそんな風潮に流されてるところも
ありそうな気がするけど、
珍しいとか、刺激的だとか、
そういうものを必ず、
みんながみんなで求める必要もない。

みんなが高い山に登って、
危険を冒すのが理想でもない。

みんなが公務員になって、
安定した給料を得ようとするのも
理想ではない。

理想が高いのがいい、
理想が低いのがダメ、
という物差しだけに頼らないで、
いろんな見方で、
物事の変化を分かっていくのも悪くない。

とすれば、
いい親から生まれるのが良くて、
悪い親から生まれるのが悪いともならないし、

いい先生(上司)がいれば幸せで、
悪い先生(上司)がいれば
不幸だともならないだろう。

人生どう転がっても、
いろんなことにつなげられるのだ。


(参考)ああ正負の法則 (美輪 明宏)

2007年4月 4日

支えのいらない人なんていないですよね。

支えのいらない人
なんていないですよね。

(リアル、井上雄彦)

何の支えもないのに
強く見える人は、
支えがないんじゃなくて、
支えが見えないだけだと思う。

きっと、
その支えに対する信頼が
ものすごく強いのだろう。

自分は何(誰)の支えもないから、
うまくいかない、なんて
嘆いている人に限って、
心底、支えを信頼できて
いなかったりする。

人でも、考え方でも、
自分を支えてくれるものに、
自分をさらけ出して、
向き合うことが出来ないなら、
支えてもらえるわけがない。

支えをあまり
必要としていない時には、
心に余裕があるものだから、
思いがけず助けられたりすると、
素直に礼が言えたりする。

けれど、
支えが本当に必要となった時には、
心にも余裕がなくなり、
助けられたりすると、
「そんなことしてもらわなくてもいい」
なんて怒りだす人も出てくる。

人とは、
あまのじゃくなものである。

支えが必要な自分を認めるのが、
支えがなくても
生きていけるスタートかもしれない。


(参考)リアル(井上雄彦)

2007年3月27日

無駄なことを当たり前と…

無駄なことを
当たり前と思って
やっている人間が多い。

(雑誌「プレジデント」-時間ない病の研究-)

だまってやりなさい…

自分がそれをする時には、
そう言われ続けて、

自分がそれを命じる時にも、
そう言い続けて、

やらせ続けることを、
何かの権威とか権利と思って
従わせることだけが
目的になっている仕事には、
かなりの無駄が多い。

無駄じゃないの?
という質問をすること自体が、
タブーになっている狭い世界では、
そんな状態がいつまでも
続いてしまうことでしょうね。

けれど、最もダメなのは、
無駄なことをやらせられている人間が、
無駄な存在に思われがちなこと。

本当は、その無駄なことを
やらせ続けているリーダーの方に、
問題があるというのに…
気づきとか、勇気の面での問題が。

意味がないと分かっているなら、
もっと別の意味あることを
させればいい。

無駄だと思われていることに、
本当は大きな価値があるとすれば、
それが分かるように
伝えなきゃいけないはず。

私たちは、他人の時間に対しても
敏感になることが必要だと思う。

もちろん、自分の時間も
大切に使うようにしよう。


(参考)雑誌「プレジデント」-時間ない病の研究-

2007年3月 3日

だれかに必要とされるってことは、…

だれかに必要とされるってことは、
だれかの希望になるってことだ。

(まほろ駅前多田便利軒、三浦しをん)

みはるさんからの投稿です。

自分は、
未来があるように
思われてるかなぁ。
それとも、
未来がないように
思われてるかなぁ。

自分は、
柔軟に見えるかなぁ。
それとも、強情に見える?

自分は、
自分から動く人、それとも、
他人に頼りっぱなしの人?

そう考えてみれば、
未来があるように思えて、
柔軟で、自分から動く人には、
希望を感じることになる。

そういう自分になりたい。
そうすれば、必要とされるから?

でも、他人に必要とされる前に、
自分が自分に必要とされる生き方を
見つけなくちゃいけないでしょ。

「組」という言い方を
嫌う人は少なくないと思うけど、

世の中は、
「勝ち組」は未来があるグループで、
希望も持てて、必要とされていて、
「負け組」は未来がないグループで、
希望もなく、必要とされていない、
という分け方をしている。

でも、私は、
その分け方、単純すぎると思う。

そうじゃないと思うんだよな。
そうじゃなくあって欲しい。

負けっていうのは、
これまでの土俵、ルール上では
負けているだけのことで、

新しい土俵、ルールを
自らでこしらえれば、
別の新しい勝負を
始められるはずだから。
(もちろん、大変なことだけど)

そもそも、
これまでの土俵、ルールに
希望をもてないのに、
そこだけにしがみついて、
いつまでも戦おうとするところに
希望がもてない原因もあれば、
必要とされない結果もあるのだろう。

自らの手で、
自分の活躍するべき
新しい土俵、ルールをつくり、
魅せられる生き方を
しなくちゃいけないんだよ。

まず、それが
自分に希望をもつということ。


(参考)まほろ駅前多田便利軒(三浦しをん)

2006年12月17日

人になにかをしてもらいたいと思えば、…

人になにかを
してもらいたいと思えば、
こちらからなにかをしてあげる。

人に愛されたいのなら、
こちらか愛する。

人を従わせたいのなら、
まず、人に従ってみる。

(重耳、宮城谷昌光)

私を仕事に巻き込みたい人から、
「うちは、こういうことを
 無償でやっているから、あんたも、
 そこら辺を協力してくれねぇか。」
みたいなことを言われる時がある。

誘い方としては、
うまいと言えば、うまい。

無償、ボランティアという精神を盾に、
美しき精神に賛同してくれ、
あんたはいい人だろ、
みたいな感じだから。

しかし、なんで、その人が
それを無償でやらなければ
いけなくなったのか、
という背景を考えれば、
お金とは関係ないとしても、
その人自身のためであることに
変わりないこともある。

お金になるビジネスでも、
美しき精神の活動にしても、
人に何かをさせたいのなら、
相手に、その理由をハッキリ
見えるようにしなくちゃねぇ。

自分の利益を隠していては、
人に信用されない。最後には、
誰もついてこない。

逆に、自分は、
「自分のためにやってるんだ。」
っていう裏表ない行動の方が、
分かりやすくていい。

あとは、それを見た人々が、
好きか、嫌いか判断すれば
いいだけだから。

何かやってもらいたいなから、
相手が欲しい情報を見せよう。
それが愛か、意欲か、知恵か、
それ以外のものかは、
相手の価値観次第なのだ。


(参考)あなたの悩みが世界を救う!(神田昌典)

2006年12月11日

…不安になりすぎない…

大切なのは、けっして
不安になりすぎないこと。

すべてのことは、
時がくればうまくいく。

(英語)
The things is
never to be too anxious.
Everything comes in due time.

(北回帰線、ヘンリー・ミラー)

自分勝手に、
不安になりすぎる人が、
自分の敵である時は、
ラッキーである。

自滅してくれるから、
特段の努力もなく
勝つことが出来る。

しかし、
それが自分の味方だと
その不安は、自分にまで
影響を与えてしまう。

不安になりすぎる傾向は、
だいたいは、思い込みから始まる。

ささいなことか、
大きなことかに関わらず、
一人の人間の狭い世界で
物事をマイナスに考えすぎれば、
不安になるのは当然と言えば当然。

ある意味、
自分の力だけに
頼るのもよくない。

もっと大きな力の存在を認めて、
時の過ぎるのに身をゆだねて、
自分が出来ることだけに
集中するのも必要なこと。

不安になりすぎて、
自分が出来ることすら
始められなくなるのが、
一番の問題なのだ。

人間は、出来ることを
1つずつ始めていくしか
ないのだから。


(参考)北回帰線(ヘンリー・ミラー)

2006年10月30日

癌になったおかげで、わかったんです。…

癌になったおかげで、
わかったんです。
ものごとを
変えるつもりなら、
今するしかないと。

(タイムシフティング、ステファン・レクトシャッフェン)

本当は、
ものごとなんて、
なかなか変わらないなぁと
感じる時もあると思うんです。

自分を変えてみよう、
と思った時に起こす行動すら、
だいたいは、ささいなことに
思えることかもしれません。

けれども、そこから派生して、
ものごとが変わる可能性は
何もしないよりは大きくなる。

変えるつもりがない上に、
変わるのを待っているだけでは、
きっと何も期待できない。

「失うことから全ては始まる。
 正気にては大業ならず。」
 (シグルイ、南條範夫)

変わるというのは、
守っている何かを失うこと。
失ってもいいと思えるのは、
どこかに「正気」じゃない
思いがなければ出来ないこと
かもしれない。

たしかに、
大きな病気になることも、
正気を失わせる理由の1つ。

ものごとが見えてくれば、
何が正気で、
何が正気じゃないのか、
あいまいなものも見えてくる
んじゃないでしょうか。

病気という束縛で、
かえって心が自由になる…
不思議なこともあるものです。


(参考)シグルイ(南條範夫)

2006年6月29日

この世での一番の宝探しは、…

この世での一番の宝探しは、
人との出会いだと思った。

(ドラマ「トップキャスター」)

娘たちが気に入って、
後半から見るようになった、
このドラマ。

「人生のゴールって
 スタートすること
 なんじゃないかな?」
なんていう言葉も出たりして、
ふむふむとうなずくこともしばしば。

私はまだ37年しか生きていないけれど、
その人生で見つけた宝と言えば、
やっぱり、モノじゃないように思う。

実際、そんなにモノを集めもしないし、
持ってもいないから、そうでしょうが…

じゃあ、本当に、
人が「宝」かと言えば、
探して見つけたというよりも、
今のところ、ちょうど目の前を
通り過ぎてくれた人を
つかまえたというのがほとんど。

もっと必死に探せば、
もっと見つけられるんでしょうか。
ちょっと、そこが疑問です…

それに、宝だとすれば、
たくさんの宝を見つけることがいいのか、
価値ある大きな宝を一つだけでも
見つけるのがいいのか、
人それぞれの考え方、哲学で
選択が分かれるところでしょう。

私は、後者かな。
私にしか見つけられない、
価値ある大きな宝を見つけたい。
もしかしたら、
見つけているかもしれないけれど…

今日も、宝探し、宝探し。
大きな宝の中には、
さらなる宝もあるでしょうからね。

そして、もしかしたら、
別れも、宝なのかも。


(参考)「いい出会い」をつかむ人94のルール(斎藤茂太)

2006年6月27日

戦術は、自分たちで決めるものではなく、…

戦術は、自分たちで
決めるものではなく、
相手に対して作るもの。

相手がどうくるかによって、
戦術を変えている。

(オシム監督)

にわかサッカーファンの私は、
日本が予選敗退してからというもの、
すっかり、ワールドカップ熱が
冷めてしまいました。

マスコミは、次期監督候補
オシムさんの言葉で
盛りあがっているようで、
今日は、そこからの引用です。

戦略、戦術、戦法、作戦…
いろんな言葉があるなかで、
厳密に言えば、それぞれの意味は
ハッキリ違うようですが、
単なる思いつきの戦術では、
ダメな場合が少なくありません。

いくら良いアイデアでも、
相手がそれに対して、
100%の準備をしていれば、
逆にやられます。

相手が考えつかないところに、
戦いの舞台をつくらないと
こちらの攻撃は力不足になるのです。

なんか、カケヒキのようで、
そんなのは嫌いだなぁ…
と思う人もいるでしょう。

しかし、本当に欲しいもの、
本当に勝ちたいことのためには、
いろんな攻め方を工夫するもの。

少しでも安く買いたいものがあれば、
いろんな調査をするように、
半歩でも勝つためには、
戦う相手を知らなくてはいけないのです。

もし、情報がないというのなら、
戦い始めながら、
情報を集めなければいけません。

自分一人の思いつきだけで、
ずっと勝っていける世の中なら、
誰も苦労はしません。多分、
面白味もないことでしょう。

結局は、自分に勝つことですが、
相手がいなければ、その勝ちも
ないのですから。


(参考)オシムの言葉(木村元彦)

2006年6月25日

世の中が、お互いにとって、思ったほど悪くないのは、…

世の中が、お互いにとって、
思ったほど悪くないのは、
その半ばは、
人目につかないところで
誠実な一生を送り、
死後は訪れる人もいない墓に
眠る人が少なくないからである。

(英語)
That things are not so ill with you and me
as they might have been,
is half owing to the number
who lived faithfully a hidden life,
and rest in unvisited tombs.

(ミドルマーチ、ジョージ・エリオット)

悪いことをする人は、
たくさんいます。
その被害に遭えば、気分は最悪です。
広い意味で言えば、私自身さえ、
悪いことをする人に含まれるかも…

けれど、生きていれば、
いつか、どこかで、誰かの
優しさにふれる時があります。
時には、自分が、
そういう役割をしている時も…

私たちのする良いことも、悪いことも、
ほとんどの場合は、注目されません。
ものすごく悪いか、
ものすごく良いかでなければ、
マスコミなどにも取り上げられず、
時間が経てば、忘れられるのです。

実際、誰が、この世の中の善を
支えているかは分かりません。
国や警察、裁判所など、
大きな影響を及ぼす組織の存在は、
知っていますが、日常の生活には
ほど遠く感じることもあります。

まして、そこから
幸せを保証してもらえる
わけでもありません。

私がものを知らないせいか、
エジプトのピラミッドは
知っているけれど、
そこに入っている王様が
何をした人かは、
よく知らない。

一方、墓のありかは分からないけれど、
偉大なことをした人は、
多く知っている。

はたまた、墓のありかも
何をしたかも知らないけれど、
偉大なことをした人も、
かなり多くいるだろうことは
予想できます。

そう考えれば、身近にいる人、
ふと出会った人、通りすがりの人、
そんな人の方が意外と
影響大なのかもしれません。


(参考)ミドルマーチ(ジョージ・エリオット)

2006年4月16日

どっちを選んでも後悔すると思う、…

どっちを選んでも
後悔すると思う、
でも、どっちを選んでも
幸せになれると思う。

(ピーチガール、土田美和)

金魚姫さんからの投稿です。
「二人の大切な男性のどちらと
 未来を共にするか
 迷い悩んでいる主人公の
 背中を押した言葉です。
 恋愛に限らず、人生における
 すべての選択についても
 同じことがいえると思います。
 どちらを選んだかではなく、
 選択の後、どんな気持ちで
 どんな行動をしていくかが
 大切なんですね。」

人を選ぶことって、
とても難しいことですよね。

変わる可能性もあれば、
変わらない可能性もある…
というか、実際は、
隠された本性が良い場合もあれば、
隠された本性が悪い場合もある。

自分自身について考えてみても、
どういう人間になっちゃうか、
どういう本性が強く出てくるか、
分からないところもありますから。

後悔したいのなら、
何事もすべて
相手のせいにしていればいいし、
幸せになりたいのなら、
自分のできる最善を尽くすことに
喜びを見いだすしかない。

幸せにしてもらおう、
なんて考え方は、頭の隅々から
消さなくちゃいけないんですよね。

選択の瞬間も大切ですけど、
選択の後はもっと大切
ということでしょうか。

これは、人選び以外でも言えること…

(参考)ピーチガール(上田美和)

2006年1月28日

未来を予測しようと…

未来を予測しようと
すると罠にはまる。

(P・F・ドラッカー)

各局のテレビ番組とも、
芸能人の未来とかを
占ったり、助言したり…
っていう感じのものを
見かけることが多いです。

当の芸能人が、それを
本気で信じているのか、

それとも、
番組上のリアクションとして
そういう対応をしているのか、
よく分かりませんが、

私には「未来」について、
分からないことが多い。

いろんな助言や情報を集めて、
こうなっていくだろう、
という予測を立てたとしても、
自分自身をコントロール
できなかったりもします。

そうなると、
未来の予測が当たっても、
何の意味もないわけで…

よく、
占い師とかにだまされた、
なんていう話を聞きますが、
それを信じるように
仕向けた自分自身が
一番の罠だと思います。

求めるところ、
探すところを間違えると、
人生の行き先も変わるんですね。


(参考)幸せ成功力を日増しに高めるEQノート(野口嘉則)

2005年5月19日

同じような過ちを誰もが持っているのは…

同じような過ちを
誰もが持っているのは
他人をゆるせる広い心を
持てるため

(明けない夜が来ることはない、槇原敬之)

「っていうようなことを言いながら、
 自分は、まだまだなんですけどね。」
こんな口癖の人がいる。

自分がガミガミ言っているだけの
人間でないことをイメージづけるために、
セリフの最後に、
とって付けたような言葉…かもしれない。

自分に求める理想も、
他人に求める理想も、
かなり高いもんだから、
足りないところばかりが
目につく。

しかし、目は、
自分の側が見えるようには
顔についていないもんだから、
だいたい、何か言いたくなるのは、
他人のダメな部分。

アタマにきたりして、
一生懸命しゃべっているうちは、
他人のダメな部分しか見えない。

しかし、しゃべっているうちに、
少しスッキリして落ち着いてくるから、
今度は、そういうふうに
しゃべっている自分のダメさが、
気になりだしてくる。

というか、
「不満ばかり言う人だねぇ。」とか、
「よくしゃべる人だねぇ。」とか、
思われたくないから、
自分を守るために、
例のセリフが出てくるのだ。

「っていうようなことを言いながら、
 自分は、まだまだなんですけどね。」

過ちの種類はちがうとしても、
いつか、どこかで
自分の足りないところに気づいて、
それを変えていくことに
専念できるようになったら、

おそらく、他人について
とやかく言いたくなる気持ちは
少し消えていくだろうと思う。

私も、まだまだだねぇ。
だって、自分のことはさておき、
こんなことを、偉そうに
書いているくらいですから。

笑って、ごまかすしかないです。

【参考】
明けない夜が来ることはない(槇原敬之)

2005年3月27日

何万人の女たちがあたしはちがうと思いながら…

十二月(中島みゆき)の歌詞

何万人の~の部分

いろんな人達の
泣いていく姿を
目にしてきて、

自分も「もしかして…」
と思いながらも、今さら
自分を変えることも出来なくて、
「私だけは違う」という
答えにすがろうとする。

でも、そのすがった答えは、
ずるずるとズレ落ちていき、
結局は「私も同じだった」
と涙することになる。

おそらく、
私もそうだろうけど、
だいたいが思い違いをしている。

たとえば、ほとんどの人が
その同じ過ちの道を
通ってしまう時に、

恥ずかしいのは、自分も
「同じだった」という事実でなく、
「同じだった」ことを
早く認めなかった事実の方なのだ。

早く認めさえすれば、
早く気づきさえすれば、
同じではなくなる。

当然のことながら、
成功については、
人と同じでありたいけど、
失敗については、
人と同じではありたくない。

そして、時に、
そんな執着が、
判断を鈍らせる。

私も、心当たりありますね。

結局、同じかもしれない。
でも、今から
「違い」を生み出したいなら、
早く気づいて、改めるしかない。

それで、いきましょう。

【参考】
いまのきもち(中島みゆき)

2005年3月 6日

カッコつけるのは疲れたでしょ?案外…

カッコつけるのは疲れたでしょ?
案外誰も気にしてないよ

迷惑をかけるのがイヤだなんて
一人で歩いて来たつもりなの?

(人間ってそんなものね、KOKIA)

香里さんの投稿で
いただいた言葉です。

たしかに、
ずばっとくる言葉ですね。

何もカッコつけないで
生きていくのは、
多分、無理かもしれないけど、

カッコつけるのは疲れるでしょ?

とか言われると、
カッコつけている自分が
一つ、二つ見つかったりします。

そこに、
「案外誰も気にしてないよ」
という言葉もついてくると、

いったい何しているんだ、私は?
という気づきと不安も
襲ってきたりします。

カッコつけたい意識があるから、
ちょっとは、しっかり生きている自分。

まったくカッコつけなくなったら、
多分、プライドとか、自尊心も
なくなって、だらけちゃう。

カッコつけたいという思いが、
最低限の生きる気持ちと
つながっている人もいるらしい。

食べることに事欠いていても、
カッコをつけるのが
やめられない人々もよく見る。

それは、いろいろなかたち…
ケータイ、車、服、マイホーム、
アクセサリー、家族写真、などなど。

でも、それをすることが、
最低限の生きる気持ちを
サポートしているような感じにも見える。
簡単に「不要」とは言えない。

戦争などない平和な社会では、
ある意味、それも必要なのか。
なんか、他人のカッコつける姿は、
歯がゆいけれど…。

自分のカッコつける姿も、
それとたいして変わらないんだろうなぁ。

【参考】
trip trip(KOKIA)

2005年1月 4日

…あらゆる動物は、人生のツボを知っている。…

人間をのぞいた、あらゆる動物は、
人生のツボを知っている。
それを楽しむことだって。

(英語)
All animals, except man, know that
the principal business of life is
to enjoy it.

(サミュエル・バトラー)

人間は高等すぎて、
楽しむことを
忘れてしまうんでしょう。

動物はそこまで追いつかないから、
「楽しむ」以外のことをしない。
多分…

でも、本当に、
人間が本能のままに
ただ楽しんでいたら、
めちゃくちゃになってしまう
ことも考えられる。

そう言えば、
「自殺する動物」なんて
聞いたことないよなぁ。

もし、そんな動物がいたとしても、
家族や仲間を守るとか、
自分たちの数とエサのバランスをとるとか、
そんな目的がない限り、
自分たちの命に
手をつけることなんてない
ように思います。

いずれにしろ、
人間は複雑だから、
いろいろな問題が
迫ってくる。

そして、その問題に
深刻になりすぎればすぎるほど、
解決から遠のくこともありえる。

人生のツボは、楽しむこと。
忘れないようにしましょう。

【参考】
人生はイメージしだい―ツボをつかめばしめこのうさぎ(たかの友梨)

2004年11月 1日

答えはこの本にはない。…

答えはこの本にはない。
読んでいる君のなかにある。

(トム・ストッパード)

インターネットで本を買う時には、
アマゾン・コムをよく利用する私ですが、
本を買うにあたって、
読んだり、買ったりした方々の
コメントを参考にしています。

☆の数で評価もされていて、
重宝しています。

みんながみんな、
同じように5つ星評価
しているものもあれば、
最悪な評価をしているものもある。

しかし、だいたいは、
良いというコメントと、
そうでもないというコメントが、
入り混じっている。

なかには、
その著者やその意見に
個人的な敵意をもって、
コメントしているんじゃないか、
というものさえ見つける。

最近の傾向として感じるのは、
「こうだったらいいなぁ」という
自分の願望を肯定してくれる本が
出版されたり、売れたりしていて、
それに対する「賛成」「反対」とかの
コメントが目立つことだ。

つまり、今日の言葉のように、
すでに自分の中にある答えを、
本の中に探して安心したい傾向が、
私たちにはある。

それなら、本なんか、
読まなくていいんじゃないか、
と思う人もいるかもしれないが、

なんていうか、
人は背中を押されたい。
そのために、
本を買っているところもある。

自分の心を真っ白な状態にして、
向き合うというのは、
基本的に難しい。

でも、それが分かっているだけでも、
多分、違うと思うんだな。
思い込みや勘違いを避けられるから…

【参考】
本を読む本(M.J.アドラー)

2004年5月14日

名付けるものが力ある者なり

名付けるものが
力ある者なり

(詩人ケン、業田良家)

名前には、すごい力がある。

商品にしろ、サービスにしろ、
ネーミングだけで、
その行く末が決まると言っても、
言い過ぎじゃあない。

だから、変な名前を
つけようとする親たちには、
役所も拒もうとする。

インターネットや、
メールマガジンで見られる、
タイトルにしても、
いろんな効果がある。

なかには、
「これ、誰にわかるかな?」
と思えるような四字熟語を
作る人もいたりする。

その「名付け」の意欲は、
すごいと思うけど、
創造性の才能は別物らしい。

ちなみに、皆さんは、
自分の名前が好きですか?

私はですね。
婿入りした後の今の姓名が、
とっても気に入っています。

夫婦別姓という制度もありますが、
やはり、名前が重要だ、
という表れでしょう。

何かをネーミングする時は、
そのパワーを考えて、
やってみましょうね。

【参考】
詩人ケン(業田良家)

2004年3月20日

無知は危険だが、…

無知は危険だが、
無責任な知識はもっと危険だ。

(英語)
Ignorance is dangerous,
but knowledge without resposibility
is more dangerous.

(ブルース・B・クラーク)

アタマのいい人を、
目の敵(カタキ)にする人がいるけど、
ちょっと違うんじゃないの、
と思うことがある。

アタマがいい、
という「くくり方」よりも、
そのアタマをどう使っているかの方が、
問題なんだよね。

アタマを何も使おうとしない無知、
アタマを無責任に使うウンチク屋、
双方とも面倒な存在になりうる。

だからと言って、
どっちにも思われたくないために、
「新しいこと・知識」から
全く遠ざかってしまう人もいるけど、
ん~…

人って、アタマの良し悪しが、
コンプレックスになってしまうと、
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」
の反対を、その通り守ってしまう。

何を持っているか、
何を持っていないか、
そんなことよりも使い方。

それを忘れずに、
本当の危険から逃れましょう。

【参考】
賢い人ほど失敗する(高原慶一朗)

2004年3月 7日

ほんとうの老化は、夢も見ず、…

ほんとうの老化は、夢も見ず、
自分の可能性にも見切りを
つけたところからはじまる。

(借りのある人・貸しのある人、
 フランチェスコ・アルベローニ)

います、います。
やはり、若くして老化している方。

その原因の一つが、
「夢と可能性に見切りをつけた」
と言うのにも、ナットクできる気がします。

今の時代は、夢というと、
どこかしら他人がもっている夢に憧れたり、
強欲な夢ばかり追う傾向もありますが、
その夢そのものから考えてみるのも
いいかもしれません…

テレビでも、自分の身近でも、
年齢の割りにイキイキしている人もいれば、
「え、まだそんな年なの?」と
思わせられる人もいます。

ま、見た目だけというケースもありますが、
「心のあり方」が一番なようです。

そう考えると、
老化させる夢もあれば、
若返らせる夢もあるでしょう。

見た目を若返らせたいという「夢」は、
本当の夢でないように思います。

本当の夢が、結果的に、
見た目を若返らせることはあるとしても…

そう言えば、老人ホームに勤めている知人が、
「ここでは夢がしぼんじゃうね。
 出会いにも期待できなくなるし…」
ってなことを言っていたのを思い出しました。

やはり、確率的には、
身も心も老化した人々の多い場所では、
気分もそうなっちゃうんでしょう。

これからの時代は、ますます
そんな環境が増えます。
そのなかにあっても、
ほんとうの老化だけは、
避けておきましょう。

【参考】
借りのある人・貸しのある人(フランチェスコ・アルベローニ)

2003年11月 5日

何も考えないほうがいい。何か…

何も考えないほうがいい。
何かすることが残っているうちは…

(英語)
Think nothing
while aught remains to do.

(サミュエル・ロジャース)

これ、ボケ防止の標語じゃないです。

あ、あれです。
私も年に数回はやりますが、
別の部屋に移動しながら、
何かを考えていると、
その部屋に来た目的を
すっかり忘れているんです。

ま、そういう意味でも、
この言葉は有効ですが…

1つのことだけ考えて、
行動を続けよ、と。

考え出すと、足がすくんでしまいます。

こんな言葉も…

「薄い氷の上をスケートするなら、
 安全はスピードにかかっている。」

 (英語)
 In skating over thin ice,
 our safty is in our speed.

 (ラルフ・ウォルド・エマーソン)

足がすくんじゃうと、
かえって危険なこともあるんです。

直接、危険でなくても、
せっかくのチャンスを
あきらめてしまうリスクも
発生します。

そのまま考えずに、
突き進んでいれば、
うまくいったはずのことが、
足止めされてしまう…

生きていれば、
そんな過去もいくつか
あることでしょう。

だから、何も考えないことも時には必要。
本当に何も考えていないわけでなく、
足止めしてしまう考えは、
その際、無視してみよう。

失敗したらしたでいい。
その時、考えてみるのさ。

失敗も成功も見ない前から、
考えばかり繰り返していれば、
何も得られない、本当に。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年10月16日

なんでもいいってのが、いちばん困る。…

なんでもいいってのが、
いちばん困る。

「何にでも効く」というクスリが
何にも効かないのと一見似ている。

(聖まる子伝、さくらももこ)

多分、今の時代に、
「なんでもいい」を使える人
っていうのは、

本当に何でも受け入れられる人か、

何にも考えたくない人か、

「なんでもいい」を
美徳と勘違いしている人、

のいずれかだと思う。

もし、美徳というのであれば、
どことなく、
ひかえめであれという
日本人的な感じに思えるけど、

職場の同僚だったアメリカ人にも、
そういう奴がいたんだよ。
確か、リックスって言ったな。

おごられたりする時に、必ず、
「なんでもいいです。好きです。」
と言うわけだな。

ところが、出てきて、
みんなが食べて始めれば、
彼の箸だけがいっこうに進まず、
数あるなかで、ある一品しか
食べていないっていうこともあった。

「口に合わないの?」と言っても、
「おいしい、おいしい。」と言うばかり…

同じようなシーンに何度も
出会ったが、彼のそういうポリシーは
なかなか変わらず。

結局、彼の「なんでもいい」は、
「何を出されても、食べたくないよ」
という意味に誤解されることになる。

自分が思っている美徳は、
場合によっては失礼になることもある。

「礼儀も過ぎれば、失礼になる」
っていう言葉は、本当だね。

あと、もう一つのパターンは、
気むずかしい人間に限って、
そんな言葉を使ったりすること。

「なんでもいい」って言いながら、
方向が示されると、色々ケチをつけたり、
後々、不満をもらしたりする人間。
困ったやつです。

「なんでもいい」という言葉の意味を
ちゃんと理解するべき日本人は、
まだまだ多いかもね。

美徳でもないし、「どうでもいい」
っていう意味でもない。

おまかせする意志であり、
出されたものは拒まず、
後々、不満も決して言わない
っていう意味なんだよ。

思い当たる人がいたら、
教えてあげてください。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年10月10日

われわれは皆、他人の不幸には…

われわれは皆、他人の不幸には
耐えていく力を持っている。

(英語)
We all have strength enough
to bear the misfortune of others.

(ラ・ロシュフコー)

なんか、皮肉っぽい言葉ですけど、
自分を見ても、そうだよな、
って思います。
(特に、冷たい人間でして…笑)

だから、マスコミの報道にも、
踊らされて、テレビに釘付けに
なったりしてしまう習性も見えます。
自分のなかに…

たとえば、今、
報道されている事件でも、
その悲惨さにかわいそうと思いながら、

マスコミが、次のスクープを
取りあげれば、自分の心は、
そちらに引っ張られてしまうんです。

でも、その前に起きた事件の傷跡は、
その人たちの中から
消えているわけじゃあなく、
ただ、私たちが忘れてしまっただけ。

そんな自分たちの習性が分かれば、
他人の不幸や失敗を、
たいしたことないと思ったとしても、
簡単に口にしちゃあいけないんだろうな、
と思います。

そこを口にしたり、
自分の不幸だけが、
あるいは自分の不幸の方が、
かわいそうだという顔で生きているから、

「誰にも理解されない」
なんて感情ばかりが残ってしまうんです。

相田みつをさんの言葉が思い浮かびます。

「だれにだって あるんだよ
 ひとにはいえない くるしみが

 だれにだって あるんだよ
 ひとにはいえない かなしみが」

そんな思いで、
自分と他人の不幸を思えたら、
幸せが見つかるような気がします。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年7月30日

あらゆる偉大な発見は、考えるよりも先に…

あらゆる偉大な発見は、
考えるよりも先に
感じられる人間によってなされる。

(英語)
All great discoveries are made by men
whose feelings run ahead of their thinking.

(チャールズ・パークハースト)

ゴールがはっきり見えない時がある。

だから、本当は、
ゴールの一歩手前なのに
立ち止まってしまい、考え始め、

さらに悪いことに、
考えすぎて、時間をムダにしたり、
あきらめたりすることが、
人間にはある。

それが、人生の面白いところ。

理性や思考を否定しているわけじゃあない。
時には、トライ&エラー、試行錯誤以外に、
道が開けない状況もあるっていうこと。

そのうちに、感性が磨かれて、
考える力の他に、感じられる力も、
身についてくる。

感じられる力っていうのは、
考えてるだけじゃあ得られない。

いろんな経験をして、
いろんなものを見て、ふれて、聞いて、
自分のものになってくる。

ただ、いろんな人を見てくると、
「感情」と「感性」は違うよなぁって思う。

そうじゃありません?

感情を優先して行動する人が、
必ずしも、感性がいいわけじゃあないし、
感情を優先するあまり、
いろんなことを考えすぎて、
足踏みしている人も多いですからね。

感性、磨きましょ。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年7月28日

朝の1時間を逃がしてみなさい。その日1日中、…

朝の1時間を逃がしてみなさい。
その日1日中、それを探し回ることになるよ。

(英語)
Lose an hour in the morning,
and you will spend all day
looking for it.

(リチャード・ホワットリー)

あまりやりたくない実験だけど…

普段の生活をしていれば、
そんな失敗に気づくことは多い。

逆の発想で言えば、
日本語のことわざ
「早起きは三文の徳」かな?

逃がせば、1日中探し回ること
になる朝の1時間。

逃がさないで手元に置いておけば、
それなりのことを果たしてくれる1時間。

さらに1時間増やせば、
もっといろいろな可能性を
生んでくれる1時間。

ま、早起きし過ぎて、
日中の時間に眠くなってしまうのは、
いかがなものか…と思ってしまうけど、

朝の時間は、大切にしたいもの。

何時に起きればいいとか、
睡眠時間を何時間にすればいいとかは、
習慣や体質の問題もあって、

万能な結論は見い出せないだろうけど、
自分を磨く1時間は、
みんなに必要なものだよね、確かに…

そう思いながら、早起きしているShuです。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年7月18日

あなたの敵から、目を離さないようにしなさい。だって、…

あなたの敵から、
目を離さないようにしなさい。

だって、あなたの欠点を
最初に見つけてくれる人達なんだから…

(英語)
Observe your enemies,
for they first find out your faults.

(アンティステネス)

やさしそうな知人に対して、
こう言う人がいます。

「私のことで、何か気づいたら、
 いつでも、遠慮なく教えてね。
 すぐ直すから…」

やさしそうな知人にお願いしている以上、
間違いなく、欠点を伝えられるのに、
堪えられる人じゃあないんです。

だから、そういう言葉を
小耳にはさんだからと言って、
敵であるあなた(たとえば…ですよ)が、
その人に教えてあげる必要はないんです。

感謝されることなんて、まずないでしょうから。
ま、ケンカしたいのなら別ですが…

つまり、あなたについて考えてみた場合、
あなたに嫌われたくないと思っている人が、
「あなたの欠点リスト」を
あなたにすすんで見せたいはずはありません。

その代わり、
あなたに嫌われてもいいと思っている敵なら、
「あなたの欠点リスト」に、
あることないことを付け足してでも、
あなたに見せつけてやりたいと
思っていることでしょう。

だからね、心苦しいながらも、
「私の改善点を教えてください。」
なんて言わなくてもいいのです。

あなたの敵が、聞かなくても、
言いたくて言いたくてウズウズしていて、
思わずポロって漏らしてしまう言葉を
覚えておけば、十分に情報が得られるんです。

ただ、自分の欠点について、
1つでも聞くに堪えないという方は、
そんなことにさえ気を配らない方がいいです。
気が滅入るだけですから…

自分の欠点を見つけるにも、
それを改善するにも、
まずは精神力を鍛えないとね。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年7月 7日

新しいことに挑戦することが、かえってリスクを少なくする場合も多い。

新しいことに挑戦することが、
かえってリスクを少なくする場合も多い。

(キャリアの教科書、佐々木直彦)

食わず嫌い。

新しいことに挑戦しないのって、
それに似ていると思う。
今まで食べたことがないから、そして、
新しい味を必ず好きになれる自信がないから、
食べようとしない。
(ホントは好きになれるかもしれないのに…)

ほとんどの場合、
「食わず嫌い」を通していても、
問題は起こらない。

しかし、稀に問題になる場合がある。
食べるものがかなり限定されている人、
なおかつ、その食べ物が危険になった時、
それがその時だ。
(実際、食わず嫌いじゃあないけど、
食べ物アレルギーの人はそれに近い問題があるはず。)

たとえ、それが今まで、
ものすごくおいしいものであったとしても、
「今は危険だ」という事実は、
過去とはまったく関係ない。

そう考えると、自分の生き方、恋愛、
あるいは仕事や会社のあり方にも、
思い浮かぶ点が出てくる。

同著には、こんな言葉もある。
「うまくいかないことが
 悪いことだとは限らない。」

新しいことに挑戦して、
失敗したから、やっぱり…
という結論は早急すぎる。

私たちが知っている「今まで通り」の周りには、
私たちの知らない「新しいこと」が
それ以上にあるんだから、
たった1つの結果で
結論を出すこと自体がナンセンス。

それを覚えて、
生き方のリスクを見つめましょう。
単なる食わず嫌いでないかどうか…

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2003年6月11日

改革を実行するということは、…

改革を実行するということは、
まず改革にあたる者が、
自分を変えることだ。

自分を変えるということは、
生きかたを変えることだ。
かなりの勇気がいる。

(小説「上杉鷹山」、童門冬二)

時代は、さまざまな場面で、
改革を求めている。

特に、それを進めるトップに対して、
トップ自身が何を変えるかつもりか、
みんなが最も注目している。

そんななか、
自身の報酬カットから始めるのは、
当然のスタートであろう。

ただ、カットしたとは言え、
他の人々に比較すれば、
絶対額としてまだまだ大きな差異が
あることに変わりはない。

それを「責任の重さの代償」として残し、
さらに前進しなければいけないわけだから、
改革を進める者の道は険しいと思う。

ほんとうに、勇気のいることだ。<