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2008年7月23日

あるとき、行き止まりに直面する。...

あるとき、
行き止まりに直面する。

絶対に到達点にたどり着けないなら、
それは失敗で、
別の道を行かなければなりません。

一方、本当は到達点へ続いているのに
そこで諦めるなら、永遠に到達できない。

(雑誌「プレジデント」)

いろんな見方をしてみるまでは、
本当の行き止まりかどうかは分からない。

ピンチか、チャンスか、
その違いを見きわめるのと
同じことかもしれない。

そもそも、
ピンチ=チャンスとなれば、
違うものと思う必要もなくなる。

すべての行き止まりは、
自分に何かを与えてくれる。

どこであきらめるか、
なにをあきらめるか。

たとえば、
100%を目指すという目標と、
80%を目指すという目標では、
気持ちも変わってくる。

100%を目指しているプロセスで、
どうしても届きそうにないとなれば、
あきらめる事柄が、

80%を目指しているプロセスでは、
まあいいだろう、これくらい出来れば、
となって次に進めることもある。

そして、そこには、
あきらめないで取り組んで、
新しいことを発見できることもあれば、
泥沼にハマって迷い込んでしまうこともある。

一方、次に進んで、
新しいことに出会うこともあれば、
未熟なゆえに苦しむこともある。

どうなるか先のことなど、
分からないのだ。

いずれにしろ、
自分が選んだという自覚のもとに、
がんばるしかない、ということだと思う。


(参考)心を浄化する魔法の言葉 (角 礼寿)

2008年7月16日

あいつらとオレでなにがちがうんだ?

あいつらとオレでなにがちがうんだ?
能力とか性格とか境遇とか...

ンなこと言い出したらなんもできない。
口実さがしてんじゃねェんだよ!

(おおきく振りかぶって、ひぐちアサ)

夏那帆さんからの投稿です。
「その通りだと思いました。
 ライバルと自分を比べる時
 つい卑屈になりがちだけど、
 そんなこと数えててもキリがない。
 自分は自分でしか変えられないから。
 自分ががんばるしかないんだなぁ
 と気づかされました。」

がんばらなくていい理由は、
きっと、いくらでも見つかる。

そんな理由を探す暇があったら、
ストレートに
「やりたくない。その責任は自分がとる。」
っていう一言のほうが潔い。

そして、やりたいことをやればいいのだ。

でも、やりたくないけど、
やりたいこともない現実に
向き合うのが怖いから、
言い訳ばかりすることになる。

いくら言い訳を探して、
逃れられたような気分になっていても、
やった責任も、やらなかった責任も、
ちゃんと自分に戻ってくるんです。

世の中は、そういうふうに
なっていると思います。

だったら、
やれるだけのことを
やってみた方がいい。

ホント、それだけのことだと思います。


(参考)おおきく振りかぶってFANBOOK

2008年5月 3日

今日がとても悲しくて、...

今日がとても悲しくて、
明日もしも泣いていても
そんな日々もあったねと
笑える日がきっと来るだろう。

(作者不詳)

笑える今の裏には、
笑えなかった過去があり、

もしかしたら、
笑えなくなる未来も
あるかもしれない。

その時々、
いろんなことが
起きてくる。

笑うのも、泣くのも、
いっときのこと。

ずっと続くなんて思うから、
ぬか喜びになったり、
苦しくなったりする。

未来は変わる。

けれども、
感じ方さえ変えれば、
今の見え方も変わってくれる。

大切なのは、
そういうもんだ、
って思えること。

そういうもんだって思えなければ、
自分の見方に苦しめられることに
なるだろう。

何もかも変わっていく。
それだけ分かれば、
生きることはもっと楽になる。


(参考)
孤独のグルメ(久住 昌之、谷口 ジロー)

2008年3月 4日

大きい声を出して、…

大きい声を出して、
いつも元気にニコニコしていれば、
たいていのことは
うまくいきます。

(日経ビジネスAssocie、樋口廣太郎)

なんでもない言葉です。
しかし、自分に
似合わないことをするように、
薦めているわけでもありません。

大きい声で、
いつも元気に、
ニコニコしなさいっていうのは、
幼稚園児とか、小学1年生が
先生から言われるようなこと。

ブツブツと、
うつむき加減にしながら、
不満そうな顔でいなさいっていうのは、
誰かに言われなくても、
うまくいかない時に
自然とやってしまう態度。

態度が悪いから、うまくいかないのか。
うまくいかないから、態度が悪いのか。

実際、裏を返せば、
大きい声、元気、ニコニコが、
うまくいくことを
約束しているわけじゃない。

ただ言えるのは、
ワクワクするような人が寄ってくる、
ということじゃないだろうか。

いい人が寄ってくれば、
いろんな気づきが与えられる。

うまくいかないことにも、
いいヒントを見つけられる。

そういう積み重ねが、
うまくいくことにつながるのでしょう。

大きい声、元気、ニコニコが、
自分に似合わないという人は、
自分にできる「いい態度」をしましょう。

そこに、ヒントがあると思います。


(参考)チャンスは貯金できない!(樋口 廣太郎)

2008年1月23日

失敗を恐れる人は、…

失敗を恐れる人は、
自分の行動を制限してる。

(英語)
One who fears failure
limits his activities.

(ヘンリー・フォード)

失敗しそうだと予想すれば、
無理をしない。
そこまで動けるのに、
動く気持ちを止める。
やる気の火も消す。

しかし、
本当のところ、
結果なんて分からない。

失敗するかもしれないけど、
失敗しないかもしれない。

もしも、
敵がいるような戦いだとしたら、
相手の方がもっと致命的な失敗を
するかもしれないのだ。

そういうあらゆる可能性を
考えることをせずに、
自分の狭い世界だけであきらめて、
自分の行動を制限しちゃう。

失敗しても
命に別状のないことなら、
やってみたらいい。

失敗しても
恥をかくだけのことなら、
恥をかけばいい。

失敗したら
誤解されて人間関係が壊れそうなら、
そんな失敗くらいで壊れるなら、
いつかは壊れるものなんだと
あきらめたらいい。

行動を制限するのが
本当に必要なのは、
もっと別の時にあるはず。

それまでは、失敗したらいいのだ。


(参考)500ピース 人生に失敗はない

2008年1月18日

心臓手術では、…

心臓手術では、
患者を一度殺します。
心臓を止めるわけですから。

(チーム・バチスタの栄光、海堂尊)

人間は、ときどき、
すごいこととも言えるし、
こわいこととも言えることを
している時があります。

その一例が、
今日の言葉に
表れている気がします。

同じ「殺し」にしても、
こっちの世に
戻って来られないやり方も
あるわけですから、

一度は殺すことになっても、
それ以前よりも良い状態で
戻って来させる医者が、
神の手を持っていると言われても、
過言ではないでしょう。

しかし、人はやはり人。
そういう美談の裏には、
少なくはない失敗や犠牲が
あったことと思います。

人は、そういう経験を積み重ねて、
ものすごいことが出来るようになる。
しかし、最低のことも出来る。

その分かれ道は、
心の分かれ道にさかのぼる。

何かに追い詰められた時、
その時にどちらを選ぶか。

それほど大きなことじゃなくても、
良いことが出来る人間でありたいです。


(参考)チーム・バチスタの栄光(海堂尊)

2007年12月20日

人生とはわからないものだ。…

人生とはわからないものだ。
少年の頃から目指し続けた大学に合格し、
しかし、ろくに学ぶことはできず、
結果、僕は映画監督になったのだ。
もしも4年間ちゃんと大学に通っていたら、
どうなっていたかなんてわからない。

人生とはそういうものだ。
受験の合否ですべてが
決まるわけではない。
それがステップとなって、
次にまた何かが起きるのだ。

(雑誌「プレジデントファミリー」、森田芳光)

受験に限らず、
何かの結果が出るっていうことは、
その後の人生を決めるわけじゃない。

いや、決まるけれど、
それで、ほかに道がないと
いうことにはならない。

結果っていうのは、
そこで何かを感じ、
次に何をしたらいいかを
考えるべきポイントに過ぎない。

何度も落ちて、
何度も負けて、
何度も失敗して、
そういう裏切りが
人生には何度もある。

裏切っているのは、自分か、他人か。

でも、考えようによっては、
誰にも裏切られてなんかいない。

そもそも、最初から、
そういうことが全部含まれての、
人生なんだと思う。

いつ、どこで、
どんなステップを踏まされるか、
自分で踏むような選択をするか、
分からないことも多い。

それでいいじゃないか。


(参考)プレジデントファミリー

2007年8月21日

人にできない苦労ほど、…

人にできない苦労ほど、
いつか楽しい思い出になる。

(オーラの泉)

運が悪いなんて言葉で
片づけたくないほど、
苦しい時がある。

目の前が開けない、
身動きがしずらい、
堂々巡りに感じる
くもりの日々が…

「何も咲かない寒い日は、
 下へ下へと根をのばせ。
 やがて大きな花が咲く。」
 (高橋尚子)

目に見えて、
何かが進展しているように
思えない日々。
だったら、今は、
根を張ることことにしよう。
深く深く、それを
伸ばすことにしよう。

そう思えれば、
なんか救われます。

誰にも見せなくていい根。
どんなふうに張らせようが、
どんなふうに伸ばそうが、
誰にも褒められないけど、
誰をも気遣う必要がない。

いろんな苦労をして、
いろんな根を張っていれば、
あとあとの備えが万全になる。

私も、今は、
根を張ることにしよう。


(参考)それがわかれば誰も苦労はしない (篁 真修)

2007年8月13日

その悲しみは宝物だ。 …

その悲しみは宝物だ。
ええ思い出をもらったな。

(のんのんばあとオレ、水木しげる)

好きだった女の子が
死んでしまい、
悲しんでいるところに、
父親がこう言ったのです。

人の死に際しては、
悲しみが微妙に違うと思う。

「お疲れさま」
と言える大往生もあれば、

「誰がこんなことを!?」
と怒りがおさまらないものもあり、

「辛かったね」
という病気との闘いの場合もある。

悲しみの思いのやり場がなく、
心が癒されない人々の表情が、
マスコミから報道されるのを
私たちはよく見ている。

それを考えると、
そういう悲しみを
宝物、思い出っていうものに
変えるためには、
かなりの時間が必要に思える。

お盆のこの時期、
亡くなった人について
思い出として心に迎えられるのは、

そういうことを乗り越えたか、
それらが関係ないくらい昔の相手に
対してだけでしょう。

私たちには、
関係ないくらい昔の人でも、
その人の死を乗り越えるために
苦しんだ人がいるだろう、

ということに想いを馳せると、
命のつながり自体が
思い出なんだなぁ、
という気がしてきます。

私もあなたも、いつかは
この世を去るんですねぇ。


(参考)総員玉砕せよ! (水木しげる)

2007年8月 9日

ノートに、こんがらがっている問題を…

ノートに、
こんがらがっている問題を
書いてみる。

複雑に思いたいのなら、
複雑に書けばいい。
うまく書けないなら、
うまく書けない状態を
書けばいい。
これで、もう、
ほどきはじめたことになるのだ。

(ほぼ日、糸井重里)

たびたび紹介している、
この「書く」ことの効用。

私は、ひっきりなしに、
知り合いに、これを勧めています。

残念ながら、
実際に試してくれる人は、
少ないですが…笑

それは、
書くことはたいへんだ、
という印象があるからというのは、
以前からわかっていました。

けど、逆に思ったんです。
もしかしたら、人は、
書くことよりだったら、
頭の中で悩んでいる方が楽だ、
と思っているんじゃないかって。

実際に、紙とかに、
いや、今はブログでもいいから、
そういうものに、
自分の思いを書きなぐる(書き並べる?)
っていう作業をしてみた人は、
頭の中で同じ思いをぐるぐる巡らせて、
悩み続けるよりも、
紙に書くことの方が、
何倍も楽だってことを…

誰かに相談にしてみる、
ストレス解消に何かをしてみる、
どこかに旅行に出かけてみる、
などなど、世の中には、
悩みから解放される手段が
たくさんあるけれど、
その共通するのは、

自分の中から、
その悩みを出してしまうこと。

自分の外に出さなくちゃ、
自分の中にいつまでも
あるんです。

その1つとして、
紙に書いてみるっていうのは、
お金もかからないし、
人にも知られたくない時には、
とっても便利なんですけどねぇ。

糸井さんも言っているくらいですから。

そして、そういうことを
続けていく先には、
何も書かなくても、
頭の中に書けるようになって、
それだけで解決できる時期が
来るということです。

まだお試しでなく、
今こんがらがっている方、
ぜひ、お試しあれ。


(参考)伝わる・揺さぶる!文章を書く (山田ズーニー)

2007年8月 5日

起きてしまったことは、全て良い!

起きてしまったことは、全て良い!

(ラジオ番組「あ、安部礼司」)

知る人ぞ知る、
人気のラジオ番組。

車で通勤していた頃だったら、
きっと気づいたことでしょうが、
私は最近まで知りませんでした、
この番組を。

あべれいじ、
averageの英語にピッタリな
平均的、普通な35歳の主人公。

普通だから出来ることがある、
ってそんな気がします。

だから、最高でない
「起きてしまったこと」
をすべて良しと理解もできる。

逆に言えば、
そう理解していかなくちゃ、
生きる勇気はもてません。

人生において
最高!と喜べるラインを
どこに置くかで
感じる気持ちも変わってきます。

ないものねだりを始めちゃうと、
きっと、起きてしまったことは、
すべて最悪になるでしょうから…

昨晩なかなか寝つけず、
寝ついたと思ったら
三女に起こされて、
もう一度眠ろうとしたら
今度は夫のいびきがうるさくて
また寝つけなくなった、
というちょっと不調のわが妻へ。

「起きてしまったことは、全て良い!」
って言葉は、気休めになるかな。笑


(参考)「あ、安部礼司」脚本集season1

2007年3月24日

本当に賢い者は、…

本当に賢い者は、
予想外のことが
ある可能性を忘れない。

(引用元不明)

什御さんからの投稿です。

世の中、自分次第でどうにでもなる、
という「超プラス思考」には、
何か罠があるような気がしてならない。

すべてのことを
予想できるのが
賢いことじゃない。
実際、出来るわけがない。

予想できないことが
起きるという覚悟をして、
それに対する備えをしてる方が賢い。

もちろん、
そんな備えを超えたことが
起きることだって、
おおいにありえるわけだから、

「どうしようもできなかった。」
という感想しか残らないことも
あるはずなのだ。

それをどう呼ぼうと、
人それぞれの自由だけれど、
世の中には、自分たちの認識を
はるかに超えた「偉大な力」
があるって信じても、
プラス思考を邪魔することはないと思う。

なぜなら、予想外には、
いいことも、悪いことも
どっちも含まれているから。


(参考)鋼の錬金術師(荒川弘)

2007年3月19日

辛い時なればこそ…

辛い時なればこそ
せっかち早とちりなど
言語道断

(天才柳沢教授の冒険、山下和美)

辛い時に、
じっと耐えられるのは、
かなり強い人。

それが出来なくて、
もがいてもがいて
なおさら苦しくなる人もいる。

そうかと思えば、
安易な逃げ道に誘われて
ワナにはまってしまう人もいる。

じっと耐えられない人は、
その「辛い時」を
別の切り口で見つめて、
道を切り開くしかない。

好きなことをしたい、
けれど反対されて辛い。

想いが通じて欲しい、
けれど誤解されて辛い。

力を発揮したい、
けれど機会がなくて辛い。

自由でいたい、
けれど邪魔されて辛い。

健康でいたい、
けれど病気がちで辛い。

大きなものから小さなものまで、
辛いは、誰の周りにもある。

他人の辛さが見えるところまで、
ちょっと目線を動かしてみよう。

そういう目線が変わった時に、
自分の辛さの景色も変わってくる。

せっかちや早とちりで、
さらに辛くなることも避けられる。

目線を変える…
それがポイントだと思います。


(参考)天才柳沢教授の冒険(山下和美)

2007年2月 2日

幸せを知らなかった方が…

幸せを知らなかった方が
幸せなことがいっぱいある

幸せになればなるほど
不幸せになるかもしれない要素も
増えてくんだね

(僕等がいた9巻、小畑友紀)

好きな人ができて、
その人といる時間が
ホントに楽しくて、
ときめいていて
自分も輝いている気がする。

想いが通じ合えば、
その幸せは、
もっと大きくなる。

けれど、もし、その想いに
ピリオドを打つ時が来たら、
どどーん、と落ち込む。

人は変わる、
時も流れていく…

幸せであればあるほど、
その後の出来事への感度も
高まっている。

心の感度は、
幸せだけに反応するわけでなく、
その反対のものにも反応する。

けれど、勘違いしちゃいけない。

一つの幸せが終わったとしても、
不幸が始まったとは限らないから。

もし終わりが来たら、
味わい尽くした時と思った方がいい。

恋愛ばかりでなく、
仕事での成功でも同じ。

そして、
せっかく高まった心の感度を
次のチャンスに活かすのだ。

しがみつかないように…


(参考)僕等がいた(小畑友紀)

2007年1月 9日

幸せは 喜び上手な 人に行き

幸せは 喜び上手な 人に行き

(雑誌「通販生活」の川柳)

その逆を言ってみたくなります。

不幸は 感謝下手な 人に行き

ってな感じでしょうか…

喜ぶことが上手な人は、
いつも何かに感謝しています。

一方、不幸そうにしている人は、
すぐに、どこにいても、
ささいなことに不満を言います。

感謝することなんて、
まず、めったにないわけです。

私がいざ同じ立場になったら、
そんなこと言えるかなぁ、
ということを、

大病を患っている人が
「この病気も、私の個性として
 与えられたことだから感謝して
 生きていきたいと思います。」
なんて言うのを聞くと、
思わず、うなってしまいます。

感謝することって、
限りなくあるんだなぁって。

「あなたが空しく生きた今日は、
 昨日死んでいった者が、
 あれほど生きたいと願った明日。」
 (カシコギ)

喜び上手になりましょう。
感謝上手になりましょう。

自分が幸せになるのを、
自分で邪魔することないように。


(参考)通販生活ネコマンガ

2006年12月 7日

見えもせず、聞こえもしないものを…

見えもせず、
聞こえもしないものを信じるのが、
本当の信頼というものです。

(ドラマ「忠臣蔵」)

なんか、いかにも、
ドラマっぽい、きれいな
セリフと思われる人もいるでしょう。

そう片づけたい気持ち、
誰も信用できなくなる気持ち、
それは、現実にあると思います。

それだけの経験をすれば…

心の底から
信用できなくなるために、
どれだけ悲惨な経験をすれば、
そこまで辿り着くのか。

私は、こんなに大変だった。
俺は、もっとひどく裏切られた。
自分の経験は、それどころじゃない。

そんな信用できなくなった経験を
競争しても、何にもならない。

もし、自慢するなら、
今信用している人の誰かから、
過去にどれだけ裏切られたかを
自慢した方がいい。

きっと、今信用しているなら、
そんな自慢は、実際はしないだろう。

今信用していない人の裏切りが、
どんだけひどいものだったとしても、
信用していない自分の器を
大きく見せられるわけじゃない。

それを乗り越えて
信用していればこそ、
器が大きいと言えるのだ。

信用していない自慢は、
なんの自慢にもならない。

私は、どうだろうなぁ…


(参考)わたしのせいじゃない(レイフ・クリスチャンソン)

2006年9月19日

一度目なら、今度こそはと私も思う。…

一度目なら、
今度こそはと私も思う。
避けられなかった惨劇に。

二度目なら、
またもかと私は呆れる。
避けられなかった惨劇に。

三度目なら、
呆れを越えて苦痛となる。
七度目を数えると
そろそろ喜劇になる。

(ひぐらしのなく頃に、竜騎士07)

柊さんからの投稿です。

嫌なことが、
1回、2回、3回と重なると、
そのうち、投げやりになる。

けれど、たしかに、
あまりにも重なると、
思わず笑ってしまう感覚、
私も経験あります。

なんか、もう笑うしかない。

ちょっと壊れる寸前の
危うい状態かもしれないけれど、
笑わないで、真剣になりすぎると、
本当に壊れるかもしれないみたいな。

自分を笑えるようになったら、
人生も進歩してくる。笑うだけで、
意外な「抜け道」が見つかったりする。

時には、
「こんな事態に笑うなんて、
 けしからん。なんだ!」
みたいなことを言う人もいるでしょう。

気にしない、気にしない。

そういう人って、
下手すると、自分で自分を
壊してしまうことにもなりうるから。

いくら真剣になっても、
自分が壊れちゃったら、
次のことが出来なくなるから。

壊れる寸前に笑って、
次のことが出来た方がいい。
これ、人生には必須だと思います。


(参考)ひぐらしのなく頃に(竜騎士07)

2006年9月 7日

疑うなんて…

疑うなんて
誰にでもできる
簡単なこと。

(フルーツバスケット、高屋奈月)

疑われやすい人がいる。
もしかしたら、
服装とかのせいかもしれない。

話し方とか、表情とか、
はたまた、親とか兄弟のせいで
信用されない人もいる。

そういう人たちが、
信じてもらえるために、
真面目に何かを変えようとする時、
なかには見捨てない人も出てくる。

しかし、必ずしも
うまくいくとも限らない。

すると、今度は、
「自分が信じてもらえること」
を疑いだしてしまう。

自分から疑いだしたら、
だいたいは、いいことをしなくなる。
疑われるための過去を
積み重ねるだけになっちゃうこともある。

誰かの悪事を疑う時に、
人は、自分でそれを
してしまっている時がある。

自分がそういうことをしてしまうので、
他の人も同じことをするんじゃないか、
と疑ってしまうのだ。

やむくもに人を信じることがいい、
とは、私も思わない。

ただ、人を疑うことで、
自分も立ち止まってしまうなら、
そこから離れた方がいいと思うだけだ。


(参考)フルーツバスケット(高屋奈月)

2006年6月15日

人って幸せになろうと思ってなれるもんじゃないのよ。…

人って
幸せになろうと思って
なれるもんじゃないのよ。

誰かを
幸せにしてあげようと思って初めて
幸せになれるもんなのよ。

(NHKドラマ「純情きらり」)

来年には小学生になるというのに、
まだ訳の分からない三女が、
今朝、勘違いをして泣いていた。

その勘違いというのは、
「今日が遠足という思い込み」

娘の通う保育園は、
大所帯であるために
今年の遠足は2回に分けたらしい。
先生たちも、大変なのだろう…

昨日は、各年齢の1組目が行った。
そして、今日は通常日として、
明日が2組目の予定日。

そんなことで、昨日は、
楽しく帰ってきた1組目を
目の当たりにして、
先生からの説明にも耳を傾けず、
自分は「明日行けるのだ」と
一人張り切っていた娘。

何度説明しても、
その思い込みが止むことはなく、
とうとう今朝が来た。
娘にとって「昨日の明日」は、
もちろん「今日」なわけで、
通園用リュックでなく、
遠足用リュックをもっていく、
と言ってきかない。

「遠足は明日なのよ」
と言われても、
それを受け入れたくないから、
涙が出てくる…

自分が幸せになろうという思いも、
他の人のほうが、どんどん幸せに
なっていっているように見えると、
かえって強まってしまう。

とてもじゃないけれど、
誰かを幸せにしてあげよう、
なんて思いもつかない。
それによって、自分が
幸せを感じられることには、
どうやっても行き着かない。

幸せの思い込み、
成功の思い込み、
そこからの逃れるのって
想像以上に大変なんですね。


(参考)純情きらりの原作本

2006年3月10日

…がんじがらめの場所…正しい場所…

世界は向上する余地のない、
がんじがらめの場所に
見えるかもしれない。

だが、そうではない。
ちょっと正しい場所を
押してやれば、それは傾くのだ。

(M・グラッドウェル)

この方が最近出版した本の
タイトルにつかまりました。

第1感
「最初の2秒」の
「なんとなく」が正しい

この言葉を読み、
なんとなく「そうかもな」
という結論に落ち着いたは、
やっぱり2秒ほど。

私たちは、仕事でも何でも
何か高い山を目の前にした時、
「登れるかもな」と思いもすれば、
「無理だな」とも思う。

実際、この第一印象の結論は、
物事の本質を「正しく」見たのでなく、
自分の本質を「正しく」表している。

つまり、それは、
心の本音の部分で、
登りたいと思っているか、
登りたくないと思っているか。

山であるからには、
登りつめるまでに
四方八方、いろんな道がある。
その中で、自分にとって
一番いい道(場所)を見つけるか、
それだけが問題。

時には、自分をだまして登らせ、
時には、自分を信じて登る。
それが出来たら、道が見えてくる。


(参考)第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい(M・グラッドウェル)

2005年12月22日

今この瞬間に、…

今この瞬間に、
あなたが無常の喜びを
感じていないとしたら、
理由はひとつしかない。

自分が持っていないものの
ことを考えているからだ。

(アントニー・デ・メロ)

昨日、一瞬ではありましたが、
身内のことでアクシデントがあり、
自分って不幸だなぁ、
と思ってしまいました。

こんな身内がいなかったら、
あんな身内がいたら、
考え始めたら、キリがありません。

身内でなくても、
自分の容貌や所有できるもの、
何であったとしても、
「持っていないもの」を
考え出したら、十中八九
誰もが不幸な思いになるでしょう。

クリスマスの名言を探していたら、
こんな言葉ばかり見つかりました。

「クリスマスは、
 孤独な人、
 疲れきった人、
 しりぞけられた人を
 苦しめる休日である。」
 (ジミー・キャノン)

「どうしてクリスマスって
 二日間も祝うんでしょう?
 俺を傷つけるのに
 一日だけじゃ足りない
 とでも言うんですか?」
 (へたれ時代)

「NHKは僕らを裏切らない。
 クリスマスだろうと何だろうと、
 通常通りの放送プログラム。
 あなた達は漢(おとこ)です。」
 (へたれ時代)

苦笑いしながらも、
考えさせられました。
クリスマスは、
みんなが幸せな気分を感じたい日。
あるいは、幸せそうに見せたい日。

それが手に入らなかった、
持てなかったということに
心が向いてしまう人にとっては、
やっぱり、不幸なクリスマスに
なってしまうことでしょう。

やっぱり、
「持っていないもの」を
考えちゃいけませんね。
改めて、思いましたよ。

(参考)成功して不幸になる人びと(ジョン・オニール)

2005年10月11日

未来(Mr.Children)

未来(Mr.Children)の歌詞

生まれたて~の部分

思い通りにいかない、
先の知れた未来なんて
やっぱり楽しくないですね。

思い通りにいかなくても、
まだ、何が起こるか
知らない方がマシ。
あがいてみるだけの価値が
残っているから…

日本語ペラペラである
アメリカの友人が、久しぶりに
メールをくれたと思ったら、
今度は、韓国にいるとのこと。

能力は十分ある友人でしたが、
勤めていた会社の経営状態が
思わしくなくなり、辞めて、
次なるチャレンジを即スタート。

母国語の英語に加えて、
日本語、韓国語と身につけて、
どんどん進化していく姿。

フットワークの軽さに、
舌を巻いてしまいました。
彼の未来は、
いつも動いている様子。
間違いなく、現在進行形。

「わたしの若さの根源は、想像力。
 みなさんも想像力を枯らさないで!」
 (ターシャ・テューダー)

想像力を使って、
自分の変わる未来を
どんどん思い描いていけないと、
フットワークは重いでしょうね。

想像力を、使いましょう。

【参考】
I LOVE U(Mr.Children)

2005年5月23日

不幸や不運などには実体がない。…

不幸や不運などには実体がない。
それは人の心の中のみに存在する。

(ナポレオン・ヒル)

と言うことは、
幸せにも、実体がない。
成功にも、実体がない。

もしかしたら、
私たちが手を伸ばしているのは、
実体と思わされている幻影…

なぜ、それほど、
幻影に惑わされるのか。
答えは簡単。多くの人が、
それを求めている姿が目に入るから。

そんな姿を見れば、
自分が求めているもの、
求めるべきものが分からないうちは、
おそらく、自分にとっても、
それが必要な気がしてくる。
それが手に入れば、幸せな、
成功したような気がしてくる。

先週(2005-5-17)は、
長者番付のニュースが
ありましたね。例年と違って、
個人情報保護法が始まったせいか、
この制度は必要かどうかなども
議論されていました。

ただ、そういう議論とは別に、
このようなニュースに、
人生が左右される人も
いると思うんです。

「よし!俺も有名になるぞ。」
と意気込む人がいる一方で、
「おんなじ人間なのに、俺は…」
とみじめさを感じる人も。

もしかしたら、どちらの感情も
たいして変わらないのかも
しれない。
幸せや成功の実体を、
思い違いしているだけ、
という点で。

私にも、そんな勘違いありそうです。
たとえば、誰か他人の才能を見て、
それを手に入れることができたら、
なんか幸せになれるような気がする感じ。

英語や中国語を勉強したり、
何か習い事を始めたり、
スクールにも通ったり、
でも、ほとんどが自分のものに
ならないうちに、終わってしまう。

自分を磨こうという向上心は、
いいんだけど、そして、
勘違いのスタートをゆるすとしても、
どこかで「実体」につながる思いに
変わらないと、まもなく結末が来る。

実体、本質、見失わないように。

【参考】
【携帯版】思考は現実化する(ナポレオン・ヒル)

2005年5月22日

…人間はできないと思ったら、まっすぐに歩くことだって…

何を言ってやがる。
手足の揃ったおまえに
できないことはひとつもない。

人間はできないと思ったら、
まっすぐに歩くことだって
できやしねえんだ。

(蒼穹の昴、浅田次郎)

思うだけで、
まっすぐに歩くことさえ、
出来ないっていう現象、
よく分かります。

おととしのこと。
私の実母が腰痛となり、
しばらくは仕事を休んだりして、
なんとか生活していたのですが、
立てなくなり、歩けなくなり、
とうとう入院することに…

死にいたるような腰痛では
ありませんから、私は、
少しずつでも快復していくものと
思っていたのですが、

見舞いに行って本人の話を
聞いていると、どんどん、
ダメになっていっているよう。

介護用オムツを買ってきてくれ、
こんな状態だから、あれも、
これもしてもらわなければ
いけない、などなど。まるで、
寝たきり老人になる準備でも
しているかのよう。

これは、おかしいと思っていた矢先、
担当医の先生に呼ばれて、
話を聞くことになりました。
退院のご通達です。

患者にしてみれば、
冷たい言葉かもしれませんが、
その痛みとは、一生付きあうつもりで
実生活に戻っていかないと、
体が弱くなってしまうと言われました。

寝たきりの準備に
入っていた当人にしてみれば、
かなりのショックだったことでしょう。

しかし、あれから2年。
痛い、痛いとは言いますが、
寝たきりになることはなく、
自分で立って、歩いています。

出来ないと思えば、
今まで出来たことでさえも、
出来なくなる、本当のことです。

気をつけてくださいね。

【参考】
今日は死ぬのにもってこいの日(ナンシー・ウッド)

2005年3月19日

ささいなことが、私たちの慰めになるのは、…

ささいなことが、
私たちの慰めになるのは、

ささいなことが、
私たちを苦しめるからである。

(パンセ、パスカル)

性格が合わないと、
本当に、ささいなことが
気になりますよね。

何かしているところ、
何か食べているところ、
しゃべっているところ、
息しているだけで…とか、
本当に、ささいなことが。

私も、ちっぱけな人間でして、
気になってしまう人がいます。

そして、それに
かなり苦しめられることも…。
生理的な問題ですからねぇ。

もし、そういう自分がいる中で、
自分の生活に新しい空気が
入り込んでくるチャンスが
ない場合には、苦しみが
そのまま続いてしまいます。

昨日、80歳の夫が、
「おかずの数が多い」という理由で、
73歳の妻と口論になり殺してしまう、
というニュースがありました。

他人の怒っている姿は、
ささいなことで怒っているもんだ、
と思えるものです。

しかし、怒っている本人にとっては、
場の空気が変わらない限り、
それが今世紀最大の出来事。
たとえ、ささいなことであっても、
それに、心が奪われてしまう。

ささいなこと、新しい空気。
それにふれる機会を
忘れないようにしましょう。

【参考】
パンセ(パスカル)

2004年12月29日

先生、私の人生、何もなかったんですよ。…

先生、私の人生、
何もなかったんですよ。

何の役にも立たなくて、
平々凡々。

そんな人間が、
生まれて初めて、
この世に生まれてきた意味が、
わかったんです。

(NHK朝ドラマ「ほんまもん」)

そんな瞬間を味わいたいですね。

自分を「何の役にも立たない」と
思うまではいかなくても、
なんとなくスパイスの利かない人生に、
我ながら、飽き飽きしている人は、
少なくないでしょう。

子供がよく言うセリフ
「退屈だよぉ~」
に近い感情で…生きている時が。

役に立たない自分だなぁ、
あるいは退屈だぁ、
という感情をうまく扱えなければ、
間違ったことをしてしまう可能性が
あると思います。

先日の26日(2004-12)、
TBS主催のコンサートにて、
出演したバンドの1つが、
イラクで人質となった
香田さんの問題映像を、
大画面で流したらしいです。

世の中で役に立つ方法、
退屈や日常にスパイスを与える方法、
商業主義をはき違えると、
そんなことになってしまう、
そんな気がしました。

とても残念です。

役に立たない、退屈と
思う時があったとしても、
問題の解決方法を
間違わないように
したいものです。

【参考】
ほんまもんでいきなはれ(村瀬明道尼)

2004年12月 5日

もう落ちるところまで落ちたよ。…

「もう落ちるところまで
 落ちたよ。」

「いえ、苦労ってものは、
 そう思ってからが
 長いんです。経験上」

(天国までの百マイル、浅田次郎)

よく聞く言葉ですよね。
いい意味でも、悪い意味でも…

落ちるところまで落ちたから、
「これ以上、悪いことはないはず。
 これからは、運が回ってくるよ。」
と言いたいのか。

それとも、
「もう、どうしようもない。
 何をしてもダメだよ。」
と言いたいのか。

悪いことって続けて起きると
聞くこともあるけど、
そうでもない時も
多いように思う。

続いているように見えて、
実際は、別々のこと。

それを、私たち人間の方が、
続けて見ることによって、
あるいは、それを引きずって、
選択を誤まるから、
最悪が続いていく。

早い段階で、
失敗を隠すことをやめれば、
多分、続くこともやめられる。

続くのは、隠そうとするから、
あるいは、それを
無理に否定しようとするから…
という場合もあるのでは。

「どん底まで、落ちた」と言いながら、
なおかつ、変なプライドを捨てきれないと、
やっぱり、苦労は続くんです。

気をつけましょう。

【参考】
蒼穹の昴(浅田次郎)

2004年9月15日

なんにもなかった、なに一つなにもできないでいた…

遙かなる日々(ジャパハリネット)の歌詞

なんにもなかった~の部分

時に、むなしいと知りつつ、
考えたり、やってしまうことがある。

おそらく、誰にでも…

それが、むなしいことと
再確認できて、
次に進めるのなら、
それはそれでいいことだと思う。

しかし、むなしいなかに、
自分を埋もれるままにしていたら、
多分、ダメになっちゃう。

夢でしかない、
あるいは理想でしかない、
思いや考えを呼び起こすだけで、
また立ち直れるんだったら、
そこから始めてみるのもいい。

何歳になっても、
そんな虚しさや、無力さ、
愛されたい思いは、
誰にでもあると思う。

虚しいけど、どこかに
あきらめたくない気持ちもあるから、
じたばたしてみたりもする。

病気だと言われれば、
楽になるかなと思って、
病院に行く人もいるし、

ケータイの画面ばかり
覗きこんでいる人も、

買い物やギャンブルに
お金を注ぎこむ人もいる。

やっていることは、
それぞれ違うけど、
根本は同じかもしれない。

心のポッカリを埋めようと、
必死になっている。

じたばたしてみよう、
生き尽したと言えるまでには、
時間と未体験のことが、
まだまだいっぱいあるから。

【参考】
遙かなる日々(ジャパハリネット)

2004年8月26日

クライマックス(スガシカオ)

クライマックス(スガシカオ)の歌詞

どんな悲しみ~の部分

悲しみや憎しみに
埋もれている自分も、
たしかに、自分だけど、

そうでない本当の自分が、
早く取りもどせるようになりたい。

そう思う瞬間が、
生きている時間には、
何度もあるわけで…

取り乱すたびに、
自分って、まだまだだなぁ、
って思います。

ワタシ的には、
悲しみより、憎しみが
良くないなぁって考えます。

やっぱり、顔まで変わってくるんだもん。
そして、その憎しみを
考えれば考えるほど、
それから逃れられなくなる…

全人生をかけて、
全人生をかける価値のない虚栄を
求めてしまう危険がありそう。
憎しみという魔力には。

明日は、そんな憎しみを
引きずる必要のない日。
本当は、まっさらな新しい日…

新しいものをつかめるように、
手ぶらのまま、明日を迎えたい。
そう思います。

【参考】
クライマックス(スガシカオ)

2004年4月 9日

…いつもしずかにわらっている…

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して瞋(いか)らず
いつもしずかにわらっている

みんなにデクノボウとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい

(雨ニモマケズ、宮沢賢治)

今、松嶋奈々子さんが
CMで読んでいるのを聞いて、
また、心に来る言葉になりました。

原文のカタカナだけ、
現代ひらがなにして、
私なりに読みやすく(?)してます。

私たちには、
いろんな喜怒哀楽があり、
その自分の感情に付き合っているだけで、
疲れる人生というシーンもあります。

そんなことならということで、
空気のような無色透明の存在でありたい、
なんて憧れをもつ時があっても、
おかしくないでしょう。

決して、閉じこもりでなく、
なんとなく、悟りに浸りたい心境…
あらゆることを受け入れ、
あらゆることへの強さもある。

人生でも、仕事でも、恋愛でも、
自分の思うようにいっている時は、
人間的な自分でよかったなぁ、
とうなずくのですが、

思うようにいかなくなると、
ありったけの力でもがくか、
その苦しみを感じないほどの悟りに
いたる自分が欲しくなるか、
そのいずれかでしょう。

実際、そんな悟りに
至れることはないかもしれませんが、
いい言葉に出会って、
その瞬間だけでも、
心穏やかになれることって
大切だと思います。

【参考】
雨ニモマケズ 画本宮澤賢治

2004年4月 8日

ほら見てください。きれいな景色でしょ?…

ほら見てください。
きれいな景色でしょ?
こんなにきれいなのに、
…何を見てた?

思い出しか見てない。
悲しい思い出しか見えてない。
…影の国で生きてるんじゃないですか?
ずっとそこで生きるつもりですか?

世界はあったかくて美しいのに、
孤独に生きるつもりですか?
ちゃんと、見てください。

(ドラマ「冬のソナタ」)

心って、1つのことに奪われる。
悲しみでも、喜びでも…

ただ、たとえ、
心がその瞬間に奪われたとしても、
時間は進んでいく。

次々と、新しい出来事を
もたらしてくれる。
同じように、そのなかには、
悲しみも、喜びも、もちろんある。

見えなくなったら、もったいない。
景色がよくなっているかも
しれないのに…

ただ、恋愛や結婚について言えば、
大切な人を失ったらと思うと、
カンタンに割りきれるものでもない。
むずかしい感情…

そのような感情とは別のことで、
自分のまわりを見まわしてみれば、
過去にとらわれている人間が、
必ず一人は思いつく。

こっちに来たら?、
と誘っても、そこにいることが、
自分のステータスのように、
その過去に居つづけようとする。

そして、自分の立っている過去に、
みんなの目を向けようと、
一生懸命ふるまう。

こんなことされたんだ、
こんなに苦労したんだ、
こんなに傷ついたんだ、
だいたい言うことは似ている。

当人でないから何とも言えない。

ただ、過去にとらわれている人間に
とりまかれたり、ふれたりしていると、
目の前が見えにくくなることを感じる。

やはり、景色が見えるわけがない。
景色が見えるところにいきましょう。

【参考】
冬のソナタで始める韓国語(安岡明子)

2004年4月 5日

どんな薬より、どんな手術よりも、…

どんな薬より、
どんな手術よりも、

やっぱり、
生きようとする気持ちが、
大切なのです。

(心臓外科医、須磨久善)

同じように、
こんなことも言えるかな…

どんな占いより、
どんなお守りよりも、
やっぱり、
夢を叶えたい気持ちが、
大切なのです。

どんな慰めより、
どんな励ましよりも、
やっぱり、
自分を変えたい気持ちが、
大切なのです。

これが一番大切だぁ、
と思って守っているもの、
盾にしているものよりも、
もっと大切なことがあるかもしれない。

また、自分自身の問題なのに、
何か他のもののせいにしたり、
他のものに頼りすぎたり
している自分に気づくかもしれない。

腕に自信のあるお医者さんが、
こんなことを言うんですから、
認めざるを得ません。

もちろん、自分の気持ちだけで
解決できないこともあるでしょうが、
始めから決めつけすぎず、
自分のいろんな可能性に気づけるよう、
生きちゃいましょう。

せっかく、生まれてきたわけだから…

【参考】
プロジェクトX リーダーたちの言葉(文春文庫)

2004年4月 4日

掌(Mr.Children)

掌(Mr.Children)の歌詞

夢見てる~の部分

みんなが、
自分の理想に恋している。

みんなが、
それを手に入れたがっている。

でも、たくさんの人の中で、
自分だけがそれを求め過ぎると、
どこかで、だれかのそれを
邪魔するようなことにもなるかも、
また、邪魔されるようなことにも…

ムリをせずに、
ムキにならずに、
ムガに限りなく近い心境になれば、
何ごとも受け入れられるような気がする。

でも、人間は、
そんなこと、なかなか出来ない。

自分の立場、欲求、トラウマが、
必ず壁になったりする。

自分が一番、自分の邪魔をしている。
フタをあけて見れば、多分、
それが真相だったりするかもしれない。

私たちは「答え」を求める。
それゆえに強かったり、
それがために弱かったりする。

「答え」を信じているから、
待てる強さがあれば、一方、
「答え」を急ぎ過ぎて、
疲れて弱くなったりもする。

わたしの心次第、
あなたの心次第…

今日は、
物ごとをゆったりした気分で見て、
リラックスしたい気分です。

【参考】
シフクノオト(Mr.Children)

2004年4月 3日

「なぜ、そこまで戦う?」「自分で選んだからだ」

「なぜ、そこまで戦う?」

「自分で選んだからだ」

(映画「マトリックス・レボリューションズ」)

自分で選んだことなら、
ナットクして戦える、立ち向かえる。
たぶん、だれでも…

後になって考えてみれば、
けっこう危ないことでも、
やってのけたりする。

映画の終わりには、こんなセリフもある。

「危ないゲームをしたもんだ。」

「変わる時はいつもそう…」

結局は「変わりたい」
っていう気持ちがあればこそ、
可能なこと。

何かを「変えたい」じゃあない。
自分が「変わりたい」なのだ。

自分を変えるのが難儀なのは、
だれでも知っている。

それでいて、
他人を変えようなんて、
図々しくも思っている自分は何者だ!?、
そう思うこともある。

自分を責めすぎる意味でなく、
何をするにも、何が起こったとしても、
自分が選んだこと、選んでいくことと
思っていれば、
今より何かを好転させることは、
必ず出来ると思っていたい。

自分のため、あるいは大切な人のために。

ところで、
今戦っているものは何ですか?

【参考】
映画「マトリックス・レボリューションズ」

2003年4月22日

今日一日、生きた。そのことを褒めてくれる…

今日一日、生きた。
そのことを褒めてくれる人がいない。
それは悲しいことだ。
この国で生きることのしんどさでもある。

よくがんばったね。
そう友達みんなに言いたい。
今日も一日、よくがんばって生きたよね。

(田口ランディ)

多分、今朝も昨日も、
世の中を騒がせている殺人や自殺の
ニュースの根本は、これなのかもしれない。

不幸にも、本当の意味で、
「よくがんばって生きたね。
 これからも一緒に頑張ろうね。」
と言ってくれる人がいなかった…
ということ。

すごく悲しい。

幸いにも、自分には、
そういう人がいることに感謝できる人も
いるだろう。

知らず知らずのうちに、
自分の近くにいてくれたんだと
気づいた人もいれば、
ものすごい努力をして
見つけ出した人もいるだろう。

人は、結局、独りかもしれないけど、
同姓、異性にかかわらず…
心に響く「がんばったね」を
言ってくれる人、
自分もその人の言葉なら
素直になれるという人を、
偶然でも、がんばってでも、
見つけたいよね。

それまでは、一人でもがき、
励ましてくれる「いい言葉」を
自分で見つけるしかないかもしれないけど、
あきらめないで、探したいものです。

自分を磨きながらも…

【参考】
大河の一滴(五木寛之)

2003年3月29日

影が見えるということは、光が射していればこそのことなのだ。

影が見えるということは、
光が射していればこそのことなのだ。

(糸井重里)

幼い頃には気づかなかった
自分の周りの不満や不幸に、
年を重ねるにつれ、気づいてくる。

それは、自分が不幸になったのではなく、
光がハッキリと分かってくるに伴い、
その後ろにある影も見えてきたこと。

世の中には、間違いなく、
良いことも、悪いこともある。
片方の認識が深まれば、
もう一方の存在も確かに分かってくる。

そんな時、影の方ばかり見ていると、
間違いなく、心は滅入る。
また、それが世界のすべてかのように
思ってしまう。

人間って、汚い、ひどい…とか。

影もあるけど、必ず光もある。
逆に、光しか見えないように思えても、
必ず影もどこかにある。

それを忘れないでいたいですね。

【参考】
大河の一滴(五木寛之)

2003年3月12日

だれにだって あるんだよ ひとにはいえない くるしみが…

だれにだって
あるんだよ
ひとにはいえない
くるしみが

だれにだって
あるんだよ
ひとにはいえない
かなしみが

ただ だまっている
だけなんだよ
いえば ぐちに
なるから

(相田みつを)

これを実行できる人って、
なかなかいないと思う。

どっかで、言いたくなる。
「どうして、俺(私)だけが、
 こんな目に…」って。

酒を飲んだ勢いで、
気心知れた友達に…

そういう時は、
愚痴っていいと思う。

ただ、誰彼に、
「私って、あなたが想像できないほどの
 苦しみと悲しみを
 背負っていきてるのよぉ~。
 今まで、いろんな人に会ったけど、
 私を超える人はいなかったわぁ…」
なんていう輩に付き合うのは、
少々疲れる…

何人の人に共感してもらえれば、
その人は満たされるんだろう…って
思います。

底なし沼のように、
いつまでもいつまでも、
まず言葉で、
そしてそれが終わると表情で、
苦しみと悲しみをもらし続けている。

人生もったいない…。
共感ばかり求めるために生きてきたのか。
苦しみと悲しみを発表するために生きてきたのか。

みんな、そういう苦しみ、悲しみはあるんです。
もしかしたら、もらし続ける人以上に、
それを負っているのに、
毅然と生きている人も多いことでしょう。

そういう人に会った時は、
多分、分かります。
心が安らぎますから…

そういう人になりたいですね。

【参考】
大河の一滴(五木寛之)

2003年2月23日

よろこびが集まったよりも、悲しみが集まった方が…

よろこびが集まったよりも
悲しみが集まった方が
しあわせに近いような気がする

強いものが集まったよりも
弱いものが集まった方が
真実に近いような気がする

(四季抄・風の旅「きく」、星野富弘)

何か、人生の局面で
向き合えたらいい言葉かもしれません。

初めて、この言葉にふれた時は、
何か情けないような気もしましたが、
視点が違ったのでしょう…

しあわせって何?
真実って何?
それに対する自分なりの答えを
見つけたくなることって、
多分、あると思います。

でも、それが、
「よろこび」だけ、あるいは「悲しみ」だけ、
どちらか一方を見ていただけでは
やはり、見つかりません。

真実も同じだと思います。
「強さ」だけ、あるいは「弱さ」だけ、
どちらか一方を見ていただけでは、
やはり、見つけられないでしょう。

生きていく人生には、
必ず、その双方があって、
いろんな波と悟りを経験するのだと思います。

こんな言葉を思い出します。
「すべてのわざには時がある。
 …
 生まるるに時があり、死ぬるに時があり、
 植えるに時があり、抜くに時があり、
 …
 泣くに時があり、笑うに時があり、
 悲しむに時があり、踊るに時があり、
 …
 捜すに時があり、失うに時があり、
 保つに時があり、捨てるに時があり、
 …
 愛するに時があり、憎むに時があり、
 戦うに時があり、和らぐに時がある。」
 (旧約聖書 伝道の書2:1-8)

いろんな時を穏やかに過ごしたいものです。

【参考】
大河の一滴(五木寛之)

2002年10月17日

我々が皆自分の不幸を持ち寄って並べ…

我々が皆自分の不幸を持ち寄って並べ、
それを平等に分けようとしたら、
ほとんどの人が今自分が
受けている不幸の方がいいと言って
立ち去るであろう。

(ソクラテス)

「あなたはいいね。私は…」
っていうような言葉をかけられることがある。

内心、何を分かって、
そんな言葉を言っているんだ、
とつぶやいてしまう。

確かに、以前の私も、そんな感情に
侵されていたことがある。

おそらく、そういう心情の人は、
自分にないものを見つけるコレクター
なんだろう、と思う。
だから、他の人の境遇と入れ替わりたい、
などとも思っている場合が多い。

しかし、幸せそうに見える人にこそ、
そこに到達するまでの険しい道のりが
あることが多い。

だから、自分の今の幸不幸と、
他人の幸不幸なんて、
比較すること自体が意味のないこと。

幸不幸は、平等に分けられているわけではない。
それは、最初、どちらの状態ともつかない姿で、
準備されていて、我々が、幸にも、不幸にも
変えられるものなんだと思う。

だから、幸不幸について、
平等でない、と考えるのはやめよう。

【参考】
大河の一滴(五木寛之)