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2008年9月12日

過去の自分はもはや他人だ。...

過去の自分は
もはや他人だ。
他人として、見よ。

(宗夜苳治)

時おり、
何も知らなかった過去の自分が、
うらやましいと思えることがある。

反対に、
何も知らないという同じ理由で、
バカだったな、恥ずかしいな、
と思ってしまうこともある。

わたしの場合には、
過去の自分を思い出して、
冷や汗をかくことも多い。

あの時、よく事故らなかったなぁ、
もう少し早ければ、もう少し遅ければ、
危なかったなぁ...と思うのだ。

しかし、
過去の自分をどう思おうと、
今の自分からはコントロールできない。

それは、他人を
コントロールできないのと、
たしかに共通する。

コントロールできないものに、
長い間向き合うのは、間違いなく、
辛いものになるか、
ストレスを感じるものになる。

もちろん、他人事として、
ただ眺めるのであれば、
自分の失敗や苦労も、
面白おかしく見えるかもしれないが...

そうなるまでには、きっと、
今コントロールできる「今の自分」を
うまく扱った上で、いくらかの時間が
必要になるだろう。

過去の自分さえも他人。
面白い発想です。

ただ、気にしないで済まされず、
償わなければいけない過去がある場合は、
「あれは他人がやったことだ。」
なんて逃げてはいけません。

きちんと、
「今の自分」ができることを
やりましょう。

(参考)自分と未来は変えられる―他人と過去は変えられない (高塚 猛)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月16日

一つのドアが閉まると、...

一つのドアが閉まると、
別のドアが開く。しかし、
私たちは閉まってしまったドアを
ずっと後悔して見つめているので
私たちのために新しいドアが
すでに開いていることに気づかない。

(ヘレン・ケラー)

閉まったドアを
ずっと見てしまっている...

なんか分かります。

よくやっていそう。

それが、
どこからか開かないか、
って観察しているんなら、
まだいいかもしれない。

ただ、後悔しながら、
もっと早く開けていれば
よかったなぁ、なんて
いつまでも考えているから悪い。

1つのドアが閉まったら、
新しいドアが開いている。

新しいドアが
開いていることに気づいたら、
そのドアに向かうことだけ
考えればいい。

入ることの出来なかったドアの
ことを思い出すのは、
10年経ってからでもいいから。

年をとった時に、
開けようとしなかったドアの数々を
美化して話すようになるのは、
ちょっと虚しい。

ドアは開けるためにあるのであって、
眺めるためにあるものじゃないからね。


(参考)ドアの向こう側 (二階堂 黎人)

2008年6月29日

...やり直しちゃいけないって誰が決めたんですか?

たとえ、たとえですね。
明日死ぬとしても、
やり直しちゃいけない
って誰が決めたんですか?

(ドラマ「古畑任三郎」)

自分と相手に、
やり直しをゆるせるようになると、
付き合いが長くなります。

ゆるせないときには、
短い付き合いで終わります。

今朝の朝日新聞サイトに、
とても印象的な記事を見つけました。

東京都品川区にある、
女性3人で営んでいる「加藤医院」。
院長(94)、看護師(89)、栄養士(76)。
あわせて259歳の3人は、
一つ屋根の下で暮らしている。

約50年前に産院として開院し、
3,000人を超す赤ちゃんを
取り上げてきたとのこと。

縁談話もあったようですが、
気づけば3人とも独身のままで、
今では、「言った」「言ってない」
の口論はいつものことらしい。

想像にむずかしくありません。
平均年齢86歳の職場ですから...

しかし、50年もの付き合いとなると、
お互いに、やり直しをゆるしてきた結果
だろうなぁ、と思います。

自分にやり直しをゆるせずに、
自殺してしまう人がいる。

相手にやり直しをゆるせずに、
つながりを絶ってしまう人がいる。

やり直す気のない人ならともかく、
やり直すチャンスは逃さない方がいいし、
自分にも、他人にも、与えた方がいい。


(参考)古畑任三郎 3rd season

2008年5月10日

後悔しないのはどっちだー...

後悔しないのはどっちだー
って悩むよりさぁ、
どっちにしても選んだ道で
後悔しないように
がんばればいいだけの事じゃん!!

幸せになりたいなら、
なまけてちゃダメってことだよ!

(恋愛カタログ、永田 正実)

ゆかさんからの投稿です。
「どっちが後悔しないかを
 ひらすら悩み続けていた私に
 答えをくれた言葉でした。」

失敗しても後悔しない方法を探す
っていうのはいいかもしれない。

けれど、
考えれば考えるほど、だいたいは、
「絶対に」失敗しない方法を探す
ようになってしまう。

いわゆる、安全な方法だ。

楽できる方法とか、
恥をかかない方法とか、
やり直しのきく方法とか...

そういうことを選び始めれば、
気持ちも変わってくる。

気持ちが変われば、
手に入る結果も変わってくる。

後悔はしないけれど、
そんなに感動もない。

感動がなければ、
やってもやらなくても
同じようなことになってしまう。

だから、最初から
後悔しない方法なんて
ネガティブなことを考えずに、

後悔してもいいから、
目指してみたいことを
最初は目指してみようよ。


(参考)
恋愛カタログ(永田 正実)

2008年5月 8日

神様はちゃんと見ていて、...

神様はちゃんと見ていて、
試練を与えるべき人に
試練を与えるだろうから。

(テニス・プレイヤー、藤原里華)

テニスの元世界ランキング4位の
伊達公子さんが、
現役復帰を発表して最初の大会が
ゴールデン・ウィーク中にありました。

その結果は、
ダブルスが優勝、
シングルスは2位。

その彼女と対戦して
負けてしまった藤原選手が
語ったのが、今日の言葉です。

一度現役を引退した選手に負けることが、
どれほどの試練か、想像に余りあります。

そして、それが
自分に必要だった、
と認める彼女の潔さ。

ふつうであれば、
「どうして、私がこんな目に?」
と嘆いたり、

場合によっては、
対戦組み合わせを作った主催者側に、
不平や不満を言ったりする人も
いるでしょう。

試練のない、
自分にとって都合のいい環境だけで、
人は成長することは出来ない。

好条件を望むようになった時にこそ、
試練は、ちゃんとやってくる。

もう、そこまで来ています。


(参考)
テニスの王子様(許斐 剛)

2008年5月 6日

一生に一度も転んだことのない人間は、...

一生に一度も
転んだことのない人間は、
いないんですよ。

(帰りこぬ風、三浦綾子)

昨日は、娘たちと出かけていて、
ハッキリとした段差が
見えるところがあり、ちょっと
気をつけながら歩きました。

別のところでは、
段差がハッキリと見えず、
危うく転びそうになりました。

なんとか、
体のバランスをとって、
こけずに済みましたが...

たいしたことのない段差でも、
転び方によっては大ケガを
しますからね。

けれど、
運良く転ばずに済むことが
100回続いていたとしても、
いつか必ず転ぶものです。

転ぶような歩き方、または
転ぶような生き方をしていて、
転ばずに済むことは、
まずめったにない。

転んでみて、その歩き方、生き方に、
自らで疑問をもってみないことには、
次に転ばないようにする方法を
見つけることも出来ない。

転びそうになって良かったです。

その原因ではなかったのですが、
シューズのひもが
ほどけかかっていることにも
気づけました。

いつも、足元ばかり見ていたら、
怖くて歩けなくなりますが、
たまには、足元を見てみる習慣が
人間には必要な気がします。


(参考)
帰りこぬ風(三浦綾子)

2008年4月21日

不足は知恵と労力で補えばよい。…

不足は知恵と労力で補えばよい。
大事なのは、やろうという
強い想い、意志である。
やろうと思えば、大抵できる。

(本田宗一郎)

足りなくて当たり前。
足りないことがないのが、
おかしい。

気づいていないだけ
じゃないだろうか、
と思った方がいい。

大切なのは、
何が足りないか、
をきっちりと見つけ出すこと。

もし、足りないことが
いくつもあるのなら、
その中で、
どこに手をつけるのを
優先的にやっていくか、
っていうこと。

たとえば、
お金が足りない、
時間が足りない、
才能が足りない、
意欲が足りない、
応援が足りない、
なんていう環境において、

あなただったら、
最初の重点はどこに置くか。

それによって、
やらなければいけないことが
変わってくる。
そして、もちろん、
結果も変わってくる。

大きな勘違いがあれば、
良い結果を見るのは、
もう少し後のことになってしまう。

足りないものを、
何で補っていくか。

こんなに豊かな時代にも、
足りないものはあるようだから、
それを忘れないでいたいと思う。


(参考)やりたいことをやれ(本田 宗一郎)

2008年4月 8日

人生がうまくいかない「静の時間」は…

人生がうまくいかない
「静の時間」は

将来に備える
「仕込みの時間」

(オーラの泉)

じっと静かにしていた方がいい、
そんな時間というものがある。

麻雀なんか強い人は、
そういうことが
よく分かっているだろうなぁ、
って思います。

自分の「時」でないのに、
何がなんでも勝ってやる、
と思って戦えば、

自分に残っているパワーとかも
メチャクチャになってしまうかも。

次のために、
たんと蓄えればいい。
仕込みの方に、
心を注げばいい。

今戦うのに不利な要素があるなら、
待てばいい。

ただ待っているだけではいけないよ。
ちゃんと仕込みをするんです。

どんな仕込みをすればいいか、
そんなことまで教えてくれる人は、
いないかもしれない。

自分の目で盗んで、
あれこれ試行錯誤して、
仕込みの段階でもいっぱい失敗しながら、
その時を待つのです。

ああ、今の私にも、当てはまりそう…

がんばるべ。


(参考)江原啓之 本音発言

2007年12月27日

傷つき迷える者たちへ…

傷つき迷える者たちへ

敗北とは
傷つき倒れることではありません
そうした時に自分を
見失った時のことを言うのです

強く心を持ちなさい
あせらずにもう一度じっくりと
自分の使命と力量を
考え直してみなさい
自分にできることはいくつもない
一人一人がもてる最善の力を尽くす時
たとえ状況が絶望の淵でも
必ずや勝利への光明が見えるでしょう

(ダイの大冒険、三条 陸)

ポンさんからの投稿です。

事実は分からない。

傷ついたと思っていて、
実は傷つけたのかもしれない。

仮に、自分は
傷ついた被害者だと思っていても、
もし、周囲の人々が
あなたこそ、傷つけた加害者だ、
と思っていたら、
二重に傷つくだろう。

いや、私は、
こんなに傷ついているんだ、
と傷口を見せようとしても、
それで傷が癒されるわけでもない。

見てもらえなければ、
ますます傷の痛みを
実感するばかりだろうから…

痛みには、本当の痛みと、
その痛みを分かって
もらえない痛みの2つがある。

いずれにしろ、
傷の痛みを感じすぎれば、
自分を見失いやすい。
時に、気を失う?

理解してもらいたい思いから、
心を取り戻した方がいい。
そうしないと、心は
強く立っていられないからね。


(参考)ダイの大冒険(三条 陸)

2007年7月29日

へこむことが反省じゃない。…

へこむことが反省じゃない。
次に向けての行動が反省だ。

(引用元不明)

へこんだり、
落ち込んだりすると、
人は立ち止まる。

立ち止まった人の中には、
心と考えを改めて
進み直せる人がいる。

しかし、
立ち止まっても
何も学ぶことなく、
ただ進もうとして
またつまずく人もいる。

はたまた、
へこみっぱなしで、ずっと
立ち止まっている人もいる。

次の行動をする勇気とか、
思いとかが生まれないうちは、
「反省」の道半ばっていうこと
なんでしょう。

自宅謹慎とか命じられるケースも
あるようだけど、それが終われば、
反省も終わりということじゃなくて、

反省のスタートっていうことだと
思うんです。

謹慎が終わった後に、
どういう行動をしていくか、
みんなに見せていくか。

反省中とは、そういうこと。
次なる行動こそ、忘れちゃいけない。


(参考)懲りない男と反省しない女—渡辺淳一と女たち (渡辺 淳一)

2007年7月 2日

それは失敗じゃない。単なる助走だ。…

それは失敗じゃない。
単なる助走だ。

助走が多い方が
高く遠くに飛べる。

(引用元不明)

何度も何度も、
飛ぶ練習よりも
助走の練習をしていることに
なっちゃっているかもしれない。

けれど、助走がなくちゃ、
今の自分よりも高く飛ぶことは、
絶対に出来ない。

自分の調子をつかむ、
その場所の感触をつかむ、
目標の高さ、遠さをつかむ…

そんなことを自然に学ぶのが、
私たちが失敗する目的。

逆に、失敗しているのに、
それを「助走」に変えていなければ、
かなりもったいないことになる。

失敗したら、
出来るだけ早く立ち上がって、
助走だったことにする。
自分が取り組む姿勢を
そんなふうに変えるだけで、
可能性は少しずつでも広がる。

先週の私を振り返れば、
月曜日に、失敗しました。
火曜日、また別の失敗をしました。
水曜日は、無駄も多く失敗だらけ。
木曜日も、やや失敗。
金曜日だけは、ちょっとした成功。

1週間を通して、
助走の方が多いなんて、
笑うしかありません。

けれど、成功を見れば、
助走のかいがあったと思えます。

1週間だけじゃ
助走が終わらないこともあります。
それでも、助走するんです。
人生は長いんですから…


(参考)「心のDNA」の育て方(石井裕之)

2007年6月26日

一流の打者でさえ、十回に七回は失敗するんだ。…

一流の打者でさえ、
十回に七回は失敗するんだ。
でも、失敗が怖い、
失敗が恥ずかしいと
打席から逃げる選手がいるか?

いいか。
そもそも人生に失敗なんてないんだ。
もし、人生に唯一、失敗があるとしたら、
それは「失敗すらできない」ことだ。

(エブリ リトル シング 、大村あつし)

今現在、
イチローの打率は、0.364。
松井秀喜の打率は、0.283。

すばらしい打者でも、
ヒットを打つ確率
(いわゆる、成功の確率)は、
やはり30%前後。

自分たちが成長して、
厳しい環境に進めば進むほど、
その確率はダウンするかもしれない。

だからって、
ゆるやかな環境に後戻りすれば、
確率はアップするかもしれないけれど、
成長は止まることだろう。

成長が止まれば、
戻ると思われていた成功の確率も
足踏み状態になったり、
ダウンするに違いない。

さらに成長したいなら、
進まなくちゃいけない。
失敗を覚悟して、
新たなことを学ぶために、
厳しい環境に飛び込んでいくこと。

失敗することのない環境に、
自分をひきこもらせることなんて、
本当は出来ないのだ。

それこそが、
一番の失敗なんだから。


(参考)エブリ リトル シング (大村 あつし)

2007年2月 9日

皮肉なもんだな。ホントに大事な…

皮肉なもんだな。
ホントに大事なモンってものは、
持ってる奴より、
持ってねぇ奴の方が
知ってるもんさ。

(銀魂、空知英秋)

持っていないゆえに、
分かることがある。

けれど、
持っていないゆえに、
あこがれだけが強くなって
それが本当に大事なものか
分からないまま、
持つようになったものもある。

そこで、分かる。

その代わりに失って、
今持っていないものが
どれだけ大事だったかを。

先日、
出先で雨が降ってしまい、
傘をもっていないことに
とても後悔しました。

家には、
もう何個もの傘が
あるというのに、

その上、
100円ショップに行けば、
使い捨てにしていい傘が
100円で買えるというのに、

その同じような傘を
コンビニで
400円で買うしかない悔しさ。

傘。晴れているうちは、
絶対に要らないもの。

けれど、雨が降れば、
あって欲しいもの。

晴れていることに慣れて、
その時間が長くなりすぎると、
傘の大切さを忘れてしまう。

ささいななものほど、
ホントに大事な時が
出てくるのかもしれない。


(参考)銀魂(空知英秋)

2007年2月 5日

あたしたちは なかなか完ペキにはいかない…

あたしたちは
なかなか完ペキにはいかない

でもさあ
何かが欠けてるからこそ
前へ進めるっていうのはあるよね

(リアル4巻、井上雄彦)

「これでうまくいくはずだ」

「ここまでやったんだから、
 きっと勝てるはずだ」

「間違いない、完璧!」

とは思っていても、
ほとんどの場合が
打ちのめされてしまう。

まだまだだなぁ、
って思わされる時は
少なくない。

けれど、
まだまだと思う心は、
次につながる。

人によっては、
「もう、ダメだ」
ってなるから。

それって、
チャレンジした
回数じゃないんだよ。

だって、
最初のチャレンジのすぐ後から、
「もう、ダメだ」って思う人も
いるわけだから。

大切なことは、
「まだまだだなぁ」
って思える瞬間。

そう思えたら、
自分はラッキーなのだ。
100%完璧じゃないけど、
次に進める可能性のある自分
という証拠だから。


(参考)リアル(井上雄彦)

2006年12月30日

…今日が一番若いのだから。

今日出来ると思ったことは
今日から始めなさい。
あなたのこれからの人生で、
今日が一番若いのだから。

(引用元不明)

誰か他人と比べて、
まだ若いから
勝てるかもしれない。
もう年だから
かなわないかもしれない。

勝ち負けで考えると、
そんな結論になりやすい。

そんな消去法で
物事を始めるかどうかを
決めていたら、きっと
何も始めないことに
なっちゃうでしょうね。

そういう時には、
いっしょに始める仲間が
いたりすれば、
きっかけにはなる。

しかし、続けられるかどうかは、
自分の心の若さにかかってくる。

自分はまだまだ出来る、
と思えるか、
やっぱりダメだった、
と思っちゃうか。

こんな言葉を思い出しました。

「私たちがそれをはじめないのは、
 それがむずかしいからではない。

 それをはじめないから
 むずかしいのだ。」
(イヌが教えるお金持ちになるための知恵、
 ボード・シェーファー)


(参考)プロ論。3(B‐ing編集部)

2006年10月 6日

この世の中には、頑張っても…

この世の中には、
頑張っても
どうしようもないことが、
確かにいっぱいある。

でも、だからこそ、
頑張れる時には、
ためらったりしてはいけない。

(桜蘭高校ホスト部、葉鳥ビスコ)

Mayuさんからの投稿です。

がんばって
どうにかなること。
がんばっても
どうにもならないこと。

この線引きは、正直、
むずかしい気がします。

がんばれば、どうにかなるさ。
と言われて、がんばれる人もいれば、
単にプレッシャーを感じるだけの
人もいることでしょう。

反対に、
がんばっても、どうにもならないよ。
と言われて、あきらめる人もいれば、
かえって燃える人もいます。

がんばった時に、
すぐに成果が出るチャンスだけを
ただ待っていたら、
きっと見逃すことになるはず。

がんばった先の成果なんて、
本当のところ、
やってみなければ分からない。

だから、
がんばれる時にがんばる。
それしかないんですよ。

何が追い風となって、
状況を変えてくれるか、
それは計り知れないことです。


(参考)桜蘭高校ホスト部(葉鳥ビスコ)

2006年4月18日

私は大きくならないよ。けれども、…

私は大きくならないよ。
けれども、あんたが
年ごとに大きくなるにつれて、
私をそれだけ大きく思うのだよ。

(ナルニア国物語[カスピアン王子とつのぶえ]、C・S・ルイス)

かむらさんの投稿です。
「ライバルを打ち負かすのを
 夢見るのと同じ感覚ですね。
 心の中でライバルは、
 もっともっと大きく見えます。
 それが自分を高めもすれば、
 萎えさせる要素にもなります。
 前者でありたいです。」

得体の知れない相手は、
自分のなかで想像ばかりがふくらみ、
どんどん怖い存在になっていきます。

ただ、逆の場合もあります。
自分に都合のよい情報だけを集めて、
相手の本当の脅威を
小さく見積もってしまうことです。

こんなに強くなって
いるわけはないだろう、
この程度の強さのはずだから、
絶対に勝てるはず…みたいな。

本当の姿を見るようにしないと、
自分のやっていることすら
間違ってしまう…、あるいは、
何もしないでしまう。

子供の頃、
怖くなかったことが
大人になって怖くなったり、
子供の頃、
怖かったことが
大人になったら怖くなくなる。

怖くなることが、
本当のことを知った証拠でもない。
見る目がないと、
本当のことの見方さえ分からない。

人生って、面白いですね。


(参考)ナルニア国物語[カスピアン王子とつのぶえ](C・S・ルイス)

2005年12月14日

過ちを避ける唯一の方法は…

過ちを避ける唯一の方法は
経験を積むこと。

経験を積む唯一の方法は
過ちを犯すこと。

(英語)
The only way to avoid mistakes
is to gain experience.
The only way to gain experience
is to make a mistake.

(引用元不明)

失敗はしたくないと
思っています。

でも、誰にも
知られないとしたら、
失敗するのを
そんなに避けることはない
気もします。

やっぱり、
失敗すること自体より
失敗している姿を
人に見られたくないのが
私たちの本音でしょう。

経験を積みたいなら、
失敗しなくちゃいけない。
たとえ、失敗したくなくても、
いくらかの失敗の経験を
積まなくちゃいけない。

そうしないと、
人は成長しないんだな。

そして、生きていれば、
何度となく、他人の目に、
自分の失敗する姿は
映されるわけだ。

う~ん、ジレンマですね。
何もしなければ、
失敗はしないけれど、
経験も積み重ならない。

完璧主義の人には、
難しいことかも…


(参考)完璧な病室(小川洋子)

2005年12月 9日

…反省、点検すべきは…

始まりのない終わりはない。
反省、点検すべきは
むしろ始まりにある。

(読売新聞)

失敗すれば、
その結末だけが
責められることになる。
そこだけが、
反省しろと言われる。

しかし、始まりにこそ、
問題が潜んでいることは
少なくない。

今(2005-12-09)、
マスコミを騒がせている
耐震強度の偽装だって、
実行した張本人ばかりでなく、
さかのぼれば、
いろんな人物が関係者として
出てくる。

ただ、それも、
人を責めることでなく、
そこに至った動機を見てみれば、
「利益第一主義」という
経済の流れの中で生まれたもの
なわけだし…

なんか、人が起こす過ちって、
いろいろとリンクしてるんだなぁ、
と思いました。

本当に、先までたどれば、
人間がこの世にいること自体、
悪の始まる原因なのかも。

もちろん、その反対で、
善が始まる原因にもなる。

結果はグレーだとしても、
始まりでは白黒はっきり
していることもあるでしょうね。

始まりを点検してみましょう。


(参考)失敗の本質

2005年11月30日

「負けました」といって…

「負けました」といって
頭を下げるのが
正しい投了の仕方。
つらい瞬間です。

でも「負けました」と
はっきり言える人は
プロでも強くなる。
これをいいかげんに
している人は上にいけません。

(谷川浩司)

格下の選手に負けた時には、
とくにつらいでしょうね。

将棋に限らず、
スポーツとか他のものでも、
「それ、ちょっと変だよ。」
みたいなクレームを
口にする人もいます。

実際、クレームを言っても、
「負け犬の遠吠え」にしか
聞こえませんけどね…

そんな遠吠えを
する時間があるなら、
早いうちに「参りました」と
言ってしまった方がいい。

そして、相手が
格下だろうが何だろうが、
相手に「勝った」と
思わせた瞬間のことや、
自分の弱点を尋ねた方が賢明。

それが、なかなか出来ないから、
人間は、本質にたどりつけない。

一度言い訳してしまったから、
今さら「ごめんなさい」
なんて言えない。

それじゃあ、まるで、
今の国会答弁のようだよ。
どこかの社長さん…

【参考】
恋をつかむ女 恋を落とす女(北端康良)

2005年11月11日

追いつめられると、…

追いつめられると、
ひとは夢でもいいから
光をどこかに求めたくなる。

(閉鎖病棟、帚木蓬生)

何か大きな失敗をしてしまい、
また次も失敗したら、
大変なことになるだろう
っていう人にかぎって、
また、罠にはまって、
ボロボロになることがある。

もちろん、
藁にでもすがりたい人間心理を
うまく利用して、だます側が
一番悪い。

ただ、やっぱり、
罠にはまる人は、
どこか詰めが甘かったりする。

確認するべきところを
いい加減にしていたり、
我慢するべきところを
自分勝手してしまったり、
守るべきところを、
壊していたり…

それでいて、
次々と夢を追う権利だけを
主張する。

もちろん、チャンスは
次々と訪れるかもしれない。

けれども、チャンスを活かし、
夢をちゃんと実現する義務を
忘れちゃいけない。

「権利」という言葉を使えば、
何か正当なことを主張している
ような勘違いをしてはダメなのだ。

追いつめられた時にこそ、
光を見つけたら、
その真偽を見きわめ、
そのチャンスを
活かす義務があるのだ。

見る目を養わないと…

【参考】
閉鎖病棟(帚木蓬生)

2005年10月 5日

あなたのできることをしなさい。あなたの…

あなたのできることをしなさい。
あなたのもっているものを使って、
あなたのいるところで。

(セオドア・ルーズベルト)

俊介さんからの投稿です。
コメントは以下。
「この言葉を見つけたのは、
『自分は何も出来ないのかな…。』
 と無力感に襲われていた時だったので、
 とても救われました。
 無理してあれこれやろうとする前に、
 自分に出来ることからしっかり
 やっていくことって大切ですよね。」

誰かが、
「どこかで」「なにかで」
成功する。

すると、
「私も、それをやろう」
「私も、そこへ行こう」
という人が出てくる。

もちろん、
他人から学ぼうという姿勢は、
悪いことじゃない。

安易に考えるのも、
そんなに悪いことじゃない。
簡単に成功する人だって、
いないわけじゃないから。

ただ、問題は、
「私も」とだけ考えて
始めること。
どこかで、「私は」を
考えなければいけないと思う。

「私もやりたくなったけど、
 私は、本当にやりたいのか。」

「私も出来るような気がするけど、
 仮に、苦しいことがあっても、
 私は、続けていくと思うか。」

う~ん。そう考えると、
思考がしぼられてきて、
惑わされることも少なくなりそう。

でも、「不安だから何もしない」
という結論にはならないように。

【参考】
キラーストリート (サザンオールスターズ)

2005年6月21日

…最初から全部できるのなら、…

「あの時こうしていたら…」
ということが、
最初から全部できるのなら、
努力も何も必要ありません。

(岡沢祥訓、スポーツ心理の専門家)

世の中には、
「結果」というものがある。
いや、もっと正確に言うと、
何らかの現象を見て、
「結果」と判断する人間がいる。

だから、その「結果」には、
喜怒哀楽がもれなくついてくる。

先日、長女が、
卓球の試合に負けて、
思いっきり泣いていた。

この娘は、小さい頃から、
遊びのゲームでも、
自分が勝てなくなると、
機嫌が悪くなり、
決定的な負けの時には、
泣き崩れるタイプの人間。

それに加え、先日は、
こんな面白い質問もしてきた。
「祈ったのに、負けた。
 勝てるよう、
 神様に祈ったのに、負けた。
 どうして?」

あなたが、子どもから、
こんな質問をされたら、
どう答えますか?

「それはね、神様なんて
 いないからよ。だから、
 自分の力で頑張るしかないのよ。」
そう答える親もいるかもしれない。

私には、それで、
子どものやる気が出てくるか、
ちょっと疑問である。

すぐ答えようと思ったが、
泣いている最中に、
何を言っても無駄だと思い、
「それは、いい質問だ。
 明日まで考えればいい。」
と言うだけにした。

その翌日、私は、
こんなふうに教えた。
「じゃあ、みんなが、神様に
 私が勝てますように、って
 祈ったら、どうなる?
 神様は、誰を勝たせる?
 神様が、誰をいつ助けるかは
 分からない。だから、
 おまえが祈ったり、
 考えたりすることは、
 自分の全力が出せますように、
 というのがいいと思うよ。
 そうすれば、心も乱れにくいし…」

なんとなく納得しているようだった。
そのおかげかは分からないが、
その日は、試合に勝って、上機嫌。

このことをよくよく考えてみれば、
何でも祈れば自分の思い通りになる、
という思い込みは、
ある種プラス思考ではあるけれど、
その願う内容によっては、
かえって挫折するように思う。

平和を願う思いからだろうが、
「神様がいるのに、どうして、
 世界には戦争があるの?」
という問いかけに、似ている。

下手すると、
「こんな悲惨な戦争がある世の中に、
 神様なんているわけがない。」
みたいな結論にもなる。

自分の思い通りの世界でなければ、
すべてを否定してしまうわけだ。

私たちには、分からないことがある。
神様のことも、世界の行く末も、
自分の努力の結果とか、
それは、時間が経たなければ、
決して分からない。

だから、後悔だって、
たくさんありえる。

思い通りだけを描いて、
すぐ挫折するよりは、
事実を見て後悔し、次からは、
どんな心持ちで立ち向かうかを
考えている方がマシなのだ。

【参考】
どう生きるか、自分の人生!―(ウエイン・W. ダイアー)

2005年2月27日

失敗とは転ぶことではなく、そのまま…

失敗とは転ぶことではなく、
そのまま起きあがらないこと
なのです。

(メアリー・ピックフォード)

失敗は恥、
そういう常識(文化)に
縛られている世界では、
失敗がかえって増えてしまう。

事が大きくなるまで、
隠されてしまうから。

最初に失敗と思ったことを
「転んだ」だけのことにすれば、
失敗は隠されずに、
もっとうまく活用されるかな。

誰もが、気軽に、
「はい、転びました。」
「はい、失敗しました。」
と言う文化。

これはこれで、
真剣味のない文化の
ような気もするけど…

どっちがいいんでしょうねぇ。
失敗を責めない文化、
失敗を責める文化。

おそらく、文化だけでなく、
個々人の意識にも
関係あるように思います。

転んでも起きようとする意志が
あるのであれば、
厳しく責めすぎない文化は、
うまく、それを助けるでしょう。

けれども、
起きようとする意志がなければ、
いくら、責めすぎない文化で
あったとしても、
何も変わることはないわけで。

完璧主義の人が、
失敗に弱かったりするのも、
周りから責められることに
いくらか関係はあるでしょうが、

やっぱり、起きあがる気持ち
っていうのは、
生命力みたいなものなんでしょうね。

皆さまは、その生命力、
まだもっていますか?

かすれてきたように思う方、
蓄える場所をお探しください。

いい言葉ねっとが、
そのお役に立てたら、
それはそれで嬉しいです。

【参考】
失敗学のすすめ(畑村洋太郎)

2004年12月25日

…意味ないんです、自信なんて。

「自信ないとかあるとか、
 言ってられない」、
そういう経験をしているうちに、
自分が変わったんです。

自信がある、とか、
自信ない、とか、ほんとに、
どうでもいいことなんですよね。

いい結果がだせたら、
自信がなかったとしてもオッケーだし、
いくら自信があっても、
結果が出せなきゃ稼げない。

意味ないんです、自信なんて。

(ほぼ日、糸井重里)

自信や気合が意味ないとなれば、
何が意味あるんだろう…

「やる気があれば十分よ。」
「大丈夫、自信をもって。」
それは育てている段階では、
とても大切な励まし言葉。

しかし、長い人生のなかで、
世の中が、そんなふうに
接してくれなくなる時が来る。

そうなると、やっぱり結果だけ?
それもまた寂しい。

けれども、よく考えてみると、
長い間、結果が出なくて、
それでも自信をもち続けることって、
すごく大変なこと。

だから、どこかで
結果を出していかないと、
自信にもつながらないわけです。

結果を積み重ねた自信、
根拠のない希望のような自信。

前者がよくて後者はだめ、
ということではなく、
結局、前者も後者も
同じものになりうると
思っておいた方がいいでしょう。

自信があっても、
ポカミスとかしちゃえば、
もったいないわけだしねぇ。

自信があったに越したことはないけど、
あまりにも、それに頼りすぎることは
ないように。

【参考】
自信-イライラと億劫の生活感情をのりこえる(加藤諦三)

2004年5月12日

私の愛は小さいけれど(岡崎律子)

私の愛は小さいけれど(岡崎律子)の歌詞

なくしたのなら~の部分

いい恋をしている時、
いい仕事をしている時、
いい戦いぶりの時って、

もしかしたら、こんな心境に
なっているんじゃないだろうか。

だから、いい感じに見える…
自分もスッキリしている。

「もし、なくしたら…」
「もし、失敗したら…」
そんなことばかりを考えていない。

「なくしたら、探す」
「失敗したら、まだやれることがある」
そういう割り切り方、
ある意味、必要だと思う。

ワタシの場合は、
あんまり割り切りが良くて、
冷たく見られることもあるけど…

だからって、
血が通っていないわけじゃあない。

血が通っている現在進行形の人間だから、
失っても、失敗しても、叩かれても、
次を見ていける。

分からないことは、
まだまだたくさんあるけれど、
それを探求しているという自分が、

現在進行形だから、いいと思っている。

【参考】
レイン・オア・シャイン(岡崎律子)

2004年1月 6日

決して、あなたのすることではない。あなたの失敗を…

決して、あなたのすることではない。
あなたの失敗を大げさにするのは…

それは、頼まなくても、
あなたの周囲がしてくれるでしょうから。

(英語)
Never exaggerate your faults.
Your friends will attend to that.

(ロバート・C・エドワーズ)

この言葉を考えるにふさわしい事件が
このお正月に起きました。

おっちょこちょいの次女が、
お年玉の入っていた財布を
落としたのです。
全額もってきていたわけではないので、
幸いにも、損失金額は2,656円。

そして、ポイントは、
その事件に気づいた時の家族それぞれの対応。

長女
「○○、何やっているのよぉ~~。」

父(私)
「○○は、いつも落ち着きないもんな。
 だから、走るなって、言ってるだろ~。」

母(妻)
「○○、探しに行こ!」

三女
「…」(ひたすら、フライドポテトを食べている)

明らかに、長女と私は騒ぎ役担当。
金額がもっと大きかったら、
私の怒りもさらに…だったことでしょう。
未熟な人間でございます。(笑)

そんな私が、説得力のないことを
書いてしまうことになるわけですが、

やはり、失敗をあらためさせたいなら、
その時点で必要なことに目を向けるべき。
(幸いにも、次女にとっては良い経験だった様子…)

何か失敗が起きた時には、
自分と周囲の本心が明らかになります。

いい気味、と思っているか。
もともと無関心だったのか。
単に面白がっているだけか。
それを通して、自分の正当性を訴えたいか。
それを本当に解決したい、と思っているか。

失敗は、自分自身を見つめるうえでも、
あなたの本当の友だちを確かめるうえでも、
いいチャンスかもしれません。

いずれにしろ、
失敗は学びの時です。
騒ぐ時ではありません。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2003年11月24日

運命は、チャンスでなく、選択で決まる。

運命は、
チャンスでなく、選択で決まる。

(英語)
Destiny is no matter of chance.
It is a matter of choice.

(ウィリアム・ジェニングズ・ブライアン)

さらにこう続く。

「それは、待つものでなく、かち取るもの。」
 (英語)
 It is not a thing to be waited for,
 it is a thing to be achieved.

日本語の「運命」とは、
ちょっとニュアンスが違うかな…

運命は変えられる。

運命なんて、結果的に、
人が、自分に及んだ出来事を
どう捉えるかだけのことだと思う。

現状を打破しなくていい理由として、
「運命」という言葉を
使っているのなら、虚しいな。
自己憐憫にすぎないからね。

本当に、どこまでが運命か?

まさか、自分がそれを選んだのも、
運命だったなんては、
言えないだろう。

だって、選んだのは、自分だもの。
それは、運命でなく、
その選ぶ時までに自分の中に
育ってきた考え方が、
どれほどのものだったかの表れ…

そのかわり、
結果は、いろんな要因で、
いろんな姿に変わりうる。

選択した道は同じでも、
環境や時期によって、結果は変わるんだから、
やっぱり、変わらない運命と決めつけるのは、
もったいない。

何ごとも「運命」という言葉一つで、
片づけないようにしたいね。
どうなるか最後まで分からない。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2003年8月29日

あなたが、どこに落ちてしまったかは見なくていいよ。どこで…

あなたが、どこに
落ちてしまったかは
見なくていいよ。

どこでつまずいたかを
振り返った方がいい。

(英語)
Do not look where you fell,
but where you slipped.

(アフリカのことわざ)

落ちてしまったところ、
悲惨な結果ばかりに、
目を向けていると、

その落ち込んだ気持ちが、
また、失敗を引き起こす。

いくらか冷静さを取り戻し、
どこでつまずいたか、
どこで道がそれてしまったか、
それを見てみたいもの。

もしかしたら、
失敗したことよりも、
次の成功する可能性の方が、
見えてくるかもしれない。

世の中の退屈な人々は、
落ちてしまった場所、
悲惨な結果ばかりに
注目したがる。

なぜかって?
それが刺激的だからだよ。

それに、退屈な人々は、
解決されることなんて
考えてはいない。

ただ、いつもと違ったニュースが
あればいいだけ。そういう視点で
注目されている「落ちた場所」に、
あまり長く留まっちゃあいけない。

早く、抜け出すこと。

落ちてしまったら、
それが最初にすることさ。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2003年8月15日

私たちはね、失敗すると4,000万個もの言い訳を言えるんだよ。…

私たちはね、失敗すると
4,000万個もの言い訳を言えるんだよ。
たった1つのお詫びの代わりにね。

(英語)
We have forty million reasons
for failure,but not a single excuse.

(ラドヤード・キプリング)

他人のせいにしたくない、
言い訳を言いたくない、
自分だけは…

と思いつつ、
やっぱり、心のどこかに、
それがもたげてくる。
毎日、毎日、いろんな失敗シーンで。

謝るって、
それほど恐ろしいことなんだよね。

謝っている自分が嫌い、
失敗に関わる自分が嫌い、
そういう状況を作り出した自分が嫌い、
それは、心の奥底にある。

欧米を「罪の文化」、
日本を「恥の文化」と対比させた人がいた。
(アメリカの文化人類学者、
 ルース・ベネディクト「菊と刀」)

うまく表現していると思う。
アメリカやイギリスなどの戦争観を見れば、
分かるように、何が正義か、誰が正義か、
何が罪か、何が悪か、ハッキリさせようとする。
ハリウッドの映画だって、
正義のヒーロー観は、強く表現されている。

日本は、それほど正義には固執しない。
やっぱり、周りを見てどうかな…って感じ。
恥ずかしいかな、みっともないかな、
目立ちすぎるかな、そんな流れ。

だから、人の目につく失敗は、
出来るだけ避けたい感情が働く。
自分自身もそう。

失敗を認めるよりは、
4,000万個も探せないとしても、
言い訳の方に絶対飛びつく。

そういう日本全体の空気は、
なかなか変わらないと思う。
自分が、それに流されないように
決心するかどうかだけ…
そう思う。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2003年8月13日

あとになってしまえば、みんな笑い話、だよ。ぼくらが生きて、いたってこともさ。

あとになってしまえば、
みんな笑い話、だよ。

ぼくらが生きて、
いたってこともさ。

(奇跡の人、真保裕一)

お盆が来て、
お墓の前に行くと、
故人をもつ人は、いくらか
思い出すこともあるわけで…

つらかったことも、
楽しかったことも、
スッキリした気分で思い出せたら、
自分は縛られていないこと。
何からも…

今、自分の身の回りで
起きている出来事だって同じ。
もし、10年経ったら、
これをどんなふうに思い出すんだろうな、
そんな風に考えてみたらいい。

おそらく、笑える話か、
たいしたことのない人生の一コマに
なっていることだろう。

生きていたこと自体を、
笑われるってんで、
真剣に生きることを
放棄しちゃあいけない。

生き方には、
いろんな視点があるって
感じればいいんだよ。
そう思う…

仮に、目的地は一つだとしても、
また、そこまでの地図、磁石も
一種類しかないとしても、だ。

そこから、いろんな道を見出せるはず。
そして、目的地に着いたら、
その道のりの失敗を笑えるんだ、
と思って、進んだらいい。

笑え、笑わせろ、笑おう。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2003年5月 6日

あなたの行為の中で最悪なものは、…

あなたの行為の中で最悪なものは、
ああすれば良かった、
こうすれば良かったのにと、
思い悩むことである。

(リヒテンベルグ)

「タイムマシン」、
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、
これらは、時間旅行をするSF映画。
日本で言えば、「ドラえもん」の
タイムマシンなんかも同類だね。

共通するテーマは、
今のために、過去を変える。
あるいは、
未来の危機のために、今を変える。

いずれにしろ、
人の心のなかには、
リセット、または、やり直しを
切望する思いが強いらしい…

そして、人類の記憶によれば、
それを実現できた人は、
いまだに存在しないと聞いている。

誰しもが、一度は思うだろう。
ああすれば…、こうすれば…

一時的に思うだけならいい。
しかし、それ以上の深入りは、
自分の時間を無駄にするか、

その記憶なり、過ちを消すために、
さらなる過ちを繰り返すのがオチ。

将来、アインシュタインの理論なんかを用いて、
本当に、そんなタイムマシンが生まれる時代に
なるかは分からないけど、

やり直し、という選択ができる状態よりも、
今しかない、という気概のある状態の方が、
人にとって、大切なものが見えやすいように思う。

今でさえ、それを見失いそうな時があるんだから、
時間は、一方通行でいいと思うんだけどな。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2002年9月19日

わたしたちが不安を抱いていることの99%は…

わたしたちが不安を抱いていることの99%は、
現実には起こらないのです。

(デビッド・B・ヘイト)

こんな言葉を聞くと、
「でも、1%は起こるんでしょ、
 私は、いつもその1%の当たり役。」
と言う人がいるかもしれない。

確かに、そういう人もいることでだろう。
否定は出来ない。

だから、次のこともセットで
覚えて欲しいと思う。

「不安した通りに起こったとしても、
 それが悪いことだとは限らない。」

これを、ことわざでは
「人間万事塞翁が馬」と言う。

ご存じでない方のために、
いちおう、このことわざの成り立ちを書く。

塞(とりでのほとり)の翁(老人)の馬と
いうことで、とりでのほとりに、
ひとりの徳ある老人が住んでいた。
ある時、その馬が逃げた。

人々が気の毒がった。
「これは、悪いことが続くかもしれない。」
しかし、逃げた馬が立派な馬を連れて
帰ってきた。

すると、人々は、喜んだ。
「これからは、いいことが続くだろう。」
そのうちに、良い馬が生まれ、
息子がそれに乗って足を折ってしまった。

またまた、人々は気の毒がった。
「これまた、悪いことが続くかもしれない。」
やがて、戦争が始まり、
みんな戦争に行き、九割の人々が死んだ。
しかし、その息子は足が悪かったために
戦争に行かずに命が助かった。
(引用元:世界のことわざ辞典、永岡書店)

不安が実際に起こる確率が少しある。
しかし、起こったとしても、
それがその後、幸となるかもしれない確率もある。

そんなことを考えれば、
もっと気楽に生きていけるような気がする。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2002年8月20日

望む事柄がすべてかなえられたとしても…

人は必ずしも
常に正しいことを望むわけではないので、
望む事柄がすべてかなえられたとしても
幸福は得られないであろう。

(ジェームズ・E・ファウスト)

つまり、望みがすべて
かなえられない状態にいても、
幸せを感じていられることも
ありえるわけです。

それに気づくことは、
かなり幸せなことのように
思えます。

仮に、自分が幸せを感じて
生活するためには、
○○万くらいの月収があればいい、
という夢があるとします。

もし、心底、それを望み、
何もかも忘れ、そこに集中するならば、
おそらく、達成することが出来るでしょう。

しかし、それに到達するために、
捨ててきたもののなかには、
本当の幸せに必要なものがあったりして、
夢を果たせたものの、
複雑な心境だけが残りうることもあるのです。

私もあるように思いますが、
思いこんでいる「夢」や「願望」。
それなしには、やる気や力さえ、
湧かない可能性もありますが、

それを求めている自分の動機くらいは、
確認しておいた方がいいでしょう。

家族を幸せにするため、と言いつつ、
その裏に、
自分は何か虚栄心を持っていないか、

自分の才能を見いだすため、と言いつつ、
その裏には、
何かからの逃げがないか…

そういう裏の動機が見え隠れして、
分かっていて、進むならいいんです。

しかし、それを自覚しないで、
いかにも正当な理由だけで
自分は夢を追いかけていたんだ、
というおごりは、夢がくじかれた時、
立ち直るのを難しくするでしょう。

自分は、いつも正しいことを望むわけではない、
口には出さなくても、
そこを認めていたいものです。


【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2002年8月 7日

わしを困らせたのは無知じゃない。

わしを困らせたのは無知じゃない。
無知じゃないと
自分で思いこんでいたことさ。

(アンクル・ズィーク)

既に知っている、
もう知ることは何もない、
このままの方法でずっと行ける…

そんなふうに思い始めた瞬間から、
自分の刃は、錆びていく。

こんな言葉もある。
「もし人が、自分は何か知っていると
 思うなら、その人は、
 知らなければならないほどの事すら、
 まだ知っていない。」
(新約聖書 1コリント8:2)

あくまで、私自身の考えだけど、
今ある不景気の原因の一つも、
これなんじゃないか、と思っている。

人って、好きなことは、
際限なく、追求すると思う。
学ぼうとすると思う。
決して、これで十分、なんて思わない。

だから、そういう探求心がなくなるのは、
義務とか、単にお金目当てとか、
地位や名誉が目的とか、
そんな動機がからんでいるからだろう。

つまり、何かしら、
目に見える目的が果たされると、
「もう、終わり。十分、知った。」
ってことになる…

何でもいい。
探求心が消えそうにない対象、
見つけてみませんか?

そうすれば、他の分野でも、
自分の学ぶ気持ちの良否が見えてくるよ。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2002年7月17日

経験があるからと安心していると…

経験があるからと安心していると、
失敗してその失敗から学ぶということに
なりかねません。

(作者不詳)

経験は、大きな収穫です。

しかし、経験を、
間違った視点からだけ見ていると、
たいへんな目にあいます。

経験は、万能ではないからです。

そう考えると、
他人の経験をうらやむことも、
それほど必要なことではないと思います。

経験したこと自体よりも、
それに至った心意気とか、熱意、
それに目を向ければ、
経験を軽んじすぎることもなく、
重んじすぎることもなくなるでしょう。

私たちは、毎日、毎日、
新たな経験をするわけですから、
まずは、今日、いい経験が出来るよう、
心構えを作りたいな、と思うShuでした。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2002年6月13日

私たちは自問自答しなければならない。

ここで何が起きたか把握できるように、
私たちは自問自答しなければならない。

(サッカー・ワールドカップ、フランスのジダン選手)

あまりにも思いも寄らない結果で、
茫然としてしまうことがある。

なぜ、そうなったのか、
最悪でも、
そうなるはずではなかったのに…と。

2002サッカー・ワールドカップの、
予選リーグでのフランス敗退も、
まさしく、その通り。
そこで、ジダン選手は、
その言葉を発したのだ。

思いも寄らない事態というのは、
やはりいつ起こるか、分からない。
しかし、いつかは起こる可能性がある。

そんな時、何か自分以外のものに、
責任転嫁することなく、
「自問自答」しようという姿勢には、
感動する…

勝者は、勝った時はもちろん格好いいが、
負けた時も、意味ある働きをする。
そうなりたいものだ…

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)

2002年2月18日

動物は、一度ある方法

動物は、一度ある方法で成功すると、
その方法にいつまでも固執する傾向がある

(ギャンブルの魔力、渋谷昌三)

人間も、その通り。

そして、その結果、
しばらくはラッキーをもたらすかもしれないが、
そこから抜け出せないと、
不幸をもたらす。

なんか、「チーズはどこへ消えた?」の話を
思い出す。訳も分からず、変化ばかりに
追随するのがいいとは言えないが…

うまくいったことの本質が
見えていないと、そうなってしまう。

決して、幸せが逃げたのではない。
幸せの隣にあったものに気をとられて、
それを手にとって眺めているうちに、
幸せの行き先を見失っただけである。

【参考】
道は開ける(ディール・カーネギー)