since 2001-12-24
いい言葉ねっと いい言葉に、人は癒される、生かされる、動かされる。
いいコトバ このサイトから生まれた本の「いい言葉」
自分がどういう人間であるかと、自分がどう
見られているかは、必ずしも一致しない。

(読めばたちまちハッピーになるいいコトバ、皆川修一) »

いい言葉メニュー

いい言葉コレクション

いい言葉サブメニュー

Amazon商品ガイド

スポンサード・リンク

関連リンク

QRコード

Powered by
Movable Type 4.1
常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

« 話し合い | メイン | 離婚・別れ »

2010年2月 9日

人はすべて変えたいと欲するが、...

人はすべて変えたいと欲するが、
同時に、すべてが変わらずに
続くことも願っている。

(悪魔とプリン嬢、パウロ・コエーリョ)

人は、
変わる幸せも、
変わらない幸せも、
どっちも知っている。

だから、判断に迷ってしまう。

変わろうとして始めた行動も、
途中までいくと、
やっぱり、ダメだったかな、
という思いがもたげてきて、
終わってしまう。

変わらないと決めて、
じっとしているはずが、
しばらくすると、
じっとしていられなくなり、
遅れたタイミングで
行動を始めてしまったりする。

その結末は、
何もかも中途半端。

決めるというのは、
大変なことだと
改めて思います。

それは、
何らかの結果が見えるまで、
責任をもって、続けたり、
待ったりしていることだから。

しかし、人は、
できれば、たいした決断をしないうちに、
物事が好転してくれることを願っている。

行動は「すべて」変えたくないが、
目の前は「すべて」変わって欲しいのだ。

矛盾していますが、
人間心理としては
よーく分かるものです。

本当に、人生がそうなんだったら
いいのですが、そういうわけにはいかない。
やっぱり、いいタイミングで変わる決断が必要。

(参考)悪魔とプリン嬢(パウロ・コエーリョ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年11月18日

世の中のものごとってのは、...

世の中のものごとってのは、
気に入るとか気に入らないとか、
ただそれだけで
決まるわけではないんだな。

(失踪者、カフカ)

自分の好き嫌いだけで、
人を判断したり、
物事を見ることの多い人は、

反対に、
自分に何か不都合が
起こったときに、

誰かの好き嫌いだけで、
そういう扱いをされた
と理解したりするもんです。
(私にも、そういう傾向あるな...)

気に入る、気に入らない、
好きだ、嫌いだ、
だけで行動する人は、
実際にいる。

そういう人のまわりで、
長い間過ごし、
振りまわされた日々を
もっている人は、
それがすべてに思えるだろう。

しかし、そういう枠から
外れた生き方、環境というものも、
現に存在している。

そういう現実を
見ることができないと、
一人の人間として
かなり偏った存在になるだろう。

もちろん、
その偏りがユニークで、
多くの人に面白がられたり、
貴重だという扱いをされて、
生きていける人もいるんですけどね...

たいていの人は、
好き嫌いだけでは
生きていけない。

そういうことを思うと、
聖書の「いばら」(試練)という言葉が
思い出されます。

(参考)失踪者(カフカ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年11月 8日

分かりあえないから...

分かりあえないから
分かりあうことを
拒否して突き放すのではなくて、

すべてを分かりあえなくても、
ひとつでも分かりあえる部分があるなら、
そこを繋げたり深めていきたいと思う。

(雑誌「ダ・ヴィンチ」、三崎亜記)

相手のことは
好きじゃないけれど、

そうだよな、
そういう立場だったら
そんなふうに思っちゃうよな、
(心が狭ければなおさら...
 なんて余計なコメントもつけて)

という感じで
共感できるポイントが
あったりします。

立場が違うから、
分かりあえない、
ということは、
けっこう多いと思います。

相手の立場、
さらには環境、
生まれ育った背景、
そんなものをひっくるめて、
自分が背負うとしたら、
やっぱり、
そんな考え方、
そんな行動をするかもしれない、
っていうことを思えるだけでも、

ちょっと分かり合えたことに、
なるんじゃないでしょうか。

そういうことが分かってくれば、
立場が違うから、
分かりあえないということも
なくなる?

そもそも、
最初から分かり合おう、
なんていうのが無理な話で、

一度は相手を否定したり、
自分が否定されたりしてみて、
それでうまくいかない時が出てきて、
お互いの人間性を考える時が
生まれるのかもしれない。

それで、少し前進できることも
あるんだと思います。

(参考)刻まれない明日 (三崎亜記)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年8月30日

応援する人間は、...

応援する人間は、
応援される人間よりも
強くなければいけない。

より努力した人間だけに
他人をがんばれと励ます資格がある。
だから、がんばるんですよね。

(映画「フレフレ少女」)

たしかに、思うときがあります。

「がんばっていないおまえに、
 もっとがんばれ!
 なんて言われたくない。」って。

ひねくれ感情のように
思いますが、

応援される側の人間は、
言葉も欲しいけれど、
がんばるパワーをもらいたいんです。

それは、
応援する人間に、
特別にがんばっている何かを
求めているわけじゃなくて、

その「応援すること」に
がんばっているだけでもいいんです。

必死に応援しているのなら、
まだ、応援されている側にも、
それが伝わってくる。

てきとうな応援は、
がんばらなければいけない本人の
集中力をそらしてしまったり、
イライラを募らされたりもする。

そのくらいのことで、
ダメになってしまう人にも、
問題がないとは言い切れないが、

応援するのであれば、
いっしょに他の何かをがんばるとか、
応援することを一生懸命にやるとか、
そうであって欲しい。

それ以外の応援はいらない。

それは、もしかしたら、
野次以上に、奮起させる気持ちを
与えないかもしれないから。

(参考)フレフレ少女(橋本 裕志)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年7月 2日

まことしやかに語られ、...

まことしやかに語られ、
実際にあったこととして
信じられているこの話には、
実はおかしなところが山ほどある。

(オオカミ少女はいなかった、鈴木光太郎)

これは、
オオカミ少女の話についての
ことなんですが、

人の口から出てくる話には、
不思議な力があるように思う。

たとえば、
本当のことじゃなくても、
活字になってしまうと、
妙に力が出てくるのに似ている。
なんか、本当だったみたいに...

テレビのチャンネルを
替えたりしていて、
映し出された画面が
映画であることを知らなければ、
まるで、どこかの国で起こった事件の
ニュースかのように思ったり...

すんなり入ってくるものに、
わたしたちはだまされる。

あと、まだよく知られてないことに、
期待が加わったせいで、実体以上に
よく見えてしまったり。

インターネットを使えば、
ものがよく売れるとか、
こんな私でも成功しました、
っていう話が、

いとも簡単に信用されたりするのも、
そういうことなんでしょうね。

ふつうに入ってくる話に、
私たちは無防備なのかもしれない。

心しておかないと、
真実でないことを
信じされてしまうんでしょう。
面白い世のなかだ。

(参考)オオカミ少女はいなかった(鈴木光太郎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年5月19日

一番だまされやすいのは、...

一番だまされやすいのは、
まったくの素人ではなく、
少し分かり始めた素人です。

(お金は銀行に預けるな、勝間和代)

自分はだまされるわけがない、
と思っている人は、
何かちょっとでも知っているから、
そんなふうに思える。

もちろん、
何も知らない人は、
だまされる方法が
分からないどころの話でなく、
だまされるということがある
ということすら分からないから、
気づいた時にはだまされている。

そこにいくと、
始めたばかりの素人さんは、
自分は何も知らないから、
と思って、慎重に学んでいれば、
だまされることは少ないだろう。

しかし、
ちょっとしか分かっていないのに、
けっこう分かってきた
と思い込んでいる素人さんは、
うまい具合に、罠にひっかかるかもしれない。

これは、私たちが、
誰かをだまそうとする時にも
使える原則かな。

この本には、こんな言葉もありました。

「○○○○で簡単に儲かる」といった本が
多く出回っている背景には、
すぐに儲けたいと思う個人の弱い心を利用して、
それを煽ることで儲けようと
している構造があるのかもしれません。

なるほど、なるほど。
ちなみに、amazon.co.jpにて、
今の時点の「本のベストセラー」を
見てみると、似たようなタイトルが、
やっぱり、あるある。

「世界一の○○になる~」
「もう業者に頼まない!カンタン攻略○○」
「○○勝者のバイブル」

私も手が出そうになるものがあります。
まだまだ、弱い心の持ち主です。

(参考)お金は銀行に預けるな(勝間和代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年4月 8日

何より問題なのは、...

何より問題なのは、ね。
あなたが、落着きを
失ってるってことなんですよ。

(ブルー・ハネムーン、篠田節子)

問題のない時などない。

解決しなければいけないことがない、
という人生もありえない。

悩み、困りごと、
葛藤のない日々なんて
想像もできない。

だから、それらの前で
焦ってしまって何も手につかないとか、
はしゃいで見えなくなっているとか、
うろたえすぎているとか、
そういうことが一番の問題なのだ。

わたしも、
落ち着きのない人間なので、
よく分かります。

耳にする、目に入ってくる、
1つ1つの情報に、左右されます。

ああ、やっぱりこうしようか、
いや、あっちにしようか、
うーん、どうしよう...

みたいに、コロコロと変わります。

世の中の流れが、
それだけ変わるので、
そうなるのもしょうがない
というところもありますが、

もっと長い目で、
物事を見られないと、
自分が疲れてしまう。

肝心なときに、
落ち着きを失って、
大切なことが出来なくなる。

簡単なことで解決することでさえ、
解決できなくなってしまうのは、
もったいない。

落ち着き、どこかで売ってないですかね?

そういえば、小学生の頃の通知表にも、
「落ち着きがないです」って書かれたなぁ。

(参考)ブルー・ハネムーン(篠田節子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年2月20日

若いときには見えないものが...

若いときには
見えないものが
いっぱいありますからね。

(通販生活、田尾安志)

その見えなさは、
ある人にとっては、
うらやましいかもしれない。

別の人にとっては、
イライラする材料にしか
ならないかもしれない。

けれど、
みんなが最初は見えなくて、
いつの間にか見えるようになって、

それで、ホッとしたり、
かえってビビるようになったり、
いろんな心の状態になる。

それは、
見えても、見えなくても、
きっと同じこともあるだろうから、

あとは、
見えることで何をするか、
見えないことで何をするか、
それしかないんですよね、本当は。

今はどうがんばっても
見えないこともあるから、

見えないことを気にしすぎて、
何も出来なくなるよりだったら、

見えないなりに、
今はこうするんだ、
と決められる方がいい。

それが、
いつか見えたときの糧に、
なると思いますから。

そうは言っても、
間もなく40歳になろうとしてる私は、
まだまだ、見えていないなぁ、
と感じます。

(参考)ANSWER(アンジェラ・アキ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年1月 6日

言葉の幹と根は、沈黙である。

言葉の幹と根は、
沈黙である。

(吉本隆明)

誤解されたくない、
と思って発する言葉に、
ウソがあって、

だまされないぞ、
と身がまえて聞いて、
自分なりに思った言葉に
間違いがあって、

人間がそんなことばかり、
お互いにくり返していたら、
言葉の意味がなくなる気がする。

通じあうために、
生まれた言葉が、
なんとなく目的から遠くなる。

そこに出てくるのが、
沈黙という武器。

誤解されるのもいい。
だまされるのもいい。

そう思えば、
言葉に振り回されすぎないで済む。

言葉は大切だけれど、
言葉だけが唯一と思って
生きていくのは、
どことなく儚い。

あるがままに受け入れ、
あるがままに聞き流す、
っていうのも悪くない。

沈黙は、そんな武器。

そして、
言いたいことは言うけれど、
誤解されたり、
反論されたり、
無視されたりしても、
それはそれでいい。

そう思えたら、
本当の意味で、
言葉をコントロールできるように
なるんじゃないかな。

そうありたいものです。

(参考)ひひきこもれ―ひとりの時間をもつということ (吉本 隆明)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月 3日

不安は人を動かす。

不安は人を動かす。

(幸福な食卓、瀬尾まいこ)

たとえば、
人間関係に不安を感じれば、
相手の真意を確かめるために、
何らかの行動を始めてしまう。

それは、相手にしてみれば、
疑われたように感じられて、
人間関係イメージが変わってくる。
場合によっては、壊れる...

壊そうと思っていないのに、
壊れてしまった、
という人もいるかもしれない。

しかし、
自分の不安から始まった行動に、
壊れる可能性があったのに
気づいていないだけ。

一方、不安をなくすために、
前向きな行動を始められる人もいる。

自分の仕事レベルであれば、
能力をさらに伸ばす努力をする。

人間関係であれば、
それに振りまわされない自分を
築いていく努力をする。

健康面であれば、
必要な情報を集めて、
ふさわしい対応をしようとする。

不安の表面ばかりを見ていれば、
マイナスしかないように見えるけど、
ちょっと奥にはプラスもあるんだよね。

自分についても、
他人についても、
表面にだけ
とらわれないように
しなくちゃいけないです。

(参考)見えない誰かと (瀬尾 まいこ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月17日

口はときどき刃物のようになって、...

口はときどき
刃物のようになって、
ただただ人を傷付けるための
言葉が出てくる。

(長い終わりが始まる、山崎ナオコーラ)

どんな関係において、刃先が
最も尖った言葉が出てくるか。

と考えてみれば、
第一印象でこの人イヤだな、
って思ったくらいじゃ
出てこないだろうと思う。

そんなシーンでは、ただ、
心の中で思っているだけ。

親友、親子や兄弟、恋人や夫婦など、
もともと深い人間関係だったところに、
大きな溝が出来ると、
刃先の鋭い言葉が出てくるだろう。

お互いにそれだけ期待していたから、
それを裏切られたときに、
思わず、口から出てくる。

実際には裏切られていないときでも、
そう思い込んでしまえば、
いろんな言葉が出てくる。

相手の言葉だって聞こえなくなる。
聞こえなくなった者同士が、
ぶつけあう言葉は、

お互いに刃物を振り回して、
自分をも相手をも
傷付けているようなものだろう。

うーん、私も、
そういうことあるかもしれないなぁ。

相手の言葉が聞こえない、
っていうのは、
刃物にたとえて考えれば、
たしかに危険な話ですからね。

(参考)長い終わりが始まる(山崎ナオコーラ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月 5日

一度、悪魔とダンスをしたら、...

一度、悪魔とダンスをしたら、
悪ふざけではすまなくなる。

(英語)
Once you are dancing with the devil,
the prettiest capers won't help you.

(E・T・A・ホフマン)

もちろん、
絶対的なものではないでしょうが、
犯罪のプロファイリングという
経験的なものから言うと、
犯罪者の三要素というものが
あるらしいです。

それは、放火、
年齢不相応の夜尿症、
小動物や小さい子供への虐待行為。

つい最近、
放火で補導された少年の話を
聞きました。

放火って、
けっこう重い罪に
なるらしいですね。

聞いた感じでは、
単なる火遊びに思えますが、
たしかに、身の危険は、
かなり大きいものがあります。

自分のミスでない以上、
自分が気をつけていても
防ぎきれないのですからね、放火は。

だから、
火遊びというダンスが、
火遊びですまなくなる。

火を見て、興奮を覚えることが、
もっと大きな犯罪につながる可能性、
たしかに感じます。

暑い夏に、キャンプファイヤーの前で、
盛り上がるのとは話が違いますけど...


(参考)ホフマン短篇集

2008年6月25日

雑音はうるさいけど、...

雑音はうるさいけど、
やっぱ聞いておかなきゃ
なんない時だってあるんだよ。

(夜のピクニック、恩田陸)

クラシック好きの人には、
ポップス系の音楽は
雑音にしか聞こえないかもしれない。

反対に、ポップス好きの人には、
クラシック系の音楽が
そんなものに思えるかもしれない。

ジャズ、ロック、フォーク、
カントリー、レゲエ、演歌、民謡など、
音楽の種類は多々あるけれど、

すべてのものの良さを
きちんと理解できる人は、
そんなにはいないと思う。

つまり、どんな良いものでも、
その良さが分かるまでは、
雑音と変わりないということだ。

誰かから言われる助言でも、
アドバイスでも、アイデアでも、
きっと同じことだろう。

早く終わって欲しい、
何を言っているんだか、
また同じことを...

なんて思いながら、
「雑音」を聞いている。

そんな「雑音」でも、
耳に残っている時もある。
そして、そういえば、
あの時も、こんなこと言われた、
なんて思い出せたら、ラッキー。

雑音が聞こえたら、
他のことをしながらでもいいから、
ちょっと聞いてみようと思いました。


(参考)夜のピクニック(恩田陸)

2008年5月31日

結論を出すためでも、相手を言い...

結論を出すためでも、
相手を言い負かすためでもない、
ふわふわと漂うような言葉の
やり取りがなによりも
幸せなことなんだと、
いまは心から思う。

(カシオペアの丘で、重松清)

相手と会話することそのものが、
楽しいと思える相手でなければ、
人は、何かを求めてしまう。

結論を求めたり、
答えを求めたり、
意見を求めたり...

ただ話をしているだけで、
楽しいと思える相手が
一人でもいたら、
幸せだと思う。

自分と会話をするあらゆる人から、
何かを得ようというのは、
ちょっと欲張りかもしれない。

価値ある言葉を求めるのは、
とても大切なことだけれど、
そればかりを求めていたら、
それを引き出せなかった会話すべてが、
味気ないものに感じてしまうだろう。

たしかに、
あたりさわりのない会話すぎて、
味気ないものもある。

けれど、
恋人との会話、夫婦の会話、
親子、兄弟姉妹、友達との会話には、
ふわふわしているものがあったって
悪くはないでしょう。

慌ただしい世の中に生きていると、
そういう「ふわふわ」に
罪悪感を感じるクセさえ出てくる。

話しているだけで幸せな相手、
特別にキープしておきましょう。
お互いのために...


(参考)
カシオペアの丘で(重松清)

2008年2月16日

『だいたい』がいいね。…

『だいたい』がいいね。
だいたいさを詰めれば、
バッチリ。

あんまり、
熱意が行き過ぎるとダメで、
だいたいな熱意だよね。

(情熱大陸、祖父江慎)

だいたいで生きている人には、
朗報な言葉ですね。

けれど、思いました。

才能のない人の「だいたい」と、
才能のある人の「だいたい」
っていうのは、きっと大きく違う。

そういうことなら、
結局、どうしようもないじゃん、
という結論にしたいわけじゃない。

わたしが子供の頃、
政治評論家の竹村健一さんが
パイプをくわえて
「だいたいやね」
っていうのをテレビでよく見た。

何を言っているのか、
よく分からなかったけれど、
それのモノマネが多かったから、
記憶に残っている。

この「だいたいやね」っていうのは、
話をまとめている言葉なんだよね。

話じゃなくても、
何かをまとめるっていうのは、
頭の良さとか、才能の有無とは違った、
センスに左右されたりする。

たとえば、
890円の商品を、
だいたい900円です
とまとめる人もいれば、

だいたい1,000円です
とまとめる人も
いるだろう。

そのまとめ方がどうかっていうのは、
その時その時の人生シーンで
違ってくることだから、
いろんな「だいたい」を理解できる人が
とにかく強い。

一つの「だいたい」、
一つのまとめ方しか持たない人は、
きっと息詰まります。


(参考)生きてるだけでだいたいOK “落ちこぼれ"マジシャンが見つけた「幸せのヒント」(マギー司郎)

2007年12月13日

「間違い」は…

「間違い」は
実は面白い問題を
含んでいる。

(Asahi Weekly)

間違いには、
いろいろなものがある。

失敗にも、
いろいろなものがある。

実力がそこまで及ばずに、
間違っているのか。

実力はあるけれど、
何か勘違いをして、
もしくは早合点をして、
間違っているのか。

いざとなると、
実力を出し切れない問題があって、
そんな間違いをしているのか。

間違いの見た目は同じでも、
そこに隠れた問題は、
それぞれ違う。

そっかぁ、それで、
こんな間違いをしたんだぁ、
と分かる瞬間が必要です。

そうしないと、損です。

でも、なかなか問題が
見えてこない間違いもある。
それが現実。

間違いを認めたくないこともあれば、
問題を認めたくないこともある。
私は、そんな感じが多い。

だから、間違いには、
必ず「自分」という問題が
含まれています。


(参考)マリッジコード ミロス ― 結婚にすべての秘密があった (ミロス研究所)

2007年11月23日

どうやって直すのか…

どうやって直すのか
わからないものを、
こわしつづけるのは
もうやめてください。

(英語)
If you don’t know how to fix it,
please stop breaking it!

(あなたが世界を変える日―12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ、セヴァン カリス=スズキ)

現実的なことを考えれば、
こわそうとしているものの
作り方、直し方を知る必要はない。

こわすんだから、
知らなくていい。

こわしたい時には、
跡形なくこわしたくなる人間。

人間が作ったものなら、
人間がきっと直せる。

けれど、
人間が作ったものじゃないものは、
人間が発見したに過ぎなくて、
こわしたら、きっと直せない。

わたしは、ある程度、
こわれるのはしょうがないと思う。

けれど、人間が
利益とかを追求しすぎて、
修復不可能なくらい壊したら、
困るのは人間の方だ。

わたしも身勝手なところがあるから、
困ることもあるだろうなぁ…

でも、こわした方が
いいものもあるからなぁ。

見えるもの、
見えないもの、
こわしていいもの、
こわしちゃいけないもの、
ちゃんと分かる人間で
ありたいものです。


(参考)あなたが世界を変える日―12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ

2007年10月23日

アリガトウがサヨナラに聞こえたりする。…

アリガトウが
サヨナラに聞こえたりする。
サヨナラが
帰りたくないに聞こえたりする。

言葉はときどき
気持ちにいじわるをする。
それでも、ひとはひとに
何かを伝えて、生きていく。
ずっと前から。ずっと先も。

(RICOH広告)

日向夏さんからの投稿です。
「言葉って歯がゆくて、
 でも愛しいものだなと思います。」

言葉は、うまく使うと、
武器になります。

反対に、うまく使われると、
困らされることが多くなります。

言葉の奥に見えるものを
感じとるのは難しい時もあり、

言葉に頼りすぎても、
言葉を無視しても、
勘違いは起こりえます。

大切なメッセージは、
その言葉の前にあったり、
後ろにあったりもします。

それを分かってもらいたい、
分かってもらえるはずだ、
と期待している方の
コミュニケーションが、
いつも正しいとは限らず、

言葉で直接言わなきゃダメだ、
と決めつけている方の
コミュニケーションで
すべて解決できることでもありません。

きっと、
得意不得意が
どちらかにある。
そして、だいたいにおいて、
自分の得意な方を
「あるべきコミュニケーション」と
結論づけたくなる。

そんなわけがない。
言葉は、時々、
いじわるをするんですから。


(参考)部下は育てるな! 取り替えろ! ! (長野 慶太)

2007年9月11日

言葉にしないと、… 言葉にすると、…

言葉にしないと、
伝わらないことがある。

言葉にすると、
誤解されることがある。

(作者不詳)

まったく正反対のこと。

そして、きっと、
そのいずれかを、
人それぞれの性格で
かたく信じている。

言ってくれなきゃ
分からないよ、
って言う人。

言わなくても
分かるのが当然だ、
と黙っている人。

ケースバイケースで
口を開いたり、閉じたり、
器用に出来る人は
あまり困らない。

伝わらなくても、
そんなにこだわらない。

大きな声で出して訴えて、
理解されることを
願う人がいる。

だまっていながらも、
すべて理解されたい人もいる。

願うことは同じでも、
やっていることは正反対。
人はそれぞれが、個性的な生き物。

だから、ややこしいし、
だから、面白くもある。

自分だけは見失わずに、
人それぞれと付き合いたいものです。


(参考)好かれれば9割成功嫌われれば9割失敗 (前田 大輔)

2007年8月 6日

最後の一分間に何をいうか…

最後の一分間に
何をいうかを
先に決めておいて。

(雑誌「THE21」、大前研一)


中学校の頃にも、
就職したての頃にも、
「1分間スピーチ」なるものが
あったように思います。

思っていること、
考えていること、
ぜひ知らせたい情報を、

1分間という時間の中で
言葉としてしゃべるっていうのは、
かなり価値のある訓練だったはず。

ただ、それを活かせていたかは、
私の場合は、かなり怪しい…

1分間じゃ何も伝えられない、
とあきらめて、
たいした準備もせず、
ありきたりのことで済ませてしまう人。

伝えたいことが多すぎて、
いろいろとしゃべっているうちに、
焦点がぼやけて、時間切れになってしまう人。

たった1分間だけど、
カンペを見ながら読んで、
緊張のあまり何度も噛んでしまう人。

いろいろだったように思います。

ちなみに、今日のこの文章でさえ、
口に出して言ってみれば、
ゆっくり読んでも1分くらいなのです。

そう考えれば、
1分間で伝えられることって
けっこうあるなぁ、って思いません?

だからこそ、
最後の1分間を大切にし、
そして、そこに集中して
コミュニケーションすることがいいのです。


(参考)言葉と声の磨き方 (白石 謙二)

2007年7月14日

たぶん、あなたは変わりたくないでしょう。…

たぶん、あなたは
変わりたくないでしょう。
それもまたよしです。

あなたに準備が整えば、
その考えも変わるでしょう。

(共依存かもしれない、ケイ・マリー・ポーターフィールド)

変わるには、
いろんな条件が
必要だったりします。

必要というか、
待っているというか…

それを「準備」と言っていいかは
分かりませんが、
こういうことだと私は思います。

「人は、自分のなかに
『変わらなくてもいい素晴らしい部分』
 があると気づいたとき、
 安心して変化を受け入れる」
 (コンサルティング能力、佐々木直彦)

何もかも変わるなんて、
なかなか出来ることじゃありません。

自分の中の何かを踏み台にして、
新しい変化に飛びつく感じの方が
手っとり早いし、うまくいく可能性大。

踏み台は大きいほど、
安心感があるものだけど、

安心感が大きくなりすぎると、
今度は、変化が面倒になったり、
怖くなったりするもの…

変化を助けてくれるものに
頼りすぎると、そのうち、それが
変化を邪魔するものに変わってしまう。

頼るものがないと、心細い。
だからこそ踏み出せる変化もある。

いつ、どう変わるかは、
自分次第ですね。


(参考)共依存かもしれない(ケイ・マリー・ポーターフィールド)

2007年5月16日

…好いた事をして暮らすべきなり。…

人間の一生は
誠にわずかの事なり。
好いた事をして暮らすべきなり。

夢の間の世の中に
好かぬ事ばかりして、
苦しみて暮らすは愚かな事なり。

(山本常朝)

ひーのさんからの投稿です。

誤解されやすい言葉にも
思えますので、
この方について言うと…

江戸時代に生まれ、
ひ弱であったことから
20歳までは生きられないだろう
と言われていました。

そこで、
「よし、生きてやるぞ」と発憤、
鍛錬を重ねたとのこと。
61歳まで人生を謳歌されたようです。

好いた事、好かぬ事、
どちらもあるこの世の中。

今、好きだと思っていることが、
果たして、本当に好きなことか。

自分ですら、
分かっていないこともあります。

単に、好かぬ事から
逃げるための口実に
好いた事に夢中になっている振りは
それほど長続きはしません。

きっと、
新たな好かぬ事を
引き寄せるばかりです。

好かぬ事をハッキリさせるのは、
悪くないことでしょう。しかし、
それから本気で逃れるためには、
好いた事に本気で
取り組まなければいけない。

何度失敗しても、
取り組める気持ちが揺るがない
本気の「好いた事」がない限り、
好かぬ事からは逃れられないのです。

だから、好いた事っていうのは、
単に、好き放題に遊びまくるとは
次元の違う話なのです。


(参考)新篇 葉隠(山本常朝)

2007年1月29日

傷つくのが恐いのは相手より自分の心を…

傷つくのが恐いのは
相手より自分の心を
大事にしてるからだって。

わたし、好きになるって
その逆のことかもしれない
って思うんだよ。

(「彼氏彼女の事情」2巻、津田雅美)

自分を傷つけないようにするのも、
他人を傷つけないようにするのも、
紙一重かもしれない。

そんなふうに思います。

傷つけないように、
ということにこだわれば、
きっと無理が出てくる。

傷つけない、傷つかない、
を100%実現するのって
難しいはずなんです。

それをリクエストするのも、
それを約束するのにも、
ちょっと非現実なところがある。

自分を守ろうとすれば、
何にもチャレンジしなくなる。

他人を守ろうとすれば、
必要以上に手を出したり、
代わりにやってしまったりする。

ホントに、それでいいか?
ずっと、それを続ける気か?

たとえ、
恋人や夫婦であっても、
友達や親子であっても、
ずっとは守りきれないのです。

傷つけないことが
好きな証拠とは限らず、
傷つかないことが
大事にされている保証とも言えない。

その点だけで、愛を語ったら、
ズレてきそうですね。

恐がってばかりいちゃ、
ダメなんですね。


(参考)彼氏彼女の事情(津田雅美)

2007年1月27日

何度も言うけど、好き嫌いと…

何度も言うけど、
好き嫌いと良い悪いは
違うよね。

(湾岸ミッドナイト、楠みちはる)

自分の好きなことが
ぜんぶ正しいわけじゃない。

自分の嫌いな人が
ぜんぶ悪人とは限らない。

それを勘違いして、
ものごとを判断して
自分で損をしている人がいる。

たとえば、そんなことで
損をするのは自業自得だ、
なんて私が思っているとすれば、
心のどこかで、そういう人間を
嫌っていることになる。

あくまで、
私が嫌っているだけの話で、
そういう判断が正しい
と言えないことにもなる。

こんな言葉を思い出します。

「いい靴を履いていると、
 くつがいいところへ
 つれていってくれるのよ。」
 (花より男子)

好き嫌いっていうのは、
ある意味、この言葉でいう
「靴」みたいなもんだと思う。

どの靴を履くかは自由。
何を好きになって、
何を嫌いになるか
が自由なように。

好き嫌いで履いた靴が、
どこかへ連れて行ってくれる。
それぞれの靴で行き先が違う…

とっても好きな靴だったけど、
ろくなところへ連れて行って
くれない靴もある。

どちらかと言えば
嫌いな靴だったけど、
けっこういいところに
連れて行く靴っていうのもある。

好き嫌いは、行き先を決めない。
靴を決めるだけのこと。

靴が連れて行った先で、
良い悪いが分かってくる。
もちろん、すぐ分からないものも
あるでしょうね。


(参考)湾岸MIDNIGHT(楠みちはる)

2007年1月23日

気にせんでよか。…

気にせんでよか。
2~3人に嫌われても、
反対向けば1億人おるから。

(佐賀のがばいばあちゃん、島田洋七)

かむらさんからの投稿です。
「ぐっと来ました。しみじみと
 自分のおばあちゃんも
 思い出されてきて、大好きです。」

誰に嫌われたっていい、
って思いながら生きられるのは、
よほどの自信がある人か、
他人との関わりを
気にしなくていい人かもしれない。

だいたいは、
目の前の少数の人に嫌われることが、
かなりの間、気になってしまう。

そっちとは、
反対の方向を向く勇気が
出てこない。

仮に向いたとして、
そこに1億人でなくて
多くの人が見えたとしても、
知ってる顔じゃないのだ。

新しい人と知り合いになって、
新しい道を歩いていくより、
これまでの付き合いの中で、
絶えていく方を選んでしまう。

そんな心境も分からないでもない。

けれど、どうせ、いつかは、
違う人と出会うことになるのだ。
年を重ねるというのは、
そういうことなのだ。

がばいばあちゃんは、
こうも言ってるし。

「嫌われているということは、
 目立っているということや」


(参考)佐賀のがばいばあちゃん(島田洋七)

2006年12月31日

ごう慢は断定を生む。…

ごう慢は断定を生む。
あやまった断定は、
命をうばう。

(ドラマ「チャングムの誓い」)

お医者さんとか、
人の命をあずかる人にとっては、
とても大切なことでしょうね。

ただ、
断定することを恐れすぎれば、
優柔不断になってしまい、
必要以上の時間をかけることに
なったりして、別の意味で、
命をうばうことになるかもしれない。

何か行動を始めるには、
決断をする必要がある。
ただ、その結果が
思わしくなかった時に、
その決断が間違っていなかった、
と弁明することにこだわれば、
さらに時間ばかりが奪われる。

時間は、命だとも言えるし…

また、正しい意見でも、
強い態度で言われると、
反発したくなる。

人間とはそういうものだ。

意見を伝える目標が、
人を動かすことにあるならば、
断定を避けた言い方で
受け入れやすくしたほうが
いい場合もある。

断定して言う側は、
気分がスッキリすることが多い。
しかし、言われた側は、
なんとなくモヤモヤすることも
少なくない。

だからと言って、
断定がダメなわけじゃない。
断定に慣れすぎると、
危ないよということだと思う。


(参考)宮廷女官チャングムの誓い (特別編)

2006年10月27日

文句を言いたいときは、…

文句を言いたいときは、
そこにチャンスがあるんです。
不満に思ったわけだから、
解決法があるかもしれない。

そう考えると、
すべてのことが
おもしろいんじゃない?

(ほぼ日、デザイナーの佐藤卓さんの言葉)

文句を言う人は
必要だけれど、
文句だけを言う人は
必要じゃないかもしれない。

みんながチャンスの時を
待っているけど、
みんながチャンスの時に
行動するとは限らない。

誰もが解決を
願ってるけど、
誰もが解決の方法を
探しているわけじゃない。

当初は同じように見えても、
その先では、全然違ってくる…

人の人生って、
そんなものだと思う。

私は行かないけれど、
同級会なんかは、
そういうことが
思いっきり見えてくる場じゃ
ないだろうか。

見栄を張っているのか、
本当のことを言っているのか、
そういうことだって
分かってくる。

文句を言いたい時に、
言っている瞬間に、
そして、その次の瞬間に、
何を考えているか。

そこに、人間の分かれ道がある。
間違いなく、真実ですよ。


(参考)ほぼ日刊イトイ新聞の謎。

2006年10月 3日

…健全な批評空間をつくれるかどうか…

普段仲よくしている人たちと
健全な批評空間を
つくれるかどうかが
あなたの精神的な成長に
大きくかかわってきます。

(轡田隆史)

「私たちって、
 本当に仲いいよねぇ…」
と本心から言える人がいるか。
まず、これが第1ステップ。

次に、そういう仲間と、
時と場所が変われば、
「ちょっと、そこは違うんじゃない?」
「こういう方法もあるんじゃない」
「それは、ダメだよ。」
とか、率直に言える関係をつくれるか。

仲がいいことに執着しすぎると、
人は、成長することを
犠牲にし始める。

おそらく、
前に進むことを犠牲にしないと、
関係が壊れるような心配を
感じ始めるから…

ただ、その前に進む、
というのにも色々あるから、
的を射ていない批評関係に
ならないことも必要。

仕事で前に進む「乗り」で、
恋愛や夫婦関係とかを
前に進めようとしたら、
きっと、ギクシャクしてくると思う。

目指す「かたち」が違うから、
「それが進むということ?」
みたいな違和感って
あると思うんです。

努力とか変化が求められる、
という点では共通しているけれど、
恋愛はスポーツじゃないし、
結婚は仕事とも違う。

どれも、
仲がいいというスタートが、
その先の幸せとか、成功を
保証するもんでもない。

だから、「仲がいい」の上に、
積み重ねる健全な批評空間が
必要なんですよ。
どのパートナーとも…


(参考)「ワンパターン」を変えなさい!(轡田隆史)

2006年7月27日

ハッキリした「たぶん」と、…

ハッキリした「たぶん」と、
ハッキリしない「はい」の間には、
1つの境界線がある。

(英語)
There is a line
between a definite maybe
and an indefinite yes.

(メイソン・クーリー)

わが家の電話には、
着信拒否された電話番号が、
登録できる数ギリギリまで増えました。

「株を始めませんか?」
「融資は要りませんか?」
「子供教材サンプルはいかがです?」
「ダイエット食品が好評ですけど…」
「この度、その地域の皆様に…」

ハッキリと「いりません」と
断ってはいるものの、
担当を変えて、同じ電話番号から
ご丁寧に電話をよこしてきます。
時には「番号非通知」にして
電話をよこしてくるケースも。
(それも拒否されますが…)

言葉は道具にすぎず、
それを伝える側が
ハッキリと言わない限り、
相手が強者であればあるほど、
どうにでも理解して、
何度もアタックしてきます。

じゃあ1回くらいなら、
という弱みを見せたら最後。
1回で済まないくらい、
追い込まれちゃうこともあるでしょう。

「はい」でも、
「いいえ」でも、
「たぶん」でも、
ハッキリとした意思表示であれば、
それをとことん伝えられます。

しかし、ハッキリしていなければ、
「はい」も「いいえ」も「たぶん」も
どこかしら、すぐに変わってしまう
イメージが相手にも伝わります。

心をハッキリさせましょう。
そして、その上で
それをハッキリ伝える言葉を
選びましょう。


(参考)運のよい人は言葉の選び方、使い方を知っている (マーフィー)

2006年3月25日

人間は、償いのすべがないとわかってから、…

人間は、
償いのすべがないと
わかってから、

償いをしたかった
なんていい出すもの
じゃないですか。

(デュアル・ライフ、夏樹静子)

最初の気持ちが
変わってしまい、
もう一緒にいることに
耐えられなくなった時、

人は、自分の心変わりを
なんとなく申し訳ないと
思いながらも、
それについて責められると、
開き直りたくなる。

だって、その頃には、
自分の本当の気持ちを
裏切ることは出来ない、
って思っているから…

ところが、しばらくして、
今度は、相手が、
「自分の気持ちに正直になる」
なんていう時が来たら、
きっと心は苦しむ。

自分は、以前
自分の気持ちに
正直になることを
正しいとしたけれど、
相手にも、それをやられると、
こんなにも苦しいものだと分かる。

自分の気持ちに正直になる、
という言葉の響きはいいけれど、
責任を逃れたら、どこかで
償うことになるのだ。

自分の痛みを実感して初めて、
賢くなれれば、人は「償い」を思う。
そうでなければ、
身の程知らずの恨みばかり。

自分に都合のいい「正当な理由」は、
いくらでも思い浮かぶのだ。
相手に必要な「償いの理由」は、
いくらでも打ち消す代わりに…

間違いなく、
私もその一人。


(参考)まっすぐに。(青木あざみ)

2006年3月23日

確信にいたっていない事柄すべてが、…

確信にいたっていない事柄すべてが、
私たちを満足させるレベルに
達するのを待っていたら、
かなりの遅れをとることになるよ。

(英語)
If we wait until we’ve satisfied
all the uncertainties,
it may be too late.

(リー・アイアコッカ)

私たちは、
心配をしだせば、
キリがないほどの心配に
取りまかれることもできる。

できれば、
何もかもハッキリさせて、
100%成功できる保証を手に、
物事に取り組みたい。

しかし、
自分が準備を完了した時には、
他の人々も準備を完了している。
最悪な場合は、それを通り越して、
次のステップに進んでいたりもする。

100%確実でないうちに、
スタートするしかないのだ。
人生には、ギャンブル的な要素が
あるということだろう。

それを避ければ、
安全そうに見えて、
実はそうでない危険に
身をさらすことになる。

「一番危険なことは
 チャレンジすべきタイミングに
 チャレンジしなくなること」
 (ビジネスに生かすギャンブルの鉄則、谷岡一郎)

安心を期待しすぎないように
したいですね。
生きていること自体が、
やっぱりリスクでしょうから。


(参考)地球が天国になる話(斎藤一人)

2006年1月 4日

秘密を抱えて生きるひとは、…

秘密を抱えて生きるひとは、
いつか秘密に殺される。

(映画「秘密のかけら」)

秘密をまったく
持っていない人間なんて
いないことでしょう。

問題は、隠していても、
たいしたことがないかあるか。

秘密によって、
死ぬか生きるかの問題になるのは、
めったにないことでしょうけど、

秘密にすることによって、
本人は得をすると思っていても、
実際は、損をすることも多い。

やっぱり、
いつかはバレると思う。

聖書の言葉が思い出される。
「隠されているもので、
 あらわにならないものはなく、
 秘密にされているもので、
 ついには知られ、明るみに
 出されないものはない。」
 (ルカ8:17)

逆に、自分を謎めかせる(?)ために、
秘密を多く作ろうとする人もいる。

良くないことをして
秘密を持っている人に比べれば、
その罪は少ないけれど、

人をウンザリさせる面では、
ほぼ同じかもしれない。

「何歳ですか?」

「ん、何歳に見える?」

「あ、聞かなくていいです。」

「聞いて、聞いてぇ~。
 私のこと、もっと聞いてぇ。」

みたいな感情で、
秘密をつくっても、
しょうがないですよね。

秘密に殺されたり、
つぶされないようにだけ
注意しましょう。


(参考)チョコレート工場の秘密(ロアルド・ダール)

2005年12月 5日

あなたの言葉が、…

あなたの言葉が、
あなたの中身を創る。

(英語)
Your words create what you speak about.

(サナヤ・ローマン)

直訳すると、
「あなたの語ることを創る」
になると思います。

「国家の品格」著者藤原正彦氏の
講演会にて、こんな話がありました。

ホームステイをした、
アメリカ留学のある女性が、
英語が上達しないということで、
大学の寮に移ったとのこと。
2、3年後、英語が上達し、
そのホームステイ先のおばさんと
再会した時に、こう言われました。

「あなた、ずいぶん英語が
 うまくなったわねぇ。
 でも、話す内容は、
 相変わらずつまらないわねぇ。」

彼女にとっては、
痛烈な一言だったことでしょう。
英語が話せても、国際人じゃないのです。

自分の中身が増えないと、
そこから出てくる言葉は、
空しいものばかり…

自分が口にした言葉に、
がっかりとすることは、
少なくありません。

果たせなかったり、
無理していたり、
見栄を張っていたり、
本質からズレていたり、
そんなことはいつものこと。

そして、その言葉は、
その時だけの失敗ではなく、
そもそもの中身、自分に、
足りないものがあることの証拠。

足りないことだらけですね。


(参考)オシムの言葉(木村元彦)

2005年9月14日

「勝ち負け」にこだわることが…

「勝ち負け」にこだわることが
人生を面白くする。

「勝ち負けだけ」にこだわることが
人生をつまらなくする。

(引用元不明)

Nさんからの投稿です。

この言葉を読んで、
ドーピングを思い出しました。

アテネオリンピックにおいて、
ハンマー投げの室伏選手が、
上位選手のドーピング問題で
金メダルを手にした出来事は、
記憶に新しいです。

会見の場で読んだ詩の中に、
こんな言葉がありました。
「あなたの子供達が
 競技で勝利を勝ちえた時
 永遠の栄誉をあたえよ」

勝ち負けは一時のもの、
金メダルも一時のもの。

だから、それだけを求めて
手段を選ばないとまでなると、
それは別の世界になってしまう。

oracionさんからも、
次のような投稿がありました。

「『エゴ』の力でつかんだものは、
 他人の『エゴ』で摘み取られます。」
 (引用元不明)

世の中はうまく出来ています。
みんなが欲しがるものを、
手段を選ばないで手に入れると、

同じように、
手段を選ばない人間に、
奪われることもあるわけです。

自業自得というか、
エゴはエゴにつぶされて、
泥沼に入っていきます。

やっぱり、大切なのは、
そこまでして欲しいものか、
というところでしょうね。

何としてでもそれを手に入れる、
という気持ちはいいとしても、
その「何としても」に、
おかしな手段が入れば、
自分をも不幸にしてしまう。
それを忘れないようにしましょう。

「愛」を勝ち得ることにも
通用するはずです。

【参考】
チェンジメーカー(渡邊奈々)

2005年9月13日

損を一気に取り戻そうとすると、…

損を一気に取り戻そうとすると、
うまくいかないことが多い。

(決断力、羽生善治)

一気に取り戻そうとすると、
だいたい無理が生じます。
そして、その無理が
続かない時が来るのです。

ダイエットのリバウンドが、
一番いい例ですね。

1年、2年、
いやもっと長い年月をかけて
身につけてきた脂肪だけど、
出来れば、今日すぐにでも
消し去りたいという気持ち。

分からないわけではありません。

そして、もしかしたら、
それを可能にする特殊な方法も
あることでしょう。

ちょうど2年前(2005/09)、
SMAPの香取慎吾くんが、
ダイエット本を出しました。

それ以前、テレビに出てくる彼の姿が
どんどんスリムに変わっていくのを見て、
すごいなぁ、と思っていました。
そこで出版。

何かしら、出版を企んだ上での
体重の増減だったのかなぁ、
なんて怪しんだりもしましたが…

私も体には注意しなくちゃと
思った次第でした。

でも、今の彼はどうでしょう?

やっぱりダメだったんだぁ、
という安心感を与えるような存在に
なっている気がします。

それとも、
「慎吾のリバウンド・ダイエット」
なんていう本の企画でも
あるんでしょうか。

いずれにしろ、何ごとも、結果的に、
一気に取り戻せることはあるとしても、

一気に取り戻せるという誘惑の罠や、
安易な方法には引っかからないよう、
注意した方がいいですね。

まず、そういう決意が必要かも。

【参考】
決断力(羽生善治)

2005年9月12日

影をつかんで、実体を見失う。

影をつかんで、実体を見失う。

(英語)
Grasp at the shadow,
and lose the substance.

(イソップ)

イソップ物語にある話のようです。

ある犬が、肉屋から
肉を一切れちょろまかし、
住みかに帰る途中、
川を渡っていた。

犬は流れに映る自分の影を見て、
他の犬が肉をくわえているのだと思い、
その肉も我が物にしたいと思った。

犬は、次の瞬間、
その犬に飛びかかっていったのだが、
その結果は、容易に想像できる。
結局、自分がくわえていた肉を落とし、
すべてを失った。

ちょろまかしに成功(?)しても、
その性根からくる卑しさが、
せっかくの成功をも失わせる。

人間にも、ありえそうですね。

何かを手に入れようとした時に、
手段を選ばないでどんなことでも
する気になれば、きっと、
それは手に入る。

しかし、それは、
自分の性根レベルに合わせて、
自分のものになったり、結局は、
失うことになったりする。

おそらく、最初から
影を求める「虚しい性根」から
始まっていれば、いろんなものを
手に入れたように見えても、
きっと失うことになるんだと思う。

何にでも、実体と影がある。
どこを見ているかによって、
見えるものがまったく違うだけ。

こんなことも言えるかもしれない。
言葉は影、心は実体。だから、
言葉にだまされることもある。

【参考】
いい言葉は、いい人生をつくる(斎藤茂太)

2005年8月 6日

知らなくてはならないことを、知らないで…

知らなくてはならないことを、
知らないで過ごしてしまような
勇気のない人間になりたくない。

(太陽の子、灰谷健次郎)

関わらないと、
知らないで済むことがあります。

知らないで済ませられると、
すごく楽なこともあります。

世の中では、よく
「知る権利」とか「知る義務」とか
言いますが、

自分が得するための
「権利」ばかりを主張して、

自分がやるべきことを知るための
「義務」をおろそかにすると、
後々、後悔するでしょうね。

やるべきことをやらなければ、後で
ふくらんだ負担が覆いかぶさってきて
苦しめるわけですから。何事も…

ただ、知る義務を妨げるものとして、
他人の「思いやり」
というものがあります。

つまり、
「そんなことを知らせるのは、
 かわいそうだろう」
という気遣いです。

果たして、それによって、
その相手を守ることができるか、
かえって守れないことにならないか。

もちろん、知らせるには、
年齢とかのふさわしい時期も
あるでしょうけれど、

相手が知りたいと願い、
知るだけの準備ができた時には、
真実を知らせてあげるのも、
知らせる側の「義務」だと思うのです。

知る「勇気」、知らせる「勇気」、
失いたくないものですね。

【参考】
太陽の子(灰谷健次郎)

2005年5月 8日

天才って便利な言葉だよね。…

天才って便利な言葉だよね。

だって、天才っていったら、
努力もしないで
持って生まれたものだけで
やってきたように
思われるんじゃないかなぁ。

(福原愛、「愛は天才じゃない」より)

なるほど…

そう考えると、
「天才」という言葉は、
尊敬とかよりも、

「自分には出来ない」
「自分には素質がない」
「自分にはそこまでの力がない」
とかの意味合いで
使われている場合も多いかも。

自分の得意分野でないことを、
「もしかして、天才じゃなぁ~い」
なんて褒められるのは、
悪い気がしない。

ちょっとしたまぐれで、
うまくいっただけなのに、
「天才」って言われたのだから。

しかし、自分の得意分野として
頑張って頑張ってやっていることを、
「すごい天才だね。
 私は素質ないから、
 いくら頑張っても無理ね。」
なんて、何の努力もしていない人間から
言われるとなると、やはりアタマに来る。
(または「いつまでもそう言ってろ」と思う。)

愛ちゃんのお母さんでなくても、
頑張っている子供の親であれば、
「おたくの子供は、才能があって、
 何でも簡単にうまくなれて、
 本当に天才ね。うらやましいわ。」
なんていう言葉には、引っ掛かる。

何度泣いているか、
何度もがいているか…
見ようとしない人間には、
そういうことが
見えないようになっている。

そして、見ようとしない、
見えない人間には、
結局、つかめないものばかりが増え、
人をうらやむばかりが仕事になる。

「天才」という言葉は、
何の説明にもならない場合も
あるんですね。ホントに…

【参考】
愛は天才じゃない(生島淳、福原千代)

2005年4月 9日

君の体の中には、君自身でもコントロールできない…

君の体の中には
君自身でもコントロールできない
あまのじゃくがいるんだよ。

あまのじゃくをやっつけないと
一生そのままの人生を
おくることになるよ。

(雑誌「プレジデント」)

「こう、やるな!」と言えば、
必ず、その通りやる人間がいる。

時に、それは
「あまのじゃく」というより、
「やるな!」と言われたことの方が、
強烈に記憶に残ってしまい、思わず、
そんな行動が出てしまうから。

自分でもコントロールできない
「自分の中の自分」
多分、誰でも持っていると思う。
理性では分かっていても、
その時の感情だけで
動いてしまうところが…

やればいいのに、
それをやらない自分、
別のことをしてしまう自分は、
おそらく、心の中に、
余裕がなくなっているんだと思う。

しかし、最近は、
この余裕がないというのも、
そんなに悪いことじゃないかも
という気がしてきた。

何かのこだわりを持っていて、
わざと一つのことだけに集中して、
それ以外に目を向ける余裕を
なくしている。

そうしなければ、
限られた自分の力を
集中させることが出来ないから。

そんな姿は、理解されるまでは、
間違いなく「あまのじゃく」に
思われることだろう。

良いあまのじゃく、
悪いあまのじゃく、
どっちもあるので、
注意したほうがいいかもね。

【参考】
あまのじゃく人間へ(遠藤周作)

2005年3月28日

自分に必要のないものを、どれだけ捨てられるか。今は…

自分に必要のないものを、
どれだけ捨てられるか。

今は、それが問われる
時代でもあるんです。

(金子勝、「プロ論」にて。)

情報、ニュース、噂、
それに加えて、
物、もの、モノ。

いっぱいあります。
だから、私達の
好奇心や興味もフル回転。

それだけ人の心が動くのは、
経済や景気のことを考えれば、
とてもいいことでしょうね。
間違いなく…

ただ、自分自身の
仕事や生き方を考える時には、
フィルタか、捨てる技術が必要。

それが出来ないと、
知らず知らずのうちに、
抱えきれないほどのモノや情報を
負わされて、溺れてしまう。

溺れてしまったら、
自分の生き方が
出来るわけがない。

私たちを船だと思えば、
このことは理解しやすい。

もちろん、船の大きさは様々。
人それぞれの心や時間、お金など
によって、違ってくる。

しかし、気をつけるべき原則は同じ。
船に載せる前に判断するか、
船が沈みそうになる前に捨てるか
しなくちゃいけない。

その原則を無視したら、
どうなるかは…

あなたの船は、
沈みそうになっていませんか?

ちなみに、この本は、
あおるだけでない、現実的な名言集に思えます。

【参考】
プロ論。

2005年2月11日

知らないという口実は、決して…

知らないという口実は、決して
責任を消滅させるものではない。

(英芸術評論家:ラスキン)

口癖で、
「聞いていないよ」
「全然、知らなぁ~い」
なんて言う人、いませんか?

ハッキリ言って、
かなり恥ずかしい癖だと
思います。

そして、それを
恥ずかしいことと思わないで、
くり返し言うから、
恥の上塗りというわけで。

今日の言葉にもあるとおり、
「聞いてない」
「知らない」と言えば、

「それは、それは、
 たいへんなことでしたね。」
と理解されるとは限らないのです。

ある程度の能力が
認められるとすれば、
聞いていなかった、
知ろうとしなかったその人の
過失になるんですから。

私事ですが、
初めて「過失」という
言葉の意味が分かったときには、
ちょっとビックリでしたね。

小学生用の国語辞典にさえ、
載っている言葉です。
こうあります。
「不注意のためにおきた
 あやまち。しくじり。」
 (参考:学研)

ところが、法律的には、
もっと面白い理解になるんですよ。
ちょっと抜粋します。

「過失は、かつては注意力に
 欠ける心理状態と定義されたが、
 今日では、…
 通常人もしくは平均人において
 社会的に要求される注意義務を
 基準として、過失の有無が
 決せられる。」
 (法学用語小辞典[有斐閣])

完璧とは言わないまでも、
知ろうという努力をしないと、
不利な立場に置かれるんですよ。

怠けちゃいけない、
ってことですね。

【参考】
成長するものだけが生き残る(上原春男)

2004年12月16日

いいかい、気持ちなんて伝わらない。…

いいかい、
気持ちなんて伝わらない。
伝えたいものは、
言葉で言いなさい。

それが、どんなに難しくても、
それ以外に方法はない。

(詩的私的ジャック、森博嗣)

初めて告白した時のことを
覚えています。

とても、緊張して、
「付き合って欲しいんだけど。」
と言いました。

「ああ、困るわ。」という返答に、
私は、ダメなんだ、と理解し、
その彼女をその場において、
「そうか」と言って、
逃げるように去ったのを
覚えています。

あとで、聞いてみると、
その「困るわ」っていう言葉には、
別の意味があったようで、
どうやら悪い返答じゃなかった、
ということが分かったのは、
数ヵ月後。
今から17年前くらいの話…

結婚してから、
わが奥さまにその話をすると、
「あら、困るわっていうのは、
 悪い意味とは限らないのよ。」
と、また教えられる。

今思えば、言葉とか、
人の心に弱かったんだろうなぁ、
私は。と反省しています。

単刀直入に言ってくれぇぇ~~。
っていう感じですが、
それでも分からない人もいれば、
やはり言わない前から分かる人もいる。

その距離感を知って、
言葉を伝えなきゃいけない、
ってことなんでしょうね。

まだまだ、言葉の勉強は続きます。

【参考】
詩的私的ジャック(森博嗣)

2004年12月 3日

人の話をきちんと聞かない人…には、三種類がある。…

人の話をきちんと
聞かない人…には、
三種類がある。

第1のタイプは、
他人にそもそも
関心がないために、
人の話を聞くつもりのない人だ。

第2のタイプは、
先入観にとらわれる人だ。

もう1つのタイプは、
理解力が根本的に
欠けている人だ。

(頭がいい人、悪い人の話し方、樋口裕一)

ん~、話を聞かない人…
ちょっと、私自身も耳が痛いです。

無関心、先入観、理解力不足。
こう並べられると、
ちょっと怖いですね。

世の中の人みんなが、
これしか持っていないとすれば、
ともに進むことなんて、
絶対できないでしょう。

そんな状況じゃ、話を聞くって、
苦痛でしょうからね、多分。

「何、言ってるんだか…」
「また、ウソついて。」
「はぁ…?!」

小学校などでは、
子供たちに、よく、
「口は1つなのに、
 耳が2つなのはどうしてでしょう?」
なんて尋ねて、話に集中させる
らしいですが…

その理由を納得するのは、
なかなか難しいようです。
多分、大人にとっても。

ただ、話を聞かなかったゆえに、
陥っていくかもしれない
「人間像」には、
近づきたくないですね。

ものすごく偏屈になりそう…

気をつけたいものです。

【参考】
頭がいい人、悪い人の話し方(樋口裕一)

2004年10月18日

自由は、置物のようにそこに「ある」のではなく、…

自由は、置物のように
そこに「ある」のではなく、
現実の行使によってだけ守られる。

いいかえれば、
日々自由になろうと
「する」ことによって、
はじめて自由でありうる
ということなのです。

(丸山真男)

「ある」でなく、「する」こと。
または、「なる」こと。

そういうことって、
いっぱいあるかもしれない。

近くに、
「~であるべきだ」というような
口ぐせの人は、いませんか?

あるいは、自分が、
そんな口ぐせだったりして…

自分の説得力のためだけに、
そんなことを言うだけなら、
まだしも、心底、
そう思っていたら、
ちょっと考えもの。

何らかの組織、
あるいは他人に対して、
「こうあるべきだ」というのは、
カンタンなことだけど、

一番の問題は、
そういうものとの関係において
自分が何をしていくか、
にあるんだよね。やっぱり…

今日、何をするか、
それが分かれ道。

【参考】
日本の思想(丸山真男)

2004年8月15日

お待ちよ。そう、おまえのように、かんたんに、…

お待ちよ。
そう、おまえのように、
かんたんに、
たれは悪人、たれは善人と、
色分けできるものではない。

(新・平家物語8、吉川英治)

白黒ハッキリさせたい。

そんな感情がもたげてくるのは、
この先ずっと、
誰が敵か、誰が味方かという判断を
今すぐしようとするからだと思う。

根本には、誰が善人か悪人かよりも、
誰が敵か味方か、という感情の方が
強いかもしれない。

ここまで書いてきて、
自分も、ちょっと苦笑である。

誰が役に立つか、
誰が役に立たないか、

誰が伸びるか、
誰が伸びないか、

誰が自分を愛してくれるか、
誰が自分を憎むか、

すべて同じ問いかけかもしれない。

現時点で、ある程度の判断は出来ても、
それが永遠に通じるものとは限らない。

戦国時代には、その時々の情勢に応じて、
あっちの味方になったり、
こっちの味方になったりという武将もいた。
それが生きる術だった…

「時を待つ」心理だった。

裏切りなどの心配を、
いつも勘定に入れておいたら、
誰とも友達なんかにはなれない。

自分でさえ、この先ずっと、
善人でいられるか、悪人でいられるか、
ハッキリ分からないと言うのに、
なにゆえ、他人のそれを決められる、
というのであろう。

じっと、自分を磨こう。
本当の「人を見る目」が育つまで…

【参考】
沈黙(村上春樹)

2004年7月24日

私が、私の運命の主人だ。…

私が、私の運命の主人だ。
私が、私の魂の船長だ。

(英語)
I am the master of my fate.
I am the captain of my soul.

(ウォルター・ウィンチェル)


ブレーキの利かない自転車に
乗ったことがあるだろうか。
かなり怖い…

時の流れが、いっとき、
自分の思いでは
どうしようもならない時がある。

魂が、病気か何かで、
コントロールの範囲を
超えることもある。

それでも、自分が
自分の主人、船長だという原則が
変わらないとすれば、
なかなかキツイ時間もあるだろう。

うまくいけば、人生に主体性をもって
進んだ結果だと言われ、
失敗すれば、独断と偏見をもって
進んだからだとも言われる。

また、子育ての際には、
どこまでをその子の責任として、
どこまでを親の責任とすればいいのか、
時おり、難しい世代もある。

うまくいけば、
自由に育てたおかげだと言われ、
失敗すれば、
放任主義だったんだと言われる。

どういう結果になっても、
良くも悪くも言われるなら、
やっぱり、自分の責任として、
進んでいった方がいい。

その方が、自分の責任だから、
軌道修正にも納得がいくはず。

【参考】
自分の中に毒を持て(岡本太郎)

2004年5月25日

ミチシルベ(ORANGE RANGE)

ミチシルベ(ORANGE RANGE)の歌詞

信念保つ~の部分

笑われたり、けなされたり、
そんなことが何回かはある。
それは生きていれば、当然のこと。

「周りにバカって
 思われているくらいが、
 ちょうどいいんだよな。」
 (糸井重里)

そういう開き直りがあって、
自分の生きる道を歩んでいけたらいい。

でも、人に迷惑をかけていい、
と開き直るのとは違う。
そういう勘違いだけは、
ハッキリ違うと言いたい。

一生懸命やっている人間を見ると、
人は笑ったり、けなしたり、
からかいたくなる。

私にも、そんなところが
あるだろう。多分…

なぜか?
自分に出来ないから…、
または、見ていると、
昔の自分の未熟さを思い出すから…、
あるいは、それを認めると、自分も
一生懸命にやらないといけないから…。

そんなところだろうか。

そんな苦しみとひきかえに、
楽な「笑ったり、けなしたり」する方を、
選んじゃったりする。

だから、マジメな助言、指摘を除けば、
そんなものをあんまり気にしない方がいい。

雑音も、時には耳に入るんだよ。
人生では、何ごとにおいても…

【参考】
ミチシルベ~ a road home ~(ORANGE RANGE)

2004年5月10日

道が急に折れ曲がったら、…

道が急に折れ曲がったら、
歩幅をせばめなさい。

(英語)
Where the road bends abruptly,
take short steps.

(アーネスト・ブラマ)

「カーブで曲がりきれずに…」
「ハンドルをとられて…」
交通事故のニュースで、
よく聞く言葉である。

私は、冬になると、
雪道を運転しなければいけないから、
その危険性が本当によく分かる。

路面は同じでも、
直線と曲がり角では、
対応を変えなくては失敗する。

実際、車を修理に出した経験も、
しっかり持っているし…

ちゃんと対応しているつもりでも、
心のどこかに、安易な気持ちがあると、
命まで危険な目にあわせてしまう。

道に限らず、
世界や社会、人生には、
必ず、曲がり角(変化)があって、
そこを今までどおりのスピードで
通り過ぎるのが危険な場合もある。

時には無鉄砲さが、
時には古い知識や経験が、
歩幅をせばめることを
忘れさせる。

ベテランだから慎重で、
若いから慎重でない、
ということも言えない。

安易に「このまま行ける」と
思っているだけのことも多い。

思い出したことがある。
16歳の頃、
私とダブルスを組んでいた友人も、
バイクでカーブを曲がりきれずに、
この世を去ってしまった。

曲がり角は、
方向を変えるチャンス。
でも危険もあるから、
気をつけよう。

【参考】
自虐の詩(業田良家)

2004年3月 8日

港に泊まっている船は、安全だ。でも、その姿は、…

港に泊まっている船は、安全だ。
でも、その姿は、
船が造られた目的じゃあない。

(英語)
A ship in harbor is safe,
but that is not what ships are built for.

(ジョン・A・シェド)

目的じゃあない、なんて
断言までされると、
少しズシリと来る言葉です。

なかには、何でもかんでも、
目的、目標、ゴールなんていう言葉に
日々責められたり、圧倒されていて、
息が詰まりそうな方もいるでしょう。

私、思うんです。
もともとは、目標、目的が
息の詰まる言葉じゃあないはずだ、と。

息が詰まるのは、
それが押し付けられた異物だからです。

自分が自由に考えた目的や目標は、
間違いなく楽しいはず。ただ、
順調にいくことばかりでないという点は、
押し付けられた目標と変わりありませんが…

昨晩、妙な夢を見ました。
ある建物のなかにいる敵と戦っている、
ちょっとスリリングな夢でした。

何かを克服したいと思っている私の
潜在意識のあらわれだったのでしょう。

克服したいものは、常に、
何かしらあるように思います。
私たちの時間には…

いっとき港に泊まって、
それを忘れてもいい瞬間があるとしても、
やはり、また次の仕事が迫ってきます。

人生そのものが、
港ばかりに泊まっていられない、
ように出来ているようです。

私たちが、
海に出て行く船でありますように。

【参考】
成功の9つのステップ(ジェームス・スキナー)

2004年3月 3日

忙しさを重視すると、人びとの仕事が遅くなる

忙しさを重視すると、
人びとの仕事が遅くなる

(ゆとりの法則、トム・デマルコ)

面白い言葉ですよね。
そして、本質をついています。

忙しいことが美徳になると、
誰もが「忙しくないこと」を嫌います。

そうすると、本当は、
いくらか手があきそうなのに、
ゆっくりと仕事をする人も出てきます。

「あの人は、暇だ」と言われたくないから、
そして、それによって、
とんでもない仕事を回されるのを
避けるため…

重視するとは言っても、
人はあらゆることを理解して、
ものを見ることができるわけではありません。

すると、実際のところは、
見えるところだけで
判断されるようになります。

そこを逆手にとって行動する人間が多くなると、
望んだ結果とは正反対の結果が出てくる、
人間の心理って面白いですね。

美徳というものを、
大々的にかかげると、
(押しつける…?)
そうなってしまう可能性があります。
家族でも、学校でも、会社でも、
あらゆる集まりに通用する話に思えます。

あなたの周りの美徳、時には、
疑ってみてはいかがでしょう…?

【参考】
ゆとりの法則(トム・デマルコ)

2004年3月 2日

自分の失敗をかくさず、自分を飾ることなく、…

自分の失敗をかくさず、
自分を飾ることなく、
ありのままに生きることが出来なくて、
なにが新しい人生のスタートか。

(幸福の船、平岩弓枝)

過去は忘れて、
新しいスタートをしたい、
それを望むのが、
ふつうの心境のように思う。

けれど、この言葉は違う。

ま、確かに、
過去に罪を犯した人々が
新しいスタートをする際には、
周囲の偏見から守る必要性が
あるのはみとめます。

ただ、それは例外として、
新しいスタートであればこそ、
失敗や過去をかくさず、
新しい自分の「ふり」をすることなく、
ありのままで生きよう、
と言っているのでしょう。

なるほど、それが
本当の新しいスタートだとすれば、
ウソのスタートもあるわけだ。
そして、そのウソによって、
後々、自分が苦しくなってしまうことも…。

隠している自分が、
ひょっこり出てくる時があるから。
出てきてしまったら、
スタートはリセットされる。

それよりだったら、
新しいスタートこそ、
やはり、ありのままで。

そうだよね。
それがいいような気がしてきた。

よし。
今日も、ありのままの自分で、
新しいスタートをしよう。

【参考】
幸福の船(平岩弓枝)

2003年12月13日

…知恵、それは、「まだまだだな」と…

知識、それは、
「十分に学んだ」と思っている人間に
プライドを与えてしまうもの。

知恵、それは、
「まだまだだな」と思っている人間に、
腰の低さを与えてくれるもの。

(英語)
Knowledge is proud
that he has learned so much;

Wisdom is humble
that he knows no more.

(ウィリアム・クーパー)

知れば知るほど、
うまくいけばいくほど、
注目されればされるほど、
自信が出るのは、悪くない。

しかし、
「もう十分に知り尽くした」と思うか、
「まだまだだな…」と思うかには、
大きな違いがある。

前者は、そのうち行き詰まり、
後者は、今の行き詰まりを乗り越える。

人生の知識をもっている人は、
いろんな成功談を知っている。
人生の知恵をもっている人は、
自分を成長させ、前に進んでいる。

恋愛の知識をもっている人は、
愛されるしくみは知っている。
恋愛の知恵をもっている人は、
実際に愛し、苦しみも味わっている。

もしかしたら、これくらいの違いは、
あるかもしれない。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年12月12日

足し算や引き算じゃあるまいし、…

足し算や引き算じゃあるまいし、
血と肉でできてる人間は
算術のようにゃいかないものさ。

(赤毛のアン、モンゴメリ)

アナログ人間、デジタル人間、
とはよく言ったもの。

最近は、それほど聞かなくなったが、
アナログ=暖かい、
デジタル=冷たい、
なんて意味合いで使われたり
していることもあった。

でも、よく考えてみると、
血と肉でできている人間だから、
もっともっと…と良いモノを求める。

そこで見つけて、たどり着いたのが
デジタルだったりする…

人間を扱うのは、
ツボさえおさえれば簡単なところもあるが、
誰に対しても
同じようにはいかない。
時には、それで失敗したりする。

それこそ、足し算、
引き算のようにはいかない。

多分、クローン人間に対しても、
元の人間と、同じ扱いは
出来ないと思う。

「人は社会にではなく、
 自分自身に適応することを
 学ぶべきなのだ。」
(「アナイス・ニンの日記」より)

社会に対応しようとすれば、
一律的な生き方が求められる。
それができる人は、それでもいいだろう。

でも、それが出来ない人は、
自分に対応する生き方を探すのも、
一つの方法ではないだろうか。

変わっていく社会において、
賢明に生きる方法は、
人それぞれ、いろいろあるだろうから。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年11月11日

言い過ぎた。言い足りなかった。…

言い過ぎた。
言い足りなかった。

二つの思いが激しく
せめぎ合っていた。

(半落ち、横山秀夫)

言わなければいけないことは、
いつまでも言えずにいて、
言わなくてもいいことばかりが、
口から流れるように出てくる。

そのために、
なかなか交われない二つの心。
そして、何よりも
スッキリできない自分の心。

そう考えてみれば、
言い過ぎも、言葉足らずも、
多分、本当のことを言えない、
あるいは尋ねられないモドカシサから、
来るのかもしれない。

本当のことをストレートに言う、
ってけっこうたいへんなんだよね。

伝わる言葉もあれば、
伝わらない言葉もある。
和解もあれば、誤解もある。

それでも、あえて、
言葉を選んで伝えるとすれば、
そんな誤解もあると思って、
伝えなければいけないこともある。

伝えたら、後悔しない。
伝わらなくても、後悔しない。

次のコミュニケーションに活かすのみ。
そんな気持ちで、言葉を使いたい、
と言うしかない。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年11月 6日

小さなことが、小さな心を動かしてしまう。

小さなことが、小さな心を動かしてしまう。

(英語)
Little things affect little minds.

(ベンジャミン・ディズラエリ)

いいこと、悪いこと、
どちらにもとれそう。

小さな心の持ち主は、
ささいなことに動揺する。
同時に、
ささいなことにおだてられたて、
やる気を出したりする。

敏感な付き合いを
覚悟しなきゃいけない感じだ…

自分はどうだろうか、
と考えてみたい。

いくらか自分を鈍くすることも大切だろう。
ただ、そうなると、
小さな心の持ち主に、
「冷たくなったね」とか、
「鈍いね」とか言われたりする。

そうした時に、
そういう小さなことに
気をとめなくなることも必要になる。

「まあね」「もともとそうよ」
そんな対応でかわせるようになったら、
いくらか、心が大きくなった証拠かも…

変化の多いこの世の中、
動じない大きな心を育てて、
前に進みたいもの。

そんな大きな願いを
持っているところです。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年11月 2日

未来は、今につくられている。

未来は、今につくられている。

(英語)
The future is made of
the same stuff as the present.

(シモネ・ウェル)

思いもよらないところから、
ふと、未来が来るわけじゃあない。

やっぱり、今の自分が歩む道の先に、
未来の自分が来るのが自然…

そして、分かれ道、選択は、
毎日のようにある。
気づかなければ、そのままの自分。

意識している、意識していないに
かかわらず、選んでいることで、
未来が少しずつ
かたちづくられていることを
忘れないでおこう。

選ばずに、逃げることはできない。
選ばないということを選んだとしても、
その実は、他人まかせを選んだことになる。

未来は今。今は未来。
なんか、映画みたい…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年8月23日

言うことがないなら、何も言わない方がいいよ。

言うことがないなら、
何も言わない方がいいよ。

(英語)
When you have nothing to say,
say nothing.

(チャールズ・カレブ・コルトン)

言うことがあるのに、
言わないで、後悔する人間がいる。

言うことがないのに、
無理に、言葉を探して口に出し、
後悔する人間もいる。

昨日、とある懇談会があって、
突如、座長なんてものを任されて、
出席してきた。

いろんな立場の人間が集まって、
自分の発言の番を待って、口を開く。
すると、そのなかに、
いきなりストーリーを語り出す人間がいる。

おそらく、こういうタイプの人間には、
言うことがあるかないか、の判断よりも、
それがその場で言うことかどうか、
という判断から出来ていない。

とにかく、あらゆる場面で、
自分のストーリーを語らなければいけない。
昨日も、そんな方がいらっしゃった。

おそらく、そのストーリーを語ったのは、
初めてじゃあないだろうなぁ、とも感じた。
恐ろしくも丁寧に、
他の誰かが意見をする隙間もないほど、
きれいなストーリーとなっているのだ。

残念なことに、
他人がそれをどう思って聞いているか、
なんて、ほとんど関心がない。

自分が用意してきたストーリーを
どれだけ語り終えられるか、
だけに集中している。
ん~~~、恐ろしい。

言うことがあっても、
それがその場で「言うこと」かどうか、
その判断ができる人間でありたい。
強く、そう思ったよ。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年8月 6日

結局はいつも「他人から見られている」という考えが強いんでしょうな。…

結局はいつも
「他人から見られている」
という考えが強いんでしょうな。

いってみれば
「見られていること」だけを
生きがいにしているのかも知れません。

さびしいことです。ということは、
自分を見失っていることですからね。

(小説「二宮金次郎」、童門冬二)

自分の目と他人の目、
そのバランスをうまくやっていくのは、
正直、難しいことも多い。

失った自分が何であったかでさえ、
忘れてしまうくらいの状態も
あるくらいだから…

他人の目をまったく無視することなんて、
もちろん、出来ない。
関わりを持たずに生きることだって…ね。

自分の気にする他人が、
自分の成長にあった見方を
どれくらいしてくれるか、
それがポイントなんだよね、多分。

そうしない他人、
気晴らしだけで人をとやかく言う他人、
人を利用しようとする他人、
陥れようとする他人、
そういう目は参考程度でいいんだよ。

それを中心に置いたら、
身動きが出来なくなるし、
やっぱり、楽しいわけがない。

自分を見失わないで
他人の目を気にする方法、
見つけたいものです。

でも、そもそも、見失う前に、
自分を持っていたかも、
大いなる疑問だ。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年8月 5日

チーズは要らないよ、この罠から出してさえくれればいい。

チーズは要らないよ、
この罠から出してさえくれればいい。

(英語)
I don’t want the cheese,
I just want to get out of the trap.

(スペインのことわざ)

自分が小さい頃に見た、
トムとジェリーのアニメを思い出す。

多分、欧米の昔のネズミ取りなんだよね。
チーズをエサにして
挟み取ろうとするタイプ。

日本の昔のネズミ取りは、
油揚げなんかをエサに
カゴにだまし入れてしまうタイプかな。
どっかで見たことがある。

当然、ネズミには、罠にかかって後、
そのエサを返すから自由を下さい、
なんて言う資格はない。

こちらの人間としては、
もともとチーズでも油揚げでも
エサなんか返してもらう気はない。
罠にかかったネズミが欲しいだけだから。

そんなネズミと同じように、
私たち人間も、罠にかかりやすいことがある。
甘い言葉、甘いエサ、甘い商法…

世の中の景気が悪くなれば、
気が引き締まって、
そんな罠にもかかる人も減るだろう
と思っていたけど、
そうでもない様子。

じゃあ、景気がいい時は、
大丈夫だろうと思っても、
やっぱり結果は同じ。

人は、目の前の甘さに弱い。

「あっちの水は甘いぞ、
 こっちの水は苦いぞ。」
ホタルじゃないけど、
あちこちに連れ回されそうな自分もいる。

疑いすぎて、
手も足も出なくなるのも、
なんだかかわいそうだから、

やっぱり、人間は学習しなくちゃと思う。
それなしには、救われない。

「無知は救われない」っていう言葉は、
私も少し言いすぎだと思うから、
「学ぼうとしない者は救われない」
と肝に銘じたい。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年8月 3日

秘密は大きければ大きい程、誰かに話したくなるものだ。…

秘密は大きければ大きい程、
誰かに話したくなるものだ。

誰にも言わないでねと前置きして、
人に秘密を聞かせる時の
快感といったらない。

(幸福な朝食、乃南アサ)

秘密の本質には、
そういうことが含まれている。

秘密だからこそ、
「私が秘密にしていることは、
 こんなにすごいことなんだからね。」
と知らしめたくなる。

そんな感情をもったら最後。
それは、秘密の資格を失う。

秘密の大小を考え出したら、
それは漏れる運命にある。
間違いない…

本当の秘密は、
その重大さ、大切さを
測ったりする必要はない。

とにかく、秘密にしなければいけない。
そういうことを理解して、
守られている秘密なら、
保証できるけど、それ以外の秘密は、
いつかは明らかになると思っていた方がいい。

秘密と人間とは、
そんなふうに付き合おう。

自分の秘密が漏れるのは、
誰のせいでもない。

多分、自分が、
それを秘密としたせい…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年8月 1日

天性は、剪定(せんてい)が必要な自然植物のようなもの。…

天性は、
剪定(せんてい)が必要な
自然植物のようなもの。

よく見て剪定すれば、ちゃんと育つ。

(英語)
Natural abilities are like
natural plants that need pruning
by study.

(フランシス・ベーコン)

みんなに、天性がある。

でも、それは、
砂金の入っている泥水のようなもので、
選びに選んでを繰り返さなければ、
「これだ」というものは見つからない。

一人の人間が持つ才能に、
これは必要、これは要らない、
なんてはもちろん言えない。

けれど、いろんな体験を
自分にさせていくなかで、
伸ばしたいか、そうでないか、
伸びそうか、そうでないか、
そんなことは見ていたい。

天性でありのままに生きる、
なんて言いながら、
自分を見ていなけりゃ、
その「ありのまま」が、
単に流されているだけになってしまう。

「ありのまま」を誤解しないで生きたい。
「ありのまま」に生きたいからこそ、
自分をちゃんと見ていなくちゃいけない。

みんなで、
天性に、ありのままに、
生きていきましょう。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年7月26日

世界中に、1粒でも食べ始めたピーナツを止められる人より、…

世界中に、1粒でも食べ始めた
ピーナツを止められる人より、
勇気ある人はいないよ。

(英語)
No man in the world has more courage
than the man who can stop
after eating one peanut.

(チャニング・ポラック)

人によっては、ポテトチップス、
かっぱえびせん等のスナック、
チョコレート、枝豆とかになるかもしれない。

あるいは、酒とか、タバコ、
見栄、ウソ、うわさ話、陰口、
なんでもいい…

誰でも、癖になってしまいそうなことを
止めるのは、勇気がいるよね。
ま、ピーナツ程度に、
勇気なんて大げさな言葉を
使う必要はないだろうけど…

世の中には、
始める勇気もあれば、
止める勇気もある。

いずれにしろ、
変化を起こすわけだから、
すんごいこと。

心の中のことだけどね。

人に促されて始めはするけど、
なかなか止められなくなる人。

自分で始めはするけど、
人に助けてもらわなければ
止められない人。

どっちのタイプの人間も確かにいる。

自分で始めて、
自分できちんと止められる。
そういうことが出来る人間になりたいね…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年7月20日

ほんの小さなすれ違い わかりあえない…ほんとに? …

Together(EXILE)の歌詞

ほんの小さな~の部分

人生には、すれ違いがよくあるね。

その原因が何であったか、
その傷がどのくらい深いか、
そんなことは、
関係ない場合がほどんど…

そのすれ違いが元に戻るには、
当人どうしが、
本当に互いを必要としていて、
互いに戻りたいと思っているか、
それだけなんだよ。

そう思う…

原因とか、傷の深さの比べ方を始めたら、
戻るはずのものも戻らない。
そんな行動は、政治家に任せておけばいいんだよ。

でも、「戻りたい」そういう気持ちが
あったとしても、
自分から近づいていくのは、
けっこう勇気がいるんだよね。

第一声、どんな言葉が返ってくるか、
それに自分は堪えられるか、
堪えられないとすれば、
かえって、こじれてしまうんじゃないか、
とか…

お互いが、お互いに、
そんなことを考えている。
そんな時がほとんど…

だから、近づいた方の言葉も、
近づかれた方の言葉も、
ぎこちない。

でも、
「すれ違いもあったけど、
 やっぱり、あなたが必要…」
そう素直に言わなきゃいけない。

それ以外にあるのかな。

駆け引きしてみる? 何のために?
自分のためになるから…、それホント?

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年7月 5日

好機(チャンス)がノックするのは、1回だけかもしれないけど、誘惑は…

好機(チャンス)がノックするのは、
1回だけかもしれないけど、
誘惑は、何度もドアベルを鳴らす。

(英語)
Opportunity may knock only once,
but temptation leans on the doorbell.

(不詳)

人はそれぞれ、
弱点が違うわけで…

だから、過ちや失敗に
陥りそうなポイント(誘惑)もまた違う。

気にもとめない誘惑、
心が奪われやすい誘惑、
それぞれ持っている。

そして、心が奪われやすい誘惑には、
何度となく、対面することになるんだ。
誘惑の方は、なかなかあきらめない。

こちらが、大丈夫だ
と油断すればするほど…

そして、面白いことに、
こちら次第で、
チャンスは、誘惑にも変わり、
誘惑は、チャンスにも変わるようにも思う。

1つのチャンスは、
1回しかノックしないかもしれないけど、
いろんなチャンスがいっぱいある。

そのどれかに乗り込んで、
誘惑には負けずに、
進みたいもんだよ。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年6月22日

本当のボクは、本当のボクは、あんなことしたくなかったのに…

本当のボクは、
本当のボクは、
あんなことしたくなかったのに…

「じゃ、誰がしたの?」

(ブッタとシッタカブッタ、小泉吉宏)

後悔するなら、
本当の自分で生きて、
後悔した方がマシかな…

ウソの自分で、
一時的にうまくはいったとしても、
いつか、うまくいかなくなる。

その時、「本当の自分は…」
って言って、後悔しても遅い。

多分、こうなんだよ。
「本当の自分」を出せないというのが、
今の本当の自分の一部…。

ま、実のところ、
その本当の自分がどんなか、だって
分かっていない可能性がある。

分かっていないんだよ。
迷っていて、分かっていないんだから、
「本当の自分は…」っていう言い訳も
しなくていいんだよ。

失敗も、成功も、
悲しみも、喜びも、
その時々の自分にある一面が、
そのタイミングに合わせて、
現れてきただけ。

ゆるやかでも成長することと、
自分で責任をとることだけ
忘れなければ、それでいいんじゃないかな。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年5月15日

スキャンダルは、力が強いうちは攻撃してこない。弱味が…

スキャンダルは、
力が強いうちは攻撃してこない。
弱味があらわれたとたんに、
直撃してくるものである。

それが当人とは無関係なことでも、
有効な武器でありうる点では
変わりはない。

(ローマは一日にしてならず、塩野七生)

人間関係とかにかかわる何かの
スキャンダルに
まき込まれるのは、
本当にイヤなこと。

無関係ではあっても、
まき込まれると、
相手をしなくちゃいけない。

日本では、
たとえ事実ではないとしても、
訴えられれば、被告になってしまう。

事実がわかるまでは、
原告とならんで、法廷に立つというわけ…

本人には何も非がなくても、
嫉妬、うらやみ、恨み、疑いの対象になることを
考えると、誰もが「被害妄想」に
なってしまいそう。

スキャンダルになりそうなことを
しないのは当然だけど、
このことは大切。

強いように見せていて、
弱味がバレちゃうと、
スキャンダルにまき込まれるわけだから、
最初から、弱いように見せておきゃあいい。

そうすれば、スキャンダルとは無縁。

さあ、どちらでいきましょう?
弱味を感じさせない強さ、
それとも、最初から弱々しく…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年2月 7日

一度に変えていいのは、人生の八分の一まで

一度に変えていいのは、
人生の八分の一まで。
(それなのに、)多くの人は、
自分の人生を変える決心をしたとたん、
丸ごと変えてしまおうとする過ちを
犯しがちです。

(だれもあなたのことなんか考えていない、
 ロジャー・ローゼンブラット)

なんで、八分の一で、
十分の一じゃないのかなぁ。

ま、それはたいした問題じゃあない…

どんな人が、
人生を丸ごと変えようという決心を
すると思います?

大きな失敗をしてしまった人、

誰かに隠していて
多大な損害を出してしまった人、

始めてはすぐに飽きる人、

何度も丸ごと変えようとして
うまくいかない人、

その他早く結果を見たい人、

そんなところじゃないでしょうか。

そして、だいたいにおいて、
うまくいかない人は、
原因をいとも簡単に決めつけてしまう。
あるいは、簡単に変われると、
過信してしまう…

でも、考えてみてくださいよ。
丸ごと変えたい決心をしたくなるほど、
その原因は、深く根を張っているんです。

そうだとすれば、なおさら、
丸ごと、あっという間に、
自分が変わるなんてありえない。
多分、ほとんどの場合…

そして、そんな自分を分かっている人は、
他人を丸ごと変えようなんて
思うはずがないわけです。賢明ですから。

で、とりあえず、八分の一ずつ。
仮に、それを八回行えば、
丸ごと変わる可能性もあるわけで…

変わる原則、覚えておきましょう。

ただ、変わるために、
医者や警察などの専門的な助けが
必要なケースもあることをお忘れなく…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2003年1月24日

人間のすることに、いちいちわけがなくちゃならないってことは…

人間のすることに、
いちいちわけがなくちゃならないって
ことはないんじゃないか。

お互い人間てものは、
どうしてそんなことをしたか、
自分でもわからないようなことをするときが
あるんじゃないだろうか。

(山本周五郎、さぶ)

日本の総理大臣ともになると、
発言した言葉がすべて記録されていて、
それで揚げ足をとられたり、
叩かれたりする。

自分でも、
「何で、あんなことを言ってしまったんだろう?」
と思う瞬間は、数え切れないほど
あるんだろうな、って思う。

私が、同じ立場に立たされたら、
と思うと、ゾッとするよ。

それなのに、他人に対しては、
一つ一つの行動について、
あるいは言動について、
理由なり、責任を求める身勝手な自分もいる。

自分でも、分からないことがあるんだよ。
ま、これを、すべての犯罪に
適用するのはまずいけど…

いつも、理由や弁明、根拠がある人は、
そのままでいいと思う。

何のために、これをやろうか、
なんて考えてしまって、
何も出来ない人は、
時々、そんな自分を放置してみるのも、
一つの手じゃないだろうか。

後々の理由や根拠を弁明することを考えて、
行動を選んでいたら、息が詰まってしまうから…

自分が理由なく、やろうとすること、
動こうとするところに、
自分の生き方のヒントがあるように思う。

それに、理由は、ずーっと後で
分かることも多いだろうし…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2002年5月 3日

「頑張ってください」と言われたくありません。

「頑張ってください」と言われたくありません。
「一緒に手をつないで頑張りましょう」
と言われるならば、それはありがたい。

(薬害エイズ被害者の川田龍平さん)

この言葉を読んで、気軽に使っている
「頑張ってください」「頑張れ」の重みが
よく分かりました。

確かに、手放しで与えた言葉になるんですよね。
だから、ウツ症状のある方には、
「頑張れ」は禁句でしょうし、
既に精一杯頑張っている人に、
たいした努力もしていない人が
「頑張れ」と命令調の言葉を使うのは、
確かにおかしい。

ま、スポーツの観客や子供の親が、観戦中に、
「頑張れ~~、あともう少しぃ~~~」
と応援するのは、その心の入れ込みで
一緒に頑張っているから、
使うことが許されるかもしれません。

しかし、挨拶程度に言う
「頑張ってください」なんかは考えなくては
いけないでしょうね。

相手の方も挨拶程度にとらえてくれる方、状況ならば、
大丈夫でしょうが、そうでないとすれば、
その言葉を発するには注意が必要でしょう。

「頑張りましょう」それを言える状況をつくって、
この言葉を使いたい。そんな自戒をしたShuでした。

昨日より、SQ(魂の知能指数)診断、始めてます。
お試しくださいね。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2002年3月23日

価値観の多様化を認め

価値観の多様化を認めるというのは、
一見自由ですばらしいことのように思えるが、
言い換えれば、なんでも正当化できるってこと。

(精神病マニュアル、同文書院)

時代が変わったから…
価値観が多様化したから…

そんな言葉が、自己を正当化するための
言い訳のように使われることが、確かにある。

自由が広がれば、それだけ、
それに伴う責任の範囲も広がることを
忘れてはいけない。

何か望まぬ結果になったとしても、
「価値観の多様化によって、
 こうなってしまった」ではなく、
「自分の価値観に従って選んだことだから、
 自分の責任です。」と言えるようになりたいもの。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2002年3月20日

わたしたちは、 この

わたしたちは、
この世の生涯で自分の身に起こるあらゆることを、
いつもコントロールできるわけではありません。
しかし、それにどう対応するかと
いうことについてはコントロールが可能です。

(L・ライオネル・ケンドリック)

昨晩、痛い思いをした。

三女を抱きながら、知人への電話をしようと、
ダイヤルを終えた瞬間。
長女が遊び出した縄跳びの縄が、
Shuと三女を直撃~~~。いってぇぇぇぇぇぇ。

ダイヤルしたことをすっかり忘れて、
騒ぎまくるShu。
で、しばらく後、ダイヤルしたことを
ふと思い出す。またもや、あぁぁぁぁあ。

「もし、もし…」とおそるおそる声をかける。
相手が少しビビッている…
説明に入るShu。あたふた、アタフタ…

ま、たまには、
こんなコントロールの難しい事件もありますが、
お互い、がんばりましょう。

【参考】
バカの壁(養老孟司)

2002年2月14日

いいジョークは、何度

いいジョークは、何度も言わない方がいい。

(アインシュタイン)

世の中に、いわゆる、
「おやじギャグ」というものがある。
これは、かなり寒いらしい…

それと同じように、
何度も言われるジョークには、
言い手の心理があるよう…

「笑ってもらえない、驚いてもらえない」
「分かってもらえていない」
「聞いてもらえない」
そんな感情がどこかにあると、
同じ話を何度もするようになる…

みなさんの周りにもいるでしょ…
ほらっ。

ま、もし、自分に同じジョークや
話を何度もする傾向があるように思えましたら、
その寂しさをちゃんと自覚して、
自分が聞いてあげるようにしましょう。

そしたら、自分の話もちゃんと
聞いてくれるかも…

【参考】
バカの壁(養老孟司)

« 話し合い | メイン | 離婚・別れ »