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常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

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2010年1月 7日

流星は、見逃す人のほうが多い。...

流星は、見逃す人のほうが多い。
人の死も、多くの人が
見逃してしまうだろう。

「流れ星を見たよ、きれいだったよ。」
と語る人の、その言葉だけが残ってゆく。
その言葉を覚えておく人のなかにのみ、
流星は存在する。

(静人日記、天童荒太)

日々伝えられるニュースのなかで、
死というものは数字でしか
なかったりする。

ワイドショーなんかになると、
それに、思いが込められていて、
その死に様について
ちょっとは考えさせられる。

けれども、
そんなニュースも、
次々と新しい話題に塗り替えられていき、
忘れ去られていくのが普通のこと。

時間が流れれば、
忘れ去られることは多く、

忘れてほしくない人々、
忘れられない人々にとっては、
酷いことかもしれない。

もちろん、
忘れたほうがいいことも多い。

けれど、忘れるために、
いっしょに忘れない時間を
共有してくれる人、
悼んでくれる人がいないと、
むずかしいこともあります。

忘れられないだけの
価値ある人生、時間、人。
それは、大切なんだと思います。

(参考)静人日記(天童荒太)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年11月30日

幸せが笑顔を...

幸せが笑顔を
つくるんじゃなくて
笑顔が幸せを呼ぶんだよ

(カレンダーにあった言葉)

気づくと、
苦虫をつぶしたような顔を
している人がいて、

わたしはそうなりたくないな、
と思いながら、年を食ってきて、
いろんな責任の重さとかに、
しんどいなと思ったりすると、

あの時にイヤだな、
と思った人と同じ顔をしているなぁ、
と気づかされる時があります。

人の顔には、
年輪が現れる...
本当だと思います。

シワ1つをとってみても、
笑顔で出来たものか、
怒りとか憎しみとかで
生まれたものか、
なんとなく分かりますよね。

作り笑いも、やっぱり、
だいたいは分かられることが多い。

笑顔をつくっている努力。
年をとればとるほど、
それが大切だなぁ、
と思います。

若い頃には、若さで
笑えることが多い気もする。
もちろん、若さゆえの悩みで、
笑顔が消えた顔になることもある。

誰かといっしょか、
いっしょじゃなくても、
何かを見て、何かを聞いて、
心から笑える習慣。

そういうことができるように、
自分の生活をもっていかないと、
笑いは、生活から
どんどん消えていくかもね。

感謝の心をもって、
笑顔で生きるべ。

(参考)ハッピー・リタイアメント(浅田次郎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年11月 7日

みんなが笑うとな、...

みんなが笑うとな、
こっちまで楽しくなるんや。
幸せな気持ちになれるんや。

だから、みんなの笑顔を見るためなら、
何でもするつもりですよ、これからも。

(さとうきび畑の唄、遊川和彦)

昨晩、小3の三女が、
この本を読んで、
涙を流していました。

今から6年前ほどに、
明石家さんまさんを主演にして
ドラマ放映された、
沖縄を舞台にした戦争当時の作品。

三女がストーリーを
どれくらい理解できたかは、
分かりませんが、
心が豊かになってくれたら、
と考えた次第です。

悲しい、苦しい中でも、
笑いを作り出す才能って、
すごいなって思います。

みんなが笑いを忘れている時に、
自虐的でも何でもいいから、
自分を笑わせられる人はエライ。

たとえば、
プラス思考で生きよう、
っていうような本が、
今も売れている状況っていうのは、

どこかに、
今の大変さを認めたくない
心理状況があるように感じます。

それは、
戦争で負けそうな現実があった時代に、
自分たちの弱さを認めたくない、
負けるかもしれない状況を認めたくない、
という心理状況から、
笑いとか、ゆるみとかを
排除しようとしたのに似ているかな?

私も、その心理、
なんか分かる気がします。

自分が弱いことを知っているから、
そういう笑いとか、
ゆるみを感じた瞬間から、ますます
自分が弱くなりそうに思えてしまう。

しかし、本当は、
そういう笑いを否定するよりも、
苦しい中でも、笑える方が強いんです。
きっと...

そうなりたいな。

(参考)さとうきび畑の唄(遊川和彦)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年9月18日

特別にたのしみを用意してなくても、...

特別にたのしみを用意してなくても、
旅のなによりの玩具は「ことば」です。

気のいい仲間で
ことばの玩具を投げっこしていると、
毎日がおもしろく過ごせます。

(ほぼ日、糸井重里)

つまらない仕事を
させられていると
感じている時でも、

その場でいっしょに
働く人々と、
楽しい会話なんかが
出来ていれば、
なんか楽しくなれる。

ゲームも、
イベントも、
何もなくても、

ちょっとつまめるような
会話があれば、
人間関係はなめらかになります。

旅に行ってはみたものの、
行くところに行って、
見るところを見て、
食べられるものを食べてしまえば、
あとは、することない...

なんて感じの旅にすると、
ちょっと味気ないかも。

もう会わないと思える相手だからこそ、
意味がなさそうな言葉のやり取りが、
なんだか楽しくて、いい思い出にもなる。

そうそう、旅の会話は、
ある意味、無責任でいいんですよ。

旅じゃなくても、
そういう無責任な会話が、
ちょこっとできる空気や場所が、
人間には必要だと思います。

責任をとる、
責任をとらされる、
という会話ばかりじゃ、
息が詰まる。

総理になったばかりの鳩山さん、
昨日記者会見をした酒井法子さん、
これからが大変ですから、
そんな会話のできる場所があればいいですね。

そういう場所は、
人それぞれ、違うでしょう。

(参考)旅の極意、人生の極意 (大前 研一)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年7月 3日

セントポーリアは、...

セントポーリアは、
人間とよく似ていると思います。
子供は、親が思うようには育たない。
生まれ持った性格や
様々な人との出会いによって、
色を変えながら成長していくものでしょう。

でも、どれほど色が
違ってしまったからといって、
親子でなくなってしまうわけ
ではないんですよね。

(深追い[人ごと]、横山秀夫)

これは、葉差しをした
ストライプ種のセントポーリアのことで、
親株と同じ色の花を咲かないらしいです。

「葉差し」っていう言葉を、
私は初めて聞いたのですが、
セントポーリアは葉っぱ1枚で
増やせるとのこと。
水や土に、その葉っぱを差すだけで、
その葉っぱの茎から根が生えてくる。

たくましい植物です。

人間も生かされるその場所に、
ちゃんと根を張っていかないと、
生きていけない。

必ずしも親と
同じ生き方をしなくてもいい。

親が自分の生き方を基準にして
考えることしかできないと、
嫌だと思うことは避けるよう、
安全だと思うことは真似するよう、
そんなふうなことしか
押しつけられないようになる。

人が変われば、
世代が変われば、
感性も違ってくる。

生きるその場所、その時代に、
しっかりと根を生やし、伸ばし、
生きることをやっていけばいい。

たとえ、
そうしたからといって、
親を否定したり、
拒絶したことにはならない。

そう感じてしまう親の見方が、
狭いだけなのです。

(参考)深追い(横山秀夫)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年6月 8日

自分が一人ぼっちだって...

自分が一人ぼっちだって
思い込まないのが
負けないコツなんだ。

(復讐プランナー、あさのあつこ)

一人ぼっちじゃないのに、
一人ぼっちと思い込む人もいる。

ホントは一人ぼっちなのに、
想像力とか、信仰の力とかで、
一人ぼっちじゃないと感じ、
すごい力を出せる人もいる。

一人ぼっちじゃない、
っていうパワーは、
なんかスゴイ。

ときには、
虎の威を借りる
っていう感じで、
ずる賢く使うこともできるけど、

聖書の言葉のように、
「恐れることはない。
 われわれと共にいる者は
 彼らと共にいる者よりも多いのだから。」
 (旧約聖書 列王紀下6:16)

見えない味方の力さえ、
わたしたち人間には、
引き寄せることができるようだ。

いつもいつも、
家族や友達、仲間など
目に見える味方が近くにいて、
助けてくれるとは限らない。

一人になって
戦わなければいけないことが、
だんだん多くなってくる。

ただ、
味方の数に頼ってはいけない。
味方の質が大切だと思います。

どんな人を味方につけられるか。
味方だと信じれるか、
っていうことでしょう。

一人ぼっちじゃない、
ということはいいことだ。

一人ぼっちになることも、
時にはいいことだけどね。

(参考)復讐プランナー(あさのあつこ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年4月 9日

草花が伸びるのを見たいなら、...

草花が伸びるのを見たいなら、
目を離せばいい。

こどもの成長だって、
自分のことだって、同じだよ。

(ほぼ日「セフティ・マッチ氏の銀の言葉」)

じーっと見ていると、
変化、成長がわからない。

だから、やることは、
じーっと見ていることじゃなく、
ずーっと手をかけてあげること。

もちろん、24時間、
ずーっと水をまいてあげる
なんてことじゃない。

必要に応じて、
光のあたる場所において、
水や栄養も加えて、
ときどき、見ていればいい。

それで、退屈になったら、
また、別のものを育てればいいのだ。

それが、自分の中にあるものであれ、
他人のことであれ、育てられる余裕が
あったら、どんどんやればいいと思う。

人は、何かを育てていくことでしか、
本当の喜びは感じられないんじゃないか、
と最近思うようになった。

育てていると、
間違いなく、
自分も育っていく。

そして、必ず、
うまくいかないことに出くわすから。
それを解決するために、
学んだりして、成長していく。

育てているんじゃなくて、
育てられているという感覚。

そういう感覚があれば、
目を離したりして、
もっと余裕が出てくるのだろう。

(参考)LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年2月 7日

人はみな偉大なる平凡を...

人はみな
偉大なる平凡を
生きているんですよね。

(通販生活2009春号、落合恵子)

「平凡だね。」

これが、
ホメ言葉として使われることは、
めったにない。

「なんか、平凡なところが、
 ちょっといい感じ。」

みたいな表現になれば、
ホメ言葉っぽいのですが、
これも、なかなか聞かれない。

非凡な才能とかが、
もてはやされたり、
憧れられたりするもんだから、

平凡の良さっていうのは、
非凡な才能があることによって
有名人が堕落した時くらいしか、
思い出されないものです。

けれど、次の日には、
また別の非凡な人が、
大活躍をしたりするから、
平凡は、すぐに忘れられる。

忘れられるくらい平凡だから、
やっぱり、忘れられる。

それと同じように、
私たちが生きている毎日は、
人それぞれのレベルで、
平凡の日々が大半でしょうね。

だから、
ほとんどの日々が、
忘れられやすい。

でも、そこを、
「偉大なる平凡」を
生きていると思えば、

自分の中にだけは、
非凡な日々が
見えてくるんですよね。
不思議なもんです。

(参考)通販生活ネコマンガ

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年1月 3日

差別のない場所を探すんじゃあない。...

差別のない場所を
探すんじゃあない。
君はここで生きていくんだ。

(映画「手紙」)

もしかしたら、
何らかのカタチで、
ほとんどの人が
「差別」を感じる時代
かもしれません。

もちろん、
いい意味でも、
それはありえます。

だからと言って、
いい思いを味わってる「差別」は、
そのままにして、
気分の悪い「差別」の方は、
なくして欲しいと願っても、
そうはいかない世の中でしょう。

世界中のどこを探しても、
差別のないところは、
おそらくない。

人間がいるところなら、
知らず知らずのうちに、
差別が生まれるだろう。

だから、せいぜい出来るのは、
自分に相性のいい差別のある場所で
精いっぱい生きること。

でも、その場所を探し出せば、
キリがないかもしれないから、
今ここから始めることが、
差別に負けない一番の近道のはず。

理想郷を求めるよりも、
自分を少しずつ理想の人に
近づけた方が、自分の人生にも
かなり意味があると思うのです。

(参考)手紙(東野圭吾)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月30日

人は年をとるから老いるのではなく、...

人は年をとるから
老いるのではなく、

人は希望を失ったときに
老いるのである。

(作者不詳)

逆に言えば、若いから
希望をもてるんじゃなくて、

希望をもっているから、
若くいられるってこと。

何歳になっても、
年上の方から

「いいねぇ、若くて」

と言われます。

けれど、よく考えてみると、
その方が私に初めてそう言っていた、
その方の年齢とほぼ同じくらいに
なっている自分がいたりします。

その方は、他人の若さを
うらやましがっているだけで、
何をしていたんだろう...

そんなことを思ったりもします。

だから、私も、
今の自分より若い人を
うらやましがることは
しない方がいいと分かる。

そんな暇があったら、
自分の若さをキープするために、
希望のもてるものを見つけて、
そのために、がむしゃらに
がんばっている方がいい。

若さをうらやむより何倍も、
イキイキしていられる。

どんな化粧品よりも、
どんな若返りの薬よりも、
きっと効き目があるだろう。

今日も、がんばるぞ!

(参考)白いネコは何をくれた?(佐藤 義典)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月30日

幸せな家庭ほど失う幸せも多い。...

幸せな家庭ほど
失う幸せも多い。

空のタライには
たくさん水が入るように、
不幸な家庭に育った人は
幸せをたくさん味わえる。

(オーラの泉、美輪明宏)

どん底を味わえば味わうほど、
その後のささやかな良いことが、
とてつもない幸せに感じられる。

幸せを味わうために、
不幸を経験しているんだ、
って言われて、
嬉しいと思える人は、
そんなにいないだろうけど、

そういうことを自分で気づけたら、
ちょっとは気持ちが軽くなるだろう。

ただ、子どもの頃に
不和な家庭で育つっていうのは、
やはり、キツイと思う。

子どもゆえに、
大人の前に何も出来ない無力感を
ずーっと持たされ続けて、
何年も生きていくわけだから、

心が萎えてしまうのも、
分からないでもない。

けれど、大人になったら、
それから解放される。
その萎えた心から脱皮して、
自分で切り拓く道も見つけられる。

そういう可能性に目を向けず、
自分のこれまでの不幸を抱えてばかりいたら、
幸せが通りすぎてしまうのも無理ないだろう。

せっかく、
幸せを実感できる基礎は、
十分にあるというのだから、

ささやかなところから
ちゃんと味わって
感謝できたらいいと思う。

人生の意味は、
自分で見つけていく。
そういうことなんでしょう。

(参考)乙女の教室(美輪 明宏)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月22日

「しゅっ、しゅっ」といいながら...

「しゅっ、しゅっ」
といいながら何度もラケットを
振っていると、何もかも忘れられた。

父親なんか帰ってこなくていい。
母親がまたお金がないと
いっているけど、
住むところがあって
生きていられるんだから
いいじゃないか。

(オトナも子供も大嫌い、群ようこ)

タイトルが気になって
手にして読んでみたら、
登場するのは、
ちょっとニヒルな女の子。

「一年生になったら
 友だち百人できるかな」

先生のピアノに合わせて、
おなじみの歌を歌いながら、
こんなことも思ったりする。

「どうして友だちが
 百人もいなくちゃいけないんだ」

ひねくれた見方のように思えるが、
オトナが子供に
押しつけている理想のほころびを
見事に見ぬいている気もする。

子供に限らず、オトナも、
自分の周りのどうしようもない環境に、
立ち向かっていく術が必要だ。

時には、鋭すぎて、
不器用に思われたり、
かわいがってもらえなかったり、
素直じゃないなんて言われることも
あるかもしれない。

でも、そんなことはおかまいなく、
生きていることを喜んだらいい。
環境はどうあれ、喜べるんです。

(参考)オトナも子供も大嫌い(群ようこ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年6月10日

教育は鏡育です。...

教育は鏡育です。
子どもたちにしたことは
いいことも悪いことも
跳ね返ってきますよ。

(投稿)

あみさんからの投稿です。
「教育学部の教授が、教員研修で
 よく言っている言葉だそうです。
 妙に納得してしまいました。」

漢字の置き換えを見ると、
真似たくなるのは、私だけかな?

それに、
「きょう」という漢字って、
いっぱいあるから。

凶育、脅育、恐育、狭育、狂育。
こんな漢字のオンパレードには、
おとといの秋葉原通り魔事件が、
思い出されます。

一方、こんな漢字もある。
共育、響育、競育、協育、強育。
いい感じではあるけれど、
一歩間違うと、これまた
反対方向へ進んで行きそう。

教えて育てるっていう場面で、
自分にないものを教えようとしたら、
きっと、苦しくなるだろう。

だから、自分には何もない、
という自覚のある人は、
他人に教えるその前に、
自分を育てなくちゃいけない。

教える相手は、
ちゃんと鏡になってくれる。
自分にあることも、ないことも、
恥ずかしいくらいに見せてくれる。

鏡と向き合う前に、
自分をちゃんと準備するか。
鏡の前に立ってから、
あわてて準備をし直すか。

それは、私たち次第ですね。


(参考)
教育力(齋藤 孝)

2008年5月 7日

誰にでも優しいっていうのは...

誰にでも優しいっていうのは、
誰にもやさしくないのと
同じじゃないかな?

(熱帯魚、吉田修一)

そうだ、とも言えるし、
ちがう、とも言える気がする。

つまり、誰にでも
優しくしようとする人の思いを
知っている人には、
その人のことを理解してあげられる。

けれど、その人から
一番に優しくされたい人にとっては、
その人のそういう努力に
勝手に傷ついていることもある。

ただ、場合によっては、
当然の権利として、
一番に優しくされるべき関係もある。

たとえば、子供が自分の親から、
一番の愛情を感じていたいのは当然で、
自分をさておいて、自分の友達とか、
ほかの事柄に「いい顔」をしている様子は、
きっとストレスになる。

本心からの優しさだとしても、
「いい顔をしている」ようにしか
見えないこともあるだろう。

優しくして欲しい人たちが、
いつも順番を守って並ぶわけでもなく、
だいたいは、そんなことなど関係なく、
今すぐ優しくして欲しいと
リクエストを出してくる。

そうなったら、
一番がっかりさせちゃいけない人が誰か、
っていうことを判断することになる。

損得勘定で判断する人もいれば、
愛情関係で判断する人もいるだろう。

優しさの平等っていうのは、
理解してくれる人がいなければ、
とても難しいことだと思う。


(参考)
熱帯魚(吉田修一)

2008年3月 7日

人は、誰かを支えている時には、…

人は、誰かを支えている時には、
自分のことばかり考えるけれど、
実は相手から
どれだけ恵みをもらっているかは、
気づかないものだよ。

(石井亮一)

あいさんからの投稿です。
「やってあげているという考えから、
 自分もその人の世話をさせてもらうことで
 何かを学んだり、得たりしている
 という考えにシフトできたら、
 きついことばかりの看護師の仕事も
 案外楽しめるのかもしれない。」

石井亮一さんは、明治24年に、
日本で初めての
知的障害者福祉施設である学園を
創設した方のようです。

一方、彼の妻・筆子さんは、
華族の令嬢として才色兼備であり、
華やかな少女期を過ごした人ですが、
病気で亡くなる前夫との間に
生まれた3人の娘たちは、
すべて虚弱児でした。

どのような苦しみ、経験から
この言葉が生まれたかは
想像を超えます。

誰かを支えているという経験、
言いかえれば、

自分よりも病んでいる、
足りないことがある、
または不自由そうな人を
助けるというのは、

自分には見えていない
「自分の病んでいるところ」
「自分の不足しているところ」
「自分の不自由なところ」
が見えるようにしてくれます。

場合によっては、それを
心の不自由と呼んでいいかもしれない。
それがあることで、
不器用な生き方になったり、
困難なことに出会っている…

誰かを支えることで、
自分は大丈夫と思っていたおごりが、
実は違うんだ、と気づかせてもらえる。
育児も、介護も、あれも、これも、
いい経験なんですね。

嬉しいやら、悲しいやら、
気が重いやらで、涙が出てきます…笑

ボランティアから学べることにも
共通点がありそうです。

「実際にボランティアに
 楽しさを見いだした人は、
 ほとんど
 『助けられているのはむしろ私の方だ』
 という感想を持つ。」
 (ボランティア、金子郁容)


(参考)苦しみの中でも幸せは見つかる(小沢 竹俊)

2008年2月23日

あなたがするどんな小さな仕事でも…

あなたがするどんな小さな仕事でも
神さまの仕事にすることができます。

(松原泰道)

たくさんの人の目にとまる仕事、
っていうものがある。

昨年12月、アメリカで
7歳の女の子が母親をかばって
銃弾6発を浴びる重傷を負う
という事件があった。

その女の子が度重なる手術に耐え、
このほど退院し、米メディアは
「奇跡の少女」として伝えていた。

アレクシスというその女の子は、
「お母さんをケガさせたら駄目」と叫んで、
母親と母親の元男友達(銃を持つ)の間に入り、
撃たれたとのこと。

メディアが注目するくらい、
大きな仕事です。

しかし、世の中の子供達みんなが、
母親を守るために、
何もそんな大事件が起きることに備えて
命を張るまでの覚悟をする必要はない。

日々の、ささやかなお手伝いや
感謝の言葉、コミュニケーションが、
母親を十分に助けるだろうと思う。

自分にしろ、他人にしろ、
世の中の人々にしろ、
大きなことが起こらないと
変わらないなんていうのは、
勘違いかもしれない。

ささいなことの積み重ねに
大きな感動をして
変わることもあるのだ。

それが、神さまの方法だと思う。


(参考)乳と卵(川上未映子)

2007年12月15日

「いじめ」はなくそうとするより、…

「いじめ」は
なくそうとするより、
熱中できることを与える。

(五嶋節)

五嶋みどりさんと
五嶋龍くんという二人の
天才ヴァイオリニストを
育てたお母さんです。

実際に、龍君は
幼稚園の頃から
いじめられた経験を
もつらしい。

いじめられたという事実を知って、
どのような対応をするかは、
それぞれの親によって違うだろう。

どれが正解かなんてことは、
第3者が言えるものじゃない。

五嶋さんは、
子ども自身の才能を
さらに伸ばすことに集中した。
結果、周囲から一目おかれる存在に…

たしかに、いじめる側には、
それ以上に熱中できるものがあれば、
何の価値もない行為は
辞めるかもしれない。

いじめられる側には、
それ以上に熱中できるものがあれば、
心の支えになったり、
相手を寄せつけない強さに
なるかもしれない。

やめさせようとして、
その場から引っ張り出したとしても、
「居場所」や「やること」がなければ、
きっと元に戻ってしまう。
下手すると、前よりも悪くなる。

もちろん、無理やり
何かをやらせることも出来ない。
やるべき何かを見つけられるよう、
どう助けられるかが問題だ。


(参考)「天才」の育て方 (五嶋 節)

2007年12月 3日

両親から、良い手本に…

両親から、良い手本に
なってもらえなかったなら、
その悪循環をとめるのは、
自分の責任ですよ。

(英語)
If the example we have received
from our parents was not good,
it is our responsibility
to break the cycle.

(ロバート・D・ヘイルズ)

大人も、いろんな問題を抱えている。
いや、大人こそ、抱えている。

その大人の社会の縮図を、
子供らがそのまま引きずっている。
それが、今の時代かもしれない。

非行、依存症、トラウマ…

原因は、たしかに大人にある。
しかし、自分の人生。

自分の人生を
めちゃくちゃにした大人を
恨んでもかまわない。

けれど、そういう人達は、
いつしかは自分の前から、
あるいはこの世から去っていく。

去っていった者、
去っていくはずの者を
いつまでも憎んで、
自分の人生を壊しても
どうしようもない。

どこかで心機一転。
自分の人生と
ちゃんと向き合うことが必要。
自分に続いてくる人々まで、
悪循環が及ばないよう止めるのだ。

パソコンのウィルスと同じで、
悪循環の被害を広めて、
自分が幸せになれるわけがない。


(参考)悪循環の現象学―「行為の意図せざる結果」をめぐって (長谷正人)

2007年11月27日

人はほんとうに育てることが…

人はほんとうに育てることが
できるものなのでしょうか。
私ははなはだ疑問です。

人は勝手に育つもの。
伸びる人間は、自分で考え、
挑戦して失敗し、また挑戦して
壁を乗り越えながら、
自分で成長していくものです。

(渡邉美樹、雑誌「THE21」)

同氏は、
「俺が育ててやる」と思うのは
大きな自惚れだ、
とバッサリ切り捨てます。

自分の子供だから、
生徒だから、部下だから、
出来る人間に育つはずだ、
という自惚れと、
それに対する他人の憧れが重なると、
誤った「育て方」に
走る可能性も出てきます。

どうしても結果を
出さなくちゃいけない。
そのためなら、
何でもしてやる。
自分のメンツ、体裁を保つために、
まるで、道具のように扱い始める。

成功すれば、自分のおかげ。
失敗すれば、お前らのせい。
どうして、そんなに出来が悪いんだ!
なんてことになる。

良いことにしろ、育てる側が、
あまりにも手を出しすぎれば、
育つことを邪魔することにもなりうる。

かと言って、
放っておけばいいというわけでもない。
自分でどんなふうに育つことが出来るか、
つまずいている人には、
ちゃんと教えてあげなくちゃいけない。

しかし、
そうであっても、
育っていくかは、
最後は本人の力…ですよね。


(参考)夢に日付を!~夢実現の手帳術~(渡邉美樹)

2007年7月30日

誰かになにかを伝えたいときは、…

誰かになにかを伝えたいときは、
そのひとに抱きついてから
話せばいいんだ。

抱きつくのが恥ずかしかったら、
手をつなぐだけでもいいから。

(きよしこ、重松清)

この言葉は、
「言葉は、信頼関係の
 中ではじめて力を持つ。」
 (山田ズーニー)を、
子供にも分かるようにしたものだろう
と思います。

しゃべるために
抱きつくのが目的じゃなくて、

抱きつけるような関係を築いて、
しゃべられるようになることが
目的だと思うんです。

ただ、最初から
抱きついてもいい人間関係、
というものもあります。
恋人であったり、
夫婦であったり、
親子、友人であったり…

逆に、
そういう人間関係なのに、
抱きつけないとすれば、
そうなってしまった関係の中に、
大きな問題があるのかもしれない。

それを解決しないでは、
どんな言葉で伝えても
伝わらないかもしれない。

けれど、
抱きつくという行為の中で、
お互いの心が溶けあって、
しゃべられるようになることも
あるかもしれない。

言葉を伝える力をもらうため、
もしくは言葉に力をもたせるため、
少なくとも、手をつなげる関係に
なっていなくちゃ伝わらない。

そう思うと、言葉を発する前に
もっと賢くなれそうな気がします。


(参考)きよしこ(重松清)

2007年7月 8日

人間の本来の性質の中には、…

人間の本来の性質の中には、
伸ばしてもいい自然もある。だが、
伸ばしてはならない自然もある。

放っておくと、得て、
伸ばしてはならない本質は伸び、
伸ばしてもいい本質は
伸びないものだった。

(宮本武蔵、吉川英治)

「私は、子供を
 自由に育ててるよ。」

「私は、子供に
 勉強しろなんて
 言ったこともない。」

そんなふうに、
得意気に話す親がいる。

それで、
ちゃんと育つ能力のある子供なら、
何も問題はない。

しかし、
自然のままに伸ばされて、
しっかりと伸びる枝が珍しいように、
人間も、めったにはいない。

ちゃんと補正してあげなくちゃ、
伸びちゃいけない方向ばかりに
伸びてしまうことが多くなる。

十分に伸びきってから、
直すなんていうのは、
かなり至難の業だろう。

伸びる前に、
伸びているうちに、
手を打たなくてはいけない。

教えない、
自由がいい、
自分で経験していく…
なんとなく理想的な気もするが、
手をかけられなかったことを
後で正当化している場合も
少なくない。

人間には、感情がある。
その感情は、
自然のままにしておいて、
完璧にコントロールできるほど
完成度の高いものじゃない。

とすれば、やっぱり、
放っておいてはいけないのだ。
ちゃんと教えること、
そういう時期は絶対に必要です。


(参考)人間の芯をつくる本気の子育て (須田 達史)

2007年4月 9日

…死んだ甲斐がないだろうが。

今は生き残る者が
必要なんじゃ。

生き残る者がじゃ、
おらんようになったら、
死んだ甲斐がないだろうが。

(映画「男たちの大和」)

命をかけるまでいかなくても、
誰かのために何かを犠牲にしたら、
その人には、得たもの、
あるいは失わなくてすんだものを、
大切にしてもらいたいと思うはず。

いろんな覚悟をした人の人生の上に、
自分の人生があると考えれば、
しっかりしなきゃなぁ、と思います。

映画には、こんなセリフもありました。

「日本は、進歩ということを
 軽んじてきた。
 進歩よりも、精神主義を
 重んじてきた。しかし、
 進歩のないものは、
 決して勝たない。
 歴史がそれを証明している。」

「敗れて目覚める。それ以外に、
 日本が救われる道はない。
 今目覚めずして、いつ救われる?
 俺たちは、
 日本が新しく生まれ変わるために、
 そのさきがけとして散る。
 まさに、本望じゃないか。」

おそらく、
あらゆる人が、
いつかどこかの誰かの
犠牲のおかげで
今を生きていられる。

その犠牲を捧げた人が、
不本意ながらそうしたのか、
喜んでそうしたのかは
分からない。

だからと言って、必要以上に
恩義を感じすぎてもいけない。

ただ、自分にも、
そういう順番がいつか巡ってきて、
誰かの犠牲になることがあったら、
少しでも未練が少なくなるように
したいものです。

聖書の言葉にも、
いくらか通じそうな気がします。

「こうして
 あとのもので
 先になるものがあり、
 また、先のもので
 あとになるものもある。」
 (ルカ13:30)


(参考)映画「男たちの大和」

2007年2月13日

ダイヤモンドの行商人がやってきて、…

ダイヤモンドの行商人がやってきて、
このダイヤモンドは
永遠の輝きをどうのこうのって
言うとるけど、
せいぜい百年しか生きられん人間に、
永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。

俺らが欲しいのは今だけです。

(甲本ヒロト)

かむらさんからの投稿です。

もっと先を見ればいい時には、
目の前ばかりを見て、

目の前ばかりを見ればいい時には、
はるか遠くを見ようとする。

人は、面白い存在です。

人間っていうのは、
そもそも永遠なんて
約束できない。

「永遠に、君を愛するよ。」
と言って、破綻している恋愛や結婚が、
世の中には、いくつあることか…

そんな約束よりも、
今日この瞬間に、
大切な人を大切にすることが
やるべきなことなわけで、
約束を誓った自分、誓われた自分に
酔いしれて、満足しきってはいけない。

考えてみれば、愛の約束よりも、
生命保険の約束(契約)の方が
確実っていうのは皮肉です。

愛よりも金…?

そうならないように、
今を大切にして
愛を育てたいものです。


(参考)日曜日よりの使者の詩―甲本ヒロト全詞集(甲本ヒロト)

2007年1月 3日

…誰かに借りたら誰かに返そう…

生きているということは
誰かに借りをつくること
生きているということは
その借りを返してゆくこと

誰かに借りたら誰かに返そう
誰かにそうして貰ったように
誰かにそうしてあげよう

(永六輔)

お金は、一番分かりやすい貸し借りだ。
だから、一番怖く思えることでもある。

それゆえ、人は、
その貸し借りにとらわれて、
生きてることの貸し借りを
忘れてしまうこともある。

私は、思うんです。
実は、人間そのものが、
借りを溜めこんだら、
具合が悪くなるように出来ている。

食べても、それを
ちゃんと消化しなければ、
体に残って肥満となるように…

貸し借りの帳じりが合わないと、
何かが狂ってくる。

欲張って何が悪い、
と思って生きるのは自由だけれど、
無理やり帳じりを合わせられる
羽目になるよりは、
自分から返した方が気分いい。

もし返す相手がいなくなっても、
「これで気が楽になった…」
なんて思わない方がいい。

返す相手がいないなら、
どこで、どう返すかは自由。
その相手を見つけることが、
楽しみになるようにしたい。

貸し借りは、
どこかで必ず帳じりが合う。
これがルール。


(参考)世間にひと言 心にふた言(永六輔)

2006年12月 1日

ありがとう、はよくいえる言葉ですが…

ありがとう、は
よくいえる言葉ですが
ごめんなさいは
なかなかいえないのです。
ぜひ、ごめんなさいの
言える夫婦になってください。

(ほぼ日、結婚式でのスピーチより)

ごめんなさいの言葉を言わずに、
「ゆるしてくれて、ありがとう」
とごまかせる人もいます。

それを見ると、
うまく交わしているなぁ…
と思ってしまいます。

相手の心が広いと決めつけ、
ごめんさないと言わなくても、
ゆるしてくれるのが美徳だ、
と押しつけられたら、
体裁を気にする人は、
それを飲み込んじゃうでしょう。

けれども、
体裁を気にする仲でなく、
素のまんまの感情を
見せ合ってもいい関係では、
やはり「ごめんなさい」が
大切になってきます。

言葉だけで言っても、
しょうがないケースもあれば、

言葉で言うのをごまかせば、
予想以上にこじれて、後々、
かなりの時間がかかる時もある。

口先だけで言われるのは、
誰も好きじゃないけれど、

口で言い合うことが
出来ない人間関係を、
あ・うんの呼吸で通じてるんだ、
なんて、うそぶくのは、
もう時代遅れだと思います。

「黙ってても気持ちは通じるなんて、
 全然だめ。はずれ。失格。…迷惑。」
 (バッテリー、あさのあつこ)

ごめんなさい、を言うのを、
自分の都合でごまかすのは、
やめなきゃいけませんね。

大切な人には、特に…

私も、気をつけねば。


(参考)金の言いまつがい(ほぼ日)

2006年8月27日

オレたちは、病気は治せない。…

オレたちは、病気は治せない。
だからそれは医者に任せよう。

楽しい気分は心を強くする。
いっぱい薬を飲むよりも、
いっぱい笑ったほうがいい。

(ユウキ—世界で8番目のたたかいに勝った男の物語、岸川悦子)

NTVの24時間テレビ、
今年もやっていますね。

私が子供の頃から始まったこの番組。
たしか、2日目日曜日の朝には、
手塚治虫さんのアニメがあったので、
そればかりを楽しみにしていたのを
覚えています。

昨晩は、「ユウキ」という実話を
基にしたドラマが放映された様子。
頭蓋骨の一部が溶けていくという
極めて珍しい病気にかかった若者が、
23時間に及ぶ大手術の後、
フルマラソンに挑戦して、
見事5時間を切るタイムで完走する。
それを支えたのは、
オーストラリアで仲間になった友達。

なんで8番目の戦いかと言うと、
過去130年間に世界で
わずか7例しか確認されていないうえに、
進行を遅らせる治療方法しかないから。

もっと良い医者、もっと良い薬、
もっと良い環境を、と探す愛情もあれば、
いっしょに病気を受け入れて、
いっしょに何かにチャレンジしたりして、
残りの時間を充実させるという愛情もある。

どちらかに優劣をつけられる問題じゃない。

これ以上治るのは難しいだろう、と
自分や、自分の大切な人が宣告された時に、
どう生きていくか、どう生きさせるか。
はたまた、そういうことが何もない、
平和で幸せだと思える時に、
今をどう生きていけばいいのか。

こういうドラマを見たときには、
考えさせられてしまいますね。


(参考)ユウキ—世界で8番目のたたかいに勝った男の物語(岸川悦子)

2006年8月26日

…首が90度下向いてる時でも、…

帰り道めげそうになって
首が90度下向いてる時でも、
誰かがかけてくれた一言が
すっごく嬉しくって、
それだけでパワーになったりする。

(山縣苑子ブログ)

首が90度も
下向きになることはないけど、
やっぱり、25度くらいは、
私でもありえる。

人が下を向いている理由を聞けば、
なぁ〜んだそんなことか、
と思ったりするけれど、
自分の理由だって、
他人から見たら、
そんなことかもしれない。

そもそも、
理由なんてどうでもいい。

ウツとかになっちゃう人は、
理由なんか本当に分からないからね。

「いっしょに、アイス食べる?」

「この間教えてもらった音楽、
 本当に良かった。気に入ったよ。」

「けっこういい服なんだけど、
 もう着なくなったから、
 もらいに来ない?」

そんな全然関係ない一言が、
心の檻から自分を引き出してくれる。

引き出してもらえた理由も、
自分じゃよく分からないかもしれない。

もしかしたら、
誰かからの一言でない時もあるだろう。
なんていうか、自然から感じる空気とか、
光とか、ぬくもりとか、大きさとか…

なんでもいいから、
前を向かしてくれるものがあるのは、
本当に幸せなこと。


(参考)生き抜く力をもらう(酒井雄哉)

2006年8月22日

ことばで問われた質問に、…

ことばで問われた質問に、
いつもことばで答える必要はないの。
…深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

(ほぼ日、谷川俊太郎さんの答え)

「おまえら、やる気あんのか?」

「はい、あります。
 これからは頑張ります。」

という対話に、
意味がない時があるように。

ことばで答えを引き出そうとすること自体、
ウソをつかせたり、本質から遠のくことは
少なくない。

「本当に愛しているの?」

「うん、愛しているよ。」

と言いながら、裏切ることだって、
出来ちゃう人間だから。

「なんで、こんなことになったんだ?」

「みんなのためを思って、
 がんばっていたんだよ。」

って言えば、聞こえはいいけれど、
「人の為」と書いて
「偽」という漢字にもあるからね。

ことばって、
簡単だから便利だけれど、
答えになっていないことも
間違いなく多いんだよ。

ことばじゃ、本当の答えにならないよな、
って分かる瞬間、センスがあってほしい。
私にも、私の子供とかにも。

そうすれば、その時には、
もっといい答え方を
生み出せるだろうから。


(参考)詩を考える—言葉が生まれる現場(谷川俊太郎)

2006年6月11日

好きなときも、嫌いなときも、愛してる。

好きなときも、
嫌いなときも、
愛してる。

(映画「ママが泣いた日」)

好きな人を、
好きな時だけ
好きになっている。

これって簡単。
そして、気楽…

でも、
夫婦や親子などの家族関係は、
それだけじゃ、やっていけない。

そんなことをしていたら、
別居や同居、離婚や結婚を
何度くり返さなければいけないか
キリがない。

愛っていうものの定義が、
人それぞれ違うから、
嫌いと同居すること自体、
ありえない人もいるだろうけど…

知らず知らずのうちに、
嫌ったり、面倒だと思いながら、
愛していることも
あるんじゃないだろうか。

相手の気に入ることを
するのが愛じゃなくて、
相手が伸びていけるように
手を出したり、引っ込めたり
するのが愛だと思うから。

ただ、愛してるからこそ、
こんなこともするんだ、
みたいな押し付けには、
使って欲しくないですね、
この言葉は。


(参考)火の山―山猿記(津島佑子)

2006年5月23日

楽しいことを一緒にやった仲間はほんとうの仲間じゃない!…

楽しいことを
一緒にやった仲間は
ほんとうの仲間じゃない!

苦しいことを
一緒にわけあった仲間が
ほんとうの仲間だ!!

(ヤンキー先生・義家弘介)

闇夜のカラスさんからの投稿です。

友達の顔を思い返してみれば、
なるほど、そうかもなぁ…
って思います。

どちらかというと、
苦しいこと、難しいことに対して、
一人で黙々と前進していくタイプの
私ですから、友達というのは、
やはり限定されてきます。

だから、そもそも、
分け合っても大丈夫な人としか、
友達になれないところもあるわけで。

そういうところは、
ちょっと損しているかもしれません。

その代わり、友達と言える人に、
100%の自信もあります。
ちょっと過剰気味な。

話を広げれば、
親は、子ども達に、
楽しい思い出をつくってあげようと
がんばるけれど、それだけじゃあ、
ダメかもしれないんですね。

だからと言って、
苦しめる必要はもちろんない。

ただ、子ども達が直面する苦しみを
取りのぞいてあげることはやめて、
いっしょに分け合うことを
選んだ方がいい。

楽しいことだらけの人生じゃない。
あの人といれば楽しいから、
なんていう理由だけで
友達や仲間を選んでいたら、
お互いに薄っぺらになるかもしれない。

楽しいことが消えても、
ずっと一緒にいられる仲間。
そういう人を求めよう。


(参考)君はひとりじゃない—ヤンキー先生の直球メッセージ(義家弘介)

2006年4月10日

たった一度の人生を生きているのは、…

たった一度の人生を
生きているのは、
あなた一人じゃないのよ。

(デュアル・ライフ、夏樹静子)

この人生は、
たった一度の人生だから
後悔しないように生きるには
どうしたらいいんだろう…

こんな自問は、
私の心に度々出てきます。
性格的に、そんなことを
考えるのが好きなのでしょう。

しかし、
自分のたった一度の人生に
あまりにも執着するあまり、
他人の人生を踏みつけていたら、
どこかおかしいよなぁ…

たとえて言えば、
テーマパークの
アトラクションの行列に
割り込むような行為さえ
しかねないということです。

もちろん、その日を
心待ちにしていたことでしょう。
家族や恋人を連れて行って、
楽しませようと意気込むこと
だってあるでしょう。

そんな人の強い思いが、
割り込みなどの行為に至り、
周囲を不快にすることがあります。

自分や自分の大切な人を
楽しませるためであれば、
何をしてもいいなんて
ルールはありません。

みんなにとっても、
たった一度の人生。
だからと言って、
思い通りになるわけじゃない。

自分と他人に、
それを楽しむ余裕を
もたせることが人生の目的かも…


(参考)人生は一度だけ。(唯川恵)

2006年1月16日

…どうすればいいのでしょうか?…

「わが道を行くには
 どうすればいいのでしょうか?」

「はい。わが道を行くには、
 この道をまっすぐ行きますと、
 壁にぶち当たりますので、
 その壁を乗り越えて
 いってください。」

(吉本の芸人:ショウショウ)

晴夜さんからの投稿です。
「ルミネtheよしもとに
 行ってきました。
 うまい言葉だなぁと思います。」

お笑いもとれる、
深みのある言葉ですね。

好きなことを仕事にしよう、
得意なことでメシを食おう、
なんていう宣伝文句には、
なんか夢や楽しみを感じられて、
わが道を行きたくなります。

でも、必ずあるんです。
壁が…

それは邪魔じゃないんですよね。
テストみたいなもの。

本気で、
わが道を行きたいのか、
それが好きなのか、
努力を惜しまないか、とか。

もしかしたら、それ以前に、
わが道を勘違いしていることも
あるでしょうね。
まっすぐ行かなかったりも…

その都度、勝手に、
わが道を変えて、
自分を苦しめている人も…

もちろん、変わるわが道も
あるんでしょうけどね。

自分は、わが道の上に、
ちゃんと立ってるんでしょうか?


(参考)脳内汚染(岡田尊司)

2006年1月 9日

私たちの子供は、…

私たちの子供は、
私たちにチャンスをくれる。

私たち自身がいつも
欲しいと思っていた親に
なるためのチャンスを。

(英語)
Our children give us
the opportunity to
become the parents we
always wished we’d had.

(ルイズ・ハート)

これは、親を
責める言葉じゃないです。

そういう意味で、
子供がこの言葉を
親に言っちゃいけない。

同じように、
もっと甘えさせてくれる親、
もっと与えてくれる親が
欲しかったからと言って、
自分の子供にそれをしたら、
おそらく、子供をダメにする。

立場が変われば、
考え方が変わるのは当然。
いい意味でも悪い意味でも…

育てるっていうのは、
たいへんなんですよね。

ちょっと目を離せば、
予想もしない方向に
進んでいたりする。

それは、子供に限らず、
自分の中の決心だってそう。

油断していると、
世の中の波とか
自分の周りの環境に
心が揺らされてしまう。

自分の心でさえ、
育てるためには
そういうことがあるんですから、
自分の子供とは言え、
思い通りになるのは
なかなか難しいんですよ。

何かを育てる時には、
そういうことを忘れずに…


(参考)人生の教科書 家づくり(藤原和博)

2005年9月20日

男には志がある。でも、女には道がある。

男には志がある。
でも、
女には道がある。

(英語)
Man has his will -
but woman has her way.

(オリバー・ウェンデル・ホルメス)

日本において、
自殺する人の約73%は
男性だそうです。

野望や志は湧きあがるけれど、
行き詰まってしまうと、
道を見つけにくい男性の姿が、
この数字に表れている気がします。

男性は行き詰まったら、
女性を道連れするのでなく、
助言を求めた方がいいでしょう。

そして、出来れば、
行き詰まる前から、
何かと女性に相談していれば、
ヒントが得られるかもしれません。

ただ、相手を間違えると、
噂だけが広まることも
ありえないとは言えませんが。
(もちろん、女性すべてでなく…汗)

逆に、女性は、夢見がちな男性を
うまくコントロールしたいのであれば、
その夢や野望を頭から否定するのでなく、
いっしょに道を考えてあげた方がいい。
それが身のためですから。

自分には分からないからと言って、
男性にだけ任せていると、
隠されてしまい、知らず知らずのうちに
とてつもなく問題が大きくなり、
知らされた時には、腰を抜かしますよ。

腰を抜かすだけで済むならまだしも、
その後の人生を棒に振ることだって
ありえます。

性別だけがすべてではありませんが、
そうならないためにも、
男女いっしょに生きましょうね。

【参考】
なぜ男女平等がねらわれるのか(中里見博)

2005年8月16日

…みんなが帰りたい場所なんじゃない。逆だよ。

家庭っていうのは、
みんながそこから
出ていきたい場所なんだよ。

みんなが帰りたい場所
なんじゃない。逆だよ。

(ビタミンF、重松清)

これ、家庭崩壊を
促すような言葉として、
紹介してないですからね。

そこを誤解のないように…笑

要は、生き物は、ふつう、
自立したい存在だということ。

で、ここから重要なのですが、
自立したい思いが
正常に生まれるためには、

最初は、帰りたい家庭が
やはり必要だと思うのです。

そうしないと、
家庭から自立したい思いでなく、
家庭から逃げたい思いが
心に生まれてしまうことでしょう。

家庭から逃げたい思いで
新たにつくられた家庭には、
きっと、何か土台がないから、
難しい場面に出くわすような気がする。

私も、実は
「逃げたい」感じだったから、
それが分かります。

帰りたい場所、出ていきたい場所。
それは、結局、同じこと。

帰るのは、出てきた場所だから。
出ていくのは、帰る場所だったから。

人それぞれ、
いろんな時期があって、
家庭について、
いろんな気づきがある。

子供にも、大人にも、
押しつけることは出来ない。
もし、自分の理想があるのなら、
自分が変わって、自分の家庭に
働きかける以外にないわけだな。

帰りたい家庭か、
出ていきたい家庭のどちらかに。

さて、あなたの家庭は、
どちらでしょう?

【参考】
ビタミンF(重松清)

2005年7月28日

人がいなくなるってことはさ、…

人がいなくなるってことはさ、
存在がなくなる
ってことじゃなくて、

いないってことが
存在することなんだよ。

(プール、松久淳+田中渉)

皐さんからの投稿です。
コメントは以下。
「亡くなってしまった人は、
 いなくなっても、周りの人に
 何かを残していきます。
 存在は消えません。ただ、
 もう逢えないということを
 理解するだけなんです。」

「いない」って意識されるのは、
まだ、心の中に「いる」こと。

それが、心の中にも
「いない」状態になったら、
本当にいないことになるでしょう。

過去に、いろんな方々から
投稿をいただいたのですが、
アニメのワンピースにも、
こんな言葉があります。

「人が本当に死ぬのは、
 人に忘れられたときだ。」

なるほど、ですね。

ちょうど10日前に亡くなった、
祖父(ジッチャ)の写真が、
目の前にあります。

あの日以降も、
やれるだけのことはやれた、
という私の気持ちは、
変わらないように思います。
慌ただしかった日々も、
まもなく終わりそうです。

心の中に「いる」のは、
よく考えてみれば、
もう介護の必要もありませんし、
お互いの生き方にしがらみも
ありませんし、
心地よい関係かもしれません。

あとは、ずっと
「いる」ことが出来るように、
残された者が忘れないように
するだけですね。

死の別れでなくても、
しばしの別れには、そんな
「いない」と「いる」の思いが、
心を癒してくれるかもしれません。

【参考】
プール(松久淳+田中渉)

2005年7月21日

ヨーイドン(Mr.Children)

ヨーイドン(Mr.Children)の歌詞

ぽかりと~の部分

思いがけずに、
心の穴がポッカリと
あいていることがあります。

気づくのは、自分が、
おかしなことを始めるとき…

やるべきことが
分かっているのに
集中できないとか、

心が散ってしまって、
やらなくていいことを
始めてしまうとか、

虚しいと分かっているのに、
虚しいものを求めるとか。

心の穴は、
何らかの行動となって、
自分と他人の見えるところとなる。

それが、一人で
埋められない時もある。
たしかに、そんな気もします。

けれど、
自分以外の誰かの力だけで
埋められるわけでもない。

病気を治すのに、
医者の技術と本人の意思が
必要であるのと同じように、
心の穴も、自分の力が必要。

もしかしたら、こんな言葉も
役立つかもしれません。

「祝宴の家に行くよりは
 喪中の家に行く方がよい。
 そこには
 すべての人の終わりがあり
 生きている者が
 それに目を留めるようになるからだ。」
 (旧約聖書、伝道の書7:2)

【参考】
四次元 Four Dimensions(Mr.Children)

2005年3月 9日

幸福な人はきわめて少ないですよ。…

「幸福な人はきわめて少ないですよ。
 どんなに少ないかが
 おわかりになれば、
 きっとびっくりなさるでしょう。」

「そうですか?」
と、…言ったものの、
他人の幸不幸は問題ではなかった。

(中年の人妻の事件、クリスティ)

不幸だ、と感じる時には、
自分だけがどうして…
とか思っているから、
他人のことなんて、
見えてこない。

いいところまで行っていると、
その先のものも手に入れたくなる。
しかし、そこで、
それが叶わなかったとなると、
とたんに不幸になったりする。

そんなの、もったいない。
だって、それまでに、十分、
いいものを手に入れているから。

アカデミー賞を逃した、
レオナルド・ディカプリオが、
その後のインタビューで、
こんなことを言っていた。

「賞というのは、ケーキの上の
 チェリーみたいなものだよ。」

負け犬の遠吠えみたいに、
聞こえるところもあるけれど、
新しいものが得られなかったからと
言って、自分を不幸にするのは、
本当に「不幸」なこと。

得られても、得られなくても、
相変わらず、私たちは幸せなんだ。
そう思えるものが、
この人生にはあると思うんだなぁ。

【参考】
失踪日記(吾妻ひでお)

2005年2月 1日

…電池はすぐにとりかえられるけど、命は…

命はとても大切だ
人間が生きる電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかなくなる

電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にはとりかえられない

何年も何年も月日がたってやっと
神様から与えられるものだ

だから私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう

(電池が切れるまで、宮越由希奈)

キカさんから、
以下のコメントといっしょに、
投稿をいただきました。

「ドラマ化もされた実話です。
 この『命』というタイトルの詩は、
 神経芽細胞腫という病に冒され、
 この世を去った宮越由希奈ちゃん。
 当時小学4年生の少女が書いた詩です。
 わずか11歳の少女が、このような詩を
 書くことができるのは、
 誰よりも命の大切さ、尊さを
 知っていたからなんでしょうね。」

大切なことって、
年齢が加わるから、
分かってくるとかじゃなくて、

それを失った時の重さを
知っている人が
分かるんですよね。

ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
「時間銀行」というチェーンメールが、
流れた時があります。途中だけ引用します。

1年の大切さを知るには、
 落第した学生に
 聞くとよいでしょう。

1ヶ月の大切さを知るには、
 未熟児を生んだ母親に
 聞くとよいでしょう。

1時間の大切さを知るには、
 待ち合わせをしている恋人に
 聞くとよいでしょう。

1分の大切さを知るには、
 電車に乗り遅れた人に
 聞くとよいでしょう。

1秒の大切さを知るには、たった今、
 事故を避けることが出来た人に
 聞くとよいでしょう。

10分の1秒の大切さを知るには、
 オリンピックで銀メダルに終わった人に
 聞くとよいでしょう。

----引用終わり----

忘れたくないけど、
忘れちゃうんだろうなぁ。
こういう大切なことって…

それが不幸でもあり、
それも幸せでもある。

重すぎるのも、
軽すぎるのも、
人間はダメでしょうねぇ。

でも、見つめるときは
見つめなきゃ。

【参考】
電池が切れるまで(すずらんの会)

2004年11月29日

…でもそれを考えようとすることがもう…

チキンライス(松本人志)の歌詞

親孝行って何?~の部分

年を重ねると、
素直でなくなることの方が多い。

記憶だって薄れていくから、
恩返しを思う前に、
どんな恩があったかも
忘れてしまうんだろうなぁ…

例外なく、私もそうです。

ただ、その恩っていうのも、
いいことをしてもらったことだけが
恩ではなく、

皮肉にも、
悪い、苦しい目に
あわせられたことも
今の自分の糧になっているとすれば、
感謝しなきゃいけないことなのか。

難しいことのようにも思うし、
もしかしたら、
どうでもいいことかもしれない。

まだ未熟な時に、
誰に面倒を見てもらえたか、
もらえたなかったか、
というよりも、

自分がいつかは、
誰かに面倒を見てもらうだろう、
ことさえ分かっていれば、
おのずと、答えは出てきそう。

人って、やっぱり、一人で
生きていられないからね。

たまには、誰にか
恩返ししてみようか。

【参考】
チキンライス(浜田雅功と槇原敬之)

2004年10月31日

たとえ、これまで、汝に、多くの相談相手が…

たとえ、これまで、汝に、
多くの相談相手がいなかったとしても、
汝自身の魂へ相談することだけは、
まだやめないように。

(英語)
Though thou hast
never so many counselors,
yet do not forsake
the counsel of your own soul.

(ジョン・レイ)

自分自身の魂への相談…

つきつめて言えば、それは、
瞑想とか、あるいは紙とペン、
だと思う。

瞑想をするだけで、
自分の心の思いや考えが
整理されて、スッキリする人は、
よく訓練された魂を持っている
のだろう。

たいていは、
瞑想とは言え、
自分ひとりになって、
いろいろ考えたりすると、
グルグルと同じ思いや考えが、
巡ってしまうもの…

すると、瞑想どころか、
かえって混乱したり、
あるいは、誤まった結論を
導き出してしまう。

だから、紙とペンが登場する。
心の中にある思いをぜんぶ、
紙に書き尽くすのだ。

紙は、何も否定はしない。
ただ、その通りのことを
文字にしてくれるだけ。

もし、その紙にさえ、
自分を飾ったり、
ウソをついたりすれば、
効果は薄れるが、
正直な自分を映すなら、
その効果はバツグン。

また、この方法は、
相談相手がいないからする、
という寂しい方法ではなくて、
自分の思考能力がキチンと戻る
ための方法だから、
安心して使えます。

【参考】
プロカウンセラーの聞く技術(東山紘久)

2004年10月14日

あなたが、もし、…ただ1つだけ…

あなたが、もし、自分の息子や娘に、
ただ1つだけ贈り物ができるとするなら、
それを、「熱意」にしてみてはどうか。

(英語)
If you can give your son or daughter
only one gift, let it be enthusiasm.

(ブルース・バートン)

プレゼント、贈り物っていうのは、
そのもらった本人が、
それをどう扱うかによって、
その意味があったり、
あまりなかったりする。

子育て真っ盛りの私は、
「そうだな、今、
 子供たちに熱意を
 贈っているところだな。」
と言えるようになりたい。

そして、これは、子育てばかりでなく、
恋人や夫婦、友達にも言えそう。

以前紹介した言葉を思い出した。

「ほんとうに人を愛するということは、
 その人が一人でいても
 生きていけるようにしてあげることだ。」
 (三浦綾子、道ありき)

もちろん、必要なお金をあげたり、
モノや環境をそろえてあげるのも
大切なことだ。
それを否定するつもりはない。

そして、それに加えて大切なのは、
仮に、自分たちと
別れることになったとしても、

その相手が、その贈り物をもって、
その先を生きていけるような
贈り物が必要だということ。

その1つが「熱意」だと思う。
あるいは、「自尊心」…

才能があったとしても、
それがなかったら、
多分、その先を生きていく力はない。

ん~、それを贈れる人間になりたい、本当に。

【参考】
影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか(ロバート・B・チャルディーニ)

2004年7月 3日

…大事なのは、時間がかかってもいいから、…

私にとって、子どもの
過去なんてどうでもいい。
今もどうでもいい。

大事なのは、
時間がかかってもいいから、
誰かの助けを借りてもいいから、
自分自身の意思と力で、
幸せな未来を作っていること。

そのためには、とにかく
生きてくれさえすればいい。
生きれば生きるほど、
子どもたちは誰かと出会いながら、
どんどん学んでくれるはずだから。

(夜回り先生、水谷修)

なんか、泣けてきます。
こんな心境になれる相手が、
自分にはいるのかなぁ、
なんて思っちゃいます。

たしかに、
自分の子どもには、
そんな熱い思いを抱ける…

この夜回り先生は、
12年間夜の街を回り、
こんな思いを抱いている。

かなわないなぁ、
と思います。

生きる権利もあれば、
死ぬ権利もあると、
時には主張する人もいる。

そういう考えで、
命を粗末に扱えば、
ボロボロになっちゃうか、
途中で息切れてしまう。

凝り固まったオトナにも、
この言葉が通用するかは
分からないけど、

たしかに、子どもにだったら、
「生きてくれさえすればいい」
そうすれば、
いろんな可能性に巡りあえる。

本人があきらめている時でも、
周りがあきらめない限り、
本人が立ち上がるチャンスは、
たしかにあるんだよね。

う~ん、こりゃあ、
周りがまず成長するよなぁ。
夜回り先生、ありがとう。

【参考】
夜回り先生(水谷修)

2004年5月18日

死ぬまでに話をできる時間は…

死ぬまでに話をできる時間は
限られていたんだよな。

(泣ける2ちゃんねる)

人は、後悔するように出来ている。
そう思う。

この言葉を口にするようなことに
ならなければいいなぁ、と思うけど、
やっぱり、きっとどこかで
後悔するような気がする。

友達や伴侶の話を真剣に
聞いていなかったこと、
子供といっぱい遊んで
あげなかったこと、
親に心配をかけなかったこと…
(または、心配かけたこと)

きっと後悔しちゃう。
多分、しょうがない。

私なんか、この言葉を読んで、
これを書いている矢先に、
後悔するようなことが思い浮かぶもん。

だって、体は一つだけど、
思い出を作らなければいけない相手は、
生きていけばいくほど、
増えていくわけで、

場合によっては、
まったく関係のない相手からも、
それを望まれ、
しょうがなく相手をしたりして、
情がうつってしまうこともあるから。

絶対後悔しないぞ、と思い込んで、
その瞬間を迎えるよりも、

後悔するかも、と思いながら、
その時々を過ごしたほうが、
正解かもしれない。

もしかしたら、
「バイバーイ」と言った瞬間から、
後悔するかもしれないし…。

それでもいいと思う。
人生すべてが
成功と喜びばかりなんてことは、
ないはずだから。

悲しみや後悔を味わうことも、
セットで手に入れた人生だと思う。

【参考】
泣ける2ちゃんねる

2004年4月10日

来るものは何でも、必ず去っていく。

来るものは何でも、
必ず去っていく。

(英語)
Whatever comes,
this too shall pass away.

(エラ・ウィラー・ウィルコックス)

事実は、事実です。

自分に素直になって、
過去にも素直になって、
自然の法則に素直になって、
それを認めないと、
もがくだけになります。

手に入れたものは、
必ず、いつか何らかのかたちで、
手放さなければいけない瞬間が
あるわけで…

それが、
そろそろかなと覚悟している場合と、
思いもよらずその時が来た場合とでは、
やはり、心の動揺もちがうでしょう。

毎日のニュースを見ていると、
何が起こるかわからない時代と感じます。

本当は、いつも覚悟をもって、
いろんなものに、いろんな人に、
ふれていかなければいけないのでしょう。

いつかは必ず、もしかしたら明日かも、
手放す、去る、離れる…という覚悟で。

いつまでもあると思うな、
の後に続く言葉は、
「親と金」ばかりではないですし。

今日は、大切な人との時間、
ちゃんとありますか?
どんなかたちであれ…

【参考】
素直な心になるために(松下幸之助)

2004年3月 6日

癌だと告知されたときから…

癌だと告知されたときから
誤診だとわかった
そのときまでの一週間、
私はトコトン考えた。

俺の人生って、
いったい何だったのだろう、と。

(働くことがイヤな人のための本、
 中島義道)

これに似たような経験、ありますか?

私、去年の健康診断でさせて頂きました。
胃カメラが苦しいからと言って、
バリウムを飲む方を選んだのです。

それを選択したからと言って、
面白いものでもありませんでしたが、
無事に診断を終えました。

1週間後くらいに、
結果が郵送されてきた時、
ビックリする光景を目にしました。
結果文書にある「胃」のイラストに、
ボールペンでポツポツと小さい○が
たくさん書いてあるのです。

「ポリープ多発、精密検査要。
 予約の電話をください。」

ああ、俺の人生も終わりか…
真剣にそう思いました。

予約の電話を入れると、
担当者の方の対応も素早く、
あまりにも早い予約が取れたので、
「よっぽどなのかなぁ」なんて、
また心配がふくらみ…

たしかに、人生を考えました。
子供たちに、奥さまに、
両親、祖父母、弟に、
できる限りのことをしたものか。
頭のなかで、何度も問いが巡ります。

しばらくして、開き直りましたけどね。

ただ、1つだけ満足しているものを
見つけられました。仕事です。
この「いい言葉ねっと」サイトも含め、
自分の仕事が、自分の生まれてきた使命に
限りなく近づいているような実感は、
たしかに持てたんです。

これは、幸せなことでした。

いよいよ、精密検査の日。
イヤな胃カメラも、
死ぬことに比べれば、また、
白黒ハッキリさせるためと思えば、
苦しみも少なく、難なく飲めました。

そして、緊張して、
お医者さんの向いにすわると、
「はい、とてもきれいな胃でした。
 前回は、何か食べ物の残りとか
 だったんでしょう。」
とあっさり。

へ?

バリウムと胃カメラを
それぞれ飲む羽目になり、
おまけに、診断料も2回払うことになり、
「来年(もう、今年ですが…)からは、
 最初から胃カメラを飲もう!!」
と堅く決心したのでした。

しかし、あの真剣に考えた日々は、
決してムダではなかったと思いますよ。
なにか人生の本質に近づけたような…

たびたびは遠慮したいですが、
感謝しています、あの時間を。

【参考】
働くことがイヤな人のための本(中島義道)

2004年3月 1日

すぐ飽きてしまう暮らしには、…

すぐ飽きてしまう暮らしには、
もうみんな、飽きています。

(シャープAQUOSのCM、吉永小百合)

不景気の原因も、
みんなが飽きているから…?

そんなふうにも思います。

飽きさせないものが、
少なくなってきたから、
お金が回らなくなった、
そう言えるところもあるでしょう。

ま、実は、
一番飽きているのは、
「自分に」だったりして…ね。

でも、飽きるのも、ある意味、
いいことだと思うんですよ。

変わる必要、あるいは、
変えたい衝動を感じることじゃないですか。
そもそも、ずっと飽きないこと自体が、
珍しいことだと思うのです。

もう15年も前になりますが、
交通事故が原因で味覚を失ったアメリカ人と
友だちになったことがあります。

彼の好物は、パンケーキ。
(日本風に言えば、ホットケーキ)
そして、毎朝食べても、
全然飽きなかったのです。

Shu的に考えれば、
3食に1回とは言え、
毎朝同じものは食べれないなぁ…

理由を聞いても、
「好きだから」としか答えなかった彼。
食感が好きだったのか、それとも、
何を食べても味がしないから、
あきらめてそうなったのか。

何を買っても、何を食べても、
誰と居ても、どこに居ても、
そんなに変わらないとすれば、
やはり、そのものに対する興味は
なくなります。

それが、この友人のように、
個人的な問題である場合もあれば、
並べられているものに大差ない場合も
あります。

飽きたら、ラッキー。

自分の何かを変えなければ、
という衝動が起きたら、
なおさら。

他人を変えなければ、
という衝動が起きたら、
身の程知らずに気づくチャンス。

今日は、何に飽きてみましょう…?

【参考】
すべての答えは自分にあった(船井幸雄)

2004年2月28日

楽しまなけりゃ馬鹿らしい。…

楽しまなけりゃ馬鹿らしい。

しかし、楽しむというのも、
なかなか大変だよ。

(幸福の船、平岩弓枝)

せっかくだから
楽しみましょうよ、
とよく言われる。

仕事でも、お付き合いでも、人生でも…

でも、楽しみのなかには、
残った余韻も楽しめるものもあれば、
残った余韻がかえって虚しいものもある。

子どもの頃、何かの大会がある前日は、
ワクワクして眠れなくなったものだ。
勝てそうな気がする時、
自分が頑張った時というのは、
そんな思いになれる。

今でも、仕事で面白くなりそうな時、
何かの期待できる本番を迎える時は、
似たような心境になる。

まあ、その楽しみ、ワクワクを
数々経験してきたから、
眠れない度合いも弱まってきたけど、

それが若かったからということでなく、
今でも、それほどのワクワク感を
感じるような出来事をこしらえるとすれば、
なかなか大変だと思う。

若い頃というのは、
楽しみを準備してもらえた。

しかし、今は、
自分がそれを十分に味わう心境をつくるなり、
対価を支払うなり、努力をしないと
なかなかできないかもしれない。

楽しみのハードルが高くなったんだな。

もしかしたら、
「楽しむのにも素質があるかもしれない」
そんなふうに思うこともある。

だとしたら、その素質を伸ばさないと。
頑張ろう!!

【参考】
幸福の船(平岩弓枝)

2003年9月23日

たとえ1時間でも、1分でも、1秒でも、自分が本当に愛した人と…

たとえ1時間でも、
1分でも、1秒でも、

自分が本当に愛した人と
心が通じ合えたなら、
私は自分の人生を幸せだと思える。

その思いが私にある限り、
私は前を向いて、
生きていくことができる。

(映画「黄泉がえり」)

人生において、
本当に心から愛せる人に、
何人出会うかなんて、分からない。

ま、多分、多くはないだろう…

どこにいるかなぁ、その人は。
いつも、この人じゃない、
あの人でもない、と言って、
逃げているだけじゃあ、

最後の瞬間が来た時に、
本当の気持ちを
伝え切れていなかったことを
後悔してしまうだろう。

思いを伝え、
伝わったことが見える瞬間は、
やっぱり、心がどんどん浮くような気分。

それを糧に、あるいは、
新たなスタートの自信につなげて、
今日も生きていきましょう。

まだ、それを手に入れていない人は、
そういう瞬間が必ず来ることを疑わずに、
今日を生きましょう。

【参考】
映画「黄泉がえり」

2003年8月19日

かような時世に、父子兄弟が足並みをそろえ同じ道をいこうとすることが、そもそも…

かような時世に、
父子兄弟が足並みをそろえ
同じ道をいこうとすることが、
そもそも無理な相談であったかもしれぬ。

(真田幸村、佐竹申伍)

生きることについては、
何ごとも押しつけられない。

世代が違い、性格が違い、
人間関係などいろいろなものが違えば、
それまでに積み重ねてきた糧も違ってくる。

共通するのは、変化する世の中を
懸命に生きなければならないという使命だけ。

親の意志を子が継ぐ、
なんてことは、
なかなか出来ることではない。

いや、「懸命に生きる」という意志だけなら、
文字通り継ぐことが出来る。

意志を継いで、親の望む道に進む、
というようなことが、
なかなか出来ないということだ。

自分の夢をしっかりと持ち、
それに向かって試行錯誤している人は、
おそらく、他人に、夢を押しつけないだろう。

自分の夢を果たすチャンスが
すべて終わったとあきらめ、
環境さえ整っていれば出来たはずだ、
と未練を残す人間だけが、
自分の次世代を束縛して、
操り人形のように扱うのかもしれない。

自分の夢は、自分の夢としよう。
血のつながりがあったとしても、
自分以外の人間の夢は、また別のもの。

同じもの、同じ道を目指さなくても、
いいんじゃない。
本当の「意志」だけ継いでもらえれば…

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2003年7月21日

逢えない時間 それは色々な気持ちを育てるね…

My faith(day after tomorrow)の歌詞

逢えない時間~の部分

逢えない時間って、
どんなふうになるか…

その時間に、心を泳がせていれば、
ふつうは、心配だけがつのりそう。

でも、この言葉は、
自分の信じる力で、
いろんな気持ちをつくれることを
教えてくれる。その通りだと思う。

そういえば、
ブッタとシッタカブッタ(小泉吉宏著)に、
こんな言葉があったな。

「会っていると シアワセ
 会っていない時 ふシアワセ…
 会っていると シアワセ
 会っていない時 ふシアワセ…

 この苦しみは 恋のシアワセと
 いっしょにやってくるようだ…」

そして、こうなる。

「会っていると ふシアワセ
 会っていない時 シアワセ…
 会っていると ふシアワセ
 会っていない時 シアワセ…

 前は こうじゃ
 なかったのに…」

会っていない時間って、
微妙なんだよね。

自分と相手を見つめる時間にもなれば、
自分でつくった呪縛に苦しむ時間にもなる。

いずれにしろ、
自分を信じる力、
相手を信じる力が
浮かび上がってくる、自然に…

そんな瞬間が、会っていない時。
私たちは、いつも、そんなふうに試されている。


【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2003年7月19日

男と女は、元々ひとつだったもの。それが…

男と女は、元々ひとつだったもの。

それがこの世に生まれる時、
分かれたから、
失った片方を捜し求めるのだ。

(ターン、北村薫)

どこか似ている言葉です。
聖書に出てくるような…

同じものどうしは惹かれ合わない、
違うものどうしが、
その異質さに惹かれ合う。
元々の源は同じだから…

そう理解すると、
いろんなことにも当てはまりそうです。

片割れがないと、どうもスッキリしません。
人間というものは…

寂しいという言葉を使えば、
あまりにも普通になっちゃいますが、
人間は、孤独に耐えられない、
もう片方の「ぬくもり」を
求めちゃうDNAでも持っているんでしょう。

恋愛と言えば、
若さにつきもののように思いますが、

片割れを捜し求める姿として考えれば、
本当は、何歳になっても
消えない性質じゃあないでしょうか…

それをごまかし、ごまかし、
人間を続けようとすればするほど、
どこかでバランスを崩してしまいます。

何でもいいというような求め方には、
夢もロマンもDNAも
無意味になっちゃいそうですが、

片割れを捜し求める姿には、
感動すら覚える気がします。

ただ、そんな感情を悪用する、
昨今騒がれている「恋愛商法」の罠には、
落ちないよう、男と女の幸せを
祈るばかりです。

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2003年6月28日

愛が深いところには、絶え間なく、希望が流れ込んでくる。

愛が深いところには、
絶え間なく、希望が流れ込んでくる。

(英語)
Where there is great love,
there are always wishes.

(ウィラ・キャサー)

一緒にいると、
何か出来るような気がしてくる。

一緒にいると、
落ち込みかけていた心が、
元気を取り戻してくる。

そんな影響をもつ人の心の中には、
多分、こういう愛があるんでしょう。

未熟な恋愛は、時に気まぐれで、
希望となったり、絶望となったり、
忙しいくらい不安定だけど…

それを超えたところの愛は、
お互いにとって、お互いの希望を
強めるものになりうるんでしょう。

それなしで結ばれたら、
多分、苦しいままだろうな。

本当の愛を理解するには、
恋愛とは違ったところでも
学ばなければいけないのかもしれない。

愛して、信じて、希望が湧く。
愛され、信じられ、さらに希望が湧く。

そんな循環をつくれる人間関係を持てたら、
本当に幸せだと思う。

仮に、ものすごく心揺さぶる出来事が、
その愛のただ中に起きたら、どうなるんだろう。
耐えられるかな?

よく分からないけど、
耐えられる愛に育っていてほしいな、と思う。
そういう出来事は、いつでも起こりうるから…

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2003年6月19日

親が少し道からそれると、子供はその親よりもはるかに…

親が少し道からそれると、
子供はその親よりもはるかに
それる傾向があるのです。

(リチャード・L・エバンズ)

あのお宅の息子が、
道をそれちゃったもんだから、
親まで、それに倣(なら)っちゃったよ。

なぁ~んて話は、めったに聞かない。

やっぱり、その逆がほとんどだ。

親と子、師匠と弟子、先輩と後輩、
会社と従業員、国と国民、
それぞれ同じような関係にある。

先の者が、道からそれると、
前例が出来てしまう。
後の者の世代で、それを正すには、
かなりの労力が必要とされる。

だから、道をそれた状態、
そのままが続いてしまう。

自己中心的になれば、
自分の行動が誰に影響するもんか、
なんて身勝手な考えも出来る。
しかし、親子に関わらず、
どこかに影響が訪れる。

ゴミ一つないところに、
誰か一人が小さなゴミでも捨てると、
次の人は捨てやすくなる。

ただ、次の人が気づいて、
それを拾い、リセットしてくれたら、
元に戻りやすい。

しかし、そうならなかった場合は、
次、次と続いているうちに、
そういう観念は鈍り、戻ろうと思っても、
なかなか容易でない状態にまで至る。

最初にそれないこと。
あるいは、気づいたら、早めに…

自分から始まる未来は、
とてつもない広がりがあること。
理解しましょう…

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2003年6月18日

人間のあやまちこそ、人間をほんとうに愛すべきものにする。

人間のあやまちこそ、人間を
ほんとうに愛すべきものにする。

(ゲーテ)

人間は、あやまちをおかすもの。

1回で済まないことも多い…

何度も何度も、間違いを起こしても、
その人を愛する気持ちに
変わりがないこともある。

そういう気持ちで
自分を見てくれる人がいたら、
また、自分にも、
そんな目で見てあげられる人がいたら、
心は平安だろうし、力づけられるよね。

あやまちを見た時が、
自分の、大切な人の、
愛が試される時なんでしょう。

私も、つい最近、試されましたよ。
ささいなこと…

身内の交通違反。
「事故になる前に、
 気づくきっかけになって、
 よかったと思いましょう。」
なんて言わなかったんだよね。

「何、やってんだよ!
 だから、いつも、
 気をつけろって言っているんだよ。」
って、言葉が口から出たんですよ。

ああ、私の愛はそんなもんなんだと、
妙に納得してしまいました。(反省)

愛すべき「あやまち」、
受けいれたいものです。

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年12月23日

…は世界を止めて、私を待っていてはくれない。

幼い娘は世界を止めて、
私を待っていてはくれない。

(ナタリー・マーチャント)

私たち人間は、
生まれた瞬間から、
確実に年齢を重ねる。

生まれた時は、
面倒くさい、手のかかる子どもだと
思っていても、
気がついてみれば、
すごいスピードで成長していく。

子どもでなくても、
大切な人との時間は、
あっという間に、
少なくなっていく。

いつかたっぷり時間がとれるさ、
と思っていても、
そのいつかは、
この世では訪れないことだってありえる。

時は、自分にも、
自分の大切な人にも、
等しく訪れる。

それを忘れてはいけない。

クリスマス・シーズン。
今年のそれは、今だけ。
大切な人と、大切な時間を
きちんと送られるように、
心に決めましょう。

幸せがあるようにお祈りしています。

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年11月28日

種を蒔いたとたんに、芽を出すだろうか…

種を蒔いたとたんに、
芽を出すだろうかなどという
心配をするのはやめよう。

あなたが種を蒔いた瞬間から、
その種は間違いなく成長するのだから。
大切なのは、
それからのあなたの行動である。

(パッチ・アダムスと夢の病院、パッチ・アダムス)

芽は必ず出る。
大切なのは、それからの自分。

励まされる言葉です。

何をやってもうまくいかない、
と思っている人がけっこういるでしょう。
多分、いろんな種を蒔いている。
あるいは、いろんな種(可能性)を持っている…

しかし、
どの種が一番成長するのか、
自分が本当に好きな種はどれか、
それが見極められないから、
自分の行動が一貫していない。

となると、やはり、結果は…

以前ご紹介した「中国の竹」のお話を
思い出してください。
(いい言葉ねっと http://e-kotoba.net/
 にて、「中国の竹」で検索出来ます。)

あの竹は、4年目までは、
何も起こらないように見える。
しかし、5年目のある期間には…

私たちの持っている種も同じこと。
まず、「必ず成長する」という原則だけは忘れずに、
自分の行動を決めましょう。

そういう種ですから、間違いなく。
人真似してつくった種でなく、
自分から出てきた種であれば…

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年6月30日

小さい「ちょっとうれしい」の積み重ねが大事です。

小さい「ちょっとうれしい」の
積み重ねが大事です。

(あなたのお客さんになりたい!、中谷彰宏)

昨日、子どもと一緒に、
とあるテーマパークに
行ってきた。

かなり楽しそうな子ども達…
満足な親Shu。

自宅に帰ってきて、
ああ、よく遊ばせたな、
と自己満足に浸っていると、
「いつものように、
 もっと遊んでよぉ~~~。」とひと言。

十分遊んだんじゃないか、と思ったけど、
どうやら、子ども達の心の中では、
そういう認識じゃないらしい。

休日の大きいホームラン、
それはそれで嬉しいのだろうが、
平日の小さいヒットの方が心に残っている様子。

いつか、どこかで、
大きく喜ばせてあげよう、
なんて思ったりするけど、
それは、こっちの勝手な理論。

本当は、みんな、毎日喜ばせて欲しい。
小さくてもいいから…

そんな感情を理解して、
大切な人とふれあいたいな、
と思える今朝です。

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年4月 6日

机で勉強するよりも、

机で勉強するよりも、
「勉強のなか」で暮らそう

(パトリック・ハーラン)

今日から、小中学校は、完全週休2日制。
学校の机の上で勉強する時間が減る。

そうなると、楽しく、
「勉強のなか」で暮らす工夫が必要になる。

そして、本来は、そういう工夫出来る力を
身につけながら、大人になっていくべき。
そうすれば、変化や不景気が訪れた時に
自分で道を切り開ける才能を発揮できる。

「勉強のなか」で暮らす。
我々大人も、それをやってみましょう。

子供と一緒に過ごす土曜日も、勉強です。
自分にはない感性で物事を見たり、
行動したりする子供は、まさしくいい材料です。

よい土曜日を…

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年3月30日

おもちゃは買わずに自

おもちゃは買わずに自分でつくるとか、
(両親が教える)生活の基本はすべて
創造することにありました。

(小平桂子アネット)

Shuも、子供らに、
この方針を以前から行っている。

親にとっては、経済的。
子供にとっては、創意工夫する時間が増えて、
退屈しない。

何かを始めたいという時、
仕事上、市販のソフトを買うとか、
外部業者に委託するとか、
確かにお金で解決する手段はいくらでもあるが、
とりあえず、今持っているもので、
創ってみるというステップを踏むことがある。

そうすると、やはりいい。
まず、自分のやりたいことが
自分でハッキリ分かってくる。
そして、その大変さも分かり、
むやみやたらと安いものを買えばいい、
という気持ちも修正されてくる。

そして、外部業者に委託する際は、
相手の作業内容とか、見積もりの正当性も
分かってくるから、非常にいい。

やはり、子供もそう。
買えば簡単なオモチャ。
しかし、あえて買わない。

テレビのコマーシャルを見て、
あ、これ欲しいと思うと、
作り始めている。

携帯電話とか…
紙で作るわけだから、動くはずはないけど、
ボタンはどう並んでいるか、
アンテナはどう出したり引っ込ますか、
6歳と8歳は考えるわけだ。

この生活スタイルは、
必ずや大人になった時、
創造性(クリエイティブ)として実を結ぶと思う。

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年3月11日

わしにも夢があり、家

わしにも夢があり、家族がおるのだ

(NHK大河ドラマ「利家とまつ」)

最近までというか、現在というか、
夢と家族、仕事と家族は
分けて考えるのが、
当然のような風潮がある。

その強弱は、
会社や部署によって違うだろうが、
「会社の仕事を、家庭の事情で
 コントロール出来ない」
のは、本当のところは苦しいと思う。

実際は、自分の人生という枠組みのなかで、
仕事も家族も重要な位置にある。
1日の大半を会社で過ごそうが、
家族はそれと同等、
あるいはそれ以上に重要だと思う。

このセリフは、
人生という枠のなかで、
夢、仕事、家族を考えさせてくれる言葉だ。

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年2月16日

大人にもいろいろな問

大人にもいろいろな問題があり、
大人も悩み、戦っていることを、
子どもたちにわかってもらうことは
大切だと思います。

(ハリー・ポッターの作者J.K.ローディング)

大人は大人で、
自分たちがたいへんな時代に
生きていることを強調し、
子供達の悩みを軽んじていたら、

また、子供は子供で、
複雑な子供社会に生きていることを
大人が理解してくれないと
不満を心に募らせているだけとすれば、
双方が幸せではあるまい。

今の時代、大人も子供も
たいへんな時代。
精神的な強さが求められる時代に
生きている…

だからこそ、詳細までとは行かずとも、
大人の悩みのいくらかを共有し、子供に
自覚と自立するチャンスを与えることは
必要でないだろうか。

そうでなければ、
子供はいつまでもオブラートに包まれたままで、
親から離れた時に、急激に「大人の悩み」に
ぶち当たり、叩きのめされてしまう事態に…

ただ、建設的な雰囲気は必要だと思う。
愚痴だけなら、子供の悩みを増やすだけ…

【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

2002年2月10日

テレビを見ないで、遊

テレビを見ないで、遊んでほしいの…

(Shuの長女)

昨日の土曜日は、朝から悪天候。
のんびり家で過ごすことにした。

で、日課のNHK朝の連ドラ「ほんまもん」を
見ようとしたら、長女が一言。

「テレビを見ないで、
 お父さんに遊んでほしいの…」と言う。

15分だけ待って、と言ったが、
子供の真剣な眼差しに、
妻も「遊んであげたら」と言う。

ま、ビデオ録画することにしたので、
実質上の問題はなかったが…

子供の声って言うのは、よく聞かないと
聞き逃してしまいそうだなぁ、
と改めて思った。

子供の頃、食卓にみんなは座っていたが、
食事中も必ずテレビをつけて、
家族の会話なんぞはなかった。
子供心に、こんなんでいいのかなぁ…家族って、
と思っていたように思う。

なんか、自分もそれに似たようなことを
しようとしていることに気づいた…

今年の4月から、
子供達は、完全週休2日制。

これは、「ゆとり目的」と言われるが、
親が意識して、声にならない「子供の声」に
耳を傾けないと、子供はますます遠くなる。
そんな可能性のある制度だ、心しておかないと。


【参考】
家族を「する」家(藤原智美)

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