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2008年10月16日

感覚で訴えたり、...

感覚で訴えたり、
言葉で訴えるなど、
いろいろな訴え方があるのですが、
私は全人生をかけて訴えている。

(日経BPサイト、山本寛斎)

熱い言葉ですね。

それに、さらに熱い言葉がこれです。
「山本寛斎の熱血語10カ条」

1.外見こそが最も重要な自己表現だ!
2.才能を見つけるのは自分自身である
3.夢を叶えるコツは、
  狂ったように欲しがること
4.未来に前例などない。
  迷ったら新しいほうを選ぼう!
5.人生には浮き沈みがある。だから退屈しない。
6.必ず道はある。最後まで
  あきらめない人に未来は開かれる。
7.好きなことに没頭しよう!
  そうすれば辛いことも苦にならない。
8.戦いの前に、「勝つべき理由」を明確にせよ!
9.人生の目的はお金を拝むことではない。
10.見たことのない「美」をとことん追求しよう。

新しいことをするときに、
前例をいくら探しても、
たしかに無駄なんです。

「前例がないので」
という言葉で言い訳されたり、
断られたりするのは、私も嫌いですが、
自分自身もそういう発想に陥らないよう、
この10カ条、忘れちゃいけないですね。

人生には浮き沈みがあるから、
退屈しないってことも忘れちゃいけないな。

1つ1つに気をつけるというよりも、
生き様すべてで、
自分から発散するメッセージを
ハッキリさせる、という考え方。

生きている時に、
これを忘れなければ、
かなり幸せになれる気がします。

がんばるべ!

(参考) 熱き心 寛斎の熱血語10ヵ条(山本 寛斎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月27日

周囲の雑音に負けないのが、...

周囲の雑音に
負けないのが、
大人ってものさ。

(Panasonicケータイ広告)

雑音に負けるっていうのは、
気になっちゃうということ。

だから、雑音に負けない、
と意識した時点で
負けているかもしれない。

だって、雑音なんだから
気にならないっていう精神レベルに
ならないと、きっと負かされる。

心が向くべき方向に向いていて、
必要なことを吸収している時には、
気になるわけがない。

そうなると、雑音に勝つには、
それ以上に集中できるものが
なくちゃいけない。

今思えば、子供の頃から、
集中できない子だな、
とわたしは言われていました。

それと同じことを、今は、
自分の子供に言っています。

わたしの子供なんだから、
集中できるわけがない。
雑音が気になりっぱなしです。

きっと負けている相手は、
雑音なんかじゃなくて
揺れてしまう自分の心なのかも。

揺れる自分に負けるな。

(参考)最強の集中術(ルーシー・ジョー・パラディーノ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月 9日

あなたみたいに、理想ばかり語る人って...

あなたみたいに、
理想ばかり語る人って
周りを不幸にするのよね。

(ドラマ「モンスターペアレント」)

これは、自分への自戒として
とりあげたいと思った言葉です。

理想を捨ててしまった生き方は、
落ちるところまで落ちてしまう。。

けれど、理想ばかりを語って、
現実の行動につなげる力がない時も、
だんだんと落ちていく。

このドラマは、
教育問題をあつかったものだけれど、
解決の糸口のなかなか見えない、
いろんな問題に対しても、

理想ばかり語っていたら、
何一つ進まないことがある。

理想は語っていれば、
こっちに近づいてきて
くれるようなもんじゃない。

自分の現実のほうを、
理想に近づけていく工夫がないと、
水と油のように分離しちゃう。

私は、理想と現実が仲良くなるのには、
努力も必要だけど、その努力の方向を
決める工夫がけっこう大切だと思う。

真っ向から立ち向かっていく以外にも、
いろんな選択肢があることに、
人は気づくべきなんだ。

それが出来ないと、
理想を語りながら、
周りの人を不幸にしてしまう
なんてことが起こりうる。

理想は、いいもののはずなのにね。

理想を捨てずに、
現実を近づけていく。
これが少しずつでも出来たら、
かなり幸せな気がします。


(参考)モンスター・ペアレント―ムチャをねじ込む親たち(本間 正人)

2008年4月25日

説得は、話す前から...

説得は、話す前から
すでに始まっている

(ダイヤモンド・オンライン、榊博文)

人というものは、
自分から意見を変えるのは、
何の抵抗もないが、

他人から意見を変えられよう
とするのは、好きじゃない。

だから、
変えられそうな空気を感じると、
説得作業はうまくいかない。

つまり、空気を
感じさせるところから、もう
説得は始まっているというわけ。

わたしみたいな人間は、
そうなりそうな場所にさえ
行かないからね。(笑)

相手に説得のチャンスさえ、
与えない。

考えてみれば、
説得作業というのは、
それがうまくいかなかった時には、
お互いの時間が、
かなり費やされることもあります。

もちろん、
その時間がすべて
無駄とは言えません。

それでも、
説得を始めようとする前から、
空気も含めて良く準備をしておけば、
まとまる話もあるはずなのです。

うまくいかなったことで、
相手を頭の固い人間だと
非難するようなことにならないよう、
お膳立てはしたいものです。

根回しなんて言葉もあります。

お膳立てがイヤなら、
説得なんてあきらめた方がいい。

説得の苦手な私が、
悟った教訓です。


(参考)説得と影響(榊 博文)

2008年3月27日

意見が違うことと、仲がいい、…

意見が違うことと、
仲がいい、悪いことは
別のことなのです。

(ひとりが、いちばん、橋田壽賀子)

思いがけずに、
意見が同じと嬉しい。

気の合う人が見つかる、
っていうのは楽しいですからね。

けれど、
意見が同じ振りをするのは、
だんだん疲れてくる。

相手のことを好きだとしても、
いつまでも「振り」をするのは、
無理な気がする。

仲がいいということを
意見が同じとか、
ケンカをしないとかの
価値観だけで思い込んでいると、

周囲にアピールするために、
きっと、自分に対して、
そういう振りの無理強いを
させることでしょう。

がっかりすることがあるまでは、
それを続けられるんですよ。

そして、その時が来たら、
スッキリとやめることでしょう。
そこで学べるから、
それはそれでいい。

ただね、組織とかのなかで、
仲がいい振りをしなくちゃいけない
っていう場合には、つらいでしょうね。

自分の価値観で、続けられるまで
がんばっているのとは話が違って、
最初から、我慢しているわけですから。

そういう環境にいないとしたら、
あなたは、幸せな方かもしれません。


(参考)ひとりが、いちばん(橋田壽賀子)

2008年3月 3日

人をいじめるのは…

人をいじめるのは
自分がコンプレックスの塊だから。
自分に自信のある人は人に優しい。

(オーラの泉、美輪明宏)

本当に優しい人に
出会うというのは、
なかなかあることじゃない
かもしれません。

逆に言えば、人に対して、
本当に優しくするっていうのも、
なかなかできることじゃない
ような気もします、私の場合は。

なんか自分より惨めな人がいると、
ちょっとだけ上から目線で
やさしくする自分がいたりする。

けれど、その人が
惨めな状態でなくなり、
そればかりか、自分よりも
恵まれたように見える状態に
なってしまった時には、
コンプレックスを感じ始める。

もしも、
優しさというのが、
ちょっとばかりでも
自分が上だという優越感から
きているものばかりだとしたら、

自分に劣等感を感じる人は、
どんな優しさも示せないことに
なってしまう。

そうかもなぁ…
と思うところもあれば、
そうじゃなくあって欲しい、
と願いたい気持ちもある。

きっと、自信というものが、
他人と比べて生まれたものだと、
そんなふうに、もろいのだろう。

難しいかもしれないが、
他人と比べないで自信を生み出すか、
そういうところから生まれた自信を
別のところで育てるかしないと、
本当に優しくなることは出来ない気がする。


(参考)続・人生学校虎の巻(美輪明宏)

2007年12月10日

間ができることが一番怖いので、…

間ができることが一番怖いので、
どうしても次々と
しゃべりたくなってしまう。
でも、そこをできるだけこらえて、
相手の言葉を待って話す。

(雑誌「カラット」、内田恭子)

このサイトやメルマガにも、
空白の部分はけっこうあります。

それは、会話で言えば、
「間」みたいなもの…

少しの「間」もなく、
埋めつくして並べるという方法が
ふさわしい場合もある。

けれど、
適度にリラックスできる相手
というのは、
そういう「間」があることに、
何の緊張感も感じないで、
自然にふるまえる人だと思う。

そうなれば、「間」にも
見えない言葉があったりする。
そこから感じたり、
ちょうどいい雰囲気の言葉も
出てきたりする。

空白や間は、何かが
足りないということじゃない。
場合によっては、
手を抜いているように
思われることもあるかもしれないが、
焦っていないという証拠でもある。

もし落語に「間」がなかったら、
オチに気づく暇も、
笑う暇もなくなってしまう。
そんな落語は、きっとつまらない。


(参考)内田恭子のやさしいおもてなし

2007年12月 9日

狂気とはなにか。…

狂気とはなにか。
現実のみを追って夢を持たぬのも
狂気かも知れぬ。
夢におぼれて現実を見ないのも
狂気かも知れぬ。

しかし、最も憎むべきは、
ありのままの人生に折り合いをつけて、
あるべき姿のために戦わぬことだ。

(ラ・マンチャの男、ドンキホーテ)

teiwazさんからの投稿です。
「生きているうえで、
 何かとてつもない障害にぶつかった時、
 どこで折り合いをつけるかが、
 とても難しいと思う。
 自分をなだめるための折り合いが、
 逃げやごまかしにならないように
 しなければ…」

そもそも、人は、
現実のある一面しか
見ていないことが多い。

その一面に打ちのめされ、
夢をもてなくなっているとしたら、
あまりにも、もったいない。

かと言って、
一面だけを見て
すべて見た気分になり、
独りよがりの夢をもつのも、
またズレているかもしれない。

どうがんばっても、
人は勘違いすることがある。
だからと言って、
何もかもあきらめるのも
また違うような気がする。

変わらない現実も、
叶わない夢も虚しいけれど、
変わらない自分が
一番虚しいんじゃないだろうか。


(参考)ラ・マンチャの男

2007年11月17日

自分の感じていること、…

自分の感じていること、
考えていることを、
頭からそのまま素直に、
僕なりの文章にしてみよう。
とにかくそこから始めるしかあるまい。

(走ることについて語るときに僕の語ること、村上春樹)

「書き捨て」ができることを
心の中に言い聞かせれば、
頭からそのまま素直に文章とすることは、
そんなに難しいことじゃなくなる。

ブログなんかは、
そういうことを助けてくれる
すんばらしいツールだと思う。

しかし、どうしても、
そのまま文章にできないときがある。
きっと、頭と心が
お互いに葛藤している時。

心は、ただ書いたらいいじゃん、と言う。
けれど、頭は体裁を考えるから、
そんなことは書けないよということに
なっているかもしれない。

そのままずっと、
心と頭が葛藤をすれば、
何にも書けない。
何にも心から引き出すことは
出来ないことになる。

そこで、頭がさらに一歩前進をして、
そんなこととは言いながら、
書き出す方法、書き方を見つければ、
意外とすらすらと書けるようになる。

要は、書く内容よりも、書く方法が、
筆が進むのを助けてくれるというわけ。

読み手にとっては、
その書く方法で楽しみが倍増したり、
つまらなさが際だって感じることも
あることでしょう。

何度も何度も書いていれば、きっと
そんなことも分かってくるように思います。

どうしゃべっていいか分からない時に、
うまい話し方が見つかるのに似ているでしょうね。


(参考)走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)

2007年6月24日

…理解されることが、僕らは嫌なんだ。…

どうしてかっていうと、
理解されることが、
僕らは嫌なんだ。

だから、
理解しようとすること自体、
理解していない証拠。

(スカイ・クロラ、森博嗣)

呼びかけることが、
すでに否定の始まり?

理解してあげましょう、
つまり、理解していないから。

協力をお願いします、
つまり、非協力的だから。

一致しましょう、
つまり、バラバラなため。

現実を認めさせ、
いきなり、反対のことを要求して、
どれだけの人が「そうだな」と思って
ついてこれると言うんだろう。

自分から変わろう
とするならまだしも、
嫌なことならなおさら、
他人から無理強いはされたくない。

理解してあげる、
みたいな恩着せがましいのも嫌い。
誰も、理解して欲しい、
なんて頼んでいないわけだし…

事実が分かったら、次は
「このままでいいのか」
っていう自分で考える時間
じゃないかな。

それを通り過ぎないと、
「じゃあ、こうしよう」
という気にはなれない。

それも、自分から
本気でそう思わない限りね。

呼びかけよりも、
自分の中の気づきが大切。
私は、そう思って生きています。


(参考)スカイ・クロラ(森博嗣)

2007年6月15日

花を支える枝…

花を支える枝
枝を支える幹
幹を支える根
根は見えねぇんだなあ

(相田みつを)

みんなが花になりたいか、
と言えば、そういうわけでもない。

ちょっと前に、
娘と娘の友達から頼まれて、
みんなお揃いのバッグを
ネット注文してあげました。

計4人分。
4色の色違いがあったので、
どれがいいか聞いてみると、

アクアブルーが2人、
マリンブルーが1人、
もう一人はと言うと、
こう言うんです。

「出来るだけ、
 目立たないやつ」

ん?この子は…

かなりの頑張り屋さんであることは
知っているのですが、
そういう発言からしても、
いつもの行動を見ても、
最初から「自分は縁の下の力持ち」
という立場を決めているんだなぁ、
って感じさせられることが多いです。

もし、人が卑屈になることなく、
自分の天性に合う活躍場所を見つけて、
それぞれ頑張れるなら、
それがいいと思います。

花だろうと、枝だろうと、
幹だろうと、根だろうと…

その代わり、「花」が、
世間の評価のほとんどを
持っていくことだけは
忘れちゃいけない。

それを理解できずに、
嫉妬することに
時間が奪われるようじゃ、
自分の生き方には
なかなか近づけませんよ。

ところで、私は、
どこだろう?

まだ、花になることに
未練があるかなぁ…笑


(参考)にんげんだもの 逢 (相田みつを)

2007年6月13日

ひとを一度も傷つけることなく、…

ひとを一度も傷つけることなく、
誰かに一度も悲しい思いを
させることのない人生は、
この世にあるのだろうか。
わたしにはわからない。

誰からも傷つけられたことがなく、
悲しい思いを一度もしたこともない人生は…
よかったね、とは思うけれど、
幸せだったね、と言えるのかどうか、
わからない。

(カシオペアの丘で、重松清)

ZEROさんからの投稿です。
「納得させられた…」

昨日の私は、おそらく、
一人の人を傷つけたと思います。

そして、同時に、
私も傷つけられた感じ…

ケンカしたわけでもありません。
暴言や暴力があったわけでもない。

感じるところが異なるだけで、
あるいは、ちょっとした言葉から
自分との距離を感じるだけで、
傷ついてしまうことがあります。

静かに、傷つく感じです。

生きていれば、
人それぞれ十人十色、
と思っていれば、
そんな「感じ」だけで
傷つくことなどないはずですが、

人は、期待をするのを
やめられないから、
やっぱり、どこかで傷つき、
いつの間にか傷つけている。

悲しい思いをさせて、
悲しい思いにさせられることも。

どこに傷があるのよ?
私の傷の方が大きいのよ!
みたいな議論も、
意味がない。

意味があるのは、
みんなが何かに傷ついている、
ということ。

そして、それを
自分で癒そうとしたときに、
成長できるかもしれない、
ということ。

それだけだと思います。


(参考)カシオペアの丘で(重松 清)

2007年6月 1日

私たちは、この世では…

私たちは、この世では
大きいことはできません。

小さなことを
大きな愛でするだけです。

(マザー・テレサ)

自分が、他人がやることに
大きなこと、小さなことと
優劣をつけること自体が、
間違いなのかもしれません。

自分の限界ギリギリの
能力でも、時間でも、
何でも使って、
目の前にあるやるべきことに
精いっぱいの思いを注ぐ。

それが大きいか、小さいかは、
短期間では分からないことも
あるのですから。

ある雑誌に、
ご主人を戦争で亡くした
90歳になるおばあちゃんと、
その子供、孫、ひ孫ら、
総勢80名以上の家族写真が
掲載されていました。

80名にもなれば、
学校みたいなもので、
一族とは言え、
いろいろな価値観、
生活スタイル、
仲の良し悪しが
あるでしょうけど、

私はその写真を見て、
なんか偉大さを
感じちゃいました。

とは言っても、
夫の戦死を知らされた後、
一人の女性が頑張ったことを
大きい、小さいっていう評価をしても、
意味ないんでしょうけどね。

そこにあるのは、
母の愛だけです。
大きい、小さいもないのです。


(参考)マザー・テレサの真実 (五十嵐 薫)

2007年5月 2日

「何かしゃべらなきゃ」とか、…

「何かしゃべらなきゃ」とか、
「嫌われちゃいけない」とか、
そういうマイナスイメージを
持ちつつ人と接してない?

芸人じゃないんだから(笑)、
そんなこと考えなくたって全然平気。

(雑誌「with」、城咲仁さんの強力トーク)

笑いをうまくとれる人を
見ていると、自分も、
そんな話術が欲しいと
思ったりするもの。

へぇ~とうなずかせるのが
うまい人を見れば、
自分もそうなりたいと
思うこともある。

芸人さんだって、
すべってしまうことがある。

それをカバーしようと、
ネタ話をつくっても
またすべることさえ…

話術も、文章術も、
自分の個性とかがよく表れる方法を
見つけた方がいいと思います。

もちろん、そこにたどり着くまでは、
いろんな真似事もあるでしょう。

けれど、ずっと真似ばかりじゃ
やっていけるわけがない。

だいたい、疲れる。
自分を表すのに疲れる方法を
選んでいるとすれば、
すでにその段階で
自分を表していると
言えなくなるんじゃないかな。

学校や会社の面接試験は疲れます。

自分を表す目的が、
相手にいくらかでも
気に入られることだから。

もし、そんな面接試験以外の場でも、
相手に気に入られることだけが
目的になったら、きっとつまらない。

つまらないとは思いつつ、
うなずいてもらえない、
笑ってもらえない、
気に入ってもらえないのも寂しいから、
やっぱり無理をしちゃう。

きっと、自分らしさと
自分への無理をくり返しながら、
私たちは自信をつけていくんだと思う。


(参考)すべての女が幸せになれる!(城咲仁)

2007年4月 2日

優しい言葉が、常に優しいとは限らない。

優しい言葉が、
常に優しいとは限らない。

(ゲーム「.hack//G.U.」)

優しい言葉をかけられると、
思わず、ほろっとしてしまう時が
あります。

なんか、追いつめられて、
にっちもさっちもいかなくなって、
どうしようか…、
誰か助けてくれないかなぁ、
と思っている時なんか、
優しい言葉に飢えています。

優しい言葉には、
癒しパワーがありますからね。

けれど、
その思いがあまりにも心地よくて、
甘えたくなることもあります。

だからと言って、
厳しい言葉が
後々に優しいとも限らない。

おまえのためだ、
あなたのためだ、
と言って、
厳しい言葉を選ぶ人がいる。
私も、その部類だったりして…

けれど、ためになるかどうかは、
受けとる人間の器にもよるから、
必ずしもそうとは言えないはず。

優しい言葉だって、
相手のために選んだ場合と、

自分が嫌われないためとか、
自分がイヤな思いをしないために
選ぶ場合だってあるでしょうから。

言葉は言葉にすぎない。
と思えば、優しいも厳しいもなく、
誰も傷つくこともないでしょうけど、
それじゃあ、味気ない。

優しさのために、
優しい言葉もあれば、
厳しい言葉もあるって
認めなくちゃいけないですね。


(参考)ゲーム「.hack//G.U.」

2007年2月18日

今の世の中何でも複雑にしたがるヤツで…

今の世の中何でも
複雑にしたがるヤツで
いっぱいじゃない?

でないと
自分達の悪事も無能も
バレちゃうんだもん。

(臨床心理士聖徳太一、香川まさひと・松村陽子)

人は、自分に
不足しているものを
知られないよう、
多く持っている振りをする。
そう見えるようにがんばるのだ。

知識がなければ、
多く知っている振りを
することになる。

自分の行動に、
本当は正義感がなければ、
そう思われるために、
自分の正しさをしつこく
説明したくなる人もいる。

犯人は再び犯行現場に戻る、
という行動パターンがあります。

先日、テレビで
報道されていた事件でも、
犯人が犯行現場に戻っている場面が
ちょうど撮られていました。

そればかりか、
現場にいる警察官が
ダメだと言っているのに
少しでいいから拝まされてくれ
と頼み込んだり、
自分の家でも不審なことが
起きているなどと言って、
自宅に警察官を連れて行く始末。

自分の犯行にミスがなかったか、
自分が怪しまれている気配がないか、
そんなことを知りたくなるのでしょう。

そして、少しでも、
そういう疑いがありそうなら、
自分にないもの、それこそ
「無実」を証明しようと、
過剰な反応を示したりもする。

場合によっては、
かえって怪しまれる行動も…

私たちは犯人でないのだから、
それに似た心理で
行動しないほうがいいですね。


(参考)臨床心理士聖徳太一(香川まさひと・松村陽子)

2006年11月29日

幸せだから感謝するのではなく、…

幸せだから
感謝するのではなく、
感謝するから
心に幸せが生まれる。

(引用元不明)

明日は、私にとって
1年に1回の健康診断です。

毎年、それほど大きな問題はなく、
検査結果をもらうのですが、
何かとちょっとした指摘をされます。

たいしたことないじゃん、
と思いつつも、やはり、
言われれば気にしちゃうわけで、

今年は、何も指摘されないように、
と気合を入れて、1週間前から
食事の量に気を遣い、
出来るだけ運動をしています。

たった1週間だけの努力だから、
がんばれます。これが、
1ヶ月とか、2ヶ月だと、
きっと続かない。

1週間だから、大丈夫なのだ。

半分飢えた気分になっているから、
夕食の時間がとても楽しみです。
その気持ちが口数に比例しているのか、
妻には、夕食時間が近くなると、
「うるさいよぉ」と言われる今日この頃。

その日々も、今日で終わりです。

心なしか、それとも、気のせいか、
ちょっと健康的になった気分です。

自分が健康だと、
心も良いことに敏感になります。

食べられることへの感謝ばかりでなく、
仕事できることとか、
家族や仕事の仲間がいることとか、
ちょっとした気づきとかに、
感謝したい気持ちになります。

健康でないと、
感謝って出来ないのかもしれません。

とすると、
感謝するのが下手な人は、
健康じゃないということ?

なるほど、そういう目で見れば、
いる、いる、そういう人。

ちょっと前の自分も、
そうだったわけだし…

健康でいて、
感謝できる心をもって、
その心で幸せを感じよう。


(参考)宇宙を貫く幸せの法則(小林正観)

2006年9月25日

説明はするな。味方であれば…

説明はするな。
味方であればあなたを理解し、
敵であればあなたを信用しない。

(エルバード・ハッバード)

これは、
説明をする前に
することがあるだろ?、
という意味だと思います。

本当の味方であれば、
説明したり、弁明したりする
必要すら感じないはずだから…

自分を敵だと思っている人間には、
どんだけ説明しても、だいたい空回り。
説明する時間があったら、
味方にするための共通点でも
探すことに時間を割いた方がいい。

そんなことはイヤだ、
味方なんかになってもらわなくてもいい、
というのなら、あきらめることだ。

あきらめていいことならいいけれど、
相手がキーパーソンであるなら、
そうはいかないはず。

「あなたは、
 冷たいイメージのある人だから、
 ていねいに説明する気持ちがないと、
 相手に伝わらないからね。」

なんて常日頃、言われている人、
いるかもしれません。

だからと言って、
長々と説明をしだしたら、
もっとマイナスだと思うんです。

印象悪いと感じている相手から、
多くの時間を束縛されたり、
奪われたりするのって、
ふつうだったらイヤでしょう…?

こちらが相手に対して、
嫌悪感情を持っているなら、まず、
それを取り除かなければいけない。
そういうのを持っていて、
相手からは理解されようなんて、
まず無理なんです。

一方、そういう感情がないなら、
自分の違う一面を見せる努力を
すること。芝居じゃなくてね…
すぐには、相手の見方が
変わらないことも予想されます。

最後は、思いの強さ次第でしょう。
あきらめたら、それまでのこと。


(参考)心にナイフをしのばせて (奥野修司)

2006年9月 6日

準備したことを…

準備したことを
全部伝える時間があった
ためしはない。

(アロン・L・ウェスト)

好きな人に告白するにしろ、
上司に報告するにしろ、
生徒に教えるにしろ、

準備したことを、
すべて伝えられるとは限らない。

だいたい、
多くを伝えたから、
多くを覚えてもらえるわけじゃない。

何かを伝える経験が長ければ、
普通は、そういう真実が
分かっていなくちゃいけない。

本当に覚えて欲しければ欲しいほど、
多くを伝えようとして、
多くを準備してはいけない。

伝えている間に、
別の疑問が出てきたり、
邪魔が入ったりするもんだから。

その邪魔っていうのもいろいろで、
相手の理解力である時もあれば、
十分でない時間であったり、
自分のやる気だったりもする。

そもそも、
伝える=伝わる、
っていう公式は成り立たないのだ。


(参考)カリスマ(石井裕之)

2006年7月30日

絶対に誰かと肩がぶつかる。…

絶対に誰かと肩がぶつかる。
生きるってそういうことだと思う。

(藤原基央[BUMP OF CHICKEN])

璃依さんからの投稿です。

映画「ピンポン」に
こんなセリフがあります。

「おい、どこ見て、歩いてんだ?」

「どこ見て歩きゃあ、
 褒めてくれんだよぉ!」

なんか、痛快です。

あなたはぶつかった時に、
文句を言う側ですか?
それとも、
「すみません」と言う側ですか?

道でも、人生でも、
ぶつかって当たり前なんですよ。

ぶつかって歩けば、
文句を言われるけれど、
じゃあ、ぶつからないように歩けば、
褒められるわけでもない。

ぶつかって歩いて、
相手を転ばせるように
教育するところもあれば、

ぶつからないように歩いて、
人の顔色をうかがうことを
教育するところもある。

そのどちらで生きていても、
窮屈なシーンが出てくる。

その窮屈さがあるのも、
当たり前と言えば当たり前。
ぶつかるのが当たり前なのと、
同じこと。

ぶつかるくらいじゃ、
普通は死なないはずだから、
おそれずに、
ぶつかっていたいものです。


(参考)supernova / カルマ(BUMP OF CHICKEN)

2006年5月29日

言葉もまた行いなのです。…

言葉もまた行いなのです。
そして、行いは、
一つの言葉なのです。

(英語)
Words are also actions,
and actions are a kind of words.

(ラルフ・ウォルド・エマソン)

私たちが何かを考えている時、
思い悩んでいる時には、
アタマの中を言葉が巡っている。

アタマの中を、
言葉がただ巡っている時に、
周囲には、
何もしていないように見える。

その言葉が口に
出てくるかどうかに関わらず、
言葉は仕事をする。

問題は、それが
価値のあるものかどうか。

言葉が口から出た時には、
非常に微妙な存在になる。

直せるところと、
直せないところがあるからだ。

言葉の選び方に
間違いがあった時には、
それを言い直すことはできる。

しかし、その言い間違いで、
誰かを傷つけていたとしたら、
その傷を最初からなかったものには
出来っこない。

言葉は、口から出た瞬間に、
その自分の仕事をしてしまうから。
役にも立つこともあれば、
やっかいな存在になることもある。

言葉もまた「行い」。
忘れちゃいけませんね。


(参考)精神について(ラルフ・ウォルドー・エマソン)

2006年4月 6日

価値観が単純すぎてたまに怖くなる。

価値観が単純すぎて
たまに怖くなる。

(ASAHI WEEKLY)

この言葉は、
アメリカ映画に対して
言われたことだけれど、

神でもない人間が善と悪に
くっきりと分けられている様子は、
たしかに妙に見える時もある。

こっちは白、
あっちは黒みたいな…

もちろん、
自分がもっている価値観は、
単純でかまわないと思う。

しかし、自分以外の人も
単純な価値観をもっていること、
それが人それぞれ違うから、
世の中は複雑な面もあること、
それを分かっていなくちゃいけない。

分かっていないと、きっと
分かってもらうことも出来ない。

「分かってもらいたい」
という単純な自分の価値観ばかりに
しがみついていると、
自分が不幸になってしまうのは、
そこに原因があるのでしょう。

単純な価値観と
単純に生きるのは違うんですね。

私も、意外と単純な価値観なので、
気をつけなくちゃいけないなぁ。


(参考)複雑な世界、単純な法則(マーク・ブキャナン)

2005年11月26日

船を造りたかったら、…

船を造りたかったら、
人に木を集めてくるように
促したり、作業や任務を
割り振ることをせず、
はてしなく続く広大な海を
慕うことを教えよ。

(英語)
If you want to build a ship,
don’t drum up the people to collect wood
and don’t assign them tasks and work,
but rather teach them to long
for the endless immensity of the sea.

(サン・テグジュペリ)

内からの憧れは、
外からの圧力に勝る。
しかし、その憧れも、
内からの恐怖には負ける。

「やっぱり、出来ないんじゃないか」
「やっぱり、無理なんじゃないか」
「失敗するかも…」
そういう内から湧きあがる恐怖とか、
心配に勝てる思いじゃなきゃいけない。

私もそうですが、
たとえ同じことでも、
人から命令されたことよりは、
自分から思いついたことの方が
とっかかりのスピードが速くなる。
その上、やりがいも感じられる。

仕事を分担する才能よりも、
やりがいを分かち合える才能の方が
多くの人を動かせる。

う~ん、私には、
まだない気がします。

想像する力、
相手の願望を見抜く力、
それに共感させて伝える力、
こういうものが必要なんでしょう。

自分が本当に果たしたいこと、
なおかつ、協力が不可欠なことには、
ぜひ、そういう力が欲しいですね。

どうしたら、身につくんでしょう…

【参考】
夜間飛行(サン=テグジュペリ)

2005年8月17日

理解していないことより、理解したつもりに…

理解していないことより、
理解したつもりに
なっていることのほうが
はるかに危険である場合が多い。

(雑誌「プレジデント」)

あれ、誰もついてきていない!?

人の心をつかむというのは、
なかなか難しい時がある。
つかめていたつもりの人が、
つかめなくなる時もあるから。

今、選挙(2005-09-11)をひかえて、
反対の旗を大きく掲げて
突進していくつもりだった人々は、
ちょっと後ろをふり返った時に、
それに近い感情を抱いているのでは…

「つもり」だったが、
そうではなかったのだ。

一方、別の「つもり」が当たった側も、
この先をずっと保証されている
わけでもない。

それを肝に銘じていないと、
自分の「つもり」に、
自分がだまされて傷つく。

では、私たちが、
自分にだまされるのはなぜか?

それは、事実を知ろうとするよりも、
自分の願いや思いに合わせて
事実をゆがめることがあるからだ。

だから、自分の
願いや思いがない事柄の方が、
事実をちゃんと見る気持ちになれる。

たしかに、時には、
その「つもり」が正しいか否かを
確かめるために、「つもり」で
進んでみるのも大切だ。

しかし、その「つもり」が
正しくなかった時には、
意地などを張らずに、
潔く、やり直す気持ちを持ちたい。
そうありたいものです。

意地を張るのは、
エライ人たちに任せておきましょう。

【参考】
魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を…(米原万里)

2005年7月18日

…負けるよりもいっそう悪い時がある。

戦いに勝つことが、
負けるよりも
いっそう悪い時がある。

(英語)
Sometimes it’s worse
to win a fight than to lose.

(ビリー・ホリディ)

何でも勝てばいい、
っていうもんじゃない。

なんて言ったら、
負け犬の遠吠えみたいですが、
経験として分かるのは、

1回の勝ちが、
その後の10回の負けを
呼び起こすことがある。

そして、反対に、
1回の負けが、
その後の10回の勝ちを
呼び起こすこともある。

何のことを言っているか、
分かりますよね?

慢心というものは、
質が悪いものです。

10回の負けにつながるような
1回の勝利による慢心よりだったら、
「何、くそ~!」っていう負けの方が、
絶対にお得です。

ただ、あきらめて、負けるために、
気合いの入らないような勝負だったら、
慢心と同じで、意味はないのですが…

勝負に勝っても、
自分の慢心に負けるくらいなら、
その先が知れています。

【参考】
ブルー・オーシャン戦略/競争のない世界を創造する(W・チャン・キム)

2005年7月10日

…その答えは、後ろの方にあるわけじゃあない。

人生が本だとすれば、
その答えは、後ろの方に
あるわけじゃあない。

(英語)
In the book of life,
the answers aren’t
in the back.

(チャールズ・シュルツ)

以前、うちの娘が、
算数のドリルとかで、
後ろの答えをほぼ写しながら、
勉強(?)していたことがあります。

答えがあるというのは、
楽なものです。安心です。
今は分からずとも、
それを目指していけば
いいのですから。

小学校の算数ドリルでは、
だいたい答えは1つだけです。
そして、その求め方の例とかは
載っていなかったりするので、

子供たちは、おそらく、
その答えさえ見つければ、
途中の求め方が分からなくても、
点数がとれる、先生にほめられる、
なんていう偏った感覚が
身についてしまうこともあるでしょう。

そして、いざ、大人になった時に、
「答えを教えてください」と
くるんです。

「答えはないよ。というか、
 いろいろな答えがあるんだよ。」
とアドバイスされても、
混乱するばかりです。

マニュアル人間と呼ばれる人々は、
そういう感覚で育ってきたことでしょう。
私が考えるに、それは年代の問題では
ないと思います。

よく「若い世代はマニュアル人間」と
批判されたりもしますが、
すでに疲弊した大きな組織において、
金や権力(コネ)に縛られている古い世代も、
見えないマニュアルに支配されている
「マニュアル人間」じゃないかなぁ、
と思うのです。

だって、そうしていれば、
今までなら、答えに
たどりつけたわけですから。

それが叶わない時代になった。
必ずしも、後ろの方に答えはない。

自分なりの答えを見つけて、
それが受け入れられる、
なおかつ、自分が納得できるように
生きていかないとダメですからね。

【参考】
人生の答えはいつも私の中にある(アラン・コーエン)

2005年6月13日

大事なことは、りくつのやりとりではない。…

大事なことは、
りくつのやりとりではない。
心が通じ合うことである。

(松下幸之助、大切なこと)

心の通じ合いが、
なかなか出来ていない
とたびたび思う私自身が、
こんな言葉を紹介するのは、
「なんて傲慢な…」
という気がするけれど。

相手が理屈で押してこようと
いう時に、こちらも、
理屈で押そうとしたらダメだ、
というくらいのことは、
経験で分かっている。

人間には、
自分には出来ない理想像を、
他人に当てはめようという傾向がある。
そして、同時に、その理想が、
自分をも縛ることになる。

たとえば、
感情的に物事を進めてはいけない、
という理想像も、その一つ。

だから、
その「感情的な姿」を隠すために、
人が使う方法は「理屈」である。

その「理屈」に真実はない。
したがって、その理屈を真に受けて、
対抗する理屈を必死に探したり、
懸命に言葉を多くしても、
効果があるわけではない。

相手が大切にしているのは、
「理屈」でなく、
「自分の感情」なのだから。

だからといって、
「あなたは、本当のところ、
 それをするのが怖いから、
 そんな理屈を言ってるんでしょ。」
なんて、自分では的を射たと思う言葉を
口に出しても、効果はない。

かえって、理屈で
自己防衛されるだけである。
私だって、そんなふうになる自分を
知っているから、よく分かる。

その相手でなくてもいいなら、
関係を断ち切れば、
それで済むような気もするが、
本当に、それでいいかは、
よくよく考える必要はあります。
一時的な感情で判断することは
ありませんように。

もし、物事を進めたいのなら、
「じゃあ、こういうことであれば、
 やっていただけるんですね。」
という感じに、一つ一つ気持ちを
確認していくしかない。

理屈でない、相手の本質に、
通ずることが最優先。

理屈は、その後で、
自分のためでなく、
相手のために取って付ければいい。

【参考】
人を動かす(デール・カーネギー)

2005年4月30日

…いきなりけしからん奴だと怒ってもはじまらない。…

反対者には反対者の論理がある。

それを聞かないうちに、
いきなりけしからん奴だ
と怒ってもはじまらない。

問題の本質的な解決には
結びつかない。

(渋沢栄一[人間の礎]、堂門冬二)

この言葉を読んで、
一人二人と思い浮かぶ
オヤジ顔はありませんか?

私は、身近な人から、
そんなふうに思い出される顔で
ないように、祈るばかりです。

大きな声で叫べばいい、
怖い顔をすればいい、
にらみつければいい、

反対するためだったら、
何だってする、
そんな人間にはなりたくないですね。

どんな人生を歩んできたもんだか…

とりあえず、だまって見守る。
そんな選択もできると思うんです。

なんでも反対、
それはやめましょう。

【参考】
渋沢栄一[人間の礎](堂門冬二)

2005年4月 3日

INVENTOR(木村カエラ)

INVENTOR(木村カエラ)の歌詞

造り出す~の部分

何でも、誰が持つかによって、
美しいものになることもあれば、
さみしいものになることもある。

それは、モノに限らず、
信じるものでさえもそう。

たとえば、
神さまを信じることだって、
あの人と、この人じゃあ、
違う信じ方をしている。
そして、行動も変わってくる。

信じない人がそれを見て、
神さまは、そんなにも違うもんか、
と結論づけることもある
かもしれない。

でも、それは神さまが、
いろいろいるとか、
違うとかじゃあなくて、
それぞれの人の中で
描いている神さまが違うだけ。

だから、争いが起きたり、
理解に苦しむ行動も出たりする。

いや、理解に苦しむ行動が
すべて、おかしいとも限らない。

理解できない方が、
おかしい場合だってある。

言えるのは、何事も、
人の手に渡れば、
いろんなものに変わるということ。

そして、それが
良くなることもあれば、
そうでないこともある。

だから、見る目がない人は、
だまされることもあるんだよなぁ。

【参考】
リルラ リルハ(木村カエラ)

2005年3月31日

さくら(nobodyknows+)

さくら(nobodyknows+)の歌詞

君の気持ち~の部分

昨日、昼食をとったお店にて、
トイレに行ったところ、
目の前に、こんな紙が
貼ってありました。

「当店のトイレを
 きれいに使っていただき、
 まことにありがとうございます。」

そのお店で出してくれる食事、
店員のサービスともに、
なかなかいいなぁと思っていたので、

この貼り紙は、私にとって、
さらなる感動ものでした。

なぜなら、私の記憶で言えば、
今まで、そんな貼り紙と言えば、
以下のような感じがふつう。

「次の方のために、
 きれいにお使いください。」

「他の方のご迷惑となりますので、
 ご利用後は、水を流してください。」

「トイレだけのご利用は、
 ご遠慮ください。」

だいたいが
「~ください」という指示口調。
「~しろ」という命令口調でないだけ、
ちょっとは丁寧かもしれませんが…

人に見られていないような空間で、
何やかやと指示されたり、
命令されたりするのは、
誰も好きではないだろう。

だいたいが無視される?のが現実。
だから、なおさら腹が立って、
監視したり、指示してみたくなるのが
人間の心理でもある。

そこを知っている、そのお店の方は、
「ありがとうございます」という
期待を伝える方法を選んだのだと思う。

食事やサービスの質にも
がんばっているお店だったから、
確率的にいえば、おそらく、
「~ください」の貼り紙のお店よりも、
トイレがきれいなはず。

言葉の選び方だけの問題ではない。
分かろうという姿勢の問題。
それは確実だ。

そんなことを考えながら、
食べ終えました。うまかったぁ~。

【参考】
さくら(ケツメイシ)

2005年3月 8日

リーダーとボスの違い。…

リーダーとボスの違い。

リーダーの仕事は、
開かれているが、
ボスの仕事は、
隠されている。

リーダーは導くが、
ボスは強いる。

(英語)
People ask the difference
between a leader and a boss....

The leader works in the open,
and the boss in covert.

The leader leads,
and the boss drives.

(セオドア・ルーズベルト)

今年は、ものすごい大雪。
豪雪地帯の行政では、
一人暮らしの高齢者を対象に、
雪寄せのサービスをしている、
というようなニュースが報道された。

マジメに雪寄せをしている
役場職員の方々の働きぶりは、
本当に「開かれて」いて、
感心する。

一方、その方々の上司の仕事は、
と言えば、自分の席にすわって、
遠くを見ているような姿に
出会うこともある。

何をしているか分からない、
という「不透明さ」は、
否みきれない。

他人のことばかり
言っていないで、
私自身のことも省みれば、
不透明なところもあるかなぁ、
という気持ちになってきた。

そして、極めつけは、
やっぱり「強いる」ところ。
子育ての場面でも、ありそう。
反省だなぁ…

ところで、あなたの周りには、
リーダーがいる?
それとも、ボス?

【参考】
ボスと上司 (梅森浩一)

2005年2月24日

時の行方~序・春の空~(森山直太朗)

時の行方~序・春の空~(森山直太朗)の歌詞

春の空~の部分

自分の小ささを、
人に言われてじゃなくて、
自分で自然に気づく。

そんなことが、
何度か積み重なれば、
心に、ゆとりができるかなぁ。

「そんなこと、たいしたことないよ。」
「小さいことに、くよくよするなよ。」
「もっと大きな人間になれよ。」

なんて言葉を、人から言われると、

「おまえみたいなやつに、
 そんなこと言われたくないね。」

とか思うほうが先で、ちっとも、
心なんか大きくならない。

でも、自然を見て気づくことは、
ストレスとかプレッシャーなしで、
そこを悟れるから、けっこう
すんなり分ったりするもの。

どんな時に、
人間が小さくなるんだろう。
最近の自分を見ていて思うのは、
「自分だけがソンをするかも…」
と考え始めると、
そうなりやすいなぁ、
っていうこと。

自分だけがどうして…
そう思い始めると、
人はどんどん小さくなる。

どんどん、どんどん、
小さくなる、本当に。

そんな時、ちょっとでも、
自然の大きさにふれれば、
「自分だけ」以外が見えてくる。

そんな時間が、
自然に訪れたら、
一番いいけれどね。

自分で目を向けることも、
忘れちゃいけない。

【参考】
時の行方~序・春の空~(森山直太朗)

2004年12月22日

私は、理由を聞かないよ。…

私は、理由を聞かないよ。
理由っていうのは、いつも、
他の誰かが言っていることに
過ぎないから。

(英語)
I’ll not listen to reason....
Reason always means what
someone else has got to say.

(エリザベス・ガスケル)

理由を聞いて、
満足を得られる答え
っていうのは、めったにない。

おそらく、
理由っていうのは、
聞かされる側でなく、
言う側のためのもの…

それを言う側が、
言うことによって、
その理由を越えて、
次のチャンスに
向き合えるようになったらいい。

そのためだったら、
理由を聞くことは意味がある。

そうでないなら、
どんな理由を聞かされようとも、
聞かされる側には、実質的には、
意味がないって思うんだろうなぁ。

コミュニケーションを円滑にするため、
とは言え、何度も何度も、
理由、あるいは言い訳を
聞かされるのは、誰でも疲れる。

そういうことが分かるなら、
自分が「理由」を言いたくなった時には、
考えるべきだね。
それを言う前に、もう少し前進して、
今の状況を良く出来ないかって。

理由を考える時間があるなら、
次に出来ることを考えた方がいいんだよ。
だって、たった1つの「思いつき」で、
幾十の理由が解決することだって
あるわけだから。絶対に…

【参考】
しあわせの理由(グレッグ・イーガン)

2004年11月 9日

まったく、君たち二人は、マイナス思考だなぁ。…

まったく、君たち二人は、
マイナス思考だなぁ。

でも、マイナスとマイナスを掛ければ、
プラスになるんだったね。

(ドラマ「ラストクリスマス」)

見てます。
今(2004-4th)の「月9」ドラマ。

いつも、寒いダジャレを言う、
坊ちゃん社長のセリフなんですが、
今回は、キラリと光るものを
感じました。

そうなんですよね。

数学を勉強した時も、
ちょっと不思議に思ったのですが、
マイナスとマイナスの掛け算は、
プラスなんですよね。

なんで?
なんて、理由は聞かない方がいい。
私も、分かるように説明は出来ない。

ただ、今回のこのセリフから考えるに、
他の人から見れば、
マイナスだと思われている
「こだわり」とか「クセ」とかも、

何か、お互いに補い合う、
あるいは引き立てあうものであれば、
すっごいプラスになったりすることも
あるんですよね。多分…

思い出した例ですが、
「戦争と平和」を書いたトルストイ。
彼は、合理的と信ずる道を果てまで
歩かねば気が済まなかった人だ
と言います。

おそらく、周囲の人には、
そのこだわりがマイナスに
見えたこともあったでしょう。

それに対して、
彼が結婚したソフィアという女性は、
深刻な家庭内不和をもたらすほどの
情緒的な問題があったようです。

そのような状況から生まれたのが、
トルストイの数々の名作。
残念ながら、
マイナス×マイナス=プラスの恩恵は、
彼には少なかったかもしれませんが…

私たちは、
マイナスが多いとは言っても、
それを掛け算にして、
最善を尽くしたいものですね。

【参考】
物は言いよう(斎藤美奈子)

2004年10月28日

広大無辺の大宇宙よりも更に心は大きい。

広大無辺の大宇宙よりも
更に心は大きい。

(中村天風)

本当は、そうかもねぇと思います。
だって、見えないんですから…

見えない分、
何でも何でも入れられる。
知識も、考えも、
喜びも、苦しみも。

その大きさを邪魔しているのは、
ここにいる自分だけ。

中村天風は、
こんなことも言っています。

「酸いも甘いも噛みわけているはずの
 年配者の方が悟りが遅い。
 余計なこだわりが多くあるためである。」

これが、心という宇宙を
狭めている原因でしょうね。

余計なこだわりが、
入るものを限定しすぎている。

いや、たしかに、悪いものを
入れる必要はないけど、
人間は、妙なこだわりで、
いいものさえも受け付けていない
時があるでしょう、多分。

心の引き出し、という表現がある。
その引き出しがいくら無数にあっても、
それらがスルっと開け閉め
出来なければ、使いものにならない。

広いはずの心が、
狭いように見えるのは、
そういうことなんでしょうね。

過去をスルっと閉め、
未来をスルっと開けられる、
そんな心でありたいものです。

【参考】
心が強くなる言葉(中村天風)

2004年9月11日

この世に生き残る者は、最も力の強い者か。…

この世に生き残る者は、
最も力の強い者か。
そうではない。

最も頭のいい者か、
そうでもない。

環境の変化に対応して
自分自身を変化させ
続けた者だけが
生き残れる。

(チャールズ・ダーウィン)

今、この瞬間だけを、
強く、賢く生きることだけを
目標にしていたら、
次がないということなんだね。

なるほど…

目の前には、
強さや、賢さについて言えば、
いろんな見栄があるもんね。

それを煽るように、
注目されたり、
批判されたりもするし。

強さや賢さ以外のモノサシで、
世の中から見られるようになったら、
ちょっとは変わるかもしれないけど、
すぐに、そんな期待も出来ないし…

こうなったら、自分の中で、
ちゃんとしたモノサシをもって
生きていくしかない。

変化させ続ける者、
ただあきらめて、
次々と変わるという意味ではなく。

【参考】
キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法(上大岡トメ)

2004年6月 1日

議論好きの人間よりも、かわすのがうまい人間を、…

議論好きの人間よりも、
かわすのがうまい人間を、
恐れなさい。

(英語)
Fear not those who argue
but those who dodge.

(マリー・エシェンバッハ)

恐れる人を間違うと、
頑張る方向も誤る。

その恐れている人に対抗できるよう、
一生懸命、備えるわけだが、
いくら備えても無駄な場合もある。
根本原因をつかんでいないと…

世の中の裏側を見るような考え方に
なるかもしれないが、
うまくかわしている人がいるために、
自分にふりかかる災難という
ものもありえるだろうし…。

その人の存在を恐れた方がいい。
憎むのではなく、
どのような目的を隠しもっているか、
というような観点で…

「世渡り上手」「口がうまい」
「処世術、人の扱いがうまい」とか、
皮肉をこめたホメ言葉はよく聞くが、

そんな皮肉を言う前に、
「頑張る」とか、「マジメ」とか、
「一生懸命」には、
いろんなタイプがあることを
知ったほうがいいと思う。

それは、妥協とか、罪悪とか
のレベルではない話だ。

すごく張り切る友人がいて、
何か思いつくたびに、
その試みで知人達を誘おうとする。

一人の友人は、アタマごなしに反対するが、

もう一人の友人は、
「それはいいね。頑張ってみたらいい。
 ただ、私は、今とても重要な~があって…」
とうまくかわしている。

職場でも、友人でも、
そんなタイプを見つけたら、
その人が隠しもっている目的を
見つけてみたらいい。

けっこうなものを持っている可能性が高い。
そう思っている。

最後に余談だけど、
dodge(ドッジ)って、
かわすという意味だったんだね。

子供の頃にやったドッジ・ボールって、
ぶつけるの意味だと思っていた。
あれは「かわすゲーム」か…

ゲームでは、ぶつけるよりも、
かわす方が重要ということか。

麻雀やギャンブルにも言えそう…
多分、それが分かっている人は、
強いんだろうな。

【参考】
なぜ、「頑張っている人」ほど、うまくいかないのか?(ジョン・キャパス)

2004年5月31日

頑固な人間が、意見を手放さないわけじゃない。…

頑固な人間が、
意見を手放さないわけじゃない。

その意見の方が、
頑固な人間を手放さないのだ。

(英語)
An obstinate man does not hold opitions
- they hold them.

(サミュエル・バトラー)


最初はそう思った。

しかし、何度も読んでみると、
何かそうかもな、ということが見えてくる。

心が岩になってしまったら、
もう何も入り込む隙間もなくなる。

意見や考えは、ある種、
麻薬のよう…

囚われてしまえば、なかなか
抜け出すことが難しい領域もある。

普通でない出来事やきっかけがないと、
変わりえないところまで
行ってしまう場合もあるのだ。

「目からウロコ」と言うけれど、
ウロコで覆われす