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2008年12月29日

人はいなくなるのではなく、...

人はいなくなるのではなく、
また会う時の楽しみのために、
ひととき離れ離れに
なるだけのことです。

(NHK大河ドラマ「篤姫」)

好きで好きで
たまらない恋愛中には、

明日会えるのに、
今日別れるのが切なくて、
いつまでもいつまでも
いっしょに居たいと
思ったものでした。

けれど、
会いたい気持ちばかりで、
いつも顔を合わせているだけでは、
二人の関係は、だんだんと
ダメになっていくように思います。

それこそ、
また会う時の楽しみが
なくなる感じ...

それもそのはず。
二人で見つめあうばかりの時間を
送っている二人には、
二人の関係以外から生まれる
進歩も変化もないからでしょう。

別れるのは、離れるのは、
会っていない時間に、
お互いに何かを得てくるため。
そう思います。

どんなものを得てくるかは、
人それぞれ、分からない。

人生なんていうものは、
何が起こるか分からないし、

好き同士であった二人が、
離れている間に、
気持ちが変わることも
何かを得たためでしょうから、
二人の進化として喜びあった方がいい、
っていう場合もあることでしょう。

会えない「ひととき」が、
楽しみになるかどうかは、
自分の心次第なんですね。

(参考)篤姫 完結編 (宮尾 登美子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月 5日

小さなことを 恐れなさい...

小さなことを 恐れなさい
大きなことは どうにもならない

小さなことを 恐れなさい
大きなことは どうにかなるの

小さなことを 恐れなさい
小さなうちに 恐れなさい

(クライマーズ・ハイ、横山秀夫)

大きなことは、
どうにもならないけれど、
どうにかなる。

それは、自分とは無関係に、
結果が決まっていくことが
多いだろう。

しかし、小さなことは、
どうにかできるから、
どうにかできるうちに、
ちゃんと大切にした方がいい。

自分の力加減で、
結果も変わってくるだろう。

そういうことから考えると、
わたしたちの周りには、
小さなラッキーがたくさんある。

自分でどうにか出来る、
そのラッキーを大切にすれば、
手に入る何かがあるだろう。
それが積み重なっていく...

一方、
大きなラッキーは、
めったに訪れないか、
限られた人にしか、
訪れないかもしれない。

もし目の前に来たら、
それを大切にすればいい。

そうでないうちは、
小さいラッキーを
大切にしていく。

小さいからこそ、
そうしていく。
忘れちゃいけないですね。

(参考)クライマーズ・ハイ(横山秀夫)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月28日

無力感によってせきとめられた...

無力感によって
せきとめられたエネルギーは、
だれかを非難することに向かう。

(考えることで楽になろう、藤野美奈子)

夢を抱いた。
理想を持てた。
目標が見えてきた。

そのためにがんばる。
一生懸命に、そこに向かっていく。

もしかしたら、
そのがんばりというのは、
ただ「想う」だけかもしれないが、
本人が、がんばったと思っていれば、
それなりの見返りを期待したくなる。

ところが、
その見返りがないとなると、

恋愛に限らず、成功、報酬など
手に入れられないものがあって、
なおかつ、一方には、
自分が手に入れられなかったものを
手に入れているように見える人がいると、

自分の手に入りそうなイメージを
描いていただけに、嫉妬心が湧いてくる。

そして、誰かを非難したくなる。
「なぜ、わたしだけ?」
「何か、おかしいんじゃないの?」
「あの人、ずるいわよ。」

嫉妬心っていうのは、
そういう非難したい思いから始まって、
放っておくと、
すごいエネルギーになるから、怖い。

嫉妬エネルギーは、
自分でも止められないほどの
ものになるくらい、狂うこともある。

新たに努力する方法を見つけるか、
新たな夢や目標を見つけるか、
早く、そうした方がいい。

せっかくあるエネルギーを、
無駄遣いしないためにも...

(参考)考えることで楽になろう(藤野美奈子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月 1日

人は命ある限り、いくつからでも、...

人は命ある限り、
いくつからでも、いつからでも、
自分を変えることができる。

(エド・はるみ)

夢についての言葉は、
いろいろあって、
言いたいことは、結局のところ、
「あきらめるな!」
の一言でしかないんでしょうけど、

前に似たようなことを
言われたなぁと思いつつも、
なんか、心に染みてきます。

なぜなんでしょうね?

人は、あきらめやすい性質なのかな。

今さっき、
すっごい嬉しいことがあっても、
次の瞬間に失望を味わえば、
この先ずっとダメな気がしてしまう。

ちょっと、さっきのいいことを
思い出してよ、自分さん。

と呼びかけてくれる自分もいない。

ふとしたきっかけで、
それを思い出せれば初めて、
そっか、あきらめなくてもいいんだな、
と思いなおせる。

水が高いところから低いところに
流れるのが普通なように、

夢を抱いている人間の心でさえ、
すぐに、低いところに流されていく。

だから、あきらめない人を見て、
自分と同じように苦しんでる人を見て、
自分をふるい立たせる瞬間が、
とても大切なんです。

40歳になってから芸人への道を歩み、
24時間テレビのマラソンランナーとして
113kmを走ったエド・はるみさんは、
見事に、その大役を
果たしてくれたと思います。

昨日は、うちの娘らも、卓球の大会で、
3-10からの逆転劇を演じてくれて、
そういうことを思い出させてくれました。

みんな、がんばってるんですね。

(参考)成人式は二度終えております(エド・はるみ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年6月23日

お金が欲しいのではなく、...

お金が欲しいのではなく、
お金が増えていくのを
見ているのが楽しいのだ。

(ウォーレン・バフェット)

これは、どういう視点で
生きていくかっていうことだと思う。

強いのが好きなのではなく、
強くなっていくのが好きだ。

となれば、
強い人にただ迎合して、
ご機嫌取りの役をするのでなく、
自分自身がどうやったら強く慣れるのか、
っていうことを研究するんだろう。

完璧が好きなのは、
完璧主義だけれど、
完璧になっていくのが好きなのは、
努力主義なんだと思う。

ウォーレン・バフェットが言う、
お金が増えていくのを見るのが楽しい、
っていうのは、ちょっとした余裕の
ある言葉かもしれないが、

頭の使い方を正しいものに
してくれるような気がする。

執着が強いばかりだと、
手段を選ばなくなって、
一時的にはいいかもしれないが、
後で、自分の首をしめる結果を
招いたりもする。

しかし、
増えていく、
強くなっていく、
より良くなっていくために、
どうしたらいいだろうか、
ってことを考える楽しみを
見つけられたら、
余裕のある人生が
待っているかもしれない。

そんな気がします。


(参考)マンガ ウォーレン・バフェット―世界一おもしろい投資家の、世界一儲かる成功のルール (森生 文乃)

2008年6月 7日

誤解したまま別れましょうよ。

誤解したまま
別れましょうよ。

(ロングテール)

いろいろあったけれど、
別れるときくらいは、
誤解を解いて別れましょう。

なんていう言葉は、
カッコいいけれど、
だいたい、うまくいかない。

誤解を解こうとして、
自分を弁護したくなればなるほど、
自分の思い込みも、
相手の思い込みも深くなるばかり。

「良かった、最後には、
 あなたのことが分かって。
 私は大きな誤解をしていました。」

なーんてセリフを勝手に想像して、
いい気分になるのは自由だけれど、
そこには大きな勘違いがある。

運良ければ、別れた後に
多くの時間がすぎて初めて、
誤解が解けるかもしれない。

普通は、多くの時間をかけても、
誤解なんか解けるもんじゃない。

誤解した時点で、
誤解された時点で既に、
相性が合わないってことの方が多い。

つまり、誤解じゃないってこと。
相性が合わないってことだから、
何をしても、何をされても、
理解する価値観が違うのだ。
もしくは、お互いに未熟なのだ。

立つ鳥跡を濁さず、
って言葉はきれいだけれど、

今以上に濁すことのないように、
誤解したまま別れることが、
賢いときもあるのです。

それに、その方が潔くなれません?

誤解したまま別れることの
オススメでした。


(参考)
3つの真実 人生を変える"愛と幸せと豊かさの秘密"(野口嘉則)

2008年4月 7日

平凡な家庭など、…

平凡な家庭など、
この世にひとつもない。

外からだと平穏な一家に見えても、
みんないろいろと抱えているもんだ。

(赤い指、東野圭吾)

戻っていく家庭だけに、
そこに問題があるとすれば、
帰りたくないってこともあるでしょう。

子供に問題があるとすれば、
大人は焦燥感を感じ、

大人に問題があるとすれば、
子供は無力感を感じたりします。

親のせいで、
自分はこんな性格だ、
こんなトラウマを
持っている…

事実かもしれない。

けれど、
それを自分だけに認めて、
他人に認めないのはおかしい。

みんなみんな、
何らかの欠点を抱えた家庭で
育ってきていると思う。

それは、
人生を決定的なもの
にする場合もあるけれど、
それをバネにして、
新たな人生を切り拓ける場合も
あるだろうと思います。

とは言っても、
なかなか離れられない家庭。

離れたからといって、
解決するものでもない。

家庭で培ったものは、
心に残っていますからね。

今ある家庭で何をするか、
一人一人の課題ですね。


(参考)赤い指(東野圭吾)

2008年2月28日

結婚していないくせに…

「結婚していないくせに
 何が分かるんだ?」

「結婚して
 何が分かったんだ?」

(踊る!さんま御殿!!、田嶋陽子)

結婚して分かったこともある。

でも、それは、結婚しなくても、
分かっている人もいるだろう。

分かったつもりになっていることも、
分かっていないと決めつけるのも、
何かしら、ズレているように思う。

結婚ばかりに限らず、
子育てでも、離婚でも、
仕事でも、転職でも、
成功も、失敗も、

自分ばかりが分かっていて、
経験していない人は分かっていない、
と結論づけるのは、それこそ、
経験不足な証拠かもしれない。

分かったような振りをするために、
経験を積み重ねて
生きているわけじゃない。

人それぞれ、
いろんな経験をして、
似たように見えるものでも、

考えることが違えば、
自分のせいにするか
他人のせいにするかで、
学ぶことも、まったく違ってくる。

個人的にいうと、
何々のくせに、と言われるのも、
あまり好きじゃない。

何々のくせに、と言われない立場に、
あぐらをかいている人間が、
無責任なことを言っているにすぎない。

経験があってもなくても、
いいことを言う人間でありたいです。


(参考)女は愛でバカになる(田嶋陽子)

2008年1月30日

不幸とは、愛を手に入れるために、…

不幸とは、
愛を手に入れるために、
何かになろうとすること。

(Happyの法則、ディスカバー21)

マサイさんからの投稿です。

逆を言うとすれば、
幸せとは、
愛を手に入れるために、
何かになろうとしないこと。

つまり、
自分のままでいる。
自分の生き方をして、
自分であろうとする。
これが、幸せの一番の秘訣。

ただし、今のままが、
自分だとは限らない。

だから、ややこしく
見えたりもする。

今日も、
幸せになりたくて、
愛を手に入れたくて、
他人を傷つけた人がいる。
幸せになりたくて、
自分を傷つけた人がいる。

知らないうちに、
反対のことをしているのが
多いのは、よくあること。

ホント、どうしようもない。

それでも生きていく。
何かになろうとして、
なりきれないことを感じながら、
なれないことを悟るために。

そのうちに、
なれる「自分」が見つかる。
わたしは、そう思います。


(参考)夢をかなえるゾウ(水野敬也)

2008年1月 3日

見方を変えれば味方になる。

見方を変えれば味方になる。

(作者不詳)

自分を負かそうとする人、
仲間はずれにしようとする人、
無視しようとする人…

見方を変えれば、
こうなる。

負かそうとして、自分のことを
研究してくれるわけだから、
自分以上に知っているかもしれない。

そういう人に勝とうと
自分もがんばり続けたら、
自分は成長するに決まっている。

仲間はずれにしてくれたら、
ややこしい人間関係も含めて、
その人が面倒を見てくれること。

その人々が飽きるまでは、
その面倒なことを
やってもらえればいい。
飽きるに決まっているから。

無視してもらえれば、
こっちが気にしない限り、
自分の時間を奪われなくて済む。

この機会に、自分の時間を
たくさん持てばいい。

自分に敵対する人々は、
その人たちの意図とは裏腹に
どこかで自分の成長を助けてくれる。

ありがたい、ありがたい。

敵は少ないに越したことはないけど、
敵があるならあるで何とかなるさ。


(参考)宇宙を味方にする方程式 (小林 正観)

2007年12月26日

いくら夫婦といえども、…

いくら夫婦といえども、
相手が勝手に
つくりあげた夢のためには、
生きられないのです。

(斎藤茂太)

何のしがらみも受けず、
自由に心に描いた夢には、
胸がふくらむ…

それが叶ったら、
すごいことになるなぁ、
あれも買えるし、
これも出来るぞ…みたいに。

しかし、
その夢に有無を言わさず
付き合わされるとしたら、
きっと、うんざりする時もある。

何度も何度も、夢を変え品を変え、
「今度は大丈夫、今度は大丈夫」と、
どれもこれも中途半端な人間に
人生を左右されるのはたまらない。

来年はどんな年にしようか、
と自分の夢すら描けない。

来年は何が起きるんだろうか、
と心配することの方が多くなる。

理想や夢のせいで
自分にストレスが生じるのは、
それを手に入れる資格があるかどうかを
証明するためのステップ。

しかし、理想や夢のせいで、
いつまでも連れや仲間にストレスを
与えているだけだとすれば、
何かが間違っているかもしれない。

新年のために、
いい夢を描きましょう。


(参考)自分をリセットして人生をガラリと変えなさい (斎藤 茂太)

2007年11月22日

出会った瞬間に…

「出会った瞬間に別れが始まっている」
と誰かが言っていた。ならば、
「別れた瞬間に新しい何かが始まる」
と信じよう。

(ドラマ「働きマン」)

新しいことを始めようとする時は、
だいたいが衝動的なんだけど、
いざ始めようというまさにその時に、
ふと足踏みを始めたりする。

心配なのだ…

もし失敗したら、
もしダメだったら、
なんて考えている。

そんなふうなうちは、
うまく進めない。

失敗したときのために、
ダメだったときのために、
なんて準備をよくしていると、
ちょっとした不安が
もたげてきただけで、
後戻りしたくなる。

もちろん、
後戻りすることが
すべて悪いとは言えない。

そういう勇気ある決断が
必要な時もあるからね。

ただ、新しい何かが
始まっている時には
見えないことの方が多いから、

それを信じて突き進む勇気を
持っていたいものです。

新しい何かが、
見えない何かが、
今日も始まっている。


(参考)別れのルール―苦しいばかりがサヨナラじゃない(家田 荘子)

2007年6月21日

どうでもよくないから…

どうでもよくないから
怒るんだよね。

どうでもよかったら、
気にもしないよね。

(引用元不明)

どうでもなよくないことに
怒っているのなら、
それは問題ないと思う。

そして、そのために
自分ができることを
しようとしているのなら、
怒る権利があるかもしれない。

けれど、
どうでもいいことに怒っていて、
自分では何もしようとしてないなら、
怒るのは、身勝手であり、
時間のムダというもの。

私も怒りっぽい人間だから、
自分を養護するために言うけれど、
人生が、怒る必要のない、
どうでもよいことばかりになったら、
きっと、やる気もなくなる。

怒りたくなることを目の前にして、
実際に、怒るか怒らないかは別にして、
そのために自分を変える努力をするから
人生は変わっていって、楽しくなる。

ただ、怒りっぽいことによって、
何か病気を抱えるようなことは、
避けた方がいいですけどね。

そうなったら、
ただ怒るばかりで
寿命を縮めていく人生に
なってしまいます。

怒りすぎて寿命が縮まることは、
どうでもいいことじゃありませんから。


(参考)すべては愛のために (山門 敬弘)

2007年6月12日

ひらがなで…

ひらがなで
なやみぜーんぶ
かきだして
みればたいした
ことはなかった

(「天声人語」より有田里絵さんの歌)

去年の朝日歌壇賞を
受けた方の歌です。

私もやってみました。

「○○○さんが
 ヤケになりそうでしんぱい」

「△△△さんのしっぱいを
 おしつけられそうでふあん」

「むすめが、たっきゅうたいかいで、
 ちからいっぱいたたかえるかな?」

「しごとのあたらしいきかく、
 うまくすすめらるかな?」

「△△△のおかね、まにあうかな?
 たりなくないかな?」

なんか、幼稚っぽい話に
見えてきます。すると不思議…

悩み、問題もちっちゃく感じるんです。

これ、皆さんにもオススメです。

私たちは、問題の大きさを
感じているつもりでしょうが、
往々にして、
問題の大きさよりも、
自分の感じ方の大きさに
支配されちゃっています。

たいしたことないのに、
重く受け止めすぎたり、
大切なのに、
軽く見下してしまったり…

悩みや問題を解決するためには、
自分の中に、
ちゃんとした思考能力が
なくちゃいけない。

そのためには、
自分の感じ方に
支配されすぎないこと。

ひらがな解決法は、きっと、
その助けになることでしょう。


(参考)この世の悩みがゼロになる (小林 正観)

2007年6月 7日

時に大人がつくりだす…

時に大人がつくりだす
過酷な現実の中で、
多くの子供が
自分なりの知恵を持って
けなげに生きている。

(ASAHI WEEKLY)

60年くらい前には、
戦争という過酷な現実があった。
それは、まさしく、
大人のつくりだしたものだった。

その中で生き延び、
命の大切さを知った子供達は、
生きるために懸命に努力した。

それから60年経った今、
時代は変わり、
生きることに「負担」の多い現実を
感じている人がけっこういるかもしれない。

医療が発達し寿命は延びたけれど、
次世代の子供達を生み、育てることの
大変さを感じている今の時代。
少子化、高齢化社会…

少子化が著しくなって、
その感じる「負担」が
ますます大きくなれば、
それこそ、過酷な現実になるだろう。

事実、その気配はある。

社会的な現実に限らず、
その過酷さに大小の差はあっても、
5歳の子供にしろ、
15歳の子供にしろ、
35歳の子供にしろ、
もっている知恵を使って、
けなげに生きなくちゃいけない。

きっと時代をさかのぼれば、
人類が出会っている困難はすべて、
違った形ですでに体験していて、
初めてのことではないと思うから。

子供は、いつの時代でも、
けなげに生きることが
出来るはずなのだ。

そういうパワーを信じたい。


(参考)毒になる親(スーザン・フォワード)

2007年6月 2日

…その前に知らなかった自分が見える。

「知るとは何ぞや」

「知ると、
 その前に知らなかった自分が見える。」

(養老孟司)

負けて、
自分の実力を知る。

違う世界にふれて、
自分の小ささを知る。

○○して、
自分の甘さを知る。
(○○の中は、何文字でもご自由に…)

知りたくもないことが
あったとしても、
いつかは知ることになる。

だいたいは、知ると、
目が開ける。

時には、それによって
悲しみとか、挫折感を
味わうこともある。

そして、
知らなかった時の自分が見えれば、
恥ずかしくなったり、
あの頃はよかったなぁと
懐かしんだりする思いも
出てくるかもしれない。

いろいろな思いが交錯するなかで、
知らなかった時を思うのは、
ほとほどにして、
知ったことをどうするかを
考えなくちゃいけない。

知りたくなかったことでも、
知りたかったことでも、
それは同じこと。

次に進まなくちゃいけないのだ。

人間は、いろんなことを知って、
生きていく存在だから…


(参考)運のつき(養老孟司)

2007年4月 3日

さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。

さよならを言うのは、
少しだけ死ぬことだ。

(ロング・グッドバイ、レイモンド・チャンドラー)

殺すつもりはないけど、
死んでくれたら…
なんて思っちゃう人が
一人くらいは、
誰にでもいるのでは…笑。

存在を感じたくない、
ということだと思う。

そして、たとえば、
そのために、お互いに
離れることとか、別れること
「さよなら」を選んだとしたら、

それって、やっぱり
お互いが、ちょっと
死んだみたいなもんだよね。

存在を感じ続けていたい人には、
なかなか「さよなら」は言えない。

言わなければいけないとしても、
存在を感じ続けられるように、
なんとかして、つながりを作る。

そうでない人とは、
「さよなら」を言った瞬間に終わり。

あとで、その人が死んだと聞いても、
心に響いてもこないかもしれない。
すでに「さよなら」を言った時点で、
心の中から消えてたみたいなもんだから…

さよならは、そんな言葉。

もう会えないのかもしれないのだから、
きちんと言わなければいけないのだ。


(参考)ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー、村上春樹)

2007年3月11日

言葉を信じるな。…

言葉を信じるな。
言葉の持つ意味を信じろ。

(ゲーム「メタルギアソリッド」)

本を書いたり、
記事を作ったり、
何らかのメッセージを
世の中に送ろうという仕事を
していると、

言葉の重みも分かれば、
言葉の軽さも分かります。

いわゆる「売れる」ためだけに
生み出される言葉が、
世の中にはたくさんあります。
これは事実。

売れさえすればいいわけですから、
(たしかに売れなければ
 食えないわけですが…)
都合のいい言葉だけが
並べられてしまうこともある。

もしくは、耳ざわりがいいとか、
刺激的だとか、斬新的だとか…

それが、
本当に中身があるものに対して
宣伝文句として使われているのなら、
許されてもいいでしょう。

しかし、
中身が全くないものに対して、
小細工として使われているから、
人は惑わされてしまう。

その上、
惑わされただけのことだったのか、
ちゃんと導かれたことだったのか、
っていうのは、
結果に対する個人の理解にも
関係してくるから、
人それぞれ違ってくる。

言葉を発する側と、
それを受け取る側の理解力って、
一致するわけがないから、
いろんな問題も起きてくる。

そんなはずじゃなかった、
こう思っていたのに、
そんなこと聞いてないよ…

そんなセリフを投げあう前に、
意味をめくってみる、
もっと掘り下げて言えば、
言葉を発した人の心をめくってみる。

言葉は便利だけれど、
言葉だけに頼るのは危うい。
そういう世の中だと思います。

だからと言って、
言わなくても分かり合えている、
っていう勘違いにはならないように。


(参考)ゲーム「メタルギアソリッド」

2007年2月23日

見つめても 見えないのなら …

見つめても
見えないのなら
目をとじよ

(バカボンド、井上雄彦、原作:吉川英治)

介護に携わっていると、
面白いことがよく起こります。

うちの義母のことですが、
自分の部屋にいて、
目の前にティッシュ箱があるのに、

わざわざ台所に歩いてきて、
娘に「ティッシュは?」と
尋ねに来るのです。

そうか、と思えば、
自分の食事は食べ終えておきながら、
同じテーブルにある家族の皿に、
さっと箸をのばして、
自分のものでないものを口に入れる。
それで、あとは知らんぷり…

目が見えなくなってきて、
かわいそうだなぁと思いかけてれば、
「なんだ、見えてるじゃねぇか!」
という感じです。

そんなことが分かってくると、
いじわるをしたくなる私です。

大好物のお寿司を食べていると、
だいたい、こう尋ねてきます。
「もっと、食べたい」
目の前には、まだ数個残っているのに…

「まだ、あるよ。
 食べたくないなら、
 私が食べてもいいからね。」と、
私は言ってやるんです。

すると急に、目が働きだして、
寿司を手づかみして、
口に持っていくというわけ。

見えていないわけじゃないのです。

誰かが教えてくれる、
誰かが代わりに見てくれる、
誰かが助けてやってくれる、
という考え方に浸ってしまうと、
見えるものさえ見えなくなるのです。

目をとじると、そんな自分が
分かってくるのかもしれません。


(参考)バカボンド(井上雄彦、原作:吉川英治)

2006年9月 9日

…“嫌いになった”から“別れる”…

外から見たら、
“嫌いになった”から“別れる”って、
それだけですけど、心の中では、
なんとなく嫌いなことが
1つ最初に出てきて、それが
だんだんと積み重なっていく。

(伊藤たかみ、Yahoo!インタビュー)

長女は、今、
友達の言葉、行動の1つ1つが
気になる年頃、というか性格。

自分のことを好いてくれているか、
自分のことを他の人にどう話してるか、
なんて感じ…

そういうことを観察したり、
何かを感じるたびに、
友達への思いも、
微妙に揺れたりします。

揺れるあたりに、
「大好き」になる可能性もあれば、
いつの日か、
「大嫌い」になる可能性もある。

だから、
「友達も、自分も、
 変わっていくんだよ。」
私は、そう教えています。

変わらないことを前提にしているから、
かえって、1つのことが気になり出すと、
「嫌い」に向かって
思いを積み重ねる日々になってしまう。

一番変わっているのは、
嫌いになっていく自分なのにね…

変わる可能性を前提にすれば、
自分も、誰も追いつめる必要がない。
くっつくことも、離れることも、
受け入れられるんじゃないだろうか。

積み重ねる思いは、
人それぞれの理想によって
違ってくるんでしょうね。


(参考)八月の路上に捨てる(伊藤たかみ)

2006年7月29日

あらゆる昇るものは沈み、…

あらゆる昇るものは沈み、
あらゆる成長には老いがある。

(英語)
Everything that rises sets,
and everything that grows, grows old.

(ガイユス・サルスティウス・クリミスプス)

景気が回復したかどうか、
政府は、その判断に迷います。

国民は、実感できるかどうか、
あるいは、それがいつまで続くか、
考え始めます。

景気ばかりでなく、
浮き沈みのある事柄に
囲まれている私たちは、

それに落ち込みすぎず、
なおかつ浮かれすぎないようにして、
自分の置き場を考えています。

下降や老いに入った時に、
自分を守ることが出来るように。

世の中にスポーツは多くありますが、
そのだいたいにおいて、
選手がピークを迎える時期は
若いときにあるがゆえに、
そのピークを過ぎたときに、
どういう人生を選ぶかは、
とても重要なことになります。

その時期が遅くなるようには願えても、
それが来ないように願うことは出来ない。

ただ、沈む時期を延ばそうと
がんばりすぎて、
次のことを浮かばせるチャンスを
逃してしまえば、元も子もない。

身をひく時期を間違う、というのは、
そういうことなんでしょう。

浮き沈みがあるのが当たり前。
それを勘定に入れて、
生きていく術を身につけないと…


(参考)男の運命は「女」で決まる!—運命を上昇させる女、下降させる女 (桜井秀勲)

2006年6月30日

あからさまな憎しみより、…

あからさまな憎しみより、
無関心や無頓着のほうが、
往々にして
より大きな打撃を与えるものじゃ。

(ハリーポッターと不死鳥の騎士団、J・K・ローリング)

カムラさんからの投稿です。

無視などのイジメが、
心に根づいて、
成人してからの社会犯罪になる。
そんな報道のある昨今です。

無視までいかなくても、
愛されるべき相手から、
関心をもってもらえるはずの相手から、
心を注いでもらえないと、
気持ちは萎えていきます。

それが長い間続くと、どうなるか。
心が歪んでくることもありえるでしょうね。

ただ、大人になってからは、
ちょっと難しいかも…

関心をもってもらいたい、
とばかり考えている人の行動は、
往々にして、自己中心的になりがち。

だから、こんな言葉さえ言われます。

「あなたは、なぜ、誰からも
 愛されないかわかる?
 あなたが、誰も愛そうと
 していないからよ!
 周りの人に、愛して欲しいと
 願うばかりで、あなたは
 その人のために何かしてきた?
 そんな人を誰が愛してくれますか!」
 (ドラマ「女王の教室エピソード2」)

キツイ言葉ですけど、
大人になってからは、
愛されることばかり考えるのを
許しちゃくれないんですよね。
それも、また大きな打撃かも
しれませんが…

「私は、まだ誰からも
 十分な愛を受けていないのに」
っていう嘆きを聞いてあげられるほど、
十分に愛された人自体が、
少ない世の中なのですから。

ほとんどの人が、
どこかで愛に飢えているはず。
「わたし」だけということはない。

あとは、周囲の無関心に気づかないほど、
自分の夢に没頭するしかないですね。


(参考)ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(J. K. ローリング)

2006年5月 6日

人生に疲れたという人がいたら、…

人生に疲れたという人がいたら、
それは人生のほうが
その人間に疲れたのだと
思えば間違いはない。

(ジョージ・サンダース)

妻の祖母は、よく
「足が痛い、痛い」と
騒いでいたと言います。

しかし、ボケてしまった後は、
(私が結婚した頃)
足のことなど何一つ
言わなくなったばかりか、
夜昼問わず徘徊して
あちこち歩いていました。

そして、その後も
息をひきとるまで、
足に不調があった様子もなく
過ごしていました。

痛みも疲れも、
自分で考える限界に合わせて、
感じたり、感じなかったり
するのでしょう。

だから、その限界を
考えることが出来なかったり、
考えないように出来る人は、
想像以上に耐えられたりします。

人生に疲れる、というのは、
ある意味、それとはちょっと
違うものかもしれません。

どちらかと言うと、
飽きたとか、期待がもてない、
行き詰まり、やり切れない、
などの感情の集まりでしょう。

きっと、過去のどこかに、
そう考え始める道筋が
あったはずなのですが、
そこまで後戻りする術が
分からない。

だから、その先の道も
閉ざしてしまおうと
思ってしまう。

人生に疲れたと感じたら、
どこかで思い違いしている。
それに気づく人の前には、
そこから逃れる道が
備えられる。

実際、その時になると
忘れてしまいそうなので、
誰かの助けが欲しいですね。


(参考)人生に疲れきる前に読む心理学(加藤諦三)

2006年3月28日

虹を見たいなら、雨は…

虹を見たいなら、雨は
我慢しなきゃいけないの。

(ドリー・パートン)

ピースさんからの投稿です。

先日の卒業式には、
ミトコンドリア病という
重い病を抱える女の子も
出席していました。

ミトコンドリアは、
人間のすべての細胞中に
存在していて、
細胞のエネルギーを作るという、
大切な役割を持っています。

だから、何らかの原因で、
この働きが悪くなると、
疲れやすいとか、成長が遅いなどの
症状が現れてくるようです。

車椅子を押してサポートする先生、
後ろで見守るお母さんの姿には、
これまで、いろんな「雨」を耐えて
生きてきた生き様が感じられました。

そして、その中にあって、
時おり見える「虹」に喜びながら、
今も耐えているんだろうなぁとも。

私には、分かりません。
人それぞれに、
どんな「雨」が降るのか、
どんな「虹」が待っているのか。

もうすぐだとか、
この先にはきっととか、
無責任なことも言えないなぁ…
と思います。

自分で感じたり、
自分で信じることが出来なきゃ、
何事も続けるために
始めることさえ出来ないでしょう。


(参考)ベスト・オブ・ドリー・パートン(ドリー・パートン)

2006年3月 5日

愛さずとも与えられるが、…

愛さずとも
与えられるが、
与えずに
愛せはしない。

(英語)
You can give without loving,
but you cannot love without giving.

(エイミィ・カーマイケル)

私ほど、自分の母親を、
バカにしている人間は
いないんじゃないか、
と思える時がある。(笑)

なんか、母親のせい(おかげ?)で、
いろんな苦労が身に降りかかると、
やっぱり、グチの1つや2つ
言いたくなりますからね。

かと言って、最終的には
その善後策のために
腰をあげることはしますけど…

私くらいになると、
もう「かわいい子」では
ありません、間違いなく。

どこの親子関係も、
それに近いかもしれませんが…

親は、それなりのレベルで、
自分の身や心を与えて与えて、
子供を育てるでしょうけれど、
それが返ってくるとは限らない。

リターンが約束されてない、
だから、思い通りにもならない、
それが分かっていて、
そういうことを続けるのは、
やはり「愛」以外にないでしょうね。

思い通りになる、
リターンが約束されているなら、
「愛」は必ずしも必要ないのです。

与えたものを、
約束通りのかたちにして、
返してもらう義務を
相手に要求するだけですから。

私は、愛があるかなぁ…
時おり、考えます。


(参考)サーティーガール(岩崎つばさ)

2006年1月20日

みんなはまだ、ゾロを必要としているんだ。…

「みんなはまだ、
 ゾロを必要としているんだ。」

「いえ、違う、違う。
 あなたがゾロを必要なのよ。」

(英語)
No,no,no.
People still need Zorro.

No,no,no.
You need Zorro.

(映画「レジェンド・オブ・ゾロ」)

みんなのヒーロー、
怪傑ゾロのリメイク(?)版映画。
家を出て行こうとするゾロ自身が、
自分の妻を説得するために
口にするセリフです。

セリフをこう置き換えてみたらいい。

「みんなが
『昔の俺』の方がいいって
 言うんだよ。」

「いえ、違う、違う。
 あなたが『昔の俺』に
 しがみつきたいのよ。」

自分の中の何かを
変えようとしたのに間もなく、
気持ちが萎える時があります。

私の知人は、実際、
こんなことを言いました。

「禁煙する前の私の方がいい、
 って職場の人たちが言うんだよ。」

禁煙を半年も続けたのに…

本当は、自分だけの問題なのに、
決心をあきらめたのにも、
正当な理由があったんだと、
公言しなくちゃいけない気持ち。

なんか分かるような気がします。

後ろを振り返ると、
人は弱くなっちゃいます。

旧約聖書に、
悪の象徴として出てくる町。
ソドムとゴモラ…

守られて、そこから逃れることが
出来たロトの家族は、逃げる際に、
後ろを振り返ってはならない、
という命令を受けます。

逃げている最中に、
背後では町が崩壊していました。
気になったロトの妻は、
思わず振り返った瞬間に、
塩の柱になったとあります。

「固まった」わけです。

すごくモテていたり、
とても楽しかったり、
栄光や活躍していた時代が、
いくら昔にあったとしても、
「昔の自分」には戻れません。

戻ろうとすれば、
固まって終わりです。

ですよね?


(参考)映画「マスク・オブ・ゾロ」

2006年1月15日

…食べ物も人間関係も同じ。

おいしくて体に悪いものを
食べて病気になるか、
まずくても体に良いものを
食べて健康でいるか。

食べ物も人間関係も同じ。

(美輪明宏)

美帆さんからの投稿です。

まずい人間関係って、
どんなもんでしょうね?

不快だけど、
続けなければいけない
という人間関係なら、
いくつか思い浮かびます。

そういう人間関係が
自分にとって何らかの益があるか、
と考えれば、たしかに、

人を見る目とか、
人間心理を洞察する勉強には
なりますね。

逆に、私よりも
上をいっている方にとっては、
私がそんな材料になっているかも
しれません。

お互いに、そういう
まずい人間関係から
心の糧を得ていく…

ただ、時には、
あまりにもハードな人間関係も
ありえますから、
それに押しつぶされたり
することもありますけどね。

体によいものとは言っても、
消化能力を超えてしまうくらい
食べ過ぎたりしたら、
意味なくなりますからね。

やっぱり、
似ていることに
なりますね。
食べ物の消化も、
人間関係の消化も…

くれぐれも
消化不良には
気をつけましょう。


(参考)なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか?(吉田典生)

2006年1月12日

「好きです」って言ったときは…

「好きです」って言ったときは
あんなに悩んで苦しんで
ドキドキしたのに、

「大嫌い」って言ったときは
本当に、スラスラ
口から出てきたよ。

(引用元不明)

ユキさんからの投稿です。

多分、どちらの言葉にも、
心が入っている。

ただ、違うのは、
前に進む言葉か、
後ろに退く言葉か
ということ。

前に進む言葉には、
いろんな役割とか
責任とかが生まれる。

けれど、
後ろに退く言葉には、
それら全部を捨てる意味が
入っていたりする。

やっぱり、
作ることよりも、
壊すことの方が
カンタンなのだ。

だから、そういう言葉も
カンタンに出てしまう。
そういう言葉ほど、
慎重にしゃべらなきゃ
いけないはずなのに…

もしかしたら、
いろんな人に「好き」は
カンタンに言えるけど、
断れないがゆえに、
一人の人を幸せに
出来ない人もいるかもしれない。

カンタンに出てくる言葉が、
カンタンに出てこない言葉が、
人それぞれ違う。

言葉って、
いろんな意味が
あるからでしょうね。


(参考)小早川伸木の恋(柴門ふみ)

2005年10月29日

…悲しみのなかにこそ、…

これは、私からあなたへの
最後のメッセージだ。

悲しみのなかにこそ、
幸せを探しなさい。

(英語)
This is my last message to you:
in sorrow seek happiness.

(フィオドア・ドスエスキー)

失恋、離婚、リストラ、
愛する人の死、事故や病気、
破産、災害、事件…

身のまわりに、
悲しみはたくさんあります。

すべてが、
自分に降りかかるとは
限りませんが、
そのいくつかは、
きっと経験します。

今まさに、経験している人も
いることでしょう。

その人が負っている悲しみは、
その人以外が理解するのは
難しいものです。

私のような楽天家には、特に…

だから、
悲しみを共有していない人が、
悲しみの中にいる人に対して、
「幸せを探しなさい」なんて
言っちゃダメでしょう。

人それぞれの中にある、
自然治癒力っていうのが、
「幸せを探す」パワー、
生命力だと思います。

その力が湧きあがってこなければ、
悲しみの中にあって、幸せを
探す気なんて起こりっこない。

日頃から、自分の生命力を
大切にして生きていないと
いけませんね。

【参考】
汚れつちまつた悲しみに…(中原中也)

2005年10月 8日

年をとってくると、食欲は落ちるが…

年をとってくると、
食欲は落ちるが
食い意地は張ってくる

(引用元不明)

私はまだ若いつもりなので、
食欲も食い意地も、
どちらもあるんですが…

目の前にあるだけで、
何か損した気分に
なるんでしょう。
本当は、もう
食べられないのに。

食べ物に限らず、
自分の必要以上を
求める傾向は、
欲張りからくると思う。

せっかく手に入るものだから、
ゲットしないのは、
もったいないでしょう、てな感じ。

日本語オリジナルの、
この「もったいない」にも、
どこかしら、欲張りな面が
あるかもしれません。

だって、何も、人間だけを中心に
考えなくてもいいじゃないですか。

必要以上を求める気持ちは、
知らないうちに、
必要なものを見失い、
それを捨ててしまう可能性に
つながるようにも思います。

必要以上を求めるのは、
やっぱり要注意ですね。

その前に、感謝が大切って
ことでしょうか…

【参考】
奥さまはマリナーゼ(ほしのゆみ)

2005年7月14日

ナキムシのうた(風味堂)

ナキムシのうた(風味堂)の歌詞

人は 涙なし~の部分

MIMIさんからの投稿で、
コメントは以下です。
「最近、聞きまくってる唄です。
 とっても元気が出ます。
 唄を歌うこと=笑えること、
 ってあると思います。
 そのときの感情を表してくれてたり、
 逆に、隠してくれたり。
 なにがあっても、なにがおこっても、
 『明日の私』がある限り、それを
 幸せなものにしたい希望がある限り、
 おちおち泣いてばっかりも
 いられませんよね。」

今朝、うちの奥さまを泣かせまして…

それが私の思いつきが失敗の原因。
でも、他人さまから怒られたのは、
うちの奥さま。申し訳ない限りです。

奥さまの自然治癒力に期待して、
私は、今日一日、
おとなしくしていたいと、
心に決めているところです。

明日さえ来れば、うちの奥さまは、
すっかり元気になっているので…
(幸いにも、いい性格なので、
 翌日まで残ることはないんです。)

人は涙なしには生きていけない、
この言葉を、自分の弁護に使う
という卑怯な手を選んで、
今日も、私は、いろんな人を
どこかで泣かせるかもしれません。

あなたも泣くかな、
それとも泣かせるかな。

歌詞の続きもいいので、
ご紹介します。今日も、いい涙を。

「人は前を向いてしか
 歩いていけない生き物だから
 そんなに過去にすがらずに
 どうか好きなだけ泣いて下さい

 その涙はきっといつの日か
 確かな足跡へと変わるでしょう
 そう人生も捨てたもんじゃない
 だから今のうちに泣いて下さい」

【参考】
風味堂(風味堂)

2005年7月13日

もし、あなたがミスったら、たとえ、それが深刻…

もし、あなたがミスったら、
たとえ、それが深刻だったとしても、
きっと、第2のチャンスの始まりよ。

(英語)
If you have made mistakes,
even serious ones, there is
always another chance for you.

(マリー・ピクフォード)

人それぞれ、
ミスすることが違います。

私は、どちらかというと、
コミュニケーションかな?
ははは…笑うしかないです。

そして、幸いにも、
その瞬間には気づかずに、
後で気がついて、
うまく事が収まっている
ということが多いように思います。

と言うよりも、
もしかしたら、後で気づいた分、
「しょうがないかぁ」と
思える性格だからかもしれません。

もし、この性格でなかったら、
失敗だらけの毎日に、
アタマはパニックになるでしょうね。

それに、ミスすると、
ネタになりますからね。
コラムなどの…
けっこう助かっています。
自分のミスによって。

それが、私にとっての
もう1つのチャンスなんでしょう。

私たちは、目の前のことに
何度も失敗していながら、

「別のチャンスがくればいいけどなぁ…」
と思ってしまうことによって、
チャンスを素通りさせていることが
多いかもしれない、そんな気がしました。

「幸せというものは、
 …時には不幸という帽子を
 かぶってやって来る。」
 (幸せの帽子、坂村真民)

という言葉もあるわけだし。
そうなんですよ、そこに、
私たちの勘違いがあるんでしょう。

【参考】
失敗の心理学―ミスをしない人間はいない(芳賀繁)

2005年5月25日

…逃れられない運命…

どんな行動をしようとも、
逃れられない運命があるなんて、
私は信じないが、

行動をしなければ、
逃れられない運命があることを、
私は信じざるをえない。

(英語)
I do not believe in a fate
that falls on men however they act;
but I do believe in a fate
that falls on them unless they act.

(G・K・チェスタトン)

流れを変える、それは、
自分の意志で行動する者だけが
目にできること。

そうしないうちは、こんなことを
言ってしまうだろうなぁ。
「運命だ、しょうがない。
 こうなってしまうと
 分かっていた。」

たしかに、
自分の意志で行動を始めた者でさえ、
自分の思いどおりにならない事態を
目にすることがある。
しかし、きっとセリフは違う。

学べるチャンスと思う人もいれば、
自分の非を認める人もいるだろう。
ただ、運命という言葉だけで
片づけない点は共通するはず。

私自身について言えば、
運命を信じるも何も、
幼い頃から、黙っていたら
迫ってくるものばかりが多くて、
「運命なんて信じたくない」
という気持ちが強かったように思う。

だから、占いとかにも、
左右されないようにしてきた。
占いと言っても、性格分析などは、
参考にするけれど、やはり、
それにだって縛られないようにする。

元来、人は迷信が好きだと思う。
それを原因にすれば、
うまくいった時には神秘的になるし、
うまくいかない時には悲劇にできる。

ある意味、楽になれるのが、
それを好きな最大の理由かもしれない。
その時その時の行動を考える必要もないし、
その原因と責任をすべて放棄できる。
運命とか、迷信とかを引き出せば…

本気で、本気で考えたときに、
人は、運命に縛られたいのか?
これだけが、私の素朴な疑問です。

【参考】
求む、有能でないひと(G.K.チェスタトン)

2005年4月20日

物は壊れるから尊いのです。人の命も…

物は壊れるから尊いのです。
人の命も…

(美味しんぼ、雁屋哲・花咲アキラ)

ハーラさんからの投稿です。
コメントは以下。
「この言葉のおかげで、ペットに
 何かを壊されても、前ほど
 怒らなくなりました。」

逆の発想なんでしょうね。

壊れる瞬間があるから、
尊さが際立ってくる。

壊れる可能性がなければ、
おそらく、尊さは感じられない。

人が、壊れないもの、
長持ちするものを探したり、
つくり出すのは、やはり、
「壊れる尊さ」を知っているから、
それを避けたいのだ。

壊れるから不便、という理由も
確かにあるけれど…

たとえば、ハーラさんのように、
ペットとモノが目の前にある時、
どちらも壊れる存在なはずだけど、

モノがペットを壊すよりは、
ペットがモノを壊す回数の方が
多いだろうから、怒られるのは、
だいたいがペットだろう。

しかし、そういう壊れる回数でなく、
壊れる「質」で考えれば、間違いなく、
モノよりも、ペットの方が悲しいはず。

反省させられます。

うちの子供と、私の大切なものにも、
その関係は当てはまりそうで…

壊れる可能性をもっているから尊い。

そう考えれば、来るべくして、
当然来る「壊れる瞬間」に、
心奪われて、あたふたするよりも、

壊れないように、壊れないように、
大切にしていく方に、
心奪われるのがベストなのは明らか。

壊れてから、別れてから、
もっと大切にしておけば良かったとか、
思わなくてもいいように。

壊れるから尊い、確かにそうだ。
人間は、それを忘れやすいから、
その証明のためにモノがあるのかも。

【参考】
31歳ガン漂流(奥山貴宏)

2005年3月16日

治めるとは、選ぶということ。…

治めるとは、
選ぶということ。

選べないことが出てくると、
治められないことも出てくる。

(英語)
To govern is to choose.
To appear to be unable to choose is
to appear to be unable to govern.

(ニゲル・ローソン)

不思議なことです。
その通りですから…

選べない状況というものを
想像してみた場合、
以下のような気がします。

1つは、優柔不断なために、
選ぶことを恐れている時。

2つ目は、選択を誤ったり、
選ぶことを延ばしすぎたために、
かなり厳しい選択だけが残っている時。

これらは、
自分を治める、家庭を治める、
組織を治める、国を治める、
どれにも共通することでしょう。

しかし、最後の1つは、
関わる人々の数が多い場合に
起こりえる現象です。

それは、何かを選んだ際、
誰かにとっては益となり、
誰かにとっては損となる時。
(選ぶのは、難しい…ですよね。)

選ぶ責任のある人は、
苦渋の選択をすることになり、
損となる人々に対しての、
説明もしなくちゃいけないでしょう。

おそらく、説明をしても、
すべて納得されるとは限らず、
いろんな反論、時には、
直接的な妨害でさえ、
出てくるでしょう。

しかし、それだからと言って、
後になって、選択を変えると、
まさに「治められない」状況が来ます。

選ぶ時には、注意が必要。

1回決めたことを変えると、
自分の威信に関わってしまう、
というような理由で、
ギリギリまで粘る人もいますが、
どうなんでしょう。

そんな威信を、
気にしなければいけない状況になる前に、
やらなければいけないことが
あったかもしれません。

あなたの身のまわりで、
うまく治めている人いますか?

【参考】
何があっても大丈夫(櫻井よしこ)

2005年1月14日

何もなかったように(松任谷由実)

何もなかったように(松任谷由実)の歌詞

人は失くした~の部分

人には、多分、
そんな才能があるんだろうけど、
これをうまく使いこなせる人は
なかなかいないかもしれない。

失くしたものを
守りたいばかりに、
いつまでも、そこから
立ち去れない。

「何もなかったように」なんて
本当は難しい…と思う人の方が
多いはず。

何もなかったように見せていても、
心の中では、違う思いを持っている。
前と変わっていない自分…

どれだけ押し殺していても、
1時間前、1週間前、1ヶ月前と
同じままの自分っていう人もいる。

でも、その場所に、いつまでも
立ち続ける価値って、
本当にあるだろうか、と思ってみれば、
そんな「価値はない」って分かる。

それでも、
「何もなかった」時には戻れないと
思ってしまう。

しょうがないから、
「何もないことが、本当にいいことか?」
そんなふうに考えてみるのも、
悪くないかもしれないですね。

【参考】
Super Best Of Yumi Arai(荒井由実)

2005年1月 2日

わたし、幸福になれるかしら…

「わたし、幸福になれるかしら」
「それは自分できめなければならない」

(高慢と偏見、ジェイン・オースティン)

幸せになれるかしら?
この答えを、
他人に求めること自体、
変な話かもしれない。

おそらく、
どんな答えをもらっても、
結果的には、
無責任に感じることだろう。

仮に、ずっと共に歩む伴侶に、
それを尋ねたとしても、
結果は同じことだと思う。

幸せになる気もなく、
そのために頑張るつもりのない人を、
幸せにしようという努力を
続けるのは、本当に難しい。
ふつうであれば、
イヤになるはずだ。

そもそも、
幸せのために頑張ったとしても、
「幸せ」になれるとは限らない。

それであるのに、
「幸せにしてもらおう」なんて気分で、
人生の船に乗っている人の面倒は、
神様だって、
やりきれないのではないだろうか。

まして、生身の人間には、
他人の幸せなんて、本当のところ、
なかなか背負えるもんじゃない。

もしかしたら、
「あなたをきっと幸せにする」
っていう言葉も、
正解じゃあないかもね。

幸せは、他人に聞いて、
確認できるものでもなく、
ポンとわけ与えられることでもなく、

おそらく、生きていること
そのもの自体かもしれないんだよね。

【参考】
夕凪の街 桜の国(こうの史代)

2004年12月27日

もし、あらゆるものをそのまま残したいのなら、…

もし、あらゆるものを
そのまま残したいのなら、

そのあらゆるものを
変えていく