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2008年12月 9日

何かを発信するなら、...

何かを発信するなら、
絶対に正しいことを
伝えなくちゃって
ガチガチに考えてたんです。

でもいまは
その瞬間に感じたことを
素直に表現するのもいいかな
って思うようになった。

(雑誌「anan」、柴咲コウ)

選ばれる女っていうことで、
特集されている彼女の言葉です。
こんなことも言っています。

「自分を限定しないで、
 柔軟に吸収する心を
 大事にしてほしい。」

こういうシーンで、
自分はこんなふうに
振る舞わなければいけない、
こんなふうなことを
言わなければいけない、
こんなふうに考えるべきだ、

そんな制限をつけていると、
一時は、自分の理想どおりのことが
出来るかもしれませんが、

ずっと続けることは難しい、
ということにぶち当たります。
きっと、苦しくなる...

間違っているとしても、
自分が感じたことを
そのまま発信して、

それに対する本当の反応を
見たほうがいいと思うんです。

そうすれば、
本当の自分が次にどうすればいいか、
っていうことも分かる。

ニセモノの自分への反応に、
さらにニセの反応を上塗りしても、
得るものは少ないでしょうから。

素直にいこう。

(参考)Kou Shibasaki Live Tour 2008

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年11月 8日

本当の自分じゃないときは、...

本当の自分じゃないときは、
じぶんじしんもつらいけど、

まわりの人もきずつけて、
まわりの人にもつらい思いを
させているのかもしれません。

(「あまえる」ということについて、中村咲紀)

ウソの自分を見せる、
というのは、最初は、
心地いいことかもしれない。

その「自分」を
ほめてもらえたり、
注目してもらえたり、
感謝してくれたり、
尊敬されたりすれば...

それが、誰にも
害のないウソとなれば、
なおさら。

それに、ウソを演じている方が、
本当の姿を見て、
見放されたりするより、
気楽で疲れないという人も
いるでしょう。

問題は、それが
どこまで長続きするか。

5年、10年も経てば、
だいたいは、
本当の自分がそれに
疲れてくるか、
飽きてくるじゃないでしょうか。

それでも、
ウソの自分を見せることに
慣れちゃうと、なかなか、
本当の自分に切り替えることが
難しくなっちゃっている。

嫌いなものを好きと言い、
笑えないものを笑い、
欲しくもないものを追い求め、
欲しいものはあきらめていく。

同時に、
ウソに付き合わされている方は、
後になってみれば、迷惑な話だった、
ということにもなりかねない。

自分も、他人も傷つかないウソ、
どこかにあるんでしょうかね。

(参考)5つの物語 (福島正伸)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月22日

ありのままの自分を心から愛することが...

ありのままの自分を
心から愛することが
できるようになったら、

あなたは誰をも
抑圧する必要がありません。

(私がわたしになれる本、テリー コール・ウィッタカー)

なるほど、
プレッシャーを与える人、
っていうのは、
そういうことなのかもなぁ、
と納得させられます。

わたしも、時に、
そういうオーラを
発しているときには、
おそらく、そのときの自分に
何かしら満足していない、
そして、誰かのせいにしている...

誰かのせいにすることなく、
あきらめすぎるでもなく、
ありのままの自分を
受け入れることができたら、

きっと、他人のことも、
ありのまま受け入れられる
ようになるんでしょうね。

プレッシャーを与えないように、
と気遣うのとも、また違う気がします。

気遣いっていうのが、
ありのままの自分を隠したり、
否定したりして、
相手に合わせているつもりに
なっていることがありますからね。

それなのに、もし、
相手に気に入られないようだったら、
落ち込んだり、イライラすることでしょう。
その姿がプレッシャーになることも。

だから、こういう言葉に
なるほどって思ってはみても、
ありのままの自分を愛する、
っていうのは、長い旅になる
ということかもしれません。

それは、ありのままの自分が、
まだ分かっていないというスタートを
見つけることから始まるわけですから。

(参考) 私がわたしになれる本(テリー コール・ウィッタカー)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月14日

恥ずかしいと思う大人が喋らない方がいい。...

恥ずかしいと思う大人が
喋らない方がいい。
恥ずかしいと思う先生がたは
喋らない方がいいですよ。
そんなふうに伝わっていくから...。

(情熱大陸、永原郁子[助産婦])

性教育についての発言からです。
でも、それ以外のことにも
当てはまるように思います。

いろんな価値観を
もっている大人がいて、
何を恥ずかしいと思うか、
その人間性も様々でしょう。

性について語ることが即、
恥ずかしいことなんかじゃなくて、
その性をどう扱うかによって
恥ずかしいことにもなる。

それは、
自分の欠点が現れたり、
失敗したことを認めたり、
他の人と違う個性を見せたり
するようなことにも通じるだろう。

欠点、失敗、他の人と違う個性を、
恥ずかしいと教えられ、
そのとおりに思い込んできた大人には、

その先に広がる世界に
導くことはできない。

自分の狭い価値観の中に、
子供や教える相手を
閉じ込めてしまうばかり。

恥ずかしいと思わせれば、
それについて隠すようになる。

それについて話し合って、
問題を解決しようという気持ちをも
否定させることになってしまう。

そして、
二進も三進もいかなくなってから、
問題が浮かび上がってくることになる。

何が恥ずかしいことか、
ズレてしまってはいけませんね。

(参考)
恥かけ、汗かけ、涙しろ(ルー大柴)

2008年6月 2日

今日、めっちゃしあわせな気分やわ...

「今日、めっちゃしあわせな気分やわ」

「じゃあ、そのしあわせな気分のときに
 いっしょにおれて私もしあわせやわ」

(ほぼ日デリバリー版)

人のしあわせを見て、
自分もしあわせを感じられる人だけが、
本当にしあわせになれる気がします。

一人一人の人生には、
いいこともあれば、
そうでないこともある。

だいたいの人は、
いいことがあまりないように感じて、
悪いことばかりが多いように感じて
いるかもしれない。

そんな人生であればなおさら、
他人の人生のいいことにも、
喜びを感じる心がなければ、
喜ぶチャンスすらなくなってしまう。

もちろん、自分に、
いいことがあるように
自分でがんばることも大切だけど、

自分のことであれ、
他人のことであれ、
幸せを感じることに巡りあえたら、
喜ぶクセはあった方がいい。

そういう積み重ねが、
どんなことが起きても、
幸せな気持ちでいられる素質を
育んでくれるんじゃないだろうか。

今この瞬間に、
不幸を感じている人は
多いかもしれないけれど、

幸せを感じている人も
間違いなくいる。

そういう幸せを見て、
うらやむばかりでなく、
心から幸せを感じられる人間に
なりたいものですね。

難しいことかもしれませんが...


(参考)
夜中にラーメンを食べても太らない技術 (伊達 友美)

2008年4月28日

大事なのは他人が考えた大きな事より、...

大事なのは
他人が考えた大きな事より、
自分で考えた小さな事だよ。

(引用元不明)

たとえば、
自分の心に描いた夢が、
誰かと比べて小さかったとする。

だからと言って、
その誰かと同じ夢に
乗り換えようなんて思うのは、
もちろん、
その人の勝手ではあるけれど、
魂がどれだけ入り込めるかなぁ...

何か考え出すことのサイズには、
その人の生きてきた背景とか、
自分の能力とかが関係していて、

最初は、見てきた世界や、
生きている世界が小さいから、
考え出すことも、やっぱり
小さくなるかもしれない。

けれど、それはそれでいいと思う。

とりあえず、
魂の入り込めるアイデアで、
自分を動かしてみないことには、
魂以外の問題も見えてこない。

魂が、思いが、熱意があれば、
何でも成し遂げられるという
わけじゃないかもしれない。

そういうことが分かるためにも、
最初は、小さくてもいいから、
自分で考えたことから
スタートしてみた方がいい。

そのうちに、
自分の熱意が問題なのか、
考えることのサイズが問題なのか、
きっと、分かってくるだろう。


(参考)
セルフトーク・マネジメントのすすめ(鈴木義幸)

2008年3月13日

毎日完璧になんて…

毎日完璧になんて
しなくていいんだよ。
1日1日、程々に。

子供の幸せそうな姿を見た時、
自分のしてることが
「完璧」だと思えればそれでいい。
私もあなた達を育ててそう思えました。

(mixi、まめこりん)

出産をして初めてのお正月に、
お母さんから来たメールだそうです。

いいお母さんですね。

毎日毎日を
完璧に生きるのは、
むずかしい。

自分の思いでは
コントロールできない人やものと
付き合っていれば、なおさら。

完璧にいくまで
とことんやるという方法もあれば、

とりあえず5回やってみて
うまくいかないなら、
別の視点で新しい方法を探すために、
ちょっと離れてみようっていうのも、
1つの考え方。

まず認めなければいけないのは、
完璧にやろうとしている自分が、
完璧な人間じゃないんだから、
どうしても完璧に遠いものが
あるということ。

完璧にいかない時は、とりあえず、
ここまでというラインをつくればいいし、
完璧にいきそうな時でも、
欲張らないラインが必要なこともある。

そもそも、
私たちの欲望が
完璧じゃないんですよ。
それさえ分かっていればいい。
そう思います。


(参考)完璧な男に出会う方法(リュ・シウォン)

2008年2月18日

いい人には三種類しかない。…

いい人には三種類しかない。
すなわち、
都合のいい人、
調子のいい人、
どうでもいい人。

(秋吉久美子)

わたしは、
間違いなく、
調子のいい人だ。

自分の調子で、
自分と他人を振り回す。
それも、遠慮することなく、
堂々とやれる自信がある。

そんな自信なんてものは、
他人にすれば、いい迷惑だが、
どうでもいい人に比べれば、
マシだろうなんて思っている。

でも、考えようによっては、
どうでもいい人と思われるのも、
時には悪くない。

ネットワークビジネスのお誘いとか、
やりたくない役員をお願いされる対象から
外されるのであれば、
断ったりする時間も節約できるし、
かなりお得な気がする。

そして、都合のいい人。
利用されることが嫌いな私は、
逆に、都合のいい人を探しているかも?

しかし、我が強すぎて、
ガードを固めている人に限って、
その「我」とか「欲」が利用されて、
落とし穴にハマることもありそうな気がする。

いずれにしろ、みんなが、
何かしらのいい人に当てはまりそう。

そうだ、
カッコいい人、
気持ちいい人ってのもあるな。


(参考)ドレスの下に(秋吉 久美子)

2007年8月 2日

いつまでも、自分の傷に…

いつまでも、
自分の傷に甘えていちゃ駄目だよ。
あんなことがあったから
もう頑張れないなんて、
自分の幸せに蓋してるだけだよ。

(引用元不明)

ゆきさんからの投稿です。

誰かにやさしくされると、
それに甘えたくなる。

そういう誰かがいないと、
自分の傷に甘えたくなる。

甘えて、
寄りかかれるものがあれば、
生物というものは、自然と
それにくっつくように出来ている。

けれど、
甘えるものがあれば、
幸せになれるとは限らない。

甘えるものがない方が
自分の幸せを
ちゃんとつかめることも
少なくない。

甘えることを
すべては否定しない。

甘える場所があるのは、
ひとときの休憩となる。

それが分かっていて、
そこから自立して
がんばる自分になることも必要。

甘えられることも
一つの幸せかもしれないけど、
甘えてばかりいちゃ、
本当の幸せは見えない。


(参考)「甘え」の構造(土居 健郎)

2007年7月22日

私が大切にしているのは、…

私が大切にしているのは、…
「私が生きた」
と言えるような人生を
つくり出すこと。

(こころの処方箋、河合隼雄)

これまで、
私は生きてきたか?

っていうところを考えると、
だいたいは、

自分らしい生き方って何?

ってなことを考えさせられる。

若い人は、
好きなことをする道を探し、

そこを通り過ぎた人は、
まわりから評価される道を探す。

探して生きていくなかで、
有名になれるか、
大きなことができるか、
人と違うことができるかは、
結局のところ、分からない。

何によって、
「自分の人生を生きたか」
を測れるかどうかでさえ
本当は分からない。

今をすべて投げ捨てて、
新しい人生を切り開くことが
「私は生きた」と言える時もあれば、

ただの逃げであって、
そう言えない時もあるだろう。

まわりからの評価が高くても、
いくら有名になっても、
大きなことを成し遂げても、
本人が「私は生きた」
と思えるかどうかは知れない。

きっと、人生には
「本体」の部分と
「おまけ」の部分があって、
どっちもいいものに違いないけど、

人生の場合は、
「本体」を失ったら、
「おまけ」の意味もなくなるんでしょう。


(参考)こころの処方箋(河合隼雄)

2007年7月17日

競争が激しくなったことは認める。しかし…

競争が激しくなったことは認める。
しかしね、人間の勝負は、
死ぬまでわからないものだ。

人生をスタートしたばかりの
幼稚園や小学校あたりで、
勝った負けたもないもんだよ。

(人間の証明、森村誠一)

若い世代では、
刺激を求める競争が
盛りあがっている。

少し年を重ねると、
プライドを勝ちとる競争が
いろいろなかたちで見えてくる。

さらに年を重ねると、
自分の身を守るための競争が…

老いも近くなると、
持ち続けることが出来なくなるというのに
ただ持ち続けるだけの競争が激しくなる。

いろんな競争がある。
けれど、必ずしも
競争に参加しなくてもいい。

そして、参加したいなら、
いつでもスタート出来る。

だから、何歳の人でも、
現時点の勝負だけで
一喜一憂することはない。

勝ちを喜んだとしても、
負けを悔しがったとしても、
それは、今だけのこと。

まだまだ、
いろんな勝負が待っている。
自分らしい勝負を
始めることもできる。

勝負は、いろいろ訪れる。
どの勝負にも真剣味は必要だけど、
たった1つの勝負だけで
あきらめる必要はない。


(参考)人間の証明(森村誠一)

2007年7月 7日

わたしたち、まだどこのナニモノでも…

わたしたち、まだ
どこのナニモノでもないでしょ?

いずれはどこかの
ナニモノかになりたくて
一生懸命やってるつもりだけど、
望んだ結果が出るかどうかはわからない。

結果が出る人と出ない人との差が
どこにあるのかも見えない。

(名もなき毒、宮部みゆき)

美空さんからの投稿です。

ほとんどの人が、
似たような気持ちで
生きているかもしれない。
今日出会ったいろんな人が…

電車で隣りに立っていた人も、
同じサイトにアクセスした人も、
応対したコンビニの店員さんも…

ナニモノって何者?
みたいな感じで探している。

自分らしく成功したい、
と思っていても、世の中に
あふれかえっている「成功の秘訣」が
さまざまな雑音に混じって、
心の中に入ってくる。

最初は振り向かないようにしていても、
ついには、ガマンできなくなって
それに飛びついたりもする。

すると、なんか
道が開けたような気さえする。
そして、真似をしてみるけれど、
やっぱりうまくいかない。

何が足りないんだ?
と自問してみれば、
努力がまだ足りないんだ、
という気もしてくる。

そこで努力をしていると、
次の新しい雑音が聞こえてくる。
試行錯誤に嫌気がさして、
たまらず、その雑音に飛びつく。

そっかぁ、そういうことか、
と分かった気になるけれど、
結果はそれほど好転しない。

そのうち、
ナニモノかになるために、
自分の内なる声を信じればいいのか、
世にいう成功の秘訣を信じればいいのか、
分からなくなってくる。

分からなくていいと思う。
そういう試行錯誤している者も、
ナニモノかの1つでしょうから。


(参考)名もなき毒(宮部みゆき)

2007年6月30日

誰だってみんなゼロからなんだ。…

誰だってみんなゼロからなんだ。
だから何もできなくて当たり前。
できないことがカッコ悪いんじゃない。
やろうとしないのがカッコ悪いんだ。

(引用元不明)

桜さんからの投稿です。

部活動の練習風景を見学するために
長女の中学校へ足を運ぶと、
カッコいい、カッコ悪いを意識していると
どういう行動をするかっていうのが、
よく分かってきます。

私が中学生の頃もそうでしたが、
運動能力の優れない子供が
必ずいるものです。

一生懸命やってもやっても、
なかなかうまくはなれません。
カッコ悪くも見えます。
けれど、本人はすごく真面目で
一生懸命だから、
周囲は、応援したくなります。

一方、運動能力は優れていても、
始めて間もない頃は、
それほど上手というわけじゃないので、
そのカッコ悪さを気にして、
真面目に練習しない子供もいます。

自分は上手じゃない
と感じているのなら、
一生懸命に練習する気持ちに
なればいいのに、

上手に出来ないのに
一生懸命やっているなんてカッコ悪い、
それよりだったら、
適当にやっている姿の方がカッコいい、
と思ってしまうわけです。ある意味、
ちょい悪志向なのでしょうね。

カッコいいと見えるまでは、
カッコ悪いと見える努力が
必要なんですよ。

それがどうしてもイヤなら、
カッコいいことも
あきらめた方がいい。
そう思います。


(参考)7つの習慣—成功には原則があった! (スティーブン・R. コヴィー)

2007年6月28日

「ひと」と同じなら…

「ひと」と同じなら
幸せですか?

(時間屋、日高万里)

同じだから安心感、
違うから優越感、
あるいは劣等感…

同じことが
それほども大切な世界では、
同じことが実は苦しみにもなる。

大切だったら、人を
幸せにしてくれそうなものだけど、
与えてくれるのは、
一時の安心感だけ。

ホントに、少しの間だけ。

あとは、
何かが誰かが
変わることによって、
「同じ」も変わるから、
それに付いていくか、
付いていかないか、
付いていくべきか否かで
みんなが振り回される。

そして、
少しでも遅れると、
幸せでないような気分に
させられてしまう。

だったら、
「同じ」ことなんて
捨てちゃえばいい。
気にしないことに
決めちゃえばいい。

「同じ」という派閥から
離れようとするのは、
最初はキツイ経験かもしれない。
それも、けっこう大変な…

けれど、
しばらくすれば、
何ともなくなる。

なんで、あんなに、
「同じ」にこだわっていたんだろう…
とさえ思えてくる。

幸せは「同じ」からは生まれない。
それどころか、かえって、
誰かとの「違い」から生まれる。

そういうものだと思う。


(参考)時間屋(日高万里)

2007年4月20日

人の痛みと自分の痛みを…

人の痛みと自分の痛みを
比べることはやめましょう。

(引用元不明)

優さんからの投稿です。

先日、FTV系テレビ番組
「ココリコミラクルタイプ」で、
友達にしたくない女
っていうのがありました。

トップ3には、思わず、
うんうん、とうなずいていた私。

3位、
「絶対誰にも言ったら
 ダメだよ」が口グセの女。

秘密にするのが好きなだけなのです。
しかし、自分が一番誰にでも
しゃべりまくっている。

2位、
借りたものを平気で返さない女。

借りるときには、
とてもいい態度ですが、
いったん手にすると、
他人のものという感覚が
消えちゃう人です。

1位、
相談するくせにアドバイスを聞かない女。

結論は決まっているのに、
相談してくるのです。
それはそれで、ゆるせます。
心の整理をする手伝いを
して欲しいみたいな態度なら…

しかし、そうじゃない人もいる。
こちらは関係ないのに、
あれやって、これやって、
みたいな強引なお願いをしたり、
アドバイスには「分かった」と言いながら、
同じ相談を何度もしてくることもある。

それでいて、
相手にされなかった気分を勝手に感じて、
「なんか、尻切れトンボみたいな感じ…」
なんていう捨てゼリフまで置いていく。

ああ、時間の無駄…

これらトップ3に共通するのは、
「あなたはいいよね。」
みたいな見方をすること。

お金があるから、
経験があるから、
頭がいいから、
才能があるから、
助けてくれる人がいるから、
みたいに。

比べて、どうなるんでしょう?
それで痛みが解決するなら、
それはそれでいいでしょうけどね。


(参考)頭のいい人が儲からない理由(坂本桂一)

2007年4月16日

わたしは、幸せにしてもらいたくて、…

わたしは、
幸せにしてもらいたくて、
あなたを好きになったん
じゃないんですよ。

あなたを好きになったから、
いつも幸せな気持ちで
いられたんですよ。

(月と貴女に花束を3巻、志村一矢)

幸せにしてもらいたい、
楽しませてもらいたい、
退屈させないで欲しい、

買ってほしい、
見て欲しい、
放っておいてほしい…

願いを叶えてもらうことばかり
考えていると、そのうち、
手持ちぶたさになって
相手を試すようなお願いばかり
するようになっちゃう。

願いを叶えてくれるかどうか、
で相手の思いを何度確かめても、
幸せの実感は湧かない。

自分の好きな気持ちを大切にし、
そのために、自分がやるべきことを
しっかりやっていないと、
きっと、幸せは感じられない。

幸せは、
お願いの数でなく、
自分のがんばりの数に
比例すると思います。

もちろん、
お願いをするのが
悪いわけじゃないけど、
お願いするばかりじゃ
誰からも叶えてもらえない。

自分の願いの強さを
態度で証明しないとね。


(参考)月と貴女に花束を3巻(志村一矢)

2007年1月20日

そこそこの奴っていうのは、…

そこそこの奴っていうのは、
何もかもそこそこにがんばって、
そこそこに結果を出して、
そこそこに終わっちまう。

(やったろうじゃん!、原秀則)

できる人は、
「できない」っていう結果を
ものすごく嫌うし、
プライドもあるから、
努力を惜しむことはない。

できない人は、「できる」ことを
たいしたこと問題じゃないという
素振りを見せながらも、
コンプレックスをもってたりする。
だから、その悔しさをバネにして、
別のことをものすごく頑張ったり、
究めていたりもする。

そこそこ…

できる人は、
そこそこの人を
もっと真剣にやれよ、と思い、

できない人は、
そこそこの人を、
なんかいいよなぁ、と思う。

そこそこの人が
無難に生きられるのは、
そこそこの時代だけ…
かもしれない。

今は、どんな時代かな?

プライドとか、
コンプレックスとかがないと、
自分が埋もれてしまう時代かも。

自分に、
どんな才能があって、
何がないのか、なんていうのは、
そこそこやっている状態じゃ、
きっと見えてこないんだよ。

埋もれるな!


(参考)やったろうじゃん!(原秀則)

2007年1月17日

何か欠けてるものの方が完璧なものより美しい。

何か欠けてるものの方が
完璧なものより美しい。

(BASARA、田村由美)

これからお見せする文字は、
文字化けではありません。

□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□

完璧に□だらけ。
すべてが同じです。
私という「人が作ったもの」。

今度は、こんな感じにしました。

□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□■□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□

1つだけ欠けています。
それゆえに、そこに
目が向かってしまいます。

なぜか分かりませんが、
人や人が作ったものは、
どこか欠けていた方が
なんとなく魅力的に
見えたりもします。

私は、本当の完璧というものは、
ものすごく美しいと思っています。

完璧でも
美しくないものがあるとすれば、
きっと、そこには、
人が完璧に見せかけた不自然さ、
ウソがあるからでしょう。

だから、美しいのは、
本当の完璧を目指している人間の
欠けているところだと思うんです。

なぜか、魅力的に見えるんですよねぇ…


(参考)BASARA(田村由美)

2006年11月27日

努力して結果が出ると、…出ないと…

努力して結果が出ると、
自信になる。
努力せず結果が出ると、
傲りになる。
努力せず結果も出ないと、
後悔が残る。
努力して結果が出ないとしても、
経験が残る。

(引用元不明)

傲ったことによって、
痛い目に遭うという経験は、
1回はするべきです。

だいたい、人間は、
傲るように出来ている。
私自身が、私にとってのいい見本。

悔しい思いをしました。
せっかくのチャンスも
逃しました。

しかし、それは、
誰のせいでもなかった。
傲った自分のせい…

いいよ、責任は私がとるから。
なんて大きなことを言えるのは、
責任がふりかかるほどの結果が
出てくるなんて思っていない証拠。

いざ、結果が目の前に見えた時に、
どれだけの努力をしていたか、
あとどれくらい努力できたか、
が分かるもの。

結果を見ても分からない、
もしくは、誤解しているとすれば、
見るべきところを
見ていないということなんだろう…

そうすれば、
次の努力の方向も量も
間違うことになる。

努力の方向が間違っていて、
かわいそう…なんて思われるのは、
どうでもいいことだけれど、
努力がもったいない。

経験が残る、とは言っても、
やっぱり、人間には
限られた時間しかないから、
意味のある努力につなげたいのが
本音のところにあります。

結果をしっかりと見よう。


(参考)一瞬で自分を変える法(アンソニー・ロビンズ)

2006年9月23日

「秘訣」と思われていることのなかには、…

「秘訣」と思われて
いることのなかには、
単なる思いこみや
自己満足でいっぱいです。

(ほぼ日、糸井重里)

この言葉の前には、
カレーの、と付きます。

自分の家では当たり前だと
思っているカレーの常識が、
他の家では意外と違ったりする。

結婚前に、お互いの家で
カレーライスを食べたことなんて
なかった私たち夫婦は、やっぱり、
少しはカルチャーショックあったなぁ。

具材のサイズ、
カレーのとろみ具合、
カレーのかけ方、などなど。

もっとビックリしたのは、
麻婆豆腐です。妻の名誉のために、
詳細を書くのは遠慮しておきますが…笑

シンプルに見える定番料理にさえ、
いろんな思い込みや自己満足が
あるとすれば、

私たちのコミュニケーションなどには、
さらに、それがあるでしょうね。

人間関係はこうあるべきだ、
目上の人にはこう話すべきだ、
初対面の時の身なりはこうだ、とか。

もちろん、
それをされて喜ぶ人もいれば、
ちょっとやりすぎと思う人がいたり、
まだまだ足りないと思う人もいる。

結果、お互いに
ズレがあることを知り、
自己満足だったな、くらいに
流すことが出来ればOK。

けしからん、何が何でも変えてやる、
なんてことになれば、思いこみの
重ね塗りになるばかり。

自分が知ってる「秘訣」なんて、
過去の産物か、他人の非常識に
過ぎない場合が多いんですよ。

そう思っていたほうが、気楽です。
押し付けないのも「秘訣」ですから…


(参考)お金と正義(神田昌典)

2006年9月12日

過去についての思い出は、…

過去についての思い出は、
事実についての思い出ではなく、
事実だと思い込んでいたこと
についての思い出だ。

(英語)
Memories of the past are not
memories of facts
but memories of your imaginings
of the facts.

(事実:小説家の自叙伝、フィリップ・ロス)

私も勘違いをしやすい男で、
ある時期を思い出しては、

「実は、あの時の俺って、
 けっこうモテていたのかも…」

なんて考えたりすることが、
年に1回はあったりする。

だいたい、
根拠も何もないけど、
思うのだけは自由。
誰も罪には問わない。

人によっては、
時が経つにつれて、
そういう記憶のようなものが、
「そうだったに違いない」
みたいな思い込みに変わる人も
いるでしょうね。

それにすがって
生きるつもりがなければ、
何の害にもならないけれど、
それにすがってしまった時には、
少し危険だと思う。

ありもしなかった過去に
すがって生きてしまえば、
きっと、今も未来も見たくなくなる。

過去とか思い出を
否定するつもりはないけれど、
やっぱり、思い込みで
それを塗り替えるのだけは
やめないとねぇ。

それに、もしかしたら、
思い込みで美化しようとしている思い出は、
何年か経った後には、そのままでも、
美しいものだったりするかもしれないよ。


(参考)父の遺産(フィリップ・ロス)

2006年8月 3日

私は悪人です、…

私は悪人です、
と言うのは

私は善人です、
と言うこと
よりもずるい。

(私は海を抱きしめていたい、坂口安吾)

Kさんからの投稿です。

計算された言葉に
思えちゃいますよね。

私も、そんな計算をして
しゃべっている自分に
なっちゃっている時あるなぁ…

「そうねぇ、あんたって、
 極悪人だからねぇ。」
なんてセリフは、
気心知れた友達くらいしか
言い返してこない。

だいたいは、
「そんなこと、ないでしょう。
 あなたは、がんばっていますよ。」
ってセリフを期待しているし、
それに似たようなことになる。

たとえば、
「私は何もしていませんよ。」
と口にすれば、
自分を弁護しているようで、
結局、それが弁護出来ないことも多い。

かえって、怪しまれる。

「もしかしたら、私が
 間違ったかもしれません。」
なんて言った方が好感もたれたり、
周りが弁護してくれたりする可能性も
ありえるわけで。

賢いセリフである分、
ちょっとワルです。

バカ正直に自分の正当性を
主張する人間ほど、
足元をすくわれることって、
けっこうありますからね。

人が誰かに味方する理由は、
その人間が善か悪かよりも、
その人間を味方した時に
いい気分でいられるかどうか、
多分、そこにあるんですよ。

そういうことが分かって、
上手にそれが出来る人間は、
世渡り上手になれる。

正しさばかりでなく、
そういう器用さも身につけた
人間でありたいと思います。

やっぱり、ずるいかぁ…


(参考)信長(坂口安吾)

2005年11月 5日

自分の見ているものすべての物は…

自分の見ているものすべての物は
自分の心の中にあるんだよ。

幸福も不幸も希望も失望も、
喜びも 悩みも みんな、みんな。

(ブッタとシッタカブッタ、小泉吉宏)

他人の幸せを見て、
幸せを感じるとき、
他人の幸せを見て、
嫉妬を感じるとき、

他人の不幸を見て、
優越感を感じるとき、
他人の不幸を見て、
哀れみを感じるとき、

それぞれの時が、
自分の心を映している。

自分のモノがなくなり、
よく探しもせずに、
「きっと、あいつに盗まれたんだ。」
と騒ぎたてる人に限って、
過去に何か盗んだことがあったりする。

「あの人は、私のことを嫌っている」
と言う人の心の中には、
それを言う前から、「あの人」を
嫌っている気持ちがあったりする。

「だまされるかも、損するかも」
と心配する人の心には、
自分がまずトクしたい気持ちが
あったりする。

私自身を見れば、よく分かります。

何かを見て思うことには、
自分というフィルタの跡が、
ちゃんと残っている。

見るものすべてが美しい、
なんてことは、
なかなかないでしょうけど、
どう見えるかは、
心の問題なんですよねぇ、本当に。

ちなみに、今日の言葉は、
veritasさんからの投稿でした。

【参考】
ブッタとシッタカブッタ(小泉吉宏)

2005年10月16日

たとえ、それが悪だとわかっていても、…

たとえ、それが
悪だとわかっていても、
人は孤独には勝てない。

(NARUTO)

クルトンさんからの投稿です。
「やっぱり、人にとって
 孤独とはとても怖いものなんだ
 と思いました。」

これを認めちゃって、
その力に負けたら、
自分がダメになる。
それ、ハッキリ分かります。

孤独が怖くない人って、
きっといないでしょう。

愛されることを
求めているわけじゃないけど、
認めてもらえなかったら、
やっぱり、認めてもらうために
頑張ろうとするはず。

何でもしてやろう、
っていう気持ちになるのは、
分からないでもない。

悪と孤独。
いや、最初は、
そんなハッキリした形では
目の前に現れない。

仲間と孤独、尊敬と孤独、…。
そんな違いに見せられる
かもしれない。

孤独よりだったら、
もちろん仲間でいたい。

孤独よりだったら、
やっぱり賞賛されたい。

孤独よりだったら、
間違いなく注目されたい。

孤独自体は、
悪い言葉じゃないけれど、
仲間で群がっている人々が、
それを悪いイメージで伝える。

だから、恐れられる。
それに勝つって、
本当にたいへんだと思います。

がんばれ~~!!

【参考】
NARUTO(岸本斉史)

2005年9月 4日

人生のなかで、証明なんてものは…

人生のなかで、
証明なんてものは
他の誰でもない自分自身に
するものなんだ。

(英語)
In this life
you don’t have to prove nothing
to nobody except yourself.

(映画「ルディ」)

さすらいびとさんからの投稿です。
コメントは以下。
「誰かに自分の力を証明するため…
 確かに、それは、
 自分を動かす原動力にはなるけれど、
 ある意味では、
 その『誰か』に左右されてるわけで、
 揺れやすいものでもあると思う。」

その通りですよね。

身近に、いい例として、
いつも、証明というか、
弁明して生きている方がいます。

たとえば、私が送った
朝9:00のメールに対して、
その方が、夕方の6:00に
返事をくれたとします。
(ほとんど、そんな感じ…)

返事の中には、
「今、メールに気づいたので」
「携帯が充電中だったので」
「マナーモードにしていたので」
必ず、そんな言葉から始まります。

しかし、私には分かっているのです。
その方が、メールを受信してから、
完璧な返事を送ろうとするために、
それだけの時間をかけていることを…

そういう性格なので、
弁明もしたくなるし、
完璧な返事も送りたくなる。

つまり、自分の行動や言葉を
(時には伴侶の行動や言葉についても)、
自分の思い通りに理解してもらわないと、
気が済まないから、そうなります。

おそらく、
自分の思い通りに理解されないことに、
ものすごい恐れとか嫌悪感を
感じてしまうんでしょう。

ただ、事実は、次の言葉が
表していると思います。

「誇示されたものは欠如を表す」
(フロイト)

つまり、こう理解して欲しい、
と強く示したい思いの中には、きっと、
「本当はそう思っていない」事実を
知っている心があるのでしょう。

だって、自分の思いは
自分のものなんだから、いくら
誤解されてもいいじゃないですか。

誤解する人は、
それが正しいと勘違いして、
誤解しているのではありません。
ほとんどの場合は、
そう信じたいから、
そう思いこむのです。
(芸能情報なんか、一番いい例)

証明したい、弁明したい、
と思った時には、
このことを思い出しましょう。

【参考】
簡単に、単純に考える(羽生善治)

2005年7月30日

本人は、自分の話がごくありふれたものだと…

本人は、自分の話が
ごくありふれたものだと

認識するだけの、
広い視野に欠けていた。

(リプレイ、ケン・グリムウッド)

昨日のいい言葉に対して、
こんなメールをいただきました。

「見下したら何も見えてきません。
 今日のいい言葉で、Shuさんには
 最初から、自分が正しくて
 友人が間違っている、
 というそんな感情が見えます。

 その姿勢で考えている限り、
 あなたが、その友人を
 理解することは不可能だし、
 その部分で、あなたが
 成長することも無理です。

 …
 あなたから見たら
 『無駄なことにこだわって
 いる要領の悪い友人』でしょうが、
 友人から見たあなたは
 どんな人なんでしょう。

 もし、その友人の方が、
 新たな生活において、
 自分の性質を活かせていたら、
 それは欠点でなくなって
 いますよね。

 相手を本当に理解したいのならば、
 どうして相手がそれにこだわるのか、
 その根本を知るのが必要です。
 完全に理解するのは無理だとしても、
 『理解できないこと』として
 理解することは可能ですよね。」

なるほど、というメールです。
その通りですね。

たとえば、
「もの書き」ばかりをしていると、
自然と、自分の世界という狭いものが
出来てしまいます。
(ただ、それが悪いとは言えない。
 面白くてヒットする場合もあるから)

だから、いろんな人と出会ったり、
経験したりすることが必要。
自分の視野を広げるためには…

誰か人に、
自分の考えや思いを伝える時には、
それを口にするかどうかは別にして、

「あくまで、自分の経験と知識の
範囲で言うことなんだけど」

と思いながら、しゃべった方がいい
かもしれません。

だって、その相手は、
それ以上の経験をしてたり、
それ以上を知っているかも
しれないですからね。

「言葉は、信頼関係の中で
 はじめて力を持つ。」
 (山田ズーニー)

改めて、そう思いました。

そう考えると、
会ったこともない私の言葉を、
毎日読んでくださっている皆様には、
本当に感謝が絶えません。

【参考】
あなたを成功に導く「気づき力」(播摩早苗)

2005年4月 6日

期待するのは一人につき一つだけ、あとは…

期待するのは
一人につき一つだけ、
あとはおまけに

(元気セラピー、大谷由里子)

期待されると嬉しい。
それは、自分が伸びたい方向と
同じである場合は特に。

しかし、仮に、その期待が
自分の伸びたい方向でない場合、
あるいは、伸びたい方向だけれど
あまりにも遠い時には、
「やる気」が失せてしまうこともある。

期待するのは、
一人につき一つだけ。

一日一善じゃあないけど、
いい心がけかもしれない。

いやいや、
あの人に対する期待を、
一つに絞るなんて出来ない、
という方なら、

「今は」これだけを期待しよう、
という感じに絞るべきなんでしょう。

一つの時に、
一人につき、
一つの期待をする。

最近、我が子たちに、
期待過剰かもしれない私には、
必要な言葉かもしれません。

今、あなたが期待しているのは誰?
そして、その人には、
どれだけ期待している?

つぶさないようにしましょう。
つぶしたら、期待どころでないですよ。

【参考】
元気セラピー(大谷由里子)

2004年12月 1日

笑う世間の方がおかしい。

笑う世間の方がおかしい。

(新・平家物語16、吉川英治)

どんなことで笑われるのが嫌いか。
悲しいことに、それが人生の基準…

笑われないような行動を
その先々で選んでいく。

世間が何を笑うか、
なんて、気まぐれに過ぎない。

だから、
これが気になる、
あれも気になる、
それも気になる…
という人には、
生きた心地もしないだろう。

そして、笑われた時、
あるいは、バカにされた時には、
この上なく傷ついている。

けれど、考えてみれば、
笑われたことで傷ついたというより、

本当のところ、
笑われないことをそれだけ
重要視している自分が、
自分を傷つけているかもしれない。

「笑う世間の方がおかしい。」
一歩まちがうと、この考え方も、
笑われるみたいなもんだが、

雑音と、そうでないものの違いを
はっきりと分かって、
雑音は気にせずに、
前に進んでいきましょう。

【参考】
青い空を、白い雲がかけてった(あすなひろし)

2004年9月14日

「ほんもの」とは?…

「ほんもの」とは?
(1)つき合うものを害さない。
(2)つき合うものを良くする。
(3)高品質で安全。そして安心できる。
(4)単純でしかも万能である。
(5)経済的である。

(船井幸雄)

「ほんものは、焦らない」
これは、私が付け足したい言葉です。

「ほんもの」は単純とありますから、
多くの人に分かってもらえるはず。

しかし、どうしても、
欲や何かに邪魔されて、
分からない人や
ニセモノにだまされてしまう人が
出てくるのも事実。

自分という人間は、
「ほんもの」になっているか?
自分がつくるものは、
「ほんもの」になっているか?

それに対する答えが、
イエスなら、
焦ることなく、
とは言っても、
安心しすぎることもなく、
その伝え方を究める必要が
あると思います。

目指す相手、人に対して…
「ほんもの」であり続けるために、
伝え方の研究を
あきらめないようにしましょう。

「ほんもの」は、
それが生まれた瞬間に、
みんなに知られるわけではありません。

ニセモノにも、同じことが言えます。
ただ、ニセモノは、その立場が
分かっていますから、
伝え方には、かなりの工夫をしています。

だから、安心しきった「ほんもの」を
落としいれることもできるのです。

そして、焦りすぎた「ほんもの」が、
ニセモノと同じ伝え方をしようとすると、
これまた、墓穴を掘ってしまうのです。

「ほんもの」は、それなりの伝え方を
しなくちゃいけないからです。

「ほんもの」であり続けましょう。

【参考】
この世の役割は人間塾(船井幸雄)

2004年8月30日

スターになることは、君の運命じゃ…

スターになることは、
君の運命じゃないかもしれない。

でも、君がなれる最高の君になることなら、
君のゴールに出来るよ。君自身のために…

(英語)
Becoming a star may not be your destiny,
but being the best that you can be is a
goal that you can set for yourselves.

(ブライアン・リンゼイ)

2004アテネ・オリンピックが終わりました。

今朝は、日本選手の活躍を
讃えるととともに、
ハンマー投げの室伏選手が
繰り上げ金メダルとなったことが
大きく報道されています。

彼の言葉が、
このオリンピックの締めくくりに、
ふさわしすぎて、
心が揺さぶられます。

「金メダルを期待していただくのは
 本当にうれしい。
 でも、金メダルよりも重要なものが
 ほかにもたくさんあるんじゃないか。
 …
 本当に大切なのは、
 メダルへ向けて努力していくことだと、
 今も思っている。」

みんなが金メダルをもらえない。
みんながスターにもなれない。

でも、やっぱり、
「出来るなら、それが欲しい」と
みんながそれを目指していく。
それ自体は、悪いことじゃない。

しかし、その思いを誤まると、
心がゆがんだり、誰かを不当に傷つけたり
することもありえる。

ゴールとするべきことは、
「最高の自分」という状態で
手にする「最高の栄誉」であり、

「最高の栄誉」をとるために、
最低のことに手を染める「最低の自分」に
なってはいけないのだ。

自分がなれる「最高の自分」を目指した先に、
金メダルが見えたら、それが最高の幸せ。

そうでなくても、その後の人生で、
最高の幸せをつかめるチャンスは、
まだまだたくさんあると思います。

【参考】
めざせ金メダル!

2004年7月30日

名誉を奪われるままにする人間は、…

名誉を奪われるままにする人間は、
人生も奪われるままにするだろう。

(英語)
A man who permits
his honor to be taken,
permits his life to be taken.

(ピエトロ・アレティノ)

大きな名誉は要らないかもしれない。

しかし、態度として、
大きな抵抗をするかどうかは、
別にして、
自分の心にある自尊心さえ、
消えてなくなりつつあるのを、
その人自身が放っておくなら、
人生もそのようになると、
たしかに思う。

だから、もし、
敵をだましたいなら、
名誉や自尊心に、
何一つ興味をなくした姿を
見せればいい。
身なりも、言葉も、態度も、
まったく気にしない姿は、
間違いなく、廃人に見えるだろう。

人が信用できない時代には、
味方さえもだまして、
そのような生き方で、
チャンスを待ったと言う。

ただ、本当に、
名誉や自尊心を失ってしまったら、
ダメだというのは絶対だ。

いろんなご老人に出会うなか、
ボケずに気丈でいる方を見ていると、
それをもっているように感じる。
もちろん、それだけが理由でもないが…

なかには、自分のそれを守るために、
逆に、閉じこもる人もいるだろう。

名誉は求めすぎても、
堕落するが、
全く求めなくても、
堕落する可能性がある。

名誉と、うまい付き合い方を。

【参考】
世間の目(佐藤直樹)

2004年6月12日

カッコつけてちゃ、命は救えない。

カッコつけてちゃ、
命は救えない。

(映画「海猿」)

今日(2004-6-12)より上映される、
「踊る大捜査線」のスタッフが贈る映画。
私も、とても楽しみです。

カッコいい世界にも、
カッコつけてる場合じゃない時がある。

カッコつけることを考えられるうちは、
まだ本気じゃないのかもしれない。

自分が今やろうとしていること、
今やっていることは、
どうだろうか、と考えてみると、
分かってくることがある。

もし、カッコつけるために
やっていることなら、
どこかで試される時がくるから。

カッコつかなくなるから止めるか、
カッコつかなくても続けるか…、
その二者択一だ。

ん~、私の場合はどうだろう?
どちらもあるように思う。

まったくカッコつけないで
生きることなんて、
多分できないだろう…

だって、自分は、
「カッコつけないで生きていく」と決めて、
そういうカッコを意識することだって、
「カッコつけ」だろうから。

今日でも、明日でも、
カッコつけない自分が、
どんなふうに生きていく人間なのか、
考えてみてはいかがでしょう?

【参考】
海猿(佐藤秀峰)

2004年6月 8日

楽しいことは長続きする。好きなことは…

楽しいことは長続きする。
好きなことは長続きする。
気持ちのいいことは長続きする。

そうでないことは、
どんなに強制されても
結局は続かない。

(生きるヒント、五木寛之)

こんな言葉を提案すると、
都合よく、使う人々もいる。
「好きなことで夢を叶える」
「好きなことを仕事にする」
「好きなことで起業する」
こんな感じの言葉だ…

たしかに、可能なことである。
間違いではない。

ただ、それで始めることは出来ても、
それを続けることが出来ない人が
多いのはなぜだろう…?

好きなことを、
単に「楽だから」という理由で、
始めるから、そうなるかもしれない。

「長続きする」という言葉を
見落としてはいけない。

どうせ苦労するなら、
どうせ難儀するなら、
あきらめないで長続きさせられることで、
それをした方がいい。

なかには、ちょっと楽しいと
思っただけのことが、
予想以上にうまくいって、
さらに楽しくなり、
続けられるケースもあるだろう。

逆に、自分では、
本気で楽しいと思っていたはずなのに、
うまくいかず、嫌になったり、
それほど好きでもなかった自分に、
気づくこともあるかもしれない。

私たちの周りには、
いろんな好きや楽しいがあふれているから、
実際のところ、自分のホンモノの気持ちを
見つけること自体、難しいのかも…

本当に続けられるかどうかで、
自分が好きかそうでないかを、
見きわめることも出来る。

まずは、好きなことを、
本気でやってみよう。
次に進むためにも、それは価値がある。

【参考】
元気―人はみな元気に生まれ元気の海へ還る(五木寛之)

2004年5月 6日

奇妙な話ではないか! われわれは外部からの悪には、…

奇妙な話ではないか!
われわれは外部からの悪には、
…憤慨するけれども、

いつも自分の支配下にある
自分自身との悪とは、
いっこうに闘おうとしない。

(文読む月日、トルストイ)

これは、
マルクス・アウレリアスの言葉を、
トルストイが訳したものだそうで、
(日本語訳も加わっていますが…)
深くナットクです。

何なんだ、あいつは?…
何やっているんだ、政治家は?、
何やっているんだ、アメリカは?

「まず、自分のことをちゃんとやれ!」
そう言いたくなる自分に気づいたら、
そういう自分こそ、ちゃんとやれ!、
と自分に言い聞かせる余裕があったら、
いいかもしれない。

悲しい人間の性(さが)なのでしょう。

そうは思っても、
なかなか難しいです。

ですから、聖書の時代から、
こんな言葉があるんでしょう。

「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、
 自分の目にある梁(はり)を認めないのか。
 自分の目には梁があるのに、
 どうして兄弟にむかって、
 あなたの目からちりを取らせてください、
 と言えようか。」(マタイ7:2-5)

ルールが増えれば増えるほど、
経験や常識が分かれば分かるほど、
他人をしばるものだと思っていたら、
勘違い…。

まずは、自分のために…
本当に、賢明でありたいものだ。

【参考】
文読む月日、トルストイ

2004年5月 5日

世に義によって動く者は少ない。たいていの…

世に義によって動く者は少ない。
たいていの人は恐怖によって
追い立てられ、
利によって誘われて動く。

だが、奇妙なことに、
義によって動く者が多いだろう
という期待は持っている。

恐らくこれは、
人間の持つ人間に対する
ロマンであろう。

(巨いなる企て、堺屋太一)

自分の動機は、
どこかしら不足しているのに、
他人には、
完璧な動機を期待していたりする。

それが人間の美しさでもあり、
弱さなんだろう、と思う。

インターネットが発達してきて、
人の正直さというものが、
もっと目に見えてきた。

自分の利によって動く。
しかし、感動の伝わり方も、
とても早い。

熱しやすく冷めやすい、
堅くもあり惑わされやすい、
弱くもあり強くもなれる。

どんな映画がヒットして、
どんな本がベストセラーになるか、
それだけを見てても、

人の憧れって、
「義」にあるんだなぁ、
と思っては安心する。

ただ、その「義」を行うのは、
誰にとっても難しいようだ。

ストレス、プレッシャーの前では、
その理想を自分自身が守れなくなる。

心と体は別々…
そんな矛盾を背負っていても、
ロマンをあきらめないで
生きる人間でありたいと思う。

【参考】
巨いなる企て(堺屋太一)

2004年1月21日

一生というものは、美しさを作るためのものだ、自分の。…

一生というものは、
美しさを作るためのものだ、自分の。
そう信じている。

(燃えよ剣、司馬遼太郎)

原文では、「一生」の前に、
「男の」という言葉がつく。

男に限ったことじゃあないから、
それをとってしまった。

自分の美しさとは何か、
というところから、
本当は考えたいのだが、

やはり、外見の美しさに対する憧れは、
簡単に消せるものではないと思う。
コンプレックスなどがあれば、なおさら。

年ごろ的なもの、自分の自尊心、
周囲から伝わる価値観などなど…

自分の美しさを作るための一生、
とは言うが、それを考える前に、
いろんな壁に邪魔されてしまう。

年を重ねると、
今度は「立場」という美しさが加わる。
考えようによっては、それも壁となる…

「人生の彫刻家は私たち自身であって、
 手の加えられていない自分という材料が
 目の前に存在する。
 人は皆、自分の姿を形造っているのである。」
 (デビット・O・マッケイ)

そんな彫刻家のような自分が
見えるようになったら、少しは、
美しさが分かってきた証拠ではないか、
と思う。

私も、自分の美しさというものは、
まだまだ分かっていないと思います。
正直に…

【参考】
だれもあなたのことなんか考えていない(ロジャー・ローゼンブラット)

2003年11月21日

正しいこと一つをするのは、間違い一つをした言い訳より、…

正しいこと一つをするのは、
間違い一つをした言い訳より、
時間がかからない。

(英語)
It takes less time
to do a thing right
than it does to explain
why you did it wrong.

(ヘンリー・ワーズワース)

間違い一つをした言い訳自体が、
多分「間違い」。でしょ?
だから、時間がかかる。

詫びたり、直したりすれば、
すぐ終わることも多い。

これって、