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自分がどういう人間であるかと、自分がどう
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(読めばたちまちハッピーになるいいコトバ、皆川修一) »

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常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

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2010年1月21日

それほど失敗をしない人は...

それほど失敗をしない人は
たいした挑戦をしていない

(風鈴演奏家[吉田慎])

twitterでフォローしている、
風鈴演奏家さんの「本日の書」です。

多くの人がやっていることを、
うまくいく方法をみんなが知ってから、
それをやったら、まず、
失敗することはない。

成功ということだ。

けれど、
そういう後追いの
成功だけに慣れてしまうと、

失敗することができない、
という最大の失敗に
ぶち当たるんじゃないか、と思う。

失敗することができない状況は、
けっこう厳しい。

生きていれば、
そんなシーンは、
数限りなくあるはずなのに、
それを、後追いだけで避けてきて分、

いきなり、失敗にぶち当たってしまうと、
打たれ弱さが、前面に出てきてしまうだろう。

小さい頃から、
打たれていたほうがいい。

なんでも褒められ、
まわりが手加減し、
いつも1番のように演出されてきて、
そのまま大人になってしまった人は、
失敗に弱い。

失敗を避けさせてはいけない。
失敗の気分を代わってあげてもいけない。

失敗すればするほど、
強くなる。
本当の成功に近づける。
挑戦していることになる。

(参考)Deep Breath~風音

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年12月 7日

あぶないところだったなんて...

本人はきっと、
あぶないところだったなんて
気づいてもいない。
そんなこと、気づく人はいないか。

あぶないところをのがれたなんて、
たいてい気づかない。
気づくのは、のがれられなかったときだけだ。

(青空のむこう、アレックス・シアラー)

危ないところに気づかずいて、
その後に、何ひとつ危ないことが
なければ、何も問題はない。

わが家は、皿洗いと、
そのあとの皿ふきというルールが
あるのですが、

次女が皿を洗っているときの音が、
けっこう怖いのです。

必要以上に皿のぶつかる、
ガチャガチャという音が
聞こえてくるから。

こちらは、
いつ皿を割るか割るかと、
ドキドキするしだいです。

幸い、高価な皿はないので、
お金の心配はしていませんが、
割った後の後かたづけが
面倒なんですよね。

いずれにしろ、
うちの次女は、危険な感性を
もっている危険人物というレッテルが、
家庭内で貼られているのです。

本人が、そういう事実を
いくらか認識していればいいのですが、

危ないところに気づかない感性が、
そのあとも同じように危ないところに、
自分を連れて行き、
同じ目に遭わせるなんてことはよくあること。

事故でも、違反でも、
人間関係のトラブルでも、
それが当てはまるでしょう。

ギリギリで、命拾いをした、
と感じたときには、
あとになって想像して怖くなる。

でも、そんな命拾いも、
しばらくすれば忘れてしまうから、
また、危ない目を作っていたりする。

わたし自身も、
学びが足りないなぁって思います。

(参考)青空のむこう(アレックス・シアラー)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年11月 9日

教育も料理もな、さじ加減。...

教育も料理もな、さじ加減。
だからやっぱ、手抜くとあかん。
ほんと、手抜くとダメ。

(情熱大陸、村林新吾)

味のセンスというのは、
頭の良さがなくちゃ
いけないことだと感じます。

すごく精密な計算を
するわけじゃないけれど、

さじ加減によって、
どう味が変わるか、
想像できる力が
ある程度は必要でしょう。

味が想像できないとしても、
これを入れたら面白くなるかな、、
みたいな感覚が。

子供の教育についても、
目の前の子供の「今の味」を
理解して、
これを教えたら、
または、これを試したら、
どんなふうになるかな、
っていう想像力が必要なはず。

今の味を分かるためには、
子供との距離、
素材との距離が遠くなると、
分からなくなります。

今の味について、
どこをいいとして、
どこをダメとするか、
(あるいは、どこを変えるとするか)
そこのポイントがずれれば、
さじ加減の方針から間違ってくる。

昨日の私は、そこらへんで、
ちょっと間違いがあったことを発見。
しかし、間違ったという事実によって、
何がよくて、何がダメだったか、
という事実把握にミスがあったことも
分かった。

そういうミスを早めに見つけられたのは、
逆に、幸せなことなんだと思えばいい。

さじ加減のミスはしたくない、
けれど、ミスはしてしまう。

だったら、早めに
ミスをしてしまった方がいい。
どうせ、ミスをするんだから。

そういう心意気で、
がんばりましょう。

(参考)高校生レストラン、本日も満席。(村林新吾)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年9月19日

ほしいものがあるならば、...

ほしいものがあるならば、
手に入れる方法を
さがさなきゃだめなんだ。

ほしいくれと、
それだけ言うんじゃだめなんだ、
ぜんぶ人のせいにしちゃだめなんだ、
現実と想像の区別を
つけなきゃだめなんだ、
自分だと思っている像から
マイナス百くらいが
ようやっと自分の姿なんだ。

(くまちゃん、角田光代)

自分の現実を知って、
落ち込むために言っているんじゃなく、
自分のスタート地点を知って、
どこへ向かうかを知るために
言われている言葉に思えます。

スタート地点を
勘違いしていると、
向かうべきゴールへの
方向も変わってくるし、

そこへ行き着くための
ペース配分も変わってくる。

マイナス思考に
なる必要はないけれど、
本当の自分に
少しでも近いところに
自分を理解しておいて、
がんばることが出来たらいい。

時には、
自分でなく、周りが勝手に
自分を買いかぶっている場合もある。

それがプレッシャーになるとか、
そういうことだけが問題でなく、

できるだけ、
ニセモノの自分でなく、
ホンモノの自分をつかむことが
大切なんだと思います。

人に見せるためとか、
自分に自信をもつためとか、
ニセモノの自分と向き合うことが
多少はあっても、
いつもずーっとというのは、
やっぱり、難しい。

ホントの自分はどこか、
がんばって見つけましょう。

(参考)くまちゃん(角田光代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年7月28日

いままでの失敗は、...

いままでの失敗は、
すべて私の糧になっている。
それが「努力」であり、
それを常に行動に移すことで
「成功」に導かれると考えている。

「失敗」ではなく、
「敗北」をしなければいいのだ。

(週刊日流eコマース2009.07.16、近藤勝俊)

つい最近、
完璧な敗北だ、
と思ってしまう瞬間が
ありました。

5年間がんばってきたことが、
もう、これ以上時間を注いでも
どうにもならないなぁ、
と感じたのです。

敗北は厳しいです。
失敗とは違います。

けれど、
敗北したと言いながら、
どこかしらに未練があるのも
事実です。

それは、きっと
心の奥底では、
敗北を認めていない、
ということなのでしょう。

使う言葉だけの違いで、
失敗を認めるのも、
敗北を認めるのも、
同じことかもしれませんが、

後悔が残る失敗も、
未練が残る敗北も、

前に進むための糧を
見つけ出すことが出来ない限り、
いつまでも、いつまでも、
繰り返されるものだと思います。

チャレンジは繰り返すけれど、
同じタイプの失敗や敗北を
繰り返してはいけない。

今日も、がんばろう。

(参考)音速成功 ~夢はチームで叶えろ~(音速成功プロジェクトチーム)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年4月27日

余っているのは、...

余っているのは、
足りないのと同じことである。

(五輪書、宮本武蔵)

何事もバランスよく
持っているというのは珍しい。

余っているものがあれば、
足りないものもある。

そして、
余っているものと、
足りないものが、
自分とは反対の人もいる。

自分と、その反対の人が、
どこかで、どうにかして
巡りあえれば、
補いあえるかもしれない。

自分が多く持っているものに
固執しすぎれば、
そういう出会いを逃してしまう。

自分に足りないことに
こだわりすぎると、
いじけた考え方になってしまう。

2人で補いあえなければ、
もっと他の出会いを探せばいい。
3人、4人、5人と増えることで、
補いあえることもあるだろうから...

自分に余っているものが
見えたら、
誰かに分け与えることを
考えればいい。

時間が余っていたら、
それを欲している人を探す。
その人に、自分が足りないものを
分けてもらえたら、幸いだ。

余っているものが見当たらず、
アイデアでも、お金でも、何でも、
自分に足りないものしか見えなかったら、

それを恵んでもらうことばかり考えず、
ちょっとでもいいから、
他の人に分け与えられるような、
とんがったものを見出したほうがいい。

足りないということは、
きっと、何か余っていることなのだ。
そう考えるようにしたい。

(参考)五輪書(宮本武蔵)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年4月24日

自分は一生変わらない...

自分は一生変わらない
なんて思っているから、
おかしくなる。

自分は毎日、変わる。
そのほうが楽。

(雑誌「DIME」、養老孟司)

そんなことない、
そんなことない。

そんなことしない、
絶対にしない、しない。

そう言うわりには、
その通りのことを
毎回する人がいる。

変わりやすい人ほど、
変わっている自分に
気づかない。

それは、
自分の意志でなく、
周りに流されてしまって
変わっているから。

流されている人は、
それに気づきにくい。

流されやすい人を変えるには、
流れを作れればいいのだけど、

それが出来ないのなら、
自分が変わる方がいい。
その方が手っ取り早いし、
自分の努力だけで変われる。

自分も他人も
どんどん変わり続けている。

違いは、自分の意志か、
流されてしまってか、
という点のみ。

(参考)読まない力 (養老 孟司)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年2月21日

過去を切り離して、...

過去を切り離して、
人は生きていけない。

(ドラマ「トライアングル」)

たとえば、お金でいえば、
使いすぎていた昨日までとか、
貯めていた昨日までとかがあって、

じゃあ、今日何に使えるか、
これからは貯めなきゃいけないな、
みたいな具合になると思う。

お金が、
時間に変わったとしても、
仕事量に変わったとしても、
人間関係に変わったとしても、
いくらか似たことを考えるはず。

過去から学べる人であれば、
今までの自分はこう思っていて、
こんなふうに行動をしていたから、
こうなったんだろうけど、

こんな結果じゃまずいから、
今度はこう生きていこう、
っていう感じの思考ルートを
見つけることでしょう。

さらに、
他人の過去から学べる人は、
あの人はこう思ってるらしいけど、
結果を見れば、実はそうじゃなくて、

こんな感じの考え方をしないと、
これからの時代は難しいみたいだ、
とかになるんだろうな。

過去は、
しがみついてたり、
後悔しながら
眺めてばかりいても、

私たちを幸せにして
くれるもんじゃなくて、
そこから何かを引き出さないと、
ナニモノにもなってくれない。

受験のための過去問題集のように、
キチンと整理して見れば、
傾向なんかも分かったりするんです。

過去とはそういうもの。

(参考)断る力 (勝間 和代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年1月16日

調子の悪いときに...

調子の悪いときに
出るんが実力と違うんか?

(流星ワゴン、重松清)

「実力が出せなかったから」
という言い訳が思わず出てくる。

次のチャンスでも、
「実力が出せずに...」

さらにまた
「実力が出なくて...」

おいおい、いつ、
実力出せるんだ?

というツッコミが入ります。

本当の自分は、
もっと力があるのに...
と言ったり、言われれば、
気分はいいです。

いい慰めにもなります。

けれど、調子の悪いときに
出ているのが実力となると、

「いや、違う。そんなことはない。」

と否定したくなるでしょうね。

自分の実力を高く見積もれば、
チャンスの度ごとに、
どれだけ出せなかったか、
とマイナス評価しなくちゃいけなくなる。

一方、自分の実力を低く見積もれば、
あるいは、調子が悪くても
出せる最低限の力を実力と思えば、
それにどれくらい上乗せ出来たか、
とプラス評価をやれるようになる。

実力は、低く見積もったほうがいい。

たいした鍛錬、練習、勉強も
していないくせに、
高く見積もったりするから、

肝心なときに、
やるべきことが出来なかったり、
何かが足りないことを知ったり
するのです。

(参考)流星ワゴン(重松清)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年11月20日

スポーツが人を感動させるのは、...

スポーツが人を感動させるのは、
世界新記録や金メダルだけじゃない。
選手たちの魂の強さなんだ。

(雑誌「Tarzan」、小松成美)

魂の強さって何だろう?

ライバルと競っているときに、
あきらめないこと?

痛みや疲れがあっても、
それに負けないこと?

苦しくても、無理だと思っても、
突き進んだり、動き続けること?

もっと、他にも
あるかもしれない。

それに、魂の強さなら、
私たちだって
いくらか持っている。

けれど、
世界新記録を出したり、
金メダルを手にする人々ほど
強いものじゃないかもしれない。

彼らの強さは、
どうやって育っていったか、
世界の舞台そのもの、そこで
出来上がったものか。

そうじゃないと思う。

毎日毎日の練習や鍛錬で、
魂は強められていくんでしょう。

そういう1日1日の積み重ねを
しなくちゃいけないのは、
私たちとまったく同じだ。

もちろん、
そのレベルは違うだろうけど、
1日1日がポイントなのだ。

彼らほどの強さは
ないかもしれないけど、
その代わり、
私たちが立ち向かう課題に
ギリギリ必要なだけの強さは、
そうやって育っていくように思う。

憧ればかりが一人前で、
自分の弱さの言い訳ばかりしていたら、
その1日1日をムダに過ごすことに
なるだろうなぁ。

魂の強さに感動したときは、
自分も強くなれるチャンスだ。

(参考)トップアスリート(小松 成美)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月25日

重要なのは、「すべて」を完ぺきに...

重要なのは、
「すべて」を完ぺきに
やり抜くことではありません。

そうではなく、
「やるだけのことはやった」
と思えることが大切なのです。

(卓球レポート、吉澤洋二)

やるだけのことはやった、
と思えるのは、
本当にやっている時か、
大きな勘違いをしている時か、
そのいずれかだろうと思う。

だいたいは、
やるだけのことはやった、
なんて思えずに、
不安な気持ちがよぎるはず...

しかし、その気持ちが消すために、
もっともっととがんばったところで、
さらなる不安が募ることも
珍しくない。

やればやるほど、うまくいかずに
足りないところが見えてくるからだ。

何もがんばっていない人ほど、
自分の足りないところに
出会うことが少なく、
平常心でいられるっていうことも
あるかもしれない。

もちろん、その後で、
現実をまざまざと
見せつけられることになるけれど。

足りないところは
まだまだいっぱいあるけれど、
やるだけのことはやった。

あとは、本番で、
それを出し切る精神状態を
キープすればいいんだ、
という気持ち。

それをつかみたいものです。

(参考)ココロの教科書(ひすい こたろう、スズキ ケンジ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月12日

負けを知ったとき、...

負けを知ったとき、
初めて
勝つことができる。

(金メダリスト北島康介)

昨日の大きなニュースは、
平泳ぎの北島康介選手が
金メダルをとったことと、

バドミントンのスエマエ・ペアが、
優勝候補を破った大金星。

前者は、
最初から期待され
大きな重圧に耐えてきた中、
チョー気持ちよく泳いだ人。

後者は、
オグシオ・ペアという
マスコミ受けする選手らの影で、
メダルのためだけにひたすら
がんばってきた2人。

いろんなドラマが、
あるもんですね。

いずれの選手らも、
いろんな負けの味を知って初めて、
どうやったら勝つことができるか、
を体に染み込ませてきた。

負ける経験を怖がらず、
何度でも負けるチャンスに
挑んでいく。

負けるチャンスがあれば、
勝てるチャンスもある。

もしかしたら、本当に怖がるべきは、
ほとんど努力もしないうちに、
ラッキーに勝てることかもしれない。

そこからは何も学べない。

みんなの大舞台が、
オリンピックとは限らないけれど、
自分にとっての大舞台で、
力を発揮できるように、
毎日がんばりたい。

そう思わされました。


(参考)北島康介夢、はじまる(折山 淑美)

2008年7月 3日

成功とは、意欲を失わずに...

成功とは、
意欲を失わずに
失敗を重ねることである。

(チャーチル)

天才という言葉があって、
それは時に、
たいした努力もしないで、
成功を手にしているかのように
使われている。

しかし、現実には、
その天才を追い抜こうと、
猛烈な努力をしている人がいて、
そういうライバルに負けないくらい、
たくさんの失敗をして初めて、
天才と呼ばれる人々は、
成功者として居られるんだと思う。

失敗っていうものは、
誰にとっても目の覚める経験
に違いない。

大丈夫だと思っていたことが、
そうでもなかったと気づく。

失敗するたびに、
そんな気づきがある。
だいたいは、挫折感とともに...

そして、その挫折感が、
もれなく人間を強くして、
少しずつ、失敗に強い人間を
育てていってくれる。

大切なのは、そこだと思う。
成功する人間に育てるんじゃなく、
失敗に強い人間に育てること。

だって、何回失敗するか、
予測は不可能ですから。
そして、その失敗の先に、
成功があるんですから。

目が覚めるような失敗、
した方がいいです。
早ければ早いほど、
強くなれます。


(参考)チャーチルが愛した日本(関 榮次)

2008年4月15日

成長が終わったわけではない。

成長が終わったわけではない。
今でも終わったと信ずべき理由はない。

(ダイヤモンド・オンライン記事)

景気の良さそうでない風景、
元気がない人々の顔、
失敗ばかりの自分…

そんなものばかりを
思っていると、

これから何が成長するんだろうか、
何かをがんばって
それが実ることがあるんだろうか、
なんて思ってしまうかもしれない。

あるタイミングには、
いちじるしく成長はしていても、
周りもがんばって追いついてくるから、
成長が止まったように見える時がある。

あるいは、自分もふくめて、
自分のまわりでは、
本当に成長がないかもしれない。

けれど、どこかにいる誰かは、
今この瞬間にも成長している。

成長は終わっていない。
成長できるスキマを見つけられれば、
まだまだ伸びることができる。

それが見つけられるまでは、
悶々とした日々もあるかもしれないが、
あきらめない気持ちが
萎えないようにして、
成長する自分の登場を
待っていたいものです。

絶対に、成長してやる!!


(参考)ポケットの中のダイヤモンド―あなたはすべてをもっている (ガンガジ)

2008年4月13日

問題が次々に起こり…

問題が次々に起こり
それを乗り越えていくのが、
私たち、いや人間の仕事なんだ。

(ココロでわかると必ず人は伸びる、木下 晴弘)

問題ねぇ、たしかに、
次々と起こりますよね。

今度は、俺(私)の番じゃないだろ!
みたいに思う人もいるでしょう。

ただ、問題にも
いろいろなタイプがあって、
自分が大切に思っていることなら、
納得して向き合えると思うんです。

それが、そういうことでなく、
横から割り込んできたようなものだと、
心の準備も足りなくて
イライラしてくる。

雑用に追われて
目まぐるしい日々に
なってしまう感じ…

そんな問題にばかり
付き合わされているような人を
見かけるときもあります。

人が問題を選んでいるのか、
問題が人を選んでいるのか。

どんな問題と出会っているか、
っていうことが、
その人となりを表している気もします。

だから、それがその人の仕事。
そして、その仕事がその人を育てる。

私も、育てられています。


(参考)ココロでわかると必ず人は伸びる(木下 晴弘)

2007年9月27日

そんなのは失敗じゃない!…

そんなのは失敗じゃない!
ただ他の人より遠回りしただけだ!
遠回りする分、
いろんな世界を見れるじゃないか。

(引用元不明)

遠回りは、
時間を多めに要求する。

それは、
1時間であったり、
1日であったり、
1年であったり…

1時間多めに試せるじゃないか。
1日多めに観察できるじゃないか。
1年多めに学べるじゃないか。

もし、
そういう理解がなければ、
遠回りしていることへの
罪悪感とか、劣等感だけに
心が占められてしまって、
何にも見ていないことになる。

せっかく、
ちょっと前とは違う光景が
目の前に広がっているのにね…

人間関係における失敗も同様。
何かを学んで、
捨てるべき感情と、
拾うべき感情を探るのが、
遠回りの道のりですることだと
思っています。


(参考)幸せは遠回りして (日向 千草)

2007年9月12日

人は嘘をごまかすために、…

人は嘘をごまかすために、
どんどんと次の嘘を
ついていってしまう。

(奇跡の人、真保裕一)

おととい、学校から
帰ってきた三女の様子に、
ちょっと「?」を感じた。

質問をすると、なんか
ハッキリしないことを言う。

さらに問いつめると、
さっきとは違うことを言う。

おかしい…

5分後、すべてを話してきた。
学校で、ちょっとした失敗をして、
先生たちに迷惑をかけたらしい。

その失敗を隠すために、
最初の嘘をついた。

でも、それじゃあダメだと感じて、
次の嘘をついた。小1の頭である。

最後、もう無理だと思って、
本当のことを言った。
小1だから、これで済んだ。

大人だったら、
こうはいかない。

嘘を重ねているうちに、
解決されない問題が
とてつもなく大きく
なってしまうこともある。

大きくなればなるほど、
本当のことが言いにくくなる。

最後は、責任をとって、というか、
恥に耐えられなくなって、
…という決断もありうる。

嘘をつくのは、
下手だという自覚が
あった方がいい。
そうすれば、
「嘘」を選ぶことなど
ないだろうから…


(参考)今日の早川さん (coco)

2007年9月 8日

あなたの中では終わってないんだよ。

あなたの中では
終わってないんだよ。

(引用元不明)

他の人の記憶からは
すでに消えていて、
とっくに昔の話だけど、

自分の中では、
消化しきれていない
ということは意外に多い。

終わっていない、
終わらせたくない、
ちゃんと解決して欲しい…

そんな気持ちが強まれば、
周囲とのギャップは
広がるばかり。

自分の中で「終わった」
と思える結末は、ホントに
ありえるかなぁ。

そこにこだわればこだわるほど、
そんな気もしてくる。けれど、
それまでこだわった時間を
無駄にしたくないから、
やっぱりこだわり続けたりする。

あきらめる…

それが出来ない。
だから、ますます
苦しくもなったりする。

もしかしたら、
やり残したことの代わりに、
何かを始めなくちゃ
いけないのかも。

今すぐ終わりたいなら、
それも、今すぐ始めること。


(参考)2日で人生が変わる「箱」の法則 (アービンジャー・インスティチュート)

2007年5月18日

年をとってる暇がない。

年をとってる暇がない。

(NHK「生活ほっとモーニング」、岸恵子)

若さと美しさの秘訣は?
と聞かれて、

「苦労が多いから。だから、
 年をとってる暇がない。」

とのこと。

自分は苦労した、
誰よりも難儀をした、
と自慢話のようにしゃべって、
どんどん老けていく人もいます。

そうかと思えば、
苦労が多かったわりに、
その苦労話はさらっと話すだけで、
いつまでも元気な人もいます。

年のとり方が上手な人は、
あまり人を不快にすることが
ありません。

一方、そうでない人は、
周りに気を遣わせることが
多いようです。

私は、どっちかなぁ…?

出来る限り、
気を遣われる場所には
行かないようにしているから、
自分の年のとり方には、
鈍感かもしれません。

いずれにしろ、
「年をとってる暇がない」
と思えるくらいに、
快活に生きられたら、
苦労が多くても
充実しているだろうなぁ
って思います。


(参考)30年の物語(岸恵子)

2007年5月11日

未熟でいるうちは成長できるが、…

未熟でいるうちは
成長できるが、

成熟した途端、
腐敗が始まる。

(成功はゴミ箱の中に—レイ・クロック自伝)

ホントに成熟したのなら、
慢心が起こっても
しょうがないと言えば、
しょうがない。

けれど、不思議なことに、
慢心というものは、
まったく成熟の域に
達していない中途半端な人間ほど
もち始めたりするもの…

もう少し、しっかり育てれば、
ちゃんとした実がなるというのに、
やめてしまうから、腐敗が始まる。

ものが腐敗すると、
臭くなったり、
汚れが染みつくように、

人も腐敗すると、
周囲の人を寄せつけない「空気」とか、
いつまでもイジイジした「根性」で
世の中のゴミになってしまう。

誰かが勇気を出し、掃除して、
腐れたろことを捨ててくれない限り、
いつまでも染みついている。

腐れたくないなぁ…
と思います。

見慣れたとこだけを見つめず、
まだまだ未熟だなぁ、
と思える自分の側面を
見つけていきたいものです。

(参考)成功はゴミ箱の中に—レイ・クロック自伝

2007年4月 6日

だれしもツキがあるうちは…

だれしもツキがあるうちは
なにも考えんし
なにも気がつかんからだ。

そんなことをする必要が
どこにある?

(タイタンの妖女、カート・ヴォネガット・ジュニア)

この言葉を読んでいるあなたは、
今、どんな調子ですか?
ツイてる? 絶好調?

私の予想ですが、
絶好調だとしても、
「超」がつくほどじゃないのでは…?

超絶好調な人は、きっと、
自分は何をしてもうまく、
何をしても許される、
誰も止められない、

っていうくらいの勢いを
感じていることでしょうから、
いい言葉なんか探さない、
読む必要すら感じないでしょう。

逆に、自分の成功哲学を
本にして出版したり、
自慢したいくらいかもしれません。

やはり、
人生に波があるとすれば、
波のピークにいる時よりも、
波の底に落ち込んだ時に、
人は考えるものなのです。

そして、
波のピークにいても、
波の底にいても、
共通するのは、

そこから見える景色が
すべてのような気がしてくること。

だから、
考える必要を感じない時もあれば、
考えすぎてしまう時もある。

そこが、
人間の長所であり、
短所でもあるんでしょうね。


(参考)タイタンの妖女(カート・ヴォネガット・ジュニア)

2007年2月 8日

反省は未来につながるけど…

反省は未来につながるけど
後悔は過去にしばられてるだけ

(ゲーム「テイルズオブディスティニー2」)

しばられる…
私が一番嫌いな言葉ですね。

けれど、
自分から進んで
しばられていたりするのが、
後悔というものです。

目に見える「しばり」には、
ものすごく抵抗しますが、
自分の心が入り込んでしまう
目に見えない「しばり」には、
気づかないのが人間。

心が囚われている状態
っていうのは、
逃げ道を見つけるのが
一番むずかしいかも。

そればかりを
考えてしまう思考回路に、
どっぷり浸かってしまってるから。

後悔に限らず、
欲、うらやみ、憎しみ、怒り…

どの感情にも、
自分をしばりつけるパワーが
十分にあります。

一方、未来につながる感情には、
しばりつけるパワーがない。
反省でも、希望、愛、信念でも、
自分でしっかりとつかんでなければ、
通り過ぎていく。

自分のものに出来なければ、
一時的な付き合いだけで終わって
縁がなかったことになる。

今、あなたの心を占めてる感情は、
未来につながるものですか?


(参考)ゲーム「テイルズオブディスティニー2」

2006年12月28日

幸せは蝶々に似ている。…

幸せは蝶々に似ている。
追いかければ追いかけるほど
ヒラヒラと身をかわし逃げてしまう。

でも、他のことに夢中になっていると、
静かにやって来て、いつの間にか
あなたの肩にとまっている。

(英語)
Happiness is like a butterfly.
The more you chase it,
the more it will elude you.

But if you turn your attention
to other things,
It will come quietly
and sit on your shoulder.

(引用元不明)

優希さんからの投稿です。

蝶々なんて追いかけた記憶は、
もう、ほとんど消えています。

今は、別のものを追いかけてる…

追いかけてるということは、
まだつかまえていないわけで、
考えてみれば、いつまで経っても
追いかけてばかりな気がします。

追いかけようとしているものは、
本当にあるものなのか。
そんな問いも必要な気がします。

「ある」と言われていても、
本当は「ない」ものも確かにある。

逆に、「ない」と言われてるものに、
本当は「ある」ものもある。

決して、追いかけるのを
怠けたわけじゃない。
むしろ、誰よりも頑張った、
という人も少なくないと思う。

昨日、元看護婦の妻に、
妻の知人から電話があった。
「名前だけ貸して欲しい。
 決して迷惑はかけないから。
 謝礼は5万円だって…」
というお願い。
その人から来る話は、
いつも怪しいものばかり。

もし、妻が名前を貸せば、
おそらく、支払うはずの給料が、
どこかに消えるのだろう。
看護師の年収が浮くことに比べれば、
5万円なんて、安い話だ。

「良心がとがめるんだけど…」
そう妻が言うと、その知人は、
「大人の世界じゃ、よくあるよ。」
とあっさり。
妻は、ハッキリと断った。

一生懸命、追いかけている様子の知人。
果たして、つかまえられるのか。


(参考)喜びの泉―ターシャ・テューダーと言葉の花束(ターシャ・テューダー)

2006年12月24日

品性は、だれも見ていないと思った時、…

品性は、
だれも見ていないと思った時、
何をするかで決まる。

(H・ジャンクソン・ブラウン・Jr)

今日はクリスマス・イブ、
明日はクリスマスですね。

子ども達にとっては、
プレゼントをもらえる日
ってことで定着してますけど、

何かプレゼントをあげる日
として覚えて欲しいなぁ…
って思います。

2ヶ月くらい前に紹介した言葉ですが、
「人生が豊かになるのは、
 何を得たかではなく、
 何を与えたかによります。」
 (ジョージ・アルバート・スミス)
が、本当のクリスマスに感じます。

いいことをするのを、
何かを与えるのを、
いつ、どこでやるのか。

ビジネス的に考えれば、
人が見ているところで、
人に注目されるタイミングが
一番いいことになります。

しかし、そればかりを考えてると、
そのうちに、人が見ていないところで、
自分の品性を捨てるようなことを
やり始めることになります。

そして、
クリスマスに逮捕
なんてことになったら、
いいことはすべて帳消しになる。

忘れ去られている人々に、
誰も見ていなくても、
いいことが出来る
っていう大人が必要です。

そういうことが出来る大人に、
私はなれるかなぁ…

クリスマスには、1つくらい、
そういうことをしたいものです。


(参考)ちいさなもみのき(マーガレット・ワイズ・ブラウン)

2006年9月26日

人の苦労なんて、いくら聞かされたって…

人の苦労なんて、
いくら聞かされたって
成長しない。
自分で苦労しろ。

(瀬戸雄三)

後輩のために、
若い者のために、
次の世代のために、
ということで、
苦労話を始めたくなったら、
年をとった証拠かもしれない。

苦労話をする時間よりも、
何かにチャレンジする自分の時間を
大切にして生きていった方がいい。

もちろん、
あらゆる苦労話が
無駄とは言えないけれど、

自分から話したがる苦労話ほど、
効果のないものはないと思う。

苦労話を聞きたがる人でさえ、
そのほとんどの人が、
自分のものに出来ない。

それであれば、
苦労話を聞きたくない人には、
なおさら、意味をもたなくなる。

人は、なぜ苦労話を話したがるか。
やっぱり、自己憐憫?
それもあるだろう…

そうでないとすれば、自己表現?
何も達成していなくとも、
こんなことで苦労していたんだ、
と誰かと確認できれば、
生きていた意味を理解できる。

自分の苦労を
自分で知っているだけでは、
残念ながら、それが出来ない。

苦労話は、
それを話す側のためにある。
そして、ごくわずかな聞き手だけが、
自分自身のために賢く役立てられる。

そう思っていた方がいい。
じゃないと、苦労話が浮かばれない。


(参考)逆境はこわくない—知恵をしぼり、汗をかけば…(瀬戸雄三)

2006年9月15日

着る物も住む場所も乗物も変わったが、…

着る物も住む場所も
乗物も変わったが、
人間の中味は
たいして変わっていない。

(薔薇窓、帚木蓬生)

変わらないことが
素敵な気もします。
なんか、人間の
神秘的な部分というか…

一方、相変わらず、
醜い部分があるのも事実。

昔あったことは、
今も形を変えて
ちゃんとある。

だから、昔の本でも話でも、
読んだり聞いたりしてみれば、
大きなヒントになる。

そういう意味では、
変わらない人間っていうものに、
感謝ですね。昔の人の失敗を、
自分に活かせるんですから…

人間の中味が変わっていたら、
そんなことが出来ない。

ある時代から、
憎しみとか嫉妬とかを
持たない存在になっていたら、
今私たちが抱えている問題の本質は、
過去の歴史を見ても、
何のヒントも得られないことになる。

ただ、インターネットなどの
影響もあって、生きている世界が
どんどんグローバル化しているために、
人間どうしの関わりが、
微妙に変わっているのは事実でしょうね。
それでも、やっぱり中味は変わっていない。

人間って、深みのある存在で、
なんか面白い気がします。


(参考)中味のない人間(ジョルジョ・アガンベン)

2006年8月 4日

…長く「生きた」のではなく、長く「有った」にすぎない。

髪が白いとか
シワが寄っているといっても、
その人が長く生きたと
考える理由にはならない。
長く「生きた」のではなく、
長く「有った」にすぎない。

(人生の短さについて、セネカ)

私の家系は、
白髪になるよりも
髪の毛が薄くなる方ですから、
30歳を過ぎてからと言うもの
けっこう心配してました。

しかし、幸いなことに、
新陳代謝がまだ機能しているらしく、
今なお、安全地帯にいられます。

それでも、いつかは、
長く生きた証が一つ二つと
見えてくることでしょう。

その時には、
それが「長く有った」だけの証で
ないように祈るばかりです。

そういう外見以外で言えば、
でしゃばりたくなるのも、
もしかしたら
「長く有った」証かもしれないな、
と思うことがあります。

子供に付き合って、
いろいろ行動しているせいか、
スポーツ少年団のさまざまな姿を見ます。

それぞれのところで、
それぞれの指導体制があって、
うまくいっていて、
ものすごく強いところもあれば、
強くはないけれど、
楽しくやって満足しているところもある。

はたまた、すごく強いんだけれど、
内部は、ゴタゴタなところもある。

ある団には、
本当の監督は一人なのに、
世話役ボランティアとして、
シニア世代の男性が必ず付き添っている。

やっぱり、そのシニア男性が
でしゃばるわけです。
時には、試合が中断されるくらいに…
けれど、その監督さんも、
その男性を止められない。
仕事をもたないシニアですから、
いろいろと団の世話(?)を
してくれているのでしょう。

そういうことを考えると、
その「でしゃばり」をとがめるのに
気が引けている様子。

自分の身の置き場を
微妙に感じとるっていうのは、
やはり「長く生きる」ことを
していないと難しいように思います。

長く有った、だけは難しい。
そういう感性は別物だから。


(参考)人生の短さについて(セネカ)

2006年6月26日

問題は不調だということ自体ではなく、…

問題は
不調だということ自体ではなく、
その時期をどう過ごすかにある。

(張怡寧、卓球レポート)

いろんな道のプロにも、
失敗や不調、挫折がある。

その時に、本人がどうするか。
周囲が、どういう見方をしてあげるか。
それがポイントになる。

誰かの真似をすれば、
うまくいくとも限らない。
自分という個性もあるから…

周囲が何もせずに見守ってればいい、
というわけでもない。逆に、
きびしく引っ張ればいいとも言えない。

不調とどう向き合うか。
それぞれが答えを出さなければいけない。

時には、不調に見えていても、
一歩先には新しい進歩があって、
単に、その入り口にすぎないこともある。

事実とは、
きちんと向き合うけれど、
不調と決めつけすぎず、
プライドでなく、自尊心だけは
失わないようにしたいものです。

その期間が、
どれだけ長くなろうとも…。


(参考)こころのモヤモヤを解き放つ 魔法の質問(マツダ ミヒロ)

2006年5月16日

甘えず、腐らず、…

甘えず、腐らず、
また会う日まで。

(桜井和寿)

まりこさんからの投稿です。
「Mr.Childrenの桜井さんが
 検査入院していたときの言葉。
 日々を頑張ろうと思えてきます。」

スランプという言葉が
ありますけれど、
勘違いされて使われている時も
少なくないようです。

と言うのは、
自分のちょっとした不調を
スランプと思い込んで、
じたばたしすぎて、
本当のどん底に落ちてしまう状態。

元々、私たちの状態には、
上がったり下がったりの波がある。
まして、何か進歩しようという時に、
新たなチャレンジを始めれば、
慣れるまでには、不安定になる。

スポーツであれば、
疲れ、ケガや病気が、
その不調の原因にもなる。

そこで、焦ってもしょうがない。
あきらめて、何かに甘えても、
何の解決にもならない。
もう、どうしようもないんだ、
と腐ってヤケになるのもまだ早い。

スランプだと思い込むよりも、
とりあえず待ってみる。
どこら辺から変わってきたか、
たぐっていってみる。

うちの子供たちが
よく行く卓球場に、
こんな言葉があります。

『あおいくま』
あ→あせらない
お→おこらない
い→いばらない
く→くさらない
ま→まけない

覚えやすいですね。


(参考)手を出すな! (GAKU-MC/桜井和寿)

2006年4月13日

…場所を取り過ぎているんでしょうよ。

もし、あなたが
縁(ギリギリ)のところで
生きていないのなら、
場所を取り過ぎて
いるんでしょうよ。

(英語)
If you’re not
living life on the edge,
you’re taking up
too much space.

(引用元不明)

縁、隅っこ、端っこ、
表現は何でもいいけど、
ギリギリのところで
生きている人は、
場所をとらないはず。

生きるか落ちるか、
の状況だから、
必要なものは限られる。

そう考えてみれば、
欲しいもの、必要なものが
いっぱいある自分の状態は、
どこか必死さがないかもなぁ、
とも感じる。

必死さがなくなると、
どこかで甘さが出てくる。
その甘さは、ミスにつながる。

ミスをすると、必死に
やらなければいけない状況が
必然と近づいてくる。

それでも、
やらなければ、
事態はもっと悪くなる。

本当にギリギリまで
迫ってくる時さえある。
そんなギリギリの生き方もある。

一方、自分のギリギリに
いつも挑戦して生きる方法もある。

人間はいずれ、
どこかでギリギリで
生きる時があるんでしょう。

それまでは、場所を
取り過ぎていることに気づかず、
我が物顔で歩いている。

私自身の姿が思い浮かびます。


(参考)天国からのアンコール vol.1 1986年のマリリン

2006年1月24日

成功ほど続いて起こるものはない。

成功ほど続いて起こるものはない。

(英語)
Nothing succeeds like success.

(アレクサンダー・デュマス)

だから、成功は
怖いところもある。

うまくいけば、
人は調子づく。
そして、もう1回やる。
やっぱり、またうまくいく。

すると、
自分は何をやっても、
許されるような存在に
思えてくる。

成功したからと言って、
恐れる必要はないけれど、
自分が変わってしまうことは、
恐れた方がいい。

最初は、地道に成功する道を
歩もうとしていたはずなのだ。
誰もが…

しかし、幸運にも(不幸にも?)、
成功が続いてしまうと、
人は変わってしまう。

成功も、お金も、
その人自身の本質を
えぐり出すものでしかない。

そして、
その後の失敗や不幸は、
周囲の人間の本質を
えぐり出してくる。

「ああ、知ってる、知ってる。
 あの人とは知り合いだよ。」が、

「知らないよ。そんな人…
 会ったことすらないのに。」

に変わるのだ。

今苦しみの中にいる人々は、
「本当の人間」に出会うチャンスを
手に入れているかもしれない。

(参考)成功者の告白(神田昌典)

2006年1月18日

わたしの存在そのものが質問なのだ。…

わたしの存在そのものが
質問なのだ。

その答えを知りたくて
生きてるんだ。

(寺山修司)

昨日(2006-1-17)の国会。
証人喚問において、
質問が下手な議員さんが
いらっしゃいましたね。

あの姿を見た
その議員の支持者たちは、
どう思われたことでしょう?

「おお、立派な姿で
 話していらっしゃるなぁ」

と感じたでしょうか。それとも、

「ガキの使いでもあるまいし、
 なんと思慮のない質問か」

だったのかでしょうか。

質問というのは才能だと思います。
そして、もちろん、
伸ばすことが出来ます。

質問は、自分の頭の中で、
どんな答えが返ってくるかを想定し、
それじゃダメだ、これもダメだ、
みたいな試行錯誤を何度も
しなくちゃ、いい質問は出てこない。

もちろん、質問する意義や目的も
ちゃんと分かっていなくちゃいけない。

頭の中で、それを考えられない人は、
いい質問が出来るわけないのです。

自分の人生にも、
それは影響することでしょう。
「今の自分にとって大切なことは何か?」
というようなシンプルな質問にさえ、
ちゃんとした答えが
出せないことになりますから。

本当のところ、
「知りたい」という気持ちが
欠如しているんだと思います。
だから、質問が磨かれない…

弁護士くらいの質問能力は
求められないとしても、
「本当に知りたい」気持ちを
育まなくちゃ、何も知ることなんて
出来ないのです。

ちゃんと求めていますか?

(参考)質問する力(大前研一)

2005年9月21日

みんな一度なら、見て見ぬ振りをするだろう…

みんな一度なら、
見て見ぬ振りをするだろう…
だけど、それをやると、
二度目から、あっという間に
簡単に妥協して生きることになる。

すべてはたった一度の
「妥協」から始まる。

(ドラマ「24」)

oracionさんからの投稿です。

ホント、そうですね。
すべては、そこから始まります。
というか、終わりに向けて…

妥協っていう言葉自体は、
悪い意味ばかりではないけれど、
悪い方に妥協したら、
やっぱり、ズルズルとなる。

だからと言って、
信頼関係もないところで、
他人がとやかく意見しても、
これまた、あまり意味ない。

言った側は、正義感を感じて、
満足するかもしれないけれど、
それだけで、人が
「妥協」をやめるとは思えない。

残念ながら、人は学ぶ必要がある。
妥協して、どこまで落ちてしまうか。

どん底に落ちる前に気づけば、
ラッキーなほう。そうでなければ…

何かドラマの中だけの話のように
思っていましたが、
集金した会社のお金を
パチンコにつぎこんだ人の話を
実際に聞きました。

一度は会ったことのある人です。

パチンコ好きな人だったようですが、
ここ数年自制していたらしく、
妻子をちゃんと養っていました。
ところが、色々なストレスが重なり、
そんな時に、手元のお金が目に入った。

それは「会社のお金」だけれど、
最後に返しさえすれば、
問題はないよな。

考えちゃいけないことを、
考えるようになってしまう。
そして、そこに「妥協」が生まれる…
そうだよな、それでいいよなって。

幸せになるためと思っていても、
それは、幸せに見せるための
「妥協」でしかないことがある。

気をつけないと、いけませんね。

【参考】
ものづくり魂(井深大)

2005年9月 8日

さまよっている人すべてが、失敗するわけじゃない。

さまよっている人すべてが、
失敗するわけじゃない。

(英語)
Not all who wander are lost.

(J.R.R.トールキン)

今、何かに迷っている人は?
と尋ねたら、きっと、
半分以上の人がそうだと思う。

でも、
迷っている=失敗
じゃない。

だから、
迷っていない=成功
も成り立たない。

迷う、迷わないは、
現時点の心の状態というだけ。

失敗、成功も、
人生の途中経過というだけ。

「私は迷わず進みました。」
と言い切る人すべてが、必ずしも、
「おかげで、成功しました。」
とはならないだろう。

「おかげで、失敗しました。」
と言う人もいれば、
「まだまだだ。」
と見得を切ってしまう人もいるだろう。

大切なのは、
迷っているとしても、
失敗や成功したとしても、
今自分がどの地点にいるかを
把握することだと思う。

それさえ分かれば、
最終的なゴールに対して、
自分の位置を見失わないで済む。

それを見失えば、成功すら、
一時のものになってしまうから。
今の自分はどこかしら…?

【参考】
道は開ける(デール・カーネギー)

2005年8月 9日

挫折や失敗とは、それを意識したときから…

挫折や失敗とは、
それを意識したときから
はじまります。

(生命のバカ力、村上和雄)

もしかして負けるかもしれない、
試合の後半にそう思いながら、
スポーツをしている時には、
だいたい腕が縮んでいたり、
足が動かなくなっていたりする。

そして、負ける。

しかし、本当に負けた瞬間は、
それを意識した時なのだ。
ゲームが終わった時ではない。

危機感として意識することと、
失望として意識することとは、
まったく違う。

だから、逆に、
そういう危機的場面を想定して、
練習したり、訓練していれば、
勝負強くなることも出来るのだ。

勝負にこだわらない場面では、
自分の満足感が、最終的な目標に
なるだろうけれど、それでさえ、
精一杯の自分を出しきれなければ、
なんとなく「失敗」した気分になる。

挫折や失敗は、可能性と紙一重。
絶対失敗しないことに、
可能性なんて考えるわけないから。

アブラハム・マズローが、
可能性を阻害する6つをあげている。
1.いたずらに安定を求める気持ち
2.つらいことを避けようとする態度
3.現状維持の気持ち
4.勇気の欠如
5.本能的欲求の抑制
6.成長への意欲の欠如

もしかしたら、
安定とか維持を考えた時に、
失敗とか挫折も意識してしまうのかも…

気をつけよう。

【参考】
サムシング・グレートからの贈り物(村上和雄、葉祥明)

2005年6月28日

富を軽蔑する人間を、信用してはならない。…

富を軽蔑する人間を、
信用してはならない。

こういう人間がたまたま富を得ると、
一番始末の悪い人間になる。

(フランシス・ベーコン)

今日のいい言葉は、「…」に入る
以下の部分を中略しています。

「富を得ることをあきらめた人間が、
 富を軽蔑するのだ。」

ワタシ的に考えて、
この文章に抵抗のある人が
いるだろうと考えたわけです。

また、
執着も軽蔑もしていなかった人が、
富と権力のパワーに阻まれて、
それを憎み始めるケースも
あるだろうとも考えました。

おそらく、だいたいにおいて、
富と権力は、仲むつまじいもの。
富の「財界」と権力の「政界」を
合わせて、政財界と呼ばれるのも、
その所以でしょう。

だから、
そのいずれも持たない人は、
苦い経験をし、ある意味、
それらを持つ人を嫉妬することも
ありえるわけです。

だから、富を嫌う人に限って、
逆にそれを欲しがっていたり、
権力を憎む人に限って、
権力を乱用したかったりするのも
分かります。

私にだって、その傾向がない、
なんて言い切れません。

ただ、富を得ることをあきらめて、
あるいは、
富や権力に阻まれたからといって、
富や、お金を軽蔑しても、
何の解決もしないのが事実です。

山にこもったり、
無人島に行って、
一人で自給自足の生活を
しないでもない限り、
その富(お金)が必要であることに
かわりはありません。

お金に執着するか、軽蔑するか。
その2つ以外の方法もあると思う。

お金に縛られないこと。
それは、軽蔑とも違う…

お金が必要なことを認めて、
なおかつ、使われるのではなく、
使っていくこと。

お金の奴隷でなく、
お金の主人になること。

主人は、使用人に
執着もしなければ、
軽蔑もしない。
役立つように利用するだけ。

今日のいい言葉は、
「考える人」さんからの投稿した。
コメントは以下。
「お金よりも大事なものがある。
 お金は卑しいものだ。
 って考える人が多いけど、
 それは違うんじゃないかと思う。

 だってお金があるから
 病気で苦しんでいる人たちを
 病院に行かせてあげられるし、
 お金があるから募金したりして、
 人を助けることもできる。
 お金そのものが卑しいのではなくて、
 使う側の人間で、お金の価値が
 決定されていくんだと思う。」

その通りですね。

【参考】
ツイてる! (斎藤一人)

2005年6月25日

今の条件でできることを…

今の条件でできることを
毎日、真剣に考えること。
それが5年後の自分をつくる。

(田崎真也[ソムリエ]、雑誌「アントレ」)

もし、~があったら、
もし、~ができたら、
もし、~な人がいたら、
もし、~をしてもらえたら、
そんなことばかり
延々と考えているうちは、
スタートも出来ない。

大切なのは、今の条件。
たしかに、時間があれば、
さらに条件はそろう。

しかし、それは、
自分以外の人、たとえば敵にも、
条件がそろうこと。

だから、今の条件で、
最大限可能なことを、
自分で探ってみて、やるしかない。

そして、結果を見て、
そこで学んだことを、
また、自分の条件(糧)に加えて、
もう一回考えればいい。

人生の本質が見えていれば、
そんなくり返しが何度あっても、
面倒がるどころか、
上手に楽しめるはずだ。

実際、私も、
そんな心境になれる時があるから、
よく分かる。

見るべきは、今の自分にある条件。
そして、そこからスタートする。

【参考】
ちびくろ・さんぼ(ヘレン・バンナーマン)

2005年6月 5日

まず、ありのままの自分にならなくてはいけません。…

まず、ありのままの自分に
ならなくてはいけません。
それから、必要なことを行うのです。
欲しいものを手にするために…

(英語)
You must first be who you really are,
then do what you need to do,
in order to have what you want.

(マーガレット・ヤング)

たとえば、ありのままの
自分を見せていないとき、
私たちが要求されたり、
期待されることは、

間違いなく、
ありのままの自分とは
ズレたものになってくる。

すると、
それに応えるために、
努力すること自体が、

ありのままの自分という
スタート時点から
ますます遠ざかることになり、
ストレスは、このうえない。

ストレスは
人生につきものだとしても、
ありのままの自分を
否定するかのように
始めてしまっては、
どこかで虚しくなると思う。

親などの期待だけにそって
頑張っていく子ども達、
憧れや理想とする人の
真似だけをしていく若もの達、
周囲と異なることを
避けるように生きる大人達。

どうして、人は
ありのままを怖れるのだろうか。
多分、「ありのままの自分」を
受け入れてもらえなかった、
という経験が、誰にでも、
1度はあるからでしょうね。

そんな経験よりも、
家族や知人の誰かから
受け入れてもらえた、
という記憶が強く残っていれば、
多分、「ありのままの自分」を
自ら否定することはないんでしょうけど…

いかがです?あなたは、
ありのままの自分を
否定していませんか?

【参考】
7日間で人生を変えよう(ポール・マッケンナ)

2005年5月14日

簡単なことを難しく述べるのは簡単だが、…

簡単なことを
難しく述べるのは簡単だが、

難しいことを
簡単に言うのは難しい。

(蒼穹の昴、浅田次郎)

もう意味もない、
形だけの組織とか、
モノというのは、
身のまわりにたくさんある。

しかし、
それを終わらせるのは、
なかなか難しい。

ちょうど先日、私も、
そんな場面に出くわした。

もう役目は終わった、
という当然で簡単な意見に対して、
それを食い止めようと
する人間の言い分は、
なかなか、うまい。

「組織がなければ、情報が流れてこない」
「にっちもさっちもいかなくなる」
「縮小しても残すべきだ」
「参加者が少なくても、
 先輩たちが頑張ってきたのだから」
「不要だなどとは、聞いたことがない」

これを大きな声で言うのは、
そのような場所でしか、
自分の威を張れない人間である。
だから、その必死さは伝わってくる。

人々は、その必死さに押されて、
「そうかもな」という気もしてくる。
簡単なことを難しく伝える才能が
成功する例である。

しかし、速記録などから
すべての発言を読み返せば、
なんのことはない。
説得力のあることなど
何も言っていないのである。

簡単なことを、難しく、
なおかつ大きな声で言っているだけ。

皆さんの周りにも、
それに似たことがあるのでは?
だまされませんように。

そして、それを反面教師として
簡単にする習慣の方を求めましょう。

【参考】
蒼穹の昴(浅田次郎)

2005年3月14日

バカっていうのは、自分がハダカになることなんだよ。…

バカっていうのは、
自分がハダカになることなんだよ。

世の中のいろんな常識を無視して、
純粋な自分だけの
ものの見方や生き方を
押し通すことなんだよ。

だから、バカだからこそ
語れる真実っていっぱいあるんだ。

(バカボンの作者、赤塚不二夫) 

他人の常識を無視して、
押し通すのはバカで済むけど、

他人の迷惑を無視して、
押し通すのはそれで済まないから、
そこだけは注意したい。

なんか、アンデルセン童話の
「裸の王様」を思い出します。

バカに思われないように、
ウソにつきあっている大人どもが、
子供のバカ正直な発言に、
本当のバカを見てしまう。

単純に考える、
シンプルに物事を見る、
それを忘れちゃいけませんね。

今朝は、アメリカの銃社会問題が
浮き彫りとなるようなニュースが…

4歳の子供が、
2歳の弟とケンカになり、
母親のハンドバックにあると
分かっていたピストルで打った。

アメリカの成り立ちとか、文化とか、
社会背景が分かっていれば、
ピストルを持つことに、
理解を示せるんでしょう。

しかし、時に、
そういう背景とか理解せずに、
単純バカになって物事を見ても、
真実に近い気がします。

「幼児を持つ母親が、
 ハンドバックにピストル所持」

これ、やっぱり危険ですよ。

周りが複雑に考えようとしている時、
単純バカになってみましょう。

そうすれば、自分について、
どこが勉強不足で、
どこは本質を突いていたか、
見えてくるはずです。

ただ、本当に自分がバカだった、
という経験もあるはずですから、
あまり期待しすぎませんように。
そこも、バカになってください。

【参考】
生命のバカ力―人の遺伝子は97%眠っている(村上和雄)

2004年9月19日

チャンスは、準備万全な心がお気に入り。

チャンスは、
準備万全な心が
お気に入り。

(英語)
Chance favors the prepared mind.

(ルイス・パステル)

チャンスを擬人化すると、
こんな言葉が
生まれるんでしょうけど、
実際は、その逆なんでしょうね。

準備万全な心だけが、
チャンスに近寄れる…

ただ、準備とは言っても、
間違った方向に進む人も
いるかもしれない。

あなたの周りに、
チャンスをよくつかんでいるように
見える人、いませんか?

その人は、どんな準備をしている?

いつも、そのことだけを考えている、
いろんな人とつながり持っている、
情報をたくさん集めている、
ただ、ブラブラしているように見える、
何も考えていないように見える…

いろんなタイプの人が
いるのではないでしょうか。

それから考えるに、
準備万全というのは、
人それぞれかもしれない。

自分の心に「ゆとり」をもって、
チャンスに近寄れる道は、
さまざまということでしょう。

チャンスさんのお気に入りになりましょう。

【参考】
成功する人の話し方(中谷 彰宏)

2004年8月21日

今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、…

今日、私が死を目前にして、
平穏な心境でいるのは、
春夏秋冬の四季の循環という
ことを考えたからである。

人の寿命には定まりがない。

十歳にして死ぬ者には、
その十歳の中におのずから四季がある。
二十歳にはおのずから二十歳の四季が、
三十歳にはおのずから三十歳の四季が、
五十、百歳にもおのずからの四季がある。

(吉田松陰、留魂録)

志半ばの30歳にして、
自分を納得させること、
残された仲間に思いを伝えること、
それを目的に書かれた言葉です。

やはり、深みがあります。
しかし、さわやかさもいくらか感じるのは、
これを書いた吉田松陰の納得した心が、
この言葉に映っているためもあるでしょう。

彼は、別の手紙では、
こんなことも言っています。

「死は好むものではない、
 また憎むべきものでもない。
 世の中には生きながらえながら
 心の死んでいる者がいると思えば、
 その身は滅んでも
 魂の存する者もいる。」

命に執着すると、
あきらめられない色々なものが、
目の前に出てくるけど、

命を越えたところが見えてくると、
かえって、より良い生き方も
見えてきたりするから、
不思議なものです。

それを「悟り」なんて
立派な呼び方はしなくても、
生き方の四季が見えてくるだけで、
儲けもんじゃあないだろうか、
と思います。

今を生きている私は、
四季で言えば、どこだろうか、
なんて考えていました。

【参考】
吉田松陰(留魂録)

2004年8月 8日

あなたは、決して時間を「見つける」ことはできない。…

あなたは、決して
時間を「見つける」ことはできない。
どんなことのためでも…

もし、欲しいんなら、
時間を「つくる」以外にない。

(英語)

You will never ”find” time
for anything.
If you want time
you must make it.

(チャールズ・バクストン)

「ああ、今、時間がなくて…」
よく聞く理由である。

もし、これが、
何か気の進まないお誘いに対する
社交辞令なら、別にかまわない。

しかし、やりたいと思っていたこと、
夢や目標に対する理由だとしたら、
やっぱり「言い訳」にすぎない。

「今は、それをやる気になれなくて…」
「今は、それよりもやると決めたことがあるので…」
これが、本当じゃないだろうか。

そして、やらなかったこと、あるいは、
時間をつくらなかったことの責任は、
ぜんぶ自分が背負うと
決めた方がいい。

何も、それで苦しくなるわけでなく、
自由も手に入れられる。そして、
自分がコントロールできるんだ、と
自分がコントロールしなくちゃいけないんだ、と
どちらの理解も広がる。

もちろん、すべての時間を、
自分の思いどおりにすることは、
人間関係などもあることから、
難しいこともあるだろう。

ただ、時間は、みんなの目の前に、
1分1秒と生まれているんだよね。
ちゃんと、
それを手づかみしないと、
どこに飛んでいくか分からない。

だからと言って、
心を焦らせる必要もない。

つかまなきゃ、
コントロール出来ないだけ。
しっかり、つかもうと思う。

【参考】
TQ-Time Quest-(ハイラム・W・スミス)

2004年4月29日

『帰れ』と言われてすぐに帰るようなやつは帰れ!

『帰れ』と言われて
すぐに帰るようなやつは帰れ!

(映画「ジョゼと虎と魚たち 」)

なんか、
しつこい営業さんとか、
ストーカーさんとかが、
勘違いすると困るような
セリフですが…

そうだよなぁ、って思います。

実際に帰る、帰らないの問題でなく、
どこまでの覚悟で、
こちらと向き合ってくれているか、
試す言葉が「帰れ」という場合も
ありますからね。

別の言い方をするなら、
「そんな付き合い方しか
 しないなら、帰れ」
と言っているようなもので、

そんな付き合い方しか
考えられない人は、
やはり帰るしかないわけで。

そのまま帰らないで、そこに居すわり、
そんな付き合い方だけを続けられても、
やはり困るんですよ、たしかに。

距離をおくべき時には距離をおく、
必要があれば、
その必要に応じた付き合い方、
あるいは一歩先んじた付き合い方をする、
それが必要だと思うんです。

それが出来ない人間とは、
「話すだけ無駄だ、帰ってくれ」と
言われても、しょうがないよなぁ、
って思います。

人が集まっているところには、
いろんなものが集まります。

ずっと以前からですが、
「いい言葉ねっと」の掲示板に、
単なる陳腐な広告だけの投稿が多数あります。
皆さんには1通も見えないようにしていますが…

また、最近では、
「SPAMメールを防止します」なんていう
英語のSPAMメールが入っていたり、
「おまえのことだろうが…?」
と思いつつ、

こういう人たちは、
本当に「帰れ」だよなぁ、
と思ってみています。

【参考】
映画「ジョゼと虎と魚たち 」

2004年3月12日

簡単そうなことって、簡単だってなめてしまうから…

簡単そうなことって、
簡単だってなめてしまうから
続かないよね。

でも、本当に大事なことって、
往々にして簡単なことなんだよね。

(「世界よわい会議」MAYA MAXXさん)

わたしにとって簡単なこと。
早起き、パソコンの文字打ち、
何でも思いつくこと…

簡単だけど、なめていること。
運動、子供ともっと遊ぶこと、
人のことを考えること…

多分、人それぞれ、
カンタンなことって違うんだろう。

だから、面白いことも始まる。
そう、ものごとを何でも、
難しくする人間がいるんだよね。
みなさんの近くにも、いらっしゃいません?

会社で言えば、
50円のペン1本買うのに、
承認のハンコを5個くらい
押さなきゃいけない感じ…

人は、自分にとって簡単にできることを、
自分の特権にしておきたいから、
誰かにそれが奪われないよう、
難しいことにしちゃう。

そうやって、
世の中が難しくなって、
本当に簡単なことが、
見えにくくなっていく。

それに慣れちゃってるところ、
あるよねぇ。
しょうがないか、って。でも…

もしかして、あなたも、
その「難しく考える病」に、
かかっていたりしませんか?

今日の処方せんは、以上です。

【参考】
言いまつがい(糸井重里)

2004年2月17日

私たちがまともな点は…

私たちがまともな点は…

自分たちがまともじゃないって
わかっていることよね。

(ノルウェイの森、村上春樹)

なんか、
よくわかりませんけど、
救われる言葉です。

「自分だけはまともだ」と、
大きな声で言いながら、
おかしなことをする人間が、
意外と多いですから…(笑)

自分を卑下する意味あいでなく、
ちょっと変わっている自分を楽しみながら、
それを活かしていく意味で、
こんな言葉を言えたら、
リラックスした人生になるかも。

みんな、まともじゃないところが
いくつかあるんですよ。
病気であるかどうかに関らず…

変なこだわり、
面白い感じ方や考え方、
珍しいクセ、執着心、などなど。

まともでないところが、
世の中を面白くする、
あるいは刺激になる。

ビジネスや才能のヒントにも
なったりする…

人の迷惑になるようなことは、
やはり避けたいですが、
「まとも」という基準さえ、
時代によって、また人それぞれ、
というところがあるわけですから、
「まともでない」ところを楽しみましょう。

そうそう、こんな言葉も。

「欠点のひとつやふたつはあった方が、
 安心して付き合っていられる。
 (三国志 十一の巻、北方謙三)

ま、だからと言って、
行き過ぎた「まともでない」には、
私も困りますが…

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2004年2月14日

深刻になることは必ずしも、…

深刻になることは必ずしも、
真実に近づくこと…ではない。

(ノルウェイの森、村上春樹)

必死になれば、
マジメに考えれば、
自分を追い詰めれば…

そのようにしたからと言って、
必ずしも、
いい結果が出るとは限らない。

かえって、迷路に入りこむこともある。

自分のこと、他人のこと、
世の中のこと、あらゆることは、

理屈や理由ばかり深刻に考えても、
答えの出てこないこともある。

ひらめき、直感が
大切だったりすることも…

だから、心に余裕さえ持てれば、
道が開けることも多い。

私たち自身を考えてみても、
きっと、その方が楽。
深刻になって、
心もカラダも疲れるよりは、
ちょっとリラックスして、
ひらめきを待つほうがいい。

真実は、どこにあるか分からない。
いつ見つけられるかも分からない。

大切なのは、それに気づく、
こちら側の余裕だけ。

真実に近づこう。
深刻にならずに…

【参考】
ノルウェイの森・上(村上春樹),ノルウェイの森・下

2003年12月28日

見た目は、本質じゃない。

見た目は、本質じゃない。

(英語)
Show is not substance.

(イギリスのことわざ)

とは言っても、世の中、
けっこう見た目で選ばれている。

いろんなことが…

でも、その先では、
見た目だけで選んで、
後悔していることが多いのも事実。

本質って見えないからね。
感じないといけない…
あるいは、予測しないといけない。

人でも、モノでも、
1年後、あるいは10年後、20年後、
それがどんな姿になっているか。

ただ、見た目を
否定しているわけじゃあない。
いろんな意味で、本質が見た目に
現れてくることも否定できない事実だから。

見た目は、氷山の一角と思って、
付き合うべし。そういうことだと思う。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年12月19日

底まで落ちてしまったら、もう…

底まで落ちてしまったら、
もう落ちる心配はない。

(英語)
He that is down need fear no fall.

(ジョン・バニャン)

中途半端な位置にいると、
かえってジタバタしてしまう。

そして、同じように中途半端な人間の
あらさがしをしてしまったり…
その実は、たいして変わりにないのに。
私も、そんなことをしてしまう自分に、
身に覚えがある。

てっぺんに達成するか、
その達成に失敗して思いっきり落ちるか、
そのどちらかだとハッキリするんだが…。

底まで落ちてみるのも、いい経験。
世界の眺めも変わる。そして、
ふつうなら、もっと賢明になれる。

決して、
悪事をして底まで落ちてみよ、
と言っているのではない。

新たに何かのチャレンジをした時、
失敗か、成功か、分からないような時点で、
手を止めるな、ということだと思う。

失敗というかたちさえ残さなければ、
何となく体裁を保てるが、何も学べない。
今は成功でないとしても、
通過点の失敗として通り過ぎるのは、
体裁が保てないよりも、
まともなことだと思うんだが…

失敗=恥、という偏見が、
体裁だけを保とうとする日本人を
つくり出しているのではと思ったりする。
自分も含めて…

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年11月 4日

光が多いところでは、影も強くなる。

光が多いところでは、影も強くなる。

(英語)
There is strong shadow
where there is much light.

(ジョアン・ウォルギャン)

曇りの時は、影がぼやける。
天気がいいほど、影もハッキリする。

組織のなかに、
個性の強い人が一人いると、
反発する人間も見えてきたりする。
その良し悪しは別としても…

世の中は、ふつう、
中和するように出来ているらしい。

何かが強くなれば、
それに反対する勢力も
態度をハッキリさせてくる。

日々の出来事についても、
何か嬉しいことが続いていれば、
最悪な1日が目立ってくる。

反対に、
暗い日々が続いていれば、
ちょっとした嬉しさも、
幸せに思えてきたりする。

反対のものがあって初めて、
私たちは、その一方の良し悪しを
感じられる。

そんな私たちの感性を理解しよう。

今のあなたの「光」と「影」は
何でしょう?

ある人との関係の暗さが、
別の人との関係を
救いのように見せてくれていませんか?

人生にとっては、
多分、どちらも大切なんでしょう。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年9月24日

「もっとほかに言うことがあったんだ」…

「もっとほかに言うことがあったんだ」

「そういうものだ。
 人間は後悔するように出来ておる」

 (蝉しぐれ、藤沢周平)

この言葉を読むと、
何か後悔するのも悪くないな、
って気がしちゃいます。

「過去は変えられないものなんだ」
っていう言葉と意味合い的には、
同じなんでしょうけど、

それぞれの過去に、
人間の思いが含まれている分、
「人間は後悔するように出来ておる」
っていう言葉が、心に染みます。

言っておけばよかっこと、
してあげればよかったこと、
聞いてあげればよかったこと、
そんなことが全くないまま、
生きていける人なんていないと思う。

多かれ少なかれ、
そんな後悔を誰もがする。

後悔するようなことが起きたら、
起きたでしょうがない。

その後悔をバネにして
生きることもできれば、
その後悔にすがって、
後悔を重ねて生きることもできる。

後悔は、
時間の性質、人間の性質、
双方から生まれるもの…

だったら、後悔を糧にして
生きていきたいものです。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年9月 5日

退却は、進撃よりも、むずかしい。

退却は、進撃よりも、むずかしい。

(新・平家物語2、吉川英治)

行け~~~、ってんで、
突進はしてみたけど、
敵が目の前にいない。

はたまた、見当違いの戦いを
しようとしていることに気づく。

でも、なかなか引き下がれない。

ギャンブルをする人には、
けっこう心当たりがあることでしょう。

絶対当たるはずだと思いこめば、
何度も何度もつぎ込む。

やめたとたんに、
その利益を誰かに持っていかれそうで、
油断も出来ない。しかし、
現実は、損失が積み重なるばかり…

以前、投稿で、こんな言葉がありました。

「やめる」と「あきらめる」の違いに、
 気づきなさい。

って。

退却、「やめる」は、次の道を探すこと。
いわゆる、方向転換だな。

心があきらめていない限り、
次のチャンスを見出せるはず。

「あきらめちゃいけない」と心で唱えながら、
ただ同じことをする自分というのは、
本当は、それ以外ができるかもしれない自分を
あきらめていること。

それに気づきたい。
いろんな可能性が自分にはあるんだって。

こんな言葉もあったな。

「何を始めるかも大切だけど
 何をやめるかも大切」

(英語)
It’s as important to decide
what you should stop
as it is to decide
what you should start.

(心が元気になる英語の言葉、ジオス出版)

進撃は思いっきり、
退却はいさぎよく。

チャンスは、いろいろあるんだから。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年6月24日

経験のないことをやって誤るのは、本当の失敗ではない

経験のないことをやって誤るのは、
本当の失敗ではない

(ニワトリを殺すな、ケビン・D・ワン)

じゃあ、何を失敗と言うのだろうか。
疑問がわき出てくる…

今の私たちがいるのは、
昔の人たちが経験したことのない世界。
いわゆる未体験ゾーン。

「道なき道」を
探らなければいけないところにいる。

だから、多少、期待通りのものが
得られなかったとしても、
「失敗」だと決めつけて、
終わりにしたり、やる気をそぐのは
本当にもったいない。

そもそも、世の中が、
後戻りできない状態にあるなかでは、
「失敗だ、はい終わり、元どおりへ」
が出来ないんだよ。

誤りの種を活かして、
次へ進むしかない。
失敗と決めつけて終わらせるのは、
まだまだ先の話でもいい。

著書には、こう続く。
「世の中で、本当に、
 失敗を成功のもとにする人は
 実は少ないと思うよ。
 それは、実際に
 失敗をきちんと反省する人が
 少ないからだよ。
 たいてい謝っておしまいか、
 多くは隠してしまう。
 これでは進化はないね。」

日本を「恥の文化」と言った人がいる。
(文化人類学者ルース・ベネディクト)

当たっていると思う。

責任を追及するのは、今後、
同じような問題や失敗を
生じさせない対策として
重要なことだと思う。

しかし、その責任追及をする人間のなかには、
そういう対策に配慮するためでなく、
自分の利害のためだけで行動している人間もいる。

要は、恥をかかせるためだけ…
そして、自分の株をあげる。

そういう視点で責められる失敗を見たなら、
自分たちは学ぶべきだね。
そうならないように…

テレビのニュースでも、自分の身の回りでも、
そういう現象、よく見るでしょ。
心しておきましょう。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年6月15日

水の価値なんて、少しも分からないだろうよ。…

水の価値なんて、
少しも分からないだろうよ。
本当に、井戸が枯れるまでは…

(英語)
We never know the worth of water
’til the well is dry.

(イギリスのことわざ)

水に限らないよね。
これって、やっぱり…

自分の行動をふりかえってみれば、
ずっとあると思って、
ないがしろにしている瞬間は、
いくらでも思い出せる。

大切だったはずの人との時間、
苦労して手に入れたもの、
せっかく見つけた真理…

見つけた時、ふれた時の感動は、
永続しない。あきやすい人間だから。
でも、心の変化とは別に、
ほとんどの場合、
その大切さは変わっていない…

その証拠に、それを失った時、
このうえなく、心が空虚になるから。

「大切さを分かっている、
 自分は十分に知っているよ。」
そんな気持ちが、
いつも、どこかにある。

それを言葉で唱えさえすれば、
自分はそれを大切にしているんだ、
ということを証明できるかのように…

でも、「知っている」という言葉を
口から何度出したとしても、
失った時の気持ちにはなり得ない。

ああ、後悔しそう…

今、この時の気持ち。
「やっぱり、大切にしなきゃ」っていう思いも、
明日になれば、忘れてしまいそうだから…
忘れさせるような出来事が、
いつも次々と押し寄せてくるだろうから。

しょうがないところもあるかもね。
人間が、その価値を
見失う時があるのは。

ただ、人のせいにだけは、
しないようにしたい。
これだけは絶対に守ろう。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年12月12日

今、謝っても、それはあなたの自己満足だ。

今、謝っても、それはあなたの自己満足だ。

(NTV系ドラマ「サイコドクター」)

どうしても、
謝りの言葉を述べなければ、
気が済まないと思う時がある。

その反対に、謝っても、
どうせゆるされないんだから、
謝らないよと思う人もいる。

どちらも、自己満足的なところが
あるだろう…

人に謝るということは、
自分の気が済むためにするのではない。
まして、
ゆるされるためにするのでもない。

自分のしたことに、
本当に悔いがあって、
(それは、怒られたからとか、
 相手の感情を乱したからとかでなく…)
それを償いたいと思える状態が、
謝る時なんだと思う。

それって、けっこう難しい。
謝る相手はいるというのに、
自分の中の考え方が、
重要だということになるから。

私は、こう思う。
謝るということは、
謝る側に「反省と新たな決心」の成長をもたらし、
謝られる側に「ゆるす心」の成長をもたらすはず。

だから、少なくとも、前者が満たされなければ、
その謝るという行為は、足りないことになる。

謝る時には、考えてみましょうね。
もしかしたら、
動機が間違っているかもしれませんから…
それは、成長するチャンスです。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年11月 3日

人は過去に生きることはできないわ。

人は過去に生きることはできないわ。

(トーマス・J・グリフィス)

人には、過去がある。

そして、思い出したくないものに限って、
さかのぼって、思い出したり、
思い出されたりして、
それに縛られることもある。

自分がつくってしまった過去だって、
時には、償うのが難しい。

それなのに、周囲の人々から、
自分の親なり、
自分の会社のトップなりが
つくってしまった「過去」を
取りあげられて、責められるのは、
けっこうキツイものがあるだろう。

まさしく、過去に生かされている気分…

しかし、過去に生きることは出来ない。
たとえ、周囲がどうであろうと、
その過去から自分を外せるように、
精一杯、変わらなければいけない。

旧約聖書に、こんな言葉がある。
「そもそも、賢明な者も、愚かな者も、
 同様に長く覚えられるものではない。
 きたるべき日には、
 皆忘れられてしまうのである。」
 (伝道の書2:16)

人が何か人の過ちを話題に出すのは、
単なる「好奇心」の場合が多いわけだから、
それが飽きられる日は、必ず来る。
そんな「忘れられるもの」のために、
縛られるのは、本当にゴメンだ。

だから、自分の過去、
あるいは、自分の周辺の過去が、
話に出てきたとしても、
「忘れられる日」が来ることを思って、
まず、自分が変わって、忘れよう。

ま、自戒のために、
覚えておく分にはいいが、
決して、落ち込むために、
覚えておくのはお薦め出来ない。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年10月20日

まったく最初から、はじめるわけじゃありませんよ。

人間だれだって、まったく最初から
はじめるわけじゃありませんよ。…
だれしも、他人の失敗を踏み台にして
築きあげるのです。

(原作「アルジャーノンに花束を」、ダニエル・キイス)

時には、自分で考えるために、
先人がした失敗と同じものを
経験する時がある。

しかし、ほとんどの場合は、
同じ失敗をしなくてもいいように
私たちは助けられている。

幸せですね…

おかげで、こんなに便利な世の中で
過ごせます。

ただ、人生については、
どうでしょう…?

先人達の失敗を活かしきれず、
同じような過ちなり、悪さなりを
行っている部分もあるように思えます。

楽な生活をしたいとか、
便利なものが欲しいというのは、
おそらく、
人生に比べると、
取り組みやすい目標なんでしょうね。
だから、積み重ねて、成長させられる…

そんな科学の分野と同じように、
他人の失敗を踏み台にすればいいはずなのに、
人生については、
みんながみんな、わざわざ、
同じ失敗をして学んでいる状況が
多いように思います。

せっかく踏み台があるんだから、
失敗は、私の代で止めないと…
と思うShuでした。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年10月 4日

しかし何度も見ていると…

悪はあまりにも恐ろしい姿をした怪物なので、
見ただけで人はそれを憎む。

しかし何度も見ていると次第に慣れて、
最初は我慢し、次に哀れみ、
ついには受け入れてしまうのだ。

(アレグザンダー・ホープ)

良いことであれ、
悪いことであれ、
見慣れると、
感動も、嫌悪感も忘れてしまう。

ここでいう悪は、
自分の携わる行いの悪だと思う。
悪人のことを言っているのではない。

最初は、やりたくないな、
という気持ちで始まるが、
その場所で迷っているうちに、
やはり、見慣れてしまうんだろう。

そして、1回だけ、
という自分への言い訳で、
状況は少し変わり、
あとは、ずるずると、
安全な場所から程遠いところへ
自分を連れて行ってしまう羽目になる。

いざ、やりたいことを精一杯やりたい時、
あるいは、いいことを話したい時、
私たちは、いい状態にいる必要がある。

その時のためにも、
良くないものに慣れるということは、
避けていたいもの…

「みんながやっていたから…」
という言葉で、何人の政治家や有名人が、
これから、という時に姿を消していっただろうか。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年7月14日

最も悲しい言葉はこうだ。…

舌が語り、ペンがつづる
悲しい言葉の中で、
最も悲しい言葉はこうだ。
「こうであったらよかったのに。」

(ジョン・グリーンリーフ・ウィッティア)

自分の望まない結果が
訪れたとしても、
それに対して精一杯行動していれば、
あまり悔やまないで済むかもしれない。

自分の夢に対しても、
家族や仕事、人間関係などに対しても、
真っ正面から向かって生きていれば、
「こうであったら~」なんて
言葉は不要になることだと思う。

ま、時折、別の意味で、
正直に言いすぎて、
「言わなければよかった。」と思うことも
あるかもしれない。

そんな時、私は、こう考えることにしている。
「言ってしまったその時だけが
 問題なのではない。
 そんなふうに言う自分を、
 その時まで育てていたんだ。
 その時には、そういうレベルだったんだ。」と。

改めるなら、正しい改め方をしたい。
その悔やまれる一瞬だけを問題視して、
改めるのではない。
そこに至るプロセスすべての中に、
問題があったのだから、
一瞬だけを悔やむのではなく、
プロセスすべてを見て、
改めるようにしたいもの…

今日は、日曜日。
「日曜日には、こうしておけばよかった。」と
言うことのない一日を過ごしたいものですね。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年6月27日

「経験」の経営する学校は、月謝が高い。

「経験」の経営する学校は、月謝が高い。
だが、愚か者はそれ以外の学校へは上ろうとしない。
おまけに、上がっても、ろくなことを覚えない。

(ベンジャミン・フランクリン)

今日は、ちょっとキツイ言葉かな。

やはり、自分が痛い思いをしないと、
学べないことって多いように思う。

私もそう。
たとえば、スピード違反の罰金とか…
ちょっとだけ早く自宅を出ていれば、
あるいは、ちょっとスピードを抑えさえすれば、
そんなことにはならなかっただろうにってね。

財布から、痛いお金を出して初めて、
気を付けよう、なんて思う。

そんな経験でさえも、間もなく薄らいで、
同じ過ちに至ってしまう…

ま、人の失敗経験を見て、
自戒するのは、それよりもまだいい方かな。

でも、一番いいのは、
原則や知恵を教えられた時点で、
学べる人でしょう。

私の場合は、そこには、まだ遠いかな。
若い頃よりは、
いくらかマシになっただろうけど。

だから、今日も、私たちは、
「経験」という学校に、高い月謝を払う。

その月謝は、お金の場合もあるし、
多大な時間とか、大切な人間関係だったりもする…

常に、そんな見えない本質が
見える人間になりたいものです。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年6月22日

自分の目指す通りになれば素敵だが、そうならないのも…

自分の目指す通りになれば素敵だが、
そうならないのも、
それはそれでまたよいものだ、
という態度さえ持ち続けていられれば、
あなたの人生は大丈夫です。

(なまけ者のさとり方、タデウス・ゴラス)

自分の思いこみ、っていうのは、
自分の才能や可能性までも、
狭めてしまうことがある…

だからと言って、
目標を持つな、と言っているのではない。

抱いた目標をたとえ果たせなかったとしても、
それに到達しようとして積み重ねたものは、
何かしら、次のものを生み出す。

目指した通りになろうがなりまいが、
私たちが生き続けるのは事実であって、
その双方に、それぞれ、
また新たな課題なり、目標なり、
そして、喜びもあるということだと思う。

だから、今、一時の出来事が、
その後をすべて左右するなんて、
思いこみはやめたい。

もしかすれば、将来、
そういうふうに受け止め方を変えたことが、
その後の生き方に大きな影響を
与えたなんてことになるかもしれない。

だから、もっと心を自由にして、
目標も、その結果も考えたいね。

Shuも、今週1つの残念な結果があって、
それを週末に、心で消化して、
来週を迎えるつもりです…

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年2月 5日

私たちは 自分たちの

私たちは
自分たちの行動や態度を
確認してくれそうな情報をのみ
受け入れようと試みる。

(相場の心理学、ラース・トゥヴェーデ)

私たち人間は、
基本的に、自分を正当化したい性質を
持っているから、
何らかの行動や態度をとった後、
それを後押ししてくれそうな人、
あるいは情報だけを探す。

それがあまり損害を及ぼさない場合は、
別にたいしたことはないが…

株式相場やギャンブルに置いては、
危険きわまりない場合が多い。

つまり、自分では穴場だと思って、
投資したり、始めたことが、
実は完璧に裏目に出ていることが
明らかになってくることがある。

それにも関わらず、
「いや、大丈夫」と思いつつ、
不安がる自分を後押しするために、
そんな情報ばかりを探す。
そして、正確な情報を、自分から遠ざける。

時には、ラッキーで、
結果的に儲けることもあろうが、
そこで身につけた「誤った自信」が
原因となって、さらに大きな損害に至ることもある。

自分を正当化ばかりしがちな知人は、
明らかに、そんな相場とかギャンブルには、
向かないから、身を焦がす前に、
離れて欲しいもの…
心からの願いである。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2002年1月27日

放っておくと失敗は成

放っておくと失敗は成長する

(失敗学のすすめ、畑村洋太郎)

事故やトラブルが、
「ある日突然起きた」
と考える人がいるかもしれない。

あるいは、そのように発表されたり、
報道されたりして、
それを信じる人もいるかもしれない。

しかし、実際、そんなケースは少ないはず。
過去をふりかえれば、
何かの原因や兆候が発見される。

この事実を、他人の失敗に見い出し、
それを指摘するのは、いとも簡単なこと。

しかし、自分自身の失敗に関しては、
なかなか認めにくいかもしれない。

私は、自分の周囲に起きた失敗や不快な出来事を
目にする時に、それだけを見ないように、
心がけている。
「それは、今始まったことではない。
 過去からあった問題の結果なのだ。」と。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

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