since 2001-12-24
いい言葉ねっと いい言葉で、人は癒される。いい言葉で、人は生かされる。いい言葉で、人は動かされる。
  いいコトバ

■読めばたちまちハッピーになるいいコトバ
「いい言葉ねっと」から生まれた本。第5刷目に入りました。 »詳細 »Amazonにて購入

メインメニュー

いい言葉メニュー

過去の特集メニュー

スポンサード・リンク

会社・お店リンク

サイト内全文検索

Syndicate(XML)

Powered by
Movable Type 4.1

« 友達 | メイン | 失恋・傷心 »

2008年9月25日

重要なのは、「すべて」を完ぺきに...

重要なのは、
「すべて」を完ぺきに
やり抜くことではありません。

そうではなく、
「やるだけのことはやった」
と思えることが大切なのです。

(卓球レポート、吉澤洋二)

やるだけのことはやった、
と思えるのは、
本当にやっている時か、
大きな勘違いをしている時か、
そのいずれかだろうと思う。

だいたいは、
やるだけのことはやった、
なんて思えずに、
不安な気持ちがよぎるはず...

しかし、その気持ちが消すために、
もっともっととがんばったところで、
さらなる不安が募ることも
珍しくない。

やればやるほど、うまくいかずに
足りないところが見えてくるからだ。

何もがんばっていない人ほど、
自分の足りないところに
出会うことが少なく、
平常心でいられるっていうことも
あるかもしれない。

もちろん、その後で、
現実をまざまざと
見せつけられることになるけれど。

足りないところは
まだまだいっぱいあるけれど、
やるだけのことはやった。

あとは、本番で、
それを出し切る精神状態を
キープすればいいんだ、
という気持ち。

それをつかみたいものです。

(参考)ココロの教科書(ひすい こたろう、スズキ ケンジ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年8月12日

負けを知ったとき、...

負けを知ったとき、
初めて
勝つことができる。

(金メダリスト北島康介)

昨日の大きなニュースは、
平泳ぎの北島康介選手が
金メダルをとったことと、

バドミントンのスエマエ・ペアが、
優勝候補を破った大金星。

前者は、
最初から期待され
大きな重圧に耐えてきた中、
チョー気持ちよく泳いだ人。

後者は、
オグシオ・ペアという
マスコミ受けする選手らの影で、
メダルのためだけにひたすら
がんばってきた2人。

いろんなドラマが、
あるもんですね。

いずれの選手らも、
いろんな負けの味を知って初めて、
どうやったら勝つことができるか、
を体に染み込ませてきた。

負ける経験を怖がらず、
何度でも負けるチャンスに
挑んでいく。

負けるチャンスがあれば、
勝てるチャンスもある。

もしかしたら、本当に怖がるべきは、
ほとんど努力もしないうちに、
ラッキーに勝てることかもしれない。

そこからは何も学べない。

みんなの大舞台が、
オリンピックとは限らないけれど、
自分にとっての大舞台で、
力を発揮できるように、
毎日がんばりたい。

そう思わされました。


(参考)北島康介夢、はじまる(折山 淑美)

2008年7月 3日

成功とは、意欲を失わずに...

成功とは、
意欲を失わずに
失敗を重ねることである。

(チャーチル)

天才という言葉があって、
それは時に、
たいした努力もしないで、
成功を手にしているかのように
使われている。

しかし、現実には、
その天才を追い抜こうと、
猛烈な努力をしている人がいて、
そういうライバルに負けないくらい、
たくさんの失敗をして初めて、
天才と呼ばれる人々は、
成功者として居られるんだと思う。

失敗っていうものは、
誰にとっても目の覚める経験
に違いない。

大丈夫だと思っていたことが、
そうでもなかったと気づく。

失敗するたびに、
そんな気づきがある。
だいたいは、挫折感とともに...

そして、その挫折感が、
もれなく人間を強くして、
少しずつ、失敗に強い人間を
育てていってくれる。

大切なのは、そこだと思う。
成功する人間に育てるんじゃなく、
失敗に強い人間に育てること。

だって、何回失敗するか、
予測は不可能ですから。
そして、その失敗の先に、
成功があるんですから。

目が覚めるような失敗、
した方がいいです。
早ければ早いほど、
強くなれます。


(参考)チャーチルが愛した日本(関 榮次)

2008年4月15日

成長が終わったわけではない。

成長が終わったわけではない。
今でも終わったと信ずべき理由はない。

(ダイヤモンド・オンライン記事)

景気の良さそうでない風景、
元気がない人々の顔、
失敗ばかりの自分…

そんなものばかりを
思っていると、

これから何が成長するんだろうか、
何かをがんばって
それが実ることがあるんだろうか、
なんて思ってしまうかもしれない。

あるタイミングには、
いちじるしく成長はしていても、
周りもがんばって追いついてくるから、
成長が止まったように見える時がある。

あるいは、自分もふくめて、
自分のまわりでは、
本当に成長がないかもしれない。

けれど、どこかにいる誰かは、
今この瞬間にも成長している。

成長は終わっていない。
成長できるスキマを見つけられれば、
まだまだ伸びることができる。

それが見つけられるまでは、
悶々とした日々もあるかもしれないが、
あきらめない気持ちが
萎えないようにして、
成長する自分の登場を
待っていたいものです。

絶対に、成長してやる!!


(参考)ポケットの中のダイヤモンド―あなたはすべてをもっている (ガンガジ)

2008年4月13日

問題が次々に起こり…

問題が次々に起こり
それを乗り越えていくのが、
私たち、いや人間の仕事なんだ。

(ココロでわかると必ず人は伸びる、木下 晴弘)

問題ねぇ、たしかに、
次々と起こりますよね。

今度は、俺(私)の番じゃないだろ!
みたいに思う人もいるでしょう。

ただ、問題にも
いろいろなタイプがあって、
自分が大切に思っていることなら、
納得して向き合えると思うんです。

それが、そういうことでなく、
横から割り込んできたようなものだと、
心の準備も足りなくて
イライラしてくる。

雑用に追われて
目まぐるしい日々に
なってしまう感じ…

そんな問題にばかり
付き合わされているような人を
見かけるときもあります。

人が問題を選んでいるのか、
問題が人を選んでいるのか。

どんな問題と出会っているか、
っていうことが、
その人となりを表している気もします。

だから、それがその人の仕事。
そして、その仕事がその人を育てる。

私も、育てられています。


(参考)ココロでわかると必ず人は伸びる(木下 晴弘)

2007年9月27日

そんなのは失敗じゃない!…

そんなのは失敗じゃない!
ただ他の人より遠回りしただけだ!
遠回りする分、
いろんな世界を見れるじゃないか。

(引用元不明)

遠回りは、
時間を多めに要求する。

それは、
1時間であったり、
1日であったり、
1年であったり…

1時間多めに試せるじゃないか。
1日多めに観察できるじゃないか。
1年多めに学べるじゃないか。

もし、
そういう理解がなければ、
遠回りしていることへの
罪悪感とか、劣等感だけに
心が占められてしまって、
何にも見ていないことになる。

せっかく、
ちょっと前とは違う光景が
目の前に広がっているのにね…

人間関係における失敗も同様。
何かを学んで、
捨てるべき感情と、
拾うべき感情を探るのが、
遠回りの道のりですることだと
思っています。


(参考)幸せは遠回りして (日向 千草)

2007年9月12日

人は嘘をごまかすために、…

人は嘘をごまかすために、
どんどんと次の嘘を
ついていってしまう。

(奇跡の人、真保裕一)

おととい、学校から
帰ってきた三女の様子に、
ちょっと「?」を感じた。

質問をすると、なんか
ハッキリしないことを言う。

さらに問いつめると、
さっきとは違うことを言う。

おかしい…

5分後、すべてを話してきた。
学校で、ちょっとした失敗をして、
先生たちに迷惑をかけたらしい。

その失敗を隠すために、
最初の嘘をついた。

でも、それじゃあダメだと感じて、
次の嘘をついた。小1の頭である。

最後、もう無理だと思って、
本当のことを言った。
小1だから、これで済んだ。

大人だったら、
こうはいかない。

嘘を重ねているうちに、
解決されない問題が
とてつもなく大きく
なってしまうこともある。

大きくなればなるほど、
本当のことが言いにくくなる。

最後は、責任をとって、というか、
恥に耐えられなくなって、
…という決断もありうる。

嘘をつくのは、
下手だという自覚が
あった方がいい。
そうすれば、
「嘘」を選ぶことなど
ないだろうから…


(参考)今日の早川さん (coco)

2007年9月 8日

あなたの中では終わってないんだよ。

あなたの中では
終わってないんだよ。

(引用元不明)

他の人の記憶からは
すでに消えていて、
とっくに昔の話だけど、

自分の中では、
消化しきれていない
ということは意外に多い。

終わっていない、
終わらせたくない、
ちゃんと解決して欲しい…

そんな気持ちが強まれば、
周囲とのギャップは
広がるばかり。

自分の中で「終わった」
と思える結末は、ホントに
ありえるかなぁ。

そこにこだわればこだわるほど、
そんな気もしてくる。けれど、
それまでこだわった時間を
無駄にしたくないから、
やっぱりこだわり続けたりする。

あきらめる…

それが出来ない。
だから、ますます
苦しくもなったりする。

もしかしたら、
やり残したことの代わりに、
何かを始めなくちゃ
いけないのかも。

今すぐ終わりたいなら、
それも、今すぐ始めること。


(参考)2日で人生が変わる「箱」の法則 (アービンジャー・インスティチュート)

2007年5月18日

年をとってる暇がない。

年をとってる暇がない。

(NHK「生活ほっとモーニング」、岸恵子)

若さと美しさの秘訣は?
と聞かれて、

「苦労が多いから。だから、
 年をとってる暇がない。」

とのこと。

自分は苦労した、
誰よりも難儀をした、
と自慢話のようにしゃべって、
どんどん老けていく人もいます。

そうかと思えば、
苦労が多かったわりに、
その苦労話はさらっと話すだけで、
いつまでも元気な人もいます。

年のとり方が上手な人は、
あまり人を不快にすることが
ありません。

一方、そうでない人は、
周りに気を遣わせることが
多いようです。

私は、どっちかなぁ…?

出来る限り、
気を遣われる場所には
行かないようにしているから、
自分の年のとり方には、
鈍感かもしれません。

いずれにしろ、
「年をとってる暇がない」
と思えるくらいに、
快活に生きられたら、
苦労が多くても
充実しているだろうなぁ
って思います。


(参考)30年の物語(岸恵子)

2007年5月11日

未熟でいるうちは成長できるが、…

未熟でいるうちは
成長できるが、

成熟した途端、
腐敗が始まる。

(成功はゴミ箱の中に—レイ・クロック自伝)

ホントに成熟したのなら、
慢心が起こっても
しょうがないと言えば、
しょうがない。

けれど、不思議なことに、
慢心というものは、
まったく成熟の域に
達していない中途半端な人間ほど
もち始めたりするもの…

もう少し、しっかり育てれば、
ちゃんとした実がなるというのに、
やめてしまうから、腐敗が始まる。

ものが腐敗すると、
臭くなったり、
汚れが染みつくように、

人も腐敗すると、
周囲の人を寄せつけない「空気」とか、
いつまでもイジイジした「根性」で
世の中のゴミになってしまう。

誰かが勇気を出し、掃除して、
腐れたろことを捨ててくれない限り、
いつまでも染みついている。

腐れたくないなぁ…
と思います。

見慣れたとこだけを見つめず、
まだまだ未熟だなぁ、
と思える自分の側面を
見つけていきたいものです。

(参考)成功はゴミ箱の中に—レイ・クロック自伝

2007年4月 6日

だれしもツキがあるうちは…

だれしもツキがあるうちは
なにも考えんし
なにも気がつかんからだ。

そんなことをする必要が
どこにある?

(タイタンの妖女、カート・ヴォネガット・ジュニア)

この言葉を読んでいるあなたは、
今、どんな調子ですか?
ツイてる? 絶好調?

私の予想ですが、
絶好調だとしても、
「超」がつくほどじゃないのでは…?

超絶好調な人は、きっと、
自分は何をしてもうまく、
何をしても許される、
誰も止められない、

っていうくらいの勢いを
感じていることでしょうから、
いい言葉なんか探さない、
読む必要すら感じないでしょう。

逆に、自分の成功哲学を
本にして出版したり、
自慢したいくらいかもしれません。

やはり、
人生に波があるとすれば、
波のピークにいる時よりも、
波の底に落ち込んだ時に、
人は考えるものなのです。

そして、
波のピークにいても、
波の底にいても、
共通するのは、

そこから見える景色が
すべてのような気がしてくること。

だから、
考える必要を感じない時もあれば、
考えすぎてしまう時もある。

そこが、
人間の長所であり、
短所でもあるんでしょうね。


(参考)タイタンの妖女(カート・ヴォネガット・ジュニア)

2007年2月 8日

反省は未来につながるけど…

反省は未来につながるけど
後悔は過去にしばられてるだけ

(ゲーム「テイルズオブディスティニー2」)

しばられる…
私が一番嫌いな言葉ですね。

けれど、
自分から進んで
しばられていたりするのが、
後悔というものです。

目に見える「しばり」には、
ものすごく抵抗しますが、
自分の心が入り込んでしまう
目に見えない「しばり」には、
気づかないのが人間。

心が囚われている状態
っていうのは、
逃げ道を見つけるのが
一番むずかしいかも。

そればかりを
考えてしまう思考回路に、
どっぷり浸かってしまってるから。

後悔に限らず、
欲、うらやみ、憎しみ、怒り…

どの感情にも、
自分をしばりつけるパワーが
十分にあります。

一方、未来につながる感情には、
しばりつけるパワーがない。
反省でも、希望、愛、信念でも、
自分でしっかりとつかんでなければ、
通り過ぎていく。

自分のものに出来なければ、
一時的な付き合いだけで終わって
縁がなかったことになる。

今、あなたの心を占めてる感情は、
未来につながるものですか?


(参考)ゲーム「テイルズオブディスティニー2」

2006年12月28日

幸せは蝶々に似ている。…

幸せは蝶々に似ている。
追いかければ追いかけるほど
ヒラヒラと身をかわし逃げてしまう。

でも、他のことに夢中になっていると、
静かにやって来て、いつの間にか
あなたの肩にとまっている。

(英語)
Happiness is like a butterfly.
The more you chase it,
the more it will elude you.

But if you turn your attention
to other things,
It will come quietly
and sit on your shoulder.

(引用元不明)

優希さんからの投稿です。

蝶々なんて追いかけた記憶は、
もう、ほとんど消えています。

今は、別のものを追いかけてる…

追いかけてるということは、
まだつかまえていないわけで、
考えてみれば、いつまで経っても
追いかけてばかりな気がします。

追いかけようとしているものは、
本当にあるものなのか。
そんな問いも必要な気がします。

「ある」と言われていても、
本当は「ない」ものも確かにある。

逆に、「ない」と言われてるものに、
本当は「ある」ものもある。

決して、追いかけるのを
怠けたわけじゃない。
むしろ、誰よりも頑張った、
という人も少なくないと思う。

昨日、元看護婦の妻に、
妻の知人から電話があった。
「名前だけ貸して欲しい。
 決して迷惑はかけないから。
 謝礼は5万円だって…」
というお願い。
その人から来る話は、
いつも怪しいものばかり。

もし、妻が名前を貸せば、
おそらく、支払うはずの給料が、
どこかに消えるのだろう。
看護師の年収が浮くことに比べれば、
5万円なんて、安い話だ。

「良心がとがめるんだけど…」
そう妻が言うと、その知人は、
「大人の世界じゃ、よくあるよ。」
とあっさり。
妻は、ハッキリと断った。

一生懸命、追いかけている様子の知人。
果たして、つかまえられるのか。


(参考)喜びの泉―ターシャ・テューダーと言葉の花束(ターシャ・テューダー)

2006年12月24日

品性は、だれも見ていないと思った時、…

品性は、
だれも見ていないと思った時、
何をするかで決まる。

(H・ジャンクソン・ブラウン・Jr)

今日はクリスマス・イブ、
明日はクリスマスですね。

子ども達にとっては、
プレゼントをもらえる日
ってことで定着してますけど、

何かプレゼントをあげる日
として覚えて欲しいなぁ…
って思います。

2ヶ月くらい前に紹介した言葉ですが、
「人生が豊かになるのは、
 何を得たかではなく、
 何を与えたかによります。」
 (ジョージ・アルバート・スミス)
が、本当のクリスマスに感じます。

いいことをするのを、
何かを与えるのを、
いつ、どこでやるのか。

ビジネス的に考えれば、
人が見ているところで、
人に注目されるタイミングが
一番いいことになります。

しかし、そればかりを考えてると、
そのうちに、人が見ていないところで、
自分の品性を捨てるようなことを
やり始めることになります。

そして、
クリスマスに逮捕
なんてことになったら、
いいことはすべて帳消しになる。

忘れ去られている人々に、
誰も見ていなくても、
いいことが出来る
っていう大人が必要です。

そういうことが出来る大人に、
私はなれるかなぁ…

クリスマスには、1つくらい、
そういうことをしたいものです。


(参考)ちいさなもみのき(マーガレット・ワイズ・ブラウン)

2006年9月26日

人の苦労なんて、いくら聞かされたって…

人の苦労なんて、
いくら聞かされたって
成長しない。
自分で苦労しろ。

(瀬戸雄三)

後輩のために、
若い者のために、
次の世代のために、
ということで、
苦労話を始めたくなったら、
年をとった証拠かもしれない。

苦労話をする時間よりも、
何かにチャレンジする自分の時間を
大切にして生きていった方がいい。

もちろん、
あらゆる苦労話が
無駄とは言えないけれど、

自分から話したがる苦労話ほど、
効果のないものはないと思う。

苦労話を聞きたがる人でさえ、
そのほとんどの人が、
自分のものに出来ない。

それであれば、
苦労話を聞きたくない人には、
なおさら、意味をもたなくなる。

人は、なぜ苦労話を話したがるか。
やっぱり、自己憐憫?
それもあるだろう…

そうでないとすれば、自己表現?
何も達成していなくとも、
こんなことで苦労していたんだ、
と誰かと確認できれば、
生きていた意味を理解できる。

自分の苦労を
自分で知っているだけでは、
残念ながら、それが出来ない。

苦労話は、
それを話す側のためにある。
そして、ごくわずかな聞き手だけが、
自分自身のために賢く役立てられる。

そう思っていた方がいい。
じゃないと、苦労話が浮かばれない。


(参考)逆境はこわくない—知恵をしぼり、汗をかけば…(瀬戸雄三)

2006年9月15日

着る物も住む場所も乗物も変わったが、…

着る物も住む場所も
乗物も変わったが、
人間の中味は
たいして変わっていない。

(薔薇窓、帚木蓬生)

変わらないことが
素敵な気もします。
なんか、人間の
神秘的な部分というか…

一方、相変わらず、
醜い部分があるのも事実。

昔あったことは、
今も形を変えて
ちゃんとある。

だから、昔の本でも話でも、
読んだり聞いたりしてみれば、
大きなヒントになる。

そういう意味では、
変わらない人間っていうものに、
感謝ですね。昔の人の失敗を、
自分に活かせるんですから…

人間の中味が変わっていたら、
そんなことが出来ない。

ある時代から、
憎しみとか嫉妬とかを
持たない存在になっていたら、
今私たちが抱えている問題の本質は、
過去の歴史を見ても、
何のヒントも得られないことになる。

ただ、インターネットなどの
影響もあって、生きている世界が
どんどんグローバル化しているために、
人間どうしの関わりが、
微妙に変わっているのは事実でしょうね。
それでも、やっぱり中味は変わっていない。

人間って、深みのある存在で、
なんか面白い気がします。


(参考)中味のない人間(ジョルジョ・アガンベン)

2006年8月 4日

…長く「生きた」のではなく、長く「有った」にすぎない。

髪が白いとか
シワが寄っているといっても、
その人が長く生きたと
考える理由にはならない。
長く「生きた」のではなく、
長く「有った」にすぎない。

(人生の短さについて、セネカ)

私の家系は、
白髪になるよりも
髪の毛が薄くなる方ですから、
30歳を過ぎてからと言うもの
けっこう心配してました。

しかし、幸いなことに、
新陳代謝がまだ機能しているらしく、
今なお、安全地帯にいられます。

それでも、いつかは、
長く生きた証が一つ二つと
見えてくることでしょう。

その時には、
それが「長く有った」だけの証で
ないように祈るばかりです。

そういう外見以外で言えば、
でしゃばりたくなるのも、
もしかしたら
「長く有った」証かもしれないな、
と思うことがあります。

子供に付き合って、
いろいろ行動しているせいか、
スポーツ少年団のさまざまな姿を見ます。

それぞれのところで、
それぞれの指導体制があって、
うまくいっていて、
ものすごく強いところもあれば、
強くはないけれど、
楽しくやって満足しているところもある。

はたまた、すごく強いんだけれど、
内部は、ゴタゴタなところもある。

ある団には、
本当の監督は一人なのに、
世話役ボランティアとして、
シニア世代の男性が必ず付き添っている。

やっぱり、そのシニア男性が
でしゃばるわけです。
時には、試合が中断されるくらいに…
けれど、その監督さんも、
その男性を止められない。
仕事をもたないシニアですから、
いろいろと団の世話(?)を
してくれているのでしょう。

そういうことを考えると、
その「でしゃばり」をとがめるのに
気が引けている様子。

自分の身の置き場を
微妙に感じとるっていうのは、
やはり「長く生きる」ことを
していないと難しいように思います。

長く有った、だけは難しい。
そういう感性は別物だから。


(参考)人生の短さについて(セネカ)

2006年6月26日

問題は不調だということ自体ではなく、…

問題は
不調だということ自体ではなく、
その時期をどう過ごすかにある。

(張怡寧、卓球レポート)

いろんな道のプロにも、
失敗や不調、挫折がある。

その時に、本人がどうするか。
周囲が、どういう見方をしてあげるか。
それがポイントになる。

誰かの真似をすれば、
うまくいくとも限らない。
自分という個性もあるから…

周囲が何もせずに見守ってればいい、
というわけでもない。逆に、
きびしく引っ張ればいいとも言えない。

不調とどう向き合うか。
それぞれが答えを出さなければいけない。

時には、不調に見えていても、
一歩先には新しい進歩があって、
単に、その入り口にすぎないこともある。

事実とは、
きちんと向き合うけれど、
不調と決めつけすぎず、
プライドでなく、自尊心だけは
失わないようにしたいものです。

その期間が、
どれだけ長くなろうとも…。


(参考)こころのモヤモヤを解き放つ 魔法の質問(マツダ ミヒロ)

2006年5月16日

甘えず、腐らず、…

甘えず、腐らず、
また会う日まで。

(桜井和寿)

まりこさんからの投稿です。
「Mr.Childrenの桜井さんが
 検査入院していたときの言葉。
 日々を頑張ろうと思えてきます。」

スランプという言葉が
ありますけれど、
勘違いされて使われている時も
少なくないようです。

と言うのは、
自分のちょっとした不調を
スランプと思い込んで、
じたばたしすぎて、
本当のどん底に落ちてしまう状態。

元々、私たちの状態には、
上がったり下がったりの波がある。
まして、何か進歩しようという時に、
新たなチャレンジを始めれば、
慣れるまでには、不安定になる。

スポーツであれば、
疲れ、ケガや病気が、
その不調の原因にもなる。

そこで、焦ってもしょうがない。
あきらめて、何かに甘えても、
何の解決にもならない。
もう、どうしようもないんだ、
と腐ってヤケになるのもまだ早い。

スランプだと思い込むよりも、
とりあえず待ってみる。
どこら辺から変わってきたか、
たぐっていってみる。

うちの子供たちが
よく行く卓球場に、
こんな言葉があります。

『あおいくま』
あ→あせらない
お→おこらない
い→いばらない
く→くさらない
ま→まけない

覚えやすいですね。


(参考)手を出すな! (GAKU-MC/桜井和寿)

2006年4月13日

…場所を取り過ぎているんでしょうよ。

もし、あなたが
縁(ギリギリ)のところで
生きていないのなら、
場所を取り過ぎて
いるんでしょうよ。

(英語)
If you’re not
living life on the edge,
you’re taking up
too much space.

(引用元不明)

縁、隅っこ、端っこ、
表現は何でもいいけど、
ギリギリのところで
生きている人は、
場所をとらないはず。

生きるか落ちるか、
の状況だから、
必要なものは限られる。

そう考えてみれば、
欲しいもの、必要なものが
いっぱいある自分の状態は、
どこか必死さがないかもなぁ、
とも感じる。

必死さがなくなると、
どこかで甘さが出てくる。
その甘さは、ミスにつながる。

ミスをすると、必死に
やらなければいけない状況が
必然と近づいてくる。

それでも、
やらなければ、
事態はもっと悪くなる。

本当にギリギリまで
迫ってくる時さえある。
そんなギリギリの生き方もある。

一方、自分のギリギリに
いつも挑戦して生きる方法もある。

人間はいずれ、
どこかでギリギリで
生きる時があるんでしょう。

それまでは、場所を
取り過ぎていることに気づかず、
我が物顔で歩いている。

私自身の姿が思い浮かびます。


(参考)天国からのアンコール vol.1 1986年のマリリン

2006年1月24日

成功ほど続いて起こるものはない。

成功ほど続いて起こるものはない。

(英語)
Nothing succeeds like success.

(アレクサンダー・デュマス)

だから、成功は
怖いところもある。

うまくいけば、
人は調子づく。
そして、もう1回やる。
やっぱり、またうまくいく。

すると、
自分は何をやっても、
許されるような存在に
思えてくる。

成功したからと言って、
恐れる必要はないけれど、
自分が変わってしまうことは、
恐れた方がいい。

最初は、地道に成功する道を
歩もうとしていたはずなのだ。
誰もが…

しかし、幸運にも(不幸にも?)、
成功が続いてしまうと、
人は変わってしまう。

成功も、お金も、
その人自身の本質を
えぐり出すものでしかない。

そして、
その後の失敗や不幸は、
周囲の人間の本質を
えぐり出してくる。

「ああ、知ってる、知ってる。
 あの人とは知り合いだよ。」が、

「知らないよ。そんな人…
 会ったことすらないのに。」

に変わるのだ。

今苦しみの中にいる人々は、
「本当の人間」に出会うチャンスを
手に入れているかもしれない。

(参考)成功者の告白(神田昌典)

2006年1月18日

わたしの存在そのものが質問なのだ。…

わたしの存在そのものが
質問なのだ。

その答えを知りたくて
生きてるんだ。

(寺山修司)

昨日(2006-1-17)の国会。
証人喚問において、
質問が下手な議員さんが
いらっしゃいましたね。

あの姿を見た
その議員の支持者たちは、
どう思われたことでしょう?

「おお、立派な姿で
 話していらっしゃるなぁ」

と感じたでしょうか。それとも、

「ガキの使いでもあるまいし、
 なんと思慮のない質問か」

だったのかでしょうか。

質問というのは才能だと思います。
そして、もちろん、
伸ばすことが出来ます。

質問は、自分の頭の中で、
どんな答えが返ってくるかを想定し、
それじゃダメだ、これもダメだ、
みたいな試行錯誤を何度も
しなくちゃ、いい質問は出てこない。

もちろん、質問する意義や目的も
ちゃんと分かっていなくちゃいけない。

頭の中で、それを考えられない人は、
いい質問が出来るわけないのです。

自分の人生にも、
それは影響することでしょう。
「今の自分にとって大切なことは何か?」
というようなシンプルな質問にさえ、
ちゃんとした答えが
出せないことになりますから。

本当のところ、
「知りたい」という気持ちが
欠如しているんだと思います。
だから、質問が磨かれない…

弁護士くらいの質問能力は
求められないとしても、
「本当に知りたい」気持ちを
育まなくちゃ、何も知ることなんて
出来ないのです。

ちゃんと求めていますか?

(参考)質問する力(大前研一)

2005年9月21日

みんな一度なら、見て見ぬ振りをするだろう…

みんな一度なら、
見て見ぬ振りをするだろう…
だけど、それをやると、
二度目から、あっという間に
簡単に妥協して生きることになる。

すべてはたった一度の
「妥協」から始まる。

(ドラマ「24」)

oracionさんからの投稿です。

ホント、そうですね。
すべては、そこから始まります。
というか、終わりに向けて…

妥協っていう言葉自体は、
悪い意味ばかりではないけれど、
悪い方に妥協したら、
やっぱり、ズルズルとなる。

だからと言って、
信頼関係もないところで、
他人がとやかく意見しても、
これまた、あまり意味ない。

言った側は、正義感を感じて、
満足するかもしれないけれど、
それだけで、人が
「妥協」をやめるとは思えない。

残念ながら、人は学ぶ必要がある。
妥協して、どこまで落ちてしまうか。

どん底に落ちる前に気づけば、
ラッキーなほう。そうでなければ…

何かドラマの中だけの話のように
思っていましたが、
集金した会社のお金を
パチンコにつぎこんだ人の話を
実際に聞きました。

一度は会ったことのある人です。

パチンコ好きな人だったようですが、
ここ数年自制していたらしく、
妻子をちゃんと養っていました。
ところが、色々なストレスが重なり、
そんな時に、手元のお金が目に入った。

それは「会社のお金」だけれど、
最後に返しさえすれば、
問題はないよな。

考えちゃいけないことを、
考えるようになってしまう。
そして、そこに「妥協」が生まれる…
そうだよな、それでいいよなって。

幸せになるためと思っていても、
それは、幸せに見せるための
「妥協」でしかないことがある。

気をつけないと、いけませんね。

【参考】
ものづくり魂(井深大)

2005年9月 8日

さまよっている人すべてが、失敗するわけじゃない。

さまよっている人すべてが、
失敗するわけじゃない。

(英語)
Not all who wander are lost.

(J.R.R.トールキン)

今、何かに迷っている人は?
と尋ねたら、きっと、
半分以上の人がそうだと思う。

でも、
迷っている=失敗
じゃない。

だから、
迷っていない=成功
も成り立たない。

迷う、迷わないは、
現時点の心の状態というだけ。

失敗、成功も、
人生の途中経過というだけ。

「私は迷わず進みました。」
と言い切る人すべてが、必ずしも、
「おかげで、成功しました。」
とはならないだろう。

「おかげで、失敗しました。」
と言う人もいれば、
「まだまだだ。」
と見得を切ってしまう人もいるだろう。

大切なのは、
迷っているとしても、
失敗や成功したとしても、
今自分がどの地点にいるかを
把握することだと思う。

それさえ分かれば、
最終的なゴールに対して、
自分の位置を見失わないで済む。

それを見失えば、成功すら、
一時のものになってしまうから。
今の自分はどこかしら…?

【参考】
道は開ける(デール・カーネギー)

2005年8月 9日

挫折や失敗とは、それを意識したときから…

挫折や失敗とは、
それを意識したときから
はじまります。

(生命のバカ力、村上和雄)

もしかして負けるかもしれない、
試合の後半にそう思いながら、
スポーツをしている時には、
だいたい腕が縮んでいたり、
足が動かなくなっていたりする。

そして、負ける。

しかし、本当に負けた瞬間は、
それを意識した時なのだ。
ゲームが終わった時ではない。

危機感として意識することと、
失望として意識することとは、
まったく違う。

だから、逆に、
そういう危機的場面を想定して、
練習したり、訓練していれば、
勝負強くなることも出来るのだ。

勝負にこだわらない場面では、
自分の満足感が、最終的な目標に
なるだろうけれど、それでさえ、
精一杯の自分を出しきれなければ、
なんとなく「失敗」した気分になる。

挫折や失敗は、可能性と紙一重。
絶対失敗しないことに、
可能性なんて考えるわけないから。

アブラハム・マズローが、
可能性を阻害する6つをあげている。
1.いたずらに安定を求める気持ち
2.つらいことを避けようとする態度
3.現状維持の気持ち
4.勇気の欠如
5.本能的欲求の抑制
6.成長への意欲の欠如

もしかしたら、
安定とか維持を考えた時に、
失敗とか挫折も意識してしまうのかも…

気をつけよう。

【参考】
サムシング・グレートからの贈り物(村上和雄、葉祥明)

2005年6月28日

富を軽蔑する人間を、信用してはならない。…

富を軽蔑する人間を、
信用してはならない。

こういう人間がたまたま富を得ると、
一番始末の悪い人間になる。

(フランシス・ベーコン)

今日のいい言葉は、「…」に入る
以下の部分を中略しています。

「富を得ることをあきらめた人間が、
 富を軽蔑するのだ。」

ワタシ的に考えて、
この文章に抵抗のある人が
いるだろうと考えたわけです。

また、
執着も軽蔑もしていなかった人が、
富と権力のパワーに阻まれて、
それを憎み始めるケースも
あるだろうとも考えました。

おそらく、だいたいにおいて、
富と権力は、仲むつまじいもの。
富の「財界」と権力の「政界」を
合わせて、政財界と呼ばれるのも、
その所以でしょう。

だから、
そのいずれも持たない人は、
苦い経験をし、ある意味、
それらを持つ人を嫉妬することも
ありえるわけです。

だから、富を嫌う人に限って、
逆にそれを欲しがっていたり、
権力を憎む人に限って、
権力を乱用したかったりするのも
分かります。

私にだって、その傾向がない、
なんて言い切れません。

ただ、富を得ることをあきらめて、
あるいは、
富や権力に阻まれたからといって、
富や、お金を軽蔑しても、
何の解決もしないのが事実です。

山にこもったり、
無人島に行って、
一人で自給自足の生活を
しないでもない限り、
その富(お金)が必要であることに
かわりはありません。

お金に執着するか、軽蔑するか。
その2つ以外の方法もあると思う。

お金に縛られないこと。
それは、軽蔑とも違う…

お金が必要なことを認めて、
なおかつ、使われるのではなく、
使っていくこと。

お金の奴隷でなく、
お金の主人になること。

主人は、使用人に
執着もしなければ、
軽蔑もしない。
役立つように利用するだけ。

今日のいい言葉は、
「考える人」さんからの投稿した。
コメントは以下。
「お金よりも大事なものがある。
 お金は卑しいものだ。
 って考える人が多いけど、
 それは違うんじゃないかと思う。

 だってお金があるから
 病気で苦しんでいる人たちを
 病院に行かせてあげられるし、
 お金があるから募金したりして、
 人を助けることもできる。
 お金そのものが卑しいのではなくて、
 使う側の人間で、お金の価値が
 決定されていくんだと思う。」

その通りですね。

【参考】
ツイてる! (斎藤一人)

2005年6月25日

今の条件でできることを…

今の条件でできることを
毎日、真剣に考えること。
それが5年後の自分をつくる。

(田崎真也[ソムリエ]、雑誌「アントレ」)

もし、~があったら、
もし、~ができたら、
もし、~な人がいたら、
もし、~をしてもらえたら、
そんなことばかり
延々と考えているうちは、
スタートも出来ない。

大切なのは、今の条件。
たしかに、時間があれば、
さらに条件はそろう。

しかし、それは、
自分以外の人、たとえば敵にも、
条件がそろうこと。

だから、今の条件で、
最大限可能なことを、
自分で探ってみて、やるしかない。

そして、結果を見て、
そこで学んだことを、
また、自分の条件(糧)に加えて、
もう一回考えればいい。

人生の本質が見えていれば、
そんなくり返しが何度あっても、
面倒がるどころか、
上手に楽しめるはずだ。

実際、私も、
そんな心境になれる時があるから、
よく分かる。

見るべきは、今の自分にある条件。
そして、そこからスタートする。

【参考】
ちびくろ・さんぼ(ヘレン・バンナーマン)

2005年6月 5日

まず、ありのままの自分にならなくてはいけません。…

まず、ありのままの自分に
ならなくてはいけません。
それから、必要なことを行うのです。
欲しいものを手にするために…

(英語)
You must first be who you really are,
then do what you need to do,
in order to have what you want.

(マーガレット・ヤング)

たとえば、ありのままの
自分を見せていないとき、
私たちが要求されたり、
期待されることは、

間違いなく、
ありのままの自分とは
ズレたものになってくる。

すると、
それに応えるために、
努力すること自体が、

ありのままの自分という
スタート時点から
ますます遠ざかることになり、
ストレスは、このうえない。

ストレスは
人生につきものだとしても、
ありのままの自分を
否定するかのように
始めてしまっては、
どこかで虚しくなると思う。

親などの期待だけにそって
頑張っていく子ども達、
憧れや理想とする人の
真似だけをしていく若もの達、
周囲と異なることを
避けるように生きる大人達。

どうして、人は
ありのままを怖れるのだろうか。
多分、「ありのままの自分」を
受け入れてもらえなかった、
という経験が、誰にでも、
1度はあるからでしょうね。

そんな経験よりも、
家族や知人の誰かから
受け入れてもらえた、
という記憶が強く残っていれば、
多分、「ありのままの自分」を
自ら否定することはないんでしょうけど…

いかがです?あなたは、
ありのままの自分を
否定していませんか?

【参考】
7日間で人生を変えよう(ポール・マッケンナ)

2005年5月14日

簡単なことを難しく述べるのは簡単だが、…

簡単なことを
難しく述べるのは簡単だが、

難しいことを
簡単に言うのは難しい。

(蒼穹の昴、浅田次郎)

もう意味もない、
形だけの組織とか、
モノというのは、
身のまわりにたくさんある。

しかし、
それを終わらせるのは、
なかなか難しい。

ちょうど先日、私も、
そんな場面に出くわした。

もう役目は終わった、
という当然で簡単な意見に対して、
それを食い止めようと
する人間の言い分は、
なかなか、うまい。

「組織がなければ、情報が流れてこない」
「にっちもさっちもいかなくなる」
「縮小しても残すべきだ」
「参加者が少なくても、
 先輩たちが頑張ってきたのだから」
「不要だなどとは、聞いたことがない」

これを大きな声で言うのは、
そのような場所でしか、
自分の威を張れない人間である。
だから、その必死さは伝わってくる。

人々は、その必死さに押されて、
「そうかもな」という気もしてくる。
簡単なことを難しく伝える才能が
成功する例である。

しかし、速記録などから
すべての発言を読み返せば、
なんのことはない。
説得力のあることなど
何も言っていないのである。

簡単なことを、難しく、
なおかつ大きな声で言っているだけ。

皆さんの周りにも、
それに似たことがあるのでは?
だまされませんように。

そして、それを反面教師として
簡単にする習慣の方を求めましょう。

【参考】
蒼穹の昴(浅田次郎)

2005年3月14日

バカっていうのは、自分がハダカになることなんだよ。…

バカっていうのは、
自分がハダカになることなんだよ。

世の中のいろんな常識を無視して、
純粋な自分だけの
ものの見方や生き方を
押し通すことなんだよ。

だから、バカだからこそ
語れる真実っていっぱいあるんだ。

(バカボンの作者、赤塚不二夫) 

他人の常識を無視して、
押し通すのはバカで済むけど、

他人の迷惑を無視して、
押し通すのはそれで済まないから、
そこだけは注意したい。

なんか、アンデルセン童話の
「裸の王様」を思い出します。

バカに思われないように、
ウソにつきあっている大人どもが、
子供のバカ正直な発言に、
本当のバカを見てしまう。

単純に考える、
シンプルに物事を見る、
それを忘れちゃいけませんね。

今朝は、アメリカの銃社会問題が
浮き彫りとなるようなニュースが…

4歳の子供が、
2歳の弟とケンカになり、
母親のハンドバックにあると
分かっていたピストルで打った。

アメリカの成り立ちとか、文化とか、
社会背景が分かっていれば、
ピストルを持つことに、
理解を示せるんでしょう。

しかし、時に、
そういう背景とか理解せずに、
単純バカになって物事を見ても、
真実に近い気がします。

「幼児を持つ母親が、
 ハンドバックにピストル所持」

これ、やっぱり危険ですよ。

周りが複雑に考えようとしている時、
単純バカになってみましょう。

そうすれば、自分について、
どこが勉強不足で、
どこは本質を突いていたか、
見えてくるはずです。

ただ、本当に自分がバカだった、
という経験もあるはずですから、
あまり期待しすぎませんように。
そこも、バカになってください。

【参考】
生命のバカ力―人の遺伝子は97%眠っている(村上和雄)

2004年9月19日

チャンスは、準備万全な心がお気に入り。

チャンスは、
準備万全な心が
お気に入り。

(英語)
Chance favors the prepared mind.

(ルイス・パステル)

チャンスを擬人化すると、
こんな言葉が
生まれるんでしょうけど、
実際は、その逆なんでしょうね。

準備万全な心だけが、
チャンスに近寄れる…

ただ、準備とは言っても、
間違った方向に進む人も
いるかもしれない。

あなたの周りに、
チャンスをよくつかんでいるように
見える人、いませんか?

その人は、どんな準備をしている?

いつも、そのことだけを考えている、
いろんな人とつながり持っている、
情報をたくさん集めている、
ただ、ブラブラしているように見える、
何も考えていないように見える…

いろんなタイプの人が
いるのではないでしょうか。

それから考えるに、
準備万全というのは、
人それぞれかもしれない。

自分の心に「ゆとり」をもって、
チャンスに近寄れる道は、
さまざまということでしょう。

チャンスさんのお気に入りになりましょう。

【参考】
成功する人の話し方(中谷 彰宏)

2004年8月21日

今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、…

今日、私が死を目前にして、
平穏な心境でいるのは、
春夏秋冬の四季の循環という
ことを考えたからである。

人の寿命には定まりがない。

十歳にして死ぬ者には、
その十歳の中におのずから四季がある。
二十歳にはおのずから二十歳の四季が、
三十歳にはおのずから三十歳の四季が、
五十、百歳にもおのずからの四季がある。

(吉田松陰、留魂録)

志半ばの30歳にして、
自分を納得させること、
残された仲間に思いを伝えること、
それを目的に書かれた言葉です。

やはり、深みがあります。
しかし、さわやかさもいくらか感じるのは、
これを書いた吉田松陰の納得した心が、
この言葉に映っているためもあるでしょう。

彼は、別の手紙では、
こんなことも言っています。

「死は好むものではない、
 また憎むべきものでもない。
 世の中には生きながらえながら
 心の死んでいる者がいると思えば、
 その身は滅んでも
 魂の存する者もいる。」

命に執着すると、
あきらめられない色々なものが、
目の前に出てくるけど、

命を越えたところが見えてくると、
かえって、より良い生き方も
見えてきたりするから、
不思議なものです。

それを「悟り」なんて
立派な呼び方はしなくても、
生き方の四季が見えてくるだけで、
儲けもんじゃあないだろうか、
と思います。

今を生きている私は、
四季で言えば、どこだろうか、
なんて考えていました。

【参考】
吉田松陰(留魂録)

2004年8月 8日

あなたは、決して時間を「見つける」ことはできない。…

あなたは、決して
時間を「見つける」ことはできない。
どんなことのためでも…

もし、欲しいんなら、
時間を「つくる」以外にない。

(英語)

You will never ”find” time
for anything.
If you want time
you must make it.

(チャールズ・バクストン)

「ああ、今、時間がなくて…」
よく聞く理由である。

もし、これが、
何か気の進まないお誘いに対する
社交辞令なら、別にかまわない。

しかし、やりたいと思っていたこと、
夢や目標に対する理由だとしたら、
やっぱり「言い訳」にすぎない。

「今は、それをやる気になれなくて…」
「今は、それよりもやると決めたことがあるので…」
これが、本当じゃないだろうか。

そして、やらなかったこと、あるいは、
時間をつくらなかったことの責任は、
ぜんぶ自分が背負うと
決めた方がいい。

何も、それで苦しくなるわけでなく、
自由も手に入れられる。そして、
自分がコントロールできるんだ、と
自分がコントロールしなくちゃいけないんだ、と
どちらの理解も広がる。

もちろん、すべての時間を、
自分の思いどおりにすることは、
人間関係などもあることから、
難しいこともあるだろう。

ただ、時間は、みんなの目の前に、
1分1秒と生まれているんだよね。
ちゃんと、
それを手づかみしないと、
どこに飛んでいくか分からない。

だからと言って、
心を焦らせる必要もない。

つかまなきゃ、
コントロール出来ないだけ。
しっかり、つかもうと思う。

【参考】
TQ-Time Quest-(ハイラム・W・スミス)

2004年4月29日

『帰れ』と言われてすぐに帰るようなやつは帰れ!

『帰れ』と言われて
すぐに帰るようなやつは帰れ!

(映画「ジョゼと虎と魚たち 」)

なんか、
しつこい営業さんとか、
ストーカーさんとかが、
勘違いすると困るような
セリフですが…

そうだよなぁ、って思います。

実際に帰る、帰らないの問題でなく、
どこまでの覚悟で、
こちらと向き合ってくれているか、
試す言葉が「帰れ」という場合も
ありますからね。

別の言い方をするなら、
「そんな付き合い方しか
 しないなら、帰れ」
と言っているようなもので、

そんな付き合い方しか
考えられない人は、
やはり帰るしかないわけで。

そのまま帰らないで、そこに居すわり、
そんな付き合い方だけを続けられても、
やはり困るんですよ、たしかに。

距離をおくべき時には距離をおく、
必要があれば、
その必要に応じた付き合い方、
あるいは一歩先んじた付き合い方をする、
それが必要だと思うんです。

それが出来ない人間とは、
「話すだけ無駄だ、帰ってくれ」と
言われても、しょうがないよなぁ、
って思います。

人が集まっているところには、
いろんなものが集まります。

ずっと以前からですが、
「いい言葉ねっと」の掲示板に、
単なる陳腐な広告だけの投稿が多数あります。
皆さんには1通も見えないようにしていますが…

また、最近では、
「SPAMメールを防止します」なんていう
英語のSPAMメールが入っていたり、
「おまえのことだろうが…?」
と思いつつ、

こういう人たちは、
本当に「帰れ」だよなぁ、
と思ってみています。

【参考】
映画「ジョゼと虎と魚たち 」

2004年3月12日

簡単そうなことって、簡単だってなめてしまうから…

簡単そうなことって、
簡単だってなめてしまうから
続かないよね。

でも、本当に大事なことって、
往々にして簡単なことなんだよね。

(「世界よわい会議」MAYA MAXXさん)

わたしにとって簡単なこと。
早起き、パソコンの文字打ち、
何でも思いつくこと…

簡単だけど、なめていること。
運動、子供ともっと遊ぶこと、
人のことを考えること…

多分、人それぞれ、
カンタンなことって違うんだろう。

だから、面白いことも始まる。
そう、ものごとを何でも、
難しくする人間がいるんだよね。
みなさんの近くにも、いらっしゃいません?

会社で言えば、
50円のペン1本買うのに、
承認のハンコを5個くらい
押さなきゃいけない感じ…

人は、自分にとって簡単にできることを、
自分の特権にしておきたいから、
誰かにそれが奪われないよう、
難しいことにしちゃう。

そうやって、
世の中が難しくなって、
本当に簡単なことが、
見えにくくなっていく。

それに慣れちゃってるところ、
あるよねぇ。
しょうがないか、って。でも…

もしかして、あなたも、
その「難しく考える病」に、
かかっていたりしませんか?

今日の処方せんは、以上です。

【参考】
言いまつがい(糸井重里)

2004年2月17日

私たちがまともな点は…

私たちがまともな点は…

自分たちがまともじゃないって
わかっていることよね。

(ノルウェイの森、村上春樹)

なんか、
よくわかりませんけど、
救われる言葉です。

「自分だけはまともだ」と、
大きな声で言いながら、
おかしなことをする人間が、
意外と多いですから…(笑)

自分を卑下する意味あいでなく、
ちょっと変わっている自分を楽しみながら、
それを活かしていく意味で、
こんな言葉を言えたら、
リラックスした人生になるかも。

みんな、まともじゃないところが
いくつかあるんですよ。
病気であるかどうかに関らず…

変なこだわり、
面白い感じ方や考え方、
珍しいクセ、執着心、などなど。

まともでないところが、
世の中を面白くする、
あるいは刺激になる。

ビジネスや才能のヒントにも
なったりする…

人の迷惑になるようなことは、
やはり避けたいですが、
「まとも」という基準さえ、
時代によって、また人それぞれ、
というところがあるわけですから、
「まともでない」ところを楽しみましょう。

そうそう、こんな言葉も。

「欠点のひとつやふたつはあった方が、
 安心して付き合っていられる。
 (三国志 十一の巻、北方謙三)

ま、だからと言って、
行き過ぎた「まともでない」には、
私も困りますが…

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2004年2月14日

深刻になることは必ずしも、…

深刻になることは必ずしも、
真実に近づくこと…ではない。

(ノルウェイの森、村上春樹)

必死になれば、
マジメに考えれば、
自分を追い詰めれば…

そのようにしたからと言って、
必ずしも、
いい結果が出るとは限らない。

かえって、迷路に入りこむこともある。

自分のこと、他人のこと、
世の中のこと、あらゆることは、

理屈や理由ばかり深刻に考えても、
答えの出てこないこともある。

ひらめき、直感が
大切だったりすることも…

だから、心に余裕さえ持てれば、
道が開けることも多い。

私たち自身を考えてみても、
きっと、その方が楽。
深刻になって、
心もカラダも疲れるよりは、
ちょっとリラックスして、
ひらめきを待つほうがいい。

真実は、どこにあるか分からない。
いつ見つけられるかも分からない。

大切なのは、それに気づく、
こちら側の余裕だけ。

真実に近づこう。
深刻にならずに…

【参考】
ノルウェイの森・上(村上春樹),ノルウェイの森・下

2003年12月28日

見た目は、本質じゃない。

見た目は、本質じゃない。

(英語)
Show is not substance.

(イギリスのことわざ)

とは言っても、世の中、
けっこう見た目で選ばれている。

いろんなことが…

でも、その先では、
見た目だけで選んで、
後悔していることが多いのも事実。

本質って見えないからね。
感じないといけない…
あるいは、予測しないといけない。

人でも、モノでも、
1年後、あるいは10年後、20年後、
それがどんな姿になっているか。

ただ、見た目を
否定しているわけじゃあない。
いろんな意味で、本質が見た目に
現れてくることも否定できない事実だから。

見た目は、氷山の一角と思って、
付き合うべし。そういうことだと思う。

【参考】
ゲーテ格言集(ゲーテ)

2003年12月19日

底まで落ちてしまったら、もう…

底まで落ちてしまったら、
もう落ちる心配はない。

(英語)
He that is down need fear no fall.

(ジョン・バニャン)

中途半端な位置にいると、
かえってジタバタしてしまう。

そして、同じように中途半端な人間の
あらさがしをしてしまったり…
その実は、たいして変わりにないのに。
私も、そんなことをしてしまう自分に、
身に覚えがある。

てっぺんに達成するか、
その達成に失敗して思いっきり落ちるか、
そのどちらかだとハッキリするんだが…。

底まで落ちてみるのも、いい経験。
世界の眺めも変わ