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常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

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2010年1月 5日

誰もが、生きているだけで...

誰もが、生きているだけで
冒険をしている。

それは、命をかけているから
偉いとかじゃなくて、誰もが、
会社で苦手なプレゼンをするとか、
ちょっと苦手なことをするとかも
冒険なのだ。

(一歩を越える勇気、栗城史多)

苦手なことばかりでなく、
得意なことを極めようと思っても、
必ず、冒険みたないことに
ぶち当たります。

なぜか?

どっちにしろ、
前に進むということだからでしょう。

もしかして、
後ろに下がることも、
時には冒険になることも
あるかもしれない。

前に進んできた時間が
長ければ長いほど、
後ろも変わってしまっているから。
道が消えてしまっているなんて
こともあるだろう...

前にも、後ろにも、
冒険やリスクがあるとしたら、
前に進んだ方がいい気がします。

なかには、それを避けるように、
今いる場所に居座ろうとする人、
冒険を拒む人もいるでしょう。

それでも、
その居る場所に、
穴が開いたり、
すごく傾いたりすれば、
動かざるを得なくなる。

やっぱり、
生きているだけで冒険なのだ。
人生は、そういうものでしょう。

だとしたら、
いい冒険をするだけ。

(参考)一歩を越える勇気(栗城史多)

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2009年11月17日

死ぬ前に後悔するのは、...

夢を持ち続けている限り、
それはかなう可能性があるということだ。
諦めてしまえば、可能性はゼロである。
けれども諦めなければ、
可能性はゼロにはならないのである。

考えてみると、死ぬ前に後悔するのは、
夢がかなわなかったこと、
かなえられなかったこと、
そのものよりも、
むしろ夢をかなえるために
全力を尽くせなかったことに
あるのかもしれない。

(死ぬときに後悔すること25―1000人の死を見届けた終末期医療の専門家が書いた、大津秀一)

あきらめないことで
夢を手にすることもあれば、

あきらめの悪いことが、
とんでもない痛手になることもある。

ここの判断は難しい時代です。

好きな人をあきらめきれず、
つきまとえば、
ストーカーと呼ばれる。

一方、あきらめないで、
いくらかつきまとって、
(ストーカー行為とほぼ同じ...)
恋が実ることもなくもない。

あきらめないことというのは、
きっと、誰かに迷惑を
かけることなんだと思います。
多かれ少なかれ...

そして、その迷惑をかけたことについては、
後で、自分が責任をとらなくちゃいけない。
どういう責任の取り方を
させられるかはよく分からないから、
そういうことも覚悟の上で、
あきらめないことを貫く必要がある。

そう考えると、
あきらめることも、
あきらめないことも、
それほど違いはないような気がする。

全力を注いであきらめるか、
全力を注いであきらめないか。

今日は、そんな生き方をしてみよう。

(参考)死ぬときに後悔すること25―1000人の死を見届けた終末期医療の専門家が書いた(大津秀一)

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2009年9月28日

正しいタイミング

正しいことを、
正しいタイミングで
やってください。

(ダリン・H・オークス)

これは、きっと、
面白いことを、
面白いタイミングで
やってください、みたいに
他にも流用できることだと思う。

タイミングって、
とても大切だ。

商売でも、恋愛でも、
いいタイミングで
ガーッとアプローチしないと、
「なんで、今さら」
みたいな感じになってしまう。

ナンパした人なら
分かるだろうけど、
声をかけられたそうに
している女の子たちがいて、
(勘違いでなければ...)

声をかけたいんだけど、
なかなか勇気が出ずに、
二の足を踏んでいるうちに、

相手の期待が消えたり、
ほかの人が声をかけたり
するもんなんです。

決めることができない、
というのは、けっこう
致命的です。

ネット社会になって、
いろんなことのスピードが
「すぐに出来る」
という状態になっています。

ということは、逆に言えば、
すぐに出来るから、
ギリギリまで延ばしてもいい、
という感覚も生んでしまいます。

そうすると、
まだまだ大丈夫、
と思っているうちに、
決定的なタイミングを
逃してしまったりすることもあるわけで。

タイミングを大切に。

(参考)タイミングをつかみとる人、はずす人(坂本 敦子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年9月 2日

その人はその人の...

その人はその人の
生きたい場所にしか
いけないのだし、

そこへは自分の足でしか
いけないのだ。

(雑誌「AneCan」薔薇色の夜を、角田光代)

行きたい場所、
生きたい場所、
逝きたい場所...

そこに自分でいく、
という決心をつけられない人は、

知らず知らずのうちに、
誰かとか、時代に、
連れまわされてしまう。

自分の足で、
ここにいくんだ、
っていう意思がないと、
そうなるんです。

もちろん、
親の庇護を受けている、
子どもの頃には、
そういう自由はない。

でも、大人になったら、
そういう自由がなかった
子どもの頃のせいには出来ない。

あのとき、
ああだったから、
とか言い訳は、
自分には出来ても、
他の人が理解してくれるとは限らない。

トラウマ、
という便利な言葉も、そう。

自分の足で、
自分の生きたい場所を、
なんとかして見つける。

生きるっていうことには、
そういう責任が
ともなっていると思います。

(参考)しあわせのねだん(角田光代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年7月20日

むろん奇跡や偶然は起こる。...

むろん奇跡や偶然は起こる。
むしろ、重要なことの大半は
おもに偶然に起こると言ってもいいだろう。

条件が揃っているようには
見えない"にもかかわらず"、
それを呼び込む才能や運に
長けた人々は確かに存在する。

が、その偶然性を
活かせる働き方もあれば、
気づくことすらない働き方もある。
いずれにしても、やり方がちがうから、
結果も変わるのである。

(自分の仕事を作る、西村義哲)

たとえば、
これから成長株の人や
会社、チームに関わることは、
条件が揃っていること。

しかし、そこに、
自分という人間の個性を
考えなければ、
どこに関わっても、
自分を伸ばせるとは限らない。

条件の揃っている環境に
自分を置きさえすれば、
エレベータ式に、自動的に、
自分は成長していく、
なんて期待するのも、
調子がよすぎる。

結局は、自分の気づき。

条件が揃っていれば、
気づくチャンスも多いこと。

条件が揃っていなくても、
何かに気づくことはある。

そして、大切なのは、
その気づきのために、
自分の行動を起こすこと。

それなしでは、
自分は変わらない。
何も変わらない。

(参考)自分の仕事を作る(西村義哲)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年5月15日

人は出会う人の影響は受けはしても、...

人は出会う人の影響は受けはしても、
結局自分で成長するしかないと
思っています。

どんな素晴らしい恋愛も、
その人のアイデンティティを
保証しません。

(雑誌「anan」、角田光代)

私たちは、
何かに出会うたびに、
何かをもらっている。

反対に、時には、
その出会ったものに、
何かをあげていることもある。

だから、
いい人に出会って、
いい本を読んだことで、
いいものをもらった気分になると、

自分という人間が、
ワンランクアップしたような
気がしてきます。

けれど、
ワンランクアップの実感は、
そう長く続くもんじゃない。

本当に、
自分の実となっているかどうかは、
それだけでは分からない。

友だちとの幸福感も、
仕事での達成感も、
恋での充実感も、

自分の家に帰った瞬間、
吹っ飛んでしまうようなものだとしたら、
そして、そういう現実が、
自分の周りに残っている上に、
自分も揺らされてしまうのであれば、
まだまだ、アイデンティティじゃない。

自分が素の状態のときに、
どんな人間性であるか、
そこに、アイデンティティが
見えてくるんだと思います。

(参考)対岸の彼女(角田 光代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年4月12日

自ら考えているようでいて、...

日本人は、自ら
考えているようでいて、
実は考えているように
思わされている。

(ゴールデン・スランバー、伊坂幸太郎)

自分のアタマで
考えることは
確かに大切で、

それが面倒くさくなって、
考えることをまかせているうちに、
社会は、ごく一部の人の「理想」に
向かって進んでいってしまったりする。

それがダメだったんだ、
と気づくのは、
後戻りがかなり難しくなってから
だったりするから、大変だ。

理想っていう言葉には、
いい響きがあるけれど、

理想なんてものは、
必ずしもいいものとは限らず、
人一人だけの世界で見れば、
とてつもなく理想的なことでも、

みんなが関わる世界から見れば、
どうしようもない妄想だったりする。

その妄想のきれいな部分だけを
見せられて、自分のアタマで
考えた気になって、これがいい、
と判断するパターンにハマる。

多くの人がそれにハマってしまうと、
やっぱり正しかった、
みたいな結論に自信をもつ。

多くの人がいい、
と言うことがいいとは限らない。

もちろん、
少数がいつも正しい、
とも言い切れない。

自分が思っている理想から、
考え直したほうがいいかもしれない。

自分で考えたことか、
考えたように思わされたことか。
自分で考えたことなら、
独りよがりになっていないか。

(参考)ゴールデン・スランバー(伊坂幸太郎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年2月 6日

何もなくても幸せというのが、...

何もなくても幸せというのが、
一番いいなと思います。

朝、目が目覚めて、
ああ今日も生きていてありがたいな、
幸せだなと感じられると、
自分は大丈夫だなって思える。

(雑誌「anan」松雪泰子)

この言葉に共感している、
この自分の気持ちは、

明日になったら、
忘れてしまうかもしれない。

自分の幸せのために、
いろんな条件を
並べたくなるかもしれない。

これがないと、
あれがあったら、
もっと幸せな気分になれるのに、
なんて考えるかもしれない...

けれど、自分に、
言い聞かせていたい。
そして、時には、
それに気づく自分でいたい。

何かがないと
幸せに感じれない自分よりも、

何もなくても
幸せを感じられる自分の方が、
何倍も幸せだっていうことを。

その方が、
いろんなことがある世の中で、
生きていくのにダンゼンお得だ、
ってことに間違いはない。

今朝、ふと、
自分のまわりにある、
ささやかな人間関係を思って、
これって私の宝だな、
と思える瞬間がありました。

そして、そのために
がんばれる自分になれるだけで、
十分に幸せなんですよ。

毎日、ありがとうです。

(参考)眠る 松雪泰子 (イジマ カオル)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月25日

なにかを極めるとき、...

なにかを極めるとき、
人は無傷ではいられない。

(柔道家 吉田秀彦)

今日はクリスマス。

イエス・キリストの誕生を
祝う日となっていますが、
いつもの年なら降っている雪が
ほとんどなく、ちょっと
違う感じがしています。

もちろん、雪が降れば、
そういう大切なことを忘れないか、
と言えば、そういうわけでもなく、
最初から、キリストとは関係なく、
パーティの出来る1つのイベントとして
定着しているのが日本かもしれません。

ところで、
わたしが幼い頃には、
クリスマスとイエス・キリストが
結びつくものとは知りませんでした。
(英語が分かれば、Christmasの中に、
 Christがあるので分かるでしょうが...)

クリスマスはパーティの日、
イエス・キリストは十字架にかけられた人。

そういう別ものとして
知っていただけのように思います。
きっと、小学校の前とかで、
外人さんがやっていた紙芝居の影響でしょう。

そんなイエス・キリストの誕生日が
クリスマスと分かってからは、
なんとなく不思議な気分になったものです。

なぜ、十字架にかけられた?

わたしたちの罪のため、なんて説明されても、
すんなり理解できたわけでもなく、今だって、
どれほど理解しているかは分かりません。

ただ、なんだかんだ言って、
クリスマスが祝われている日本、
西暦がキリストの誕生頃を0年として
スタートされていることなどを考えると、
見えないところで、いろんな人に
影響を与えているんだなぁ...と感じます。

キリストの受けた傷と、
私たちが人生で負う傷では、
比べものにならないでしょうけど、

変化を起こす、
なにかを極める、
人に影響を与える、
っていうようなことで受ける傷には、
甘んじていられる人間になりたいもんです。

(参考)クリスマスの三つのおくりもの

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年11月 1日

何か新しい種が心に撒かれたら、...

何か新しい種が
心に撒かれたら、

涙という水が
かけられるたびに、
大きく成長していく。

(ロングテール)

水を与えられずに、
育つ種は、多分、
ありません。

もちろん、その前に、
種が撒かれなければ、
何も育つわけもないのですが、

それがけっこう
面倒だったりするので、
何も育てられない人もいる。

何も育てるつもりがなければ、
それはそれでいいのですが、
他人の種を引っこ抜こうと
したりする人がいるから、
始末に負えない。

いい迷惑です。

でもね、
そういう人がいるおかげで、
涙を流させてもらって、

水をかけることができる、
っていうこともあるんですよ。

種を撒かない、
水やりもしない、
っていう人を見たら、
要注意ですが、

そういう人たちの攻撃は、
わたしたちの本質を突くものが
多いでしょうから、結局は、
学ぶ時となるでしょう。

(参考)ツキと幸運がやってくる31日の習慣 (西田文郎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月28日

あまりに考えすぎて、...

あまりに考えすぎて、
事態を複雑にしないでください。

真実は、本当に
とてもシンプルなものです。

(引用元不明)

桜花さんからの投稿です。

生まれてくるのは簡単だけど、
生きていくのは複雑だ、
なんてことはない運命のはず。

誰でも、
簡単なことを大切にすれば、
ちゃんと幸せになれる。

そういう運命だけは、
用意されていると思う。

たとえば、
誰もが生きていくために、
微分積分を学ぶ必要はない。

そんな複雑なものは
必ずしも要求されていない。
(もちろん、分かる人には、
 簡単なことだろうけど...)

求められているのは、
生きていくために、
何かを学び続けていく必要がある、
っていう簡単なことだけ。

愛することなども同様で、
これして、あれして、それして、
と複雑に決められているわけでなく、
簡単なことを大切にすればいいのだ。

複雑に、大げさに、高価に
しようとする世の風潮に、
だまされてはいけませんよ。

ホントに、簡単なんです。


(参考)おうちヨガ SHIHO meets YOGA

2008年7月11日

今日一日を精いっぱい生きようよ。...

今日一日を
精いっぱい生きようよ。
生きていればさ、
きっといいことあるからさ。

(ドラマ「あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」)

生き恥という言葉があって、
この島国が、自分たちのことを
大日本帝国なんて呼んでいた時代には、
戦死することが名誉と洗脳されていた。

今思えば、
自分たちの支配欲のために、
国民を洗脳していた人々の方が、
正しい情報を隠すなんていう
恥さらしなことをしていたわけで、
(昨今の食品偽装と大差ない)

その洗脳に疑問を抱いて、
ひたすら生きて帰ろう
と思った人たちは、
恥ずかしいことなんて
何一つなかったのだ。

精いっぱい生きようとして初めて、
見えてくるものがある。

人の「生」というものは、
名誉、栄誉とか、恥、体裁とか、
そんな複雑なものと絡ませなくても、
健気に生きてるだけで、
価値があるはずなんだよね。

今の時代はそんな戦争はないけど、

ビジネスや商売のことを考えるのが
責任感のある厳しい姿勢で、
家族や介護のことを考えるのが
無責任で甘たれったことだ。

なんていう風潮はありそう。
大日本帝国時代の洗脳に
ちょっと似ているかもなって思います。

その時代に生きていた人々が
手に入れられなかったものを
しっかりと手に出来るチャンスを
目の前にしているのに、
それを手放させようという洗脳に
負けそうになっている現代の人々。

生きることの価値を、
シンプルに考えたいなと思います。


(参考)生きる意味を教えてください-命をめぐる対話(田口ランディ)

2008年7月 1日

過去の自分が今の自分を、...

過去の自分が今の自分を、
今の自分が未来の自分を
助けてくれるんだ!

(作者不詳)

自分と他人との関係で、
持ちつ持たれつ。

自分の中でも、
持ちつ持たれつ。

苦しい時には、
助けてくれるものなら、
どんなものからでも
助けられたい。

それが、すぐそこにある
自分の過去だったら、
手っ取り早くて、
ものすごくありがたい。

しかし、意外と、
そういうことに
気づかなかったりもする。

芸は身を助けると言って、
自分の長所が助けてくれるのは、
よくあることだけれど、

意外にも、自分の短所が
自分を助けてくれることもある。
あるいは、他人を
助けることもあるんです。
本人が知らないだけで。

それと同じように、
イヤだった過去が、
今の自分を助けてくれる、
なんてことは珍しくない。

本人が自覚していようがいまいが、
それは、まぎれもない事実なのだ。


(参考)できるやんか!―「人間って欠けているから伸びるんや」(中井政嗣)

2008年5月 9日

あいさつは...

あいさつは
自分があいさつをしたい人に
気持ちを届けるのみならず、

自分がどういう人間か、
人にどう序列をつけているかまで、
周りから同時に瞬時に観察され、
それが露呈する。

(日経BPサイト、遙洋子)

自分が見透かされているようで、
ちょっと恥ずかしくなる言葉だ。

まったく、
この通りだと思う。

わたしは高校生の頃に、
スーパーの魚屋さんで
元気なあいさつを身につけてから、
自分のあいさつはいいはずだ、
とおごっていたけれど、

もしかしたら、
最近はそうでもないかもな、
という気がする。

遙洋子さんの次の言葉も、
身にしみる。

「あいさつというものは面白い。
 相手を見下せば見下したように、
 媚びれば媚びるように、
 全身でそれを表現してしまいかねない。」

全身で、自分を表している。

顔見知りであろうがなかろうが、
その日初めて会った時に交わすのが
あいさつというもの。

これに、
相手への思いが表れるのは、
たしかに当然のこと。

あいさつされて当たり前、
と思うほどにはなっていないけど、
時々あいさつが面倒だと思うのは、
黄色信号だな。

アルバイト高校生の気持ちに返って、
あいさつをしたいものです。

今日も、見てくださって、
本当に、ありがとうございます!!


(参考)
いいとこどりの女 (遙 洋子)

2008年4月 3日

チェスは人生のようだ…

チェスは人生のようだ…

一番最初はすべての駒が揃っている。
そのままなら平穏無事だが、
それは許されない。
動き、自分の陣地から
出ていかねばならない。

動けば動くほど、
相手を倒せるかもしれないが、
自分も様々なものを失っていく。
それは人間の人生と同じだ。

(さまよう刃、東野圭吾)

この本のストーリーには、
犯罪を犯しながらも
少年法で守られる少年らと、
その少年らに娘の命を奪われて
復讐をしていく親が登場する。

ハリウッド映画のような、
かっこいい復讐劇ではない。
何が正しい裁きか、
ということを考えさせられる。

人は知らず知らずのうちに、
何かを失って、何かを得ている。

失いたくないと思って、
そのまま動かないでいても、
少なくとも、時間は失うことになる。

下手すると、
時間を失っているばかりか、
ほかのものをも失っていることに
気づかないでいたりする。

どうせ、失うのだ。

そんなことになっているのなら、
出て行って、動いて、
自分の手に入るものなら、
手に入れておいたほうがいい。

(参考)さまよう刃(東野圭吾)

2008年2月21日

思い出したら、…

思い出したら、
思い出になった。

(糸井重里)

明日から、ほぼ日サイトで
発売される本のタイトルだそうです。

思い出さずとも、
いつも覚えていることは、
思い出じゃない。

思い出さなければいけないほど、
時間が過ぎているとか、
いろんなことがあったとか、
どこか遠くに行っていたとか、
そういうことでない限り、
思い出は生まれない。

けれど、
自分と他人を比べても、
これまた思い出が違う。

自分にとっては
思い出だっていうことも、
他人にとっては
いつもいつも考えている
普通のことだったりするからね。

思い出は多いほうがいいのかな、
思い出は少ないほうがいいのか、
なんて比べっこも必要ない。

多すぎる思い出が、
悲しみを深めることもあれば、
少なすぎる思い出が、
後悔をもたらすこともある。

今朝は、記憶喪失になって
ふらーっと歩いていたところを
保護された女性のニュースがありました。

元々の性格にもよるでしょうが、
思い出せないとなれば、
きっと思い出したくなるはず。

思い出がないというのは、
自分という人間がないみたいに
感じることでしょう。

思い出し方さえ良ければ、
思い出はたくさんあった方がいいですね。


(参考)悪人正機 (吉本隆明、糸井重里)

2007年12月12日

あなたのいる場所はどこでも、…

あなたのいる場所はどこでも、
そこが入り口だ。

(カビール)

マサイさんからの投稿です。
「あなたがどこにいようと、
 そこがいつも正しい場所なのだ。
 (ジュリア・キャメロン)
 という言葉もあります。」

実は、自分がどこにいるのか、
それを知ること自体が
一番むずかしい場合もあります。

自分には、
どんな才能があって、
どんな才能はないのか。

自分は、
何をするのが好きで、
何をするのが嫌いか。

そういうことが分かれば、
きっと、入り口も見つかりやすい。
どこに進むべきかも分かりやすい。

前向きに、
プラス思考に考えれば、
ここにもチャンスがあるだろう、
ということは分かるけれど、
それを「見る目」がない。

ほとんどの人がそういう感じで、
入り口の存在に気づいていないだろう。

だから、いろいろなところに足を運んで、
自分探しをしたり、気づきを求める。
そして、気づいた気分にもなる。

「ここに来たから、気づいたんだ。」
そう思うかもしれない。

けれど、もっと大切なことに気づけば、
入り口が、チャンスが、どこにでも
転がっていたことをも知るだろう。

そういうことに気づくまで、
入り口の前をウロチョコするしかない。


(参考)成功のコンセプト(三木谷 浩史)

2007年10月31日

誰もやっていないことって、…

誰もやっていないことって、
いちばん、たのしいよ。
誰もやってないから、
すくなくとも、失敗がないもん。

失敗を、判定できる人が
いないんだから。
成功を、判定する人も
いないんだけども。

(ほぼ日、萩本欽一)

珍しく、今日の私は、
肩がこっている。
私にとっては、
1年に1回、あるかないか。

きっと、世の中で、
一番最初に肩こりした人がいる。

一番最初に、
風邪をひいた人、
りんごの皮をむいて食べた人、
スキップして歩いた人、
棒きれに石を当てて遠くに飛ばした人。

きっと、何にでも、
一番最初があって、
それを見た人たちは、
きっと笑ったと思う。

何やってんだ?

けれど、間もなくして、
そうすることの便利さや楽しさ、
面白さ、良さが分かってきて、
みんなが寄ってたかって、
もっと良くする方法を
見つけたに違いない。

もちろん、そんなふうに
何かをもっと良くしていくのも
楽しいけれど、

誰もやっていないことを
一番最初にやろうとする気持ちは、
失いたくないものです。
笑われても、からかわれても…


(参考)欽言力 (萩本欽一)

2007年10月13日

うんと集中すれば、…

うんと集中すれば、
全てが止まって見える

(紅色ヒーロー、高梨みつば)

こんなスピーディな時代でも、
集中していれば、
そんなに速くは感じない?!

きっと、そうだと思う。

誰にでも
集中力はあるけれど、

集中力っていうのは、
かなりムラがある。

それを気合だけで、
コントロールできる人
っていうのは、
すごい人だと思います。

今となっては
昔の映画の部類に入りますが、
映画「マトリックス」の
ラスト・シーン。

主人公ネオの目がとうとう開けて、
弾丸のスピードが止まって見える
っていうのがあります。
(止めた、という表現がピッタリかも)

自分の身に大変な危険が迫ったとき、
あるいは何らかの事故に遭ったとき、
目に見えるものが
超スローモーションに見える、
というのはよく聞く話です。

私でさえ、そんな経験があります。
中学生の頃、自転車通学していて
スリップして転んで、
体が投げ出されました。

ちょうど腹這いになって、
野球のヘッドスライディングを
するような体勢になり、
目の前を、砂利や小石が
スローモーションで過ぎ去っていきました。
あっという間の出来事のはずなのに…

今思えば、
「どんだけ大ケガするんだろう!?」
という恐怖の集中力だったんでしょうが、

その1/10でも、今あれば、
人生でかなりのことが
出来そうな気がします。

だからといって、
自分をいつも危険にさらすわけにも
いきませんから、私の場合は、
集中力に活かせそうな「好奇心」を
失わないよう、努力している日々です。

止まって見えるのは、
いつのことやら…


(参考)紅色ヒーロー(高梨みつば)

2007年9月 6日

悩んだ時はゆっくり…

悩んだ時はゆっくり
時間をかけて3回考える。

1度目に思ったことは
『その時だけの感情』
2度目に思ったことは
『前の気持ちを引きずっての答え』
3度目に思ったことは
『自分の本当の気持ち』

(引用元不明)

3回考えても、
行き着いた考えが
同じだとすれば、
考えられることは3つ。

一つは、短時間で考えたせいで、
3回とも、その時だけの感情。

二つ目は、考える世界が狭すぎて、
どう考えても、何も発展しない。

三つ目は、その3度とも正解。

さて、私は思う。
3度とも正解ということは、
ありえないと…

人間は考える前に、
何かを心に加えたら、
考えたことは少しずつ
変わってくるはずだから。
成長するとか…

もちろん、
料理と同じで、
素材を活かすために、
何も加えないで
結論を導き出した方がいい
ケースもあるだろう。

ただ、自分の考えたことが、
自分の素材か、思い込みかは
微妙なところ…

自分の考えについて、
他人事のように考えることが
出来たら、一番いいんだろうなぁ。


(参考)多発発想 アイデア・ダンプ (中山 マコト)

2007年4月11日

人は芸術品であるか、…

人は芸術品であるか、
または芸術品を身につけるか
のどちらかであるべきだ。

(若者のための警句と哲学、オスカー・ワイルド)

うまいことを言いますね。

美輪明宏さんの言葉を思い出します。

「みんながブランドになる
 可能性をもっているのよ。
 自分がブランドになれば、
 ブランドもの(の名前)なんて
 邪魔でしょうがない。」

この春から入学したり、
入社したり、異動した人は、
自分という人間を
分かってもらうために、
あれこれ頑張っていることでしょう。

自分をなんとか魅力的に映すために、
探したり、考えたりもしているはず。

新しい職場はどう?

なんて聞かなくても、
転勤した知人は、
それをネタにして、
ブログをちゃんと更新しています。
どんなふうに頑張っているかも…

ブログを見て、離れた知人の様子を
眺めている人は、
私以外にも多くいることでしょう。

わざわざ電話をかけて、
聞くまでのことでもない。
でも、ちょっとは興味がある。

そういうことを知るには、
ブログって、ホントいいですね。

って話がズレてしまいましたが、
自分の存在を認めてもらうためには、
いつの時代も同じことが必要。

自分自身に磨きをかけるか、
それとも、
自分に身につけるものを
あれこれ工夫するか。

どちらに自信ありますか?

あなたの居る場所では、
どちらが理解されやすいですか?

さて、どちらでいきますか?


(参考)幸福の王子(オスカー・ワイルド)

2007年4月 7日

百人の人にそしられても、…

百人の人にそしられても、
一人の正しい人に褒められるように。

百人の人に讃えられても、
一人の正しい人に笑われないように。

(黒木大尉の母)

什御さんからの投稿です。

先日、安倍首相が面白いことを
言っていましたね。

「ニュースはあまり
 見たくないけど、
 見ざるを得ないな」と。

自分の言った一つ一つの言葉で
揚げ足をとられる立場にいると、
そんな気持ちになるのも
分かる気がします。

世渡り上手になるためには、
周囲の声をまったく気にしないか、
周囲の声をうまく利用できるか、
周囲の声をコントロールできるか、
そのどれかが出来ないといけません。

心の底では、
数少ない「良い人」から
認められさえすればいいと思いながらも、
多数の声が気にならないわけでもない。

気にするという点で言えば、
百人を気にするのも、
一人を気にするのも、
同じようなことにもなりかねない。

笑われてもいい、
バカにされてもいい、
それくらいの気持ちでなくちゃ、
自分で満足のできることは
やり遂げられないと思います。

とにかく始めましょう。


(参考)いま伝えたい生きることの真実(竹田和平)

2007年2月25日

牛乳を飲む人より…

牛乳を飲む人より
牛乳を配る人のほうが
よっぽど丈夫だ。

(小出義雄監督[女子マラソン])

かむらさんからの投稿です。

ひねくれた「ものの見方」
かもしれないけれど…

健康になるために、
幸せになるために、と言われて
ススメられていることの中には、
生産者や販売者の企てがある場合も
少なくないと思います。

だからと言って、彼らだけを
責められるわけじゃない。

ある意味、
「健康病」「幸せ病」に
かかっている私たちも悪い。
だから、のせられてしまう…

昨今、テレビ番組の捏造で
話題になった「納豆」。

その捏造に、納豆メーカーは
関与していないようですが、
それが明らかになるまでは、
売れに売れたようで、
1月の売上は通常の1.7倍らしい。

食べるだけで健康になる。
飲むだけで丈夫になる。
身につけるだけで幸せになる。
部屋に飾るだけで成功する。

人それぞれにとって、
簡単に出来ることは違うけれど、
とりあえず、
簡単なことから始めたいのが人情。

苦しいことは続けられない、
って自分の弱さを分かってるから。

だったら、
目標もあきらめればいいのに、
あきらめきれないところもある。

人って、
目的地へ通ずる道の隣りを
突き進んでる場合って
けっこう多いかもしれませんね。


(参考)君ならできる(小出義雄)

2006年11月18日

世の中が、映画やドラマみたいに、…

世の中が、
映画やドラマみたいに、
正しい人と、悪い人の
2種類だったら、
どんなに簡単だろう。

ホントはもっと、複雑で、
わかりにくいものなんだ。
正しいだけの人間
なんていないし、
間違ってるだけの人間
なんていないはずだ。
だから、難しいんだと思う。

何が正しくて、
何が間違ってるのかなんて、
誰にもわからないんだ。
でも、人は何も選ばずには
生きていけない。
間違ってるかも知れなくても、
何かを選ぶしかないんだ。
私は、何を選ぶんだろう。

(TVドラマ「彼女達の時代」)

映画やテレビのセリフで、
「映画やドラマのように」
って表現されると、
なんか妙な感じがします。

けれど、ある意味、
映画やドラマって、
何かしら現実を感じるために
つくられていると思うんです。

現実のある面だけに
スポットライトを当てているかも
しれないけれど…

ハッピーエンドで終わって
私たちが喜ぶのは、
幸せになりたいという
私たちにある願望の「現実」を
象徴しているわけで…

悪人がやっつけられて
気分爽快になるのも、
自分の邪魔をするものを
取り除きたい思いの表れ。

多くの人々が生きていて、
そういうところに交わって
生きていく現実には、
やっぱり簡単でないことがあるけれど、
自分の行動は、結果的に
やるか、やらないかの
シンプルな選択しかなかったりします。

人は、
複雑に考えすぎれば、
選択できなくなる。
簡単に考えれば、
選択を誤ってしまう。

それが分かっていても、
どこかでバランスをとって
選ばなくちゃいけないんだよなぁ…

今日も、選ぶのだ。


(参考)お金と正義(神田昌典)

2006年11月 5日

人生が豊かになるのは、…

人生が豊かになるのは、
何を得たかではなく、
何を与えたかによります。

(ジョージ・アルバート・スミス)

昨日は3連休の2日目。
うちの娘たちは、
友だちとゲームセンターに
遊びに行ったらしい。

夕食には、
それが話題になりました。

UFOキャッチャーで、
お目当てのものをゲットするまで
500円つぎ込んだ友だちの話。

別のゲームに夢中だった
友だちの話。

それを見ているだけで
楽しかった、と言います。

「おまえ達は、やらないのか?」
と尋ねると、
やりたいとは思わない、という答え。
昔の私よりも、賢い…

ふり返れば、
私が娘たちと同じ年頃には、
ゲームセンターに行っては、
もらった1,000円のお小遣いを
あっという間に使い果たした、
という記憶がある。

何度行っても、
結果は同じだった。
もらうお金を増やしても、
遊ぶ時間がそれほど
長くなるわけでもなく、
何かを得られると期待しても、
結局、お金と交換したメダルとかも、
すってんてんになって終わった。

そんなことを考えず、
ただ遊んで楽しんだ時間だけを
思えばいいのに、
どうしても「何も残らない」ことが
気になった。

得ようとすれば、何も残らない。

いくらかでも長く生きた分、
そういうことが分かってきた気がする。
それでも、やっぱり、
得ようとしている自分がいる。

与えようとした時こそ、
自分に何かが残る。
これって、忘れやすいことです。


(参考)To LOVEる-とらぶる (矢吹健太朗)

2006年11月 2日

どちらがより不幸か…

どちらがより不幸かを
秤にかけて、
それで勝ったって…

嬉しくないよ…

(フルーツバスケット、高屋奈月)

幸せになる競争は、
なかなか厳しい。

と言うより、
そんなものが本当に
あるんでしょうか…

あると思っている人は、時おり、
幸せそうに見せる競争に
変えてしまう場合が少なくない。

だから、そこから
脱落した人の中には、
不幸そうに見せる競争に
走ってしまう人も出てくる。

要は、自分が注目されれば、
それで幸せだと思ってるから…

競争の中には、本当は
存在しないものもある。

勝手に踊らされて、
競争しているだけの場合も
あるんだろうなぁ。

幸せって、
誰かにあおられて、
その気になって
手に入るもんでもないけどねぇ。

私も、そういう傾向があるけど、
人間って、何でも勝負事に
変えちゃうところが
あるんですね。

とにかく、勝たなきゃ
気がすまないみたいな。


(参考)フルーツバスケット(高屋奈月)

2006年6月 5日

成人したこと自体で、…

成人したこと自体で、
進歩があったわけじゃない。
けれども、道標にはなった。

(英語)
Adulthood itself was not an advance,
although it was a useful waymark.

(ベイカー・ニコルソン)

毎日報道されるニュースが、
「大人って、たいしたことない」
というイメージを、
子ども達に植えつけている。

道標になるどころの話ではない。

もし、自分が大人になったら、
こんな大人にはならない、
っていうくらいの道標にしかなっていない。
それが現実の社会。

たとえば、
「君みたいな若い女の子が、
 こんなところで働いちゃいけない」
なんて言いながら、
そんなところに行っている大人に、
どんな説得力があるというのか。

先週末にあったFTV系テレビ番組
「世界がもしも100人の村だったら4」
において、13歳で妊娠した子が紹介されていた。
12歳、10歳の私の娘たちが、
いろいろ考える機会になったようです。

同時に、性教育をしたり、
身勝手な男もいることを教えたり
なんていう羽目にもなりました…。

出来ることなら、
私たち親が道標になれればいいけれど、
いろんな大人を見て、自分が成人した時に、
こんな大人になりたいな、
っていう自分なりのイメージが
浮かんでくれたらいいなぁと思います。

体が大人になるのは、けっこう簡単。
子供をつくれる体なら、もっと早いし…
けれど、心が大人になるのは、
そうはいかない。

大人になっているはずの人だって、
まだまだ…なんていうのが多いのだから。


(参考)佐賀のがばいばあちゃん (島田洋七)

2006年6月 1日

…流されればいいと僕は思う。…

…僕は言います。
「ずっとそれが続くもの
 ではありませんよ」と。
人生は川のように流れている。

幸せに向かって流れたり、
不幸へと流されたり。
その流れに逆らえないこともある。
ならば流されればいいと僕は思う。
何処へ行くのか分からない川の流れに乗る。
行き着く先が分からないからこそ人生。

ただし、自分の意思を持って
流されていくことが大事なんです。

(谷村新司、PHP文庫コラム)

oracionさんからの投稿です。

流される、といえば、
自分の意思をもたないで流される
ような悪いイメージがあったけれど…

そっかぁ。

自分の意思をもちながら、
流されることも出来るんだなぁ。

ちょこっと力を出せば、
乗り移ることができる陸地とか、
船とかにも目を配りながら、
流されていること。

人間は、そもそも
そんなふうに出来ているはず。

私のお気に入りの言葉です。

「何かに突き当たると、
 水は逆らうことなく流れを変えます。
 行く手を遮るものがないときでも、
 水はさまざまに回り道をします。
 わたしたちの体を構成する
 いちばん多くの要素が
 水であることを考えるなら、
 わたしたちにも同じ性質が
 備わっているはずです。」
 (何もしない贅沢、ヴェロニク・ヴィエン)

幸せの絶頂にあっても、
不幸のどん底にあっても、
それは流れの途中に過ぎない。

その場に浸りすぎて、
溺れないように気をつけるだけ。
そうすれば、また流れに乗れるから。


(参考)BEST(谷村新司)

2006年5月28日

名もない「行動」は、…

名もない「行動」は、
一人の「誰か」が
名づけたとしても、
まだ意味がない。

(英語)
Action without a name,
a ’who’ attached to it,
is meaningless.

(ハンナ・アレント)

お金になる行動には、
どんどん名前がついていく。

しかし、
お金にならない行動には、
名前のないものもある。

そして、どんな人にも、
お金にならない行動が
好きな一面があったりする…

人間らしくて、
いいことだと思う。

インターネット上の
行動のほとんどは、
そんなお金にならないものが
多いように感じる。

しかし、誰かが始めたことを
多くの人が支持し始めるから、
そのうち、名前が知られていく。

結局は、
人に支持されるまで
がんばって続けたことしか、
記憶に残らない。

記憶に残らないことは、
名前がないのと、
似たようなことになってしまう。

新しい行動を始める人には、
大きなチャレンジがある。
支持されなければいけない、
記憶に残らなければいけない、
名前を知られなければいけない。

これからも、どんどん、
新しい行動を生むことはできる。
あきらめずに、がんばりましょう。


(参考)人間の条件(ハンナ・アレント)

2006年4月25日

中途半端は命取りになる。

中途半端は命取りになる。

(黄金を抱いて翔べ、高村薫)

この本には、
こんな言葉もあります。

「生きるための仕事には、
 憎悪がなければならない。」

憎悪がなければ、
仕事が出来ないのか。
そんなぁ…とも思いますが、
なんとなく分かるような気もします。

ライバルには負けたくないとか、
あんな仕事は絶対やらないとか、
こんな仕事ぶりの自分じゃダメだとか。

人は、いっぱい味方がいるよりも、
敵がハッキリ見えている時の方が
やる気が出てくる。

負けたくない相手がいる時には、
中途半端で済ませるわけがない。

こんくらいでいいだろう…
って自分を甘やかしてしまう環境から
逃げなくちゃいけない。

何かの判断をする時にもそうだ。
生半可に知っているもんだから、
おかしな判断をしちゃったりする。

やるなら、ところん。
やらぬなら、近づかない。

それくらいの決心で、
物事と向き合いたいものです。


(参考)黄金を抱いて翔べ(高村薫)

2006年3月16日

少しで満足させるのは難しい。多く…

少しで満足させるのは難しい。
多くで満足させるのは無理だ。

(英語)
To be satisfied
with little is hard,
to be satisfied
with a lot is impossible.

(マリー・エヘンバッハ)

人は、
少しでも多くでも、
満足できない。

とすれば、
どうすれば満足できるのか?
多分、この問いが間違っている。

正しくは、
誰が満足できるのか?
だろう。

あまりにも目標が低くて
現状に満足しちゃってる人が、
いいわけではない。
きっと、そのうち、
その現状が壊れるから…

だからと言って、
世の中を見渡しても、
強欲な人が
満足しているようでもない。

なんか、難しい。
満足できる心っていうのも、
自分を高めたい心っていうのも。

ちょっとズレると
違うものになりそうだから、
その時はいいと思っていても、
満足でいない日が来るんだろう。

不満すぎても、
満足すぎてもダメってことかぁ。


(参考)千円札は拾うな。(安田佳生)

2006年2月11日

価値のある良いことは、…

価値のある良いことは、
時間も手間もかかること。

(ターシャ・テューダーの言葉)

急いで手に入れたい
成功があります。

楽につかみたい
名誉もあります。

与えてもらいたい
幸せもあります。

その通りに叶う人も
いるでしょう。
もちろん、
それが悪いとばかりは
言えません。

しかし、人によっては、
そこから落ちていく人も
いるようです。

価値あるものを
手に入れるために、
それに見合う対価を
自ら出したという実感がないと、
どこかで勘違いしちゃう
ということでしょうね。

仕事ばかりでなく、
何か目標を目指していて、
なかなか辿り着けない時には、
「それが本当に価値あるものか」
と考える機会になるから、
いいかもしれません。

時間も手間も
かかればかかるほど、
価値が高まっていく。

逆に、
それだけの価値がなければ、
やめた方がいい。

人生って、
よく出来ているもんです。


(参考)思うとおりに歩めばいいのよ―ターシャ・テューダーの言葉

2005年9月 5日

あなたが、自分を価値ありと思うまでは、…

あなたが、自分を
価値ありと思うまでは、
自分の時間についても
価値ありとは思わないでしょう。

あなたが、自分の時間を
価値ありと思うまでは、
その時間で、(価値あることを)
何でもやろうとはしないでしょう。

(英語)
Until you value yourself,
you won’t value your time.
Until you value your time,
you will not do anything with it.

(M・スコット・ペック)

何か仕事を人に任せるというのは、
自分の時間を増やすためには、
とてもいいことです。

しかし、一つだけ、
見落とす可能性のあることを
見つけました。

任せることによって、
自分を身軽にすることばかり考えると、
その仕事が本当に必要なことかどうか
を考えなくなってしまうことです。

なおかつ、それを任せられた側も、
本当に必要かどうかを考えずに、
仕事をこなしているならば、
必要以上に忙しくなり、
本当に価値あることに
時間が注げなくなります。

自分を、自分の時間を
価値ありと思ったのならば、
他人を、他人の時間も
価値ありと思わなければいけません。

それが、他人にも、
効果的に動いてもらう
ための秘訣です。

私だって、そうですよ。
私の時間を大切に思ってくれる人となら、
いっしょに仕事でも何でもしたいですが、
そうでなければ、遠慮したいです。
正直なところは…

【参考】
時間とムダの科学(大前研一)

2005年7月 2日

…それがわからん者は気がついたら、人生の大失敗…

人生を左右する
重要な選択というものは、
なんの変哲もない日常に
常に現れてくるものだ!

それがわからん者は
気がついたら
人生の大失敗を犯している!

(卓球社長、島本和彦)

変哲のない事柄は、
どこにでも転がっている。
だから、ほとんどの人が、
それから何も得られない。
というか、得ようとしない。

しかし、ごく一部の人は、
その変哲も何ない中に、
別のものを見つけて、
判断を誤らないものだ。

そして、面白いのは、
日常の、変哲のないものだから、
日常では、何の効果も見えない。

けれども、いざという時に、
自分の引き出しが登場してくる。
そこに、何か入っているのか、
それとも、空っぽなのか。

もし、空っぽだとすれば、
そこでの失敗が明らかになる。
だが、ここでも、
本質を見失ってはいけない。

それは、空っぽだと
分かった瞬間なだけで、
本当の失敗は、もっとさかのぼる。

やっぱり、日常の「ものの見方」に
あるんだよなぁ。変哲のないものから、
どれだけのものを見つけて、
引き出しに入れてきたか、ということ。

そう考えると、失敗の見方も
変えなければいけないことになる。
それこそ、日常には、
小さな失敗から大きな失敗まで、
いろんなものがありますから、
単に、うまくいった、いかない、
勝った、負けただけでなく、
その裏側にあるものを見ていないと、
ずっと失敗続きになるでしょうね。

【参考】
マンガ・卓球社長(島本和彦)

2005年6月29日

きのうと同じことをきょうは繰り返すまい。…

きのうと同じことを
きょうは繰り返すまい。
どんな小さなことでもいい。
どんなわずかなことでもいい。

(松下幸之助、大切なこと)

知人のおじさんに、
家を出て所帯をもった
一人息子がいる。
その息子さんには、
もう高校生になる子供たちも
いるらしい。

先日、そのおじさんに、
息子から電話が入った。
その内容は、奥さんの身内に、
お金をねだる人間がいるために、
電話番号を変えるから、
これからは職場に電話してくれ、 
とのこと。

実は、それに似た内容の電話は、
以前にもあったらしい。
おじさんは怪しみながらも、
心配している。

今の時代、インターネットと
通話料金節約のために、
IP電話に変えるとかの理由なら
ありえるだろうが、
私が考えても、その理由は妙だ、
と思っている。

そして、そんなことが、
二度、三度と同じ繰り返し。
借金とか何か、同じ過ちを
繰り返している臭いがする…

幸い、私は、
同じことをするのが
嫌いな人間である。

たとえば、毎日更新している
このサイトやメールマガジンに、
下書きなんかはない。

直接、パソコンに文章を入力して、
考えながら、修正しながら、
完成させていく。だから、
それなりの時間がかかる。

すると、やはり、事故が発生する。
一つは、機械のせい。
強制終了が突然起きれば、
何もかも消えてしまう。ああ~。

もう一つは、私のせい。
別のボタンをクリックしてしまう。
誤って削除ボタンをクリックしたり、
やったつもりがやっていなかったり、
思いがけない新鮮なことを、
私自身がよくやってしまう。

そうすると、また、
最初から文章を作り直すわけだが、
同じ文章は、もう書きたくなくなっている。
仮に書くとしても、
同じようには書きたくない。
よっぽど、うまく書けた文章でない限り、
別の切り口や流れにすることを好む。

誤って消えたとはいえ、
同じことをするのはムダだ、
とアタマでは思っているらしい。

毎日同じ時間に同じことをするとしても、
継続は力なり、だとはしても、
その継続するなかに、
昨日とは違ったエッセンスを含まないと、
それをする自分が飽きてしまうもの。

それを感じ続ける人間でありたいです。
感じなくなったら、終わりだな、私は。

【参考】
もっと大切なこと(松下幸之助)

2005年4月13日

真理は変わらないが、知識は変わりやすい。

真理は変わらないが、
知識は変わりやすい。

(英語)
Truth is eternal,
knowledge is changeable.

(マデリン)

知識は変わる?

ん?と思いました。

一度知ったことは、
ずっと価値のあるような気が
していたのですが、

なるほど、
今なお、何かを学んで
吸収している自分を見れば、

知識が陳腐化したり、
変わっているからだ
と分かります。

必要とする知識が
変わるせいもありますが…

価値はあるけれど、
ずっと通用することではない。

だから、
変わらない「真理」に通じる、
途中の「知識」だと思って、
学んでいく気持ちが必要。

そうでないと、
知ったことに安心してしまい、
そこで止まってしまう。

真理なんて知りたくない、
真理なんか本当にあるのか、
なんていう気持ちも
出てくるかもしれませんが、

自分が知っていることだけに
自分の行動が限定されて、
失敗とならないよう、

自分や、人類が知らない
もっと大きな知識体系があることを
(それを、真理と呼ぶかは別にしても)
認めても、損はないと考えます。

いずれにしろ、何かを知ったら、
「変わらないところは何か?」
と自問するのがいいかもしれません。

【参考】
聖書(口語訳・小型)

2005年2月20日

死ぬことは、生きることの一部だ。

死ぬことは、
生きることの一部だ。

(映画「フォレスト・ガンプ」)

これを、
2つの意味で理解したい。

1つは、残された人にとって。
大切な人の「死」というのは、
次の瞬間から生きることについて、
間違いなく、何らかの意味を与える。

もう1つは、
人が魂や霊として、
ずっと存在すると考えた時。
そうなると、当然のごとく、
自分の「死」は、
その中の「ある時」でしか
なくなる。

それを受け入れるか、
否定するかは別として、

「死」で終わりでなく、
その後も、何らかの意味で
続くことがあると思えば、
生き方は変わってきますよねぇ。

人は、終わりがあると思えば、
がんばれることもある。

しかし、もし、
間違った「終わり」を
勝手に思いこんで進めば、

「終わった」と思った時には、
不要な敗北感や、
勘違いな達成感を抱くことになる。

後になって、
終わっていないことに気づき、
もう一度やる気を起こす必要が
出てきたときには、
一度冷めた心を奮い立たせるわけ
だから、けっこうたいへん
だったりするものだ。

「終わり」について
勘違いしてはいけないなぁ、
と思います。

終わって欲しいとは思っても、
なかなか終わっていないことって、
けっこうありますからね。

【参考】
映画「フォレスト・ガンプ」

2005年2月16日

「さびしさ」をキーワードに、自分を、…

「さびしさ」をキーワードに、
自分を、生きることを
考えてほしい。

(雑誌「クロワッサン」、伏見憲明)

さびしいのはイヤ、
でも面倒くさいのもイヤ。

さびしさをまぎらわそうと、
いろんなものを集めたり、
いろんなものに関わったりすると、
面倒なことが増えるのは事実。

結婚や子育てというものだって、
考えようによっては、
そんなふうに受けとめる人が
いても、おかしくない。

それが「自分のため」だよ。
と思って、
その面倒くささを避けながら、
さびしさもまぎらわせている。

というケースも
ありえるだろう。

でも、さびしい時には、
本当にさびしいんだよね。

虚しいとか、悲しいとか、
時にはそれを乗り越えて、
怒りにもなったり。

いろんな感情が、
そこから始まって、
自分の生き方に
なっていたりする。

目標があれば、
さびしくないかと言えば、
結果的に、というのはもちろん、
それを達成している最中でさえ、
自分を満たして
くれないものもあるわけで。

さびしさとは、
やっぱり、ちゃんと
向きあわないと…

逃げてばかりだと、
大切な人との関係も、
壊してしまうかもしれない。

それに、さびしさは、
悪いものとは限らないし。

【参考】
「さびしさ」にメゲない心理学―精神科医が語る

2004年12月17日

顔は名刺。化粧とは…

顔は名刺。

化粧とは、それを
相手に気持ちよく
渡すための工夫です。

だから鏡をよく見るのが大事。
自分をよく知り、
自分の見せ方を考える。

(岡野宏、asahi.comにて)

なんか、
誤解もあるかもしれない
微妙に難しい言葉のように
思います。

ただ、政治家や俳優さんなど
10万人の方のメイクを
担当してきた方が言う言葉だけに、
説得力はありますよね。

うちの10歳の娘も、
化粧をしたがります。
しかし、それは、
「自分の見せ方」を
考えたものではなく、

ただ、誰かの真似をして、
塗りたくっているだけ…かな?

実際、大人になっても、
「自分の見せ方」を
研究せずに化粧していると
思われる女性も
少なくないように思います。

オバちゃんたちの化粧と、
すっごい若い子たちの化粧に、
それが多いのは、「見せ方」
を失っているんでしょうね。

「やり方」だけを
追求しすぎて…

男は化粧はせずとも、
鏡は見ないといけないですね。
それが「見せ方」の研究。

女性の方、男性の方、
いかが思います?

【参考】
一流の顔(岡野宏)

2004年7月12日

あなたが何かする必要がある時、それは、…

あなたが何かする必要がある時、

それは、他の誰もが
それをしようとしない時と、

人々が「そんなの出来っこない」
と言っている時だ。

(英語)
The time when you need
to do something is
when no one else is
willing to do it,
when people are saying
it can’t be done.

(ウィル・デュラント)

赤信号、みんなで渡れば怖くない。
というレベルが、人間にとって、
一番楽なのは知っている。

「みんながやっていたから」
という理由は、理由のようで、
そうでないから。

自信がないとき、
または本気でないときは、
「そんなの無理だよ」
と言われると、安心したりする。

楽なのが本当にいいのか、
安心できることが一番いいのか、

そして、その結論は、
時間が経った後も有利な結果を
もたらしてくれるのか。
そんな問いが必要かもしれない。

人を説得する時には、
こんな言葉もある。
「そんなこと、誰もしないよ。」
「そんな格好、誰もいないよ。」
「そんな人、見たことないよ。」

追い詰める方法だ。
たとえば、自分の子どもを、
そんな方法でいつも躾けていたら、
いいわけがない。

必要か必要でないか、
正しいか正しくないか、
やりたいかやりたくないか、

そこにたどり着く前に、
「人にどう見られるか」
という考え方だけで
生きることになるからなぁ。

私だったら、そんな考え方に
一生しばられるなんて、
やっぱりイヤだなぁ。

そのためにも「何かする時」を
見逃さないようにしたい。

【参考】
ブランド人になれ!(トム・ピーターズ)

2004年7月11日

この世で一番哀れな人は、目は見えていても…

この世で一番哀れな人は、
目は見えていても
未来への夢が見えていない人だ。

(ヘレン・ケラー)

なんて、かわいそう…
と人が思うのは、
自分が持っているのに、
その人が持っていない時。

なんて、幸せな人…
と人が思うのは、
自分が持っていないのに、
その人が持っている時。

しかし、事実は違うかもしれない。

持っている
持っていないに関わらず、
その人は、幸せだったり、
幸せでなかったりする。

見えない、聞こえない、話せない
そんな三重苦をもつ
ヘレン・ケラーを見て、
ほとんどの人はかわいそうと思う。

しかし、彼女は
そう思っていなかったようだ。
というか、
サリバン先生などの助けによって、
そういう見方を捨てて、
生きることができるようになった。

そういうヘレン・ケラーから見れば、
夢が描けずに、ただ生きている人々の方が
かわいそうに見える。

しかし、同じように、
本人たちは、そうは思っていない。
ただ、いつか、
気づく時が来る可能性はとても高い。

「かわいそう」
「うらやましい」
もしかしたら、
自分のモノサシ、またはメガネで
勝手に思っているだけのことかも
しれない。

時には、そんなものを捨てて、
まず、自分の夢を見つめることが必要。
そう思う。

【参考】
幸せな宝地図であなたの夢がかなう(望月俊孝)

2004年7月 9日

人生は足し算だと思っていました。…

引き算の人生

人生は足し算だと思っていました。
学校へ行って新しいことを勉強し、
できなかったことができるようになる。
友達をつくる。
知識や技術を身につける。
働いてお金をもうける。
服を買う、車を買う、家を建てる。
足りないものは足していく。

知識、学歴、資格、お金、
持ち物、人間関係、
なんでも多ければ多いほどいいと
思っていました。
人生は足し算でした。

うつ病になって、
なにもできない惨めさを知りました。
仕事はおろか、起き上がることも
できません。
電話に出るのも、
人に会うのも苦痛になりました。

今までできたことが、
できなくなりました。
やりたくてもできないこと、
どんなにしたくても、
やってはいけないことも
増えました。

それから人生は引き算になりました。
たくさんあることの中から、
ほんとうにしなければならない
ことだけを残す引き算です。

大切なことと、どうでもいいこと、
どうしても私がしなければならないことと、
ほかの人に代わってもらってもいいこと、
時間をかけてしたほうがいいことと、
手を抜いてもいいこと、
少しずつ見分ける知恵がついてきました。

わたしにしかできない、
ひとにぎりのことを
心をこめてする。
引き算の人生も、
悪くないと思います。

(傷つきやすいあなたへ、木村藍)

この文章から抜粋して、
引用をしようと試みましたが、
何度読んでみても、
分けられないなぁと感じ、
これだけ長くなりました。

自分が調子いい時、
健康な時、元気な時は、
「足し算の人生」ばかりが輝いて見え、
それを目指すのが当然だと思って、
生きていきます。

おそらく、社会全体が、なんていうか
「シンデレラ・ストーリー」
「アメリカン・ドリーム」のような成功に、
憧れているからでしょう。

なかったものが、あるようになった、
という感じのもの…

最終的に「ある」ことが
ハッピーエンドとされていますから、
「元に戻って、ないまま、
 質素なまま暮らしましたとさ」
で終わることが美にはならないわけです。

ただ、いっとき風向きが変わると、
「引き算の人生」に慣れることも
必要になってくるわけで、
それを否定して見栄ばかり張って、
「足し算の人生」を目指してばかりいると、
自分の首を絞めることにもなりえます。

 何を始めるのかも大切だけど
 何をやめるのかも大切
 (心が元気になる英語のことば、ジオス出版)

自分に素直になって、
本当はやめたい自分の心の叫びにも、
気づく必要があるかもしれません。
心が壊れない前に…

【参考】
傷つきやすいあなたへ(木村藍)

2004年5月23日

神が…変えるの?

「神が…変えるの?」
「そうだよ。しかし自力でも変わる」

(英語)
Did God make this change?

Certainly.
But did they change themselves?
That is the question.

(映画「マスター・アンド・コマンダー」)

映画のなかで、
身体を木の枝のように
進化させた昆虫について
12歳の士官候補生と船医が、
会話する場面のセリフです。

私たちは、何かしら
超自然的なことが起きた時に、
見えない大きな力を感じます。

鎌倉時代には、
そんなことを「神風」と言ったり、
経済用語では、
「見えざる神の手」と言ったり…

大きな力を感じる時に、
人は「神」という言葉を
引き出してくるようです。

しかし、それと同じような力が、
人の手の努力によってだけ
現れたように見える場合もあります。

そこらへんは、
何を信じるか信じないか、
どう感じたか感じなかったか、
も関係してくるかもしれませんが、

世の中には、
いろんなことが起きるものです。

見えない大きな力と自分で変わる力。
2つがあったら、いろんなことが
乗りこえられそう…

どっちも持っているんだ、
と信じて、突き進みたい。

【参考】
映画「マスター・アンド・コマンダー」

2004年5月 4日

「…どう死んだ?」「どう生きたかをお話しましょう」

「…どう死んだ?」
「どう生きたかをお話しましょう」

(映画「ラスト サムライ」)

話のどこを尋ねるか、
話のどこを答えるか…

その人となりが分かります。

ただ、それは言葉だけの問題でなく、
本当の関心や人間性が
現れたりすること。

「何歳?」
「仕事は何してますか?」
「どんな本を読みます?」

初対面の人などに、
思わず尋ねてしまうこんな質問に、
本当の興味のありかや、
逆に何の興味もないことが
見えたりします。

「どう死んだ?」
「どんなふうに生きた?」

似ているような質問だけど、
人間にどれだけの興味をもっているか、
本当のところがわかるように思います。

ものごとの本質に、
興味のある人間でありたいな、
と思います。

【参考】
映画「ラスト サムライ」

2004年3月11日

大切なのは、どう見えたかじゃなく、…

大切なのは、
どう見えたかじゃなく、
本当はどうか、なんだよ。

(ピーボディ先生のりんご、マドンナ)

見栄には、いろんなものがあって、
自分を「見せる」タイプも、
それぞれ分かれる。

幸せそうにとか、
金持ちのようにとか、
高学歴のようにとか、
うまくいっているようにとか、
いい仕事をしているようにとか…

「見せる」ことばかりに
こだわり始めると、
ほんとうの自分をどこかに、
置き忘れたままになっていく。

すると、思いがけず、
自分でない誰かから、
「本当のおまえは、これだろ」
なんて突きつけられたりすることも。

「やっぱり、そうだよな。」とうなずき、
「見せたい自分」と「ほんとうの自分」を
ミックスさせられる人もいれば、

「そんなこと、ないよ。」と
否定ばかりしているうちに、
「見せたい自分」も「ほんとうの自分」も
手にできなくなる人もいたりする。

自分のなかにあるそんな気持ちが
分かってきたら、こんどは、
他人の「見せてる」「ほんとう」も、
見えてくるかもね…

見えてきたら、
人生、かなりうまくいくと思う。

【参考】
ピーボディ先生のりんご(マドンナ)

2003年12月11日

確信で始めた人は、疑いで終わる。…

確信で始めた人は、
疑いで終わる。

あえて疑いで始めた人は、
確信で終わる。

(英語)
If a man will begin
with certainties,
he shall end in doubts;

but if he will be content to
begin with doubts,
he shall end in certainties.

(フランシス・ベーコン)

なんか、面白い言葉。

信じたいことがあるとき、
人は妄信したくなる。

それで一度傷つくと、
今度は、疑ってばかりいる。

でも、この2つは、結局同じこと。
望みどおりをとことん妄信するか、
それを無理だということを妄信するか、
そのどちらかだけ。

そんな信じ方、疑い方なら、
いつまで経っても、
信じることの意味、
確かなものの意味なんか、
分かるわけがない。

思い込みに囚われているだけだから…

そう考えると、
どちらの可能性も認めたうえで、
物事を見たり、人を見たりすることって、
けっこう難しいことなんだよね。

人生は、飛び込み営業みたい。

1つ1つのドアをノックしていくんだけど、
前のドアと次のドアの人は、
まったくの別人。

こちらが前のドアの記憶を引きずり、
勝手に思い込んで、応対していたら、
通じる心もすれ違ってしまう。

あえて疑ってみる、といういのは、
疑心暗鬼、人間不信とは違う。

いろんな可能性を認めて、
人と物事と付き合うこと。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年12月10日

自分自身を信じてみるだけでいい、…

自分自身を信じてみるだけでいい、
きっと、生きる道が見えてくる。

(英語)
Just trust yourself,
then you will know how to live.

(ジョアン・ウォルギャン)

信じてみるって、最初は、
想像力だと思う。

とんでもないこと、
たわいもないこと、
叶いそうにないこと、
他人にはバカにされそうなこと、
そんなことがイメージできる力。

人間不信って言葉があるけど、
多分、誰よりも信じれないのは、
誰かを信じている自分なんだ、と思う。
そんな自分が想像できない、
イメージできないのだろう。

人に頼って、あるいは人に頼られて、
何かをしている自分が、
信じられない。

そうなると、
自分自身を信じることさえ、
けっこう難しくなるかもしれない。
いつか、どこかで、何かによって、
自分の道が邪魔されるような気がして…

でも、本当は違うと思う。

自分を信じて、
自分の精一杯を体現して、
何かに取り組んでいる人には、
助ける人、賛同する人が
集まってくるもの…
自然に、どこからか。

今は、それに程遠くても、
それをイメージできる想像力が、
あって欲しいと思う。

そこから、道が見えてくることも
あるだろうから。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年12月 8日

人間は平等さ。生まれながらということでなく、…

人間は平等さ。
生まれながらということでなく、
違いを生み出せるという素質で。

(英語)
Men are equal;
it is not birth but virtue
that makes the difference.

(ボルテイリ)

世界は狭い。
本当にそう思うことがある…

と同時に、
そう思えるようなところにしか、
自分がいないから、
という理由が見えてくる時もある。

自分という人間と、
あまり違わない場所だけ求めていると、
当然のごとく、世界は狭くなる。

そして、違いや個性を否定し始め、
ますます、自分は固まってくる。
そして、自分のなかに、
新しい違いをつくること自体、
出来なくなってくる。

今慣れていること、
今好きなこと、
今これだと思っていること、
そういう確固としたものがあるとしても、
まだまだ、それとは違ったものを
生み出せる素質が自分には
あるかもしれない。

そして、他人にも、
そういう素質がある。

それを認めることによって、
もっと生き方の幅が広がるんじゃ
ないだろうか。

そんなふうに思う。

逆に、年を重ねても、
そんなふうに思える人は、
幸せだろうな、と想像できる。

そうなりたいな。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年10月19日

私の人生が、私のメッセージです。

私の人生が、私のメッセージです。

(英語)
My life is my message.

(マハトマ・ガンジー)

口で何か伝えようとしなくていい。

私たちの生き様自体が、
何かをそのまま伝えている。

そんなはずはなかった、
そんなつもりはなかった、
そんな言い訳もいらない。

伝わったものは、伝わったもの。
それでいいじゃない。

でも、これだけは考えたい。
その伝わったものは、
本当に伝えたかったものか。
生き様のメッセージとして
選ぶに値するものか。

「私は、自分だけが
 エライと思っているよぉ」とか、
「私は、ビクビクしているよぉ」とか、
「私は、楽したいよぉ」とか…

伝わっちゃうんだよ。

ま、相手の感性とのからみも
あるだろうけど、生き様は、
正直に自分を伝えちゃう。

人生はメッセージそのもの。

だから、
人生のムダをなくするとか、
要領よく生きるとか、
そういう次元の話でなく、

今伝わっている生き様が、
本当に伝えたいことなのか、
っていう次元から離れちゃいけない。

それを大切にしようよ。
それだったら、
変えられる可能性もあるし…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年9月15日

神様は不公平なものでね、…しかし、…

神様は不公平なものでね、
だいたいにして人間は色々な格差を
背負って生まれてくる。

金持ちの家に生まれる人、
貧乏な家に生まれる人、
健康な人、病弱な人、
顔のいい人、お世辞にもそう言えない人…
数え切れないくらいだ。
本人には何の責任もないのにね。

しかし、どんな星の下に生まれようとも、
1日が24時間という時間だけは、
誰にだって同じだけ
与えられているんだ。

(ニワトリを殺すな、ケビン・D・ワン)

神様は不公平?

多分、1日24時間だって、
考えようによっちゃ、
その不公平というものに当てはまる。
体調や病気のせいで、
自分の望みとは裏腹に、
1日の大半を奪われている人だって
いるだろうから…

だったら、どういうことよ?

ん~~、分からない。
生きている今という時間に、
すべての答えが明らかにはならないから。

ただ、多分だけど、
いろんなことは、
神様にとって、
良し悪しという意味でなく、
手持ちの駒という感じで、
与えられているんだと思う。

それを、
いろんな時代の人間の目が見て、
いいだの、悪いだの、
きれいだの、そうでないだの、
と勝手に判断しているんだろう。

もちろん、
自分という一人の人間は、
いろんな人が持っている、
欠点なり、苦しみなり、悲しみを
経験していないから、
そんなふうに言い切ったり、
考えたりすること自体、
かなり無責任な姿にも思えたりする。

でもね、少なくとも、
そういうふうに、自分自身のことを
とらえることが出来るようになったら、
人生が変わってくることだけは
知っている。自分のまわりだけはね…

だから、
人に押し付けられる考えでもない。
1日の24時間はみんなに平等だから、
頑張れよ、なんて言っちゃいけないと思う。

自分自身で
そんな感じのことに気づき、
まだ光が残されていることに
希望をもつような心境にならない限り、
自分のための道は見つけられない。

自分で、自分に気づこう。
他人に気づかされるのは、
本当のところ、みんながみんな、
素直になれることとは限らないから…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年9月 8日

でも、普通はね、何が自分にとって一番…

でも、普通はね、
何が自分にとって一番大切なのか
気づくことのほうが難しい。

それを失くす前に
気づくことができればラッキーだ。
でも、多くの人は失くしてしまってから
気づくものでしょ。

失ったとき、はじめてその大切さに気づく。
しかもそれが、その人にとって
一番大切なものだったりするから
始末に負えないんですよ。

(「やまとなでしこ」名言集)

失って気づいたもの、
ありますか?

不景気、不景気って、世の中、
景気が一番大切であるかのように
騒いでいるけど、
その騒ぎに乗せられて、
本当に大切なものを失わないように…

それが何であるか、
もちろん、私には分かりません。
みんな、それぞれですから。

大切なものは、一緒に騒げば
守られるわけでもないように思います。

多くの人が騒いでいるその最中に、
その波に流されないようにしながら、
しっかりと自分の人生、
人間関係を見つめる。
それをする勇気がないと、
大切なものは守れないでしょう。

世の中には、
いろんな時期と言うか、
騒ぎ、ブームがあります。

その流れと、自分の人生を
うまく重ねて進めるっていうのは、
本当のところ、たいへんなことなんです。

自分を見失わないように、
そして、自分の大切なものは
手放してしまわないように。

それには、かなりのエネルギーを
使うかもしれません。
でも、進んでいけば進んでいくほど、
それがムダでなかったことも
分かるでしょう。

今、失ってしまいそうなもの、
見当たりませんか?

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年9月 3日

3つのことを忘れてください。1つ!…

3つのことを忘れてください。

1つ!
自分の肩書きを忘れてください。

2つ!
性別を忘れてください。

そして3つめ。
ご自分の年齢を忘れてください。

(「いいひと。」高橋しん)

これが出来たら、
自分という人間だけで
生きることになります。

実際のところ、
ずっと忘れて生活するなんてことは
無理かもしれませんが、

人生でとても大切な瞬間には、
それらを忘れて
答えを出した方がいいかもしれない。
そうでないと、いろんなものに邪魔されたり、
あるいは、逃げたりしてしまう自分がいる。

肩書き、性別、年齢、
これらは、責められる材料にもなれば、
自分を守る材料にもなっちゃう。

そして、もちろん、それらを
忘れちゃいけない場面も、必ずある。

そんな時でも、それらを忘れて、
自分の答えを見出そうとする時、
自分の本質に近づけるんじゃないでしょうか。

もし、今日、何か苦しい思いをする時、
それは、3つのうちのいずれかに
問いつめられてのことかもしれない。

試してみるんです。
ちょっとだけでも、それらを忘れて、
答えを探してみましょう。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年8月28日

魅力は、美以上のもの。

魅力は、美以上のもの。

(英語)
Charm is more than beauty.

(ユダヤのことわざ)

美しい人は、
確かに、それが魅力です。
間違いありません。
否定のしようがない…

しかし、年を重ねると、
外面的な美しさには、やはり、
かげりが見えだしてきます。

ま、いい味を出していく人もいますが…

その時、プラスアルファの魅力がないと、
もう振り向かれなかったりする…

自分に「美」がないと思う方は、
おカネをかけて、美のために
手術やら肉体改造をするのも
一つの方法ですが、

それ以外の魅力を磨くために
生まれてきたことも考えられます。

人目を考えれば、
確かに、美という魅力は、
強烈です。

でも、人というものを楽しむ場合、
見る以外の方法もあるでしょ。

いらっしゃいません?
「美」以外の、「美」以上の魅力を
持っている方が、近くに…

いらっしゃれば、幸いです。

人としての魅力、
どんどん見出しましょう。
自分に…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年6月 2日

物事というのは、やるべきか、やめるべきかのどちらかなのだ。…

物事というのは、やるべきか、
やめるべきかのどちらかなのだ。

もちろん締め切りは考えに
入れなければならないが、

やるに値することは(すぐ)やる、
そうでなければ、やらないことだ。

(なぜか、「仕事がうまくいく人」の習慣、
ケリー・グリーソン)

こんなシンプルな選択だけで
生きていける人は珍しいだろう。

ま、なかには、
損得勘定ばかりを考えた
シンプルな選択をしている人も
いるかもしれない。

それが幸せか否かは、
その後の人生が
証明してくれるだろう…

ただ、シンプルな選択が
出来ない自分に気づいた時は、
考えるべきことがあると思う。

自分は、何に束縛されているか、
何に依存しているか、あるいは
何を恐れているか…

人がシンプルな選択をするためには、
束縛、依存、恐れから解放される
必要があると思うから。

さて、少しずつ、
それらから解放されて、
シンプルな選択ができる自分に
なっていきましょう。今日から…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年2月26日

寿司は玉子焼きから食べるものだ

寿司は玉子焼きから食べるものだ

(寿司通の人いわく)

本質が見えるような食べ方を
言っているんでしょうな。

ラーメン屋に行けば、
ノーマルなラーメンを注文し、
そば屋に行けば、
かけそばを注文し、
パン屋に行けば、
食パンを買う。

人と接する時も、
そんな本質を見る目が必要でしょうし、
自分にしろ、
そういう本質が見せられるような
生き方が必要でしょう。

こういうことかな?
普通、男女の交際において、
ご両親に会うのは、
結婚が近いとか、本当に最後の段階。

多分、それは、自分の本質と言うか、
原点を見られるような気が
するからなんでしょう。

ま、本当の意味で
会わせたくない親というのも居るでしょうが、
誰しも、本質を見られるのは
けっこう勇気がいるものです。
それで嫌われるかも…、
なんて考えたら、なおさら。

本質は、見た目とか、
持っているものではわかりにくい場合もあって、
見た目をそうしている「価値観」なり、
持っているものに抱いている「こだわり」だったり
を読まなければいけない…

そういうところに目がいくようになったら、
人生も、人づきあいも、
後悔が少なくなるんじゃないでしょうか…

「寿司は玉子焼きから」
おまじないのように覚えておいてくださいな。

「奥さんも玉子焼きから」
ま、奥さんになるべき相手に、
玉子焼きを作らせて
料理の腕を確かめるのも
間違っていないかもしれない…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年12月24日

健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。

健康な人には医者はいらない。
いるのは病人である。
わたしがきたのは、義人を招くためではなく、
罪人を招いて悔い改めさせるためである。

(キリスト、新約聖書ルカ5:31-32)

この言葉は、当たり前すぎる言葉に思えますが、
私たちが時々陥るミスを
うまく表現しているように思います。

つまり、
「病気が治ったら、病院に行く」
「時間が出来たら、いい本を読む」
「もっと愛せるようになったら、話し合う」
そんな解決方法を時折、選んでいる私たちがいます。

病院に行くのは、病気を治すためであって、
いい本を読むのは、時間や自分をつくるため、
そして、話し合うのは、もっと愛せるようになるため。

その逆を期待していると、
なかなか、前には進めないはずです。

そして、誰しもが、
人生における何らかの解決策を
探し求めているのですから、
余計なものは捨てて、
それとちゃんと向き合いましょう。

講習や講演に参加してくださる方の中に、
何か新しいもの、優れたものにふれる際、
こんなことを言う人を見受けます。
「私には、とても、とても…」

社交儀礼か、遠慮か、分かりませんが、
もし、本当はそれを求めているのに、
そういう言葉ばかりを言うのであれば、
本質が見えなくなってしまいます。

それは、まるで、
自分で病院に行っておきながら、
「私には治していただく資格はありません。」
と言っているようなものです。

治りたいか、治りたくないか、
自分を変えたいか、変えたくないか、
本質は、それだけだと思うんですよ。多分…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年12月22日

信心には証拠はありません。証拠を求むるなら…

信心には証拠はありません。
証拠を求むるなら
信じているのではありません。

(出家とその弟子、倉田百三)

人を信じる、何かを信じる、
そんな時に、人はきっかけを求めるもの。

しかし、そのきっかけというのは、
実は、自分の心の中以外に
ない場合が多い。

なぜなら、外部から与えられたきっかけは、
その状況が変わった時に、
意味のないものになってしまうから…

大切なのは、
信じたいか、信じたくないか、それだけ。

証拠がないなら、
何も信じないというのであれば、
恐らく、人が信じれるものは、
世の中に、いくつとないことでしょう。

そして、信じるもの(人)がなければ、
心も生活も豊かにはなりえません。

多分、私も、自分の育った環境におけるトラウマから、
信じるものがなかなか見つけることが
難しい人間だったでしょう。

それでも、人を信じたり、学んだりして、
そのトラウマが薄まったように思う。

はじめは、証拠ばかりを求めていたけど、
求めること自体に、時々、
時間や労力のムダがあることに気づき、
「信じる」ことの意味が分かってきた。

信じる気持ちって、本当に大切ですよ。
そんな心は、何歳になっても育てましょ。
たとえ、信じれなかった時間が長いとしても…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年12月13日

ジミだけど、しっかりジブンを持ち、…

ジミだけど、しっかりジブンを持ち、
ジブン探しをしながら前向きに生きる

(日経エンターテイメント、2003年1月号)

今年(2002)ヒットしたものを分析し、
共通点を結論すると、
この2つのJ(ジミ、ジブン)になるそうだ。

沖縄出身のモンゴル800というバンド、
「ワダツミの木」がヒットした元ちとせ、
「大きな古時計」の平井堅、
ジミなおじさん小田和正のCD「自己ベスト」、
90歳の現役医師の著書「生き方上手」、などなど。

「地味」って言葉には、どこかしら、
時代遅れを笑うような意味合いがあったように思うけど、
「ジミ」って言葉にして、
そのイメージが変わったらいいと思う。

ただ、地味にして
目立たないようにしているんじゃなくて、
しっかりとした自分を確立させようと、
地味に進んでいるから、
最初は気づかれないだけ…

派手に行進して、
一時の注目を浴び、
本人も疑うほどのスピードで
下落するっていうのは、
今の時代にも存在する。

それが好きなら、それでいいけど、
いかがでしょう?
来年の目標は、
「ジミに、ジブン探しをする」ってことで。

そしたら、この不景気という環境を
乗り越えられる力も、探せるかもしれない。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年11月17日

第一行の文章のように…

大きな旅立ちというものは、
書物の、第一行の文章のように、
重要なものなんだよ。
その一行が、この一瞬が、
すべてを決定づけるんだ。

(ムーミンパパ海へ行く)

スタートが肝心ってね。

有名な書物の最初を見ると、
やはり、それを納得する。

聖書
「はじめに神は天と地とを創造された。」
おお、スケールが大きくて、圧倒されます。

論語
「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。」
(学んでは適当な時期におさらいすれば、
 理解が深まって、心嬉しいことだよ。)
人間の成長の基本原則って、感じますね。

一日で言えば、朝。
いつもと変わらない、
ただ日が昇っただけの時刻ですが、
私たちが、どんな気持ちを注ぐかで、
変わります。

昨日のことは、
感謝すること以外、
思い切って忘れて、
1日の第一行を過ごしましょう。

ゆっくりと過ごすのもいいし、
いきなり活発に行動するのもいい。
ただ、昨日からの悪い後味だけは、
スッカリ忘れて、
向かいましょう。

昨日は夢、明日は幻。
今日だけが手のひらにあります。

応援します。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年11月 1日

健康になるためには、まず幸せに…

健康になるためには、
まず幸せになることである。

(パッチ・アダムス)

医者である彼の生き方は、
映画にもなりました。
(1999年アメリカ)

この言葉を読むと、
自分達の勘違いに
気づかされたように思います。

多分、多くの人が、
「幸せになるために、
 健康を求めている」
ことでしょう。

映画の題材にもなったりする、
「不老不死」という考え方。

「幸せになるために、
 不老不死の薬を探し求める」という姿。
そこにも、人生の大きな履き違いが
あるように思えてなりません。

「死なないこと」に執着しすぎると、
医療も、生き方もぎこちなくなり、
ちょっとしたミスが、
医者と患者、その家族との関係さえも
狂わせます。

「幸福を感じられる心」
「幸福感を保っていられる強さ」
それを身につけて、
初めて、健康も十分に実感できること。

だって、それがないと、
自分の健康を喜ぶどころか、
多分、医者を信用することも出来ないし、
人の健康や幸せを喜ぶことも出来ない。

だから、こんなことも
少しは言えるんじゃないでしょうか。

「ダイエットするためには、
 まず幸せになることである。」

「禁煙を続けるためには、
 まず幸せになることである。」

「依存症を治すためには、
 まず幸せになることである。」

幸せに「なる」んです。
幸せに「してもらう」んじゃないのです。

改めて、そんなことを
教えられた言葉でした。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年10月26日

人からすべてを取り上げても、取り上げられないものが…

人からすべてを取り上げても、
取り上げられないものが
ひとつだけある。
それは、人間の最後の自由。

いかなる状況のもとでも
自分の態度は自分が決め、
自分の生き方は自分で選ぶ、
という自由である。

(ビクトール・フランクル博士)

人間の最後の自由だって。
なんか格好いい言葉ですね。

私、そんなにモノを持っているわけではないけど、
やっぱり、すべて取り上げられたら、
ショックでしょうね。

家族も…なんて考えたら、
怖いです。

しかし、そういう最悪の状況においても、
自分の態度って、自分が決められるんですよね。

見えない束縛やら、気遣いやら、
存在しているように見えるけど、
それでも、自分自身の決断…

最後の自由、大切にしたいものです。

でも、最後の自由って、
考えてみると、実際に、
そういう状況にならなくても、
そんな感覚を意識すれば、
味わえる瞬間かもしれませんね。

最後の自由、心の中で試してみましょう。
濃厚な時間、お約束いたします。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年10月 5日

何も、確かには分からないよ。それだけは、確かに言える。

何も、確かには分からないよ。
それだけは、確かに言える。

(英語)
Nothing is ever for sure.
That’s the only sure thing I do know.

(映画「ビューティフル・マインド」)

絶対にうまくいくことだけに、
手を出すことが出来たら、
どれだけ楽だろう。

確実に成功する手段だけが、
いつも初めから分かっていたら、
失敗する人も少ないだろう。

しかし、それなら、
人生という経験をする必要が、
かなりなくなってしまう。

やり始めて
分かってくることがある。
失敗した結果を見て、
分かってくることもある。

いずれにしろ、糧にならないことはないと思う。
確かなことが分かるまで、
何もしないとするなら、
確かなことを分かるための知恵は、
どうやって身につけることが出来るだろうか。

この映画の別のシーンでは、
こんなセリフもあった。
「夢でも悪夢でも、
 それを活かし続ける」

確信を持てるまで、準備するのは大切だけど、
手遅れにならないうちに、始めなければいけない。
そして、その結果については、
何であれ、活かし続けたいものだ。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年9月25日

好ましい環境と好ましからざる環境が…

好ましい環境と
好ましからざる環境が、
そこに住む個人の成長に貢献する。
人は、
自分が育んだ環境という果実の収穫人として、
苦悩と喜びの双方から学ぶことが出来る。

(As A Man Thinketh、ジェームズ・アレン)

最初、環境は与えられるものでしょう。

子供の頃、自分が選んだわけでもない環境に、
窮屈な思いをして過ごした人は
少なくないでしょう。私も、
そんな気持ち、感じたことがあります。

しかし、年を重ねるにつれて、
環境をコントロールする舵は、
私たちの目の前に、姿を現し始めます。

その舵が見えてきていることに
いつまでも気づかないでいると、
喜びを見つけることも難しくなるでしょう。
それは、とても残念です。

最初に与えられた環境は、
私たちのトラウマやハングリー精神を
つくるものになります。

そして、それらが、
今度は、これからの環境をつくっていき、
喜びも苦しみも意味あるものに
変えられると思うのです。

もしかしたら、
環境は良くも悪くもない…
それを、どうとらえるか、
どう対処していくかが、
それ以上に大切なのかもしれません。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年8月17日

人生の彫刻家は私たち自身であって…

人生の彫刻家は私たち自身であって、
手の加えられていない自分という材料が
目の前に存在する。
人は皆、自分の姿を形造っているのである。

(デビット・O・マッケイ)

手を加えられていない自分って、
言われると、

何かしら、自分の可能性に
ワクワクするところと、
自分の責任の重さを
ズッシリ感じてしまうところが
ともにあるように思います。

彫刻家とありますから、
コピー機のように、同じものをいくつも造るのが
役目ではありません。
造ること自体が芸術ですから、
丹念に、個性(オリジナリティ)を生み出すのが、
役目となります。

問題は、スピードでも、小細工でも
ないということです。生き様という個性です。

この言葉に照らして、
自分や他人の本質、彫刻している自分の姿が
見えるように、成長したいな、と思った次第です。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年7月 6日

「何もしていない」は、活動をしていない状態ではない…

「何もしていない」は、
活動をしていない状態ではない、
ただ、おきまりの名のついたことを
していないだけ。

(何もしない贅沢、ヴェロニック・ヴィエン)

「何かしていない」と
焦燥感にかられる時ってある。

「何もしていない」この状態じゃ、
ダメな気がして…

私の場合、休日でも、
似たようなことを思う。
子ども達をどこかに連れて
いってあげなくてはいけないような…

リラックスしている時でも、
何かしら、価値あることを
しなければいけないような…

競争社会のせいにはしたくない。
ただ、その呪縛にとらわれている自分を、
この言葉で解放したいな、って思った。

「何もしていない」のではない、
名のついたことをしていないだけ。

そんな観点に立てたら、
逆に、いろんな行動が出来るんだ、
と選択肢が増え、それだけで、
心のゆとりが生まれるような気がする。

今日は、名のつかないこと、
してみるのはいかがでしょう…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年5月13日

あなたは自分の思いどおりのものになることができる。

あなたは
自分の思いどおりのものに
なることができる。

(思考は現実化する、ナポレオン・ヒル)

この言葉は、
大きな誤解を招く場合もある。

望めば、願えば、すべてが手に入るのか、
というふうに…

しかし、
よく読めば分かるのは、
「あなたは」ということ。
(持っているモノとか、地位のことではない…)

自分の思いどおりにならせることが出来るのは、
「あなた」、つまり自分自身の内面であり、
その思いどおりになった自分自身が、
それにふさわしいものを
必然的に引き寄せていく。

幸せだったり、富だったり、
すばらしいパートナーだったり…

だから、自分がどういう者になりたいかが、
漠然とでもいいから、
イメージされている必要があるということかな?

そして、その「思いどおり」のイメージに、
強烈な願望が付いていれば、
そう「なる」ということだとShuは理解している。

どちらかが不足していれば、それは難しいだろう。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年5月12日

どれだけ捨てられるかということが…

どれだけ捨てられるかということが
どれだけシンプルになれるかということ

(MIDOMOON、女優:荻野みどりWebサイト)

長い間、生きていると、
いろんなものが蓄えられてくる。

経験も、知識も、モノも、お金(?)も…
そして、不要なものも…

でも、しがらみや未練があって、
なかなか捨てられない。

捨てるばかりがいいとは言えないけれど、
シンプルに生きた方が、
もっといろんな可能性や出会いが見えてきて、
いいこともあるように思う。

そして、捨ててないことによって、
その中に埋もれている「いいもの」に
出会えなかったりもする…

今日は、仕事の疲れを休めながら、
シンプルな生き方、見つけてみては…


【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年4月23日

人は、人生から、 自

人は、人生から、
自分が求めたものしか受けとれない。

(成功の掟、マーク・フィッシャー)

長女の貴重な経験。
お金を貯めていた彼女は、
以前から欲しかった筆箱を買いに行った。
その日、残念ながら、売り切れで、
「待っていたら、そのうち、また入るよ。」
と、私は教えたが、彼女は別のものを買った。

数週間後、私の予想通り、筆箱は入荷された。
しかし、その日、
ちょうど50円足りない所持金だった彼女は
ガッカリ…

そして、自覚に至る。
「あの時の私は、
 ただお金を使いたいだけだった。」
のだと。

私達の人生においても、
同じような間違い、求め方をしていることがある。

自分が求めているものを見失ったり、
本当に求めているものが分かっていなかったりする。
それさえ分かって、それだけを見つめれたら、
ほとんどの人が、夢をかなえられるだろうが…

世の中、幸か不幸か、心を刺激する情報は、
あふれるばかりに押し寄せてくるから、
残念なことに、それを見失ってしまう…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年4月20日

答えはすべて「自分自

答えはすべて「自分自身」にあったんです。

(船井幸雄)

なぜ、うまくいかないのか、
なぜ、誰も協力してくれないのか、
なぜ、伝わらないのか。

誰しもが、こんな気持ちを持ったことあるでしょう。
自分の内面以外に、その原因があることもしばしばですが、
その前に、やはり自分を掘りさげてみることも重要です。

金曜日の晩見るとすれば、
FTV系の「ビューティ・コロシアム」を見ていたのですが、
昨晩は、新たにゴールデン枠に登場してきた
NTV系の「マネーの虎」を見てました。

どちらの番組もそうですが、
「どこかに、協力者は居る」
という原則を教えてくれているように思います。

金がなければ、金を出してくれる。
知識や技術がなければ、提供してくれる。
人が必要なら、人を出してくれる。

ただ、そんな協力者を動かすには、
やる気、アイデア、それを人に伝える力、
この3つが必要なんです。

金がない、技術・知識がない、人がいない、
この3つの「ない」は、
自分の夢を果たせない原因でなくなったわけです。

それを動かすだけの「答え」が自分にあるか、
自分を変えれるか、Shuも考えさせられた次第でした。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2002年1月22日

それがぼくには楽しか

それがぼくには楽しかったから…

(リーナス・トーバルズ)

ビル・ゲイツ、世界一の金持ち。
彼の名前を知っている人は多いだろう。

そして、リーナス・トーバルズ氏、
彼の名前を知る人は、
多くはないかもしれない。
しかし、インターネットを使っているすべての人が、
彼の恩恵を受けていると言っても、過言ではない。

じゃあ、彼は何したの? と言われて、
万人に分かるように説明するのは難しい。
もし、興味のある方は、
Yahoo!で検索してみて欲しい。

彼のしたことが全世界の人に受け入れられ、
成功したことの秘訣は、ただこれだけ。
「それがぼくには楽しかったから…」

おそらく、ちょっと「楽しかった」というレベルでは
ないのだ。朝から晩まで食べることを忘れるほど、
それが1日ばかりの話でなく、しばらく続くというほど
「楽しかった」のだ。

皆さんには、そんな「楽しい」仕事があるかな?

【参考】
生き方上手(日野原重明)

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