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2008年7月11日

今日一日を精いっぱい生きようよ。...

今日一日を
精いっぱい生きようよ。
生きていればさ、
きっといいことあるからさ。

(ドラマ「あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」)

生き恥という言葉があって、
この島国が、自分たちのことを
大日本帝国なんて呼んでいた時代には、
戦死することが名誉と洗脳されていた。

今思えば、
自分たちの支配欲のために、
国民を洗脳していた人々の方が、
正しい情報を隠すなんていう
恥さらしなことをしていたわけで、
(昨今の食品偽装と大差ない)

その洗脳に疑問を抱いて、
ひたすら生きて帰ろう
と思った人たちは、
恥ずかしいことなんて
何一つなかったのだ。

精いっぱい生きようとして初めて、
見えてくるものがある。

人の「生」というものは、
名誉、栄誉とか、恥、体裁とか、
そんな複雑なものと絡ませなくても、
健気に生きてるだけで、
価値があるはずなんだよね。

今の時代はそんな戦争はないけど、

ビジネスや商売のことを考えるのが
責任感のある厳しい姿勢で、
家族や介護のことを考えるのが
無責任で甘たれったことだ。

なんていう風潮はありそう。
大日本帝国時代の洗脳に
ちょっと似ているかもなって思います。

その時代に生きていた人々が
手に入れられなかったものを
しっかりと手に出来るチャンスを
目の前にしているのに、
それを手放させようという洗脳に
負けそうになっている現代の人々。

生きることの価値を、
シンプルに考えたいなと思います。


(参考)生きる意味を教えてください-命をめぐる対話(田口ランディ)

2008年7月 1日

過去の自分が今の自分を、...

過去の自分が今の自分を、
今の自分が未来の自分を
助けてくれるんだ!

(作者不詳)

自分と他人との関係で、
持ちつ持たれつ。

自分の中でも、
持ちつ持たれつ。

苦しい時には、
助けてくれるものなら、
どんなものからでも
助けられたい。

それが、すぐそこにある
自分の過去だったら、
手っ取り早くて、
ものすごくありがたい。

しかし、意外と、
そういうことに
気づかなかったりもする。

芸は身を助けると言って、
自分の長所が助けてくれるのは、
よくあることだけれど、

意外にも、自分の短所が
自分を助けてくれることもある。
あるいは、他人を
助けることもあるんです。
本人が知らないだけで。

それと同じように、
イヤだった過去が、
今の自分を助けてくれる、
なんてことは珍しくない。

本人が自覚していようがいまいが、
それは、まぎれもない事実なのだ。


(参考)できるやんか!―「人間って欠けているから伸びるんや」(中井政嗣)

2008年5月 9日

あいさつは...

あいさつは
自分があいさつをしたい人に
気持ちを届けるのみならず、

自分がどういう人間か、
人にどう序列をつけているかまで、
周りから同時に瞬時に観察され、
それが露呈する。

(日経BPサイト、遙洋子)

自分が見透かされているようで、
ちょっと恥ずかしくなる言葉だ。

まったく、
この通りだと思う。

わたしは高校生の頃に、
スーパーの魚屋さんで
元気なあいさつを身につけてから、
自分のあいさつはいいはずだ、
とおごっていたけれど、

もしかしたら、
最近はそうでもないかもな、
という気がする。

遙洋子さんの次の言葉も、
身にしみる。

「あいさつというものは面白い。
 相手を見下せば見下したように、
 媚びれば媚びるように、
 全身でそれを表現してしまいかねない。」

全身で、自分を表している。

顔見知りであろうがなかろうが、
その日初めて会った時に交わすのが
あいさつというもの。

これに、
相手への思いが表れるのは、
たしかに当然のこと。

あいさつされて当たり前、
と思うほどにはなっていないけど、
時々あいさつが面倒だと思うのは、
黄色信号だな。

アルバイト高校生の気持ちに返って、
あいさつをしたいものです。

今日も、見てくださって、
本当に、ありがとうございます!!


(参考)
いいとこどりの女 (遙 洋子)

2008年4月 3日

チェスは人生のようだ…

チェスは人生のようだ…

一番最初はすべての駒が揃っている。
そのままなら平穏無事だが、
それは許されない。
動き、自分の陣地から
出ていかねばならない。

動けば動くほど、
相手を倒せるかもしれないが、
自分も様々なものを失っていく。
それは人間の人生と同じだ。

(さまよう刃、東野圭吾)

この本のストーリーには、
犯罪を犯しながらも
少年法で守られる少年らと、
その少年らに娘の命を奪われて
復讐をしていく親が登場する。

ハリウッド映画のような、
かっこいい復讐劇ではない。
何が正しい裁きか、
ということを考えさせられる。

人は知らず知らずのうちに、
何かを失って、何かを得ている。

失いたくないと思って、
そのまま動かないでいても、
少なくとも、時間は失うことになる。

下手すると、
時間を失っているばかりか、
ほかのものをも失っていることに
気づかないでいたりする。

どうせ、失うのだ。

そんなことになっているのなら、
出て行って、動いて、
自分の手に入るものなら、
手に入れておいたほうがいい。

(参考)さまよう刃(東野圭吾)

2008年2月21日

思い出したら、…

思い出したら、
思い出になった。

(糸井重里)

明日から、ほぼ日サイトで
発売される本のタイトルだそうです。

思い出さずとも、
いつも覚えていることは、
思い出じゃない。

思い出さなければいけないほど、
時間が過ぎているとか、
いろんなことがあったとか、
どこか遠くに行っていたとか、
そういうことでない限り、
思い出は生まれない。

けれど、
自分と他人を比べても、
これまた思い出が違う。

自分にとっては
思い出だっていうことも、
他人にとっては
いつもいつも考えている
普通のことだったりするからね。

思い出は多いほうがいいのかな、
思い出は少ないほうがいいのか、
なんて比べっこも必要ない。

多すぎる思い出が、
悲しみを深めることもあれば、
少なすぎる思い出が、
後悔をもたらすこともある。

今朝は、記憶喪失になって
ふらーっと歩いていたところを
保護された女性のニュースがありました。

元々の性格にもよるでしょうが、
思い出せないとなれば、
きっと思い出したくなるはず。

思い出がないというのは、
自分という人間がないみたいに
感じることでしょう。

思い出し方さえ良ければ、
思い出はたくさんあった方がいいですね。


(参考)悪人正機 (吉本隆明、糸井重里)

2007年12月12日

あなたのいる場所はどこでも、…

あなたのいる場所はどこでも、
そこが入り口だ。

(カビール)

マサイさんからの投稿です。
「あなたがどこにいようと、
 そこがいつも正しい場所なのだ。
 (ジュリア・キャメロン)
 という言葉もあります。」

実は、自分がどこにいるのか、
それを知ること自体が
一番むずかしい場合もあります。

自分には、
どんな才能があって、
どんな才能はないのか。

自分は、
何をするのが好きで、
何をするのが嫌いか。

そういうことが分かれば、
きっと、入り口も見つかりやすい。
どこに進むべきかも分かりやすい。

前向きに、
プラス思考に考えれば、
ここにもチャンスがあるだろう、
ということは分かるけれど、
それを「見る目」がない。

ほとんどの人がそういう感じで、
入り口の存在に気づいていないだろう。

だから、いろいろなところに足を運んで、
自分探しをしたり、気づきを求める。
そして、気づいた気分にもなる。

「ここに来たから、気づいたんだ。」
そう思うかもしれない。

けれど、もっと大切なことに気づけば、
入り口が、チャンスが、どこにでも
転がっていたことをも知るだろう。

そういうことに気づくまで、
入り口の前をウロチョコするしかない。


(参考)成功のコンセプト(三木谷 浩史)

2007年10月31日

誰もやっていないことって、…

誰もやっていないことって、
いちばん、たのしいよ。
誰もやってないから、
すくなくとも、失敗がないもん。

失敗を、判定できる人が
いないんだから。
成功を、判定する人も
いないんだけども。

(ほぼ日、萩本欽一)

珍しく、今日の私は、
肩がこっている。
私にとっては、
1年に1回、あるかないか。

きっと、世の中で、
一番最初に肩こりした人がいる。

一番最初に、
風邪をひいた人、
りんごの皮をむいて食べた人、
スキップして歩いた人、
棒きれに石を当てて遠くに飛ばした人。

きっと、何にでも、
一番最初があって、
それを見た人たちは、
きっと笑ったと思う。

何やってんだ?

けれど、間もなくして、
そうすることの便利さや楽しさ、
面白さ、良さが分かってきて、
みんなが寄ってたかって、
もっと良くする方法を
見つけたに違いない。

もちろん、そんなふうに
何かをもっと良くしていくのも
楽しいけれど、

誰もやっていないことを
一番最初にやろうとする気持ちは、
失いたくないものです。
笑われても、からかわれても…


(参考)欽言力 (萩本欽一)

2007年10月13日

うんと集中すれば、…

うんと集中すれば、
全てが止まって見える

(紅色ヒーロー、高梨みつば)

こんなスピーディな時代でも、
集中していれば、
そんなに速くは感じない?!

きっと、そうだと思う。

誰にでも
集中力はあるけれど、

集中力っていうのは、
かなりムラがある。

それを気合だけで、
コントロールできる人
っていうのは、
すごい人だと思います。

今となっては
昔の映画の部類に入りますが、
映画「マトリックス」の
ラスト・シーン。

主人公ネオの目がとうとう開けて、
弾丸のスピードが止まって見える
っていうのがあります。
(止めた、という表現がピッタリかも)

自分の身に大変な危険が迫ったとき、
あるいは何らかの事故に遭ったとき、
目に見えるものが
超スローモーションに見える、
というのはよく聞く話です。

私でさえ、そんな経験があります。
中学生の頃、自転車通学していて
スリップして転んで、
体が投げ出されました。

ちょうど腹這いになって、
野球のヘッドスライディングを
するような体勢になり、
目の前を、砂利や小石が
スローモーションで過ぎ去っていきました。
あっという間の出来事のはずなのに…

今思えば、
「どんだけ大ケガするんだろう!?」
という恐怖の集中力だったんでしょうが、

その1/10でも、今あれば、
人生でかなりのことが
出来そうな気がします。

だからといって、
自分をいつも危険にさらすわけにも
いきませんから、私の場合は、
集中力に活かせそうな「好奇心」を
失わないよう、努力している日々です。

止まって見えるのは、
いつのことやら…


(参考)紅色ヒーロー(高梨みつば)

2007年9月 6日

悩んだ時はゆっくり…

悩んだ時はゆっくり
時間をかけて3回考える。

1度目に思ったことは
『その時だけの感情』
2度目に思ったことは
『前の気持ちを引きずっての答え』
3度目に思ったことは
『自分の本当の気持ち』

(引用元不明)

3回考えても、
行き着いた考えが
同じだとすれば、
考えられることは3つ。

一つは、短時間で考えたせいで、
3回とも、その時だけの感情。

二つ目は、考える世界が狭すぎて、
どう考えても、何も発展しない。

三つ目は、その3度とも正解。

さて、私は思う。
3度とも正解ということは、
ありえないと…

人間は考える前に、
何かを心に加えたら、
考えたことは少しずつ
変わってくるはずだから。
成長するとか…

もちろん、
料理と同じで、
素材を活かすために、
何も加えないで
結論を導き出した方がいい
ケースもあるだろう。

ただ、自分の考えたことが、
自分の素材か、思い込みかは
微妙なところ…

自分の考えについて、
他人事のように考えることが
出来たら、一番いいんだろうなぁ。


(参考)多発発想 アイデア・ダンプ (中山 マコト)

2007年4月11日

人は芸術品であるか、…

人は芸術品であるか、
または芸術品を身につけるか
のどちらかであるべきだ。

(若者のための警句と哲学、オスカー・ワイルド)

うまいことを言いますね。

美輪明宏さんの言葉を思い出します。

「みんながブランドになる
 可能性をもっているのよ。
 自分がブランドになれば、
 ブランドもの(の名前)なんて
 邪魔でしょうがない。」

この春から入学したり、
入社したり、異動した人は、
自分という人間を
分かってもらうために、
あれこれ頑張っていることでしょう。

自分をなんとか魅力的に映すために、
探したり、考えたりもしているはず。

新しい職場はどう?

なんて聞かなくても、
転勤した知人は、
それをネタにして、
ブログをちゃんと更新しています。
どんなふうに頑張っているかも…

ブログを見て、離れた知人の様子を
眺めている人は、
私以外にも多くいることでしょう。

わざわざ電話をかけて、
聞くまでのことでもない。
でも、ちょっとは興味がある。

そういうことを知るには、
ブログって、ホントいいですね。

って話がズレてしまいましたが、
自分の存在を認めてもらうためには、
いつの時代も同じことが必要。

自分自身に磨きをかけるか、
それとも、
自分に身につけるものを
あれこれ工夫するか。

どちらに自信ありますか?

あなたの居る場所では、
どちらが理解されやすいですか?

さて、どちらでいきますか?


(参考)幸福の王子(オスカー・ワイルド)

2007年4月 7日

百人の人にそしられても、…

百人の人にそしられても、
一人の正しい人に褒められるように。

百人の人に讃えられても、
一人の正しい人に笑われないように。

(黒木大尉の母)

什御さんからの投稿です。

先日、安倍首相が面白いことを
言っていましたね。

「ニュースはあまり
 見たくないけど、
 見ざるを得ないな」と。

自分の言った一つ一つの言葉で
揚げ足をとられる立場にいると、
そんな気持ちになるのも
分かる気がします。

世渡り上手になるためには、
周囲の声をまったく気にしないか、
周囲の声をうまく利用できるか、
周囲の声をコントロールできるか、
そのどれかが出来ないといけません。

心の底では、
数少ない「良い人」から
認められさえすればいいと思いながらも、
多数の声が気にならないわけでもない。

気にするという点で言えば、
百人を気にするのも、
一人を気にするのも、
同じようなことにもなりかねない。

笑われてもいい、
バカにされてもいい、
それくらいの気持ちでなくちゃ、
自分で満足のできることは
やり遂げられないと思います。

とにかく始めましょう。


(参考)いま伝えたい生きることの真実(竹田和平)

2007年2月25日

牛乳を飲む人より…

牛乳を飲む人より
牛乳を配る人のほうが
よっぽど丈夫だ。

(小出義雄監督[女子マラソン])

かむらさんからの投稿です。

ひねくれた「ものの見方」
かもしれないけれど…

健康になるために、
幸せになるために、と言われて
ススメられていることの中には、
生産者や販売者の企てがある場合も
少なくないと思います。

だからと言って、彼らだけを
責められるわけじゃない。

ある意味、
「健康病」「幸せ病」に
かかっている私たちも悪い。
だから、のせられてしまう…

昨今、テレビ番組の捏造で
話題になった「納豆」。

その捏造に、納豆メーカーは
関与していないようですが、
それが明らかになるまでは、
売れに売れたようで、
1月の売上は通常の1.7倍らしい。

食べるだけで健康になる。
飲むだけで丈夫になる。
身につけるだけで幸せになる。
部屋に飾るだけで成功する。

人それぞれにとって、
簡単に出来ることは違うけれど、
とりあえず、
簡単なことから始めたいのが人情。

苦しいことは続けられない、
って自分の弱さを分かってるから。

だったら、
目標もあきらめればいいのに、
あきらめきれないところもある。

人って、
目的地へ通ずる道の隣りを
突き進んでる場合って
けっこう多いかもしれませんね。


(参考)君ならできる(小出義雄)

2006年11月18日

世の中が、映画やドラマみたいに、…

世の中が、
映画やドラマみたいに、
正しい人と、悪い人の
2種類だったら、
どんなに簡単だろう。

ホントはもっと、複雑で、
わかりにくいものなんだ。
正しいだけの人間
なんていないし、
間違ってるだけの人間
なんていないはずだ。
だから、難しいんだと思う。

何が正しくて、
何が間違ってるのかなんて、
誰にもわからないんだ。
でも、人は何も選ばずには
生きていけない。
間違ってるかも知れなくても、
何かを選ぶしかないんだ。
私は、何を選ぶんだろう。

(TVドラマ「彼女達の時代」)

映画やテレビのセリフで、
「映画やドラマのように」
って表現されると、
なんか妙な感じがします。

けれど、ある意味、
映画やドラマって、
何かしら現実を感じるために
つくられていると思うんです。

現実のある面だけに
スポットライトを当てているかも
しれないけれど…

ハッピーエンドで終わって
私たちが喜ぶのは、
幸せになりたいという
私たちにある願望の「現実」を
象徴しているわけで…

悪人がやっつけられて
気分爽快になるのも、
自分の邪魔をするものを
取り除きたい思いの表れ。

多くの人々が生きていて、
そういうところに交わって
生きていく現実には、
やっぱり簡単でないことがあるけれど、
自分の行動は、結果的に
やるか、やらないかの
シンプルな選択しかなかったりします。

人は、
複雑に考えすぎれば、
選択できなくなる。
簡単に考えれば、
選択を誤ってしまう。

それが分かっていても、
どこかでバランスをとって
選ばなくちゃいけないんだよなぁ…

今日も、選ぶのだ。


(参考)お金と正義(神田昌典)

2006年11月 5日

人生が豊かになるのは、…

人生が豊かになるのは、
何を得たかではなく、
何を与えたかによります。

(ジョージ・アルバート・スミス)

昨日は3連休の2日目。
うちの娘たちは、
友だちとゲームセンターに
遊びに行ったらしい。

夕食には、
それが話題になりました。

UFOキャッチャーで、
お目当てのものをゲットするまで
500円つぎ込んだ友だちの話。

別のゲームに夢中だった
友だちの話。

それを見ているだけで
楽しかった、と言います。

「おまえ達は、やらないのか?」
と尋ねると、
やりたいとは思わない、という答え。
昔の私よりも、賢い…

ふり返れば、
私が娘たちと同じ年頃には、
ゲームセンターに行っては、
もらった1,000円のお小遣いを
あっという間に使い果たした、
という記憶がある。

何度行っても、
結果は同じだった。
もらうお金を増やしても、
遊ぶ時間がそれほど
長くなるわけでもなく、
何かを得られると期待しても、
結局、お金と交換したメダルとかも、
すってんてんになって終わった。

そんなことを考えず、
ただ遊んで楽しんだ時間だけを
思えばいいのに、
どうしても「何も残らない」ことが
気になった。

得ようとすれば、何も残らない。

いくらかでも長く生きた分、
そういうことが分かってきた気がする。
それでも、やっぱり、
得ようとしている自分がいる。

与えようとした時こそ、
自分に何かが残る。
これって、忘れやすいことです。


(参考)To LOVEる-とらぶる (矢吹健太朗)

2006年11月 2日

どちらがより不幸か…

どちらがより不幸かを
秤にかけて、
それで勝ったって…

嬉しくないよ…

(フルーツバスケット、高屋奈月)

幸せになる競争は、
なかなか厳しい。

と言うより、
そんなものが本当に
あるんでしょうか…

あると思っている人は、時おり、
幸せそうに見せる競争に
変えてしまう場合が少なくない。

だから、そこから
脱落した人の中には、
不幸そうに見せる競争に
走ってしまう人も出てくる。

要は、自分が注目されれば、
それで幸せだと思ってるから…

競争の中には、本当は
存在しないものもある。

勝手に踊らされて、
競争しているだけの場合も
あるんだろうなぁ。

幸せって、
誰かにあおられて、
その気になって
手に入るもんでもないけどねぇ。

私も、そういう傾向があるけど、
人間って、何でも勝負事に
変えちゃうところが
あるんですね。

とにかく、勝たなきゃ
気がすまないみたいな。


(参考)フルーツバスケット(高屋奈月)

2006年6月 5日

成人したこと自体で、…

成人したこと自体で、
進歩があったわけじゃない。
けれども、道標にはなった。

(英語)
Adulthood itself was not an advance,
although it was a useful waymark.

(ベイカー・ニコルソン)

毎日報道されるニュースが、
「大人って、たいしたことない」
というイメージを、
子ども達に植えつけている。

道標になるどころの話ではない。

もし、自分が大人になったら、
こんな大人にはならない、
っていうくらいの道標にしかなっていない。
それが現実の社会。

たとえば、
「君みたいな若い女の子が、
 こんなところで働いちゃいけない」
なんて言いながら、
そんなところに行っている大人に、
どんな説得力があるというのか。

先週末にあったFTV系テレビ番組
「世界がもしも100人の村だったら4」
において、13歳で妊娠した子が紹介されていた。
12歳、10歳の私の娘たちが、
いろいろ考える機会になったようです。

同時に、性教育をしたり、
身勝手な男もいることを教えたり
なんていう羽目にもなりました…。

出来ることなら、
私たち親が道標になれればいいけれど、
いろんな大人を見て、自分が成人した時に、
こんな大人になりたいな、
っていう自分なりのイメージが
浮かんでくれたらいいなぁと思います。

体が大人になるのは、けっこう簡単。
子供をつくれる体なら、もっと早いし…
けれど、心が大人になるのは、
そうはいかない。

大人になっているはずの人だって、
まだまだ…なんていうのが多いのだから。


(参考)佐賀のがばいばあちゃん (島田洋七)

2006年6月 1日

…流されればいいと僕は思う。…

…僕は言います。
「ずっとそれが続くもの
 ではありませんよ」と。
人生は川のように流れている。

幸せに向かって流れたり、
不幸へと流されたり。
その流れに逆らえないこともある。
ならば流されればいいと僕は思う。
何処へ行くのか分からない川の流れに乗る。
行き着く先が分からないからこそ人生。

ただし、自分の意思を持って
流されていくことが大事なんです。

(谷村新司、PHP文庫コラム)

oracionさんからの投稿です。

流される、といえば、
自分の意思をもたないで流される
ような悪いイメージがあったけれど…

そっかぁ。

自分の意思をもちながら、
流されることも出来るんだなぁ。

ちょこっと力を出せば、
乗り移ることができる陸地とか、
船とかにも目を配りながら、
流されていること。

人間は、そもそも
そんなふうに出来ているはず。

私のお気に入りの言葉です。

「何かに突き当たると、
 水は逆らうことなく流れを変えます。
 行く手を遮るものがないときでも、
 水はさまざまに回り道をします。
 わたしたちの体を構成する
 いちばん多くの要素が
 水であることを考えるなら、
 わたしたちにも同じ性質が
 備わっているはずです。」
 (何もしない贅沢、ヴェロニク・ヴィエン)

幸せの絶頂にあっても、
不幸のどん底にあっても、
それは流れの途中に過ぎない。

その場に浸りすぎて、
溺れないように気をつけるだけ。
そうすれば、また流れに乗れるから。


(参考)BEST(谷村新司)

2006年5月28日

名もない「行動」は、…

名もない「行動」は、
一人の「誰か」が
名づけたとしても、
まだ意味がない。

(英語)
Action without a name,
a ’who’ attached to it,
is meaningless.

(ハンナ・アレント)

お金になる行動には、
どんどん名前がついていく。

しかし、
お金にならない行動には、
名前のないものもある。

そして、どんな人にも、
お金にならない行動が
好きな一面があったりする…

人間らしくて、
いいことだと思う。

インターネット上の
行動のほとんどは、
そんなお金にならないものが
多いように感じる。

しかし、誰かが始めたことを
多くの人が支持し始めるから、
そのうち、名前が知られていく。

結局は、
人に支持されるまで
がんばって続けたことしか、
記憶に残らない。

記憶に残らないことは、
名前がないのと、
似たようなことになってしまう。

新しい行動を始める人には、
大きなチャレンジがある。
支持されなければいけない、
記憶に残らなければいけない、
名前を知られなければいけない。

これからも、どんどん、
新しい行動を生むことはできる。
あきらめずに、がんばりましょう。


(参考)人間の条件(ハンナ・アレント)

2006年4月25日

中途半端は命取りになる。

中途半端は命取りになる。

(黄金を抱いて翔べ、高村薫)

この本には、
こんな言葉もあります。

「生きるための仕事には、
 憎悪がなければならない。」

憎悪がなければ、
仕事が出来ないのか。
そんなぁ…とも思いますが、
なんとなく分かるような気もします。

ライバルには負けたくないとか、
あんな仕事は絶対やらないとか、
こんな仕事ぶりの自分じゃダメだとか。

人は、いっぱい味方がいるよりも、
敵がハッキリ見えている時の方が
やる気が出てくる。

負けたくない相手がいる時には、
中途半端で済ませるわけがない。

こんくらいでいいだろう…
って自分を甘やかしてしまう環境から
逃げなくちゃいけない。

何かの判断をする時にもそうだ。
生半可に知っているもんだから、
おかしな判断をしちゃったりする。

やるなら、ところん。
やらぬなら、近づかない。

それくらいの決心で、
物事と向き合いたいものです。


(参考)黄金を抱いて翔べ(高村薫)

2006年3月16日

少しで満足させるのは難しい。多く…

少しで満足させるのは難しい。
多くで満足させるのは無理だ。

(英語)
To be satisfied
with little is hard,
to be satisfied
with a lot is impossible.

(マリー・エヘンバッハ)

人は、
少しでも多くでも、
満足できない。

とすれば、
どうすれば満足できるのか?
多分、この問いが間違っている。

正しくは、
誰が満足できるのか?
だろう。

あまりにも目標が低くて
現状に満足しちゃってる人が、
いいわけではない。
きっと、そのうち、
その現状が壊れるから…

だからと言って、
世の中を見渡しても、
強欲な人が
満足しているようでもない。

なんか、難しい。
満足できる心っていうのも、
自分を高めたい心っていうのも。

ちょっとズレると
違うものになりそうだから、
その時はいいと思っていても、
満足でいない日が来るんだろう。

不満すぎても、
満足すぎてもダメってことかぁ。


(参考)千円札は拾うな。(安田佳生)

2006年2月11日

価値のある良いことは、…

価値のある良いことは、
時間も手間もかかること。

(ターシャ・テューダーの言葉)

急いで手に入れたい
成功があります。

楽につかみたい
名誉もあります。

与えてもらいたい
幸せもあります。

その通りに叶う人も
いるでしょう。
もちろん、
それが悪いとばかりは
言えません。

しかし、人によっては、
そこから落ちていく人も
いるようです。

価値あるものを
手に入れるために、
それに見合う対価を
自ら出したという実感がないと、
どこかで勘違いしちゃう
ということでしょうね。

仕事ばかりでなく、
何か目標を目指していて、
なかなか辿り着けない時には、
「それが本当に価値あるものか」
と考える機会になるから、
いいかもしれません。

時間も手間も
かかればかかるほど、
価値が高まっていく。

逆に、
それだけの価値がなければ、
やめた方がいい。

人生って、
よく出来ているもんです。


(参考)思うとおりに歩めばいいのよ―ターシャ・テューダーの言葉

2005年9月 5日

あなたが、自分を価値ありと思うまでは、…

あなたが、自分を
価値ありと思うまでは、
自分の時間についても
価値ありとは思わないでしょう。

あなたが、自分の時間を
価値ありと思うまでは、
その時間で、(価値あることを)
何でもやろうとはしないでしょう。

(英語)
Until you value yourself,
you won’t value your time.
Until you value your time,
you will not do anything with it.

(M・スコット・ペック)

何か仕事を人に任せるというのは、
自分の時間を増やすためには、
とてもいいことです。

しかし、一つだけ、
見落とす可能性のあることを
見つけました。

任せることによって、
自分を身軽にすることばかり考えると、
その仕事が本当に必要なことかどうか
を考えなくなってしまうことです。

なおかつ、それを任せられた側も、
本当に必要かどうかを考えずに、
仕事をこなしているならば、
必要以上に忙しくなり、
本当に価値あることに
時間が注げなくなります。

自分を、自分の時間を
価値ありと思ったのならば、
他人を、他人の時間も
価値ありと思わなければいけません。

それが、他人にも、
効果的に動いてもらう
ための秘訣です。

私だって、そうですよ。
私の時間を大切に思ってくれる人となら、
いっしょに仕事でも何でもしたいですが、
そうでなければ、遠慮したいです。
正直なところは…

【参考】
時間とムダの科学(大前研一)

2005年7月 2日

…それがわからん者は気がついたら、人生の大失敗…

人生を左右する
重要な選択というものは、
なんの変哲もない日常に
常に現れてくるものだ!

それがわからん者は
気がついたら
人生の大失敗を犯している!

(卓球社長、島本和彦)

変哲のない事柄は、
どこにでも転がっている。
だから、ほとんどの人が、
それから何も得られない。
というか、得ようとしない。

しかし、ごく一部の人は、
その変哲も何ない中に、
別のものを見つけて、
判断を誤らないものだ。

そして、面白いのは、
日常の、変哲のないものだから、
日常では、何の効果も見えない。

けれども、いざという時に、
自分の引き出しが登場してくる。
そこに、何か入っているのか、
それとも、空っぽなのか。

もし、空っぽだとすれば、
そこでの失敗が明らかになる。
だが、ここでも、
本質を見失ってはいけない。

それは、空っぽだと
分かった瞬間なだけで、
本当の失敗は、もっとさかのぼる。

やっぱり、日常の「ものの見方」に
あるんだよなぁ。変哲のないものから、
どれだけのものを見つけて、
引き出しに入れてきたか、ということ。

そう考えると、失敗の見方も
変えなければいけないことになる。
それこそ、日常には、
小さな失敗から大きな失敗まで、
いろんなものがありますから、
単に、うまくいった、いかない、
勝った、負けただけでなく、
その裏側にあるものを見ていないと、
ずっと失敗続きになるでしょうね。

【参考】
マンガ・卓球社長(島本和彦)

2005年6月29日

きのうと同じことをきょうは繰り返すまい。…

きのうと同じことを
きょうは繰り返すまい。
どんな小さなことでもいい。
どんなわずかなことでもいい。

(松下幸之助、大切なこと)

知人のおじさんに、
家を出て所帯をもった
一人息子がいる。
その息子さんには、
もう高校生になる子供たちも
いるらしい。

先日、そのおじさんに、
息子から電話が入った。
その内容は、奥さんの身内に、
お金をねだる人間がいるために、
電話番号を変えるから、
これからは職場に電話してくれ、 
とのこと。

実は、それに似た内容の電話は、
以前にもあったらしい。
おじさんは怪しみながらも、
心配している。

今の時代、インターネットと
通話料金節約のために、
IP電話に変えるとかの理由なら
ありえるだろうが、
私が考えても、その理由は妙だ、
と思っている。

そして、そんなことが、
二度、三度と同じ繰り返し。
借金とか何か、同じ過ちを
繰り返している臭いがする…

幸い、私は、
同じことをするのが
嫌いな人間である。

たとえば、毎日更新している
このサイトやメールマガジンに、
下書きなんかはない。

直接、パソコンに文章を入力して、
考えながら、修正しながら、
完成させていく。だから、
それなりの時間がかかる。

すると、やはり、事故が発生する。
一つは、機械のせい。
強制終了が突然起きれば、
何もかも消えてしまう。ああ~。

もう一つは、私のせい。
別のボタンをクリックしてしまう。
誤って削除ボタンをクリックしたり、
やったつもりがやっていなかったり、
思いがけない新鮮なことを、
私自身がよくやってしまう。

そうすると、また、
最初から文章を作り直すわけだが、
同じ文章は、もう書きたくなくなっている。
仮に書くとしても、
同じようには書きたくない。
よっぽど、うまく書けた文章でない限り、
別の切り口や流れにすることを好む。

誤って消えたとはいえ、
同じことをするのはムダだ、
とアタマでは思っているらしい。

毎日同じ時間に同じことをするとしても、
継続は力なり、だとはしても、
その継続するなかに、
昨日とは違ったエッセンスを含まないと、
それをする自分が飽きてしまうもの。

それを感じ続ける人間でありたいです。
感じなくなったら、終わりだな、私は。

【参考】
もっと大切なこと(松下幸之助)

2005年4月13日

真理は変わらないが、知識は変わりやすい。

真理は変わらないが、
知識は変わりやすい。

(英語)
Truth is eternal,
knowledge is changeable.

(マデリン)

知識は変わる?

ん?と思いました。

一度知ったことは、
ずっと価値のあるような気が
していたのですが、

なるほど、
今なお、何かを学んで
吸収している自分を見れば、

知識が陳腐化したり、
変わっているからだ
と分かります。

必要とする知識が
変わるせいもありますが…

価値はあるけれど、
ずっと通用することではない。

だから、
変わらない「真理」に通じる、
途中の「知識」だと思って、
学んでいく気持ちが必要。

そうでないと、
知ったことに安心してしまい、
そこで止まってしまう。

真理なんて知りたくない、
真理なんか本当にあるのか、
なんていう気持ちも
出てくるかもしれませんが、

自分が知っていることだけに
自分の行動が限定されて、
失敗とならないよう、

自分や、人類が知らない
もっと大きな知識体系があることを
(それを、真理と呼ぶかは別にしても)
認めても、損はないと考えます。

いずれにしろ、何かを知ったら、
「変わらないところは何か?」
と自問するのがいいかもしれません。

【参考】
聖書(口語訳・小型)

2005年2月20日

死ぬことは、生きることの一部だ。

死ぬことは、
生きることの一部だ。

(映画「フォレスト・ガンプ」)

これを、
2つの意味で理解したい。

1つは、残された人にとって。
大切な人の「死」というのは、
次の瞬間から生きることについて、
間違いなく、何らかの意味を与える。

もう1つは、
人が魂や霊として、
ずっと存在すると考えた時。
そうなると、当然のごとく、
自分の「死」は、
その中の「ある時」でしか
なくなる。

それを受け入れるか、
否定するかは別として、

「死」で終わりでなく、
その後も、何らかの意味で
続くことがあると思えば、
生き方は変わってきますよねぇ。

人は、終わりがあると思えば、
がんばれることもある。

しかし、もし、
間違った「終わり」を
勝手に思いこんで進めば、

「終わった」と思った時には、
不要な敗北感や、
勘違いな達成感を抱くことになる。

後になって、
終わっていないことに気づき、
もう一度やる気を起こす必要が
出てきたときには、
一度冷めた心を奮い立たせるわけ
だから、けっこうたいへん
だったりするものだ。

「終わり」について
勘違いしてはいけないなぁ、
と思います。

終わって欲しいとは思っても、
なかなか終わっていないことって、
けっこうありますからね。

【参考】
映画「フォレスト・ガンプ」

2005年2月16日

「さびしさ」をキーワードに、自分を、…

「さびしさ」をキーワードに、
自分を、生きることを
考えてほしい。

(雑誌「クロワッサン」、伏見憲明)

さびしいのはイヤ、
でも面倒くさいのもイヤ。

さびしさをまぎらわそうと、
いろんなものを集めたり、
いろんなものに関わったりすると、
面倒なことが増えるのは事実。

結婚や子育てというものだって、
考えようによっては、
そんなふうに受けとめる人が
いても、おかしくない。

それが「自分のため」だよ。
と思って、
その面倒くささを避けながら、
さびしさもまぎらわせている。

というケースも
ありえるだろう。

でも、さびしい時には、
本当にさびしいんだよね。

虚しいとか、悲しいとか、
時にはそれを乗り越えて、
怒りにもなったり。

いろんな感情が、
そこから始まって、
自分の生き方に
なっていたりする。

目標があれば、
さびしくないかと言えば、
結果的に、というのはもちろん、
それを達成している最中でさえ、
自分を満たして
くれないものもあるわけで。

さびしさとは、
やっぱり、ちゃんと
向きあわないと…

逃げてばかりだと、
大切な人との関係も、
壊してしまうかもしれない。

それに、さびしさは、
悪いものとは限らないし。

【参考】
「さびしさ」にメゲない心理学―精神科医が語る

2004年12月17日

顔は名刺。化粧とは…

顔は名刺。

化粧とは、それを
相手に気持ちよく
渡すための工夫です。

だから鏡をよく見るのが大事。
自分をよく知り、
自分の見せ方を考える。

(岡野宏、asahi.comにて)

なんか、
誤解もあるかもしれない
微妙に難しい言葉のように
思います。

ただ、政治家や俳優さんなど
10万人の方のメイクを
担当してきた方が言う言葉だけに、
説得力はありますよね。

うちの10歳の娘も、
化粧をしたがります。
しかし、それは、
「自分の見せ方」を
考えたものではなく、

ただ、誰かの真似をして、
塗りたくっているだけ…かな?

実際、大人になっても、
「自分の見せ方」を
研究せずに化粧していると
思われる女性も
少なくないように思います。

オバちゃんたちの化粧と、
すっごい若い子たちの化粧に、
それが多いのは、「見せ方」
を失っているんでしょうね。

「やり方」だけを
追求しすぎて…

男は化粧はせずとも、
鏡は見ないといけないですね。
それが「見せ方」の研究。

女性の方、男性の方、
いかが思います?

【参考】
一流の顔(岡野宏)

2004年7月12日

あなたが何かする必要がある時、それは、…

あなたが何かする必要がある時、

それは、他の誰もが
それをしようとしない時と、

人々が「そんなの出来っこない」
と言っている時だ。

(英語)
The time when you need
to do something is
when no one else is
willing to do it,
when people are saying
it can’t be done.

(ウィル・デュラント)

赤信号、みんなで渡れば怖くない。
というレベルが、人間にとって、
一番楽なのは知っている。

「みんながやっていたから」
という理由は、理由のようで、
そうでないから。

自信がないとき、
または本気でないときは、
「そんなの無理だよ」
と言われると、安心したりする。

楽なのが本当にいいのか、
安心できることが一番いいのか、

そして、その結論は、
時間が経った後も有利な結果を
もたらしてくれるのか。
そんな問いが必要かもしれない。

人を説得する時には、
こんな言葉もある。
「そんなこと、誰もしないよ。」
「そんな格好、誰もいないよ。」
「そんな人、見たことないよ。」

追い詰める方法だ。
たとえば、自分の子どもを、
そんな方法でいつも躾けていたら、
いいわけがない。

必要か必要でないか、
正しいか正しくないか、
やりたいかやりたくないか、

そこにたどり着く前に、
「人にどう見られるか」
という考え方だけで
生きることになるからなぁ。

私だったら、そんな考え方に
一生しばられるなんて、
やっぱりイヤだなぁ。

そのためにも「何かする時」を
見逃さないようにしたい。

【参考】
ブランド人になれ!(トム・ピーターズ)

2004年7月11日

この世で一番哀れな人は、目は見えていても…

この世で一番哀れな人は、
目は見えていても
未来への夢が見えていない人だ。

(ヘレン・ケラー)

なんて、かわいそう…
と人が思うのは、
自分が持っているのに、
その人が持っていない時。

なんて、幸せな人…
と人が思うのは、
自分が持っていないのに、
その人が持っている時。

しかし、事実は違うかもしれない。

持っている
持っていないに関わらず、
その人は、幸せだったり、
幸せでなかったりする。

見えない、聞こえない、話せない
そんな三重苦をもつ
ヘレン・ケラーを見て、
ほとんどの人はかわいそうと思う。

しかし、彼女は
そう思っていなかったようだ。
というか、
サリバン先生などの助けによって、
そういう見方を捨てて、
生きることができるようになった。

そういうヘレン・ケラーから見れば、
夢が描けずに、ただ生きている人々の方が
かわいそうに見える。

しかし、同じように、
本人たちは、そうは思っていない。
ただ、いつか、
気づく時が来る可能性はとても高い。

「かわいそう」
「うらやましい」
もしかしたら、
自分のモノサシ、またはメガネで
勝手に思っているだけのことかも
しれない。

時には、そんなものを捨てて、
まず、自分の夢を見つめることが必要。
そう思う。

【参考】
幸せな宝地図であなたの夢がかなう(望月俊孝)

2004年7月 9日

人生は足し算だと思っていました。…

引き算の人生

人生は足し算だと思っていました。
学校へ行って新しいことを勉強し、
できなかったことができるようになる。
友達をつくる。
知識や技術を身につける。
働いてお金をもうける。
服を買う、車を買う、家を建てる。
足りないものは足していく。

知識、学歴、資格、お金、
持ち物、人間関係、
なんでも多ければ多いほどいいと
思っていました。
人生は足し算でした。

うつ病になって、
なにもできない惨めさを知りました。
仕事はおろか、起き上がることも
できません。
電話に出るのも、
人に会うのも苦痛になりました。

今までできたことが、
できなくなりました。
やりたくてもできないこと、
どんなにしたくても、
やってはいけないことも
増えました。

それから人生は引き算になりました。
たくさんあることの中から、
ほんとうにしなければならない
ことだけを残す引き算です。

大切なことと、どうでもいいこと、
どうしても私がしなければならないことと、
ほかの人に代わってもらってもいいこと、
時間をかけてしたほうがいいことと、
手を抜いてもいいこと、
少しずつ見分ける知恵がついてきました。

わたしにしかできない、
ひとにぎりのことを
心をこめてする。
引き算の人生も、
悪くないと思います。

(傷つきやすいあなたへ、木村藍)

この文章から抜粋して、
引用をしようと試みましたが、
何度読んでみても、
分けられないなぁと感じ、
これだけ長くなりました。

自分が調子いい時、
健康な時、元気な時は、
「足し算の人生」ばかりが輝いて見え、
それを目指すのが当然だと思って、
生きていきます。

おそらく、社会全体が、なんていうか
「シンデレラ・ストーリー」
「アメリカン・ドリーム」のような成功に、
憧れているからでしょう。

なかったものが、あるようになった、
という感じのもの…

最終的に「ある」ことが
ハッピーエンドとされていますから、
「元に戻って、ないまま、
 質素なまま暮らしましたとさ」
で終わることが美にはならないわけです。

ただ、いっとき風向きが変わると、
「引き算の人生」に慣れることも
必要になってくるわけで、
それを否定して見栄ばかり張って、
「足し算の人生」を目指してばかりいると、
自分の首を絞めることにもなりえます。

 何を始めるのかも大切だけど
 何をやめるのかも大切
 (心が元気になる英語のことば、ジオス出版)

自分に素直になって、
本当はやめたい自分の心の叫びにも、
気づく必要があるかもしれません。
心が壊れない前に…

【参考】
傷つきやすいあなたへ(木村藍)

2004年5月23日

神が…変えるの?

「神が…変えるの?」
「そうだよ。しかし自力でも変わる」

(英語)
Did God make this change?

Certainly.
But did they change themselves?
That is the question.

(映画「マスター・アンド・コマンダー」)

映画のなかで、
身体を木の枝のように
進化させた昆虫について
12歳の士官候補生と船医が、
会話する場面のセリフです。

私たちは、何かしら
超自然的なことが起きた時に、
見えない大きな力を感じます。

鎌倉時代には、
そんなことを「神風」と言ったり、
経済用語では、
「見えざる神の手」と言ったり…

大きな力を感じる時に、
人は「神」という言葉を
引き出してくるようです。

しかし、それと同じような力が、
人の手の努力によってだけ
現れたように見える場合もあります。

そこらへんは、
何を信じるか信じないか、
どう感じたか感じなかったか、
も関係してくるかもしれませんが、

世の中には、
いろんなことが起きるものです。

見えない大きな力と自分で変わる力。
2つがあったら、いろんなことが
乗りこえられそう…

どっちも持っているんだ、
と信じて、突き進みたい。

【参考】
映画「マスター・アンド・コマンダー」

2004年5月 4日

「…どう死んだ?」「どう生きたかをお話しましょう」

「…どう死んだ?」
「どう生きたかをお話しましょう」

(映画「ラスト サムライ」)

話のどこを尋ねるか、
話のどこを答えるか…

その人となりが分かります。

ただ、それは言葉だけの問題でなく、
本当の関心や人間性が
現れたりすること。

「何歳?」
「仕事は何してますか?」
「どんな本を読みます?」

初対面の人などに、
思わず尋ねてしまうこんな質問に、
本当の興味のありかや、
逆に何の興味もないことが
見えたりします。

「どう死んだ?」
「どんなふうに生きた?」

似ているような質問だけど、
人間にどれだけの興味をもっているか、
本当のところがわかるように思います。

ものごとの本質に、
興味のある人間でありたいな、
と思います。

【参考】
映画「ラスト サムライ」

2004年3月11日

大切なのは、どう見えたかじゃなく、…

大切なのは、
どう見えたかじゃなく、
本当はどうか、なんだよ。

(ピーボディ先生のりんご、マドンナ)

見栄には、いろんなものがあって、
自分を「見せる」タイプも、
それぞれ分かれる。

幸せそうにとか、
金持ちのようにとか、
高学歴のようにとか、
うまくいっているようにとか、
いい仕事をしているようにとか…

「見せる」ことばかりに
こだわり始めると、
ほんとうの自分をどこかに、
置き忘れたままになっていく。

すると、思いがけず、
自分でない誰かから、
「本当のおまえは、これだろ」
なんて突きつけられたりすることも。

「やっぱり、そうだよな。」とうなずき、
「見せたい自分」と「ほんとうの自分」を
ミックスさせられる人もいれば、

「そんなこと、ないよ。」と
否定ばかりしているうちに、
「見せたい自分」も「ほんとうの自分」も
手にできなくなる人もいたりする。

自分のなかにあるそんな気持ちが
分かってきたら、こんどは、
他人の「見せてる」「ほんとう」も、
見えてくるかもね…

見えてきたら、
人生、かなりうまくいくと思う。

【参考】
ピーボディ先生のりんご(マドンナ)

2003年12月11日

確信で始めた人は、疑いで終わる。…

確信で始めた人は、
疑いで終わる。

あえて疑いで始めた人は、
確信で終わる。

(英語)
If a man will begin
with certainties,
he shall end in doubts;

but if he will be content to
begin with doubts,
he shall end in certainties.

(フランシス・ベーコン)

なんか、面白い言葉。

信じたいことがあるとき、
人は妄信したくなる。

それで一度傷つくと、
今度は、疑ってばかりいる。

でも、この2つは、結局同じこと。
望みどおりをとことん妄信するか、
それを無理だということを妄信するか、
そのどちらかだけ。

そんな信じ方、疑い方なら、
いつまで経っても、
信じることの意味、
確かなものの意味なんか、
分かるわけがない。

思い込みに囚われているだけだから…

そう考えると、
どちらの可能性も認めたうえで、
物事を見たり、人を見たりすることって、
けっこう難しいことなんだよね。

人生は、飛び込み営業みたい。

1つ1つのドアをノックしていくんだけど、
前のドアと次のドアの人は、
まったくの別人。

こちらが前のドアの記憶を引きずり、
勝手に思い込んで、応対していたら、
通じる心もすれ違ってしまう。

あえて疑ってみる、といういのは、
疑心暗鬼、人間不信とは違う。

いろんな可能性を認めて、
人と物事と付き合うこと。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年12月10日

自分自身を信じてみるだけでいい、…

自分自身を信じてみるだけでいい、
きっと、生きる道が見えてくる。

(英語)
Just trust yourself,
then you will know how to live.

(ジョアン・ウォルギャン)

信じてみるって、最初は、
想像力だと思う。

とんでもないこと、
たわいもないこと、
叶いそうにないこと、
他人にはバカにされそうなこと、
そんなことがイメージできる力。

人間不信って言葉があるけど、
多分、誰よりも信じれないのは、
誰かを信じている自分なんだ、と思う。
そんな自分が想像できない、
イメージできないのだろう。

人に頼って、あるいは人に頼られて、
何かをしている自分が、
信じられない。

そうなると、
自分自身を信じることさえ、
けっこう難しくなるかもしれない。
いつか、どこかで、何かによって、
自分の道が邪魔されるような気がして…

でも、本当は違うと思う。

自分を信じて、
自分の精一杯を体現して、
何かに取り組んでいる人には、
助ける人、賛同する人が
集まってくるもの…
自然に、どこからか。

今は、それに程遠くても、
それをイメージできる想像力が、
あって欲しいと思う。

そこから、道が見えてくることも
あるだろうから。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年12月 8日

人間は平等さ。生まれながらということでなく、…

人間は平等さ。
生まれながらということでなく、
違いを生み出せるという素質で。

(英語)
Men are equal;
it is not birth but virtue
that makes the difference.

(ボルテイリ)

世界は狭い。
本当にそう思うことがある…

と同時に、
そう思えるようなところにしか、
自分がいないから、
という理由が見えてくる時もある。

自分という人間と、
あまり違わない場所だけ求めていると、
当然のごとく、世界は狭くなる。

そして、違いや個性を否定し始め、
ますます、自分は固まってくる。
そして、自分のなかに、
新しい違いをつくること自体、
出来なくなってくる。

今慣れていること、
今好きなこと、
今これだと思っていること、
そういう確固としたものがあるとしても、
まだまだ、それとは違ったものを
生み出せる素質が自分には
あるかもしれない。

そして、他人にも、
そういう素質がある。

それを認めることによって、
もっと生き方の幅が広がるんじゃ
ないだろうか。

そんなふうに思う。

逆に、年を重ねても、
そんなふうに思える人は、
幸せだろうな、と想像できる。

そうなりたいな。

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年10月19日

私の人生が、私のメッセージです。

私の人生が、私のメッセージです。

(英語)
My life is my message.

(マハトマ・ガンジー)

口で何か伝えようとしなくていい。

私たちの生き様自体が、
何かをそのまま伝えている。

そんなはずはなかった、
そんなつもりはなかった、
そんな言い訳もいらない。

伝わったものは、伝わったもの。
それでいいじゃない。

でも、これだけは考えたい。
その伝わったものは、
本当に伝えたかったものか。
生き様のメッセージとして
選ぶに値するものか。

「私は、自分だけが
 エライと思っているよぉ」とか、
「私は、ビクビクしているよぉ」とか、
「私は、楽したいよぉ」とか…

伝わっちゃうんだよ。

ま、相手の感性とのからみも
あるだろうけど、生き様は、
正直に自分を伝えちゃう。

人生はメッセージそのもの。

だから、
人生のムダをなくするとか、
要領よく生きるとか、
そういう次元の話でなく、

今伝わっている生き様が、
本当に伝えたいことなのか、
っていう次元から離れちゃいけない。

それを大切にしようよ。
それだったら、
変えられる可能性もあるし…

【参考】
生き方上手(日野原重明)

2003年9月15日