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« 批判・中傷 | メイン | 時間の大切さ »

2010年2月17日

試練は呼びかけ...

試練を通じて人生を
輝かせることができた人々には、
共通した生き方がある。

それは、
「試練は呼びかけ」
と受けとめる生き方。

(試練は呼びかける、高橋佳子)

なーんにもなければ、
なーんにも声をかけられなければ、
わたしたちは、
普段どおりの道を歩いて、
前を向いて生きていける。

けれーど、
なーんにもない、
なんてことは、めったにない。

必ず、立ち止まられたり、
後ろを振り向かされたりする。

そして、気づかされる。

このまま進んだら、
どうなるか?とか、

どんな人(もの)が
邪魔してくるか、
どうして邪魔してくるのか?とか、

考えさせられながら、
前に進もうとする。

うまく前に進めなくてもいい。

その呼びかけがあって、
気づかされて、
また、別の自分を
見つけることができれば、
それはそれでいいじゃないか、
と思います。

試練のたびに、
うまくいかないことが
増えていくような気になっても、
それが現実なのだから。

試練のせいにしたところで、
どうにもならない。

試練がなく、
今という瞬間は過ぎたとしても、
いつか、別の試練でぶち当たる、
という問題が、いっぱいあるんだ。

そう思って、
試練の呼びかけに
立ち向かっていけたらと思います。

(参考) 試練は呼びかける(高橋佳子)

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2009年12月28日

人間はな、人生という砥石で...

人間はな、人生という砥石で
ゴシゴシこすられなくちゃ、
光るようにはならないんだ。

(路傍の石、山本有三)

ちょっと渋い、
いい言葉ですね。

昨日は、
女子フィギュアスケートの
全日本選手権にて、
浅田真央ちゃんが見事な滑りをして優勝。
年明けのバンクーバーオリンピックに向けて、
期待を感じさせる姿を見せてくれました。

新聞、ニュースでも
今日は話題となっていることでしょう。

最近の大会では、
結果が振るわず、
オリンピックの出場権を
確実にできていませんでしたから、
砥石にゴシゴシこすられていた
ようなもんだったのではと感じます。

わたし自身も、
たしかに、毎日毎日、
こすられている気がします。

自分では、かなり厳しく
こすられているとは思っていても、
世の中には、もっと乱暴に
こすられている人もいることでしょう。

それを思えば、
まだまだゴシゴシ
こすられる必要があるな、
って認めます。

一度こすられれば、
その後ずーっと
光っていられるわけでなく、

また汚れたり、
鈍くなったり、
デコボコになったり、
さびたりする部分が出てくる。

だから、また、
こすられる、こする。

こすられるのを待つ生き方もあれば、
自分からこすられるものに
身を投げ出していく生き方もある。

こすられて光る。
誰にも、まだまだ、
光る部分があると信じたい。

(参考)路傍の石(山本有三)

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2009年10月 6日

明らかに自分と意見の違う人...

明らかに自分と意見の違う人がいる。
それは、理不尽にさえ思えるかもしれない。
でも、その人にはその人の理屈と理由と
事情と価値観があるはずなんです。

そして、自分ができないことをできたり、
自分の知らないことを知っていたりする。
そのことに対して、敬意を持つこと。
この敬意を持てるかどうかで、
はたらくことに対するたのしさやおもしろみが、
大きく変わってくるような気がします。

(ほぼ日「星空の下の仕事観。」、岩田聡)

あまり近づきすぎると、
意見の違いというのは、
腹が立ってくるものです。

あるいは、
自分のやることに
大きく影響を与えるものなら、
なおさらです。

その人の意見が変わるだけで、
自分の行動も左右される時は、
その違い、変化が、
かなり悩ましいものになるでしょう。

自分より物事を知っている、
自分よりやれることが多い、
という上司、先生、先輩、親...、
そういう存在は、
少なからず、自分の邪魔を
しているようにしか見えないことが
多いかもしれません。

実際、私も、
そんな存在だろうなぁ...

邪魔しているわけじゃない。
ただ、違った頭で、
別の思考ルートで、
自分とは違う考え方をしているだけ。

相手が、いくら、
「この意見が正しいんだ」
と押し付けてきたとしても、

そこに反応しなければいい、
のだと思います。

自分の心のなかで、
逃げ道をつくる。

とりあえず、この人は、
自分は正しいと思って、
意見を言ってきている、
そういうちょっと距離を置いた捉え方。

それさえ出来れば、
意見の違いは、気楽なことかも。

ただ、自分の行動すべてを
自分の思い通りにしたい、
という人には無理でしょうけどね。

(参考)はたらきたい。(ほぼ日、糸井重里)

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2009年8月17日

お偉いさんというものは、...

お偉いさんというものは、
どこの世界でも同じで、
現場のことはろくに知らないのに、
マスコミを前にすると
舞い上がっちゃうんです。

(チーム・バチスタの栄光、海堂尊)

自分をお偉いさんだと
思っていなくても、
相手が誰であろうと、
舞い上がる人は
舞い上がります。

お偉いさんは、
ちょっとそこらへんが違う。
自分より下だと
思っている人間の前では、
舞い上がらない。

その人間たちのことを、
さっぱり分かっていなくても、
分かろうとも思わないだろうし、
分かる価値すら感じていない
かもしれない。

ところが、マスコミに限らず、
ひとたび、自分より上だと
思わされてしまう相手、
この人にどう思われるかが
自分の人生を大きく
左右するかもと思わされる相手の前に
立たされてしまうと、舞い上がってしまう。

本当に偉い人は、
そんなことはないでしょうけど、
中途半端に偉い人には、
必ず、もっともっと偉い人が
いるもんだから、そうなる。

現実さえ知っていれば、
そんなことはないはずなんでしょうけど、
自分と相手との間にある現実を
よく知らないから、そうなるんでしょう。

偉い人は、
現実を知らなくても
生きられるところがあります。

それは、他の人や、
偉い人の下の人が、
ちゃんとやってくれるから。

偉い人になっても、
いくらか現場を分かる人で
ありたいものです。

(参考)チーム・バチスタの栄光(海堂尊)

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2009年7月 5日

人は勝つこともあるし、...

人は勝つこともあるし、
負けることもあります。
でもその深みを理解できていれば、
人はたとえ負けたとしても、
傷つきはしません。

人はあらゆるものに
勝つわけにはいかないんです。
人はいつか必ず負けます。
大事なのはその深みを
理解することなのです。

(きみが見つける物語[沈黙]、村上春樹)

勝ち負けばかりを
気にする人間になると、

勝ったも負けたもない事柄についても、
勝手に負けたと思い込んで
すごく落ち込んだり、
勝ったと浮かれて有頂天になったり、
心はとても忙しくなります。

そんなんだから、
勝ったことの深みとか、
負けたことの深みとかを
理解するどころじゃなくて、

どうやったら、
勝って有頂天になれるか、
ずーっと考えるようになる。

そんなとき、
勝ち目がないと分かったら、
どんな行動に出るか。

もしかしたら、考えに考えて、
汚い手を思いつくかもしれない。
そして勝つために、
それを実行してしまうことも。

そこには、間違いなく、
深みなんてない。

そして、そういう人々は、
ひろーい世界で強くなり、
勝てる人間になれるわけじゃなく、

いつまでも、狭い世界で、
セコセコとした勝ち負けに終始し、
ずるいとか、だまされたとか、
そんな言葉が口癖になるんだろうなぁ...

本当は、
自分がずるかったり、
汚かったりするのに。

深みの分かる人間でいたいもんです。

(参考)きみが見つける物語

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2009年5月20日

仲間の能力の高さに...

仲間の能力の高さに
嫉妬できない仲良しグループは、
良い結果が残せない。

(日経ビジネス、仲代達矢)

嫉妬しながらも、
自分を高めようと
努力する人々が集まっている限り、
そのグループは、
たしかに成長すると思う。

嫉妬して、足を引っ張ったり、
邪魔をしたりするグループなら、
そのうち、消えるだろう。

せっかく、
グループとして存在しているのに、
他者を消そうとする傾向が強ければ、
存在し続けられるわけがないのだ。

嫉妬を感じたときに、
消したい気分に負けない、
っていうのは、
けっこう難しいと思う。

自分のものにならないのなら、
他人のものにもしたくない、
という衝動が、人の心の中に
生まれるのは珍しいことじゃない。

嫉妬には、
大きなパワーがあるのは事実。

人の能力を消すことも出来れば、
その同じ力で、
人の能力を生かすこともできる。

内心では嫉妬を感じながら、
仲良しの振りをしているグループも、
人の能力を消しちゃうだろうなぁ。

他人の目にまとまったように
見せるだけのグループには、

嫉妬と同じか、
嫉妬よりも手に負えない虚栄心が
根づいている可能性がある。

ともあれ、
嫉妬を感じるほどのライバルが、
近くにいるのは幸せなことです。

(参考)映画「大地の子」

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2009年4月 5日

人間、同じぐらいと思った人には...

人間、同じぐらいと思った人には
負けていると思ったほうがいい。

ちょっと負けてるなと思ったときは、
だいぶ負けている。

だいぶ負けているなあと思ったときは、
もうむちゃくちゃ負けているものなのだ。

(島田紳助)

この心理と事実、
分かるように思います。

たとえば、
スポーツの試合とかで
ライバルに負けたとする。
それも、ちょっとの点差で。

しかし、そのライバルがその後、
それまで自分が勝ったことのない相手を破り、
さらに勝ち進んでいく姿を見ると、
「私も、あそこまで進めたのになぁ」
と思ってしまう。

ちょっとの差で負けたように見えても、
実は、大きな差があるかもしれない。

そういう気持ちは、
大切だと思います。

逆に、大差で勝ったように見えていて、
ちょっとの差しかない場合もある。

いずれにしろ、
人は、自分の実力を
自分の願望通りにとらえたい。

そして、その結論に見合う事実だけを
集めて、注目してしまう傾向がある。

こんな考え方の人もいるだろう。
「下手でも礼儀正しい人が、
 いつかは強くなる。
 上手でも礼儀正しくない人が、
 いつかは弱くなる。」

当てはまる人もいるだろうが、
当てはまらない人もいる。

自分の好みの人間が
強くあってほしいという願望から
結論を出しているだけ。

好み、願望と事実は違う。

(参考)ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する(島田 紳助)

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2009年3月 8日

精神主義一辺倒では...

精神主義一辺倒では
なにも解決しない。

(NHKドラマスペシャル「白洲次郎」)

気合とか根性さえあれば、
立ち向かって解決できることに、
よけいな策を考えるのは
時間のムダだけれど、

気合とか根性では
どうにもならないことに、

「気合だ~」
「根性だ~」
「やる気の問題だ~」

とお尻を叩かれるのも、
また、しょうもない。

良くて、
時間のムダで終わるが、
悪ければ、
取り返しにつかないことになる。

目が見えていなくちゃいけない。
必要な情報や知識を
ちゃんと手に入れておく必要もある。

気合と根性とやる気をすべて
ふりしぼって立ち向かうにしても、
その方向性が正しいかどうかは別問題。

精神論では、
正しくないことを
正しいように見せることは出来ても、

正しくないことが
本当に正しいことには変わらないのだ。

それを忘れないでいたい。
勢いだけで何もかも
解決できるわけじゃないから。

(参考)風の男 白洲次郎 (青柳 恵介)

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2008年12月 7日

「する」「しない」の差に比べれば、...

「する」「しない」の差に比べれば、
「好き」「嫌い」の差はないに等しい。

(的を射た言葉、森博嗣)

新しい仕事を始めたばかりの人が、
「今の仕事が好きになりそう!」
と喜んで言った翌日に、

「うーん、なんかイヤになってきた。」
なんてセリフを吐くようになるのは、
そんなに珍しいことじゃない。

けれど、生活のためだということで、
働き続ける人がほとんどだろう。

もちろん、なかには、
思った瞬間から、
次の仕事を探す人もいるだろう。

好き嫌いは、
そんなに重要じゃない。

嫌いだけど「やり続ける」
という選択もあれば、

嫌いだから「他を探すことをやる」
という選択の人もいる。

さらには、嫌いだから、
続けもしないし、他も探さない、
という選択もありえる。

好き嫌いの感情の先で、
何をするか、何をしないかが、
結局のところ、人間をつくる。

好き嫌いの感情が生まれた瞬間に、
人間がつくられるのは、
めったにないんじゃなかと思う。

人の好き嫌いも、
それと同じかな。

だいたい、人の好き嫌いは、
性格、考え方、相性などもあるから、
あっても不思議じゃない。

大切なのは、その先で、
好き嫌いを中心に、
自分の「する」「しない」の行動が決まり、
人間関係がつくられること。

好き嫌い中心でなく、
損得中心で行動を決める人は、
違うものをつくるだろう。

大切なのは、
することと、しないこと。

よーく分かります、それ。

(参考)目薬αで殺菌します (森 博嗣)

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2008年11月15日

この世の中で一番贅沢な娯楽は、...

この世の中で
一番贅沢な娯楽は、
誰かを赦すことだ。

(魔王、伊坂幸太郎)

ストーリーのなかで、
「ノーバディ・グッドマン」
という人の言葉として、
引用されていますが、

Nobody Goodmanという名前は、
どう考えても実在しない気がします。

Goodman(いい人)という姓はありえても、
Nobody(誰もいない)という名は
ありえないでしょう。
名無しの権兵衛っぽい意味合いかなぁ...

ともかく、
人を赦すということは、
それだけ心が豊かでなければ
出来ないこと。

お金とモノは豊かでも、
心が豊かになれるとは限らない。

もちろん、だからと言って、
お金とモノに乏しい人が、
心が豊かだという保証もありません。

心の豊かさは、それらとは別もの。

お金やモノに、
それを置く場所があればいいように、

人を赦すには、
その人を受け入れる場所が、
心の中になければいけない。

わたしはあるかな?

と自分の心を覗いてみたのですが、
かなり狭いという気がします。

その上、その部屋の扉のちょうつがいが
さびていて、時々、開き具合が悪い。

それが治るのは、気まぐれ。

もっと贅沢をしたいと思うのですが、
そんな調子で、心は追いついてないです。

(参考)魔王(伊坂幸太郎)

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2008年10月 8日

ベストを尽くせば相手に勝てるとは...

ベストを尽くせば
相手に勝てるとは
限らないもんでね。

自分のベストが相手のベストを
上回る保証なんざ、どこにもない。

(雑誌「The 21」、斎藤孝)

ベストを出せることは、
もちろん大切ですが、

そのベストを出すタイミングも、
かなり重要です。

自分のベストが、
相手のベストより上回っている時に、
タイミングよく出せれば一番いい。

それが出来なければ、
自己満足に終わってしまう。

そういう意味では、
4年に1度のオリンピックなんかは、
かなりキビシイ舞台だと思います。

出場選手の中で、
どれだけの人がベストを
出せたんでしょうか?

金メダルをとった選手のうち、

いつもどおりのベストを出せた人、

一生に一度あるかないかのベストを
タイミングよく出せた人、

ベストじゃなかったけれど
ライバルが大失敗をしてくれた人と、

どんな割合でいるんだろう...
なんて考えてしまいます。

結局、自分のベストと金メダルが、
必ずしも結びつくわけじゃないなぁ、
という気がします。

だから、あきらめるというわけじゃなくて、
そういうことが分かった上で、
チャンスはあると信じながら、

ベストを尽くすことと、
ベストを出すタイミングを
しっかり訓練や練習をしていく、
っていうことが大切なんですよね。

(参考)「できる人」はどこがちがうのか (斎藤 孝)

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2008年8月29日

本当に勝つ奴っていうのは、...

本当に勝つ奴っていうのは、
力が強かったり、才能があったり、
努力する奴が勝つんじゃなくて、

その変わっていく環境に、
いち早く順応できる人が勝つ。

(柔道金メダリスト 石井慧)

そっか、私が負け組なのは、
才能に溺れているからか...笑

なんて言える才能もありませんが、
金メダリストがいう言葉ですから
なんか納得です。

1つの方法で勝つと、
それが絶対に思えるのが人間です。

というか、そう思い込みたい。

なぜか?

変わるのが面倒くさい。
変わる必要を認めたくない。
自分の方法に自信を持っていたい。

そんなところでしょうか?

しかし、時代は変わってきている。

こちらの思い込みとは関係なく、
変化を求めてくる。

無視しようにも、
そのままで居ることに
居心地の悪い気もちさえ
感じさせてくれます。

変わらなくていい部分を
残しながら、
変わるべきことは、
潔く変わらなければいけない。

そのままでずっと
勝ち続けさせてくれるほど、
世の中は、甘くありません。

みんな、がんばってるんですから。
みんなをナメた真似はよくない、
ということでしょうね。

(参考)チェンジ・ザ・ゲーム (タンジール)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年6月 5日

自分よりバカを見つけて...

自分よりバカを見つけて
喜ぶのがバカ。

自分より知者を見つけて
喜ぶのが知者。

(作者不詳)

何かすごいアイデアを
思いつくと、

ちょっとちょっと、
俺って天才でない?

と言いたくなってしまう。

そういうことが度重なると、
私みたいなバカは調子に乗って、
まわりの人みんながバカに
見えてしまうかもしれない。

そうなったら、
バカの道を究めた証拠だね。
いやいや、恥ずかしい...

実際に、そんな大きな勘違いを
私みたいなヤツはしてしまいそう。

でも、なんで、
バカっていうのは、
自分よりもバカを探すのが
うまいんだろうね。

って聞きながら、
私もバカだから、
その答えはよく分かってるよ。

それは、ささいなことにでも、
優越感を感じていたいからさ。

誰かと何かを比べて、
1分1秒でも優越感を感じないでは
生きていけないんだよ。

それ以外の方法で、
自分の心を安定させることを知らない。

優越感なんか感じなくても、
自分のささやかな成長を実感すれば、
知者は生きていけるというのに...


(参考)
バカ親、バカ教師にもほどがある (川端 裕人、藤原 和博)

2008年4月12日

好き嫌いを決める前に…

好き嫌いを決める前に
チャレンジする。

(イアン・ソープ)

勝つコトバ本からの紹介です。

たとえば、
ある人のことを知りたいと思って、
その人のことを知ってそうな人に、

どんな人?

と尋ねたとする。

そしたら、

えー、私、あの人はきらーい。

なんて答えだけだったりしたら、
何にも得られない。

せいぜい、嫌いな人が一人いる。
ってなことくらい。

自分も、人の好き嫌いについて、
とやかく言うのが好きな人は、

え、どうして、どうして?

と話を広げることに手を貸して、
自分の目で確かめる前に、
他人の目というフィルタで見たものを
信じるようになってしまうだろう。

どんなことでも、
好き嫌いの見通しをつけてからは、
知ろうとしたり、学ぼうとしたり、
取り組もうとしたりする気持ちは
薄れてしまうものだ。

好き嫌いをすぐに判断してしまう人は、
どこにでもいる。

自分がそうならないように、なおかつ、
そういう人の影響を受けないように、
チャレンジする人間であり続けよう。


(参考)トップアスリートの勝つコトバ(根本 真吾)

2008年3月 1日

勝つだけでもダメだし、…

勝つだけでもダメだし、
正しいだけでもダメなんですよ。
勝って、なおかつ
正しくなければいけない。

(卓球王国、平野早矢香)

昨日の準決勝に負けて、
銅メダルが決まった
卓球の日本女子。

全日本チャンピオンの平野選手も、
善戦はしたが、及ばなかった。

しかし、福原愛ちゃん以上に、
安定して戦う姿を見ていると、
今日の言葉のような彼女の哲学が、
感じられる。

夏の北京オリンピックが楽しみだ。

ところで、
世界大会と言いながら、
中国人しかいないじゃないか?
と思えてしまうのが、卓球の世界。

それもそのはず。
本国中国において
代表から外された選手が、
アジアだけに限らず、
ヨーロッパにまで渡り、
その国の代表として
世界の舞台に出てくるからだ。

本国中国に勝てないとしても、
そういう集団で銀メダルなどを
手に入れてしまう。

そういう世界においても、
勝つ人間でありたいと考え、
平野選手は猛練習に励むらしい。

ただ、昨日はとうとう、
そういう傾向に対する歯止めの
ルールが決定された。

卓球が好きで、
卓球しかないと思って、
各国に渡った中国人には申し訳ないけど、
世界大会らしくなるためには、
そういうルールも必要だと考える。

あらゆる世界に
通用する言葉かは分からないけど、
この言葉を言う彼女のことは、
ずっと応援したいと思った。


(参考)孫子の兵法―ライバルに勝つ知恵と戦略(守屋 洋)

2008年2月 3日

弱気は最大の敵

弱気は最大の敵

(津田恒実)

付け込まれやすい性格、
っていうものがある。

誰かに頼りたいと思っている時には、
優しいそうな言葉にだまされてしまう。

お金で困っている時には、
儲け話をぶらさげられて、
思わず飛びついてしまう。

勝っているのに、
ちょっとしたミスを気にしてしまい、
それが自滅を誘い、結局負ける。

目の前の敵よりも、
目に見えない
自分の内にある敵に、
私たちは何度も
負けているかもしれない。

もっとダメなのは、
自分の内にある敵に
気づいていないこと。

どんな敵よりも手強いのに、
それを攻略しようとしていない。

本当の敵が何か
を知らない人というのは、
その敵にとっては、
都合のいいこと。

攻めやすい、
だましやすい、
負かしやすい…

自分の内の敵が、
そんなことを考えているとは
思えないけれど、
他人に、その敵を利用されたら、
自分のうける被害は大きいと思う。


(参考)女の敵(遙 洋子)

2007年11月19日

おい、戦いの前は…

おい、戦いの前は
ちょっとくらい
ピリピリしてた方がいいぞ。

(英語)
Hey, it’s all right
to be a little edgy
before a fight.

(映画「フライボーイズ」)

緊張していると、
バカにされることがあります。

「なに、緊張してるんだ?」

「なに、ビビってんだ?」

「なに、心配してるんだ?」

自分の力を出し切れないほど、
その感情が心を占めているのは、
やっぱりまずいと思います。

けれど、人生に、
ピリッとした緊張感は、
必要ですよね。

そういう経験を積み重ねないと、
ちっちゃな舞台でも、
必要以上に緊張しちゃう。

あるいは、
いつもリラックスしているのに、
急に、重みを感じて、
緊張し始めたりする。

一番いいのは、
どういう時にはリラックスして、
どういう時には緊張感が必要か、
を理解できるようになること。

それがコントロールできたら、
戦う自分をベストな状態に
もっていけることでしょう。

ちょっとピリピリした環境を
求めていきましょう。


(参考)映画サウンドトラック「フライボーイズ」

2007年11月 8日

いいものをつくることもだいじだと思うけど、…

いいものをつくることも
だいじだと思うけど、
それだけでいいのかな?

(東芝サイトの広告)

これはエコに関するものですが、
それ以外にも何か
言いたげな広告に思える。

いいものは、
何度も何度も失敗して
やっと出来上がる。

失敗したものは、
だいたいはゴミだけれど、
それをどう扱うか
っていうことが、
これからの時代では大問題。

やっぱり、
エコに限らない。

たとえば、ものづくりにおいて、
失敗品や試作品を
リサイクルしたり、
うまく使うルールを
つくっていないと、
ゴミが際限なく増えるばかり。

そういう意味で言えば、
昨今の話題になった「赤福」が
売れ残り品をリサイクルしていたのは、
エコ的には、賢いように思えてくる。
たしかに、もったいないからね。

けれど、それを
きちんとしたルールでやるなら、
そういう材料を使ったことを表示して、
価格を安くして売るとかの方法が
あったんじゃないのかなぁ。
法的にOKかは分からないけれど…

人生に置きかえても、
本当はたくさんあるはずの失敗を隠して、
成功だけをカッコよく語るのは、
どことなくウソっぽい。

失敗の「使い道」が用意されてないから、
そうなるのかも。

きっと、
失敗を禁じることは出来ないし、
エコのためとは言え、
失敗は10回までとか制限も出来ない。

前もって、
失敗(品)の使い道ルールを
用意して取り組めば、
ウソをついたり、
隠したりする「ねじれ現象」は
なくなるんじゃないでしょうか。


(参考)ちょっといいもの、うまいもの(ケンタロウ)

2007年10月18日

「できない」思い込みも、「できる」思い込みも…

「できない」思い込みも、
「できる」思い込みも
強さは同じだ。

(いい言葉は、いい人生をつくる、斎藤茂太)

心の中では、
思い込みによって、
怪物までが育つと思います。

子犬ほどの敵でも、
それについて少しでも不安になって、
ずーっと考えるということは、
その敵にエサを与えること。

不安というエサを食い物にして、
遠慮することなく育つ…

お腹いっぱいになることもない。
どんどん大きな怪物になります。

そんな怪物に勝てるわけがないのです。

でも、本当に立ち向かうべき相手は、
大きくさせてしまった怪物じゃなくて、
等身大の「現実」なのです。

その現実に立ち向かう前に、
心の中の怪物に振りまわされて、
パワーを消耗しちゃっている。

もったいないことです。

けれど、何かと戦う時って、
本番の前に、心の中での戦いが
普通はあるんですよね。

その上、やっぱり、
それが重要だったりします。

思い込みが勝負を左右する本番前。
負けたくないものです。


(参考)いい言葉は、いい人生をつくる(斎藤茂太)

2007年5月12日

あんたは、俺の敵だ。…

「あんたは、俺の敵だ。」

「私は、おまえの敵ではない。
 お前の敵はお前自身なのだよ。」

(引用元不明)

アイツさえいなければ、
そう思っている自分が
その思い込みによって
自分を一番邪魔している。

自分が欠点だと思ってしまえば、
簡単にクリアできる事柄も
永遠に不可能なことのように
思えてしまう。

自分が誰かに対して
傷つけたとかの負い目があると、
最初は、申し訳ない気持ちが
ありながらも、時間が経つと、
自分は嫌われていると思い込んで、
自分もその相手もイヤになっちゃう。

ただ、自分が
何を思い込んでいて
何につまずいているか
分からない時もある。

人間は、心の中に
天国をつくることも出来れば、
地獄をつくることも出来る、
と言われます。

言うまでもなく、
いつも天国に出来たら、
どれほど幸せか…

しかし、
それを乱すことを
私たち自身が許してしまう。

お前の敵はお前なのだよ。

的を射ているだけに、
反論できないセリフです。

何かに、誰かに
敵対したい気持ちが
もたげてきた時には、
思い出したい言葉です。


(参考)世界を敵に回しても (斉藤倫)

2007年4月29日

…何かをするのに「じゃまするものがない」…

ただね、ぼくは
長年生きてきてますから、
知ってるんですよ。

何かをするのに
「じゃまするものがない」
という状態は、
実はあんまりいいことが
ないんだよなぁ。

(ほぼ日、糸井重里)

いろんな兄弟や姉妹が
いると思いますが、

年の近いうちの娘らを見ていると、
お互いがお互いの邪魔者になって、
イライラし合っているようです。(笑)

いい意味で言えば、
切磋琢磨とでも言えるかな。

今日は、
次女が最後の1個だからと
大切に残していたお菓子を、

長女がわざと勝手に食べて、
泣かせたりしている始末。

これって、
ホントに悔しいですよね。

食べ物の恨みは怖い…
っていう感じで、次女は
歯噛みをするは、
蹴りを入れようとするは、
30分くらい不機嫌でした。

ところが、この次女も
邪魔者から鍛えられていたおかげで、
1枚上手の対応を見せてくれました。

しばらくして、
「へ、へ、へ…
 こんなこともあろうかと思って」
と取り出したのは、さらなる1個。

みんな、ビックリ。

かなり鍛えられているようで、
頼もしくなりました。


(参考)金の言いまつがい(ほぼ日)

2007年2月 6日

いいか、過去や評判が走るんじゃない。…

いいか、
過去や評判が走るんじゃない。

いまのきみ自身が走るんだ。
惑わされるな。振り向くな。
もっと強くなれ。

(風が強く吹いている、三浦しをん)

やよいさんからの投稿です。

箱根駅伝を走る、
ストレートな青春小説からの
いい言葉。

何かで勝てば、
その世界では
名前と評判が走ります。
勝ちが続くと、
過去が積み重なり、
伝統となります。

しかし、時には、
それが重くのしかかりすぎて、
自分の走りが
出来なくなる人も出てきます。

そういうものがない人でも、
「もし、勝つことが出来たら…」
なんてことを想像してばかりいると、
余計なことに惑わされることも。

仮に、
想像すべきことがあるとすれば、
精一杯、走っている自分の姿。

その後の賞賛とか、
評判とかを想像し始めたら、
後ろから追いつかれていないか、
振り向いたりしてしまうかもしれない。

そして、振り向きざまに、
つまずいたりしてね…

小石につまずかないように、
自分の走りに集中しましょう。


(参考)風が強く吹いている(三浦しをん)

2006年11月13日

切り札は先に見せるな。見せるなら…

切り札は
先に見せるな。
見せるなら
さらに奥の手を持て。

(幽遊白書、冨樫義博)

人って、
切り札があることを
人に知らせたくなる。

なんていうか、
ハナをあかしてやりたくて…

でも、切り札を
早く見せてしまうと、
相手に、対抗策を
考えられてしまうのも事実。

けれど、
やろうとしていることが、
切り札になるかどうかは、
試しておかなくては
いけません。

だから、それを
試したことによって、
相手に対抗策の用意をさせ、
さらに奥の手を考えておく
必要があるわけです。

そういう思慮がないまま、
安心しきって、
「俺には切り札がある」
なんて言いふらしていたら、
まず、だいたいは
沈没させられることでしょう。

切り札というのは、
ライバルが準備しきれないうちに
使うから意味があるのであって、
準備を始められたら、
もう切り札でなくなるのです。

いつまでも、
同じ「切り札」が
通用するわけもありませんし。

あなたには、
切り札がありますか?


(参考)幽遊白書(冨樫義博)

2006年11月10日

…それが最大の復讐だ。

立派な生き方をせよ。
それが最大の復讐だ。

(英語)
Live well. It is greatest revenge.

(ユダヤの聖典「タルムード」)

誰かに復讐しよう、
とする時には、相手に、
後悔とか、罪悪感を
与えてやろうと思います。

しかし、復讐が成功しても、
相手には、そんな感情が
湧いてくるとは限りません。

今度は、相手の心に
さらなる復讐心が、
湧いてくる場合がほとんど。
キリがなくなるのです…

けれども、こちらは、
復讐しないで済ませられる
ような精神状態ではありません。
必ず、復讐をしなければ、
気がおさまらない。
それだけ、ものすごい
エネルギーを持っています。

復讐したいエネルギー、
っていうのは、
かなり大きいと思うんです。

それを、何に向けるかが問題。

ただ、復讐するな、
なんてことは言えません。
本人の気持ちですから…

ただ、もし、
同じエネルギーを
別のものに向けて、
復讐よりももっと大きなことが
成し遂げられることを知ったら、
なかには考えてもいいと言う人も
出てくることでしょう。

また、復讐をしたがゆえに、
大きな痛手を被った人も、
そう考えるようになるかもしれません。

どういう経緯であれ、
復讐ばかりで埋め尽くすほど、
人生は狭くないと思うのです。


(参考)ユダヤ5000年の知恵—聖典タルムード 発想の秘密(M. ケイヤー)

2006年11月 3日

他の人々に抵抗するのをやめたとき、…

他の人々に
抵抗するのをやめたとき、
箱の外に出ることができる。

(自分の小さな「箱」から脱出する方法、アービンジャー・インスティチュート)

どうしても、こうでなきゃ!

そんなこと、どうでもいい!

こだわりがあるか否かで、
人の対応は変わるものである。

さらに、面白いことに、
「どうでもいい」
と言っていた人でさえ、
誰が敵に回るかによって、
「どうでもよくない」ことに
変わることすらあるのだ。

何か抵抗があると、
人は頑張り始めたりする。
抵抗がないと、
何の意気込みもなくなったり…

抵抗するために、抵抗する。
そんなことをしていると、
自分を閉じこめることになる。
ずっと変わろうとしない、
自分の偏見というものに。

たしかに、
偏見のない人なんて
いないと思う。
閉じこもる「箱」を
持っていない人なんて…

違いは、
その箱に、どれだけの間、
閉じこもっているか否か。

閉じこもって、
そういう自分に気づいて、
早く出てこれる人もいれば、

そこの居心地の良さ、
邪魔する人のいない快適さに、
安住を考えてしまう人もいる。

「出ていけば、抵抗される」
そんなふうな目で見ていれば、
世の中は、息苦しい。

「自分が変わっているように、
 いろんな抵抗があって、
 当たり前だよな」くらいで、
無駄な抵抗をやめて、
さらりとかわしてみるか。

ってな具合で、
生きてみたいものです。


(参考)自分の小さな「箱」から脱出する方法(アービンジャー・インスティチュート)

2006年10月26日

…名誉、名誉ってえらそうにいうがな。…

あんたがた男というものは、
名誉、名誉って
えらそうにいうがな。

あたしたちのような女になると、
あんたがたの名誉が
どんなにつまらないもので
できているか知っているでな。

(大地、パール・バック)

わたしも男ですから、
名誉って、そんなもの、
って分かります。

つまらなく見える時もある、
けれど、それがないと、
人間がダメになる時もある。

名誉そのものが
悪いとは言えないけれど、
それにすがってしまう人間が
悪いのでしょう。

さらに悪いことに、
その名誉に対抗するために、
意地になって、別の名誉を
引き出してくる人もいます。

そうなると、
話はややこしくなります。

守りたいものを、
それぞれの立場で出し合い、
ぶつけ合ったら、
物事は進まなくなります。

目的も、目標も、
ズレてきちゃうでしょうし…

名誉が、すべてを狂わせる。
自分の人生か、他人の人生までも。

そういうところとは、
距離を置いて生きていられる人間で
ありたいなぁ、と思う次第です。


(参考)バガボンド(井上雄彦)

2006年9月10日

戦いというものは、あくまで「人」そのもの。

戦いというものは、
あくまで「人」そのもの。

(三国志、吉川英治)

裏方さんからの投稿です。
諸葛亮孔明のセリフだそうです。

今、全米テニスが行われていて、
才色兼備のシャラポワが、
初の決勝進出を果たしました。
注目度がまたアップするでしょうね。

テニスについては、
今でこそ少し分かってきたのですが、
昔は、さっぱり分かりませんでした。

それでも、筋肉ムキムキの、
無敵の女王ナブラチロワの時代は、
記憶に残っています。

その彼女も、今回の大会に
ダブルスで出場しているんですね。
こんな言葉をもらしています。

「今のテニスはラケットの改良が
 進んでつまらなくなった。
 規制を設けるべき。…
 ラケットのおかげで、
 私も10年前、20年前に
 打てなかったようなショットを
 打てるようになった。」

スポーツも、道具(武器)が進歩します。
もしかしたら、人の進歩より速いかも。

ナブラチロワが言った言葉は、
無敵だった彼女が言ったからこそ、
皮肉なジョークみたいで許せますが、

実際は、道具の進歩についていける
人それぞれの「心の強さ」もないと、
結局、使いこなせませんからね。

戦争というシーンに出てきた、
核兵器という武器についても、
人の心がそれに付いていけないと、
敵を滅ぼすどころか、
味方をも滅ぼします。

自国が貧しいという状況においてまで、
そんな恐ろしい武器をもって、
どうするというんでしょう…?

そういうものに頼って、
力を見せかけようとする時点で、
心が負けているんだと思います。
たとえ、それで全世界を滅ぼしたとして、
その後、どうするんですかねぇ。

そんなつもりは最初からない。
交渉のための「道具」にすぎない、
と考えていたとしても、
実際に追い込まれたら、
やけくそになって使ってしまったり
するもんなんです。
「人」って、負けることに弱いから…


(参考)三国志(吉川英治)

2006年8月24日

恐れるものが何もなくなった時は、…

恐れるものが何もなくなった時は、
あらゆるものを恐れ出してしまう時。

(英語)
When there is nothing to fear is
the time to begin fearing everything.

(ジョゼ・バーガミン)

トップに立つまでは、
トップの存在が怖い。

だから、がんばることも出来る。
スポーツでもあれば、
それを追い越そうと、
一生懸命に練習するだろう。

組織であれば、
それに気に入れられるよう、
いろいろと気配りすることも。
もちろん、反対に、
そのトップを陥れようにすることも。

いずれにしろ、
そういう努力が成功して、
トップに立ってしまうと、
今度は、いろんなものが
自分をその立場から
追い払おうとしている存在に
見えてしまうこともある。

嫉妬されているような、
憎まれているような、
奪われてしまうような…

あるいは、自分がやったように、
今度は、自分が陥れられるような。

持っているものが多いと、
守るべきものが大きいと、
周囲からはうらやましがられても、
本人は恐れていることが少なくない。

怖いものなんて何もない、
と言い張れるよりも、
一つくらい怖いものが
あった方がいいんだろうな。

私は、子供の頃から、
泣き虫で、怖がりだったので、
いろんなものが怖かったりする…


(参考)世界の日本人ジョーク集(早坂隆)

2006年6月 7日

嫌いな人がいたら、…

嫌いな人がいたら、
好きになるところまで
離れればいいのよ。

(ハチ公の最後の恋人、よしもとばなな)

日向夏さんからの投稿です。

どうしても分かり合えない人に対して、
好きになるくらいの距離って、
本当のところ、ないと思う。

だから、変に
好きになろうなんて
しない方がいい。
自分の人格が未熟だと
分かっているのなら、なおさら。

心に入ってこない距離まで、
気にしなくていいところまで
離れた方がいいだけ。

そういうところにいて、
別のことをしているうちに、
しばらくすれば、
落ち着いた見方が出来るように
なるかもしれない。

けれど、絶対に
「あの人だって、今ごろ変わって、
 分かってくれているかも。
 あんなことをしたことを
 後悔しているかも。」
なんて期待してはいけない。

あなたが、相手の反省を
期待しているように、
相手が、あなたの反省を
期待している可能性の方が高い。

期待するべきは、
自分の心の距離を変えること。
それ以外に、ありえません。

あなたの幸せのために…

ただ、問題なのは、
どうしても距離を置けない人を
嫌いになってしまった時。
人生の根本から
考え直すことになるでしょうね。


(参考)きょうの猫村さん 2(ほしよりこ)

2006年4月12日

…レッテルをはるたびに、…

あなたが誰かに
「いやなやつ」という
レッテルをはるたびに、
事態はいっそう悪くなります。

(エリザベス・キューブラー・ロス)

SPKさんからの投稿です。

レッテルを貼りがちな私には、
耳が痛い言葉です。

レッテルを貼れば、
たしかに楽なんですよね。
自分の立場を守れるから…

でも、もし、
仕事上の関係とかで、
その人間がどうしても
付き合っていく必要のある相手だと
すれば、何とかしなくちゃいけません。

下手すると、
自分ではたいした相手じゃないと
思っていても、何かのつながりで、
自分の将来を左右する可能性の
人間だったりもします。

何度も何度も付き合った上で、
あきらめる人間関係ならまだしも、
いくらもチャンスを与えないうちに
断ち切るのは、簡単なようで難しい。

自分が簡単に断ち切られたら
嫌なように、相手もそうでしょう。
ただ、私は競争心が強いから、
「このぉ~」とかえって燃えますが…

チャンスの与え方には、
やはり工夫が必要です。

信頼を失いかけている時には、
だいたいにおいて、
大きなチャンスを与えたり、
もらったりすることはないでしょう。

チャンスが小さいからと言って、
やる気が出ないのなら、
捨てられても、捨てても
OKだと思うのです。

でも、チャンスの大きさにかかわらず、
がんばる気持ちが本当にあるのなら、
レッテルは取り下げられるはず。

レッテルは、
続きや変化がないことへの
あきらめ宣言みたいなもの。
なおかつ、一方的…

せっかくだから、
最後の最後まで
とっておきましょう。


(参考)ブスの瞳に恋してる(鈴木おさむ)

2006年3月12日

人のこと嫌いになるってのは、…

人のこと嫌いになるってのは、
それなりの覚悟しろってことだぞ。

(映画「バトル・ロワイヤル」)

准さんからの投稿です。

それなりの覚悟が
出来ていなくて、文字通りに
痛い目に遭ったことがあります。

16歳の頃、
それまで仲の良かった友人と
微妙な関係になりました。
ちょっとしたことで、ギクシャク…

ギクシャクした時に、
人の性格って
現われるものです。

その関係を修復しようと
慌てて頑張る人もいれば、

とりあえず落ち着いて
じっと待つ人もいる。

また、その関係はそもそも
たいしたものでなかったと
見栄っ張りなことを言う人も。
(本当は戻したいのに…)

当時の私は、
見栄っ張りな行動を
選んでしまった。そして、
覚悟なんて出来ていなかった…

その結果、どうなったか。

その友人には、
ちょっと悪い友人もいたものだから、
ある日、
彼もいれて4人に呼び出されて、
(彼らも頭がよかったんでしょう)
顔以外を痛めつけられた。
それ以後も、数回…

ただただ、
ビックリしたり、
怯えていたりしたけれど、
ある意味、
よかったかもしれない。

人のことを嫌いになるには、
覚悟が必要だって学んだから。

こういう痛い目の
ことばかりを言うのでなく、
得られていたかもしれない
良いものも失う可能性があるし。

好きも嫌いも覚悟次第。


(参考)私の嫌いな10の人びと(中島義道)

2006年2月 3日

彼の大敵は、彼自身の芸…

彼の大敵は、彼自身の芸が
行き詰っていることである。

(藤十郎の恋、菊池寛)

芸を磨くのは、
何も芸人だけではない。

誰かの足を引っ張り
たくなった人々みんなに
当てはまる。

芸を磨かなければいけない。
そういう発想が足りないと、
何かに依存したり、
足を引っ張り始める。

うちの奥様が、
かわいそすぎて嫌いになった
子供の絵本がある。
ご存知の人もいるだろう…

「かわいそうなぞう」(土家由岐雄)
というタイトルである。
戦争中、人でさえも
飲食が大変になった時に、
動物園の動物たちに
与えられるエサも激減した。

それまでは、
観客を相手に芸さえ見せれば、
エサをもらうことが出来た象は、
そうでなくなった事態を感じて、
象なりに考えたのだろう。

さらに必死に芸をして、
エサが与えられるのを待った。
必死に、必死に、何度も、何度も
報われない芸をくり返す。

絵本を嫌いになる理由も分かる…

もちろん、
動物園の象は自分で納得して、
「芸をする道」を
選んだわけじゃないから、
「芸をする道」を選んだ人間とは
比較しようがない。

自給自足の食物作りを選んだ人以外は、
何らかの「芸」を磨いて、
その対価で口を潤す必要があるから、
最後の瞬間まで、自分を磨くのだ。

それをやめてはいけない。
行き詰った時に、
自分の「芸」以外に
責任を転嫁してはいけない。

本当の敵を見失わないように…
ありたいもの。


(参考)藤十郎の恋・恩讐の彼方に(菊池寛)

2006年1月 8日

勝てないと思える状況でも、…

勝てないと思える状況でも、
何かいい方法を使えば
勝てるんじゃないかと思う。

チャンスはあるんですよ、
探せば。いい手はきっとある。

(古田敦也)

今年(2006)から、
選手として監督として、
野球グラウンドに
登場するヤクルトの古田選手。

現役として働ける時間が、
長い人だなぁ…
って思います。

スポーツ、ビジネス、職人など
いろんな分野があるなかで、
一般には、人それぞれに
「旬」と呼ばれる時期がある。

そして、出来れば、
その時期を延ばしたい、
と誰もが思う。

スポーツ選手なんかは
引退後、どんなふうに生計を
立てていこうかと
壁にぶち当たるケースも
少なくないと言います。

若いときには、
若いなりの戦い方がある。
年を重ねれば、
それに見合った戦い方がある。

そういうチャンス、いい手を
見つけていかないと、
「自分」を活かせない。

自分を活かせないのは、
人生の最大の損失。

子供から大人まで、
自分を活かすのが
最大のチャレンジですね。


(参考)古田のブログ(古田敦也)

2005年10月18日

敵を愛す代わりに、…

敵を愛す代わりに、
もう少し味方をましに扱え。

(英語)
Instead of loving your enemies,
treat your friends a little better.

(エドガー・ワトソン・ホー)

聖書などに、
「あなたの敵をも愛しなさい」
という言葉を見つけます。

かなり難しいことだと思います。
相手をゆるすとか、
受け入れるとかが必要ですから。

そんな難しいことに
チャレンジする前に、
自分の味方とも思える人、
もしくは味方になりそうな人を、
ちゃんと扱っておくのが、
まず優先するべきでしょう。

敵のことを研究したり、
一人で敵を攻めたりすることに、
多大な時間を使ってしまい、

もし、味方と過ごす時間が
なくなってしまったら、
きっと、自分のパワーをも
失うことになるでしょう。
それは、確かだと思います。

いざという時に、
誰が本当に自分の味方に
なってくれる人間か。
それを見きわめないと、
たいへんでしょうね。

味方と議論したり、
ちょっとしたケンカする時には、
味方を失わない程度に、
やらなくちゃいけませんね。

雑誌「通販生活」の一語一絵に、
面白い話が載っていたので、
紹介します。

 実家に電話をした。妹が出たので
 「お父さんは?」と聞くと、
 「いま手が放せない」と言う。
 「お母さんは?」と聞くと、
 「いま手がつけられない」と言う。
 夫婦げんかの真最中だった。

あなたは、
味方とどんなケンカをしてますか?

【参考】
オリーブの海(ケヴィン・ヘンクス)

2005年10月17日

言いたいことも言えずに(ブサンボマスター)

言いたいことも言えずに(ブサンボマスター)の歌詞

生きていく~の部分

鬼さんからの投稿です。

SMAP(槇原敬之)の
「世界に一つだけの花」
の反対をいくように
感じるかもしれません。

けれど、本質は
そうじゃないなぁ
って思います。

と言うのは、
「ナンバーワンでなく、
 オンリーワンがいい。」
というメッセージを
誤解している人が
いると思うから。

なんか、
頑張らなくていい
っていう感じに。

ナンバーワンを目指さない上に、
オンリーワンと言いながら、
だらけている。

負け惜しみに、
オンリーワンという言葉を
出す人もいる。

そもそも、自分が
どういう分野で
オンリーワンになれるかなんて
簡単に分かるわけないのです。

だから、自分にとって、
ナンバーワンといえるだけの力を
いつも出し切るのが大切。
誰かと比べすぎることなく…

そして、オンリーワンに
なれるものに近づいていく。
これがホンモノでしょう。

【参考】
言いたいことも言えずに(ブサンボマスター)

2005年10月 9日

人から受けた不正を…

人から受けた不正を
いつまでも思い続けることは
常に有害であり、そのうえ、
たいていは無益でもある。

そういう考えを急いで払いのけて、
そのために、
元気を失わないようにするのが、
一番よいことである。

(カール・ヒルティ)

「○○○○被害者の会」
というものを色々と耳にします。

自分の身に置き換えたら、
これはたいへんだなぁ、なおかつ、
社会的に本当に正当だなぁ、
と思えるものもありますが、

なかには、忘れた方が、
時間的・コスト的・精神衛生的に
幸せじゃないかなぁ
と思えるものもあります。

しかし、
私のような身勝手な第三者が、
信頼関係もないなかで、
そんなことを勧めることは
出来ないのは当然なわけで…。

自分で、自分の人生にとって、
本当に益があるものは何かを考え、
感情を選んでいかなければ、
どうしようもないからです。

そして、それは、分かっていても、
なかなか出来ない
というケースが多いのも、事実です。

「われわれは皆、他人の不幸には
 耐えていく力を持っている。」
 (ラ・ロシュフコー)

という言葉もありますから、
やっぱり、身勝手なことは
言えません。

それでも、
その他人の見方が、
当たっていたなぁ…
と後で思い直す時は、

これからの人生で、
何度もあるんでしょうね。

悔しいけれど、
身勝手な意見が的を射ている、
ってことは、少なくないようです。
私も、そうでしたし…

【参考】
眠られぬ夜のために(ヒルティ)

2005年8月24日

敵と戦う時間は短い。…

敵と戦う時間は短い。
自分との戦いこそが
明暗を分ける。

(王貞治)

未来さんからの投稿です。
コメントは以下。
「どんなに強そうにみえる人でも、
 自信をなくしたり、プレッシャーに
 押しつぶされそうになったり…
 自分自身と戦っているんだろうなぁ。」

女子テニスのシャラポワ選手が、
世界ランキング(2005-08-23)にて
初の1位となった。

彼女は、試合中に、
けっこう大きな声を出す。
相手を威嚇するような効果も
あるようだが、彼女の目的は、
精一杯の自分を出せるよう、
自分への挑戦であろうと思う。

相手との試合は、
それまでの練習時間に比べたら、
とても短い時間で終わってしまう。

そして、ちょっと
皮肉なことかもしれないが、
その短い時間の結果が、
自分に対する評価になってしまう。

結局は、敵に
勝たなければいけないのだけれど、
敵と戦うまでの間に、
本当の敵が見えなくならないよう、
自分と戦わなければいけない。

私たちは、
本当の敵を見失いやすい。
そのせいで、
自分との戦いも忘れやすくなる。

いつも、
ちょっとした緊張感を
持ち続ける必要があるんだな。

この言葉を言った王さんのように、
日本のホームラン王ともなれば、
もちろん、チームの中では、
誰にも負けなかっただろう。

だから、敵は、
王さんの攻略に励んでいた
他チームの投手だったと思う。
その敵の懸命さ、努力を忘れて、
自分との戦いも忘れたら、
おそらく、ホームラン記録なんて
出来なかっただろうなぁ…

世界が小さくなってはいけない。
もちろん、最初から、
大き過ぎる目標でもいけない。

でも、1つ達成したら、
また一回り大きな世界、敵を描いて、
自分との戦いを続けること。
それが、自分の本当の成長に
つながると思います。

みんなも、私も、がんばれ~!!

【参考】
人間 王貞治(阿野鉱二)

2005年7月12日

相手を信じられない時、得てして人は相手ではなく、…

相手を信じられない時、
得てして人は相手ではなく、
自分への確信を失っているのだ。

(十二国記、小野不由美)

自分への自信がなくなると、
他の人へに対して、
疑いの目を向けるようになる。

う~ん、その通りだ。
自分のことを見ても、
疑い深い人を思い返してみても、
それが言えるよなぁ。

おそらく、自信がなくなると、
目の前に、フィルタが1枚
できちゃんだろう。

たしかに、そのフィルタによって、
自分の身を守れはするけれど、
(怪しいものが多い世の中ですから…)
同時に、ありのままが見えなくなる。

自信のなさが重なると、
ますます、そのフィルタは厚くなって、
さらに、ありのままが分からなくなり、
ささいなことにも疑いをかけたくなる。
まさしく、悪循環ですね。

疑い深い人の「疑い」が、
どんどん深くなる理由が
分かるような気がします。

多分、自分では止められないところまで
いくんでしょう。自信のなさって、
けっこう、取り戻すのが難しいから。

周囲が、かわいそうと思い、
いくら励ましたとしても、
自分自身が、ちょっとしたことにでも
チャレンジして
前進していかないことにはねぇ。

自信がなくなり、周囲を疑いだし、
何にもチャレンジしなくなったら、
もう、お先まっくらな気がします。

そうならないように、
とは言っても、考えすぎずに、
自分に気づきましょう。

【参考】
黄昏の岸 暁の天(十二国記、小野不由美)

2005年6月26日

人一倍望むならば…

光の数だけグラマラス(安良城紅)の歌詞

人一倍望む~の部分

なんか、当たり前の
言葉すぎるところもあるけれど、

実際、人一倍努力しても、
ささやかな成功しか
手に入らないことがある。

時には、何の成功も
見えないことも…

きっと、こんなことを思うでしょう。

「あんなに努力したのに、
 たったこれっぽち…」

その「これっぽち」を
ないがしろにしてはいけない。
みんな、そこから始まる。

いきなり金メダルじゃない。
最初は「がんばったで賞」とか、
「おしかったで賞」とか、
小学校でもらうようなご褒美程度から
始まる、誰だって。

でも、それが金メダルじゃないから
と言って、投げ出したら、
その先もない。

一瞬、バカらしいとも思える、
ささやかな成功、あるいは失敗を
活かせる才能があるかどうかが、
欲しいものを手に入れる秘訣
だったりするのだから。

おそらく、今日も、
いっぱい欲しいと思っても、
たくさんのことをやろうとしても、
少しの結果しか見られないことが
あるでしょう。

それでも、
手に入ったものがあるのなら、
それを決して手放さないように。
それを活かしきるまでは…

活かしきったら、ご自由に、
誰かに分け与えてください。

【参考】
Beni(安良城紅)

2005年6月14日

…一番というレッテルが欲しいのですね

あなたは
物が欲しいわけではなく

他人を押しのけて取る
一番というレッテルが
欲しいのですね

(天才柳沢教授の生活、山下和美)

キツイお言葉です。

でも、自分が何かモノに執着したり、
自分が誰よりも一番いいモノを
持っていたいと思う気持ちには、
すべてでなくても、少なからず、
この言葉が当てはまることでしょう。

本当に欲しいわけでなくても、
「一番」になるために、
それを目指してしまう習性。
なんか、私にもありそうです。

そんなことをしていたら、
時間もお金も、
どんどんなくなります。

付きあうものの数だけ、
付きあう人の数だけ、
比べる相手の数だけ、
一番になっていなくちゃ
いけなくなりますから。

おそらく、最後には、
虚しくなってしまうだろうなぁ。

「私は、何を欲していたんだろう。
 私は、何をやっていたんだろう…」

私には、とても古い
お気に入りのモノが、
いくつかあります。

それを見るとき、たまに思うんです。
「これは、私が、
 モノに執着していない証拠だ。
 使えるから使うのだ。
 新しいものを、みんなが買うからと
 いう理由で行動していない証なのだ。」

なんか、自己満足的かもしれませんが、
そんなふうに思える「お気に入り」を
もつことは、「一番」になる誘惑から
逃れる良い方法だと思っています。

本当に欲しいのか、
何を根拠にその一番がいいのか、
考えてみる時間は、
「本当の一番」への近道だと思います。

【参考】
天才柳沢教授の癒セラピィ(川嵜克哲、山下和美)

2005年4月17日

強くなる時に、…

強くなる時に、
あまり苦労しないで
効率よく強くなった人は、

弱くなるのも
早いのではなかろうか。

(復活、谷川浩司)

「苦労のために苦労する」
という姿がある。

「苦労する姿」に、その本人、
もしくは苦労をさせる人間が、
酔っている場合にそうなる。

「若い時に苦労している人は、
 年をとってからも苦労している」
なんていう皮肉があるのは、
それである。

もう1つ。
「ありえない練習に苦労する」
というものもある。

たとえば、スポーツなどでは、
練習マシンなんていうものがある。
たいへん、便利な代物だ。

しかし、そのマシンの設定によっては、
ありえない想定をこしらえることもでき、
その練習を見ている方は、
「すごい練習しているなぁ」
と感心したりするのだが、
実戦では役に立たないこともあるのだ。

さらに。
「基本から外れて苦労する」
というものも見ることがある。

昨日、子供たちを連れて、
近くにある卓球会館へ
遊びに行った。
練習している中学生、
遊びに来ている小学生、
特訓(?)している老夫婦がいた。

注目するべきは、やはり老夫婦。
ご主人の方が、
奥さんを叱りつけながら、
猛特訓している。
しかし、その打ち方フォームも、
教え方、叱り方も、むちゃくちゃに見えた。
奥さんは、よく付いてきているなぁ。
(それとも、夫婦じゃないのかなぁ。)

基本からズレた見本のように思えた。

効率的にやると、
意味がなくなることもある。しかし、
効率的にやってもいいこともある。

ただし、苦労すればいいとも限らない。
苦労にも、ズレたものがあるから。

誰から、どこから学ぶか、
見極めるのが一番重要なんですね。

【参考】
復活(谷川浩司)

2005年3月18日

自分のじゃまをするやつとは、…

自分のじゃまをするやつとは、
たいてい自分なのだ。

(糸井重里、「じゃまものを、捕らえてみれば自分なり。」)

人には、面白い現象があります。

他人にじゃまされると、
燃えあがります。
「このやろ~」って。

自分にじゃまされると、
簡単にあきらめます。
「そうだよなぁ」って。

この現象を理解していると、
いろんなことが出来ます。

つまり、誰かの邪魔を
したくなったら、
何もしなければいい。
放っておくに限ります。

そして、それをするのがいい
もう一つの理由は、
邪魔するのに使う時間を、
もっと意味のあることに
使えるんです。

それをしないばかりに、
苦しんでいる人は、
あなたの周りにも
たくさんいるでしょう。

邪魔や抵抗ばかりに、
時間を注いで、その上、
それがうまくいかないものだから、
さらに苦悩に見舞われて、
悪循環のくり返し。

それも、そのはず。
他人に邪魔されればされるほど、
相手は燃えあがって、
やる気が強まるんですから。

なかには、もっと老獪(ろうかい)な策で
邪魔する方法を考える人もいますが、
他人の邪魔をする前に、
自分を邪魔する自分を、
どけた方がいいですよ。絶対に…

こんな言葉も思い出しました。

「あなたの邪魔をする者は、
 あなたを助けてくれているのです。」
 (マスターの教え、ジョン・マクドナルド)

【参考】
望むものをひきよせる 心と宇宙の法則(ロバート・コリアー)

2005年3月13日

プライドだけは、どんな山よりも高いんだよ。

プライドだけは、
どんな山よりも高いんだよ。

(ドラマ「森村誠一、密閉山脈」)

原作に、この言葉があるかは
分かりません。

昨晩、義父母が、
このテレビドラマを見ていて、
それから聞こえました。
私は、本を読んでいたのですが、
ふっと耳に残ったこのセリフ。

プライドが山…
その山が、何よりも高い。
まいりますね。

私たちの行動すべてを、
ちょっと皮肉っぱく、
プライドにつなげてみれば、
まんざらウソでもない気がします。

人のせいにしたり、
ライバルに勝ちたいのは、
負けることを許さないプライド。

強く見せたり、
美しく見せたり、
立派に見せたいのは、
自分が尊重されたいプライド。

ウソをついたり、
自慢をするのは、
自信のなさを隠すプライド。

私にも、心当たりありますねぇ。
そして、そういうプライドは、
何気ない行動のなかに、
出てきたりします。

本当の自分を見せたくないのは、
なぜだろう。

最近、こんな言葉の
投稿をいただきました。

「自分のよさを
 理解できていない人は、
 他人のよさを
 引き出すことはできない。」

こんな理解もできる言葉だと思います。

自分のプライドによって、
自分をちゃんと見せられない人は、
他人も、プライドによって、
ウソをついていると
思いこむ可能性がある、と。
だから、他人の良さも見えないかも…

何よりも高い山ですから、
計画的に登らなければ
いけないのかなぁ。

【参考】
プライド (一条ゆかり)

2005年2月 3日

人生は、ちょうど鏡のよう。外で見ることを…

人生は、ちょうど鏡のよう。

外で見ることを、
まず、あなたの内でも、
見なければいけない。

(英語)
Life is just a mirror,
and what you see out there,
you must first see inside of you.

(ウァリー・アモス)

人の話を聞かず、
自分の意見ばかり
しゃべる人に気づいたら、
自分もそうかもしれない、
と思った方がいい。

あちらのお宅は、
あんなことになっていて、
たいへんね、と思ったら、
油断していたら、
自分たちの中にも、
そんな恐れのタネが出来る
と思った方がいい。

知人の誰かが成功し、
有頂天になっている姿を見て、
鼻持ちならない気分になったら、
成功の中にあるこわい一面も
感じたらいい。

自分は鏡。
本当にそう思います。

こんな話のきっかけに、
人ごとをもちだすなんて、
それこそ、
ナンセンスかもしれませんが、
皆さんも見ることがあるでしょう。

とても折り合いの悪い二人がいて、
その二人を、
第三者として見ていると、
結局、似ているんだよなぁってこと。

相手の似ているところに
腹を立てている、
あるいは嫌っている。

そして、それを理由に、
「常識じゃ考えられない」
なんて言い出す始末。

「あんな人と同じに見られたくない」
と、どちらも思っているから、
おかしいところもある。

鏡なんですよ。
自分が感じる気持ちは…
それを忘れないようにしましょう。

【参考】
新聞は読めても 心が読めない男たち(サンドラ・P・オルドリッチ)

2005年1月16日

善行は悪行と同じように、人の憎悪を招くものである。

善行は悪行と同じように、
人の憎悪を招くものである。

(マキャベリ)

良いことをしても、
人に憎まれる。

良いことをする人を、
私が憎んでいる?

はい、心当たりあります。
私も、嫉妬と縁がない人間とは、
言い切れない未熟さを
もっているので。

どういう心境なんでしょう…
考えてみると、
こんな感じのようです。

自分に集まるはずと思っている注目が、
ある人の良いこと、行動によって、
そちらに向いてしまわれると、

「奪われた」という気持ちに
なってしまうのでしょう。

実際は、何も奪われて
いないはずなのですが、
ちょっとした被害妄想のような感じ。

子供染みていると言えば、
その通りかもしれません。
自分の兄弟とか友達が
褒められていると、
その人が憎くなる…

そう考えると、
人の悪を憎むのにも、
ただ、悪そのものを嫌うだけでなく、
その人ばかりがいい思いを
しているように見えるから、
憎むという場合もあるでしょうね。

ある意味、心の内面では
うらやんでいると
いうことでしょう。
それだとズレちゃいますよね。

そのうち、自分が
悪に手を染める可能性さえ
否定できないように思います。

どちらを憎む感情も、
人生には要らないものの
ようですね。

【参考】
人はなぜ憎むのか(ラッシュ・ドージアJr)

2004年11月24日

今日という日には、誰もが素人だ。

今日という日には、
誰もが素人だ。

(あなたへの囁き、三浦綾子)

ベテラン、
地位や権威ある人、
知識や経験の多い人、
偉そうにしている人などを
目の前にすると、
だいたい、心が小さくなる。

自分は、まだまだ
なんだよなぁって。

でも、人一人の心を見れば、
今日という新しい一日に対しては、
同じような立場。

昨日とまったく同じことが
起きるわけでもないし、
微妙に対応を変える工夫を
しなければ、生きてはいけない。

仮に、ベテランの方が、
うまくやっていける可能性が
現実として高いとしても、
それをどう受け止めるかによって、
自分の力がどれだけ出せるかは、
違ってくるように思う。

人は、感じる差の大小によって、
やる気になったり、
やる気をそがれたり、
かなり単純なところもあるから。

実情を知らないで
思い込んでいる場合だって、
少なくないだろう。

また、ムダだった、
失敗した、傷ついたとか、
そんな経験を避けたいばかりに、
安易に、脅威を感じて
いることもありえる。

本当は、どうしたいのか。
それを忘れると、
差ばかりに心が奪われ、
進むためのちょっとしたスキマや
可能性でさえ
見えなくなってしまうだろう。

さあて、おごらず、おじけず、
素人として、立ち向かいましょう。

【参考】
あなたへの囁き―愛の名言集(三浦綾子)

2004年11月16日

信じる者には、何の証明もいりません。…

信じる者には、
何の証明もいりません。

信じない者には、
どう証明しようにも、
証明しようがありません。

(ジョン&リン・セントクレアトーマス、聖なる智恵の言葉)

本質をつく言葉ですね。

疑い深い人間は、
だいたい、何事にも
疑いをかけるもの…

そして、信じやすい人間は、
何度裏切られたりしても、
信じることをやめなかったり
します。

そして、信じたり、疑ったり、
どっちともつかない
中途半端な人間は、
その狭間にあって、
自分の損得を思って、
けっこう苦しんだりする
かもしれません。

信じるに足るものか、
信じるに値しないものか、
そんなことを考える前に、

おそらく、人は、
信じたいか、信じたくないか、
それを決めちゃっている場合が
少なくないように思います。

そして、だいたい、
信じたい時には、
信じている人のもとに
話を聞きに行きます。

反対に、信じたくない時には、
信じていない人のもとに…

相談とは言っても、
人は、だいたいにおいて、
共感を求めるために、
助言を求める場合が多い。

だから、信じる者には、
証明がいらない。

信じない者には、
考え方を変える経験以外、
何の効果もないわけで、
いくら証明を見せても、
心の中では変わっていない。

そして、証明する側が、
自分の立場を守るために、
それを行っているとすれば、
なおさら、そうなるでしょう。

世の中、証明なんて、
必要ないかもしれませんね。
もしかしたら、いろんなことにも…

【参考】
聖なる知恵の言葉(スーザン・ヘイワード)

2004年9月23日

教養とは、自分とは別の価値観も…

教養とは、
自分とは別の価値観も
許容することだ。

(頭がいい人、悪い人の話し方、樋口裕一)

「あの人は、教養があるねぇ。」
という褒め言葉が、
まちがって使われると、

教養主義が、単なる
「頭でっかち主義」になる。

芸人とかでない限り、
あるいは、それによって
何か免除されるなどの
得でもない限り、

ふつうは、誰も、
バカに思われたくない。

しかし、その感情が手伝って、
いろんなウンチクや知識を
しゃべり出したりする。

すると、だんだん、
ボロが出てくることになる。

だからと言って、
「教養なんて意味ない」
という結論にはなって欲しくない。

「頭がいいヤツに、
 ろくなもんがいない」
という結論も、おかしい。

問題なのは、
「教養があると思っている人間」であって、
教養には何の罪もないのだ。

焦らなければいいと思う。
今、自分の見方を変えてやろうとか、
今、ギャフンと言わせてやろうとか、
そんなことを思うから、
「教養のなさ」を証明することになる。

ゆっくり、ゆっくり、
許容していこう。

【参考】
頭がいい人、悪い人の話し方(樋口裕一)

2004年6月19日

軽やかな心が、長生きする

軽やかな心が、長生きする

(英語)
A light heart lives long.

(ウィリアム・シェイクスピア)

誰の心が軽やかか?

「憎まれっ子、世にはばかる」とは、
よく言ったもの。
罪の重さに心苦しめばいいなんて、
いくら周囲が願っていても、
本人は心軽やかだったりするから。

そして、仮にそれが正しいとしても、
そういう恨みや憎しみに
とりつかれた方が、
重い心をもつようになる。

出来る限り、
早く捨て去った方がいい、
そんな感情は…。

しかし、そういうことが分かっていても、
なかなか、それが出来ない
「潔癖症」の人もいるようだ。

自分の性格や生活に
対する「潔癖」ばかりでなく、
他人のそれらにも「潔癖」を求めれば、
やはり息苦しくなる。

いったん、ぜんぶを捨てて、
心を軽くしてみよう。
その心の軽さを実感した上で、
どれとだったら、ずっと付き合って
いけるかという考えでいけたら、
軽やかさを保てるんじゃないだろうか。

ぜんぶをもち抱えたまま、
どれを捨てようかなんて、
考えたりするから、
なかなか捨てられない。
捨てられる感情やモノにも
気づけない。

そんな気もする。

今日は、心軽やかな一日でありますように…

【参考】
人の目なんか、気にしない!-「いい人」が犯す9つの勘違い

2004年5月21日

敵から身を守るには、…

敵から身を守るには、
「敵」の文化を
良く知らなくっちゃあならない
って考え方だってあるんだ。

(スティール・ボール・ラン、荒木飛呂彦)

戦いやスポーツに限らず、
ビジネスはもちろん恋愛にも、
昔から言われている、

「敵を知って己を知らば百戦危うからず」

っていう言葉は、本当だと思う。

自分だけしか知らない、と思って、
公言したり、始めたりしても、
そう思い込んでいた自分を
知るハメになって、
終わる場合もありうる。

そもそも、
敵とは誰のことか…?

そう考えてみると面白い。

今まで、自分を負かそうとしたり、
叩き潰そうとしたりする相手だけを
敵と見なしていたところがあるが、

自分が欲しい情報を持っている相手を
すべて敵と見たら、ちょっと面白い。

その相手は、自分の弱点を、
自分以上に知っているかもしれない。
自分の負かし方を
研究しているかもしれない。

そんな情報を、是非とも欲しい。

味方と思っている人の中にだって、
そんなことを知っていながら、
遠慮して教えてくれない人もいるだろう。

そういう人々から、
自分の知りたい情報を聞き出したり、
引き出したりすることを考えれば、

単なる「知る」「学ぶ」を超えた、
ゲームのような面白さがあるはず。

今の世の中、いいか悪いかは別として、
情報をどれだけ持っているかが、
いろんな「お得」や「勝利」に
導いてくれる。

敵の引き出しを、探してみよう。
敵対心だけじゃあ、勝てないよ。
これは、保証する。

【参考】
スティール・ボール・ラン(荒木飛呂彦)

2004年4月12日

壁がつくられた訳を知るまで、壊してしまうべきではない。

壁がつくられた訳を知るまで、
壊してしまうべきではない。

(英語)
You shouldn’t take the fence down
until you know the reason
it was put up.

(G.K. チェスタトン)

壁と言われると、
何でも邪魔物扱いだけど、
そうでもないんだよな。

壁がつくられた当時には、
守らなければいけないもの、
分かたなければいけないもの、
断たなければいけないものが
あったわけで…

壁をなくして風通しをよくしよう、
と単なる思いつきで言うのは、
やっぱり、ちょっと違うと思う。

案外「壁をなくそう」なんて言う人間に限って、
単に、自分の側から勝手に言い放す
窓口が欲しいだけで、
自分の側に何か言われたりすると、
誰よりも高い壁をつくったりする。

「壁をなくそう」、
「コミュニケーションしよう」、
「ノミニケーションしよう」、
いい言葉だと思う。
しかし、そう言う人間の意図は?
と考えると…時に、疑問である。

ただ、言いたいことを言う場が欲しくて、
あるいは、攻めるような本心があって、
それを言っているのなら、
壁をなくすのは、
はなはだ危険な場合もある。
時間を浪費するだけ…?

たしかに、時代が進めば、
いろんな壁が必然的に壊されるだろう。

それでも、壁があった理由を分かっていても、
損はないと思うんだ。絶対に…

【参考】
求む、有能でないひと(G.K. チェスタトン)

2004年2月27日

発想ほど危ないものはない。たった1つしかない時は…

発想ほど危ないものはない。
たった1つしかない時は、
なおさら…

(英語)
Nothing is more dangerous than an idea,
when you have only one idea.

(アラン)

続き。
危ないものほど、
使い方次第では、
すごい良い力も発揮する。

ためしに、
「…ほど危ないものはない」
の前に、「発想」以外の言葉を
いろいろ入れてみました。

サリン、核兵器、
覚せい剤、拳銃、某国、
△△な大人、○○な子供、
…などなど。

それも、それで怖いな。

ただ言えるのは、やはり、
本当に怖い、危ないのは、
その背景にいる人間の発想、
考え、アイデアなんだよな。

自分自身でさえ、
自分の考えでつぶせるもん。
ダメにできるもん…

頭のなかに爆弾もってるようなもの?

今日は、大きな事件の判決がある日。

自分自身に対しても、
他人に対しても、
幸せな発想をもつ存在で
ありたいものです。

一日、そんなことを考えるでしょう。

【参考】
アイデアのつくり方(ジェームズ・W・ヤング)

2004年1月30日

勝負すべきときが来たら、できることは二つに一つ。…

勝負すべきときが来たら、
できることは二つに一つ。

自分がその時を決めるか、
あるいは時に決めさせるか。

(映画『ティン・カップ』)

今日は、勝負どころ…
そんな方もいるでしょう。

このメルマガ、またはサイトを
読んでくださっているご縁で、
ホントに心から応援します。
いい結果になりますように。

ふつうは、
チャンスが来ればいいなぁ、
いいきっかけがあれば頑張るのに、
と思いつつ、
一日一日を送ることでしょう。

クビを長くして待っていたわりには、
とつぜん訪れたチャンスに、
思いがけないきっかけに、
戸惑ってしまうことも度々です。

私も、それで逃した獲物が、
少なくないような気がします。

出来ることなら、
「その時」は自分でつくっていく。
あたふたしないためにも…

いろんな勝負を終わってみると、
自分の目の前を、数々の勝負が
漂うように通り過ぎているように思います。

自分の思い入れがあるかどうか、
または得意不得意によって、
その勝負に気づかなかったり、
参加するのをやめたりして、
ほとんどの勝負と関わっていないのが
現実でしょう。

だからと言って、
多くの勝負に参加することが
賢明とはかぎりません。

先日(2004-1-25)、
大阪国際女子マラソンが行われました。
アテネ五輪代表を
目指している女子マラソン選手は、
優勝した坂本直子選手、
また参加した選手以外にも、
多くいたわけですが、

その勝負は見送って、
自分が焦点を当てるべき勝負に、
心を向けている人もいるわけです。

まさしく、自分で「その時」を
決めているのだと思います。

多くの勝負に参加するよりも、
自分の勝負する「時」を決めて、
心を集中しましょう。

全勝目指して、すべてを逃すより、
一勝目指して、確実にとる。

それが「勝つ」秘訣のようです。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年12月24日

時に、勝つことは、負けることより不利である。

時に、勝つことは、
負けることより不利である。

(英語)
Sometimes it’s worse
to win a fight than to lose.

(ビリー・ホリディ)

何が勝ちか、見極めるのって、
けっこう難しいかも…

何度勝っても、何度負けても、
そんな気分になる。

勝ったと思っていたら、
その次の勝負に不利になっていたり。

どこに、何に、心を注ぐか。

勝ち組に入れ、勝ち組に入れ、
と煽(あお)られて
仲間に加わってみたもの、
実は、数年後の負け組だったりする。

そもそも、
勝負自体が水物。

負けて地に落ちてみれば、
視点も変わる。そこで分かるのが、
ずっと勝っていられること自体が、
めったにないこと。

それを勘違いして、
ずっと手のひらにあるものだと
思っているから、間違いが出てくる。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年12月14日

自分が正しいんだと自分に思い込ませる…

自分が正しいんだと
自分に思い込ませるために
多くの時間を費やしてきた。

はたして、
自分が間違っているかもしれないと
思う暇はなかったものか…?

(英語)
Where so many hours have been spent
in convincing myself that I am right,
is there not some reason
to fear I may be wrong ?

(ジェーン・オースティン)

本当に、暇はなかったか?

いろんな情報や思考に流されて、
大切な暇を逃している…

自分の方が正しかったんじゃないか?
自分の方が間違っていたんじゃないか?

2つの問いにはさまれて、
迷いに立たされる私たち。

批判されたり、反対されると思い返す。
それが大切な暇。

いつも、どちらか一方のためだけに、
弁解したり、納得させていたら、
もう一方が忘れ去られてしまう。

私たちは、多分、
正しい時も、間違っている時もある。

いずれにしろ、暇を大切にしよう。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年10月26日

人はね、何を言われたかは忘れるかもしれない。でも、…

人はね、何を言われたかは
忘れるかもしれない。

でも、それで
どんな気分にさせられたかは、
決して、忘れないもんだよ。

(英語)
They may forget what you said,
but they will never forget
how you made them feel.

(カール・W・ビューナー)

私たちは、他人の記憶に
けっこう関心がある。

たとえば、今日の私の服装は
みんなにどう思われただろうか。

今日の私の化粧は、
今日の私の肌具合は、
今日の私のヘアスタイルは…

なんていう感じに、
他人に映り、記憶に残る自分について、
とても心配している。

でも、実際は、そういう点で、
多くのことが他人の記憶に
残るということはない。

仮に残ったとしても、
「人の噂も…」っていう具合に、
間もなく、薄れていくものだ。

自分の記憶を
掘り起こしてみれば、それが分かる。
他人のそういう点について、
どれだけの記憶が残っているだろうか。

しかし、自分の服装や化粧よりも、
自分が原因で与えてしまった記憶は、
相手の心に強く残ると思った方がいい。

良きにつけ、悪しきにつけ、
そういうことじゃないか、と思う。

嬉しい一言、勇気づけられる一言。
辛い一言、ビックリした一言。
その言葉は忘れても、
その時の気分は…

だから、執念深い人とか、
恨み深い人に、悪い記憶を
残すようなことになったら、
あきらめるしかない。

挽回する努力を怠ってはいけないが、
挽回によって消えない記憶も
あるかもしれない、
と覚悟した方が気楽だ。

そういう失敗をするのは、
多分、そういう人のことを
学ぶためだろうから、
潔くしていた方がいい。

あまり心配しすぎると、
自分の心が滅入りすぎてしまう。

自分の記憶も、他人の記憶も、
思い通りにいくとは限らないから、
こういう言葉を事実として受け止め、
今後の教訓として、
次に進めさえすればいい、
ということもあると思う。

ま、本当の友達であれば、
お互い、そういう記憶を消す努力が
必要な時もあることでしょう。
それも、成長のチャンス。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年10月25日

周囲の誰をも信頼できないということは、…

周囲の誰をも
信頼できないということは、

結局、誰からも信頼されない
ということだと思うのです。

(祇園の教訓、岩崎峰子)

信頼というものが、
銀行の口座と同じものだと
考えればいいと思うのです。

人を信頼するということは、
その相手という口座に、
信頼というお金を預けることに
似ています。

ですから、逆の行動をする時、
つまり、信頼を
口座から引き出すことは、
残高が存在しない限り、
(信頼を預けた過去がない限り)
不可能なわけです。

これから考えれば、
誰をも信頼していない自分が、
人から信頼されることを
期待するのは、無理だと言えます。

いや、裏の手があるじゃないか、
とおっしゃる方もいるでしょう。
つまり、信頼を借りるのです。

預けてもいないのに、
引き出すわけですから、
借りるとなるのですが、
それでさえ、
貸し出し限度というものがあり、
それをオーバーしたら、
ブラックリストに載ります。

「あの人は、信用しない方がいい。」
そして、「絶対に」という言葉が
もれなく付きます。

時が経てば経つほど、
その「絶対に」も多くなります。

詐欺師でさえも、
相手の弱味の部分を信じるから、
だまそうという行動に出ると思うのです。

作用、反作用なんて言葉を
子供の頃に学びましたが、
まさしく、人間関係も、
それなんだと思います。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年8月14日

勝つは負ける日の初め、負ける日はやがて勝つ日の初め。

勝つは負ける日の初め、
負けるはやがて勝つ日の初め。

(新・平家物語1、吉川英治)

そんなにさかのぼった歴史を
見なくとも、

人の名声の浮き沈みは、
絶えず流れているのが、
よく分かる。

名声に限らず、
力、人気、才能も…

まして、世の中は、
自分を中心に回っているなんて、
勘違いをした瞬間から、
流れに取り残されていく。

そんなことは、
絶対にありえないんだから…

勝つも、負けるも、
その反対があることを感じるため。

勝てば、その裏で
負けている人間の悔しさがあり、
負ければ、その自分以上に
努力した人間があり、

いずれの時に、いずれの順番が、
自分に回ってくるかは、
世の中、分からない。

だから、今、自分が
どちらの立場にいるかに関わらず、
それがずっと続くなんて
思わない方がいい。

大切なのは、
そういう目に見える勝負とは
ちょっと違った場所にある
本当の「人生の勝負」に、
うまく乗り換えられる自分を
育てること。

それが勝負に勝ったり、
負けたりする目的だと思う。
本気で、そう思っている。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年8月 4日

戦国は、人を磨く。…

戦国は、人を磨く。

他に求められるまでもなく、
各々磨かなければ、
時代の戦国を生きぬいては行かれない。

(上杉謙信、吉川英治)

人が争いに巻き込まれる時、
人のなかに潜むものは、
あいまいさがなくなっていく。
良いものも、悪いものも…

すべてが極められる。
怒りも、憎しみも、ずるさも、
そして、やさしさも、賢さも、技も…

心がはっきりとしてくるから、
結果も偶然的な要素よりも、
必然的な要素が強くなる。

今も、時代の戦国。
ただ、剣や弓矢、鉄砲などで
狙われるのとは訳が違うので、
それを自覚するまでは、
人それぞれの時間が必要になる。

早めに気づいていた人は、
磨きに磨いているところだろう。
遅く気づいた人は、
焦っているかな。
さらに、幸い(?)なことか、
まったく気づいていない人も、
いまだにいることだろう。

競争がすべてではないにしても、
競争があって、
人間のなかに潜むものが
極められる時っていうのは、
やっぱり必然なことなんだろうと思う。

だから、人は、
生きる権利を自分で主張できる限り、
その力の範囲で、自分を磨く必要がある。
そんなことを忘れずに、
この世を生きたい。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年7月31日

お金をとるか、才能を伸ばす快楽をとるか。二者択一を…

お金をとるか、
才能を伸ばす快楽をとるか。

二者択一を迫られたとき、
本当に才能のある者は必ず
才能を伸ばすときの快楽をとるはずだ。

ここでお金をとったとすれば、
彼には才能がないとみていい。

(現在を生きよう、鈴木光司)

ストレートな言葉が気持ちいい。

ここまで言い切って、
生きていける人が何人いるかは
分からない。

先週(2003-7-24)のバルセロナ世界水泳で、
金メダルを獲得した
北島康介選手(20)の姿を思い出す。
すごいよね。
あんなシーンを見ると、
「あきらめちゃいけないな」って
思い返せるから。

才能が伸ばせるって、すごいこと。
必ずしも、みんなが世界レベルに
なれるわけじゃあないけど、

人生のどこかの瞬間で、
自分の才能に賭けてみる時期が
あって欲しい。

すべての瞬間を、
お金のためだからといって、
才能を伸ばさなかったら、もったいない。

お金のために生きている瞬間を
すべて否定はしない。
そういう時期があるのも、
当然だろう…

でも、でもね。
やっぱり、お金と才能を並べられた時、
自信をもって、才能に手を出せる瞬間が、
人生には、絶対必要だよ。

そうしなきゃあ、
あとあとの自分が、
自分の生き方に疑問をもっちゃうよ。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年7月16日

人生で最大の喜びは、「あなたには無理よ」と言われたことを…

人生で最大の喜びは、
「あなたには無理よ」と
言われたことを手がけること。

(英語)
The greatest pleasure in life is
doing what people say you cannot do.

(ウォルター・ベイグホット)

快感ですよね。

無理だよ、止めとけ、無謀だ、
なんて言われていたことが
確実に進んでいく姿は…

やっている本人は、
半ば、やけ気味になっていることも
あるでしょうが、
そんな意地を張ってスタートするのも
一つのきっかけでしょう。

その結果がどうであれ、
何か得られればいいわけですし…

ただ、見返してやる、
なんていう気持ちが
強くなってきちゃうと、

「あなたには無理よ」と言い切る人間と
同じレベルの考え方になっちゃいます。
これだけは、要注意だと思います。

なんて言うんだろう。
無理よ、っていう言葉も、
見返す、っていう言葉も、
人間という狭いフレームの中で考えて、
生まれた感情の言葉なんですよね。

とにかく、
そこからは離れよう。
新しい自分に旅立つには、
その人間のフレームを取り除かないと…

だからと言って、
人間はやめないで下さいね。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年7月 8日

「高い」のはエライことになっている。これ、みんなにかかっている催眠術じゃないのかなぁ?…

「高い」のはエライことになっている。
これ、みんなにかかっている
催眠術じゃないのかなぁ?

低いところがいいとは言わないけれど、
高いところがいいというような価値は、
古くねーか?

(ほぼ日2003.7.6、糸井重里)

SMAPの「世界に一つだけの花」を
思い出すね。

大きければいい、
速ければいい、
高ければいい…

給料も、成績も、売上も、生活水準も、…

みんなが高いところ、
No.1を目指しても、
必ずNo.2、No.3も生まれる。

ナンバーワンもいいけど、
それとは別次元で、
オンリーワンを目指すことも出来る。

心にどんな価値観を抱くか?
まったく自分次第…

誰にも分かってもらえなくていい、
っていうようなオンリーワンだけは、
なんか良くない気がするから、

長い目で見ることが必要かもしれないけど、
分かる人には分かってもらえる
オンリーワンを目指すようにしたいもの。

それが、高い低いを離れた
新しい価値じゃあないかな?

とは言っても、ずっと昔から
それを求めて生きている人は、
もちろんいるだろうね…

多分、その価値を忘れて、
多くの人間が「高い」に騙されてきた、
というのが真相なんでしょう。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年7月 4日

あすの生命も知れねえこんな世界でも、…

あすの生命も知れねえこんな世界でも、
身分の上下にこだわるのは、
人間も猿も同じだな。

(大江戸怪盗伝、雪村俊造)

ちょっと前、
「サルでもできる~」という文句で、
パソコンやら、書籍がいろいろ販売されていた。

この言葉には、
人間は猿より上だという意味合いも
含まれているんだよね。考えてみれば…

そういう「上下」を意識した上で、
そのサルでもできるように
作ったモノなんだよ、
と訴える商法だったんだよな、
と改めて気づく。

けれど、逆に言えば、サル程度の発想で、
「上下」関係にこだわる人間の姿が
見えてくるのも事実だから、
サルが上なのか、人間が上なのか、
本当のところ、分からない。

実は、サルにすれば、
「人間でもできる~」という文句で、
世の中を測っている部分があったりするかも…
まるで、「猿の惑星」みたい。

いずれにしろ、人間は、
緊急な事態にあっても、
妙なこだわりがあって、
それが物事の進行を妨げる時がある。

天秤にかけておきながら、
その天秤の傾きを無視している感じだろうな。

「あの人が謝らない限り、俺は動かない」とか、
「そんなことするくらいなら、死んだほうがマシだ」とか、
「どうして、あいつは、俺を通さないんだ。許せん!!」とか、
…なんだか、俺も身に覚えがあるな。

そういうレベルにいつまでもいたら、
動物園のお猿の大将と
たいして変わらないことになるね。
いや、それ以下かも…
だって、お猿の大将は実権を握っているから。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年5月21日

一見してごうまんに見える人も、一皮むけば、…

一見してごうまんに見える人も、
一皮むけば、きわめて自信のない
不安定な感情状態にいる。…

だからこそ
他人に認められたい、
ほめられたいと思うのである。

(ナルシズム、中西信男)

ないから、それがあるように見せる。

この「見せる」が一番のくせもの。

本当にあるのなら、
「見せる」必要はない。

おカネでも、才能でも、自信でも…

あらゆるものを見せないで、
済ませることなんて出来ないし、
見せることで成り立つ商売と
いうのもあるから、
もちろん、見せるべき時もある。

しかし、「見せる」ことを
考え出したとたんに、
かえって人間としての魅力が
薄くなる場合もありえる。

ただ「見せる」ことだけが
目的となった時がそれ。

あなた自身に、または、
あなたの周囲の人にも、
そんな「見せる」を感じた時には、

コンプレックスなんだろうなぁ、
と理解してみましょう。
何か分かることがあるかも…

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2003年2月 2日

「もしあなたが私の夫だったら…」、「もし私があなたの夫だったら…」

ある女性代議士:
「ウィンストン、
 もしあなたが私の夫だったら、
 コーヒーに毒を盛りますわよ。」
ウィンストン・チャーチル:
「マダム、もし私があなたの夫だったら、
 喜んで飲み干しましょう。」

今日は、ジョークのような教訓に
お付き合い下さい。

このやり取りの後、
その場がどうなったかは、
私には分かりませんが、

敵意に敵意を向けては、
賢明ではないということだと思います。

相手が賢明でなければ、
なおさらのことです。

もし、この女性代議士が
いくらか賢明であったとすれば、
おそらく、チャーチルが「一枚上手」だと
言うことを知り、その後は
賢明に対処したことでしょう。

そうでなかったとしても、
周囲には、明らかに、
賢明な人物が誰であるかは、
知れ渡ったことでしょう。

自分に敵意や悪意を抱く人の企てに、
ムキになって、反発してはいけません。
反発すればするほど、
その相手と自分自身が
同じレベルであることを
周囲に示すことになります。

ですから、相手の敵意、あるいは悪意を
飲み込むような態度が賢明でしょう。

防御するとしても、
「お前なんかに、負けないやい!!」なんて、
表だった態度は見せずに、
したたかに守るのです。

その方が賢明ですから…

私は、いろんな敵に、
そんなジョークで
接することが出来たらと
切に望んでいる次第です。

まさかとは思いますが、いちおう、
今日の言葉のジョークが
分からなかった人のために、補足を。

チャーチルの言葉は、
「あなたみたいな奥さんと一緒に暮らして、
 生きているよりは、死を選びますよ。」
という意味です。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2002年11月16日

あなたの邪魔をする者は、あなたを助けてくれているのです。

あなたの邪魔をする者は、
あなたを助けてくれているのです。

(マスターの教え、ジョン・マクドナルド)

人生、邪魔者なしに、
すんなりと生きていきたいと
誰もが思うでしょう。

しかし、人がうまくいけばいくほど、
邪魔をしようとしたり、
その力をもらって
自分も這い上がろうとする人が、
出てきます。

そんな時、その人にとっては、
当初の目標に障害が生まれたことになりますが、
人生という局面で考えると、
そうでもないと分かる時があります。

もし、私たちが、その邪魔にくじけず、
克服しようとするのなら、
その時点では持ち得なかった、
何か新しい力を身につける必要を
感じるのです。

そして、それが分かって、
その力を身につける努力が成功したら、
その邪魔した者は、かえって、
私たちを助けてくれたことになります。

そんなことを考えると、
私たちの決心が固い限り、
邪魔する者の企ては、
必ず成功することはないと言えるわけです。

あなたの邪魔者との付き合い方、
今日、発見してみましょう。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2002年7月26日

敵意と羨望(せんぼう)で心がいっぱいの人は…

敵意と羨望(せんぼう)で
心がいっぱいの人は、
心の平安が保てないのは明らかである。

(成功哲学、ナポレオン・ヒル)

一時的とは言え、
不利益な思いをさせられると、
敵意を抱くもの…

また、自分がないものを
他人が持っていると、
うらやましい感情が
もたげてくることもある。

しかし、敵意もうらやましさも、
どれだけ長く思っているかは、
その人の懐(ふところ)次第…

自分の勝ちの意味を知っている人、
自分が持っているものを知っている人は、
そればかりを思い続けることはないと思う。

その感情を、
うまく「やる気」とかに変えた証拠だ。

しかし、それに変えられない人の心には、
いつも、悔しさ、怒り、葛藤、虚栄心があって、
平安が入り込むスキもない。

下手すれば、それだけで、
自分の体さえも病に陥れてしまう。

心にあるその感情は、
他の誰かが入れたものではなく、
自分が思い続けるから、
そこにあるのである。

だから、それを理解し、
意識して、そのような感情を排除しない限り、
心に平安は来ない。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2002年6月26日

何かに抵抗すると 自分自身が弱くなってしまう

何かに抵抗すると
自分自身が弱くなってしまう

(マスターの教え、ジョン・マクドナルド)

無駄な抵抗は止めなさい、じゃあ
ないけど、やっぱり、
無駄な抵抗があると思う。

結果に結びつかないから、
とかの意味ではなく、
自分の限られたエネルギーを
本当の意味で役立つことに向けられるように、
無駄な消費を控えるべき時というのは
あると思うのだ。

たとえば、恨みとか、仕返しとか、
憎しみ、嫉妬、などなど…

まして、そういう「抵抗」を受けて、
さらに、それに抵抗するのも
同じことだと思う。

ジョン・マクドナルドは、
こう続けている。
「あなたが、誰かに、
 あるいは何かに抵抗すると、
 あなたは必ずその相手を助け、
 (抵抗どころか、逆効果)
 しかもそれに比例して、自分自身を
 弱めてしまいます。」

対国家、対テロリスト、組織対組織、
そのような大きな集団に対して、
どこまで、この原則を当てはめていいかは、
私自身分からないけど、
少なくとも、個々人においては、
これを理解した方がいいと思う。

そうすれば、その個々人が集まった集団においても、
冷静な判断と対処が出来るのではないだろうか。

自分の中に、
何か抵抗しているものがあるなら、
それを取り去った時、
どれだけ自由になれるか、考えてみましょ。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2002年1月26日

人生はあまりに短く、

人生はあまりに短く、
復讐に燃えたり、
悪意を抱いたりする暇もなく、
あっというまに過ぎ去ってしまう。

(この世で一番の贈り物、オグ・マンディーノ)

人生は、何か手品の箱のように思っている人が
いるかもしれない。
そう、その箱から何かが出てくるもの、
と期待しているのだ。

しかし、実際、
人生は、自分自身で、その箱に、
いろんな思いを詰め込む作業の集大成だ。

恨みや、復讐心、悪意だけを詰め込むには、
小さすぎる…
「幸せな思い」とか、
「達成感」とか入る隙間を作っておかないと、
その箱がもったいない。

そもそも、箱や入れものは、
何かが出てくるものではない。
何かを入れるものでしょう…「人生」という箱も。

【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

2002年1月21日

大事なのは味方の数で

大事なのは味方の数ではなく、
正しい味方と正しい関係である。

(80対20の法則、リチャード・コッチ)

セールスマン、あるいはセールスレディが、よく
「ご近所の○○さん、あちらの△△さんも、
 ご購入しましたよ。」なんていう言葉を使う。

相手が知っていそうな人を多数味方につければ、
相手の財布のひももゆるむだろう、という考え方だ。

ま、ふつう、こんな手口には騙されない。

しかし、自分自身のことになると、
味方の数が多ければ、なぜか安心する。
本当は、非力な味方しか居ないというのに…

私たちは、数は少なくても、
賢明な味方を探し、その味方と正しい支援関係を
つくるようにすることを学ばなくてはいけない。


【参考】
運と気まぐれに支配される人たち(ラ・ロシュフコー)

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