since 2001-12-24
いい言葉ねっと いい言葉に、人は癒される、生かされる、動かされる。
いいコトバ このサイトから生まれた本の「いい言葉」
自分がどういう人間であるかと、自分がどう
見られているかは、必ずしも一致しない。

(読めばたちまちハッピーになるいいコトバ、皆川修一) »

いい言葉メニュー

いい言葉コレクション

いい言葉サブメニュー

Amazon商品ガイド

スポンサード・リンク

関連リンク

QRコード

Powered by
Movable Type 4.1
常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

« 不満 | メイン | 仕事がイヤ »

2010年1月27日

世間なんて小さいの。...

世間なんて小さいの。
世間は歴史も作らないし、
人も救わない。
正義でもないし、基準でもない。

世間なんて
戦わない人を
慰めるだけのものなのよ。

(サウスバウンド、奥田英朗)

世間は小さい、
戦わない人を慰めるだけ。
たしかに、
そのとおりだなぁって思います。

みんなとちょっと違って、
戦おうとする人の気を
萎えさせるばかりのこともあります。

自分たちのために
戦った人でさえ、
風向きが変われば、
世間はサーっとひいていく。

そんなことが分かっていて、
世間ばかり気にしていると、
きっと何もできなくなる。

世間は、
移ろいやすいばかり。

そう思って、
世間を見ていた方がいい。
もちろん、無視もできないけれど...

世間様に迷惑をかけないように、
とは言っても、
本当に迷惑をかけないで
ずーっと生きていける人なんて
それほどいない。

迷惑をかけないように、
っていうのをメインにしてしまうと、
迷惑をかけない代わりに、
才能を活かすことすら
できなくなってしまうかもしれない。

自分をある程度隠さないと、
迷惑をかけないようにできない人も
いますからね。

いずれにしろ、世間は小さい。
そこを中心に生きる人間は、
さらに小さくなってしまうでしょう。

(参考)サウスバウンド(奥田英朗)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年12月21日

一番最初にね、何かを考えた人。...

一番最初にね、何かを考えた人。
今、世界中に溢れてる思念は、
その人の思いを継いで
いるんじゃないかなって思ったの。

...その人って
神さまみたいなもんだと思わない?

(100回泣くこと、中村航)

食いしん坊だから、
かなりの確率で
食べ物の例で話をしてしまいますが、

うまいもんを食べた時に、
それは偶然に出来上がったもの
じゃあないことは分かる。

うちの奥さんにしろ、
お店の誰かでも、
おいしいものを作りたい、
と思って作り始めている。

そのときに、
もしかしたら、
レシピとかあるかもしれない。

あるいは、
どこかで食べた味を
再現しようと思って、
作っているかもしれない。

いずれにしろ、
どこかに、最初に考えた人がいる。

そして、その最初に考えた人が、
また、誰かの作ったものとか、
誰かのために作ろうと思わせた何かが、
またその背景にあって、

そんなことの、
どんどんさかのぼったところに、
やっぱり、誰かがいるんだろう、
と思います。

それを、神さまと呼ぶ人もいれば、
something great(サムシング・グレイト)
と呼ぶ人もいる。

いずれにしろ、
何かの意志があって、
見える形でも、見えない形でも、
わたしたちは何かを引き継いでいるんだ
と思います。

私のやっていることには、
意味のあること、無駄なこと、
きっとどちらもあるわけですが、
それですら、誰かの何かの意思を
引き継いでるように思えてならない時があります。

もしかしたら、それは、
10年前の自分の意思かもしれないけれど、
その背景には、また、やっぱり誰かを感じる。

そう思うと、
自分のやっていることにも、
ちょっとした永遠を感じられます。

(参考)100回泣くこと(中村航)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年10月 3日

いいものは年をとらないんだ。...

いいものは
年をとらないんだ。
きっと、ただ
熟成するだけなんだよ。

(雑誌「AneCan」薔薇色の夜を、石田衣良)

これって、きっと、
大切な人になる人との
関係に言えると思います。

スタートは、
どんなふうなのか
定かではありません。

もしかしたら、
第一印象は悪く
始まるかもしれない...

チームが違って
敵同士だってありえる。

けれども、お互いが
自立した人間に
成長していくなかで、
相手との関係性も
きっと変わっていく。
成熟していく。

人間そのもの、
人間が生み出すものは、
だいたいが古くなっていく。

そのものが
古くならないとしても、
時代が流れていれば、
少なくとも陳腐化はしていく。

そういう中にあって、
本当にいいものは、不思議と、
見つめなおされることが多い。

たとえば、
今売れているベストセラー本は、
今の人々のニーズにマッチして、
出版社、書店、読者を
喜ばせることが出来るだろうけど、
後々になって、
見つめなおされる本とは限らない。

成熟する人間でありたいです。
見つめなおされる人間もありたいです。
欲張りかな...

(参考)ドラゴン・ティアーズ──龍涙 (石田 衣良)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年9月21日

失敗は、まだ...

失敗は、まだ見えて
いない可能性を開く扉だ。

(自分の仕事をつくる、西村佳哲)

だれかに嫌な感情を
抱いたとします。

それって、きっと、
ある意味、失敗。

けれども、
その感情を抱いたという事実には、
なにかしら理由があるわけで、

自分の生き方のヒントが、
そこにあるような気もします。

べつに、私は、
その嫌いな人を好きになろう、
なんて薦めようとは思いません。

嫌いになった、
失敗したという事実に、
次のチャンスが
どこかに潜んでいる...

逆に言えば、
まだ好きになれない、
まだ成功できない領域ですから。

残された可能性は、
好きになる、成功する、
それ以外にありません。

失敗している今よりも、
さらなる失敗はありえない。

今よりもちょっと上を
目指そうとするだけで、
成功には近づける。

成功する扉が1つしかなく、
失敗する扉がたくさんあることが
分かっていても、ところかまわず、
行き当たりばったり、
叩けるだけの扉を叩いた方が、
絶対にお得なんです。

どこに隠されているかなぁ、
と過去を振り返りながら考えても、
あまり意味はない。

目の前にある、
失敗の扉を叩きながら、
成功に出くわしていくしかないのだ。

ユニクロの柳井さんが言っていた、
「一勝九敗」が身にしみます。

(参考)自分の仕事をつくる(西村佳哲)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年7月18日

人は皆なにかの情熱に...

人は皆なにかの情熱に
動かされて生きています。

もう老い先が短い私でもそうです。
その情熱の実体はわかりにくい。

(雑誌「通販生活」、多田富雄)

見た目からして、
ハンディを抱えてがんばっている人には、
情熱を感じるかもしれません。

しかし、
人がどんな情熱を持っているか、
っていうのは、だいたいにおいて、
もう少し近づいて、長い間見ていないと、
分からないのが現実。

情熱のほとんどは、
見た目からだけでは
伝わってこないことも
あるからです。

その証拠に、
自分が本気になって
熱くがんばろうとすることに
付いてきてくれる人が、
必ずしもいるとは限らない、
ということにも表れている。

それどころか、
熱くなればなるほど、
まわりの人々が冷めてしまって、
逆効果ということもありえるから...

そんな時には、
情熱が試されるのです。
そういうことになっても、
あなたの熱意は残っているのか、と。

無視されて、
遠ざけられて、
試された情熱しか、
残らないのです。

だから、
そういう情熱に、
自分が動かされ続け、
うまくいけば、
他の人の心の琴線にふれて、
他の人を動かせるときもある。

まずは、見えない情熱から
始めることが大切。そう思います。

(参考)寡黙なる巨人(多田富雄)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年5月12日

人間は、書いてある文字なら、...

実際はどうかなんて、
どうでもいいの。

人間は、
書いてある文字なら、
たいていなんでも
信じてしまうものよ。

(シャーロットのおくりもの、E.B.ホワイト)

口から出る言葉で
やりとりしているうちは、
そうでもないけれど、
文字として書かれたものになると、
人は、とたんに信じやすくなる。

だから、書いたものとして
残したくないという人もいる。
いったん、残してしまうと、
証拠として引き出されることが
多くなるような心配が
生まれるからなんだろう。

そういうことは、
口約束よりも、
文書契約の方が強い、
という世の中の傾向にも見られる。

書いてある文字は強いのだ。

自分のためにも、
そういうことは使える。

心で単に憧れている願望も、
紙に文字として書いてしまうと、
なんとなく、強い目標に変わる。

心の中を堂々巡りしている悩みも、
紙に文字として書いてしまうと、
自分から吐き出された感じになって、
その分、心の中に余裕が生まれ、
思考能力が戻ってきて
解決に近づいたりもする。

自分の心の中には、
すでに書かれている言葉のはずなのに、
目の前に見える文字になると、
人は、それを本当のこととして
信じられるようになる。

面白いものです。

(参考)シャーロットのおくりもの(E.B.ホワイト)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年3月22日

じゃんけん、...

じゃんけん、
じゃんけん、
またじゃんけん。

(勝間和代 成功を呼ぶ7つの法則)

じゃんけんは、
グー、チョキ、パーの
3つのいずれかを出して戦う。

相手が、何をどのタイミングで出すかは、
よく分からない。

とんでもなく、クセが強ければ、
それは読みやすくなりますが、
でなければ、勝つのは確率の問題。

勝つ回数を増やすためには、
じゃんけんする回数を
増やさなければいけません。
そうすれば、確率的に、
勝つ回数がどんどん増えていく。

失敗しても、
何度もチャレンジして、
何度もじゃんけんすること。

人生は、そんな
じゃんけんの繰り返し。

そう思えば、なんか気楽。

必勝法などなく、
確率的にしか勝てないとなると、
やる気が出てこない人も
いるかもしれない。

しかし、
失敗が続いている時には、

何度負けても、
やるっきゃない。
少しでも進化して、
当たっていくしかない。

と思わせられる。

じゃんけん、
じゃんけん、
またじゃんけん。

がんばるべ!

(参考)勝間和代 成功を呼ぶ7つの法則

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年1月23日

天才とは、自分の才能を上手に...

天才とは、自分の才能を上手に
引き出すことができた人のこと。

(13歳からのシンプルな生き方哲学、船井幸雄)

自分の才能を上手に引き出せても、
それが、ほかの人に比べて、
何かしら目立った点がないと、

実際には「天才」と
呼ばれることはありません。

天才と呼ばれることは、
たいへんなことです。

努力もせずに、
とてつもない才能が身についたように
勘違いされることも少なくなく、

得意な分野以外でも、
何かしらやってくれそうな期待を
勝手に抱かれたり、

嫉妬されたり、恨まれたりすることも
けっこうあるでしょう。

あと、自分の才能によって、
世の中を難なく渡り歩けるような、
誰でも言うことを聞いてくれるような、
そんな錯覚に陥ってしまい、
どん底を体験することすらあるのです。

天才の味わう苦悩があり、
凡才も味わう苦悩があります。

与えられているものが
素晴らしいからと言って、
幸せとは限らないのです。

人それぞれ、
背負っていくものが違うだけ。

天才と呼ばれる人を、
うらやみすぎることなく、

自分の才能を上手に引き出して、
自分のささやかな「天才」ぶりを
見つけることに、心を注ぎましょう。

(参考)13歳からのシンプルな生き方哲学(船井幸雄)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月14日

もう走りながら...

もう走りながら
何もかも決めていくしかなかった。

(雑誌「プレジデント」、中島幸男)

じっくり考えて、
ゆっくりと決められる、
という時代じゃない気がします。

実際、
時間をかければかけるほど、
迷ってしまうことが多い、
というのも人間の習性です。

卓球というスポーツは、
「100mを走りながら、
 将棋やチェスを
 するようなものだ」
と表現されることがあります。

実際、サーブが出されて、
レシーブを返して
打ち合い(ラリー)が続いて、
1ポイントが決まるまで、
10秒以上の時間がかかることは、
めったにありません。

しかし、その中で、
ボールの回転、コース、スピード、
いろんなことを判断しながら動いて、
打ち返していくのです。

人生での判断シーンにて、
10秒以内でやらなければいけない、
なんてことは、
めったにないでしょうけど、

「走りながら決めていく」

というスタンスが必要なのは、
事実でしょう。

立ち止まって決められることも、
なかにはあるかもしれませんが、
速断できる人間でいたいものです。

たとえ失敗しても、
決断を延ばしたことが、
失敗を延ばしただけのことになるよりは、
いいと思うんですよ。

走りながら決める、
今日もちょっと走りましょう。

(参考)吟遊詩人ビードルの物語 (松岡 佑子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年11月 4日

人間というのはどうしてこうもつまらないことに...

人間というのはどうして
こうもつまらないことに
差異を見出して、
優越感を覚えようとするのだ。

(死神対老女、伊坂幸太郎)

私にはピンクが似合うけど、
あの人には、ピンクが
ちょっと似合わない。

この前のテストで、
私は86点で、ヤツは85点。

オレは5:50に着いたけれど、
あいつは5:55に着いていた...。

人間は、
ちょっとした差を見つけるのが、
とても上手だ。

自分の中で満足するために、
見つけている差もあれば、

やっぱり、
他人からの注目を集めたいために、
見つけようとしている差もある。

実際は見つけたところで、
どうってことのない差のはずだが、

それを大げさに話すことによって、
その後の差を大きくしていたりする。

ウワサ好きの人間の間では、
大げさに話す才能が
とても重宝する。

そうでない人間の間では、
うっとうしがられるだけなのだが、

器用な人間は、
そういう話し方を
うまく使い分けられたりするもの。

中身の差で勝負できる人間に
なりたいものです。

っていうか、
勝負しようと思っている段階で、
中身がないのかもしれませんね。

(参考)魔王 (伊坂 幸太郎)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月 5日

自信とは、何かができるとか、...

自信とは、
何かができるとか、
何かをしたとかじゃない。

自分を信じること。それだけ。
だから、自信って書くんだよ。

(作者不詳)

やったことがないから、
初めてだから、自信がない。

必ずしも、
そうとは言い切れない。

何度も勝っているのに、
何度もうまくいっているのに、
自信がない人だっている。

そういうことを考えると、
結局は、自分への思いだけ。

根拠も何も要らない。
自分を信じられるかだけ。

そもそも、
根拠を探そうとするところに、
自信のなさがあるんだろう。

こういうことをしてきたから、
そういうことがあったから、
私は(俺は)自信を持っていいんだ、
と言い聞かせなければいけないのなら、

その根拠を超えるようなことが
起きてしまった時に、
自信は薄まっていくことだろう。

自信は才能かもしれない。
だから、どこからでも生まれてきて、
どこへでも根づくこともある。

そんな才能が欲しいものです。
ちょっとはあるかもしれない...

(参考)夢をかなえるゾウ (水野敬也)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月22日

信号機が交通事故を防ぐのではなく...

信号機が
交通事故を防ぐのではなく、
信号を守る者が防ぐのである。

(投稿)

ハマリ王さんからの投稿です。
「父親の教えです。
 規則・ルール・約束は、
 それを一生懸命に守ろう
 とする人達がいるから
 価値があるのだ、
 ということなのでしょうね。」

ちょっとマジメな言葉ですが、
面白いものにも思えました。

見晴らしがよくて、それまで
交通事故など起こらなかったところに、
少しずつ、家やお店が建ってくると、
見晴らしが変わってきます。

すると、信号機が新しく出来る。

で、交通量が多いうちは、
ドライバーの意識もちゃんと
信号機に向けられています。

しかし、時代は変わるものです。
いつしか、別のエリアに
人々が集中するように
なることもあります。

すると、交通量が変わって、
信号機を待つ車も減ってくる。

事故が起こる時というのは、
そんな時。

信号機を待つ車が減ると、
ドライバーが進行機に向ける意識が
薄まったり、

車なんてめったに通らないから、
赤信号でも渡ってしまえとなったり...

事故が起こるわけです。

警告も注意も、
守る人なしには、
何の意味もないのです。


(参考)おしゃれなエコが世界を救う 女社長のフェアトレード奮闘記(サフィア・ミニー)

2008年6月17日

君にとって善、悪とはなんだね?...

君にとって
善、悪とはなんだね?
君に味方するものが善で、
はむかうものが悪か?

そんな薄っぺらい考えでは
いずれ手痛い目に会うぞ。

(ドラマ「古畑中学生」)

美沙さんからの投稿です。
「あぁ...その通りなんだな
 と思いました。」

そんな薄っぺらい考え、
わたしの中にもあるかも...

人は何が正しい、正しくない、
の判断をしていない時がある。

そんな時は、
何が好きで、何が嫌いかを
判断しているんじゃないかな。

そして、その上っ面に
「正しい」「正しくない」
の皮をかぶらせて語っている?

もちろん、それが誤りでもない。

そういう人もいる、
って理解したらいい。

好きになるか、
嫌いになるかは、
人それぞれの自由。

ただ、好き嫌いを、
善悪と直結してしまったら、
きっと、世界が狭まることだろう。

好き嫌いと善悪は、まったく別。
そういう価値観でいたいものです。


(参考)
古畑任三郎 2nd season

2008年3月10日

いいんじゃないの。…

いいんじゃないの。
楽しいことも、辛いことも、みな
平等に時に流されていくんだから。

(引用元不明)

さどべえさんからの投稿です。

1週間の初めに、
自分の心を眺めてみる。

先週の重荷を引きずっていると、
なんか重いなぁと感じる。

時間は流れていても、
心の中が流れていない。

1週間をふり返れば、
イヤなことも、面倒なことも、
きっとあるはずなのだけれど、
その終わった時点での気持ちを
引きずりやすいのが人間。

1週間の終わりに、
そういうイヤなことを帳消しにする
ちょっといいことがあるだけで、
心が軽くなってくる。

子どもの頃には、
寝れば忘れられる能力があったのに、
大人になってしまったら、
そういう能力の方を忘れてしまった。

子どもを見れば、大切なことまで
忘れてるような姿にも感じるけれど、
それはそれでいい。

ちゃんと流れに逆らわず、
流した証拠だろうから。

大人の目から見て、
大切だと思うことが
いつも正しいとは限らない。

子どもが覚えていたことが、
結果的に正しかったなんてことも
あるはずだから。


(参考)時は流れて…(風)

2008年3月 5日

世の中に不満があるなら…

世の中に不満があるなら
自分を変えろ。
それが嫌なら耳と目を閉じ、
口をつぐんで孤独に暮らせ。

(攻殻機動隊、士郎正宗)

世の中を見て、
理不尽だと思うことは
私にもあります。

しかし、
そういうことの中にも、
別の見方をすれば、
理不尽だと思っている私の方が
おかしい場合もあることでしょう。

具体的に、
どんなことかは分かりませんが、
そんな気がします。

こんな言葉を思い出します。
「人は、人生が
 公平でないことを
 悟れるくらいに
 成長しなくてはならない。
 そしてただ、
 自分の置かれた状況のなかで
 最善をつくすべきだ。」
(スティーブン・ホーキング)

私は、世の中が公平じゃない、
と宣言したいわけじゃない。

いつか、どこかで、誰もが、
公平じゃないと感じる経験を
するということでは、ある意味、
公平だと思っています。

で、問題はそこから。いつまでも、
公平でないことにこだわっているか。
それとも、その壁をぶち破るために、
自分をちょっとだけ変えてみるか。

いきなり大きく変えようとすると、
世の中の「大きさ」に圧倒されてしまう。
変われる自分という達成感なしでは、
きっと、進んでいくことは無理でしょう。


(参考)攻殻機動隊(士郎正宗)

2008年2月12日

人は一年先のことまで心配するが、…

人は一年先のことまで心配するが、
日暮れ前に死ぬことも知らないのだ。

(人は何で生きるのか、トルストイ)

心配ではなく、
大きな期待をもちながら、

まさに今日、そういう日を
迎えてしまう人がいるでしょう。

まさか、自分の人生が終わる、
なんて思ってもいないはずだ。

わたしばかりでなく、
あなたにも、
わたしやあなたの大切な人にも、
そういう日が、
今日じゃなくても、
いつか来るかもしれない。

自分のせいで、
そんな日が来るとしても悔しい。
自分のせいじゃなければ、
なおさら悔しいだろうと思う。

いつかっていうことは
誰にも分からない。

分からないから上に、
それまでにどう生きるか、
っていうことは、
一人一人にまかされている。

30年後だろうと思ってもいい。
今日来るかもと思ってもいい。
どうでもいいと思ってもいい。

その予想が当たる人なんて、
ほとんどいないだろう。

ただ言えるのは、
心配することや、期待することが、
人生の本質と関係なかったら、
ちょっともったいないだろう、
っていうことだけかも。


(参考)人はなんで生きるか(トルストイ)

2008年2月 7日

人は追いつめられると、

人は追いつめられると、
自分さえ裏切ります。

(ドラマ「相棒」)

昨日一日をふり返ってみれば、
朝には「やろう!」と決心していたことを、
自分に何かと理由をつけて
やっていないことがいくつかある。

それが、たいしたことじゃないことならいい。

けれど、それがとっても重要なことで、
それをやらなかったことにより、
今日の気分がさらに滅入っているとしたら、
自分への期待がだんだん薄まってくる。

自分への期待が
いくらかでも持ち続けられるように、
自分を裏切ることは
できれば減らしたい。

いい意味で、
「へぇー、俺って、
 こんなふうにやれるんだ。」
みたいな裏切りをいっぱいしてみたい。

現実として、
そういうことが何度も
あるわけじゃないだろうけど…

自分の考え方や弱点、
どういうところで逃げるか、
どういうところで意地を張るか、
なんてことは、
けっこう分かっている。

想定外のことが
たびたび起きて、
それに奮い立つような自分でない限り、
いい意味で裏切る自分には
なれないように思う。

だいたいは、
想定外のことに戸惑ってしまう自分。
そして、いつも口にしている正論に
反するような行動をする自分。

「もし、追いつめられたら、
 どうしますか?」
っていう仮定の質問に、
きれいな答えをいくらしていたとしても、
現実のシーンにそれが来たら、
自分がどうするかなんて分からない。

想定外に強い自分になるために、
どうしたらいいんだろう…?

ただ言えるのは、
想定外の行動は、
日々の本当の考え方や
行動の延長線上から出てくるでしょうね。


(参考)裏切り(K・アルヴテーゲン)

2007年12月14日

自分の身の周りに…

自分の身の周りに
落ちているごみを拾えない人は、
自分の周りに
落ちているチャンスも拾えない。

(作者不詳)

ゴミと思えるものの中に、
チャンスがある?

もしかして、はじめのうちは、
チャンスもゴミも、
あまり見分けがつかない?

わが家の地域では、
火曜日と金曜日が、
ゴミの収集日となっています。
朝の7:00頃、収集場所に、
ゴミを持ち運ぶ義父。
よほどのことがない限り、
義父が自分の役目と思って
がんばってくれています。

今は、カラスのゴミ攻撃が盛んなため、
時間をちょっとズラして運んでるよう。

私にしてみれば、
少しは義父に気を遣うので、
ゴミの減量化を心がけていますが、
やっぱりゴミは出てきます。

子供たちが持ってくるプリント、
私に届けられるダイレクトメール、
スーパーとかの買い物袋…

外からのものが入ってこない日は、
ありません。そして、
ゴミ箱に入れられるまでは、
そこらへんに置かれたまま。

もちろん、
そういうものが増えれば、
散らかってしまうことにもなる。

散らかり様が手遅れになってしまえば、
面倒くさくなって適当に捨てる羽目に。

そうなったら、
ゴミもチャンスも区別がない。
みんな、ゴミにしてしまうのが人間。

ちょこっとしゃがんで拾えるうちに、
拾わなくちゃ、チャンスには
気づけないんです。


(参考)成功はゴミ箱の中に-レイ・クロック自伝-

2007年12月 7日

がんばったらがんばっただけ…

がんばったらがんばっただけ
報われるなんて、
理想であって、現実はそうじゃない。
でも、時には、
報われることだってある。
だから、がんばれるんだ。

(ドラマ「働きマン」)

私自身、ちょっと最近は、
がんばりすぎていたかもしれません。
いや、ほかの誰かと比べたら、
全然がんばっていない方かも。

ただ、今朝倒れて、
救急車に運ばれて…
いろいろと考えることがありました。
(くわしくは、今日のコラムにて)

成功するために、報われるために、
なんか喜べることに出会えるために、
きっと、わたしたちは、
がんばっているんだと思います。

ただ、その方向が正しいとは限らない。
もっと踏み込んで言えば、
正しい方向があるかどうかも分からない。

がんばった先では、もしかして
何かを失っていることもある。

失っても失っても、
がんばり続けられることもあれば、
失った瞬間に、
あきらめたくなることもある。

がんばることだけに夢中になって、
予想とは違った「かたち」で
報われていることに気づけなかったら、
虚しい気分になるだろう。

がんばることも大切だけれど、
気づくことも同じくらい
大切なんだと思います。


(参考)働きマン音頭

2007年11月 4日

面白いな。どこに座っているかによって、…

面白いな。
どこに座っているかによって、
物事は見え方が違うからな。

(英語)
It’s funny how different things
look depending on
where you sit , right?

(映画「ボーン・アルティメイタム」)

「こっちの方に座って
 見てみてよ。」

といくら誘ってみても、
試そうとしない人はいる。

見慣れた見え方で
満足しているだろうし、
他の見え方を体験する必要性も
感じていない。

おまけに、
メタボリック症候群で、
体を動かすのが面倒くさい
ときている。

そもそも、
1つのところに
ずっと座っていたら、
根が生えてしまう。

だから、
「物事には違った見方がある」
という真実すら忘れている。

この真実を忘れることは、
人生の幅を狭めてしまうように思う。

職業ひとつをとってみても、
座る場所は、いろいろとある。

公務員もいれば、
会社員、派遣社員、パート、
フリーター、ニートなど様々。

さらに、その中にも、
無限とも思えるほどの座る場所がある。

どこに座って見るのが正しいか、
という結論にこだわることなく、
物事を見つめる姿勢さえあれば、
当初は見えなかったものも
見えてくるはずなんですけどね。

というようなことを言っている私も、
座る場所を変えて、
自分の言っていることを
見直したりしなきゃいけないなぁと
いう時期に来ているように思います。


(参考)ジェイソン・ボーン スペシャルDVD

2007年9月 9日

自分が遅いと想っている、…

自分が遅いと想っている、
その君の歩みは、
他の誰かから見れば、
もしかして速いかもしれないよ。

(引用元不明)

逆も言えるんでしょう。

自分が速いと想っている、
その君の歩みは、
他の誰かから見れば、
もしかして遅いかもしれないよ。

って…

意外と恵まれているのに、
自分の思い込みで、
不満だらけの思いになるのも、

まだまだ未熟なのに、
早合点して有頂天になり、
油断してしまうのも、
どちらももったいない。

人間って言うのは、
現実的と、理想的の
ちょうど中間地点で
生きるのがいいんじゃないかな、
と思う。

現実を、
理想的に見れば、
ギャップが大きすぎる。

けれど、理想を、
現実的に見れば、
ワクワクしなくなる。
夢がもてなくなる…

理想と現実の間には、
見えにくい線が結ばれる。

それがちゃんと見えないと、
どちらも見失うんですよねぇ。


(参考)「並の人生」では満足できない人の本 (ロベルタ・シェラー)

2007年8月30日

環境のせいにして、…

環境のせいにして、
勝つことを
あきらめてはいけない。

(メンタルを考えよう、岡沢祥訓)

あるところに行けば、
必ず夢や目標がかなう、
願いどおりになる…

そんな環境があれば、
誰もが行きたい!?

そんなことはない、
と思います。

その環境のおかげで、
あの人は
強くなれたんだ、勝てたんだ、
と言われるくらいなら、

それよりは厳しい環境のなかで、
強くなる、勝てるようになる、
そんな努力をする道を
選ぶ人がいても不思議でない。

お金で買える環境
というものがあれば、
お金で買えない環境もある。

すでに自分を生んでくれた親を
選ぶことはできないけど、
その親から何を学ぶかは、
選べるところもある。

同じように、
選べない環境も
あるかもしれない。
そこから逃れるために、
かなりの時間を要する時も
あるだろう…

だとしても、
あきらめることはない。
人間は、環境だけで
すべて決まるわけじゃないから。


(参考)いつまでもデブと思うなよ (岡田斗司夫)

2007年4月23日

神とサイコロは無口でいい。

神とサイコロは無口でいい。

(ゲーム「ひぐらしのなく頃に」)

神様がいるんなら、
戦争なんか起きない、
なんて言う人がいる。

悲惨な事件も、
悲しい出来事も
起きるわけがないとも…

言っていることは分かる。

そして、私には、
神様の方針は100%分かりえない。

ただ思うのは、仮に
神様が一つ一つのことに
口出しをしたらどうなるか。

きっと、うるさい
と思うに違いない。

それだけならまだしも、
目先のことしか
見えていない私たちに、
将来を見通して言われる助言が
完璧に理解できるとも思えない。

もちろん、
みんながそれに従ったら、
歓迎されずに生まれた子供などいず、
みんなが良い家庭で育てられ、
良い両親になるように努力し、

争いや危険が迫ってくれば、
神様がそれを阻止して、
失恋とか、悲しい出来事でも
起きそうになれば、
あきらめなさいと教えてくれる。

ありがたいような、
迷惑のような…

私たちは、
今なお知っているのに、
自分では出来ないことを
たくさん抱えている。

それなのに、
さらなる知識、さらなる助言を
四六時中言われることになったら、
きっと、耐えられない。
いくら、正しいとは分かっていても…

神様は、きっと、
聞く耳のある人には
聞こえるように、気づくように
語ったりもしているだろう。
時には、人や何かを通して…

聞く耳のない人には、
準備ができるまで待つ。

それが無口に見えるのかもしれない。

聞こえる方がいいのか、
聞こえない方がいいのか。

その結論は、知らず知らずのうちに、
自分が選んでいるのかもしれません。


(参考)ひぐらしのなく頃に 名場面捜査ファイル100

2006年11月26日

世間を捨てれば心細い。…

世間を捨てれば心細い。
糸の切れた風船の
ような気持ちになる。

その時、…
同行二人という言葉が心強い。

(NHKドラマ「ウォーカーズ~迷子の大人たち~」)

四国八十八カ所の
お遍路を通して、
いろいろな世代の大人が、
迷えるものと向き合う姿が
映し出されるドラマです。

来週が最終回。
いろいろと考えさせられます。

上司に、
有給休暇がたまっているので、
3週間休んでリフレッシュしてこい、
と言われてから、いろいろとあり、
お遍路に行くことになった主人公。

お遍路をしている間は、
迷ったり、悩みながらも、
生き方の本質に向き合い、
リフレッシュされたものの、
会社の組織に帰ってみれば、
狭い世界での昇進競争に
巻き込まれそうになる自分がいる。

お遍路に行く前の主人公も、
そういう競争が生きがいだった。
しかし、今は少し視点が変わった。

私たちも、
そういう狭い世界から抜け出そう、
世間とは距離を置いてみよう、
と思い始めると、やはり心細い。

イヤだイヤだと思ってはいても、
世間から全く捨てられるのは怖い。
それに、自分が逃げている
ような気もしてくる。

結局、逃げているだけなんだよ、
世間に言われている気がする。

結局、逃げたかったんだ、
自分も認めちゃう気がする。

1人でお遍路をしても、同行二人。
いっしょに苦しんでくれる人がいる。

人生も同行二人。
1人で生きているようで、
どこかで見守ってくれる人がいる。

世間からの評価、それはそれ。
正しい、正しくないの問題に
する必要もない。

自分の生き方、それもそれ。
後悔のないように生きたい。


(参考)四国八十八ケ所はじめてのお遍路(NHK)

2006年11月20日

…信じたい嘘だけを…

世の中は
嘘でできている。

信じたい嘘だけを
信じればいいんだよ。

(引用元不明)

この言葉を読むと、
だまされたって
言えなくなるなぁ…
っていう気がします。

信じたくて信じて、
その嘘にだまされた
っていうところも
あると思うんです。

世の中は、
面白く出来ています。

というより、信じたくなれば、
人間の目には、
信じるべき証拠だけが
入ってくるようになります。

逆に、信じたくなければ、
嘘と言えるような証拠だけが
目に入ってくるわけです。

嘘も本当も、人生の一部。
そんな気がします。

妙な考え方かもしれませんが、
悲観的な意味でなく、

「この世の中は、
 みんな嘘かぁ…」

って思い始めると、
なんか気楽になってきます。

嘘という理解で始めて、
真実のことを見つけていくのは、
面白味のあるゲームです。

「ある」ものについては、
「ない」と思い、
「ない」ものについては、
「ある」と思ってみる。

視点が変わることによって、
本当のことが見えてくるんです。
目の前に「ある」のように
見えるものについても…


(参考)100%願望をかなえるウソの法則(佐藤富雄)

2006年11月15日

矛盾こそ…原動力であり、…

矛盾こそ物事の発展の原動力であり、
矛盾を解消するために
一方に割り切るのではなく、
矛盾と格闘し続けることが重要だ。

そして、その矛盾を
包容できる人が「器の大きな人物」。

(雑誌「プレジデント」)

世の中の矛盾を嘆いたり、
責めたりすることは、
誰にも出来るわけで、

ただ、一番矛盾しているのは、
自分だったりするんです。

私のコメントやコラムだって、
過去から辿ってみれば、
きっと矛盾したことを
言っていると思うんです。

まるで、自分の周りにだけは、
矛盾がゆるされるかのように…

そういう自分を、
矛盾していないように
見せようと努力すること自体に
もうかなりの矛盾があるわけで、

そんなことよりも、
自分には矛盾があるんだ、
と包容できる人間になった方が
矛盾がなくなっていくと
思うんです。

あとは、それと戦うだけだから。

世の中の矛盾と戦うよりも、
自分の中の矛盾と戦う方がいい。

いつまでも、自分の矛盾を
隠そうとしていたら、
それ自体が矛盾の上塗りになるだけ。

自分の矛盾を受け入れた時に、
世の中の矛盾と戦うための
本当のパワーも
見えてくるんじゃないでしょうか。

頼るところを間違わない目も…


(参考)プレジデント Family (ファミリー) 2006年 12月号

2006年9月 4日

世界とは何か…

『世界とは何か』と考えたとき、
人間は自分の知り得る範囲内でしか
世界を規定できません。

(谷川流、Yahoo!インタビュー)

世界とは何か、
なんて質問されたことは
ないなぁ…

人生とは何か、
人間とは何か、
神とは何か。

そんな質問にも
似ているように思えます。

あまりにも大きな質問だから、
冷静な時には、そう簡単に
答えはしないだろう。

けれど、そうでない時には、思わず、
うんちくを垂れるかもしれない。

だから、そんな問いに
正解があるとしたら、
「世界には、私の知らないことが、
 まだまだたくさんある。」
とでも答えておけばいいだろう。

実際のところ、それが事実だし、
本気でそう思って、
いろんな世界と向き合っていれば、
思い込みで損をすることもなくなるはず。

海外旅行を多くした人が、
世界を知っているわけじゃない。
社長まで登りつめた人が、
世界を知っているとも言い切れない。
大金持ちが、人間を
いくらか支配できたとしても、
世界を支配できるとは限らない。

世界って、そんなもん。
人間の手が届くところに、
すべてが置かれている
わけじゃないんだよ。

そう考えると、
なんか分からないことが多くても、
気楽に受け入れられそう…


(参考)涼宮ハルヒの憂鬱(谷川流)

2006年7月17日

愚かな頭の中をめぐる虚栄心は、…

愚かな頭の中をめぐる虚栄心は、
あらゆる性質の害を生み出す。

(英語)
Vanity working on a weak head,
produces every sort of mischief.

(ジェーン・オースティン)

虚栄心によって集めたものは、
いつの日か、自分のもとから
離れ去っていく。

しかし、残念ながら、
虚栄心だけは去っていかない
ケースが多いように思う。

虚栄心によって、すべてを
失ったという経験をしても、
虚栄心にとっては、
愚かな頭が住みやすく、
また、愚かな頭にとっても、
虚栄心ほどのお得意さんは
いないからだろう。

悲しい組み合わせ。
進歩が期待できればなぁ…

私を見てみても、すべてにおいて
見栄を張りたいわけじゃないけれど、
自分が「こう見せたい」という願望が
強いところについては、やはり、
それをしてしまう。

身内に、見栄っ張りがいて、
その人間によって、それこそ、
「あらゆる性質の害」を経験した人も
いることだろう。

外では、とても評判がいいけれど、
内では、甲斐性のひとかけらもない。
だから、無理が生じる。

ないものをあるように
見せようとするからねぇ。
どうにかならないもんでしょうか、
そこらへんの弱さが…

ないならないで、いいじゃない。
しょうがないでしょ、その時点では。
一時の「ある」を演出しても、
それがずっと…とはいかないんですから。

虚栄心よ、離れ去ってくれ。


(参考)富の未来(A・トフラー)

2006年7月 9日

…善悪だけではかたづけられない…

人がこの世で生きてゆくことは、
生き方も考え方もちがう他人と、
ともにすごしてゆくことであり、

善悪だけではかたづけられないものを、
しのぎ、のりこえてゆかねばならない。
むしろその処方に
善悪をあらわすべきではないか。

(鳳凰の冠、宮城谷昌光)

人は、善か悪か。

そう尋ねられたら、
私なら自分を見て、
悪に染まりやすい傾向がある、
と言ってしまうだろうなぁ…

そして、他の人にも、
同じものを見てしまうかも。

だからと言って、
そこだけで判断しちゃいけない、
ということなんでしょう。

その両方を合わせもつ自分と他人と、
生きている間はずっと、
付き合っていかなくちゃいけない。

もちろん、
本質の善悪を無視はできないけれど、
それに自分がどう対処するのが最善か、
ということの方が、かなり重要なのだ。

矛盾の多い世の中、
だからといって、
世捨て人となって
生きていけるほど、
自給自足ができる人は
ほとんどいないでしょう。

どこかで、その矛盾した世の中に、
「持ちつ持たれつ」の関係に
この身をつかまれている。

潔癖性の心から見れば、
どうしようもなく汚れて
見えるでしょうけど、
しょうがないんですよねぇ。

本当のところ、自分が
そんなに汚れていない
わけじゃないですから…

(参考)香乱記(宮城谷昌光)

2006年5月19日

新しい人は、古いことをやっても新しいんです。…

新しい人は、
古いことをやっても
新しいんです。

逆に、古い人が
新しいことをやっても
古くさく見えてしまう。

(福山雅治)

めめんとさんからの投稿です。

新しいことをやっても古くさい。
なんか、分かる気がします。

結局、自分が
知っていることだけに当てはめて、
理解しちゃうんですよね。

たとえば、パソコンであれば、
コミュニケーションとか、
情報にふれる道具であるのに、

どうしても、
機械というイメージから
抜け出すことができず、
大型計算機と向き合うような気分で
扱ってしまう人がいるでしょう。

その気持ちは、
分からないでもありません。

新しいものなのに、
古い物差しをあてがったら、
そんなふうになりますよ。

新しいものって、ある意味、
付き合い始める時には、
面倒くさいところがありますから。

覚えなきゃいけないこと、
受け入れを迫ってくる新しい考え方、
そのための時間、などなど。

過去において、
新しいものに断念した経験があれば、
なおさら、面倒な気分は強まります。

聖書に、こんな言葉があります。
「だれも、新しいぶどう酒を
 古い皮袋に入れはしない。
 もしそんなことをしたら、
 その皮袋は張り裂け、
 酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。
 だから、新しいぶどう酒は
 新しい皮袋に入れるべきである。
 そうすれば、両方とも
 長もちがするであろう。」
(マタイ9:17)

新しいことは、新しい考え方で。


(参考)milk tea / 美しき花(福山雅治)

2006年3月22日

幸せだけとか、不幸だけに運命づけ…

幸せだけとか、不幸だけに
運命づけられている人間など
誰一人としていない。

人生の車輪は、
向きを変えながら、
ガタゴト行くのだ。

(英語)
Nobody is destined
only to happiness
or to pain.
The wheel of life takes
one up and down by turn.

(カリダーサ)

ガタゴト生きていく、
なんか癒される表現です。

今の時代は、
でこぼこ道なんて
あまり見かけませんが、
人生の道は、
だいたいがでこぼこ道。

でこぼこなどなく、
誰かによって、
きれいに整備された道は、
退屈すぎて、
きっと何も起こらない。

もし、人生の車輪が
左が不幸で、
右が幸せだとすれば、

ガタゴト行くたびに、
それぞれの車輪が
落ちたり上がったりする。

そんなことを言えば、
人生の幸不幸なんて
まったくの偶然に
支配されている感じに
なっちゃいそうですが…

大切なのは、穴に、
一度はまってしまった時に、
それでもガタゴト
進もうとするか止めてしまうか。

その判断から逃げない限り、
偶然に支配されて
終わることはないと思います。

今日も、ガタゴト生きましょう。


(参考)宇宙を味方にする方程式(小林正観)

2005年12月20日

世界はすばらしい鏡。…

世界はすばらしい鏡。

ちゃんと反射して
あなたが何者であるかを、
映し出してくれる。

(英語)
The world is a great mirror.
It reflects back what you are.

(トーマス・ドゥレアー)

若い頃は、
鏡をよく眺めていました。

太ったかなとか、
目がはれぼったいなとか、
まぶたの上のまゆげを
ちょっときれいにしなきゃなとか…

私たちは鏡を見るときに、
やっぱり、
自分が気になるところを
見るものです。

コンプレックスを感じている部分、
自信がある部分、などなど…

そして、
コンプレックスがあるところは、
いろいろいじってみたりする。
時に、いじりすぎて、
かえって目立ってしまうこともある。
後悔することも少なくないでしょう…

鏡がよくても、
それを見る私たちの目が
間違っていれば、
私たちの行動も間違ってしまう。

もちろん、世界という鏡が
ゆがんでしまうこともあります。
しかし、見る目さえあれば、
鏡に対しても、自分に対しても、
判断を誤ることはないわけで…

人は鏡などを使って、
自分が見えるようになってから、
幸せにも、不幸にも
なったのかもしれません。

もちろん、見えなかった方が
良かったとも言えませんが…


(参考)こころのエンジンに火をつける 魔法の質問(マツダミヒロ)

2005年12月15日

わたしが一番きれいだったとき…

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか

ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

(わたしが一番きれいだったとき、茨木のり子)

自分の絶好調と、
周りやこの国のタイミングが
合うとは限らない。

だからと言って、
タイミングの合った人ばかりが
幸せだとも限らない。

注目されることと、
本当に幸せになることは、
別問題なのだ。

昔モテた人が、
昔きれいだった人が、
みんな幸せになってるわけじゃない
のと同じように、

タイミングだけでは
解決できないことが
世の中にはある。

もちろん、世の中と
タイミングが合うならば、
それを捨てる必要はない。

しかし、
合わないからと言って、
絶望する必要もない。

今だけを見て、
運が悪いなんて、
思い込まなくていいんだよ。

自分に与えられている
他の才能を探し求めることに、
心を切り換えていけばいいのだ。

それまでの殻を打ち破って、
たくましく生きよう。
こんな時代だからこそ…

(参考)自分の感受性くらい(茨木のり子)

2005年11月17日

通常とは、昨日の現実にすぎない。

通常とは
昨日の現実にすぎない。

(創造する経営者、P・F・ドラッカー)

自分の主張に、
箔をつけるために、
「通常はね」とか、
「常識はね」とか言われると、
私はかなりアタマにきます。

口に出して言わなくても、
「だから、何よ?」
と心で思うのです。

そして、
「ああ、この人はもう、
 こういう言い方で自分を守る
 しかなくなっているんだな。」
と理解するようにしています。

そうしないと、こちらまで、
私の常識とかを引き出して、
議論したくなっちゃいますから。

私たちが何かを議論する時に、
聞きたいのは、常識ではないはず。
そして、伝えたいことも、
常識なんかじゃない。

「私は、こうして欲しい」
「私は、こうだから、こう思う」
「あなたは、どう思う?」
「あなたは、なぜそう思う?」

そういうことのはず。

ただ、常識や通常を
引き出してくる人間は、
それによって、
一時は逃れることは出来ても、
次々と来る「新しい流れ」からは
逃げられないのだ。

守れているようで、
実は、守れていない。
それが現実。昨日の現実。

【参考】
仕事の哲学~ドラッカー名言集(P・F・ドラッカー)

2005年11月 8日

「伝統」という言葉は、…

「伝統」という言葉は、
変わろうとしない人間が、
言い訳に、とてもよく使う。

(英語)
”Tradition” is very often
an excuse word for people
who don’t want to change.

(レッド・バーバー)

伝統を守ることは、
悪くない。いいことだ。

ただ、伝統を守ることを、
何かの逃げや言い訳に
使っているとすれば、
その「変わらない」姿勢で、
損をするのは、自分でしょう。

ご存知の方も、多いはず。
先日(2005-11-06)、将棋界では、
異例のテストが行われました。

プロになれる年齢制限があるなかで、
その伝統を破るチャンスを与えられた、
サラリーマン棋士:瀬川晶司さん。

結果、見事、勝利をつかんだ。
伝統を守る側も、
伝統に挑戦する側も、
いいものを見せてくれたと思います。

人は、伝統の象徴とも言えるものが
壊されるときに、目を見張ります。

長々と守られてきた伝統にも、
注目は集まりますが、やはり、
壊される時ほどにはならない。

そして、注目されると、
やはり、人はもっと頑張れる。

経済ばかりでなく、
社会においても、停滞感を崩すには、
「守っているもの」を、
どこかで壊さなくちゃいけない。

瀬川さんの勝利を見て、
私にも、まだまだ守ることによって、
伸び悩んでいることがあるかもなぁ…
って思いました。

【参考】
決断力(羽生善治)

2005年9月29日

書かれないことは、現に起こったことであっても、…

書かれないことは、
現に起こったことであっても、
まだ事実ではない。

書くということは、
考えることとイコールで
あるだけでなく、
現実をつくり出すこと
でもあるのだ。

(雑誌「プレジデント」)

ほとんどの人が
読み書き出来るように
教育されている日本では、
「書く」ことのありがたみが
忘れられやすい。

もう今では、
かなり以前の話のように感じますが、
「世界がもし100人の村だったら」には
「14人は文字が読めません」
とありましたね。

人間は忘れる。
現実に起こったことでも
ちゃんと忘れる。
そして、もし、悪意ある人が
「起こらなかった」ことにするため、
記録などを消却したりしたら、
歴史のとらえ方だって変わるかも。

「書く」ことは、事実を
「つくる」こと。

ブログを書いたり、
日記を書いたりするだけでなく、
夢や目標もちゃんと書けば、
それが現実に近づく。

ちょっと甘い考えかもしれないけど、
「ああ、この時には、
 こんな夢をもっていたけど、
 まだ分かっていなかったんだなぁ」
とふり返ってみる機会になるだけでも、
価値があるとは思います。

書きましょう。

【参考】
夢を実現する戦略ノート―世界一のメンターが教える(ジョン・C.マクスウェル)

2005年8月 2日

…だが、ためこむことになんの意味がある?…

もちろん、
いざってときのために、
少しは取っておくべきだ。

だが、ためこむことに
なんの意味がある?
…あの世へは
持っていけないんだから。

(青空のむこう、アレックス・シアラー)

うちの子どもが、
夏休みの感想文のために
買った本にあったセリフです。

もちろん、
使いすぎるよりは、
ためこむ方が賢明です。

しかし、
目的を忘れた「ためこむ」は、
何かが足りないかもしれない。

お金でも、モノでも、ためるのは、
必要な時に使うため。しかし、
もし必要な時に使わないのなら、
いつ役立つだろう…

それは、もしかしたら、
恋する思いをためすぎた片思い
のようなものかもしれない。
告白しないのなら、
恋愛に発展するか、
失恋で終わるかも分からない。

ためこんだものも、
それを使う時には、
成功することもあれば、
やはり失敗することもある。

そう考えると、若い頃に、
なかなか告白できなかった私は、
ただ単に「ためこんで」、
満足だけしていたんだろうなぁ…

だから、逆に、
告白してくれる人に
出会うことがなかったならば、
何も手に入れることが
出来なかったかもしれない。

お金も、時間も、
思いも、力も、知識も、
ためこむばかりでなく、
使うチャンスを、
ちゃんと探しましょう。

そして、そのために、
ためこみましょう。

【参考】
青空のむこう(アレックス・シアラー)

2005年6月17日

目に見えるモノは事実 目に見えないモノが真実

目に見えるモノは事実
目に見えないモノが真実

(引用元不明)

今日は、Yさんからの投稿です。
(気づきのある投稿に感謝です。)
私は、Yさんのコメントに、
ガツンときました。

「例えば、子供が
 食事の後片付けを手伝おうとして
 いいお皿を割ってしまった。
 割ったことは事実だけれど、
 片付けの手伝いをしたかったという真実。
 そんな目に見えないモノが見えたら、
 怒らずにできるんだろうなぁ、
 と思っています。」

ああ、私には、
心当たりがありすぎます。

自分で割ったり、
自分で失敗したりしても、
自分で片づけられれば、
文句は言わないのです、私も。

しかし、割った瞬間に、
あるいは失敗した瞬間に、
反射反応で、

「私や妻が、
 片づけなければいけない」

という思いが心に浮かび、
怒りたくなるのです。

「余計な仕事を増やしやがって~」

結局、目に見えているものの奥や
その先が見えなくなるのは、
結局、自分の心しか
見えないからでしょうね。

でも、実際は、
自分の心だって
見えていない。

そう考えると、

「目に見えるモノは事実
 目に見えないモノが真実」

に付け加えて、

「見えてない自分の心は偏り
 見えている自分の行動は偽り」

なんてことも言えそうです。

注意しなくちゃいけませんね。
隠していると思っていても、
自分の心は、自分に見えていないだけで、
周囲には、偏り、偽りとなって
見えているかもしれませんから。

【参考】
生きて死ぬ智慧(柳澤桂子)

2005年6月 4日

…この事実のどちらに目を向けるか、…

世の中には、確かに、
自分より恵まれている人は
大勢います。しかし、
自分より恵まれていない人も
大勢いるのです。

この事実のどちらに目を向けるか、
それは、わたしたち次第なのです。

(子どもが育つ魔法の言葉、ドロシー・ロー・ノルト)

かなり以前、
ドライブをしている時に、
1つの看板が目に入ってきました。

少しずつ近づいているうちに、
それが、ちょっとセクシーな
女性のイラストであることが
分かってきました。

そして、ずっと近づいていくと、
そのイラストの下には、
「よそ見運転注意してね!!
 ○○交通安全協会」と。

こんな看板ありかよ、
かえって危ないじゃないか、
と思ったのですが、

幸い、そこは、右にも左にも
田んぼが広がるところだったので、
そんな心配はなさそうでしたが…

交通安全協会ですら、
これですから、世の中は、
どれほど、見なくていいものに、
目を向けさせるようにできているか、
という警戒が必要です。

チラシ広告やCMに限らず、
街で会う人々、モノ自体に、
そんなパワーがあるのです。

私たちが、仮に、
いろんなものを見たと思っていても、
それでもなお世界は広いのです。

自分より恵まれているもの、
自分のないものを見つけて、
一喜一憂するのは、
ある意味、商業主義のワナに
かかっている可能性も
あるということです。

どこに目を向けているか、
何かの力にコントロールされて
それを見ているのではないか、
うらやましがっているのではないか、

そんな感じに、
自分に目を向けてみましょう。
後悔しないための裏技です。

【参考】
子どもが育つ魔法の言葉(ドロシー・ロー・ノルト)

2005年3月11日

余は今まで…誤解していた。…

余は今まで…いわゆる
悟りということを
誤解していた。

悟りということは、
いかなる場合にも、
平気で死ぬることかと
思っていたのは間違いで、

悟りということは、
いかなる場合にも、
平気で生きていることであった。

(病牀六尺、正岡子規)

「いつ死んでも、悔いはない。」

たしかに、格好いい言葉であり、
悟りに近い心境かもしれない…

死を覚悟するというよりも、
死を恐れずに生きるという意味で、
そうありたいものです。

こんな話を聞いたことがあります。

首つり自殺を図った人が、
首をつりながら苦しんでいる最中に、
ロープが切れて、落ちてしまった。
そして一言。
「あああ、死ぬかと思った。」

笑い話にもなりますが、
この人は、幸いにも、
生きる苦しみも大変だけど、
死ぬ苦しみもかなり大変だと、
というのを経験できたわけです。

みんながみんな、
そんな経験を出来ればいいけれど、
今は、理解しがたいことが起きます。

インターネットなどによって、
一緒に死を越える仲間を
見つけることができ、なおかつ、
簡単で楽で確実な方法があるから。

そんな方法を選んだら、
たしかに、鈍りますよねぇ。
生きていることの意味も苦しみも、
そして、死ぬことの意味も苦しみも。

「平気になる」って、
良いことばかりでないなぁ、
と思いました。

ちなみに、私にも、
「平気でない」ことがあります。

あまり歓迎したことではありませんが、
昨今の風潮や、今日の言葉を読んで、
「平気でない」ことがあるのは、
いいことかもなぁ、と思い直せました。

【参考】
病牀六尺(正岡子規)

2005年2月21日

過去によって、未来を計画するなんて…

過去によって、
未来を計画するなんて
決して出来ない。

(英語)
You can never plan
the future by the past.

(作者不詳)

過去、過去とさわぐのも、
未来、未来とさわぐのも、
たいして変わらないんじゃないか
と思うことがあります。

どの国の、
どの時代の歴史を見ても、

その時点で利益を得る人々と、
その周りでむさぼる人々が、
その体制を守るために
必死になり、

一方、それをくつがえそうと
がんばる人々も必死になり、

結果的に、
新たな体制が出来たとしても、
やはり、その苦労を忘れた
次の世代の人間たちが、
自分たちの利益を
守ることに走り出し、
同じようなことがくり返される。

人間というものを大きく
くくって、考えると、
そうなっちゃう。
過去も、未来も、そんなに
変わらないんじゃないか、
という期待感の薄さにもいたる…

けれど、そういう期待が
薄い気持ちになること自体が、
やはり、過去をベースに
未来を考えている証拠
なんでしょうね。

人は、どうしたら、
過去から逃れられるんだろう。

たとえば、
疑い深いところが
あったりする私なんかは、
昨今の色々なニュースを聞くと、
さらに、疑い深くなったりする。

「疑う」から離れて、
未来を考えられなくなる。

自分の行動でも、
日常のニュースでも、
今日の1分1秒が積みかさなって、
過去ばかりがどんどん増えるから、

それにしばられると、
未来を正しくイメージできなくなる…

そんな時代に来ているんだなぁ、
と感じます。

難しくはあるけれど、
そういう過去の呪縛から
逃れる努力をしないと、
自力の未来は開けないだろうなぁ。

それは、本当にイヤなことだから、
やっぱり、がんばろうっと。
イヤだという気持ちを忘れずに。

【参考】
やりなおし教養講座(村上陽一郎)

2005年2月10日

Everything is made from a dream(Mr.Children)

Everything is made from a dream(Mr.Children)の歌詞

夢、夢~の部分

昨日逮捕された犯罪者も、
国会で追及されていた議員も、
借金から逃げ回るあの人も、

みんな、みぃ~んな、
夢があった。

大きな夢か、
ささやかな幸せか、
それは、
どちらでもかまわない。

「夢をあきらめるな」
と言われれば、
「そうだな。」と
自分を励まし、

「私は、この方法で叶えました。」
という言葉を見つければ、
「それはどんな方法だ?」と
聞きに行ったり、本を買ってみたり。

しかし、どれも、
自分のものにならないうちに、
次の「夢を叶える方法」が
ちまたで売れ出す。

まだ夢が叶っていない自分という
自覚があるだけに、
ものすごく勉強熱心だからこそ、
また次の方法も学びたくなる。
これは「夢」産業という罠か…

考えてみれば、私自身にも
心当たりあることで、
「夢」っていう言葉は、
時に罪だなぁと思います。

「夢がぜんぶ
 かなわなくても
 さびしくないんだね

 なんだか
 夢の分だけ
 長く生きたような気がする」
 (浅葱色の風、里中満智子)

そんな気楽さが必要な気もします。
妙な罠にはまらないためにも…

良いことであれ、
執着するのは、
やはり危ないのかな。
それは夢にさえ当てはまる?

ねたみになったり、
足を引っ張ったり、
他人の被害を考えなかったり…

夢と自分の距離、
ちゃんと考えたいものです。

【参考】
Q(Mr.Children)

2004年12月12日

だれも矛盾のないものはおりません。

だれも矛盾のない
ものはおりません。

(高慢と偏見、J・オースティン)

ほら、私を見てみれば、
矛盾だらけです。

ためしに、
「今日のいい言葉」メルマガや、
「いい言葉ねっと」サイトの言葉を
一つ一つ検証されたら、

その時その時言っていることが、
違っているかもしれない。
十分、その可能性ありです。
言われる前に、言っておきます。
その方が気楽だから…(笑)

「嫌いな人」と思っていたのに、
何かしら、自分に益がありそうな
気がすると、見方だって、
ガラっと変わっちゃうことも
ないとは言えません。

そして、そういう益が消えた瞬間に、
また、元の感情に戻ったり…

矛盾はあっても、
矛盾のないところもあるでしょう。
それは、おそらく、
その時の自分に
従っているということ。

で、その時その時の自分が
変わったりするから、
「矛盾」になってしまう。

矛盾があって、けっこう。
ただし、その責任は自分にある、
ということさえ覚えていれば、
それでいいんじゃないでしょうか。

矛盾があるのに、
矛盾がないかのように、
弁明したり、説明するのに、
時間を費やすことほど、
無駄なことはない。

世の中の矛盾も、
それに似ているのかな。

【参考】
君の中の不安、僕の中の矛盾(メグミ・A・サカモト)

2004年11月 3日

私はフリーで 少しもフリーじゃない

育つ雑草(鬼束ちひろ)の歌詞

私はフリーで~の部分

鬼束さん本人の今の思いが
この言葉に凝縮されて、
発散されているよう…

周囲から見れば、
自由で何でも手に入って、
好きなことをしてといいなぁ、
と憧れられても、
フリーじゃない、自由がない、
なんてことは珍しくないと思う。

私たちが、自由じゃないと言うのは、
ただ「ないものを数えている」場合も
少なくない。

そして、その「ないもの」を
集めに集めたとしても、
まだ自由になれない自分を感じる。

あるものと、ないものは、
自由とは関係ないということか。

そうだよね、自由って、
心が感じることだから…

あくまで、そこにこだわるなら、

「不幸になるには、
 ないものを数えればいい。
 幸せになるには、
 あるものを数えればいい。」

を覚えておいた方がいいと思う。

そうすれば、
自由を見失わないと思うから。

【参考】
育つ雑草(鬼束ちひろ)

2004年10月16日

私たちは、自分が奇跡の真っ只中に…

私たちは、自分が
奇跡の真っ只中に生きていることに、
ほとんど気がついていません。

奇跡は、
私たちの日々の生活の中に起こり、
…しかし、私たちはこうしたことに、
少しも注意を払いません。

(ピエドラ川のほとりで私は泣いた、パウロ・コエーリョ)

日常を、日常としか
とらえていなければ、
それだけのことしか見えない。

こんな言葉がピッタリ。

「思考する者だけが
 己れの人生を味わう、
 思慮のない者のそばを
 人生は通り過ぎる。」
 (マリー・エヘンバッハ)

見る目がないと、
人生でも、人でも、
ただ通り過ぎるだけ…

奇跡も、それ以上
起きていないように見える。

そして、少し目が覚めると、
何かしら、変なことに気づき始める。
しかし、それは、
最初のきっかけにすぎない。

それだけで、
理解しようとすると、
バカらしくなったりするもの。

まさしく、

「人は、理解できない人のことを、
 バカと見なしがちになる。」
(英語)
If one does not understand a person,
one tends to regard him as a fool.
(カール・ジャング)

という感じである。

人生に、奇跡を見つけましょう。
すぐそこにある日常と、
ちょっとした変なことの中に…

【参考】
人生に奇跡を起こすノート術(トニー・ブザン)

2004年8月 9日

自分の目で確かめないものを、…

自分の目で確かめないものを、
憎むのは間違っている。

(英語)
I realized you can’t hate
something you’ve never known.

(映画「戦争と平和」)

食わず嫌い…
味も見ていないのに、
それを遠ざけてしまう。

食べものくらいなら、
それによって失う豊かさは、
それほど多くはないと思うが、

人や経験について言えば、
自分で確かめないうちに
嫌っていたら、
手に入れられない豊かさって、
けっこうあるかもしれない。

とは言うものの、
私自身が、食べものについて言えば、
けっこう食べず嫌いだったりするわけで…

同じように、
人間についても「食わず嫌い」なところが
あるのかなぁ、なんて思う。

多分、育ってきた環境なり背景も
影響しているんだろうけど、
「考えない人」っていうのが、
けっこう苦手な私です。

いつも同じことを言う、
何かあれば他人のせいにする、
まかせっきり、人任せはいつものこと…
そんな素振りが見えちゃうと、
完全にひいちゃうんですよ。

その人のことを、よく知る前に。

実は、「考えていない」ように見えるだけで、
その中は、かなりの思考が巡っているのが
事実なんでしょうけど。

そう言えば、初就職したての頃、
三現主義って、教えられたなぁ…
「現実」「現物「現場」って。

現点から、原点に帰ろう。

ところで、信じる方はどうだろうか?
自分の目で見ないから信じない、
という考えでいいだろうか。
これも、大切な問いに思う。

【参考】
映画「戦争と平和」

2004年7月13日

分別がある者は、自分を世界に…

分別がある者は、
自分を世界に合わせようとする。

分別がない者は、
世界を自分に合わせようと
躍起になっている。

(人生を変える80対20の法則、リチャード・コッチ)

ここで言う世界とは、
狭い世間だけを
言っているのではない。

世間だけを見て、
それに合わせていたら、
人まかせの人生になってしまう。

世界には、もちろん、
その狭い世間も入るわけだが、
もっと大きな流れや宇宙の法則を
含めて考えなければいけない。

そして、それに自分を合わせていくのだ。
あるいは、それに適した
自分の才能や個性の使い方を
学んでいくことだと思う。

なかには、
そんなことを考えず、
時代やブームによって、
自分が中心にでもなったように
生きていける人もいるかもしれない。

しかし、それは、ごく限られた人で、
また、ごく限られた時間だと思う。

あらゆる人が、永遠に、
そんな状態を叶えられるわけがない。
時代が、それを何回となく物語っている。

世界と自分の距離を見い出し、
そのバランスをとる方法を、
見つけなくてはいけない。

それが楽しい人生への道のりでもある。
人まかせでもない、人真似でもない…
自分の最もいい生き方、
見つけていきましょう。

今日も、応援します。

【参考】
人生を変える80対20の法則(リチャード・コッチ)

2004年6月15日

習慣は、浅はかな人々を支配する。

習慣は、
浅はかな人々を支配する。

(英語)
Habit rules the unreflecting herd.

(ウィリアム・ワーズワース)

すぐに思い浮かぶのは、
中学生の頃に、
世界史で学んだ「アヘン戦争」。

麻薬によって、
習慣が支配され、
国まで支配されたこと。

気持ちいい、という習慣は、
考えてみれば、恐ろしい。

だって、役に立つ、
便利という感覚は、
いくらか考えることをしなければ、
分からないものだけど…

気持ちいい、楽だ、っていう感覚は、
官能的なものに近く、ほとんどの場合、
誰にでも認められるものだからね。

気持ちいい、楽だ、に罪はないけど、
それだけに依存する人間になって、
そんな選びだけの人生を歩んでいったら、
やっぱり、どこかで大きな罠に
はまってしまうように感じる。

感情の選択にも、当てはまるかな。

あんまり考えずに、
周囲にあわせてばかりいたら…

習慣を支配するか、
習慣に支配されるか、
ほんとうに大切なことだ。

【参考】
世間の目(佐藤直樹)

2004年6月14日

出口は出口ではない。出口は入口でもある。

出口は出口ではない。
出口は入口でもある。

(嫉妬の香り、辻仁成)

メールでいただいた言葉です。
そのまま、ご紹介します。

------メール内容--------
こんにちは、hiroです。
今日は、とっても
素敵な言葉に出会えたので、
どうしても伝えたくて
メールしました。

「嫉妬の香り」は恋愛小説です。
私は、この本によって、
磨いたり、鍛えたり、気にしたり、
意識したり、高めたりしていないと、
人間は、美しさをどんどん
失っていくことになるから、
自分を磨き続けていこう、
ということを学びました。
------------------------

私たちは、何か問題に出くわすと、
やはり出口を探します。
早く抜け出したいという必死な思いで。

そして、本当に出口を見つけて、
そこから抜け出すと、
すごくホッとします。

しかし、必ずしも、
出口を見つける必要を感じない
場合もあります。
とても居心地のいいところだと
そう思うでしょうね。

出口を抜けて、
新しい入り口へ向かう勇気が
湧いてこない時がそうでしょう。

なんか簡単に書いてしまいましたが、
実は、出口から抜け出るのが
容易でない場合もあるわけで…

たとえば、この本のタイトルにある
「嫉妬」という感情が、
問題の本質だとすれば、
その感情を捨て去れない限り、
いつまでも苦しいのです。

入り口には、
出口がつきものということでなく、
出口には、入り口がつきもの。

そういう感覚で、
旅を楽しみたいものです。

【参考】
嫉妬の香り(辻仁成)

2004年5月20日

僕らは静かに消えていく(山崎まさよし)

僕らは静かに消えていく(山崎まさよし)の歌詞

たえまなく~の部分

多くの人とすれ違うって、
毎日の当たり前の光景に思っていれば、
なんとも思わないけど、

地下鉄でも、混雑している道でも、
見知らぬ人々の顔を見ていると、
ふと「この人の幸せ、成功は…」
なんて思ったりする自分がいる。

ただすれ違うだけで、
お互いに関わりのない場合が
ほとんどだから、

そんな興味をもっても、
どうしようもないけど、
他人の姿に、自分の幸せの意味が
見えてきたりするのは本当だと思う。

ニュースに出てくる悲惨な事件を
目にすれば、耳にすれば、
ああ、自分は幸せなほうなんだなぁ、
って思ったりもする。

そんな他人の不幸を見て、
自分の幸せを実感するなんてことは、
あまり褒められたことじゃないけど、

隣の芝生が見えなければ、
自分の芝生の良し悪しも
判断しにくいのは、
やっぱり事実。

周りを見すぎるのは
よくないかもしれないけど、
周りも見ておかないと、
気づきが少ないんだろう、人間は。

【参考】
僕らは静かに消えていく(山崎まさよし)

2004年1月20日

…何故…頑張っていない自分、をアピールするのか。

じゃあ何故皆、
競いあうように頑張っていない自分、
をアピールするのか。

(インストール、綿矢りさ)

頑張っていない自分を
演じたくなるのは、なぜか。

頑張っている姿に対して、
いろんな見方があるから、
そうなるんだろう。
(ま、なかには偏見もある…)

格好いい、うっとうしい、
シビレル、ウザい、
どうせ誰も見ていない、
空回りしている…などなど。

今年はアテネオリンピック。
夏になれば、一流の選手たちの姿が、
テレビや新聞をにぎわせるであろう。
常日頃、スポーツの観戦ファンでなくても、
頑張っている姿には感動するはずだ。

ただ、その頑張っている姿は、
きれいで、美しく、格好いい。
そう、スマートなんだ。

だけど、自分たちの頑張っている姿は、
そんなふうにスマートじゃないと
多くの人が感じている。

特に、若い頃は、
オトナや先生たちが頑張っている姿を
あまりにも褒めたたえるものだから、
その枠に、はまりたくない子供たちは、
スマートにふるまう姿の方に
目が向いてしまう。

そ、頑張っている姿よりも、
スマートに目標を達成する姿が格好いい、
という価値観。

それは、間違いなく、オトナにもある。
社会の価値観が一方を注目するとき、
それに応えられない人々は、
居場所を失ったように感じる。

そして、
わざと反対の価値観に
向かったりする。

そういう姿を見ると、
「人それぞれ」という言葉さえ、
心に秘めていればいいんじゃない、
と私は単純に思うのだが…

どうやら、本当は、
みんながどこかで頑張って
認められたい気持ちがあるようだから、
簡単な話ではないようだね。

認められたいけど、
うまくいかなかった時のショックが怖い。
だから、そんなことには、
気がなかったようなふりをする。

もしかしたら、
恋の告白ができない心境と同じかもね。
そんなふうにも思った。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2003年12月 4日

あなたのいる場所が、多数派側と気づいたら、…

あなたのいる場所が、
多数派側と気づいたら、
それはいつでも、
変われるチャンス。

(英語)
Whenever you find that you are
on the side of the majority,
it is time to reform.

(マーク・トウェイン)

少数派につくというのは、
時代に乗り遅れるか、
多数派をコントロールする存在になれるか、
そのどちらか、ということなんでしょう。

紙一重だよね…

もし、少数派は少数派でも、
時代に乗り遅れるくらいだったら、
多数派に属していたい、
それが人間の心理でしょう。

決断は難しいです。
そして、時に恥ずかしい時もある。

時代を見通して、
賢明な決断をしたとしても、
時代がそれについてくるまでは、
バカにされることも多いから。

でも、みんなが知ってしまったら、
あるいは行動を始めてしまったら、
もうチャンスは終わり。

みんなが始める前にやるから、
意味がある。そして、
はじめの頃は、目論見が外れて、
単なるフライングになってしまうことも
あるでしょう。

それでも、この考え方を身につけていれば、
いつかはきっと、大きなチャンスが
手に入るんなじゃないかな。

願わくは、それまでに、
自分の気持ちが
変わりませんように。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2003年9月22日

それでも、私は今でも信じている。人の心の奥深くは、…

それでも、私は今でも信じている。
人の心の奥深くは、本当に美しい、と。

(英語)
In spite of everything,
I still believe that
people are really good at heart.

(アンネ・フランク)

戦時下で、様々な困難に出会った彼女が、
それでも信じるという人の心。

不思議なものです。
それほどの経験をした人なら、
人を恨んで恨んで、
その思いだけに生きて
いくような気がするのですが…

1000年以上前の日本にも、
こんな話があります。
源義経がまだ生まれたばかりの頃、
その父が戦に敗れたことにより、
母親が追われる立場になります。

追われる立場なわけですから、
それをかくまう人も危ういわけでして、
その母子たちは、つらい目に遭います。

と同時に、

「かの女は人の無情と愛情を、
 今ほど身にしみて
 知ったことはない。」
 (吉川英治、新・平家物語3)

という「人の情け」にも出会うわけです。

人の本当の姿というのは、
究極の場面で現れます。

それにふれることの出来た人は、
人の醜さを知ったうえで、
人の美しさも疑いなく知ることが
出来るのでしょう。

究極の時に、
信じられる人がいるか、
そういう自分でいられるか、

ちょっと怖いですが、
人生で一度くらいは、
そんなシーンに、
自分を置いてみたい気もします。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2003年3月17日

今は、道なき道を国も個人も見つけていかなければならない…

今は、道なき道を国も個人も
見つけていかなければならない
時代になりました。
模倣ではもうダメなのです。

(質問する力、大前研一)

「道なき道を見つける」、
今の私たちに必要なことが
この言葉に凝縮されているように思います。

誰かが通った道だからと
安心できた時代は終わり、
そういう道を通っていること自体、
不安にならざるを得ない時代です。

やっぱり、マネではいけない。

でも、「道なき道」を見つけるわけですから、
マニュアルなんてないはず。
そんなものがあったら、
それ自体が、「道なき道」じゃあない証拠。

ただ、世の中の情報はもちろん大切ですが、
自分についての情報も
大切になってくる時代だと思います。

経験それ自体よりも、
それによって身につけられた考え方・能力。

肩書きなんかよりも、
それによって分かってきた管理力の広さ。

そういう情報が分かってくると、
「道なき道」を絶対に見つけ出すという本気に
通ずると思うんです。

大前氏は、別のところで、
親の責任については
こう述べています。

「親の最大の貢献は子供の意見を聞いて、
 本気かどうか、見定めることでは
 ないでしょうか。」

子供が本気になれそうなことを
見つける助けをする。
それは、本当のところ、
大人である自分たちにも言える時代です。

なんせ、人真似では生きていけない時代に
なってきましたから…

「道なき道」、見つけ出しましょうよ。
いつの時代も、必ず、それはありましたから…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年12月19日

われわれの生まれてきた世界は、無…

われわれの生まれてきた世界は、
無慈悲で残酷である。そして同時に、
神聖な美しさをもっている。

どちらの要素が他よりもまさるのか、
価値か無価値か、は
-私たちの-気質の問題である。

(ユング自伝)

無慈悲で残酷な側面ばかりと
付き合わされて、
人生を送っているように思う人がいるだろう。

その反対に、
幸せいっぱいに生きていて、
いい世の中なもんだと思っている人もいるだろう。

昨日、Niagaraさんから
こんな言葉の投稿を頂きました。
「どんなものにも意味なんか無い。
 重要なのはどんな意味が
 あるのかではなく、
 どんな意味を見いだすかである。」

まさしく、今日のユングの言葉を
表現しているように思える言葉でした。

やはり、目の前には、
どちらにも見分けがつかない姿で
置かれていて、
私たちが、それをどう変えるかを
待っているところが、
この世界、私たちの人生には、
多いんじゃないでしょうか。

そういう可能性のために、
悪いものも、良いものも世の中にはあって、
私たちにも、考える力と行動力が
備わっているんでしょう。

世の中を、まだ捨てずにいきましょ。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年12月 1日

孤島のように、一人きりで完結する人間はいない。

孤島のように、
一人きりで完結する人間はいない。
すべての人間は
大陸の一部、大海の一部なのである。

(祈祷、ジョン・ダン)

五木寛之も、「人はみな大河の一滴」
と言っている。

もともと、チームプレーとか、
チームワークという言葉が苦手な私でも、
遅ればせながら、
そのことが分かる年を重ねてきた。
まだまだ生意気ですが…

少なくとも、この地球に生まれた時は、
私の知っている限り、
イエス・キリストを除いて皆が、
二人の男女(父母)の出会いから始まっているし、
(顔、名前を知っている知らないは別として…)

これだけ分業化された社会では、
衣食住の3つを見ただけでも、
誰かと関わっている。

幸か不幸か、一人では生きていけない人間。
でも、時々、一人で生きている、
あるいは生きてきたような錯覚に陥ってしまう。

しかし、そうじゃないんだ、
ってことに気づく時が来る。

私にとって、
それを痛烈に感じたのは、
実家の祖父がボヤを起こしたある冬のこと。

祖父以外が、みんな出かけていて、
留守だった。当時は、
シャキシャキしていた祖父だったけど、
油断したんだな。

洗濯物を、ストーブの近くに掛けて、
外で仕事をしていたらしい。
それが、温かい空気のために、
洗濯物がストーブの上に落ちて、
ボヤとなってしまった。

連絡が届き、家族みんなで、
自宅に帰った時は、
地域の消防団の人とか、
近所の人々が、バケツリレーで
消火にあたっていた。

学生時代は、自宅を離れ、
また就職後の平日は、
仕事で朝から晩まで自宅にいることのなかった私。

知らぬ顔ではない近所の人々を見て、
なんか、自分の力不足というか、
恥ずかしさを感じてしまった。

仕事とか、人生とか、
自分の力で頑張って、
うまくいっているようなつもりでいたけど、
「一人では生きていけないんだよ。」
って、ガツーンって感じだったよ。

ま、それも、10年以上も昔の話で、
教訓としては薄くなったところもあるけど、
記憶としてはしっかり残っている。

人生、一人では、始めることも、
完結することもできない。
それを肝に銘じたい。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年10月12日

空間や時間は、情報のいれものにすぎない。

空間や時間は、
情報のいれものにすぎない。

(情報の文明学、梅棹忠夫)

情報っていうと、
何かしら工業的な、冷たいイメージがあるけど、
本当は違うと思うんだ。

情報を、人から、あるいは人を通して、
発されるメッセージだと
理解した方がいいと思う。

そう考えれば、情報って、
人がつくったり、人が発見したことから
出てくることじゃない?
いや、時には、雄大な自然を目の前に、
神様が発するメッセージに
出会うこともあるかもしれない。

いずれにしろ、
それが、私たちの目の前にある空間に
見えるすべてのものと、
私たちが過ごす現在、過去、未来に
いっぱい入っている。

だから、私たちは、
そのものとか、その出来事とかよりも、
その裏にあるメッセージ(あるいは思い出)
への思いの強さによって、
大切にしたり、そうしなかったりする。
(あるいは、買ったり、売ったり、捨てたり…)

空間や時間に、
いろんなメッセージ(情報)があると思い始めれば、
日々、いろんなことに気づけると思う。

今日の言葉は、科学的な言葉に見えるけど、
本当は人生的な言葉に思えるShuです。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年9月 8日

人は時として偶然としか思えないような…

人は時として偶然としか思えないような
真理との出会いを経験する。

しかし、ほとんどの人がそのことに気づかず、
何事もなかったかのように、
また慌ただしい生活を続ける。

(心に残るチャーチル物語、ケイ・ヘイル編)

真理には、科学の法則から、
生き方の知恵まで、色々と含まれる。

たとえば、
「物が落ちる」という真理は、
これまで何世代もの人間が見てきた
当たり前の出来事。
しかし、それが法則だと
発見(?)したのは、ニュートンだった。

また、生き方について言えば、これまた、
何世代もの人々がいろいろな真理を発見し、
教え、警告を与えている。
しかし、それでも、
人々は、失敗を通してしか、その真理を
学ばなかったりする。

本当に偶然にも近い形で、
学ぶ機会は、多くあるのだ。

論語で、孔子がこう言っている。
「生まれついての物知りは一番上だ。
 学んで知るのはその次だ。
 ゆきづまって学ぶ人はまたその次だ。
 ゆきづまっても学ぼうとしないのは、最も下等だ。」

本当に、学ぶためのスッゴイ出会いを
毎日しているかもしれないんだよね。
気づかないだけ、っていうのは、
やっぱりもったいない…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年7月15日

見かけと違うものに対する警戒と用心を…

わたしたちは
この人生という旅をするときに、
人をあざむくもの、
また見かけと違うものに対する
警戒と用心を怠ってはなりません。

(R・コンラッド・シュルツ)

何か、こんな言葉を聞くと、
疑心暗鬼な心で生きてしまいそうだけど、
誰でも彼でも、疑えと言っているのではない。

逆に、自分を疑えと言っていると思う。
今自分が熱中しているもの、あるいは、
自分が大切にしているもの…

それらが、本物かと。

ただ、見かけだけ、とか、
一時的な欲にかられて熱中しているだけ、
あるいは、周囲に影響されていただけ、とか…

そう考えて人生を振り返ってみれば、
本物だったのに、捨ててしまったものに
気づくことさえあるかもしれない。

見極める目が養えればいい。
世が乱れると、そんな見かけのものが増えるから。
でも、それで、人の目が鍛えられれば、
その乱れも終わりに向かうと思う。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年7月 7日

私たちは科学だけで生きているわけではないし…

証明することができない事柄を
信用しない人がいる。
科学的でない、という理由からだ。

しかし、私たちは
科学だけで生きているわけではないし、
市場原理だけで暮らしているわけでもない。

(大河の一滴、五木寛之)

世の中、あるいは人生には、
証明できないことが多い。

証明できることだけにそって、
生きることなんて、
なかなか出来ないと思う。

人が知っている科学の真理、常識なんて、
宇宙全体に包括されている法則の
何百分の一にも至らない…

市場原理は、
金持ちになる方法を
教えてくれるかもしれないけど、
そのお金で幸せになるかどうかは
教えてくれない。

目に見えないこと、
説明できないこと、
理由を見つけられないこと、
それらには、
まだ知らない価値があるかもしれない。

今日は、そんな価値探してみませんか?


【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年6月28日

もちろん日本を軽く見ることはできない。

もちろん日本を軽く見ることはできない。

日本はその歴史において、
新たな現実に直面し、
文字どおり一夜にして
転換をなしとげた実績をもつ。

(ネクスト・ソサエティ、P・F・ドラッガー)

我々日本人は、もちろん、
日本人のいいところ、悪いところ、
双方を知っている。

そして、何かの使命があって、
この日本に生まれたり、
日本に住まされていることだろう。

過去、いろいろな試練、転換期にあたっても、
日本という国は、それを乗り越えてきた。
日本という国に限らず、人は、
何かにぶち当たれば、
必ずそれを乗り越えようと
自然に力が湧いてくる性質なのだろう。

今も、日本は、
新たな転換期を迎えているが、
軽く「倒れる」ような国ではあるまい。

日本に住む我々一人一人も、
軽く「倒れる」ような人になっては
いけない、と自戒するShuでした。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年6月20日

一人の悪によって万人が苦しむことがある。

一人の悪によって万人が苦しむことがある。
そのため、一人の悪を殺して万人を活かす。

(兵法家伝書、柳生宗矩)

最初、この言葉を読んだ時、
やはり、抵抗があった…

いくら悪人とは言え、
その悪人の権利や命を奪う権利が、
同じ人間にあるものか…と。

しかし、最近のニュースで耳に入ってくる
組織的な犯罪、汚職、収賄などを見ると、
一人の悪から始まる被害の大きさを
考えてしまう。

だから、
そういう悪人を育ててしまった社会にも、
責任があると認めたいもの。
そして、自分自身も、その社会の一員なのだから、
自らを、何らかの意味で自戒し、
反省しなくてはならないと思う。

ニーファイも、こう書いている。
「一人の人が滅びるのは、
 一つの国民が…滅びてしまうよりはよい。」

人々の権利や命を尊重するために、
一人の悪を殺さなければいけない、というのは、
本当に最悪の事態だと思う。

善も悪も、誰もがもっている側面。
社会を構成している一部としての自分に、
その責任があることを自覚したいと思ったShuです。

自分自身が、社会や誰かに依存しすぎないために…
そして、自分自身の誤りさえも、
社会や誰かのせいにしないためにも…


【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年6月 4日

群衆の一員でいることはまったく気楽なことだ。

群衆の一員でいることは
まったく気楽なことだ。

(アダム・スミス)

「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」
という言葉が思い浮かぶ。

よくないことをする時、
他の仲間がいれば、気楽なもの…

あるいは、面と向かって言えないことも、
自分を匿名の存在にして、
大多数の意見に混ぜてなら言える。

インターネットが盛り上がるのも、
この原理だと思う…
本当の自分の個性は殺して、
インターネット上のつくった「人間」を存在させて、
その個性で生きている。

国会でも、記名投票、無記名投票なんて、
使い分けもある。
責任が問われるのなら本音は言わないが、
責任を問われないとなれば本音を言う。

まさしく、群衆の一員として存在していることは、
責任が問われないから、気楽なのだ。

「群衆に従うなかれ。」
(バーナード・バルーク)
こんな言葉が、今必要とされるようにも思う。

本当の自分を出して、責任をとる態度を明確にして、
その本当の反応を受け止めて、
次の自分を生かしていく。
Shuも、そんな時期に来ていることを感ずる…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年4月13日

世の中には、作用と反

世の中には、作用と反作用がある。
お金が欲しければ、お金を与える。
お客が欲しければ、お客を与える。
情報が欲しければ、情報を提供する。

(口コミ伝染病、神田昌典)

まだまだ、パッとしないご時世。
お金とお客を与えることは
難しいでしょうが、
これからの時代、情報を与え、
提供されるというサイクルは重要でしょう。

「自分しか知らない」と思っていても、
意外にも多くの人が知っていたりする。
そんな時まで腐らせて情報を持たずに、
早めに情報を提供すれば、
なおさら早く、情報は集まることでしょう。

それを繰り返していけば、
思い込みでなく、本当に
「自分しか知らない貴重な情報」に
出会い、宝物を手に入れることができるかも…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年4月 9日

水や空気に対して い

水や空気に対して
いくらの値段をつければよいのか。

(痛快!経済学、中谷厳)

地球環境を懸念したこの言葉であるが、
実際は、値段をつけられない。
そして、仮につけたとしたら、
金持ちだけが吸える、
飲めるなんていう値段に
高騰したりすることもありえる。

ただ、当たり前の存在だと思っているものが、
何にも代えがたい価値あるものだと
分かる時が来るだろうと思う。
実際、分からなければいけない時が来ている。
しかし、私も含めて
多くの人が分かっていないような気がする…

いつまでもあると思うな「親」と「金」
と昔から言われるが、
もしかしたら、「親」よりも「金」よりも
早くなくなってしまったもの、あるいは、
なくなってしまうかもしれないものが、
我々にはあるかもしれない。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年4月 7日

もはや いかなる権威

もはや
いかなる権威にも倚(よ)りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい

(倚りかからず、茨木のり子)

権威によりかかるというのは、
どういうことか。
それに頼り守ってもらうこと。

そのためには、
その権威のために尽くし、
それが強い立場でいられるように
サポートしていく
という義務も生ずる。

しかし、権威に頼らないとすれば、
自由になれる。
その代わり、自分で責任をとる、
という義務が生ずる。

権威に頼るのがいいか、
自由になるのがいいか、
いずれにしろ、
自分で決めなければいけない
という課題が残る。

結局、楽な道はない。
と悟る言葉でした。

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年2月 4日

富は良心をもたらさな

富は良心をもたらさない。
しかし良心は、
富ばかりでなく、
望まれるもの全てを、
個人にも国家にももたらすのである。

(ソクラテス)

2400年も前のソクラテスが言った言葉だから、
なんと古くさい言葉と思うかもしれない。

そして、「良心」なんぞ持っていても、
なんの得にもならないという風潮が
世の中にあるのも知っている。

自分ばかりがマジメにやっていて、
騙されるもんか、という不信感があるのも…

しかし、「良心」の価値を落とす前に、
自分が持っていると思っているそれが、
本当に良心か、と問うのは損なことでは
ないと思うのだが…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年1月23日

月光(鬼束ちひろ)の

月光(鬼束ちひろ)の歌詞

I am ~の部分

癒し系の鬼束ちひろの歌声。皆さんが、
一番、聞き慣れた曲が、これではないだろうか。

「こんなもののために生まれたんじゃない」
っていう歌詞が、現代人の心底にある不安を
そのまま表現している、ように思う。

彼女は、疑問とか不安を持ちやすい性格らしい。
それが、どうしようもなく歌となって
出て来る。だから、不安がなくなると、
たぶん歌も出て来ないだろうと彼女は認める。

私たちも、そんな不安や葛藤を歌までいかなくても、
文字にしてみたら、何かヒントが出てくるかもね…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年1月20日

この世界を、個人的な

この世界を、個人的な願望を実現する場とせず、
感嘆し、求め、観察する自由な存在として
そこに向かい合うとき、
われわれは芸術と科学の領域に入る。

(アインシュタイン)

自分を「自由な存在」と考えれば、
色々な才能にも気づいたり、
出来ることも見出せるのではないだろうか。
そして、結果的には、願望も果たせるだろう…

しかし、この世の中で、
自分は何か「得をしなければならない」と考えれば、
おそらく視野は狭まるような気がする。そして、
「芸術や科学」の美しさからは遠く離れ、
「人の汚れや醜さ」にどんどん近づくことだろう…

【参考】
十二国記(小野不由美)

2002年1月18日

もし現在の人類統計比

もし現在の人類統計比率をきっちり盛り込んで、
全世界を人口100人の村に
縮小するとしたらどうでしょう。

80人が標準以下の居住環境に住み、
70人は文字が読めず、
50人は栄養失調、
ひとりは死にかかり、
ひとりはもうじき生まれ、
ひとり(そう、たったひとり)は
大学での教育を受け、
ひとりがコンピュータを所有している。

(インターネット上を転送され続けているメール)

昨日、本屋さんで、
「世界がもし100人の村だったら…」
という本を見つけ、開いた次第。

我々は、広い世界に住みながら、
狭いところしか見えていないのが、
よく分かった。

そういう私たちに、
その世界をわざと狭くさせて、
これでも、自分の裕福さ、恵まれている状態に、
気づかないの? と、疑問符を投げかける。
そんな本でした。

このメールを読める状態にあれば、
それだけで、100分の1の存在なんですから…

Yahoo!で「100人の村」で検索して見てください。
数多く表示されますから、
その中から選んでいただければ、全文が読めます。

【参考】
十二国記(小野不由美)

« 不満 | メイン | 仕事がイヤ »