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2008年9月10日

自らの半生で感じた喜怒哀楽を棚卸し...

自らの半生で感じた喜怒哀楽を
棚卸しすると必ず

「人生の目的」、いわば「夢」が
落ちているものなんですよ。

(雑誌「DIME」、松田公太)

今20歳だったら、その20年を、
30歳だったら、その30年を、
40歳だったら、その40年を、
棚卸ししてみると、
けっこう面白いもんです。

棚卸しだから、と言って、
大げさに考える必要もない。

今そこに体1つでいる自分の
記憶だけを頼りにして、
考えてもかまわない。

今まで、本当に喜んだことは何か?
一番怒った、悔しかったことは?
とても悲しかったこと、泣いたことは?
楽しかったこと、思い出は何?

みたいな感じで、
ザーッと書き出してみればいい。
そんなに時間をかけすぎないで。

すると、
喜怒哀楽それぞれに、
自分のルール、法則が
見つかったりします。

もちろん、
まだ見出されない自分も
いるでしょうから、
そういう過去だけに
縛られることはオススメしませんが、

自分の法則の中に、
今後、どんな目的や夢のために
自分ががんばることが出来るか。

っていうことのヒントは、
たくさんあると思うんです。

与えられた目標、
うらやましく思った夢や憧れも、
ヒントにはなるでしょうが、
もし、それらが長続きしていないのなら、
そこには、自分の本当に欲しいものはない、
って、本当の自分は分かっているのかも...

けれども、自分の本当に欲しいものに、
到達する道がなかなか険しいから、
また、うやらましさや憧れで、
動こうとしたりしてしまう。

棚卸しを忘れないようにすれば、
見落とす頻度も少なくなることでしょう。

(参考)仕事は5年でやめなさい。(松田 公太)

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2008年7月19日

僕が面白いと思うことが、...

僕が面白いと思うことが、
他の人にも同じように
面白いことなのかは疑問だ。

そういう疑問を持ったまま、
面白いことを捜すと、
少し面白くなくなるような気もする。

(探偵伯爵と僕、森博嗣)

人には、
心から面白いと思えることと、

面白いと思おうと考えてること、
があるんじゃないだろうか。

なんで、面白いことにまで
そんなことを考えるかと言えば、

自分を楽しませようと
頑張ってる人への思いやりの時もあれば、

その面白さが分からないと、
笑いのセンスが疑われそうな時とか、

そこで笑わないと、
自分の身が危ない時とか、
いろいろあるんでしょうね。

でも、笑いのツボとか、
面白いと思うツボは、
人それぞれ違っていて、
当たり前なわけで。

無理に合わせようとすると、
面白くなくなるのは当然。

お笑い芸人を目指すならまだしも、
笑いのセンスまで堅ぐるしいことを
考え出したら、面白くなくなる...

他の人を面白がらせることに
本当の関心、興味を持っていないと、
他の人にとって面白いことを探すのは、
きっと、つまらない。

心の底から楽しいと思えることを、
大切にしましょう。
それを見失うと、見栄とか、憎しみとかが、
自分の人生を邪魔し始めますから。


(参考)探偵伯爵と僕(森博嗣)

2008年6月20日

わたしは わたしから...

わたしは
わたしから
逃げられない

(「好き」からはじめよう、中島未月)

うまくいかないことを
誰かのせいにして、
何かのせいにして、
その場から逃げることが
出来たとしても、

自分はどこへも
置いていくことは出来ない。
必ず連れて行くことになる。

次にも、
うまくいかないことが起きて、
また、誰かの、何かのせいにして
逃げてみる。

それを2回やっただけで、
気づける人がいる。

それを10回やって、
気づく人もいる。

それを100回やっても、
まったく気づけない人もいる。

うまくいかない原因を
つくっているのは自分で、
その自分からは、
絶対に逃げられないってことに。

早く気づかなくちゃダメだ。
人生は、そんなに長くない。

けれど、
間違った気づき方も、
よくない。

落ち込みすぎるために、
気づくんじゃない。
どう変わればいいかを
考え始めるために
気づくんだ。

だから、自分から逃げてはいけない。


(参考)「好き」からはじめよう(中島未月)

2008年5月13日

これからは毎日が針のむしろだろう。...

これからは毎日が
針のむしろだろう。
でもいい。
言いたいことも言わないで
生きているよりはずっといい。

(邪魔、奥田英朗)

言いたいことと、
それが言いにくい環境。

その狭間にあって、
私たちはいつも苦しむ。

言いたいことを言えば、
居心地が悪くなる。
言いたいことを言わなければ、
こちらにストレスが溜まる。

言いたいことを言うのは、
とてもカッコイイ。

けれど、
言いたいことを言う時に、
人は、大切なことを
忘れている場合もある。

それは、
言いたいことは変わることも
多いということだ。

言いたいことを言った瞬間に、
相手の態度が変わって、
「あ、そういうつもりでは...」
なんて言い訳をしたくなるような
対応をされることも少なくない。

言いたいことを言うというのは、
スッキリすることを選んだこと。

誰かに頼ったり、
助けられたりすることも
期待しない、ということ。

言いたいことを言ったら、
何らかの損をする可能性も
覚悟の上だということ。

そこまでの決心もなく、
言いたいことを言うと、
あとで後悔するばかりです。

どんな気持ちで、
言いたいこと言ってますか?


(参考)
空中ブランコ (奥田 英朗)

2007年8月29日

そこで腐らずに…

そこで腐らずに
どうしてダメだったのかを考えて…

(Yahoo!インタビュー、タカアンドトシ)

スポーツでも何の大会でも、
誰にも負けないくらい強ければ、
対戦相手や、トーナメントの組合せ
なんて問題にすることはない。

けれど、
そういうレベルでない時には、
実際のところ、組合せに
大きく左右されたりする。

だから、負けたりすると、
「組合せが悪かった…」
「私はいつも、いいところに
 置いてもらえない。」
「この組合せを作った人、最悪。
 私は、いつまでも報われない。」
なんて腐ったりしたくもなる。

お笑い芸人のタカアンドトシは、
なかなか知名度が上がらない時にも
腐らずに、いろいろと研究していた様子。

認められたなかったことを
他人のせいにすれば、
努力しない言い訳にも出来る。

もちろん、自分以外の要因を
まったく無視も出来ない。

そうだとしても、
腐ってしまって、
何もかもやりたくなくなったら、
何も変わらない。始まらない。


(参考)タカアンドトシ 本音か!!

2007年8月26日

ふり出しに戻ってるように…

ふり出しに
戻ってるように
見えても

ほんとは
次の場所へ
進んでいる

(ご近所物語4、矢沢あい)

昨晩、眠る前に
次女の部屋から
セキが聞こえてきました。

ちょっとザワっとします…
また、ぜんそくの
発作かなぁって。

多分、ぜんそく持ちの子供が
いる親の方々はみんな、
そんな感じでしょう。

うちの娘は、
まだ軽い方だと思うので、
ザワっとする頻度は、
そんなに多くないですが、

それでも、
治ったかと思うと、
しばらくして、また始まる。
そのくり返し。

いつになったら、
治ってくれるんだろう、
と思うこともしばしば…

嫌なことの
同じ繰り返しに、
私たちは、
ウンザリする。

無駄だった、
解決できなかった、
何にも変えられなかった、
っていう無力感が
一番つらいのかもしれない。
ショックもあるだろう…

変わらなくてもいいじゃない。
きっと、気づかないことが
まだあるだけなんだということにして、
生きていくのがいいと思います。


(参考)ご近所物語(矢沢あい)

2007年8月14日

一曲一曲にその時々の...

一曲一曲にその時々の
「私の思い!」みたいなものが
込められているんですよ。

(iTunesスペシャルインタビュー、ELT)

Every Little Thingの
持田香織さんの言葉です。

歌を書いたり、
歌ったりする仕事でない私たちでも、
自分の思いを込められるものを
持った方がいいと思う。

と同時に、世の中には、
そのような思いが
込められたいろんなものが
存在しているから、

いいものにふれる機会を
持つようにもした方がいい。

いい思いというか、
本気の思いが込められたものは、
それにふれた人に感化する。

池波正太郎さんの言葉が
思い出されます。
「つまらないところに毎日行くよりも、
 そのお金を貯めておいて、
 いい店を一つずつ、
 たとえ半年ごとでもいいから
 覚えて行くことが
 自分の身になるんですよ。
 (男の作法、池波正太郎)

お金のかかる、かからないが、
その価値を決めるわけじゃないけれど、
良い感化を与えるものは、
ちゃんと探せば、見つかるものです。

先週、先々週と、
娘に付き添って旅行に出かけた私も、
事前にいろいろ勉強して、
価値あるものを探したおかげで、
本物の思いにふれる機会が
たくさんあったように思います。

これからも、
思いの込められたものを
探して、見つけられますように。


(参考)キラメキアワー(Every Little Thing)

2007年8月11日

自分に投資したぶんだけ、…

自分に
投資したぶんだけ、
女は強くなる。

(ジャックスCM)

食べて、
勉強して、
買い物して、
旅行に行って、
リラックスして…

そういう「投資」を
促すCMのようですが、
お金を使って
ホンモノの投資にできる人、
っていうのは、
意外に少ないかもしれません。
それは、男女を問わず。

何でもそうですけど、
集め方も大切とは言え、
使い方はさらに大切なんですよね。

なんと言っても、
集めるのは、
使うためなんですから。
コレクターでない限り…

その使い方が、
投資になることもあれば、
単なる消費にしか
ならないこともある。

どうせ、いつか使うと
分かっているのなら、
ちょっと無理してでもいいから、
自分のために投資した方がいい
と私は思います。

性格にもよるかもしれませんが、
無理してでも投資しないと、
ちょっとした無駄遣いを
くり返しているうちに、
集めたものが消えていくんですよ。

自分への投資、がんばりましょう。


(参考)情報王—自分に投資する大人の勉強術 (長谷川 慶太郎, 中谷 彰宏)

2007年4月19日

素晴らしい侮辱はいつまでも残る。

素晴らしい侮辱は
いつまでも残る。

(英語)
Great insults last a long time.

(ロッキー・ザ・ファイナル)

侮辱されたと思っている本人は、
頭の中で、何度もそれを
リピート再生している。
そんなことをしていたら、
復讐心が芽生えない方が珍しい…

しかし、言った方は、
爽快感を感じて間もなく
忘れ去ってるかもしれない。

侮辱のつもりで
言ったか言わなかったかを
論じ合っても、意味がない。

侮辱するつもりで言ったことで、
相手も、侮辱と感じたこと。
これは、相手にどうされようとも、
自分で、責任をとらなくちゃいけない。

侮辱するつもりで言ったのに、
相手は、何とも感じなかったこと。
これは、結果的に言えば幸せなこと。
言った方は、スッキリしただろうし、
言われた方は、
何も傷つけられていないのだから。

侮辱するつもりじゃなかったのに、
相手が、侮辱と感じたこと。
これは、一番怖い。
どんなことに発展するか
分からない危険性を含んでいる。

それに、今の時代では、
何の接点もないはずの人間が、
「被害妄想」を勝手に抱いていて、
復讐に燃えている場合もあるからね。

今週、銃にまつわる2つの事件が、
大々的に報道されている。

1つは、
アメリカのバージニア工科大で
起きた無差別乱射事件。

もう1つは、
長崎市長の銃撃事件。

報道されている以外のことは、
何も知らないし、
専門家的なコメントも
何もできないけれど、

「本当に侮辱されたのか?」
っていう質問を
自分に尋ねる余裕がないと、
誰も幸せになれない気がします。


(参考)映画「ロッキー」

2007年4月14日

合わせる顔がない、っていうのは、…

合わせる顔がない、
っていうのは、

相手に対して、
対等か、優越感を
もてる関係でありたい、
ってことの裏返しだよね。

(引用元不明)

遠慮深そうに思える言葉の裏には、
どこかにウソがあったりする。

もちろん、
すべての人がそうじゃないけど…

自分の言葉も
1つ1つ振り返ってみれば、
そのウソがあることを見つけたりする。

私自身について言えば、
「合わせる顔がない」
という表現を使うほど、
謙遜する人間じゃないけど、

なんか、会いずらいなぁ…
という気持ちがする相手には、
やっぱり、対等な気持ちとか、
優越感をもてないから、
そう感じているような気もする。

逆に、相手が自分に対して、
そう感じているように見える時には、
何の気がかりもなく
会ってもかまわないと思えるから
身勝手なものである。

もし、対等か、
優越感を感じられる相手にだけを
選んで、会い続ける人生だとすれば、
その人は成長できないと思う。

人生には、
ちょっと窮屈な人が必要だ。

劣等感やコンプレックス
っていうのは、うまく使えば、
自分のエンジンになるからね。


(参考)田中宥久子の造顔マッサージ(田中宥久子)

2006年10月14日

殺人者たちが私の名前を呼んでいる。

殺人者たちが
私の名前を呼んでいる。

(「生かされて。」イマキュレー・イリバギザ)

現実として、
そんな状況に出くわす人は、
まず、いないことでしょう。

イマキュレーさんは、
そういう現実から、
奇跡的に生かされた人。

1994年、アフリカ中央部の
ルワンダで起こった大量虐殺。
隣人や友人だったフツ族が、
100日間で100万人のツチ族の命を…
当時大学生だった彼女は、
90cm四方のトイレに
7人の女性と身を隠し、
90日間を耐え抜いた。

文字で読むだけでも、
怖い現実です。

名前を呼ばれる度に、
ビクビクしたことでしょう。
その恐怖は、想像を絶します。

自分はどうなってしまうのか…、
自分の人生な何だったのか、
切迫しながらも、ひっきりなしに
考えそうな気もします。

誰かに奪われそうになると初めて、
私たちは、持っているものの大切さを
実感する。しかし、自分では、
いとも簡単に、それを捨ててしまう。

本当に、奪われたくないものは何か。
何さえあれば、生きていけるのか。

今日の言葉は、
被害妄想を抱きやすい人には、
よくないかもしれません。

私のようなダラけやすい人に、
時々、見えない殺人者が、
私の命を縮めようとしている、
なんていう妄想を抱かせて、
人生に発破をかける意味では
いいと思いますが…

平和な時にこそ、
せっかくある時間を、
激しく生きたいものです。
自分の選択で。


(参考)生かされて。(イマキュレー・イリバギザ)

2006年10月12日

…しがらみのない弱者こそ、そのチャンス…

新しいことをやらないのは
停滞と同じだと思っています。

しがらみのない弱者こそ、
そのチャンスに恵まれている
のではないでしょうか。

(雑誌「日経ビジネス」、浅見紀夫)

強くなるために、
いろんなものを使うと、
多くのしがらみも付いてくる。

そして、
その状態を続けるために、
そういうしがらみとも
離れがたくなっちゃう。
他人を利用したら、
利用しただけ…

利用しただけ、実際に
強くなっていればいいけど、
そうでないとなると、
しがらみだけが残ります。

しがらみから逃れられないと、
自由が少なくなり、
新しいことに飛びつくための
時間も少なくなってしまう。

しがらみをつくらないよう、
他人と協力して生きていくこと。
これが出来れば、
一番いいのだけれど、
現実としては、なかなか…

そればかりか、
弱者でありながら、
余計なしがらみを
増やしてしまうケースも
少なくないようだ。

多分、弱者には、
依存したい気持ちが
強くなることも
多いからだと思う。

弱者が、依存心から離れて、
「失うものが何もない」自由を
楽しめなければ、チャンスは
手に入らないでしょうね。

弱者ならではのチャンス、
それを活かしましょう…
自分を弱者だと思う人は。


(参考)弱者必勝の戦略—強者に勝つ15の原則(竹田陽一)

2006年10月 9日

欲望は誰でも生まれながらに持ってるから…

欲望は誰でも
生まれながらに持ってるから
理解しやすいけど、

良心(やさしさ)は
個人個人の手造り
みたいなモンだから、
誤解されたりギゼンだと
思われやすいんだよな。

(フルーツバスケット、高屋奈月)

什御さんの投稿です。

欲望まるだしの人間が、
やさしい人間よりも
好かれたりするのは、
そういうことによるんだろうな。

やさしい人間は、
何か隠しているように
見られてしまうこともある。

その隠しているのは、
自分の欠点だったり、
下心や欲望だったりする…

何もすべてを明らかにしろ、
というんじゃなくて、
親しまれるためには、
欠点を隠すよりも、
ちょっと見せた方がいい時も
あるということ。

それに、人が
素直になれない時には、
自分のやさしさは、
理解して欲しいけれど、
他人のやさしさは、
曲げて理解してみたりするから。

手作りのプレゼントに対しては、
とても嬉しがられる反応もあれば、
迷惑がられることもある。

珍しい時もあれば、
趣味に合わない時もある。
手の跡がつくだけに…

人それぞれの心から出てくる
「やさしさ」というのも、
同じことなんでしょう。


(参考)これが私の優しさです(谷川俊太郎)

2006年10月 7日

勝利の瞬間は、あまりにも短すぎる、…

勝利の瞬間は、
あまりにも短すぎる、
それだけに生きるには。

(英語)
The moment of victory
is much too short to live
for that and nothing else.

(マルティナ・ナブラチロワ)

テニスの世界舞台で、
何度となく栄光を手にした
ナブラチロワが、
それを言うのですから、
勝利を味わえる時間というのは、
それだけ短いのでしょう。

短いゆえに、その瞬間を
ちゃんと味わった方がいい。

そして、その味わいは、
栄光にすがるためだけでなく、
次の糧にするために覚える。

過去の栄光は、
次に誰かが成功すれば、薄れる。
栄光は、その人に付いて行くから。
その先では、また別の人に…

少なくとも、
人が生まれる瞬間や
人が墓に入る瞬間には、
勝ちも負けもない。

勝ち負けがとても大切で、
それしか見えない時もあるけど、
それって、人生の一部分にしか
過ぎないんだよねぇ…

あぁすばらしきかな人生。


(参考)スラムダンク勝利学(辻秀一)

2006年8月 8日

「見抜く価値のあるウソ」と…

「見抜く価値のあるウソ」と
「見抜いても仕方がないウソ」
というのがある。

(雑誌「プレジデント」、横田雅俊)

誰でも、ウソは嫌う。
ウソをつかれて、
それに乗せられてしまい、
損をしたら、怒りたくなる。

損害賠償もんの話もあるだろう。

しかし、
見抜いても仕方がないウソを
見つけたときに、いつまでも、
イジイジとそれを責め立てていると、
もっと大きなウソをつかせることになり、
本当に大きな損失に至ることがある。

ウソは嫌いだ、
という正義感、価値観も
分からないでもないが、

そのウソを見つけた時に、
その背景を探ってみれば、
ウソそのものよりも大きい
本当の問題が見えてきたりする。

そちらを解決する方が、
何倍も重要なのだ。

もし、相手にウソを指摘した時に、
「あ、この人は分かる人だ。
 この人にはウソはつけない。」
と自分を改めるような人間性の持ち主なら、
指摘することは賢明だけれど、

そうでない場合は、
ウソをつかせた背景を
探ってみた方がいい。

私の周りにも
ウソの常習犯がいるので、
その背景を探りながら、
いろいろと対応しているところです。

(参考)「失敗をゼロにする」のウソ(飯野謙次)

2006年5月24日

ネズミをつかまえる猫は、…

ネズミをつかまえる猫は、
猫なで声を出さない。

(英語)
A cat that catches mice
does not meow.

(中国のことわざ)

自分でエサをとれるから、
何ものにもこびなくていい、
ということなんでしょうね。

自分でエサをとれないと、
何かに寄っていかなくては
いけないわけです。

世の中には、
いろんな世渡り術があって、
時おり「猫なで声」を使わないと、
かわいくないなんて
言われたりもします。

けれど、あまりにも使って
自分だけがうまくいってしまうと、
仲間うちから足を引っ張られます。

私は、周りから諭されて、
時に「猫なで声」を使おうとするものの、
途中で、そのバカさ加減にあきれて、
逆に噛み付いてしまうタイプ。

夏目漱石ではありませんが、たまに、
住みにくい世の中を感じます。
だいたいが、自業自得ですが…笑

どこまでも、
ネズミを自分でつかまえて、
自活できる猫でありたいものですが、
いつかは、誰かの面倒になる時も
あるでしょう。

あまり意気込みすぎることなく、
かと言って甘えずに、
生きる道を見つけたいものです。


(参考)大人の友達を作ろう。(中谷彰宏)

2006年5月15日

ほしいものは何でも手に入る。ところが、…

ほしいものは何でも手に入る。
ところが、それがいつまでも
好きでいられるとは限らないのだ。

(ナルニア国物語、C・S・ルイス)

カムラさんからの投稿です。

「好きなものは全部手に入った。
 でも、もう飽きちゃった。」
という人もいれば、

「好きなものが手に入らない。
 ずっと思っているのに…」
と思っている人もいる。

きっと、後者の方が多い。

何でも手に入りながら、
飽きてしまった不幸と、
何も手に入らないゆえに、
ずっと憧れている幸せ。

人生はそのどちらしかない。
おまえは、どちらを選ぶか?
なんて尋ねられたら…

実際は、そんな二者択一でなく、
双方がいろいろ入り混じった人生
なんですけどね。

子供の頃、駄菓子屋さんには、
いろんなくじ引きがありました。
多くのものが当たった記憶が
あるけれど、今でも鮮明なのは、
ペプシを飲んで当たったケミカルライト。

コンサート会場などでポキっと折ると、
蛍光色に輝く、あのライトです。
今は100円ショップでも売っているけど、
当時の私には、
本当に珍しいものに思えたし、
友達もみんなが狙っていた。

そんな中、げっぷをしながら、
ペプシを何日も飲んで
当たったもんだから、
本当に嬉しかったなぁ。

ポキっと折って光っているうちは、
とても楽しくて、
暗がりに持って行っては、
面白がっていたけれど、
翌日には、もうただのゴミ。

世の中で欲しいものは、
こんなケミカルライトほど
すぐに輝きが失せるわけじゃないけど、
なんか似ているかも。

好きでいる、
飽きないでいる、
大切にし続けられる、
これって、立派な才能でしょうね。

もちろん、飽きて
新しいものを創るのも
すばらしい才能ですよ。


(参考)ナルニア国物語-魔術師のおい-(C・S・ルイス)

2006年2月28日

誰かからもらった価値観で…

誰かからもらった価値観で
生きているから
退屈を感じる。

誰かからの評価に
とらわれているから
苦しみを感じる。

(ブッタとシッタカブッタ3、小泉吉宏)

価値観って、
そんなにすぐさま
固まるわけでも、
変わるわけでもない。

こんな価値観じゃダメだな
って思って頑張っていても、
ちょっとした誘惑で、
簡単に元に戻っちゃう。

今朝、SPKさんから
こんな投稿をいただきました。

「現代の悩みは、
 人が自分のために
 何かをしてくれるものと
 期待している人間が
 多すぎることだ。

 今日の大部分の問題の解決は、
 自分で何かをする一人一人の中に
 見出される。」
 (ヘンリー・フォード)

もらったものは、
自分のものになったように
見えるけれど、実は違う。
盗んだものは、なおさら。

誰かに期待をすれば、
それはそのまま期待、
もしくは束縛となって返ってくる。

退屈も、苦しみもイヤなら、
自分が選んだ試練に
立ち向かわなければいけない。

その試練が、
甘っちょろいものだと
結局、苦しむことになる。

どれがいいんでしょうね…

(参考)ブッタとシッタカブッタ3(小泉吉宏)

2006年2月17日

毎日ゼロからスタートして、…

毎日ゼロからスタートして、
どれほど達成できたかを振り返る。
このチャンレジに、私は夢中だ。

(英語)
I love the challenge of
starting at zero every day
and seeing how much
I can accomplish.

(マルサ・スチュワート)

ゼロからのスタートには、
すっきりした
「ゼロの軽さ」もあれば、
積み重ねがない
「ゼロの重み」もある。

利用しようとすれば、
どちらもうまく使える。

でも、世の中には、
他人と比べてばかりで、
ゼロでないことに
安心しきっている人や
ビリでないことに
安心しきっている人が
多いかもしれない。

自分が最低、最悪じゃないと、
満足しきってしまう。

「満足したブタであるよりは、
 不満足な人間であるほうがよい。
 満足した愚者であるよりは、
 不満足なソクラテスで
 あるほうがよい。」
 (元東大総長の河内一男)

という言葉もあります。

過去がおごりになるくらいなら、
毎日をゼロからのスタートと
した方がいい。

過去を忘れたいのなら、
なおさらオススメだ。

気持ち的には、
毎日がリセット。
いい方法だと思います。

(参考)今日一日を“いい顔”でスタートできる本!(石井希尚)

2006年2月16日

自信は「健全な傲慢さ」と…

自信は「健全な傲慢さ」と
よばれることがある。
傲慢は自信の一種とも
いえるやっかいな感情である。

成功体験が
大きければ大きいほど、私たちは
「不健全な傲慢さ」に囚われ、
自分を見失ってしまう危険も増大する。

(雑誌「プレジデント」)

健全か、不健全か、
なんて誰にも分からない。

だいたい、
結果が悪かったから、
あの人の自信は、
不健全な傲慢さだったんだ、
なんて言えることでもない。

昨日こんな言葉が
投稿されていました。

「誰かがやるはずだった。
 自分がその誰かになりたかった。」
 (カール・ルイス)

いい言葉だと思います。
私も、そんなことを
果たせる人間になりたいな、
なんて考えます。

ただ、これも
「自分が、自分が」
という気持ちが強くなって、
あるラインを超えると、
不健全な傲慢さに
なっちゃうんでしょう。

難しいですね。

結果とその時の自分の思いから、
学んでいかなくちゃいけない
ことですね。

傲慢さは得意な私ですが、
それに「健全な」が
付けられるように、
今日もがんばって生きます。

(参考)感情を出したほうが好かれる(加藤諦三)

2006年1月14日

自分のために…

自分のために
権利を主張する者はだれでも、
他人にも等しく
権利を認めなければいけない。

(英語)
Whoever claims a right for himself
must respect the like right
in another.

(ジェームズ・ブライス)

ある知人が、
「この前、○○さんがね、
 私のレポートを断りもなく、
 利用したんだよ。」
と言っていた時があります。

私は思わず、この機会にと思い、
言ってしまいました。
「そういうあなたは、
 パソコンソフトを
 不正コピーしたがるじゃないか?」

「それとこれは…違う…」
と反論しかけましたが、
私は「同じだよ」と
封じ込めてしまった次第。

権利を主張する人に限って、
他人の権利には無関心で
あったりすることが多い。

不思議なものです。

「権利」という言葉の響きは、
何か民主的で素敵ですが、
その裏側は違うんですからね。

本当に主張したいのは、
「権利」なんかじゃなくて、
「自分の思い通り」なのです。

私自身において、
「権利」が口癖になったら、
気をつけなくちゃいけないですね。
何かウソついていないかって。

同じように、
他人をも見きわめて…


(参考)『おりこうさん おばかさんのお金の使い方』(板倉雄一郎)

2005年10月22日

あなたの未来は、多くの事柄にかかっている。しかし…

あなたの未来は、
多くの事柄にかかっている。
しかし、だいたいは、
あなたにかかっている。

(英語)
Your future depends
on many things,
but mostly on you.

(フランク・タイガー)

こんなに変化の激しい時代には、
未来なんて、そう簡単に
予測できるものじゃないですね。

自分の未来にでさえ、
自分の選択以外のいろんな要素が
からみ合ってくる。

しかし、そうではあっても、
やっぱり、その時々の自分が
未来をつくっている。

何かのせいに、
誰かのせいにして、
どうにもならないって
あきらめられたら、
本当に楽かもしれない。

けれど、自分の未来だから、
生きている限り、
ずっと自分についてくる。

仮に、事実として、
誰か他の人に壊されたり、
邪魔されたとしても、
その先を変えられるのは、
やっぱり自分しかいない。

【参考】
鈴井貴之編集長 大泉洋(OFFICE CUE Presents)

2005年10月19日

親父が正しかったかな、と悟る頃の男には、…

親父が正しかったかな、
と悟る頃の男には、
親父は間違っている、
と考える息子がいるものだ。

(英語)
By the time a man realizes
that maybe his father was right,
he usually has a son
who thinks he’s wrong.

(作者不詳)

親子の関係に限らず、
先生と生徒、上司と部下、
いろんな関係に通用しそう。

何かを悟る頃には、それを
教えなければいけない立場にいる。

誰しもが、もっと早く
悟ればいいのだけれど、
悟る順番を待っているかのように、
いろんな経験を積み重ねていかないと、
そこには到達できないようだ。

こんな言葉もあるくらいだから、
それは、かなり確実。

「経験とは厳しい教師だ。
 試験を最初に行って、
 教訓を後から授けるから。」
 (英語)
 Experience is a hard teacher
 because she give the test first,
 the lesson afterward.
 (作者不詳)

分かるためには「時」が必要。
そして、分からせるためには、
自分がそうだったように、
「待つ」ことが必要。

待つってねぇ。
私にも、これは、
本当に難しいです。

自分が、かなりの時間をかけて、
ここまで来たというのに、
他人には、いますぐにでも
そこに到達することを
求めちゃいますからね。

「ああ、思い通りになるまで、
 私の時間だけ止まって!」
なんて思う人もいるでしょうね。

【参考】
0歳からの教育

2005年10月15日

人生には三つの坂がある。

人生には三つの坂がある。
一つ目は上り坂。
二つ目は下り坂。
三つ目はまさか。

(引用元不明)

なおさんからの投稿です。

もしかしたら、
すべては「まさか」から
始まるんじゃないかと思う。

そして、時間が経てば、
上り坂か、下り坂か、
結果が分かってくる。

しかし、それだって、
一時的な結果であって、
その後、反対の坂に
変わっていくこともありうる。
時代の流れや、自分の見方で…

生きている時間が長いと、
下り坂を、コロコロと
転がっていく他人の生き様を、
目にしたりすることがあります。

いや、コロコロと
小石が転がるどころでない、
ゴロゴロと、大きな岩が
転がるような感じも目にします。

でも、いつかは、
何かにぶつかって、
下り坂は終わる。

そこを、新しい世界と見て、
何かを切りひらくか、
あとは、落ちようがないから、
這い上がるために頑張るか。
それも、私たち次第。

ただ、油断はしたくないものです。
すぐ近くに、別の坂があって、
さらに落ちることも
ないわけじゃないですから。

それこそ「まさか」ですよ。

【参考】
なぜ、占い師は信用されるのか? (石井裕之)

2005年8月31日

期待しない、望まない、…

期待しない、望まない、
これが私の理想である。

(きけ わだつみのこえ)

無欲とは違う。
そして、何もかも捨てた、
とも違う気がする。

なんていうか、
自分以外のものに対して、
その不安定さ、不確実さを
ゆるすという感じ…

だいたいにおいて、
生き方の本とか、
ビジネス書とかには、

目標は何度も口にしろ、
と書いています。
目標は紙に書いて
目の前に貼れ、とも。

でも、その目標が、
他人からの評価とか、
誰か別の人への期待とかが、
大きく含まれているとすれば、
「目標の確認」のほかに、
人の心を動かす術も
必要になってくる。

そして、動かせない部分も
ある事実を受け入れる心も…
それが出来ないと、
「あの通りやったのに、
 うまくいかなかった。」
と嘆くことに。

人に対して
期待したとしても、
何か望んだとしても、

そして、
それが叶ったとしても、
叶わなかったとしても、
すべてを人生の断片として
拾っていければ、それで
人生はいいのかもしれない。

他人への期待が、
自分自身への期待を
超えることなどないように。
それが幸せの秘訣でしょう。

【参考】
きけ わだつみのこえ

2005年8月 4日

自立こそが幸せ。

自立こそが幸せ。

(英語)
Independence is happiness.

(スーザン・B・アンソニー)

「この人(女性Bとする)、
 分かっていないよぉ~。」
知人の女性が、とあるブログを見て、
そんなことを言っていた。

くわしい話は
忘れてしまったのだが、
ブログの中には、そのBさんに、
見合い話がもちこまれた様子が
書かれていたらしい。

見合い相手の両親が、

「この人の月収は、○○万円だよ。
 すごいでしょ~。楽できるよ~。」

みたいなことを
言ってきたらしいのだ。
それは、へぇ~と思わせたいが
ためだったんだろうけど、Bさんは、
そんなことには、目もくれなかった。

それは、お金に執着がなかった
というのではなく、

「うちの両親だったら、
 私が結婚するとなれば、
 家1軒くらい建つお金なんて
 簡単に出してくれるだろうから、
 そんな話には、ぜんぜん
 心が動かされない。」

ということであった。

あら…

相手の月収を頼りにして結婚するのと、
親の経済力を頼りにして結婚するのと、
どんな違いがあるのかしら…。

知人の女性と、そんな会話になった。

そこで、思い出したのがこの言葉。

「こいつといっしょに、幸せになろう」とか、
「こいつに幸せにしてもらおう」というよりも、
「こいつとだったら不幸になっても後悔しない」
 という相手とめぐりあえたら、
 最高なんじゃないかなぁ。
 これは、一見ネガティブな考えに
 思えるかもしれないけど、
 いちばん強い絆なんじゃないかなぁ。
 (ほぼ日、糸井重里)

何をもっているか、
どんな味方がいるか、
それも大切だけど、結局、
自分の考え方が自立していないと、
自分が自分に不幸を感じちゃう。

何があっても、
どんなことが起きても、
とまではいかないだろうけど、
いろんなことから
自立していないとねぇ。

仮に、親の経済力をあてにして
結婚した方々っていうのは、
だいたいが、もれなく、
親の干渉も受けてしまう。
そんなんでいいのかなぁ…

結婚に限らず何でも、
いろんなものが
そろっていなくとも、
「自立こそが幸せ」。
本当に、そう思います。

【参考】
「自分づくり」の法則―他人に“心”を支配させるな(加藤諦三)

2005年6月30日

…そこで終わらない僕らの孤独なゲーム

僕らの孤独なゲーム(三枝夕夏)の歌詞

どんなに多く~の部分

どうして、そこで終わらないのか。
その答えは、簡単。それが、
ゲームの本当の目的でないから。

でも、多くの人が、まるで、
それがゲームの目的かのように
追っている姿ばかりが目に入る。
(孤独だけど、群れて追っている…妙だね)

とすると、みんなが終わらない。
そして、終わらないから、
ますます、多くのモノを追っていく。

「この次、あれを手に入れたら、
 私は、今度こそ満足するだろう。」

と、内心思ってみても、
そんなことはない。
手に入れば入るほど、
飽くなき欲求がその先に続く。

いっそ、手放せばいいかも…
なんて思いながら、
手放してみれば、今度は寂しい。
結局、モノは変わっても、後戻り。

先日、とあるブログを見ていたら、
かなりの月収をもらう夫に、
「足りない」と言った妻の話が
ありました。

それを言われた夫は、
「結婚して2回目の手をあげた」
とのこと。

いろんな背景があるだけに、
手を上げたことをどうのこうの、
とは言えないけれど、
「足りない」という感情は、
本当に底なしだ、
というのが実感できました。

そうなる前に、どこかで、
自分の感覚を修正しないと、
何もかも手にしても、
何もかも失ってしまいそうです。

【参考】
ジューンブライド~あなたしか見えない~(三枝夕夏)

2004年10月27日

(中略)ソウイウ人間ノトモダチニ ワタシハナリタイ

雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ
(中略)
ソウイウ人間ノトモダチニ
ワタシハナリタイ

(通販生活の一語一絵)

ちゃんと読みとっていただけましたか?
「そういう人間の友達に私はなりたい」
と書いてあるのです。

いや、もっと長い人生を考えれば、
「そういう人間の夫になりたい」
「そういう人間の妻になりたい」

あるいは、
「そういう人間の子供になりたい」

なかには、
「そういう人間の親になりたい」
なんて、お気楽人生を
期待している方もいるかもしれません。

今日は、そんなふうに考える方を、
責めるつもりはありません。

自分の身近に、
そんな人間を集められる人は
本当に幸せであり、
また才能だと思うのです。

そして、少なくとも、
そういう人間の友達には、
やはり、そういう人間が多い
のも事実のような気がします。

ぜひ、そういう人間の友達になりましょう。
そして、そういう人間に面倒くさがられる、
あるいは遠ざけられるような人間には
ならないようにしましょう。

これは、友達になる最大の秘訣です。

皆様が、友達によって幸せになれるよう、
心からお祈りしながら、
今日の言葉をお送りしたいと思います。

(注釈:宮沢賢治では、
「そういう者に私はなりたい」となっています。)

【参考】
考える技術(大前研一)

2004年10月26日

幸せとは、空にかかる虹を仰ぐこと。…

幸せとは、
空にかかる虹を仰ぐこと。

不幸せとは、
その虹をつかもうと地団駄を踏むこと。

(おなかがすいたらごはんたべるんだ、イ・ギュギョン)

ふとした疑問が湧きます。
その虹も見えない時は…と。

絶望か?

いやいや、虹が見えなくても、
きれいな青空に感動していたらいい。
青空が見えなかったら、
雲の動きの速さに、
驚いていたらいい。

雨のしずく一粒一粒を見て、
写真に刻まれるような瞬間を
見つけたらいい。

雪が降れば、
その一つ一つの結晶をよく見れば、
また神秘的になれる。
私は、雪国育ちだから、
それがよく分かる…

面倒くさいなぁ、と思う雪にも、
その一つ一つが、
本当にきれいに形作られている
結晶の姿を見てとると、
何か「すごいなぁ」と思わざるを得ない。

人間は、視野がせまい。

何かいいなぁ、と思えば、
それがすべてのような気がしてしまう。
そして、どうしても、
それを手に入れなければ
気が済まない気持ちにもなる。

世の中、虹ばかりじゃない。
いっぱいのものがある…

ただ、それを探すために、
わざわざ遠くに行く必要もまたない。

でも、それが分かるためには、
時間が必要なんだろうなぁ。
誰にでも…

【参考】
おなかがすいたらごはんたべるんだ―韓国の賢者による「短いお話、長い考え」(イ・ギュギョン)

2004年10月24日

重要な人になるのは素敵なことだけど、…

重要な人になるのは
素敵なことだけど、

素敵な人になるのは
もっと重要なことよ。

(英語)
It’s nice to be important
but more important to be nice.

(お母さんのことば ちょっとした生きるヒント、ミシェル・スラング)

「重要」と「素敵」…
言葉の理解によっては、
どちらも同じに
なってしまうかもしれない。

こんな言葉もある。

「大切にされるのはすばらしい。でも、
 すばらしい人になるのは、もっと大切。」

「必要とされるのはすばらしい。でも、
 すばらしい人になるのは、もっと必要。」

人が生きていれば、
自分の人生に、あるいは、
自分を見る他人の見方に、
なんらかの期待をする。

その他人の目や評価が
いつも正しければ、
それを指針にしても、
私たちが誤まることはないと思う。

しかし、そうではない。
そもそも、人気というものが、
気まぐれで変わることもあるから…

そして、それを手に入れたと
思っていた人間が、
あとに手に入れる感情は、
不安である。

人気は、遅かれ、早かれ、
去っていくから、
それを追ってばかりいると、
誤まった方法で
それを食い止めようとしてしまう。

昔の人気を、栄光をと
もがく人々の姿は、
毎日のようにテレビで見られる。

求めるものは
それだけでないはずなのに…
それしかないかのように。

踊らされないように、
気をつけよう。

【参考】
お母さんのことば ちょっとした生きるヒント(ミシェル・スラング)

2004年9月18日

笑顔でいようよ(三枝夕夏 IN db)

笑顔でいようよ(三枝夕夏 IN db)の歌詞

どうしてそんなに~の部分

そうだよねぇ。

みんなが、
自分がどう見られているかに
気をとられていたら、
その自分を見る人なんて、
結局、誰もいないんだよ。

仮に、何か失敗して、
一時は注目されたとしても、
その失敗を覚えているのは、
自分ばかりで、

残りのみんなは、
今度は自分が同じ失敗をして、
恥をかいたりしないかって
心配しているだけだったりする。

隠そうとするから目立つ。

そうそう、他の人は、
なんとも思っていないのに、
自分の鼻が嫌いで
気にしている女の子がいたんだ。

その子が、
何をしていたかって言えば、
その鼻を隠すかのように、
いつもさわっていた。

だから、その鼻よりも、
鼻をさわっている癖の方が、
目立つことになった。

そんなことが事実なんだよね。

もっと、らく~にいこう。

【参考】
笑顔でいようよ(三枝夕夏 IN db)

2004年8月 5日

人は…奇異を信じたがるものである。

人は…
奇異を信じたがるものである。

(新・平家物語、吉川英治)

簡単な話である。

「あの人、とてもマジメで、
 一生懸命な人よねぇ。」
という評判があったとする。

しかし、それよりだったら、
「でも、実は、裏では、
 けっこうなことをしているみたいよ。」
という噂やデマが生まれれば、
そちらの方を人は信じたくなる。

面白いからである。あるいは、
刺激的で、変化があるから。
それだけの理由…

そして、その同じ理由で、
自分が、噂やデマに巻き込まれる可能性が
あることを、すっかり忘れている。

芸能人や有名人の方々は、
そんな好奇な目の対象になることが、
たいへん多いように思う。
マスコミのおかげで…

何かの本で読んだことがあるのだが、
まさしく、
「死んだ犬を蹴飛ばすものはいない。」
ということわざ通りだと思う。

隆盛を極めている人がいれば、
その人の足元が崩れるような情報の方が、
やはり、面白い。

落ちぶれ始めた人がいれば、
さらに悲劇的な目にあうような話に
進展していった方が、ニュースになる。

あるいは、反対に、
とてつもなく素晴らしい奇跡が起きるとか。
しかし、その奇跡の後には、
また堕落するような情報の方が、
「やっぱりな」というストーリーに適しているので、
信じられやすい。

そう考えると、人は、
何が真実かを信じるのではなく、
信じたいものを信じているのだけ
のような気もしてくる。

多分、半分は正解だろう。
残りの半分は、ちゃんと自分から問いかけて、
答えを見つけている人もいるということだ。

信じる基準、方法を誤まってはいけない。
そう思った。

【参考】
質問力(齋藤孝)

2004年7月15日

抱えた苦しみは誰のせいと、人をひどく責める的はずれを…

優しい歌が歌えない(槇原敬之)の歌詞

抱えた苦しみは~の部分

う~ん、
いい言葉だなぁって思います。
人生を、自分を、心のなかを、
これだけ素直に見て、
言葉にできるのが、またすごい。

自分は苦しくない、
誰も責めていない、
誰も傷つけていない、
ときれいごとを言えば、
ウソになる。

でも、それは、
自分以外の人に見せたい「自分の姿」
かもしれないけど、
それが本当じゃないのは、
自分が一番分かっている。

苦しい自分、
傷つけたかもしれない自分、
誰かのせいにしている自分を
認めれば、ちょっと心が楽になる。

そんなところがある自分なんだよね、
と言葉にしてみれば、
次に進むこともできる。

それをしないうちは、
見せている自分と、
心のなかの本当の自分のギャップに、
自分が苦しむばかり…

成長ではない、ただ我慢ばかりに
なっちゃうんじゃないだろうか。

人を傷つける時っていうのは、
多分、自分が傷ついている時。
でも、自分のその傷は、
人を傷つけたからといって、
癒されるわけじゃあない。

本当の自分を見つめる強さ以外に、
それを癒せるものはないんだよなぁ、
やっぱり。

【参考】
EXPLORER(槇原敬之)

2004年6月10日

人から信頼される人は、人を信頼する心の強い人である。

人から信頼される人は、
人を信頼する心の強い人である。

(木原武一)

人からの信頼って、
なかなか得られるものじゃない。
深い意味では…そう思っている。

信頼している心は、
ある意味、裏切られても、
それほど動じないでいられる状態
のはずだから。

そうじゃなきゃ、信頼じゃないでしょ。

いつ裏切られるか、
いつだまされるか、
そんなことを考えている状態に、
「信頼している」なんて言葉は、
似合わない。

完璧に、異質なものだ。

信頼するというのは、
だまされる状態でもあること。

そして、だまされた時でも、
心のあり方をどんなふうに
持ち続けるかを決めていること。

これだと思う。
だから強いんだよ。

そして、そうなるまでには、
実際に裏切られたり、
だまされたりしたこともあるだろう。

そして、その人の前にいるだけで、
「裏切るようなことだけはしたくない」
「だますようなことだけはしたくない」
と思わせる力もあるだろう。

隙がないのとは違う。

この人の前では、
こんな自分でありたいと
理想を貫かせる人間なんだと思う。

だから、時には、
ウソをつかれたり、
だまされたりしたら、
自分はそれだけの人間なんだな、
と思った方がいいな、と思ったよ。

「もう信用しない」なんて、
閉じこもる前に…

【参考】
人を動かす(デール・カーネギー)

2004年3月23日

人をモノとして扱った人は、自分がモノになっている。

人をモノとして扱った人は、
自分がモノになっている。

(ほぼ日、糸井重里)

人前に立った時、
緊張してしまうのは、
人を「ヒト」以上に思ってしまうからだろう。
自分の評判やウワサを、
決定的にするような大きな存在(モノ?)に…

人を邪険に扱う姿には、
また別のものが見える。
世界は、自分を中心に回っているような錯覚が…

人をモノとして扱うというのは、
単純な感情しか持っていない、
あるいは、感情がない、
と決めつけることだと思う。

自分が、
いろんな志向や感情を持っているように、
自分以外の人にもそれがある。

しかし、自分しか見えていないと、
それが見えなくなってくる。

そして、その考え方に基づいて、
行動を始めるわけだから、
失敗にいたる可能性が高い。

その失敗に、どっぷりつかって、
「自分は理解されないんだ。」と
自分に閉じこもってしまった瞬間に、
その自分は「モノ」になってしまう。

なりたくないけど、
知らないうちにそうなっているかも…

ただ、世の中には、
自分をわざと「モノ」として、
売り出す業界もある。
それによって、人の注目を浴びるのが、
最初は気持ちいいから。

しかし、その気持ちよさは、
ずっと続かないこともある。

人は、モノじゃない。
それを忘れないようにしよう、
そう思いました。

【参考】
モノづくりのこころ(常盤文克)

2004年3月21日

人は、歴史をつくる存在。過去をくり返すでもなく、…

人は、歴史をつくる存在。
過去をくり返すでもなく、
過去を置き忘れるでもない。

(英語)
Man is a history-making creature who
can neither repeat his past
nor leave it behind.

(W・H・オーデン)

過去があって、今がある。
その積み重ねで、歴史ができる。

過去をちゃんと見つめられるとすれば、
よくない出来事にも、
意味を見つけられる。

歴史は繰り返される、
という言葉があるけど、
人一人、出来事一つを見れば、
過去とは違った決断をしていると思う。

それがくり返されているように
見えたとしても、やはり、
新しい歴史をつくっている。
そうだと思う。

新しい道をつくっていくんだ、
そんな気持ちを忘れないでいたい。

【参考】
自分と未来は変えられる(高塚猛)

2004年2月 4日

自分を何も変えないで、ただ事態が変わればいいと…

自分を何も変えないで、
ただ事態が変わればいいと
思っているさまを、狂気という。

(伊藤守[著述家])

ははぁ…

何を狂っていると言うかは、
考え方が変われば、
こうも変わるんだね。

たしかにね、
世の中は変わっていくわけだけど、
自分の思いどおりの事態になることは、
めったにない。

そこに、自分の思いどおりだけを描いて、
自分が変わることから逃げてばかりいたら、
やはり、世の中につぶされてしまう。
本当に、「狂っちゃう」かもしれない。

昨日(2004-2-3)のニュースで、
横浜市において、早期退職の優遇が、
40歳にまで引き下げられたとあった。

自治体によっては、
35歳のところもあるらしい。

これは、こう言いかえられるような気もする。

「35歳または40歳になった時、
 あなたが変わらなければ、
 肩をたたきますよ」

もしかしたら、それは
誰かが望んでいる事態とは
違う方向に進んでいるかもしれない。

もう、再び、
55歳または60歳が退職という
風潮には変わりえない。

世の中は、
快適で楽な生活をしたい、という、
多くの人々の願いで進歩していく。

しかし、生活が楽になる反面、
進歩した社会に対応するため、
人に変わることを求めてくる。

事態は、そんなもの、
おそらく、これからも…

だから、変わることを決心したほうが得。
楽しみましょう、自分の変化を。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2004年1月24日

君を助けられなくて、残念だとは思わない。

君を助けられなくて、
残念だとは思わない。

(朗読者、ベルンハルト・シュリンク)

どうしても、
助けられないことがある。
助けないほうがいいこともある。

友だちとして、親として、
いろんな立場にあっても…

「助けてあげられなくて、
 ほんとうにごめんね。」

そんな言葉を、
私も口にしたことがあるけど、
今になって考えてみると、
確かにそうでもなかったなぁ、
というケースも見えてくる。

助けがなければないで、
当人はなんとかしていく。
その力が増してくる…

まあ、
「何もおかまいできませんで…」
「たいしたお力にもなれず…」
「つまらないものですが…」
というような言葉は
社交儀礼的なものにもなっているから、

「助けてあげられなくて、
 ほんとうにごめんね。」

という言葉が同じようにならないよう、
気をつけたいもの。

もし、助けられなかった時には、
いろんな言い訳をせずに、
見守る余裕に変えたいもの。

助けがあったら、ラッキー。
助けがなくても、ラッキー。
人生は、そういうものでしょう。

ただ、最初から助ける気もなかったのを、
この言葉で正当化することだけは
避けたいと思う。

そして、もちろん、
自分のことが出来ない乳幼児や人々などを
放置する理由にもしないように。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2003年8月25日

完璧なものなんて期待しない方がいい。あなたが、その完璧に…

完璧なものなんて
期待しない方がいい。
あなたが、その完璧に
応えら