since 2001-12-24
いい言葉ねっと いい言葉に、人は癒される、生かされる、動かされる。
いいコトバ このサイトから生まれた本の「いい言葉」
自分がどういう人間であるかと、自分がどう
見られているかは、必ずしも一致しない。

(読めばたちまちハッピーになるいいコトバ、皆川修一) »

いい言葉メニュー

いい言葉コレクション

いい言葉サブメニュー

Amazon商品ガイド

スポンサード・リンク

関連リンク

QRコード

Powered by
Movable Type 4.1
常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

« 他人の目 | メイン | 優柔不断 »

2010年2月18日

反省してる暇はないんだよ。...

ミスしても、
反省してる暇はないんだよ。

なぜそんなことになったんだろう
と考える前に、
とっととあやまって次へ進め。

(朝日新聞サイト「どらく」、古田新太)

なぜそんなことに
なったんだろう、
と考える振りをして、

自分のせいじゃないのよな、
ほかの原因があるんだよな、
っていう願いのような思いで、
原因を探している場合があります。

それで、
自分のせいだ、
ということが分かったとしても、

なかなか認めたくない気持ちが
もたげてくる。

認めたとしても、
今度は、あのときは、
しょうがなかったんだ、
という言い訳をしたくなる。

言い訳が認められるまで、
一生懸命に説明をして
関係者に回りたくなる。

そして、
それがムダだと分かる。

これまでの時間、
つまり、まとめると、

1.自分のせいじゃないと考える
2.本当の原因を探す
3.自分のせいと分かって言い訳を始める
4.言い訳を認められるまでがんばる
5.ムダだと分かる

というような時間は、
おそらく、かなりのロスを生みます。

そんなことをするよりだったら、
あやまって、次に進んだほうが、
新しい局面に早く立ち向かえるのです。

私もよくやってしまうから、
考え直さなくちゃいけないな。

原因を探す振りをして、
自分のせいじゃないことだけを
願っている時間。
やっぱり、ムダですよ。

(参考)柳に風(古田新太)

»友達に、いい言葉カードを送る

2010年1月 4日

笑顔こそ最高のデザインだ。...

笑顔こそ最高のデザインだ。

デザインとは人を幸せにすること、
社会を幸せにすること、
そして地球を幸せにすること。

(情熱大陸、水谷孝次)

なんでもお金の話にするのは、
ちょっと現金かもしれませんが、

きっと、笑顔だけで、
お金を儲けられる人も
世のなかにはいることでしょう。

その人の笑顔を見るだけで、
なんだか幸せな気分になれる
っていう人がいるのなら、

その人のまわりには、
たくさんの人が集まって
いろんなことが活発になるはず。

もちろん、
お金にならなくても、
笑顔の効果は大きいと思います。

笑顔を見るだけで、
やる気になる。
落ち込んでいた気分に、
いいアイデアが思い浮かんだ。

なんか困ったことがあった時には、
その人の笑顔を見に行けばいい。
きっと、何かいい方法が思いつくから。
そんな評判の人も、世のなかには、
いることでしょう。

そんな人が、一人でも、
自分のまわりにいたら、
ラッキーですよ。

いますか?

もちろん、自分が、
そんな人になるっていう方法も
あります。

今日から仕事始め、
という方も多いことでしょう。
笑顔で、がんばりましょう!!

(参考)デザインが奇跡を起こす (水谷孝次)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年12月 9日

まだ人の影響を受けたくないの。...

まだ人の影響を受けたくないの。
まず自分が何を望むかを知りたいの-本心を。
望むべきことや、
望むべきだと人が期待することや、
そう望んだほうが賢明そうなことではなくて。

これまでのいろいろな自分、そして、
今の自分
-その全部を引っくるめた、このわたしが-
望むことを知りたいの。もしそれを見つけ、
それに従えば、たとえ何が起きても大丈夫だわ。

(タッチ、ダニエル・キイス)

人の影響を受けたくない!!

私がそんなことを言ったら、
周りからは、
またいつものわまがままだ、
なんて言われるでしょうね。

しかし、
「まだ」と付くと、
ちょっと思慮が感じられます。

人は、人の影響を
受けることなしに
生きていくことなんて
1分1秒もできない。

そもそも、
この世に生まれて、
生きていることが
誰かに生んでもらった、
という影響からスタートしているわけで、

だから、
人からの影響を拒むのでなく、
人の影響を受ける前に、
自分というものを
いくらか確立しておく時間が
必要なときもたしかにある。

誰かのことを考えて、
誰かからどう思われるかにとらわれて、
自分の望みを引き出そうとすると、
嘘が入ってくることもあるから。

最初から、嘘と向き合ってしまえば、
その先も、嘘ばっかりになってしまう?

スタートくらいは、
人に影響されない意見や考えを
もってもいいんじゃないか。

きっと、最後には、
自分の意見のカケラが
どこにいってしまったか、
分からないくらい、
影響されることもあるだろうから。

(参考)タッチ(ダニエル・キイス)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年10月26日

道はおもしろい。...

道はおもしろい。
どこに繋がるかわからない
粗末な道であればあるほどおもしろい。
思わぬ世界に導いてくれたりする。

(くじら坂で、あさのあつこ)

いろんな道があって、
いろんな人生、生き方がある。

そして、
本当におもしろいと思える道は、
他人から
「おもしろい」と教わった道よりも、
自分で思いがけずに見つけた道
だったりする。

だから、本当は、
人の数だけ道があるのに、

そういうことに気づくまでは、
他人の歩んでいる道の
コンディションばかりがいいように
見えてしまうんです。

誰もがうらやむ、
ピッカピッカに光っている道は、
きっと、競争率が激しくて、
その先には、もう何もないかもしれない。

だから、粗末な道を見つけてみる。
とは言っても、
その道が必ずしも面白いとも限らない。

粗末な道だからこそ、
めげずに手入れをしてあげないと、
すぐに、道の姿さえなくなる。

ということだから、
思いがけずに見つける面白い道は、
なかなかないのが現実だけれど、
毎日毎日を生きている限り、
どこかで踏み入れるかもしれない。

私の歩いているこの道の先には、
どんな道があるんだろう、
ワクワクしながら歩きたいもんです。

寄り道、戻り道、迷い道、
なんでもあるでしょうけどね。

(参考) 夢うつつ(あさのあつこ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年9月 1日

人生において大切なことは、...

人生において大切なことは、
簡単な言葉でしか表現できません。

難解な言葉で説明する人は、
結局わかってないんです。

(雑誌「ダ・ヴィンチ」、宮本輝)

うーん、耳が痛い。

自分の言葉を振り返ってみると、
ちょっと難しく話しているとき
あるなぁ...って気づかされる。

場合によっては、
自分がわかっていないことを
ごまかすために、
難しい言葉を使っていることも。

自分が聞かされる側に
立ってみれば、
分かるんですよね。

分かりやすい言葉で
しゃべってもらったことは、
すーっと心に入ってくる。

けれど、
本人もよく分かっていないような、
借りものの言葉で話されたものは、

なんか、
言葉に思いが乗っかって
こちらに届かないから、
それだけのもんでしかない。

言葉を簡単にするクセ。
とても大切だと思います。

それは、
口に出すかどうかは別にして、
何かを学んだときに、
自分の言葉に置き換える作業だと
いうことでしょう。

自分の言葉にすることが
できない時には、
間違いなく、まだ、
自分のものになっていない証拠。

自分のものになった言葉を使う。
簡単なようで、これが難しい。

できてる人は、きっと、
飾らない人なんでしょうね。

(参考)骸骨ビルの庭(宮本 輝)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年6月27日

共通してるのは、ケーキの食べ放題...

あんたたち、
今すごくさみしくて
不安なんでしょう。
でもいけないのはあんたたち。
選り好みばかりするからいけないんだ。

あんたたちに共通してるのは、
ケーキの食べ放題にのりこんだ欲張りな
お嬢さんってことだよ。
何から食べようか、どうすれば元が取れるか、
考えてるうちに時間制限が終わっちゃう。
そんなままだと、敗北者だよ。
そのことに気づけば、きっとうまくいく。

(ドラママチ[ゴールマチ]、角田光代)

この世の中を、
ケーキの食べ放題に
置き換えられてたまるか、
って思う人もいるだろう。

選べるケーキなんか、
限られているどころか、
何も選べないじゃないか、
という人もいるだろう。

きっと、それは、
自分の選択肢でなく、
他人の選択肢を見ている
からだと思うんです。

自分が選べるものと、
他人が選べるものは違う。

自分が選べるものを
かき集めることをしないで、
他人が自身のために
かき集めた選択肢を眺めて
うらやましがってばかりいても
どうしようもない。

誰でも、
自分の選択肢の前では、
食べ放題なのだ。

他人の選択肢の前では、
観客にすぎない。
残念ながら、
食べ放題には参加不可。

自分の選択肢に集中しよう。

(参考)ドラママチ(角田光代)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年5月 3日

みんなトラウマが...

みんな
トラウマが大好きなんだ。

(仮想儀礼、篠田節子)

いつの頃からか、
流行りだした「トラウマ」
という言葉。

トラウマがあれば、
自分の悪い性格の
言い訳ができる。

人を傷つけたとしても、
その行為の理由には、
トラウマがあったんです、

とまるで、
自分とは別の存在として、
トラウマを犯人に出来るかのよう。

こんなことばかりが
まかり通るようになったら、
どんな大きな犯罪も
トラウマによって
許されてしまう世の中になっちゃう。

しかし、現実には、
そんなことはありえない。

トラウマっていう言葉を
好きになるのはかまわない。

けれど、トラウマは、人じゃない。

「ああ、そうですか、
 トラウマだったんですか。
 なるほど、なるほど。」

と物分かりのよい返事ばかりとは
限らない。

実際のところ、
どこまでがトラウマで、
どこまでが自分勝手な思いか、
というボーダーラインを
ハッキリ出来ない以上、

トラウマ好きになるのは、
ちょっと待った方がいいと思います。

いつも何かのせいにするのだけは、
やめた方がいいでしょう。

(参考)トラウマにさよならする時(池田 登)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年3月23日

一発屋みたいに大きいことを...

一発屋みたいに大きいことを
どーんとやろうと考えるよりも、
こつこつと小さな改善を
たくさんやっている人のほうが伸びます。

近道を探していると
時間ばかりがたってしまう。

(雑誌「プレジデント」、野口実)

娘らの卓球大会の帰り、
お腹がすいて、
お店に寄っていこうと
思い立つことが度々です。

たしか、
ここらへんを曲がれば、
あそこに着く近道かな...

なんて考えながら、
思いつきで入り込んでいきます。

すると、
一方通行に入って戻れなくなったり、
位置的にはたどり着いたんだけど、
その道路のちょうど下の道路だったり、
果ては、まったく別の方向に行ったり...

結局、ふつうに行くよりも、
時間がかなりかかっていた、
という経験は、1度ばかりではありません。

もちろん、近道を探して、
ちゃんと見つけられたこともあります。

しかし、いつもそうとは限らない。

生き方の問題といえば、
そうかもしれない。

どうしても、
近道を探すのが好きな人と、

近道を探すなんてことは邪道だ、
と言って今まで通りを愛する人。

どちらだけがいいとは限らず、
どちらも出来る人間が、
生き方上手になれる気がします。

一番ダメなのは、
学べないことでしょうから。

(参考)LIFE なんでもない日、おめでとう!のごはん。(ほぼ日)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年2月25日

それまでの考えにこだわっていてはダメ...

それまでの考えに
こだわっていてはダメなのだと
いうことを思い知ったとき、
新たな考え方を学ぶことができます。

(10の悩みと向き合う、島田裕巳)

こだわってなんかいない、
と言いつつも、

自分が行き詰っていることを
実感すれば、イヤイヤながら、
認めるようになります。

しかし、それまで
ずーっとこだわってきたものを
捨てるというのは、
かなりの勇気がいることでしょう。

逆にいえば、新たに飛びついて
こだわる価値があるものを見つければ、
きっと、そこから離れられる。

離れるときは、
いくらか心細いとしても、
離れて、新しいこだわりを見つけて、
また離れて、別のこだわりを見つけて、
ということをくり返せば、

それが「生きる」ということなんだと
分かってくるもんなんです。

そういうことから逃げて、
こだわりをいつまでも守るから、
自分の中の新陳代謝パワーが
衰えてしまって、結果的に
自分がダメになってしまう。

ちょっと冷静になってみれば、
こだわって守っているものが
本当はどれだけの価値のものか、
分かるはずなんです、人間は。

何度も何度も
思い知ります。

私も、1週間のうちにさえ、
何度となく、思い知らされます。

それでいて、知らず知らずのうちに、
元のこだわりに戻ってしまうこともある。

新しいことを受け入れる、
っていうのは、
それだけ難しい時もある
っていうことでしょうね。

(参考)10の悩みと向き合う(島田裕巳)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年12月22日

人を羨む時には...

人を羨む時には
その人の苦労も欲しがって下さい

(オーラの泉、江原啓之)

見えるものだけを羨み、
見えないものがあることに
まったく気づかない。

そんな目の見え方では、
苦労でも、人間関係でも、
見えないものに、いつの日か、
打ちのめされてしまうでしょう。

羨みたくなったら、
その背後にあるものも
想像してみる。

でも、想像力に乏しい人は、
「苦労があるとしたって、
 私の苦労に比べたら、
 たいしたことないはずよ。」
と、きっと結論づけるでしょうね。

「おそらく、私よりも、
 かなりの苦労をして
 がんばってきた人なんだろうな。」
なんて想像ができる人だったら、
近いうちに目標達成できるかもしれない。

まだ手に入っていないものが
自分の手に入って、
みんなから羨ましがられる姿は
想像できても、

それが手に入るまでに、
どんな人がどれだけの苦労をしたか
想像できない人は、いつも、
言い訳する役に回ることになるでしょう。

私の人生、羨むばかりで、
そんなことで本当にいいのか。

いつか本気で、そんなことを
自問できるようにならないと、
人生は変わらないはずだ。

(参考)悪意/善意 たましいの素顔 (江原 啓之)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月29日

自分が見下されているから、...

自分が見下されているから、
人を見下そうとするのだ。

見下されない高さまで
上り詰めるしかない。

(訳あり、横山秀夫)

見下されるのが悔しいと言いながら、
何の努力もせずに、
自分より劣っているものを探して、
見下そうとする人は、
イヤな感じがしますね。

見下されない高さまで
上り詰めようとする努力だけで、
意味があると思う。

1つは、
見下されていることを
忘れていることができる。

もう1つは、
もしかしたら、
見下されない高さまで
上り詰めることができるかもしれない。

でも、上り詰めたことに安心して、
ほかの人を見下し始めた瞬間に、
また、見下されることになるだろう。

ただ、一番幸せなのは、
見下されていることに
気づかない精神なのかも。

だから、見下されないようにがんばる、
っていうのは、1つのきっかけに過ぎない。

そういう努力ができる自分を感じた時に、
見下されるかどうかを気にしなくていい、
と思えるようになることもある。

人を見下したところで、
自分の人生の「質」が
よくなるわけじゃない。

逆に、見下されたところで、
自分の人生の「価値」が
下がるわけでもない。

自分が自分の人生をどう見るか。
それが大切なんだと思います。

(参考)深追い(横山秀夫)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月10日

自らの半生で感じた喜怒哀楽を棚卸し...

自らの半生で感じた喜怒哀楽を
棚卸しすると必ず

「人生の目的」、いわば「夢」が
落ちているものなんですよ。

(雑誌「DIME」、松田公太)

今20歳だったら、その20年を、
30歳だったら、その30年を、
40歳だったら、その40年を、
棚卸ししてみると、
けっこう面白いもんです。

棚卸しだから、と言って、
大げさに考える必要もない。

今そこに体1つでいる自分の
記憶だけを頼りにして、
考えてもかまわない。

今まで、本当に喜んだことは何か?
一番怒った、悔しかったことは?
とても悲しかったこと、泣いたことは?
楽しかったこと、思い出は何?

みたいな感じで、
ザーッと書き出してみればいい。
そんなに時間をかけすぎないで。

すると、
喜怒哀楽それぞれに、
自分のルール、法則が
見つかったりします。

もちろん、
まだ見出されない自分も
いるでしょうから、
そういう過去だけに
縛られることはオススメしませんが、

自分の法則の中に、
今後、どんな目的や夢のために
自分ががんばることが出来るか。

っていうことのヒントは、
たくさんあると思うんです。

与えられた目標、
うらやましく思った夢や憧れも、
ヒントにはなるでしょうが、
もし、それらが長続きしていないのなら、
そこには、自分の本当に欲しいものはない、
って、本当の自分は分かっているのかも...

けれども、自分の本当に欲しいものに、
到達する道がなかなか険しいから、
また、うやらましさや憧れで、
動こうとしたりしてしまう。

棚卸しを忘れないようにすれば、
見落とす頻度も少なくなることでしょう。

(参考)仕事は5年でやめなさい。(松田 公太)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月19日

僕が面白いと思うことが、...

僕が面白いと思うことが、
他の人にも同じように
面白いことなのかは疑問だ。

そういう疑問を持ったまま、
面白いことを捜すと、
少し面白くなくなるような気もする。

(探偵伯爵と僕、森博嗣)

人には、
心から面白いと思えることと、

面白いと思おうと考えてること、
があるんじゃないだろうか。

なんで、面白いことにまで
そんなことを考えるかと言えば、

自分を楽しませようと
頑張ってる人への思いやりの時もあれば、

その面白さが分からないと、
笑いのセンスが疑われそうな時とか、

そこで笑わないと、
自分の身が危ない時とか、
いろいろあるんでしょうね。

でも、笑いのツボとか、
面白いと思うツボは、
人それぞれ違っていて、
当たり前なわけで。

無理に合わせようとすると、
面白くなくなるのは当然。

お笑い芸人を目指すならまだしも、
笑いのセンスまで堅ぐるしいことを
考え出したら、面白くなくなる...

他の人を面白がらせることに
本当の関心、興味を持っていないと、
他の人にとって面白いことを探すのは、
きっと、つまらない。

心の底から楽しいと思えることを、
大切にしましょう。
それを見失うと、見栄とか、憎しみとかが、
自分の人生を邪魔し始めますから。


(参考)探偵伯爵と僕(森博嗣)

2008年6月20日

わたしは わたしから...

わたしは
わたしから
逃げられない

(「好き」からはじめよう、中島未月)

うまくいかないことを
誰かのせいにして、
何かのせいにして、
その場から逃げることが
出来たとしても、

自分はどこへも
置いていくことは出来ない。
必ず連れて行くことになる。

次にも、
うまくいかないことが起きて、
また、誰かの、何かのせいにして
逃げてみる。

それを2回やっただけで、
気づける人がいる。

それを10回やって、
気づく人もいる。

それを100回やっても、
まったく気づけない人もいる。

うまくいかない原因を
つくっているのは自分で、
その自分からは、
絶対に逃げられないってことに。

早く気づかなくちゃダメだ。
人生は、そんなに長くない。

けれど、
間違った気づき方も、
よくない。

落ち込みすぎるために、
気づくんじゃない。
どう変わればいいかを
考え始めるために
気づくんだ。

だから、自分から逃げてはいけない。


(参考)「好き」からはじめよう(中島未月)

2008年5月13日

これからは毎日が針のむしろだろう。...

これからは毎日が
針のむしろだろう。
でもいい。
言いたいことも言わないで
生きているよりはずっといい。

(邪魔、奥田英朗)

言いたいことと、
それが言いにくい環境。

その狭間にあって、
私たちはいつも苦しむ。

言いたいことを言えば、
居心地が悪くなる。
言いたいことを言わなければ、
こちらにストレスが溜まる。

言いたいことを言うのは、
とてもカッコイイ。

けれど、
言いたいことを言う時に、
人は、大切なことを
忘れている場合もある。

それは、
言いたいことは変わることも
多いということだ。

言いたいことを言った瞬間に、
相手の態度が変わって、
「あ、そういうつもりでは...」
なんて言い訳をしたくなるような
対応をされることも少なくない。

言いたいことを言うというのは、
スッキリすることを選んだこと。

誰かに頼ったり、
助けられたりすることも
期待しない、ということ。

言いたいことを言ったら、
何らかの損をする可能性も
覚悟の上だということ。

そこまでの決心もなく、
言いたいことを言うと、
あとで後悔するばかりです。

どんな気持ちで、
言いたいこと言ってますか?


(参考)
空中ブランコ (奥田 英朗)

2007年8月29日

そこで腐らずに…

そこで腐らずに
どうしてダメだったのかを考えて…

(Yahoo!インタビュー、タカアンドトシ)

スポーツでも何の大会でも、
誰にも負けないくらい強ければ、
対戦相手や、トーナメントの組合せ
なんて問題にすることはない。

けれど、
そういうレベルでない時には、
実際のところ、組合せに
大きく左右されたりする。

だから、負けたりすると、
「組合せが悪かった…」
「私はいつも、いいところに
 置いてもらえない。」
「この組合せを作った人、最悪。
 私は、いつまでも報われない。」
なんて腐ったりしたくもなる。

お笑い芸人のタカアンドトシは、
なかなか知名度が上がらない時にも
腐らずに、いろいろと研究していた様子。

認められたなかったことを
他人のせいにすれば、
努力しない言い訳にも出来る。

もちろん、自分以外の要因を
まったく無視も出来ない。

そうだとしても、
腐ってしまって、
何もかもやりたくなくなったら、
何も変わらない。始まらない。


(参考)タカアンドトシ 本音か!!

2007年8月26日

ふり出しに戻ってるように…

ふり出しに
戻ってるように
見えても

ほんとは
次の場所へ
進んでいる

(ご近所物語4、矢沢あい)

昨晩、眠る前に
次女の部屋から
セキが聞こえてきました。

ちょっとザワっとします…
また、ぜんそくの
発作かなぁって。

多分、ぜんそく持ちの子供が
いる親の方々はみんな、
そんな感じでしょう。

うちの娘は、
まだ軽い方だと思うので、
ザワっとする頻度は、
そんなに多くないですが、

それでも、
治ったかと思うと、
しばらくして、また始まる。
そのくり返し。

いつになったら、
治ってくれるんだろう、
と思うこともしばしば…

嫌なことの
同じ繰り返しに、
私たちは、
ウンザリする。

無駄だった、
解決できなかった、
何にも変えられなかった、
っていう無力感が
一番つらいのかもしれない。
ショックもあるだろう…

変わらなくてもいいじゃない。
きっと、気づかないことが
まだあるだけなんだということにして、
生きていくのがいいと思います。


(参考)ご近所物語(矢沢あい)

2007年8月14日

一曲一曲にその時々の...

一曲一曲にその時々の
「私の思い!」みたいなものが
込められているんですよ。

(iTunesスペシャルインタビュー、ELT)

Every Little Thingの
持田香織さんの言葉です。

歌を書いたり、
歌ったりする仕事でない私たちでも、
自分の思いを込められるものを
持った方がいいと思う。

と同時に、世の中には、
そのような思いが
込められたいろんなものが
存在しているから、

いいものにふれる機会を
持つようにもした方がいい。

いい思いというか、
本気の思いが込められたものは、
それにふれた人に感化する。

池波正太郎さんの言葉が
思い出されます。
「つまらないところに毎日行くよりも、
 そのお金を貯めておいて、
 いい店を一つずつ、
 たとえ半年ごとでもいいから
 覚えて行くことが
 自分の身になるんですよ。
 (男の作法、池波正太郎)

お金のかかる、かからないが、
その価値を決めるわけじゃないけれど、
良い感化を与えるものは、
ちゃんと探せば、見つかるものです。

先週、先々週と、
娘に付き添って旅行に出かけた私も、
事前にいろいろ勉強して、
価値あるものを探したおかげで、
本物の思いにふれる機会が
たくさんあったように思います。

これからも、
思いの込められたものを
探して、見つけられますように。


(参考)キラメキアワー(Every Little Thing)

2007年8月11日

自分に投資したぶんだけ、…

自分に
投資したぶんだけ、
女は強くなる。

(ジャックスCM)

食べて、
勉強して、
買い物して、
旅行に行って、
リラックスして…

そういう「投資」を
促すCMのようですが、
お金を使って
ホンモノの投資にできる人、
っていうのは、
意外に少ないかもしれません。
それは、男女を問わず。

何でもそうですけど、
集め方も大切とは言え、
使い方はさらに大切なんですよね。

なんと言っても、
集めるのは、
使うためなんですから。
コレクターでない限り…

その使い方が、
投資になることもあれば、
単なる消費にしか
ならないこともある。

どうせ、いつか使うと
分かっているのなら、
ちょっと無理してでもいいから、
自分のために投資した方がいい
と私は思います。

性格にもよるかもしれませんが、
無理してでも投資しないと、
ちょっとした無駄遣いを
くり返しているうちに、
集めたものが消えていくんですよ。

自分への投資、がんばりましょう。


(参考)情報王—自分に投資する大人の勉強術 (長谷川 慶太郎, 中谷 彰宏)

2007年4月19日

素晴らしい侮辱はいつまでも残る。

素晴らしい侮辱は
いつまでも残る。

(英語)
Great insults last a long time.

(ロッキー・ザ・ファイナル)

侮辱されたと思っている本人は、
頭の中で、何度もそれを
リピート再生している。
そんなことをしていたら、
復讐心が芽生えない方が珍しい…

しかし、言った方は、
爽快感を感じて間もなく
忘れ去ってるかもしれない。

侮辱のつもりで
言ったか言わなかったかを
論じ合っても、意味がない。

侮辱するつもりで言ったことで、
相手も、侮辱と感じたこと。
これは、相手にどうされようとも、
自分で、責任をとらなくちゃいけない。

侮辱するつもりで言ったのに、
相手は、何とも感じなかったこと。
これは、結果的に言えば幸せなこと。
言った方は、スッキリしただろうし、
言われた方は、
何も傷つけられていないのだから。

侮辱するつもりじゃなかったのに、
相手が、侮辱と感じたこと。
これは、一番怖い。
どんなことに発展するか
分からない危険性を含んでいる。

それに、今の時代では、
何の接点もないはずの人間が、
「被害妄想」を勝手に抱いていて、
復讐に燃えている場合もあるからね。

今週、銃にまつわる2つの事件が、
大々的に報道されている。

1つは、
アメリカのバージニア工科大で
起きた無差別乱射事件。

もう1つは、
長崎市長の銃撃事件。

報道されている以外のことは、
何も知らないし、
専門家的なコメントも
何もできないけれど、

「本当に侮辱されたのか?」
っていう質問を
自分に尋ねる余裕がないと、
誰も幸せになれない気がします。


(参考)映画「ロッキー」

2007年4月14日

合わせる顔がない、っていうのは、…

合わせる顔がない、
っていうのは、

相手に対して、
対等か、優越感を
もてる関係でありたい、
ってことの裏返しだよね。

(引用元不明)

遠慮深そうに思える言葉の裏には、
どこかにウソがあったりする。

もちろん、
すべての人がそうじゃないけど…

自分の言葉も
1つ1つ振り返ってみれば、
そのウソがあることを見つけたりする。

私自身について言えば、
「合わせる顔がない」
という表現を使うほど、
謙遜する人間じゃないけど、

なんか、会いずらいなぁ…
という気持ちがする相手には、
やっぱり、対等な気持ちとか、
優越感をもてないから、
そう感じているような気もする。

逆に、相手が自分に対して、
そう感じているように見える時には、
何の気がかりもなく
会ってもかまわないと思えるから
身勝手なものである。

もし、対等か、
優越感を感じられる相手にだけを
選んで、会い続ける人生だとすれば、
その人は成長できないと思う。

人生には、
ちょっと窮屈な人が必要だ。

劣等感やコンプレックス
っていうのは、うまく使えば、
自分のエンジンになるからね。


(参考)田中宥久子の造顔マッサージ(田中宥久子)

2006年10月14日

殺人者たちが私の名前を呼んでいる。

殺人者たちが
私の名前を呼んでいる。

(「生かされて。」イマキュレー・イリバギザ)

現実として、
そんな状況に出くわす人は、
まず、いないことでしょう。

イマキュレーさんは、
そういう現実から、
奇跡的に生かされた人。

1994年、アフリカ中央部の
ルワンダで起こった大量虐殺。
隣人や友人だったフツ族が、
100日間で100万人のツチ族の命を…
当時大学生だった彼女は、
90cm四方のトイレに
7人の女性と身を隠し、
90日間を耐え抜いた。

文字で読むだけでも、
怖い現実です。

名前を呼ばれる度に、
ビクビクしたことでしょう。
その恐怖は、想像を絶します。

自分はどうなってしまうのか…、
自分の人生な何だったのか、
切迫しながらも、ひっきりなしに
考えそうな気もします。

誰かに奪われそうになると初めて、
私たちは、持っているものの大切さを
実感する。しかし、自分では、
いとも簡単に、それを捨ててしまう。

本当に、奪われたくないものは何か。
何さえあれば、生きていけるのか。

今日の言葉は、
被害妄想を抱きやすい人には、
よくないかもしれません。

私のようなダラけやすい人に、
時々、見えない殺人者が、
私の命を縮めようとしている、
なんていう妄想を抱かせて、
人生に発破をかける意味では
いいと思いますが…

平和な時にこそ、
せっかくある時間を、
激しく生きたいものです。
自分の選択で。


(参考)生かされて。(イマキュレー・イリバギザ)

2006年10月12日

…しがらみのない弱者こそ、そのチャンス…

新しいことをやらないのは
停滞と同じだと思っています。

しがらみのない弱者こそ、
そのチャンスに恵まれている
のではないでしょうか。

(雑誌「日経ビジネス」、浅見紀夫)

強くなるために、
いろんなものを使うと、
多くのしがらみも付いてくる。

そして、
その状態を続けるために、
そういうしがらみとも
離れがたくなっちゃう。
他人を利用したら、
利用しただけ…

利用しただけ、実際に
強くなっていればいいけど、
そうでないとなると、
しがらみだけが残ります。

しがらみから逃れられないと、
自由が少なくなり、
新しいことに飛びつくための
時間も少なくなってしまう。

しがらみをつくらないよう、
他人と協力して生きていくこと。
これが出来れば、
一番いいのだけれど、
現実としては、なかなか…

そればかりか、
弱者でありながら、
余計なしがらみを
増やしてしまうケースも
少なくないようだ。

多分、弱者には、
依存したい気持ちが
強くなることも
多いからだと思う。

弱者が、依存心から離れて、
「失うものが何もない」自由を
楽しめなければ、チャンスは
手に入らないでしょうね。

弱者ならではのチャンス、
それを活かしましょう…
自分を弱者だと思う人は。


(参考)弱者必勝の戦略—強者に勝つ15の原則(竹田陽一)

2006年10月 9日

欲望は誰でも生まれながらに持ってるから…

欲望は誰でも
生まれながらに持ってるから
理解しやすいけど、

良心(やさしさ)は
個人個人の手造り
みたいなモンだから、
誤解されたりギゼンだと
思われやすいんだよな。

(フルーツバスケット、高屋奈月)

什御さんの投稿です。

欲望まるだしの人間が、
やさしい人間よりも
好かれたりするのは、
そういうことによるんだろうな。

やさしい人間は、
何か隠しているように
見られてしまうこともある。

その隠しているのは、
自分の欠点だったり、
下心や欲望だったりする…

何もすべてを明らかにしろ、
というんじゃなくて、
親しまれるためには、
欠点を隠すよりも、
ちょっと見せた方がいい時も
あるということ。

それに、人が
素直になれない時には、
自分のやさしさは、
理解して欲しいけれど、
他人のやさしさは、
曲げて理解してみたりするから。

手作りのプレゼントに対しては、
とても嬉しがられる反応もあれば、
迷惑がられることもある。

珍しい時もあれば、
趣味に合わない時もある。
手の跡がつくだけに…

人それぞれの心から出てくる
「やさしさ」というのも、
同じことなんでしょう。


(参考)これが私の優しさです(谷川俊太郎)

2006年10月 7日

勝利の瞬間は、あまりにも短すぎる、…

勝利の瞬間は、
あまりにも短すぎる、
それだけに生きるには。

(英語)
The moment of victory
is much too short to live
for that and nothing else.

(マルティナ・ナブラチロワ)

テニスの世界舞台で、
何度となく栄光を手にした
ナブラチロワが、
それを言うのですから、
勝利を味わえる時間というのは、
それだけ短いのでしょう。

短いゆえに、その瞬間を
ちゃんと味わった方がいい。

そして、その味わいは、
栄光にすがるためだけでなく、
次の糧にするために覚える。

過去の栄光は、
次に誰かが成功すれば、薄れる。
栄光は、その人に付いて行くから。
その先では、また別の人に…

少なくとも、
人が生まれる瞬間や
人が墓に入る瞬間には、
勝ちも負けもない。

勝ち負けがとても大切で、
それしか見えない時もあるけど、
それって、人生の一部分にしか
過ぎないんだよねぇ…

あぁすばらしきかな人生。


(参考)スラムダンク勝利学(辻秀一)

2006年8月 8日

「見抜く価値のあるウソ」と…

「見抜く価値のあるウソ」と
「見抜いても仕方がないウソ」
というのがある。

(雑誌「プレジデント」、横田雅俊)

誰でも、ウソは嫌う。
ウソをつかれて、
それに乗せられてしまい、
損をしたら、怒りたくなる。

損害賠償もんの話もあるだろう。

しかし、
見抜いても仕方がないウソを
見つけたときに、いつまでも、
イジイジとそれを責め立てていると、
もっと大きなウソをつかせることになり、
本当に大きな損失に至ることがある。

ウソは嫌いだ、
という正義感、価値観も
分からないでもないが、

そのウソを見つけた時に、
その背景を探ってみれば、
ウソそのものよりも大きい
本当の問題が見えてきたりする。

そちらを解決する方が、
何倍も重要なのだ。

もし、相手にウソを指摘した時に、
「あ、この人は分かる人だ。
 この人にはウソはつけない。」
と自分を改めるような人間性の持ち主なら、
指摘することは賢明だけれど、

そうでない場合は、
ウソをつかせた背景を
探ってみた方がいい。

私の周りにも
ウソの常習犯がいるので、
その背景を探りながら、
いろいろと対応しているところです。

(参考)「失敗をゼロにする」のウソ(飯野謙次)

2006年5月24日

ネズミをつかまえる猫は、…

ネズミをつかまえる猫は、
猫なで声を出さない。

(英語)
A cat that catches mice
does not meow.

(中国のことわざ)

自分でエサをとれるから、
何ものにもこびなくていい、
ということなんでしょうね。

自分でエサをとれないと、
何かに寄っていかなくては
いけないわけです。

世の中には、
いろんな世渡り術があって、
時おり「猫なで声」を使わないと、
かわいくないなんて
言われたりもします。

けれど、あまりにも使って
自分だけがうまくいってしまうと、
仲間うちから足を引っ張られます。

私は、周りから諭されて、
時に「猫なで声」を使おうとするものの、
途中で、そのバカさ加減にあきれて、
逆に噛み付いてしまうタイプ。

夏目漱石ではありませんが、たまに、
住みにくい世の中を感じます。
だいたいが、自業自得ですが…笑

どこまでも、
ネズミを自分でつかまえて、
自活できる猫でありたいものですが、
いつかは、誰かの面倒になる時も
あるでしょう。

あまり意気込みすぎることなく、
かと言って甘えずに、
生きる道を見つけたいものです。


(参考)大人の友達を作ろう。(中谷彰宏)

2006年5月15日

ほしいものは何でも手に入る。ところが、…

ほしいものは何でも手に入る。
ところが、それがいつまでも
好きでいられるとは限らないのだ。

(ナルニア国物語、C・S・ルイス)

カムラさんからの投稿です。

「好きなものは全部手に入った。
 でも、もう飽きちゃった。」
という人もいれば、

「好きなものが手に入らない。
 ずっと思っているのに…」
と思っている人もいる。

きっと、後者の方が多い。

何でも手に入りながら、
飽きてしまった不幸と、
何も手に入らないゆえに、
ずっと憧れている幸せ。

人生はそのどちらしかない。
おまえは、どちらを選ぶか?
なんて尋ねられたら…

実際は、そんな二者択一でなく、
双方がいろいろ入り混じった人生
なんですけどね。

子供の頃、駄菓子屋さんには、
いろんなくじ引きがありました。
多くのものが当たった記憶が
あるけれど、今でも鮮明なのは、
ペプシを飲んで当たったケミカルライト。

コンサート会場などでポキっと折ると、
蛍光色に輝く、あのライトです。
今は100円ショップでも売っているけど、
当時の私には、
本当に珍しいものに思えたし、
友達もみんなが狙っていた。

そんな中、げっぷをしながら、
ペプシを何日も飲んで
当たったもんだから、
本当に嬉しかったなぁ。

ポキっと折って光っているうちは、
とても楽しくて、
暗がりに持って行っては、
面白がっていたけれど、
翌日には、もうただのゴミ。

世の中で欲しいものは、
こんなケミカルライトほど
すぐに輝きが失せるわけじゃないけど、
なんか似ているかも。

好きでいる、
飽きないでいる、
大切にし続けられる、
これって、立派な才能でしょうね。

もちろん、飽きて
新しいものを創るのも
すばらしい才能ですよ。


(参考)ナルニア国物語-魔術師のおい-(C・S・ルイス)

2006年2月28日

誰かからもらった価値観で…

誰かからもらった価値観で
生きているから
退屈を感じる。

誰かからの評価に
とらわれているから
苦しみを感じる。

(ブッタとシッタカブッタ3、小泉吉宏)

価値観って、
そんなにすぐさま
固まるわけでも、
変わるわけでもない。

こんな価値観じゃダメだな
って思って頑張っていても、
ちょっとした誘惑で、
簡単に元に戻っちゃう。

今朝、SPKさんから
こんな投稿をいただきました。

「現代の悩みは、
 人が自分のために
 何かをしてくれるものと
 期待している人間が
 多すぎることだ。

 今日の大部分の問題の解決は、
 自分で何かをする一人一人の中に
 見出される。」
 (ヘンリー・フォード)

もらったものは、
自分のものになったように
見えるけれど、実は違う。
盗んだものは、なおさら。

誰かに期待をすれば、
それはそのまま期待、
もしくは束縛となって返ってくる。

退屈も、苦しみもイヤなら、
自分が選んだ試練に
立ち向かわなければいけない。

その試練が、
甘っちょろいものだと
結局、苦しむことになる。

どれがいいんでしょうね…

(参考)ブッタとシッタカブッタ3(小泉吉宏)

2006年2月17日

毎日ゼロからスタートして、…

毎日ゼロからスタートして、
どれほど達成できたかを振り返る。
このチャンレジに、私は夢中だ。

(英語)
I love the challenge of
starting at zero every day
and seeing how much
I can accomplish.

(マルサ・スチュワート)

ゼロからのスタートには、
すっきりした
「ゼロの軽さ」もあれば、
積み重ねがない
「ゼロの重み」もある。

利用しようとすれば、
どちらもうまく使える。

でも、世の中には、
他人と比べてばかりで、
ゼロでないことに
安心しきっている人や
ビリでないことに
安心しきっている人が
多いかもしれない。

自分が最低、最悪じゃないと、
満足しきってしまう。

「満足したブタであるよりは、
 不満足な人間であるほうがよい。
 満足した愚者であるよりは、
 不満足なソクラテスで
 あるほうがよい。」
 (元東大総長の河内一男)

という言葉もあります。

過去がおごりになるくらいなら、
毎日をゼロからのスタートと
した方がいい。

過去を忘れたいのなら、
なおさらオススメだ。

気持ち的には、
毎日がリセット。
いい方法だと思います。

(参考)今日一日を“いい顔”でスタートできる本!(石井希尚)

2006年2月16日

自信は「健全な傲慢さ」と…

自信は「健全な傲慢さ」と
よばれることがある。
傲慢は自信の一種とも
いえるやっかいな感情である。

成功体験が
大きければ大きいほど、私たちは
「不健全な傲慢さ」に囚われ、
自分を見失ってしまう危険も増大する。

(雑誌「プレジデント」)

健全か、不健全か、
なんて誰にも分からない。

だいたい、
結果が悪かったから、
あの人の自信は、
不健全な傲慢さだったんだ、
なんて言えることでもない。

昨日こんな言葉が
投稿されていました。

「誰かがやるはずだった。
 自分がその誰かになりたかった。」
 (カール・ルイス)

いい言葉だと思います。
私も、そんなことを
果たせる人間になりたいな、
なんて考えます。

ただ、これも
「自分が、自分が」
という気持ちが強くなって、
あるラインを超えると、
不健全な傲慢さに
なっちゃうんでしょう。

難しいですね。

結果とその時の自分の思いから、
学んでいかなくちゃいけない
ことですね。

傲慢さは得意な私ですが、
それに「健全な」が
付けられるように、
今日もがんばって生きます。

(参考)感情を出したほうが好かれる(加藤諦三)

2006年1月14日

自分のために…

自分のために
権利を主張する者はだれでも、
他人にも等しく
権利を認めなければいけない。

(英語)
Whoever claims a right for himself
must respect the like right
in another.

(ジェームズ・ブライス)

ある知人が、
「この前、○○さんがね、
 私のレポートを断りもなく、
 利用したんだよ。」
と言っていた時があります。

私は思わず、この機会にと思い、
言ってしまいました。
「そういうあなたは、
 パソコンソフトを
 不正コピーしたがるじゃないか?」

「それとこれは…違う…」
と反論しかけましたが、
私は「同じだよ」と
封じ込めてしまった次第。

権利を主張する人に限って、
他人の権利には無関心で
あったりすることが多い。

不思議なものです。

「権利」という言葉の響きは、
何か民主的で素敵ですが、
その裏側は違うんですからね。

本当に主張したいのは、
「権利」なんかじゃなくて、
「自分の思い通り」なのです。

私自身において、
「権利」が口癖になったら、
気をつけなくちゃいけないですね。
何かウソついていないかって。

同じように、
他人をも見きわめて…


(参考)『おりこうさん おばかさんのお金の使い方』(板倉雄一郎)

2005年10月22日

あなたの未来は、多くの事柄にかかっている。しかし…

あなたの未来は、
多くの事柄にかかっている。
しかし、だいたいは、
あなたにかかっている。

(英語)
Your future depends
on many things,
but mostly on you.

(フランク・タイガー)

こんなに変化の激しい時代には、
未来なんて、そう簡単に
予測できるものじゃないですね。

自分の未来にでさえ、
自分の選択以外のいろんな要素が
からみ合ってくる。

しかし、そうではあっても、
やっぱり、その時々の自分が
未来をつくっている。

何かのせいに、
誰かのせいにして、
どうにもならないって
あきらめられたら、
本当に楽かもしれない。

けれど、自分の未来だから、
生きている限り、
ずっと自分についてくる。

仮に、事実として、
誰か他の人に壊されたり、
邪魔されたとしても、
その先を変えられるのは、
やっぱり自分しかいない。

【参考】
鈴井貴之編集長 大泉洋(OFFICE CUE Presents)

2005年10月19日

親父が正しかったかな、と悟る頃の男には、…

親父が正しかったかな、
と悟る頃の男には、
親父は間違っている、
と考える息子がいるものだ。

(英語)
By the time a man realizes
that maybe his father was right,
he usually has a son
who thinks he’s wrong.

(作者不詳)

親子の関係に限らず、
先生と生徒、上司と部下、
いろんな関係に通用しそう。

何かを悟る頃には、それを
教えなければいけない立場にいる。

誰しもが、もっと早く
悟ればいいのだけれど、
悟る順番を待っているかのように、
いろんな経験を積み重ねていかないと、
そこには到達できないようだ。

こんな言葉もあるくらいだから、
それは、かなり確実。

「経験とは厳しい教師だ。
 試験を最初に行って、
 教訓を後から授けるから。」
 (英語)
 Experience is a hard teacher
 because she give the test first,
 the lesson afterward.
 (作者不詳)

分かるためには「時」が必要。
そして、分からせるためには、
自分がそうだったように、
「待つ」ことが必要。

待つってねぇ。
私にも、これは、
本当に難しいです。

自分が、かなりの時間をかけて、
ここまで来たというのに、
他人には、いますぐにでも
そこに到達することを
求めちゃいますからね。

「ああ、思い通りになるまで、
 私の時間だけ止まって!」
なんて思う人もいるでしょうね。

【参考】
0歳からの教育

2005年10月15日

人生には三つの坂がある。

人生には三つの坂がある。
一つ目は上り坂。
二つ目は下り坂。
三つ目はまさか。

(引用元不明)

なおさんからの投稿です。

もしかしたら、
すべては「まさか」から
始まるんじゃないかと思う。

そして、時間が経てば、
上り坂か、下り坂か、
結果が分かってくる。

しかし、それだって、
一時的な結果であって、
その後、反対の坂に
変わっていくこともありうる。
時代の流れや、自分の見方で…

生きている時間が長いと、
下り坂を、コロコロと
転がっていく他人の生き様を、
目にしたりすることがあります。

いや、コロコロと
小石が転がるどころでない、
ゴロゴロと、大きな岩が
転がるような感じも目にします。

でも、いつかは、
何かにぶつかって、
下り坂は終わる。

そこを、新しい世界と見て、
何かを切りひらくか、
あとは、落ちようがないから、
這い上がるために頑張るか。
それも、私たち次第。

ただ、油断はしたくないものです。
すぐ近くに、別の坂があって、
さらに落ちることも
ないわけじゃないですから。

それこそ「まさか」ですよ。

【参考】
なぜ、占い師は信用されるのか? (石井裕之)

2005年8月31日

期待しない、望まない、…

期待しない、望まない、
これが私の理想である。

(きけ わだつみのこえ)

無欲とは違う。
そして、何もかも捨てた、
とも違う気がする。

なんていうか、
自分以外のものに対して、
その不安定さ、不確実さを
ゆるすという感じ…

だいたいにおいて、
生き方の本とか、
ビジネス書とかには、

目標は何度も口にしろ、
と書いています。
目標は紙に書いて
目の前に貼れ、とも。

でも、その目標が、
他人からの評価とか、
誰か別の人への期待とかが、
大きく含まれているとすれば、
「目標の確認」のほかに、
人の心を動かす術も
必要になってくる。

そして、動かせない部分も
ある事実を受け入れる心も…
それが出来ないと、
「あの通りやったのに、
 うまくいかなかった。」
と嘆くことに。

人に対して
期待したとしても、
何か望んだとしても、

そして、
それが叶ったとしても、
叶わなかったとしても、
すべてを人生の断片として
拾っていければ、それで
人生はいいのかもしれない。

他人への期待が、
自分自身への期待を
超えることなどないように。
それが幸せの秘訣でしょう。

【参考】
きけ わだつみのこえ

2005年8月 4日

自立こそが幸せ。

自立こそが幸せ。

(英語)
Independence is happiness.

(スーザン・B・アンソニー)

「この人(女性Bとする)、
 分かっていないよぉ~。」
知人の女性が、とあるブログを見て、
そんなことを言っていた。

くわしい話は
忘れてしまったのだが、
ブログの中には、そのBさんに、
見合い話がもちこまれた様子が
書かれていたらしい。

見合い相手の両親が、

「この人の月収は、○○万円だよ。
 すごいでしょ~。楽できるよ~。」

みたいなことを
言ってきたらしいのだ。
それは、へぇ~と思わせたいが
ためだったんだろうけど、Bさんは、
そんなことには、目もくれなかった。

それは、お金に執着がなかった
というのではなく、

「うちの両親だったら、
 私が結婚するとなれば、
 家1軒くらい建つお金なんて
 簡単に出してくれるだろうから、
 そんな話には、ぜんぜん
 心が動かされない。」

ということであった。

あら…

相手の月収を頼りにして結婚するのと、
親の経済力を頼りにして結婚するのと、
どんな違いがあるのかしら…。

知人の女性と、そんな会話になった。

そこで、思い出したのがこの言葉。

「こいつといっしょに、幸せになろう」とか、
「こいつに幸せにしてもらおう」というよりも、
「こいつとだったら不幸になっても後悔しない」
 という相手とめぐりあえたら、
 最高なんじゃないかなぁ。
 これは、一見ネガティブな考えに
 思えるかもしれないけど、
 いちばん強い絆なんじゃないかなぁ。
 (ほぼ日、糸井重里)

何をもっているか、
どんな味方がいるか、
それも大切だけど、結局、
自分の考え方が自立していないと、
自分が自分に不幸を感じちゃう。

何があっても、
どんなことが起きても、
とまではいかないだろうけど、
いろんなことから
自立していないとねぇ。

仮に、親の経済力をあてにして
結婚した方々っていうのは、
だいたいが、もれなく、
親の干渉も受けてしまう。
そんなんでいいのかなぁ…

結婚に限らず何でも、
いろんなものが
そろっていなくとも、
「自立こそが幸せ」。
本当に、そう思います。

【参考】
「自分づくり」の法則―他人に“心”を支配させるな(加藤諦三)

2005年6月30日

…そこで終わらない僕らの孤独なゲーム

僕らの孤独なゲーム(三枝夕夏)の歌詞

どんなに多く~の部分

どうして、そこで終わらないのか。
その答えは、簡単。それが、
ゲームの本当の目的でないから。

でも、多くの人が、まるで、
それがゲームの目的かのように
追っている姿ばかりが目に入る。
(孤独だけど、群れて追っている…妙だね)

とすると、みんなが終わらない。
そして、終わらないから、
ますます、多くのモノを追っていく。

「この次、あれを手に入れたら、
 私は、今度こそ満足するだろう。」

と、内心思ってみても、
そんなことはない。
手に入れば入るほど、
飽くなき欲求がその先に続く。

いっそ、手放せばいいかも…
なんて思いながら、
手放してみれば、今度は寂しい。
結局、モノは変わっても、後戻り。

先日、とあるブログを見ていたら、
かなりの月収をもらう夫に、
「足りない」と言った妻の話が
ありました。

それを言われた夫は、
「結婚して2回目の手をあげた」
とのこと。

いろんな背景があるだけに、
手を上げたことをどうのこうの、
とは言えないけれど、
「足りない」という感情は、
本当に底なしだ、
というのが実感できました。

そうなる前に、どこかで、
自分の感覚を修正しないと、
何もかも手にしても、
何もかも失ってしまいそうです。

【参考】
ジューンブライド~あなたしか見えない~(三枝夕夏)

2004年10月27日

(中略)ソウイウ人間ノトモダチニ ワタシハナリタイ

雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ
(中略)
ソウイウ人間ノトモダチニ
ワタシハナリタイ

(通販生活の一語一絵)

ちゃんと読みとっていただけましたか?
「そういう人間の友達に私はなりたい」
と書いてあるのです。

いや、もっと長い人生を考えれば、
「そういう人間の夫になりたい」
「そういう人間の妻になりたい」

あるいは、
「そういう人間の子供になりたい」

なかには、
「そういう人間の親になりたい」
なんて、お気楽人生を
期待している方もいるかもしれません。

今日は、そんなふうに考える方を、
責めるつもりはありません。

自分の身近に、
そんな人間を集められる人は
本当に幸せであり、
また才能だと思うのです。

そして、少なくとも、
そういう人間の友達には、
やはり、そういう人間が多い
のも事実のような気がします。

ぜひ、そういう人間の友達になりましょう。
そして、そういう人間に面倒くさがられる、
あるいは遠ざけられるような人間には
ならないようにしましょう。

これは、友達になる最大の秘訣です。

皆様が、友達によって幸せになれるよう、
心からお祈りしながら、
今日の言葉をお送りしたいと思います。

(注釈:宮沢賢治では、
「そういう者に私はなりたい」となっています。)

【参考】
考える技術(大前研一)

2004年10月26日

幸せとは、空にかかる虹を仰ぐこと。…

幸せとは、
空にかかる虹を仰ぐこと。

不幸せとは、
その虹をつかもうと地団駄を踏むこと。

(おなかがすいたらごはんたべるんだ、イ・ギュギョン)

ふとした疑問が湧きます。
その虹も見えない時は…と。

絶望か?

いやいや、虹が見えなくても、
きれいな青空に感動していたらいい。
青空が見えなかったら、
雲の動きの速さに、
驚いていたらいい。

雨のしずく一粒一粒を見て、
写真に刻まれるような瞬間を
見つけたらいい。

雪が降れば、
その一つ一つの結晶をよく見れば、
また神秘的になれる。
私は、雪国育ちだから、
それがよく分かる…

面倒くさいなぁ、と思う雪にも、
その一つ一つが、
本当にきれいに形作られている
結晶の姿を見てとると、
何か「すごいなぁ」と思わざるを得ない。

人間は、視野がせまい。

何かいいなぁ、と思えば、
それがすべてのような気がしてしまう。
そして、どうしても、
それを手に入れなければ
気が済まない気持ちにもなる。

世の中、虹ばかりじゃない。
いっぱいのものがある…

ただ、それを探すために、
わざわざ遠くに行く必要もまたない。

でも、それが分かるためには、
時間が必要なんだろうなぁ。
誰にでも…

【参考】
おなかがすいたらごはんたべるんだ―韓国の賢者による「短いお話、長い考え」(イ・ギュギョン)

2004年10月24日

重要な人になるのは素敵なことだけど、…

重要な人になるのは
素敵なことだけど、

素敵な人になるのは
もっと重要なことよ。

(英語)
It’s nice to be important
but more important to be nice.

(お母さんのことば ちょっとした生きるヒント、ミシェル・スラング)

「重要」と「素敵」…
言葉の理解によっては、
どちらも同じに
なってしまうかもしれない。

こんな言葉もある。

「大切にされるのはすばらしい。でも、
 すばらしい人になるのは、もっと大切。」

「必要とされるのはすばらしい。でも、
 すばらしい人になるのは、もっと必要。」

人が生きていれば、
自分の人生に、あるいは、
自分を見る他人の見方に、
なんらかの期待をする。

その他人の目や評価が
いつも正しければ、
それを指針にしても、
私たちが誤まることはないと思う。

しかし、そうではない。
そもそも、人気というものが、
気まぐれで変わることもあるから…

そして、それを手に入れたと
思っていた人間が、
あとに手に入れる感情は、
不安である。

人気は、遅かれ、早かれ、
去っていくから、
それを追ってばかりいると、
誤まった方法で
それを食い止めようとしてしまう。

昔の人気を、栄光をと
もがく人々の姿は、
毎日のようにテレビで見られる。

求めるものは
それだけでないはずなのに…
それしかないかのように。

踊らされないように、
気をつけよう。

【参考】
お母さんのことば ちょっとした生きるヒント(ミシェル・スラング)

2004年9月18日

笑顔でいようよ(三枝夕夏 IN db)

笑顔でいようよ(三枝夕夏 IN db)の歌詞

どうしてそんなに~の部分

そうだよねぇ。

みんなが、
自分がどう見られているかに
気をとられていたら、
その自分を見る人なんて、
結局、誰もいないんだよ。

仮に、何か失敗して、
一時は注目されたとしても、
その失敗を覚えているのは、
自分ばかりで、

残りのみんなは、
今度は自分が同じ失敗をして、
恥をかいたりしないかって
心配しているだけだったりする。

隠そうとするから目立つ。

そうそう、他の人は、
なんとも思っていないのに、
自分の鼻が嫌いで
気にしている女の子がいたんだ。

その子が、
何をしていたかって言えば、
その鼻を隠すかのように、
いつもさわっていた。

だから、その鼻よりも、
鼻をさわっている癖の方が、
目立つことになった。

そんなことが事実なんだよね。

もっと、らく~にいこう。

【参考】
笑顔でいようよ(三枝夕夏 IN db)

2004年8月 5日

人は…奇異を信じたがるものである。

人は…
奇異を信じたがるものである。

(新・平家物語、吉川英治)

簡単な話である。

「あの人、とてもマジメで、
 一生懸命な人よねぇ。」
という評判があったとする。

しかし、それよりだったら、
「でも、実は、裏では、
 けっこうなことをしているみたいよ。」
という噂やデマが生まれれば、
そちらの方を人は信じたくなる。

面白いからである。あるいは、
刺激的で、変化があるから。
それだけの理由…

そして、その同じ理由で、
自分が、噂やデマに巻き込まれる可能性が
あることを、すっかり忘れている。

芸能人や有名人の方々は、
そんな好奇な目の対象になることが、
たいへん多いように思う。
マスコミのおかげで…

何かの本で読んだことがあるのだが、
まさしく、
「死んだ犬を蹴飛ばすものはいない。」
ということわざ通りだと思う。

隆盛を極めている人がいれば、
その人の足元が崩れるような情報の方が、
やはり、面白い。

落ちぶれ始めた人がいれば、
さらに悲劇的な目にあうような話に
進展していった方が、ニュースになる。

あるいは、反対に、
とてつもなく素晴らしい奇跡が起きるとか。
しかし、その奇跡の後には、
また堕落するような情報の方が、
「やっぱりな」というストーリーに適しているので、
信じられやすい。

そう考えると、人は、
何が真実かを信じるのではなく、
信じたいものを信じているのだけ
のような気もしてくる。

多分、半分は正解だろう。
残りの半分は、ちゃんと自分から問いかけて、
答えを見つけている人もいるということだ。

信じる基準、方法を誤まってはいけない。
そう思った。

【参考】
質問力(齋藤孝)

2004年7月15日

抱えた苦しみは誰のせいと、人をひどく責める的はずれを…

優しい歌が歌えない(槇原敬之)の歌詞

抱えた苦しみは~の部分

う~ん、
いい言葉だなぁって思います。
人生を、自分を、心のなかを、
これだけ素直に見て、
言葉にできるのが、またすごい。

自分は苦しくない、
誰も責めていない、
誰も傷つけていない、
ときれいごとを言えば、
ウソになる。

でも、それは、
自分以外の人に見せたい「自分の姿」
かもしれないけど、
それが本当じゃないのは、
自分が一番分かっている。

苦しい自分、
傷つけたかもしれない自分、
誰かのせいにしている自分を
認めれば、ちょっと心が楽になる。

そんなところがある自分なんだよね、
と言葉にしてみれば、
次に進むこともできる。

それをしないうちは、
見せている自分と、
心のなかの本当の自分のギャップに、
自分が苦しむばかり…

成長ではない、ただ我慢ばかりに
なっちゃうんじゃないだろうか。

人を傷つける時っていうのは、
多分、自分が傷ついている時。
でも、自分のその傷は、
人を傷つけたからといって、
癒されるわけじゃあない。

本当の自分を見つめる強さ以外に、
それを癒せるものはないんだよなぁ、
やっぱり。

【参考】
EXPLORER(槇原敬之)

2004年6月10日

人から信頼される人は、人を信頼する心の強い人である。

人から信頼される人は、
人を信頼する心の強い人である。

(木原武一)

人からの信頼って、
なかなか得られるものじゃない。
深い意味では…そう思っている。

信頼している心は、
ある意味、裏切られても、
それほど動じないでいられる状態
のはずだから。

そうじゃなきゃ、信頼じゃないでしょ。

いつ裏切られるか、
いつだまされるか、
そんなことを考えている状態に、
「信頼している」なんて言葉は、
似合わない。

完璧に、異質なものだ。

信頼するというのは、
だまされる状態でもあること。

そして、だまされた時でも、
心のあり方をどんなふうに
持ち続けるかを決めていること。

これだと思う。
だから強いんだよ。

そして、そうなるまでには、
実際に裏切られたり、
だまされたりしたこともあるだろう。

そして、その人の前にいるだけで、
「裏切るようなことだけはしたくない」
「だますようなことだけはしたくない」
と思わせる力もあるだろう。

隙がないのとは違う。

この人の前では、
こんな自分でありたいと
理想を貫かせる人間なんだと思う。

だから、時には、
ウソをつかれたり、
だまされたりしたら、
自分はそれだけの人間なんだな、
と思った方がいいな、と思ったよ。

「もう信用しない」なんて、
閉じこもる前に…

【参考】
人を動かす(デール・カーネギー)

2004年3月23日

人をモノとして扱った人は、自分がモノになっている。

人をモノとして扱った人は、
自分がモノになっている。

(ほぼ日、糸井重里)

人前に立った時、
緊張してしまうのは、
人を「ヒト」以上に思ってしまうからだろう。
自分の評判やウワサを、
決定的にするような大きな存在(モノ?)に…

人を邪険に扱う姿には、
また別のものが見える。
世界は、自分を中心に回っているような錯覚が…

人をモノとして扱うというのは、
単純な感情しか持っていない、
あるいは、感情がない、
と決めつけることだと思う。

自分が、
いろんな志向や感情を持っているように、
自分以外の人にもそれがある。

しかし、自分しか見えていないと、
それが見えなくなってくる。

そして、その考え方に基づいて、
行動を始めるわけだから、
失敗にいたる可能性が高い。

その失敗に、どっぷりつかって、
「自分は理解されないんだ。」と
自分に閉じこもってしまった瞬間に、
その自分は「モノ」になってしまう。

なりたくないけど、
知らないうちにそうなっているかも…

ただ、世の中には、
自分をわざと「モノ」として、
売り出す業界もある。
それによって、人の注目を浴びるのが、
最初は気持ちいいから。

しかし、その気持ちよさは、
ずっと続かないこともある。

人は、モノじゃない。
それを忘れないようにしよう、
そう思いました。

【参考】
モノづくりのこころ(常盤文克)

2004年3月21日

人は、歴史をつくる存在。過去をくり返すでもなく、…

人は、歴史をつくる存在。
過去をくり返すでもなく、
過去を置き忘れるでもない。

(英語)
Man is a history-making creature who
can neither repeat his past
nor leave it behind.

(W・H・オーデン)

過去があって、今がある。
その積み重ねで、歴史ができる。

過去をちゃんと見つめられるとすれば、
よくない出来事にも、
意味を見つけられる。

歴史は繰り返される、
という言葉があるけど、
人一人、出来事一つを見れば、
過去とは違った決断をしていると思う。

それがくり返されているように
見えたとしても、やはり、
新しい歴史をつくっている。
そうだと思う。

新しい道をつくっていくんだ、
そんな気持ちを忘れないでいたい。

【参考】
自分と未来は変えられる(高塚猛)

2004年2月 4日

自分を何も変えないで、ただ事態が変わればいいと…

自分を何も変えないで、
ただ事態が変わればいいと
思っているさまを、狂気という。

(伊藤守[著述家])

ははぁ…

何を狂っていると言うかは、
考え方が変われば、
こうも変わるんだね。

たしかにね、
世の中は変わっていくわけだけど、
自分の思いどおりの事態になることは、
めったにない。

そこに、自分の思いどおりだけを描いて、
自分が変わることから逃げてばかりいたら、
やはり、世の中につぶされてしまう。
本当に、「狂っちゃう」かもしれない。

昨日(2004-2-3)のニュースで、
横浜市において、早期退職の優遇が、
40歳にまで引き下げられたとあった。

自治体によっては、
35歳のところもあるらしい。

これは、こう言いかえられるような気もする。

「35歳または40歳になった時、
 あなたが変わらなければ、
 肩をたたきますよ」

もしかしたら、それは
誰かが望んでいる事態とは
違う方向に進んでいるかもしれない。

もう、再び、
55歳または60歳が退職という
風潮には変わりえない。

世の中は、
快適で楽な生活をしたい、という、
多くの人々の願いで進歩していく。

しかし、生活が楽になる反面、
進歩した社会に対応するため、
人に変わることを求めてくる。

事態は、そんなもの、
おそらく、これからも…

だから、変わることを決心したほうが得。
楽しみましょう、自分の変化を。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2004年1月24日

君を助けられなくて、残念だとは思わない。

君を助けられなくて、
残念だとは思わない。

(朗読者、ベルンハルト・シュリンク)

どうしても、
助けられないことがある。
助けないほうがいいこともある。

友だちとして、親として、
いろんな立場にあっても…

「助けてあげられなくて、
 ほんとうにごめんね。」

そんな言葉を、
私も口にしたことがあるけど、
今になって考えてみると、
確かにそうでもなかったなぁ、
というケースも見えてくる。

助けがなければないで、
当人はなんとかしていく。
その力が増してくる…

まあ、
「何もおかまいできませんで…」
「たいしたお力にもなれず…」
「つまらないものですが…」
というような言葉は
社交儀礼的なものにもなっているから、

「助けてあげられなくて、
 ほんとうにごめんね。」

という言葉が同じようにならないよう、
気をつけたいもの。

もし、助けられなかった時には、
いろんな言い訳をせずに、
見守る余裕に変えたいもの。

助けがあったら、ラッキー。
助けがなくても、ラッキー。
人生は、そういうものでしょう。

ただ、最初から助ける気もなかったのを、
この言葉で正当化することだけは
避けたいと思う。

そして、もちろん、
自分のことが出来ない乳幼児や人々などを
放置する理由にもしないように。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2003年8月25日

完璧なものなんて期待しない方がいい。あなたが、その完璧に…

完璧なものなんて
期待しない方がいい。
あなたが、その完璧に
応えられそうな気がしないなら。

(英語)
Don’t expect perfect produsts
unless you are willing to pay for perfection.

(ロバート・シグメイスター)

完璧なものを前にしても、
人間は、誤解する。
人間は完璧じゃあないから…

人に対しても、同じ。
自分と長く関わりそうな結婚相手、
会社の上司、部下には、
完璧を求めたくなる。

しかし、仮に、
その完璧な人間を見つけたとしても、
こちら側は、完璧に及ばないから、
やはり、誤解して、
チャンスを逃したりする。

完璧には、完璧で応える必要がある。

オークション利用者の間では、
いろんなトラブルがある。
それは、ある意味、
自分の支払い以上の「完璧さ」を
求めているからというケースも多い。

ま、モノのなかには、
新製品の状態であっても、
完璧にほど遠いものがあったりする。

そういう例外は除いたとしても、
完璧を望むには、
それに応えるだけの支払いなり、
能力が求められる。

そもそも、人が携わるもので、
完璧なものなんて、存在しないんだよ。
人がどこかで関わっている限り、
それを期待しちゃいけない。

だからってんで、
何もかも拒否していたら、
何も進められない。

リスクと思って、
通り過ごすしかない時もあると思うんだ。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2003年4月30日

才知も、一種類だけでは、長く人様に喜ばれぬ。

才知も、一種類だけでは、
長く人様に喜ばれぬ。

(運と気まぐれに支配される人たち、ラ・ロシュフコー)

結婚も、仕事も、友人関係も、
喜ばれるっていうのは、
そういうことなんだろうな、と思う。

自分の才能というか、個性を
いつも新たにしていかなくちゃあ
いけない。

人間、いい意味でも、
悪い意味でも、馴れてしまうから…

珍しくすばらしいものでも、
いつも見ている人には、
当たり前のものとして映るようになる。
たとえ、それを初めて見る人にとっての
輝きは、ずっとあったとしても…

私たちの周りにいるのは、
自分も含めて、飽きやすい人間。

面白いことに、
自分が変化しないことには飽きない人でも、
他人が変化しないこととなると、
すぐ飽きてしまったりする。

自分が自分に飽きないために、
周囲の人に飽きられないために、
新たな自分、見つけていきましょう。

「ちょっと」の変化で十分だと思うんです。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2003年4月15日

恨むなら、自分を恨め、自分の欲深さを

恨むなら、自分を恨め、
自分の欲深さを

(映画「少林サッカー」)

この言葉を聞いて、
「だまされた」という言葉を
簡単に言えなくなってしまった…

だました方は、必ず悪い。
間違いなく…

しかし、だまされた方は、どうだろうか?
完璧に白ということはないだろう…

欲深さ、一時の迷い、
いろんなものを含めて、
一枚噛んでいることの方が多いように思う。
ま、私自身、そうだった…

「現代の鬼平」と呼ばれる中坊弁護士は、
様々な訴訟事件を操ってきて、
こう結論づけている。

「一般論で言えば、
 被害者もどこかに落ち度はあるし、
 自らの責任をきちっと問わなければならない、
 反省もしなければならない。」
 (私の事件簿、中坊公平著)

いろんな角度から、
その「だまされた」あるいは「被害を受けた」
とされる事件を検証して、
出てきた言葉であるから、
説得力がある。

仮に、私が自分の被害を
彼の前に差し出したとして、
「そうかぁ、俺もそういうところが欠けていたんだぁ。」
と気づかされる姿が、容易に思い浮かぶ…

友人の誘い、CM、広告チラシ、
いい話、見た目、口コミ…
私たちは、「誘われる世界」に生きている。

自己責任がますます問われる時代、
自分を恨むことなく、
生きられる決断をしたいものです。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2003年2月24日

どうして、誰も何もしないんだろう? …

「どうして、誰も何もしないんだろう?」
そう思っていた。
あとで、その理由が分かった。
私も、その「何もしない誰も」に入っていたから…

(作者不詳)

不平、不満というのは、
ふつう、自分以外にはよく言える。
やっぱり…

私もそう。

でも、よくよく考えてみると、
その不平、不満の対象とした人たちの中に、
自分も「傍観者」として加わっている場合も
あるんだよな。

誰も何もしない、
誰も助けてくれない、
誰も理解してくれない…

その「誰も」は、微妙な存在。

「自分がしなくて、誰がする。」
不平、不満を言うくらいなら、
そういう気概を持って
生きていける瞬間があってもいいね。

そういうわけで、
心に残っている言葉です。

(英語)
I wonder why somebody didn’t do something.
Then I realized that I am somebody.

原文は、こんな英語。
英語にちょっと詳しい人は、
somethingでなくて、anythingじゃないの?
と思うかもしれません。
多分、訳があって、somethingにしたのでしょう…

そもそも、微妙な存在である
誰か(somebody)に期待したり、
誰か(somebody)に責任を負わせること自体、
的はずれなのかもしれません。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年12月15日

1万円持とうが、1億円持とうが、…

1万円持とうが、1億円持とうが、
本来の自己(私という人間の本質)は
少しも変わらないんです。
変わるのは銀行の扱い。

つまり、自分の外側です。
変わる外側に眼を向けているかぎり、
本当のいのちの安らぎはありません。

(相田みつを)

お金を持ったり、
マイクを持ったりすると、
人の変わる方がいます。

ま、それでも、
確かに、その人の本質は
変わらない…。

で、本質って何でしょうね。
そう、この質問の答えを見つけるのが
難しいこと自体、私たちが、
外側からの扱いに振り回されやすい環境に
生きている証拠です。

その中で、いつまでも、
外側ばかりに眼を向けていれば、
その本質に気づくことは、ますます、
難しくなることでしょう。

ふと、
「人生が何によって保証されるか」
を考えました。
地位、お金、政府、才能…

今まで、年金制度やら、
会社の雇用やら、そんなもので、
人生が保証されるようなシステムが
目の前にありました。
そして、人々も期待していました。

残念ながら、
それは崩れてきています。
そう考えると、そもそも
「自分の外側から、
 保証してもらうこと」自体が
誤りだったのではと思ったのです。

人が、人を完全に保証するシステムなんて、
未来永劫、できないのかもしれません。
一時はすばらしいと思えても、
時代が過ぎ去ると、陳腐化してきます。

自分の内面に磨きをかけることだけが、
「保証」なんでしょうね。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年12月 8日

時世(景気)がよくなればいいなどと、ただ願ったり…

時世(景気)がよくなればいいなどと、
ただ願ったり期待するだけで、
いったい何になりましょう。

(富に至る道、フランクリン)

1757年、今から約250年前の言葉です。
いつの時代も、
景気は上がったり、下がったりと
振動というか、循環を繰り返します。

フランクリンが生きていた時代にも、
それがありました。

そして、ただ「よくなればいいなぁ」と
願ったり期待するだけの人もいたわけです。
多分、そういう人々は、
よくなればなったで、財布のひもが
思いっきりゆるめられてしまう人でしょう。

(財)連合総研の調査結果で、
20~50代の勤労者は、
25%が「1年以内に失業かもしれないという不安」を持ち、
65%が「今と同様の仕事を見つけるのが困難」
と感じています。(2002年10月)

そして、失業に対する自己防衛策として、
40%が「特に何もしていない」、
40%が「生活費の節約」、
17%が「自費で仕事や転職に役立つ勉強をしている」
状況です。

もし、あなたが、
「特に何もしていない」40%に当てはまる方でしたら、
今から何かを始めましょ。
そして、「自費で勉強している」17%の方を
見習いましょ。微力でしょうが、声援を送ります。

景気は、どこかで必ず、
バランスがとれて、
安定するか、良くなります。

それが、どんな形かは分かりません。
私たちの耐久力が
アップすることがそれかもしれませんし、
本当に、元の通りになるかもしれませんし…

いずれにしろ、自分が出来ることを
何でもいいから始めて、続けましょう。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年12月 7日

そう言って非難すれば、君の気は済むだろうが…

そう言って非難すれば、
君の気は済むだろうが、
彼の助けにはならん。
彼を助けるのに必要なのは、
弁護士の捨てゼリフじゃない。奇跡だ。

(映画「34丁目の奇跡、1994年)

映画では、常識や先入観にしばられた判事を
目の前に、弁護士が非難の言葉を発します。
その時、判事は、この言葉を返すのです。

スカッとするような言葉を
言い放ってやりたいと思うシーンは、
何度もあります。

テレビの討論なんかを見ていても、
そんなセリフを言ってくれる人がいます。
スカっとして気は済みますが、
確かに、事態は何も変わっていません。

目的は、事態を好転させることのはずなのに、
なぜか、自分の気が済む捨てゼリフを言うこと、
目立つことに置き換わってしまっている場合が
多いのです。

私も、そんなことを目指している自分に
気づいたりすることがあります。
むしゃくしゃした時に、
「う~~ん、言ってやりたい。」
って感情に占領されかけるのです。

しかし、それで、相手が変わるのは、
めったにないこと。
相手がよほど謙遜であれば、
そのセリフが効果をなすこともあるでしょうが、
期待は出来ない場合がほとんど…

捨てゼリフを考える暇があったら、
「奇跡」とも言える方策を考えましょう。
私も、みなさんも、政治家も…

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年11月30日

愛情を受ける者には、幸せになる見込みがある。

愛情を受ける者には、幸せになる見込みがある。
しかし、愛情を強要する者は幸せになれない。
愛情を受ける者は、一般的に言って
愛情を与える者なのである。

(幸福の獲得、バートランド・ラッセル)

本当のところ、愛情っていうのは、
なかなか理解が難しい。

甘やかしを、愛情と勘違いしてきた人間にとっては、
この言葉の意味は、まったく別になる。

愛情を理解した人は、
この言葉を逆さから読んでみるとよい。
こんなふうに…

「愛情を与える者は、愛情を受けることも出来る。
 だから、幸せになれないのは、
 愛情を強要する者である。
 そして、幸せになる見込みがあるのは、
 愛情を受ける者である。」

幸せになりたいですよね。
だとすると、やっぱり、
与えるところから
始めなくちゃいけないみたいですね。

こんなたとえ話を聞いたことがあります。
天国での食事は、
みんなの使う箸がすご~く長くて、
自分の口に食物を運べないんですって。

どうしてだと思います?
答えを見る前に、ちょっと考えてみてください。

【答え】
長すぎて、自分の口には運べないから、
早く、他人の口に与えることを知った人から、
自分の口も満たされるってことです。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年11月15日

受け取ってもらえなければ、それは単なる「お荷物」でしかない…

贈り物というのは
相手に受け取ってもらって初めて
贈り物となる。

受け取ってもらえなければ、
それは単なる「お荷物」でしかないぞ。

(ナイト、ロバート・フィッシャー)

…のためにやったんだ、
という言葉を聞くと、
どこか否定したい気持ちが
生じるのは、私だけかな。

押しつけのプレゼントと同じように
見えるからだろう。

愛している、好きだ、
大切にしている、
それを証明するのは、
本当は容易でない。

しかし、無理に証明しようとすると、
どこかに、虚しいものが混じってしまう。

同じ本に、こんな言葉もある。
「君が本当に善良で、心優しく、
 情けが深い騎士であるなら、
 なぜわざわさ証明する必要がある?」

「なぜ」「わざわざ」「証明する?」
自分の虚栄心をグサっと貫かれるような言葉だ。

そう、何かを証明するために贈るものは、
どこかがズレてしまう。
逆に、何かを証明するために、
贈り物を求める心にも、ズレがある。

お互いに証明を望むとすれば、
それは、どこかに疑いがあるからであって、
贈り物を交わしあったとしても、
それが晴れるとは限らない。

そんな事実は、歴史が多く語っている。

だから、
何かを証明することなんて考えずに、
贈ろうとするものが、
素直に受け取れるんじゃないだろうか。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年8月 9日

受けるよりは与える方が、さいわいである。

受けるよりは与える方が、
さいわいである。

(使徒行伝20:35)

何も、きれいごとを
言いたいのではない。

自分の才能なり、知識なりを、
どんどん外に出して(与えて)いって、
役に立てようと考えた時、

自分がそれに向いているか、
自分が本当にそれが好きか、
とか、分かってくる。

それをしないで、
せっかく持っている才能なりを、
自分の中に、閉じこめておくと、
それがいいものか、そうでないかでさえ、
分からない。

下手すると、うぬぼれにだって、
なりうる。

一生のうちに、与え尽くす。

自分の限界に挑戦するべく、
与えて、与えて、与え尽くした時に、
次の大きなステップ、勝利が見えてくるのだと思う。

反対に、最初から、
「もらうこと」「依存すること」
ばかり考えていると、
もらっているわりには、
心が乏しくなってしまうことだろう。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年7月29日

名誉や利益のための施し(働き)には、毒がまじっている

名誉や利益のための
施し(働き)には、
毒がまじっている

(光に向かって100の花束、高森顕徹)

人は、元来、
見返りを求める存在なのかな?

だから、与える側、受ける側双方に、
その心がある場合は、
「束縛」という毒が入っている。

利用しようと思っていたのに、
利用され、
利用されていると思わせて、
実は、利用している。

だから、
ただ本心で、やりたいからやる。
それだけで、いいんじゃないか、
と思える時もある。

それが結果的に、
名誉や利益をもたらすのなら、
いっこうにかまわない。

しかし、利益や名誉だけを目的にすると、
動き方、働き方に偏りが出てくる。
それらをもたらしてくれそうなところにだけ
力を注ぎ始めるから…

かなり露骨な人も、世の中にはいる。

そして、その人々は、間違うこともある。
実際は、そうは見えないところに、
利益や名誉が隠れていることもあるから…

「名声なんて、危ういものよ。」

映画「ノッティング・ヒルの恋人」で、
ジュリア・ロバーツが言ったセリフを
思い出す。本当に、そう思う…

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年5月 5日

多く与えられた者からは多く求められ…

多く与えられた者からは
多く求められ、
多く任せられた者からは
更に多く要求されるのである。

(新約聖書 ルカ12:48)

私たちは、心の中で
ギブ&テイクを期待する場合がある。

多くを与えれば、
多くを返してもらえると期待している。

だから、その逆もあって当然なわけで、
多くを与えられたら、
多くの働きやお返しを期待される。

何も、お金やモノに関してだけ
言えることではないと思う。

以前のShuは、何かしら、自分に不利益なこととか
問題がふりかかった時、
「なぜ、私だけが…」と思ったもの。

しかし、今は、
「私には、多分、それを乗り越える力が、
 他の人より多く与えられているから、
 それを活かす機会が与えられた。」
と、いくらか考えられるようになった。
時間のかかる場合もあるが…

「いや、俺は、何の才能もないから…」と
いろいろなチャンスや困難を逃げることも出来る。
しかし、必ず、何かしら与えられてるとShuは思う。

だから、「与えられているもの」が見えてくれば、
感謝する気持ちも、
乗り越える力も生まれてくるのかな、と思う。


【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年1月17日

自立型人間と依存型人

自立型人間と依存型人間。
自分に期待するか、他人に期待するか。
与えられたことだけやるか、自分の能力を伸ばすか。
自分の責任にするか、人のせいにするか。

(メンターバンクより)

依存することを
当然の権利のように思っている人がいる。

そして、それが得だとも思っている…

そんな人ばかり増えたら、
どんな国でも、すぐに滅びることだろう。

依存することは、得でも何でもない。
本当の自由がなくなること、
自分の才能が伸びなくなること、
リスクがない代わりに、喜びもないこと、
そう理解して欲しいものだ。

【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

2002年1月13日

一般論で言えば、 被

一般論で言えば、
被害者もどこかに落ち度はあるし、
自らの責任をきちっと問わなければならない、
反省もしなければならない。

(中坊公平・私の事件簿)

「現代の鬼平」と呼ばれる中坊弁護士は、
そう語ります。必死に、弱者を憐れみ、
その権利を守るために戦う弁護士が言うからには、
この言葉は真実だと思います。

彼は、「あなたたち被害者が自立していくことが
必要なんです」という励ましの気持ちで、
時にはきついことも言うそうだ。

被害者というものは、やはり弱いと思われるし、
その弱さを盾に戦うしかない。
しかし、弱さを盾にすることだけに依存していると、
本当に自立できなくなると思う。

そのたびに、誰かが助けてくれるとも
限らないから…

私たちも、考え方に未熟な点が多々あるだろう。
その未熟さによって、何らかの被害にあわないよう、
賢明に自立していきたいものだ。


【参考】
成功哲学(ナポレオン・ヒル)

« 他人の目 | メイン | 優柔不断 »