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2008年9月24日

チームから何かを与えてもらえるかではなく、...

チームから
何かを与えてもらえるかではなく、
チームのために
何ができるかを考えて欲しい。

(王貞治)

野球のホームランは、
自分ひとりが打つだけで、
少なくとも1点は入る。

一本足打法で、
世界一多いホームランを打ち、
その1点を必ず入れていた王選手が、

王監督になって、
今度はさまざまな選手を育て、
その仕事にピリオドを打った。

自分ひとりで1点を入れられた選手が、
チームについて語っているのだから、
この言葉は、とても重いように感じる。

自分ひとりの1点だけでは
勝てないことを誰よりも
知っていたのだろう。

チームに恐れられる選手が
一人だけいてもしょうがない。

野球の場合であれば、最悪、
その選手を敬遠して歩かせ、
ほかの選手で勝負することも出来るから。

結局、チームとして強くならなければ、
自分としても伸び悩むことだってある。

イチロー選手を見ていると、
チームが不調であろうが、
自分が出せる力をいつでも出す、
という安定感が感じられる。

これは、チームが元気なら、
自分もがんばってやるという
気持ちだったら出来ないことだ。

チームがどうあれ、
自分はがんばり続ける、
ということだと思う。

きっと、周囲から見れば、
一匹狼に見えることもあるだろうけど、
チームへの貢献方法として、
そういうのもありじゃないのかなぁ。

今の自分は、チームに対して何が出来るか。
それぞれが、それぞれの環境で
出来ることを見つけたらいいと思う。

(参考)王貞治壮絶なる闘い(江尻 良文)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月15日

若い人たちに説教するよりも、...

若い人たちに説教するよりも、
自分たちが変わらなきゃいけないな。

(ホンダ・マガジン、安田浩志)

暑い夏に向けて、
ヘアカットに行ってきました。

まだ誰も来ていない時間帯。
わたしは、目を閉じて、
気持ちよくなされるがまま...

店長と店員(20代前半)の会話を
聞いていると、面白いものです。

店員:うちのお母さんが、
   ○○(娘らしい)のキャンプ代、
   出してくれないんです。
   ふつう、出しますよねぇ。

店長:...

店員:それに、ピアノ代も、
   出してくれないんです。

店長:当たり前でしょ。
   自分の子供なんだから...

店員:だって、始める時には、
   出してくれるって
   言ってたんだから。

店長:そりゃあ、あんた甘いよ。

店員:そうでしょうけど、
   最初、出してくれるって
   言ってくれたんだから...

話を聞いていて、なんか、
ひと言、言いたくなりましたね。

おそらく、これまで、
いくらか出してくれていた親
だったんでしょう。

ありがたみを覚えるどころか、
出してくれるのを当たり前と
思ってしまう。

幸い、わたしの父母は、
わたしの結婚当初から
頼りになる存在でなかったゆえに、
そんな期待は何一つ持たずに
娘らを育ててきた。

そういう自負がもたげてくると、
若い人に何か言いたくなるもんです。

でも、言ってもしょうがない。
そこのお宅の教育方針で、
そういう親子関係が出来たわけですから。

そんなことを言いたくなったら、
自分の娘らがそんな期待を持たないよう、
育てることを考えた方がいい。

そう思いなおしました。


(参考)3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代(城 繁幸)

2008年6月 4日

...不幸になってる暇はない

人生は短いから、
不幸になってる暇はない

(ターシャ・テューダー)

不幸になっている暇はない。
身に染みます。

きっと、不幸は、
「自分は不幸だ」
と言うことから始まるのでしょう。

だったら、
「自分は不幸だ」と言う暇を、
自分に与えなければいい。
人生は短いのだから。

自分が不幸かどうか、
を考える暇を与えなければいい。
人生は短いのだから。

幸せになるためには、
何を考え始めればいいか、
を考える暇を与えればいい。

簡単には言えますけれど、
「人生が短い」という実感が、
本当のところ持てないと思うんです。

余命でも宣告されない限り...

いつかは死ぬ、というのは、
不幸といえば不幸と言える。

けれど、
私たちにとっての幸せは、
いつ死ぬか分からないこと。

ただ、もしかしたら、
いつ死ぬか分からないことで、
別の不幸を始めているかもしれない。

短いか長いか、分からない人生。
それでも、やっぱり、
不幸だと言っている暇はないと
思います。


(参考)
生きていることを楽しんで―ターシャ・テューダーの言葉

2008年4月19日

花から始まる花はない。

花から始まる花はない。

(作者不詳)

たけいれいさんからの投稿です。
「高校時代に思いつきました。
 どんどんとか、
 だんだんでいいんです。
 その姿が美しいんです。
 同じような言葉を思った人は、
 他にもいるでしょうね。」

花は種から始まり、
人は卵から始まり、
ものはアイデアから生まれる。

最初のかたちは、
最後のかたちとは
だいたい違っているものが多いです。

今の状態に満足できなくても、
それがいつまでも続いちゃうんだと
あきらめる必要もない。

どこからか
水がかけられ、
肥料が加えられ、
光も差してきて、
ちゃんと育っていく。

種さえ抜き取らなければいい。
自分の出来ることを
やめさえしなけりゃいい。

植えたばかりなのに、
すぐに咲くと期待するから
投げ出したくなる。

かっこつけて、
いいところばかり
見せようとするから
中身が成長しないことになる。

人生に、本当の花を咲かせましょう。


(参考)「1日30秒」でできる 新しい自分の作り方(田中ウルヴェ京)

2008年3月11日

いかにベストの状態で…

いかにベストの状態で
スタートラインに立たせるか。

(毎日新聞サイト、武冨豊)

今日でちょうど150日。
北京オリンピックまで、
あと、それだけの
時間しかないそうです。

さまざまな競技種目で、
日本代表が発表されるなかで、
昨日は、マラソン選手が
決まりましたね。

女子では、おととい、
名古屋国際女子マラソンで
優勝した中村友梨香選手が急浮上。

彼女を育てたのが、
今日の言葉をいった
天満屋監督の武冨豊さんです。

なんだかんだ言って、
自分のチームから3回連続で、
オリンピック選手を出している。

オリンピックに焦点を当てた、
選手の育て方というものがあるのか
よく分かりませんが、

出場できるように育てたら、
今度は、そこで勝てるように
育ててくれそうな期待が湧いてきます。

わたし自身のビジネスにおいても、
どれだけいい状態でスタートしたかが
大切ではありますが、

最近は、自分の子供たちを
勉強や部活の「本番」に合わせて
ベストな状態にサポートできたかが、
気にかかります。

無理はさせないけれど、
力を発揮できるように励ましたり、
導いていくこと。
人を育てることって、
大仕事だなぁと思います。


(参考)スタートライン 4 SONGS

2008年1月31日

スピードは人を幸せにしない

スピードは人を幸せにしない

(ミニッツメイドPyotoのテレビCM)

たとえば、
ブログを始めようと思えば、
ヤフーでも、楽天でも、
他のサービスでも今申し込めば、
15分もしないうちから利用できる。

それだけのスピードだから、
ブログに書ける内容があるか、
だけが問題になる。

ネットバンキングを利用すれば、
外出せずとも、今すぐ振込できる。

問題は、口座に
振り込むお金があるかどうか。

アメリカのテレビ電波が届かなくても、
インターネットがあれば、
リアルタイムでニュースが読める時代。

あとは、英語が読めるかどうかが問題。

スピードの時代になっても、
それに反応できる能力などがなければ、
それに振り回されるだけで、
ストレスは計り知れなくなる。

スピードに反応するには、
何事も努力が求められると思います。

もしかして、
反応してスピードについて行くよりも、
そのために努力して成長している時が
一番幸せかもしれません。

スピードは見極めるとしても、
スピードを妄信して猛進しないよう、
気をつけることにしましょう。


(参考)会社の歯車から抜け出す方法 人生を劇的に楽しくする仕事のルール(田渕 裕哉)

2007年12月18日

「悪いやつだ」「愚かだ」と…

「悪いやつだ」「愚かだ」と
片付けてしまうのは簡単であるが、
そうしてしまえば、
学べることは少ない。

(雑誌「プレジデント」、加護野忠男)

とんでもないニュースを
毎日のように聞かされて、
自分ではない誰かが犯人で、
その動機とかが明らかにされていく。

そいつは、
そんなことをしていたんだぁ…
なんて思うけれど、
ちょっと手前の感情までは、
自分たちの中にもあることに気づく。

誰かを好きになったり、
誰かに腹を立てたり、
誰かをちょっとからかったり、
誰かをうらやんだり…

ちょっとの感情が、
ずっと解決されないで、
さらに追い込まれる何かが
重なって起きれば、
バカなことをしてしまう。

バカなことを超えて、
とんでもないことも起きる。

「私には、絶対に、
 そんな性質はないよ。」
と胸を張って言う人もいるけれど、

それは平和な状態に身を置いていて、
単なる仮定として話しているから
出てくる言葉かもしれない。

学ぶつもりであれば、
自分が同じようにならないよう、
今何をしていたらいいか
っていうことが見えてくるかもしれない。

それが見えない大多数のうちの何人かが、
そういうことに関わってしまうんでしょう。


(参考)「感じ」のいい人、悪い人 (山崎 武也)

2007年5月24日

他人にやらされてた練習を…

他人にやらされてた練習を
努力とは言わねえだろ。

(Major、満田拓也)

「一生懸命、やってますよ。」

と返答されて、
なんかしっくりこないなぁ、
と思ったことがあります。

その原因が、
この言葉を読んで
分かったような気がします。

こちらが指導したり、教えたり、
訓練していることに対しては、
一生懸命やっているけれど、

自発的に考えて
がんばるわけじゃないから、
実際のところ、たいして伸びない。

つまり、
自分の気持ちという面で
強く立っているわけじゃなくて、

自分以外の誰かのやる気に
よりそって頑張っているだけだから、
予想以上に伸びるということがない。

だから、不満だけは
一人前に言えたりする。

「だって、教えてもらってない。」

教えてもらわなければ、
何もやる気がないのか。
自分から聞いてみる、ということは
思いつかなかったのか。

やらされてる感から
早いうちに逃げ出さないと、
何一つ前進できなくなるんだよね。

そして、感謝の気持ちも
湧かなくなる。

そこから、さっさと早く、逃げましょう。


(参考)Major(満田拓也)

2007年5月22日

人生は他人を負かすなんて…

人生は他人を負かすなんて
ケチくさい卑小なものじゃない。

(強く生きる言葉、岡本太郎)

藍さんからの投稿です。

自分のお金のことばかり考えてると、
お金にケチになります。

自分の時間のことばかり考えてると、
他人のために動くのを面倒くさがります。

自分の勝ち負けばかりを考えてると、
物事の一面しか見えなくなります。

さらには、手段を
選ばなくなることも。

手段を選ばなくなると、
高い志も、地に落ちます。

私は、思うんです。

勝つことは決して悪くない。
がんばって、がんばって、
頂点に立ったから見えてくるもの、
眺められる景色は、
それだけの価値があると…

誰でも出来るものなら、
頂点に立つだけの努力を
してみた方がいいと思います。

最初からあきらめて、
何もしないよりは絶対にいい。

ただ、それは
他人に勝つことではあっても、
自分への挑戦でなければいけない。

なぜなら、
勝つことだけになってしまうと、
相手が弱くなってしまった瞬間に、
自分の成長を自分で止めてしまうから。

自分の成長を止めちゃうのは、
どんな場合でももったいないですよねぇ。


(参考)強く生きる言葉 (岡本太郎、岡本敏子)

2007年5月13日

…もし、その当たり前の事が…

当たり前の事が
とても幸せな事なんだ。

もし、その当たり前の事が
当たり前じゃなく
なってしまうとしたら…、
それはとても悲しくて、
不幸な事なんだ。

でも、人は
そうなってしまうまで
「当たり前の幸せ」
に気付かないんだよ。

(泣ける2ちゃんねる「兄の話」より)

kunさんからの投稿です。
「自分も、去年、
 祖父を亡くしてしまったので
 この話を読んで泣いてしまいました。
 孝行したい時に親はなしというし、
 今からでも遅くないから、
 親孝行しとこう。今日は
 母の日だから何をあげようかなぁ…」

今を生きていて、
「当たり前」のことの中から、
何か1つのことを必ず
消さなきゃいけないとしたら、
何を消すかなぁ、
と考えてみました。

母親が生きていること?
朝ごはんを食べていること?
パソコンをしていること?
目が見えること?
子供がまとわりついてくること?
地球が回っていること?
日本が戦争をしないこと?

いっぱい、いっぱいあるけれど、
当たり前のことゆえに、
消すという判断は、
なかなか出来なさそうな気がする。

とは言っても、私たちは、
知らず知らずのうちに、
心の中とか、頭の中から
その価値を消していたりする。

それなのに、実際に、
その「当たり前」が消えちゃうと、
あわてふためく。悲しみ出す。

「気にしなくていいじゃん、
 とっくの昔に、心の中から
 消してたことでしょ?」

そんな声も聞こえてきそうだ。

そんな声に責められない生き方を
今からしておかなくちゃね。


(参考)泣ける2ちゃんねる(2)

2007年5月 1日

幸福のかけらはいくつでもある。…

幸福のかけらはいくつでもある。
ただ、それを見つけだすことが
上手な人と、下手な人とがある。

(宇野千代)

お金儲けの上手な人は、
こんなふうに言うかもしれません。

「金儲けのかけら(ヒント)は
 いくつでもある。
 ただ、それを見つけだすことが
 上手な人と、下手な人とがある。」

モテるヒントも、成功するヒントも、
子育てのヒントも、夫婦円満のヒントも、
才能を伸ばす方法も、人間関係も、
きっと、かけらがいくつもある。

誰かがうまくいっている姿を見て、
それをうらやましがって、
その方法でいくんだ、
それ以外にないんだ、
と思いこんじゃうことが
すべての可能性を閉ざしてしまう。

自分の視野が狭くならないように、
心がけていないと、
そういう罠にハマりますよね。

人間には、
自分の経験した過去からも、
自分の知っている知識からも、
解放されなきゃいけない時がある。

そういうものは、すでに
つかんだことのある「かけら」だから。

でも、これから生き抜くためには、
すでにつかんだ「かけら」をいったん手放して、
別の「かけら」を手にしなくちゃいけない。

そうして、
いろんな「かけら」が
自分にどんな影響を及ぼすか、
試してみるのです。

見つけるのが上手な人は、
自然に、それをしているんだと思う。

下手な人は、きっと、
不幸を持ち寄って、
誰が一番不幸かを競っている。
一番不幸だと思われることが、
一番の幸せのような思考に
なっちゃってるから。


(参考)中村天風の生きる手本—世界でいちばん価値ある「贈り物」(宇野千代)

2007年2月17日

祈りは、神を変えない。祈る人を変えるのだ。

祈りは、
神を変えない。
祈る人を変えるのだ。

(キルケゴール)

みきさんからの投稿です。
「その祈りが現実になるに
 ふさわしい人間になるため、
 私たちが変わらねばならない。」

祈りは、奇跡を呼び起こす。
それは、心の外側で起きることか、
それとも心の内側で起きることか。

どちらもありえる。
ただ、はじめに
心の内側で起こらなければ、
何の奇跡にもならないと思う。

思い出す詩があります。

「大きなことを成し遂げるために、
 力を与えてほしいと、神に求めたのに、
 謙遜を学ぶようにと、弱さを授かった。

 より偉大なことができるようにと、
 健康を求めたのに、
 より良きことができるようにと、
 病弱を与えられた。

 幸せになろうとして、富を求めたのに、
 賢明であるようにと、貧苦を授かった。

 世の人々の賞賛を得ようとして、
 成功を求めたのに、
 得意にならないようにと、
 失敗を授かった。

 人生を享受しようと、
 あらゆるものを求めたのに、
 あらゆることを喜べるようにと、
 生命を授かった。

 求めたものは一つとして
 与えられなかったが、
 願いはすべて聞き届けられた。

 神の意にそわぬ者で
 あるにもかかわらず、
 心の中で言い表せないものは、
 すべて叶えられた。

 私はあらゆる人の中で、
 もっとも豊かに祝福されたのだ。」

 (愛することは許されること、渡辺和子)

祈り、願いは、
いろんな「かたち」で
奇跡を起こすんですね。


(参考)愛することは許されること(渡辺和子)

2006年11月16日

何度学んでも悟らない人は、…

何度学んでも
悟らない人は、
何度耕しても
種をまかない人のようだ。

(英語)

Who learns and learns
but never knows
Is like the one who plows
and plows but never sows.

(ジュームズ・フィニー・バクスター)

肌寒くなってきましたが、
うちの三女は、
保育園から帰ってくると、
まだ散歩に行きたいと言います。

重装備をして、
手をつないで出かける私と娘。

見方によっては、
怪しいペアにも見えます。…笑

道端には、まだあるんですね。
綿毛(?)が飛んでないタンポポが。

見つけると、
娘は必ず手にとって、
飛ばします。

どこに飛んで、
どれだけ根づくか
分かりませんが、毎年毎年、
道端のここかしこに生えてきます。

すごいなぁ…って思います。

その上、季節が過ぎても、
まだ飛ばされないで残っている。

人間も、
これくらい強くて、耕さなくても、
自分で生きる場所を自分で見つけて、
強く生きていけたらいいんでしょうけど、

みんながみんな、
それくらい強いわけでない。

なかには、そういう人もいれば、
ちょっと学んでそれが出来る人もいる。
はたまた、いくら学んでも、
どうしようもなく見える人もいる。

目標は、
タンポポのような強さで
根づくような種を
自分の中に持つこと。

それまでは、自分を耕して、
いろんな種をちゃんと植えること。


(参考)植物は気づいている—バクスター氏の不思議な実験(クリーヴ・バクスター)

2006年11月14日

「すべて完了」なんてあるもんじゃない。…

「すべて完了」なんて
あるもんじゃない。
いつも、もっと出来ることが
何かしら出てくる。

(英語)
There is no such thing as ”done.”
There will always be more we can do.

(ラッセル・M・バラード)

終わったと思った瞬間に、
次になすべきことが
生まれている。

正確に言えば、
成し遂げた瞬間に、
次のことに気づくセンスが
身についているんだと思う。

それを無視するか、
とりあえずメモしておくか、
すぐに行動を起こすか、
そこで生き方の道が分かれる。

ささいなことであれば、
無視してかまわないと思う。

けれど、なかには、
重大なことにつながることも
あるだろう。

だから、メモくらいは残していたい。
「そう言えば…」
なんて後悔することがないように。

メモをして自分に不利益になるのは、
犯罪や、悪いことをして、
その記録が見つけられた時くらいだろう。

そうでない限り、
メモをして後悔した、
なんてことはないんじゃないかな。

たとえ、それが後で
利用されなかったとしても、
メモを残す習慣によって
膨大なメモの中から
1つでも有益なものが生まれれば、
それは幸せだと思う。

だから、
気づくセンスを与えられたら、
メモを残す習慣、そして、
それをなくさない習慣が
あって欲しい。


(参考)手帳・メモ・ノート200%活用ブック(日本能率協会)

2006年11月 6日

強くなることはないです。…

強くなることはないです。
弱い自分に苦しむことが
大事なことなんです。
人間は元々弱い生き物なんです。

それなのに、心の苦しみから
逃れようとして強くなろうとする。
強くなるということは
鈍くなるということなんです。
痛みに鈍感になるということなんです。
自分の痛みに鈍感になると、
人の痛みにも鈍感になる。

自分が強いと錯覚した人間は
他人を攻撃する。
痛みに鈍感になり優しさを失う。
いいんですよ、弱いまんまで。
自分の弱さと向き合い、
それを大事になさい。

(テレビドラマ「聖者の行進」野島伸司脚本)

SPKさんからの投稿です。
「最近、テレビからは、
 いじめのニュースばかりです。
 そんなときに、ふと、
 この言葉を思い出しました。」

今日は、ちょっと長めの引用です。
弱いところだけと向き合うことは、
ワタシ的には、オススメできません。
気が滅入るから。

強くなっても、
自分に残っている弱さと
向き合うことが大切だと思うんです。
そして、出来れば、
強くなるとか意識しないで、
一歩ずつでも前進してみる。

その結果、もし強くなったら、
別の弱いところと向き合う…

本当に弱いままでいいとなったら、
人は、誰かのせいにしたり、
依存し合うことだけに、
心を注ぐことになる。

最強になれずとも、
昨日の自分より前進、
今日の自分より前進、
そんな気持ちは必要だと思います。

けれど、
自分の弱かった頃を
忘れちゃいけない。

それを忘れると、
誰をも育てることが
出来ない。

誰も育てることが出来なければ、
自分だけになっちゃって、
いつかは行き詰まる。

それに、
自分一人だけの世界に
入りこんじゃうと、
錯覚しか見えませんからね。

そういう意味で、
弱さは大事なんだと思います。


(参考)聖者の行進

2006年9月11日

…まさか、バナナの話で私の人生を語るなんて…

今日の最後に、まさか、
バナナの話で
私の人生を語るなんて
思ってもみなかったわ。

(英語)

I believe,
at the end of the day, personally,
my life is not about a banana,

(マリア・シャラポワ)

私たちは、
思いも寄らないことで
興味をもたれることがある。

昨日、全米オープンで
念願の優勝をしたシャラポワは、
試合後の記者会見にて、
試合中に食べていたバナナとか、
父親のコーチのことばかりに
話が及んだため、顔色を変えた。

最後には、皮肉まじりに、
「ああ、そういうことなら、
 バナナを食べれば勝てるって、
 みんなに教えてあげなくちゃね。」
 (英語)
 …and the last thing I think
 people need to worry about is a banana.
とまで言う始末。

もちろん、
シャラポワの話題性は別格ですが、

自分が注目して欲しいことよりも、
自分の別のことに注目が及んだ時、
私たちは、どういう反応をするか。

戸惑わされる時があると思います。

人よりも足が速いゆえに、
様々な大会に出場させられ、
数々の入賞を果たしたとしても、
本人がそれをそんなに好きでない時がある。
けれど、学校を卒業してから再会すると、
みんなの記憶に残っているのは、
走っている姿だけ。
「今も走ってる?」とさえ聞かれる。

自分の力で何かをやり遂げたいと
家を出てはみたものの、
会う人会う人に尋ねられるのは、
「力」をもっている父親のことだけ。

仕事のできる人間になりたいと思って、
立派な会社に運良く入社できたものの、
整った容姿やスタイルのせいで、
接待役や看板役の仕事ばかりを
やらせられることが多かったりする。

これらの例は、与えられたものが
それぞれ違っているために、
まとめて結論づけられるものでは
ありません。しかし、…

天は二物を与えず、もしくは、
一物も与えられていないよ、
と感じている人たちにとっては、
たとえ、その人の意志とは裏腹なものでも、
注目されるだけ幸せだよと思うことでしょう。

すでに与えられている才能があるなら、
その才能を得るために、
あなた以上にがんばっている人を
思い起こしてもらいたい。

そして、もし、その才能を捨てて、
新しい道を切り開こうとする時には、
浮かばれない長い時期と、
多くの努力が必要であることを
忘れないようにしなくちゃね。

与えられたものすべてを、
嫌う必要はない。
後悔しないために、
使い方だけは間違わないように…


(参考)マリア・シャラポワ写真集 first

2006年7月24日

君が話したい相手の心の扉は、…

君が話したい相手の心の扉は、
ときどき閉まっているかもしれない。

でも、鍵は掛かっていない。
鍵を掛けられた心なんて、
どこにもない。
ぼくは…そう教わって、
いまも、そう信じている。

(きよしこ、重松清)

桜海老さんからの投稿です。

心を閉ざしている人に
話しかけるのは、
かなりの勇気がいる。

もし、やらなくてもいいのなら、
出来れば、話しかけずに済ませたい。

けれど、それ以上手遅れにならないよう、
勇気をもって話しかけなければ
いけない相手というのもいる。

自分が放っておいたから、
心を閉ざしてしまったのか。
誰か他の人、もしくは環境で、
そんなふうになってしまったのか。

原因はいろいろあるだろうけれど、
今自分ができるところから
始めていくしかない時がある。

最初は、わざとらしいとか、
うさんくさいとか言われながらも、
それしか出来ないこともあるだろう。

最後は、その人に賭ける
自分自身の思いだけが、
エンジンであり、エネルギー。

自分の思いが
その人になくなったら、
そこで終わり。

愛情でなくても、
哀れみでも、怒りでもあるうちは、
救いようがあると思う。

無関心になったら、
本当に終わりだから。


(参考)きよしこ(重松清)

2006年5月22日

ある一日の経験と、一冊の本を読んだという…

ある一日の経験と、
一冊の本を読んだという経験と、
どっちがすばらしいと考えますか?

実は、答えは
どっちもあるとは思うのです。

(ほぼ日、糸井重里)

やはり、比重としては、
経験の方に重きを置きたい
ところではあるけれど、

新しい生き方や考え方を
邪魔するような経験しか
繰り返せないよりだったら、

時には、一冊の本に
救われる時があると思います。

人は、自分の生き方から
吸収するのと同じくらい、
もしくはそれ以上を、
他人の生き方から
吸収する存在だと感じます。

自分の経験したことだけで
生きるなんていうのは、
最初っから難しいと
分かっている。

だからと言って、
自分の周りで
生きている人からだけ
学ぶというのも無理がある。

しきたりとか伝統とかに、
疑問や反対を押し殺して
生きている人々ばかりのところに
居るとすれば、どの他人からも
新しい発想は学べないことに
なりますからね。

最初は、写本から始まり、
印刷技術が生まれ、
電話や放送が生まれ、
今はインターネットという流れで、
人々が自分の周りにある声以外を
求めているとすれば、
それは本能なのでしょう。

「百聞は一見にしかず。」
と言いますが、私たち次第で、
百聞を一見くらいの価値に
変えられるパワーも
人間はもっていると思うのです。

でなければ、身も心も時間も
いくつあっても足りないですよ。


(参考)おいしい店とのつきあい方(ほぼ日ブックス、サカキ シンイチロウ)

2006年3月 2日

…少ないリッチな人々も救われることはない。

多くの貧しい人々を
救うことが出来なければ、

少ないリッチな人々も
救われることはない。

(英語)
If a free society cannot
help the many who are poor,
it cannot
save the few who are rich.

(ジョン・F・ケネディ)

自由な社会(free society)を、
自然にまかせていれば、
人間の性(さが)というやつで
間違いなく弱肉強食になります。

そして、面白いことに、
弱者と強者の割合は、
50:50にはならないのです。

80:20とか、97:3とか、
多数の弱者が生まれるばかり。
そして、少数の強者は、
その側についていた方が
うまい汁が吸えるという輩に
支えられるのです。

今日の言葉は、
「救いとは何か」みたいな
信仰的な意味合いも
含まれている気がします。

日本に限らず、
過去の歴史において、
貧富の格差が引き金になって
起きた出来事は少なくありません。

貧しい人々が苦しみを重ねて、
それがあるレベルを超えてしまうと、
大きな反乱パワーとなって、
社会とリッチな人々に跳ね返る。

もちろん、弱者は、
自分の救いのために、
現状を打破するチャレンジに
立ち向かう義務がある。

しかし、それと同様に、
強者にも、自分の救いのために、
そのようなチャンスを
弱者に提供する義務がある。

もし、私たちが、
何かの面で強いとしたら、
それは、弱者を救って、
自分も救われるためであることを
忘れちゃいけませんね。

弱者のためでも、誰のためでもない。
間違いなく、自分のため…

歴史と世界は、
そう教えているようです。


(参考)話題の小説・陰日向に咲く(劇団ひとり)

2006年2月27日

…まとめる必要などない。…

創造的な思考をするときは、
まとめる必要などない。
整理すればよい。

(雑誌「プレジデント」)

これは、
恋の告白とかにも
当てはまるかな?

恋を勝ち得るのにも、
創造的な発想が
必要ですよね。

新入社員の頃は、
レポートはA4で1枚にまとめて
報告しろと訓練されていた私。

それは、適切な
アドバイスだったと思う。

毎日のように、
机に積み重なっていく書類の山に
向き合っている上司にとっては、
さっと見たときに、
伝えるべきことが
うまくまとまっていないと、
心にさえかけてもらえないから。

レポートは、
まとめることが大切。
それが一段落であるために。

しかし、
何か新しい創造に
入っていくためには、
自分の狭い見識だけで、
まとめあげてはいけない。

自分よりはるかに知恵のある人が、
自分には気づかなかったことを
見つけてくれるかもしれない。
生み出す、創り出すヒントを
教えてくれるかもしれない。

だから、必要なのは、
整理されていること。

おそらく、
「まとめる」も「整理する」も
基本的な目的は同じだろう。
それは相手にうまく伝えること。

大量の情報を
コンパクトにまとめるか、
見やすく整理するかの違い。

伝えるということは何か。
今は、何を伝えるべきか。
そういうことが分かっていないと、
違う方向にいっちゃうだろうなぁ。

だから、
好きと伝えるのにも、
相手の状況に応じて
変わってくるんだろう。


(参考)成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集

2006年2月 2日

愛すべきは、その未熟さです。…

愛すべきは、
その未熟さです。

未熟さこそが、自分の
最大の魅力で武器なのだと、
胸を張りなさい。

(引用元不明)

保さんからの投稿です。
「勉強が出来ない自分への不安。
 まわりは皆自分の人生を
 決め始めているのに
 自分はまだだという、
 置いていかれたような虚無感。
 早く大人になりたい、
 先へ進みたいという焦り。
 そういう思いを感じた時、
 この言葉と出会いました。
 ああ、急がなくてもいいんだと、
 未熟な自分を受け入れたら、
 フッと肩の力が抜けました。」

経験や知識も、
才能やセンスも、
権力もコネもない。

ないものばかりを
探していった先に、
見つけるのは未熟さ。

未熟だからこそ、
出来ることもあるはず。
もしかしたら、
そういう考え方って
現実的じゃないだろうけれど、
採用したいなぁ…

自分の未熟さを嘆く時、
他人の未熟さにあきれる時。
未熟さこそが武器、
って思い出したい。

何らかの意味で、
誰もが未熟さを
通過してきた。

なかには、
未熟だった時期の自分を
思い出したくない人も
いるだろう。

私にも、
恥ずかしさをともなわずに
思い出さずにはいられない
「未熟な頃」が多くある。

でも、たしかに、
武器だったんだろうなぁ
とも思える。
今の自分も、
間違いなくあるその武器。
大事にしたいな。

(参考)「未熟な夫」と、どうつきあうの?(山崎雅保)

2005年8月12日

形の違う心…

OCEAN(B’z)の歌詞

形の違う~の部分

ぶつかっていますか?

ぶつかれる相手、
受け止めてくれる相手、
自分の近くにいますか?

受け止めてくれなければ、
ぶつかっても、
お互いが妙なところを打ち、
ケガをするばかりです。

それでも、
そういうぶつかり方から
自分の生き方を身につけていく。

私は…と考えれば、
ぶつかる方かな、
ぶつかられる方かな?

多分、ぶつかる方が多い。
そして、その時の相手の反応を見て、
手を抜いてみたり、
ぶつかるのを遠慮したりしている。

もっと若い頃は、ただ
ぶつかっていただけだろうな。
相手の能力も、迷惑も考えず…

「自分が傷ついた」
なんて言う人に限って、
けっこう人を傷つけていたりする。

というのは、
ぶつかられた時にかわせないから、
傷つくことにも通じるわけで、

そういうことから考えれば、
うまくかわせない人は、多分、
うまくぶつかることも出来ない。

ぶつかられた方は、
けっこう傷つくわけだ。

傷ついた、傷つけられた。
なんていう事実よりも、
その傷で、自分はどう生きるか。
これが大切だよねぇ。

【参考】
OCEAN(B’z)

2005年6月22日

友人の助言なんて、まさに、天気のようなもの。…

友人の助言なんて、
まさに、天気のようなもの。
良いものもあれば、
悪いものもあるというわけさ。

(英語)
Advice from friends is like the weather.
Some of it is good; some of it is bad.

(アーノルド・ロベル)

私が紹介するいい言葉も、
この部類に入るとすれば、
ちょっと心苦しくなってきます。(笑)

若い頃、とても礼儀正しい、
相手の心を思いやる女の子と
付き合っていたことがあります。

もちろん、私には、
そんな個性はありませんが、
付き合っている彼女が、
そういう生き方をしている以上、
それを少しでも真似ようと、
いろんな助言を聞いたものです。

彼女のことが好きだから、
まるで、彼女の言葉を、
神様からの言葉のように思い、
付き合いを続けていたんですね。

しかしながら、そのだいたいが、
自分にはストレスでした。
だって、価値観として、
自分の中のものと一致しないんですから。

助言とは、だいたいが、
言う側の生き方を証明するために、
言われることが多いと思います。

よく話を聞いてもらった上での、
個性に合わせた助言ならば、
その効果は大きいのでしょうが、
「あの人」が言った言葉だから、
というのは、やはり違うでしょう。

もちろん、自分の方で、
ヒントにするのは問題ありません。

ただ、助言に依存して、
自分で決められない、選べなくなるのは、
まずいでしょうね。

助言は、天気のようなもの。
もっと気楽に受け止めれば、
その助言の先にあるものが
見えてきたりもするでしょう。

【参考】
ハンドルを手放せ(森田健)

2005年4月11日

人を信じる者は、己の弱さを…

人を信じる者は
己の弱さを知っている故に
強者となる。

人を信じない者は
己を強いと思い込む故に
弱者となる。

(引用元不明)

Eさんからの投稿で
いただきました。

人を信じるって、
自分以外の世界に、
心をどれだけ向けられるか、
というところにあると
思います。

実際、世の中には、一人では
吸収しきれない情報が
いっぱいありすぎて、

どこをどう見ればいいか、
何を信じればいいかさえ、
分からなくなりそうですが…

ただ、自分以外の世界に、
心を向ければいいという
ものでもない。

ちょっとだけ他を見て、
優劣感を感じたり、
劣等感を感じたりするケースも
あるから。

自分が何様か、
どこのレベルか、
ちゃんと分かるような、
本質を見極めるような、
心の向け方をしないと、
意味ないですからね。

人を○○と信じる、
人を○○と思い込む、
紙一重ですね。

その事実が良いことであれ、
悪いことであれ、
ちゃんとした目を養っていないと、
自分を追い詰めてしまう結果に
なってしまいそうです。

注意しなければ。

【参考】
「ねばり」と「もろさ」の心理学―逆境に強い人、弱い人(加藤諦三)

2005年2月 2日

きみの質問がつまらないからだ。…

きみの質問が
つまらないからだ。

つまらない質問には
いくつでも好きなだけ
正しい答えが見つけられるんだ。

だが、本当の質問には
簡単には答えられないものだ。

たぶん、質問そのものに
答えなどより
重要な意味があるからだろう…

(さらば長き眠り、原りょう)

Fuiuchiさんから
いただいた投稿です。

物語の中で、
主人公の私立探偵が、依頼人に
「どんなことを聞いても、
 あなたには、いつも
 ぴったりの答えが
 用意されているんですね」
と言われて、返したセリフです。

つまらないことしか
尋ねない人間、
たしかにいます。

そして、
つまらない答えしか
返さない人間も…

何か尋ねられる時に、
その相手の本気度って、
やっぱり分かります。

本気で尋ねる人は、
一つ答えれば、
さらに尋ねたいことが
出てくるからです。
自然に…

表面だけの答えで
満足する人間は、やはり、
表面的な質問しか出来ない。

小むずかしい質問をしろ、
と言うのではありません。
本質をつく質問です。

本質をつけない質問を
よくする人間に共通するのは、
最初から勝手な答えを
準備している場合です。

多分、こうだろう、ああだろう、
そんな考えに、頭の中が
占領されているので、
本質が見えなくなっていて、
誘導尋問みたいな質問しか
出てこないこともあるわけです。

あるいは、
思い通りの答えを
期待しすぎて…

頭の中をフリー(自由)にして、
本当の関心で尋ねようとすれば、
いい質問は出てくると思いますよ。

【参考】
さらば長き眠り(原りょう)

2004年12月28日

平等という言葉は、愛を抜いてしまえば…

平等という言葉は、
愛を抜いてしまえば
何でもありません。

(引用元不明)

平等に扱ってくれ、
という言葉を聞くことが
あるけれど、

これは、
「もっと愛を示してくれ」
という意味なんですね。
本当のところは…

なるほど、です。

子供が、兄弟姉妹の間で、
平等に扱って欲しいのも、

学校や会社、
その他何らかの組織において、
平等が叫ばれるのも、
そこにあるんでしょう。

これからは、
そんな気持ちで、
「平等」という言葉を
聞いてしまいそうです。

また、
平等に扱ってもらいたい、
っていう気持ちには、

どこかに依存している、
もしくは支配されたい
という思いも
あるかもしれないですね。

もし、逆に、
何かを、あるいは誰かを
平等に扱わなければ
いけない状況になった時には、

「そこに、愛を感じてもらえるか」
という視点を忘れずに、
対応することにしましょう。

今日も、元気で。

【参考】
安心のファシズム-支配されたがる人々(斎藤貴男)

2004年10月21日

ある真実を教えることよりも、…

ある真実を教えることよりも、
いつも真実をみいだすには
どうしなければならないか、
を教えることが問題なのだ。

(ルソー)

教えるという経験を
積み重ねていくと、
「教える」ことだけではいけないな、
と思ってくる。

もし、そういう気づきにいたらず、
教えたり、指摘したり、忠告したり
することばかりを続けている人が
いるとすれば、多分、
その人は教えているわりには、
学んでいないかも…

教えれば、教えるほど、
相手の中で育まれている力の
大きさに、期待がふくらむもの。

それは、1教えれば1残る、
というようなルールでなく、
1教えれば、その先の2、3と
ふくらむことだ。

教えた先には、そんな発展が
なければいけないと思う。

だから、教えるからには、
ただ教えるよりも、
その先でふくらむように
導かなければいけないんだよね。

それをせずに、
ただ怒ってばかりいたら、いつも、
監視していなければいけない。

ん~、反省させられます。

そして、ふくらむと考えれば、
新たなやる気も出てくるものです。
とは言っても、素質も見抜いて、
教えていかなくちゃね。

【参考】
コーチングに燃える(マックス・ランズバーグ)

2004年10月 5日

生きることは、世界で最も稀なこと。…

生きることは、
世界で最も稀なこと。
たいていの人は、
「いる」だけのこと。

(英語)
To live is the rarest thing in the world.
Most people exist, that is all.

(オスカー・ワイルド)

なんか、キビシイ言葉ですけど、
自分の生きているには、
ただ「いる」だけの時もあるなぁ、って、
ちょっと考えさせる意味で、
いい言葉だと思います。

生きていて、輝いている姿っていうのは、
たしかに、なかなかお目にかかれない
かもしれないですね。

自分の人生に、
主体的にとり組む、
というのは、意外に難しいんだなぁ、
って思う時があります。

2年経っても、3年経っても、
顔を見れば、同じようなグチを
こぼす人がいます。

ただの話題として、
しゃべっているのかなぁ、と思えば、
意外にも、本気で、
ずっとそれを考えているらしく、

これだけの時間を過ごしても、
それを、頭の中から追い出せない人生
っていうのは、何なんだろうと
思ってしまいます。

目の前を、いろんなチャンスや
美しいものが過ぎ去っているというのに、
心の殻ばかりを見つめて、
その思いを反芻(はんすう)ばかりしている。

生きているんでしょ?
あなたの時間も進んでいるんでしょ?
思いは、いつでも自由になれるでしょ?

いろんな人の生き様を
見れるということは、
人生の最大のチャンスかも
しれないって思います。

それによって、自分の生き方を
考えられますから…

【参考】
強く生きる言葉(岡本太郎)

2004年7月17日

私たちが人生で行うことすべてが、誰かの心の琴線にふれるんだよ。…

私たちが人生で行うことすべてが、
誰かの心の琴線にふれるんだよ。

そして、その後、永遠に
その琴線が震えることもあるんだよ。

(英語)
Every action of our lives
touches on some chord
that will vibrate in eternity.

(エドウィン・ハブル・チャピン)

見えるところで、
見えないところで、
誰かの心の琴線にふれている。

まずは、自分の心の琴線かもしれない。
したこと、しなかったことで、
心は少なからず揺れていく。

仮に、誰かに良い影響を
与えることが出来たとして、
その人の一生にまで及んだら、
本当に嬉しいことだよなぁ…

多分、子育てって、
そういうことだと思う。

昨今、女性芸能人が、
自分の息子を裁判で訴え、
更生を求めるというニュースが
報道されている。

街角インタビューでは、
「親が心を鬼にして、すばらしい」
「しっかりした親だ」
という言葉が聞かれる。

しかし、もしかしたら、
親自身は、自戒も含めて、
この行動を起こし、

「心の琴線が震えやすい時に、
 親の務めをちゃんと果たしていただろうか。
 仕事の忙しさにかまけて、心の琴線に
 ふれていなかったんじゃないだろうか。」
と自問しているかもしれない。

大切な人との毎日のふれあい、会話。
ちゃんと琴線にふれているだろうか。また、
自分の琴線にもふれてもらえるように、
心を開いているだろうか。

今の時代、心の琴線は
見えにくくなっているかもしれない。
そう思った。

【参考】
人を動かす(デール・カーネギー)

2004年6月11日

“空気”が物事を決める

“空気”が物事を決める

(空気の研究、山本七平)

おそらく、
いつの時代も、どこの国にも、
そんなところがあるんじゃないだろうか。
同じ人間だから、そうだと思う。

周りの空気に敏感な人は、
なおさら、それを気にして、
自分の行動や発言を気遣う。

その場の空気で
決められたことがベストな場合もある。
一方、それで決められて、
最悪の事態になることもある。

「空気」で決められそうな時に、もし、
アタマを冷やさせる一言を言ったり、
気づきを与えるきっかけをつくったり
してくれる人がいないと、
その暴走は止まらない。

日本ばかりでなく、
歴史をさかのぼれば、
ものすごい数の例があるだろう。

もちろん、自分自身の過去にも、
同じような失敗例がある。

「空気を読めよ」という助言がある。
しかし、ただ空気を読んで、
自分がそれに流されているだけだったら、
「空気を読む」意味がない。

そのままの空気で決定されてもいいのか、
それとも、空気を変える試みが必要か、

流されていい空気か、
流されてはいけない空気か、

自分と空気が同化しすぎないように、
だけは注意したい。

【参考】
日本はなぜ敗れるのか(山本七平)

2004年2月 9日

時々、自分が何をしたいのか見つけるために、…

時々、自分が何をしたいのか
見つけるために、ともかく前進し、
何かやってみるしかない時がある。

すると、行動をはじめた瞬間に、
自分の気持ちがハッキリわかるもの。

(ヒュー・プレイザー)

自分の気持ちって、
けっこう分かっていない。

失いそうになる時、
あるいは失ってから、

別れてしまいそうな時、
あるいは別れてから、

やっと気づいたりする。

夢も目標も憧れも、
はじめは、その思いの強さに関係なく、
同じ心のなかにあったりするから、
なかなか区別がつかない。

「旅行に行きたい」
「お金が欲しい」
「あの仕事がしたい」
と口では言っても、そんな裏には、
「逃げたい」
「愛されたい」
「自由が欲しい」
なんていう本当の気持ちがあったりする。

そういう自分を、
最初から分かることが出来るなら、
時間も苦労も少ないだろうけど、

とにかく始めてみなければ、
白黒ハッキリしないことの方が
多いだろう。
人間のおもしろさ、
複雑さとでも言おうか…

毎日、夢の一つに手をつけてみよう。
それっきりで終わるものなら、
その程度のもの。

失敗しても、何を言われても、
心から離れないようなら、
ホンモノになるかも。

いずれにしろ、今日スタートしてみよう。

【参考】
「情」の管理・「知」の管理(童門冬二)

2003年11月20日

人には、心に溜めつづけた秘密を…

人には、
心に溜めつづけた秘密を
洩らしたくなる場所と時とがある。

(深い河、遠藤周作)

ずっと奥にしまいこんでいた秘密。
それだけのものだから、
それが出てくるということは、
かなりのことだと思います。

秘密は、すぐに洩らされれば、
その重みがないけど、
長い時間が経ったものは、
どこかしら神秘的にも感じます。

そして、秘密があるのは、
大切なことだと思います。
それは、何か悪いことをした、
というような秘密じゃあないです。

もっとそれ以前にあったことで、
今の自分が考えること、
行うことの背景に何があるか、
というようなことです。

時には、そのような秘密が、
何かのトラウマ、心の問題となって、
カウンセリングを要するケースも
あることでしょう。

そう考えると、
思わずそれが洩れてしまう雰囲気を
つくれる友達やカウンセラーさんは、
すごいなと感心してしまいます。

おしゃべり人間の
秘密とも何ともつかない話を、
長時間忍耐して聞ける人間も
すごいですがね…

ただ、秘密の扱いは要注意、
とプロカウンセラーの方は
おっしゃいます。

要は、単なる興味半分で、
秘密を聞き出したり、
洩らさせたりするな、
ということです。

理由は、その秘密というものが、
その人にとって奥底の部分、
神聖な部分ですから、
それを洩らし、共有した相手に、
特別な感情を求める人間もいるからです。
(恋愛感情だったり、束縛意識だったり…)

それを見極めたうえで、
他人の秘密と付き合いましょう。

【参考】
「情」の管理・「知」の管理(童門冬二)

2003年11月14日

幸いにも、私たちの友人は私たちを…

幸いにも、
私たちの友人は私たちを知っている。

不幸にも、
私たちは私たちの友人を知っている。

(英語)
In prosperity our friends know us;
in adversity we know our friends.

(ジョン・カートン・コリンズ)

何を知っているか、
知らないかによって、
心の幸福感が違うなら、
知らない方がいいことは、
そのままでいい。

私たちは、
他人がどんなレベルの生活をしているか、
に興味をもつことがある。

それによって、
惨めさを感じたり、
優越感を感じたり…

でも、それはそれだけに過ぎない。

知るべきことは、他にあるかもしれない。
知っているだけでは、得にならない。

知っていることが恐れになるなら、
それはもったいない。
知っていることが勇気になるなら、
それはもっと膨らむ。

ふくらんでふくらんで、
次が生まれるのが、
「知る」ことだと思う。

知るべきことを、
楽しく探そう。

【参考】
「情」の管理・「知」の管理(童門冬二)

2003年10月 6日

未来は、それに備える人々のものである。

未来は、それに備える人々のものである。

(英語)
The future belongs to
those who prepare for it.

(ラルフ・ウォルド・エマソン)

未来って、
つかみどころのないものじゃあ
ないんだよね。

ただなんとなく、
私たちに近づいてくる
もんでもない。

自分の未来について言えば、
自分の思いの集大成であったりする。

ま、すべて思いだけで
解決できない、いろんなつながりも
あるだろうけど…

全世界的な未来について言えば、
志を持っている人の集大成であったり…

やっぱり、そんなものを土台にして、
進むべき未来が少しずつハッキリしてくる。

今この瞬間から、
10分後、20分後も未来であるように、
そして、それが、
自分たちの意志の範囲にあるように、

ずっと先の未来も、
それに似たようなもんでしょ、やっぱり。

未来は、心配するもんでも、
恐れるもんでもないんだよ。

今の自分を、
どう生かしていくか、
それを考えた先に
未来が来るだけなんだから。

やっぱ、
「Think globaly,act localy.」
(広い視野で考え、
 身近なところから行動する)

じゃあないですか?

【参考】
「情」の管理・「知」の管理(童門冬二)

2003年9月21日

私たちみんなが、才能を等しく持ってはいない。しかし…

私たちみんなが、
才能を等しく持ってはいない。

しかし、
自分の才能を伸ばしていく機会は
等しく持てることでしょう。

(英語)
All of us do not have equal talent,
but all of us should have
an equal opportunity to develop our talents.

(ジョン・F・ケネディ)

なんか、これを読むと、
この言葉の意味とは裏腹に、
こういう言葉を言えるような人は、
もう現れないんじゃないか、
なんて思っちゃいます。

言い過ぎかもしれませんが、
この言葉に、生きて成長するための
いろんなことが含まれているようで…

持っているものでも、
それを変えるスピードでも、
それが増える量でもない。

ただ、ただ、
持っているものを
さらに増やすことが出来るはず、
という点で、私たちは平等。

それが選べるという自分。

その平等にさえ気づけば、
せっかくあるものを
あきらめる必要もない。

まだまだあるのに、
心惑わされて、
途中下車する必要もない。

えらく、ものすごいチャンスを
手にしているような気分になります。

【参考】
「情」の管理・「知」の管理(童門冬二)

2003年9月13日

食べ物の困っている人に魚をあげなさい、そうすれば、…

食べ物の困っている人に魚をあげなさい。
そうすれば、その人の一日を
援助したことになる。

でも、もし、その人に
魚釣りを教えたのなら、
その人の一生涯に投資したことになる。

(英語)
Give a man a fish
and you feed him for a day.
Teach a man to fish
and you feed him for a lifetime.

(中国のことわざ)

ちょっと日本語訳に、
背びれ尾ひれをつけた感じですが、
「feed」は、投資という言葉が
ふさわしいように感じるんです。

それこそ、自分の子供には、
こんな感覚でふれあいたいと
思っています。

魚は、手元にありさえすれば、
すぐあげられます。
で、その方が簡単な場合も多い。

だって、それだけで、
「はい、さようなら。お幸せに…」
という対応も選べるんですから。
でも、明日も同じ問題が生じてくる。

それに比べ、
魚釣りを教えるのは、時間がかかる。
道具を揃えることから、場所選び、
いろんなことを含めると、
その場しのぎ目的じゃあ、
教える根気など出てこない。

やはり、育てたい思い、
自分の時間をそれに投資するだけの
気持ちがないと、出来ることじゃない。

また、急いで済ませることでもない。
もし、知っていることが多いなら、
相手の理解力、能力にあわせて、
ゆっくりと進めていくことも必要。

こんな話を聞いたことがあります。

ジョーンズさんという方が、
子供と一緒に、牛の世話をしていました。
子供の手際はあまり良くなく、
牛もかなり不快そうでした。

それを見ていた近所のおじさんが、
「ジョーンズさん、それじゃあ、
 立派な牛にはならないよ。」と一言。

ジョーンズさんは、ニコニコしながら、
答えたそうです。
「スミスさん、お分かりに
 なっていないようですね。
 私が育てているのは、
 牛じゃあないんですよ。」

なるほど、人を育てる時は、
何かを犠牲にすることにもなるんですね。
出来れば、その犠牲は最低限に
抑えたいところですが、

人に投資していくと決めたからには、
まあ、忙しい世の中とは言え、
ゆっくりと着実に育てていきましょう。

こんな言葉もあります。

「教育を受けた者だけが、自由になれる。」
 Only the educated are free.
 (エピクテトス)

私も、自戒です。

【参考】
「情」の管理・「知」の管理(童門冬二)

2003年5月30日

ある仕事に3度失敗し、それでもまだあきらめないなら、…

ある仕事に3度失敗し、
それでもまだあきらめないなら、
あなたはその道で
指導者になれる可能性があると
思ってよいでしょう。

10回以上失敗して、
なお努力が続けられたら、
あなたの心には
天才が芽生え始めています。

(思想は現実化する、ナポレオン・ヒル)

逆の発想ですね。

3回も、10回も失敗したら、
ふつう、才能がないとあきらめる。

でも、失敗の数は、問題でない。

失敗しても、心に
残っている決心があるか、

自分の決心以外、
何の保障もないけど、
その勇気を続けられるか、
それだけが問題だと思う。

何ごとも、1回、2回の
「うまくいかない」は、
まだ失敗のうちに入らないよ。

うまくいっているように見える人に
聞いてみたらいい。
何度失敗したか…?