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2008年10月11日

20歳の顔は、自然の贈り物 50歳の顔は、...

20歳の顔は、自然の贈り物
50歳の顔は、あなたの功績
女は40を過ぎてはじめておもしろくなる

かけがえのない人間となるためには、
いつも他とは違っていなければならない

(WOMAN、ココ・シャネル)

日本最初のろう主演女優、
忍足亜希子さんのブログで
見つけた言葉です。

うちの奥さん40歳なんで、
応援する言葉としてピッタリだな、
って思ったんですけど、

これ、男にも言えるんじゃないかな。

20歳の時には、
どんな顔してたかな?

浮かれたような、
恋に溺れたような、
夢はあるけどフラフラしたような、
自分の能力に悩んでるような、
家族に悩まされているような...

いろんな感情が思い浮かぶので、
きっと、あいまいな顔だったかも。

私も来年には40歳になる。

それからさらに10年後の
50歳になったとき、
どんな顔になっているか。

もちろん、
20歳から30歳、30歳から40歳も、
大切な勝負だと思います。

どの年代にあっても、
10年で大きく変わる可能性がある。

そして、
その10年を作るのは、
1年であり、1ヶ月であり、
今日という1日1日でもある。

見た目をどう作るかに
とらわれているうちに、
内面から顔にあふれてくる
オーラみたいものが、
くすんでいかないようにしたいもの。

この言葉の先には、こうもあります。

「金を持っている人間と、
 (精神的に)リッチな人間がいる」

精神的にリッチな人、なりたいですね。
面白くなるのは、これからかぁ。

(参考)シャネル―人生を語る (ポール・モラン)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月 5日

自分に(少しは)自信のあること、...

自分に(少しは)自信のあること、
自分に(少しは)自信のあるやり方で
子どもと接する、そのほうが、
子どもも自分自身に対して
自信を持てるようになっていく
のではないでしょうか。

(「天才」の育て方、五嶋節)

トリノ・オリンピックで、
荒川静香選手が金メダルを獲れば、
スケートを習わせる親が増える。

宮里藍選手、ハニカミ王子が
国内外で活躍し始めれば、
ゴルフ場にいっしょに通う親がチラホラ。

芸能界でも、音楽界でも、
活躍する子どもたちが出てくれば、
刺激される親も少なくない。

子どもの未来を思って、
子どもの将来の収入源を思って、
親たちはブームをつくっていく。

そして、それから
数ヶ月、1年と経っていくにつれて、
続けている人は限られてくる。

そのことに対して、
親自身が経験あったかないかに
かかわらず、
そのことに対して、
親自身もちゃんと勉強して
自信をもって助言できたか。

そういうことが大切なんだと思う。

もちろん、
経験のあることなら、
なおさらいいけれど、

親自身の経験したこととか、
親の特技や趣味に対して、
子どもが興味をもつとは限らない。

従順な幼児の頃から、
仕込んでいくのであれば、
話は別だが...

自信をもたせようとするなら、
自分も自信をもてるように
ならなくちゃいけない。

これは、とっても大切なこと。


(参考)「天才」の育て方 (五嶋 節)

2008年7月 4日

私たちが天才に興味を持つのは、...

私たちが天才に興味を持つのは、
自分の中に潜在的に持っているものを
美事に表現してくれた、
はっきり結実させてくれた、
という喜びを見いだすからである。

(天才の世界、湯川秀樹)

北京オリンピックまで、あと35日。
たくさんの天才たちの姿に、
感動させられることでしょう。

ところで、
ものすごい才能のある人であれば、
誰に対してでも、
天才と尊敬できるかと言えば、
そうじゃないんですよね。

相手とは、
ちょっとした距離がないと、
天才とは認めることができない。

心が葛藤するんです。

身近な人である場合には、
嫉妬心が芽生えてしまうことも
ありますから...

嫉妬心のある相手が、
どれだけの成功をつかもうと、
心は喜びません。
ますます苦しくなり、
憎しみが増すばかりの時もあります。

けれども、
ちょっとした距離のある天才に対しては、
素直に、感嘆できるのです。

そんなふうな人になりたいなぁ、
とも思えて、目標にも感じられる。

他人の才能というのは、
微妙なものです。

自分が持っていないものを持っている、
という事実には、
うらやむことも出来れば、
憎しみを持つことも出来る。
はたまた、自分の思いや可能性を重ねて、
心から応援することも出来る。

他人の才能を見て、
自分がどんな気持ちを抱くか。
自分を観察できるチャンスかもしれません。


(参考)天才の世界(湯川秀樹)

2008年5月21日

あなたが今自分自身だと思って...

あなたが
今自分自身だと思っているのは、
自分の一部にすぎません。

(共依存かもしれない、ケイ・マリー・ポーターフィールド)

人は、自分について
良く思う時にも、
悪く思う時にも、

ちょっとしたことで
それが自分のすべてだと
思いたがるところがあります。

その方がカッコイイ場合もあれば、
それが悲劇的で、決定的だから、
そうしたい場合もあります。

テレビを見ていて、
こんな文字が気にかかりました。

「私は中ぐらいを愛するんです。」

広辞苑の最初の編者として知られる
新村出(しんむらいずる)さんの
言葉でした。

この方にとって、
「中ぐらい」がカッコイイから、
自分についてこういう表現を
したんだろうなぁ、って思います。

だって、考えてみてください。
50年ほど前に出版された
広辞苑の第一版には、20万語もの
言葉が収められていたのです。

志、知識、努力の度合いから考えて、
中ぐらいのもんでは
果たせない事業だと感じます。

良いことについても、
悪いことについても、
今の自分が思いついて、
自分について思っていることは、
あくまで一部なのです。

そういうことを知っていれば、
可能性も信じられるでしょうし、
思いつめすぎる必要もないでしょう。

人は、自分を知らない。
世界のこともまだまだ知らない。


(参考)
共依存かもしれない(ケイ・マリー・ポーターフィールド)

2008年4月 6日

幸運をエサにするような人は…

幸運をエサに
するような人は
信じないこと。

幸運は売り物でも、
道具でもないのだから。

(グッドラック、アレックス・ロビラ)

幸運の壺、
幸運の置き物、
幸運の掛け軸、
幸運のネックレス、
幸運のブレスレット、
よくある、よくある。

さらには、
幸運の箸、
幸運の鍋、
幸運の冷蔵庫、
幸運のトイレ、
幸運のウ○コ…

なんでも出てきそうですね。

何もかも霊感商法とは
決めつけかねますが、
幸運という言葉に弱い人は、
気をつけた方がいいでしょうね。

同著には、こんな言葉もあります。

「幸運が訪れないからには、
 訪れないだけの理由がある。
 幸運をつかむためには、
 自ら下ごしらえをする必要がある。」

幸運の訪れない理由が、
あともう少し待てばいいだけ、
という場合もあることでしょう。

ちゃんと頑張っているのなら、
ほかの誰かと比べて、
幸せじゃないと思い込むのだけは、
やめたほうがいいですね。

それで、エサに引っかかって、
人生を損したら、意味がない。


(参考)Good Luck(アレックス・ロビラ)

2007年10月26日

…私を笑いものにする必要があるなら、…

もし、人々が、
自分がいい気分になるために、
私を笑いものにする必要があるなら、
そうすればいいのよ。
私は、そんなこと、かまわないわ。
どんなことがあっても、私は私よ。

(英語)
If they need to make fun of me
to make themselves feel better,
then they should feel better.
Because frankly, I don’t care
if you make fun of me or not.
It’s not going to do anything to me.

(ASAHI WEEKLY、ニッキー・ブロンスキー)

映画「ヘアスプレー」で
注目されている新星女優です。

オチビで丸ぽちゃで存在感がある。
その上、歌唱力、演技力もすごいとの評価。
オーディションで発掘されて、
はまり役となっています。

それまで、
147センチの丸ぽちゃボディーのゆえに、
その体型が、あらゆる言葉で
からかわれてきたとのこと。

他人をネタに笑いものにするのは、
けっこうクセになりますからね。

ちょっと変わってるね、
というような人が近くにいれば、
やっぱりターゲットにされます。

「人には二通りある。
 運命にしたがう人。
 運命に立ち向かう人。」
 (ドラマ「風の果て」)

笑われたり、批判されることを
怖れたり、隠そうとしたり、
否定することに時間をとられたら、
運命の荒波に飲み込まれる。

そんなことを気にせず、
むしろ、それをどう活かせるか、
それに時間を注いだ方がいい。

まして、自分の心に浮かぶ、
恨みとか、憎しみとか、嫉妬とか、
そんな感情に付き合う必要もない。

きっと、道が見つかる。


(参考)ヘアスプレー オフィシャルガイド(DVD)

2007年10月21日

「変わってるね」…

「変わってるね」

「誰と比べて?」

(ドラマ「ストロベリーオンザショートケーキ」)

誰と比べて?

と尋ねられて、

自分と比べてだよ。

と堂々と答えられる人は、
よっぽど自分を分かっている人か、
かなりのバカかもしれません。

自分を普通だと思っている人間ほど、
普通でないことが多く、
自分は天才だと思っている人間ほど、
平凡だったりします。

要は、自分について
思っていることは、
そんなに当たっていない。

だから、知らず知らずのうちに、
暗に自分と比べ、誰かに対して、
「変わってるね」
と思ったり、言っていることは、
かなりの偏見なのかも…

でも、自分は偏見を持っている、
と心底思っている人も少なく、
そう言っている私も、
そのうちの一人で、
こんなことを書いていながら、
自分を常識的な人間と思っている。

ただ、
「自分って変わっているなぁ」
っていう感じたときには、
けっこう当たっているように思います。

悲観的に思っているのなら、
話は別ですが、冷静なんですよ。
そう思っている時には…

そして、そういう変わっている自分が
変わっていないと感じられる世界を
探そうとした時に、
さらに自分が分かってきて、
自分の才能が開花することも
あるように思います。

他人に「変わってるね」
なんて言っている暇があったら、
自分の「変わってる」ところを
見つめ直した方がいいですよ。
絶対に、お得です。


(参考)ストロベリー・オンザ・ショートケーキ (野島 伸司)

2007年9月25日

バカなことは、小さいとだめなんです。…

バカなことは、
小さいとだめなんです。
バカは大きく
なければいけない。

(ほぼ日、みうらじゅん じゅんの恩返し)

世の中には、「ずるい」
っていう言葉がある。

ホントにバカな人間は、
ずるいことが出来ない。

だから、
ずるいことが出来る人間は、
小さなバカと言える。

そして、
そういう人間は、
大きなことが出来ない。

目の前の小さな利益のために、
ずるいことを重ねるばかりで、
どんどん時間が過ぎていくから。
それに、結局のところ、
ずるい才能はあっても、
あっと驚く大きなバカをする才能も
ないわけです。

けれど、大きなバカであれば、
誰でも大きなことをして
成功するわけでもない。

たくさんの人々に、
とてつもない迷惑をかけて、
この世を去っていく人もいれば、

とてつもないことをして、
人々に変化をもたらす人もいる。

本当のバカになるのは
かなり難しいおは思いますが、

大きなことをしたい時には、
そんな人を少しは見習い、
ずるさをなくして、
バカをしなくちゃいけない。

まだまだ、私は、
ずるさがありますね、どこかに…


(参考)色即ぜねれいしょん (みうら じゅん)

2007年9月15日

時おり僕は間違える。…

時おり僕は間違える。
思い込む。
反省しない。
妥協する。
その場の雰囲気に飲まれる。

でも絶対に、
大筋においては間違えていない。

(森達也)

自分の欠点を
ちゃんと分かっていながら、
自分をふり返った時に、
「でも、最悪でない」
と言えることって
大切だと思った。

もちろん、それも
思い込みかもしれない、
って分かっていればいい。

分かっていれば、
自分が間違う可能性に、
自由度を感じていられる。

分かっていなければ、
自分は正しいんだと、
追いつめなければいけない。

間違っているのに、
自由を感じられて、
正しいのに、
追いつめられる。

なんか逆な気もするけれど、
実際に、そうなんですよねぇ。

私は間違えてない。
思い込みなんてしない。
ちゃんと反省している。
妥協もしてない。
雰囲気にも飲まれてない。

そういう振りをすればするほど、
自分の真実から離れてしまって、
それを演じるために、
自分をますます追い込むことになる。

追い込まれて、大きな間違いをし、
隠さなければいけないよりだったら、
日々の小さな間違いを認めて、
隠すことのない方が気楽ですよ。


(参考)王様は裸だと言った子供はその後どうなったか (森 達也)

2007年7月12日

自分にとって正しいことを…

自分にとって正しいことを
している場合、一度だけなら、
そのことを話してもかまわない。

それ以上は、話すのを断りなさい。

(トビー・ライス・ドリュース)

私たちは、
自分の言葉に
縛られてしまう。

私に、いい例があります。
今年の3月末に、
がんばろうと決意して
始めた「正しいこと」を

不本意ながら、6月に
やめることにしました。

理由は、
予期しない問題が
起きたことです。

3月、4月の私は、
調子に乗って、
その「正しいこと」を
機嫌よく、関係する人々に
しゃべっていました。

たしかに、
悪くないことだったと
思います。

けれど、
考えが甘かったことに
気づいたのです。

そこで選択は、
二つに分かれます。

いったんは宣言した自分の
プライドを守るために、
正しくないのにそれを続けるか、

自分のプライドを捨て、
甘かった自分の非を認めて、
それをやめることを詫びるか。

他人に責任転嫁したい気持ちが
まったくないと言えば
ウソになりますが、
私は後者を選ぶことにしました。

状況が変われば、
自分が思う「正しいこと」も
変わる可能性がある。

得意気に話すのは、
ほどほどにした方がいい。
そういうことなのでしょう。

勉強になりました。


(参考)鏡の法則 +幸せを引き寄せる18のメッセージ (野口 嘉則)

2007年5月 3日

この瞬間から、あなたはきれいになれる。…

この瞬間から、
あなたはきれいになれる。
あなたらしさという方法で。

(英語)
You can be beautiful
from this moment,
because you are.

(ASAHI WEEKLY、アグネス・チャン)

10kgやせないと、
私はきれいになれない。

二重まぶたにしないと、
私はキュートでない。

あの化粧品でないと、
私は美しくならない。

ヘアスタイル、洋服、
アクセサリー、バック等々。

きれいになる、
美しくなる手段・方法は、
いろいろあります。

だからこそ、
迷いもすれば、
試してみて失敗もあります。

失敗したときには、
誰とも会いたくありません。
外出する気持ちも失せるでしょう。

女性は、エライなぁ、
って思います。

数ある「きれいになる」方法の中から
自分に似合う方法を
多くの人が見つけられるんですから。

けれど、男性の私から見ても、
隠そうとして、
かえって誇張されている場合も
少なくないなぁと思わされます。

個性でも、才能でも、
美の追究でも、
「らしさ」っていうのは、
一番難しいもので、

それにも、正解が
いろいろあるように思います。

おそらく、男性でも、女性でも、
「らしさ」に1歩近づくのが
今日の宿題なのだと思います。

私も、がんばろう。


(参考)アグネス流エイジング 薬膳デトックス(アグネス・チャン)

2007年3月26日

変われる強さ、変わらぬ想い。

変われる強さ、
変わらぬ想い。

(ゲーム「テイルズ・オブ・エターニア」)

結果だけを見て、
変わったことが、
変わらなかったことが、
良かった、悪かった、
と言われるのはたまらない。

変えた方に勇気があって、
変わらない方に勇気がなかったら、
変えたことを褒めるようにしたい。

けれど、実際は、
変わらないことにも
勇気が必要だったりする。

だから、結果だけでは、
分かりっこないこともある。

結果だけを見られるようになると、
人によっては、本当の強さとか、
変わらぬ想いよりも、
その場しのぎの小手先に
頼りだしたりもする。

心に通じる思いの強さよりも、
瞬間的に心を惹きつける小細工に
精を出すようにもなる。

もちろん、
ちょっとした努力を
無視することはできない。

そのまま変わらずに、
守りたいものがあればあるほど、
自分が変わらなければ
いけない時もあるだろうし、

何かを変えるために、
長い間の努力を支える力には、
変わらぬ想いもあるはず。

それを支えるのは、
やっぱり勇気…

勇気が欲しいと思います。


(参考)ゲーム「テイルズ・オブ・エターニア」

2007年2月14日

時は金なりだって?そんなことを、…

時は金なりだって?
そんなことを、時は認めたかね?

そりゃ、きっと
金のたくらんだ考えじゃよ。

(ほぼ日「セフティ・マッチの銀言集」)

価値っていうのは、
人それぞれ違うのが
当たり前で、

何かが大切だ、
と伝えるときには、
相手の価値観が分かっていれば、
それに合わせて伝えた方が
伝わりやすい。

「私にとって大切だから、
 あなたにも大切だ。」

なんていう言い方では、
誰にも伝わらない。

そういうわけで、
物々交換でない世界においては、
大切にされている「お金」に、
時の価値を重ねれば
たしかに分かりやすくなる。

だとすれば、
物々交換の世界で
時の価値を伝えるには、
どうしたらいいんでしょう?

そもそも、時の価値を
考える必要すらないかも?

「時はバナナなり」
なんて言わない気もするしね。

バナナは、
そんな名言を
たくらまないはず。

時=金、
とだけとらえるのは、
偏っているかもね。

「時はバナナかも」
こんな感じの名言がいいな。


(参考)名言セラピー++(ひすいこたろう)

2007年1月14日

人は、運について…

人は、運について
考えるのが大好きです。
そういえば、ぼくも
運のことを考えるのが好きです。

しかし、よくよく
考えたからといって、
運がよくなるという
ものでもないようです。

(ほぼ日、糸井重里)

テストの答えとか、
パズルじゃないんだから、
運について、とことん
考えてもしょがない。

おそらく出てくるのは、
今度は、その占いをしよう、
次は、あの占いをしよう、
やっぱり、この占いだ、
みたいなことになる。

「運」は流れてる。

そして、その流れには、
知らないうちに乗っていたりするし、
一度乗れたから、
もう分かったと思ったときには、
見えなくなっていたりする。

運を自分でコントロールできる、
なんて思わない方がいいかもしれない。

運は、傲慢が嫌う。

運のために、
自分をコントロールは出来ても、
自分のために、
運をコントロールは
出来ないじゃないかなぁ…

ある意味、
謙虚でありながら、
大胆な人だけが
運に乗れると思います。

(参考)やわらかな心をもつ―ぼくたちふたりの運・鈍・根 新潮文庫(小澤征爾、広中平祐)

2006年10月29日

ねだるな、勝ち取れ。…

ねだるな、勝ち取れ。
さすれば与えられん。

(交響詩篇エウレカセブン、片岡人生)

ねだって、
手に入れたものには、
だいたい、しがらみも
もれなく付いてくる。

勝ち取ったものには、
そういうしがらみは、
ないのが普通。

いずれにしろ、
うらやましがられるけれど、
手に入れたはいいものの、
しがらみまで付いてくるのは、
私だったら、イヤだなぁ…

「私のおかげで、
 あなたのものになったのよ。」
みたいなことを、
ずっと言われ続けるなんてねぇ。

けれど、世の中には、
公平な戦いをして、本当に
勝ち取らせてもらえるものなんて、
そんなに多くはない。

だから、人間は頭が良くなると、
談合なの、コネなの、賄賂なの、
と色んなものを使うようになる。

裏では、そういうものを使っても、
表面では「勝ち取った」ことに
見せられる時もあるから。

ただ、結果的に、
それがずっと続くかは、
分からないけどね…

毎日のニュースを見ていれば、
そんな現実が見えてきます。

本当に勝ち取るためには、
そういう場所を探さなければいけない。
そうでない場所では、
いくら勝っても、報われないのだ。
勝てば勝つほど、苦しめられるだけ。

勝ち取るのも大切だけれど、
どこで勝つかも大切だ。
そう思います。


(参考)交響詩篇エウレカセブン(片岡人生)

2006年10月24日

悪意は、平凡の別名にすぎない。

悪意は、平凡の別名にすぎない。

(英語)
Malice is only another name
for mediocrity.

(パトリック・カヴァナー)

毎日のように報道される
悲惨なニュースを耳にして、
「なんて、ひどい人がいるもんだ」
なんて言ってはいるが、
そういう事件に結びつく感情は、
いたるところにあったりする。

普通の、ありふれた感情が、
行き過ぎて、そんな事態を生む。

悪意の「種」は、
そんじょそこらにある。

それにとらえられてしまうか、
そこを通り過ぎてしまうか。
それだけの違い…
けれど、それが大きな違い。

聖書には、
イエス・キリストの一行が、
マルタとマリヤの姉妹の家を
訪れるシーンがある。

マリヤは、
キリストの足元にすわって、
一心に彼の言葉を聞いていた。
一方、マルタは、
接待のことで忙しく働いて、
心をとり乱して、彼に言った。
「妹に、手伝うように言ってください」

彼は言った。
「マルタよ、マルタよ、
 あなたは多くのことに心を配って
 思いわずらっている。しかし、
 無くてならぬものは多くはない。
 いや、一つだけである。
 マリヤはその良い方を選んだのだ。
 そしてそれは彼女から取り去っては
 ならないものである。」

一見すると、
話を聞いていたマリヤが善で、
接待していたマルタが悪みたい
なふうにとられがちですが、
ちょっと違うと思います。

マリヤは、イエスの話を
余すところなく聞きたい、
と思っていました。

一方、マルタは、
イエスを丁重に接待したい、
と思っていました。

この時点では、
どちらも良い思いだと思います。
しかし、しばらくして、
マルタは
「自分だけが頑張っている。
 妹が何も手伝ってくれない。」
という姿が見えて来ちゃいました。

自分自身が心から喜んで、
接待することを選んだわけですから、
人が何をしようと、目もくれずに、
楽しく接待をしていれば、
マルタは平安な思いで、
時間を過ごせたことでしょう。

しかし、
チラっと他と自分を
比較してしまったのです。
その上、自分が
良いと思っていることを
押しつけたい気持ちにもなった。

善意も度を過ぎれば、
悪意に変わることがあります。

だから、善意でも何でもない
平凡な思いは、何かの拍子で
コロっと引き込まれたりもする。

平凡な中にこそ、
真実が見えてくる、
ということでしょうね。


(参考)自分の小さな「箱」から脱出する方法(アービンガー・インスティチュート)

2006年10月19日

…わかる、と、わからない、の境界に達する…

ものをわかるというのは
「わかる、と、わからない、
 の境界に達する」
ということ。そこまで行くと
「わかるとは何なのか」
がわかるわけです。

(ほぼ日、松井孝典)

分かる・分からないの境界も
面白いですが、
正常・異常の境界は、
もっと面白いです。

結局のところ、
紙一重なのです。

私はとても正常です、
と言っている人が、
別の人から見れば、
とてつもない異常に
見えたりするわけで、

そう見ている人も、また、
異常に思われていることも
少なくないでしょう。

境界とは、そもそも、
微妙なのです。

だから、土地の境界線や
国や海の境界線をめぐって、
争いも起こったりする。

ただ、分かる・分からないは、
自分の内だけの問題なので、
自分で線引きをすればいい。

その線引きをしたところを、
他人に対しては見栄を張って
ごまかしたりするから、
後で自分が恥をかくのです。

見栄を張ったところまで、
さらに頑張れる人なら
問題はないんですけどね。

そして、その先は、
「まだ分からない」と
言えればいい。そうなれば、
「分かってる人」だと
なるわけです。

境界まで行ってみましょう。


(参考)宇宙で地球はたった一つの存在か(松井孝典)

2006年9月22日

…だったら、がっかりさせちゃいけない人を…

「何を選んでも、何をしても、
 誰かをがっかりさせることに
 なってしまうんだ。」

「だったら、
 がっかりさせちゃいけない人を
 がっかりさせないことね。」

(英語)
It’s just every choice I make,
everything I do, I disappoint somebody.

So maybe make sure you don’t keep
disappointing the wrong people.

(映画「もしも昨日が選べたら」)

仕事人間の夫と、
子供とのキャンプの約束を
守るよう話す妻。
映画やドラマ、CMにさえも、
よくあるシーンに思えます。

「がっかりさせたくないんだ!」

たしかに、いい言葉です。
思いやり、責任感さえも感じます。

しかし、その言葉を盾に、
本当はがっかりさせちゃいけない人を、
がっかりさせていたら、
自分が不幸になると言わざるを得ない。

もちろん、
がっかりさせることが
何もないなんてことはないでしょう。
何回までOKという回数制限もない…

だから、
本当のところの問題は、
心がどこを向いているか、
それにそって、
行動する勇気と断る勇気の
どちらも持っているか。

これに限ると思います。
残念ながら、体は1つ、
1日は24時間ですから…

「わたしたちは、あらゆる場所の
 あらゆる人のために、
 あらゆることをすることはできませんが、
 どこかにいるだれかのために、
 何かをすることはできます。」
 (英語)
 We can’t do everything
 for everyone everywhere,
 but we can do something
 for someone somewhere.
 (リチャード・L・エバンズ)


(参考)あなたに成功をもたらす人生の選択(オグ・マンディーノ)

2006年7月 3日

われわれは、批評せずには生きていられないが、…

われわれは、
批評せずには
生きていられないが、

そういう自分の批評を
批評せずには、
生きていられる。

(英語)
We cannot live without valuing:
but we can live without
valuing what you value.

(ニーチェ)

「今の男の人は、何点?」

「ん〜、85点くらい。
 けっこう、おしい線だけど、
 ちょっと残念なのよねぇ…」

こんな会話は、楽しい。
批評する立場は、
あれこれ言うだけで気楽だから、
ネタさえあれば、延々と出来る。

しかし、一転して、
批評される立場になると、
急に逃げ出したくなる。

採点、格付け、品定め、
査定、人事考課、投票などなど、
生きていれば、
そういう場面は少なくない。

そんなはずはない、
その見方はおかしい、
そういうつもりじゃない。
なんて言葉は通用しない。

自分の批評が、
独りよがりであるように、
他人からの批評も、
同じもんなのだ。

他人から点数をつけられてばかりじゃ、
生きるのは、息苦しい。でも、
そういう世界で生きなくちゃいけない。

そのストレスから解放されるためには、
すべての批評を気にしないか、
批評が及ばない「高いレベル」を目指すか、
自分の「新しい世界」をつくるしかない。

誰の目も、外向きに付いているから、
しょうがないことなのかもしれませんが…


(参考)世間の目(佐藤直樹)

2006年5月27日

知識に埋もれて、知恵が見つからず、…

知識に埋もれて、
知恵が見つからず、
情報に埋もれて、
知識が見当たらない。

(英語)
Where is the wisdom
we have lost in knowledge?
Where is the knowledge
we have lost in information?

(T・S・エリオット)

一番の原因は、
広告が氾濫していることでしょうね。

たとえば、メールで言えば、
今なお、私に送られるゴミメールは、
毎日のように増えています。

その中から、
ホンモノのメールを探すのは、
けっこう至難の業。

フィルターソフトも
使っているのですが、
最近は、それを通り抜けたり、
フィルタ機能を停止させたりする
やっかいなものも出てきているし。

もう、それこそ、
イヤになっちゃいます。

このメルマガの読者の方々の中にも、
メルマガでなく、RSSを読むようにしている
人々も多くなっているはずです。
ちなみに、当サイトからも発信しています。
(RSSを知らない方は、聞き流しOKです。)

情報化社会では、
みんなが自分のことをアピールするために、
いろんな情報を発信できる。

しかし、それは、
受け手に身を置くことになれば、
多くの情報や知識に埋もれることにもなる。
情報や知識が増えたからと言って、
1日が24時間以上になるわけでもないし、
寿命が延びるわけでもない。

今までと同じ時間枠の中で、
増えすぎたそれらを、
うまく扱っていく方法を身につけて
いかなくちゃならないわけです。

いっそのこと、
すべての情報や知識を
拒んではどうだろうか、
なんて考える人もいることでしょう。
「北の国から」みたいな感じ…

しかし、実際は、
完璧な自給自足が出来ない限り、
情報からは遠ざかれないわけで。

情報と人生に板挟みの私たちは、
ジレンマに陥るわけです。

T・S・エリオットは、
こうも書いているんです。

「生きることに埋もれて、
 人生を見失っている。」
(Where is the Life we have lost in living?)

偽りの愛に埋もれて、
真実が見えなくなってしまうのも、
ある意味、似ているのかな?


(参考)キャッツ—ポッサムおじさんの猫とつき合う法 (T.S. エリオット)

2006年1月23日

嫉妬レースに、…

嫉妬レースに、
時間のムダ遣いするな。
たしかに、
時々はトップになれる、
でも時々はビリになる。

レースは長いし、
ゴールをしても、
あなたしかいないのよ。

(英語)
Don’t waste your time on jealousy.
Sometimes you’re ahead,
sometimes you’re behind.
The race is long and,
in the end,it’s only with yourself.

(マリー・シュミヒ)

嫉妬レースでは、
ゴールのテープを
切ったとしても、
自分しかいない。

誰も祝ってくれない、
誰もそこで待っていない、
誰に勝ったわけでもない。

嫉妬というのは、
結局、そんなもの。

もしかしたら、
嫉妬を抱いている相手は、
それほど価値のある存在
でないかもしれない。

表面だけを見て、
うらやましがっているだけで
真実が分かれば、本当は、
自分よりも惨めかもしれない。

嫉妬はムダ。
うらやむのもムダ。

早いうちに、
その嫉妬レースは
あきらめた方がいい。

その代わりに、
がんばりたくなるレースを
見つけたらいいんですよ。


(参考)人生の最期に笑う人 泣く人(佐藤康行)

2005年11月 3日

失敗のない人間は面白くない。

失敗のない人間は面白くない。

(小泉純一郎)

昨日、最年少議員の
杉村大蔵さんのために、
口にした言葉です。

なんか、そう言われると、
勇気が出てきますね。

ただ、何度忠告されても、
同じ失敗をくり返す、
学べない人間というのも、
面白くないのが事実。

先日は、こんな言葉の
投稿がありました。

「完璧主義の人は、
 どれだけ完全を目指しても、
 永久に到達できやしない。
 『不完全な自分を受け入れられない』
 という決定的な『不完全さ』を
 抱えているからである。」
 (引用元不明)

これを読むと、
完璧主義の人のなかには、
面白くなくなっていく人間が
いる理由が分かる気がします。

自分の不完全さを受け入れず、
それを隠そうとするあまり、
ウソをついたり、無理をしたり、
自分でない自分を見せることだけに
心が向いてしまうからでしょう。

事実として、
自分でない自分を見せていて、
本人が幸せなはずがない。
それを見ている人々の方も、
なかなか共感できないでしょう。

それよりだったら、
失敗を見せる人間の方に、
人々は共感してしまう。

本当の完璧主義とは、
完璧な振りをすることでも、
他人に完璧な理想を
押しつけることでもなくて、

失敗を見せながらも、
目指している完璧に向けて、
自分の努力をあきらめないこと
なんだろうと思います。

【参考】
人は見た目が9割(竹内一郎)

2005年11月 2日

幸せになるのに、…

幸せになるのに、
今この瞬間より
もっといい時はない。

だから、人生はいつも、
チャレンジに満ちていく。

(英語)
There’s no better time
to be happy than right now...
Your life will always
be filled with challenges.

(リチャード・カールソン)

今、私たちにとって
最大のチャレンジは、
情報のとらえ方だと思う。

生活にゆとりが出てきて、
もっと幸せになろうと、
いろんな情報を求めている私たち。

朝から晩まで、
新聞、テレビ、インターネットと、
幸せの情報を探している。

時に、その情報で、
幸せな気分を感じたり、
不幸な気分を感じたり、
心配が大きくなったり、
安心したり…

私たちの心は忙しい。
しかし、だいたいの情報が、
直接は影響のないことだったりする。

ちょっとした情報で、
「幸せ感」が変わってくる。
今この瞬間と次の瞬間で、
心は動かされてしまう。

たとえば、一つの不安が、
さらなる情報を求める。
そして、それが手に入れば、
さらに不安が強まったり、
安心をしたりする。

けれど、また、しばらくすれば、
別の情報に、心が動かされる。

動かされない何かを、
心に持っていなければ、
きっと、情報のチャレンジには、
耐えられない。

情報って、扱いにくいものですね。

【参考】
ふたりだけのうた(きづきあきら)

2005年10月 1日

たとえ、あなたが正しい道にいるとしても、…

たとえ、あなたが
正しい道にいるとしても、
そこに座りこんでいては、
ひかれてしまうでしょう。

(英語)
Even if you’re on the right track,
you’ll get run over
if you just sit there.

(ウィル・ロジャース)

自分だけの道じゃない。
別の人も通れば、
時代の波も通りすぎる。

安心していると、
ひかれてしまう。

人生でひとときの安心を得るのは、
多分、ゆるされていると思う。

でも、ずっと安心する保証までは、
この人生にはない。

国が保証する、と言っても、
座り込めるほどのものじゃない。
保険会社であろうが、
お金であろうが、同じことだろう。

自分が何かを試している、
という状態にある時だけ、
安心していいかもしれない。

必ずしも、それが成功するとは
限らないとしても…だ。

試している、チャレンジしている、
それをあきらめていない限り、
ひかれることはないはず。

自分が毎日している仕事、
子供たちに教えていること、
やはり、不安がないと言えば、
ウソになります。

大丈夫だろうか、
と思いながらも、
安心して座り込んでいない限り、
なんとなかなるだろう、
と思っている自分がいます。

これからも、そんな調子で
生きていくことでしょうね。

【参考】
ザ・プロフェッショナル(大前研一)

2005年9月 7日

事実は「目に見える」が、本質は「目に見えない」。

事実は「目に見える」が、
本質は「目に見えない」。

(戦略の本質、野中郁次郎)

私たちは、
「目に見える」ものに
だまされやすい。

しかし、
「目に見えない」ものにも
だまされやすい。それは、
「目に見える」偽りのものを
証拠に見せられて、
目も心も惑わされるから。

自分と長い間付き合っていれば、
自分がどんな「目に見える」ものに
弱いかが、よく分かります。

食であったり、金であったり、
性であったり、美であったり、
地位であったり、モノであったり…

そして、他人と付き合っていても、
その弱いところが分かってきます。
だから、その弱さを利用しようとすれば、
詐欺師の真似もできるでしょう。

本質は、心の弱さです。
私たち一人一人が、ふつうは、
一生懸命に隠したいそれです。

隠したいと思っているから、
「目に見える」ものにだまされます。
もし、隠したいと思わなければ、
だまされることも少ないでしょう。

でも、それは、実際問題、
むずかしいことです。

まずは、自分が、
自分の中にある「目に見えない」ものに
だまされないようにしましょう。

【参考】
戦略の本質(野中郁次郎、ほか)

2005年7月26日

…その人自身が、成功者であることに気づいていないからだ。

人は誰でも成功者として
生まれついている。

それでも成功できない人がいるのは
その人自身が、成功者であることに
気づいていないからだ。

(犬飼ターボ)

今の時代は、
「成功」や「幸せ」という言葉でさえ、
商業主義の波にうもれてしまい、
嫌われるイメージも
出てきたように思います。

犬飼さんの言葉が勘違いされないように、
もう1つ彼の言葉を紹介します。

「すごいね」と羨ましがられる
 ための成功ではない。
「幸せだと思いなさい」と言われて
 感じられる幸せではない。

つまり、自分らしい成功を
見失わないことだと思います。

自分の本心で感じられる、
成功であって、幸せでなければ
いけないのです。

おそらく、
それが見つかるまでは、
他人の成功や幸せが、
目安になることでしょう。

でも、それはあくまで
目安であって、
あなたが求めるものでは
ないかもしれません。

なぜなら、
他人を物差しにしてしまうと、
自分は「成功者」でなくなる
からです。

逆に、他人の物差しで
「成功者」に見られたとしても、
本当に、自分が成功者だと
感じられるとは限らないからです。

大切なことは、自分の中には
どんな成功の要素があるか、
ということ。

それを見つけるために、
いろんな経験やコミュニケーションを
求めていくのです。
これから、ずっと、ずっと…

【参考】
チャンス―成功者がくれた運命の鍵(犬飼ターボ)

2005年4月29日

プライドを捨てるのにも、案外、プライドが要るんだよ。

プライドを捨てるのにも、
案外、プライドが要るんだよ。

(ドラマ「プライド」、市川染五郎)

不思議ですね。

自分の何かを守るのが、
プライドなんでしょうけど、
それを捨てると同時に、
別の守るものが出てくる。

新しく守るものの方に、
プライドを賭けるから、
古い方を捨てられる
ということなんでしょう。

頭では、
半分まで分かりそうですが、
もう半分のところでは、
飲み込めないために、

あるいは、
新しいのを見つけられないために、
なかなか捨てられない、
ということもあるように感じます。

自分の心にある、
捨てられない色んなものを
考えてみれば、
プライドだらけかもなぁ、
なんて反省したくもなります。

ん~~、
捨てよう、捨てよう、
捨てちゃおう。

捨てられるもんなら、
捨てちゃおう。

人生、きっと変わってくる…

【参考】
ドラマ「プライド」

2005年2月14日

我夢みる、ゆえに我あり。

我夢みる、ゆえに我あり。

(英語)
I dream, therefore I exist.

(J・オーガスト・ストリンバーグ)

「我思う、ゆえに我あり」を
真似たやつですね。

思ったり、考えたりしなくても、
生きていける人がいるように、
(まったくの無思考という意味でなく…)
やっぱり、
夢なんか持っていなくても、
生きていける人もいます。

だからといって、
「考える」や「夢みる」ことの
必要性を否定するわけでもなく…

叶おうが叶うまいが、
夢を持ち続けていることを
エネルギーにして
頑張っている人に対しては、
そのこと自体を大切にしてあげる。

そんな時期が、
自分にも、他人にも、
子供にも、大人にも、
必要な気がします。

ふり返ってみれば、
自分が同じような夢を
抱いていないからという理由で、

「そんなの無理ですよ。
 そんな夢を抱き続けて
 自分が苦しむよりも、
 そんな自分なんだ、
 そんな世の中なんだ、
 って理解した方が楽ですよ。」

なんて助言した時もあったな、
と思い出されます。

たしかに、
夢の内容にもよるでしょうが、
「誰かに幸せにしてもらいたい」
というようなのは問題外だけど、

「自分で頑張って進むんだ」
という心意気のある夢なら、
持たせ続けてあげたいですね。

本当に、その本人が
次のものを見つけて、
再スタートできるまでは。

夢はエネルギーか、エンジンか。
考えちゃいます。

【参考】
段取り力(齋藤孝)

2004年12月19日

自分が小さいって知らないやつは、…

自分が小さいって
知らないやつは、

想像もしないくらい
デカイことをするもんさ。

(映画「シービスケット」)

自分は小さいって
思い込み、
力にも限界を
つくってしまったら、
何も始まらない。

そういえば、イチローも
言っていたな。

「こちらに来て強く思ったのは、
 体が大きいことに、
 そんなに意味はない。
 …
 大きさや強さに対する
 あこがれが大きすぎて、
 自分自身の可能性を
 つぶさないで欲しい。」
 (イチロー)

小さいって、いいことなのかも。
そんなふうに思えてきた。

小さいこと、
まだ成功していないこと、
まだ認められていないこと、
それが自分の才能に
目覚めるチャンス。

誰にも知られていないから、
それを待っている瞬間が、
人が一番輝ける時…

そう思って、
元気になっていこう。

【参考】
映画「シービスケット」

2004年11月21日

みんながブランドになる可能性をもっているのよ。…

みんながブランドになる
可能性をもっているのよ。

自分がブランドになれば、
ブランドもの(の名前)なんて
邪魔でしょうがない。

(美輪明宏)

自分の生き方が、
ブランドになる。

いいですねぇ~、それって。

でも、そこに行き着くまでに、
いろんな人の生き方(ブランド)が、
目の前にちらついて、
それがいいような気がしてくる。

そして、それを参考にしてみよう、
と思うところまではいいけど、
完璧にそのままを真似てみよう、
と思うようになると、
少しずつズレてくる。

自分の生き方というブランドを
もてるはずなのに、
他人のブランドを着るように
なるから。

自分の持っているものが、
全部マイナス。
他人の持っているものが、
全部プラス。

そんなふうに見えたら、
自分からは何も始められなく
なってしまう。

とりあえず、
これをそろえて、次に、
あれをそろえて…という感じ。

そろえる前に、
自分の中にあるものを
引き出そう。

それが出来ないうちは、
心の貧しさは満たされないだろうから。

【参考】
ああ正負の法則(美輪明宏)

2004年10月30日

人よりたくさん持つこと より増やすこと…

人よりたくさん持つこと
より増やすことをよりどころにして
身動きがとれなくなって
しまう生きかたは、もうやめよう

日々の暮らしをきちんと生き、
いまをたいせつにし
あたりまえを生きる
かろやかに、こころ楽しく、生きていく
そんなことを、もっと考えよう

(辰巳渚)

なんか、この言葉を読んで、
気楽になりました。

たくさん持つこと、
より増やすこと、
そんな生き方は、
もう、子供の社会にも見えます。
自分の子供たちの世代を見て、
そう感じます。

子供は、自分の稼いだお金で、
たくさん持ったり、
増やしたりできるわけじゃあないけど、

なんか、それが出来るんだという
環境ばかりが整っていくと、
それに慣れてしまい、
知らず知らずのうちに、
そういう「消費戦争」に
巻き込まれていくかもしれない。
そんな気がします…

身動きがとれなくなる生き方は、
やめよう。私もそう思います。

何かに縛られ始めると、
本当は息苦しいはずなのに、
気づかなかったりするんです。
だから、世の中、
よく見ていないと…

【参考】
「捨てる!」技術(辰巳渚)

2004年9月21日

「もっと、もっと」とほしがる探求の旅で、…

「もっと、もっと」と
ほしがる探求の旅で、

私たちは必ずしも
賢明な選択を
重ねてきたわけではない。

前より多くのものを
手に入れたことは
明らかだが…

(タイムシフティング、ステファン・レクトシャッフェン)

何か一つを欲しがれば、
そのために何かを犠牲に
することになる。

まず、少なくとも、
時間が必要とされる。

欲しいものを考えたり、
買うためのお金を稼いだり、
選んだりする時間だ。

がんばれば、がんばるほど、
手に入るものも多くなる。

そして、使う時間も増えていく。

もちろん、減るのは、
時間ばかりでない。
時には、心や人間関係までも、
すり減らしてしまう場合もある。

それでも、あとあとも満足できるものを
手に入れていたらいいが、
そうでないとすれば、
かなりの犠牲を
もたらしたことになるだろう。

「もっと、もっと」という気持ちは、
その時の思いつきや、
単に快楽を求める場合もあるだろう…

長い目で見た時に「割に合わないもの」
だとしたら、やはり残念だ。

ん~、私自身も考えてしまった。
買い物でも、食べものでも、
「もっと、もっと」という気持ちが
出てきたら、注意しようと思う。

【参考】
雨の降る日曜は幸福について考えよう(橘玲)

2004年8月28日

心ここにあらざれば、…

心ここにあらざれば、
視れども見えず、
聴けども聞こえず、
食らえどもその味を知らず。

(原文)
心不在焉、視而不見、
聴而不聞、食而不知其味。

(大学[第三章])

誰かと対面していても、
見ていない目を、
見る時があります。

1つは、悩みごといっぱいの目。
2つ目は、忙殺されている目。
3つ目は、罪悪や憎悪に埋もれている目。
4つ目は、喜びに浮かれている目。
5つ目は、何ものにも興味のない目。
などなど…

目の前にいる私が、
その人にどれだけのものを与えられるか、
よくは分かりませんが、

人に何か伝える時には、
その本当の目を取り戻すことから
始まると思います。

時には、話しを聞いたり、
新しいヒントを与えたり、
ただ沈黙をして待ったり…

そして、学びます。
心を失ってはいけないなぁって。

「中庸」(ちゅうよう)という言葉があります。
人の処世のうえで、
極端に走らぬほどよい中ほどを
とっていくこと、という意味。

こう書くと、どこかしら、
事なかれ主義、あいまいっぽさが
ただよいますが、

あくまで、心の中の問題で、
喜怒哀楽が極端なレベルに進む前に、
コントロールすることだと思うのです。

そうすれが、心は、
いつも「ここ」にあるのです。
そう簡単なことではありませんが、
人生がその時点で終わらない以上、
心を「ここ」に取り戻す術を身につけていたい。
そう思います。

そういう私も、はしゃいで喜びすぎて、
次の瞬間に、失敗を呼び込む時が
ありますから、自戒しています。

【参考】
大学・中庸(金谷治)

2004年7月25日

祈り(柴咲コウ)

祈り(柴咲コウ)の歌詞

儚い命~の部分

現実でも、映画や小説でも、
命を大切に感じられる瞬間と、
そうでない時がある。

「死」に出会えば、何でも、
命の尊さを重く受け止められるか、
と言えば、そういうわけでもない。

ニュースで報道される
「現実の死」よりも、
小説や映画で「創られた死」の方が、
重く感じたりする。

多分、こういうこと
なんじゃないかと思う。

その命を盾にして、
守っているもの、
あるいは守られていたものが
見えるときには、
重く感じるんだろう、と。

別のもう一つの命を守ろうとして、
命が失われた時、

命をかけてやっていたことが、
道半ばで終わってしまった時、

これから未来を開こうという命が、
閉ざされてしまった時、などなど…。

命一つで守れるものが、実際、
どれくらい大きくなりえるだろうか、
と考えると、答えが出てこない。

守ってはみたものの、
たいしたものじゃなかった、
ということだってありえる。

しかし、それも、
守ってみなければ分からないもの。

この命で守ってみたいもの、
とことん探してみよう。

【参考】
かたちあるもの(柴咲コウ)

2004年6月 5日

幸せとは、旅の仕方であって、行き先のことではない。

幸せとは、旅の仕方であって、
行き先のことではない。

(英語)
Happiness is a way of travel,
not a destination.

(ロイ・M・グッドマン)

ここまで、きれいに言い切られると、
なんとなく、吹っ切れることがあります。

多分、何かしがらみとして、
自分の本音とは違うものも
欲しがっていた自分に
気づくのでしょう。

そんなもの要らない、
と吹っ切れた時に、
本当に目指すべきものが
見えてくるのだと思います。

世の中は、いろんなもので
あふれています。
あふれすぎていて、
自分の欲しいものを見失います。

旅の仕方を楽しくしようと思うと、
タイヤがパンクしたり、
ガソリンを補給するために止まったり、
道を迷ったりるのも、
悪くない気がしてきます。

そして、そこで新たな発見が
あったりしますから。

今のあなたは、どちらですか?
行き先一直線?、
それともトラブルを楽しめる?

【参考】
映画「死ぬまでにしたい10のこと」

2004年4月17日

…永遠の真実は、目に見えないのだ。

物質にも自然現象にも
感情にも左右されない、
永遠の真実は、
目には見えないのだ。

なにものもそれを邪魔できない。

(博士の愛した数式、小川洋子)

生きていて、
自分のいろんな願いや望みが、
何ものからも、
邪魔されないことなんてない。

本当に、
そんなふうになったらいいなぁ、
ほとんどの人が、
願っていることだと思う。

しかし、
それが形あるものに通じる限り、
必ずどこかで何らかの問題に
出会うことになる。

目に見えないものだったらどうか。
目に見えない心だけをつかめたら…

でも、人は、
心だけをずっと見続けられるほど、
強くはない。そのうち、
形ある人の手のぬくもりを求めたり、
人の口からでる言葉で癒されたくなる。

永遠の真実は、2つあると思う。

1つは、
目に見えない、そして変わらない、
何ものも邪魔できないものが
あるということ。

もう1つは、
人がそれを本当に手にするまでは、
自分も他人も、揺れる心、変わる心に、
付きあっていきながら、
成長しなければいけないということ。

真実は、やさしくも、
きびしくもあるようです。

【参考】
博士の愛した数式(小川洋子)

2004年4月15日

実現したことを、人はすぐに忘れてしまう。…

実現したことを、
人はすぐに忘れてしまう。
ところが実現しなかったことを、
わしらはいつまでも大切に
胸の中で育んでいく。

夢とか憧れとか言われているものは、
みんなそうしたものだ。
人生の美しさというものは、
実現しなかったことにたいする思いによって、
担われているんじゃないだろうか。

実現しなかったことは、
ただ虚しく実現しなかったわけではない。
美しさとして、
本当はすでに実現しているんだよ。

(世界の中心で、愛をさけぶ[片山恭一])

なるほどねぇ…
叶わなかったことの方が、
心にいつまでも残っていく。

そして叶えば、
それが利益。
叶わなければ、
その夢をもてたことが利益。

そう考えれば、人生の見方も、
たしかに変わりそう。
感謝することも、
喜ぶことも増えそうだ。

叶う、叶わないばかりを考えていると、
他人に押しつけしていたりする自分に
なっちゃってる場合もあるかもしれない。

叶えることが自分の夢だとはしても、
それを目指していくなかで、
それを喜ばない人がいることにも
気づいたりして、
その夢の本当の意味にも気づく。

夢や憧れは、
その結果がどうであれ、
それに向かっていくなかで、
既に何らかのかたちで叶えられている。

ただ前向きに、
「絶対叶うんだ」と思い込むのとは、
ちょっと別の次元の話かもしれない。

身のまわりで起きる色々なことが、
叶えられたことの証拠と理解すること。
あきらめるのではなく、
もっと心の幅を広くして理解すること。

これが大切なんだと思う。

【参考】
世界の中心で、愛をさけぶ(片山恭一)

2004年3月16日

だれも、あなたのことなんて考えちゃいません。…

だれも、あなたのことなんて
考えちゃいません。

みな自分のことしか頭にないのです
-ちょうど、あなたのようにね。

(だれもあなたのことなんか考えていない、
 ロジャー・ローゼンブラット)

世の中、そんなにひどくないでしょ、
そう思います。
なんか、世間を見限っているような
言葉に思えるから…

でも、終わりの
「ちょうど、あなたのようにね。」
と言われると、ちょっと苦笑いです。

自分のことしか考えていない自分が、
たしかにいます。
それと同じように、
自分のことしか考えていない他人も、
たくさんいます。

そういう自分と他人が
集まっていると考えれば、
自分のささいな失敗が
長く記憶にとどまるわけがない、
とも思えるわけです。

いっとき、
他人の目に奇妙に見えたとしても、
明日になれば、変わります。

自分のことしか考えていない心は、
その好奇心を満たしてくれる事件や
ニュース