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常識は、それほど常識じゃない。 Common sense is not so common.  (Vortaire、訳:Shu)

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2010年3月14日

思い出を作ろうとして...

思い出を作ろうとして
躍起になるよりも、

時には既にある思い出の中に
隠れた喜びがないかどうか、
探ってみるのもいいかもしれない。

(カラーひよことコーヒー豆、小川洋子)

卒業式を終え、
昨日は合格発表もされ、
やっと安心な日々となった長女。

きっと、この「ゆっくり」も、
つかの間のことなんでしょうけど、ね。

考えてみると、
あまりにも、
ゆっくりとしている時には、
思い出って出来ないかもしれない。

ちょっとでも
ストレスやプレッシャーを
感じながら、何かをがんばった後に、
思い出ってものが出来ているんじゃないかな。

もちろん、
ゆっくりとしていて、
穏やかで平安な日々、
という思い出もあるんでしょうけど、

ずーっとそんな日ばかりが
続いていたら、きっと、
思い出なんかにはならない。

だから、
思い出を無理に作ろうとしても、
ちょっとしたストレスとかが
含まれてのことだろうから、
楽なこととは限らない。

すでにある思い出の中に、
なにかしら喜びを見つける、
っていうのも、

心の中に、感謝する気持ちがないと、
すでに手に入っているものだから、
なかなか、刺激はないだろうと思う。

ストレスに耐える心か、
感謝できる心か。
思い出はいずれかを求める。
そんなんじゃないかな。

(参考)カラーひよことコーヒー豆(小川洋子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2010年1月19日

弱いからって...

弱いからって
それは悪いことじゃないもの。

わたしたちは
弱いかもしれないけれど、
でもこの弱さは
とても意味のある弱さだもの。

(ヘヴン、川上未映子)

弱いからこそ、
知る羽目になることがある。
見せつけられること、
知らしめられることがある。

だいたいは、
どうやっても
変えられそうにない、
と思えることです...

でも、それを受け入れた時に、
意外にも、これから
何をしていけばいいか、
見えてくることもあります。

弱さを隠そうとしたり、
ごまかそうとすると、
かえって見えなくなる。

本質から遠ざかってくる。

弱さの本質っていうのは、
基本的に、
その弱さをバネにして
飛躍できる、強さに変えられる、
ということだと思います。

だから、
弱いなぁ、と思う点は、
その反対側から見れば、
どういうふうに生かせるかな、
という道を探るものなのでしょう。

弱いところを、
弱いとだけ責めるから、
そこから立ち上がれない。

弱いところには、
その人の個性があって、
それを何かしら生かせる道がある、
ということにすれば、もっと気楽に
弱いところに向き合えるというもの。

弱いことには、
必ず意味を見いだせる。

(参考)ヘヴン(川上未映子)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年12月 4日

あたしたちに選べるのは、...

あたしたちに選べるのは、
いいにしろ悪いにしろ、
何かが起こったときに自分が何をするか
ということだけなんだよ。

起こってしまったことについては
選ぶも選ばないもない。
でも、次に何をするかは選べるよ。

(最悪なことリスト、トリイ・ヘイデン)

選べないことを、
選ぼうとすると、
疲れる、時間がロスする。

しかし、私たちは、
それをよくやっていたりする。

大切なのは、行動すること。

今何ができるかを真剣に考えて、
必要なら、すばやく判断をして、
集中して行動をおこなうこと。

ラーメン屋さんにいって、
パスタ料理を注文することはない。

もしかしたら、
気分的に変わってしまって、
そこに行ったことを後悔することは
あるかもしれない。

それなら、次の行動を考えればいい。
あきらめて、ラーメンを注文するか。
恥ずかしいながらも、謝って、
その店を出て、パスタ屋さんに行けばいい。

タイミング、環境、相手によって、
選べるものが違ってくる。

結果がでてしまってから、
その結果の原因になった選択を
もう一度選ぶことはできない。

これから、何ができるか。
これを考えることに集中する。

これって、意外と難しい。
大げさかもしれないけれど、
これに集中できる人っていうのは、
その才能があるってことだと思う。

きっと、少なく見積もっても、
30%の人々にとっては、
それが難しいことのはずだから。

何ができるか、
今この瞬間から、
それに集中してがんばろう。

(参考)最悪なことリスト(トリイ・ヘイデン)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年11月 3日

焦れば焦るほどHappyは...

焦れば焦るほどHappyは
見えなくなってしまうから、
ゆっくり、じっくり、
時には立ち止まりつつ。
でも、視線はいつも「その先へ」。

(雑誌「AneCan」、蛯原友里)

幸せやハッピーは、必ずしも、
追いかければ追いつけるもんじゃなくて、

追いかけるほど
逃げられてしまったり、
訳の分からないものを
追いかけていたりすることがあります。

だから、
じっと待って、
通り過ぎていくものを
見極めているべき時も必要。

そして、
これだ、というものが通りかけた時には、
ちゃんと飛びつく決断ができればいい。

待っているというのは、
実は難しいんですよ。

待っていることに慣れると、
「決められなくなっている」
こともありますからね。

待っているけれど、
決めるという決心は、
ちゃんとしておく。

これが大切です。

待つことが目的に
なっちゃいけない。

待っているのは、
その先にちゃんとした目標があって、
それが近づいてきたときには、
ちゃんと動けるようにするため。

だから、
待っている間の、
心の筋トレも欠かせません。

わたしも、がんばるべ。

(参考)AneCan×ebichan 1st Anniversary 蛯原友里BOX

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年9月16日

何かをしたら、何かを失う。...

何かをしたら、何かを失う。
それが怖くて
人は何もしなくなっていく。
でも、それは間違いだ。

(医学のたまご、海堂尊)

変わるという決断は、
いつも、いい結果を
導くとは限らない。

悪い結果になることもある。
つまり、何かを失う。

悪い結果を見たくない、
何も失いたくない、
ということにこだわれば、

何もしないことが
正解になってしまう。

時には、
悪い結果を見てもいい、
何かを失ってもいい、
そうなった時に初めて、

「変わる」クセが
身につけられる。
そんな気がします。

そして、そのクセこそが、
今もっているものを守るよりも、
これからの時代を生きていく力に
なるんじゃないでしょうか。

わたし自身の生活においても、
「生きる」ことだけを考えれば、
失いたくないお金があって、

でも、そのお金を一時的に失っても、
(投資したり、買いものしたり)
手に入れたい時間とか、
自分の才能や環境みたいなものも
あると思うんです。

そういう目的をもって
失ったものならともかく、
なんだか分からないけれど、
失ってしまったものがあると、
かなりビックリするもんです。

でも、失った後には、
必ず得られるものもある。
そう思えば、けっこう楽しい、
宝探しができると思うんですが、
いかがでしょう?

(参考)医学のたまご(海堂尊)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年7月 1日

「傷つくのがコワイから」と...

「傷つくのがコワイから」と
やりたいことをやらずにいても
心はじんわりと傷ついていくもの。

(心の深呼吸ができる本、香山リカ)

好きな人に
好きと言ってふられることも、

好きな人に
好きと言えないでいるうちに、
ほかの人と結ばれるのを
ただ眺めていることも、

心には傷がついてしまうこと。
きっと、同じなんだ。

やりたいことがあるのに、
勇気を出せずに、
年を重ねてしまって後悔するのも、

やりたいことをやるために、
すべて投げ出して、
大失敗して落ち込むのも、
同じように傷ついてしまうこと。

人はどちらを選んだとしても、
自分に都合のいい解釈を
見つけられるもの。

傷つくことが同じで、
それなりの解釈を
見つけられるのも同じだとしたら、
選ぶこと、やってみることを
躊躇しなくていいんじゃないかと思う。

人は生きていくほどに、
傷ついていく生き物。

同じように、
知らず知らずのうちに、
誰かをも傷つけていく生き物。

傷つき、傷つけられることを
避けては生きられないことでしょう。

だったら、傷つくことを、
そんなに怖がらなくてもいいんじゃないか。
生傷が絶えないような人生のほうが、
いいんじゃないか。そう思います。

(参考)MW(ムウ) 手塚治虫

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年5月 7日

大人が、あなたがどう暮らしていくか...

大人が、
あなたがどう暮らしていくか
決めるとしても、

あなたの心のなか-
あなたにとってもっとも大事なところは、
あなただけのものなのよ。

(丘の家、夢の家族、キット・ピアソン)

これは、
子どもに向けた言葉
なんですけど、

子どもに限らず、
何かに縛られている
と感じている人には、

心の中にある自由を
どう生かしていくか、
どう育てていくか、
どう大きくしていけるか、
っていうことが、
人生の質をよくする上で
大切だと思います。

逆に、その自由さえも、
うまく引き出せなければ、
きっと、身体や環境で感じる不自由が、
そのまま、心にも覆いかぶさってくる。

これは、辛いですよ。

たとえば、
ダメな親とともに生活していて、
日々に暗い思いが積み重なれば、
未来さえも、どんより見えてくるはず。

どこかで、
その親から逃れて、
自由な日々がくることに
思いが及ぶことなく、
気持ちが沈んでしまう。

現実には、私たちが
いくら落ち込んでいても、
いくら憎しみに燃えていても、
心だけは、ポッとそこから
逃すことができる。

心には、それだけの能力はある。
引き出すかどうかは、自分次第なんですね。

(参考)丘の家、夢の家族(キット・ピアソン)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年4月 4日

なやみごとのこたえは、...

なやみごとのこたえは、
占いや他人のアドバイスのなかには
ないんですもの。

ほんとうのこたえは
いつだって自分のなかに
あるものよ。

(魔女スピカからの手紙、あんびるやすこ)

占い好きの人と、
占い嫌いの人がいる。

以前の私は後者だったけれど、
それは何かしら、人の人生を
運命づけて断言しているように
思えたからであって、

今は、好きとか嫌いの
問題じゃなく感じている。

きっと、占いそのものが、
多くの人に受け入れられるために、
限定された人に対してだけでなく、
いろんな人への一般的なアドバイスとして
世に送り出されているからでしょう。
カタチが変わったんですね...

だから、自分ばかりを見つめていれば、
自分の中の答えが見つかるとは限らない。

その自分というものが、
ほかの人やものとふれあっていないと、
その「答え」が成長していかないと思う。

自分のなかから出そうにも、
引き出しの数が少なければ、
どうしようもないのだ。

その1つとして、
自分の外にある「占い」とか、
「他人のアドバイス」が
意味をなしてくる。

自分のなかにはない「切り口」で、
自分の長所なり、短所なりを考えさせ、
ひょっこりと答えを引き出す。

心の中には、
いつも混沌とした答えが、
散らばっていますから、
そういう導き手が必要なのです。

(参考)魔女スピカからの手紙(あんびるやすこ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年2月 1日

人間というのは、いかにも辛そう...

人間というのは、
いかにも辛そうにしている時より、

見た目には
明るく振る舞っている時のほうが、
その内側にある悲しみは
深いというからねえ。

(ダイイング・アイ、東野圭吾)

辛そうに見せることが
楽なときがあります。

明るそうに見せることが
楽なときもあります。

それは、誰か他人から
心の中を探ってもらいたいかどうか、
で変わってくるように思います。

辛そうに見えれば、
探ってもらえるなら、
そうする人もいる。

明るそうに見えれば、
探ってこないと分かれば、
そう振る舞う人もいる。

探られて幸せを感じる人、
探られて苦しくなる人、
いろいろ。

人は、見た目では分からない。
人の深さは、
見た目と同じとは限らない。

私は、深い人になりたいなぁ、
と思います。

探られても、探られても、
まだまだ深みを持っている人。

本当の深みを持っていれば、
わざわざ辛そうに見せなくても、
人は関心を寄せてくる。

やっぱり、浅い人には、
関心を持ち続けるのは難しい。
辛そうな顔をいくら見せたとしても、
それこそが飽きられる羽目に...

深い人間、いいなぁ。

(参考)ダイイング・アイ(東野圭吾)

»友達に、いい言葉カードを送る

2009年1月11日

未来を予想してもあまり意味がない。

未来を予想しても
あまり意味がない。

(P・F・ドラッカー経営論)

この言葉の後には、
「だが」という注意書きが
ついていますが、

何でもかんでも予想して、
それが当たった外れた、
と一喜一憂すればいいとは
限らないわけです。

それは、
よく当たるという噂の占い、
にだって言えるかもしれない。

占われたことを、
自分にうまく解釈できれば
いいのですが、

それに縛られ、
思い込みで運命づけてしまい、
がんじがらめになることも
ありえます。

未来には、
期待もあるけれど、
不安もあっていい。

もちろん、
不安をなくするために、
未来を予想し、それに対処しよう、
という気持ちは悪くないです。

ただ、それをしたとしても、
不安が100%なくなる状況が
手に入るわけじゃないのですから。

未来を予想し行動したとしても、
「当たる」ことと同じくらい、
「外れる」ことも楽しみにした方がいい。

そんな気がします。

ちなみに、
私の今日のスケジュール。

ちょっと楽しみにして早起きし、
ワクワクしながら準備していたのですが、
大雪のため、延期連絡が入りました。

2ヶ月前に決まった予定には、
この大雪なんぞ予想できません。

それが人生であり、
楽しめるところもあります。

(参考)未来予想図 ~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年10月18日

負けることは失うことではありません。...

負けることは
失うことではありません。

逃げることが
失うことなんです。

立ち向かわないことが
失うことなんです。

(映画「西遊記」)

どうせ負けるから、
勝てるわけないから、
がんばってもしょうがないから...

そんなことばかり考えていれば、
かなりの可能性があることにも、
無理だと思える要素を探すクセが
ついてしまうに違いない。

そうなれば、
ちょっとの可能性しかないことには、
なおさら、心が反応しなくなるだろう。

立ち向かうことっていうのは、
その相手が大きければ大きいほど、
勇気がいる。

けれど、その相手が人間のときには、
その相手だって、勇気をもって
こちらに立ち向かっているはず。

そういうことを
忘れちゃいけないと思う。

自分の気持ちだけに
心が集中しちゃうと、
心は簡単に萎えやすい。

自分も相手も、
立場は同じなんだ。
だったら、逃げる必要なんてない。

立ち向かって、
出来る限りのことを
するだけでいいんだ。

そう思い始めるだけで、
不可能だと思っていた気持ちすら
姿を消していく。

今日も立ち向かおう。

(参考)映画「西遊記」

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年9月16日

...死ぬまでの時間をほんの少し...

「医者に出来ることは、結局、
 死ぬまでの時間を
 ほんの少し延ばすだけのこと
 なんじゃないでしょうか。」

「その通りだ。
 それが10分かもしれない、
 1時間、1日、1年かもしれない。
 だが、そのわずかな時間が、
 時に、人生の意味を変える。
 そのために、腕をみがく。
 そのことは、決して
 間違っちゃいない。」

(ドラマ「コード・ブルー」)

お医者さんに課せられた、
理想的な使命のように思われます。

ただ、おそらく、
病院経営の理由や、
組織のしがらみの中で、
それらに集中するのが
難しくなっている現場も
少なくないかもしれない。

医者に関わらず、
何のために腕をみがくか、
という目的を考えた時に、

曇りなくスッキリと見えるものが
何か見つかれば、かなり幸せなこと。

「そのわずかな時間が、
 時に、人生の意味を変える。」

これは、誰にでも当てはまる可能性を
持っていると思えてならない。

少なくとも、わたしは、
そういう気持ちで仕事に取り組みたい。

どんな仕事にも、
どんな気持ちで向き合うか
っていうことだけが問題になる瞬間は
訪れるはずだ。

その時に慌てないために、
真剣に、腕をみがいていましょう。

(参考) HANABI (Mr.Children)

»友達に、いい言葉カードを送る

2008年7月17日

「人をうらやましく思う」と...

「人をうらやましく思う」と
「世間に見栄をはる」は、
人生の最大の敵だよ。

(がばいばあちゃん、島田洋七)

勝ちたいと思わなければ、
がんばることはないし、

がんばらなければ、
力が伸びることもない。

しかし、
勝ちたい気持ちばかりが強いと、
比べることに気が向いて、
自分の力を伸ばすことを忘れ、

うらやんだり、
ほかの人を邪魔したり、
強く見せようとする時間だけが
多くなるかもしれない。

そんなことをしてたら、
ほかの人を邪魔するどころか、
自分の邪魔をしていることになる。

ふだんは気づかないでいるのに、
ふと、自分や自分の持ち物を
じーっと見ていたりすると、

ああ、
なんか劣っている、
ちょっとみすぼらしい、
きっと笑われている...
みたいなことが
気になり出したりします。

ほかの人の視線なんて、
そんなに集まっていないのに、
ずーっと見られているかのような
気持ちにさえなってしまう。

仮に見られていたとしても、
ちょっとの間だけなんですよ。

みんな、
自分のことを考えることに
戻っていくのが普通ですから。

ほら、私たちだって、
なんだかんだ言って、
自分のことを考えているじゃないですか。


(参考)自分でできる心とからだの浄化法(望月俊孝、かさぎ好香)

2008年6月12日

誰もがその場に応じた仮面を...

誰もがその場に応じた仮面を
被っているということさ。
その仮面を剥がすようなことは
しちゃいけない。

誰かの行為に
一喜一憂するなんて無意味だ。
所詮、仮面にすぎないんだから。

(ゲームの名は誘拐、東野圭吾)

知らず知らずのうちに、
自分は仮面をかぶりながらも、

他人の仮面はゆるせなくなる。
取り外してやりたくなる。

なんでしょうね、この感情は...

裏表のない人間になろうと言いながら、
自分は、たっぷりの裏を抱えている。

本音を話そうよと誘いながら、
他人の本音だけを眺めている。

白黒ハッキリさせてやる!
と意気込んではみたものの、
結局、グレーの居心地よさから
離れられなくなっている。

この世の中を生きていて、
自分の仮面も、他人の仮面も、
見えるようになったら、
生きることはもっと楽になるかな。

それとも、
その仮面に嫌気がさして、
生きることが苦しくなるかな。

仮面をかぶっているのはダメ、
仮面をかぶってないのが良い、
という価値判断しかないのは、
自分を苦しめるだろうな。

仮面にも良いことがあるかも、
くらいの気持ちで生きていても
悪くないと思う。


(参考)
ゲームの名は誘拐(東野圭吾)

2008年5月14日

ムダに生きるか...

ムダに生きるか
何かのために死ぬか
お前が決めろ

(映画「ランボー最後の戦場」)

死ぬために生きてはいない。

そのつもりだけれど、
死ぬことだけは避けようとすると、
ただ生きているだけになっちゃう。

命は大切なんだから、
ただ生きている
だけでもいいじゃないか。

そんな気もする。

ここ数日、テレビからは
中国四川省であった地震の
悲惨な映像が流れてくる。

ただ生きていることでも、
十分幸せじゃないかと思える。

命の長さと命の重み。
こういうことじゃないだろうか。

生死を分かつ出来事が起きるまでは、
ただ生きていてはいけない。
どうやって生き延びるかなんて
考える必要がないんだから、
何のために生きるかを考えて
生きた方がいい。

現実にそれが起きた時には、
ただ生きるだけでも大変になるから、
何のために生きるかっていうこと
なんか考えていられないだろう。
本当に、どうやって生き延びるか
ってことが大切になるはず。

誰の人生にも、
そんな時が平等に来るのです。


(参考)
ランボー トリロジーセット

2007年11月 5日

楽しいこと、嬉しいことは一瞬。

楽しいこと、
嬉しいことは一瞬。

(栗原恵、ワールドカップバレーのインタビュー)

うさぎさんからの投稿です。
「責任あることには、
 楽しいことばっかりじゃないと
 思いました。」

競り合いが予想される勝負のために、
1日も油断することなく、
技術を磨いて、
頭の中では作戦を巡らせ、
チームのメンバーのことも考える。

たしかに、
練習においても、試合においても、
気持ちいいプレーは、
一瞬のことでしかないかもしれない。

その一瞬が終われば、
さらにレベルアップするために、
心に厳しさをもって
向き合っていかなければならない。

そんなに厳しいのに、
楽しいこと、嬉しいことは、
ほんの一瞬しかないのに、
どうして続けるのか。

それをしていない自分が
想像できない?
今は、それ以外のことに
「生きがい」を見いだせない?

生きがいは楽しいものだ、
と思っていた私も、
自分をふり返ってみれば、

キツイと分かっていながら、
「生きがい」を感じて
向き合っているものも
あることに気づく。

いっときの快楽よりも、
自分の限界を試すような瞬間に、
人は、身をまかせることも
あるわけです。

だからこそ、
楽しいこと、嬉しいことは、
とても大切にする。

そんな単純でない人間が好きです。


(参考)がんばれ! 全日本女子バレー(北京へ、絶対行く)

2007年10月28日

誤解しないでほしい。求めないと…

誤解しないでほしい。
求めないと言ったって、
どうしても人間は求める存在なんだ。

(求めない、 加島祥造)

結局のところ、私たちは
結果で判断していたりする。

いい反応が得られなければ、
「求めすぎなんだよ」
と言われたりする。

いい結果が出れば、
「あきらめないで、求めた結果だ。」
と賞賛される。

一番後悔するのは、
求めたかったのに、
求めることをガマンした結果、
手に入らなかった時。そして、
求めたくもなかったのに、
求めさせられた結果、
イヤなことが起きた時。

何も求めない人は、
多分、いないと思う。

見えるモノを求めるか、
見えないものを求めるか、
その違いはあっても、
きっと何かを求めている。

本当は欲しくないものを求めて、
時間を無駄に出来るほど、
人生は長くない。

かといって、
本当に欲しいからと言って、
求めてもしょうがないものを
追いかけすぎて、
もっと大切なものを求める時間が
なくなってしまうことも、
もったいない。

「求めない」ことだけが
美化されるのも、またおかしい。
大切なのは、
みんなが欲しがるから、
みんなが持っているからという理由だけで、
「求めない」ことじゃないかと思う。


(参考)『求めない』 加島祥造

2007年9月19日

夢があるってことは それだけで…

夢があるってことは
それだけで
君の財産なんだよ

うまくいっても いかなくても
それは いつかきっと
君たちを 成長させるから

(紅色HERO 7巻、高梨 みつば)

みきさんからの投稿です。

財産っていうものは、
価値があれば、交換したり、
売ったりすることが出来ます。

さすがに、
「夢」という財産は、
他人には売れませんけれど、
自分の中では、
いろんな財産と交換している
かもしれません。

もし、お金が欲しい、
という夢があったとしたら、
「お金」という財産が手にはいると、
「夢」という財産を手放すでしょう。

心の中では、いつも、
そんなことをしている。

ある財産に恵まれると、
自然と、心は
他の財産から離れてしまう。

世の中には、マイナスの財産
というものもあるから、たとえば、
「悩み」という財産に心が奪われると、

目の前のささやかな「幸せ」とか、
未来への「希望」とか、
自分の才能への「自信」とか、
そういう財産を見失うこともある。

だから、せっかく
心に入ってきた「夢」についても、
可能性があるかどうかは別にして、
財産として大切にした方がいい。

何かに交換する機会が訪れたら、
ホントにそうしていいか、
考えることも必要かもしれない。

あとで後悔する「財産」を手に入れたら、
その時の「夢」は帰ってきませんから。

年を重ねても、お金ばかりでなく、
夢の財産も持っていたいものです。


(参考)紅色HERO (高梨 みつば)

2007年9月14日

青臭くたって、…

青臭くたって、
それが
等身大の俺。

(小栗旬のオールナイトニッポン)

等身大と言われると、
青臭いのも、
なんか格好良く
思えてきますね。

年をとっても、
青臭いのって
許されるんでしょうか…

格好良い青臭さかどうかは
不明ですが、私は、まだまだ
青臭いと自覚しています。
よく言われるし。

それでいいて、
他人の青臭さって、
見ていられなかったり
するんですよねぇ。

言っていることは
正論だけれど、
なんとなく見え隠れする
欠けている部分。

それは、
理想的すぎたり、
楽観的すぎたり、
思い込みが激しかったり、
話の筋道が強引だったり、
人間としての未熟さだったり…

一人で青臭いのなら、
「好きにすればぁ」
で受け流すことはできますが、
問題は、巻き込もうとする人間。

青臭い人は、誰かを
巻き込んではいけません。
臭いをうつしてしまいます。

等身大でいるためには、
群れないでいる「青臭さ」が
大切だと思うんです。


(参考)小栗ノート

2007年9月 2日

こんなにも退屈な毎日が…

こんなにも退屈な毎日が
こんなにも理想とは違う毎日が
それでも二度と戻らぬ
貴重な一日だと思いながら
あなたは生きていますか?

(引用元不明)

忙しいのと、退屈なのと、
どちらかを選べって言われたら、
かなり選択に苦しむ。

理想じゃないところで
いくら忙しくしていても、
満たされない。

何の変化もないところで
ただ何もしないでいるのも、
やっぱり苦痛だ。

ただ、それって、
今はまだ遠いけれど、
理想への道があったとして、
その途中での「ひととき」
だと分かっていれば、

同じ忙しさでも、退屈でも、
耐えられるような気がする。

とは言っても、心は弱いから、
待たされたり、かかる時間が長いと、
その理想が心の中で薄まっていく。

充実してて面白い、
っていう人が、
何か特別なことを
しているとは限らない。

忙しい人とか、退屈な人と、
たいして変わらないことを
していることもある。

そこで違うのは、
自分の理想や夢や目標から
心を離さないでいられる集中力
だけかもしれない。

それだけで、
自分のまわりの景色が
変わって見えるんだから、
面白いわけだよね。


(参考)想い事。(Cocco)

2007年8月27日

幸せじゃない瞬間も含めて、…

幸せじゃない瞬間も含めて、
幸せだと思います。

(藤原基央)

sinさんからの投稿です。

本当にそうなんだろうか…
というよりも、
本当にそう思えるんだろうか、
っていう気のする言葉ですね。

言葉としては、
たしかにカッコイイ。
でも、なかなか難しいそう。

ただ、人を見ていると、
なんとなく分かる気もします。

会うだけで、顔を見るだけで、相手に
幸せの空気を漂わせてくれる人がいます。
もちろん、反対のケースも…

それって、
本当に幸せだから、
幸せな時にだけ、
それが出来る人と、

自分が不幸でも、
そういうことが出来る、
癒しの人っていうのが
あるように思うんです。

その違いは、
幸せだけに心が奪われず、
不幸にも理解の心を向けて、
生きている人だから
出来るんでしょう。

本当の幸せを分かっている人が
近くにいると、なぜか安心です。

とは言っても、自分自身が、
幸せの「かたち」に
あまりにも執着していると、
その安心感も見えなくなります。

幸せな人といると、
かえって苦しくなる、
みじめさを感じるような具合…

だからこそ、かえって、
そういうのを知るためにも、
自分をくだけさせてくれる不幸が
必要なのかもしれません。


(参考)涙のふるさと(BUMP OF CHICKEN)

2007年4月21日

やがて失うものに意味がないのなら、…

やがて失うものに
意味がないのなら、
あなたの命もまた
無意味でしょう。

(Pumpkin Scissors、岩永亮太郎)

どうせ失うんなら、
どうせ辞めるから、
どうせ死ぬんだから、

なんていうことを考えたら、
何をする必要もなくなりそうです。

おおげさな話、
自分の子供だって
いつか死ぬんだから、
育てるのでさえ
アホらしくなってしまうでしょう。

子供に限らず、
育てるのがアホらしければ、
どんなもので生んだり、
作ったりするのが無意味になる。

成長するということでさえ、
その先で「死」とか「消滅」が
待っているとうれば、
バカらしいことに思える。

見えるものでそれなのですから、
見えないものの価値を
見つけるのは、
もっと難しいでしょう。

私の妻は、すごく疲れやすい。
気疲れから始まって、
めまいやら、肩こりやら、
よくもまぁ、こんなに疲れやすい
心と体になっちゃったもんだなぁ、
と思います。

疲れている様子を見ていると、
私は、「何もするなよ!」
と思い始めます。

いいから、休んでいろ!と。

しかし、
疲れるからと言って、
休んでばかりいたら、
人生の時間ばかりが
どんどん消費されていく。

そんなんで、
本当に価値ある人生を
生きることができるか、
と思えば、

疲れさせないように守りすぎる、
のも良くないことだなぁ、
と思い直すわけです。

疲れるからあれをしちゃダメ、
失うからこれもしちゃダメ。

そんな考えを捨てなくちゃ
命の価値など見つけられないのです。


(参考)Pumpkin Scissors(岩永亮太郎)

2007年4月18日

生きることに慣れてはいけない。

生きることに慣れてはいけない。

(海馬、池谷裕二・糸井重里)

生きることに慣れられるほど、
本当は「生きること」の意味なんか
分かっていないけれど、
当たり前になっている。

がんばらなければ、
がんばらないことに慣れる。

やってもらっていれば、
やってもらうのに慣れる。

健康であれば、
健康なことに慣れる。

お金があれば、時間があれば、
あるのが当たり前と…慣れる。

何ごとも、
生きることの一部
でしかない。

自分の思い通りになる時があるのも、
一時的なこと。慣れちゃいけない。

思い通りにならない時があるのも、
つかの間のこと。慣れちゃいけない。

慣れない心で待つようにすること。

慣れてしまった心では、
いろんなことが起きる人生に
反応するスピードが遅くなる。

もちろん、
すぐに反応できる人生ばかりが
いいとは言えないけれど、

慣れすぎて、
反応するのが鈍るのは避けたいですね。


(参考)海馬(池谷裕二・糸井重里)

2006年10月11日

…引き算の優しさ…

大人の優しさなんだよねえ。
引き算の優しさというか…

(夜のピクニック、恩田陸)

「みんなで、夜歩く。
 ただそれだけのことがどうして
 こんなに特別なんだろう…」

そんなテーマで、
映画にもなったこの本。

引き算の優しさって、
とても難しいと思います。

あれもしてあげたい、
これもしてあげたい、
それも…という感じで、
好きな人のは、
尽くしたくなるのが人間。

けれど、それが、
本当に優しいことか、
と言えば…答えは出てこない。

あれはしない方がいい。
これもしないでおいて、
ちょっと見ていよう。

何かしなくちゃいけない衝動で、
次々とする「足し算の優しさ」よりも、
少し離れて見られるようになったら、
「自分」でいられるまま、
優しくなれるように思います。

そうしないと、きっと、
その優しさを受け入れて
もらえなかった時に、
相手が嫌いになっちゃう。

嫌いになるような優しさは、
そもそも、優しさじゃ
なかったことかもしれない。

もちろん、
引き算の優しさは、
打算的に見えることも
あるけどね…

いろいろな形の優しさがあって、
いいんでしょう。


(参考)夜のピクニック(恩田陸)

2006年8月 5日

死ぬことがわかっているから…

死ぬことが
わかっているから
命は大切なんだ!

(映画「ゲド戦記」)

みきさんからの投稿です。

今公開中の映画「ゲド戦記」。
私はまだ見ていないですが、
難しい…という感想が
多いようですね。

ただ、この言葉だけは、
とても分かりやすい。

何の努力もしないで、
手に入るもの。
何もしなくても、
そのままでいてくれるもの。

最初は、そういうものを
欲しがるかもしれませんが、
おそらく、手に入ったとたんに、
何の魅力も感じなくなる。

けれど、実際は、
なかなか手に入らないから、
というか、
100%手に入らないから、
いつまでも憧れることが出来る。

そんなものを題材にした
小説や映画も描けたりする。

命について言えば、
若い時のとらえ方と、
老いてからのそれでは、
全然違うでしょうね。

「生きることは生涯をかけて
 学ぶべきことである。
 そして、おそらくそれ以上に
 不思議に思われるであろうが、
 生涯をかけて学ぶべきこは
 死ぬことである。」
 (セネカ)

生と死、それが命の表と裏。
表を知るためには裏を知る。
裏を知るためには表を知る。
必然的なこと…


(参考)ゲド戦記(アーシュラ・K・ル=グウィン)

2006年7月 2日

…小さなことは、…

実際に成し遂げた小さなことは、
思い描いただけの
偉大な計画よりも素晴らしい。

(アレクサンダー・ロックハート)

HIEROさんからの投稿です。

実際は、ささいなことを
成し遂げること自体が
難しかったりします。

今朝、うちの妻は、
やりたいこと、
成し遂げたいことが
ありました。
ささいなことです。

けれども、次女に、
午前3時頃にかゆいと起こされ、
三女が、午前5時という、
予想以上の早起きをしてしまい、
いわゆる寝不足です。

ささいな目標が、
ささいなことに邪魔されます。

もちろん、偉大な計画も同様です。
ささいな邪魔が、
何度となく入るばかりでなく、
大きな邪魔も相手にしなくちゃ
ならないんですから。

ほとんど進展させることが出来ないまま、
「計画は、最高だったんだよ。」
「俺が本気になったら…」
「予想以上の邪魔が入ってね。」とか
触れ回っても、何の得もありません。

計画はとっても大切なんですが、
まだまだ、勘違いしているのかも…


(参考)自分を磨く方法(アレクサンダー・ロックハート)

2006年6月10日

若い者は「夢」の奴隷であり、…

若い者は「夢」の奴隷であり、
老いた者は「後悔」に仕える。

(英語)
The young are slaves to dreams;
the old servants of regrets.

(ハーヴィー・アレン)

「夢」と「後悔」は、
口で語るだけなら、
何に始まらないし、
何の害にもならない代わり、
何の利益にもならないと思う。

それが共通しているところ…

若い者と老いた者ばかりを
言っているけれど、じゃあ、
その中間に位置する人々は
どれだけまともなんだ?
と尋ねられれば、
少し返答に困る。

昨今、世の中で起きている事件を
ふり返ってみれば、
褒められたもんでもないのは事実。

それに、若い者にならって、
「夢」だけの奴隷になって、
何もしようとしない者もいれば、
老いた者の仲間入りをして、
「あの時は…」なんて
セリフをもらす人もいる。

私自身も、それに近かったりして…

夢も、後悔も語らず、
ゆったりとしているのも
大切かもしれませんね。


(参考)ブレイブ・ストーリー(宮部みゆき)

2006年3月18日

人は、目に映るものを信じてしまう。…

人は、目に映るものを信じてしまう。
それは、分かりやすいものだから。

人は、目に見えないものを疑ってしまう。
それは、心の中にあるものだから。
そして、ときには、生きているうちに
大切なものを見失ってしまう。

(翼の折れた天使たち、Yoshi)

CARPE DIEMさんからの投稿です。

目に見えないものを
信じたいと思いながら、
結局、見えるものしか
信じていない自分がいたりします。

やっぱり、
見えるものは鮮明で、
その鮮明さに目を奪われているうちに、
その先にあるものを信じることが
難しくなるんでしょう。

だから、逆に、
疑わなければいけないことも
疑えなくなってしまいます。

正しいことなのに、
「分かりやすく」伝える心がないから、
信じてもらえないことがある。

一方、正しくないことなのに、
「分かりやすく」伝える手があるから、
信じてだまされてしまうこともある。

正しい=信じてもらえる、
という公式が成り立たないから、
世の中は複雑にもなるし、
それを乗り越える必要も出てくる。

楽には出来ていないんですね。
世の中は…

聖書の言葉を思い出しました。

「地はあなたのために、
 いばらとあざみとを生じ、」
 (創世記3:18)

っていうのは、
食べていくことの難儀ばかりでなく、
こういうことも含めて、
言われていることなんでしょうね。

いばらにも、あざみにも、
気づかずに生きることが出来たら、
どれだけいいか…


(参考)翼の折れた天使たち 空(Yoshi)

2006年3月15日

仲間が欲しいのに…

仲間が欲しいのに
誰もいない「ひとり」が「孤立」。

「ひとり」でいるのが
寂しい「ひとり」が「孤独」。

誇りのある「ひとり」が「孤高」。

おまえは、まだ自分の「ひとり」が
三つのうちどれに当てはまるのか、
わからないでいる。

(疾走、重松清)

naoさんからの投稿です。

孤立、孤独、孤高。
「ひとり」になるのが
ただ単に怖い時には、
その違いなんて分からない。

孤立は、
かわいそうに思われたり、
いい気味だと思われる。

孤独は、
誰からも気づかれない。
ほとんどの人に忘れられている。

孤高は、
生意気だ、プライドが高い、
変わっているとか言われながらも、
どんどん突き進んでいく。

だが、実際のところ、
周囲の見方なんて当てにならない。

どれも「ひとり」に変わりないし、
自分では「孤高」と思って
突き進んでいても、
単なる独りよがりの「孤立」
でしかない場合もあるから。

その境界には、
微妙なラインしかないでしょうね。
私だって、
少し怪しいかも…笑

何にプライドを持っているか、
それがポイントのように思います。


(参考)超強育論(宮本哲也)

2006年2月 7日

…十分辛くて初めて人は幸せになるんです。…

これからもずっと
「あなたの望んでる通りになって」
とは祈れないけれど、
「あなたにとって
 一番幸せな方へゆくように」
と祈っています。

幸せという字は、
辛いという字の上に
ついてるちょっぴりの点を
十という字に変えると
幸せになるんです。

十分辛くて初めて
人は幸せになるんです。
くじけないでがんばってください。

(中島みゆき)

kanaさんからの投稿です。
オールナイトニッポン最終回での
言葉だそうです。

「幸」と「辛」については、
何度も聞いてきましたが、
中島みゆきさんが語ると、
また違いますね。

辛い気持ちを吹っ切れた時、
この上なく幸せを感じられる。

それは、本当のところ、
心の中だけの出来事かも
しれないけれど、
ぜんぶ変えるだけの
パワーにもなりますからね。

思い通りにならないからといって、
人生そのものが無意味ではない。
逆に、思い通りにできるから
人生が意味あるものでもない。

どこかで、それを勘違いすると、
自分にも他人にも、
おかしなことを要求してしまう。

人生は、ちょっとした微調整で
転がり方を変えられるんですね。

忘れないようにしようっと。


(参考)転生(中島みゆき)

2005年11月12日

人間てね、その時その時で、…

人間てね、その時その時で、
自分でも思いがけないような人間に、
変わってしまうことが
あるものですよ。

(塩狩峠、三浦綾子)

いい意味でも、
悪い意味でも、
人が変わってしまった、
と見える時がある。

「私は、ずっと、
 あなたを好きだから」
「死んだって、
 裏切らない」
「絶対、この気持ちは
 変わらない」

そんなセリフは、
言わない方がいい時もある。

自分の言葉に
箔を付けるためだったら、
ゆるしておこう。
そんな箔が必要なくらい、
自分が弱いと知っているわけだから。

しかし、本当に、
永遠とか、死ぬまでとかの
とても長い時間を、
そういう弱さのある人間の自分が、
「変わらない」なんてことを
保証しちゃいけない。

変わらないように努力するよ、
くらいなら言ってもいいけれど…

ただ、本当は、
「変わった」わけでなく、
自分の中にあったものが
はっきり見えるくらいに、
大きく現れてきただけのことも
あるだろう。

そのきっかけは、
お金だったり、誰かの死とか、
恋愛とか、成功や失敗であったり
いろいろあると思う。

自分でも、
自分の本質に驚かされながら、
生きていく。それが人生だと思う。

【参考】
塩狩峠(三浦綾子)

2005年10月20日

Sweet Mom(柴咲コウ)

Sweet Mom(柴咲コウ)の歌詞

もろい~の部分

芯のある人、ない人。
あるのに見せない人、
ないのに見せかけをする人。

私はどれだろう…?

たしかに、時には、
強がることが、
無理することが、
自分を成長させてくれる。

でも、人の中にある芯って、
なんていうか、
生き方への濃い考え方から
くるものだと思うから、

薄い考え方で、単に
「あるように見せる」とか、
真似するだけじゃあ、
芯にはならないと思うんだよなぁ。

だから、プラス思考には、
幻想の部分もあるように思う。
正しい「プラス思考」を
身につけないと、
虚しい面も少なくない。

自分の本当のところが
強くなるような考え方、
生き様をしたいものです。

毎日、毎日、
いろんな誘惑というか、
集中を妨げるものが
ありますからね。

【参考】
Sweet Mom(柴咲コウ)

2005年8月 5日

傷つかない生き物はいない。傷つけない生き物もいない。

傷つかない生き物はいない。
傷つけない生き物もいない。

(ちびギャラ ごっ、ボンボヤージュ)

oracionさんからの投稿です。
いつも、ありがとうございます。

最近のコラムでも書いたけど、
「人に迷惑をかけないで、
 私は生きていくんだ。
 (私は生きてきたんだ)」
なんていう言葉は、
あまり好きになれない。

そもそも、
迷惑をかけたか、
かけなかったかを、
自分の価値観で
判断できるわけないよ。

それを、子育てをしている時に、
自分の子どもに求めるのも、
間違っていると思う。

たとえば、
私が迷惑をかけていることには、
3つのタイプがある。

1つは、私はその気がないけれど、
相手が勝手に迷惑と感じること。
(価値観のズレ)

2つ目。私が、その時には
気づかなかっただけで、
たしかに迷惑をかけていたこと。
(私のミス)

3つ目。私が意識して、
わざと迷惑をかけたこと。
(私の犯罪?)

2つ目と3つ目は、
改めていかなければいけないけれど、

1つ目だけは、
これから出会う色々な人がいるなかで、
完璧に予想なんて出来るわけがない。

迷惑をかけたり、
傷つけたりすることを、
避けるのは、正直難しいと思う。

いくらか経験を積めば、
こういう感じの人は、おそらく、
こういうことを嫌うだろうなぁ
というくらいの勘は働かせることが
出来るけれど、それだって怪しいもの。

傷つけられ、傷つけるのは、
もしかしたら、
「いつか、どこかで、誰かとお互い様」
じゃあないんでしょうか。

人の過ちに対して、
そう思えるようになりたいですね。
自分の過ちにも
落ち込みすぎないようにして…

【参考】
ちびギャラ(ボンボヤージュ)

2005年6月 2日

何もいわずに 何もきかずに…

あなたに届くように(松任谷由実)の歌詞

何もいわずに~の部分

この時期、うちの義父は、
ちょっと離れた山へ、
山菜採りに出かけます。

今は、わらびの採れ始め。

先日も、朝早く、
ご飯とみそ汁をすすって、
自転車をこいで行きました。

我が家では、さっそく、
ごちそうになっています。
おいしいんだなぁ、
ちょっとした粘りもあって。

昨日は、うちの奥さまが、
私の祖父のために、
用意してくれたわらびを、
タッパーに入れて、
老人ホームへ持って行きました。

「わらび、持ってきたよ。」

「○#×※$△~」
何を言っているか、
分からない。

「なに?」
何度も聞き直しながら、
やっと分かったことは、

「ここの食事でも、この前出た。
 あんまり多くはなかったが…」

ということだった。

「食べるか?」

「うん。」とうなずく。

それから、うめぇ、うめぇ、
と言って、約1時間かけながら、
タッパーのぜんぶをたいらげた。

私が、箸で口まで運ぶ。
祖父は、ひたすら食べ、噛みながら、
一言、二言と話す。そんな感じで、
時間がどんどん過ぎました。

途中で、タッパーを置いて
帰ろうかと思ったものの、
自分で食べて、散らかされても、
喉にひっかけられても困るし、

あとわずかかもしれない命を前に、
私にできることって、
こんなことだけだろうなぁ、
と思い直し、その場にいました。

よほど、おいしかったんでしょう。
まさか、ぜんぶ食べるとは
思っていませんでした。

おかげで、すぐ近くで
買い物をしていた奥さまを、
予定より30分ほど長く待たせる
ことになりましたが、
事情を聞かせると、
「それは良かった。」と。

恋愛とかでなくても、
そこに居てくれるだけでいい、
っていう時間は、
あるもんなんですね。
違ったかな…?

【参考】
ついてゆくわ / あなたに届くように(松任谷由実)

2005年3月 4日

空蝉[うつせみ](中村雅俊)

空蝉[うつせみ](中村雅俊)の歌詞

見透かして~の部分

見透かされてもいい、
と思える相手なんて、
なかなかいない。

ふつうは、
見透かされるのは、
ちょっと怖いことだから…

下心、弱さ、強さも、
見透かされたらどう思われるか、
なんて考えると、
かなり心配になる。

だから、最初のうちは、
強がってみたり、
ヘタな芝居をしてみたり、
不自然な時間が生まれる。

世の中、強そうに見える人が、
本当に強いわけではなく、
弱そうに見える人も、
その通りだとは限らない。

自分の本質が
分かっていれば、
他人のそんな本質も
分かるはずなのに、

人というのは、
他人をなかなか見透かせない。
見透かせたと思っている時には、
単に思いこんでいるだけ
だったりする。

私自身を見ていても、
そんな過ちがよくあるので、
いろいろ損することもある…

人には、裏表があるんだよ、
なんていう決まりきった理解でなく、
裏があるのも、表があるのも、
人間の姿と受け入れないと、
先に進めない気もします。

やっぱり、
本質を見透かせる人間で
ありたいなぁ、と思います。

【参考】
空蝉(中村雅俊)

2004年12月 9日

欲ってのは海の水と同じだ。…

欲ってのは海の水と同じだ。
喉が渇いたと言って飲み、

また喉が渇いたと言って
飲むと体を壊してしまう。

(引用元不明)

うまいたとえですね。

昨日、我が家で、
鍋物を食べました。
おいしかったです。

ただ、しばらくすると、
なんとなく喉の渇きを
覚えてきました。
水を2回くらい、飲んだかな…
うちの奥さんも。

どうやら、ちょっと
味が濃かったようです。

海上で遭難した時に、
目の前にあれだけの水が
ありながら、喉が渇いても、
海水を飲んではいけない、
というのは、海の鉄則。

聞いた話では、
体を壊すどころでなく、
命にも関わるらしいから。

欲に渇いて、さらに、
また欲を飲み干せば、
次の欲が欲しくなる。
そして、それをくり返せば、
身も体も破滅に向かったりする…
これもまた真実。

海水の中に含まれている水分は、
悪くないもの。

それは、欲の中にある、
生きる力とか、向上心が
悪くないのと同じこと。

目の前にあるものの本質は何か、
本当に必要なものは何か、
それが分かっている必要って、
あるんですね。

【参考】
よく生き よく笑い よき死と出会う(アルフォンス・デーケン)

2004年10月29日

幸せは競うものじゃない…

feel(Fayray)の歌詞

幸せは競うものじゃない~の部分

心に一番巣食う感情として、
やはり「憎しみ」がある…

それは、最初は、
幸せになりたい気持ちから
始まるけれど、
それ自体は、もちろん悪くない。

それを比べるから、
「ずるい」とか「うらやましい」とかの
感情が引きつけられる。

時には、痛みも、悲しみも、
自分の分として
引き受けなければいけないものは、
それを受け入れればいい。

その時に、
他の誰かが幸せに見えたとしても、
その人の春夏秋冬と、
自分の春夏秋冬が違うだけの話。

幸せな人に、いつも
春や夏しかないように見えるのは、
きっと、その時しか、
他人を注目していないから。

それ以外の時には、
自分の秋や冬ばかりを
嘆いてしまっているんだろう、多分。

人生、幸せにも、春夏秋冬がある。

そして、
「感謝に値するものがないのではない。
 感謝に値するものを、
 気がつかないでいるのだ。」
であることも少なくない。

【参考】
幸せの絵本(金柿秀幸)

2004年8月14日

愚か者は、遠いところに、幸せを探し求め、…

愚か者は、遠いところに、
幸せを探し求め、
賢い者は、自分の足元に、
それを育てる。

(英語)
The foolish man seeks happiness
in the distance, the wise
grows it under his feet.

(ジェームズ・オッペンハイム)

ああ、自分かもしれない。
今日は、そんな気がする言葉です。

っていうのは、
インターネットを経由して、
仕事を依頼されたり、
お客様にアプローチすることが
多い私だからです。

必然と、自分の地元や近くよりも、
熱心でやる気のある遠くの人々に、
出会う機会が多くなるのです。

そして、私自身も、
遠くでもいいから「やる気」のある人を
探すようになります。

距離としては、実際のところ、
遠いということになります。

しかし、考えてみれば、
心の距離として見れば、
志向や目標が共通する分、
近いわけです。

なるほど、現実の距離よりも、
心の距離を見ていけば、
遠くに何かを探すことが、
単なる「ないものねだり」という
わけじゃあないことにもなります。

足元にある幸せの種を、
ちゃんと育てているか、
それとも、それに気づかず、
遠くにあるかもしれない
幸せの花ばかりを探しているか、

自分を見つめてみれば、
分かってくるような気がします。
この言葉は、もう少し考えてみよう…

【参考】
人生の目的が見つかる魔法の杖(西田文郎)

2004年8月11日

せんこうの華(平川地一丁目)

せんこうの華(平川地一丁目)の歌詞

波が来れば~の部分

おととい、子供たちと花火をしました。
静かにもっていないと、
線香花火は散ってしまいますから、
3歳の三女には無理でした。

しかし、たとえ静かに持っていても、
風にあてちゃうと落ちてしまうことも
あるから、線香花火はもろい…

夢というのは、
そんなにも「もろい」ものかなぁ、
と思う気持ちと、

波がくれば崩れてしまう砂のように、
「もろい」から、何度も新しい夢を
描けるのかなぁ、
と思うところもあります。

海辺の砂に描いた文字は、
すぐに消えるけれど、
岩に描いた文字は、
なかなか消えない。

叶わなかった夢のせいで
心に残った傷は、
すぐにも消えて欲しいけど、
なかなかそうもいかず…

夢ばかりが消えて、
心の傷はずっと残り続けることも
ありえる人生です。

もろい人間は、
同じようにもろい人間に、
癒されたりもするわけで…

そのもろさ、弱さが、
悪いことばかりでもないなぁ、
という気もします。

もろくて、小さくて、弱いからこそ、
何か出来るような気がしました。

【参考】
えんぴつで作る歌(平川地一丁目)

2004年6月18日

時は、いつかは大切なもの…

君を飾る花を咲かそう(GARNET CROW)の歌詞

時は、いつかは~の部分

世の中にあるものは、
だいたいが失うもの、
うばわれるもの…

それでも、
何かを生み出したり、
何かを育てたりして、
頑張ってる人がいる。

すごいなって思う。

多分、何か信じているから、
それが出来るんだろう。

短い人生という時間に、
出来る限りのものをつめ込むため、
あるいは、たった1つのものだけを
つめ込むためかな…

いずれにしろ、
少しでも考える時間があれば、
いつかは終わるんだろうな、
という事実を確認して、
頑張っているかもしれない。

だから、そんななかで、
大切なことをずっと大切に思えるって、
すごいことだよな、と思う。

オグ・マンディーノの言葉を思い出す。

「数日のために植えるなら花を植えよ、
 数年のために植えるなら木を植えよ、
 永遠のために植えるならアイディアを植えよ。」
 (人生はすばらしいものだ)

忘れてしまいそうな事実。
それは、この世の中では、
いつか、大切なものが
奪われてしまうということ。

だからこそ、それを超えて、
信じるものがあって欲しい。

【参考】
君を飾る花を咲かそう(GARNET CROW)

2004年4月25日

人間の死亡率は100%。

人間の死亡率は100%。

(死の壁、養老孟司)

不老不死を、
永遠の美しさを、
人の心が憧れてしまうのは、
この世で、自分の手に
していたいものが増えるから…?

でも、
必ず死ぬという現実に向き合うと、
その死の本質と言うか、
生の本質とも向き合うことになる。

たとえば、
余命数ヶ月という宣言がなされれば、
だまっていても、頭の中は、
自分の生き方を考え直し始めるだろう。

迷いが増えるかもしれないし、
迷いが吹っ切れるかもしれない。

迷いの本質が見えるかもしれないし、
迷いの障害が消えるかもしれない。

アニメ「あたしンち」にも、
こんな言葉が出てきた。

「人間迷って、
 どちらかに決めた瞬間、
 本当の気持ちが
 見えてくるものなのよ。」

たとえ、ものすごく健康に生きていても、
死というゴールに向かっているという現実を、
ふりかえって考えたときには、
何か得られると思う。

人間の死亡率は100%。
いつ死ぬか、どう死ぬかより、
それまでいかに生きているか。
それが重要問題。

【参考】
死の壁(養老孟司)

2004年1月18日

過去は想いだすべきもので、抱くべきものではなかった。

過去は想いだすべきもので、
抱くべきものではなかった。

(燃えよ剣、司馬遼太郎)

今から逃げたい思い、
過去に対する憧れ、
あるいは癒されたい期待が、
過去を抱きたい気持ちに…

でも、過去を抱いた時の感触は、
人それぞれ違う…そう思う。

抱き返された心地よい感触に、
もう離れられなくなってしまう人。

いやこんなはずじゃなかったと、
過去に幻滅し、後悔してしまう人。

今の苦しみに、過去の苦しみを
増し加え、かえって苦しむ人。

過去は想い出すだけにした方がいい。
長い目で見れば、過去とは
そういう付き合い方しか出来ない。

私たちは、過去を生きることは出来ない。
私たちは、今を生き、未来をつくるだけ。

時に、夢を抱くこともある。
これはどうだろうか…

やはり、抱き方を間違うと、
身を焦がしそう。

ただ、Shu的に言うと、未来の自分に、
「どうやって、そこまで到達したのですか?」
と聞いてみたい気はする。

そうすると、ゆったりとしたShuは答える。
「ん~、心配はいらない。
 その答えを得るまでまだ時間はある。
 焦ることはないさ。」

確か、映画「キッド」にも、
そんなセリフがあったな…

こんなことを思うのも、
抱いていることなのかな。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年12月 9日

あたしの中には、たくさんの自分がいるんだわ。…

あたしの中には
たくさんの自分がいるんだわ。

もしあたしが、
たった一人の自分だとしたら
もっとずっと楽なんだけれど、
でも、そうしたら、いまの半分も
おもしろくないでしょうよ。

(赤毛のアン、モンゴメリ)

いろんな自分の姿を見て、
自分は二重人格だろうか、
なんて思い悩む人もいることでしょう。

気にすること、ありませんって。

それがいつの出来事か、
誰と関係したことか、
どんな場面に立たされてのことか、
TPOで変わって、
けっこうだと思いますよ。

思い悩んで、
それを無理に隠そうとして、
性格や行動が変にゆがむよりも…

隠せば隠すほど、
無理すれば無理するほど、
二重人格になるように思います。
かと言って、人に迷惑をかけていい、
ということじゃあないですけどね。

誰もが自分の中に
表裏があるんですよ。
それが現れるのは、
トラウマだったり、
コンプレックスだったり、
プレッシャーだったり、
人それぞれの引き金があります。

時には、それによって、
誤解されたり、
実体以上によく思われていたり
するわけで…

ですから、二面性が
幸いしている面、
不幸を招いている面
双方があるでしょう。

そういう、いろんな自分がいるから、
楽しい。赤毛のアンみたいに思えたら、
自分の二面性に苦しむことなく、
楽しみが増えるんでしょうね。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年11月27日

幸せの秘訣は、…

幸せの秘訣は、
人を賞賛できること。

それも、下心なしで…

(英語)
The secret of happiness is
to admire without desiring.

(F・H・ブラドリー)

下心、見返り、うらやみ。
それを通して人を見ていると、
けっこう疲れる。

ま、その疲れは、
後に返ってくるけど。
それは、思い通りの結果を
手に入れられなかった時に…

実のところ、私のなかにも、
人の成功を喜べない自分が
いるように思う。

だから、自分が調子がいい時でも、
自分よりもささやかな成功を遂げた人を、
喜ぶことはできるけど、
自分よりも大きな成功を遂げた人を、
賞賛することができない。

つまり、成功したにも関わらず、
他人と比較を始めた瞬間から、
自分自身で、幸せから
遠ざかってしまう。

もったいないよね。

人を賞賛できることが、幸せの秘訣。
本当に、よく分かるね…

やっぱり、自分で自分を
不幸にしてしまう現実。
それを認めるところから、
幸せに近づけるだろう。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年9月29日

どう死ぬかは問題じゃない。どう生きるかが問題だ。

どう死ぬかは問題じゃない。
どう生きるかが問題だ。

(英語)

It matters not how a man dies,
but how he lives.

(サミュエル・ジョンソン)

子供とよく散歩に行くのですが、
途中に、墓地があるんです。

大きなものから小さなものまで、
いろんな墓石が並び、時々、
墓にはどんな意味があるんだろう…
って思います。

以前の会社の先輩(女性)が、
彼女の義父が亡くなった際に、
メールを下さいました。
その用件は、インターネットで、
「いい墓石屋さんを探すにはどうする?」
とのこと。

もちろん、墓石のことなぞ
分かる私ではありませんが、
いろいろ考えたり、
心当たりを探して、
メールのやりとりをしているうちに、
先輩のメールにあった一文に
目がとまりました。

「最後は、見栄えと値段で
 決まりそうだね。」と。

私としたことが、
見栄え(みばえ)の「え」を、
読み落として、
見栄(みえ)と読んでしまったんです。

そしたら、先輩も賢明な方でして、

「本来、『見映え』と
 書くべきだったんだね。
 笑える。でも深みのある笑いだよね。
 …
 仏壇もお墓も葬式と同じで、
 残った私たちが
 どれだけいいものを準備できるか?
 「見栄」の塊みたいなもの。
 高価なものだったら、本当に、
 お義父さんが喜んでくれるか?
 それは疑問。
 手を合わせて、
 お義父さんの写真に向かって、
 心の中で会話する。
 とても安らかな気持ちになる。
 …
 こんな目に見えない意志疎通を
 大事にしていきたいと私は思う。」

死は、生きていた人の人生と、
それをふりかえる人々の人生との
境目。

その瞬間だけに、
何か凝縮できるものでもない。
まして、死後を
美しく飾りたてることも、
本当は出来ない。

やっぱり、生きていた日々が、
その最後の死をも飾るわけで…

小さい墓に、
小さくなった骨をうずめても、
満足が残るような人生でありたいです。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年9月16日

現実は非現実の存在なくしては、ありえない。…

現実は非現実の存在なくしては、
ありえない。

光なくして影がないように、
また影がない世界に
光が見えないように、
非現実は現実によって存在し、
現実は非現実によって支えられている。

(運命の足音、五木寛之)

会社に行けば、
実績、実績と責められ、

学校に行けば、
結果、結果と追い立てられる。

弱くない人間でさえ、
時には、そんな現実から責められない
「非現実」をただよいたい気分に
なることもあるでしょう。

「もし、事実以外は信じられない、
 受けいれられないとしたら、
 人生は疑いだらけの、
 わびしいものになってしまう。」

これは、映画「34丁目の奇跡」で、
現実の結婚で失敗したトラウマから、
サンタクロースを信じないよう、
子供に教えていた母親へ語られたセリフ。

非現実の中に生きようとするのは、
確かに危ないかもしれないけど、
今、現実に分かっていない、
見えていない「非現実」のなかにも、

いつかは「現実」に
ひっくりかえるものもあるわけで、
そんなことを考えると、
現実、事実、結果にこだわりすぎない余裕も
心の中に欲しいな、なんて思います。

自分を追いつめすぎないように、
現実に生きている自分を支える方法に、
広がりを持たせたいものです。

ただし、薬物を使って、
自分を覚醒させるのとは
話が違います。

自分のなかの
「神秘」とでもいいましょうか…
それを探すって感じです。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年9月 4日

何かで埋めている。いつも埋めている。…

何かで埋めている。
いつも埋めている。

誰かといっしょにいれない時、
自分と向きあわないために、
心を埋めている。

(もう消費すら快楽じゃない、田口ランディ)

本当に、心を埋めてくれる「誰か」って、
なかなかいるもんじゃあない。

自分の家族がそれだったら、
本当に幸せ。

でも、家族の中でさえ、
価値観がバラバラな現代、
それを期待できる人は、
もしかしたら、ごく少数かもしれない。

だったら、その心の空虚さは、
何が埋めてくれるのか…

おカネ、情報、仕事、
疑似恋愛、モノ、ゴミ、…
結局、どれにも飽きたらず、
いろんなものを消費するけど、
やっぱり、人が恋しいんだろう。

そんなことはない、
と自分に言い聞かせても、
もし、本当に自分を思ってくれる人が出てきたら、
心は、十分に埋め尽くされる。

が、同時に、それを失ったらどうしよう、
という別の思いも、生まれてくる。

人は、どちらかを経験して、
強くなっていくしかないのかもしれない。

埋められない虚しさ、
失うかもしれない怖さ…

今の自分は、どっちだろう。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年6月 8日

たとえ死を目の前にしても、いたわりの言葉より…

たとえ死を目の前にしても、
いたわりの言葉より

忌憚(きたん)のない真実の方が
いいというのだろうか

(サトラレ、佐藤マコト)

人には、その時々で、
見えるものが違う。

経験はないけど、
死が近いことを感じると、
人は、本当の言葉と、
薄っぺらな言葉の違いが
分かったりしてくるんじゃないだろうか。

だから、もし、
ハッキリした意識を持ちながら
死を覚悟している人には、
ウソがつけないように思う。

ウソをつこうとすると、
多分、気づいていないふりをして、
心では虚しさを感じているかもしれない。

命がまだあると思っている人は、
真実とそうでないものの違いって、
なかなか気づけない。
特に、いろんなモノに
とらわれがある時期には…

自分の「ものさし」が偏り、または
自分の「メガネ」がくもっているから。

もし、死を目の前にしたら…、
そういう問いかけが、やっぱり、
ときおり、必要なんだろうな。

【参考】
エイジ(重松清)

2003年2月14日

すべては偶然なんかじゃなく…

Daybreak(浜崎あゆみ)の歌詞

すべては偶然~の部分

「かもしれない」っていうのが、
Shu的にはいい。

すべて偶然だ、
すべて必然だ、
どっちに言い切るのも、
どこか行き詰まりを感じる。

世の中、偶然だけで支配されるのか、
世の中、必然、すべて運命が決まっているのか、
そんなところで解決されたら、
今していること、感じていることも
意味がなくなりそうで…

偶然じゃあない。
何かの意味を探す可能性を
私たちに与えてくれる、この人生。

でも、もし、探さなければ、
人生は、偶然だらけに見えるか、
運命に縛られているように見えるか、
いずれかになっちゃう…

自分の思いや力で、何も変えられない人生なんて、
やっぱり味気ない。たとえ、
ランチで何を食べるか程度のこと
しか変えられなくても、
やっぱり、自分の力をどこかに作用させていたいよ。
自分の人生には…

人生に、意味を探せば、
意味を見つけられる、
あるいは、つくられる。
そう思って、生きております。

皆さんは、いかがでしょう…?

【参考】
エイジ(重松清)

2003年1月10日

きみたち死なない程度に病気しなさい

きみたち死なない程度に病気しなさい

(生きかた上手、日野原重明)

死なない程度にする病気を選ぶことが
可能かどうかは分かりませんが、

弱い者の気持ちを理解し、
病人や高齢者の不自由さを
身をもって体験するには、
確かに必要なことと思います。

特に、私のように、
自分しか見えなくなる人間にとっては…

もちろん、いつも、
病気やマイナスの出来事ばかりと
付き合っていると、
確かに気が滅入ります。

だから、死なない程度に、
ということなのです。
これが、90歳を超えたお医者さんの言葉です。

病気やそれに類した状態があることを知ったうえで、
今の元気な自分、あるいは、自分の才能は、
何に活かすべきかを考えることは、
本当に賢明なことだと思います。

また、自分に不足を感じていたとしても、
そういう経験を通して、
どれだけ満たされていたかも
分かるでしょうから…

さあ、私のように、
自分しか見えなくなりやすい人は、
なってもいいなと思う病気を
探してみましょう。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年11月26日

死んだら、死んだのだよ。

「死んだら、死んだのだよ。」
 彼が、やさしくさとしました。

「このリスは、そのうち、土にかえるでしょ。
 やがて、その土から木がのびて、
 その木の上に新しいリスたちがはねまるわ。
 それが、そんなに、悲しいことだって思う?」

 (ムーミン谷の冬)

生きるということ、
何かを手に入れるということに、
執着しすぎると、
その後が見えなくなる。

人は必ず死ぬ。
しかし、その命は
大切にしなくちゃいけない。
同時に、命以外に持っているモノにも、
あまり執着しちゃいけない。

決して、次の世には、
持っていけないから…

それは、
「死んで終わり」と思っている人も、
「死んで天に行く」と思っている人も、
同じように持っている認識。

私たちが死んだら、
私たちの次の世代が、
地にあるものを楽しむ。

私たちが地にあるものを楽しんでいるのは、
私たちの前に死んだ人々がいたから…

そういう目線で、人生を見られた時、
もしかしたら、大切にするべきものが
ズレていることに気づく場合もあるだろう。

生命は、今日も脈々と続いています。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年11月22日

幸福はさまざまだが、不幸は驚くほど一様である

幸福はさまざまだが、
不幸は驚くほど一様である

(朝日新聞天声人語、2002年11月19日)

この言葉の前部分と、後部分。
なるほどな、って思う。

天声人語の本文では、
トルストイの「アンナ・カレーニナ」の名文から、
この言葉を生み出している。
その名文は、
「幸福な家庭はみな同じように似ているが、
 不幸な家庭は不幸なさまも
 それぞれ違うものだ。」という言葉。

どちらも正しいように思うのは、私だけか。

おそらく、トルストイの言葉は、
不幸な者から見た場合の言葉。
天声人語の方の言葉は、
いわゆる日本人らしい
中流の暮らしをしている人から見た場合の
言葉かなって思う。

価値観が多様化したことによって、
幸せを感じる対象が、
いろいろと現れてきた日本。

そして、価値観の多様化は、
人々をある意味強くし、
逆に、ある意味弱くもしているから、
幸福を感じる強さ、
感謝の強さも、様々となってきた。

しかし、不幸を感じた後の行く先は、
「心の病」とか、「家族の崩壊」とか、
そんなところになってしまう。

日経BPというビジネスメールにさえ、
「もはや他人事でない心の病」というタイトルの
ニュースが出てきたくらいだから…

やっぱり、
心と家族が、一番近いものだから、
不幸というものは、
結局、その共通の土台を壊してしまうのでしょう。
壊し方は、様々でしょうが…

だから、幸不幸にかかわらず、
その心と家族のケアを
忘れないようにしたいもの。

そこは、すべての力の源にもなるし、
すべての不幸の溜まり場にもなるから…

【参考】
エイジ(重松清)

2002年11月 2日

神は人を創って、放ったらかしだ…

神は人を創って、放ったらかしだ。
だけど、おかげで自由だ。
でも、自由でいたければ、
現実ってやつに向き合わなければならねぇ。

(映画「アリ」)

この言葉は、
良くも悪くもとれる。

悪くとるとすれば、
神様への皮肉や、絶望を表す言葉に
なるだろう。

しかし、よく考えてみると、
ある意味、人生の深みを表す
いい言葉と分かってくる。

多分、心の中では、
多くの人が、神様を信じていたり、
信じる瞬間があったりすると思う。

ただ、自分の周囲の問題や、
世の中の多くの問題に遭遇すると、
その信心も消えかかる…

その通り、
「神様が人を創って、放ったらかし」に
見えるからだ。

しかし、自分の何らかの変化が
人生の目的だと分かれば、
いちいち、神様が現れて、
やさしい言葉をかけ、
手取り足取り助けてくれることが
いいとは言い切れない。
それによって、果たして、人は変わるか。
あるいは、変わったことになるか…

自由に、善も悪も選べる状態でしか、
人は、成長できないだろう。

そして、その成長、変化も、
ただ時間が経過するのを待つだけで、
本当かどうかが分かってくる…

何も、神様が現れて、
「あなたは、変わりましたか?」
「あなたは、成長しましたか?」
なんて、聞きにくる必要はあまりない。

時間が経てば、
自分自身の目にも、神様の目にも、
明らかに、自分の変化が見えてくる。

自由を望んでいながら、
神様の手厚いほどの保護を望むことは出来ない。
いや、「放ったらかし」に見える状態こそが、
手厚い保護の証(あかし)なのかもしれない。

さらに深く考えてみれば、
「放ったらかし」に見えるのは、
我々の目がちゃんと見えていないだけで、
本当は、見えざる手が、
ここにもあそこにもあるかもしれない。
そう、人間が恩知らずなだけなのかも…

恩知らずの私は、そう考えておくべきだと思った。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年9月 1日

さびしさをごまかそうとかしてはならない。

さびしさをごまかそうとかしてはならない。
自分を欺いたりしないで、
そのさびしさをまっすぐに見つめ、
その自分の心に忠実にしたがえばよい。

(大河の一滴、五木寛之、親鸞の言葉より)

さびしい、空しい、
それは、私たちの奥深くから来る感情。

何かでごまかそうとしたり、
何かですり替えたつもりになっていても、
それが本当に満たされていたかは、
時が経つと、ハッキリと分かる。

そして、そのさびしさの原因は、
誰かが近くにいないことでもなく、
自分の持ち物が少ないことでもなく、
やっぱり、心の乏しさ…

自分の心のどこが、
乏しいのか、見つめてみましょう。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年6月23日

人が真心の伴わない祈りをするならば、それは…

人が真心の伴わない祈りをするならば、
それは、その人にとって何の役にも立たない。

(モロナイ)

人は、どんな時、
誠心誠意、一生懸命、立ち向かったり、
行動したり、祈ったり出来るのだろうか。

大切な人に心を伝えたい時、
自分の使命とも言える目標に向かっている時、
何かの危険にさらされた時、
大切な人を失うかもしれない時…

もしかしたら、めったにないかもしれない。

しかし、逆に、
そんな瞬間を、自分の中で、
常につくりあげることが出来たら、
集中力と、祈りの力によって、
いろんなことが変わるんだろうな。

やっぱり、自分の人生に、
変化や奇跡を起こしたいと思うなら、
自分が真心ぜんぶを注ぎ込めるもの、
じゃあないとダメなようです。

今日は、日曜日、
ゆっくりと探したいもの。
心と体を癒しながら…

【参考】
エイジ(重松清)

2002年4月12日

住みにくさが高じると

住みにくさが高じると、
安いところへ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、
詩が生まれて、画(え)ができる。

(夏目漱石、草枕)

我々は、毎日、葛藤やら悩みの中で、
生きている。

これがなくなったら、
どんなにも楽かと思いながら、
生きている…

それは、自分一人だけでない。

どこへ行っても、どこで働こうとも、
自分の性格と一緒に、悩みや葛藤は
つきまとってくる。

でも、それがあるから、
それを詩にしたり、絵にしたり、
今ならホームページにも出来る…

あとは、
「それでいいんじゃない。」と
思うことさえ、出来ればいい。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年3月14日

登山というのは、登る

登山というのは、登るだけではない。
無事に下山するまでが登山なのです。

(大河の一滴、五木寛之)

高度成長だった日本においては、
我々日本人も必死に変化についていこうと
努力してきました。

しかし、最近は、賃金のベースアップゼロなど、
下らなければいけないところもあるようです。
それがイヤだ、イヤだと言って、
同じ山ばかりを見ていると、
別の山に登るチャンスを逃してしまいます。

下山する時は下山するんです、
見通しのよいところまで。
心を穏やかにしていれば、
下山の時も、景色は楽しめますし…

ただ注意してください。
足元がゆるんでいますから、
注意を怠ると、転げ落ちてしまいます。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年2月17日

「孤独」を知らない人

「孤独」を知らない人間というのは魅力がない。

(インターネット的、糸井重里)

朝も早くから、
パソコンの前に座って、
今日のコラムと「いい言葉」を
考えるShu。確かに、孤独な姿…

でも、魔法の時間。

自分を掘り下げ、
子供たちにも邪魔されず、
今日出会う人たちのために、
自分をゆっくり準備出来る時間。

孤独な時間とは、
そういう時間じゃないだろうか。
私の場合、それがないと、その時その時に、
流されて生きてしまうような気がする。

「孤独」とは、決して怖いことではない。

【参考】
エイジ(重松清)

2002年1月29日

ぼくたちピクミン あ

ぼくたちピクミン
あなただけについていく
今日も運ぶ 戦う
増える そして食べられる

ひっこぬかれて
たたかって 食べられて
でも 私達 
あなたに従い つくします

(愛のうた、ピクミンCMソング、ストロベリーフラワー)

けなげなこの歌詞。

こんな精神で自分に尽くしてくれる人は、
自分には誰にもいないよ、と嘆く人が多いかもしれない。

逆に、自分は、会社や家族のために、
こんなに尽くしているのに…と思っていることだろう。

そんな感情と、この歌詞がうまく共鳴して、
ゲームの歌なのに、
ヒットにつながっているらしい。

誰しもが、自分の献身的な頑張りを認めてもらいたい。
でも、なかなか、それは叶えられない。
そんな感情を、この歌が穏やかに静めてくれる…

子供たちは、大人達のそんな深い感情も知らずに、
シンプルなこの歌を、無邪気に口ずさむ。
そんな無邪気さが、また大人を癒す…不思議。

【参考】
エイジ(重松清)

2001年12月31日

死とは自己の責任で

死とは自己の責任で
向き合わなければならないのである。

(大河の一滴、五木寛之)

いつか必ず死ぬという人生、
その「死」を考えなくして、
いい人生を過ごすことは出来ない。

死に向き合えば、
それを含めて生き方が出来る。
それが本当…

死に背をそむければ、
突如それが訪れた時、
大切なことを忘れていた、
なんてことにもなりえる。

死とは何か、それまでの人生は、
自分にとって、どういう意味があるか、
じっくり考えてみてはいかが?


【参考】
エイジ(重松清)

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