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2008年9月13日

自分で自分のボスになる

自分で自分のボスになる

(玄田有史)

誰しも、命令されることは
あまり好きじゃないでしょう。

たいしたこともしないくせに、
自分の上に立って
偉そうにされるのも、
面倒くさいことが増えるばかり...

始める前には、
明確な指示を出さないくせに、
始めてしばらくすると、
口を出してきて、
変更を余儀なくされるのも
迷惑といえば迷惑です。

なんで、自分のボスは、
こんなヤツなんだろう、
と思う人は少なくありません。

自分だったら、
そんなふうにならないぞ、
と思っていた人の大半が、

今現在、そんなボスに
なっていることでしょうから、
不思議といえば、不思議な循環です。

ボスがいらないとなれば、
自分で好きなこともできますが、
すべての責任が自分のものになります。

そういうことを認識しないで、
ボスから逃げようとしても、
どうしようもありません。

ボスから解放されるためには、
あるいは親とか先生から解放されるには、
自分で自分のボスになれなくちゃいけない。

それは、言葉で
「責任なんか自分でとるよ」
っていうことじゃない。

もっと分かっていなくちゃ
いけないこともあるんです。

(参考)即戦力の人心術(マイケル・アブラショフ)

»友達に、いい言葉カードを送る

2007年11月 2日

憧れは、時に、…

憧れは、時に、
仕事の邪魔になる。
でも、憧れは、心に
たくさんの種をまいてくれる。

(ドラマ「働きマン」)

幼い頃、
亡くなった祖父と、
冬の雪をこいで歩いて、
わが家のりんご園に
向かったことを覚えています。

雪がある中で、
りんごの木にやることは、
枝の剪定(せんてい)でした。

だまっていれば、
どんどん伸びてくる枝の中から、
伸ばしてあげたい枝だけを残して、
それらの枝を邪魔しそうな枝は、
切り落としていく。
雪が降り積もっていて、
枝に届くから出来る作業です。

私も見よう見真似で
やったと思いますが、
今思えば、いい枝の方を
切り落としていたかもしれません。

枝が邪魔をするように、
自分のことを邪魔するのも、
自分である場合が少なくありません。

憧れやこだわりが
いい仕事を生むこともあれば、
いい仕事を停滞させることも…

心の中にあるそういう1つ1つが、
いいとか悪いとかの話ではなくて、
それをどう使うか、
人間側の問題だと思うのです。

そうしないと、失敗もありえる。
ちなみに、先日の私、
憧れのドーナツをやっと手に入れて、
ちょっと食べ過ぎちゃったら、
胸やけする羽目に…。

憧れをコントロールする心は、
欠かせないもののようです。


(参考)働きマン(安野モヨコ)

2007年10月25日

自分が楽に生きられる場所を…

自分が楽に生きられる場所を
求めたからといって、
後ろめたく思う必要はありませんよ。

サボテンは水の中に生える必要はないし、
蓮の花は空中では咲かない。
シロクマがハワイより北極で
生きるほうを選んだからといって、
だれがシロクマを責めますか。

(西の魔女が死んだ、梨木香歩)

カムラさんからの投稿です。

自分の生きやすい場所が、
他の人々と同じとは限らない。

北極が生きやすいと言っているのに、
自分たちが好きだからと言って、
ハワイに連れていく必要もない。

逆に言えば、
自分が苦しんで生きている場所から
他の場所へ移っていこうとする人に
「逃げるな」という権利もない。

本当に逃げたいのは、
自分の方だったりして…。

まして、新しく来た人たちに、
「ここって、最悪だよ。
 こんなところによく来たね。」
なんて教え込む必要もないしね。

その人たちは、
気に入るかもしれないのだ。

自分の目で見て、
自分の体で感じて、
自分の生きやすい場所を
探した方がいい。

一度きりの人生だから、
自分に合う空間を見つけましょう。

ちなみに、この本には、
こんな言葉もあるようです。

「真相が究明できた時、
 初めてこの疑惑や憎悪から
 解放されると思うわ。」

「そうでしょうか。私は、
 また新しい恨みや憎しみに
 支配されるだけだと思いますけど。」


(参考)西の魔女が死んだ (梨木 香歩)

2007年10月22日

わからないことはわからないままでいいんだよ。…

わからないことは
わからないままでいいんだよ。
『わからない』ことが
答えなんだから。

(作者不詳)

子供だったら、
自分の親とか先生について、

大人になって会社に勤めたら、
自分の上司について、

どうしてこの人なんだろう?
と首を傾げて、自分の境遇を
嘆きたくなることもある。

ハッキリと選べないものは、
くじ引きみたいなものと
あきらめるしかない。

隣りを見れば、
楽しそうな親や先生、
理解のありそうな上司が
その子供や生徒、部下から
慕われている姿があったりする。

そんな風景を見たときには、
なおさら、うらやましくなる。

どうやら、自分は、
「はずれ」を引いてしまったようだ。

あと何年、この「はずれ」期間を
ガマンすればいいのか?

いつかは終わると分かっていても、
「はずれ」なんて
気に入るわけがない。

「あたり」が欲しい。

「あたり」を求めて、
思い切ったことをしたけれど、
また「はずれ」になる時もありうる。

どうして?

分かるわけがない。
単なる「あたり」「はずれ」なのだから…

あとは、そこで必要な経験を
積むしかないのだよ。

(参考)「わからない」という方法 (橋本 治)

2007年10月12日

誰もが歩む人生に、たいした…

誰もが歩む人生に、
たいした価値があるとは思えないので、
東京での生活を終わりにします。

(映画「サウスバウンド」)

「東京での生活」には、
どんな象徴があるんでしょうね。

東京に行けば、仕事もあれば、
遊ぶところもあるからということで、
地方の若者の多くが、東京へ向かう。

この言葉の「東京での生活」は、
いろんなものに置き換えられるかも。

要は、ものすごく多くの人が、
多くの人がやっているから、
という理由で、当たり前と思って、
やっていることの代名詞。

必ずしも、文字通りに、
「東京での生活」であるとは
限らない。

きっと、東京に居ながらも、
田舎暮らしのようなことも出来る!?
流れにのせられないで…

同じような水準の生活に目指す、
同じことをすることに価値がある、
これって、日本が苦しかった時代の
「あこがれ」の名残かも。

誰にでも、幸せになる権利はあるけれど、
誰もが、同じような「幸せ」に
向かわなければいけない理由は
何1つない。

もし、私たちみんなが
東京での生活を目指すとすれば、
それは、せいぜい、日本語が出来るから
くらいの理由しかないかもしれない。

英語しか話せなかったら、
ニューヨーク、ロサンゼルスを
目指すかもしれないし、

スペイン語だったら、
また別の都市での生活かも。

それだけの話だったりして…

だとしたら、
どこに住みたいと思っても、
たいした価値がない。

別の理由で、
別の生きる場所を見つけることに、
大きな価値があるのかも。


(参考)サウスバウンド (奥田 英朗)

2007年10月 2日

わえわれの名誉が、…

わえわれの名誉が、
われわれを苦しめている。

(人生の短さについて、セネカ)

私たちを喜ばすものが、
私たちを苦しめる…

よい意味でも、悪い意味でも、
それは、事実のように思います。

たとえば、子供。
生まれれば嬉しい、
けれど、育てるには、
いくらかの苦しみも伴う。

成長すれば、
また喜ばしてくれます。
しかし、その際にも、
いろいろな問題が生じます。

生きているものに限らず、
名誉でも、お金でも、美貌でも、
一度手に入ったものは、
それを長く持とうとすればするほど、
それまで以上の努力を
要求されたりします。

周囲からの期待も
感じたりして…

先日、不登校の娘を持つお母さんが
こんなことを言っていました。
「私たちにしてみれば、
 学校に行ってくれるだけでも、
 うれしいことなんだけど、
 学校に行くのが当たり前になったら、
 今度は、成績がよくなって欲しいとか、
 望んだりするだろうね。」

もっと高く、もっと長く、
もっと、もっと…
と望むのが、人間の常。

それなくしては、
たしかに、生きがいも減る。


(参考)人生の短さについて(セネカ)

2007年9月 7日

何がきっかけで…

何がきっかけで
自分のやりたいものが
見つかるかは分からない。

(NHKドラマ「どんど晴れ」)

だいたい、こんな言葉は、
若い人向けに思えるけれど、
そうじゃないって気がした。

私はもう(まだ?)38歳だけど、
今なお「やりたいもの」、
そのきっかけを探して、
ずっと待っているらしい。
つまり、現在進行形…

ただ、10代、20代
の頃に比べて違うのは、
いくらか、欲を
コントロールできること。

やりたいこと、
欲しいものだけに盲目になって、
周囲が見えなくなると、
落とし穴や罠にはまるのは、
よく分かっている。

欲そのものは
悪くないけど、
強ければ強いほど、
悪意のある人に利用されて、
足元をすくわれたりする。

とは言っても、
そんな経験も悪くない。
それをきっかけに、
やりたいことが
見つかることもあるから。

どこにでも、
きっかけは転がっている。
思い込みの少ない心と頭だけが
それを見つけられる。

とてつもない貧乏経験をきっかけに、
本が出版できたお笑い芸人さんも
いますからね。


(参考)ホームレス中学生 (麒麟・田村裕)

2007年9月 3日

…ピンチだけをお与えに ならない…

神様は決して
ピンチだけをお与えに ならない

ピンチの裏側に必ず
ピンチと同じ大きさの
チャンスを 用意して下さっている

(ピンチの裏側、山本よしき)

佐賀北高校が甲子園で優勝して、
野球部の部室にあるこの言葉が
有名になりましたね。

すでにご存知の方には
ブームにちょっと遅れた紹介で、
申し訳ありません。

ピンチに意外と鈍い私には、
チャンスばかりが目立つ人生ですが、
やっぱり、油断しているうちに、
いろんなチャンスも逃すことが多い
と自覚しています。

ピンチには、
乗り越える苦しみしかない。
と思っている人にとっては、
きっとチャンスなんて見えない。

ピンチって、苦しい前に
必ずドキドキがある。

そのドキドキ感だけで、
苦しくなりそうな気配を感じて、
イヤだイヤだと目をつむったら、
その目の前をチャンスが
通り過ぎてしまう。

ドキドキは、
ピンチの予感でもあるけど、
チャンスの予感でもあるのだ。

ドキドキのピンチで、
目をつむらないように
がんばってみたいと思います。


(参考)チャンスに勝つ ピンチで負けない (長谷川滋利)

2007年7月15日

もう運を天に任せるより…

もう運を天に任せるより
ほかにしようがない
というのですけど、

運というものは天にも、
人にも任すもんやない、
自分で拾うて
つくるものですわな。

(白い巨塔2巻、山崎豊子)

多分、運というものは、
あるかもしれない。

専門家に言わせれば、
それは、確率の問題
と言うだろう。

めったに起こらない良いことが
自分に舞い込んでくれば、
運がいいと言い、
そうでなければ、
運が悪いと言う。

運を運に任せているうちは、
どんな味方も登場しない。

確率の問題で、
自分の前を通り過ぎようとする運を
引き止めて、自分のものとした時に、
味方が出来たりする。
同時に、敵が増えることも…

味方や敵が登場するのは、
運や確率の問題とは、また違う。

自分が出した結果への反応として、
生まれてきたもの。
それがまた結果を出して、
反応を生む。

良い方向に進めば、運がいいと
うらやましがられるかもしれない。

きっかけには、
運とか確率の問題が
からんでいるとしても、
その後は、本人の努力も
含まれているのだ。

運がよくてうらやましいとか、
才能があってうらまやしいとか、
そんな言葉で解決させていたら、
自分の運をつかめるわけなどないのです。

拾えるものは、
ちゃんと拾うんですよ。


(参考)すべての「結果」は引き寄せられている(澤谷 鑛)

2007年7月 1日

チャレンジすると新しい自分に出会える。

チャレンジすると
新しい自分に出会える。

(朝日新聞「どらく」、田中好子)

自分に飽きないっていうのは、
才能かもしれないし、
欠点かもしれません。

古い自分ばかり
いつも眺めているのに
飽きないとすれば、
きっと変わろうなんて気が
起きるわけがありません。

けれど、同じ飽きないでも、
いつもチャンレンジに立ち向かって
変わっていく自分がいるから、
飽きるわけがないという場合もある。

毎日とはいかなくても、
生きていれば頻繁に、
自分に迫ってくる課題が
必ずあると思います。

その課題を感じて、
自分から立ち向かっていけば、
それはチャレンジになります。

しかし、逃げられるまで逃げて、
どうしようもなくなってからふり向き、
その課題にイヤイヤ取り組む頃には、
問題が大きくなりすぎていることが多く、
きっと試練になることでしょう。

チャレンジでも、試練でも、
私たちがそれらを乗り越えれば、
新しい自分に出会えます。

出会えることが分かっていて、
それを楽しみたいなら、
やっぱりチャレンジにした方がいい。

試練より何倍も気持ちいいのは、
誰もが経験済みのことでしょう。

今日も、新しい自分に出会ってください。


(参考)ドラマ「大地の子」

2007年4月25日

心こそ心迷わす心なれ。…

心こそ心迷わす心なれ。
心に心、心ゆるすな。

(不動知神妙録)

自分の心を
一番迷わすものは、
何なんだろう…

と考えてみれば、
その同じ心の中に住む
別の心だったりする。

確固として見える心の隣りに、
迷える心が、
ちょこんと座っている。

その心を追い払おうと
何度も何度ももがくけれど、
するっと身をかわされてしまう。

なぜか?

それは、迷える心が
本心だったりするから。

本当は迷っているのだ。

その証拠に、
確固として見える心を
ちょこっと押し出してみれば、
瞬く間に、消え去る気配さえある。

私たちの中には、
迷える心がある。

それを無理に
追い払おうとするのは、
自分にウソをつくこと。

かと言って、
向き合おうものなら、
迷える理由を探し当てるどころか、
迷いに飲み込まれてしまう。

追い払おうとせず、
向き合いすぎず、
迷える心と付き合う時間を減らせば、
自ずと、その心は消えていくと思う。


(参考)人は「暗示」で9割動く!(内藤誼人)

2007年2月12日

間違いを犯す自由が…

間違いを犯す自由が
含まれていないのであれば、
自由は持つに値しない。

(マハトマ・ガンジー)

什御さんからの投稿です。

「何をやっても自由だよ。」

心地よい言葉だ。
しかし、その後に、

「けど、失敗はしないで。」

と言われた瞬間に、
なんか違和感を感じてしまう…
自由なのかなぁ。

失敗しないことを条件に
自由をもらっても、
ちょっと迷惑かもしれない。

もし、そういう条件のもとでも、
全力を尽くせる人がいるとすれば、
よほど精神力が強い人だと思う。

そういう人は、
自由がなくても
きっとやれるだけのことは、
ちゃんとやって頑張れる人のはず。

ふつうは、
失敗しないことを意識しすぎたら、
肩に力が入ってしまって
頭の回転も動きとかも悪くなっちゃう。

さらに、失敗に
罰でも付けられようものなら、
始めることさえ出来なくなる。

失敗するための自由ではないけれど、
失敗もありえる自由でないと
意味がないんですよね。

けれど、こういう言葉もあります。

「自由が欲しい時は、
 他人に頼んじゃいけないんだよ。
 君が自由だと思えば、
 もう君は自由なんだ。」
 (リチャード・バック)

自由は、自分次第なところもあるのです。


(参考)どろろ(手塚治虫)

2007年2月11日

人生にゃ出来るも出来ねーもねえ!!…

人生にゃ
出来るも出来ねーもねえ!!

あるのは…
”やるかやらないか”だ!!

(史上最強の弟子ケンイチ、松江名俊)

あの人には、
才能があるから出来る。
わたしには、
才能がないから出来ない。

そういう結論は簡単。

努力する意味・価値を
すべて否定できちゃう。

けれど、本当は、
努力する以前の
問題だったりする。

この季節、ちまたでは、
卒業式の準備が始まっている。

娘たちの小学校では、
5年生が卒業生入場の曲を
演奏する役があるようで、
先週末に、リコーダーの担当を
募集したようだ。

次女のクラスでも募集があり、
手をあげる人が
あまりいなかったということで、
お人好しの次女が手をあげたらしい。

「やろう」という気持ちには、
とても感心である。

ところが、自宅に帰ってきて、
渡されている楽譜を見て
練習している様子を眺めていると、
なんか迷惑かもしれないレベル。

手をあげたと聞いた時に、私は
「え?おまえ、音楽、出来たっけ?」
と思ったくらいだから、
その結果は予想の範疇…

やる気だけはある次女。
リコーダーが出来るようになるかは
分からないけれど、そのやる気で
人生を切り拓いてもらいたいと
願っている父親です。


(参考)史上最強の弟子ケンイチ(松江名俊)

2007年1月19日

人生は、その一割が…

人生は、その一割が
自分に起こることで、
残りの九割が
それに対する自分の反応である。

(できる人とできない人の小さな違い、ジェフ・ケラー)

SPKさんからの投稿です。
「人それぞれ環境とか色々あるけど、
 やっぱり、人生のほとんどは、
 自分の選択によって
 自分の思ったように
 作られていくんでしょうね。」

人生って、自分との
付き合いですからね。

生まれてから死ぬまで、
自分との付き合いが
終わることはない。

たとえば、恋人から
別れ話を切り出されたり、

会社の仕事において、
大きな失敗をしてしまったり、

突然、大切な人が
事故や病気になったり…

そういう出来事を知る時間は、
おそらく5分くらいで済みます。

その後は、それについて、
自分がどう感じるか、思うか、
考えるか、という揺れる時間に
長々と付き合うことになるのです。

相手が何を言っていても、
心の中では、自分しか
見えていないことも多いはず。

おそらく、ある程度、
落ち着いた気持ちがあれば、
さらに情報を得ようとするでしょう。
行動も起こせるかもしれません。

ただ、どれだけ
多くの情報を得ても、
その出来事や、
その中にある自分自身に
うまく反応できなければ、
どうしようもありません。

自分の人生は、
自分がどういう反応をするか。
それを、どれだけ操れるか。

やっぱり、
それにかかっているんですね。


(参考)できる人とできない人の小さな違い(ジェフ・ケラー)

2006年9月29日

大好きな人の力になるのは…

大好きな人の
力になるのは
いつだって
自分だけでありたい。

(フルーツバスケット、高屋奈月)

下手すると、嫉妬とかにも
発展しそうな思いですが、

自分のためには頑張れないけど、
誰かの力になりたいと思って
頑張って生きていけるとすれば、
その人には「きっかけ」になる。

最近、うちでは手紙ブームです。
寝る前に、長女と次女が二人で
お母さんに手紙を書き争っています。
今日学校であったこと、
友だちのこと、頑張っていること…

返事を書くのがたいへんだと、
嘆いている妻は、幸せ者でしょう。

返事なんて、
いくらでも書いていやるよ
と準備している父親には、
一通も来ないんですからね。…笑

がんばりたい、
力になってあげたい、
と思えるくらい大好きな人が
いるのって、素敵なことだなぁ、
と改めて思います。

子供の頃には、まず、
その見返り(返事とか)を
求めるのが普通ですが、

きっと大人になると、
ちょっとの間は、
見返りがなくても、
頑張れるんです。

そして、
そうやって
成長していける。

もちろん、見返りがあれば、喜ぶ。
もし、見返りがないとしても、
成長が残っていることに感謝して、
次に進める人間になれる。

大好きな人が
いい人であればあるほど、
そういう成長の循環が巡ると思います。

いい人を好きになれますように…


(参考)人のためになる人 ならない人—コーチ力が生み出す人間力・社会力(辻秀一)

2006年9月28日

本当の団結は、自立の中にだけ…

本当の団結は、
自立の中にだけ
ありうる。

(英語)
True solidarity is
only possible among the solitary.

(ジョセ・バーガミン)

たくさん群れれば、
団結できるわけじゃない。

群れることによって、
最初は団結しているように見えても
かえって収集がつかないことも多い。

要は、そこに集まった一人一人が、
どれだけ自立しているか。
他に依存しすぎずに、
自分の力を発揮する気持ちがあるか。
そこに、団結パワーが
生まれるかどうかの鍵がある。

誰かの力を借りたい時に、
たくさんの人を集めようとするよりも、
まず、自立した人を探した方がいい。

実は、これが一番難しい。
それは、自分が自立していないと、
自立した人間に出会えないから。

もちろん、自立すればするほど、
たくさんの人に頼られる可能性あり。
その中から、自立した波長をもつ人を
感じるためには、「自分」が必要。

依存したり、寄り添う
気持ちが強すぎると、
きっと別の者と強く結びついちゃう。

そんなふうに群れれば、
結局は、人を高めるパワーよりも、
落とし入れるパワーが強まったりする。

集まった時には、その時を大切に。
孤独の時にも、その時を大切に。


(参考)孤独力—人間を成熟させる「ひとりの時間」(津田和寿澄)

2006年4月26日

幸福は小鳥のように…

幸福は小鳥のように
つかまえておくがいい。
できるだけそっと、
ゆるやかに。

小鳥は自分が自由だと
思い込んでさえいれば、
喜んでお前の手の中に
とどまっているだろう。

(ヘッベル)

あっという間に、
離婚してしまいましたが、

杉田かおるさんの結婚で、
武田鉄矢さんが送った言葉と
重なります。

「幸せになろうと思わないで下さい。
 幸せをつかみに行って
 幸せをつかんだ人は1人もいません。
 幸せは感じるものです。」
 (武田鉄矢)

幸せ体質って、あると思います。
1つだけとかでなく…

才能を伸ばすタイプもあれば、
人に尽くすタイプもある。

自分から漂うオーラで
幸せにしてもらえるタイプもあれば、
幸せかどうか考えないまま
ひたすら生きる幸せのタイプも。

他人と同じ幸せをつかもうとして、
横を通り過ぎかけた他人の幸せを
ぎっちりと握ったりしようと
するから、手の隙間からこぼれる。

手の感触で分かるか
分からないかくらいの状態。
確かめすぎれば、
つぶれたり、壊れたりもする…

自分の幸せ体質に合わせて、
幸せがやってくるように仕向ける。
それが一番。もちろん、
ただ待っているわけじゃない。

幸せは、小鳥みたいなもの。
私たちと同じで自由が好きなのだ。


(参考)幸せを開く7つの扉-チャクラ-(ロッキー田中)

2006年2月 8日

過去とは異国のようなものだ、…

過去とは異国のようなものだ、
とはよく言ったものだ。
そこでは何事も
まるで違っている。

(英語)
The past was another country,
as they say;
they did things differently there.

(Calling Your Name、ハワード・ウォルドロップ)

逆も言えるわけですね。
未来とは異国のようなものだ。

そう思った方が
楽かもしれない。

過去、現在、未来に、
同じようなことを期待するから、
無理がある。

ただ、違うこととは言っても、
自分が描く「違い」ばかりを
期待しても、またしょうがない。

旅行するような気分…。

旅行に行くわけですから、
ある程度の予測はするけれど、
日常とは違うことが
起きるのを期待するのが当然。

だから、会う人会う人が、
それまでの常識からは
考えられない人間であっても
不思議じゃない。

自分の常識なんて、
自分の時間や国でしか
通用しないもの。

過去も未来も、
異国のようなもの。

なんか気楽です、私は…

(参考)人生の急所(佐藤康行)

2005年12月23日

現実を変えたければ、…

現実を変えたければ、
質問を変えなければならない。

(神田昌典)

自分が知らず知らずのうちに、
自分に問いかけていることが
あるものです。

これを覚えたら(学んだら)、
将来、有利になるか?

この人と結婚すれば、
幸せになれるか?

この会社に入れば、
いい給料をもらえるか?

その結論には、
重大な意味があるでしょう。

しかし、
こんな質問にも
変えられる。

これを勉強していくなかで、
もし行き詰っても、
あきらめない決心はあるか?

この人のイヤなところを見ても、
ずっと好きでいられるよう
努力を続けられるか?

この会社で、
乗り気のしない仕事を任されても、
やり遂げるだけの意欲はあるか?

生きていれば、きっと、
招きたくない現実が、
自分のところにやってくる時がある。

その現実の先に、
本当に招きたい現実が、
待っていることもある。

大切なのは、
自分の本心を確かめる質問を
ちゃんと持っていることだと思う。
だから、答えをややこしくする自分に
気づいた時には、特に注意するべき。


(参考)神の手(パトリシア・コーンウェル)

2005年8月26日

どんな魔法も、どんな宝物も、…

どんな魔法も、
どんな宝物も、
自由にはかなわない。

(映画「アラジン」)

まいさんからの投稿です。 
「自分が、今何かに
 とらわれていないだけ幸せ。」
というコメントでした。

何かを持っていることよりも、
何かが足りないことよりも、
持つことも持たないことも
できるという自由の方が大切。

でも、それを思い続けるのは、
意外と難しいんですよね。

だから、何かが欲しくなる。
自由では飽き足らなくて…

欲しくなると、今度は、
心がそれに束縛される。
四六時中、それを考え始める。

恋でも、お金でも、モノでも、
それ自体は悪いものじゃあないけど、
それに縛られてしまう自分の考え方、
自由を手放してしまう自分が
良くないんでしょう。

あらゆるものから自由でいること、
なんて、なかなか大変でしょうね。
何ものにも関係しないなんて
生きることを放棄するに
近いことだから。

でも、心の中だけは、
出来る限り自由でいるようにしないと、
縛られているものから影響を受けて、
判断を誤ってしまいそうです。

最低限どれだけを持っていれば、
自由でいられるかなんてことは、
私も分かりませんが、

今与えられている自由を
満喫することは忘れたくないですね。
せっかくあるんですから。

【参考】
きょうの猫村さん(ほし よりこ)

2005年5月12日

何も無い場所だけれど、ここにしか咲かない花がある

ここにしか咲かない花(コブクロ)

何も無い場所~の部分

ゴールデン・ウィークに、
みんなで海に行きました。
もちろん、まだ少し肌寒いから、
泳いでいる人はいません。

それでも、恋人やら、家族連れが
海辺で、海水と砂で遊んでいる。
私も、その一人…

後ろを見れば、
流れ着いた木とかゴミ以外は、
本当に何もない海です。

でも、たしかに、
育っているものがある。
それは、防砂のための草。

風が吹いても、砂に埋もれても、
ちゃんと育っている。
誰からも注目されなくても、
順調に育っているから、
役に立つ草になるのです。

相田みつをさんの詩を思い出しました。
「トマトもね メロンもね
 当事者同士は
 比べも競争もしてねんだな
 トマトはトマトのいのちを
 精一杯生きているだけ
 メロンはメロンのいのちを
 いのちいっぱいに
 生きているだけ」

防砂のための草は、
人が植えたものだけど、
何もないところだからこそ、
育てば、役に立つ草。

地盤があって、
太陽の光があれば、
何もないと見えるところでも、
ちゃんと育つわけだ。

人も、そうかもしれない。
何にもないような田舎から、
時々、すごい人が育つのも、
それに関係あるだろう。

【参考】
ここにしか咲かない花(コブクロ)

2005年5月11日

…脳は、汚らわしいものを吐き出すことができません。…

体には、有害な食物を
受けつけない防衛作用が
あります。…
(しかし、)
脳は、汚らわしいものを
吐き出すことができません。
いったん記録されると、それは
呼び出すことができるテーマとして
脳の中にとどまります。

(英語)
The body has defenses
to rid itself of unwholesome food.

The brain won’t vomit back filth.
Once recorded, it will always
remain subject to recall.

(雑誌「ニュー・エラ」)

小説が映画化されたものを見る時に、
私たちはワクワクしたり、
逆にガッカリするものです。

原作を知る人は、
完璧な形としてではなくとも、心で、
いろんな場面を描いているからです。

だから、それが映像となって
目に飛び込んでくる時には、
やはり強烈になります。

衝撃的であればあるほど、
見るものは記憶にも残り、
心ばかりか、体まで揺さぶられます。

見るものには、注意した方がいいです。
心が支配されやすいですから…

何かSFっぽいことを
言っているのではありません。

ふれるものの中で、
脳に記憶が残るものの中で、
「見る」ものは影響力が大きい、
と言いたいのです。

多分、「読む」「聞く」は
頭をけっこう使いますが、
「見る」はそんなに使わないせいも
あるでしょう。だから、
ストレートに脳へ記憶される…

なんか、怖いですね。
知らず知らずのうちに、
ウソの映像でコントロールされたり
していたら、バカを見そうです。

反対に、夢を「見える映像」にしたら、
それに近づけるとも言えそうです。

見ると脳の関係、今日のポイントです。

【参考】
海馬/脳は疲れない(池谷裕二、糸井重里)

2005年5月 9日

…手にしているものを欲しくなり始めればいい時。

欲しいものが手に入らない時、
それは、手にしているものを
欲しくなり始めればいい時。

(英語)
When you can’t have
what you want,
it’s time to start wanting
what you have.

(キャサリン・A・ストン)

いろんなものが欲しくなって、
それがどんどん手に入っていく。

新しいものが出れば、
また欲しくなって、
それも頑張れば、
また手に入る。

しかし、必ず、どこかで、
何としても手に入らなかったり、
逆に失ったりする時がある。

それは、チャンス。

欲しい、欲しいという、
底なしの欲望にちょっとフタをして、
何もなかった頃に比べて、
今はどれだけのものが手に入っていて、
その中のどれだけのものを
忘れているかに気づく時。

せっかく手に入れたのに、
その時ほどのときめきがなくなったもの。

それは、ものに限らず、
恋人でも、結婚でも、仕事でも、
そんなものがあるように思う。

私も、心当たりあるなぁ…

だからと言って、
向上心をなくするとか、
古いものばかりを大切にするとか、
にはならないように、
自分をコントロールできるように
なりたいですね。

それにしても、
すでに手にしているものを欲しがるって、
すごい想像力のいることだから、
いろんなことに役立ちそう。

【参考】
3分間日記―成功と幸せを呼ぶ小さな習慣(今村暁)

2005年5月 7日

むやみに願ったり夢見たり、…

むやみに願ったり夢見たり、
あるいは信じたりすることが、
それだけでは何ものでもなく、

願ったり信じたりすることを通じて、
自分がつくり変えられていくことが、
最も大切なことである…

そして、願いや夢が
かなえられるということは、
その願いや夢に、自分が
相応しいものになっていく
ということ。

(アスランの拒絶、奥野政元)

夢や願いに、
自分がふさわしいものに
なっていくこと。

これって、
なるほどなぁ、と思います。

ふさわしくなっていないのに、
権利ばかりを主張しても
しょうがない。

だいたいにおいて、
義務を果たさなければ、
ふさわしいとは認められない。
能力も身につかないはずだから…

そして、願いや夢が
叶おうが叶うまいが、
その過程で、私たちは成長する。

そして、最初の願いや夢を
逃したとしても、
次のそれらを得るためのパワーが
身についている。

そういうことを考えれば、
叶わないことも悪いことではない。

私たちにとっての、
夢と願いの役割を知りましょう。

だからと言って、
自己満足に浸りすぎることもなく。

【参考】
「ナルニア国ものがたり」(C.S.ルイス)

2005年4月 8日

…奴だけが、自由を手に入れられるんや!

自分の人生に
責任を持てる奴だけが
自由を手に
入れられるんや!

(年収0円のサバイバル生活術、青木雄二)

この本は500円だけど、
図解とマンガで大切なことを
教えている。

すでに多くの被害者がいるのに、
借りてはいけないお金を借りて、
さらに苦しんでいたり、

「まゆつば」もんの成功本を読んで、
楽に成功できるような気にさせられて、
始めてみたものの何も変わらず、

そんな人が、同じお金を使うなら、
こんな500円の本に投資して、
世の中の現状を知り、
自分の能力や知識を増し加えることに
集中した方がいい。

責任のとり方は、
自分を磨いていくしかないのに、
世の中には、都合よく、
その場しのぎのものが多くある。

そりゃあ、自分を磨くよりも、
その場しのぎの方法は楽だ。

しかし、もれなく、
その後の自由が奪われる、
という大切なことを忘れている。

それを見分けられない能力が、
すでに、その後の失敗を
定めているようなもの。

自由と責任は、
やっぱり切り離せない。

【参考】
年収0円のサバイバル生活術(青木雄二)

2005年3月 3日

…林の中の象のように。

孤独に歩め。
悪をなさず、
求めるところは少なく。
林の中の象のように。

(ブッダ)

映画「イノセンス」に
出てくる言葉です。
一度だけでなく登場するので、
自然に覚えちゃいました。

林の中の象のように?

象の生態を調べてみると、
坂本龍一教授が、
アフリカでの生活体験から、
こんなことを書いているページが
ありました。

「象がどんなふうに生きているのか、
 どれだけ深い知性を持っているのか、
 がわかってきた。
 象は長いことこの地球に生きていますが、
 少なくとも
 人間が現れ出でてからの記録では、
 他の種を滅ぼしたり、環境を壊滅したり
 といったことはしていない。

 彼らは、彼らの言葉で
 穏やかに語り合うことで
 物事を解決している。
 そんな象の姿から、
 今こそ我々は学ばなきゃいけない。」

象の生き方…なんて、
考えたこともありませんでした。

哲学があるんでしょうね。
神様を信じているのか、
信じる必要もないほど
知っているのか分かりませんが、

求めるところは少なく、
というスタイルで生きていける、
というのは、人間にとって、
なかなか真似できないことですね。

真似できないことに、
自分の本質があるのかも、
そんなことを気づかせてくれました。

【参考】
映画「イノセンス」

2005年2月 8日

夢や目標は自分を裏切らない。…

夢や目標は自分を裏切らない。
自分が夢や目標を裏切るだけ。

(引用元不明)

だいぞうさんより、
「高校の時に見つけた
 落書きされていた言葉です。」
というコメントで、
投稿をいただきました。

自分が裏切るだけだってね。
なんか、夢や目標に対する
責任は重大ですね。

夢や目標を、
生き物のように
育てるものと思ったら
いいかもしれない。

育てなければ、
思ったように
育つわけがない。

自分の願いを
叶えてくれるわけがない。

子育てみたい。
たとえば、自分の思い通りに
なって欲しいと思いながら、
楽しみに育てたとする。

けれど、子どもには
子どもの思いがある。
いつの間にか、
親の思いとは違うものを
心に描いていたりする。

そうなった時に、
思い通りにならないから、
というような理由で、
放り出したりすれば、
本当に、裏切られたりする。

しかし、実際には、
放り出して時点で、
自分が裏切っているのである。

いや、もしかしたら、
自分に都合のいい期待を
している時点で、
自分が、裏切っているの
かもしれませんね。

なんか、そう考えると、
いくつも心当たりが…。

【参考】
何度でも(ドリームズ・カム・トゥルー)

2005年2月 4日

自由になりたい くだらない事はもう忘れて…

自由になりたい
くだらない事はもう忘れて

自由になりたい
明日の事など気にせずに

自由になりたい
誰かの視線なんか気にしないで

自由になりたい
流行り廃りに惑わされずに

自由になりたい
何処に行くのか分からなくても

(ジユウ ニ ナリタイ、斉藤和義)

こんな気分になること、
ありませんか?

仕事だからやるけれど、
本当は、意味ないよねぇとか、
くだらないって思っている。

今日のことだけでも
手いっぱいだというのに、
明日の天気、明日着る服、
明日の弁当、明日の仕事、
いろんなことに埋もれている。

注目されるのは嬉しいけれど、
それをずっと気にかけて、
自分を繕い続けるのは、
正直、もう疲れている。

みんなと同じなのは
イヤだけど、
みんなと違うのは、
もっとイヤだから、
いつも、流行に
敏感でなくちゃいけない。

ああ、ぜんぶぜんぶ
投げ出して、
どうなってもいいから、
何のしがらみなく、
生きていきたい。

そんなふうに
思うことはあっても、
本当に、自由の一歩は、
なかなか踏み出せない。

そうすれば、ずっと、
そのまま、このまま。

でも、自由って、
今をすべて
捨てることでもない。

多分、捨てても、
どこかにある「依存心」が
抜けきれない限り、
捨てても、また別のものに
頼るようになり、結局、
それが最後には、
しがらみになるから。

私たちは、すでに自由。
それが正解のような気がします。

【参考】
青春ブルース(斉藤和義)

2004年7月16日

夢がチカラ(KOKIA)

夢がチカラ(KOKIA)の歌詞

君の夢は~の部分

2004年オリンピックの
日本応援公式ソングだそうです。

いい歌ですよ。
元気が出てきます。

「夢がエンジン」、
なるほどです。

だから、
「熱意がガソリン」
そんなところでしょうか?

オリンピックに、
私たちの夢も重ねて、
今年の夏は頑張りましょう。

期間限定で、この曲をぜんぶ、
映像付きで聞くことができます。
まだ聞いていない方は、
こちらをクリックして下さいな。
(2004年8月までの期間限定です。)

これを聞いて、
今日一日元気になってもらえたら、
私も嬉しいです。

【参考】
歌がチカラ(KOKIA)

2004年5月28日

…あなたが成功すれば、偽りの友人、そして本当の敵が現れる。…

人は無理を言う。理屈が通らないし、
自分勝手だ。それでも、
愛そうじゃないか。

良いことをすれば、エゴでやったんだと、
人はあなたを批判する。それでも、
良いことをしようじゃないか。

あなたが成功すれば、偽りの友人、
そして本当の敵が現れる。それでも、
成功しようじゃないか。

今日、行った良いことは、
明日には忘れられる。それでも、
良いことをしようじゃないか。

正直に振る舞い、隠し事をなくせば、
自分は傷つきやすくなる。それでも、
正直に、隠し事をなくそうじゃないか。

何年もかかって築き上げたものは、
一夜にして崩れ去るかも知れない。
それでも、築こうじゃないか。

持っている最高のものを、
世の中に与えたら、
自分は損するかも知れない。
それでも、
持っている最高のものを、
世の中に与えようじゃないか。

世界は闘争で一杯だ。それでも、
平和な心を選択しようじゃないか。

(Anyway、マザーテレサ?[神田昌典訳])

この言葉を、Yahoo!アメリカで検索すると、
マザーテレサの言葉としてでなく、
紹介されているケースもあるようです。
(英語原文は、後半にご紹介しています。)

いずれにしろ、いい言葉だな、と思います。

私の心にグっと来たのは、以下。

「エゴでやったんだと、人はあなたを批判する。」
「偽りの友人、そして本当の敵が現れる。」

そうだよな、と思い浮かぶ人が、
一人、二人はいたりする。(笑)

でも、それって、
自分のことが見えていないだけで、
時と場所によっては、
自分がそんな存在になっているかも、
という心当たりもある。

だから、自分を変えようと頑張ったりするけど、

「一夜にして崩れ去るかも知れない。」

それでも、
自分をあきらめないようにしよう。
そう思いました。

(英語)
If you do good, people will
accuse you of selfish motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will
win false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will
be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and transparency
make you vulnerable.
Be honest and transparent anyway.

What you spend years building may
be destroyed overnight.
Build anyway.

People who really want help may attack you
if you help them.
Help them anyway.

Give the world the best
you have and you may get hurt.
Give the world your best anyway.

The world is full of conflict.
Choose peace of mind anyway.

【参考】
成功者の告白(神田昌典)

2004年4月20日

あの壁を見てみろよ。刑務所の壁はおかしなものだ。…

あの壁を見てみろよ。
刑務所の壁はおかしなものだ。
最初はそれを憎み、
次にそれに馴れてゆく。

時間が経つにつれ
それに依存するように
なってしまうんだ。

(映画「ショーシャンクの空に」)

自由が奪われるときの状態を
うまく表している言葉だな、
と思います。

少したとえは違いますが、
親でも、会社でも、社会でも、
何か自分の前に立ちはだかれると、
やはり、それに反発したくなります。

しかし、その立ちはだかったものから、
目の前に「保護」というエサを
ちらつかせられると、
「ま、いいっか」と思うのです。

お金だったり、
地位だったり、
保証だったり…

たしかに、
反発している状態が
ベストとは言えません。

しかし、その反発のエネルギーを
完璧に失い、保護だけに甘んじていると、
自分が鈍ってしまいます。

人が与える保護なんて、
ずっと保証されるものじゃあないんです。
だから、それに依存しきって、
本当の自由を勝ちとりたいエネルギーを
忘れるなら、どうなるか…。

想像にむずかしくありません。

そう考えていくと、
反発と依存はどこか違うようで、
その根底では同じものだったりすることが
分かります。

反発も、依存も、
自分のエゴから出ている場合です。

同じように、
自由と自立にも同じ根底があります。
自分の人生に対する自己責任です。

さて、あなたが怒るとき、
それは単なる反発ですか?
それとも、本当の自由を
勝ちとりたい自己責任ですか?

そして、もし自分の原因で
刑務所に入ったとすれば、
その原因は、もしかしたら…

【参考】
映画「ショーシャンクの空に」

2004年2月 5日

自由が欲しい時は、他人に頼んじゃいけないんだよ。…

自由が欲しい時は、
他人に頼んじゃいけないんだよ。

君が自由だと思えば、
もう君は自由なんだ。

(リチャード・バック)

他人に頼んだ瞬間に、
急に自由じゃなくなる。

それは、相手の心に、
見返りを求めるような
束縛の意思があるなら、
もちろんのこと。

もし、それがないとしても、
あなたの方が「引け目」を
感じる場合だってあるから。

「束縛」も「引け目」も、
もちろん、自由な感情ではない。

大切なことは、心が自由であること。

環境的に、経済的に、立場的に、
自由になったように見えても、
大きな後ろ盾があってのことだとすれば、
まだ本当の自由じゃない、やっぱり…

ただ、それが悪いこととは言えない。
だんだん、それから離れないと、
いつまで経っても、
自由は手に入れられないでしょう。

後ろ盾があっての
「自由もどき」であったとしたら、
後ろ盾を失ったときに、
自由でなく、孤独になってしまう。

もしかしたら、それからが、
本当の自由へのスタートかもしれない。
それは、それでいいでしょう。

私たちが何を自由と思うか、
どんな自分の状態に自由を感じられるか。

ああ、本当の自由を
手に入れるに
ふさわしくありたい!!

【参考】
それがぼくには楽しかったから(リーナス・トーバルズ)

2004年1月27日

人生はその人の勇気に比例して、縮小したり、拡大したりする。

人生はその人の勇気に比例して、
縮小したり、拡大したりする。

(英語)
Life shrinks or expands in proportion
to one’s courage.

(アナイス・ニン)

勇気がないと、
人生が縮む、
幅が狭くなる…

うん、かなりハッキリと
想像できる気がします。

勇気には2つあって、
始める勇気と、やめる勇気。

どちらも大切。

「はい」という勇気、
「いいえ」という勇気。

「付き合う」勇気、
「付き合わない」勇気。

「あきらめる」勇気、
「あきらめない」勇気。

常に、どちらか一方が
正解ということはないから、
大切なのは、やっぱり、
それを決めて進むこと。

「何を始めるのかも大切だけど
 何をやめるのかも大切」
 (心が元気になる英語のことば、ジオス出版)

聖書のこんな言葉も思い出しました。

「狭い門から入れ。」(マタイ7:13)

入り口が広くて、
楽そうなところは、
確かに勇気はいらないかもしれない。
でも、その先が狭く細く縮んでいく…

入り口が狭くて、
たいへんそうなところは、
大きな勇気がいるかもしれない。
でも、その先には可能性が広がっているかも…

何か決断する時には、
どちらが正しいかよりも、
どちらがより多く勇気を必要とするか、
考えてみるのも、面白いかもしれない。

くれぐれも、縮まないように。

【参考】
それがぼくには楽しかったから(リーナス・トーバルズ)

2004年1月15日

いま強くなる稽古と、3年先に強くなるための稽古と、…

いま強くなる稽古と、
3年先に強くなるための稽古と、
両方をしなくちゃならない。

(九重親方のセリフ、「ほぼ日」より)

私が今やっているのは、どっちかな?
そんなことを考えさせられる言葉です。

もしかしたら、
いま強くなる稽古と、
3年先のための稽古の違いを
理解することから始めなくちゃ
いけないかもしれない。

今の時代は、
3年先に効果があることを
先見することだって難しいから。

間違いなく、
3年前にそれをやってこなかった人々は、
今苦しんでいるはず。

そして、今それを始めない人々は、
3年後に苦労するはず。

いや、そうとも言い切れないかな…
的がはずれると、少しは苦労が残るから。

ま、苦労は残っても、
「3年先」を見ようという心がけも
残るだろうから、無駄とも言い切れないだろう。

こんな言葉も思い出しました。

「数日のために植えるなら花を植えよ、
 数年のために植えるなら木を植えよ、
 永遠のために植えるならアイディアを植えよ。」
(人生はすばらしいものだ、オグ・マンディーノ)

どっちも見てますか?

【参考】
人生は素晴らしいものだ(オグ・マンディーノ)

2003年10月 1日

私は、決して、今知っていることを恐れない。

私は、決して、
今知っていることを恐れない。

(英語)

I am never afraid of what I know.

(アンナ・セウェル)

私たちは、いつも、
真実の断片を持っている。

そ、それは完全なかたちではない。

だから、中途半端なものを見て、
それを恐れ、前に進めなくなると、
本当のかたちを知らないままになる。

さらに知れば、
なんのことはない、
自分に良いことだったりする。

たとえ、良いことでなかったとしても、
中途半端な状態で、
漠然とした恐怖を抱いているよりも、
ちゃんと真実を知って、
前に進んだ方がいい。

心配、あきらめ、恐怖は、
簡単に忍び寄ってくる。

しかし、それを受け入れるには、
私たちの知っていること、
情報が少ない場合もある。

だから、知り得た多少のことで、
腰が引けてはいけない。
まだまだ、知られていないことが
世の中には、たくさんある。

そして、それを見つけるチャンスが、
今のきっかけかもしれない。

どうか、今の自分に縛られないように。
知っていること、知らされたこと、
それだけに心が奪われないように。

世界は、本当に広いんです。
見える世界も、見えない世界も…

【参考】
それがぼくには楽しかったから(リーナス・トーバルズ)

2003年9月17日

人は、とても長い間、見慣れた陸から離れるという覚悟なしに、…

人は、とても長い間、
見慣れた陸から離れるという覚悟なしに、
新しい陸を見つけることは出来ない。

(英語)
One doesn’t discover new lands
without consenting to lose
sight of the shore
for a very long time.

(アンドレ・ジット)

遠い昔、いや、そんな遠くなくても、
何らかのしがらみ、何らかの体制から
逃れようと海を渡った人々は、
かたい決意をもって、
慣れ親しんだ陸を後にした。

そして、海の上を、
何日も何日もただよう。
いつ着くともしれない、また、
どこに着くともしれない旅。

そうやって、手に入れた新天地。

今、同じように、陸を離れて、
新たな大陸を発見しようという志は、
多分、誰の心にも浮かんでこないだろう。

でも、新しいことにチャレンジしなくちゃ、
という思いは、自然に、あるいは、
迫られて、心に抱くようになる。

そんな時、振り返ってはいけない。
あの頃が良かったとか、
あのままだったらなぁとか、
そんな未練があればあるほど、

新しい陸にたどり着くスピードが
落ちてしまう。

私たちには限られた時間しかない。
未練に惑わされながら、
船の先を慣れ親しんだ陸へ向け直してみたり、
はたまた、大海原へ向けてみたり、
そんなことをずっと繰り返している暇はない。

慣れ親しんだ陸、場所を少し離れてみる。
とりあえず、それ以外に、
目を開かせる方法はない。

やってみましょうよ。
やってみなければ分かりません。

離れてみれば、分かることだってあります。
しがみついていた陸が、実は、
沈みかけていたことだって
ありえるでしょうし…

【参考】
それがぼくには楽しかったから(リーナス・トーバルズ)

2003年8月 8日

自由がありすぎると、何から手をつけて…

自由がありすぎると、
何から手をつけていいか
わからなくなることもあるんだな。

(奇跡の人、真保裕一)

仮に、人間が、
何の価値観もない状態に
置かれたとして…

その人間に、
「ルール」か「自由」
どちらかを与えることにしたら…

多分、自由を与えられた方が、
早くダメになっちゃうだろうな。

自由は、どちらかと言うと、
ただ与えられるより、
何かの努力の結果として
勝ち取った方がいい。
そう思う。

自由を勝ち取りたい
という志があっての意味あるものなんだ。
自由の前には、
そういう熱意、願い、望みが必要。

だから、不自由しない環境に
しばらく置かれていた人間は、
そういうものを抱けない。

そして、いざという時、
奮い立たせようとしても、
心が萎(な)えていたりする…

完全な自由じゃないけど、
そんな不自由でもない環境って、
一番危ないよねぇ。

人間を腐らせちゃうよ。

そういう場所から、
自分の足で抜け出したい。

【参考】
それがぼくには楽しかったから(リーナス・トーバルズ)

2003年6月10日

1つの時代に自由に考えられていたことが、次の時代には常識になってしまう。

1つの時代に
自由に考えられていたことが、
次の時代には常識になってしまう。

(英語)
The freethinking of one age is
the common sense of the next.

(マセュー・アーノルド)

この言葉には、
いい意味も悪い意味も
ありますね。

なぜかと言うと、常識には、
長い寿命のものと、
短い寿命のもの2つがあるからです。

長い寿命のものは、
それを知っていることによって、
私たちに安心をもたらしてもくれますが、

短い寿命のものは、
人が無理に延命処置を行うため、
後の時代の人々に、束縛となります。

「常識」という言葉に変わってしまうと、
なかなか変えることが出来ないからです。
本人自身でさえも…

地球が回っているか、
太陽が回っているか、
分からない時代には、
みんなが自由に議論できました。
どちらの意見を言うのも、
自由だったのです。
よく分からないから…

しかし、よく分からないにも関わらず、
太陽が回っているという誤った
「常識」を設定する時代が訪れます。

そして、その時代には、
真実を究明した人間(コペルニクス)が
裁判にかけられる羽目になるのです。

やはり、いったん落ち着いた「常識」を
くつがえすのは、かなりのパワーと
時間が必要となります。
それによって益を得る人間が居て、
必ず守ろうとするでしょうから…

だから、皆様。
くれぐれも、常識という言葉の扱いには、
ご注意下さい。

「常識がない」「そんなの常識だ」
という言葉ほど、信じがたいものです。

そもそも、
人間一人が言う「常識」なんて、
人類何千年の歴史の中にあって、
ほんの数年、あるいは数十年で
思いこんでいる場合の方が多いんですから…

【参考】
それがぼくには楽しかったから(リーナス・トーバルズ)

2003年6月 7日

ためらうほど遠く 急な坂を登り切ることも 自分で選んだ道だから…