自己を習うことは...
自己を習うことは
自己を忘れることである。
(大いなる射の道の教え、阿波研三)
自分らしい人生を、
自分らしい戦いをしようと、
自分を探れば探るほど、
分からなくなってしまうことがある。
それは、今の自分に
凝り固まってしまい、
新しい自分を見つけられないために、
行き詰ってしまったためだと思う。
自分を知りたい、という動機は、
きっと今はまだ分からない自分を
見てみたいところから来るだろうから、
今の自分から
離れてみなくちゃいけない。
忘れられなくては、
何も始まらないだろう。
自分を知るために、
自分を忘れる。
これが意外にも難しい。
自分探しをしたいと言えば、
ほとんど必ずといっていいほど、
何か新たなチャレンジを与えられる。
その時に、思わず
「やったことがありません」
と返事をしてしまう。
それは、今の自分を
まだ忘れていない証拠。
自分を知りたいのなら、
本気で忘れればいいし、
忘れられないなら、
今の自分に出来る最善を
尽くせばいい。
そのいずれかしかない。
