忙しく見える、…
忙しく見える、
何かを絶えずしているように
見えるのに、
本当に意味のあると思われること、
本当に必要だと思われることを、
避けて通っている。
(雑誌「プレジデント」)
忙しさを理由に、
私たちは逃げている。
本当は、忙しさから
逃げればいいはずなのに、
忙しさに逃げている。
ただ、それも悪いことばかりとは、
言えないと思うんですよね。
ものすごく悲しい時とか、
だまっていると良くないことを
考えてしまう時には、
かえって忙しい方がいい。
けれども、
「忙しさ」を選んだのではなく、
「忙しさ」に振り回されるように
なってしまったら、やっぱり、
本当に意味あることとか、
本当に必要なことから、
遠ざけられてしまうかもしれない。
それは、こっちから
追いかけていかないと、
どんどん離れていく。
「忙しさ」に後ろ髪を
引っ張られているうちは、
まず無理ですね。
子育てとかも、
そういうことに
含まれるだろうなぁ…
子供の成長は、
止まってくれない。
かわいい瞬間は、
限られている。
それを通り越してしまえば、
憎たらしくなってしまうかも。
後ろをふり返って、
避けてきた道を
見つめなきゃいけないのかなぁ…
