…こんなヒドイことを言うのを、私は、もうやめようと思う。
「大丈夫、心配しないで。
私がやってあげるから。」
こんなヒドイことを言うのを、
私は、もうやめようと思う。
(英語)
I’m going to stop punish
my children by saying,
"Never mind! I’ll do it myself".
(エルマ・ボンベック)
これは、私にとっては、
あまり参考にしない方がいい。
なぜなら、もともと、
人にやらせようと思っている
人間だから…
一方、うちの奥さまには、
この言葉が必要だろう。
けっこう、手を出してしまう。
たとえば、
私が子ども達に皿洗いの当番を
言いつければ、
うちの奥さまは、
皿を洗いやすいように、
水をかけておいてあげたり、
皿をちゃんと並べてあげたり
している。
私からすれば、
「そんなことしたら、
意味ないでしょ。」
となるのだが、
彼女にすれば、
「学校で疲れているだろうし、
洗いにくいために、
汚れが残っては困る。」
という言い分が出てくる。
なるほど…
子供にでも誰にでも、
自立させたり、上達させるために、
何かをまかせるというのは、
「思い通りの結果」に
なるわけでないから、
ガマンを強いられることも
あるわけだよなぁ。
そのガマンに耐えられなければ、
おそらく、手を出してしまう。
あるいは、それ以外のことでも、
相手が苦しみや難儀を感じることを
避けさせるために、助けてしまう。
「大丈夫、心配しないで。
私がやってあげるから。」
この言葉自体が
いいとか、ダメとかでなく、
どんなタイプの人間が、
どういう動機で、この言葉を
言っているかが大切なようです。
あなたは、いかがですか?
【参考】
自助論(サミュエル・スマイルズ)
