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目に見えるモノは事実 目に見えないモノが真実

目に見えるモノは事実
目に見えないモノが真実

(引用元不明)

今日は、Yさんからの投稿です。
(気づきのある投稿に感謝です。)
私は、Yさんのコメントに、
ガツンときました。

「例えば、子供が
 食事の後片付けを手伝おうとして
 いいお皿を割ってしまった。
 割ったことは事実だけれど、
 片付けの手伝いをしたかったという真実。
 そんな目に見えないモノが見えたら、
 怒らずにできるんだろうなぁ、
 と思っています。」

ああ、私には、
心当たりがありすぎます。

自分で割ったり、
自分で失敗したりしても、
自分で片づけられれば、
文句は言わないのです、私も。

しかし、割った瞬間に、
あるいは失敗した瞬間に、
反射反応で、

「私や妻が、
 片づけなければいけない」

という思いが心に浮かび、
怒りたくなるのです。

「余計な仕事を増やしやがって~」

結局、目に見えているものの奥や
その先が見えなくなるのは、
結局、自分の心しか
見えないからでしょうね。

でも、実際は、
自分の心だって
見えていない。

そう考えると、

「目に見えるモノは事実
 目に見えないモノが真実」

に付け加えて、

「見えてない自分の心は偏り
 見えている自分の行動は偽り」

なんてことも言えそうです。

注意しなくちゃいけませんね。
隠していると思っていても、
自分の心は、自分に見えていないだけで、
周囲には、偏り、偽りとなって
見えているかもしれませんから。

【参考】
生きて死ぬ智慧(柳澤桂子)

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