結局、答えは…
結局、答えは
明日になればわかるさ
(Dear my friends、shela)
どうなるだろう?
大丈夫かなぁ?
もしダメだったら?
考えても考えても、
答えがでるのは明日、
っていうことは変わらない。
明日答えがでるものを、
いくら焦ってもしょうがない。
仮に、明日でなく、
もう少し、その先だとしても、
同じことだよねぇ。
答えがでるまでに、
何も手がつかないなんて、
やっぱり、もったいない。
今日の努力が、
明日の答えに直接つながるうちは、
せいいっぱい頑張ればいいし、
つながらないのなら、
今できる最善のことを
していたらいい。
なぜなら、おそらく、
待っている答えは、
その後の人生の一部ではあっても、
すべてではないはずだから。
今はそれほどでもないですが、
子どもの頃は、テストとか、
部活動の大会の前日になると、
ドキドキして眠れなかったもの…。
でていない「答え」に、
ふりまわされていたんでしょう。
子どもの人生は、まだ、
サイズが小さかったから、
それがすべてのように
感じていたんでしょう。
どんな答えもすべてではない、
今なら、そう思います。
