心ここにあらざれば、…
心ここにあらざれば、
視れども見えず、
聴けども聞こえず、
食らえどもその味を知らず。
(原文)
心不在焉、視而不見、
聴而不聞、食而不知其味。
(大学[第三章])
誰かと対面していても、
見ていない目を、
見る時があります。
1つは、悩みごといっぱいの目。
2つ目は、忙殺されている目。
3つ目は、罪悪や憎悪に埋もれている目。
4つ目は、喜びに浮かれている目。
5つ目は、何ものにも興味のない目。
などなど…
目の前にいる私が、
その人にどれだけのものを与えられるか、
よくは分かりませんが、
人に何か伝える時には、
その本当の目を取り戻すことから
始まると思います。
時には、話しを聞いたり、
新しいヒントを与えたり、
ただ沈黙をして待ったり…
そして、学びます。
心を失ってはいけないなぁって。
「中庸」(ちゅうよう)という言葉があります。
人の処世のうえで、
極端に走らぬほどよい中ほどを
とっていくこと、という意味。
こう書くと、どこかしら、
事なかれ主義、あいまいっぽさが
ただよいますが、
あくまで、心の中の問題で、
喜怒哀楽が極端なレベルに進む前に、
コントロールすることだと思うのです。
そうすれが、心は、
いつも「ここ」にあるのです。
そう簡単なことではありませんが、
人生がその時点で終わらない以上、
心を「ここ」に取り戻す術を身につけていたい。
そう思います。
そういう私も、はしゃいで喜びすぎて、
次の瞬間に、失敗を呼び込む時が
ありますから、自戒しています。
【参考】
大学・中庸(金谷治)
