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    <title>いい言葉ねっと＞コラム</title>
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    <updated>2010-03-15T22:04:54Z</updated>
    <subtitle>いい言葉で、人は癒される。いい言葉で、人は生かされる。いい言葉で、人は動かされる。毎日更新。カテゴリ別名言、いい言葉うらない、投稿、コラムも。</subtitle>
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    <title>目立たない方法(03.16)</title>
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    <published>2010-03-15T15:20:26Z</published>
    <updated>2010-03-15T22:04:54Z</updated>

    <summary>みんなが言い訳をしているときには、言い訳をしない方が目立ってしまう。誰も言い訳を...</summary>
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        <![CDATA[みんなが言い訳をしているときには、<br />言い訳をしない方が目立ってしまう。<br /><br />誰も言い訳をしていないときには、<br />もちろん、言い訳をすると目立ってしまう。<br /><br />むずかしいもので、<br />言い訳をすることで得をすることもあれば、<br /><br />言い訳をすれば、<br />かえって損をすることもある。<br /><br />要は、その言い訳に、<br />逃れさせてくれる要素が、<br />ハッキリと含まれているか、<br />っていうところ。<br /><br />たとえば、<br /><br />「うちの子供、<br />　まだ小さいので<br />　手がかかって」<br /><br />みたいな言い訳をいったときに、<br /><br />他の人たちにも、<br />同じような年代の子どもが<br />いるとしたら、<br /><br />「何言ってるの、<br />　みんな同じでしょ」<br /><br />という視線が<br />刺さってくることを感じるだろう。<br /><br />今の時代でいえば、<br /><br />「うちの母の介護をしないと<br />　いけないので」<br /><br />みたいな言い訳にも、<br />どこの家にも、<br />介護しないといけない老親は、<br />一人くらいいますよ、<br />っていうことになるかもしれない。<br /><br />「仕事が忙しくて」<br /><br />これも、ダメだ。<br /><br />だれの仕事だって、<br />忙しいんだ。<br />仕事に、終わりはない。<br />極めれば極めるほど、<br />やることは、どんどん増えてくる。<br /><br />「ちょっと、カラダ具合が悪くて」<br /><br />医師からの診断書でもあれば、<br />話は別だが、<br />自己申告だけでは、<br />なかなか信じてもらえないこともある。<br /><br />いずれにしろ、<br />言い訳の使い方を間違うと、<br />かえって目立ってしまい、<br />逃れられるものも、<br />逃れられなくなる可能性大なのだ。<br /><br />言い訳したいこと、<br />逃れたいことが１つ出てきて、<br />言い訳するか、そーっとしておくか、<br />どちらが目立たないか、検討中です。<br /><br />困ったなぁ。<br /><br /> ]]>
        
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    <title>もしも(03.15)</title>
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    <published>2010-03-14T23:22:51Z</published>
    <updated>2010-03-15T00:34:32Z</updated>

    <summary>もしも、今日、その仕事をしていなかったら、（その仕事をさせられていなかったら）あ...</summary>
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        <category term="02.信じること・癒し" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[もしも、今日、<br />その仕事をしていなかったら、<br />（その仕事をさせられていなかったら）<br /><br />あるいは、<br />その職業についていなかったら、<br />（その職業をさせられていなかったら）<br /><br />ほかの何をしていると思いますか？<br /><br />あらためて尋ねられると、<br /><br />「そっかぁ、今自分がやっていることって、<br />　いちおう、自分が選んだことなんだな」<br /><br />って気づかされます。<br /><br />選んだことだから、<br />ちょっとさかのぼれば、<br />「もしも」っていう別のシーンもありえた、<br />ということにも気づく。<br /><br />「もしも、俺が本気を出したら、<br />　すんごいんだから」<br /><br />と、大きなことを言うこともできるけれど、<br /><br />さかのぼってみて、そこを裏返せば、<br />本気を出さない、という選択をしたことを<br />明らかにするだけ。<br /><br />手を抜いた、<br />っていう表現もできるけれど、<br /><br />本気を出す勇気がなかった、<br />ということにもなる。<br /><br />過去にさかのぼった「もしも」も、<br />これからのことについての「もしも」も、<br /><br />それを口にして言ってしまえば、<br />なんか、軽い。<br /><br />きっと、「もしも」っていうことを考えるのは、<br />大切なこともあるけれど、<br /><br />「もしも」について口にすることは、<br />そんなに必要じゃない、ということなんでしょう。<br /><br />もしも、は考えても、<br />口に出さない。<br /><br />しばらく、そんなことに<br />気をつけてみようと思っています。<br />]]>
        
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    <title>自分に似ている人間(03.14)</title>
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    <published>2010-03-13T21:27:00Z</published>
    <updated>2010-03-13T21:49:19Z</updated>

    <summary>なんで、この人に怒っているんだろ、っていうことを冷静に考えたときに、自分が他人に...</summary>
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        <![CDATA[なんで、<br />この人に怒っているんだろ、<br />っていうことを<br />冷静に考えたときに、<br /><br />自分が他人にしてしまう行動を、<br />自分にやられてしまった時だ、<br />と気づくことがあります。<br /><br />せっかちな私は、<br />質問されたことについて、<br />ちゃんと答えることなく、<br /><br />その答えの後に、<br />さらなる質問が来て、<br />それに対して言わなければいけない答えを、<br />先走りして答えていたりするんですよね。<br /><br />「今日は元気？」<br /><br />「ああ、元気だよ」<br /><br />「じゃあ、ちょっと付き合ってくれる」<br /><br />「それは、ちょっと無理です」<br /><br />みたいな流れになるはずが、<br /><br />「今日は元気？」<br /><br />即<br />「それは、ちょっと無理です」<br /><br />って答えを返されたら、<br />相手は、イヤですよねぇ。<br /><br />なんか、畳み掛けられている感じ。<br /><br />やっちゃうんだよなぁ。<br /><br />で、昨日は、私がやられてしまった。<br />はははは...笑<br /><br />イヤナモンデスネ。<br />そんな会話。<br /><br />そして、やられてみないと、<br />自分の嫌さ加減が分からない、<br />という自分も、つくづく、バカだと思う。<br /><br />人は、自分に似ている人間を見て、<br />自分の嫌さ、欠点を初めて見つけられることも<br />多いんでしょう。<br /><br />それ以外にも、見つけられるチャンスは、<br />いろいろあるんでしょうけど。<br /><br />これから、私は、<br />私に似た人間に何人、出会うことだろう？<br />ちょっと怖いな。<br />]]>
        
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    <title>タテとヨコ(03.13)</title>
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    <published>2010-03-12T20:33:38Z</published>
    <updated>2010-03-12T20:51:51Z</updated>

    <summary>世の中、タテのつながりと、ヨコのつながり、っていうものがあって、タテというのは、...</summary>
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        <![CDATA[世の中、<br />タテのつながりと、<br />ヨコのつながり、<br />っていうものがあって、<br /><br />タテというのは、<br />なんとなく、権力というか、<br />力の上下関係がいくらかでもある<br />ようなイメージにとらえられて、<br /><br />ヨコというのは、<br />その力レベルが同じとか、<br />力関係がないところで、<br />役割や方向性が違うもの同士の関係、<br />というイメージを持っている。<br /><br />どちらのつながりがいいか、<br />っていうのは、きっと、<br />人それぞれの個性や志向に関係していて、<br /><br />その人がタテ社会で生きてきても、<br />やっぱり、ヨコにあこがれることもあれば、<br /><br />タテ社会に慣れているから、<br />タテのつながりのほうが気楽だ、<br />っていう人もいます。<br /><br />ヨコのつながりについては、<br />だいたいにおいて、依存しなければ、<br />タテほどのしがらみは生まれにくいから、<br />そんなに息苦しくはないかもしれないけれど、<br /><br />場合によっては、<br />求心力を失い、<br />力が分散してしまって、<br />うまくいかない、<br />っていうこともあるんでしょう。<br /><br />だからっていうことで、<br />もっと堅固な組織を作ろうと、<br />「力」が入り込んでしまうと、<br />ヨコ社会が、いつの間にか、<br />タテ社会になっていくということもありえる。<br /><br />何らかの力がないと、<br />人は、まとまらない。<br /><br />けれど、力が入りすぎると、<br />そのまとまりは、カタチだけのものに、<br />なりやすい。あるいは、<br />その力から逃げていく人を増やしてしまう。<br /><br />タテとヨコのつながり、<br />そこに、どれだけの力を注ぎ込むか。<br /><br />現代人は、自由な傾向があるゆえに、<br />意外と、むずかしいなぁ、と感じる今日この頃です。<br /> ]]>
        
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    <title>かんたんな好き嫌い(03.12)</title>
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    <published>2010-03-11T20:27:10Z</published>
    <updated>2010-03-11T23:01:53Z</updated>

    <summary>人を好きになるって、簡単なことであって、難しいこと。嫌いになるのも、きっと簡単な...</summary>
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        <![CDATA[人を好きになるって、<br />簡単なことであって、難しいこと。<br /><br />嫌いになるのも、<br />きっと簡単なことであって、<br />難しいこと。<br /><br />心は、ころころ変わるから、<br />変わらないようにするのが難しいけれど、<br /><br />振り子のように、<br />好きな方に振れるのも、<br />嫌いな方に振れるのも、<br /><br />ちょこちょこと出来ちゃう。<br /><br />だから、<br />がんばらなきゃいけないのは、<br />好きなときに、<br />嫌いな方に振れないよう、<br /><br />その振り子を<br />ちゃんと自分で持っていることだと思う。<br /><br />だって、<br />嫌いな方に振れてしまったら、<br />もう、好きな方に振らせる努力すら<br />意味ないものに感じるだろうし、<br />そんな努力をするわけなんかない。<br /><br />コミュニケーションってもの１つを<br />とってみても、<br />それを嫌いになってしまったら、<br />何もしなくなる。<br /><br />それが楽だし、<br />ストレスも心労もないだろうから、<br />どんどん、嫌いになっていく。<br /><br />コミュニケーションから、<br />いったん遠ざかってしまうと、<br />それを好きにならずとも、<br /><br />コミュニケーションをするということに<br />戻ってくるのは、きっと難しいはず。<br /><br />人も、物事も、<br />好き嫌いがないうちに、<br /><br />どんなものかを知っていたほうが楽。<br /><br />面倒くさくなって、<br />嫌いになりそうになってからじゃ、<br />なかなか難しい。<br /><br />何気ないことで、<br />嫌いになることは多いから。<br /><br />逆にいえば、<br />人の好き嫌いなんて、<br />そんなこともあるから、<br /><br />あんまり当てにならないんだよね。<br /><br />「○○が、すっごーく好き」<br /><br />という言葉も、明日には、意味ない、<br />ってことも少なくないだろうから。<br /><br />好き嫌い、ホントはどうでもいいことなんだろうかな。<br />]]>
        
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    <title>道具選び、道具作り(03.11)</title>
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    <published>2010-03-11T00:19:37Z</published>
    <updated>2010-03-11T01:16:55Z</updated>

    <summary>いい仕事をするためには、自分がやりやすい仕事をさせてくれる道具の存在がとても大切...</summary>
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        <![CDATA[いい仕事をするためには、<br />自分がやりやすい仕事を<br />させてくれる道具の存在がとても大切。<br /><br />道具探しを始めると、<br />なかなかおわらなくなる。<br />納得のいく道具に出会うことなんて<br />めったにないからだ。<br /><br />道具は、仕事をするための<br />ものだけれど、<br />道具探しだけで、<br />一つの立派な仕事になってしまう。<br /><br />それに、いくらでも<br />時間をかけることが<br />出来てしまうくらい、<br />道具の世界は深いです。<br /><br />さらには、<br />しっくりとした道具が<br />見つからないときもある。<br /><br />困ったもので、<br />そんな時には<br />自分で道具を作るか、<br />適当なところで<br />てきとうな道具に<br />妥協していくしかない。<br /><br />わたしの仕事の道具といえば、<br />やっぱり、パソコンで、<br />仕事がやりやすくなければ、<br />いくら安くても、<br />いくら高くても、<br />いくら軽くても、<br />いくらカッコよくても、<br />意味がないということになる。<br /><br />ついでに、<br />ネット上の仕事が増えているので、<br /><br />必要なサイトへ即アクセスするために、<br />自分だけの「スタートページ」を作っているわけですが、<br />その良さが、かなり重要になってきます。<br /><br />これも、<br />なかなか満足するページは、<br />作れないのが現実です。<br /><br />いつも進化させています。<br />これまでは、クリックするリンクだけを<br />配置したページでしたが、<br /><br />今は、いくらか情報が見られないと、<br />やってられない。仕事が進められない。<br /><br />今朝の時点では、<br />こんな感じのトップページになっています。<br /><br /><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="startpage" src="http://www.e-kotoba.net/0/image/startpage.gif" class="mt-image-none" style="" height="256" width="400" /></span><br />（他人から見れば、きっと、訳が分からない）<br /><br />ツイッター情報が、<br />Hootsuiteで見られるように<br />なっているばかりでなく、<br /><br />必要なリンクへも飛んでいけるよう、<br />目に入り込んでくるつくりです。<br /><br />いずれにしろ、<br />いい道具探し、いい道具つくりは、<br />難しい。<br /><br />きっと、それは、<br />仕事そのものが、<br />いつも進化していくもの<br />だからでしょうね。<br /><br />今日も、仕事、がんばるぞ。<br />]]>
        
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    <title>かるーく本気で(03.10)</title>
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    <published>2010-03-09T15:10:23Z</published>
    <updated>2010-03-09T19:21:24Z</updated>

    <summary>今の世の中、変化が激しいから、これだ、って思うことに、あんまりにも本気なりすぎて...</summary>
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        <category term="04.パソコン・internet" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[今の世の中、<br />変化が激しいから、<br /><br />これだ、って思うことに、<br />あんまりにも本気なりすぎて、<br />それがハズレてしまった場合に、<br /><br />フットワークが重くなっていると、<br />ハズレてしまったことよりも、<br />次の行動ができないことのほうが、<br />重傷だったりする気がします。<br /><br />ハズレ、失敗は、<br />よくあること。<br />あって当たり前のこと。<br /><br />もっと大切なのは、<br />その後の行動。<br /><br />だから、気持ち的には、<br />かるーく本気で<br />がんばっている状態が、<br />ベストなんじゃないかな、<br />って考えています。<br /><br />すると、ハズレだったことにも、<br />次のヒントが見えてくる。<br /><br />ハズレを、あんまりにも、<br />落ち込む必要もなくなる。<br /><br />ハズレても、<br />次のチャンスが何かあるかもしれない、<br />ということに、アンテナを敏感にしていられる。<br /><br />人は、どうしても、<br />自分のポジションが気になる存在なんだな。<br />1番か、2番か、それとも、みんなより前か、<br />後ろか。そういうことばかりを、<br />本気に考えて、気にしている。<br /><br />けれど、かるーく本気になれば、<br />そんなポジションよりも、<br />大切なことが見えてくる。<br /><br />今のポジションに、しがみつくのが、<br />けっこう危ないって分かってくる。<br />
<br />つまり、フットワークの軽さって、<br />ホント、大切だなぁって思う。<br />スポーツでも、仕事でも。<br />
<br />これで、決まったぁ～！！、決まりだぁ～～！！<br /><br />って思っているときが、一番危ない。<br /><br />きっと、フットワークが重くなっているから。<br /><br />「なんか、ダメっぽいな。<br />　次は、何をしようかな。」<br /><br />こう考えられる状態のときが、<br />一番いいのかもしれない。<br />]]>
        
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    <title>ナンバー2も難しい(03.09)</title>
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    <published>2010-03-09T00:16:37Z</published>
    <updated>2010-03-09T01:03:30Z</updated>

    <summary>もうすっかり、バンクーバーオリンピックの空気は、ぶっ飛んでいる世間。金メダル、金...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.e-kotoba.net/0/">
        <![CDATA[もうすっかり、<br />バンクーバーオリンピックの<br />空気は、ぶっ飛んでいる世間。<br /><br />金メダル、金メダルと<br />騒いでいた世間も、<br />この国日本では、もう騒がない。<br /><br />ほかの国々はどうだろう？<br /><br />金メダルをとった人は、<br />今なお、ヒーロー扱いかな。<br /><br />いろんな場面で、<br />引っ張りだこかな。<br /><br />そんな中、<br />銀メダルっていうのは、<br />どうなんだろう？<br /><br />2番手、っていうのは、<br />なにかいいことあるんだろうか？<br /><br />ナンバー１というのは、<br />注目の的にもなるけれど、<br />嫉妬のターゲットにもなる。<br /><br />足を引っ張られることもある。<br /><br />そこにいくと、<br />ナンバー２というのは、<br />微妙に、同情されたり、<br />共感をもらえたりするところも多い。<br /><br />年末恒例の漫才グランプリを決める、M-1。<br />2008に、チャンピオンになったのは、<br />NON STYLE（ノンスタイル）だったけれど、<br /><br />年を明けてからの2009年という<br />1年をふりかえってみれば、<br />2位だった、オードリーのほうが、<br />注目された。<br /><br />これは、2番手だったから、<br />というわけでもないだろうけど、<br /><br />2番手でも十分に、<br />何かいいことがある、<br />っていう、一つの証拠だ。<br /><br />これに限らず、<br />いろんな歴史を<br />ひもといてみても、<br />ナンバー２が、<br />うまく世渡りしていることは、<br />少なくない。<br /><br />きっと、ナンバー１、頂点に立てる人は、<br />かなり個性的で、敵をつくってしまうタイプが<br />多いのに対して、<br /><br />ナンバー２という立場の人は、<br />そういう人たちの下で、<br />いろんな対応能力を養っていくだろうから、<br />柔軟性があるかもしれないな。<br /><br />ナンバー１がねらえなくなってきた自分を感じたら、<br />ナンバー２をねらっていこう、なんて考えている最近です。<br />でも、実際は、ナンバー２も難しいんだな。<br /><br />ナンバー３、ナンバー４くらいになってしまいそうだ。<br />]]>
        
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    <title>親との会話はイライラ(03.08)</title>
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    <published>2010-03-07T22:31:47Z</published>
    <updated>2010-03-07T23:26:19Z</updated>

    <summary>身内の人間との会話は、とてもイライラする。なんでだろう？同じことを言われても、き...</summary>
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        <category term="07.家族・子育て" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[身内の人間との会話は、<br />とてもイライラする。<br /><br />なんでだろう？<br /><br />同じことを言われても、<br />きっと、身内の人間に言われると、<br /><br />あ、そうか、<br />とはならない。<br /><br />うるさいなぁー、<br />と思ったり、言われたりして、<br />おしまい。<br /><br />それは、きっと、<br />10代とその親の関係ばかりでなく、<br />20代とその親、30代とその親、<br />40代、50代でも、きっと同じなんだろう。<br /><br />親との会話は、<br />イライラするのが定番。<br /><br />イライラしない親との会話には、<br />どんなコンテンツ（内容）があるんだろう、<br />と考えてみれば、<br /><br />おいしい食べ物の話とか、<br />繰り返しじゃないうわさ話とか、<br />前に話してない面白話とか、<br />そういうものだと思います。<br /><br />それ以外の話になると、<br />特に、互いの行動とか性格の話では、<br />イライラしだしてくる。<br /><br />そして、不幸なことに、<br />身内の、そういうことこそ、<br />口にして言いたくなってくる。<br /><br />いやなクセ、フシギな行動、<br />もったいないやり方、恥ずかしい姿、<br />などなど。<br /><br />身内で、距離が近いからこそ、<br />目につくこと、それが一番イライラするし、<br />それを口にすると、イライラする話題になっちゃう。<br /><br />さらには、<br />身内だからこそ、<br />話をよく聞いてくれないから、<br />そのイライラは積もり積もっていく。<br /><br />身内との会話は、<br />なかなか、うまくかみ合わないものですね。<br />もっと、楽しくできたら、楽しいはずの相手でしょうが...<br /><br />世の中に、親子との会話を楽しめている人々は、<br />どれくらい、いるかなぁ。<br />]]>
        
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    <title>キャンセルと返金(03.07)</title>
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    <published>2010-03-06T21:30:56Z</published>
    <updated>2010-03-06T21:45:56Z</updated>

    <summary>キャンセルをしたときに、返金がされるまでは、ちょっと、というか、かなり心配になっ...</summary>
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        <category term="01.お金・自立" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[キャンセルをしたときに、<br />返金がされるまでは、<br />ちょっと、というか、<br />かなり心配になってしまう。<br /><br />キャンセルするんだったら、<br />最初から契約しなければ、<br />と思うのだが、<br /><br />オプションとかが<br />最初の2ヶ月は無料だから<br />自動的に付いていて、<br />不要だったら、<br />後で解除できます、<br /><br />っていうみたいな契約、<br />ってありますよね。<br /><br />あと、会費が最初から<br />自動的に積み立てられていて、<br />参加しない人には、<br />あとで返金します、<br />みたいなものも...<br /><br />いずれにしろ、<br />本当に、お金を戻してくれるんだろうか、<br />っていう不安がもたげてきます。<br /><br />実際、戻ってこなかったから、<br />まあ、いいや、って思えるくらいの額でも、<br />そんなことを思ってしまうこともある。<br /><br />なんて、ちっちゃい心なんだろうな。<br />ケチなんだろうなって思います。<br /><br />けれども、人って、<br />自分では、それ以上の額を<br />捨てるように使っているのに、<br /><br />自分の意志じゃなく<br />出ていってしまうお金でも、<br />労力でも、時間でも、<br />やっぱり、もったいなく感じることが多い。<br /><br />自分の意志で、<br />捨てるものならいい。<br />どんだけ高額なものでも。<br /><br />でも、自分の意志に反して、<br />奪われるものについては、<br />とても敏感になってしまう。<br /><br />申し込み自体が、<br />自分の意志じゃなかった時には、<br />（強制、付き合い、義理とか）<br />なおさら、キャンセルと返金に<br />敏感になっちゃうんでしょうね。<br /><br />]]>
        
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    <title>マニアック(03.06)</title>
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    <published>2010-03-05T20:15:32Z</published>
    <updated>2010-03-05T20:27:48Z</updated>

    <summary>買っている本なんかに、その人の嗜好が表れるのは、当然といえば当然だろうけど、掃除...</summary>
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        <category term="03.仕事・学ぶ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[買っている本なんかに、<br />その人の嗜好が表れるのは、<br />当然といえば当然だろうけど、<br /><br />掃除をする、という仕事ひとつをとってみても、<br />性格が表れるなぁ、ってことを思った。<br /><br />なんていうか、<br />マニアックな掃除をする人と、<br />一般的な掃除をする人と、<br />っていうのがいると思う。<br /><br />一般的な掃除っていうのは、<br />たとえば、その人の玄関に入ったときには、<br />とりあえず、見えるところが、<br />それなりにきれいなんだろうと想像する。<br /><br />マニアックな掃除をする人は、<br />下手すると、玄関からのそういう眺めは、<br />それほどきれいじゃなくても、<br />家の中の、あるポイントだけは、<br />むしょうにきれいだ、という感じ。<br /><br />それは、気になったところを、<br />そこだけ、とことんやってしまう、<br />という性格だからでしょう。<br /><br />その「気になる」ところが、<br />その時々、移り変わって、<br />そのうち、全体を移り変わるようなものであれば、<br />結果的には、全体がきれいになるはずなのですが、<br /><br />そういう全体にいくまえに、<br />とても細かいところだけに熱中する傾向があれば、<br /><br />やっぱり、ポイントポイントしか<br />きれいになることができず、<br />全体的に見れば、ところどころに、<br />きれいじゃないところが残るわけです。<br /><br />玄関に入ったときには、<br />なんだか、汚れているところが、<br />目に入ってくる、という感じ。<br /><br />なにかを始めると、<br />思わず、マニアックになってしまう人にとっては、<br />しょうがない現象なんでしょうね。<br /><br />全体を、さーっと出来ない性格。<br /><br />うーん、そういわれてみれば、<br />私にも、その気があるので、<br />全体を見る目を失っちゃいけない、<br />と思う今日この頃です。<br /> ]]>
        
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    <title>代われない(03.05)</title>
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    <published>2010-03-04T21:59:25Z</published>
    <updated>2010-03-04T23:01:14Z</updated>

    <summary>代わってあげたい、と思える優しさは、きっと、代わってあげない方がいい、という厳し...</summary>
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        <category term="07.家族・子育て" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[代わってあげたい、<br />と思える優しさは、<br /><br />きっと、<br />代わってあげない方がいい、<br />という厳しさと同じ愛情に<br />通じるんじゃないか、<br />と思います。<br /><br />今日は、いよいよ、<br />長女の高校入試。<br /><br />まもなく、向かうところです。<br /><br />ついでに、次女もテスト。<br /><br />こっちは、昨晩、コンパスが壊れて、<br />今朝になって、コンパスを2個もっている友達に、<br />借りるためのお願いをして、<br />事なきを得た様子。<br /><br />長女にしても、<br />なにかパニックとなるようなことは<br />起きるかもしれない。<br /><br />起きないことがないなんて、<br />思わないほうがいい。<br /><br />そのパニックにぶち当たったときに、<br />近くにいれば、代わってあげたい、<br />俺だったらこんなふうにできるのに、<br />と思ったりするところですが、<br /><br />残念ながら、<br />今回ばかりは、<br />そんなシーンを間近に見ることが<br />できません。<br /><br />やれることは、<br />おだやかに、自分のなすべき今日の仕事を、<br />ちゃんと、こなすだけ。<br /><br />実際は、昨日も、今日も、<br />相変わらずの1日にしか過ぎないけれど、<br />人の心が、どんだけ注ぎ込まれるかで、<br />違った1日になっている。<br /><br />ああ、自分のことより、<br />ちょっと、気になってしまいます。<br /><br />自分のことのほうが、<br />ちょっと楽だな。<br /><br />たかが高校入試、<br />されど高校入試。<br /><br />これからもあるだろう、<br />いろんな関門の１つに過ぎない。<br /><br />がんばれ、がんばれ。<br /><br />受験じゃない人も、みんな、<br />今日は、がんばってください。<br />]]>
        
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    <title>引き継がれない(03.04)</title>
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    <published>2010-03-03T23:23:04Z</published>
    <updated>2010-03-03T23:36:32Z</updated>

    <summary>どこかに問い合わせをしたり、何かを依頼したり、交渉しているときに、「たらい回し」...</summary>
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        <category term="02.信じること・癒し" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.e-kotoba.net/0/">
        <![CDATA[どこかに問い合わせをしたり、<br />何かを依頼したり、交渉しているときに、<br />「たらい回し」という経験を、<br />ほとんどの人がするもんです。<br /><br />担当者と変わります...、<br />担当が変わりましたので...、<br />その件については少々お待ちください...、<br /><br />言葉はどんなものが使われようとも、<br />今、目の前にいる人は逃げて、<br />次の人にバトンが渡されるわけです。<br /><br />そして、その次の人も、<br />逃げたい気持ちがあるから、<br />ろくな対応をされずに、<br />また、別の人が、<br />目の前に、あるいは電話口に、<br />現れてくる、という感じです。<br /><br />さらには、<br />逃げたいばかりの人たちだったから、<br />ちゃんと、引き継ぎが行われていることは、<br />まずない。<br /><br />同じことを、<br />2度、3度、説明しなければいけない立場に、<br />置かれるので、<br /><br />そのうち、こっちが、<br />「もう、いいや」ということになる。<br /><br />もちろん、逆説的に考えれば、<br />「もう、いいや」くらいで終わることであれば、<br />そもそも、たいしたことじゃなかったわけで、<br /><br />もしかしたら、問い合わせたり、<br />交渉するまでのことでなかったのかもしれない。<br /><br />そうなれば、こっちのミス、<br />というか、騒ぎ損。<br /><br />たらい回しは、引継ぎされていない、<br />この事実を知っていたほうがいいなぁ、<br />と感じさせる経験は、多いです。<br /><br />反対に、<br />「すごい！、ちゃんと引き継がれている」<br />というシーンに出くわすと、<br />とても感動する。<br /><br />たらい回しに会わないためには、<br />いろんなことを気にしない、騒がない、<br />というのが、一番いい。<br /><br />それができる人間と、<br />できない人間がいるから、<br />世の中は、ちょっと面倒くさくなる。<br /><br />対応(撃退？)マニュアルなんてものも、<br />作られてくる。<br /><br />あ、たらい回しにされている、<br />と感じたときには、<br />それ以上騒ぐ価値があるかどうか、<br />立ち止まって考える余裕がほしいものです。<br /> ]]>
        
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    <title>流行色(03.03)</title>
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    <published>2010-03-02T22:59:04Z</published>
    <updated>2010-03-02T23:22:01Z</updated>

    <summary>流行色っていうのが、流行色情報センターというのがあって、そこから発信（提案？）」...</summary>
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        <category term="03.仕事・学ぶ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[流行色っていうのが、<br /><a href="http://www.jafca.org/">流行色情報センター</a>というのがあって、<br />そこから発信（提案？）」されている、<br />というのを聞いて、<br /><br />自然に流行しているわけじゃない、<br />ことを知って、びっくりしたことがあります。<br /><br />決められた流行色っていうのが、<br />本当に流行するっていうのは、<br />なんとなく、面白いというか、<br />おかしい、という気もしますが、<br /><br />それに従う人間のほうも<br />面白いって感じます。<br /><br />流行は、いつも変わっていきますから、<br />それを作り出せる人、<br />それを提案して従わせらえれる人って、<br />やっぱり、すごいかもなぁ、とも思います。<br /><br />話の話題、流行をつくれる人も、<br />すごいなって思います。<br /><br />ある瞬間に、<br />刺激的で、新鮮な話題が、<br />いつまでもずーっと<br />そういう印象を与え続けられることは<br />ありませんからね。<br /><br />変わっていくものをつくれないと、<br />流行をつくっていながら、<br />いつの間にか、<br />流行遅れになってしまうわけです。<br />流行っていうのがあるから、<br /><br />Twitterでの話題の変化を見ると、<br />そんなことを、強く感じます。<br /><br />オリンピックの話題が盛り上がっていた流れは、<br />急激に、別のものに変わり、<br /><br />地域活性化でマスコミに取り上げられて、<br />盛り上がっていた話題も、<br />イベントが終われば、急激に収束する。<br /><br />話題の流動性。<br /><br />なにが次にヒットするか分からない。<br /><br />だから、次々と話題をつくっていったほうがいい。<br />何が流行するかなんて、一人の頭のなかでは、<br />分かりきれない。<br /><br />ふつうであれば、ヒットするはずの話題が、<br />そのときに、芸能人の離婚とか、<br />大きな災害事故があったりすると、<br />埋もれてしまう。<br /><br />世の中、カオス（混沌）状態。<br />だから、面白い。流行も変わる。<br /><br />人間は、そのなかで生きていかなくちゃいけない。<br />人間って、すごいな。<br />]]>
        
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    <title>面白くない気分と、食欲(03.02)</title>
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    <published>2010-03-02T00:42:06Z</published>
    <updated>2010-03-02T01:08:34Z</updated>

    <summary>なんか、面白くないことがあったり、ちょっと不満の残るやりとりがあったりすると、な...</summary>
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        <category term="09.Shu!・食べる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[なんか、面白くないことがあったり、<br />ちょっと不満の残るやりとりがあったりすると、<br />なんか、食べたくなるのは、<br /><br />自分の精神が未熟なせいかな、<br />と考えたりする。<br /><br />昨日も、ツイッターを見ていたら、<br />マクドナルド、ケンタッキーに<br />食べ放題させてくれるところがある、<br />って話題を見つけて、<br /><br />あんまりお金がないころに、<br />けっこう食べた<br />シェーキーズのピザ食べ放題を思い出した。<br /><br />話題にしたら、<br />けっこう同じように盛り上がってくれる人が<br />いたもんだから、<br />（テストが終わった日の解放感に、向かうって人が多かったな）<br /><br />なんていうんだろう、<br />あんまりお金がない頃に食べたものって、<br />カラダの食嗜好として、<br />身についてしまうんだろうなぁ、<br />ってことを感じました。<br /><br />若い頃に食べたものって、<br />自分の体ばかりが、<br />嗜好（思考）までも作るようだ。<br /><br />うちの娘らは、<br />何を食べていることが、<br />嗜好として残るか、<br />ちょっと心配になった。<br /><br />親から食べさせたもらったものより、<br />これから、学生とかになって、<br />金欠状態のときに、<br />食べあさるものとかが<br />カラダの記憶として残るんだろう。<br /><br />親のせいじゃない、<br />親のせいじゃない、<br />そう思うことにしよう。<br /><br />とはいえ、<br />肝心なのは、<br />面白くない気分を、<br />どんなふうに解決していくか、<br />ってことを、自分の方法を見つけることが<br />大切なんだな。<br /><br />食べるっていうのも、<br />ひとつの方法としていいだろうけれど、<br />食べる以外の方法も見つけないと、<br />ダメでしょ、やっぱり。<br /><br />ああ、ピザ食べたい。<br />]]>
        
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