じゃまがない
邪魔するものを
1つ1つ取り除いていく、
っていう作業は、
けっこう面白い。
完璧主義の人にとっては、
少しずつ理想に近づいていく様子が、
かなり快感に思えるだろう。
でも、実際のところ、
邪魔を1つ1つ取り除いていっても、
何もかも、邪魔がなくなる、
っていうことはめったにないと思う。
それに、邪魔がなくなる、
っていうことは、
本当に望ましいことか、
と考えれば、そうでもないんじゃないかな、
という気がする。
何かをするのに
「じゃまするものがない」
という状態は、
実はあんまりいいことが
ないんだよなぁ。
(ほぼ日、糸井重里)
この言葉を、どれだけ早く、
自分で自覚できるか、っていうこと。
自分の子供にとって邪魔になると思えるものを
ぜんぶ取り除いていったら、
その子供は、間違いなく、学べない。
自覚できない。
自分にとって必要な「邪魔もの」を、
ただ、邪魔なものとしか思えなくなる。
「邪魔もの」があることによって、
自分がどんだけ成長できるか、
っていうことに気づかないで
大人になってしまう。
私を成長させてくれたのは、
たしかに、応援してくれたものもあるけど、
邪魔ものも影響力大なんだよね。
邪魔は必要なんだな、やっぱり。
うーん、ガマンして成長しよう。





