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2007年6月 4日

素材と環境

当サイトにも、広告があるけれど、
広告以上に「中身」もあるように
と心がけている私。

しかし、
ホントに広告ばかりが目立つブログや、
ホームページがあるのも事実。

そんななか、
陶芸をやっている方のサイトにて、
毎日続けられているコラムがあり、
興味をもって読んでいる。

ちょっと引用…

「同じ素材でも、たまたまの位置で
 仕上がりが異なるのを見ると
 私は人間の運命を連想してしまう。

 人は成長段階で
 どのような環境に接するかで
 進路が決まることが多い。
 
 先生や読んだ本の影響で
 専門分野が決まることもあれば、
 自分の適性が発見されずに
 成人することもある。」

→「ひらせホームページ」より

同じ環境に居ても、
微妙に違った育ち方をする子供。

同じような才能に恵まれても、
違った環境で、違うように育つ人。

素材と環境のことを考えると、
本当に、キリのない議論に
なりそうな気がします。

そもそも、そういう自分自身に、
どんな素材があるのかだって
把握し尽くしていないのが現実。

それらを把握し尽くしたら、
きっと人生も好転するだろうに…

なかなか、
好転が見えなかったりするのは、
まだまだ把握していない証拠?

けれど、好転したと見えて、
よし、自分を把握したと思ったら、
勘違いだった、ということもありえる。

結論として言えるのは、
長い目で見てみなければ、
真相は分からないっていうことになる。

小学校とかの頃には、
たいして違いのないように見える子ども達が、

5年、10年、20年と経てば、
人生が大きく違ってくる。

その5年、10年っていうのは、
陶芸で言えば、窯に入れられている時間
みたいなものでしょうね。

取り出されるまで、
どう仕上がっているか
分からない。

窯で焼かれている本人も、
どう仕上がりつつあるか、
分からない。

陶芸なんていうもの、
興味をもったことはありませんでしたが、
なんか見えてくるものがあるとすれば、
ちょっとやってみたいな、
という気もしました。

何を焼こうか…

2006年12月 3日

親を知らない

(断れない女・亜衣です。結婚のため息サイト運営中)

「この子は、親がいないんです。」

小児科の待合室で、私の隣に座って、
男の子をあやす、おじいさんらしき男性がポツリ。

よちよち歩きの男の子。

私は自分のことで来ていたので、
子供もつれていないため、
その子を抱き上げたり、話しかけたりしていた。

「かわいい。」

人見知りもせず、私にだっこされている。

そんなとき、その子のおじいさんが話し出したのだ。

「その子の母親は、その子を産んだ後、
30分もせずに、亡くなってしまったんです。」

「それで、私達が預かって育ててるんですわ。」

「あの、お父さんはいないんですか?」

「遠くで働いてるもんですから。」

「この子はひとりっこですか?」

「お姉ちゃんがいますが、父親についていきました。」

「…お父さんは、この子を連れて行ってくれなかったんでしょうか。」

「仕事で帰りが遅いから…」

「逢いに来るのは、盆と正月ぐらいです。
 けれど、不思議なもんで、父親が来たら
 なんか分かるんでしょうな。その時だけは、
 私にはちっともくっついてこなかったです。」

そこで、その子が
診察室に呼ばれていった。

「大変なお話ですね。」

隣に座っていたお母さんが、
子供を抱っこしながら、私に話しかけてきた。

彼女にも、おじいさんの話が聞こえていたらしい。

「そうですよね。なんで、お父さんは
 お姉ちゃんだけ連れてったんでしょうね。」

「お知り合いなんですか?」

「いいえ、今、お会いしたばかりです。」

「なんで、おじいさんはそんな話をしだしたんでしょう。?」

「ホントですね。
 でも、あの子が不憫ですよね。
 関係ないかもしれないけど、心配しちゃいます。」


診察が終わって、そのおじいさんは
またその子を連れて私の近くに座った。

「おじいさん、お孫さん育てるの大変ですね。」

「そうですな。夜お風呂に入れてあげると、
 私も、バタンキューですわ。」

「2度目の子育てですね。」

「いやいや、自分の子供の頃は、
 じいちゃん、ばあちゃんが育ててくれたから、
 自分は、仕事をしていれば良かっただけですから。」

「保育園には、入れないんですか?」

「今、1歳6ヶ月で、あんまり早く入れると
 風邪とか病気をもらいやすくなると思って。」

会計に呼ばれ、おじいさんが立ち上がった。

ボクちゃんは、私にちっちゃな手を振る。

私も手を振った。

おじいさんは、何度も私のほうを振り返って
おじぎをして帰っていった。

→結婚のため息

2006年12月 1日

いいタイミング

先月いただいたメールを、
いくつか紹介します。

2006/11/04(Sat) 15:28
ERYさんより

Shuさん、こんにちは。
2年半ほど前にこのサイトに出会い、
いつも楽しく拝見させて頂いております。

私事ではありますが、高校卒業後、
すぐにアメリカに渡って早3年半。
今年12月に大学を卒業することになりました。
頑張ってきたことが卒業につながり、
とても嬉しい半面、3年半も過ごしたこの土地を
離れるのが寂しくもある今日この頃です。

そんな中、最近よく感じることがあります。
それは物事の「タイミング」の大切さ。
それがなければうまくいかないんだな、
と日々痛感しています。

私が今感じているタイミングというものを
「何だかついてないな」「うまくいかないな」
と思っている方に、
ちょっとでも知ってもらえればなと思い、
今回はメールをしました。

異国の地でうまくいかないこともいっぱいあるけれど、
それでも何とかもうちょっと頑張ろう、
そんな風に思えた私自身の答えがこれでした。

(以下に書きます。)

全てのことに「タイミング」が関わっている。
普段はあまり意識されないものなのかもしれないけれど、
なかなか大切なモノだったりする。

ほんのちょっと遅かっただけなのに
その何倍も悔しい思いをしたり。
ほんのちょっと早かったおかげで
すごく命拾いをしたり。

でも大抵「タイミング」を感じるのは
それが合わない時。

何でうまくいかないの?
何でもっと早く・・・
何で?

しかし後悔しても仕方のないことなのである。
「タイミング」とは一瞬にして
成立する小さな奇跡と奇跡の出会い。

そして、いつかその奇跡たちの
出会いが記憶の中で軌跡となる。
軌跡を辿った時、後悔しないよう生きていけたら。
どんな軌跡も愛おしく思えたなら、
こんなに幸せなことはない。
何1つ無駄なことはなかったんだという証だから。

小さな奇跡たちの出会い、大切にできればいいね。


2006/11/18(Sat) 22:02
内緒さんより

お子さんが卓球してるんですか
あいちゃんのパパみたい?

(私が考えていること)

どんな人でも
才能をもって生まれてる

ひとつに
生きるということ

ひとつに
親がいること 

かならず

父となるひと
母となるひと

そのひとが
どう生きたか

それは そのひとの 才能には
関係なくて

それよりも
その二人が いたから
生を うけれた ということ

生を うけてからは
その 物体の流れでしかないということ

それが 事実だと おもう

でも ふたつの 存在が
ひとつを 生み出した

ひとつ ひとつの たいせつへ
あなたの 笑顔を 忘れないでください

ひとつ ひとつの たいせつの
あなたへの 笑顔を 忘れないでください

それは 誰もが たいせつな
二つの存在にしか 渡せない

特別の 贈り物です

そして 誰もが たいせつな
二つの存在にしか 渡せない

特別の 贈り物です

代用品のない 贈り物 と想います


2006/11/29(Wed) 18:39
未歩さんより

shuさん、こんばんは。
いつもいい言葉のご紹介ありがとうございます。

>健康でないと、
>感謝って出来ないのかもしれません。

この健康でないというのは身体を指されているんですよね。
私は車椅子で耳も殆ど聴こえません。

大病し、健康じゃなくなって、
初めていろんなことに感謝できるようになりました。
身体は不自由でも心は健康でいたいです。

病気をした経験のある人、
あるいは闘病中の方のほうが
感謝の気持ちは強いような気がします。

以下、「相田みつを」さんの詩「道」より。

長い人生にはなあ
どんなに避けようとしても
どうしても通らなければ
ならぬ道というものが
あるんだな
そんなときはその道を
黙って歩くことだな
愚痴や弱音を
吐かないでな
黙って歩くんだよ
ただ黙って
涙なんか見せちゃダメだぜ
そうしてなあ
そのときなんだよ   
人間としての
いのちの根が 
ふかくなるのは

------Shuより-------

メールをいただき、
いろんな気づきがあって、
嬉しいです。

これからも、よろしくお願いします。

2006年11月 1日

冷める瞬間

(断れない女・亜衣です。「結婚生活のため息」サイトを運営中。)

あんなに好きだと思っていた人なのに、
結ばれたい、ヨリを戻したいと思っていた人なのに、

「もういいや。」

スッと気持ちが冷めていく瞬間が、人にはある。

つれない態度のあの人が
人が変わったかのように、
どんなに言い寄ってきても、
甘い言葉をかけてきても、

全然惹かれない。
むしろ、嫌になる瞬間。

おかしなもので、
その相手も、こちらが一生懸命
アクションを起こしていたときは
見向きもしなかったのに、

こちらが冷めたとなると、
挽回するかのように、
積極的に、大胆になったりする。

だから余計に、
「こちらがあんなに頑張っていた時は
ないがしろにしたくせに。」
などと腹立だしささえ感じたり…。

本当に、恋のタイミングって
難しいね。

チョットのずれで
すんなり行くものも
こんがらがったり、切れたりするから。

それだけ、人の心って
しっかり結ばれるまでは、
微妙なものなんだろう。

→結婚生活のため息

2006年10月20日

真珠の輝き

「今日のいい言葉」を真似て、
YUKIさんという方から
メールをいただきました。

すごくいいので、
ちょっと手を加えて、
掲載します。

YUKIさんの感想
「Shuさんの真似をしてみました。
 けっこく大変なんですね。」

--------本文---------

■いい言葉。

確かに、どんな懲らしめも
当座は喜ばしいものに思えず、
かえってつらいことに思えます。
しかし後には、
それによって訓練された人に、
平和な実、すなわち義を生み出すのです。

(新約聖書ヘブライ 12:11)

■コメント

さて、問題です。
次にあげる世界各地に
生存する貝の共通点は、
何でしょう?

シロチョウガイ(白蝶貝)
クロチョウガイ(黒蝶貝)
マベガイ   (マベ貝)
イケチョウ貝
カラス貝

おわかりになりますか?

実は、これらの貝はすべて、
“これ”を生成する貝類なのです。
 
真珠。

一言に真珠といっても、
いろんな種類があるんですね。

代表的なものは…
 
南洋真珠。
黒蝶真珠(黒真珠)。
マベ真珠。
淡水パール。
コンクパール。

真珠とは、貝の体内で
生成される「生体鉱物」のことです。

それは、どのように生成されるのか、
と言うと、
 
「貝の体内に入った“異物”を核として
 カルシウムの結晶がたんぱく質で接合され、
 多層化することで真珠層が形成されるのです。
 そして、そのたんぱく質に含まれる
 色素の種類や含有量と真珠層の光を干渉する構造により
 さまざまな色彩をもつ。」わけです。

真珠は冠婚葬祭のいずれの場面でも使える
便利な装飾品として知られていますが、他にも、
「解熱剤」として使用されたり、
「風邪薬」として現在でも販売されてます。

わたしたち人間も
比喩(ゆ)的な意味で「生体鉱物」を…
つまり、真珠を生成することが出来ると思います。 
 
「異物:自分以外の人からの意見や助言」
を体内(心の中)に受け入れることによって。

世知辛い時代ですから、 
温かい言葉や優しい言葉に惹かれます…
この傾向を認めないわけにはいきませんが、
やはり、「異物」にも
心をとめる必要があると思うのです。

しかし、それは、
容易なことではないかもしれません。
 
年長者や、自分よりも立場が上の人であれば、
比較的受け入れやすいものかもしれませんが、
自分より経験がなく、
立場の下の人からのものであったなら…

どんなものでしょう。

いずれの場合であれ、
「異物」を受け入れるためには、
この資質が必要となります。

謙虚。

謙虚であれば…
受け入れた「異物」を
「真珠」へと変えることも出来るでしょう。

強情であれば…
「真珠」を生み出せないばかりではなく、
喜びを失い、孤立していくことになるでしょう。

人間は誰も完璧ではないのです。
自分を変革することに臆病ではいけないと思います。

真珠…は、
フォーマル・カジュアルを問わず、
どこにでも身に着けていける
おしゃれな“アイテム”です。

自分という人間の中に入った「異物」も、
おしゃれなアイテムに変えて、
出歩くことも出来るはずなのです。

2006年10月14日

自分に、疲れました…

先日、「プライドが邪魔をする」というメールを
oraliberさんから、いただきました。紹介します。

--------メール本文---------

なんか、プライドが邪魔をする…
いつも、見栄をはり、

どれほど、疲れていても、
人前では、元気で明るく振る舞い、
本当の自分は誰にも見せないなんて…。

神様だけが私を分かっていてくれている。
だから、いいのだ。
どこかで、悟ったように言い聞かせている。

素直になれない自分って、全然可愛くない。
そう思います。はい。。。

疲れてしまいました。
うまく言えませんが、
もう、疲れてしまいました。

それしか言葉がみあたらない…
独りになると、ボーーーーッ。

見栄を張り続け、人前で、
明るく振舞おうとする自分。
そして、

何か面白くボケなければ、
「どこか体調でも悪いのか?」

明るく、笑っていなければ、
「やっぱり、具合が悪いのか?」

なんて聞かれたり、

黙っていたら、
「…(怖そう)」

なんて見えるため、
笑顔を振りまき、なるべく
穏やかに、穏やかに…
を心掛けていた。

が、
しんどい時や、腹立つ時だってあるのだ。
人間だもの。

黙っていたい時だってあるのに、
寒いジョークに付き合って
無理して笑う自分はアホか。

そんなのに付き合わずに、
しらけてみたい。

一度で、いいから、自分を殺すのをやめて、
心に正直に生きてみたい。

けれど、他人に
そういう期待を与えたり、
思わせてしまったのは、
私に原因がある。
私が悪いのだ。


------私からの返事-------

人が、自分に疲れてしまう…

あってはいけないことのようだけど、
自分が他人に疲れさせられていることが
分かっている人ほど、

自分は、他人にとって、
そんな存在にはなりたくないと思い、
何か「完全な自分」を演じ始める。
おそらく、自分の思い込みで…

それがエスカレートする。

> 他人にそう思わせてしまったのは、
> 私に原因がある。
> 私が悪いのだ。

自分をリラックスさせるのが、
一番の方法なのに、やっぱり、
また、自分を責めて、
別の「完全な自分」を求めてしまう。

どんどん、疲れるしかない。

いっそ、すべて投げ捨ててしまえばいいのに、
と思ったりもするけれど、それを、
性格がゆるさない。

だから、本当に、行き詰まって、
誤った決断をしてしまうまで、
突き進んでしまう。

おそらく、問題は、
付き合っている人の中に、
まだ、自分を全部さらけ出して、
受け入れてくれる人がいないことかも?

そういう場所を探すしかない。
最初は、ネット上でもいいから…

そのうち、現実社会でも、
そういう大切な人が現れるはず。
そう期待して、生きていたい。

2006年10月 1日

ぐるぐる〜

(断れない女・亜衣です。結婚生活の人間関係サイト運営中。)

洗濯機が回っているの、見るのが好き。

洗剤が泡だって、回る水に汚れが出てきて。
ぐるぐる〜。

癒される〜って感じ。

どなたでしたか、俳優さんで
ずーっと見てても飽きないっていう方いましたよね。

一応、主婦でいろいろ忙しいので、
ずっと見てるというわけにはいかないのですが、

けっこう、目が止まってしまいます。うっとり。

最近好きなのが、
「ワイドハイター」。
気になるニオイもスッキリ!

っていうアレです。

洗濯洗剤と一緒に入れるだけで、
衣類のくすんだ感じも、白さがよみがえります。

スポーツ後の汗臭さもサッパリとれて、
夏はお世話になりました。

なんか、洗濯って
心がスッキリするよね。
洗われるっていうか。

でも、天気が悪いと
ブルーになっちゃう私。

洗濯モノが乾かないし…
洗濯する気が失せちゃう。

→結婚生活の人間関係

2006年9月 3日

大人のことは、分からない

(断れない女・亜衣です。結婚生活の人間関係サイトを運営中。)

子供の頃は、
あたまり前だけど、
案外、「大人のことは、分からない。」

お父さんと、お母さんが本当に仲良しなのか。

おばあちゃんと、お母さんが上手くいっているのか。

自分の家が、貧しいのか裕福なのか。

大人が隠しているのか、
自分が関心がないのか、
なんだか、霧に包まれたように、
見えなくなる堺があって、
大人の考えていること、
大人の世界が見えなくなる。

子供には心配かけたくないから、と
家計が逼迫していることを
知られまいとする親心は確かに分かる。

けれども、親が必死で働いているのに、
子供にはゲームを買い与え、
安易にお小遣いを与え続けていたのでは、
決して、生活は安定しない。

離婚する理由も、
生活が苦しい理由も、

子供に説明する必要が、
もっとあるのかもしれない。

なんの説明もないから、
大人の考えていることが分からないから、
子供は、自分が大切にされているどころか、
ないがしろにされているような気がしている。

実の子供による、親殺しが
後を絶たない。

「まだ、子供だから。」
そんな言い訳は、
本当は、大人自身の甘えなのかもしれない。

→結婚生活の人間関係

2006年8月 3日

優しい別れが、一番苦しい

(断れない女・亜衣です。結婚生活の人間関係を運営中。)

とても、とても好きな人にふられて、
その好きな気持ちをもったまんま
相手をあきらめるのって、
すごく難しいことだと思う。

優しくフラれて、
その人は心の中で
ずっといい人のままなんだもの。

カッコいいまんま、笑顔のまんま、
自分を好きでいてくれたときのまんま。

それならいっそ、嫌いになって、
こっちから忘れたくなるような別れ方を
すればいいのかな。

と思うけれど、
それには
「傷つくような」
裏切りとか、相手の性格の悪さとか
何かしらをしなければならない。

これも、また難しい。

「好きな人を嫌いになりたくない」
っていう自分でもよく消化できないような
不思議な気持ちまで、それを邪魔してしまう。

フルなら、
すっぱりとふって欲しい。

中途半端な優しい別れは
どこか期待を残したり、
自分の気持ちに踏ん切りがつかないから。

でも、
ふられる怖さも、
傷つく悲しさも、
あきらめる苦しさも、

好きな人が出来た、
両想いになれた、
というラッキーな面だけじゃなく、

全部ひっくるめて恋するっていうことなんだよね。

だから、別れも覚悟して恋を始めれば、
本当はいいんだろうけど、
そんなことは、なかなか出来ない。

→結婚生活の人間関係

2006年7月14日

ダイエットか脱毛か

(断れない女・亜衣です。結婚生活の人間関係サイトを運営中。)

夏ですね。

肌の露出が多くなる季節です。

「水着、きるからダイエットしなくっちゃ!」
「素足になるから、脱毛しなくっちゃ!」
なんて、女性の声が聞こえてきそうです。

私の個人的見解からいうと、
1人の女性が悩むのは
ダイエットか脱毛か、どちらか一方と言う人が
ほとんどではないかと言うことです。

太ってて、毛深いなんていう女性は
なかなか見かけなくないですか?

太りやすいとか、
体毛が濃いなどというのは、
男性ホルモン、女性ホルモンが関係していると
私は思います。

スレンダーな女性は、
男性ホルモンが多く、
痩せていていいけど、脱毛の悩みがある。

ポッチャリした女性は、
女性ホルモンが多く、
脱毛の悩みはないけど、ダイエットに悩む。

このように推測します。

どっちにしろ、お金や時間がかかるなら
「どっちがいいかなぁ?」
なんて真剣に考えたこともありました。

たいがい、自分の当てはまらない方が
うらやましく思うんだよね。
ないものねだり。

まぁ、言えることは、
「永久脱毛でもしない限り」
ダイエットでも、脱毛でも
果てしなく続く努力が必要ってことですよね。

面倒なことだけど、
必要なくなる頃には、
もうお年頃は過ぎてしまっているのかも。

それも、寂しいですよネ。

→結婚生活の人間関係

2006年6月 3日

5人の女子高生と住む

(断れない女・亜衣です。「結婚生活の人間関係」運営中。)

私が小さい頃、(昭和40年以降)
我が家は、高校が近くにあるということも手伝って、
「女子高生を対象に」下宿屋さんをしていました。

女子高生なら、面倒なことになりにくいだろう
という考えから女子限定にしたようだが、
2階には、部屋が5つだったので
多い時で、5人のお姉さんと一緒に住んでいたことになる。

下宿屋さんと言っても
本当にお部屋を貸しているだけで、
2階にある炊事場で、自分でご飯も、作ってもらっていた。

トイレと、お風呂は共同。


彼女たちの、日常生活はこんな感じだった。

まず、朝6時頃起きるでしょう?
そうすると、自分たちの部屋と
炊事場、階段、トイレを掃除する。
(ほうきで掃いて、雑巾がけ)

そして、学校に持っていくお弁当を
作りながら、朝食の準備。

そして、学校へ行く。
(部活をしている人は部活動も)

帰宅すると、夕食を作って、食べ
後片付け。

土日などの休日は
食料の買出し、洗濯、アイロンがけ
家計簿をつけたりしていた。

今私が思い出しても
「偉かったな〜、お姉さんたち」
と尊敬の念がよみがえってくる。

これだけのことを
当たり前のようにやってたからね。

私が同じ年齢の頃といったら、
やっぱり、ご飯のしたくとか
洗濯とか、親に頼りきってたろうし、
それが、当然のように感じてた。
(弁当は、母が下手だったので
恥ずかしくて、自分で作っていたけど…)

下宿屋さんで30年くらい女子高生を見てきたけど、
やっぱり年々、
家事はやらない人が増えてきたし、

自炊もしたくない人が増えてきた。
「ご飯、食べさせてもらいたいです。」とか。

もちろん、
「片づけられない人」じゃないだろうか
と思うような高校生も。

時々、親が掃除しに来たりしてね。

「どのような生活を送っていくか」
ってやっぱり、若いうちに
基盤作っておかないと難しいのかもね。

習慣という生き物相手なんだから。

その尊敬するお姉さんは、
ずいぶん前に結婚して、旦那様と一緒に
「ステーキハウス」
という料理屋を経営している。

料理や掃除が苦じゃないだろうからね。

未だに私は、家の階段やトイレを掃除していると
お姉さんのことを思い出します。

→結婚生活の人間関係

2006年5月10日

弱っているところに、つけこむ男

(断れない女・亜衣です。「結婚生活の人間関係」サイト運営中。)

失恋して…悲しい、
なんか…達成感がなく虚しい、
遠距離恋愛で…寂しい、など、
人間誰しも、「弱っていること」ってある。

そんな時、
優しくされたり、
何度もアプローチされたりすると
「まぁ、一度食事するくらいなら…」
と気を許してしまうかもしれない。

それが重なって、
いつの間にか、ズルズルと
付き合いだしてしまうことだって、
ないとは言えない。

私が遠距離恋愛をしていた時に、
そんな感じのことがあった。

彼と離れていて寂しいのと、
彼と結婚できないかもという不安と、
仕事やプライベートの悩み、
などが渦巻いていた私でした。

そうすると、たいてい、
獲物のスキをねらっているような、
怪しい男(女)が近づいてくるもんです。

私にも…ビンゴ〜〜!!

全く好みじゃない人だったのに、
そのしつこさに、まず1敗。

かなり年上で敬遠していたはずなのに、
接する機会がけっこう多くなってしまい、
無下に断る事も出来なかったことで、2敗目。

付き合いが始まってしまいました。

友達には
「なんであんな人と付き合ってるの?
 あの人に、eyeはもったいないよぉ〜。」
などとも言われてしまいました。

そうかぁ〜と思いつつも、
自分でも何がなんだか、
よく分からないうちに
事が進んでいるということってあるんですねぇ。

そりゃそうです。
「弱っているところ」に近づかれて、
主導権を握られたうえに、
こちらは正常な思考回路がないんですもの。

どんぶらこ〜、どんぶらこ〜、
と流されている感じです。

知らず知らずのうちに、
勢いづいている相手のアタマの中では、
「結婚」の妄想まで出来てしまっている。

親もすでに若くない人でしたから、
「結婚」について考えるのも
無理ありません。

でも、私にしてみれば、

へ? けっこん?
結婚〜〜〜!?

そこで、目が覚めました。
ああ、ヨカッタァ〜〜。

今思えば、まかり間違って、
その人と結婚していた可能性もなきにしもあらず…(怖!)

つけこまれて、人生が
変わってしまいそうになったeyeでした。
23歳の秋のこと。

→結婚生活の人間関係

2006年5月 3日

返事はいらない

先月いただいたメールのなかから、
いくつか紹介します。

2006/04/04(Tue) 19:46
まぁちゅん

毎日、メルマガ読ませてもらっています。
そして、辛いことがあったときには
このホームページを見て励まされてます。
ありがとうございます♪

私はこの春高校生になるのですが
この間あった中学の卒業式で
3年間の思いをある男の子に伝えました。
その人とは中1のときからの付き合いで、
そのころはとても仲がよかったのですが
最近は1年ぐらい全く話せていませんでした。

前までは、当たり前のように喋っていたのに
好きだと気付いてからは話せない。
最近は目が合うだけで幸せだと思っていました。
このまま高校が別々で一生あえないかもしれないのに
黙っていては絶対後悔すると思って、
卒業式のあと、前日に書いた手紙を渡して
第2ボタンを貰うことができました。

「返事はいらない」と書いたので返事は返ってきませんが、
全く後悔していません。スッキリ忘れることができそうです。
これはここのHPのおかげでもあると思います。
毎日1つずつ送られてくるいい言葉を読むことで
気付かないうちに強い人間に近づけたのだと思います。
本当にありがとうございました。
これからも、頑張ってください。


2006/04/06(Thu) 15:18
vinさん

このサイトに出会って“言葉の重み”を初め知りました。
そして、自分自身について見直すきっかけを
作ってくれました。私は、今まで
“人の気持ちなんてどうでもいい”と思っていました。
しかし、一番どうでもよくしてたのは自分自身でした。
このサイトではじめてみた“いい言葉”
『お前のためにチームがあるんじゃない。
 チームのためにおまえがいるんだ。』
読んだ瞬間、はっとして涙が止まりませんでした。
そして、今までいきがっていた自分がとても情けなくなりました。
“素直に生きたい”初めてそう思うことが出来ました。
このサイトに会えたということは
自分が引き付けた縁があるからだと思います。
shuさん、このサイトを誇りに思っています。
これからもこのサイトに付き合って行きたいと思います。


2006/04/07(Fri) 13:24
kiss☆Markさん

初めまして。
リンクさせていただきました。
毎日パソコンの電源を入れたら、
真っ先にお気に入りに登録してあるこちらの、
「いい言葉ねっと」にアクセスしています。
私はまだ中1で、
悩んでることもいっぱいあるのですが、
こちらのいい言葉を読ませてもらって、
心を落ち着かせています。

これからも、いい言葉を載せ続けてください。
言葉って意外に癒されるんですね。


2006/04/10(Mon) 19:48
杏さん

こんにちは^^
今から書く文章は少し批判っぽくなってしまうのですが、
最後まで目を通していただけたら嬉しいです。

あなたが空しく生きた今日は、
昨日死んでいった者が、
あれほど生きたいと願った明日。

この言葉は、私が大嫌いな言葉です。
何故、この言葉が「いい言葉」として
扱われるのかがわかりません。
人ってそれぞれ違いますよね。
生きたくても生きられない人もいるし、
逆に死にたいけれど死ぬのが怖くて死ねない人。
なんて境を迷っている人も居ます。

私はこの言葉を聞いた時、
思わず「で?」と聞き返した記憶があります。
私は私。
あなたはあなた。
あの人はあの人。
それぞれ色んな悩みや苦しみを持って、
生きているわけですよね。

例えば、私がこうしてパソコンをしている間に、
戦地や貧しい発展途上国では、
1秒に1人が死んでしまうと言われています。
それは確かに辛いことで、
「もしも自分が」と思ったら、
いてもたってもいられないような事です
(すみません。文がおかしいですかね...)
【でも、私たちに何ができますか?】
募金はもう既にポツポツと募金箱はおいてあります。
他に何をしろと?
こう言ってしまっては「ひどいやつだ」とか
「情の欠片もないのか」とか言われてしまいそうですが、

この世界、この状況に生まれたのだから、
自分の道を歩かなければならないと思うんです。
それなのに、
「人の道はあーだ」「あの人の道はこーだ」
なんて言って何になりますか?

私は私。
あの人はあの人。
そう考えたら
「生きたくても生きられない人」と同じように
「死にたくても死ねない人」という言葉を
作った方がいいと思います。

まぁ、こんなこと言いましたが、
私は、死にたいと思っている人には
精一杯生きて欲しいです。
だって、悪い事ばかりではないんですもん。
一寸先は闇です。
私だってこのメールを送信した3秒後には
空き巣強盗に殺されているかもしれません(笑)
良い事起こるよ。
なんて自信もって言う事はできないですけど
悪い事ばかりとも自信持って言えませんから。

なんだかわけのわからない文章になりましたが、
忙しい中最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。
これからもサイト運営頑張ってください^^

2006年4月 9日

不幸せに救われる

(断れない女・亜衣です。「結婚生活の人間関係」運営中。)

私は、小さいころ「おままごと」をする時、
わりと好んで貧しい役をやりたがったりした。

洋風でいうと
フランダースの犬のネロのように
牛乳配達の役とかが、好きだった。

「すみません、今月はこれしか払えないんです。」
(どこで覚えたんだこんなセリフ…)
などと言って、財布の小銭を数えるなんていうのが
一番好きな遊びだった。(変なの)

大人になった今では
貧しいのが好きなんていうのはないけど、

「自虐の詩」(コミック)
なんて読んでいると
なんだか懐かしいような気持ちになる。

主人公、幸江の貧しさ、不幸さに、
自分の幸せさをひしひしと感じてしまう。

子供にも、単なる少女マンガを読むよりも、
いい勉強になると思い、読ませたりしている。
けっこうギャグも入っていて、面白いからね…

他人の不幸に共感できるうちは、
自分も救われるんでしょう。

もったいないとか、
大切にしようとか、
ぜいたくはひかえておこうとか、
思いながら、
生き方に気をつけているうちは、
まだまだ救われる可能性がありますよ。

→結婚生活の人間関係

2006年4月 1日

結婚、おめでとう!!

4月になりました。

先月いただいたメールのなかから、
いくつか、ご紹介したいと思います。

2006/03/30(Thu) 03:05
オレンジさん

shuさん、こんにちは。
過去に『ふじりんご』(だったと思いますが…)という名前で
何度かメールをさせていただきました。
毎日、寝る前にここに来るのが私の日課になっています。
大学生のときから、このサイトにお世話になっています。
苦しい時期には励ましと勇気をもらい、楽しいときも常に
『生きること』や『人生の意味』について
考える機会をいただいてきました。

そんな私も徐々にお年頃(!?)を迎え、この春、
なんと嫁ぐことになりました(笑)
いい言葉ねっとを訪れては、涙したり、救われたり、
やる気全開になったり。ついこの間までここで
『青春』支えてもらっていた私が(汗)月日が経つのは早いのですね。

今日、shuさんにメールをしたくなったのは、
29日のいい言葉に関連する内容が、同日の深夜放送された
『爆笑問題のススメ』で取り上げられていたからです。
そしてまた29日のいい言葉は、10日後に嫁ぐ私にとって、
とっても大切なことを教えてくれているような気がしたからです。

迷ったり、苦しかったときにこのサイトに来ては、
『人生の意味』を探していましたが、
今日のいい言葉を読んで何か本当に大きく
大切なものに出会えた気がします。
結婚という人生の一つの節目を迎えた今、
私の人生に対する考え方にも一つの節目を
つけることができるように感じました。

私の身近にいる人生の相方を、
できる限り長生きして愛し続けたいと強く思いました。
なんだか、何が目的のメールかわからなくなってしまいましたが、
とにかく今日のいい言葉は、私にとってとても大きなものを
もたらしてくてたということをshuさんにお伝えしたくて
パソコンに向かってしまいました。
言葉のチカラって偉大ですね。
これからもここでたくさんのいい言葉に
出会えるといいなと思っています。
まだまだ未熟な私をこれからも
どうぞよろしくお願いします(^o^)v


2006/03/20(Mon) 01:00
俊介さん

お久しぶりです!俊介です!
希望していた学校に進学が決まり、
ほっと一安心の日々です。これから、
夢に向かって前進していきます!

去年の夏、このサイトを見つけたとき、
『あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいた者が、
あれほど生きたいと願った明日』の言葉から受けた衝撃は、
今でも忘れられません。
日々大切に生きていかなきゃ!と思った瞬間でした。

それからしばらくたった今、振り返ってみると、
半年前の自分からは、かなり成長できたと思います。
言葉の大切さ、自分の生き方(夢を持つとか、
何かをやり遂げるとか)を、自分なりに
考えるようになりました。
本当にこのサイトに出会えてよかったです!
これからもよろしくお願いします!!

2006/03/17(Fri) 09:36
キエマさん

Shuさん、初めてメールします。
いつも、ここぞ。というときに、
良い言葉が載っていて、
とても力づけられています。

本当に感謝しています。
ありがとうございます。

37歳おたんじょうび
おめでとうございます。

お誕生日と知って、
どうしても、感謝の気持ちを伝えたくて
メールしました。
いつもありがとうございます。

2006年3月14日

奥様のランチ

(断れない女・亜衣です。「結婚の人間関係」運営中。)

介護している母を病院に連れて行った帰り、
ちょうどお昼になったので、
昔の蔵(くら)を改造して小料理屋にしたという
コジャレタお店に入って、ランチをした。

近くの席には、奥様4人組みのお客さん。
久しぶりのお食事会という雰囲気ではしゃいでいた。

「結婚して10年目よぉ〜」

おお、私に近いねぇ。
たしかに、見た目、
私と同じか、ちょっと若いくらいだわぁ…

チョット興味が出始めた。
会話に、耳をそばだてていると…


「これでも出産前は7号だったのに…」

あらまぁ、それも大変だけど、
出産する度に、栄養を吸いとられ、
ますます痩せて、体力がなくなるのも
しんどいわよぉ〜。

「お金はほとんど、子供のものばっかりに使って
 自分の物なんてなかなか買えないよねぇ」

私の場合、
せいぜい、こんなふうに、
おいしいものを食べるのが幸せな「ひととき」。

「ねぇ、独身の頃の預金って残ってる?」

コミイッタ話になってきましたねぇ。

「全然。生活費に消えました〜」

あちゃー。

「結婚のお祝いでしょ。出産祝いでしょ。
 いろいろ出費があって、もうゼロ。」

お付き合いの多い人は、
かえって大変だよねぇ。
下手すると、もらった金額より、
出て行く金額が多くなっちゃうわよねぇ。
見栄なんか張ったりしたら…

「私も、私も、もうゼロ。」

世の中、厳しいわねぇ。
たしか、貯蓄ゼロの世帯が、
20%というからねぇ。

「ちょっと、トイレに行ってくるわ。」

「あ、どうぞ、どうぞ。」

「…」(4人のうち、1人がトイレに向かった。)

「ねぇ、ねぇ、あの人は、
 ちゃんと貯金があるってよ。」

「へぇ〜。」

「おかしいわねぇ。」

「そうよねぇ、普通はなくなるわよね。」

ほほぉ〜、ここでは、
75%の貯蓄ゼロかな?

でも、あの人は、
どうして「ある」って
言っちゃったんだろう…

みんなに合わせて、
「私もないわ。」って言えば、
よかったのにねぇ。
そうすれば、羨ましがられることもなかったのに。

なんてことを考えていたら、
私の「にぎり寿司セット」が
やってきた。

ここの寿司は、美味しいんだけど、
ちょっと量が少ないんだよねぇ。

食欲旺盛な私だから、
家に帰ったら、パンでも食べようっと。

ランチ1,000円。
奥様たちが預金ないって言ったのは、
もしかしたら、付き合い上のウソかもしれないけれど、
昼ごはんの準備をさぼって食べるランチは、
やっぱり、ささやかな贅沢ですよね。

→結婚の人間関係

2006年3月 8日

もしもは、キリがない

(迷えるエミリ50です)

「時」

時間ってやっぱり不思議だよ
いったいいつまで続くのでしょう

怒りを沈め、悲しみや流し
生まれたときから世を去るまで
狂うことなく伴走してくる”時”

時とともに歩んだ間違いない私の1本道
切り落とされた枝のように
いくつもの分岐点がその影を潜めて
好き勝手に伸びている
誰にも歩かれる事なかった幻の道

もしもあの道を根幹として歩いていたら
自分は今、どんなだったでしょう
枝の数ほどに幻の人生が浮かぶ

その時、その時の もしもの可能性を
つぼみにしたまま…カットアウト

あと幾数年、勝手についてくる時を友に
今に続くこの道を大樹の根幹のようにも似せて
すこしでも高く空へ空へと…
そしてフェイドアウト……

Shuより

人生で、「もしも」を考えたら、
想像だけは色々と広がる…

スポーツなんかの勝負では、
たった1つの瞬間が、
いろいろな結果につながる。

あの時、勝っていたら、
あの時、あの人と対戦していなかったら、
あの時、あそこに打っていたら…などなど。

戻れない「時」だからこそ、
意味がある。

戻れる「時」だったら、
きっと意味が薄まる。

そこに、悪の仕業があったとしても、
それによって、
やり直しのチャンスをつくってもらえても、
時間だけは戻せない。

時間を味方につけなくちゃ、
何も果たせない気がします。

2006年2月26日

行列に加わる「たぬき」

(迷えるエミリ50です)

たぬきのお話が、また浮かびました。

ぽつぽつと立つ家並みが見える丘の上で
今日も子どもたぬきが楽しそうに動き回っています。
傍目には遊んでいるように見えますが、
実は子どもたぬきは化ける練習に一生懸命なのでした。

あの町並みに住んでいる人間に化けてみたくて、
回転したり木の葉を持って唱えてみたりしていますが、
どうしても人間に化けることはまだ出来ませんでした。

ふと足元をみたら、
アリさんが行列をつくって歩いています。
その行列はどこまでも続いているようでした。
子どもたぬきは、行列の後をついて行ってみました。
夏の日差しが強くなっても、
毛皮を羽織っている子どもたぬきは
すぐに汗がじっとりしてきました。
暑くて暑くて大変です。
それでも頑張って行列の行き先までたどりつきました。

そうしたら、どうでしょう!?
子どもたぬきでも一見して、
入れそうもない小さな穴の中に
次々と入っていくではありませんか!

子どもたぬきは何にでも興味があり、
試してみたくなるのでした。

『あの穴の中は
 いったいどうなっているのかなぁ〜?
 僕も行ってみたい!』

人間に化ける練習なんて
すっかり忘れてしまいました。

『そうだ!!アリさんに化けて
 あの穴の中に入れないかなぁ〜』

アリさん、アリさん、
といつもの練習を繰り返しているうちに、
どうしたわけかアリには簡単に化けることが出来ました。

『よう〜し!これならわからないぞ』

意気揚々として、
アリさんの仲間になったつもりで
一緒に穴の中に入る行列に加わりました。

難なく穴の中に入ったところまでは上々ですが…

穴の中は真っ暗!
“想像外”でした。
それになんだか息苦しくもなってきました。
それでも段々慣れてくると、
うっすらとアリさんの家の様子が見えてきました。

でも、暑い地上でも忙しく歩いてばかり…
穴の中に入っても忙しく動いてばかり…
そんなふうに子どもたぬきは見えました。

こんな暗い中でも
忙しく動いてばかりのアリさんの行動は、
子どもたぬきには理解できませんでした。

アリさんはアリさんで一生懸命なのだろうけれど、
アリさんには化けなくてもいいやと、
丘の子どもたぬきは思いました。

丘の上で、なかなか化けるのが
難しい人間に挑戦したりしながら、
それでも春夏秋冬、四季を愛でながら、
行列に加わる事もなく、
自由を楽しんでいる自分が一番だなと、
子どもたぬきは思いました。

2006年2月17日

魂が呼び合う

(断れない女・亜衣です。「結婚の人間関係」運営中。)

人は絶えず、自分がどんな人間かを
周囲に放射しており、その人の偽りの姿は
放射しない。

人は性格からの放射、すなわち
他の人を弱めたり、強めたりする影響力を
一瞬といえども、止めることができない。

自分の放射するものの質は、選択できる。

彼は平静・信頼・寛大・真実・正義・高潔を
選んでこれらを自分の性格の一部とすることができ、
この選んだものによって
常に世に影響を及ぼすのである。

(「赦しの奇跡」 スペンサー・W・キンボール)

私の大好きな言葉。
毎日眺めている言葉。

私たちは、常に誰かに
影響を及ぼしているんだって。
誰かに、
自分の住む社会に、
この世の中に。

私は、どんな影響力を出しているのかな。
不快な影響力は、出していたくないな。

自分の影響力に満足できる人間になりたい。
やっぱり、良い影響力を出していたい。

一つ一つの素振りや行動で、
それができたら、世の中にも
良い影響を与えることが出来るんだろうね。

そして、その先では、自分の心のあり方で、
似たような魂を持つ、一生のパートナーを
引きつけることが出来るのではないかな。

似たような目標、
似たような価値観、
似たような上昇志向。

素敵なパートナーが欲しかったなら、
自分が素敵なパートナーになるしかない。
自分の心を、それに備える…。

→結婚の人間関係

2006年2月 3日

本当は教えたい話

1月にいただいたメールの中から、
いくつかご紹介します。

2006/01/04(Wed) 15:37
sadayoさん

shuさん
あけまして・・・

昨年shuさんのメルマガを知って、
小冊子も手に入れる機会があって、
私とっても助けられました。
ありがとうございました。
本年もきっとお世話になります(笑)
shuさんにとって素晴らしい年になることをお祈りしています。

「秘密を抱えて生きるひとは、
いつか秘密に殺される。」
今日のいい言葉でした。

一緒に初日の出を見に行った友人の、
一つだけ気になるところ。
それがこれでした。
山に向かう道のりの途中で。
年末に私の彼に会った時に、
「あなたのことをいっぱい話したよ」、と言うので、
「うん。なんて言ってたの?」と聞くと、
「教えないー(笑)」と言ってました。
私はそういうのとってもめんどうくさい人なので、
「はあ?ホントにあなたってそういうの大好きだね」
と言ってそれ以上は聞きませんでした。

今までいろいろなことで
何度もそういうことがありました。
私自身は嘘をつくのが面倒なので
ほとんどつきません。
そんなことに心を使うのが嫌なのです。

年の初めに、ホントに親しい友人に対して、
付き合いの一段落を感じてしまいました。

でも、そこにこだわる私自身が
裏で舌を出す気持ちをわかるから悔しいのかなあ、
などとも考えました。
気にしなきゃ気にならないことなのかなって。

でも、無理して嫌な気持ちになりながら、
付き合うのは自分によくないと思うので、
しばらく時間をあけようと思った年始でした。

秘密を持つことで優越感を味わう。
それはむなしいことだと思うけど、
それをするのも人の自由ですから。
そして、それをする人をどう思うかも、
私の自由なのでしょうね。

そこにこだわる自分にはきっと何か
原因があるのでしょうけれど!

勝手に書き連ねてすみません。
今年も毎日楽しみにしています!


2006/01/19(Thu) 09:36
あつこさん

今日のいい言葉について、
うちの夫と子どもが
今少林寺拳法を習っています。
その中でよく言われる言葉が、

「力愛不二(りきあいふじ)」
力と愛を別々に分けないで、
一つのものと考え、
それを考え方や行いの中心にすること。

または、
「愛のない力は暴力なり。
 力なき正義は無力なり。」
という言葉があります。
力だけが強くても、
正しさ(愛)がなければいけない。
正しさ(愛)だけで力がないと、
それを通すことができない。

力は、腕力だけではないと思いますが、
少林寺で心と体を鍛える意味に
通じる今日の言葉でした。


Shuより

自分の人生を、
どう見つめていくか、
他人とどう関わっていくか、
ちゃんとした考え方がないと、
おかしな関係を目指したり、
おかしな自分を目指したりしてしまうでしょうね。

2006年1月19日

自分の弱さを知る

(断れない女・亜衣です。「結婚の人間関係」運営中。)

皆さんは、自分の弱点がどこにあるか知っていますか?

気が短い。
見栄っ張り。
気が多い。
金遣いが荒い。
めんどくさがり屋。

いろいろあるでしょう。
一人一人違うはず。

私の弱点は、
「情にほだされやすい」ところです。

独身の頃は、それで
人にお金を貸してしまったり、
(結局戻ってこないのであげたことになるけど)

世間知らずなところもあって、
高額に物を売りつけられたりしました。

結婚してからは、
しっかり者の夫のおかげで
だまされたりすることは
ほとんどなくなりました。

そもそも、
「お人よし」の私の弱点の心の根底にあるのは、

「人の苦しみを見かねる」というのと
「よい人だと思われていたい」
という気持ちがあるからだと思いました。

それでも、家庭がある身になり
夫や子供がいることへの
責任感から、人にお金を貸したり、
家族よりも他の人を優先するというようなことは
なくなりました。

やっぱり、意識の問題なのでしょうね。

そして、
「自分は、ここが弱いんだ。」と自覚すること。

弱点を知らないうちは、
その対策を考えることもできません。

自分の敵は、
何も外にだけ転がっているわけではないものですね。

→結婚の人間関係

2006年1月18日

人間になりたかった「たぬき」

(迷えるエミリ50です)

以前、ふと思いついて、書いたお話です。

丘の上に二匹のたぬきが並んで座っていました。
まだ上手に化けることができない子どもたぬきと、
何度も人間に化けた長老たぬきです。

うっすらと夕闇が迫った空に、
木々の葉が細やかなシルエットを描いて
さわさわと語りかけます。
丘の眼下には人間の町並みが広がっています。
空は段々、夜の色を濃くしていき、
反対に家々の灯りはその輝きを増してきました。

その町並みをジッ〜と見ている子どもたぬきが、
長老たぬきに語り始めました。
「人間っていいなぁ〜。今頃はお鍋を囲んだり、
 暖かい屋根の下でゲームをしたり、
 恐い思いもなく楽しいだろうな。」

高速道路を照らすひかりは、
ず〜っと向こうまで続き、
黄色や赤のライトがスースーと行きかいます。
子どもたぬきはまた言いました。

「人間っていいな〜。あの機械に乗って
 どんな遠くまでも楽に行けるのだろうな。
 木の枝に身を引っ掛けることもなく、
 ぬかるみに足をとられることもない。楽チンそうだな。」

長老たぬきは、子どもたぬきの話を
「うん、うん」とうなずきながら聞いていました。
そうして、子どもたぬきに言いました。

「わしも人間が羨ましくて何度も人間に化けて、
 あの里まで行ったのだよ。
 人間のお友達も何人かいるさ。けれどね、
 どの窓の下に行っても、坊やが思うほど
 人間の生活も楽しい事ばかりではないさ。
 坊や、自分を見てごらん。
 どこまでも歩いて行ける立派な足があるだろう、
 寒さから守ってくれる立派な毛皮があるだろう。
 人間は山で自由に駆け回っているワシらの方が、
 もしかしたらうらやましいと思っているかもしれないよ。」

子どもたぬきは、ジッと町の灯りを見ながら、
長老たぬきの話しを聞いていました。

人間に化ける事が上手な、
山の長老たぬきは何でも良く知っていました。

さて、とても良く晴れた日のこと。
お日さまの暖かさが心地よい日です。

丘の上から見える細長い砂浜や、
それに続く大きな大きな海にも
沢山の人間が集まって来るでしょう。
子どもたぬきは目の下に広がる海を見ていました。
暑くなると、人間は水浴びをしに
この砂浜にやって来るけれど、
いつも海の中で泳いでいる、
あの大きなくじらは、今頃
どこの海にいるだろうと考えました。

大きな海を大きな体で、水をザブザブさせたり、
スピードを出して泳いだり、回転してみたり、
はしゃいだりして楽しいだろうなぁと、
くじらのことを思いました。

くじらより大きい動物がいるかなぁ、
くじらでも敵わない恐いものがあるのかなぁ。
そんな事を、長老たぬきに聞きました。
長老たぬきはいとも簡単に答えました。

「大きなくじらでも敵わないもの、恐いもの…
 それはあの砂浜にもうじき集まってくる人間さ。」

「おおきなくじらが小さな人間をこわい?」

子どもたぬきは不思議そうな目で
長老たぬきを見上げました。

「恐い人間はどこにでも現れるよ、
 人間は太い銛を使ってくじらをやっつけてしまうよ。
 人間に負けそうに思ったお母さんくじらは、
 残される赤ちゃんくじらのために、
 周りの海が真っ白になるほど、
 一度にたくさんのおっぱいを出すのだよ。」

別れ別れになる、赤ちゃんくじらとお母さんくじらのこと…
子どもたぬきはかわいそうになりました。
「なにも悪いことをしていないのに、
 なぜ悲しい目に合うのだろう…」

『世の中の理不尽さを知らない子どものうちが幸せさ』
長老たぬきは心の中で思いました。

子どもたぬきは、眼下の青を見つめながら、
広い穏やかな海にも、悲しい出来事があるのだなぁと、
じっと海を見ていました。

2006年1月 3日

別れ、裏切り、そして死

12月にいただいたメールを
いくつか紹介します。

2005/12/11(Sun) 13:22
新菜さん

こんにちは!お久しぶりです。
ShuさんのHPには毎日寄せて頂くのですが…
先日、と言いましても10月末ですが私達別れました。
遠距離恋愛の私たちが、9月中旬、10月中旬と会いました。
1月から、一緒に暮らす予定になっていましたが、
10月末に突然、彼から電話が来て、
母親が病気だからもう会えない…と言われました。
電話一本で別れを言われた私は、彼を問い詰めたのです。
理由は別にありました。私が○○でないからです。
納得出来ない私は、11月に再び会いに行きました。
でも、彼に会えず、何度もメール・電話をしたのですが、
返信も無く…。一度、兄に電話が来ただけです。
好きでも別れなければならない時がある、
あなたのことは嫌いじゃない・好き・今でも大好き、
電話で彼は号泣したそうです。
韓国の家族の絆の強さを思い知らされました。

毎日、泣き暮らした私は彼を恨み・憎みました。
でも、今やっと少しずつですが、
彼を許す気持ちになりました。
”いい言葉”を毎日読むうちに
私も辛かったけれど、彼はもっと辛かっただろうと…。
今でも涙流れます。忘れなければいけないのですが、
彼の幸せを祈らなければならないのですが…。

いい言葉、私の心の支えになっています。
頑張ってくださいね。
寒くなりました。風邪などひかれませんように。


2005/12/13(Tue) 21:57
siroさん

いつも楽しみに拝見しております。
今日のコラムを読んでメールをお出ししたくなりました。
「罪は消えない」本当にそう思います。
私は若かりし頃、人を裏切ったことがあります。
人に裏切られたこともあります。
私の場合、裏切られた事は時が解決してくれました。
幸いにも辛い時に、手を差し伸べてくれる人が
いたからかもしれません。

でも、人を裏切った事は今でも忘れられません。
今でもずっと心に刻み込まれています。
人に傷つけられた痛みは消えても、
人を傷つけた痛みは消えることはない。
これこそが「罰」なんだろうと思います。
せめて、その傷から逃げずに、
傷つけてしまった人に恥じることのないよう、
頑張って生きていきたいと思うだけです。

私は今3人の子供を持つ母です。
子供には時折このような事を話しています。
背負わなくてもいい「罪」は、
背負わずにいてもらいたいと思うからです。
でもきっと、母の言葉の意味がわかるには、
いくつかの「罪」を背負う経験もまた
必要なのかもしれません。

毎日楽しみにしています。
お身体気を付けてお過ごしください。


2005/12/26(Mon) 01:04
hanaeさん

初めまして。
12月1日の「良い言葉」を読んで、
思わずメールをしてしまいました。
12月25日。今日は父の命日でした。
私が12歳の時に病死したので、
亡くなってから丸8年が過ぎました。
私は3人兄弟の末っ子で、
父にとても可愛がってもらっていました。
父は怒りやすい性格でしたが、
とても優しくもありました。
私はそんな父が大好きで
よくくっついて歩いていたのを覚えています。

そんな父が発病したのは、私が9歳の時でした。
それから3年。父は必死に病と闘い、
薬の副作用で声を無くし、
最後には意識を失い生命維持装置をつけ、
今から8年前の今日、静かにいきを引き取りました。

私が覚えている父の最後の言葉は
「じゃぁ、行ってきます。」
検査に向かうエレベーターの前でした。
私はなんだか無性に心細くなって、
行って欲しくなくて大泣きしたのを覚えています。

帰ってきた父は言葉を発する事も出来ず、
目を開ける事もありませんでした。
母が懸命に声をかけたり体を拭いてあげたりしている横で、
私は何もできずただその光景を見ているだけでした。
意識の無い父に何て声をかければいいのか分からなくて
ただ「お父さん」とか「頑張って」としか言って
あげられませんでした。

あれから8年。後悔ばかりの8年でした。
なぜあの時もっと声を掛けてあげられなかったのか。
もっと必死に呼びかければ目を覚ましたんじゃないか。
そればかり考えてしまうのです。
伝えたい言葉はたくさんあったのに、
「ありがとう」「大好きだよ」大事なことは
何一つ伝えられないまま父は死んでしまいました。
これはきっと一生心に抱えながら生きていくんだと思います。
ある日の夢の中で、
生前大好きだったレンタルビデオの映画を
一人で観ている父がぽつりと、
「俺って幸せモンだなぁ」と言っていた背中が忘れられません。
私の願望がみせた夢だったのでしょうか。
今でも私はふと、「お父さん、幸せな人生だった?」
と写真に向かって問い掛けています。

こんなに長々とごめんなさい。
読んでいただければ幸いです。

2005年12月 8日

いっぱい遊んだ男は…

(断れない女・亜衣です。)

「独身の頃、いっぱい遊んだ男は
結婚するとまじめな夫になれる」と
聞いたことがあったけど、
それは本当かな?

つまり、反対の場合を考えると
遊び足りない
まじめな独身時代を過ごした男性は
結婚してから、初めて「遊び」を
覚えたために、案外はまってしまって
失敗すると…。

私個人の考えでは、そんな考えは
「否」がほとんどだと思っている。

独身の頃どんなに遊んでいても、結婚しても
浮気をする男性は、たくさん見てきている。

それよりも、「真面目になる」というのは、
一人の男性が、かなり人生観を変えるような
ショッキングな出来事、
(女性関係で痛手をこうむるとか
真剣に好きな人が出来たとか)、
そんなことが、彼自身を変えること自体が
大きく左右しているように感じる。


気の多さを容認させようとする、
「言い訳」なんだろう。

たくさん恋をすることや、
浮気をすることが
「得」じゃないんだよ。

それに気づかないと、
大切な人との信頼残高から、
どんどん引き落とされて、
そのうち、「残高不足」になってしまう。

そうならないうちに
ちゃんと目を覚まそうね。