ずるい生き方
いろいろとあるんだなぁ、
と思う。
そして、
ある人から見れば、
ずるいと思われる生き方にこそ、
人間の知恵が、
たくさん詰まっていたりする。
自分の本当の姿を見せて、
嫌われる人がいて、
それとほぼ似たような姿なのに、
自分の本当の姿を見せて、
なぜか好かれる人もいる。
嫌われる人からすれば、
姿とは別の性格とか、個性で
好かれているように見えるから、
「あの人はずるい」
なんて思うことになるだろう。
一方、
自分のウソの姿を見せて、
嫌われる人がいるけれど、
同じような自分のウソの姿を見せて、
なぜか好かれる人もいるもんです。
やっぱり、
もっと汚い手を使っているんだ、
みたいに思われて、ずるい、
と言われたりするもの。
真っ当な生き方をしようが、
ちょっと曲がった生き方をしようが、
人は、ずるい、と言われる可能性がなくなることはない。
ずるい、ということは、
間違っているとか、
不正なことをしたとか、
抜けがけしたとか、
そういうことに限らず、
「うらやましい」の代わりに、
使われることも多いからでしょう。
相手にはあって、
自分にはないから、ずるい。
相手が勝って、
自分が負けたから、ずるい。
不正なことをしたか、どうかが、
本当に訴えたいポイントではない。
自分に出来ないことをしているのが、
うらやましいから、ずるい、と言いたくなるのだ。
ただ、本当に「ずるい」ことを企てて、
やっている人は、自分のずるさに、
いつか負けてしまうことも事実。
なぜか、ずるさっていうのは、
使い分けているうちに、
ほとんどと言っていいほど、
裏目に出てしまうことがありますからね。
これ、間違いないと思います。
