8月の始め、
ちょっとしたきっかけで出会い、
話を聞いてあげたら、
面白かったので、
ある人の話を真剣に聞いたことがあった。
おそらく、その人は、誰にでも、
同じような話をしていただろうから、
面倒くさがれていたことは想像できる。
けれど、私にとっては、
興味深い話だったので、
ねほりはほり聞いていた。
残念ながら、時間の都合があったので、
最後まで聞くことが出来なかった。
それが、その相手にとっても、
とても残念だったらしく、
共通の知人を通して、わざわざ、
また会いたい、なんていう申し出があり、
延ばし延ばしにしていたけれど、
昨日、話を聞いてきた。
話の全容は、こんな感じ…
彼は、地元では立派な料亭の親族として生まれた。
父親は、その料亭の職人だった。
けれど、彼が小学校3年生の時に、
この世を去った。
その料亭に後継ぎがいなかったせいか、
彼の周りには、いつかの日か、
継ぐことになるだろう
という空気が漂っていた。
当初は、それをイヤとも思っていたなかったけれど、
彼の母親が、父親がなくなってからというもの、
とある宗教団体に入信し、
家に30人〜40人ほどの信者を集めて、
懇談会や読経をするなどの集会を始めたため、
彼は、自宅の居心地が悪くなる。
成長していくにつれて、
その思いはますます強くなり、
とうとう彼は、家を抜け出し、
母親からは勘当されてしまう。
彼は、自分の力で
成功をつかみたかったのだろう。
洋菓子やパン作りを一生懸命に学び、
自分の店を起こすまでになった。
結婚をしても、子供が産まれても、
自分の店の売り上げを伸ばすために、
時間と心をさいて、懸命に働いた。
おかげで、周囲からも認められる
パン屋さんに成長する。
彼の努力家たる血を引き継ぎ、
彼の長男は、検察庁に入って、
今も働いている。
しかし、彼の長女は、
親から与えられるお金で、
いろいろな悪いことを
するようになったらしい。
それは、まだ中学2年生という時期から。
それをそそのかしていたのは、
某宗教団体に入った彼の母親だったから、
後でそれを知った彼は、驚いたという。
何度も学校に呼ばれた、
店の売上も盗まれたりした、
訳の分からない請求書も来た。
高校に入っても、
専門学校に行っても、
東京に就職しても、
問題が尽きることはなかった長女。
頭を抱えていた彼は、
長女が持ってきた結婚話に、
大反対だったものの、
これ以上娘の問題に付き合わされるよりはと思い、
結婚をゆるした。
それから、間もなく、
彼を支えていた妻が、
病気でこの世を去る。
彼の心に、ポッカリと穴があく。
それを埋めてくれるものは何もなかった。
長男と長女のパイプ役となっていた妻だけに、
妻が亡くなってからというもの、
子ども達も、家に来ないばかりか、
電話もよこさなくなった。
ますます、彼は、仕事に没頭するようになる。
それでも、心の穴は埋まらず、
妻が死んでから3年後、
とうとう酒に身を任せるようになった。
彼の主治医からは、
「あなたが何とかしなければいけないから」
とアルコール中毒への忠告を何度も受けたが、
アルコールから離れることは、
すでに出来なくなっていた。
ちょうど、その頃から、
パン屋の評判も落ちてきていた。
カビが生えている、
マスターが酒臭い、などんど。
そして、彼は、
完璧にアルコール中毒となり、
ある日突然、倒れた。
近所の人が発見し、
病院に運ばれる。
それは長男と長女の耳にも入り、
病院へかけつけてきた。
彼はあまり記憶はないけれど、
その翌日に、精神病院へ転院させられていた。
そして、療養している間に、
自宅に置いてあった証書や印鑑を、
長女に持ち出されて、家屋敷、店、厨房設備すべてが、
弁護士付き添いのもと、売買されてしまう。
そのお金は、どこに行ったか、
彼は知らされていない。
彼は、借金は何もなかったと言うが、
それもどこまで本当かは、よく分からない。
しかし、彼は、何もかも失った。
そして、1年後退院した時、
彼に用意されていたのは、
生活保護による生活環境。
アパートなどが用意されていたらしい。
彼は言っていた。
「妻が死んでからというもの、
家族の絆というものすら
なくなった。」と。
しかし、私は言った。
「なくなったんじゃなくて、
なかったことに気づいたんでしょう。」と。
他人の言葉には素直なもので、
「そういうことだな。」と彼も返した。
何もかも話した彼は、
だいぶスッキリしたらしく、
私の冗談にも笑った。
「蛇が、自分の育てた子供の蛇に、
丸飲みされたようなもんだな。」
「はははは…、そういうことだ。」
彼は、現在、娘を相手に、
訴訟の準備をしている。
私は、おそらく、訴訟で勝っても、
何も残っていないと思うよ、とだけ伝えた。
彼も分かっていて、
そうだろうな…とつぶやいた。
家族の絆があるかないか、
いつか気づかされる。
「ない」ことに気づかされることのないよう、
祈るばかりでなく、行動もしないとな。